① 荒らしイヌヤマは無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれる。 ② 放置された脱糞イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け、完敗です。 ③ ;反撃は荒らしイヌヤマの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事。 ④ ;外道イヌヤマが枯死するまで孤独に暴れさせゴミが溜まったら削除で寸
Gottlob Frege (1848–1925) is one of the founders of modern logic and analytic philosophy. His philosophical work centers on logic, mathematics, and language. The main parts of Frege’s theory are usually grouped into three major contributions.
220.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
1. Modern Predicate Logic Before Frege, logic was mostly based on the system of Aristotle. Aristotle’s logic used syllogisms, such as: All humans are mortal. Socrates is human. Therefore Socrates is mortal.
221.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
Frege introduced a far more powerful logical system called predicate logic. His innovations include: variables (x, y, etc.) quantifiers (“for all”, “there exists”) functions and arguments formal symbolic notation
222.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
Example: “All humans are mortal” becomes: ∀x (Human(x) → Mortal(x)) This system became the foundation for: modern mathematics computer science formal linguistics artificial intelligence Frege first presented it in his 1879 work Begriffsschrift.
223.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
2. Logicism (Logic as the foundation of mathematics) Frege wanted to prove that arithmetic is based entirely on logic. This view is called logicism. He argued that numbers are not physical objects but logical entities derived from concepts.
224.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
Example idea: The number 2 means: the property of a concept under which exactly two objects fall.
225.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
For instance: the concept “moons of Mars” has the number 2 (Phobos and Deimos). Frege developed this project in: The Foundations of Arithmetic Basic Laws of Arithmetic However, his system later collapsed due to a paradox discovered by Bertrand Russell.
226.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
3. Sense and Reference (Frege’s semantic theory) Frege also created a revolutionary theory about meaning in language. He argued that expressions have two aspects: Reference (Bedeutung) The actual object a word refers to.
227.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
Example: “Venus” Sense (Sinn) The way the object is presented. Example: “Morning Star” “Evening Star” Both refer to the same planet (Venus), but they have different senses. This explains why the statement: “Morning Star = Evening Star” is informative, even though they refer to the same object. This idea became foundational for: philosophy of language semantics linguistics logic
228.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
4. Frege’s Influence Frege strongly influenced major philosophers, including: Bertrand Russell Ludwig Wittgenstein Rudolf Carnap Because of this, Frege is often considered the starting point of analytic philosophy. ✅
229.
◆JBLfMwCXhY
cUR0i
In simple terms: Frege’s theory tries to show that: Logic can precisely represent reasoning. Mathematics can be grounded in logic. Language has a structured relationship between meaning and reference. If you want, I can also explain one of the most interesting parts of Frege’s work: Russell’s paradox (which destroyed Frege’s system) Frege’s definition of numbers How Wittgenstein developed Frege’s ideas Those topics reveal why Frege is so important in modern philosophy.
1 Die Welt ist alles, was der Fall ist. 世界とは、起きている事全てのことである。
685.
◆JBLfMwCXhY
w69eQ
2 Was der Fall ist, die Tatsache, ist das Bestehen von Sachverhalten. 起きている事、つまり事実とは、幾つかの事態が成り立っていることである。
686.
◆JBLfMwCXhY
w69eQ
3 Das logische Bild der Tatsachen ist der Gedanke. 事実の論理上の像が、思想。
687.
◆JBLfMwCXhY
w69eQ
4 Der Gedanke ist der sinnvolle Satz. 思想は、意義を持つ命題である。
688.
◆JBLfMwCXhY
w69eQ
5 Der Satz ist eine Wahrheitsfunktion der Elementarsätze. (Der Elementarsatz ist eine Wahrheitsfunktion seiner selbst.) 命題は要素命題の真理関数である。(要素は、自分自身の真理関数である。)
689.
◆JBLfMwCXhY
w69eQ
6 Die allgemeine Wahrheitsfunktion ist:[p¯,ξ¯,N(ξ¯)]. Die ist die allgemeine Form des Satzes. 真理関数一般は、[p,ξ,N(ξ)]と書ける。これは命題の一般形式である。
