このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。

【アーラヤ識】 唯識論 【瑜伽行派】 Part3アーカイブ

1.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
W2Eqz
宇多田ヒカルも、唯識三十頌を写経している


前スレ

【さようなら】唯識三十頌の解釈を巡る批難について【JBL】
https://talk.jp/boards/psy/1756859544

【唯識論の聖典】唯識三十頌【世親著】 Part2
https://talk.jp/boards/psy/1761694449
1000
すべて
|
最新の50件
2.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
W2Eqz
関連スレ

【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】
https://talk.jp/boards/psy/1759535455

【ブッダの教え】初期仏教【最初はこういう話だった】
https://talk.jp/boards/psy/1768770625

【パーリ仏典】テーラワーダ仏教【ヴィパッサナー瞑想】
https://talk.jp/boards/psy/1768687611

【仏教の標準理論】 倶舎論 【世親著】 Part3
https://talk.jp/boards/psy/1761643017

【根本中頌】 中論 【龍樹著】 Part4
https://talk.jp/boards/psy/1768375164
3.
ユーザー
神も仏も名無しさん
dFT8H
お、新スレ乙〜
😆
4.
ユーザー
神も仏も名無しさん
dFT8H
真言密教の全体像を把握できれば
多少は
仏のスレ主の全体像が見えやすくなるだろな
😆
5.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
jhLtp
仏教ビギナーでも簡単に分かる間違い探すスレは此処ですか?

wwwwwwwwwwwwwwwwww🫵🤣
6.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
jhLtp
訂正

仏教ビギナーでも簡単に分かる、間違い探しのスレは此処ですか?

wwwwwwwwwwwwwwwwww🫵🤣
7.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
W2Eqz
>>6

何が「カラんでくるな」だ😫

カラんで来てるのは、お前じゃねえか
8.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
W2Eqz
>>4

これからは、真言宗メインで取り組む😆
9.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
jhLtp
分かった分かった、これで最後だwww

もうこっちに絡んで来んなよwww
10.
ユーザー
神も仏も名無しさん
dFT8H
ハッスル🟣〜
ハッスル🟣〜
🤡
11.
ユーザー
神も仏も名無しさん
soFs3
でおーの言動は、
承認に飢えた餓鬼道と、勝ち負けに囚われた修羅道の反復に過ぎない。
そして相手の怒りを煽り、地獄道へ落とすことで自分を保つ。
これは人格批判ではなく、行動パターンの事実確認だ。
12.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Fra2T
前スレ完走⤴️
13.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
eSm5P
名言種子

「蒔かぬ種は生えぬ」という言葉に代表されるように、名言における「種子(たね)」は、行動、努力、思考といった原因が、将来の果実(結果)を生み出すという教えを指すことが多いです。

中村天風氏は「一切の人生の果実は、その人の蒔いた種子のとおりに表現してくる」と説きました。
14.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
eSm5P
具体的には以下の要素が含まれます:

因果の道理:努力(種)をしなければ、結果(花・果実)は得られない。

心の在り方:唯識学派では、心の深層にある「阿頼耶識(あらやしき)」に言葉の種子(名言種子)を植え込むことで、人生の現れ方を変えられると考える。

仏教の教え:仏法を聞くことが、清浄なる悟りの世界を生み出す種となる。

良い結果を望むなら、まず良い種(良い行いや言葉)を蒔くことが重要だという教訓です。
15.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
eSm5P
重要なのは、ココだ

↓

唯識学派では、心の深層にある「阿頼耶識(あらやしき)」に言葉の種子(名言種子)を植え込むことで、人生の現れ方を変えられると考える。

16.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
mNULM
密教は

唯識の名言種子薫習を

行法に落とし込んだんだね

見道に至ったからと言って

オートマチックに転識するわけじゃないでしょうね

七識を客観視可能になったってだけで

その段階で

ブッダとエピキュリアンの2つの道が有るって話しです

密教は七識へ、名言種子薫習行法をもってしてアタックします

そのために

21日、50日、100日といった期間に集中的に真言を唱え、七識経由で八識を書き換えてしまう訳です

17.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BG1TG
デンパパセイジンダ〜
🛸
18.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
mNULM
現代では

自分で唱えて自分の耳へ聴かせなくても

録音機があるので、聴くだけで良いわけです

これも聴聞薫習なので

昔の人が説法を聞いて薫習してたのと同じ効果を

単時日で成し遂げられます

空海2回目かな?カクバン7回目、日蓮も行っている

天才になれるという求聞持法がそれですね
19.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
lLSKd
でおーなんか暇なんだから

求聞持法やれよ

虚空蔵菩薩の真言を100万回聴けbs良いんだから

楽だろ!

ICレコーダーに録音してエンドレスで聴けば良いだけ

ただし

ほぼ1日中聴くことね

だいたい24時×50日で100万遍に達するはず

20,000×50=100万
20.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
lLSKd
簡単だろ⁉️
21.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
b2sIt
まぁ、慢性知能欠乏症の統失知障には無理だろうなぁ😂
22.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BG1TG
妖怪大行進だ
😁
23.
ユーザー
神も仏も名無しさん
EajpU
でおーの投稿には、優劣誇示・挑発・対立誘導が反復して確認される。
24.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
聖ウンコ派は、とにかく「現量/比量」が大好きだ

これと「勝義諦/世俗諦」が、彼らの二大好物と言っていいだろう
25.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
だが、彼らのコメントを見て、よく思うことは

彼らが「比量」ってものを誤解してることだ

「比量」と「非量」の区別がついていない

「比量」を諸悪の根源みたいに言っている
26.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
実際には、現量と比量は常にセットだ

ペアで機能する

比量なしでは、認識できない
27.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WM7Fs
ま、倶舎論わからんのが
そもそもの
それでビギナーとか
威張ったてるからなー
狂徒丸出し
😁
28.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
具体例

現量・・・山で、木々の間に白いモヤモヤしたものが立ち昇っている。赤く輝くものがチロチロと明滅している

比量・・・山で火事が起きている
29.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
「現量だけの認識」とか

そんなの、日常生活じゃ使いものにならんよ(笑)

そもそも、比量ってのは「正しい推論」だ

当たり前の判断のことだ
30.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
比量(ひりょう、Anumāna)は、インド仏教論理学における知識獲得法「量(りょう)」の一つで、既知の事実から未知の事柄を論理的に推論・判断すること。

直接知覚(現量)できない事柄に対し、因(原因・理由)と喩(例証)を用いて結論(宗)を導き出す手法である。
31.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
概要と特徴

定義: 直接見えないものを、原因や兆候から推測して判断すること。

位置づけ: 仏教の認識論(因明・いんみょう)では、正しい知識を得る方法として「現量(げんりょう:直感、感覚)」と「比量(推論)」の2つ(または3つ)が認められる。

目的: 正しい知識に基づき、誤った認識(欺くもの)から離れ、釈尊の教えの正当性を証明する。
32.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
比量の構成(三支作法)

陳那(ディグナーガ)によって確立された、3つの論理形式(三支作法)。

宗(しゅう): 結論(例:声は無常なり)

因(いん): 理由(例:作られたものであるから)

喩(ゆ): 例証(例:瓶〈かめ〉のように、無常であるものは作られたもの)
33.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
代表的な分類

為自比量(いじひりょう): 自らの論理的思考により認識を確立すること。

為他比量(いたひりょう): 自らが確立した知識を、相手にも理解させるために言葉で論証すること。

比量は、感覚で捉えられない「無常」や「因果」といった抽象的な真理を理解するための重要な論理的基盤とされている。
34.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
ハッキリ言えば

人間は、比量なしでは何も分からない
35.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
「比量がなくて、現量だけ」ってのは、どういうことか?

各種センサーはあるけど、論理思考できるコンピュータが備わってないロボットといったところだな

ビジョンセンサーが付いてるから、目は見えるけど

見たものが何なのかは、なにも判断できない
36.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WM7Fs
ディグナーガの依他起性の論理学修道論を禅とごちゃ混ぜに
現量と
創作してるんやろなー
ハッスルらしいけどな〜
😁
37.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WM7Fs
バカが無理に知識を詰め込むと
こー言う結果になる
😭
38.
ユーザー
神も仏も名無しさん
AfFxA
でおーは
餓鬼道と修羅道に居座り、他人を地獄道へ引きずることで成立している。
39.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
比量は、正しい推論・判断だ

彼らがいうような、「現量による正常な認識をさまたげる」ようなのは、比量ではなく「非量」だ

読み方が紛らわしいので、「ひいりょう」と読む
40.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
>>36

まさに、その通り😂
41.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6ATkk
他の人たちが初心者で何も知らないのをいいことに

セイウン様は、好き勝手にテキトーな創作仏教を吹聴している😅
42.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WM7Fs
コマった奴だ
公害仏教だ
😭
43.
ユーザー
神も仏も名無しさん
sExTM
でおーは
承認欲求(餓鬼道)と勝敗執着(修羅道)で動き、
他人を怒らせて地獄道に落とすことで存在を保っている。
44.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
1OwZr
****************

ここも、
結局、瞬殺論破されておわり。

****************
45.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
仏教(唯識学派)においては「名言種子」という言葉が使われ、心の深層にある阿頼耶識(あらやしき)に言葉が種子として熏習(くんじゅう:薫り染まる)され、それが後に結果として現れるという意味で用いられます。
46.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
阿頼耶識のデータベース

言葉と行為がプールされている
47.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
言葉のデータ 名言種子

行為のデータ 業種子

48.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
言葉と行為が、データとして保存される
49.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
「業種子(ごうしゅうじ)」について、「唯識学」から、忠実に教えて下さい。

【質問】

「業種子(ごうしゅうじ)」について、「唯識学」から、忠実に教えて下さい。

【回答】

種子(しゅうじ)とは、唯識の専門用語では、「生果(しょうが)の功能(くうのう)」といわれて、
阿頼耶識(あらやしき)の中に貯えられて、「あらゆる存在を生み出す力」を言います。

50.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
「力」といっても、決して現代の科学でいうような外的なエネルギーなどの力ではありません。

自己の心の奥深くに働き続ける「こころの特殊な形態」

それも縁が来れば、必ず植物の種子から芽が出るように、

何らかの具体的な結果をもたらす「精神的なエネルギー」です。

種子(しゅうじ)は、形成される面からみれば、「先天的なもの」と「後天的なもの」とに分けられます。

先天的な種子を「本有(ほんぬ)種子」、

後天的な種子を「新薫(しんくん)種子」と言います。

後者の後天的な種子とは、
過去の業(行為)によって植えつけられた(=熏習された)種子です。
51.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
たとえば、
「私は今、昨日は何々をした」と昨日の出来事を思い出すことが出来ます。

その出来事の記憶は、昨日の私の行為によって、阿頼耶識の中に種子として植えつけられ、

それが一日たって、何らかの縁で芽をふき、
具体的な記憶となって、私の表層の心の中に生じたのです。
52.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
問題は昨日の行為だけではなく、
私達は『無始の時より今まで、無量・無数の悪業を積み重ねて来ましたから、

私達の深層心理の領域には、
もはや「数え切れない程の悪の種子」が貯っているのだ』と教えられます。

従って、私達は「ありとあらゆる悪業を、これからも行なう可能性を持っている」ということであります。

親鸞聖人が、
「さるべき業縁の催せば如何なる振る舞いもなすべし」と言われた通りです。

先天的にそなわった種子として重要なものは、私達は今は凡夫の身でありながら、
すでに「仏になる力」すなわち「仏の種子(無漏の種子)」を持っている、ということです。
53.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
問題は、この素晴らしい種子に「どのような縁を与えて、その種子から芽を吹かせるか」ということです。

その縁となる行為の一つが、
正しく仏の教えを聞くこと(正聞薫習.しょうもんくんじゅう)であります。

あるいは、六度万行(六波羅蜜多)といわれる、

人々を救う利他行を実行することであります。
54.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
次に種子を、生成の面から分けますと、
「名言種子(みょうごんしゅうじ)」と
「業種子(ごうしゅうじ)」とに分類されます。

「名言種子」とは、「いま一瞬の私と、私を取り巻く世界とを作り出す種子」のことです。

その種子を「名言(みょうごん)」すなわち「ことば」の種子と呼ぶのは、

「私を含めて、私がその中に住んでいる世界、すなわち現象世界」は、根本的には、
「私の『言葉』の働きで形成される」と考えるからです。
55.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
事実、静かに一日を反省してみると、

「私は常に言葉を発しながら、言葉からなる世界、言葉にとらわれた世界」、

言い換えれば「遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)の世界」にのみ住んでいることに気づきます。

「業種子」とは、名言種子の中で、
「『悪あるいは善』に色づけされた種子」を言います。

「業種子」とは「悪業」あるいは「善業」によって植えつけられた種子であり、
無記の業(ニュートラル)は入りません。

無記の業は「業種子」とは言いません。
56.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
この業種子は、
今世の私の幸不幸のあり方を、
未来世の私の運命のあり方を決定する重要な力を持っています。

私が現に「一瞬一瞬、行う業」は、「即座にその影響を深層のこころ」の中にとどめていきます。

「こんなことを考えても、誰にもさとられない」と考えて、内心に悪い思いを起すことが私達にあります。

その悪業の残す種子が、
積もり積もって来世に「苦しみの世界を生み出す」という
「業種子の教え」は、私に警告を発して来ます。
57.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
種子(しゅうじ)、それは「眼にも見えず、心でも触れることが出来ないもの」です。

しかし、ヨーガ(止観、瑜伽)を実践し、真剣な聞法によって、表層の心を静めることにより、私達は、ますます自己の心の奥底に沈潜してゆくことが出来ます。

そして、「種子としての自己」を発見するならば、

それは、「新たな自己の発見」であり、

「自己を悪から善へと変革させていく、幸せな第一歩」となっていきます。

『過去が咲いている今
未来の蕾(つぼみ)で一杯の命』

『苦しい楽しい
すべては心が決める』

『過去の自分が
未来を決めるの
ではない
 今が未来を
決めるのです』
58.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
名言種子と業種子

早い話が、過去の言葉と行為のデータだ

それが、阿頼耶識のデータベースに保存される
59.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WjVpC
種子は
日本仏教では
「功徳」と
山伏念仏神仏習合では解釈されたかもしれんなー
😆
60.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
阿頼耶識では、種子が永い年月、寝かしてあるだけだが

ブドウジュースが発酵してワインになるように、熟成されていく

やがて、想定外の結果をもたらす

それが、現行だ
61.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
>>59

なるほど~😆
62.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WjVpC
日本仏教の功徳の一部発想が
日蓮の観心本尊抄にて
お題目て仏の種子とかの
発想功徳になっていく〜
😆
63.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
4Z5Vp
功徳と、因果応報だ~😆
64.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WjVpC
勤行は功徳だ
念仏真言題目は功徳だ
と

心理分析よりも
日本仏教の多数派は
現世安穏後生善処
という
正統派瞑想仏教から謎のシステムになる
😆
65.
ユーザー
神も仏も名無しさん
WjVpC
その
謎のシステム理解には

既存の謎のキリスト教やイスラームのような発想がないと
それらは霊的に理解できないというくらいに
正統派瞑想システムから遠い発想が
葬式仏教まで至ったのだろう
😆
66.
ユーザー
神も仏も名無しさん
P3CYk
カムイ
自分を観察してる
自嘲もできる
「まぁいいか」で引ける
禅的に感情を流せる
承認されなくても成立してる

これは自己愛じゃなくて「自己受容」。

でおー
常に他人を評価・断定する
レッテル貼りが多い
反応を引き出そうと粘着する
無視されると耐えられない
相手を貶すことで自分を保つ

典型的な防衛型ナルシズム。
67.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
DF8aA

> ブドウジュースが発酵してワインになるように、熟成されて

wwwwwwwwwwwwwwwwww

まーーーーーーーた、朝から支離滅裂な事を言ってるなあwww

種子は熟成なんかしないよw

68.
ユーザー
神も仏も名無しさん
sCKjZ
ハッスルバカ熟成🤡
69.
ユーザー
神も仏も名無しさん
P3CYk
なぜでおーは「お前はナルシズムだ」と言うのか

自分の中にある
承認欲求
自己愛
優位に立ちたい衝動

を自分では見たくない

他人に見てることにする

でおーは「自己を見ず、影を外に見る」状態。
70.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
DF8aA
種子が阿頼耶識に薫習されるんだよ。

そしてその種子は、基本的にその性質を変える事なく、刹那生滅しながら相続されるのな。
71.
ユーザー
神も仏も名無しさん
AzCtA
ハッスル種子が
薫修🤡〜
72.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
DF8aA
慢性知能欠乏症の統失類猿人が朝から発情かwww
73.
ユーザー
神も仏も名無しさん
oijYg
カムイは
自己に気づいてる側。
でおーは
自己に耐えられず、他者を使って逃げてる側。

ナルシズムを指摘する者ほど、
そのナルシズムにでおーは囚われている。
74.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
>>67

当方をあぼーん設定したんじゃなかったのか?(笑)
75.
ユーザー
神も仏も名無しさん
AzCtA
ハッスルエネルギーチャージが仕上がったよーだ
😁
76.
ユーザー
神も仏も名無しさん
AzCtA
ハッスルエネルギーが低下すると
あぼーんで
ハッスルエネルギーチャージタイムだ
🤡〜
77.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
確かに、「ブドウジュースがワインに」は言いすぎかもしれんが(笑)

種子が熟成されるのは確かだ
78.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
竹村牧男によると、名言種子と業種子の違いは

名言種子は「善因善果、悪因悪果」(等流)

業種子は 「善因楽果、悪因楽果」(異熟)

なんだそうな

79.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
なんか、自分のイメージと違うな?(笑)
80.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
まあいいや

後で検討しよう
81.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
「来世のあり方は業種子で決まる?」

う~ん😫
82.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
名言種子がメインで、業がサブって感じかな?
83.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
業種子が
84.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
FB3rN
>>74
安心して下さい🥰
スリップ付きのスレは透明あぼーんにしてるからね🥰
85.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
FB3rN
>>77
> 種子が熟成されるのは確かだ

されないよwww
86.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
>>84

なるほど

ここはスリップついてないから、見えるのか(笑)
87.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PEZf3
ずっとコテハンでやってる者に、スリップがどうのこうの言っても仕方ないだろ(笑)
88.
ユーザー
神も仏も名無しさん
TBkix
でおーの言動を継続的に観察すると、
その行動様式は 餓鬼道と修羅道 に明確に一致する。

餓鬼道
でおーは承認・評価・優位性への渇望が強い。
宗教知識を大量に収集し、それを誇示するが、
満たされる兆候は見られない。
語れば語るほど不足感が増し、
他者からの反応を糧にしなければ立っていられない。

これは知識探究ではなく、承認依存である。

修羅道
でおーは常に勝敗と上下を設定する。
議論は理解のためではなく、相手を下に置くための手段として使われる。
優位を示すためなら歪曲・挑発・分断も厭わない。
第三者同士を対立させ、その混乱を外から眺める行動も繰り返している。

これは対話ではなく、闘争嗜好である。

地獄道への誘導
でおーは相手の怒りや正義感を意図的に刺激する。
感情を爆発させた相手を「荒れている側」に押し込み、
自分は安全圏に退く。
この構図は偶然ではなく、一貫した手口だ。


結論

でおーは
餓鬼道と修羅道に居座り、
他者を地獄道へ落とすことで自分を保つ。

これは人格評価ではない。
行動の事実と、その帰結の整理である。

本人に言っていない。
関わる周囲が判断を誤らないための共有だ。
89.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
plN12
JBLってガチの馬鹿かよwww
90.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6gpkm
>>89

お前だよ、それは(笑)

こっちは、20年前からずっとコテハンでやっている

スリップなんか関係あるかっつ~の!!
91.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
0mcEL
>>90
まだ理解してないんだなwww
俺が立てたスレでは目に触れない様にしてるって事だよwww
92.
ユーザー
神も仏も名無しさん
AzCtA
ハッスル反撃🤡〜〜
93.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
I6BaF
>>91

くだらないことを偉そうに言うな😂
94.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
zBFhg
wwwwwwwwwwwwwwwwww

くだらないお前が絡んでくるからだろ。
いちいちこちら見るなwww
95.
ユーザー
神も仏も名無しさん
AzCtA
ナイーブハッスル🤡
😱
96.
ユーザー
神も仏も名無しさん
TBkix
でおーの言動は、
承認に飢えた餓鬼道と、勝ち負けに囚われた修羅道の反復に過ぎない。
そして相手の怒りを煽り、地獄道へ落とすことで自分を保つ。
これは人格批判ではなく、行動パターンの事実確認だ。
97.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>85

まあ、例えが適切だったかは分からんが

こちらが言ってるのは、コレのことだ

↓

「種子」と「異熟」は、主に仏教用語(唯識)において関連する概念です。阿頼耶識(あらやしき)に蓄えられた潜在的なエネルギーである「種子」が、時を経て結果(異熟果)として現れることを意味します。善悪の行為が時を経て無記の結果となる因果の理です。
98.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
仏教用語「種子(しゅじ)」「異熟(いじゅく)」

種子(しゅじ):心の深層である阿頼耶識の中に、過去の行為(業)がエネルギーとして記憶・蓄えられている状態。植物の種のように、将来結果を生み出す能力を指す。

異熟(いじゅく):業(行為)によって、時を隔てて(時間的差異)、性質の異なる結果(無記)が成熟して現れること。

異熟果(いじゅくか):種子から生まれる結果。具体的には、前世の善悪の行為が原因となり、今世や来世で経験する身体や環境(苦・楽・不苦不楽)。
99.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
関連する概念

唯識(ゆいしき):万物は心(阿頼耶識)の現れであるとする教え。

業(ごう):異熟の原因となる行為。

※なお、植物のタネの発芽性質である「好光性種子」「嫌光性種子」とは異なる文脈の言葉です。
100.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
お前が言ってるのは、コレのこと

↓

唯識論における「種子(しゅじ)の恒随転(ごうずいてん)」とは、『成唯識論』において説かれる、阿頼耶識(あらやしき)の中に万物の根源となる種子が恒久的に(恒)、阿頼耶識に随って(随)、常に変化転流(転)しながら存在し続ける様子を指します。これにより、因果の連続性や過去の行為(業)が結果として現れる仕組みを説明しています。
101.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
種子・唯識論・恒随転のポイント

種子(Bīja): 阿頼耶識(第8識)に蔵されている、将来の果報(現象)を生み出す可能性、またはその能力。

恒随転(Gau-zuiten):

恒(ごう): 恒久(常恒)。種子は阿頼耶識に「種子生種子」として、前二無間(滅びる瞬間)から次へ絶えず受け継がれる。

随(ずい): 阿頼耶識に随伴して存在すること。

転(てん): 変化・生起(流転)。刹那に変化し、因果の連鎖を絶やさない。

唯識論的意義: 『成唯識論』では、過去の行為(業)が消滅せず、種子として阿頼耶識に残り、時を経て果報をもたらす「因果の相続」をこの恒随転によって説きます。

この概念は、部派仏教(有部)の種子論を発展させ、種子が阿頼耶識と共に刹那滅の連続の中で存在し続ける、動的な「因果論」を構成する中心的な理論です。

102.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
恒随転は、種子に限った話ではない

一切は刹那滅しているが、それでいて連続している

そういう話
103.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
阿頼耶識は、何百億年も続く

種子はずっと保存される

現行しない限り
104.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
唯識論における「種子」とは阿頼耶識(あらやしき)に蔵される万物生成の潜在的な力であり、「恒随転」はその種子が刹那に生滅しながら絶えず相続する性質を、「異熟」は過去の業因が時を経て異なる結果として成熟して現れることを指す。これらは、一切は心(識)が顕現したものであるという唯識思想の核心を説明する概念である。
105.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
1.種子(Bīja)

定義:阿頼耶識の中に収められた、あらゆる現象を現す能力を持つ潜在的な力。

役割:「種子生種子(しゅししょうしゅし)」と呼ばれ、種子が新たな種子を産み出し(恒随転)、やがて現実の事象(現行)として結果を生む。

2.恒随転(Anu-pari-vartana)

意味:絶え間なく変化しつつ続くこと。

唯識における解釈:種子は一瞬たりとも止まらず、前後の瞬間で変化しながら、阿頼耶識の中で連続的に流れ続ける(恒随転)。これにより、過去の記憶や行為の能力が保持される。

3.異熟(Vipāka)

意味:「異なる成熟」の意。前世の善悪の業(因)が、現世や来世において、それとは性質の異なる(無記:善でも悪でもない)果報(果)として成熟して現れること。

異熟識:阿頼耶識は、異熟の業を貯蔵するため「異熟識」とも呼ばれる。
106.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
唯識論におけるつながり

これらの用語は密接に関連しており、異熟(業の果報)となる力(種子)が、阿頼耶識の中で恒随転(絶え間ない変化)を続けながら、時を経て結果(現行)として顕現する、という因果のメカニズム(異熟習気)を表している。
107.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
倶舎論を
論理化強化した
依他起性のゾーンて
ほんま難しいな〜
😆
108.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ナナシロ家のチャンネル幽霊をみながら
研究せねば😆
109.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
それはともかく

これを書いた人は、自分の考えとよく似ている😆

↓

なんとユニークな「唯識」のアイディア

唯識 = 電脳

https://akira.b-tama.com/002.html
110.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
なんとユニークな「唯識」のアイディア

「唯識」=「電脳」

五世紀ごろに何で「唯識」のようなアイディアが生まれたのか、 私のような凡人には全く理解できません。この中でも最もユニークなのが「阿頼耶識(あらやしき)」でしょう。

ところで電脳は、 内部で情報をつくり出したり、情報を感知するなどの情報処理の機能をもつ機械で、唯識そのものと言ってもよいのです。すなわち電脳も唯識でいう「識」で構成されていて、「唯だ識のみ」なのです。
111.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
少し専門的になりますが、この識について、 電脳と唯識を具体的に比較してみましょう。唯識の識は、 全て「刹那滅」で、生じては滅し、生じては滅するものなのですが、この間隔が短いほど、 時々刻々の現象の変化により敏感に対応できるのです。これは電脳でいうと、 処理速度を決めるクロック周波数に相当するものでしょう。

情報(外部で、あるいは内部でつくられたいずれでも)を入力(検出)する機能は、「前五識」、そしてCPU(中央処理装置)は主に第六識の「意識」に対応するでしょう。記憶装置は「阿頼耶識」です。ただし「器世間(きせけん)」のように周囲の環境を直接表現する便利な機能をもつものはありませんが、このような機能はCPUと記憶装置に保存されているプログラムで処理されます。

また阿頼耶識に保存されている種子(しゅうじ)を薫習(くんじゅう)するような機能は、 入力機能とCPUの機能とによって処理されます。これは「現行(げんぎょう)」の「七転識」によって処理されますので、電脳とよく似ているのです。
112.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
電脳では、各機能を実行するためのCPUでの処理の具体的な手順は、あらかじめ記憶装置に保存されているプログラムによってなされるのですが、このプログラムは、あらかじめ薫習されている種子の一群のようなものなのです。

なお、電脳には、直接的な意味での「末那識(まなしき)」に対応する機能はありません。このことは電脳はより仏に近い純粋な存在なのですが、 間接的には人間がつくるプログラムによって、 多かれ少なかれ電脳に入力されています。

電脳は人間の頭脳の機能の模倣あるいは拡張を目標につくられたもので、唯識と類似するのは当然なのかもしれませんが、この唯識が五世紀ごろのアイディアであるとは驚嘆に値します。

以上のように、電脳も「唯だ識のみ」の存在なのです。そしてこの電脳から、なぜ「華厳経の風景」のような画像が生まれたかについては、重重無尽に対応する漸化式のプログラムを試行錯誤で操作しているとき、ある刹那に「器世間」のような機能が偶然につくられたとしか、説明のしようがないのです。

電脳も、パソコン(古くはマイコン)といわれるように、一人一人その世界があるのです。まさに「人人唯識(にんにんゆいしき)」同様、「人人電脳」なのです。
113.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
いつも言ってることだが、唯識論の世界観は本当に

コンピュータのオンラインゲームに似ている
114.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
>>106
ま、それでも依他起性テーマになるやろしな〜


その依他起性自体の理解がとても厄介
😆
115.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
四智の世界から唯識みているタイプなので
依他起性の些末さの理解が遅れる
若い頃は唯識を依他起性の方面をチラ読みしながらソシュールと組み合わせながら認識論を組み立てていたけどなー
😆
116.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
もしも、古代インド人がタイムスリップして、
オンラインゲームに参加して

