【根本中頌】 中論 【龍樹著】 Part4最終更新 2026/01/18 16:491.◆JBLfMwCXhYynqQv不滅にして不生、不断にして不常、不一にして不異、不来にして不去、戯論寂滅にして吉祥なる縁起をお説きになった、説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する。根本中頌 帰敬偈前スレ【根本中頌】 中論 【龍樹著】 Part2https://talk.jp/boards/psy/1762525835【根本中頌】 中論 【龍樹著】 Part3https://talk.jp/boards/psy/17631681272026/01/14 16:19:24170コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.◆JBLfMwCXhYUV81M龍樹はナーガルジュナとも呼ばれ、紀元150年頃から250年頃にインドで活躍した偉大な高僧です。仏教史上において非常に重要な人物です。お釈迦様の説いた「空(くう)」の思想を理論的に体系化し、大乗仏教の教学の基盤を築きました。このため、「八宗の祖」と尊敬され、「小釈迦」とも称されます。彼の思想の中心は、あらゆるものが独立した実体を持たず、相互依存の関係によって成り立っているという「空」の思想です。彼は、固定不変の実体があるとする「有の見」と、何もかもが存在しないとする「無の見」という二つの極端な見方を否定し、「中道」を説きました。多くの優れた論書を著し、その著作は「千部の論師」と称されるほどです。代表的な著作としては、『中論(ちゅうろん)』があります。龍樹菩薩の『中論』は、大乗仏教の深い智慧を凝縮した、まさに思想の宝庫です。2026/01/14 18:58:233.◆JBLfMwCXhYUV81M宗学研究室 (チベット仏教ゲルク派)・・・では、空性(くうしょう)の現量了解(げんりょうりょうげ)は、どのようにしたら獲得できるのでしょうか?無念無想で座禅していて突如ひらめく・・・というようなものでは、決してありません。そうではなく、まず空性を推論的・概念的に理解することから始めるのです。そのためには、中観派の見解をよく学び、空の意味を徹底的に吟味する必要があります。自分の心の中で、「諸煩悩の大もとにある実体視の習性とは、どのような心の動きか? その心によって虚構された実体性とは何か? そのような実体性が本当に存在したら、どのような矛盾に陥るか?」といった点について検証を重ね、十分な納得を引き出すことが大切です。そのようにして得られた結論を、「聞と思による空性了解」といいます。2026/01/14 21:47:274.◆JBLfMwCXhYUV81Mしかしそれは、いわば頭の中の理解にすぎません。そこで次の段階として、止観の修習(瞑想)を通じ、これを体得してゆく必要があります。そのためにはまず、心の集中力を高める訓練(止の修習)が欠かせません。これを達成できたら、よく精神集中している三昧状態で、空性を観察します(観の修習)。このときは、既に十分納得している結論への流れに心を指向させるのであって、前述の段階のようにあれこれ散乱して考えるわけではありません。2026/01/14 21:50:205.◆JBLfMwCXhYUV81Mその次は、観を修習しながら、さらに心の集中力を高めます(止観不離の修習)。こうして止と観を分かち難く結びつける修行を徹底的に積み重ねてゆくことにより、いつか概念的な分別が全く介在しない状態で空を直観認識できるようになるといいます。これが、空性の現量了解なのです。2026/01/14 21:51:426.◆JBLfMwCXhYUV81M顕教の大乗仏教では、空性の現量了解を達成するのに、一阿僧祇劫という途方もない期間を要するといいます。つまり、空性の現量了解を得るまでに、無数の生まれ変わりを繰り返さなければならないということです。しかし密教では、それを大巾に短縮できます。所作・行・瑜伽タントラの場合、本尊ヨーガを維持しつつ空性の止観を修習する無相ヨーガによって、顕教より速やかに空性の現量了解を得られるといいます。2026/01/14 21:52:027.◆JBLfMwCXhYUV81M無上瑜伽タントラの究竟次第の場合、本尊ヨーガを維持しつつ空性を修習する点は同じですが、チャクラ、脉管、風、滴などを駆使する優れたヨーガの技法により、さらに大巾なスピードアップが可能です。これらのヨーガを通じて止観を修習することにより、倶生大楽で空性を了解するという、無上瑜伽タントラ独特の体験が得られます。そうした究竟次第の実践を積み重ねて達成した空性の現量了解を、無上瑜伽タントラの用語で「義の光明」といい、それによって諸煩悩を全て一気に断滅できると説かれています2026/01/14 21:52:308.◆JBLfMwCXhYUV81Mこれでみると、やはり教学による析空観をスッ飛ばしていきなり、瞑想による体空観に参入するのは無理がある中論の素養がない者に、空性の現量了解はできない2026/01/14 21:57:089.神も仏も名無しさん2Zm00新スレ乙ま、臨済宗禅なんかは公案使って強行突破😆ま無理矢理仕込んで貰ったけど内容少し解るのには三年かかったゲルク派はツォンカパ論書本をマジメに学習すれば、まーまー領域展開粒子マミレはやれる途中でも世捨て人状態になる😆2026/01/14 21:58:5310.神も仏も名無しさん2Zm00密教はセンスあればスイスイだ臨済宗は仏教の東大ハッスルなんかには無理だ😆2026/01/14 21:59:5311.神も仏も名無しさん2Zm00墓の主の域なんかは俺には無理だあんなのはできない人材育成の魔王だ😆2026/01/14 22:00:5312.◆JBLfMwCXhYUV81M臨済宗は、ハッスルには無理だったか~😭2026/01/14 22:01:3113.神も仏も名無しさん2Zm00人材育成能力であの芸を生むんだからなー😆2026/01/14 22:02:3614.◆JBLfMwCXhYUV81M領域展開 無量空処~😆2026/01/14 22:03:4415.神も仏も名無しさん2Zm00墓の主ら最近地元民に多少崇拝されて墓のお花が正月に新しかった命日以外は俺が墓参りしないと花は枯れっぱなしだったが😆2026/01/14 22:04:0616.神も仏も名無しさん2Zm00>>14教えると住所バレするので墓の主は教えないぞ経歴戦歴がオバケだあれは40分も遊んでもらったから一生の自慢モノだな😆2026/01/14 22:05:4417.神も仏も名無しさん2Zm00今回の正月は最初軽く歓迎して、後は無視、臨済宗僧侶はそんなものだ😆2026/01/14 22:09:2718.◆JBLfMwCXhYUV81Mなるほど2026/01/14 22:11:3319.◆JBLfMwCXhYUV81Mやはり、まずは中論を学んで、析空観を習得する2026/01/14 22:15:1520.◆JBLfMwCXhYUV81Mそれから、集中力を強化する訓練だ2026/01/14 22:15:3021.神も仏も名無しさん2Zm00さっと現れてさっと消えるプロフェッショナル臨済宗僧侶の特徴だ永遠の仏陀なんて無縁😆2026/01/14 22:15:4022.◆JBLfMwCXhYUV81M空性を観るには、尖った精神集中を要する2026/01/14 22:16:0323.神も仏も名無しさん2Zm00>>19それが順番だな一般的な天台小止観も割合丁寧なプロセスだよ😆2026/01/14 22:16:2624.◆JBLfMwCXhYUV81M「坐禅の回数がすべて」というのは、間違っていたのか😫2026/01/14 22:17:1325.神も仏も名無しさん2Zm00天台小止観が俺的には馴染み深い中論のイメージがある丁寧だから😆ツォンカパは快楽が濃い😆2026/01/14 22:17:3526.神も仏も名無しさん2Zm00>>24回数積む自慢なんて執着やなムイムイもだけど😆2026/01/14 22:18:1627.神も仏も名無しさん2Zm00さっと現れて、さっと消えるのが臨済宗のプロ😆墓の主の4特別サービス40分は墓の主の魂が震える案件だったのを後で理解した😆その40分は謎だった円覚寺のボンクラ管主のブログの記事で理解した😆2026/01/14 22:20:3828.◆JBLfMwCXhYUV81M執着のカタマリみたいなセイウン様とは、えらい違いだな~😭2026/01/14 22:21:3829.神も仏も名無しさん2Zm00師匠も大晦日に息子が事故で寺に戻れないから勤行しに現れて、俺は修行ネタたくさんくれてアリガトンやって勤行終えたら自部屋に、消えた😆2026/01/14 22:32:0230.神も仏も名無しさん2Zm00去年も顔を拝めるチャンスがあったが同居人がインフレにやられてたので寺にいき、すぐ帰ったら正月にインフルに軽くやられてた😆2026/01/14 22:34:0831.神も仏も名無しさん2Zm00ハッスル様的には禅的に俺が一番怖いだろなームイムイもだけどー😆2026/01/14 22:35:2832.神も仏も名無しさん2Zm00藤堂葵みたいに瞬間移動だ😆2026/01/14 22:45:2633.◆JBLfMwCXhYJYrjo前スレで久しぶりに中観派の思想全般を総復習したな~😄2026/01/15 06:01:3034.◆JBLfMwCXhYJYrjoもっとも、中論の話ばかりだがその後の後期中観派の話は、あまりしていない2026/01/15 06:02:2135.◆JBLfMwCXhYJYrjo唯識派だって、初期の無著・世親の頃と後世の法相宗じゃ、だいぶ違うもんな~😄2026/01/15 06:03:1836.◆JBLfMwCXhYJYrjoやはり、日本の三論宗や、チベットのゲルク派を見ていかないとな~😄2026/01/15 06:03:4837.◆JBLfMwCXhYJYrjo後期中観派(こうきちゅうがんは)とは、インド大乗仏教の中観派が発展・多様化したグループで、特に「瑜伽行中観派(スヴァータントリカ)」を指し、唯識派の思想を取り入れつつ「空」の思想をより厳密に論証しようとした学派で、チベット仏教の発展に大きな影響を与えました。