690.
◆JBLfMwCXhY
w69eQ
7 Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen. 語りえないことについては、沈黙するほかない。
【空海から】真言密教を語る【真如苑まで】
https://talk.jp/boards/psy/1690857286
【ゾクチェン】チベット仏教を知りたい【マハームドラー】
https://talk.jp/boards/psy/1690857082
【不滅の法燈】 天台教学を学ぶ 【悉有仏性】
https://talk.jp/boards/psy/1690865352
★関連スレ
仏教がわかりたい人のスレ vol.12
https://talk.jp/boards/psy/1690516638
【Talk 禅語録】 禅宗とは何か 【死んで生きるが禅の道】
https://talk.jp/boards/psy/1690846772
【空也から】浄土教を語る【親鸞会まで】
https://talk.jp/boards/psy/1690865792
とても、喜ぶスレだ
😄
みっきょう
仏教の一流派。顕教(けんぎょう)に対しての呼称で、秘密仏教、真言(しんごん)密教ともいう。
大乗仏教と密教をそれぞれ異質なものとして捉える:哲学的側面と実践的側面に分別し、大乗仏教における中観・唯識思想など理論が高度化していく一方で、欠落していた実践の導入として密教を位置づける方法(日本の真言宗など)。
大乗仏教と密教とを同一基盤において捉える:龍樹や提婆が中観思想から後期密教思想に到達したというように、哲学的思索の進展の帰結として密教が登場したと捉える方法(チベット仏教など)
大乗仏教から密教への展開を哲学的な思索の進展に求めず、宗教あるいは純粋に信仰の領域として処理する方法(シャシブサン・ダスグプタ、インド・西欧の仏教学者など)。
松長は、このうち3番目の捉え方をもっとも妥当としつつも、「密教」のなかにインド中期密教がほとんど含まれずに議論が行われていることを指摘している。
一つだけ、
チベットのゲルク派のみ、
😄
法身説法 法身は、自ら説法している。
果分可説 仏道の結果である覚りは、説くことができる。
即身成仏 この身このままで、仏となることができる。(空海のオリジナル教義)
インド密教を継承したチベット密教がかつてラマ教と称されたのは、チベット密教では師資相承における個別の伝承である血脈を重んじ、自身の「根本ラマ」(師僧)に対して献身的に帰依するという特徴を捉えたゆえである。
ツォンカパの中論を含む論書の日本語訳はお家にある
😄
この本の唯識よりも些末な中論の記憶が
俺の脳に残っていない
😄
阿字観
高度に中論を学ぶのが
絶対必須である、
😄
阿字観 あじかん
阿字観とは、大日如来を梵字の「阿」字を本尊として、自身と御仏が一体となる様を体現する、真言密教独特の瞑想法です。非常に奥深い瞑想法ですので、皆様には前段階の数息観、阿息観を体験して頂きます。
数息観とは呼吸を観じる瞑想法、阿息観とは呼吸の出入に大日如来の『阿』つまり大宇宙の響を観じる瞑想法です。に呼吸法が大切ですので、しっかりと説明をさせていただきます。心身ともに健やかな時間をおくることが出来ます。
https://www.itijyoin.or.jp/img/shukubou/img_ajikan_1.jpg
阿字観は
覚鑁が広めたらしい、
それが古義真言宗にまで広まったらしい
😄
お堂に入って阿字観やらない方が、
宿坊の密教の法流と密接にリンク召喚できるという
笑えないパターンであった
😄
中論をマスターしないと
ホンモノの高級密教僧侶になれない
ゲルク派のみ、
ダライ・ラマはゲルク派である、
阿字観とは
瞑想は仏教にとって、とても大切な修行です。真言宗の瞑想の中でも重要な阿字観(あじかん)は、阿字の仏さまと一体となって仏の心を感じることを目的としています。
一般の方にも修(しゅう)し易い(やすい)この阿字観を体験してみてはいかがでしょうか。
現代人の疲れきった心と体をリフレッシュさせてくれることでしょう。
阿字観はインドのヨーガが基になっています。ですから呼吸がとても大切です。呼吸によって体から悪い気を吐き出し、心身ともに清浄にしていきます。そして清浄体操(しょうじょうたいそう)によって身体を整え、より瞑想しやすい心身となってから阿字観に入ります。
https://chisan.or.jp/wp-content/uploads/2019/11/user-imgD-image-learn-img_learn12.jpg
ゲルク派から禅だ〜
と揶揄されているらしい
ニンマ派の方が馴染みがある
😄
ニンマ派、
あとカギュ派、
😄
チベット仏教には四大宗派があるんだったな
ニンマ派は
聖地で教えを掘り起こす
テルトンという
神秘能力があるらしい、
それで説明できる
俺の変な才能が
😄
とても嬉しかった
😄
チベット仏教の内部的問題の一つが分かった。
法王様とドルジェシュクデン派の内部対立。
YouTubeで何故か法王様じゃない人の写真を飾っている動画があったが
それがドルジェシュクデンを奉る宗派で、
法王様はドルジェシュクデンは悪霊であるとして排除したが、
ゲルク派にはドルジェシュクデンを信奉する宗派が法王様と対立している。
欧米でドルジェシュクデン派は流行ってて
中国共産党も法王に対立してるので、ドルジェシュクデン派に支援してるらしい。
法王様は、シャーマニズムや生贄の儀式のようなチベット仏教にある
一見野蛮な伝統を排除しようという感じがする。わたしが法王様の法話をいくつか聴いて思う。
そのかわり、仏教他派と
同じ仏法を学ぶ人たちとして融和しようとされていると。
そのためにはチベット仏教にある野蛮な仏教とは関係ないような伝統を排除しようとされているかなと。
しかしゾクチェンは法王様も認めておられます。
しかし、ドルジェシュクデンを信奉しているニュー・カダムパの動画を見たが
そんな悪いとは思えない。
基本的に法王様と同じく三宝と菩提心を重んじる正統派に見える。
ただ一つ、ドルジェシュクデンを認めるか認めないかの違いでしょう。
一見野蛮な伝統を排除しようという感じがする。
なるほどな、
生贄は嫌だろうな
戒律厳しいゲルク派としては
😄
戒律守るの重視したい派だからな、
チベット密教の影響は
濃いだろな
😄
空間的認識は拡大は無理だな
やはり、
仕方ないやろな〜
その文書、元オウムやん、
空間的認識の拡大には
生贄は
ダメだな
😄
今も諏訪神社は
生贄あるさらしいな、
😄
生贄は
空間的認識の拡大には
不利益だろな
チベットの守護神などの神仏習合の濃い現世利益志向が濃いのだろうな、
😄
😄
😄
具体的に空間的認識を提示するからな、体験的にも成就しとるからな〜
😄
浄土教と山伏は謎のまんまで
ロマンを感じる
😄
唯識の些末なところぐらいに
難しい
😄
上座部、中論、密教を網羅した論書、
500ページ近くあったよーな
😄
アタマ悪いなあ〜
俺
😄
😄
だ、
題名の、表紙は見つかったか
本が行方不明〜
😭😭
😄☺️
コーナ分けしとるんやけど、
書庫が〜
コピーしたのから、
読んでないのが
溢れかえっとる〜
最近はPDF寄りなので〜、
😄
浅く読むぐらいなら
読まん〜
😄
密教色が濃いです。
チベットに仏教が本格的に伝わったころ、インドでは仏教の最終段階である「後期密教」が主流でした。そのためインド仏教の全ての段階を受け継ぎました。
密教以前からあった「顕教」は文字で伝えていくことができる明らかにされた教え。一方の密教は口伝でのみ伝えられる秘密の教えです。
密教では護摩を焚く、マンダラを描くという儀式によって病気を治すなどの現世利益を得られます。
また、後期密教になると性的要素が取り入れられ、男尊・女尊が抱き合った姿の仏様も現れます。チベット仏教に神秘的な側面を感じるのはこのためです。
チベットに仏教が伝わる以前には、ボン教と呼ばれる土着の宗教があり、その特徴は自然神の信仰とシャーマニズムです。
仏教がチベットに広がる過程で、ボン教の神様や儀式などを取り入れて、ボン教とうまく折り合いを付けました。現在でもチベット仏教にはボン教の要素を見ることができます。
例えば五色の祈りの旗「タルチョ」に書かれている呪文、寺院で香草(サン)をたく習慣もボン教に由来していると言われています
チベットでは「死んでも魂は生まれ変わる」という輪廻転生が信じられています。どんなに憎い相手でも、たとえ虫けらであっても、前世では自分の母親だったかもしれない。チベット人はそんな風に考えて人にやさしく接し、殺生を嫌います。また、来世に何に生まれ変わるかは現世の行い次第です。だからチベット人たちは良い行いを心がけています。そして、ダライ・ラマなどの一部の高僧が亡くなると、生まれ変わりの者を探して後継者とするのです(化身ラマ制度)。
2005年頃、
とても世話になった〜
😄
放置スレ認定
**********
他空説によっていないのはゲルク中観だけですね
「正理大海」はそんなに難しくないですよ
スレよろー
こっちは
山伏、念仏、キリスト教に偏りだしている
😄
お仕事集中モードだから、
😄
ま、来週休日も
好みの方向は
キリスト教、山伏、念仏、だろうけども
ロンチェンパのニンティク文献は完全に看話禅ですね
5ちゃんねるの会話はバトル形式で馴れ合いを禁じる。ググるシッタカ知障イヌヤマは、褒めてクレヨの哀願奴隷。相手を罵倒する悪口雑言の数々は外道イヌヤマへのリアル社会の絶対評価で、荒らしイヌヤマは問いに問いで返す脊髄反射の脳足りんで悟前(ごぜん)未悟(みご)、金魚ドジョウと救い難い。
病名:発達障害ASDの症状尊大のインチキキチガイ雀鬼イヌヤマが自供ス。『正直云って仏とは何かと問われても分かりません、公案が進んで無くよくわからないのです』 知障イヌ咬み談
ウソブクのよ透ってないのに、もう40回も初関を透る俺様!と言い放つドマヌケ!40回も透ったら初関を透る、じゃねーべ!