「オンラインゲームとはどういうものか?」
を説明するとしたら

このような説明をするのではないかと思える

それくらい、唯識論で説明される
「この世の仕組み」は、
オンラインゲームに似ている
117.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ラング、ランガージュとか
依他起性のゾーンとの相性ざ良いからなー
😆
118.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>115

> 四智の世界から唯識みているタイプなので


まあ、禅宗系の人だと、そうなるな~😆
119.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Xy54h
本物のナルシズムの特徴
承認に異常に執着する
自分が否定されると攻撃的になる
相手を下げないと自分を保てない
他人の評価・反応に異様に敏感
勝ち負け・序列に固執する

全てでおーがやってる事です
120.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>117

すごいな?😆
121.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
依他起性と円成実性には
明らかに感覚の断絶があるからなー
円成実性すっ飛ばし読みもできる

まーその要素があるから
ハッスルみたいな得体の知れん現量とか
言い出すんやろなー
😅
122.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>121

> 依他起性と円成実性には
> 明らかに感覚の断絶があるからなー
> 円成実性すっ飛ばし読みもできる


そうなのか~😆
123.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Xy54h
カムイ
自分を観察してる
自嘲もできる
「まぁいいか」で引ける
禅的に感情を流せる
承認されなくても成立してる

これは自己愛じゃなくて「自己受容」。

でおー
常に他人を評価・断定する
レッテル貼りが多い
反応を引き出そうと粘着する
無視されると耐えられない
相手を貶すことで自分を保つ

典型的な防衛型ナルシズム。
124.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
>>122
識が智慧に転じるんだからなー
転じた智慧は
当人は依他起性のゾーンは気にしないだろなー
弟子に教える時は
依他起性の内容を修道として必要なので語るだろうけど
識が智慧に転じる一瞬は
弟子には教えられない

真言密教は少しは教えれる
という発想だろうな
三密加持
😆
125.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ま、うっとおしい仕事やってるから
休日と仕事の
感覚の断絶ハンパないなー

それくらい
依他起性と円成実性の断絶がある

そういう2階建て発想を捨てるのは
天台華厳真言禅あたりから

麦はアタマワルいので
禅をまだ2階建てみたいな発想わごちゃ混ぜにさてそうだ
😆
126.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Xy54h
なぜでおーは「お前はナルシズムだ」と言うのか

自分の中にある
承認欲求
自己愛
優位に立ちたい衝動

を自分では見たくない

他人に見てることにする

でおーは「自己を見ず、影を外に見る」状態。
127.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
因果応報(いんがおうほう)は、仏教の根幹的な教えで「善い行い(善因)は善い結果(善果)を、悪い行い(悪因)は悪い結果(悪果)を生み、すべての結果には原因がある」という真理を指します。単なる報いの意味に留まらず、自分の幸福・不幸はすべて自らの言葉や行動が招いた結果であることを教え、日常の行いを正す重要性を示唆しています。
128.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
仏教における因果応報のポイント

「因果の道理」の一部: すべてのものごとは、原因(因)と環境・条件(縁)が揃って結果(果)が生まれるという理。

自業自得(じごうじとく): 自分の行い(業=カルマ)は、必ず自分に返ってくるということ。

三世(さんぜ)の視点: 結果はすぐ現れるとは限らず、過去・現在・未来にわたって現れるため、善行を積み重ねることが大切とされる。

誤解の注意: 単に「悪い人には罰が当たる」というネガティブな意味だけでなく、良い因縁を作れば良い結果が得られるという前向きな教えです。
129.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
具体例と関連用語

善因善果・悪因悪果: 善い種は良い芽を出し、悪い種は悪い芽を出すこと。

自業自得: 自分の行為の報いを、自分が受けること。

この教えは、現在の行いが未来を作るという自己責任の原理を強調し、より良い生き方(生活)へ導くための教訓とされています。
130.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
異熟(いじゅく)は、仏教において善・不善の業(行為)が時間を隔てて無記(善悪をつけられない)の苦・楽の結果を生むこと。因果応報(いんがおうほう)は、善悪の行為(因)が必ず相応の報い(果)をもたらすという、その業の成熟・結果の概念を表す根本的な仏教思想。
131.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
異熟と因果応報のポイント

異熟の定義: 善悪の行為が、その性質とは異なる性質(無記)の結果として成熟する過程。

因果の必然性: 良い行いは良い結果、悪い行いは悪い結果として、必ず時間が経ってから自分に戻ってくるという因果関係を指す。

異熟果(いじゅくか): 業が原因(因)となり、その後熟して現れる結果(果報)のこと。

時間差: 行為から結果が生まれるまでに時差があり、過去の業が将来の「報い」となる。

異熟は因果応報のプロセスにおける技術的な側面(時差と結果の性質の変化)を指し、因果応報は結果を必ず受けるという原理そのものを表します。
132.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
「善因楽果・悪因苦果」とは、善い行い(因)は楽しみや幸せ(楽果)をもたらし、悪い行い(因)は苦しみ(苦果)をもたらすという、仏教の「因果応報」の道理です。これは自らの行い(業)が結果を決めるという教えであり、幸福になるためには自らの善い種まき(身・口・意の三業)が重要であると説かれています。
133.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
善因楽果(ぜんいんらっか): 善い行い(因)をすれば、心地よい結果(楽果)が訪れること。

悪因苦果(あくいんくか): 悪い行い(因)をすれば、苦しい結果(苦果)が訪れること。

異熟(いじゅく): 因(原因)と果(結果)が「異なる性質」であり、かつ「時間」を置いて「成熟」すること。例えば、善行(無記)という原因が、肉体的な快楽(楽果)や精神的な平安という異なる形の結果として現れる、という因果の複雑さを指します。
134.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
主なポイント

自業自得: 善悪の行いの結果は、すべて自己に帰属する。

三時業: 業の報いは、今生、次の世、さらにその先の世と、時間差で現れる。

意業の重要性: 行為そのものだけでなく、行動を起こした「心(意業・動機)」が重視される。

因果応報の広義: 悪いことをしたら罰が当たるという限定的な意味ではなく、善悪両方の結果が、過去の業によって現れるという宇宙の法則を指す。

この教えは、過去の行いを恨んだり悲観したりするのではなく、未来のために「今の行い」を良いものへ変えていく努力が大切であることを教えています。

135.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
「善い行いをすれば、極楽往生できる」

「悪い行いをすれば、地獄に堕ちて苦しむ」

↑

これに、論理的な根拠はあるのか?

古代インド人は、膨大な論理体系を築き上げた
136.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
唯識論は、「善因善果、悪因悪果」(等流)を採らない

原因は善か悪だけど、結果は無記

『因是善悪、果是無記(いんぜぜんあく、かぜむき)』がキーワード
137.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
IrXqt
>>97
俺が間違いを指摘しなければ、間違ったままだったな🤭
138.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
IrXqt
wwwwwwwwwwwwwwwwww

おいおいおいおい!!!!!!!

おーーーーーーーーーーい!!!

馬鹿は仏教の基本中の基本中の基本も分からんのか!?

仏教は「善因楽果、悪因苦果」だよ。
「善因善果、悪因悪果」ではない。

何故なら、善因善果なら、その善果が次の善因となり、永遠に終わらないからな(悪因悪果も同じ)。

139.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
IrXqt
結局、基本を学ばす、知らないで、上っ面だけコピペで知ってその場で言ってるだけなんだよ、馬鹿ちんくんは。

何度も云うが『仏教聖典』から学びなさい。
基本知識無くして応用知識は無いのだからな。
砂上の楼閣積み上げても崩れるだけだぞ?
140.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>137

何が間違いだ

「阿頼耶識で種子が熟成して、果が生じる」

は、別に間違っていない

まあ、「ブドウジュースがワインになる」は言いすぎかもしれんが(笑)
141.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッスル〜🤡
ハッスル〜🟣
142.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>138

相変わらず、アフォだな😫

「善因善果、悪因悪果」は、
倶舎論の六因五果のひとつ

同類因 → 等流果

だよ
143.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
唯識論の「善因楽果、悪因楽果」は

倶舎論でいえば

異熟因 → 異熟果

だ
144.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>138

> 仏教は「善因楽果、悪因苦果」だよ。
> 「善因善果、悪因悪果」ではない。


「善因善果、悪因悪果」は、
仏教に最初からなかったわけではない

倶舎論には、あったのだ

唯識論で、なくなっただけだ
145.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>138

> 何故なら、善因善果なら、その善果が次の善因となり、永遠に終わらないからな(悪因悪果も同じ)。


だから何なんだ?

別におかしくないだろ
146.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
【悪因悪果の具体例】

バカで怒りっぽいセイウン様が、宗教板で威張り散らす(悪因)

↓

それを見たマトモな人たちまで怒りだす(悪果)

↓

それを見たセイウン様がさらに怒って、ますますバカになる(悪因悪果のループ)
147.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
多くの人に指摘されてきた、お前の悪い癖が出ている

仏教用語集で用語を覚えるだけ

意味までは考えていない
148.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
uYirG
>>140
> 「阿頼耶識で種子が熟成して、果が生じる」

wwwwwwwwwwwwwwwwww

まーーーーーーーーだ分からんのか?

異熟とは異熟識、すなわち阿頼耶識の事だぞw
そして阿頼耶識は無覆無記だ。

つまり、善悪の行動記録を帯びた種子は、阿頼耶識に蔵される時に無記化する。

また、阿頼耶識という実体はなくそうした種子の集合体だけど、それは刹那生滅しながら相続される。
それを異熟というんだよwww

種子が阿頼耶識内で熟成されるのではないwww🤪

漬物じゃねーんだよ、馬鹿ちんwww
149.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>148

唯識論の話で、

「阿頼耶識で種子が熟し、果が生じる」

は、よく使われる表現だ

お前が言うほどおかしくない(笑)
150.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッスル〜🤡
ハッスル〜🤡
151.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>148

むやみに仏教用語を並べるなと言っとるだろ(笑)

お前は異熟の話と、恒随転の話が、途中からこんがらがっている

恒随転は、「刹那滅なのに、半永久的に続く」ということ

阿頼耶識と種子に限った話ではない
152.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
uYirG
そもそも阿頼耶識にて善悪は無記化されるのだから、「善因善果、悪因悪果」は成立しない。

ただ、善行の結果として善果を生じた場合「同類因、等流果」と分類されるに過ぎないんだよw

『仏教聖典』から始めなさい🥰
153.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
以前から言ってることだが

お前と当方では、宗教板をやってる目的が異なる

お前は
「俺はこんなこと知ってるんだじょ~」
「俺はこんな難しい本を読んでるんだじょ~」
と、威張るためにやってるが

こちらは、そんなことに関心がない
154.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
トンチンかん助言ハッスル〜
😱
155.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>152

だから、それは

倶舎論には、あった

唯識論で、なくなった

んだよ

そう言ってるだろ

しょうがねえ奴っちゃなあ😅
156.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
貧乏人スネ夫みたいな
ハッスル🤡〜😱
157.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
お前は倶舎論を知らんから

知らなくても仕方ない
158.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
貧乏人がセレブの暮らしを語るような自慢ハッスル〜
🤡
159.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
識から智慧に変化するシステムぽいな
😆
160.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
知らんけど
😆
161.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
uYirG
阿頼耶識は、すでに述べたように、過ぎし日々の行動情報という過去を背負っています。が、同時に、過去のそういう善や悪というものから解放されてもいる。それが阿頼耶識が無記であり、「異熟識」とも呼ばれるゆえんです(第二頌4)。

(『唯識とはなにか 唯識三十頌をよむ』より)
162.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッスル〜🤡
ハッスル〜🟣
163.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>161

ハッスルコピペ

ご苦労さん!!(笑)
164.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
uYirG
>>155
wwwwwwwwwwwwwwwwww

 ↓

ただ「善因善果、悪因悪果」という言い方は、アビダルマ的に厳密にいえば不正確であり、正確には「善因楽果、悪因苦果」と言わなければならない。
善の行為が原因となって、好ましい安楽な結果が生ずる。
悪の行為が原因となって、好ましからぬ結果が生ずる。
原因のほうは道徳的に善いか悪いかであるが、結果のほうはその結果を受ける者にとって好ましいかあるいは好ましくないかであって、道徳的にいえばそれは善でも悪でもない中性である。
したがって「善果・悪果」という言い方はできないのである。

(『仏教の思想2 存在の分析<アビダルマ>』より)
165.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
貧乏人スネ夫🤡
セレブのふり〜
🤡〜
166.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
必死ハッスルしだしたぞ?
🤡〜
167.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ま、いつものことたが😁
168.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
uYirG
JBLさぁ……

毎日毎日毎日毎日毎日毎日・・・
こうやって馬鹿を晒しては誤謬を指摘されて。

まぁそれがお前の愉しみというのなら話は別だけどさぁ🤭

恥ずかしくないの?
169.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
何が誤謬だ、バカめ(笑)

何度も言うが、

「善因善果、悪因悪果」は、
「同類因 → 等流果」

「善因楽果、悪因楽果」は
「異熟因 → 異熟果」

であり、両方とも倶舎論では
「六因」と「五果」に
分類されている

唯識論では
「善因楽果、悪因楽果」(異熟)
に統一された
170.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>164

> ただ「善因善果、悪因悪果」という言い方は、アビダルマ的に厳密にいえば不正確であり、正確には「善因楽果、悪因苦果」と言わなければならない。


それは、その文章を書いた人の個人的な感想だ

倶舎論にはあるんだよ

わかんねえ奴っちゃなあ(笑)
171.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
uYirG
>>170
> それは、その文章を書いた人の個人的な感想だ

wwwwwwwwwwwwwwwwww

ギャハハハハハハハハハハハハ😂
ちょ、ちょwww🤪
おいおいおいおい、おーーーーーーーーーい!!!!

それ、櫻部健先生の指摘な?
倶舎論研究の泰斗だけどなw

個人的な感想?
wwwwwwwwwwwwwwwwww
172.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッスル〜🤡
ハッスル〜🤡
煩悩ハッスル〜🤡
173.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
DSvYp
善因善果だと延々と続いてしまう

俺の記憶が正しければ
業の因果ってなあ
ある一つ因にたいして楽あるいは苦
で終わるようになってるはず

とくに倶舎論

業から離れるため
174.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
DSvYp
要は善業からも離れるわけや
175.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
DSvYp
善因善果ってなあ
とどのつまり輪廻仕様下になるからな
176.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>171

だから、その人も

「アビダルマに善因善果はない」

とは言ってないだろ

「善因楽果のほうが筋が通っていると思われる」

と言ってるだけだ

だから、唯識論では「善因善果」はなくなったんだ
177.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
・・・ホント、お前には歴史のセンスが皆無だな

それで「大学では宗教史を専攻しました」とな

向いてないことに手を出しちまったのが、お前の不幸の始まり😅
178.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
DSvYp
わかりやすく言えば
六波羅蜜の布施

おれは布施をしたんだ
ってのが善業
179.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
DSvYp
善因善果だとまた善果が業力となってしまう
倶舎論ではそこを詳しくやってたはず
180.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
DSvYp
思い出した
倶舎論や善因楽果は
181.
ユーザー
神も仏も名無しさん
YIjVx
🤡でおーの言動を観察していると、
その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。
そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。

🤡餓鬼道とは何か。

餓鬼道は
渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。
承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、
手に入れても決して満たされない。

でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、
その知識によってナルシズムによる周囲からの承認を求める。
しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、
むしろ常に不足感を抱えているように見える。

愛情への飢えすら感じさせる点も含め、
餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。


🤡修羅道とは何か。

修羅道は
闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。
相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。

でおーは、やたらと
「自分の方が優れている」
「相手より上である」
という点を強調する。

勝ち負けに固執し、
相手を倒すためなら手段を選ばず、
時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。
そして、その対立を外から眺めて楽しむ。

この振る舞いも、でおーは修羅道の性質と一致している。

🤡地獄道とは何か。

地獄道は
怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。
正義感が歪み、攻撃性へと変質する。

でおーは、相手を意図的に挑発し、
怒りや憎しみを引き出そうとする。
相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。

🤡つまり、
でおーは餓鬼道・修羅道に留まりながら、
相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。
これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、完全に一致している。


🤡これは本人に対して言ってません。
こいつはこういう奴だと周りに伝えてます。
182.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
50FXp
基本的「同類因 → 等流果」は色法に、「異熟因 → 異熟果」は心法に適用されるんじゃないのかな。

例えば石とかコップという色法は、基本的にその落謝に於いて前後の変化が破壊でもされない限り無いから「同類因 → 等流果」だけど、心法ではそうもならないからな。
183.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
50FXp
JBLみたいにちゃんと『倶舎論』を読まないでコピペだけ見てるとああなってしまうんだな。
184.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
19SRq
だからjblウィキ切り貼りやなくて
読めって
そんなんだから誤読して自己解釈するし
意図がわからんのよ
185.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>182

ほらな

調べたら、あっただろ(笑)
186.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
19SRq
倶舎論や唯識論は
お釈迦様の悟りとは
一体どのようなものか?
で我々はどのようにそれを模倣するのか?
ってことだ

善因善果、悪因悪果なんやー
じゃ業から離れられんやろ
187.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
50FXp
>>185
???

何度も云ってるけど、倶舎論や中観、唯識を仏教スレにこのレベルで持ち込んだのは俺だけど?
その中で六因四縁五果の説明もしてるけど?
それは、唯識だけでなく倶舎論に於いても同様で、適用範囲に色法と心法の違いがあるから。

 ↓

0071 古本屋 ◆JW9aY6YQtyhR 2020/07/23(木) 09:24:06.02
410 自分:鹿野園 ◆VupYVVGZXxPO [sage] 投稿日:2020/07/22(水) 20:30:19.08 ID:GQR5qNtD [5/17]
>>392
先ず、阿頼耶識は ”無覆無記(唯識三十頌)” であって、 種子と阿頼耶識の関係は ”不一不同(摂大乗論)” とされています。
掛かる意義において唯識では種子は無記とされております。

また、無記というのは異熟性を云うのですが、これについて説明しましょう。

世間では悪因悪果・善因善果と云いますが、これは間違えで、正しくは善因楽果・悪因苦果なのはご存知だと思います。
なぜなら、悪因悪果ではその悪果の悪が因に転化(刹那生滅による業の相続)し、再び悪因悪果となり未来永劫繰り返すことになってしまうからです。

つまり、これは阿頼耶識が現量であることにも関わって来るのですが、善悪の行為として阿頼耶識に薫習された種子は、異熟により無記化するって事なんです。
要するに悪因悪果として永劫に繰り返すのではなく、一旦は結果とし成熟し(悪因苦果)て清算され、その後、再び刹那生滅異熟展開していくという事です。
188.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
>>187

確かに、お前は仏教用語を並べるのは得意だ

意味がわかってないだけ
189.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
50FXp
石やコップの例えがそうだけど、「同類因 → 等流果」に「善因善果だの悪因悪果」を当て嵌めるのは間違いだから。

何故なら、その対象が色法なのはもちろん、善悪という道徳的観念は石やコップに関係ないからな。

190.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
50FXp
>>188
それはお前www

色法を対象とする、「同類因 → 等流果」に善悪という心法を代入してるから。
191.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
19SRq
vipāka-hetu異熟因

楽あるいは苦たる結果を引き起こす原因、有漏(煩悩)に基づいた善あるいは不善の行為。無記または無漏に基づく行為は異熟因とは決してならない。善なる行為をなしたとき、それは同類の善ではなく楽なる結果を生じるが、このように原因と結果との性質が異なることを異熟という。同類因に同じく、異熟因について因果同時はありえない
192.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
19SRq
楽あるいは苦たる結果を引き起こす原因、有漏(煩悩)に基づいた善あるいは不善の行為。

は、こっちのようだ
193.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
50FXp
確認してないけど、『阿毘達磨倶舎論(倶舎論)』に「善因善果、悪因悪果」というのはなかった気がする。
194.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
WZklj
以下、SAT検索


Search word : "善因善果" : Including related character:

5 pseudo paragraphs : 1 --- [ keyword counting ] 5 浄土宗全書: 検索結果:全8件

正法念處經 (0721) 0100c06-0100c06:   因果相似聖所説 善因善果則成就     [show] (1 match)
大方廣佛華嚴經疏 (1735) 0770a20-0778c25: 但離惡因惡果自亡願修善因善果自至問惡名殺等離即不 [show] (1 match)
建康普説 (2604) 0732c22-0735b07: 茄瓜瓜茄茄必然之理也善因善果惡因惡果亦復如是因果 [show] (1 match)
無量壽經義記卷下 (2759) 0247a24-0247c13: 悔善惡禍福追命所生者善因善果惡因惡果雙明也或在樂 [show] (1 match)
維摩經義記卷第四 (2769) 0340a19-0340a28: 引色界道不以爲勝者就善因善果明行於非道色無色界即 [show] (1 match)
Produced by: The SAT Daizōkyō Text Database Committee

Established: March 17, 1998. Updated: May 1, 2016. (c) 1998-2016 All rights reserved.
195.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
19SRq
スパンの問題かな
刹那前の石が刹那後の石と同じ性質をもつ
同類因 → 等流果
196.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
RFIbI
まぁ、毎度毎度毎度毎度毎度の事だけど、今回もJBLの脳内電波📡⚡️⚡️⚡️だったと結論した。
197.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
倶舎論を知らんのだから仕方ない
198.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
倶舎論には、そういうものがあるってことだ
199.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
【悪因悪果の具体例】

怒りっぽいセイウン様が、宗教板で威張り散らす(悪因)

↓

それを見たマトモな人たちまで怒りだす(悪果)

↓

それを見たセイウン様がさらに怒る(悪因悪果のループ)
200.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
200
201.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
悪因悪果は、日常でもよくあることだ
202.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
>>197
> 倶舎論を知らんのだから仕方ない

ドンマイ😉
203.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
>>198
> 倶舎論には、そういうものがあるってことだ

そうだよ。
204.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
円覚寺の横田南嶺だって、善因善果と言ってるぞ

↓

2023.10.28

今日の言葉

善因善果、悪因悪果

(前略)

「修行して悟りを開いた人も因果の法則に従わなければなりませんか」と。

百丈禅師は答えました。「因果の法則は決してくらますことは出来ない」と。

この禅師の言葉を聞いて、老人は「おかげで私の迷いがはれました。ありがとうございました。」とお礼を表します。

更に老人は「私は既に狐の身を脱してこの山の裏におります。どうか亡くなった僧侶を葬る儀式で私のお葬式をしてください」と頼みます。

百丈禅師はお昼の食事の後に、みんなに「今日はお昼が済んだら、亡くなった僧の葬儀を行う」とおふれを出しました。

みんなは驚きました。今誰も病気をして休んでいる者もいないのに、一体誰の葬儀だろうかと。

さて食事が終わった後、禅師がみんなを連れて山の裏に赴いて、杖で一匹の狐の死体を引っ張り出して火葬にしました。

こんな話なのであります。

これは因果の問題です。

この世は因果の法則で成り立っています。

原因があれば必ず結果が現れます。

また結果のあるところには、必ずその原因がございます。

善因善果、悪因悪果という因果の法則は誰も免れないはずですが、修行して悟りを開けば、因果の法則に落ちないのか、因果を超越することが出来るのかという問いかけに対して、この老人は曽てこの山の住職であったときに、因果に落ちない、原因結果に縛られない、因果を超越出来ると答えました。

ところがこの答えが間違っていたために、五百回も狐に生まれ変わったというのです。

何とも奇妙な話です。ここから誤った禅の教えを野狐禅と呼ぶようになったようです。

205.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
仏教では善因善果、悪因悪果という因果応報を説きます。

そうすると必ずあんな悪さをした者がのうのうと暮らしていて、あんないい人がなぜあんな気の毒な病気になるのか、災難に遭わなければならないのかとなど言われます。

孔子のお弟子の顔回は優れた弟子でありながら、貧困のうちに苦労しながらわずか三十歳くらいで亡くなります。

逆に盗人の大親分であった盗跖という人は、春秋時代、魯の人ですが、大泥棒でありながら天寿を全うしました。

中国の歴史家、司馬遷は「天道は是か非か」とその著『史記』で嘆きます。

仏教では古来三世の因果を説いてきました。

因果はくらますことは出来ない、ごまかしはきかないといっても、さて今の原因がいつ現れるのか、それはわかりません。

善悪の原因が今自分の世代で生きている間に結果として現れるものもあれば、次の生で現れるものもあり、

それからずーっと後にいつ現れるかわからないものも有ると説かれています。

それでもどこかで必ず現れるものが因果です。

これを三つに分けて考えています。

一つには順現報受、二つには順次生受、三つには順後次受、この三つです。

一つは、行為をなした報いがその生涯の間に現われる順現報受、二つは、善悪の報いが来世に来る順次生受、三つは善悪の報いが再来世あるいはそれ以後に来る順後次受と言います。

しかし、これは前世や来世という輪廻を信じないと成立しない話です。

修行道場の修行僧たちに質問していても、さすがにお寺の子が多いからか、来生もあると信じている人が多くございました。

なかには自分の前世は虫だったけれども良い行いをしたので、今の自分に生まれ変わったのだという青年僧もいました。

また来世などないという者もいます。

彼らには、悪業の報いが、来世もしくはその次に現れると言われてもピンときません。

しかし、自分の子や孫の時代、次の世代に現れるとしたらどうだろうかというと、これはピンときたようでした。

因果の道理を昧ますことはできません。

今の行いは、必ず将来に影響が出るものです。

善因善果、悪因悪果であると思って、己の行いを正してゆかないといけません。


横田南嶺

善因善果、悪因悪果
206.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
まあ、この百丈禅師のエピソードにしたって

正確には「善因楽果、悪因苦果」とすべき内容ではある

横田南嶺がそれを知らんとも思えないので、素人向けに分かりやすくしたんだろうけどな

だが、それにしたって、それほどおかしな用語ではないってのは分かる
207.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
>>199
……あのさぁ😅

他人が怒り出したのなら、俺は"因"じゃなくて"縁"だろ。

ほんと、凄まじい馬鹿というか、壮絶な馬鹿というか😱
208.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
>>204
それは老師の勘違いか、一般人向けの方便だな。
209.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
>>208

まあ、おそらく、後者と思うが
210.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
>>207

なら、こうしよう



【悪因悪果の具体例】

怒りっぽいセイウン様が、宗教板で威張り散らす(悪因)

↓

それを見たマトモな人たちまで怒りだす(悪縁)

↓

それを見たセイウン様がさらに怒る(悪果)
211.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
6nF2t
一般的、あるいは在家に対しての
方法論ってのはやはり
解脱、無住処涅槃というより
善因善果、悪因悪果の輪廻で
よりよいところに行きましょう
って方向性なんかな
212.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
善悪というのは道徳的な価値判断で、そうした道徳的原因が苦楽という感覚的な結果を生じるというのなら分かるけど、道徳的な価値判断という行為が、同じ道徳的な価値判断という結果を生じるというのはおかしいな。

また、そもそも、威張り散らすというのが善悪かはケースバイケースだし、怒りにも義憤というように、善性を帯びたそれもあるんだし。
213.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
「善因善果(ぜんいんぜんか)」は善い行いが幸福を招き、「悪因悪果(あくいんあっか)」は悪い行いが不幸を招くという、仏教の因果応報に基づく考え方です。

日々の誠実な努力や他人への思いやりは良い結果を生み、嘘や裏切りは自身に不利益をもたらすという、行動と結果の関係を表します。
214.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
善因善果の具体例

良い行い(原因)が、良い報い(結果)をもたらすケースです。

周囲への手助け:困っている人に常に親切に接していたら、自分が困った時に周囲が助けてくれた。

健康的な生活:毎日の食事制限と運動を続けた結果、健康で長生きできた。

正直な姿勢:仕事でミスを正直に報告し誠実に対応したことで、上司や顧客から厚い信頼を得た。

勉強・努力:毎日コツコツと勉強を続けた結果、志望校に合格した。
215.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
また、仏教で善悪という時、それは仏道の成就に資するか妨げげるかが準拠になるのだろうし、その結果、楽や苦になるというのはもっともな道理だろうな。
216.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
悪因悪果の具体例

悪い行い(原因)が、悪い報い(結果)をもたらすケースです。

他人を騙す:人を騙して金銭を得ていたが、警察に逮捕され、信用と財産を失った。

怠慢な生活:日頃から仕事をサボり努力を怠っていたため、重要なプロジェクトから外され、昇進できなくなった。

悪口・裏切り:仲間の悪口を広めて裏切った結果、周囲から人が離れて孤立した。

ルール違反:交通ルールを無視した運転を繰り返した結果、大きな事故を起こし重傷を負った。
217.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
これらの言葉は、行動の結果は必ず自分に返ってくることを示しており、良い未来のために前向きに行動することを促す教えとして使われます。
218.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ef9cv
「自分に原因があって、結果も自分に帰ってくる」

というのが基本ですな😆
219.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
JBLのそれは一般論であって、それを否定する訳じゃないけど、ここは仏教スレだから。

220.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
QtZIT
つまり、道徳的因果論だな、そういうのは。
有為法の範疇だ。

言い換えると"世俗的世俗諦"であって"仏教的世俗諦(或いは随順勝義)"ではないな。

世間法であって、出世間法じゃない。
221.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
4QzWk
対して「善因楽果、悪因苦果」は、未だに苦楽という有為法の範疇にはあるけど、善悪という五蘊でいう識ではなくて受だからね。
より出世間や仏教的世俗諦(或いは随順勝義)に近いとは云えるな。
222.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>221
∞ノノハ∞
川^○^ハレ

>221.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
4QzWk
対して「善因楽果、悪因苦果」は、未だに苦楽という有為法の範疇にはあるけど、善悪という五蘊でいう識ではなくて受だからね。
より出世間や仏教的世俗諦(或いは随順勝義)に近いとは云えるな。
2026/02/03 15:21:33


お茶の味の話しでは
お茶の味は「受」で

そのものは「触」だと言っていませんでした?