初期中観派の龍樹(ナーガールジュナ)の「一切法空」の思想を継承しつつ、唯識派の「心(識)のみが実在する」という考え方と「空」の概念を統合しようとしたのが特徴です。2026/01/15 06:04:1138.◆JBLfMwCXhYJYrjo主な特徴と内容瑜伽行中観派(スヴァータントリカ): 後期中観派の代表的な流れで、瑜伽行派(唯識派)の「心(識)」の概念を中観派の「空」の思想に組み込み、実在を認めない「一切法空」をより深く追求しました。批判と発展: 唯識派が「空」を言葉や概念に限定して実在(識)を認めるのに対し、中観派は一切を空と見るため、両者の間で「空」の意味を巡る論争があり、後期中観派はその中で発展しました。チベット仏教への影響: 瑜伽行中観派の思想は、後のチベット仏教(ゲルク派など)に深く浸透し、その哲学体系の基礎を形成しました。2026/01/15 06:04:3339.◆JBLfMwCXhYJYrjoまとめ「後期中観派」は、インド仏教の「空」の思想が時代とともに深化し、他の学派(唯識派)の要素を取り込みながら発展した、より洗練された中観派の総称であり、特にチベット仏教思想の形成に不可欠な役割を果たしました。2026/01/15 06:04:4540.◆JBLfMwCXhYJYrjo初期の中観派は説一切有部の教義を否定するばかりで、教義らしい教義があんまりなかった2026/01/15 06:05:2941.◆JBLfMwCXhYJYrjoでも、それは初期の話後には、唯識派の教義を取り込んで、教義体系が整備されたそこを見ていかんと2026/01/15 06:06:0942.◆JBLfMwCXhYJYrjoそこはやはり法相宗が現代まで続いている唯識派と三論宗が廃れてしまった中観派の違い😫2026/01/15 06:12:0643.神も仏も名無しさんkM6w7ま、天台宗、華厳宗、真言宗でも禅定雰囲気ては唯識が入り込んだような感じはあるからなー識のみ→如来蔵的な😆2026/01/15 06:51:2244.神も仏も名無しさんkM6w7唯識的禅定感覚を一部あるけど全く異なったのは禅😆2026/01/15 06:52:3245.◆JBLfMwCXhYJYrjo結局のところ倶舎論・中論・唯識論3つともやらんといかんってこと2026/01/15 06:57:2746.◆JBLfMwCXhYJYrjoどれか1つをスルーすると他の2つもわからない(笑)2026/01/15 06:57:5347.夕5wJFc学派性と学問化三論は中観の精緻な論理(破邪顕正・四句分別など)を重視するため、学究的・論理的色彩が強く、庶民向けの布教や儀礼中心の展開に弱かった。他宗の魅力と政治的支援平安以降、天台・真言・華厳・法相(倶舎)などが官寺や貴族の支持を得て隆盛。実践・儀礼・密教的体験を前面に出す宗派が権力と結びつき、三論は相対的に影が薄くなった。兼学と吸収多くの日本僧が三論を学問的基盤として他宗(特に天台・真言・禅)と兼学したため、独立した宗派組織としての存在感が薄れた。私は、天台等が兼学していた。いや天台は総合大学的なところがあるから、吸収されたとみる。2026/01/15 07:29:3648.夕5wJFc吉蔵による八不解釈の要点① 八不は「中道」を示すための“否定の方法論”吉蔵は八不を、常見(実体視)と断見(虚無視)の両極端を破るための道具とみなした。不生・不滅 → 生まれる/消えるという実体視の否定不常・不断 → 永遠/断絶という極端の否定不一・不異 → 同一視/完全な差異視の否定不来・不去 → 時間的移動の実体視の否定つまり八不は、どの方向にも偏らないための“否定の網”。② 八不は「破執」のためであり、形而上学的主張ではない吉蔵は強調する。八不は「世界はこうだ」と言うためではなく、「こうだ」と思い込む心を壊すためにある。つまり八不は実在論でも虚無論でもない。八不は「真理の説明」ではなく、執着を破る薬。八不は「二諦円融」を示す吉蔵は二諦(世俗諦・勝義諦)を重視した。世俗諦:仮の存在(因果・言語・日常)勝義諦:空(無自性)八不はこの二つを矛盾なく成立させるための枠組み。世俗では「生じる」と言えるが、勝義では「不生」である。この二つを同時に成立させるのが中道であり、八不はその論理的支柱。2026/01/15 07:35:4649.神も仏も名無しさんoJur9ハッスル様の最大問題点は日本語訳、現在語訳でも原典を読まずに正誤不明瞭な仏教学者の説を読解力の無いアタマで学ぼうとすることろ禅でも同じようーなもんだが😭2026/01/15 07:41:2550.神も仏も名無しさんoJur9三論宗も末法思想に食われて念仏解決志向が強くなったからなー加藤師匠の研究する珍海は念仏修行へシフトしていたからな😆2026/01/15 07:42:5251.神も仏も名無しさんoJur9禅定体験が欲しいだろうしな僧侶としては念仏による禅定体験でもかなり、ありがたい、それが仏教修行法の廃れてきた平安時代末期の末法思想の時代そこから禅が中国から輸入されたみたいな流れ😆2026/01/15 07:44:1752.夕5wJFc③ 八不は「二諦円融」を示す吉蔵は二諦(世俗諦・勝義諦)を重視した。世俗諦:仮の存在(因果・言語・日常)勝義諦:空(無自性)八不はこの二つを矛盾なく成立させるための枠組み。世俗では「生じる」と言えるが、勝義では「不生」である。この二つを同時に成立させるのが中道であり、八不はその論理的支柱。④ 八不は「三観」(空・仮・中)の実践法吉蔵は天台の三観と似た枠組みを持つ。空観:不生不滅などで実体視を破る仮観:世俗の因果・言語を肯定する中観:空と仮の両方を離れた立場八不はこの三観を行き来するための“思考の訓練法”。⑤ 八不は「言語批判」である吉蔵は、言語が実体視を生むと考えた。「生じた」と言えば実体があるように錯覚する「滅した」と言えば実体があったように錯覚する八不は、言語が作る虚構を暴くための言語解体の技法。⑥ 八不は「動的な否定」であり、固定化してはならない吉蔵は八不そのものへの執着も戒めた。「八不に執着すれば、それもまた偏見である」つまり八不は固定的な教義ではなく、執着を破るための流動的な方法。2026/01/15 07:44:4553.神も仏も名無しさんoJur9比叡山ですら江戸時代の修行の中心は山伏が多数派だろう、千日回峰行など天台智顗の修行法四種三昧が復活できたのは戦後😆2026/01/15 07:45:5954.神も仏も名無しさんoJur9天台小止観を知っている僧侶は現在てすら少数だろう😆2026/01/15 07:46:2955.神も仏も名無しさんoJur9天台宗でも😆2026/01/15 07:46:4556.夕jNYad三論宗は二諦円融。天台は三諦円融、まぁ似ていると言えば似ている。天台に吸収されたとみる。2026/01/15 08:22:4857.夕jNYad吉蔵も破の人だ。2026/01/15 08:27:4958.夕jNYad吉蔵のは中観修行論だ。まぁ、現代なら会うかもしれな。魑魅魍魎の中世では密教の方が尊ばれるだろう。2026/01/15 08:32:5959.神も仏も名無しさんIUm6y日本中論は東大寺で消滅前はやっていた加藤師匠が言っていた😆2026/01/15 09:04:5260.◆JBLfMwCXhYJYrjo>>56似ているもなにも天台教学の三諦は、中論の発展形ですな2026/01/15 10:55:5061.◆JBLfMwCXhYJYrjo日本では三論宗が衰退したでも、チベット密教に生きている2026/01/15 10:56:2362.◆JBLfMwCXhYJYrjo集中力を強化することが重要だ2026/01/15 10:58:0963.◆JBLfMwCXhYJYrjo中論を学んで、止観瞑想する2026/01/15 11:11:2364.夕yXWcS10年前の私だと、吉蔵のいっていることがわからなかっただろうな。今だからこそわかる。逆にわかりやすい2026/01/15 11:25:0065.神も仏も名無しさんbq3PR>>60天台小止観のようなロジカルなのは天台宗門内では多数派ではないなー摩訶止観よほうが主流だ😆2026/01/15 11:37:4866.◆JBLfMwCXhYywR75吉蔵(きちぞう、549年-623年)は、中国六朝時代末から唐初期にかけての僧。俗姓は安氏で、先祖は安息国の人。金陵(江蘇省南京市)の出身。嘉祥大師とも言う。2026/01/15 12:46:0667.◆JBLfMwCXhYywR75隋唐はグローバルな移民国家だったから長安なら、イラン系でもそんな目立たんかったのではないかなでも、南京出身なんだな😅2026/01/15 12:47:3668.◆JBLfMwCXhYywR75日本に三論宗を伝えた高句麗の慧灌は、吉蔵の弟子にして、聖徳太子の師匠だ開祖の吉蔵の教えが、ほぼリアルタイムで日本に伝わった2026/01/15 12:49:2469.◆JBLfMwCXhYywR75飛行機がなかった時代に、よくそんな移動できたな2026/01/15 12:50:1670.◆JBLfMwCXhYywR75南朝の時代、南京では仏教が極めて栄えていた隋唐はそれを受け継いでいる2026/01/15 12:50:5971.◆JBLfMwCXhYywR75隋唐の前の南北朝時代、南朝梁の武帝は「皇帝菩薩」と呼ばれるほど、仏教に熱心だった「四百八十寺」と言われるほど、多くの寺が建った2026/01/15 12:54:3172.カムイ◆4zzhWyZTeatmZwSHvでおーの魂の本質は餓鬼道と修羅道そしてでおーは相手に怒り・憎しみを起こさせて地獄道に落とそうとしてる餓鬼道とは渇望・不足感・もっと欲しい「まだ足りない」承認・知識・評価・愛情への飢え手に入れても満たされない貪るようにあらゆる宗教の知識を求めるでおーそのものやねそして得た知識で周りから承認を求めるでおーはなんか愛情にも飢えてるイメージ完全にでおーに当てはまる修羅道とは闘争・優劣・勝ち負け相手を倒して自分を保つでおーはやたら相手より優れてるをアピールする勝ち負けにもこだわる相手を倒すのに手段を選ばないまた、第三者同士対立させようと持って行ったりするそして、それを見て楽しむこれもでおーの行動に完全一致地獄道とは怒り・憎しみ「許せない」「ムカつく」心が焼け付く感じ 正義感が攻撃に変わるこれはでおーがわざと相手を挑発して怒り・憎しみの感情を沸かそうとしてる相手の正義感を攻撃に変えようとするまさにでおーが相手にやってる事やね2026/01/15 12:55:4373.