イヌ:悟りとか分からねーし、知らねーし、悟ってねーわ? ググるイヌヤマは常にシカトされ自己存在の確認要求哀願奴隷也
悪霊イヌが鳴く:なんで 宗教板って まともなの俺だけなんだ?みんな間違ってばっか俺だけが正しい。みんな間違ってるのに何で正しい事を言ってる俺は否定ばっかりされるんだ?みんな俺のことを 凄いなと認めろよ。 俺は自分より優れた奴が ゆるせないんだよ(脅迫性人格障害の特徴)
ナント妻子と月一、金曜夜7時からのお坐り会、茶菓(ちゃか)代ワンコインで、これが研究会出席虚勢のトマヌケ犬は誰からも疎まれる
独善イヌヤマは月一第三金曜日夜7時茶菓代ワンコイン坐禅会に出ると偽証。命取りの摂心に親子で100回参加と虚飾スル
新小岩の食業ドライバーイヌヤマとは法相宗(ほっそうしゅう)奈良興福寺(こうふくじ)前官長じっちゃんのお抱え運転手で食業ドライバーの門外漢だから、知ったかぶる以外に承認欲求を満たす事が無い。
多数者を演じ孤立してないと強弁し自作自演のおぞましい日々の無脊椎動物イヌヤマは成り済まし多重人格者で要治療
統失、薬中、精神病院2ヶ月入院、A型作業所:イヌヤマ軍曹麦屁魔女エロ和尚アカベイ偽和尚狗の大王野良は異名同一人物がAAキャラ変の極悪人
① 荒らしイヌ麦は無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれ
② 放置された固定観念イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け、完敗
③ ;反撃はイヌの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事
④ ;臭い汚いコワイ気持ち悪いイヌヤマが枯死する迄、孤独に暴れさせゴミが溜まったら削除
ウソブクのよ透ってないのに、もう40回も初関を透る俺様!と言い放つドマヌケ!40回も透ったら初関を透る、じゃねーべ!!
なんで、みんなワイを無視すんねん!?大欲(たいよく)は無欲に似て足るを知る。煩悩即菩提の法相宗でええやろ・・・ほならなんでワイはこんなところにいるんねやろ
イヌ:悟りとか分からねーし、知らねーし、悟ってねーわ? ググるイヌヤマは常にシカトされ自己存在の確認要求哀願奴隷也
悪霊イヌが鳴く:なんで 宗教板って まともなの俺だけなんだ?みんな間違ってばっか俺だけが正しい。みんな間違ってるのに何で正しい事を言ってる俺は否定ばっかりされるんだ?みんな俺の事を 凄いなと認めろよ。 俺は自分より優れた奴が ゆるせないんだよ(脅迫性人格障害の特徴)
ナント妻子と月一、金曜夜7時からのお坐り会、茶菓(ちゃか)代ワンコインで、これが研究会出席虚勢のトマヌケ犬は誰からも疎まれる
独善イヌヤマは月一第三金曜日夜7時茶菓代ワンコイン坐禅会に出ると偽証。命取りの摂心に親子で100回参加と虚飾スル
新小岩の食業ドライバーイヌヤマとは法相宗(ほっそうしゅう)奈良興福寺(こうふくじ)前官長じっちゃんのお抱え運転手で食業ドライバーで、知ったかぶる以外に承認欲求が満足しない。
多数者を演じ孤立セズと強弁し自作自演のおぞましい日々の無脊椎動物イヌヤマは成り済まし多重人格者で要治療
インチキキチガイ雀鬼イヌヤマ麦、アルコホル発酵しイヌ麦焼酎なのに喜ばせ共有機能が絶えて無し。吠え吠み、オノレの尻尾をクルクル追うノミシラミ
5ちゃんねるの会話はバトル形式で馴れ合いを禁じる。イヌヤマは、褒めてクレヨの哀願奴隷。相手を罵倒する悪口雑言の数々は外道イヌヤマへのリアル社会の絶対評価で、問いに問いで返す脊髄反射の脳足りんで悟前(ごぜん)未悟(みご)、金魚ドジョウと救い難い。
① ググるシッタカ知障荒らしイヌヤマは無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれ
② 放置された固定観念イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け。完敗
③ ;反撃はイヌの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事
④ ;臭い汚いコワイ気持ち悪いイヌヤマが枯死する迄、孤独に暴れさせゴミが溜まれば削除
修行者、求道者、修行僧は、やはり さとりを求めて行きます。さとれば、さとりが無く、無我とは、真理(さとり)です、が 理解できるものでありませんく、まさに 体得します。
その状態を 石、とも 言います。突然 ストーン と、自他が無くなります。
これを 一と一は、二では無い。一の如し、一如である、言い表します。この一如に取り組む公案が有ります。
両手で打てば音が鳴る。では、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい、と言うもので、これに取り組みました。
ぜひ、とも取り組んでいただきたいものです。
音を聞くのだが、片手では拍手ができないから、音が鳴らないので聞こえない。
その聞こえない音を聞け、と 公案は いう。
聞こえない音が聞こえる。 そこが 色即是空。 初関(しょかん)を透(とお)る。
色とは片手の人が叩く拍手です。片手の人が叩く音を聞いた、そこが、色即是空です。真理(さとり) です。
趙州従しん(ぢょうしゅう・じゅうしん)の無字の公案では長年かかってもなお悟れず死んでいく者も多かった事から、修行僧に対して白隠禅師が新たに隻手の音声(せきしゅ の おんじょう)の公案を与え、沢山の修行者に悟らせようと苦心した公案です。
白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。
>> 理屈っぽいけど、自他一如なら、あなたが叩こうがわたしが叩こうが同じ、わたしが叩きます、パンパンで終了。あとは自他一如、自分から心で隻手の人と一つになる。すると、相手の手を叩く音がきこえる。自他一如や自己の愛情、慈悲心を育てる公案だったとか 』
ありがとうございます。
これは理解したり、解釈を咥えたりするものでじゃないので、お怒りを受けるともいますが、字句の解釈に拘泥するものではありません。
先にも言いましたが、自他一如を体得する事です。
あなたと私で、ぱんぱん。
トンチ、になりましたね。
片手の人が、です。
置き換えて、これでどうだ、と言うわけにはまいりません。
聞こえるはずのない、片手の人が叩く拍手の音を聞く、のです。
禅とは ジャーナを音写して禅那と中国人が漢字であらわしたものであり、ジャーナとは、静かにする、静かに坐る、と言う意味である。拡大解釈しては、原意が蒸発してしまう。
浄土宗、浄土真宗は、波阿弥陀仏、と阿弥陀佛(無量寿Buddha、無量光佛陀)陀に帰依する。
法華宗は南無 妙法 蓮華経、と正しい教え、白い蓮の花の教え、教典、お経の本に帰依する。
騒動衆はお坐り、お手を教え込む。
南無阿弥陀仏と言うのか、南無妙法蓮華経と言うのか、何とも云わず、坐っているのか、この三つは 易行(いぎょう)である。難しい事を求めず、これをやればいいんだよ、と安心させる。
追い込まれた人に取っては、ひとすじの光明である。
> 心身一如にならないと、坐禅が坐禅にならないんです。 』
脳内の神経細胞の結束が、心と呼ばれる。