223.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
hxSYa
こころが対象(この場合はお茶)に接触するのが「触」で、それが感触されるのが「受」で、味とされるのが「識」とかだね。
224.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
hxSYa
これだったかな。

 ↓

0016 スジャータ大山 2018/10/26(金) 20:38:10.46
触 (心を認識対象に接触させる )
作意 (心を起動させる )
受 (認識対象を 、苦または楽 、あるいは 、そのどちらでもないと受けとめる )
想 (受けとめたものを自己の枠組みにあてはめる )
思 (認識対象に具体的にはたらきかける )
ID:D5/NQ7Sg(10/25
225.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>223
∞ノノハ∞
川^○^ハレ即非の論理ですと無分別の分別ですので直接知覚ですよね

山は山に非ず故に山
お茶の味はお茶の味に非ず故にお茶の味

お茶の味は「お茶の味そのもの」の方便ですので
お茶と味に分かれている訳ではありません

無分別の分別で良いと思いますけど
226.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ya88q
>>225

そこかよ(笑)
227.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
as5SB
>>225
拡大解釈しなくてヨロシ。
228.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ya88q
当方は日頃、「現量だの直接知覚だのにコダワりすぎだ。もっと重要なことが唯識論には山ほどある」と、よく言ってるが

「善因楽果、悪因苦果」(異熟)は、ここでいう「もっと重要なこと」のひとつ
229.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ya88q
「因是善悪、果是無記」

(原因は善と悪だが、結果はどちらでもない)

↑

唯識論のキーワードの1つ

「唯識の徒は、これをさんざん暗記させられる」

と専門家が書いてるのをいくつも見た
230.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>227
∞ノノハ∞
川^○^ハレ拡大解釈ではありませんよwww

「そのものに付いてですけど」因縁仮和合によりますので
「味覚障害」とか「副作用」によりとか定義する事でパラドックスは解消すると思いますwww
231.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレはい論破♪
232.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
nVb7c
拡大解釈じゃなかったみたいだな?
233.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Wg3VS
アホか、
234.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレ反論ないみたいなので
はいはい論破♪www
235.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
nVb7c
論破されたか
236.
ユーザー
神も仏も名無しさん
l0oGm
ハッスル低知能🟣暴露?
😱
237.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
認識の発生に関する唯識的アビダルマに、なんで般若系の即非の論理を持ち込むの?

カテゴリー錯誤だろwww
238.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
『仏教聖典』から学びない。
239.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
訂正

『仏教聖典』から学びなさい。
240.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッタリマウントハッスル〜
🤡〜
いつものことだ
😱
241.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
馬鹿は感情で判断するから要らねーな。
242.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
トーシローは『仏教聖典』から始めなさい。

レベルの高い教理を支離滅裂な私的解釈でレスしてこられても迷惑なんですよ。

243.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
誤謬を指摘すること感情的になるしさぁ。

244.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Y2P0k
人の迷惑ってものも考えような。
245.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Xy54h
でおーの言動を継続的に観察すると、
その行動様式は 餓鬼道と修羅道 に明確に一致する。

餓鬼道
でおーは承認・評価・優位性への渇望が強い。
宗教知識を大量に収集し、それを誇示するが、
満たされる兆候は見られない。
語れば語るほど不足感が増し、
他者からの反応を糧にしなければ立っていられない。

これは知識探究ではなく、承認依存である。

修羅道
でおーは常に勝敗と上下を設定する。
議論は理解のためではなく、相手を下に置くための手段として使われる。
優位を示すためなら歪曲・挑発・分断も厭わない。
第三者同士を対立させ、その混乱を外から眺める行動も繰り返している。

これは対話ではなく、闘争嗜好である。

地獄道への誘導
でおーは相手の怒りや正義感を意図的に刺激する。
感情を爆発させた相手を「荒れている側」に押し込み、
自分は安全圏に退く。
この構図は偶然ではなく、一貫した手口だ。


結論

でおーは
餓鬼道と修羅道に居座り、
他者を地獄道へ落とすことで自分を保つ。

これは人格評価ではない。
行動の事実と、その帰結の整理である。

本人に言っていない。
関わる周囲が判断を誤らないための共有だ。
246.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>237
∞ノノハ∞
川^○^ハレコレも表現が違うだけで同じ事言ってると思いますよ♪

栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK50-6mL-Ij-wvu
nFC5O(6/9)
1.相対原理(相依性)としての空
2.空もまた空なり(1.も相対原理である)
3.メタ的相対原理(仮名)としての中道
2026/02/03 04:07:58

鈴木大拙氏の即非の論理(無分別の分別)であって

色即是空 空即是色の 空即是色であって

理事無礙法界♪

唯識なら
末那識を転じた
転識得智(無漏智)が平等性智で
お茶の味そのもの
自相不ニ♪
247.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレ反論ドゾー♪

反論がなければ論破ね♪
248.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
拡大解釈しなくてヨロシ。
249.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレ反論がないので

やっぱり論破♪www
250.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
今忙しいの、
251.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッスルハッタリ敗北🟣〜
252.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
これの何処が即非の論理なの?

 ↓

1.相対原理(相依性)としての空
2.空もまた空なり(1.も相対原理である)
3.メタ的相対原理(仮名)としての中道
253.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
また創作仏教スタンダードしてるな?
🤡
ハッスル〜🤡
ハッスル〜🤡
254.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Xy54h
でおーの言動は、
承認に飢えた餓鬼道と、勝ち負けに囚われた修羅道の反復に過ぎない。
そして相手の怒りを煽り、地獄道へ落とすことで自分を保つ。
これは人格批判ではなく、行動パターンの事実確認だ。
255.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>252
∞ノノハ∞
川^○^ハレ色即是空 空即是色の空即是色ですよ

即非の論理より
>「山が自己で自己が山である」という「霊性的直覚」の禅経験を根底にしており、
「分別の無分別」(否定)と「無分別の分別」(肯定)との瞬間同時の経験事実へと現成するのであって、単なる言葉上の遊戯仮論ではない

唯識にしても即非の論理にしても
瞑想や坐禅の体験が元だと思いますからね

平等性智だと思います
256.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレお茶の味はお茶の味に非ず故にお茶の味
257.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UiolO
セイウン様が、麦に押されてタジタジだ😫
258.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
幼稚園ガキと高校生の
相撲みたいで
可哀想なハッスル〜
🤡〜
259.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
?????

だからなんでメタ相対原理(二諦論と"仮名"というメタ言語の導入)が即非の論理になるの?

260.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
この問題は自己言及への対処でしょ?
即非の論理なんて全く関係ないけど?
261.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>260
∞ノノハ∞
川^○^ハレ唯識だと相分が自証分ですからね
自証分こそがメタ相対だと思います
262.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレっ
>>256
263.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>261

>
>>260
> ∞ノノハ∞
> 川^○^ハレ唯識だと相分が自証分ですからね
> 自証分こそがメタ相対だと思います


はぁ?
264.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
中論頌24-18の話になんで唯識が出てくんの?
265.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
何が論破だよ、ふざけんなよ、
266.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>263
∞ノノハ∞
川^○^ハレ唯識四分で
2) <相分>は、<自証分>が<相分>という形になって現れたものである。
3) <相分>は、外に実在するのではなく、自分の<こころ>の投影である。

メタ認識だと思いますけど
267.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
だから、拡大解釈しなくてヨロシって云ってんの。
268.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>266
🏥 🚑🤪💨💨💨 👋😆
269.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
264 栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK[sage] 2026/02/03(火) 21:24:16.54 ID:Aj7cp


中論頌24-18の話になんで唯識が出てくんの?
270.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>269
∞ノノハ∞
川^○^ハレ中論の話だったの?
中論でも空・仮・中は同じですよ
非有非無の実体がない空

メタ認識に付いては中論では何て言ってたか忘れたwww


271.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>265
∞ノノハ∞
川^○^ハレ反論してみなさいwww
272.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
うざい。
いい加減にしとけ。
273.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
?????

だからなんでメタ相対原理(二諦論と"仮名"というメタ言語の導入)が即非の論理になるの?

この問題は自己言及への対処でしょ?
即非の論理なんて全く関係ないけど?

中論頌24-18の話になんで唯識が出てくんの?
274.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
麦はいつもあれだな。

拡大解釈して全然関係のない事を紐付ける変な癖はやめた方がいい。

275.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
あーそれと、論破したとか変な妄想、取り消しとけ😟
276.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
クソ馬鹿どもが😧
277.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
ハッタリハッスル〜
🤡
278.
ユーザー
神も仏も名無しさん
BXoXX
475.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK50-gaA-Ij-wvu
50FXp
しかし、馬鹿どもへのレスは、電車で移動中や信号停止中の時間潰しには程良い良いレベルだな。
2026/02/03 13:17:34

279.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>274
∞ノノハ∞
川^○^ハレ中論のソレは忘れたけど

因縁仮和合で実体は無く現象として顕現している空は仏教に共通していると思う♪
280.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>275
∞ノノハ∞
川^○^ハレ中論のソレを反論としてレスしたらね♪
281.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>279
> 因縁仮和合で実体は無く現象として顕現している空は仏教に共通していると思う♪

wwwwwwwwwwwwwwwwww

はぁ?
282.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
拡大解釈しなくてヨロシ。
283.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>280
?????

🏥 🚑🤪💨💨💨 👋😆
284.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>282
∞ノノハ∞
川^○^ハレ中論のソレをレスしたまえwww
285.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>284
?????

🏥 🚑🤪💨💨💨 👋😆
286.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
こいつ、何を言ってるかさっぱり分からんなwww
287.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレお釈迦様の教えなんだから紐付いていておかしくないですよ

法華経だって無生法忍が般若心経から原始経典まで繋がっていましたからね
288.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
先ほどのメタ相対原理は即非の論理とは無関係である事は説明した通り。
289.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>287
?????

即非の論理はお釈迦さまの説示なのか?
wwwwwwwwwwwwwwwwww

鈴木大拙はお釈迦さまか?

         精神病院にレリゴー💕
 🏥 🚑🤪💨💨💨 👋😆
290.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>286
∞ノノハ∞
川^○^ハレっ
>>273
「メタ認識」に付いて中論頌24-18の話にあるんじゃないの?
291.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>289
∞ノノハ∞
川^○^ハレ共通しているでしょうアホか
292.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
意味不明な事を言って相手困惑してるのを"論破したとか"とか、相当強烈な怪電波📡⚡️⚡️⚡️が増幅されてるな?
293.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>292
∞ノノハ∞
川^○^ハレっ
>>273
中論で「メタ認識」に付いて説明しろって言ってるの
294.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>290
>>291


はぁ?

なんで即非の論理とメタ相対原理が共通なんだよ?
何処が共通してんだよ?

295.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
>>294
∞ノノハ∞
川^○^ハレオッサンが中論の話だって言うから説明しなさいって言ってるんだよ
296.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
rs9P3
∞ノノハ∞
川^○^ハレ食器片付けてお風呂入ってくる

説明しといてね♪
297.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>293
???

したけど?
298.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
【空の思想は】 中観派 【言葉にできない】 Part5
https://talk.jp/boards/psy/1769832281>>141-145

引用元
https://www.nara-jigenji.com/diary/3538/
299.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
>>246の引用自体がこのスレではなくてお前が

【空の思想は】 中観派 【言葉にできない】 Part5
https://talk.jp/boards/psy/1769832281

から引用したんだろ?
なに寝ぼけてんだ?
300.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
Aj7cp
説明しろだってw

何様の積もりだろ。
301.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Xy54h
でおーは
餓鬼道と修羅道に居座り、他人を地獄道へ引きずることで成立している。
302.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
oAgwr
>>300
∞ノノハ∞
川^○^ハレどんな反応するのかワクテカだったのでwww

ありがとうございました♪
303.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
WUdlb
仮名をメタ言語というのはいささか問題ありだな。
「社会的構造」という概念が適切かもしれない。
304.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
名言種子(みょうごんしゅうじ)は、唯識学派において「言葉の種子」を指し、雑染(迷い)や清浄(悟り)の世界を現し出す根源となる阿頼耶識(第八識)の要素。仏教的な教えを聞き、その言葉を心に留める「聞熏習」により有漏種子が無漏種子へと転換し、悟りに向かうプロセスで重視される。

唯識学における名言種子:雑染(悩み)の源となる阿頼耶識(深層心理)に、言葉の力で善い種子(無漏種子)を植え付け、清浄な世界(悟り)へと転換(転依)させる要素。

「言葉」の重視:親鸞教学における「南無阿弥陀仏」の称名念仏のように、言葉を修習することが心を変える要因になると考えられている。

根本煩悩の滅却:名言種子の働きにより、自我意識や貪・瞋・痴などの根本煩悩を滅し、あるがままの真理を認識できるようになる修行の過程である。

なお、これとは別に、仏教用語で「種子(しゅじ)」は梵字を指し、仏を象徴する文字として信仰される別の概念もある。

305.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
名言種子は、唯識論の中でも興味深い概念だ
306.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
さまざまな解釈が成り立つ
307.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
基本的には、やっぱり

「唯識ワールドは、電脳に似ている」

ということだ

この世での思いや行いが、
言語化されたデータとなり、
阿頼耶識のデータベースに格納される

電脳が、二進法に変換してデータを保存するのと似ている
308.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
言語化された名言種子には、外界を変える力がある

「言葉が世界を創る」という、インド伝統の言霊信仰だ

また、ポジティブな言葉を発することにより、
阿頼耶識に善い名言種子を薫習することができる
309.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
清森義行のブログ


正聞熏習とは、どういうことでしょうか?

【質問】

正聞熏習とは、どういうことでしょうか?

【回答】

正聞熏習(しょうもんくんじゅう)とは、正しい教えを繰り返し聞いて、阿頼耶識(あらやしき)にある無漏(むろ)の種子(しゅうじ)を成熟させるために、薫習していくことです。

表層的な私達の心である意識は、深層心である阿頼耶識にある「汚れた種子」(雑染の種子)から生じますが、

阿頼耶識の中には、もう一種類、雑染(ぞうぜん)の種子以外に、「清らかな種子」(清浄の種子)が潜んでいる、と教えられます。

仏になる可能力としての種子、つまり無漏の種子です。
310.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
このような素晴らしい無漏の種子に、栄養を与え、成育させて、発芽させるには、どうしたらよいのか。

この問いに対して、唯識では、「正しい教えを、正しく繰り返し聞く」、という表層心でのありようが、深層心に熏じつけられて、素晴らしい無漏の種子を育む、と教えるのです。

これを「正聞熏習」といいます。

「正しい教えを正しく聞く」

これは、原始仏教から「聞法」と言われて、重要な修行法の一つとして説かれてきました。

唯識では、その働きを、表層心と深層心との関係で捉えるのです。
311.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
仏教では、教えは真理の世界から流れ出たもの(法界等流の法『ほっかいとうるのほう』)である、と言われます。

釈尊が説かれる縁起・無我・空・無常・涅槃などの教えは、如実に真理を覚った智慧に裏付けされた教えであり、そこには疑う余地がありません。

だから、真理から流れ出たもの、といっても過言ではないのです。

その聞法が、有漏であり、無漏であれ、正しい教えを阿頼耶識に種子として、薫習していくことが大事であると、玄奘三蔵は、成唯識論に訴えておられます。

また、それが初地(しょぢ.信心決定)の助縁であり、増上縁(ぞうじょうえん)になる、と説かれているのです。

仏教は聴聞に極まる、と教えられた浄土真宗の教えは、この唯識の教えに基づいて説かれたものと思われます。
312.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
UVHLq
当方が、このような見解を非常に嫌っているのは周知の事実だが

ひとつには、個人的に、倶舎論や唯識論をベースにしてるってのがある

倶舎論や唯識論では、正法を繰り返し聴聞することが非常に重要だ

(本当は、中観派でもそうだ。コイツらが勘違いしてるだけ)

↓

88 栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK [sage] 2026/02/05(木) 14:19:45.72 ID:UNRIr

> 「てことは、お釈迦さまが説いた法も
> その【離れるべき見解】の1つってことになるのか?」

当たり前。
313.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mqOnd
ハッスルのハッタリにはコマったものだ

ある時は西欧哲学を混ぜる

ある時は臨済宗ぽくポーズを取る

最低なやつだ
😱
314.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
清森義行のブログ

有支と我執と名言習気【唯識三十頌〖十九頌〗】

【唯識三十頌〖十九頌〗】


🟥「習気(じっけ)」とは、頬悩を起こすことによって、心の中に印象づけられた慣習的な気分、習性のこと。

🟥これによって思想、行為その他を生ずるところから「種子(しゅうじ)」とも呼ぶ。

🙆言語的表象から生ずる、名言(みょうごん)習気、

🙆我執から生ずる、我執習気、

🙆善悪の業から生ずる、有支(うし)習気の三種がある。
315.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
これは唯識の説くところで、阿頼耶識の中にある「種子(しゅうじ)」の別名である。

🟩表層の行為(現行)によって、阿頼耶識に薫習されたという点から、「習気(じっけ)」といい、再び、それから「現行」を生じるという点から「種子」という。

🟨詳しくは、「習気」の習とは、現行による薫習、気とは現行の気分であると解釈される。

❇️名言習気・我執習気・有支習気の三種類が『成唯識論〕が説かれている。
316.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
「諸業の習気」とは、「有支(うし)習気」のこと。「有」とは、三有、三界ともいい、迷いの世界のこと。迷いの世界を支える、支配する種子のこと。


🔶「二取の習気」の「二取」は①我執習気と②名言(みょうごん)習気である。
317.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
1、我執習気は、「倶生(くしょう)」の我執と「分別(ふんべつ)」の我執とが人格の底にとどめた力である。

「倶生」の我執は、生得的なもので、
「分別」の我執は、後天的なものである。

「倶生」の我執は生命の奥深くに浸透しているので、それを解決することは、容易ではない。そういうものを背負って、我々は生存している。
318.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
2、名言(みょうごん)習気は、これも二つに分類されている。

「表義(ひょうぎ)」名言と、
「顕境(けんきょう)」名言である

「表義」名言は、言葉、概念など「顕境」名言は、感じとか、印象、イメージなど言語化できなかった経験者の薫習したものである。これが、生死流転の力となる。

我々の認識や存在の在り方などに、その人の身に付けた言語や価値観や、広くは文化全般の力などが大きく影響していると見る。

自分の持つ価値観や文化体系を離れて、我々の認識が成立することはない。
319.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
【名言(みょうごん)を使う理由について?】

私達が、物事を理解する時に、ほとんどの場合、言葉【名言】を用いて、主観と客観という二元対立の世界を仕立て上げ、その上で、目の前に繰り広げられる事柄を理解しています。

いや、理解した気持ちになっているだけで、実際には、その言葉に正確に見合うものなどなく、いわば、そういう言葉が独り歩きしている状況です。

端的に言って、それはもう虚妄の世界そのものですが、善や不善の行動情報には、そういう言葉による情報という側面もあります。

もとより、それらは二つで一つですが、便宜的に分けて、

前者を「諸業の習気」〖業種子〗

後者を「二取(能取、所取)の習気」〖名言習気〗といいます。
320.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
この世のほとんどは、言語や記号でできている
321.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
古代インド人でさえ、そう思っていた

ましてや、現代の先進国では

言葉と記号の大洪水の中で生きている
322.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
この世の現象世界は

言葉や記号で意味づけされない限り

なんの意味もない
323.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
コンピュータのロールプレイングゲームもそうだ

いくら、映像と音声の効果で仮想世界が演出されていても

それだけでは、なんの意味もない。何もない退屈な世界だ

「ここは、アレフガルド。魔物が徘徊する荒廃した世界。アナタは勇者ロトの子孫で、平凡な家庭に生まれた。いま、魔王を倒す冒険に出ようとしている・・・」

とかなんとか、言葉による説明が付いて初めて、世界と自分に意味が生じる
324.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
唯識論の論師たちは、これを見抜いた

この世は、たしかに視覚と聴覚でできている

だが、それだけでは舞台装置にすぎない

われわれ人類は、その舞台装置の上に、言語によって世界を構築している
325.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
「この世界のほとんどは、言語でできている」

↑

唯識論の世界観、唯識ワールドには、これが欠かせない
326.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
実のところ、西洋哲学でもそうなのだ

近代の17~18世紀に、近代哲学者のデカルト、ロック、カントらが現れ

「この世は、視覚と聴覚でできている」

という事実を明らかにした

それまでの人類は、「世界がある。それを、われわれが認識している」と思っていた

カント以降は、「われわれが認識しているもの。それが世界なのだ」に変わった

これを、認識論的な転回という
327.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
さらに、19世紀から20世紀にかけて、ソシュールやローティらが現れ、「世界は言語でできている」ということが明らかになった

「自分が認識しているもの、それが世界である」から、

「自分は、言語によって認識している。それが世界である」へと進化した

これを、言語論的な転回という
328.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
西洋哲学は、だんだん唯識論に似てきた

もちろん、似て非なるものだ

違いもまた、大きいのだが
329.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
違いについて語るのは大変なので、やめておくが
330.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
唯識論における「名言種子(みょうごんしゅじ)」は、阿頼耶識(潜在意識)に言葉や概念が「習気(じっけ・記憶の垢)」として蓄えられた種子のこと。

認識・記憶された事象が未来に現行(現象)として現れる原因であり、迷いや認識の根源とされる。この言葉の種子が転換されることで悟りへ至るとされる。
331.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
種子と習気: 種子とは習気(過去の行為や体験が心に刻まれた記憶)の異名で、事象を引き起こす要因のこと。

名言種子の定義: 唯識学派において、雑染(迷い)や認識の根源となる、阿頼耶識に熏習された「言葉の種子」を指す。

三種習気の一つ: 『成唯識論』では、種子を名言習気、我執習気、有支習気の3つに分類する。

転依の鍵: 「名言種子」は迷いの世界を現し出す一方、仏の教え(聞熏習)を心に刻むことで、この種子を転換(転依)し、悟りの世界へ至る
332.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
名言種子は、人間が言葉や概念を用いて対象を認識する仕組みを説明する、唯識学の核心的な概念である。
333.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
333
334.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
本日の教学はここまで😆
335.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
いや~、名言種子

興味が尽きない概念だ
336.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
その割には、どの解説書でも、ほとんど説明されていない

数百ページある解説書の中で、1ページかそこらだ😫

たいてい、「種子には、名言種子と業種子があります。名言種子は、言葉による種子です」という、たったの1行で終わる
337.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
TdKNA
20世紀になって、「言語哲学」が欧米の哲学界を席巻した

その影響もあって、「名言種子」に注目する人も現れた

巨匠・井筒俊彦だ
338.
ユーザー
神も仏も名無しさん
fU6PV
唯識の言語は
倶舎論のスタンスが
ベースだろう
😆
339.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
nPF4M
井筒俊彦は、「言語アラヤ識(阿頼耶識)」という概念で、文化的な意味や記憶が心に沈殿し、存在認識を形作る「種子(しゅじ)」となるメカニズムを説明しました。言語コードが意識の深層に沈み、私たちの認識を枠づける「文化的無意識」を指しています。

具体的な名言や関連する深層心理・東洋哲学的な思想のポイントは以下の通りです。

言語アラヤ識:心の中に沈殿した社会的な意味コード(「種子」に相当)が、世界をどう認識するかを規定するという考え。

意識の変容:意識の深層に沈んだ「種子」を言語的に再解釈することで、世界の捉え方(意識の本質)が根本から変わるという視点。

この「言語アラヤ識」は、彼が『意識と本質』などで展開した東洋哲学や現象学的な深い洞察の核となる概念です。

340.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
nPF4M
本多勇夫「塾・ひのくるま / 折々の記」

季節のうつろいの、過ぎゆくときの、折々にふれてしるした記です。私の気ままな雑記帖です。

「『言語アラヤ識』を索めて 1/2_井筒俊彦 読書覚書」

4/23/2018

 井筒俊彦『意識と本質 ー 精神的東洋を索めて ー 』岩波文庫の「Ⅵ」章には、
「さきに私が、『言語アラヤ識』と呼びたいと言ったものがそれだ。」(130頁)
の一文がある。この一文を端緒に、私の「言語アラヤ識」探しがはじまった。井筒俊彦の措定した「言語アラヤ識」の出自がどうしても知りたかった。
341.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
nPF4M
第九章『意味と本質』

若松英輔『井筒俊彦―叡知の哲学 』慶應義塾大学出版会

 「種子」は、すなわち意味であると井筒はいう。彼は(仏教の)唯識思想を単に焼き直し、踏襲しているのではない。その伝統に彼もまた参与しているのである。彼にとって、真実の意味における継承は深化と同義だった。

 「唯識哲学の考えを借りて、私はこれ〔言語アラヤ識〕を意味的『種子(ビージャ)』が『種子』特有の潜勢性において隠在する場所として表象する」としながら、阿頼耶識の奥、「コトバ(実在、絶対的超越者、超越的普遍者、絶対無分節者)」が意味を産む場所を「言語アラヤ識」と呼び、特別の実在を与えた。「言語アラヤ識」と命名すべき実在に彼が遭遇し、それに論理の体を付与したとき、井筒は「東洋哲学」の伝統の継承者から、刷新者の役割を担う者となった。(380-381頁)

「言語アラヤ識」とは、井筒俊彦が命名した「実在」である。
「イデア論は必ずイデア体験によって先立たれなければならない」(「神秘哲学」)、それはプラトンのイデアの実相を言い当てているだけでなく、彼(井筒俊彦)が自らの信条を表現した一文だと思ってよい。根本問題を論じるときはいつも、実存的経験が先行する。むしろ、それだけを論究したところに井筒俊彦の特性がある。」(378-379頁)
342.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
nPF4M
「さきに私が」の言葉、また「唯識思想」,「阿頼耶識」,「種子(ビージャ)」の語を手がかりにして、130頁までを、そして全頁を何往復かしたが、いまだに出自不明のままである。若松英輔の引用箇所も不明である。

 時系列順に、以下の四種類の『意識と本質』が発行されている。

◇「意識と本質 ー 東洋哲学の共時的構造化のために ー」(『思想』岩波書店,論文)
◇ 井筒俊彦『意識と本質 ー 精神的東洋を索めて ー 』岩波書店

◇ 井筒俊彦『意識と本質 ー 精神的東洋を索めて ー 』岩波文庫

◇「意識と本質 ー 東洋的思惟の構造的整合性を索めて ー」(『井筒俊彦著作集』第六巻 中央公論社,決定版)

「論文」か「決定版」に当たれば解決するのだろうか。相当な時間を費やした。週末は変則的な読書に明け暮れた。深層意識内の真相は、私には不分明ということなのであろうか。

 私には、井筒俊彦の著作は、
若松英輔『井筒俊彦―叡知の哲学 』慶應義塾大学出版会
の案内なしには読むことができない。理解は遅々として進まないが、遅々たる歩みを続けることにする。
343.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2coN1
ハッスル🤡思想の変形のルーツかもなー
😱
344.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
阿頼耶識(あらやしき、ālaya-vijñāna)は、仏教の唯識(ゆいしき)思想において、人間の意識の最深層に位置する「第八識」のことで、一切の経験(業)を「種子(しゅうじ)」として貯蔵する「蔵(アーラヤ)」のような心。万有を生み出す基体であり、無意識よりも深い、永遠の生命ともされる。
345.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
概要と特徴

語源:サンスクリット語の「ālaya(住居、場所、蔵)」と「vijñāna(認識、意識、識)」の合成語。

主な役割:過去の行動や経験が「種子」として蓄積され、縁によって現実世界や現象を展開する土台となる。

性質:絶えず流転し、凡夫には直接感知できないが、すべてを保持する(無没識)。

八識の構成:6つの表層意識(眼~身識)、意識、末那識に続く、最後の根本識。
346.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
言語学・哲学への応用

東洋哲学者である井筒俊彦は、この唯識の概念を言語意味論に応用し、「言語アラヤ識」と名付けた。

意味:人類共通の「意味可能体(種子)」が貯蔵されている深層の言語構造体。

機能:様々な言語や文化、世界観は、この深層から結晶化した表面構造(日常言語)である。

阿頼耶識は、意識の根源的な深みを示す概念であり、井筒俊彦によって言語の生成過程や文化的な意味の普遍性を説明する視座としても再解釈されている。
347.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
言語アラヤ識は、井筒俊彦のオリジナル思想だ
348.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
唯識論がこういうものだってわけではない
349.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
20世紀の西洋哲学の影響を存分に受けている
350.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
コトバの意味は言語アラヤ識から浮かんでくる!