◆JBLfMwCXhYywR75唐の杜牧(9世紀)の詩江南春千里鶯鳴いて緑紅(くれない)に映ず水村山郭酒旗の風南朝四百八十寺多少の楼台煙雨の中2026/01/15 12:56:1574.◆JBLfMwCXhYywR75梁の武帝の統治のもとで、六朝文化といわれる貴族文化が頂点に達した。『文選』を編集したことで知られる昭明太子は、武帝の皇太子であった。南朝の梁が安定した統治が行えた背景は、北朝の北魏が分裂し、東魏と西魏が争っていて南朝に介入できなかったからであった。2026/01/15 12:58:4975.◆JBLfMwCXhYywR75特にその晩年は深く仏教を信仰し、戒律を守り、自ら「三宝の奴」(仏法僧に帰依する意味)と称した。南朝の仏教はこの時代に最も栄え、都建康には700もの寺院があったという。朝鮮の百済は梁に使者を送り、仏像や経典を求めた。朝鮮の仏教は中国の江南の仏教を移植したものといえる。日本に百済から仏教が伝えられたという538年(一説に552年)も中国南朝では梁の時代である。聖徳太子は憲法十七条で「篤く三宝を敬え」と言い、聖武天皇も自らを「三宝の奴」と称したのはいずれも梁の武帝の影響である。また、伝承では武帝の時代の520年に、インドから広州に渡った達磨を南京に迎え、問答をしたという。達磨はのちに少林寺に入って坐禅の修行を重ね、中国の禅宗の開祖となる。2026/01/15 12:59:1476.◆JBLfMwCXhYywR75日本に伝わった仏教も、南京の仏教だ2026/01/15 13:00:4477.夕hbAjZ梁の武帝か。南北朝時代、梁の武帝(蕭衍)が達磨大師に「寺を建て僧を供養した功徳は何か」と問うた際、達磨が「無功徳」と答えたこんなことしかしらない。梁の武帝は、南朝梁を建国した名君政治・文化・仏教の全盛期を築いたしかし晩年は仏教偏重と政治の緩みから国が弱体化侯景の乱で幽閉され餓死という、栄光と悲劇が同居する皇帝だった。政治って難しよな。2026/01/15 13:35:1778.夕hbAjZ>>60智顗(538–597)は南北朝から隋にかけて活躍した僧で、天台山(浙江省)で修行し教義を整備した。天台宗の実質的な開祖とされ、後世では「天台大師」「智者大師」と尊称される。吉蔵の方が後か2026/01/15 13:40:3879.◆JBLfMwCXhYzWgVY>>78日本には、天台宗の方が後で伝わった2026/01/15 13:55:0480.◆JBLfMwCXhYzWgVY奈良時代の日本では、三論宗と法相宗が2大勢力で、学生がこの2派に集まって抗争してたらしいがなぜか、平安時代になって天台宗と真言宗に圧倒された2026/01/15 14:02:4781.◆JBLfMwCXhYzWgVY三論宗と法相宗ってことはつまり、奈良仏教は中観派と唯識派の争いだったわけで仏教哲学マニアにとっては胸熱だが😂唐朝からもたらされた密教の魅力には勝てなかった2026/01/15 14:05:5882.◆JBLfMwCXhY05LHJ立憲民主党と公明党の合併が決まったようだ新党の党名は「中道改革」になるらしい2026/01/15 16:34:5083.◆JBLfMwCXhY05LHJ中道ねえ「非右非左の中道」か(笑)2026/01/15 16:35:1184.◆JBLfMwCXhY05LHJ中道ってことは、左派を排除するんかな?2026/01/15 16:36:1085.◆JBLfMwCXhYjWqg4でないと、「中道」の看板はウソになる2026/01/15 17:19:2686.神も仏も名無しさんuTRwuしかし、奴らには困ったもんだ国民に投票だな?😆2026/01/15 18:28:2087.神も仏も名無しさんuTRwuゼネコンマミレ公明党利権が一番気に食わん😫2026/01/15 18:29:2888.神も仏も名無しさんuTRwu重税メガネパート2だ奴らが権力取れば😫2026/01/15 18:30:1389.カムイ◆4zzhWyZTeatmZmqm7でおーの言動を観察していると、その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。餓鬼道とは何か。餓鬼道は渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、手に入れても決して満たされない。でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、その知識によって周囲からの承認を求める。しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、むしろ常に不足感を抱えているように見える。愛情への飢えすら感じさせる点も含め、餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。修羅道とは何か。修羅道は闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。でおーは、やたらと「自分の方が優れている」「相手より上である」という点を強調する。勝ち負けに固執し、相手を倒すためなら手段を選ばず、時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。そして、その対立を外から眺めて楽しむ。この振る舞いも、修羅道の性質と一致している。地獄道とは何か。地獄道は怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。正義感が歪み、攻撃性へと変質する。でおーは、相手を意図的に挑発し、怒りや憎しみを引き出そうとする。相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。つまり、自分は餓鬼道・修羅道に留まりながら、相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、驚くほど一致している。2026/01/15 21:14:3690.◆JBLfMwCXhYeJQhs中観派は、言語哲学だしばしば、20世紀の西洋哲学と比べられる2026/01/16 06:51:5891.◆JBLfMwCXhYeJQhs人は、世界を直接認識できない人が「世界」だと思っているものは、自分の心の中に作り上げた世界像にすぎない本当の世界を知ることは不可能だ2026/01/16 06:53:1392.◆JBLfMwCXhYeJQhs自分の心の中に作り上げた世界像それは、言語で出来ている2026/01/16 06:54:5093.神も仏も名無しさんniVjp>>91だが、ある、案件でまーまー認知判断レベル高く幸運を招いたケースがある墓の主の話いわねー😆2026/01/16 06:55:1294.神も仏も名無しさんniVjp人類宗教史上驚きの認知判断力😆2026/01/16 06:56:1595.◆JBLfMwCXhYeJQhs端的な例としては、遠く離れた外国だ現地を探索したことがなくても、「こういうところだ」というイメージは出来ているそのイメージのほとんどは、言語で出来ているまあ、現代人の場合は、映像によるものも大きいが昔の人は、人から聞いた話とか、文字情報でしか知りようがなかった2026/01/16 06:56:3096.◆JBLfMwCXhYeJQhsもう1つの端的な例は、大昔の歴史だろう平安時代の日本や、江戸時代の日本昔の遺跡とか、時代劇の映像とか参考になるものは多いが、こちらも大半が言語で作り上げた世界像だ2026/01/16 06:58:2497.神も仏も名無しさんniVjp運命の分かれ目終末論みたいなクソ混沌で合理的認知と判断力完璧にそれをプロデュースしたレベルはモンスターケラスだ😆2026/01/16 06:58:4598.◆JBLfMwCXhYeJQhs遠く離れた外国や、大昔の過去に限らない今いる、この場所だって「ここは日本の首都の片隅の住宅地で・・・」とかなんとか言語によって組み立てられたストーリーを抜きにして語れない2026/01/16 07:00:4699.神も仏も名無しさんniVjp狂人の行動を読み切り上手くコントロールする達人的認知力と判断力ま、モンスターだなんな、マネできんな、😆2026/01/16 07:01:13100.◆JBLfMwCXhYeJQhs言語を超越した直接認識それは、見果てぬ夢だ2026/01/16 07:01:33101.◆JBLfMwCXhYeJQhs>>99宗教板で鍛えられたおかげか?😂2026/01/16 07:02:06102.◆JBLfMwCXhYeJQhs哲学マニアは通常、文系インテリなので文字情報に対する依存度が、普通の人より高いだから、余計にそう思う2026/01/16 07:04:38103.神も仏も名無しさんniVjp>>101俺が語らないだけで人類宗教史上のモンスターはいる単なる認知力判断力という意味だけの😆2026/01/16 07:06:15104.◆JBLfMwCXhYeJQhs「人は、世界を直接認識していない。自分の心の中に言語で作り上げた世界像。それを、『世界とはこういうものだ』と思い込んでいるだけだ」これは、現代の哲学マニアにとっての共通認識と言ってよい2026/01/16 07:06:49105.◆JBLfMwCXhYeJQhs>>103確かに、常人を超える認識力の持ち主はいたそれは間違いない2026/01/16 07:07:35106.