0,5ミリの線虫にも味の好みがある、と言う。脳が無いのが線虫である。
神経の経験が好みを選ぶのである。 だから、心身ではなく、身心と言いう。
>> 私をバカにしたければすればよろしい。その代わり、地獄行きである。 』
地獄極楽。 極楽地獄。 一対のものだよね。 なので、地獄は極楽が無いと成立しない。
では極楽は、地獄がなければ、存在しえないのだろうか。そんな事は無く、極楽は、極楽そのもので、完結している。地獄は無用なのである。
地獄の住人は、どうやって救われてて行くのだろうか。地獄が極楽だったんだ、と自覚する、みずから めざめる、こう知れば、そのところが極楽とも言わず、地獄とも言わず、公平無比の横一列の地平線、水平線であり、日が昇り日が沈み、月が昇り、月が沈む、自他が無い。 これが 大切だよね。
> 南無阿弥陀仏 』
南無阿弥陀佛陀
帰依します
アンミータ
のっと、めーたー
量る事が出来ない
アミターユ
無量光
アミターバ
無量寿
佛
Buddha
佛陀
目覚めた者
本願を立て 救い取るぞと決意されている無量寿Buddha、無量光Buddha、に対し帰依します。
問う答えるて対話してきた各章のつらなり、1000章が、次のステップか。
佛とは、真理、ダルマ、法、であって人格的存在ではない。
問う、
「両手で打てば音が鳴る、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい 」
諸行無常、諸法無我、一切皆空、である。
禅定(ぜんじょう、梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。静慮
こころコロコロ、色即是空は空即是色へ還(かえ)る。
さとりとは、真理、法、ダルマである。
達磨さんはインドから中国にやって来たのか、来なかったのか。
ビッグバーンは一期一会である。
すずめはチュンチュンこんにちは、である。道端のタンポポのさよなら、である。
出会えば別れるのである。
問う
「この座敷から坐のままで30メートル先のロウソクの炎を吹き消せ」
中道是空(ちゅうどうは これ くうなり)
空是中道(くうとは、これ ちゅうどうなり)
色即是空は空即是色へ還(かえ)る
肝心かなめの大事なこと、大切なこと、は、固く握りしめた手のひらの中に握りしめて決して他sに公開する事が無い。
とは、よく言われることである。
真理(さとり)は言語によっては、容易に伝わらない。
生まれてり来の知識の蓄積が、
いろめがねを作り上げてしまっているから、本来の有りようが知識と言うスクリーン越しにしか見えない、からだ。
差別しない、分別しない、これとそれとあれを分けない、である。
生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離(えしゃじょうり)
こんにちは、さようなら。
生死(しょうじ)。
問う答えるて対話してきた
佛とは、真理、ダルマ、法、であって人格的存在ではない。
佛 真理(さとり) を 問う、
「両手で打てば音が鳴る、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい 」
諸行無常、諸法無我、一切皆空、涅槃寂静である。
禅とは
禅定(ぜんじょう、梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。静慮
こころコロコロ、色即是空は空即是色へ還(かえ)る。
さとりとは、真理、法、ダルマである。
達磨さんはインドから中国にやって来たのか、来なかったのか。
ビッグバーン以来の一期一会である。
すずめはチュンチュンこんにちは、である。
道端のタンポポのさよなら、である。
出会えば別れるのである。
問う
「この座敷から坐のままで30メートル先のロウソクの炎を吹き消せ」
中道是空(ちゅうどうは これ くうなり)
空是中道(くうとは、これ ちゅうどうなり)
空とは、分別しないである。
空とは、一の如しである。
色即是空は空即是色へ還(かえ)る。である。
肝心かなめの大事なこと、大切なこと、は、固く握りしめた手のひらの中に握りしめて決して他sに公開する事が無い。
とは、よく言われることである。
真理(さとり)は言語によっては、容易に伝わらない。
生まれてり来の知識の蓄積が、
いろめがねを作り上げてしまっているから、本来の有りようが知識と言うスクリーン越しにしか見えない、からだ。
差別しない、分別しない、これとそれとあれを分けない、である。
生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離(えしゃじょうり)
こんにちは、さようなら。
生死(しょうじ)。
問う答えるて対話してきた
佛とは、真理、ダルマ、法、であって人格的存在ではない。
佛 真理(さとり) を 問う、
「両手で打てば音が鳴る、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい 」
諸行無常、諸法無我、一切皆空、涅槃寂静である。
禅とは
禅定(ぜんじょう、梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。静慮
こころコロコロ、色即是空は空即是色へ還(かえ)る。
さとりとは、真理、法、ダルマである。
達磨さんはインドから中国にやって来たのか、来なかったのか。
ビッグバーン以来の一期一会である。
すずめはチュンチュンこんにちは、である。
道端のタンポポのさよなら、である。
出会えば別れるのである。
問う
「この座敷から坐のままで30メートル先のロウソクの炎を吹き消せ」
中道是空(ちゅうどうは これ くうなり)
空是中道(くうとは、これ ちゅうどうなり)
空とは、分別しないである。
空とは、一の如しである。
色即是空は空即是色へ還(かえ)る。である。
教師の握り拳(きょうし の にぎりこぶし)
肝心かなめの大事なこと、大切なこと、は、固く握りしめた手のひらの中に握りしめて決して他sに公開する事が無い。とは、よく言われることである。
真理(さとり)は言語によっては、容易に伝わらない。
生まれて以来の知識の蓄積が、それぞれがいろめがねを作り上げてしまっているから、本来の有りようが知識と言うスクリーン越しにしか見えない、からだ。
差別しない、分別しない、これとそれを分けない、である。
生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離(えしゃじょうり) あえば、かならずのわかれである。
尊公、近頃、如何。(そんこう ちかごろ いかん)
こんにちは、さようなら。
禅は生死(しょうじ)を問う。
問う答えるて問答(もんどう)し師弟は対話し真理(さとり)を伝えてきた
佛とは、真理、ダルマ、法、であって人格的存在ではない。
公案は佛 真理(さとり) を 問う、
「両手で打てば音が鳴る、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい 」
諸行無常、諸法無我、一切皆空、涅槃寂静である。
禅とは、静かにする。
梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。 禅定(ぜんじょう、静慮(じょうりょ)