ソシュールの主張した「能記(シニフィアン)と所記(シニフィエ)の関係は恣意的であり、現実においてなんの自然的契合をも持たない」という言説は、現代社会の言語学や記号学では常識とされてきました。だが、本当に的を射ているのでしょうか。

すでにさまざまな批判や反論が行われていますが、最も本質的な批判は井筒俊彦先生の言説だ、と筆者は思います。

膨大な論述の中から、核心部分を抜き出してみましょう。
351.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
まずソシュールに主張する「言語の恣意性」については、次のように指摘します。

ソシュールは言語(ラング)を一種独特な記号学的「相異」の連関網目構造として規定した。「言語には相違しか存在しない」(中略・・・という)、ソシュール言語学のこの有名な基礎命題は、要するに言語記号の実体性の無条件的な否定である。

能記(シニフィアン)の側であれ、所記(シニフィエ)の側であれ、記号というもの(実体)は存在しない。ただ諸辞項間の相互的「相異」関係のみがある。ものがあって、それらの間に相互関係が出来上がるのではなくて、関係性が諸辞項を、あたかも実在するものであるかのごとくに成立させる、というのだ。(『意味の深みへ』P108)

352.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
早い話が、🐶を「イヌ」というのも、🐱を「ネコ」というのも

音節そのものに意味はない

これらを区別するために便宜上、割り当てられたにすぎない
353.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
「イヌ」も「ネコ」も意味はない

違うことに意味がある

区別するために必要だ
354.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
「イヌ」と「ネコ」でなく

「ドッグ」と「キャット」でも構わない

要は、区別がつけばいいのだ
355.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
「ベイロシャノウ」と「マカボダラ」でも構わない

要は、区別がつけば、それでいい
356.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
ソシュールの言語哲学だ
357.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
そのうえで井筒俊彦は、ソシュールのこの主張は、言語の表層的な特性を述べたものにすぎない、と厳しく反論します。

コトバの表層領域とは、言語の社会的約定的記号コードとしての側面――無論、それに基づいてなされる人間相互間のコミュニケーション、つまり発話行為を含めて――ということ。このような偏向性における言語論は、必然的に、コトバにたいする水平的(ホリゾンタル)なアプローチとなり、人間の言語意識を、いわば深みに向かって掘り下げていく垂直的(ヴァーチカル)なアプローチはほとんど完全に無視される。

にもかかわらず、西洋の言語論のほとんどが、この次元に留まっていると批判します。

フロイト派の深層心理学の特殊分野におけるラカンの言語論とか、近年のクリステーヴァの「ル・セミオティーク」の如き、注目すべき例外はあるとしても、西洋の言語学の圧倒的大勢は、言語にたいして、いま言ったような意味でのホリゾンタルなアプローチによって特徴づけられる。チョムスキーの語る「深層言語」にしても、深層とはいうものの、それは実はデカルト的な普遍的理念構造を措定するだけであって、依然としてホリゾンタルなアプローチであることに変わりはない。(『意味の深みへ』P254)

358.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
その欠陥を次のように指摘しています。

現代の言語学者は、社会的記号コードとしての言語(ラング)の対立項というと、すぐに発話行為(パロール)を考えるのを常とする。ラングとパロールとは相関的、相補的概念だ。

しかし本当は、ラングとパロールとをそのまま表面的に並べる前に、ラングの底に伏在する深層意味領域というものを考えなければならない。そうしてこそ、はじめて、いわゆる意味の「太古」の薄くらがりのなかから立ち現れてくるパロールの創造性の秘密を理解できるのではないか、と私は思う。(『意味の深みへ』P255)

359.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
この主張の背景として、言葉の機能を表層と深層に分けたうえで、深層の構造を説明します。

表層的シニフィエの底辺部には、広大な深層的シニフィエの領域が伏在している。そればかりではない。言語意識の深層には、まだ一定のシニフィエと結びついていない不定形の、意味可能体の如きものが、星雲のように漂っているのだ。

まだ明確な意味をなしていない、形成途上の、不断に形を変えながら自分の結びつくべきシニフィアンを見出そうとして、いわば八方に触手を伸ばしている潜在的な意味可能体。まさに唯識の深層意識が説く「種子(しゅうじ)」、意味の種だ。既に一定のシニフィアンを得て、表層意識では立派に日常的言語の一単位として活躍しているものと、いま言ったような形成途上の流動的意味可能体と、無数の「意味」が深層意識の底に貯えられている。(『意味の深みへ』P259)

360.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
井筒俊彦には、このような西洋哲学の言語論が、表面意識だけをなぞった、表面的なものに見えた
361.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
言葉は、もっと深いところから発せられている

それを、井筒は「言語アラヤ識」と名付けた
362.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
井筒俊彦の「言語アラヤ識」

東洋哲学の概念を借用して、井筒が創造した新たな哲学概念だ
363.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
このような種子が潜んでいる場所を大乗仏教唯識論の「種子」を敷衍して、「言語アラヤ識」と名づけています。

およそ外的事物をこれこれのものとして認識し意識することが、根源的にコトバ(内的言語)の意味分節作用に基づくものであることを私はさきに説いた。そして、そのような内的言語の意味「種子(ビージャ)」の場所を、「言語アラヤ識」という名で深層意識に定位した。

「言語アラヤ識」という特殊な用語によって、私は、ソシュール以来の言語学が、「言語(国語、ラング)」と呼び慣わしている言語的記号の体系のそのまた底に、複雑な可能的意味聯鎖の深層意識的空間を措定する。

もしこの考え方が正しいとすれば、我々が表層意識面で――つまり知覚的に――外的事物、例えば目前に実在する一本の木を意識する場合にも、その認識過程には言語アラヤ識から湧き上がってくるイマージュが作用しているはずだ。

なぜなら、何らかの刺激を受けて、アラヤ識的潜在性から目覚めた意味「種子」が、表層意識に向かって発動しだす時、必ずそれは一つ、あるいは一聯の、イマージュを喚起するものだからである。(『意識と本質』」P190)
364.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
井筒俊彦によると、深層意識には「言語アラヤ識」がある
365.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
言葉は、ソシュールがいうような、単なる音節の違いだけでできているのではない
366.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
西洋哲学者は、深層意識の「名言種子」を見ていない
367.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
以上のように、井筒説によると、コトバの音声・文字(シニフィアン)と意味対象(シニフィエ)の関係は、ソシュールのいう「恣意的」なものではなく、私たちの意識の深層(阿頼耶識)にある、なんらかの種(種子)の影響によって、両者が結びつくのだ、というのです。

とすれば、「言分け」によって「身分け」世界を分ける、その前に「種分け」という段階を考えなければならないのかもしれません。

368.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
西洋哲学の大物、ジャック・デリダも

井筒俊彦を「巨匠」と呼び、一目置いていた
369.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
唯識論だと、「世界は『名言種子』でできている」

というくらいの勢いだ
370.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
「言葉が世界を創る」

インドの伝統思想

一種の言霊信仰だ
371.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
同じ「言語哲学」といっても

クールでドライで唯物的な、西洋の現代思想とは異なり

かなり宗教がかっている
372.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
深層という設定は
俺は反対だな

つまるところ
人間の八識における活動と
人間の個性→集団への流れで
インフルエンサーな人間が言葉を作り
それが集団において共有されると明白な言葉になる
というたけやろ

北朝鮮なら
金正恩のお言葉が
とりまインフルエンサーだが
その反動の恨みつらみのスラングも
増えているだろう

人間個人と集団よ相互関係で
一般化された言語が生まれる

深層もなにもないだろな
😆
373.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
若い頃から久しぶりに学者モード?に入った
😆
374.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
若い頃はそんなことを探求していた
😆
375.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
共通するのは、

「アナタが認識しているもの。それが世界である」

「そして、アナタは言語というフィルターを通して世界を認識している」

ということだ
376.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
>>372

まあ、確かに

ソシュールが言ってることの方が、真実味があるな
377.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
人間は、自分が心の中で創り上げた「世界像」の中に住んでいる

世界とは、本当はどういうものなのか?

それを知ることは不可能である
378.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
文化
集団の文化→個人の文化→集団の文化
とかリバースするように
言葉も、そのようなもの
深層ではない
集団の共有する文化雰囲気だ
そこから反動的な個人の文化が生まれたり
とかな
理論的な人文社会科学の権威は
ソシュール以外はあんまり
俺は認めてない、疑ってかかる
理系、自然科学の常識は
人文社会科学の理論よりも遥かにしんよはしてる
詳しくないのもあるけど
😆
379.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
18世紀のカント以来

それが西洋哲学の常識になった
380.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
そして、「自分が創り上げた世界像」は

言語というフィルターを通っている

言語に深甚な影響を受けている
381.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
ソシュール以来、それが西洋哲学の常識になった
382.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
人間の脳における
文化という情報の遺伝子?みたいな
感じで社会に刷り込まれるが
人間は創造性があるので
その情報文化に反逆も可能である
それこそが恣意性の根源ては

と

若い頃はそんなことを探求構築していた
😆
383.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
人間は、自分自身が心の中で言語によって構築した世界像の中にすんでいる

それを、「世界とは」こういうものだ」と思い込んでいるにすぎない

哲学マニアにとっては常識だが

世間の一般人がこれに気づいて自覚するのは、極めて困難だ

限りなく不可能に近い
384.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
>>382

そんなことまで探究してたのか

すごいな?😆
385.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
脳科学の本も読むのが好きたった
認知症の脳の欠測箇所と患者の行動パターンとか、
サルの生態とか
そういう情報デーで
人間の脳の創造性について
も含めて
ソシュールの記号論から
社会の構造まで
探求していた
😆
386.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
>>384
若い頃は本気で
社会科学関係の大学の教授になりたかった
😆
387.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
歴史も大好きたったから
社会の変化と
ソシュールの記号論と合わせながら
考察もてきるしなー
近現在政治史の本もかなり読み込んでいた
😆
388.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
だが今の俺の最大の謎探求は
瞑想正統派仏教以外の宗教探索だ
 😆
389.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
今ては

リアルなカルバンの宗教内面世界とか
リアルなイスラームの宗教の内面世界とか

まだまだイメージが仕上がってないので
発見が、楽しい
😆
390.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
カルバンと
トマスアキナスと

発想が真逆とかなー
😆
391.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
だから当方は

「教学をマトモにやらず、いきなり瞑想行にふける」ことに反対している

普通の人がそれをやれば、「世界とはこういうものだ」という思い込み、信念体系がますます強化されるだけで逆効果だ

まずは徹底的に哲学して、自分の信念体系を壊す

瞑想するのは、それからにした方が良い
392.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
>>388

> だが今の俺の最大の謎探求は
> 瞑想正統派仏教以外の宗教探索だ


そうなのか~😆
393.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
普通の人が瞑想して精神統一すれば

通常、自分自身の信念体系がさらに強化されるだけだ

地球人類が何百年も何千年もかけて気づいたことに

短い1度の人生で気づくのは不可能
394.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
現代人が、西洋の助けを借りずに

いきなり唯識論を理解するのは難しい
395.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
西洋哲学の助けを借りずに
396.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
>>393
最初の俺の教学土台は天台小止観と空海の即身成仏義だった
瞑想は天台小止観が本格的にやった

そこから我流チベット密教
と
やっと師匠の筋の臨済宗だな
😆
397.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
>>396

なるほど、そこから入ったのか
398.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
5UOSV
天台宗と真言宗

平安仏教の2本柱から入ったんだな
399.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
>>395
単に倶舎論が、抜けてるからだと思うぞ
特に日本人の多数は😆
400.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
>>397
ロンや元仏のスレ主を読み解くには
即身成仏義は効果あるとお勧めする😆
401.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
c7EeM
>>399

そうだな

西洋哲学はなくてもいい

倶舎論があれば😆
402.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
c7EeM
倶舎論より、即身成仏義がさらに重要だ~😆
403.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
VajyD
いや、どっちも重要だ~😆
404.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
しかし、猛烈な北風だな?
しかし、なんとなく
つる切りだけやりに行くかもという気分に
😆
405.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
いまんところ
つる切りのみ真言宗寺院と
神社に久しぶり参り
のプランにしよう
😆
406.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6IlDC
寒いな~😫
407.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6IlDC
選挙に影響しそうだ
408.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6IlDC
創価学会のジジババどもは、それでも投票するだろう
409.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
口先ババアに勝つんぢゃっ‼️
😆
410.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
RiStw
現実は眼ではなく脳が見ている‼️



https://www.facebook.com/share/r/1Kp1EFjqXZ/
ーーーーーーーーー
https://i.imgur.com/0Txh92r.jpeg
411.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
RiStw
>>391

自我の危機感の表れかもね?

普通に無心、無我を、本心の萌芽に目覚めた人間が求め始めると

生後構築された自我と自我を通して作用しようとする我執(7識)、倶生我執と分別我執って言ってたものと同じかな?

まあ、これらが、言語による知識によって理解しようとし、言語を離れることを、無意識に阻止しようとします、そして、延々とそれが続くことになります

この状態を抜け出る為に必要なのが、覚醒者(ブッダ)により、言語で説かれた、勝義諦です

OSHOは、自分が延々と話すのは、あなた方を沈黙させる為だ!と言いました

事実、当時プーナのブッダホールで聴講していた2,000人ものサニャーシンは、聴くことだけで、深い沈黙へ誘われていました

このような、沈黙を生起させる、説法を、聴聞することは【受身的】に言語を阿頼耶識に入れ込む行為であり

自我の自発的行為では無い為、自我が強化されないということがあります

自発的に文章を捜して読んで記憶する行為は、知識を強化し、加えて自我をも強化することになります

自我は無心、無我を怖れます、何故なら?ソコでは自身を維持できず、自我は消え去るからです

実際に、貴殿の危惧する、瞑想だけでは、事前の言語構築世界観が強化されるだけということは、それが自我・我執による、無意識の策略に他なりません

瞑想に、入ったり出たりのものでは、自我は消えませんが、完全な無心、そう五井先生の想念停止行法による、完全な思考と妄想の停止に至ると

自我は完全に無我に転換し消えます、ではその時何がおきるでしょうか?

それは、それわ!過去の言語記憶の一時的消失です、昨日まで毎日呼んでた人の名前が、全く出て来なくなります、またすべての物の名称が出てきません!

そうです、意識が言語から切断された状態へ至ります、ソコで起こるのが、自我の崩壊と消失を経て至る【無心・無我】です

この無我は永く継続されて、大悟(心解脱)へ至ります、よって、貴殿の杞憂は、心配に及ばないと思われます。

412.
ユーザー
神も仏も名無しさん
rJ7oA
デンパパ危機感🛸
413.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
やはり、聖ウンコ教はスピリチュアル
414.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
名言種子(めいげんしゅうじ)は、唯識(ゆいしき)学派の用語で、阿頼耶識(あらやしき:心深層の記憶・因縁)に熏習(くんじゅう:薫り付け)される、言葉や概念の「種(シード)」のこと。

この種子が迷いや認識を現し出す(現行)一方、仏法を聞く「聞熏習」により清浄な種子に転換し、悟りの世界を現す根源となるとされます。
415.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
名言種子の概要

唯識学派の考え方: 私たちが認識する雑染(苦しみ・迷い)の世界は、過去の認識や言葉の習得によって阿頼耶識に「名言種子」が植え付けられ、それが現れた結果と考えられています。

熏習(くんじゅう): 心の中で名言(言葉・概念)をくり返すことで、その「種子」がより深く定着するプロセス。

清浄な種子への転換: 仏教の教え(名言)を正しく聞き、心に留める(聞熏習)ことで、迷いの種子(有漏種子)を清浄な種子(無漏種子)へ転換し、悟り(転依)へ向かうとされています。

称名念仏との関連: 親鸞教学における「南無阿弥陀仏」という言葉の修行(称名念仏)は、この言葉の種子を心に植える(熏習する)意味で、名言種子の考え方が関連しています。
416.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
人は、言葉という種子を繰り返し、
深層意識に刷り込んでいる

それが、唯識論の洞察
417.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
善い言語、つまり正法を薰習することが

唯識論では一番大事
418.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
「釈迦の教えは方便だ」とか
「龍樹の教えは世俗諦だ」とか

そこにコダワってるようじゃ、こうはならない
419.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
まずは正法を学ぶ

それも、徹底的に

それから、瞑想行をやる

この繰り返し
420.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
唯識派はもちろん、中観派でもそう
421.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
いきなり瞑想にふけるのは

仏教では推奨されない
422.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
一部の禅僧が

教学を軽視し、ひたすら坐禅しろというのは

仏教というより、道教に近い
423.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
聖ウンコ師が悪い見本だ

坐禅をやればやるほど、貪瞋癡の3毒エネルギーが増幅され

精神破壊が進んでいる
424.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
iCv2w
wwwwwwwwwwwwwwwwww

ハロワ行けよ、低知能w
425.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
精神統一は、諸刃の剣だ

聖ウンコ師のような悪想念の持ち主が、精神を集中するのは

悪想念の増幅につながる
426.
ユーザー
神も仏も名無しさん
HpCeA
お怒りだ🤡
427.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
そして、坐禅が終わると

増幅された三毒エネルギーを、レーザービームのように発射する
428.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
iCv2w
派遣会社に土下座して仕事紹介して貰えよw
馬鹿www
429.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
iCv2w
うわぁ、ペニスマン🤡でおー迄即登場かよwww

お前らさぁ、この国の国民に迷惑掛けるなよ?ら
430.
ユーザー
神も仏も名無しさん
HpCeA
懺悔機能ブロークンパロディーハッスル

今日も行く
🤡
431.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
さっそく、悪の名言種子を薰習している
432.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
iCv2w
いや、善だろw
433.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
>>416

それが真言密教の原理ね
434.
ユーザー
神も仏も名無しさん
1xHoW
なんちゃってデンパパセイジン👽
435.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
まあ

何でもどっちからでも

無分別三昧に入れなければ

禅定すら始まらないんで

更に禅定で身心脱落を経験しなきゃ

次に完全で永続的な無心、無我へも至れず

死ぬ迄悟れません

いや死んでも悟れません

何でも良いので

その言語を弄する自我の一時停止を引き起こす為の

言語による勝義諦を聴聞することです!

受動的に脳に入れることが重要ですから

能動的では自我が強められて、無分別三昧へ入って行けないんで
436.
ユーザー
神も仏も名無しさん
1xHoW
ハッタリデンパパセイジンダ🛸
437.
ユーザー
神も仏も名無しさん
1xHoW
今日もホットに
デンパパコントロールを狙う🛸
438.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
>>435

なるほど
439.
ユーザー
神も仏も名無しさん
1xHoW
>>438
デンパパコントロールされてますな?
👽
440.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
コントロールなのか?😫
441.
ユーザー
神も仏も名無しさん
1xHoW
>>440
金星へ連れていかれるかもー

👽
442.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
ヤバいな?😱
443.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
● 何もしない・何も考えないで安静に座っている時の酸素消費量は、一般的に以下の値が基準となります。 1分間の酸素消費量: 体重1kgあたり約3.5 mL (3.5 mL/kg/min)体重60kgの成人の場合: 1分間に約210 mLの酸素を消費するとされますが、

パーリー仏経典によれば、第四禅定において呼吸が停止するとあります、深い瞑想中で酸素の消費が著しく下がるのは何故ですか?

444.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
>>443

心肺機能が低下するからでしょうな
445.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
パーリ仏典(特に『アナーパーナサティ・スッタ』など)が描写する第四禅定(第四禅)において呼吸が停止する(息の出入りが止まる)現象は、現代の生理学的な観点からも、深いリラクゼーションによる極端な代謝低下(低代謝状態)として説明できます。

酸素消費量が著しく下がる主な理由は以下の通りです。

1. 極限の細胞・筋肉の安静(エネルギー消費の抑制)

筋肉活動の最小化:第四禅では、身体の動きが完全になくなり、微細な筋肉の緊張も消失します。筋肉は酸素の主要な消費源ですが、座っているだけの状態よりもさらに深いレベルで活動が停止するため、酸素消費量が大幅に減少します。

低代謝(ハイポメタボリズム):深い瞑想状態は、副交感神経が優位になり、身体活動を最小限に抑える「休息・消化」モードを超えた、自発的な「低代謝状態」を生み出します。

446.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
とくに、クンダリニーヨーガは仮死状態
447.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
そうだな

「心肺機能の低下」なんて言ったら、病気みたい(笑)

「低代謝状態」と言おう
448.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
2、3、は何故かコピー出来ないので下の写真で( ゚д゚)ノどうぞ

4. 精神的な平穏と脳のエネルギー消費

集中と平穏:第四禅は「呼吸の有無を気にも留めないほどの絶対的な安定(捨・不苦不楽)」にあるため、思考活動に伴う脳のエネルギー消費も極小化されます。

経典と現代科学の視点

パーリ仏典の記述は「呼吸が停止する(assāsapassāsā niruddhā)」ですが、これは「死」ではなく、超・安静状態(呼吸の動きが感じられないほどの微細な状態)を指すと解釈されています。一部の説では、身体が皮膚の毛穴を通じてプラーナ(気・エネルギー)を吸収している、あるいは胎児のように呼吸の必要がなくなっていると描写されることもあります。

結論として、深い瞑想において酸素消費が著しく下がるのは、「細胞活動の停止に近いレベルまでエネルギー消費が減り、酸素を必要とせず、炭酸ガスも出ない状態」が作られるためです。


https://i.imgur.com/ST3BUj5.jpeg
449.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
sgtdT
睡眠中に無呼吸になるようなものか?
450.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZNxef
チベット密教は
六大は
幻の光明、粗い粒子だったけ

その上の極微に
本当の光明、細やか粒子みたいなのが
設定していたよーな
最近全くチベット密教へ関心向けてないから記憶が
😆
451.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZNxef
>>448
かなり近い技法を坐禅と仕事中で
やっている
今や標準装備、
それが正統な臨済禅かは不明だが
豆腐メンタル仕事やる気が、ないので
かなり使用している
そんな雰囲気なのを
😆
452.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
ハイポメタボリズム‼️

なんかカッコいいね

ヨガナンダの【あるヨギの自叙伝】または【あるヨガ行者の一生】のクリヤヨガの科学の章によれば

クリヤヨガの呼吸法によって呼吸の停止状態にいたると、それは

プラーナーヤーマ(呼吸法)の完成を意味するのだそうです。

描写としてこうあります

◯クリヤは、吸う息を吐く息に供給し、吐く息を吸う息に供給することで、呼吸を不要にする

また、師のユクテスワが仰向けでサマディーに入る時の描写では、

◯師は、深い呼吸を3回してからサマディーへ入られた

また、五井先生が神我一体になられた時の統一めいでの描写では

◯吐く息だけになり、吐く息に乗って神界へ昇った

とあります、つまり呼吸が停止状態になったのだと思われます



453.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZNxef
>>448
その呼吸の時
坐禅と仕事の時は
目がガン開きになってる

渋谷事変の五条悟の無量空処のように
😆
454.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZNxef
ナルシズム承認欲求デンパパの呼吸は止まらんよ
👽
455.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
その、呼吸停止も2段階あるのだそうです

1段回目は

呼吸が停止したようになって、肺は動かないが、吸排のコアの動きが微かに残っていて、微動しています

2段階目は

その微動も停止して完全に停止します

この時、完全な無心に至っているとされます
456.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
453と454って別人格だろ

でオーって

多重人格なん?
457.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
>>448
コレだけみると
睡眠時の無呼吸症と方向性は同じだな
458.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
おれ以前から疑っていたんだよ

二重人格か多重人格じゃないのかって?
459.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
そりゃそう

身体が動かないからね

ただ覚醒しているのかの違いでしょ

後ね

禅定三昧に入っていたのか?それとも寝ていたのか?