神も仏も名無しさんniVjp>>100リアルに限界恐怖ギリギリに適切な判断力認知力をやりこなせることがたまにある歴史上にあーいうのを見ると碧巌録みたいななんの役にも立ちそうになさそうなトレーニングも役にたつんだろうなーとは思うけど一般的には無用の長物だセッタンもそういうくらいに😆2026/01/16 07:10:57107.神も仏も名無しさんniVjp判断力のかけらのないハッスル、ムイムイ、麦のレスを見ると吐き気をもよおす😫2026/01/16 07:12:29108.神も仏も名無しさんniVjp道元禅師や、セッタンのような臨済宗批判は一般的汎用性スタイルではもっとも感がある😆2026/01/16 07:14:08109.神も仏も名無しさんniVjpバカが動中の工夫だと?みたいな?😁2026/01/16 07:15:13110.◆JBLfMwCXhYeJQhs>>109そうなのか~😫2026/01/16 07:26:50111.神も仏も名無しさん75eoPテーラワーダ動画https://m.youtube.com/shorts/TSgPbTdI8Vc2026/01/16 07:41:37112.神も仏も名無しさん75eoPテーラワーダや倶舎論から唯識がでてくる流れがわかるなー😆2026/01/16 07:42:54113.神も仏も名無しさん75eoP檻に放り込まれて死刑求刑された元韓国大統領、あれは判断力認知力の無い典型だな😆2026/01/16 07:49:13114.カムイ◆4zzhWyZTeatmU4q3hでおーの言動は餓鬼道(知識の貪り・渇望・承認欲求)と修羅道(優劣・勝ち負け)が強く出てる。加えて、相手を挑発して怒りを引き出し、地獄道に落とそうとする動きが目立つ。行動を見れば、一致してる。2026/01/16 10:27:17115.夕gF98k>>95いや、形、色、音、匂い、感触等でもあり得る。2026/01/16 13:11:34116.◆JBLfMwCXhYcNhfRインドのスパイスの匂いは、インドのイメージを膨らませるな2026/01/16 13:18:06117.◆JBLfMwCXhYcNhfR「インド」という名前が大事世界は名称と形態で出来ている2026/01/16 13:19:32118.◆JBLfMwCXhYcNhfRコンピュータのロールプレイングゲームは映像と音声という舞台装置の上で文字と数字が織り成す世界2026/01/16 13:20:47119.◆JBLfMwCXhYcNhfR世界のほとんどは、文字と数字で出来ている世間の一般人は、「リアルの世界はゲームと違う」と思っているがじつは、似たようなものだこのリアルの世界も、じつは文字と数字で出来ている2026/01/16 13:22:04120.◆JBLfMwCXhYcNhfR世界には意味があるただし、意味のほとんどは言語によって付与されている2026/01/16 13:23:51121.◆JBLfMwCXhYcNhfR眠くなってきた2026/01/16 13:32:44122.◆JBLfMwCXhYcNhfR昼寝してる場合じゃないんだが(笑)2026/01/16 13:33:00123.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAddWLQ諸法無我であるサピエンスという狂気の生命体――人類は「賢い」から生き残ったのではないhttps://note.com/royal_curlew4118/n/n42225a19da2b群体にならなかった理由蜂や蟻は、個体を捨てて群れを守る。だがサピエンスは違う。サピエンスは、個体の内側で自分を犠牲にする。群体化ではなく、**「自己分解による耐久性」**を選んだ。この設計は、自我の放棄とは真逆だ。自我があるからこそ、削れる。自分が戻ると信じているから、捨てられる。2026/01/16 17:47:36124.◆JBLfMwCXhYlK1yu我を捨てて、群体になるのか?2026/01/16 21:22:05125.◆JBLfMwCXhYlK1yu宇宙のどこかの惑星には、そういう人種もいるらしい2026/01/16 21:22:31126.◆JBLfMwCXhYeJQhs後期中観派(こうきちゅうがんは)とは、インド大乗仏教の中観派が発展・細分化した流れで、特に自立論証派(スヴァータントリカ)や、その教えを瑜伽行派(唯識派)と統合しようとした瑜伽行中観派などを指し、チベット仏教に大きな影響を与え、「空」の思想をより精緻化・体系化していった学派群です。2026/01/16 23:52:33127.◆JBLfMwCXhYeJQhs龍樹(ナーガールジュナ)の「中観派」の「空」の思想を継承しつつ、その解釈や論理展開を巡って初期の「実有(真実)」を認めない立場(自性空)から、概念(名言)を離れた実在(真実)を認めるか否か(形象真実論・形象虚偽論など)で論争を繰り広げました。2026/01/16 23:52:48128.◆JBLfMwCXhYeJQhs主な特徴と展開龍樹の思想の継承と発展: 龍樹の「一切法空(すべては実体がない)」という思想を基本としつつ、その論理を深めました。2026/01/16 23:53:12129.◆JBLfMwCXhYeJQhs後期中観派の分化:自立論証派(スヴァータントリカ): 唯識派との論争の中で、言葉や概念を超えた「真実」の存在(真実諦)をある程度認めることで、より実践的な「空」の理解を目指しました。2026/01/16 23:53:45130.◆JBLfMwCXhYeJQhs瑜伽行中観派: 瑜伽行派(唯識派)の教えを取り込み、中観派の「空」と融合させようとした学派で、チベット仏教のゲルク派などに影響を与えました。2026/01/16 23:54:02131.◆JBLfMwCXhYeJQhs「空」の論理の深化: 「空」を単なる「ない」と捉えるのではなく、いかなる実在も認めない絶対的な「空」から、概念(名言)の「空」と、それとは区別される「真実」のあり方を巡って、「形象真実論」「形象虚偽論」などの緻密な議論を展開しました。2026/01/16 23:55:24132.◆JBLfMwCXhYeJQhs意義「空」の思想を、より体系的・論理的に深め、インド仏教後期の思想を形成しました。その思想はチベット仏教の四大宗派(ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派)の教義の基盤となり、現代まで受け継がれています。2026/01/16 23:56:31133.◆JBLfMwCXhYeJQhs後期中観派を学ぶとはチベット仏教を学ぶことを意味する2026/01/16 23:57:11134.◆JBLfMwCXhYogVoz興味深いのは、やはり瑜伽行中観派だ2026/01/17 00:04:22135.◆JBLfMwCXhYogVoz瞑想メインのチベット密教は瑜伽行中観派をベースにしている2026/01/17 00:05:00136.神も仏も名無しさんur0nlある本にはサキャ派か、カギュ派のどちらかが唯識要素が濃いらしい😆2026/01/17 05:56:10137.カムイ◆4zzhWyZTeatmFoSuH✅でおーの言動を観察していると、その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。✅餓鬼道とは何か。餓鬼道は渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、手に入れても決して満たされない。でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、その知識によって周囲からの承認を求める。しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、むしろ常に不足感を抱えているように見える。愛情への飢えすら感じさせる点も含め、餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。✅修羅道とは何か。修羅道は闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。でおーは、やたらと「自分の方が優れている」「相手より上である」という点を強調する。勝ち負けに固執し、相手を倒すためなら手段を選ばず、時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。そして、その対立を外から眺めて楽しむ。この振る舞いも、でおーは修羅道の性質と一致している。✅地獄道とは何か。地獄道は怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。正義感が歪み、攻撃性へと変質する。でおーは、相手を意図的に挑発し、怒りや憎しみを引き出そうとする。相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。✅つまり、でおーは餓鬼道・修羅道に留まりながら、相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、完全に一致している。2026/01/17 06:03:35138.神も仏も名無しさんoacN3😈2026/01/17 06:14:28139.◆JBLfMwCXhYogVoz瑜伽行中観派(ゆがぎょうちゅうがんは、Yogācāra-Madhyamaka)とは、大乗仏教において、瑜伽行派(唯識派)の教説を中観派へと吸収・統合することを志向した、後期中観派スヴァータントリカ(自立論証派)の総称。チベット仏教に多大な影響を与えたなお、同じくスヴァータントリカ(自立論証派)で経量部に近接していると見られた人々は「経量(行)中観派」「経部行中観派」(Sautrāntika-Mādhyamaka)と呼ばれたりもした2026/01/17 07:10:02140.◆JBLfMwCXhYogVoz中観派の流れをくみ、瞑想を重視するゲルク派は「瑜伽行中観派」なんだな2026/01/17 07:14:17141.◆JBLfMwCXhYogVozもともとの中観派が、そこまで瞑想重視なわけではない2026/01/17 07:14:39142.