こころコロコロ、常が無い。無常である。
さとりとは、真理、法、ダルマである。
達磨さんはインドから中国にやって来たのか、来なかったのか。
ビッグバーン以来の一期一会である。
すずめはチュンチュンこんにちは、である。
道端のタンポポのさよなら、である。
出会えば別れるのである。
問う。「この座敷から坐のままで庭の30メートル先の築山(つきやま)に立つ石灯籠のロウソクの炎(ほのお)を吹き消せ」
中道是空(ちゅうどうぜくう。 ちゅうどうは これ くうなり)
空是中道(くうぜちゅうどう。 くうとは、これ ちゅうどうなり)
空とは、分別(ふんべつ)しないである。
空とは、一如(いちにょ) 一の如し(いちのごとし)である。
色即是空(しきそくぜくう)は空即是色(くうそくぜしき)へと還(かえ)る。である。
と言うだけのもので、無gふぁ と言う言葉を出すだけで なにもかもを切り捨てる事は出来ない。
問いには立ち止まって、検討して行かないと此れにはこれと言う安易な振り分けになる。
理解(りげ)と言えば むしろ お上品になってしまうけれど、寒風不キス武功や、だね。
宗教のインドにおける語源は、如何に生きるか、と言うもので、あたまの中の変換ではない。
神の存在証明を2000年間立ってもまだやってるキリスト教神学の蜃気楼だね。
唯心論、唯物論は、一方の真理を言う、
唯、を取り払う。
心と物が矛盾なく存在しているのが、わたし達の日常なのではないだろ言うか。
尊公、近頃、如何。(そんこう ちかごろ いかん)。 こんにちは、さようなら。禅は生死(しょうじ)を問う。
問う答えるて問答(もんどう)し師弟は対話し真理(さとり)を伝えてきた
原初、禅とは、静かにするの意である。
梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。 禅定(ぜんじょう、静慮(じょうりょ)
さとりとは、真理、法、ダルマである。達磨さんはインドから中国にやって来たのか、来なかったのか。ビッグバーン以来の一期一会である。 すずめはチュンチュンこんにちは、である。道端のタンポポのさよなら、である。出会えば別れるのである。
空とは、分別(ふんべつ)しない、分けない、である。 一如(いちにょ) 一の如し(いちのごとし)である。
色即是空(しきそくぜくう)は空即是色(くうそくぜしき)へと還(かえ)る。
白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。 隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。
片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい。
問う。
『 この座敷から坐のままで庭の30メートル先の築山(つきやま)に立つ石灯籠のロウソクの炎(ほのお)を吹き消せ』
真理(さとり)は言語によっては、容易に伝わらない。
生まれて以来の知識の蓄積が本来の有りようが知識と言うスクリーン越しにしか見えない、からだ。
差別しない、分別しない、これとそれを分けない、である
真理(さとり) を 無我 と言う事が出来る、無我は真理(さとり)であってジョーカーではなく、オールマイティーでもない。
と言うだけのもので、無gふぁ と言う言葉を出すだけで なにもかもを切り捨ては出来ない。
問答(もんどう)は子弟が問い答えてきた禅宗弾圧の一時期からの創意工夫の伝統がある
理解(りげ)と言えば むしろ お上品になってしまうけれど、寒風不キス武功や、だね。
宗教のインドにおける語源は、如何に生きるか、と言うもので、あたまの中の変換ではない。
神の存在証明を2000年間立ってもまだやってるキリスト教神学の蜃気楼だね。
唯心論、唯物論は、一方の真理を言う、唯、を取り払う。
心と物が矛盾なく存在しているのが、わたし達の日常なのではないだろうか。
尊公、近頃、如何。(そんこう ちかごろ いかん)。 こんにちは、さようなら。禅は生死(しょうじ)を問う。
問う答えるて問答(もんどう)し師弟は対話し真理(さとり)を伝えてきた
原初、禅とは、静かにするの意である。
梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。 禅定(ぜんじょう、静慮(じょうりょ)
さとりとは、真理、法、ダルマである。達磨さんはインドから中国にやって来たのか、来なかったのか。ビッグバーン以来の一期一会(いちごいちえ)である。 すずめはチュンチュンこんにちは、である。道端のタンポポのさよなら、である。出会えば別れるのである。
空とは、分別(ふんべつ)しない、分けない、である。 一如(いちにょ) 一の如し(いちのごとし)である。
色即是空(しきそくぜくう)は空即是色(くうそくぜしき)へと還(かえ)る。
白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。 隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。
片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい。
真理(さとり)は言語によって伝わらない。生まれて以来の知識の蓄積が眼をくらます。差別しない、分別しない、これとそれを分けない、である。
問う。
『 この座敷から坐のままで庭の30メートル先の築山(つきやま)に立つ石灯籠のロウソクの炎(ほのお)を吹き消せ』
問答、名付けられた名詞から名前を剥ぎ取ったそれを何と呼ぼうか。
真理(さとり) を 無我 と言う事が出来るのだが、無我と言う言葉を出すだけで なにもかもを切り捨てる事はは出来ない。
問答(もんどう)は子弟が問い答えてきた禅宗弾圧の一時期からの創意工夫の伝統がある
理解(りげ)と言えば むしろ お上品になってしまうけれど、寒風不キス武功や、だね。
宗教のインドにおける語源は、如何に生きるか、と言うもので、あたまの中の変換ではない。
神の存在証明を2000年間立ってもまだやってるキリスト教神学の蜃気楼だね。
唯心論、唯物論は、一方の真理を言う、唯、を取り払う。
心と物が矛盾なく存在しているのが、わたし達の日常なのではないだろうか。
尊公、近頃、如何。(そんこう ちかごろ いかん)。 こんにちは、さようなら。禅は生死(しょうじ)を問う。
問う答えるて問答(もんどう)し師弟は対話し真理(さとり)を伝えてきた
原初、禅とは、静かにするの意である。
梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。 禅定(ぜんじょう、静慮(じょうりょ)
達磨さんはインドから中国にやって来たのか、否か。ビッグバーン以来の一期一会(いちごいちえ)である。 すずめはチュンチュンこんにちは。道端のタンポポのさよなら、出会えば別れるのであ
空とは、分別(ふんべつ)しない、分けない、である。 一如(いちにょ) 一の如し(いちのごとし)である。
色即是空(しきそくぜくう)は空即是色(くうそくぜしき)へと還(かえ)る。