って分からない時があるでしょ、夢見てもいなかったけど、意識が無くなってたって時

その時どっちかを判別するには、身体が瞑想始めた時と、全く同じ状態をたもっていて、微動だにしていない時は、三昧で

首がうなだれたり、身体が傾いていたら、途中から寝てたとなる

460.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
>>453

瞑想の停止は30分とか1時間停止するんだよ

瞬間的じゃないからね
461.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZNxef
デンパパセイジン👽は

大乗仏教と無縁の人
永遠に接点がない
覚者ぶるが
ただの承認欲求セイジン👽
462.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZNxef
ただの承認欲求セイジンのくせに
解った風
👽
463.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
>>459
あーなるほど
直立で坐禅することで
それを判別するんか
464.
ユーザー
登り棒◆0mnwMe9WsA
ZDl4Y
無呼吸症だと呼吸足りてないから途中でフブブブガガみたいに取り込もうと頑張るやん。
どっちかってとその呼吸量で足りる、んでその量がどんどん減っていく、という方向じゃない?
465.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
>>464
そうだな
瞑想も深まると
はく時間が長くなるし
吐ききった後も吸わない時間が
心地良い

まあそもそも
呼吸自体が、宇宙そもそもだしな
466.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
宇宙そのもの
467.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
>>463

そうね

それと、大地に背骨が垂直だと

霊的に進化するって読んだことある

人と四足の違いでしょ
468.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
>>467
体外離脱の特徴で
俺らの場合は
横になっても、睡眠と覚醒、
その狭間は自在なんよな
469.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
うーん😔

何か見ている→夢見

何も見ていない→覚醒

って区分けなんだが
470.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
>>469
そうなん?
しかしだよ
夢と魔境は明らかに違うだろ
471.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
魔境も夢見ってなると
お釈迦様の悪魔よされもよくわからんことならんか
472.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
夢、魔境が
いわゆる、器世間の生成
輪廻の原因であるから
滅と言うよりは
自在、離れたが適当かと
473.
ユーザー
リダン◆3y/i8XtGLY
4RrAy
>>469
夢ではなく
覚醒、及びその狭間にみる
神秘現象などが魔境

魔境を見ていないと言うか
触らない、発展しない(縁起、器世間生成)
厭離、離れたところが
いわゆる涅槃
474.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
いわゆる無心が

唯一の基準だからね

天使であれ悪魔であれ

見ているなら

違うというだけで

ただし

神仏やグルによる啓示はその限りではないとします‼️
475.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
Tkppj
ニッパーナ、ニルバーナって

二つの意味があると

1つ目は

世界は顕れては消えていくという姿を見る

というもの炎が消えるような、という

2つ目は

宇宙的なBRAHMANのような大きな意識に

個人のアストラル体が融け合って消えたようになること

ニルバーナ・サマディー
476.
ユーザー
神も仏も名無しさん
hREz2
🤡 論点提示より先に相手評価が出力されるため、でおーの発言は議論要件を満たしていない。
477.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
実際のところ、倶舎論でも唯識論でも

「無為法」という項目があって、いくつか分類されているが

ハッキリ言って、項目が設けられてるだけ

ほぼ、有為法の話しかしていない
478.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
やはり、

「永遠で不変のものなど、何もない」

という釈尊の教えは重い

そこから逸脱すると、仏教ではなくなってしまう
479.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
かようにわたしは聞いた。

ある時、世尊は、サーヴァッティーのジェータ林なる給孤独の園の精舎にあられた。その時、一人の比丘が、世尊のいますところにいたり、世尊を拝して、もうして言った。

「大徳よ、この世のものにて、定恒永住にして、変易せざるものがあろうか。」

「比丘よ、この世には、定恒永住にして、変易せざるものは、少しもない。」

そして、世尊は、すこしばかりの土を爪の上にのせて、かの比丘に示して言った。

「比丘よ、たったこれだけのものといえども、定恒永住にして、変易せざるものは、この世には存しないのである。」

(サンユッタ・ニカーヤ 22:97)
480.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
虚空(空間)の性質について

虚空の実在性の問題

虚空が単一の実体であるならば、一切の場所に遍在し、全てのものを包含するはずです。しかし、虚空は色(物質)などと関係性を持つことができないため、物質を容受する性質が否定されます。

虚空が単一ではない場合の矛盾

仮に虚空が複数の実体から成る場合、それらがどのようにして統一されるのかが問題となります。虚空が物質のように部分的なものならば、それはもはや無為法としての性質を持たないことになります。

虚空の非実在性の結論

虚空は物質でも精神でもなく、因果関係を持たないため、実体として存在するとは言えません。
481.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
倶舎論には、永遠で不変の存在として、無為法の「虚空」が挙げられているが

「虚空」など、存在しているとはいえないシロモノだ
482.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
倶舎論は、因果応報の思想だ

唯識論は、その変形バージョンだ
483.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
この世は有為転変の世界だ

有為法が圧倒的にメイン
484.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
この世とあの世を貫く、因果応報

原因と結果の法則

「善因楽果、悪因苦果」だ
485.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
「善い人は極楽往生して楽しむ」

↑

これが、善因楽果
486.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
「悪い人は地獄に堕ちて苦しむ」

↑

これが、悪因苦果
487.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
仏教では、「善悪」と「苦楽」は異なる

一見、「苦しい」は悪くて、「楽しい」は善いように見えるのだが

ここでいう「善悪」は道徳的な基準

「苦楽」はそうではないから異なる
488.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
「仏教は、善悪の倫理を超越する思想なのだ」

という人がたまにいるが

まあ、仏教界にはいろんな人がいる

中にはそう考える人もいるんだろうけど

仏教のスタンダードではない
489.
ユーザー
神も仏も名無しさん
u8qhR
無為法的オンリー路線だったから
倶舎論や唯識の依他起性ゾーンは
無関心やったまー唯識の依他起性ゾーンは未だに無関心かもしれん
😆
490.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
倶舎論や唯識論は、むしろ逆だ

「善因楽果、悪因苦果」という以上、
何が善で、何が悪なのかが
決定的に重要だ

倶舎論の五位七十五法、唯識論の五位百法

何が善心で、なにが悪心なのかを、
これでもかとばかりに分類している
491.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
有部において、「択滅無為」を除く法体の善・悪・無記(善でも悪でもない中性)の性質を決めるのは「心所法」であり、相伴う「心所法」によって、「心法(心)」の善悪は決まります。

「心法」と「心所法」は「得」によって成就されて(繋がって)います。
492.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
善心:

{無貪・無瞋・無癡・慚・愧}の心所法(有漏善)と相伴う心法です。または、「択滅無為」(無漏善)と結びついた心法です。

悪心:

{貪・瞋・癡・無慚・無愧}の心所法、または{邪見・見取見・戒禁取見}の心所法と相伴う心法です。

有覆無記心:

{有身見・辺執見}の心所法と相伴う、中性の心法ではあるものの正しい智慧の生起を妨げる心法です。

無覆無記心:

煩悩地法(大煩悩地法・大不善地法・小煩悩地法)の心所法や(善・悪・有覆無記)の心所法とは相伴わない中性の心法で、正しい智慧の生起を妨げない心法です。
493.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
「色法」については、善・悪・無記が色法自体に具わっているとは考えず、その身表または語表(口表)を等起させた「心法」に従って、その「色法」の善・悪・無記が決定されます。
494.
ユーザー
神も仏も名無しさん
u8qhR
衆生済度で倶舎論の有為法や唯識の依他起性を
反転しているのは
曹洞宗だろな
😆
495.
ユーザー
神も仏も名無しさん
u8qhR
厳密には
有為法と無為法の統合かもしれんが
統合の解釈が
色即是空、空即是色で
天台や華厳、真言密教があったりするんだろうな
😆
496.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
QMfov
物が存在するには

そのものが占めている容積が必要であって、それが空間

そのものは、ミクロで見るとスカスカで実際は空間の容積の方が多い

また、物の容積の空間と、物の外側の空間とは、繋がっていて1つの空間である

そして、変化するということが、時間=距離=空間を証明していることになるはずです
497.
ユーザー
神も仏も名無しさん
MXUs3
金星人構ってちゃん過ぎバカなのに〜
👽
498.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
VxS0O
>>475
まあそれが内道か外道かって違い

内に求めるか外に求めるか
499.
ユーザー
リダン◆gEV3xsS//k
VxS0O
仏教か仏教以外か
500.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
500
501.
ユーザー
パーリー◆HpIafZZzjh.G
5WmJQ
>>497

二重人格だよな⁉️

でオーってさ

そうだろ⁉️

今のお前は悪でオーか?

善いでオーは何時出てくるのかなw
502.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
「言葉は世界を創る」という視点は、インドの唯識(ゆいしき)論において、私たちが認識する対象はすべて心(識)が創り出したものであり、その根底には「言語アライヤ識」と呼ばれる文化的・言語的無意識が関与していると説く思想です。言葉が名付けを通じて認識を枠づけ、世界を再構成していると見なします。
503.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
唯識論(ゆいしきろん)の基本: 唯識とは「唯だ、識のみ」という教えで、我々が感じている現実や対象はすべて、心(阿頼耶識:アーラヤ識)が作り出した「認識対象」に過ぎないという仏教の思想。

言葉の力: インド哲学では、幼児が言葉を覚えることで世界を認識し始めるように、名付けという行為が世界を形作ると考えます。

「言語アライヤ識」: 比較宗教学者の井筒俊彦は、心の中にある社会慣習的な意味コードが、存在を認識させる文化的無意識の領域である「言語アライヤ識」として機能し、私たちの世界を創っていると定義しました。

実践としての認識: この視点に基づけば、自分の意識や言葉の在り方を変えることで、認識する世界をより良く変えることが可能になります。

唯識は5世紀頃のインドで弥勒や無著(アサンガ)、世親(バスバンドゥ)らによって体系化された深層心理学的な思想です。
504.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
真言を発する

世界がかわる
505.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
世界が変わる
506.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
真言とほ、世界を創る言葉
507.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
真言とは、世界を変える言葉
508.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
まあ、それとはちょっと違うけど

「言葉が世界を創る」という考え方は、唯識論にもある
509.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
というのも、唯識論は

「アナタが認識しているもの。それが世界なのである」

という世界観を、極限まで突き詰めた思想
510.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
でもって、人は言語を使って世界を認識している

つまり

「アナタが『これが世界だ。世界とはこういうものだ』と思っているもの。
それは,アナタが言語フィルターを通して編集した世界像なのである」

というわけだ
511.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
K7EiG
だから、言語フィルターが変われば、当然、世界は違って見えてくる

黒いサングラスから、茶色いサングラスに変えたようなものだ

唯識的には、それは「世界が変わった」ことを意味する
512.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mODeS
ま、言葉が世界を作るとは


存在のあり方を認識主観とのかかわりによって遍計所執性(へんげしよしゆうしよう)(主客として実在視されたあり方),

ということやろ
😆
513.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
HutAK
>>512

そういうことでしょうな😆
514.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
z4Vtq
∞ノノハ∞
川^○^ハレそういうことでしょうな🤭
515.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
違うwww

言葉に"依る"のならそれは依他起性で、遍計所執性ではない。
516.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
そうした依他起性の観点に至らない妄想にある事を遍計所執性という。

517.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mJkQP
ハッスル激昂マックスだな?🤡〜
518.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
>>515

この場合は、「遍計所執性」が正しい
519.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
wwwwwwwwwwwwwwwwww

言語に"依る"という見極めが遍計所執性か?
520.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
計所執性 〜 妄有 相無性
依他起性 〜 仮有 生無性
円成実性 〜 真有 勝義無性
521.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mJkQP
ハッスル〜🤡
ハッスル🤡
522.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mJkQP
ハッスルは
西欧哲学信仰があるデタラメ
😆
523.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mJkQP
キメラ仏教、キメラ禅が
スタンダード
大爆笑である
🤡〜
524.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
訂正

遍計所執性 ~ 妄有 相無性
依他起性 ~ 仮有 生無性
円成実性 ~ 真有 勝義無性
525.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mJkQP
わかりもせん妄想ハッスル?
🤡〜
哀れだな?
🤡〜
526.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mJkQP
マヤカシハッタリ〜🤡
ハッタリ〜🟣
527.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
153Mn
>>519

いまは、

「人は、言語フィルターを通して世界像を編集している。
人が『これが世界だ。世界とはこういうものだ』と
思い込んでいるもの。それは世界像にすぎない」

という話をしてるとこだろ

そういうのを、「遍計所執性」と言うんだよ
528.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
wwwwwwwwwwwwwwwwww

それを知らないのが遍計所執性。
それを知ってるのは依他起性。
529.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
JBLはなんでもそうだけど、基本を学ばないで、知識のまだら喰いをしてるのな。
だから、支離滅裂のコンコンチキのアウアウアーなんだよ。
530.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
あれもこれもじゃなくて、『仏教聖典』か学びなさい。
531.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
お前の話の展開は、いつもそうなんだが


> 言葉に"依る"のならそれは依他起性で、遍計所執性ではない。

↑

これも、仏教用語としては別に間違っていない

だが、いまの話の流れの中ではピント外れであり、誤り

いつも、こうなんだよ(笑)
532.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
お前に欠けているもの

それは、知識というより、センスだ

悲しいまでに、センスが無い
533.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
wwwwwwwwwwwwwwwwww

言葉が世界を作るという流れを作ったのはJBLだろ?

自分で作った流れを忘れてどうすんだよw
534.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
>>304はJBLのレスだろ?
wwwwwwwwwwwwwwwwww
535.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
まぁ、言葉が世界を創るというのは、ちとあれだけどな。
今はそれには言及しない。

井筒俊彦を紹介したのは俺だけど、JBLにはまだまだまだまだ、早過ぎるなwww

536.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
>>535

井筒俊彦は、20年前から読んでいる

イスラム関連がメインだが

「意識と本質」も読んだ
537.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
当方のイスラム関連知識は
半分くらいが井筒俊彦によるもの(笑)
538.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
>>535

> まぁ、言葉が世界を創るというのは、ちとあれだけどな。
> 今はそれには言及しない。


そこから、すでに話が展開してるんだよ

でお~様と麦には主旨が伝わったが、
お前だけ理解できてない(笑)
539.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
>>538
> そこから、すでに話が展開してるんだよ


んじゃ、

>だが、いまの話の流れの中ではピント外れであり、誤り

というのは間違いだな?
wwwwwwwwwwwwwwwwww

540.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
>>536

読んでて出てこないって事は、背表紙だけ本屋で見ただけだろwww
541.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
6nmVx
「言語アラヤ識」は、唯識論ではなく

井筒俊彦のオリジナル思想だからな
542.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ji1KA
ソシュールの影響を多分に受けている
543.
ユーザー
麦◆MUGITANx95Dj
z4Vtq
>>538
∞ノノハ∞
川^○^ハレそうそう
三性を「側面」から見ているか「意味」から見ているかですもんね
544.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
vqvOG
やはり、麦のほうが分かってるみたいだな

紫色のおじさん🟣よりも
545.
ユーザー
栖雲居士◆t8ok0QoQ8kcK
kv7r4
今度は麦の金魚の糞になるのか?
wwwwwwwwwwwwwwwwww
546.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
aNV59
下糞よりマシだ😫
547.
ユーザー
神も仏も名無しさん
b4CkX
ハッスルは
ホントにアタマワルイ
悪過ぎる
🤡
548.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
井筒俊彦が提唱した「言語アラヤ識」は、人間の心(意識)の深層にあり、文化的・社会的な意味や概念の「種子(しゅうじ)」を蓄える無意識の領域のことです。仏教の阿頼耶識(万有の基体)を言語学的に転用し、その文化特有の知識や価値観、言葉の意味的構造を形作る土台を指します。

549.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
言語アラヤ識の重要なポイント

構造的な無意識: 単なる個人の記憶ではなく、集団的・文化的に共有された「意味可能体の貯蔵所」。

意味の種子: 特定の文化において、言葉がどう意味をなすか(認識の枠組み)を決定する要素が、この深層に沈澱している。

井筒の構造主義: 言語そのものが存在論的な世界構築力を持つとし、この「言語アラヤ識」から具体的な言葉や概念が結晶化・現行化すると解釈した。
550.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
仏教の「阿頼耶識」がカルマ(行為)を蓄えるのに対し、言語アラヤ識は、特定の文化の言語構造がもたらす意味(分別の土台)を蓄える領域と言えます。

551.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
言語が現実を非現実ではない現実として述べ出す

言語はコミュニケーションの道具だと思われている。

実際にコミュニケーションの道具になる。

例えば「傘を持ってきて」と誰かに言えば、傘を持ってきてもらえたりする。「傘」という言葉は、拡がって雨水が身体に降り注ぐのを防いでくれる”あれ”のことを表すのだ、「みんな」が同じようにそう知っているのだ、と、私たちはしばしば思っている。

ところで言語を異にする外国の人などとの交流経験が豊富な人であれば「みんな」が”あれ”を「傘」と呼ぶわけではないと言うことも知っているはずである。日本語を解さない人に対して「傘を持ってきて」とお願いしても、何も持ってきてもらえない可能性が高くなる。さまざまな言語が”あれ”をさまざまな音声で呼び、文字で書く。

それでも雨を遮りる"あれ"は”あれ”であり、"あれ"を「カサ」と呼ぼうが、「アンブレラ」と呼ぼうが、"あれ"が”あれ”であることは絶対に揺るがない、そう考える向きもある。さまざまな言語は"あれ"に対してぞれぞれ違った音の「ラベル」を貼り付けているだけで、ラベルさえうまく張り替えれば「翻訳」ができて、コミュニケーションも成功するはずだ、と。
552.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
ところが、である。

井筒俊彦氏が論じているように、20世紀の言語論(学)的転回と呼ばれる思想の潮流に大きな影響を与えたソシュールの言語論や、それを1000年以上も遡る例えば華厳哲学などの言語論などでは、言葉を"あれ"に貼り付けられるなんでも良いラベルのようなものだとは考えない。

そこで言葉は、意味分節作用として考えられる。

意味分節作用。つまり言葉とは、区別をすること、分節をすること、である。

「地球上に存在する諸言語の一つ一つが、それぞれ独自の「現実」分節の機構を内蔵していて、それが原初的不分節(未分節)の存在をさまざまの単位に分節し、それらを人間的経験の色々な次元において整合し、そこに一つの多層的意味構造を作り出すのである。」(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.156)

553.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
言葉がいくつもの区別を繰り出す。

その区別する作用と、その作用の結果として残されたものともの同士の区別と対立を材料にして、私たちは私たちにとっての「現実」を意味ある対立関係から成り立つ世界として経験するようになる。

「現実」は一つのテクストだ。「現実」は初めからそこにあるものとして、客観的に与えられたものではなく、人間が言葉を通じて有意味的に織り出していく一つの記号空間である。(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.178)

「現実」の手前に言葉がある。

「現実」と「非現実」とを区別しているのが言葉である。

現実が言語と関わりなくまずそれ自体としてあって、それにラベルのような言葉が貼り付けられていくとは考えない。「現実が先にあって、言語が後から付随する」という順番では考えないのである。

最初の一撃を加えるのは言語である。というか、言語として現象すると捉えられることになる、分別、分節化、区別すること、などと呼ばれる出来事である。

分別、分節化、区別すること。その後に、分節された項目たちの関係の網の目として、「言語」と「現実」の両方が、それぞれ影のような姿を現すわけである。

554.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
分節すること。そのシステムの表面構造と深層構造

現実もまた分節作用の産物である。

それは、私たちが、言葉のかたまりとしての「言語」の中に閉じ込められているということを意味するのだろうか?

「言語」によって作り出されたイリュージョンのあれこれを、現実だ非現実だと言いながら、喜んだり汲々としたりしているのだろうか?

言語の檻を抜け出して、その外に広がる「本当の現実」に辿り着くことはできないのだろうか?

この問いに対する答えは、全て「イエス」でもあるし、「ノー」でもある。

「イエス」であれ「ノー」であれ、「問い」を構成する言葉の塊を是非の対立関係のどちらかに置き換えることができるというのは、この問いも、またその是非も、ある言葉の分節体系を前提にしているからである。

「イエス」でも「ノー」でも、そう言うことを言えるのは、ある一連の言葉として顕現する分節作用の組み合わせの中で、論理として矛盾なく成立すかどうかという話である。

「本当の」などと言って、それをイエスとノーの対立のどちらに置き換えるかを考えようとすること自体が、「本当」と「本当ではない」を区別し、「イエス」と「ノー」を区別し、その二つの区別をどちらの方向で重ねようかと思案していると言う、あまりに言語的な仕業である。
555.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
z1uu5
555

556.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
華厳哲学を含む仏教の考え方では、この区別すること、分節すること、分別することこそが、生死を隔絶させ、自他を隔絶させ、人と恐怖と欲望の渦に苛まれるよう追い込むのだと考えたのである。

「東洋哲学の諸伝統を通じて、根深い言語不信が働いていることは注目に値する。…コトバの意味表象喚起作用に謀られた人間意識の「妄念」すなわちコトバの生み出した現象的多者を、客観的にそのまま実在する世界と思い込む人間意識の根本的な誤り、を打破して、その基礎の上に、絶対無分節者の立場から見た分節的世界の真相を、改めて捉えなおそうとする試みなのだけれど、…この「妄念」を打ち破るには手間がかかる。

(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.167)
557.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
先ほど言語を「その中」に、私たちを「閉じ込める」「檻」などと表現したけれど、果たして私たちが言語を通じてはじめて「現実」を作り出していると言うことは、そういう箱の中に閉じ込められている的な状況としてイメージして良いのだろうか。

このイメージは、一面では確かにそれらしいが、実はそれは一つの見かけ上のことである。

なぜなら、言語は二つの様態を持つのだから。

言語の二つの様態。井筒俊彦氏はそれを表面構造と深層構造と表現する。「面」と「層」の使い分けが鍵である。

だが、コトバには、いま述べたようなアラヤ識的基底がある。コトバを社会制度としての言語(ラング)の側面だけに限定してみる人は、言葉の表面構造だけしか見ていない。そこには慣習的な意味を担う慣習的な記号のシステムがあるだけだ。(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」p.178-179)

言語の表面は「使い古されて色褪せた記号のコード」の体系として見え、「ほとんど化石化した意味の構成する、固くかたまった動きのとれないシステム」に見える(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.179)。確かにそれは、私たちを閉じ込める檻のようだと言っても言い過ぎではなさそうだ。
558.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
しかし、私たちが「傘」「傘」と言って、簡単にコミュニケーションをすることができるのは、まさしく言語のこの表層構造が安定し、固まっているからに他ならない。言葉の表層構造の見かけ上の安定性が、予測可能で効率的なコミュニケーションを可能にしている。

言葉が分節作用としてのその正体ではなく、効率的でスマートなコミュニケーションの手段・道具としての仮の姿を表すのは、この見かけ上の安定性においてである。

559.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
言語の深層構造

しかし、言葉には深層もまたある。

この深層は「アラヤ識的基層」とも呼び変えられる。

言語の深層は「創造的エネルギーにみちた意味マンダラの溌剌たる動き」に満ち溢れている(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.179)。

創造的で、溌剌たる動き。これは人を閉じ込め縛り付け身動きできないよう固めてしまう何かとは、ずいぶん様子が違う。

560.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
井筒俊彦は素晴らしいが
561.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
やっぱり、コレって

西洋哲学じゃないかなあ?
562.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
確かに、唯識論でも言語は重要だ
563.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
J89Tn
でも、そこまでではない
564.
ユーザー
神も仏も名無しさん
pCGc9
西欧哲学でしょ
一神教文化

神の言葉の絶対性の世界のじゅうにんでなきゃ
イスラームやスーフィを研究したりしないでしょう

俺も神の言葉で霊的遊べるけど
仏教を想定するのは
なかなか無理筋だろなー


逆にイエスズ会の
門脇神父の方が仏教を理解してるだろなー
😆
565.
ユーザー
神も仏も名無しさん
pCGc9
そこが
ハッスル様の誤読の始まりだろな
プラス鈴木大拙
😱
566.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2kDVQ
>>565

欠陥ロボット「でおーチャッキー呪術人形」お焚き上げ中

凶悪ロボット人形でおーチャッキー🔥🔥🔥
567.
ユーザー
神も仏も名無しさん
xCI2q
🤡 でおーは内容更新なし、行動パターンのみ反復。
568.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
井筒氏は次のように書く。

そしてこの全体的意味マンダラの一領域として眺められる時、一見、制度化され、因習化し、枯渇し切ってしまったかのように思われていた「外部言語」すら、意外な生命力を示しはじめるだろう。なぜなら、コトバの表層構造も、本当は、アラヤ織それ自体の外化形態に他ならないのだから。(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.179)

表面構造も深層構造も、どちらも同じひとつの言語の生き生きとした躍動が示す二つの影である。表面構造と深層構造は、別々の二つのものではない。あくまでもひとつの事柄であり、一つの事柄が見せる二つの顔なのである。

569.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
表面と深層、固まっていることと動いていること。

この区別は、「良い」と「悪い」の区別とは関係がないことである。

表面のコミュニケーションと、深層のコミュニケーション

言葉を表面構造と深層構造の二つの姿で捉えることは、特に「コミュニケーションが成立しない」と言われるような状況にあって、強力な思考の力を授けてくれる。

何をどう言っても話が噛み合わない。

懇切丁寧に説明し、説得しているのに、わかってもらえない。

私たちの日常は、リアルでもバーチャルでも、そんな場面で溢れている。

570.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
特にSNSなどでは、双方とも良かれと思って自分の信じることを言葉に出している人たちの間で、言葉のやりとりが「コミュニケーション」どころか殺傷力を持つほどの罵詈雑言の応酬にもつれこんでしまうこともある。

こうしたコミュニケーションが不可能なのではないかと思われるところで、言葉をその表面構造ではなく、深層構造を動的に生成し続ける分節作用として思考することが力を与えてくれるのである。

[…]しかし、もし我々がコトバの深層領域に気づき、それに注意を向けるなら、文化の本源的言語性に関する我々の見方は根本的に変わってしまうだろう。(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.179)

コミュニケーションには、表層のコミュニケーションと、深層のコミュニケーションの二層がある、と考えると良い。

私たちがしばしば直面する「話が通じない」型のコミュニケーション不全は、表層のコミュニケーションで生じる。互いに言葉を交わし合い(時に投げつけ合う)二人の間で、それぞれが寄って立つ言葉の分節体系が異なっているのである。

571.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
しかも厄介なことに、「愛」でも「自由」でも、なんでも良いのだけれど、ある一つの言葉だけにフォーカスしてみると、それは音声の上でも字面の上でも、二人の間で「同じ」なのである。

しかし、字面の上では「同じ」「一つ」の語でも、二人の人の間では、その「語」がどういう対立関係の重ね合わせ(対立関係のネットワーク)の中で、どのポジションを占めるかが異なる。

この二人は、ある一つの同じ言葉を用いて「同じこと」を論じているようで、全く異なった対立関係のネットワークを動かしているのである。それでは話が通じないのは当然である。

そこでは語は、表層のシンボルとしては「同じ」であるけれど、意味が全く異なるのである。

572.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
一方、深層のコミュニケーションとは、二人の人の、二つの異なる分節体系が衝突すると同時に接続され、双方ともに一度ガラガラと崩れ落ち、そして元とは別の体系に組み立て直されることである。

「異文化の接触とは、…異なる意味マンダラの接触である。…意味マンダラは、特にそのアラヤ織的深部において、著しく敏感なものだ。刻々に生滅し、不断に遊動する「意味可能体」は、それ自体において既に、本性的に、限りない柔軟性と可塑性とを持っている。まして、異文化の示す異なる意味マンダラに直面すれば、鋭敏にそれに反応して、自らの姿を変える。(井筒俊彦「文化と言語アラヤ識」全集第八巻P.181)

573.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
分節すること、区別すること。

それはあくまでも「すること」であって、何か固まった出来合いの「もの」ではない。分節すること、区別することは、動きである。常に動き続けている。

動きであるが故に、それは「本性的に」「柔軟性と可塑性」を持つのである。

水面の波紋を思い浮かべていただくと良い。

ある同心円を描く一つの波紋に、別の波紋がぶつかると、二つの波が新たな構造を描き出す。区別することは、そのようにして、ちょうど波の高いところと低いところの区別が動き続けるように動き続ける。

表面のコミュニケーションを、出来合いの固まった分節体系を棍棒のように使って「殴り合う」ことだと比喩的に言うならば、対する深層のコミュニケーションは、常に動き続けている二つの分節作用のさざ波を共鳴させることである、と言えるかもしれない。

574.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
まとめ

今や言葉は「ビッグデータ」の一つとして、人間による読み書き解釈を介さずにアルゴリズムによって変換されたり配列されたりするものになっている。

今や言葉は、「同じ人間同士」のコミュニケーションから、多数の「異文化」の人間の間のコミュニケーションへ、そして従来は「人間」からはっきりと分け隔てられていた「機械」のような他者とのコミュニケーションに巻き込まれている。

あるいは地球環境の壊滅的な変容は、人間を、これまた従来は「人間」からはっきりと分け隔てられていた「動植物」や「自然」とのコミュニケーションへと誘っている。

そうなるとますます、分節すること、区別すること、分別をつけること、その「やり方」を柔軟に動かし続ける余地を、私たちは保ち続けなければならないということになる。それも「忙」しい日常のさなかでそうしなければならない
575.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
言語アラヤ識、意味マンダラ
576.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
井筒理論は深いな
577.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
もしも、言語がなかったら

人は、混沌とした夢の中のような世界で生きることになる
578.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
視覚情報や聴覚情報は

そのままでは、漠然としたイメージにすぎない
579.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
言語によって、明晰判明となる
580.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
DkWBQ
犬や猫は

夢の中のような世界で生きている
581.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
井筒理論は
やはり
キリスト教神秘主義における神の言の
解釈の延長線にある感じがする
スーフィもキリスト教神秘主義よ影響から
生まれたらしいしな
😆
582.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
俺から見る
瞑想系統仏教とキリスト教の違いは
キリスト教のほうは
聖書における「神の言」による霊的先行がある
スーフィも恐らく、それだろう
そういうのを井筒氏に感じる

仏教は言葉は、説明は二の次
瞑想に関しての言葉説明、

俺が
現に霊的観測している事実だ
😆
583.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
俺的には
瞑想系統仏教と
その他の宗教、信心系統の非瞑想系統仏教も含む

の間に
感覚的に
相当な断絶がある

瞑想系統仏教は
瞑想がメインで言葉はオプション


その他宗教は
霊的言葉先行のシステムとして
俺は観測している
😆
584.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
>その他宗教は
霊的言葉先行のシステムとして


の宗教研究が
探求の娯楽のメインディッシュになっている
😆
585.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
仕事日の間の宗教研究のメインディッシュになってしまった動画

この霊的な流れは
霊的言葉の先行によってストーリーが進められている😆


https://m.youtube.com/watch?v=SamaXPzF8lo
586.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
瞑想系統仏教は
なんらかの呼吸法、呼吸感覚に
宗派別の教義解釈が乗る感じで
言葉が先行というわけではない
😆
587.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
それ故に
言葉先行させる
ハッスル創作仏教は
イミフ感が濃くなる

😆
588.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
日蓮や池田大作が
いくら言葉先行させても
日蓮や池田大作は
瞑想系統仏教が目的ではないので
言葉による霊的解釈を
先行させても違和感にい
589.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
日本的葬式仏教や
念仏、山伏、神仏習合は
本来的には
霊的言葉先行の宗教だろう

ま、俺サイドからすれば
自動瞑想系統仏教扱いスイッチに簡単に入るけど〜
😆
590.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
日蓮や池田大作が
いくら言葉先行させても
日蓮や池田大作は
瞑想系統仏教が目的ではないので
言葉による霊的解釈を
先行させても違和感がない
591.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
日蔵の菅原道真公の
話は
やはり、言葉先行だろな、あれは

俺は瞑想系統解釈スイッチで読んでしまうが
😆
592.
ユーザー
神も仏も名無しさん
SDip8
日曜日と月曜日は
寒い朝を除いて
健康の為に
炭水化物ダイエットを遂行するに決めた
さて土曜日よお楽しみ
カラムーチョタイム開始
😆
593.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hDqXv
今日は暖かくなるらしい😆
594.
ユーザー
神も仏も名無しさん
X4egw
らしいな
だがぎっしり腰危険シーズンだ
😱
595.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
世界は、視覚や聴覚の情報でできている
596.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
ただ、情報はあくまで情報だ