神も仏も名無しさん5T89N瞑想重視大乗仏教で完成形残存しているのはチベット密教と禅だけだろな修道スタイルが安定しているのは世襲で天台、真言宗の大方は形式的になっぢろうしなー永平寺、総持寺ですら形式的だからな?😆2026/01/17 08:24:41143.神も仏も名無しさん5T89N唯識や三論宗は中国には何かあったんかもしれんが日本では末法と修験道と念仏が主流派だった歴史上まー、こんな風だ😆2026/01/17 08:26:06144.神も仏も名無しさん5T89N三論宗てすら加藤師匠が研究している珍海てすら念仏の行者だしなー😆2026/01/17 08:27:03145.神も仏も名無しさん5T89N中国の文革で中国大乗仏教のテキストは多くは燃やされたやろしなー😫2026/01/17 08:27:49146.◆JBLfMwCXhYlE0h9中国で仏教が本当に盛んだったのは、唐朝まで宋からは、儒教勢力が巻き返してきて完全に主流となった2026/01/17 08:45:00147.◆JBLfMwCXhYlE0h9もっとも明清時代の歴史ドラマでも、高貴な身分のお方が病気になるたび、チベット密教僧を招いて盛大に加持祈祷する場面が多い2026/01/17 08:46:25148.◆JBLfMwCXhYlE0h9とくに清朝の宮廷では、チベット密教が尊重された2026/01/17 08:46:55149.夕ytucr>>143禅宗(実践中心)浄土宗(民衆信仰)この辺は、まぁなんとなくわかる。哲学よりも実践・修行・信仰に重きを置いた宗派でした。唯識や三論のような純理論型の宗派は、中国社会の宗教文化(実践重視)と相性が悪かった。また、天台、華厳は思想だけが残ったみたいですね。清代はチベット仏教が流行ったということは知らなかった。神仏にすがりたいと思うのはどの時代でもありますからね。現世利益なのでしょう。2026/01/18 02:21:46150.夕ytucr東洋思想総合では、朱子学、陽明学等にもいきそうですね。JBLさんの得意分野だ。私と友達が、思想と言えるのは陽明学だけだとか言っていた。まぁ彼は河合継之助が好きみたいだ。そして司馬史観がすきだった。朱子学等は、仏教の宇宙観に対抗して、その分野を広げたみたいだ。2026/01/18 02:28:24151.神も仏も名無しさん7F0Td宋王朝と禅は王家よりも日本ほど国王にはひいきされる時期はゼロダろうなむしろ宋王朝の官僚の在家信者だろなこの辺が日本に来てたまに凄いことを引き起こす😆2026/01/18 05:04:16152.神も仏も名無しさん7F0Tdアビダルマにはそのような説明があったのねー生まれながらの俺は三因生まれだ😆必死に修行した覚えがないが預流果だ😆ま、アビダルマで輪廻論の一部を説かれているわけだな?😆https://m.youtube.com/watch?v=D3WqK0u7PIM&t=50s&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D2026/01/18 05:13:20153.神も仏も名無しさん7F0Tdテーラワーダの知識もオモロイねー〜 😆ユーチューブ時代はこっちが本気で関心あればスイスイと仏教知識が集まる😆2026/01/18 05:14:35154.神も仏も名無しさん7F0Tdお坊さんオンラインの動画の一を知って他宗派含めて、瞬時に模索やりだして百を知るからなー真言の表現知って天台、華厳、唯識、テーラワーダ、曹洞宗、浄土教まで、並列で解釈を深めるまー、そもそも臨済宗のやり方で既にあったのを、角度変えて模索しただけに過ぎんきもしれんけど😆2026/01/18 05:19:33155.神も仏も名無しさん7F0Td三因生まれは嗅覚が強い、俺該当ー😆神秘主義嗅覚が強力、神秘光明を見る眼くらいに発達している😆2026/01/18 05:22:02156.神も仏も名無しさん7F0Td香りは煩悩ではないスマナサーラの解説、まー臨済宗以外ならごもっとだ俺的には神秘主義禅定と香りはセットだ禅と高野山宿坊差以外は大方宗派で香りは一致している😆2026/01/18 05:25:10157.神も仏も名無しさん7F0Tdお坊さんオンラインの真言宗僧侶とスマナサーラは品がないが両者共に修道知識人だなかなり、いい動画があるなー😆2026/01/18 05:29:03158.◆JBLfMwCXhYLe0sF陽明学にテーラワーダか2026/01/18 07:01:59159.◆JBLfMwCXhYLe0sFますます、戦線が拡大する😅2026/01/18 07:02:14160.◆JBLfMwCXhYLe0sFテーラワーダの特徴はパーリ語仏典とヴィパッサナー瞑想2026/01/18 07:02:57161.◆JBLfMwCXhYYphFN三因か2026/01/18 08:23:25162.◆JBLfMwCXhYYphFN三因とは何ですか?仏性という仏さまの心の三つの要素です。 三つとは、正因(しょういん)仏性、了因(りょういん)仏性、縁因(えんいん)仏性のことです。2026/01/18 08:24:16163.◆JBLfMwCXhYYphFN仏性か本覚思想だな個人的に疎い分野だ😫2026/01/18 08:24:49164.◆JBLfMwCXhYOU53J仏性にも3つあるんだな2026/01/18 08:37:48165.神も仏も名無しさんnwgN7テーラワーダだから三因は別だ凡人は二因らしい俺みたいなエリートが三因ということらしい😆2026/01/18 08:43:13166.神も仏も名無しさんnwgN7五条悟の六眼の持ち主みたいなもんやろ三因😆2026/01/18 08:43:36167.◆JBLfMwCXhYOU53Jそうなのか~😆2026/01/18 08:43:46168.神も仏も名無しさんnwgN7必死で修行しなくてもまーまー悟れるまー俺は阿羅漢ではないけどなー預流果だ😆2026/01/18 08:44:52169.神も仏も名無しさんnwgN7ユーチューブ動画でお気楽に情報が集まってくるからなー😆2026/01/18 08:45:58170.神も仏も名無しさんyKNHx✅でおーの言動を観察していると、その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。✅餓鬼道とは何か。餓鬼道は渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、手に入れても決して満たされない。でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、その知識によって周囲からの承認を求める。しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、むしろ常に不足感を抱えているように見える。愛情への飢えすら感じさせる点も含め、餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。✅修羅道とは何か。修羅道は闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。でおーは、やたらと「自分の方が優れている」「相手より上である」という点を強調する。勝ち負けに固執し、相手を倒すためなら手段を選ばず、時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。そして、その対立を外から眺めて楽しむ。この振る舞いも、でおーは修羅道の性質と一致している。✅地獄道とは何か。地獄道は怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。正義感が歪み、攻撃性へと変質する。でおーは、相手を意図的に挑発し、怒りや憎しみを引き出そうとする。相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。✅つまり、でおーは餓鬼道・修羅道に留まりながら、相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、完全に一致している。2026/01/18 16:49:29
【朝日新聞世論調査】新党に「期待する」 28%、「期待しない」 66%・・・新党は高市政権に対抗できる勢力に 「ならない」 69%、「なる」 20%ニュース速報+41772.12026/01/19 08:09:58
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戯論寂滅にして吉祥なる縁起をお説きになった、説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する。
根本中頌 帰敬偈
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【根本中頌】 中論 【龍樹著】 Part2
https://talk.jp/boards/psy/1762525835
【根本中頌】 中論 【龍樹著】 Part3
https://talk.jp/boards/psy/1763168127
仏教史上において非常に重要な人物です。
お釈迦様の説いた「空(くう)」の思想を理論的に体系化し、大乗仏教の教学の基盤を築きました。このため、「八宗の祖」と尊敬され、「小釈迦」とも称されます。
彼の思想の中心は、あらゆるものが独立した実体を持たず、相互依存の関係によって成り立っているという「空」の思想です。彼は、固定不変の実体があるとする「有の見」と、何もかもが存在しないとする「無の見」という二つの極端な見方を否定し、「中道」を説きました。
多くの優れた論書を著し、その著作は「千部の論師」と称されるほどです。代表的な著作としては、『中論(ちゅうろん)』があります。
龍樹菩薩の『中論』は、大乗仏教の深い智慧を凝縮した、まさに思想の宝庫です。
・・・では、空性(くうしょう)の現量了解(げんりょうりょうげ)は、どのようにしたら獲得できるのでしょうか?