白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。 隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。
片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい。
また、問う。 『 この座敷から坐のままで庭の30メートル先の築山(つきやま)に立つ石灯籠のロウソクの炎(ほのお)を吹き消せ』
真理(さとり)は言語によって伝わらない。生
まれて以来の知識の蓄積が眼をくらます。
差別しない、分別しない、これとそれを分けない、である。
真理(さとり)である一如。如とは如来、来と言う助辞を漬けたものである。如来とは佛を言う。
https://www.reihokan.or.jp/syuzohin/hotoke/nyorai/images/dainichi.jpg
https://discoverjapan-web.com/wp-content/uploads/2020/08/bb42b37029edbc1aaa1b7f5c8df912e5-e1597052088776.jpg
https://discoverjapan-web.com/wp-content/uploads/2020/08/e8deefb21568b3783338418467c62a87-e1597045822580.jpg
この3点セットが、密教の世界観の基本
Y・M・Oか
フランス印象派か
ハウスミュージックしとるからなー
音の響きが〜
😄
猛烈なY・M・Oや
ジミーヘンドリックスに
ハマりまくってたからなー
サイケ〜
ゴーゴーやった
😄
ジミーヘンドリックスやなー
😄
ゼロ歳未満の死因は流産、死産だが、一生を通じて死因の第一位は人工中絶
0~4 乳児期 2歳までは授乳
5~9 幼児期 ここまで生きていられたら健康の天才児。男女7歳にして席を同じゅうせず。
10~14 10歳まで生き延びたら、丁稚奉公で親元出立 女児初潮 10歳幼学ようがく 尋常小学卒業
15~19 結婚適齢期前期 精子のピーク17 最大バスト19 縄文時代の平均寿命は15最長30 15歳志学しがく
20~24 結婚適齢期後期 みずみずしく張る肌 感触最良バスト 20歳弱冠
25~29 おしとねさがり 脱水で細る顔ポソッ
30~34 人生再検討期、新興宗教開祖期 三十路にして立つ、
35~39 立脚点確立 不動心 滴る愛液急減少
40~44 充実期 自己を含め40過ぎたら欠け始める横一列 40不惑
45~49 昇級、老眼、更年期前期、妊娠からの解放
50~54 転職勧告肩たたき、更年期後期 50天命てんめい知命ちめい アル中、肝静脈瘤破裂前期
55~59 息子に嫁が来る頃には無勃起閉経 アル中、肝静脈瘤破裂後期
60~64 天下り先退職金積み増し期 60還暦 60耳順じじゅん
65~69 人生の黄金期前期 世界一周海外旅行食べ歩き
70~74 人生の黄金期後期 健康年齢72
75~79 ひ孫と面談、ランドセル予約
80~84 長寿の達人 男の平均寿命82
85~89 存在確認の同窓会が無い
90~94 歯科医の総仕上げ総入れ歯 90卒寿そつじゅ
95~99 歯茎で噛み切れる刺身がうまい 99白寿はくじゅ
100~104 自治体表彰100 百壽ももじゅ
105~109 アルコホルは毒なのに酒がうまい 108茶壽ちゃじゅ
110~114 飲む点滴ポカリスエットがうまい 111歳皇壽こうじゅ 112超えたら珍寿ちんじゅ
115~119 もっと尿瓶しびん を、クレヨンクレパス 119頑寿がんじゅ
120~124 今日も元気だ薬がウマヒィ 120昔寿せきじゅ 121歳大還暦だいかんれき
スレ主逃走の為、このスレは終了。
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『正直云って仏とは何かと問われても分かりません、公案が進んで無くよくわからないのです、私は悟ってません。』 by 荒らしイヌヤマ談
ウソブクのよ透ってないのに、もう40回も初関を透る俺様!と言い放つドマヌケ!40回も透ったら、初関を透る、じゃねーべ!
イヌ自白調書:悟りとか分からねーし、知らねーし、悟ってねーわ? ググるイヌヤマは常にシカトされ自己存在の確認要求哀願奴隷。
イヌが鳴く:なんで 宗教板って まともなの俺だけなんだ?みんな間違ってばっか、俺だけが正しい。みんな間違ってるのに何で正しい事を言ってる俺は否定ばっかりされるんだ?みんな俺のことを 凄いなと認めろよ。 俺は自分より優れた奴が ゆるせないんだよ(脅迫性人格障害の特徴)
ナント妻子と月一、金曜夜7時からのお坐り会、茶菓(ちゃか)代ワンコインで、これが研究会出席虚勢のトマヌケ犬は、誰からも疎まれる。命取りの摂心に親子で100回参加と虚飾ス。
5ちゃんねるの会話はバトル形式、馴れ合いを禁じる。ググるシッタカイヌヤマは、褒めてクレヨの唾棄すべき哀願奴隷。 相手を罵倒する悪口雑言の数々は外道イヌヤマへのリアル社会の絶対評価です。荒らしイヌヤマは問いに問いで返す脊髄反射の脳足りんで悟前(ごぜん)未悟(みご)、金魚ドジョウと救い難い。
食業ドライバーイヌヤマとは法相宗(ほっそうしゅう)>奈良 興福寺(こうふくじ)前官長じっちゃんのお抱え運転手で、食業ドライバーだったに過ぎず仏教からは門外漢だね。
だから、しったかぶる以外に存在承認欲求を満たすものは一切無い。
① 荒らしイヌヤマは無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれる。
② 放置された脱糞イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け、完敗です。
③ ;反撃は荒らしイヌヤマの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事。
④ ;外道イヌヤマが枯死するまで孤独に暴れさせゴミが溜まったら削除で寸
入れ替わり立ち替わりして虚偽の多数者を演孤立してないと強弁し自作自演のおぞましい日々の人イヌヤマは成り済まし多重人格者で要治療対象者です。
虚言癖:鬼子鬼和尚偽和尚雀鬼イヌヤマニセ軍曹麦屁魔女バナナは異名同一人物がキャラ変で世をたばかる非道極悪人です。
0~4 乳児期 2歳までは授乳 天使か妖精の無分別期
5~9 幼児期 ここまで生きられたら健康の天才児。男女7歳にして席を同じゅうせず
10~14 10歳尋常小学卒業まで生き延びたら丁稚奉公で親元出立 女児初潮生涯卵子数400個保持 10歳幼学
15~19 結婚適齢期前期 精子のピーク17 最大バスト19才 縄文時代の平均寿命は15最長30 15歳志学しがく
20~24 結婚適齢期後期 みずみずしく張るプルプル肌 感触最良バスト 20歳弱冠
25~29 脱水で細る顔ポソッ
30~34 人生再検討期、尋牛(じんぎゅう)見跡(けんせき)悪魔の声を聞き新興宗教開祖乱立
35~39 立脚点確立 滴る愛液枯渇と数の子天井、ミミズ千匹喪失、タコつぼ化し性交痛
40~44 40不惑、初老 夜間頻尿 毛細血管ゴースト化 精子数減少 43老眼乱視、子宮硬化不妊