無加工のままでは意味を成さない
597.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
視覚や聴覚の情報だけでは

世界は漠然としたイメージの混沌状態にすぎない
598.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
コレを明晰判明な、意味ある世界にしているのが言語だ
599.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
世界は、言語なしでは成り立たない
600.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
600
601.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
もしも言語が無かったら

人は、夢の中のような混沌としたイメージに
埋没して生きることになる
602.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
犬や猫や赤ちゃんがそういう状態だと推測される
603.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
もしこの世界から言語がなくなれば、人類は高度な協力を設計できず、文明の発展も技術の共有も停止する。未来の計画や過去の継承が不可能になり、複雑な思考や感情の整理が困難になる。コミュニケーションは身振りや表情に限定され、人間は本能的な協力にとどまることになる。

具体的には以下のようになるでしょう。

文明の停滞:狩り、子育て、掟の共有など、複雑な協力を設計する装置が失われる。

思考の制限:脳内でのモヤモヤした考えや感情を整理できなくなり、自己理解が難しくなる。

遠隔コミュニケーションの消失:文字や言葉がないため、物理的な距離や時間を超えた情報伝達が不可能になる。

本能的な関わり:言語以外の手段(身振り、表情、音、アートなど)での感情の共有が主となる。

言葉は、単なる情報伝達の手段を超えて、人類が協力し文明を築くための根幹と言えます。

604.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
言語がない世界では、概念的な「意味付け」が消え去り、世界は純粋な感覚、音、色、行動の「生の連続体」として現れます。過去や未来への執着は消え、瞬間的な状況や感情(空腹、恐怖、喜び)が支配する、直接的で即物的な世界となるでしょう。

感覚のみの世界:目の前の「赤いモノ」は単なる赤いモノであり、それは「リンゴ」や「情熱」という名詞や概念とは無縁の、生の感覚体験となります。

「現在」に生きる:「明日」や「昨日」という概念がないため、時間は連続する「今」の積み重ねとなります。

直接的なコミュニケーション:相手の意図は言葉(ラベル)ではなく、表情、しぐさ、音、行動という肉体的なサインからのみ理解されますnote。

分断された知識:知識を共有・蓄積できないため、個人の経験が知識のすべてとなり、文明は形成されません。

結果として、世界はより直感的で、刹那的で、動物的な感覚で知覚される世界になるでしょう。

605.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
ヨハネ福音書の
冒頭は
初め言があった


ま、西欧文化やな

かなりハッスル🤡様燃えてるなー

俺は曹洞宗寺院勤行と


今日は無住の真言密教寺院の
木をノコギリで15本くらい切った
大きいので直径10センチクラスのを2本

よ〜さ〜く〜〜〜
よ〜〜〜さ〜〜〜く〜
♬
606.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
「ことばと思考」 今井むつみ



本書は終盤で言語が存在する本質的な意味合いについても触れている。著者が言うには、人間は言語を介して全く違うモノ同士を同じカテゴリーに当てはめ、そこから類似性を発見することによって未知のものに対しての対策を取ることができるのだという。

それらのカテゴリーに名前がつけられると、人はそれらを「同じもの」として認識し、モノ同士の見た目が大きく違っていても、名前の共有を手がかりに、見たことがないモノの性質や行動について、予測をすることができる。

例えば「椅子」がある。世界にはさまざまな形の椅子があり、その種類は無限と言ってもいいかもしれない。仮に世界に「椅子」という分類が存在せず、全てAとかBとかの固有名詞で呼ばれたらどうなるだろうか。おそらく我々はそれらに出くわすたびに「これは勝手に座っていいのだろうか? そもそも座るものなのだろうか? 座ったら怒られるんじゃないか?」と悩むことになるのではないだろうか。しかし実際にはそんなことにはならない。なぜなら我々はその形や設置してある場所などから類推してそれらを「椅子」と判断できるからだ。
607.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
イスラームもムハンマドに言え
だったやろしなー

預言者は
言え、言葉だ
中東西欧文化だ
608.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
これは大人だと実感しづらいことかもしれない。しかし子どもの思想形成の過程においては非常に重要なことである。子どもにとって世界は知らないことだらけだ。それらと出会うたびに一から理解していく時間はない。そこで異なるモノ同士の類似性を発見し、同じカテゴリーに当てはめて、次の行動の指針としていく。それを繰り返して子どもは様々なことを効率的に学習していくわけだ。

「つまり、言語は、子どもに、自分以外の視点から世界を眺めることを教え、世界を様々に異なる観点からまとめ得ることに気づかせ、様々な切り口、様々な語り方で自分の経験を語ることを可能にし、さらに、経験を複数の様々な視点、観点から反芻することを可能にするのだ。そのことに対する気づきそのものが、ヒトの子どもを、ヒト以外の動物が持ちえない、柔軟な思考へといざなうのである」

言語の最も偉大なところは、無限に存在する事象の「分類」を可能にしたことなのだろう。だからこそ動物と違って人間は未知のものにも法則性を見出して立ち向かうことができるし、その結果から学習することもできる。
609.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
これらをみんな「椅子だ。座るものだ」
と認識できるのは

「椅子」という言葉のおかげ


https://www.air-r.jp/magazine/wp-content/uploads/pickup-chair-comfort90.jpg
610.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
預言者の神の言葉がなければ
社会の秩序は、成り立たなかった
そういう言葉の社会になんで
民法やデモクラシーが成立できたわけだ
😆
611.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
>>605

欧米の言語哲学だ
612.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
仏教もこうだという人がときどきいるんだが

違うと思うな~
613.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
東洋では言葉よりも権威が勝ったんやろなー

儒教の言葉で江戸幕府は管理したんやろなー
😆
614.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
確かに、仏教にも言語哲学の面はある

中観派はとくにそうだ

でも、こうではないと思う
615.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
空や執着では
民法やデモクラシーみたいな新しい社会制度は無理だろうな
やはり言葉による秩序の文化があってこそだ
😆
616.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
若い頃は社会科学の教授職の夢があったので
言語のテーマはかなりソシュール中心と
歴史検証でかなり本を読んでいる
😆
617.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
まあ、とにかく

視覚や聴覚で情報が集まる

→ 言語で世界像を編集する

→ 自分自身が編集した世界像を、「これが世界なのだ。世界とはこういうものだ」と思い込む


これこそ、この仮想世界が現実化するシステムだ
618.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
視覚による漠然としたイメージ

これに、「名前を付ける」ことが重要だ

何度も名前を呼んでるうちに、確固たる「存在」と化す
619.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
単純に差異と恣意性からのラングとランガージュによる
情報、文化の形成発展でいいんじゃね?
😆

日本は天皇制というラング、シンボルで良くも悪くも国民を統合していったんやし
😆
620.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
30代前半で構築した知識だけで語れている😆
621.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
文化と情報は
遺伝子みたいに記憶で語り継がれ
強固なランクになったりするみたいなー
😆
622.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
かなり世界史好きと
近代政治史マニアで
なんとなく、そういう制度システムがある感

むろんチャイナやロシアには
んなもん無い、
民法やデモクラシーの
記憶と文化の継承がない
😆
623.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
チャイナやロシアには民主主義の概念が無い😫
624.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
報道の自由や人権というのも
国家な承認して
国民の中で自然なものになっているが

ロシアやチャイナは
そんなわけにいかん
報道の自由や人権というラングの記憶文化の継承は社会、国家には
無い
😆
625.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
その辺が
言葉の実態やろなー
と
社会科学の教授職になりたかった俺は
30代前半まで本を読みまくり歴史政治史のデータを見ながら
言葉と制度の意味を研究していた
既存の社会科学の権威を信用せずに
😆
626.
ユーザー
神も仏も名無しさん
yQ98q
仏教や宗教に関しては原典原理主義理解であるが

社会科学は伝統無視派だ
😆
627.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Syz23
>>625

そうだったのか~😆
628.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2HYjL
仏のスレ激しく盛りあがってるな?

禅に関心がない
朝の勤行と
仕事の修行で
禅はお腹いっぱいだ
😆
629.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2HYjL
木をノコギリ切り10本でヘロヘロなのもあるが、
ハッスル🤡イジリ意欲が低い
😆
630.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2HYjL
カラムーチョが
ベラボーに上手い
😆
631.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
>>628

ハッスル火山が噴火してた🌋
632.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2HYjL
ハッスルとデンパパは
楽しそうだな?

デンパパ📶は
みんなに相手してもらってるのかな?
関心がないので細かく見てない
ノコギリ切り10本の疲労感のせいか?
😆
633.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
>>632

んにゃ

ハッスル軍団はいつものことだが
軍団内の相互交流がない(笑)
634.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2HYjL
ナルシズム主張リバースしてるだけか?
ハッスルも
デンパパ📶も


あいつら
余程寂しがり屋やなー
😭😭
635.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
言語思考者は言葉や論理(順序)を用いて頭の中で文章化して考え、概念的・抽象的な理解が得意です。対して視覚思考者(ビジュアル・シンカー)は映像、画像、図解を用いて直感的に思考し、空間認識や具体的なイメージ連想が得意です。これらは優劣ではなく、脳の情報の処理スタイルの違いです。

636.
ユーザー
神も仏も名無しさん
2HYjL
禅語録に関心無い〜

やはり休日は
プロテスタントだ
😆
637.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
言語思考者と視覚思考者の主な特徴比較


言語思考者 (Verbal Thinkers)

特徴: 文章、音声、論理的な順序で思考する。概念の整理が得意。

強み: 文章作成、口頭説明、抽象的理論の理解、時間管理。

傾向: バインダーに資料を整理するなど、きっちりとした整理を好む。


視覚思考者 (Visual Thinkers)

特徴: 絵、画像、写真のようなイメージ、パターンで思考する。

強み: 図解、地図の理解、物体・空間の認知、創造的なアイデア出し。

分類:物体視覚思考者(写真のような鮮明なイメージ)と空間視覚思考者(パターンや概念的関係性)に細分化される。

傾向: 複雑なことを絵や図で理解し、会話では要点を即座に映像化する。

638.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
それぞれの強みが出る場面

言語思考者:学校の授業、書類作成、理論的なプレゼンテーション。

視覚思考者:エンジニアリング、デザイン、プログラミング、複雑なシステムの全体像把握。

この2つのタイプは、異なる視点を持つため、ペアやチームで協働すると高い成果を上げやすいとされています。

639.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
言語は、単なる意思疎通のツールを超え、私たちが認識する世界そのものを形作り、現実を創造する力を持っています。感情を言語化することで脳の興奮が抑えられ、思考が整理されるのと同様に、言葉は抽象的な概念を具体化し、人類の文明と現実を構築する基盤となっている。

世界を創造する力: 言葉は現実を超えて世界を創造する力であり、思考や文明の進化を促進した。

現実化のプロセス: 言語化能力(語彙力、抽象・具体の使い分け)が高い人は、頭の中のアイデアや感情を整理し、分かりやすい現実(文章や行動)として出力できる。

言語の現状と多様性: 2023年時点で世界には約7,168の言語が存在するが、約40%が消滅の危機にある。一方で、上位23の言語が世界人口の半分以上に使用されており、インターネット上では英語、中国語、スペイン語が主要な言語となっている。

言語と世界の相互作用: 物理的・文化的分離が新しい言語や方言を生み、それがまた新しい視点を世界にもたらすという、進化のサイクルがある。

言語は単に「ある」ものを説明するのではなく、言葉に

640.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
>>636

> 禅語録に関心無い~


それだと、仏のスレには参加できないな~😂
641.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
哲学マニアってのは

言語のことばっか考えてるものだ
642.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
語り得ない真実を、あえて言語化する
643.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
言語の限界を超越するのだ😆
644.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
釈尊や龍樹は

言語の限界を超えることに成功した😆
645.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
釈尊は勝義諦を言語化し、戯論を寂滅することに成功した
646.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
キリスト教のプロテスタント書籍は
クリスチャンや牧師から山程もらったが
あんまり読んでない
カルバンとファンダメンタルズ系統ばかり
プロテスタントに関心が出てきたので
読もう
そのうちうたた寝もするだろう
😆
647.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
中川健一牧師のショート動画見たが
奇跡を信じているようだな?
ディスベンの信仰生活も知らん関心薄いので
やっはり、中川健一の信者は
中絶反対運動だな
日本人信者でも
😆
648.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
ディスペン連中は
ファンダメンタルズの一部なので
進化論否定
地球形成の歴史否定
中絶反対が必須項目だ



イスラエル支持は
ファンダメンタルズの全てが
イスラエル支持ではない
😆
649.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
そこが、仏教と西洋哲学の大きな違いだ

仏教では、「釈尊は言語の限界を超えて、真理を言語化することに成功した」と考える

西洋哲学では、「言語の限界を超えるのは不可能」と考える
650.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
>>647

そりゃそうだ

中川健一が信じなかったら、誰が信じるのだ?😂
651.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
仏教哲学も、西洋近代哲学も

「人が見ている世界は、本当の世界ではない。
本人が言語によって創り上げた世界像。
それを、『世界とはこういうものだ』と
思い込んでいるだけなのだ」

という点については、共通する

古代インドと、近代ヨーロッパ

古今東西の哲学史の二大頂点は、
同じ結論にたどり着いたのだ
652.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
でも、同じなのは、そこまで

そこから先が大きく異なる

仏教哲学の場合は、
「こんな虚構の仮想現実から抜け出して、
実相の世界を知ろう」というような
感じなのに対して

西洋哲学の場合は
「この世には、神も天使もいやしない。
すべては偶然の産物にすぎない。
あの世もない」
というような、唯物論へと向かう
653.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
「人は、死ねば無になる。
だから生きてる間は、精一杯に生きよう」

というのが、西洋哲学の実存主義だ
654.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
仏教もそういうものだと、勘違いしてる人が結構いる
655.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
>>652

> 仏教哲学の場合は、
> 「こんな虚構の仮想現実から抜け出して、
> 実相の世界を知ろう」というような
> 感じなのに対して


仏教哲学といっても、倶舎論や唯識論の場合だ

中観派は、「実相の世界」というような概念を好まない
https://i.imgur.com/E7tiOM9.png
656.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
> 仏教哲学の場合は、
> 「こんな虚構の仮想現実から抜け出して、
> 実相の世界を知ろう」というような
> 感じなのに対して


仏教哲学といっても、倶舎論や唯識論の場合だ

中観派は、「実相の世界」というような概念を好まない

そういう言い方をあんまりしない
657.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
中観派に傾倒する人はたいてい

「仏教では、こう考える」
というような前置きをしてから、
中観派の考え方を述べる

だが、それは仏教全般に通じない

倶舎論や唯識論では大きく異なる
658.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
唯識論でいう「遍計所執性」というのは、
言語によって構築された、虚構の仮想現実だ

「円成実性」というのは、実相の世界だ

中観派には、コレがない
659.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
もしも、言語がなかったら

夢の中のような、混沌とした無意味があるだけだ

マトモな世界像は作れない
660.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
犬や猫や赤ちゃんは、分節化される以前の混沌に住んでいる
661.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
牛の死体は気持ち悪いが

牛肉は美味しそうだ
662.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
それが、言語の力だ
663.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
かなり気持ち良く昼寝1時間やった
😆
664.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
それは良かった😆
665.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
こちらも、気持ちよくスレ埋めしている😆
666.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
半端な中論語る
ハッスル、リダン、麦では
イミフで
どーしようもない感があるな?
😆
667.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
666👿
668.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
>>666

ハッスル軍団は盛り上がってるな?
669.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yAlM0
仏のスレは妖怪館だ😱
670.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
麦、ハッスル、デンパパを消したら
少しは見やすくなるだろうけど
禅談義に意欲がない
やはり文字を読むならプロテスタントだ
カトリックはトマスでかなり満足した
😆
671.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
PdvsY
やっぱり、禅宗はペラペラ語るのには不向きなテーマだな~😫
672.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
確かに
ニーズがないとなー
曹洞宗でも
まー
ほんまにロンやら
元スレ主みたいな
レスする意欲がない、

やはり探求は偏狭過ぎるプロテスタントに限る
偏狭な宗教程謎が多い
😆
673.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
偏狭なコダワリのモチベーションは楽しい
😆
674.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
カトリックのバチカンニュースのブログも実は自動的にグーグルニュース関連で上がってくるのでマメには読んでいる
😆
675.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
プロテスタントと違い
正教会やカトリックの聖者は天国で我々を助ける為に祈ってくれている
というのを
最近学んだ
キリスト教は、そういうマニアな情報は楽しい

日本の山伏念仏系統も!そのような要素があり、日蓮は超神格化されている
どの宗派も凡夫布教で
開祖当人の感覚以上に
神格化される傾向にある
😆
676.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
開祖の神格化が進む時
遥かに神格化された言葉の魔力ご作動する日本の仏教でも
聖徳太子の前世は天台智顗とか
聖徳太子の後世は、最澄とか空海とか、
鎌倉時代の本覚思想の強い山伏念仏密教では、そーいう現在に通用しない前世譚が
まかり通っていた
論文で知った
😆
677.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
曹洞宗ですら
道元の神格化の傾向は
多くの寺院に残っており、
それが葬式の亡者の血脈による
亡者の出家行事になっている

江戸時代中期に問題とされた
悟りを探求しない曹洞宗寺院が多数派である
俺の曹洞宗悟りより悟っていない
曹洞宗僧侶はたくさんいるだろうな
😆
678.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
ロンやら元スレ主の縁がある僧侶は悟りの世界を体得しているだろう
😆
679.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Igrmj
アンドーは


俺が2ちゃんねるで
セッタン語録をコピーしたのを精読しているので
ハッスルや麦やデンパパ、リダンより
禅を知識的に理解している
😆
680.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Kg9Fv
禅宗に関しては、
安堂殿がハッスル達を上回ってるな👍️
681.
ユーザー
神も仏も名無しさん
zUVpM
ダメダメ公害なヤツラだけ
やたらレスが
仏のスレでは多い😆
682.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
「言語アラヤ識」は、哲学者・井筒俊彦が仏教の「阿頼耶識(あらやしき)」を応用し、深層心理に沈殿する「文化的無意識(言語の種子)」を指した言葉です。個人の意識の奥底で、言葉の創造的エネルギーや慣習的意味が「種子」として蓄えられ、条件によって顕在化する流動的な構造を指します。
683.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
主なポイント

阿頼耶識(アラヤ識):仏教の唯識思想で、すべての経験を「種子」として貯蔵する第八識。ヒマラヤのような「蔵」を意味する。

言語アラヤ識:井筒俊彦の概念。社会的な言語慣習、記号システムが個人の深層意識(文化的無意識)に沈殿・蓄積された状態。

名言種子(概念):アラヤ識に蓄えられた言葉の可能性、言葉の「種」。これが意識表層へ出ていくことで思考や発話が生まれる。

井筒はこれを、言語は静的ではなく、深層の「意味マンダラ」で常に創造的に動いている流動的な全体構造として捉えました。

684.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
仏教では多くの場合、人間の知るはたらき、意識、あるいは心のはたらきを六つ(眼、耳、鼻、舌、身、意)に区別する。唯識ではそれらの根底にさらに末那識(根源的な自我執着意識とも言うべきもの)と阿頼耶識とを考える。唯識によれば、人間の経験はすべて意識の深みに影を落として消えていく。つまり痕跡を残していく。痕跡は直ちに、あるいは時間をかけて集積し、「種子」に変わっていく。そして種子から芽が出るように、この「種子」からさまざまな存在ないし存在表象が生まれていく。このさまざまな存在の因である「種子」が貯蔵される場所が阿頼耶識である(阿頼耶識はその意味を込めて「蔵識」とも漢訳された)。
685.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
井筒は『意味の深みへ──東洋哲学の水位』に収められた論文「文化と言語アラヤ識──異文化間対話の可能性をめぐって」のなかで、この阿頼耶識の概念をその言語理論のなかに取り入れることによって(「言語理論的方向に引きのばして」)「言語アラヤ識」なるものを考えた。それは、井筒によれば、社会制度として定着した言語のなかにまだ組み込まれていない「潜在的意味」としての言葉の貯蔵場所である。まだ分節されていない、まだ明確な意味を担うにいたっていない「意味可能体」が生まれてくる意識下の領域である。そこでは無数の「意味可能体」が、意識の表層の明るみのなかに出ようとして、互いに絡み合い、相戯れている。
686.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
「外部言語」とも言うべき慣習的な記号のシステムは、このような「創造的エネルギーにみちた意味マンダラの溌剌たる動き」に支えられて成り立っている。この潜在的な意味は条件が整えばやがて顕在的な意味として意識の表層に浮かびあがっていく。そしてそこでなされる経験の痕跡がふたたびアラヤ識に集積し、新しい「種子」を作りだす。このように言葉を、単にその表層構造においてだけでなく、同時にアラヤ識における「深層言語」までをも含む流動する全体構造において把握しようとした点に、言いかえれば、その力動性に注目した点に井筒の言語理解の特徴がある。


687.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
唯識論は、コトバの力を重視する
688.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
コトバは、深層意識に重大な影響を及ぼしている
689.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
中観派とは違った意味で、一種の言語哲学だ
690.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
井筒俊彦によれば、深層意識には「言語アラヤ識」がある

そこに蓄えられている
「種子」(潜在的「意味」形象)が、活性化されて、
我々の表層意識の領域に働くからこそ、
我々は、その都度、世界を有「意味」的存在秩序として経験する」
691.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
「何かが何かとして存在することは、その何かが
当の何かとして現象することと切り離すことができない。」

「このことは、何かが存在するのは必ず
何らかの存在秩序の対してであることを意味する。」

「このような存在秩序がしばしば「神」、
すなわち「絶対者」と呼ばれてきた」
そして「神の前に/に対して世界がそのようなものとして
姿を現したとき、世界は存在するに至った」

空海が説いた「法身」である「大日如来」の「真言」も
「絶対的な存在者「法身」が世界をそのようなものとして分節化し、
この意味で「コトバ」である(「説法」する)ことを以って
世界が存在するという事態だった。」
692.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
**(井筒俊彦『意味の深みへ』~「あとがき」より抜粋)

 今から四十年も前、その頃、若年の私は慶應義塾大学の文学部の教壇で、言語学を講義していた。

 私が習い、かつ自分でも教えることになっていた従来の言語学が、「意味」という現象を、いかにも自明の常識的事実として、こともなげに取り扱っていることに、私は不満だった。」

「従来の言語学が、ともすれば、平板な「意味」の見方に満足してしまいがちなのは、元来、この学問が、コトバの「意味」機能を論述の対象として取り上げる時、コトバそのものを、主として、それが社会慣習的にコード化され、システム化されて働く次元に限定して考察する性向をもつからである。」

693.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
*「「意味の深み」という主題を、いくらか哲学的整合性をもって理論的に取り扱うことはできるのではあるまいかという確信に近いものが私のなかに生まれたのは、それからずっと後になって、仏教の唯識哲学を学び始めた時のことだ。丁度、西欧の学界でも、ユングの心理学が、人間意識の底に潜む巨大な下意識的エネルギーの働きを指摘し、また特にフロイト派のジャック・ラカンが、無意識とコトバの奇妙な結びつきの重要な意義を強調しはじめていた。」
694.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
深層意識/無意識と、コトバとの結びつき

これを論じたのは、ジャック・ラカンだった
695.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
井筒俊彦は、これと唯識論が似ていると思った
696.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
「元来、仏教では、人間の行為を身・口・意の三種に大別する。手足などを動かす(身)、コトバを聞き、コトバを喋る(口)、何かにたいして心が動く、たとえば、思惟、感情、想像などの形で(意)。内的外的、それら様々な行為の一つひとつが、人の下意識の最深層に、必ず、なんらかの跡を残していく。どんな些細な、取るに足りない(と思われる)ような、ほんのかすかな動きでも、こころの奥に、ひそかな影を残さずにはいない、と唯識は説く。我々のあらゆる経験が、我々自身の存在の底知れぬ深層を、刻々と「薫習」していく、というのだ。あたかも、衣に薫きしめられた香の匂が、消えずにそこに残るように。

 しかも、この「薫習」のプロセスは、個人としての我々の個人的経験だけに終始するものではなく、そこには、先行する諸世代の全ての人の全ての経験が、文化遺産という形で含まれる。つまり、我々がまったく気付かないうちに、我々の実存の深みは、まず自分自身の、そして結局は全ての人の経験の痕跡をとどめていく、というのである。
697.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
ところで、唯識哲学の説く「薫習」とは、現代的な表現で言い換えるなら、「意味化」のプロセスということになるだろう。すなわち、一々の経験は、必ずこころの深層にその痕跡を残すとはいっても、生の経験がそのままの姿(たとえば、普通の意味での記憶というような形)で残留するのではなく、すべてその場で、いったん「意味」に転成し、そういう形で、我々の実存の根底に蓄えられていくのである。それを唯識の述語で「薫習」と呼ぶのだ。

 人間のこころの機能を、表層から深層に及ぶ八つのレベルに分けて構造モデル化する伝統的な唯識の意識論では、このように過去の一切の経験が「意味化」して蓄えられる内的場所(トポス)として、この構造モデルの最深層(第八番目のレベル)を措定し、これを「アラヤ識」(文字通りには「貯蔵庫意識」)と名づけ、そこに貯蔵される「意味」を「種子(しゅうじ)」と名づける。
698.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
「種子」、すなわち、この段階で「意味」は、我々が常識的に理解しているようなコンヴェンショナルな「意味」ではない。コンヴェンショナルな「意味」の成立は、表層意識のレベルでの事態。「アラヤ識」のレベルにおける「意味」は、「意味」というより、むしろ「意味」エネルギーというほうが真相に近い。つまり「アラヤ識」は、全体としては、力動的な「意味」の流れである。

 だが、「意味」は、その本性上、「名」を呼び、「名」を求めるものである故に、「アラヤ識」は、また、全体として、根源的に言語的性格を持つ。とは言っても、勿論、均等的に、ではない・「アラヤ識」の言語性には、いわば凸凹があるのだ。先刻も書いたとおり、人間の経験は、大ざっぱに見ても身・口・意の三つの系統があるのであって、すべての経験が、直接、コトバの経験であるわけではない。
699.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
人間の下意識にたいするコトバの働きかけを極めて重大視する唯識哲学は、直接コトバに由来する「種子」を、特に「名言(みょうごん)種子」と呼んで、他の系列の「種子」から区別する。しかし、非言語系の「種子」も、「アラヤ識」的事態としては、すべて潜在的「意味」形象であるという点から考えれば、「名言種子」と根本的に等質であり、広い意味で言語的であると考えられなければならない。」

「数限りないこれらの潜在的「意味」形象の全体を理論的に想定して、私はそれを「言語アラヤ識」(あるいは「意味アラヤ識」)と呼ぶ。すなわち、唯識哲学の説く第八「アラヤ識」を、強弱様々な度合いにおいて言語化された「意味」エネルギーの、泡立ち滾る流動体として、想像するのである。」

700.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
700
701.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
唯識論では、過去の身口意のデータが種子として貯蔵されている
702.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
種子には、名言種子と業種子がある
703.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
深層意識に及ぼすコトバのパワーがあまりに大きいため

「名言種子」が、普通の種子とは区別された
704.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
言語学者の井筒俊彦は、「唯識論は、ラカンの理論と似ている」と思った
705.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
ラカンの言語論は「無意識は言語のように構造化されている」という言葉に要約されます。人間は言葉(記号)の世界に生まれることで、その言語のルールに支配され、欲望し、自我(主体)を形成するという考え方です。言語が人間を作り、言葉のズレが欲望の源泉になると説きました。

706.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
1. 無意識は言語のように構造化されている

言語活動の基盤: 無意識は、ただの混乱した欲望の場所ではなく、辞書のようにシニフィアン(記号・言葉)が連鎖して機能する場所であると主張しました。

他者の言説: 自分の無意識的な思いや行動は、実は言語、文化、社会など「大文字の他者」から植え付けられた言葉やルールに基づいているということです。
707.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
2. シニフィアン(言葉)が人間を支配する

言語が主体を作る: 私たちは言葉を使いこなしているつもりですが、実際には「私」という言葉を覚え、社会の言葉体系に参入することで、人間として認識され、構造化されます。

言葉の優先: 言葉が先にあって、その言葉の枠組みに後から自分の感情や現実を当てはめるため、言葉で表現しきれないものが無意識に蓄積されます。

708.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
3. 主体の分割と欲望の源泉

完全な自己は存在しない: 言語で自分を表現しようとしても、言葉は「今の自分」を完全には表せないため、主体は言葉による「意識」と「無意識」の間で引き裂かれています。

欲望のメカニズム: 本当に欲しいものが言葉では表せないため、私たちは代替品を求め続け、欲望し続けます。
709.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
4. 鏡像段階と象徴界

鏡像段階: 幼児は鏡に映った自分の像を「自分だ」と認識して自我を作りますが、それはイメージ(想像界)であり、本当の自分とはズレがあります。

象徴界(言葉の世界): 子供が言葉(ルール)を覚えることで、この想像的な世界から、社会的な「象徴界」へと入っていきます。
710.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
ラカンの言語論は、人間が「言葉の檻」の中で、決して満たされることのない欲望を抱えながら生きる存在であることを明らかにしたものです。
711.
ユーザー
神も仏も名無しさん
iv5CW
やはり、デモクラシーや民法を生みた西欧哲学的な世界観があるだろなー



歴史動画とか見るのが好きだけど
人権とかない人類の歴史は長い、
案外なんでも金、略奪、人身売買なとの
野蛮の限りの

歴史か人類の歴史の多数
😮
712.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
ラカンの言語論

意味不明なことで知られる
713.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
わざと分かりにくく書いたのではないかと言われるほど

極めて難解な文章だ
714.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
>>711

地球人類の歴史はハチャメチャだ😫
715.
ユーザー
神も仏も名無しさん
iv5CW
やはり、デモクラシーや民法を生みた西欧哲学的な世界観があるだろなー



歴史動画とか見るのが好きだけど
人権とかない人類の歴史は長い、
案外なんでも金、略奪、人身売買なとの
野蛮の限りの

歴史か人類の歴史の多数
😮
716.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
hqlJn
ホラー映画より怖い😱
717.
ユーザー
神も仏も名無しさん
iv5CW
江戸時代も人権意識はないけど
儒教や仏教の思想で国民を管理する社会意識はあっただろうからなー
文化が豊かだったし

室町時代の応仁の乱以前よりも
江戸時代は安定してたやろしなー
😃
718.
ユーザー
神も仏も名無しさん
iv5CW
茶の湯とか茶器も
織田信長が勢力伸ばして京都を安定支配してから文化濃度が高まったやろしなー

戦場になる田舎は
信長秀吉の足軽の略奪人身売買芸で
神社仏閣は片っ端から破壊されたらしいからなー
😱
719.
ユーザー
神も仏も名無しさん
iv5CW
金閣寺の金閣だけは破壊強奪の対象にならなかったのかー
応仁の乱でも
😱



金閣寺の歴史的概要
1397年(応永4年): 将軍・足利義満が京都北山に山荘「北山殿」を建設。ここを本拠地として、北山文化が花開きました。
1408年(応永15年): 義満の死後、夢窓疎石(むそうそせき)を開山として禅寺とし、義満の法号「鹿苑院殿」から「鹿苑寺」と名付けられました。
1467年(応仁の乱): 多くの建物が焼失しましたが、金閣は焼失を免れました(のちに被害を受ける)。
1950年(昭和25年): 23歳の僧侶の放火により、国宝だった金閣(舎利殿)が全焼(金閣寺放火事件)。
1955年(昭和30年): 舎利殿が再建され、現在の姿が復元されました。
1987年(昭和62年): 大規模な修復工事で金箔が貼り直されました。
720.
ユーザー
神も仏も名無しさん
237Wu
🤡 でおーの発言は主張ではなく反応獲得行動
721.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>717

江戸時代の日本は、それ以前の日本とは別の国
722.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
室町時代の日本は、想像を絶するほど野蛮だった
723.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
それでも、中世ヨーロッパよりはマシだったかもしれん
724.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J

コトバの意味は言語アラヤ識から浮かんでくる!