無念無想で座禅していて突如ひらめく・・・というようなものでは、決してありません。
そうではなく、まず空性を推論的・概念的に理解することから始めるのです。そのためには、中観派の見解をよく学び、空の意味を徹底的に吟味する必要があります。
自分の心の中で、「諸煩悩の大もとにある実体視の習性とは、どのような心の動きか? その心によって虚構された実体性とは何か? そのような実体性が本当に存在したら、どのような矛盾に陥るか?」といった点について検証を重ね、十分な納得を引き出すことが大切です。
そのようにして得られた結論を、「聞と思による空性了解」といいます。
そのためにはまず、心の集中力を高める訓練(止の修習)が欠かせません。これを達成できたら、よく精神集中している三昧状態で、空性を観察します(観の修習)。このときは、既に十分納得している結論への流れに心を指向させるのであって、前述の段階のようにあれこれ散乱して考えるわけではありません。
教学による析空観をスッ飛ばして
いきなり、瞑想による体空観に参入するのは無理がある
中論の素養がない者に、空性の現量了解はできない
ま、臨済宗禅なんかは
公案使って強行突破
😆
ま
無理矢理仕込んで貰ったけど
内容少し解るのには三年かかった
ゲルク派はツォンカパ論書本をマジメに学習すれば、まーまー
領域展開粒子マミレは
やれる
途中でも
世捨て人状態になる
😆
スイスイだ
臨済宗は仏教の東大
ハッスルなんかには無理だ
😆
俺には無理だ
あんなのはできない人材育成の魔王だ
😆
あの芸を生むんだからなー
😆
墓のお花が正月に新しかった
命日以外は
俺が墓参りしないと花は枯れっぱなしだったが
😆
教えると住所バレするので
墓の主は教えないぞ
経歴戦歴がオバケだ
あれは
40分も遊んでもらったから
一生の自慢モノだな😆
臨済宗僧侶は
そんなものだ
😆
さっと消える
プロフェッショナル臨済宗僧侶の特徴だ
永遠の仏陀なんて無縁
😆
それが順番だな
一般的な
天台小止観も
割合丁寧なプロセスだよ
😆
というのは、間違っていたのか😫
俺的には馴染み深い
中論のイメージがある
丁寧だから
😆
ツォンカパは快楽が濃い
😆
回数積む自慢なんて
執着やな
ムイムイもだけど
😆
臨済宗のプロ
😆
墓の主の4特別サービス40分は
墓の主の魂が震える案件だったのを
後で理解した
😆
その40分は謎だった
円覚寺のボンクラ管主のブログの記事で理解した
😆
息子が事故で寺に戻れないから勤行しに現れて、
俺は修行ネタたくさんくれてアリガトンやって
勤行終えたら自部屋に、消えた
😆
同居人がインフレにやられてたので
寺にいき、すぐ帰ったら
正月にインフルに軽くやられてた
😆
禅的に俺が一番怖いだろなー
ムイムイもだけどー
😆
😆
中観派の思想全般を総復習したな~😄
その後の後期中観派の話は、あまりしていない
後世の法相宗じゃ、だいぶ違うもんな~😄
初期中観派の龍樹(ナーガールジュナ)の「一切法空」の思想を継承しつつ、唯識派の「心(識)のみが実在する」という考え方と「空」の概念を統合しようとしたのが特徴です。
瑜伽行中観派(スヴァータントリカ): 後期中観派の代表的な流れで、瑜伽行派(唯識派)の「心(識)」の概念を中観派の「空」の思想に組み込み、実在を認めない「一切法空」をより深く追求しました。
批判と発展: 唯識派が「空」を言葉や概念に限定して実在(識)を認めるのに対し、中観派は一切を空と見るため、両者の間で「空」の意味を巡る論争があり、後期中観派はその中で発展しました。
チベット仏教への影響: 瑜伽行中観派の思想は、後のチベット仏教(ゲルク派など)に深く浸透し、その哲学体系の基礎を形成しました。
「後期中観派」は、インド仏教の「空」の思想が時代とともに深化し、他の学派(唯識派)の要素を取り込みながら発展した、より洗練された中観派の総称であり、特にチベット仏教思想の形成に不可欠な役割を果たしました。
説一切有部の教義を否定するばかりで、教義らしい教義があんまりなかった
後には、唯識派の教義を取り込んで、教義体系が整備された
そこを見ていかんと
法相宗が現代まで続いている唯識派と
三論宗が廃れてしまった中観派の違い😫
禅定雰囲気ては唯識が入り込んだような感じはあるからなー
識のみ→如来蔵的な
😆
一部あるけど
全く異なったのは禅
😆
倶舎論・中論・唯識論
3つともやらんといかんってこと
他の2つもわからない(笑)
三論は中観の精緻な論理(破邪顕正・四句分別など)を重視するため、学究的・論理的色彩が強く、庶民向けの布教や儀礼中心の展開に弱かった。
他宗の魅力と政治的支援
平安以降、天台・真言・華厳・法相(倶舎)などが官寺や貴族の支持を得て隆盛。実践・儀礼・密教的体験を前面に出す宗派が権力と結びつき、三論は相対的に影が薄くなった。
兼学と吸収
多くの日本僧が三論を学問的基盤として他宗(特に天台・真言・禅)と兼学したため、独立した宗派組織としての存在感が薄れた。
私は、天台等が兼学していた。いや天台は総合大学的なところがあるから、吸収されたとみる。
① 八不は「中道」を示すための“否定の方法論”
吉蔵は八不を、
常見(実体視)と断見(虚無視)の両極端を破るための道具
とみなした。
不生・不滅 → 生まれる/消えるという実体視の否定
不常・不断 → 永遠/断絶という極端の否定
不一・不異 → 同一視/完全な差異視の否定
不来・不去 → 時間的移動の実体視の否定
つまり八不は、どの方向にも偏らないための“否定の網”。
② 八不は「破執」のためであり、形而上学的主張ではない
吉蔵は強調する。
八不は「世界はこうだ」と言うためではなく、
「こうだ」と思い込む心を壊すためにある。
つまり八不は実在論でも虚無論でもない。
八不は「真理の説明」ではなく、執着を破る薬。
八不は「二諦円融」を示す
吉蔵は二諦(世俗諦・勝義諦)を重視した。
世俗諦:仮の存在(因果・言語・日常)
勝義諦:空(無自性)
八不はこの二つを矛盾なく成立させるための枠組み。
世俗では「生じる」と言えるが、
勝義では「不生」である。
この二つを同時に成立させるのが中道であり、八不はその論理的支柱。
日本語訳、現在語訳でも
原典を読まずに
正誤不明瞭な仏教学者の説を
読解力の無いアタマで
学ぼうとすることろ
禅でも同じようーなもんだが
😭
念仏解決志向が強くなったからなー
加藤師匠の研究する
珍海は念仏修行へシフトしていたからな
😆
僧侶としては
念仏による禅定体験でも
かなり、ありがたい、
それが仏教修行法の廃れてきた
平安時代末期の末法思想の時代
そこから禅が中国から輸入されたみたいな流れ
😆
吉蔵は二諦(世俗諦・勝義諦)を重視した。
世俗諦:仮の存在(因果・言語・日常)
勝義諦:空(無自性)
八不はこの二つを矛盾なく成立させるための枠組み。
世俗では「生じる」と言えるが、
勝義では「不生」である。
この二つを同時に成立させるのが中道であり、八不はその論理的支柱。
④ 八不は「三観」(空・仮・中)の実践法
吉蔵は天台の三観と似た枠組みを持つ。
空観:不生不滅などで実体視を破る
仮観:世俗の因果・言語を肯定する
中観:空と仮の両方を離れた立場
八不はこの三観を行き来するための“思考の訓練法”。
⑤ 八不は「言語批判」である
吉蔵は、言語が実体視を生むと考えた。
「生じた」と言えば実体があるように錯覚する
「滅した」と言えば実体があったように錯覚する
八不は、言語が作る虚構を暴くための言語解体の技法。
⑥ 八不は「動的な否定」であり、固定化してはならない
吉蔵は八不そのものへの執着も戒めた。
「八不に執着すれば、それもまた偏見である」
つまり八不は固定的な教義ではなく、執着を破るための流動的な方法。
江戸時代の修行の中心は
山伏が多数派だろう、千日回峰行など
天台智顗の修行法
四種三昧が復活できたのは戦後
😆
現在てすら少数だろう
😆
😆
まぁ、現代なら会うかもしれな。魑魅魍魎の中世では密教の方が尊ばれるだろう。
東大寺で消滅前はやっていた
加藤師匠が
言っていた