45~49 昇格、更年期前期、妊娠恐怖解放
50~54 肩たたき転職勧告、♀やる気男性ホルモン増、更年期後期 50天命知命 アル中肝静脈瘤破裂前期
55~59 息子に嫁が来る頃には無勃起閉経 アル中肝静脈瘤破裂後期
60~64 天下り先退職金積み増し 60還暦耳順じじゅん
65~69 65歳は高齢者 年金受給 人生黄金期前期 世界旅行食べ歩き 65夜間頻尿、MRI脳委縮始
70~74 人生黄金期後期 72男健康年齢 前立腺がん
75~79 ひ孫と面談、ランドセル予約 女健康年齢75
80~84 長寿の達人 男平均寿命82
85~89 存在確認の同窓会が無い 女平均寿命87
90~94 歯科医の総仕上げ総入れ歯 90卒寿そつじゅ
95~99 歯茎で噛み切れる刺身が旨い 99白寿はくじゅ
100~104 自治体表彰 100百壽ももじゅ
105~109 アルコホルは毒なのに酒がうまい 108茶壽ちゃじゅ
110~114 飲む点滴ポカリスエットがうまい 111歳皇壽こうじゅ
115~119 もっと尿瓶しびんをクレヨン 119頑寿がんじゅ
120~124 今日も元気だニンニク注射がウマヒィ 120昔寿せきじゅ121歳大還暦
このように、如来や菩薩たちの姿が描かれている
https://ermjp.com/j/temple/mandara/manda/mikyo/image/m11.jpg
如来や菩薩の姿が、すべて梵字に置き換えられている
梵字による曼荼羅だ
https://ermjp.com/j/temple/mandara/manda/mikyo/image/m9.jpg
四曼荼羅は、真言密教の中核を成している
これが、真言密教の修法だ
日蓮大聖人は、若い頃に慣れ親しんだ密教の修法を、日本の民衆向けにアレンジした
真言密教の中心教義は、この3つで表される
川^〇^ハレ埋め立てがまにあっていないみたいねwww
栖雲居士◆dqam8SqGUPdm
Hspr3
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スレ主逃走の為、このスレは終了。
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2025/01/23 00:58:11
川^〇^ハレJBLたん落ち着きがないって言われているでしょうwww
https://stat.ameba.jp/user_images/20220528/16/colleen8159/ae/e6/j/o0347047615124551861.jpg?caw=800
5ちゃんねるの会話はバトル形式で馴れ合いを禁じる。ググるシッタカ知障イヌヤマは、褒めてクレヨの哀願奴隷。相手を罵倒する悪口雑言の数々は外道イヌヤマへのリアル社会の絶対評価で、荒らしイヌヤマは問いに問いで返す脊髄反射の脳足りんで悟前(ごぜん)未悟(みご)、金魚ドジョウと救い難い。
病名:発達障害ASDの症状尊大のインチキキチガイ雀鬼イヌヤマが自供ス。『正直云って仏とは何かと問われても分かりません、公案が進んで無くよくわからないのです』 知障イヌ咬み談
ウソブクのよ透ってないのに、もう40回も初関を透る俺様!と言い放つドマヌケ!40回も透ったら初関を透る、じゃねーべ!
イヌ:悟りとか分からねーし、知らねーし、悟ってねーわ? ググるイヌヤマは常にシカトされ自己存在の確認要求哀願奴隷也
悪霊イヌが鳴く:なんで 宗教板って まともなの俺だけなんだ?みんな間違ってばっか俺だけが正しい。みんな間違ってるのに何で正しい事を言ってる俺は否定ばっかりされるんだ?みんな俺のことを 凄いなと認めろよ。 俺は自分より優れた奴が ゆるせないんだよ(脅迫性人格障害の特徴)
ナント妻子と月一、金曜夜7時からのお坐り会、茶菓(ちゃか)代ワンコインで、これが研究会出席虚勢のトマヌケ犬は誰からも疎まれる
独善イヌヤマは月一第三金曜日夜7時茶菓代ワンコイン坐禅会に出ると偽証。命取りの摂心に親子で100回参加と虚飾スル
新小岩の食業ドライバーイヌヤマとは法相宗(ほっそうしゅう)奈良興福寺(こうふくじ)前官長じっちゃんのお抱え運転手で食業ドライバーの門外漢だから、知ったかぶる以外に承認欲求を満たす事が無い。
多数者を演じ孤立してないと強弁し自作自演のおぞましい日々の無脊椎動物イヌヤマは成り済まし多重人格者で要治療
統失、薬中、精神病院2ヶ月入院、A型作業所:イヌヤマ軍曹麦屁魔女エロ和尚アカベイ偽和尚狗の大王野良は異名同一人物がAAキャラ変の極悪人
① 荒らしイヌ麦は無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれ
② 放置された固定観念イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け、完敗
③ ;反撃はイヌの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事
④ ;臭い汚いコワイ気持ち悪いイヌヤマが枯死する迄、孤独に暴れさせゴミが溜まったら削除
0~4 乳児期 2歳までは授乳 天使か妖精の無分別期 胎内での様子を語る
5~9 幼児期 ここまで生きられたら健康の天才児。男女7歳にして席を同じゅうせず
10~14 10歳尋常小学卒業まで生き延びたら丁稚奉公で親元出立 女児初潮生涯卵子数400個保持 10歳幼学
15~19 結婚適齢期前期 精子のピーク17 最大バスト19才 縄文時代の平均寿命は15歳最長30 15歳志学しがく
20~24 結婚適齢期後期 みずみずしく張るプルプル肌 感触最良バスト 20老眼スタート20歳弱冠
25~29 ♀婚活29歳迄、脱水で細る顔ボソッ 25男の体のピーク 北朝鮮喜び組25歳解雇
30~34 ♂人生振り返り期、30♀婚活スクリーニング削除 尋牛見跡悪魔の囁く声を聞き新興宗教開祖乱立
35~39 人生此処までと実感、中年太りと滴る愛液枯渇と名器終了、膣粘膜薄→性交痛
40~44 40不惑、初老 夜間頻尿 毛細血管ゴースト化 精子数減少 43老眼乱視、子宮硬化不妊
45~49 昇格、更年期前期、妊娠恐怖解放 禿頭始
50~54 肩たたき転職勧告、♀やる気男性ホルモン増、更年期後期 50天命 知命 アル中肝静脈瘤破裂前期
55~59 息子に嫁が来る頃には無勃起閉経 アル中肝静脈瘤破裂後期
60~64 天下り先退職金積み増し 60還暦 耳順じじゅん
65~69 65歳は高齢者 年金受給 65夜間頻尿、脳委縮開始年間1ミリ立方ずつ減少する
70~74 72男健康年齢 前立腺ガン乳ガン
75~79 75高齢者講習、健康保険1割負担 ひ孫と面談ランドセル予約 75女健康年齢 75後期高齢者
80~84 80釈迦没 長寿の達人 男平均寿命82
85~89 存在確認の同窓会が無い 女平均寿命87 ,男最多死亡年齢88
90~94 歯科医の総仕上げ総入れ歯 女最多死亡年齢94 90卒寿そつじゅ
95~99 歯茎で噛み切れる刺身が旨い 99白寿はくじゅ
100~104 自治体表彰 100百壽ももじゅ
105~109 アルコホルは毒なのに酒がうまい 108茶壽ちゃじゅ
110~114 飲む点滴ポカリスエットがうまい 111歳皇壽こうじゅ