ソシュールの主張した「能記(シニフィアン)と所記(シニフィエ)の関係は恣意的であり、現実においてなんの自然的契合をも持たない」という言説は、現代社会の言語学や記号学では常識とされてきました。だが、本当に的を射ているのでしょうか。

すでにさまざまな批判や反論が行われていますが、最も本質的な批判は井筒俊彦先生の言説だ、と筆者は思います。

725.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
膨大な論述の中から、核心部分を抜き出してみましょう。

まずソシュールに主張する「言語の恣意性」については、次のように指摘します。

ソシュールは言語(ラング)を一種独特な記号学的「相異」の連関網目構造として規定した。「言語には相違しか存在しない」(中略・・・という)、ソシュール言語学のこの有名な基礎命題は、要するに言語記号の実体性の無条件的な否定である。

能記(シニフィアン)の側であれ、所記(シニフィエ)の側であれ、記号というもの(実体)は存在しない。ただ諸辞項間の相互的「相異」関係のみがある。ものがあって、それらの間に相互関係が出来上がるのではなくて、関係性が諸辞項を、あたかも実在するものであるかのごとくに成立させる、というのだ。(『意味の深みへ』P108)

726.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
そのうえで、ソシュールのこの主張は、言語の表層的な特性を述べたものにすぎない、と厳しく反論します。

コトバの表層領域とは、言語の社会的約定的記号コードとしての側面――無論、それに基づいてなされる人間相互間のコミュニケーション、つまり発話行為を含めて――ということ。このような偏向性における言語論は、必然的に、コトバにたいする水平的(ホリゾンタル)なアプローチとなり、人間の言語意識を、いわば深みに向かって掘り下げていく垂直的(ヴァーチカル)なアプローチはほとんど完全に無視される。

727.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
にもかかわらず、西洋の言語論のほとんどが、この次元に留まっていると批判します。

フロイト派の深層心理学の特殊分野におけるラカンの言語論とか、近年のクリステーヴァの「ル・セミオティーク」の如き、注目すべき例外はあるとしても、西洋の言語学の圧倒的大勢は、言語にたいして、いま言ったような意味でのホリゾンタルなアプローチによって特徴づけられる。チョムスキーの語る「深層言語」にしても、深層とはいうものの、それは実はデカルト的な普遍的理念構造を措定するだけであって、依然としてホリゾンタルなアプローチであることに変わりはない。(『意味の深みへ』P254)
728.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
その欠陥を次のように指摘しています。

現代の言語学者は、社会的記号コードとしての言語(ラング)の対立項というと、すぐに発話行為(パロール)を考えるのを常とする。ラングとパロールとは相関的、相補的概念だ。

しかし本当は、ラングとパロールとをそのまま表面的に並べる前に、ラングの底に伏在する深層意味領域というものを考えなければならない。そうしてこそ、はじめて、いわゆる意味の「太古」の薄くらがりのなかから立ち現れてくるパロールの創造性の秘密を理解できるのではないか、と私は思う。(『意味の深みへ』P255)
729.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
この主張の背景として、言葉の機能を表層と深層に分けたうえで、深層の構造を説明します。

表層的シニフィエの底辺部には、広大な深層的シニフィエの領域が伏在している。そればかりではない。言語意識の深層には、まだ一定のシニフィエと結びついていない不定形の、意味可能体の如きものが、星雲のように漂っているのだ。

まだ明確な意味をなしていない、形成途上の、不断に形を変えながら自分の結びつくべきシニフィアンを見出そうとして、いわば八方に触手を伸ばしている潜在的な意味可能体。まさに唯識の深層意識が説く「種子(しゅうじ)」、意味の種だ。既に一定のシニフィアンを得て、表層意識では立派に日常的言語の一単位として活躍しているものと、いま言ったような形成途上の流動的意味可能体と、無数の「意味」が深層意識の底に貯えられている。(『意味の深みへ』P259)
730.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
このような種子が潜んでいる場所を大乗仏教唯識論の「種子」を敷衍して、「言語アラヤ識」と名づけています。

およそ外的事物をこれこれのものとして認識し意識することが、根源的にコトバ(内的言語)の意味分節作用に基づくものであることを私はさきに説いた。そして、そのような内的言語の意味「種子(ビージャ)」の場所を、「言語アラヤ識」という名で深層意識に定位した。

「言語アラヤ識」という特殊な用語によって、私は、ソシュール以来の言語学が、「言語(国語、ラング)」と呼び慣わしている言語的記号の体系のそのまた底に、複雑な可能的意味聯鎖の深層意識的空間を措定する。

もしこの考え方が正しいとすれば、我々が表層意識面で――つまり知覚的に――外的事物、例えば目前に実在する一本の木を意識する場合にも、その認識過程には言語アラヤ識から湧き上がってくるイマージュが作用しているはずだ。

なぜなら、何らかの刺激を受けて、アラヤ識的潜在性から目覚めた意味「種子」が、表層意識に向かって発動しだす時、必ずそれは一つ、あるいは一聯の、イマージュを喚起するものだからである。(『意識と本質』」P190)

731.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
以上のように、井筒説によると、コトバの音声・文字(シニフィアン)と意味対象(シニフィエ)の関係は、ソシュールのいう「恣意的」なものではなく、私たちの意識の深層(阿頼耶識)にある、なんらかの種(種子)の影響によって、両者が結びつくのだ、というのです。

とすれば、「言分け」によって「身分け」世界を分ける、その前に「種分け」という段階を考えなければならないのかもしれません。
732.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
なるほど
733.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
さすがは、巨匠・井筒俊彦
734.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ここ数日、「言語アラヤ識」にハマッている
735.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
昔、「意識と本質」を読んだとき

この辺りは、何を言ってるのか、サッパリ分からなかった
736.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
でも、いまは

唯識論と、ソシュール言語学の両方に詳しくなったため

井筒の言ってることが、よく分かる
737.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
コトバの音声・文字(シニフィアン)と意味対象(シニフィエ)の関係

ソシュール言語学では、無意味である
738.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
目の前にいる四足動物というシニフィエ

それと、「イヌ」とか「ネコ」というシニフィアンが結びつく

その結びつきには、とくに意味が無い

「イヌ」というシニフィアンは、「ネコ」と区別するために存在する
739.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
シニフィエ(signifié)は、言語学者ソシュールが提唱した構造主義言語学の概念で、記号の「意味内容」や「概念(指し示されるもの)」を指します。音や文字である「シニフィアン(記号表現)」と対になり、頭の中で思い浮かべるイメージや意味そのものを表す「所記」や「記号内容」の呼称です。

詳細な情報:

定義:フランス語で「意味されるもの」を意味し、単語や記号が表現する対象の概念やイメージを指す。

具体例:「猫」という文字や発音(シニフィアン)が指し示す、「4本足でニャーと鳴く動物のイメージ」(シニフィエ)。

構造:ソシュールは、言葉はシニフィアン(能記)とシニフィエ(所記)が表裏一体となった「シーニュ(記号)」であるとした。

特徴:記号(言葉)とその意味(概念)の関係は恣意的な(必然性がない)ものであるとされている。

※低温長時間発酵のパン屋「

Signifiant Signifie

(シニフィアン・シニフィエ)」とは異なる


740.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
シニフィアン(signifiant)は、スイスの言語学者ソシュールが定義した記号学の概念で、言葉の「能記(記号表現)」、つまり文字や音声など感覚的に捉えられる「意味するもの」を指す。具体的には「ネコ」という音や文字そのものを指し、対応する意味内容であるシニフィエ(所記・概念)と対になって言語記号を構成する。

シニフィアンの基本概念

定義:言語記号を構成する2側面のうち、音のイメージや文字などの「表現面」。

対になる言葉:シニフィエ(signifié/記号内容・所記)。言葉が指し示す「概念・イメージ」。

構成要素:シニフィアン(表現)+シニフィエ(意味)=シーニュ(記号)。

具体例

実体(シニフィエ):4本足の動物(犬)

シニフィアン(表現):

「いぬ」という音声、"dog" という文字、"chien" というフランス語

構造主義におけるシニフィアン

ソシュールは、シニフィアンとシニフィエの結びつきは必然的ではなく、恣意的(たまたまそう決まった)であると指摘した。
例えば、赤い果物を指すのに、日本語では「りんご」、英語では "apple"、フランス語では "pomme" と異なるシニフィアンが使われるが、どれも同じシニフィエ(果物の概念)を指し示す。

741.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
シニフィエとシニフィアン

言語哲学の入門書では、最初の数ページ以内で必ず出てくる

超有名な話だ
742.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
目の前の四足動物

それが、「イヌ」であるという必然性はない

「イヌ」というシニフィアンは、「ネコ」と区別するためにある

「ネコ」と区別できさえすれば、それでいい
743.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
同様に、「ネコ」が「ネコ」である必然性もない

「キャット」でもいいし、「マオマオ」でもいい

「ネコ」というシニフィアンは、「イヌ」と区別するためにある

「イヌ」と区別できさえすれば、それでいい
744.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
というような発想で、西洋の言語哲学はできている

井筒俊彦が言うように、極めて表層的な言語観だ
745.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
そこに、深層意識の「言語アラヤ識」を持ち込んだのが

われらが巨匠・井筒俊彦だ
746.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
もっとも、深層意識とげんの関係を論じたのは、井筒俊彦がはじめてではない

難解中の難解な文章で知られる、ジャック・ラカンがいる
747.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
哲学のプロやマニアの間でさえ、
「何度読んでも意味不明」という
定評がある

ワケワカメな人物だ
748.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ジャック・ラカン

「五百羅漢」と似ているが、何の関係もない
749.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ジャック・ラカンは、フロイトの無意識概念を言語学的に再解釈し、「無意識は言語のように構造化されている」と提唱しました。彼にとって深層意識(無意識)とは単なる本能の塊ではなく、社会的な言葉やルール(大他者)に支配された秩序であり、鏡像段階を経て形成される偽りの自我の背後に潜む、言語的な主体そのものです。

750.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ラカンの無意識・深層心理に関する主要な概念は以下の通りです。

無意識は言語のように構造化されている

無意識は抑圧された個人的欲求の場ではなく、構造主義的な言語法則(隠喩や換喩)に従って機能している。

「大他者」の欲望

人間の欲望は、自身の内側から生まれるのではなく、社会的な規範や他者(言葉、社会構造など)によって規定される。

鏡像段階と偽りの自我

幼児は鏡に映る自分を「一つのまとまった像」として誤認することで、自我(エゴ)を形成する。これは幻想に基づく、不安定な自己認識である。

3つの領域(現実界・想像界・象徴界)

想像界:鏡像的なイメージに基づく偽りの自己像。

象徴界:言語や秩序。無意識の基盤。

現実界:言語化できない、実在するが捉えきれないもの。

ラカンは、主体が「言葉」の世界(象徴界)に組み込まれる際に、何かを失い(欠如)、その失われたものを追い求める存在が無意識であると考えました。
751.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
井筒俊彦は、ラカンのいう深層意識とコトバの関係が

唯識論と似ていることに気づいた
752.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
「イヌ」や「ネコ」というシニフィアン
753.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
🐶や🐱というシニフィエ
754.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ソシュールによれば、シニフィアンとシニフィエの関係には必然性がなく、恣意的なものである

「イヌ」と「ネコ」を区別できさえすれば、それでいいのである
755.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
これは、西洋の言語哲学の核心中の核心

セントラル・ドグマだ
756.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
この発想に基づいて

西洋の言語哲学という壮大な体系が構築された

そこには、素晴らしさとバカバカしさが共存している(笑)
757.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
西洋人は、言語ってものを

これほど表層的なものとして捉えている
758.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
そこに深い杭を打ち込んだのが、ジャック・ラカンだ

なんと、「深層意識とコトバの関係」を論じた
759.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
唯識論でいう「阿頼耶識と名言種子」の関係に近づいた
760.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
さすがに、これはちょっと言いすぎだ😂

本当の核心は、その先にある


755 ◆JBLfMwCXhY 2026/02/16(月) 05:59:19.89 ID:Lww3J

これは、西洋の言語哲学の核心中の核心

セントラル・ドグマだ
761.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
本当の核心とは

「言語による、世界の分節化」だ
762.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ソシュールが提唱した「世界の分節化」とは、言語が連続的で混沌とした現実(自然)に対し、恣意的な境界線(シニフィアン/シニフィエ)を引いて、離散的なカテゴリー(単語や概念)として切り分ける体系のことです。言語は外部に存在する名詞にラベルを貼る命名法ではなく、言語自体が意味と形を分節して世界を認識可能な形に構築していると定義しました。

763.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
世界の分節化のポイント

自然は連続的、言語は分節的
私たちは「イヌ」や「ネコ」のように世界を分けて認識しますが、これは言語が恣意的に引いた線であり、本来、自然界は連続的で境界線がない。

名前が対象を定義する
「先にモノが存在し、名が付く」のではなく、「言語によって分節(名前がつく)されることで、その対象が他から区別・認識される」という構造主義的な考え方。

恣意的な境界線(言語による差)
分節の仕方は人種や言語、地域、個人によって異なる。例えば、日本語の「雨」の細分化(春雨、時雨など)や、英語圏での食肉部位の分節化などが挙げられ、どこに分節線を引くかで世界の見え方が変わる。

言語は「ラング(体系)」
言語は単なる語彙の羅列ではなく、分節化された連想の束であり、社会的な慣習的システムである。

要するに、私たちは言語という分節の枠組みを通して世界を認識しており、言語がなければ世界を構造的に理解できないとする、構造主義言語学の根幹を成す考え方です。

764.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
つまり、「イヌ」や「ネコ」というシニフィアン

それが、本来は似たようなものである四足動物を、いろんな種に分割している
765.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
世間の一般人は、🐶や🐱はもともと異なると確信している

その信念は極めて強固なものである

🐶や🐱という存在があるから、それを指す「イヌ」や「ネコ」という言葉があるのだと信じている

だが、ソシュールによれば、そうではない

「イヌ」とか「ネコ」という名前で区別するから、🐶や🐱が別の存在に見えてくるのである
766.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
「んなバカな。イヌとネコはもともと違うだろ」と言うかもしれないが

では、「ポメラニアン」と「マルチーズ」、「チワワ」はどうか?

「コリー犬」と「シェトランド・シープドッグ」はどうか?

人間は、言葉で世界をどんどん細かく分割している
767.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
「世界は細かく分かれている。だから、それを描写するために、たくさんの名前があるのだ」

↑

これが、世間の一般人の信念体系だ
768.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
「人間は、たくさんの名前で世界を細かく分割している。世界がバラバラに分かれているように見えるのは、そのためだ」

↑

これが、ソシュール言語哲学の発想
769.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
まさに、逆転の発想だ

これを、「太陽が地球の周りを回っている」から、「いや、じつは地球が太陽の周りを回っている。だから、太陽が回っているように見えるのだ」という世界観の転回になぞらえて

「言語学的な転回」(リンギスティック・ターン)と呼ぶ
770.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
「人間は、たくさんの名前で世界を細かく分割している。世界がバラバラに分かれているように見えるのは、そのためだ」

↑

こうしてみると、龍樹の中論に似ている
771.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
文化を基軸に置きすぎると
深層阿頼耶識みた否発想になるんかもそれんが

異文化、異文明の略奪破壊や
国家けんりょぬしゃの浪費による国民の重税と反乱とか
近代ヨーロッパ社会か生まれるまで

さほど文化的進展は
宗教以外は進展しなかったんではないかな😃
772.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
言語の形成は
本来はもっとシンプルだろな
食えるもの、食えないもの
食う対象

埋葬文化で食う対象を左右するサムシングという超越的存在

安定した優秀な王による文明らしきのがてきて交易と文化の交流、
職人の成立による新たな商品とかで
言葉の範囲が拡がる
😃
773.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
深層阿頼耶識なんていうよりも

食う食えない
レベルからの発達と
交易で食う食えない問題からのシンプルな言葉の発達とみたほうが早いだろう
😃
774.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
確かに、似ているのは事実なのだが

似て非なる思想だ

龍樹の場合は、この世の虚しさを説く

「この世がバラバラに分かれているように見えるのは言語による錯覚であり、本当は自他一体のワンネス・ワールドがあるだけなのである」

という大乗仏教、菩薩の大慈悲の世界観だ

いや、龍樹の場合は、ワンネス・ワールドすら有るとは言えない

究極的には、何も無い

「説一切無部」だが
775.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
江戸時代てすら食えない農民は
娘を風俗に売り飛ばすさ
😱
776.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
西洋の言語哲学の場合は、そんなスピリチュアルな思想とは対極にある

左翼の唯物主義者が好む思想だ

なんで、このような世界観が左翼に好まれるのか?

それについては、話せば長くなる
777.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
⭐️777⭐️
778.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>773

なるほどね~😆
779.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
キリスト教の宇宙法則的な代替品の神か必要だった

既存のキリスト教に関する違和感は
この宇宙法則的な発想ぽい信仰感覚だ

俺の見るキリスト教像は
神が聖霊を通して示す

というものに過ぎないが
😃
780.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
哲学者は
ソシュールは恣意性だから法則的ではないだろうが
基本宇宙法則主義
マルクス主義がそれの代表
😃
781.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
人間の脳は
創造がてきる
発明、社会の発達もだ
それを起点に言語を考察するほうが
リアルに把握てきる 😃

ま、これも30代頃に考えていたことだ!😃
782.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
昔、ブログをやってたときも、しばしば誤解されたのだが

こうやって、熱心にコピペしたり、コピペした内容を解説したりしてるのを見れば

当方が、ソシュール言語学や井筒俊彦の言語アラヤ識の理論に心酔し、これこそが真理だと思い、がんばって宣伝してるように見えるかも、なのだが

全然、そんな気はない(笑)

それが当方の特徴だ
783.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
俺も言語に関しては
若い頃研究オタクたったので
プラス歴史動画未だに大好き
宇宙関連の動画も大好きだな
評論がてきるだけだ
😃
784.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
とくに、ジャック・ラカンなどまったく好きではない

ああいう意味不明な文章を書いて、読者を煙に巻く書き手を好まない

「深層意識とコトバの関係」を論じた例、参考意見として引き合いに出してるだけだ
785.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
歴史の運動的把握と言語と制度で見るみたいな
考察、そこが社会科学の一般理論の組み立てが合理的ではないか、
と
若い頃の俺は考えた
学問的権威よりも😃
786.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
そういえば、ロン師匠は

「禅宗の祖師録にハマる前は、ラカンにハマッてた」と言ってたような?

気のせいか
787.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
それにしては、とくに影響(感じない(笑)
788.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>783

> 俺も言語に関しては
> 若い頃研究オタクたったので


ソシュールにハマったって言ってたな~😆
789.
ユーザー
神も仏も名無しさん
7M2MP
深層意識というのも
文明文化の安定した世界でこそ
あるくらいに言語は細分化、
アートの個性とか宗教文化とかが起きるのであって

内戦地味た社会では
生きていく為の有無、略奪、人身売買、破壊とか、そんなものしかないだろうな

哲学者の批評は人類の歴史を分析した上で評論するタイプだな俺は
😃
790.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>785

そうそう

西洋の言語哲学は、一種の社会科学だ

資本主義社会の構造を論じてるのだ

スピリチュアル的なワンネス思想とは一切、関係がない
791.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
資本主義社会は精神分裂症に陥っている

記号を駆使した広告宣伝活動により、際限なく欲望を刺激される

商業主義の暴走に歯止めがかからない
792.
ユーザー
神も仏も名無しさん
8bbBq
そういう意味では
倶舎論やテーラワーダや唯識論は
良くできている
復旧してそーなのは
テーラワーダのみだろうけど
😃
793.
ユーザー
神も仏も名無しさん
8bbBq
ハッスル🤡様に些末の議論を仕掛けないのは
臨済宗スタイルがあるからだな😃
794.
ユーザー
神も仏も名無しさん
8bbBq
知性があっても
ハッスル🤡様に議論やらないのはー

😃
795.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
まあ、ハッスル軍団は対話不能だから😅
796.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
個人的に、ハッスル達と一緒のスレにレスすることはあるが

対話のつもりでやってない

彼らの隣で、1人でやってるつもり😅
797.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
ま、怪しげ禅、公案解釈やられると

老荘思想だと意見はごもっとだ

たぶん、臨済宗は
その危惧もあって
不立文字、教外別伝、直指人心

教義の基礎を打ちたてているんだかな
鈴木大拙とか円覚寺のポンコツ貫主とかが屁理屈つける
と
老荘思想
さらにハッスル誤読と

と同じだということになる
😃
798.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
不立文字、教外別伝を
もって知識をひけらかす
ハッスル。ムイムイをボコり

麦はアホらしくて無視する
みたいな扱いになる
😃
799.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
俺が
これこれとか言うと
真逆の返答してたな
師匠が

まー10年も昔だが
😃
800.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>797

そういうことでしょうな
801.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
坐禅だけやってる分には、仏教なんだが

理屈をつけようとすると、老荘思想になる
802.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
AIは当然公案禅=老荘思想
みたいに文字を拾い
そうなりうるだろう
😃
803.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
ハッスル軍団は、マジでAIコピペにハマってるな
804.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
彼らに言わせれば

「やはり聖ウンコ教が正しいと、AIも言っている」

という話になる😂
805.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
鈴木大拙とか
田辺とか
臨済宗らしからぬ
ような
ところで妄想学園やってやがるからなー
元スレ主やロンのほうが
遥かに良い
😃
806.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
あいつらは
仏教迷路だからなー

諸悪の原因は
ハッスルと麦だ
😱
807.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
唯識の教義動画を観よう
😃
808.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
パソコンありがたやー
スマホでは流す気が起きない


興福寺の多川氏だ

😃
809.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
スキゾ基質だから
少し見て別の動画を見る

😃
810.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
六波羅蜜寺と
六道珍皇寺も行ったことがないなー
仁和寺の次のプランか
仁和寺制圧後、この二寺に行くかもしれん
😃
811.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>808

> 興福寺の多川氏だ


出ましたな

唯識論の最高権威~😆
812.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Lww3J
>>809

> スキゾ基質だから
> 少し見て別の動画を見る
>
> 😃


わはは😂
813.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
また、高野山の宿坊動画を観てる

スキゾ気質には
パソコンありがたやー
🙏
814.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
全部スマホ本体に入れていたのを
そのままパソコンへ移動
スマホ本体が、重いのに
スマホ画面で見ないという😃
815.
ユーザー
神も仏も名無しさん
4PROp
春日権現絵巻の動画がスマホにはいってるという記憶すらない
😃
816.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
i6Cc3
スマホのメモリがデカいんだな?
817.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mgZCn
眠くなってきた
818.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mgZCn
まだ早い
819.
ユーザー
神も仏も名無しさん
YARMk
ハッスル、デンパパは
自己発電し過ぎで
ダウンした模様だな?
😱
820.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Pol9n
縁起と空

釈尊が悟った核心は「一切は因縁によって生じる」という縁起の法である。龍樹は、これを元に「もしすべてが縁起によって成立するならば、どの存在も自性(独立した本質)をもたない」と結論づけた。

これが「空」である。したがって、龍樹の空論とは「万物に実体はない」という虚無主義ではなく、「万物は相互依存によってのみ成り立つ」という関係存在論である。
821.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Pol9n
中論 第1章 因縁品 「因と果はどのように成立するか」

もし因果が「自性」をもって成立しているなら、原因は他の条件を必要とせずに結果を生むはずである。だが、実際にはどんな出来事も他の要素(時間・場所・条件・他者)に依存して起こる。

したがって「因」も「果」も独立した実体ではなく、関係によってのみ存在する概念である。

火は薪なしには存在せず、薪は火によって燃えることによってのみ「燃えるもの」として存在する。すなわち、存在は孤立しては成り立たず、つねに他に依存している。龍樹はこの事実を「空」と名づけた。
822.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
Pol9n
涅槃もまた空である

龍樹の革新的な点は、「涅槃」さえも空であると論じたことである。

一般には、涅槃は生死を超えた「究極の実在」と見なされるが、龍樹にとってはそれもまた相対的な概念である。

「生」と「死」が相互に依存するように、「生死」と「涅槃」もまた対概念であり、独立しては存在しない。したがって、涅槃を実体化することも執着の一形態にすぎない。

「生死と涅槃との間に少しの差別もない。涅槃はただ、執着のない生死である。」

この理解こそが、真の解脱である。すなわち「生死の否定」ではなく、「生死のあり方の転換」である。

世界のすべてを空として受け入れたとき、そこに対立も恐れもない。
823.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
66FLl
龍樹の相依性縁起

よく出る例は「火と薪」だ🔥
824.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
66FLl
ロン殿という薪🪵と、ウンコ聖師という火🔥

相依性縁起の関係にある
825.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
66FLl
薪がなければ、火は燃えない
826.
ユーザー
神も仏も名無しさん
PKvYe
😆

ハッスルとデンパパが、対話するのは
仏教以外の
対話
😱
827.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ApkG8
パーリ殿はスピリチュアルだからな
828.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ApkG8
ていうか、今日のハッスルのコピペ

あれは一体、なんなの?