😆
似ているもなにも
天台教学の三諦は、中論の発展形ですな
でも、チベット密教に生きている
天台小止観のようなロジカルなのは
天台宗門内では多数派ではないなー
摩訶止観よほうが主流だ
😆
長安なら、イラン系でもそんな目立たんかったのではないかな
でも、南京出身なんだな😅
開祖の吉蔵の教えが、ほぼリアルタイムで日本に伝わった
隋唐はそれを受け継いでいる
「四百八十寺」と言われるほど、多くの寺が建った
そしてでおーは相手に怒り・憎しみを起こさせて地獄道に落とそうとしてる
餓鬼道とは
渇望・不足感・もっと欲しい
「まだ足りない」
承認・知識・評価・愛情への飢え
手に入れても満たされない
貪るようにあらゆる宗教の知識を求めるでおーそのものやね
そして得た知識で周りから承認を求める
でおーはなんか愛情にも飢えてるイメージ
完全にでおーに当てはまる
修羅道とは
闘争・優劣・勝ち負け
相手を倒して自分を保つ
でおーはやたら相手より優れてるをアピールする
勝ち負けにもこだわる
相手を倒すのに手段を選ばない
また、第三者同士対立させようと持って行ったりする
そして、それを見て楽しむ
これもでおーの行動に完全一致
地獄道とは
怒り・憎しみ
「許せない」「ムカつく」
心が焼け付く感じ
正義感が攻撃に変わる
これはでおーがわざと相手を挑発して
怒り・憎しみの感情を沸かそうとしてる
相手の正義感を攻撃に変えようとする
まさにでおーが相手にやってる事やね
江南春
千里鶯鳴いて緑紅(くれない)に映ず
水村山郭酒旗の風
南朝四百八十寺
多少の楼台煙雨の中
南朝の梁が安定した統治が行えた背景は、北朝の北魏が分裂し、東魏と西魏が争っていて南朝に介入できなかったからであった。
朝鮮の百済は梁に使者を送り、仏像や経典を求めた。朝鮮の仏教は中国の江南の仏教を移植したものといえる。日本に百済から仏教が伝えられたという538年(一説に552年)も中国南朝では梁の時代である。
聖徳太子は憲法十七条で「篤く三宝を敬え」と言い、聖武天皇も自らを「三宝の奴」と称したのはいずれも梁の武帝の影響である。
また、伝承では武帝の時代の520年に、インドから広州に渡った達磨を南京に迎え、問答をしたという。達磨はのちに少林寺に入って坐禅の修行を重ね、中国の禅宗の開祖となる。
南北朝時代、梁の武帝(蕭衍)が達磨大師に「寺を建て僧を供養した功徳は何か」と問うた際、達磨が「無功徳」と答えた
こんなことしかしらない。
梁の武帝は、
南朝梁を建国した名君
政治・文化・仏教の全盛期を築いた
しかし晩年は仏教偏重と政治の緩みから国が弱体化
侯景の乱で幽閉され餓死
という、栄光と悲劇が同居する皇帝だった。
政治って難しよな。
智顗(538–597)は南北朝から隋にかけて活躍した僧で、天台山(浙江省)で修行し教義を整備した。天台宗の実質的な開祖とされ、後世では「天台大師」「智者大師」と尊称される。
吉蔵の方が後か
日本には、天台宗の方が後で伝わった
なぜか、平安時代になって天台宗と真言宗に圧倒された
仏教哲学マニアにとっては胸熱だが😂
唐朝からもたらされた密教の魅力には勝てなかった
新党の党名は「中道改革」になるらしい
「非右非左の中道」か(笑)
国民に投票だな?
😆
😫
奴らが権力取れば
😫
その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。
そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。
餓鬼道とは何か。
餓鬼道は
渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。
承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、
手に入れても決して満たされない。
でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、
その知識によって周囲からの承認を求める。
しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、
むしろ常に不足感を抱えているように見える。
愛情への飢えすら感じさせる点も含め、
餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。
修羅道とは何か。
修羅道は
闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。
相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。
でおーは、やたらと
「自分の方が優れている」
「相手より上である」
という点を強調する。
勝ち負けに固執し、
相手を倒すためなら手段を選ばず、
時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。
そして、その対立を外から眺めて楽しむ。
この振る舞いも、修羅道の性質と一致している。
地獄道とは何か。
地獄道は
怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。
正義感が歪み、攻撃性へと変質する。
でおーは、相手を意図的に挑発し、
怒りや憎しみを引き出そうとする。
相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。
つまり、
自分は餓鬼道・修羅道に留まりながら、
相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。
これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、
驚くほど一致している。
しばしば、20世紀の西洋哲学と比べられる
人が「世界」だと思っているものは、自分の心の中に作り上げた世界像にすぎない
本当の世界を知ることは不可能だ
それは、言語で出来ている
だが、ある、案件で
まーまー認知判断レベル高く
幸運を招いたケースがある
墓の主の話
いわねー
😆
驚きの認知判断力
😆
現地を探索したことがなくても、「こういうところだ」というイメージは出来ている
そのイメージのほとんどは、言語で出来ている
まあ、現代人の場合は、映像によるものも大きいが
昔の人は、人から聞いた話とか、文字情報でしか知りようがなかった
平安時代の日本や、江戸時代の日本
昔の遺跡とか、時代劇の映像とか
参考になるものは多いが、こちらも大半が言語で作り上げた世界像だ
終末論みたいなクソ混沌で
合理的認知と判断力
完璧にそれをプロデュースしたレベルは
モンスターケラスだ
😆
今いる、この場所だって
「ここは日本の首都の片隅の住宅地で・・・」とかなんとか
言語によって組み立てられたストーリーを抜きにして語れない
上手くコントロールする
達人的認知力と判断力
ま、モンスターだな
んな、マネできんな、
😆
それは、見果てぬ夢だ
宗教板で鍛えられたおかげか?😂
文字情報に対する依存度が、普通の人より高い
だから、余計にそう思う
俺が語らないだけで
人類宗教史上のモンスターはいる
単なる認知力判断力という意味だけの
😆
自分の心の中に言語で作り上げた世界像。
それを、『世界とはこういうものだ』と
思い込んでいるだけだ」
これは、現代の哲学マニアにとっての共通認識と言ってよい
確かに、常人を超える認識力の持ち主はいた
それは間違いない
リアルに限界恐怖ギリギリに
適切な判断力認知力を
やりこなせることが
たまにある
歴史上に
あーいうのを見ると
碧巌録みたいな
なんの役にも立ちそうになさそうな
トレーニングも役にたつんだろうなー
とは思うけど
一般的には無用の長物だ
セッタンもそういうくらいに
😆
ハッスル、ムイムイ、麦のレスを見ると吐き気をもよおす
😫
臨済宗批判は
一般的汎用性スタイルでは
もっとも感がある😆
動中の工夫だと?
みたいな?
😁
そうなのか~😫
https://m.youtube.com/shorts/TSgPbTdI8Vc
唯識がでてくる流れがわかるなー
😆
死刑求刑された
元韓国大統領、
あれは判断力認知力の無い典型だな
😆
餓鬼道(知識の貪り・渇望・承認欲求)と
修羅道(優劣・勝ち負け)が強く出てる。
加えて、相手を挑発して怒りを引き出し、
地獄道に落とそうとする動きが目立つ。
行動を見れば、一致してる。
いや、形、色、音、匂い、感触等でもあり得る。
世界は名称と形態で出来ている
映像と音声という舞台装置の上で
文字と数字が織り成す世界
世間の一般人は、「リアルの世界はゲームと違う」と思っているが
じつは、似たようなものだ
このリアルの世界も、じつは文字と数字で出来ている
ただし、意味のほとんどは言語によって付与されている
サピエンスという狂気の生命体――人類は「賢い」から生き残ったのではない
https://note.com/royal_curlew4118/n/n42225a19da2b
群体にならなかった理由
蜂や蟻は、個体を捨てて群れを守る。
だがサピエンスは違う。
サピエンスは、個体の内側で自分を犠牲にする。
群体化ではなく、**「自己分解による耐久性」**を選んだ。
この設計は、自我の放棄とは真逆だ。
自我があるからこそ、削れる。
自分が戻ると信じているから、捨てられる。
龍樹の思想の継承と発展: 龍樹の「一切法空(すべては実体がない)」という思想を基本としつつ、その論理を深めました。
自立論証派(スヴァータントリカ): 唯識派との論争の中で、言葉や概念を超えた「真実」の存在(真実諦)をある程度認めることで、より実践的な「空」の理解を目指しました。
「空」の思想を、より体系的・論理的に深め、インド仏教後期の思想を形成しました。
その思想はチベット仏教の四大宗派(ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派)の教義の基盤となり、現代まで受け継がれています。
チベット仏教を学ぶことを意味する
瑜伽行中観派だ
瑜伽行中観派をベースにしている
サキャ派か、カギュ派のどちらかが
唯識要素が濃いらしい
😆
その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。
そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。
✅餓鬼道とは何か。
餓鬼道は
渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。
承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、
手に入れても決して満たされない。
でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、
その知識によって周囲からの承認を求める。
しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、
むしろ常に不足感を抱えているように見える。
愛情への飢えすら感じさせる点も含め、
餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。
✅修羅道とは何か。
修羅道は
闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。
相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。
でおーは、やたらと
「自分の方が優れている」
「相手より上である」
という点を強調する。
勝ち負けに固執し、
相手を倒すためなら手段を選ばず、
時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。
そして、その対立を外から眺めて楽しむ。
この振る舞いも、でおーは修羅道の性質と一致している。
✅地獄道とは何か。
地獄道は
怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。
正義感が歪み、攻撃性へと変質する。
でおーは、相手を意図的に挑発し、
怒りや憎しみを引き出そうとする。
相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。
✅つまり、
でおーは餓鬼道・修羅道に留まりながら、
相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。
これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、完全に一致している。
なお、同じくスヴァータントリカ(自立論証派)で経量部に近接していると見られた人々は「経量(行)中観派」「経部行中観派」(Sautrāntika-Mādhyamaka)と呼ばれたりもした
「瑜伽行中観派」なんだな
チベット密教と禅だけだろな
修道スタイルが安定しているのは
世襲で
天台、真言宗の大方は形式的になっぢろうしなー
永平寺、総持寺ですら形式的だからな?
😆
中国には何かあったんかもしれんが
日本では末法と修験道と念仏が主流派だった歴史上
まー、こんな風だ
😆
加藤師匠が研究している
珍海てすら
念仏の行者だしなー
😆
多くは燃やされたやろしなー
😫
宋からは、儒教勢力が巻き返してきて完全に主流となった
明清時代の歴史ドラマでも、高貴な身分のお方が病気になるたび、チベット密教僧を招いて盛大に加持祈祷する場面が多い
禅宗(実践中心)
浄土宗(民衆信仰)
この辺は、まぁなんとなくわかる。
哲学よりも実践・修行・信仰に重きを置いた宗派でした。
唯識や三論のような純理論型の宗派は、
中国社会の宗教文化(実践重視)と相性が悪かった。
また、天台、華厳は思想だけが残ったみたいですね。
清代はチベット仏教が流行ったということは知らなかった。神仏にすがりたいと思うのはどの時代でもありますからね。現世利益なのでしょう。
王家よりも
日本ほど国王にはひいきされる時期は
ゼロダろうな
むしろ宋王朝の
官僚の在家信者だろな
この辺が
日本に来て
たまに
凄いことを引き起こす
😆
そのような説明があったのねー
生まれながらの俺は
三因生まれだ
😆
必死に修行した覚えがないが預流果だ
😆
ま、アビダルマで輪廻論の一部を説かれているわけだな?
😆
https://m.youtube.com/watch?v=D3WqK0u7PIM&t=50s&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D
オモロイねー〜 😆
ユーチューブ時代はこっちが本気で関心あればスイスイと仏教知識が集まる
😆
一を知って
他宗派含めて、瞬時に模索やりだして
百を知るからなー
真言の表現知って
天台、華厳、唯識、テーラワーダ、曹洞宗、浄土教まで、
並列で解釈を深める
まー、そもそも臨済宗のやり方で既にあったのを、角度変えて
模索しただけに過ぎんきもしれんけど
😆
嗅覚が強い、
俺該当ー😆
神秘主義嗅覚が
強力、神秘光明を見る眼くらいに
発達している
😆
スマナサーラの解説、
まー臨済宗以外なら
ごもっとだ
俺的には神秘主義禅定と香りは
セットだ
禅と高野山宿坊差以外は
大方宗派で香りは一致している
😆
スマナサーラは品がないが
両者共に修道知識人だな
かなり、いい動画があるなー
😆
パーリ語仏典とヴィパッサナー瞑想
仏性という仏さまの心の三つの要素です。 三つとは、正因(しょういん)仏性、了因(りょういん)仏性、縁因(えんいん)仏性のことです。
本覚思想だな
個人的に疎い分野だ😫
三因は別だ
凡人は二因らしい
俺みたいなエリートが
三因ということらしい
😆
三因
😆
まーまー悟れる
まー俺は阿羅漢ではないけどなー
預流果だ
😆
情報が集まってくるからなー
😆
その在り方は 餓鬼道と修羅道 が強く表れている。
そして、でおーは意図的に相手の 怒りや憎しみを引き出し、地獄道に引きずり込もうとする 。
✅餓鬼道とは何か。
餓鬼道は
渇望、不足感、「まだ足りない」という感覚に支配された状態。
承認・知識・評価・愛情への飢えが尽きず、
手に入れても決して満たされない。
でおーは、貪るようにあらゆる宗教知識を集め、
その知識によって周囲からの承認を求める。
しかし、いくら語っても満たされた様子はなく、
むしろ常に不足感を抱えているように見える。
愛情への飢えすら感じさせる点も含め、
餓鬼道の特徴と非常によく重なっている。
✅修羅道とは何か。
修羅道は
闘争、優劣、勝ち負けに囚われた世界。
相手を打ち負かすことでしか自分を保てない状態。
でおーは、やたらと
「自分の方が優れている」
「相手より上である」
という点を強調する。
勝ち負けに固執し、
相手を倒すためなら手段を選ばず、
時には第三者同士を対立させる方向へ誘導する。
そして、その対立を外から眺めて楽しむ。
この振る舞いも、でおーは修羅道の性質と一致している。
✅地獄道とは何か。
地獄道は
怒り、憎しみ、「許せない」「ムカつく」という感情に支配された状態。
正義感が歪み、攻撃性へと変質する。
でおーは、相手を意図的に挑発し、
怒りや憎しみを引き出そうとする。
相手の正義感を刺激し、それを攻撃へと変えさせる。
✅つまり、
でおーは餓鬼道・修羅道に留まりながら、
相手を地獄道へ落とそうとする構図が見える。
これは、でおーがこれまで繰り返してきた行動と、完全に一致している。