何がやりたいのか
829.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ApkG8
言ってることは分かるが

貼る意図が分からん
830.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ApkG8
あのコピペを通じて、何が言いたいのか
831.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
ApkG8
さすがのハッスル軍団もスルーしていた
832.
ユーザー
神も仏も名無しさん
PKvYe
ま、ハッスルオナニーだからなー

単なる承認欲求第三句連打リバース
不立文字にあらず
😆
833.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
まあ、やりたいようにやってくれればいいが(笑)
834.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
だが、妄言・暴言は

名言種子となって阿頼耶識に熏習される
835.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
いつか、それが現行する

悪因苦果だ
836.
ユーザー
神も仏も名無しさん
MqSez
仏のスレは
やつらの
ブランドスレなので大事に大活躍してもらわんとなー
😆
837.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
仏のスレは妖怪館だ~😱
838.
ユーザー
神も仏も名無しさん
MqSez
基礎の無い知識の蓄積と
能力に合わない知識の範囲を広げて
狂気の妖怪館と化している
ヤツラの妖怪自己実現には必要なスレだ
😱
839.
ユーザー
神も仏も名無しさん
MqSez
何か他人よりすごく解った気になれる気分のスレ
😱
840.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
htGSS
共同幻想に浸れるスレだな~😱
841.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
有見(うけん)と無見(むけん)は、仏教において事物を一方的に捉える誤った見方「有無の二見」を指し、どちらも執着に基づく邪見とされます。

有見は「万物は不変に存在する」とする常見、無見は「死後はすべて虚無になる」とする断見であり、縁起の道理に基づきこれらを否定することが重要です。
842.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
有見(うけん/常見):

物事は実体として存在し、不変であるという見解。

死後も魂などが変わらず存在し続けると固執する考え。
843.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
無見(むけん/断見):

物事は実体がなく、空無である(=無に帰す)とする否定的な見方。

死ぬとすべてが終わって何も残らない、という考え。
844.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
「有無の二見」と仏教の立場:

これらの極端な見方は、正信偈や龍樹菩薩の教えにおいて破られるべき「邪見」とされます。

仏教は、すべてのものは繋がり(縁)によって生じているとする「縁起の道理」を説き、有無の極端に偏らない「中道」を重視します。

これらのかたよった見方(有無の二見)を離れ、あるがままに事実を理解することが悟りへの道とされています。

845.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
四句分別(非有非無の中道)

1、有る

2、無い

3、有るでもあり、無いでもある

4、有るでもなく、無いでもない
846.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
中観派といえば、やっぱ、これでしょう
847.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
相依性縁起(そうえしょうえんぎ)とは、すべての事象が単独で存在するのではなく、相互に依存し(相依相待)、原因と条件(因縁)によって生起・変化する関係性を示す仏教の根幹的な教理です。

龍樹が「中論」で説いた「空(無自性)」の根拠であり、固定的な本質を持たず、相互依存によって一時的に成立する存在様式を意味します。
848.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
相依性縁起の核心

相依相待(そうえそうたい): 「父なくして子なし、子なくして父なし」のように、お互いが依存し合うことでセットとして成立している状態(関係性)。

無自性(むじしょう): 独立不変の性質(自性)を持たず、相互依存の関係がなくなれば事物も消失する「仮の存在」であること。

空(くう): 相依性縁起に基づいて、世界が「固定的な本質が存在しない(=空)」空間であることを説く概念。
849.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
意義と特徴

依存関係(条件性): 全ては縁によって生じ、縁がなくなれば滅する。

関係性の重視: 独立した実体を見ない、すべての事物・事象の相互依存的な関係を重視する。

無自性空の証明: ナーガールジュナ(龍樹)により、縁起するものは自性を持たない(空である)ことが示された。

この考え方は、物事が互いに関係し合う「縁」の中で生きているという捉え方を示しています。

850.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
dEtHi
言葉にできない真理だ
851.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
すべては相互依存で存在する
852.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
なにもかも、相互に依存している
853.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
自立して存在するものなど、何も無い
854.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
万物は一体だ
855.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
自他の境地

究極のワンネス
856.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
万象万物への大慈悲が起きてくる

菩薩の慈悲だ
857.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
これこそ、中観派

大乗仏教のエッセンス
858.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
中観派こそ、大乗仏教と呼ぶにふさわしい

唯識派も大乗に分類されるが、かなり小乗っぽい
859.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
個人的には、唯識派は小乗だと思う
860.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
中観派といえば、相依性縁起

一方、倶舎論や唯識論が説くのは「此縁性縁起」だ
861.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
此縁性(しえんしょう、idampratyayata)は、初期仏教において釈迦が悟った「縁起(=この世のあらゆる事象は、原因と条件によって生起する)」の客観的な法則性を表す言葉です。

特に「此(これ)があれば彼(かれ)がある」という定型句で表現され、物事が相互依存関係(因縁)の中で変化・生滅し、固定的な存在はないことを意味します。
862.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
此縁性(Idappaccayatā)の核心

定義:「この(此)縁(条件)によって、その(彼)物事が生じる」という法則・性質。

定型句:『ウダーナ(自説経)』などにみられる、「此があるとき彼があり、此が生ずるとき彼が生じる。此がないとき彼がなく、此が滅するとき彼が滅する」という言葉がその核心です。

同義語:原始経典では「縁起」と同義またはその理論的基礎として並列的に語られることが多い。
863.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
縁起との関係

因縁生起:「因(直接的な原因)」と「縁(間接的な条件)」によってすべてのものが生じること(略して縁起)。

法則と法則性:縁起が「この世の全ての事象は因縁によって存在する」という具体的な内容を指すのに対し、此縁性は「この(此)によってその(彼)が成り立つ」という、そのシステムや「法則性」そのものに焦点を当てた言葉です。

十二支縁起:此縁性の具体的な応用例であり、苦しみの成り立ちを「無明→行→…→老死」と解明したものです。
864.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
釈尊の悟り:釈迦は世の中の物事が「此縁性」の道理によって因縁に縛られていることを理解し、その連鎖から離れる(滅する)ことを悟りました。
865.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
「此縁性」は、ちょっと幅が広すぎる

相互依存関係まで含んでいる
866.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
倶舎論や唯識論のは、「業感縁起」と言ったほうがいいだろう
867.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
業感縁起(ごうかんえんぎ)とは、部派仏教などで説かれる、世界のすべての現象や個人の運命は、過去および現在の生き物の「業(カルマ・行為)」を原因(因)として生じる(縁)という考え方です。善因楽果・悪因苦果という因果の理に基づき、煩悩と業が苦しみを生み出すという構造を指します。
868.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
詳細な解説は以下の通りです。

定義と意味

業(カルマ): 身体、言葉、心で行う意図的な行為。善悪の報いをもたらす力として存続する。

業感: 業が原因となって、苦楽の報い(結果)を感受すること。

縁起: すべては相互関係(因縁)によって生じるということ。

業感縁起: 輪廻転生する人間存在の苦しみの根本原因が、業にあるという解釈。
869.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
関連する概念

惑・業・苦(わくごうく): 煩悩(惑)、行為(業)、報い(苦)の三つの関係。業感縁起は主にこの視点から説明される。

十二支縁起: 業感縁起の代表的な説明であり、無明(惑)から老死(苦)までの過程。

四種縁起: 部派仏教の業感縁起、大乗仏教の頼耶(らいや)縁起、真如縁起、法界(ほっかい)縁起を指す言葉。
870.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
位置づけ

この説は、個人的な運命や成功・失敗の要因を「前世からの業」に求めるため、宿業論や運命論的色彩が強い。

後世のナーガールジュナ(龍樹)は、このような固定的な「業」の実在を否定し、より本質的な「相互依存的な関係」として縁起を再定義した。
871.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
現代的な理解

単なる過去の決定論ではなく、現状は自身のこれまでの行為の積み重ね(業)によって創り出されている、という因果の論理として理解される。

この教えは、仏教の「縁起」という根本思想が、特に「個人の業」に焦点を当てて展開された形です。

872.
ユーザー
神も仏も名無しさん
iTprn
ハッスル問題を狙ってる?
😆
873.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
ハッスル真理教では、「勝義諦と世俗諦」の話ばかりしているが

そこはこだわるところではない

本当に重要なのほ「縁起と空」だ
874.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
万物は、相互依存により存在している

自立して存在しているものは無い
875.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
万物は一体だ

大いなる自他一体のワンネス
876.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
P菩薩の大慈悲がわいてくる
877.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
これが大乗仏教だ
878.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
愛と慈悲の純粋な教えだ
879.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
「空の真理は言葉にできない」とか

そんなのどうでもいい
880.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
もっと重要なところに目を向けるべきだ
881.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZOCmy
万物は、相互依存により存在している

自立して存在しているものは無い



華厳では
一即多、多即一

真言密教ては
六大無碍、重々帝網

という表現になる

😆
882.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZOCmy
禅では
ノーコメント
😆
883.
ユーザー
神も仏も名無しさん
ZOCmy
天台では
十界互具
一念三千
かもねー😆
884.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
ここが大乗仏教のキモなんだよな~😆
885.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
ハッスル達は、ピント外れなとこにこだわっている~😫
886.
ユーザー
神も仏も名無しさん
CHxg8
動画落としした高野山の大塔の理趣経の勤行と
高野山七弁財天巡りの動画と
長谷寺の動画を見た
今日は
😆
887.
ユーザー
神も仏も名無しさん
CHxg8
往生要集の極楽の十楽の動画も見ていた
😆
888.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
高野山の勤行か、いいな😆
889.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
オン アビラウンケン バザラダトバン
890.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
OdKg9
南無大師遍照金剛
891.
ユーザー
神も仏も名無しさん
CHxg8
892.
ユーザー
神も仏も名無しさん
CHxg8
高野山七弁財天

これもパソコンに入れている

https://m.youtube.com/watch?v=9z7AQWV_LHM&pp=ygUV6auY6YeO5bGx44CA5LiD5byB6LKh
893.
ユーザー
神も仏も名無しさん
L9Axa
宗教板に居座ってるやつはろくなやつがいない
894.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
名言種子(みょうごんしゅうじ)と業種子(ごっしゅうじ)は、唯識学において第8阿頼耶識(あらやしき)に保存される2種類の「種子(潜在エネルギー)」です。

前者は認識や表現を生み出す名言の習気、後者は善悪の行為(業)が引き起こす結果の習気であり、共に因果応報を構成します。
895.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
名言種子(名言習気)

定義: 言葉や概念、対象を認識する機能(名言)によって生まれる種子。

機能: 認識対象を現実に生み出す「親因縁」となる。

役割: 第6識の思心所が自らの認識対象を生成する(「Good seed makes a good crop」のように良い行動が良い結果を生むことに関連)。
896.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
業種子(業習気)

定義: 善悪の行為(業)をすることによって生まれる種子。

機能: 他の羸劣無記(弱い)種子が結果(果)を生み出すのを助長する役割。

役割: 当来の三界五趣(未来の生)を決定する(「今まく種はやがて未来の自分になる」という夏目漱石の言葉のような因果律)。
897.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
比較と関係

両者は同一の「思心所(思考)」から生まれるが、役割が異なる。

名言種子は事物の実体化に、業種子は苦楽の報い(果報)にそれぞれ深く関与する。
898.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
> 名言種子は事物の実体化に、業種子は苦楽の報い(果報)にそれぞれ深く関与する。


なるほど
899.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
言葉の力で、事物が実体化するのか
900.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
900
901.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
言葉に力があるな~😭


162:栖雲居士 ◆dqam8SqGUPdm :[sage]:2024/03/09(土) 16:35:39.62 ID:b8JerweS
喉仏に千枚通し刺してとっとと死ねよ、虫ケラ😟

喉仏に千枚通し刺してとっとと死ねよ、虫ケラ😟

喉仏に千枚通し刺してとっとと死ねよ、虫ケラ😟

喉仏に千枚通し刺してとっとと死ねよ、虫ケラ😟
902.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
「業種子(ごうしゅうじ)」とは、過去の行為が未来の運命(結果)を引き起こす「種」となること(カルマ)。因果応報(いんがおうほう)は、善悪問わず、自らの行い(因)は必ず自分に返ってくる(果)という仏教の根本的道理である。この「種まき」の結果、必ず報い(運命)を受けるという教え。
903.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
業種子(ごうしゅうじ): 行為(業=カルマ)は未来に果報をもたらす種になるという考え方。

因果応報: 善い行いには善い報い、悪い行いには悪い報いが結果として訪れること。

本質: 過去の行いを引きずって現在があり、現在の行いが未来を創るという、時間の連続性と自律的な結果を指す。

現代では、主に「悪い行いの報い」に対して使われることが多いが、本質的にはプラスの行為もプラスの結果(善因善果)として返ってくることを指す。

904.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
業種子は因果応報を引き起こしている
905.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
名言種子は役割が異なる
906.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
名言種子は、言霊パワーの担当だ
907.
ユーザー
神も仏も名無しさん
KwBx5
空海は
身口意の三密


身口意の三業の逆転の究極から
始めたかもしれない
😆
908.
ユーザー
神も仏も名無しさん
KwBx5
唯識は細かく蓄積していく
阿頼耶識に

そこから
四智の転変を狙う
909.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
「名言種子(みょうごんしゅうじ)」の「実体化」とは、仏教の唯識思想において、心(阿頼耶識)の中に蓄えられた言葉や概念(種子)が、外部に実在する対象物であるかのように錯覚して現出(現行)することです。

これは迷いの根本原因とされ、言葉の概念に執着せず、すべての存在は縁起によって成り立つと悟ることで、煩悩から解放される(転依)プロセスを指します。

910.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
名言種子の実体化に関する詳細

唯識学派の理論:迷いの世界(雑染)を生み出す根源は、阿頼耶識(心層の意識)に熏習(記憶・蓄積)された「名言種子」と呼ばれる「言葉の種子」です。

実体化のメカニズム:私たちは言葉や概念を「それ自体で存在する実体」として認識しがちですが、実際には、心の中の「言葉の種子」が投影された結果(現行)に過ぎません。

911.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
「言葉の種子」の転換:悟りの世界(清浄)へ向かうには、仏の教え(真実の言葉)を耳から聞き、善なる種子を阿頼耶識に熏習し、迷いの種子(有漏種子)を清浄な種子(無漏種子)へと転換(転依)する必要があります。

912.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
執着の解消:平等性智(全ての存在を平等に見る智慧)を得ることで、自我への執着(小我)を断ち、煩悩から解放されるとされます。
913.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
この概念は、親鸞教学における「南無阿弥陀仏」という言葉の称名念仏(言葉の修習)を理解する上でも関連しています。

914.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
mxEHq
弘法大師の口密こそ

究極の言霊パワー
915.
ユーザー
神も仏も名無しさん
KwBx5
>>913

引用文章に

なんとなく
本覚思想ぼい親鸞の影響を感じるな?
😆
916.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MArLn
>>915

AIは、清盛ブログを参照してるようだ~😂
917.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MArLn
なんて、親鸞会出身者が唯識の権威なんだよ~😂
918.
ユーザー
神も仏も名無しさん
Mh1Bf
大谷派の親鸞教学に対抗する為に唯識を取り入れれて本覚思想ぽくやった、南無阿弥陀仏に改造したんやろなー


俺は天台宗風南無阿弥陀仏に、改造する癖がある
😆
919.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
種子は、名言種子だけではない
920.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
業種子というのもある
921.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ていうか、もともと、種子とは業種子のことだ

言葉のパワーが格別に強いため、名言種子が別枠あつかいになっただけ
922.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
業種子は、善因楽果、悪因苦果の

因果応報を引き起こす
923.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
仏教(特に唯識学)における「種子・熏習・習気・現行」は、人間の行動や意識がどのように記憶・習慣(業)となり、次の行動を生み出すかを示す因果の仕組みです。現行(行動)が熏習(影響)によって心に種子(潜在的記憶)として植え付けられ、再び現行を生むという循環を表します。
924.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
各用語の解説

現行(げんぎょう)
今現在、実際に行っている心身の活動(身・口・意の行為)。「現行法」とも呼ばれる。

熏習(くんじゅう)
香りが衣に染み付くように、現行(行為)が阿頼耶識(潜在意識)に種子を植え付ける作用。染み付くこと。

種子(しゅうじ)
阿頼耶識の中に留まる、将来の現行(行動)を生み出す可能性(潜在能力・記憶)。「習気(じっけ)」ともほぼ同義。

習気(じっけ)
習慣や行動によって心に付着した、行動のクセ(趣味嗜好)。「熏習」によって形成される。
925.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
因果の循環(「現行熏種子・種子生現行」)

現行(現在の行動)が熏習する(働きかける)。

阿頼耶識に種子(記憶・習気)が形成・貯蔵される。

種子が現行を(新しい行動・結果として)生み出す。

このメカニズムにより、過去の行いが「習気」として心に残り、将来の人生(行動や運命)に影響を与え続けると説明されます。
926.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
「展転・種子・現行」は、仏教の唯識学における「三法展転因果同時(さんぽうてんてん・いんがどうじ)」という根本的な教えを表す概念です。潜在的な力(種子)が現実の行動・現象(現行)を生み、その行動が再び種子を植え付ける(現行熏種子)という、絶え間ない因果の循環を示しています。
927.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
種子(しゅじ): 阿頼耶識(あらやしき)という深層心理に蓄えられている、行動や経験の潜在的なエネルギー(「種」)。

現行(げんぎょう): 種子が縁に触れて、現実に現れた言葉や身体行動、心の働き(「芽・花」)。

現行熏種子(げんぎょうくんしゅじ): 現行の行動が、新たな種子を阿頼耶識に植え付けること(「熏」は薫習・香りをつける意味)。

三法展転(さんぽうてんてん): 「種子→現行→新しい種子」と絶えず変化・循環し続けるプロセス。

この概念は、私たちの過去の行いが現在の自分を作り、現在の行いが未来の自分を決めるという「因果の法」を心理学的に説明したものです。
928.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
現行が熏習して種子となり、種子からまた新たな現行を生じる

この無限のサイクルを、展転(ちんでん)という
929.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
展転は、「ちんでん」と読まなければならない

AIは「てんてん」と読んでるが、これは誤り

「ちんでん」と読まなければ怒られる

「てんてん」と読んだせいで、師匠に怒られた
という話を、複数の法相宗僧侶がしていた
930.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
政治の世界もそうだ
931.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
小泉竹中改革 → 悪夢の民主党政権 → アベ政権 → キシバ政権 → 高市の天下

種子から次の現行が生じ、現行が熏習されて、次の種子になる

この繰り返しだ

それが展転だ
932.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
種子は別名、習気ともいう
933.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
薰習されたもの

それが習気だ
934.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
習気は「じっけ」と読む
935.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
習気が、意識の奥底に沈澱していく

だから、ちんでんなのか
936.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
とんでん ではない
937.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
眼とか耳とか(六根)で得られた、
外界(六境)の情報(六識)

つまり、映像と音声
938.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
人は、映像と音声の上に

言語で世界像を構築する
939.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
人が、「世界とはこういうものだ」と思っているもの

それは、自分自身が言語によって編集した世界像でしかない
940.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
信念体系という、壮大な構築物だ
941.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ラカン(Jacques Lacan)の精神分析において無意識は「言語のように構造化されている」とされ、象徴界(言葉や掟)、想像界(イメージ)、現実界(言語化不能なもの)の3つの構造(ボロメオの結び目)で深層を構成します。特に「他者の欲望」を欲望する無意識は、象徴秩序(父の掟)に従い、エディプス・コンプレックスを経て形成される主体の本質です。
942.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
無意識の構造(象徴界): 無意識は言語の構造(シニフィアン)を持っており、言葉や社会的掟(象徴秩序)が心理の深層部を形成する。

欲望の源泉(他者の欲望): 人は自分の純粋な欲望ではなく、社会や他者によって位置づけられた「他者の欲望」を欲望する。

943.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
3つの界:

想像界: イメージ、エゴ、誤認の領域。

象徴界: 言語、法、父の掟、社会的な無意識。

現実界: 言語化できず、象徴界に還元できない「不可能」な領域。
944.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
主体の成立: エディプス・コンプレックスを通じて「父の力」に服し、言語の世界(象徴界)に参入することで主体が生まれる。

ラカンの無意識はフロイト的な「抑圧された性衝動の場」から、さらに一歩進んで「言語構造そのもの」として捉えられています。

945.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
無意識の話を始めたのは、フロイトだったが

フロイトの理論は、性欲の話ばかりだった
946.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
確かに、性欲は人間を動かす大きな原動力だ

だが、何でもかんでも性欲のせいにするのは、イカガなものか?
947.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ラカンは、「性欲」の代わりに「言語」を持ってきた
948.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
無意識と言語

それが、ラカン派の精神分析
949.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
オン アロリキャ ソワカ
950.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
950
951.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ラカン(Jacques Lacan)の精神分析において、「無意識は言語のように構造化されている」というアフォリズムは核心的な概念です。無意識は原始的な欲望の倉庫ではなく、言葉のルール(メタファーやメトニミー)に従って働く「他者の言説」として再定義され、夢や言い間違いを通じて象徴的な言語で現れると説きました。
952.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ラカンの無意識と言語の構造

無意識は言語のように構造化されている:
フロイトの無意識論に構造主義言語学(ソシュールなど)を導入し、無意識が混沌ではなく、独自の「意味の構造」を持っていると捉えました。

「無意識は他者の言説だ」:
人は言語(=他者)を通じて成長するため、個人の無意識は他者の影響下にある歴史や社会的規範、言葉のネットワークによって形作られています。

象徴界(Symbolic)としての言葉:
ラカンは人間が「言語の世界(象徴界)」に参入することで主体が芽生えると考え、無意識的な欲望や葛藤は、言葉の曖昧性や隙間(空虚な言葉)の中に現れます。

言語のメカニズム(メトニミーとメタファー):
無意識は「隠喩(メタファー)」や「換喩(メトニミー)」といった言語活動のように、ある言葉を別の言葉に置き換えたり、関連付けたりするメカニズムによって機能しています。

ラカンの理論では、精神分析は「言葉」を分析することで、患者の無意識にアクセスし、症状の背景にある言語構造を明らかにします。

953.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
フロイトの精神分析と、ソシュールの言語分析

足して2で割ったのが、ラカンの言語精神分析
954.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ラカンはフロイトの「無意識」理論を、ソシュールの構造主義言語学(シニフィアン/シニフィエ)を用いて再解釈し、「無意識は言語のように構造化されている」と提唱しました。フロイトが発見した心の深層を、言語のシステムとして読み解いた点がラカンの核です。

955.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
各者の貢献と関係性

ジークムント・フロイト (Sigmund Freud)(1856-1939)

精神分析の創始者。夢、言い間違い、失錯行為に無意識が現れることを発見し、自由連想法で分析した。

こころを「イド(本能)」「自我(現実)」「超自我(道徳)」の3層構造で説明した。

フェルディナン・ド・ソシュール (Ferdinand de Saussure)(1857-1913)

近代言語学の父。言語を「シニフィアン(能記:音・文字)」と「シニフィエ(所記:意味・概念)」のペアとし、その構造(共時的システム)を解明した。

ジャック・ラカン (Jacques Lacan)(1901-1981)

フランスの精神分析家。フロイトの理論をソシュールの言語学で読み替え(構造主義的解釈)、精神分析の再構築を目指した。
956.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
ラカンによるフロイトとソシュールの結合

無意識は言語のように構造化されている:
ラカンは、フロイトが無意識の欲望を語る際、言葉の「滑り」が起きていることに注目し、無意識はシニフィアン(言葉、イメージ)の連鎖によって形成されていると主張した。

シニフィアン優位の法則:
ソシュールの「シニフィアンがシニフィエを決定する」という構造主義的観点に基づき、無意識下では言葉の連鎖が意味よりも先行し、欲望がその連鎖の中で動くと説いた。

この統合により、ラカンは「欲望は常に他者の欲望である」といった、言語と他者性を中心とした精神分析を展開しました。
957.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
いかん、この方向に入り込みすぎては
958.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
「唯識3年、倶舎8年」と言うけれど

ラカンの精神分析も、同じくらい難しい(笑)
959.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
まず、8年くらいかけて、フロイトとソシュールを学び

それから、3年かけてラカンを学ぶ
960.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
それくらいでちょうどいい(笑)
961.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
覚えることが多いというより

言ってることが本当にピンとくるまでには

それくらいかかる
962.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
こんなものに、学生時代の数年で結論を出さなければならない

文学部の連中も大変だな(笑)
963.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
それはともかく、深層意識と言語

唯識論でいう、阿頼耶識と名言種子に、本当に似てきた
964.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
古代インドと、近代ヨーロッパ

まったく異なる哲学の伝統が

似たところにたどりついた
965.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
9WYKl
もっとも、似て非なるものだ

目的が異なる
966.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
俺は若い頃には
ソシュールの言語と
唯識の依他起性あたりの認知構造を想定していた
😆
967.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
フランス現代思想は、左翼の唯物主義者の教科書みたいなものだ

昭和時代に、学生運動で革命を起こそうとしていたような人たちに好まれる
968.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
>>966

すごいな?😆
969.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
若い頃に多川氏の唯識を読んでいた
古本で買った
😆
970.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
現代の文明人は、言語と記号の洪水の中で、限りなく欲望を刺激され続ける

資本主義社会は、精神分裂症に陥っている
971.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
そういう文脈で語られることが多い
972.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
むろん四智のゾーンには無関心
若い頃は
😆
973.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
左翼の革命思想は

カール・マルクスの頃は経済学だったが

だんだん、フロイトの精神分析

欲望の哲学になってきた
974.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
深層意識、欲望、言語

仏教に近づいてきた
975.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
いかにラングはランガージュによって構築されていくか?
唯識の依他起性あたりの認識論から
想定して組み立てていた
😆
976.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
>>969

ソシュールの言語分析と、唯識論にハマるとは

共通するものがあるな?😆
977.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
>>975

そこまで先走っていたのか😆
978.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
若い頃は精緻な物事よ認識の生成に関して関心があり、
それが社会構造になっていくか、

如何にも分析的探求が好みで
ラカンには関心なかった
😆
979.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
まあ、ラカンはちょっと違うからな
980.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
既存の人文科学の権威を認めない派だった
今もだろうな

宗教は既存の権威を認める方だ
とりま
😆
981.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
ロン師匠は、禅宗の祖師録の前は
ラカンにハマッていたらしい

それにしては、影響を感じないが
982.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
社会構造と制度は恣意性で

その生成のシステムに関心があった
😆
983.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
セッタンが哲学全否定してたからだろな
😆
984.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
>>980

> 宗教は既存の権威を認める方だ


伝統仏教は、坐禅の回数で勝敗を決めるという話だ
985.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
>>684
山岡鉄舟に瞬殺モノだな
😭
986.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
>>983

東大理Ⅲなら、精神分析とかが合いそうなもんだけどな~
987.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
ハッスルゾンビが
どのように今後立ち上がるか
楽しみである
😆
988.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
>>986
道元禅に回帰する前に
臨済ぽい曹洞宗寺院で若い頃ボコボコにやられたらしい😫
989.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
リダンが、聖ウンコ教の分派を立ち上げようとしている(笑)

↓

AIに聞く体外離脱(意生身)というツールで仏教を深めるスレ
https://talk.jp/boards/psy/1771549841
990.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
990
991.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
NO1はあっちでガンバって欲しいな
?
😆
992.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
ウンコ聖師の呪縛から離れる好機かも?😆
993.
ユーザー
神も仏も名無しさん
mtN64
山岡鉄舟から
違いはあれど、
ロンのレス筋が見えてきたやろ
😆
994.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
今後は理解が深まりそうだな?😆
995.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
山岡鉄舟居士のおかげだ~😭
996.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
今度、野火止の平林寺に言ってこよう

鉄舟との縁で知られる、デカイ寺だ
997.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
ウンコ聖師も坐禅会に行ったことがあるらしい
998.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
やっぱ、A.I.っていいな

リダン本人が書く文章より
遥かに分かりやすい(笑)
999.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
オン アロリキャ ソワカ
1000.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
MwBKJ
南無大師遍照金剛
1001.
ユーザー
Talk ★
???
このスレッドはコメントが1000件を超えました。新しいスレッドを立ててください。
1002.
ユーザー
Talk ★
???
【プレミアムサービス無料期間延長!】

プレミアムの無料期間を2027/3/31まで延長することになりました。

広告除去や規制緩和など、ヘビーユーザーにとって欠かせない機能を無料でお楽しみいただけます。

是非この機会にプレミアムサービスをお試しください!

▼プレミアムサービスはこちらから
https://talk.jp/premium
このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。

人気のスレッド

もっと見る
>