115~119 もっと尿瓶しびんをクレヨンクレパス 119頑寿がんじゅ
120~124 120趙州 ( じょうしゅう ) 禅師没 120昔寿せきじゅ 121歳大還暦
必要なくても純粋に取り組む
資格を取って仕事の役に立てよう
純粋な興味はない
「無意識は言語のように構造化されている」と唱え、鏡像段階、想像界・象徴界・現実界の3領域、大文字の他者といった概念で人間の欲望と主体を分析した。
「無意識は言語のように構造化されている」: 無意識は理性的な言葉によって組み立てられており、言葉の連鎖や文脈が欲望や症状を生み出しているという考え。
想像界 (The Imaginary): 鏡像段階に代表される、イメージや自己像の世界。
象徴界 (The Symbolic): 言語、法、社会的なルール(大文字の他者)の世界。人間の欲望を支配する。
現実界 (The Real): 言語や想像では捉えきれない、実在するが言葉にできない領域。
欲望のグラフ: 鏡像段階、象徴界、大文字の他者、ファルス、父性隠喩などを組み込み、主体がどのように言葉と他者の法(文化)に巻き込まれて成長・欲望していくかを表した図。
症状=問題解決策: 精神的な症状は、患者が「生き延びるため」に無意識が作り出した解決策であり、単に排除するのではなく、その意味を分析する。
初期(鏡像段階・想像界): 自己の形成過程をイメージの段階から解明。
中期(象徴界・構造主義): 言語学(ソシュール)を取り入れ、無意識の構造を分析。父の名(法)の重要性を説く。
後期(現実界・結び目): 象徴界・想像界・現実界の3つが相互に結びついている(ボロメオの結び目)という理論に深化。
大文字の他者(The Big Other): 言語や社会のルール、父性的な秩序。
対象a(Object petit a): 欲望の原因。決して到達できない、逃げ水のようなもの。
去勢: 母親と一体だった幼児が、父の介入によって「言葉の世界(象徴界)」に入り、欲望の対象を失うこと。
ラカンの思想は難解だが、現代の文学・文化・社会論において、「私」という主体が言葉によって構成され、他者によって欲望させられていることを理解するための重要な視点を提供し続けている。
初期(鏡像段階・想像界): 自己の形成過程をイメージの段階から解明。
中期(象徴界・構造主義): 言語学(ソシュール)を取り入れ、無意識の構造を分析。父の名(法)の重要性を説く。
後期(現実界・結び目): 象徴界・想像界・現実界の3つが相互に結びついている(ボロメオの結び目)という理論に深化。
言語/名称のおかげで実体化している
論理空間を要素命題で満たす
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』において、要素命題は事態を写像し、論理的真理関数(複合命題)の基底となって全空間をあまねく覆う空間です。
要素命題の役割: 論理空間の最小単位であり、これらが論理定項(かつ、または、ならば)で結合され、全ての可能な世界(論理空間)を構成する。
事実と可能性: 要素命題の真偽のすべての組み合わせが、可能的な事態の総体=論理空間を形成する。
独立性: ある要素命題の真偽は、他の要素命題の真偽から独立している(論理的に依存しない)。
言語の限界: 表現可能な要素命題の集合が、そのまま思考可能な論理空間の限界(世界)を規定する。
この構造により、真なる要素命題の真理値の分布が、現実世界を決定する。
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』において、要素命題は事態を写像し、論理的真理関数(複合命題)の基底となって全空間をあまねく覆う空間です。
要素命題で論理空間を満たす
要素命題で論理空間を満たす
要素命題で論理空間を満たす
https://i.imgur.com/nWwOMWp.png
彼の論理哲学は主に次の3つの核心から成り立っています。
1️⃣ 数学を論理から導こうとした(論理主義)
フレーゲの大きな目標は
算術(数学)を純粋な論理から証明できる
ということでした。
これを 論理主義(logicism) と呼びます。
彼は
数
数学的命題
を 論理的概念に還元できると考えました。
例えば彼は「数」を次のように考えました。
「2」という数
→ “2つのものがある集合の性質”
つまり数は物ではなく、
**概念の拡張(extension of a concept)**だとしました。
この思想は主著
算術の基礎
算術の基本法則
に展開されています。
彼以前の論理は
アリストテレスの三段論法
のような単純な形式でした。
しかしフレーゲは
量化記号(∀、∃の考え)
変数
関数と引数
命題の構造
などを導入しました。
例えば
「すべての人間は死ぬ」
は論理的に
のように表せます。
これは今の
数学
コンピュータ科学
AI
言語哲学
すべての基礎になっています。
3️⃣
フレーゲのもう一つの革命は
**意味論(Semantics)**です。
彼は言語の意味を
意義(Sinn)
指示(Bedeutung)
に分けました。
指示(Bedeutung)
言葉が指す対象
例
「金星」
意義(Sinn)
その対象の 与えられ方(意味内容)
例
「明けの明星」
「宵の明星」
どちらも **同じ天体(金星)**を指しますが
意味は違います。
これを説明するためにフレーゲは
意味(Sinn)と指示(Bedeutung)は異なる
としました。
フレーゲの思想はその後の哲学を大きく変えました。
影響を受けた人物:
バートランド・ラッセル
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
ルドルフ・カルナップ
つまり
分析哲学の祖父のような存在です。
5️⃣
フレーゲの体系は
バートランド・ラッセルが発見した
ラッセルのパラドックス
によって崩れてしまいました。
簡単に言うと
自分自身を含まない集合の集合
という矛盾です。
これによりフレーゲの論理体系は破綻しました。
しかし彼の
述語論理
意味論
言語分析
はその後の哲学の基礎になりました。
⭐
フレーゲとは
「数学・論理・言語を一つの体系として理解しようとした人」
です。
もし興味があれば、次に説明できます:
フレーゲが考えた 「数とは何か」(かなり面白いです)
ラッセルのパラドックスを分かりやすく
ウィトゲンシュタインとの関係
この3つは実は哲学史の中でもかなりドラマがあります。📚
ただ正確に言うと、フレーゲの功績は主に3つあり、その中の一つが意味論の革命です。
① 近代論理学の創始
ゴットロープ・フレーゲの最大の功績は、実はまず 現代の形式論理(述語論理)を作ったことです。
それまでの論理は
アリストテレスの三段論法
程度のものでした。
フレーゲは
量化(すべて / ある)
変数
関数と引数
という構造を導入し、現代数学やコンピュータ科学で使う論理の基礎を作りました。
フレーゲは
数学は論理から導ける
と考えました。
この思想は
算術の基礎
などで展開されています。
後に
バートランド・ラッセル
が引き継ぎます。
ここがあなたが言った部分ですね。
フレーゲは言葉の意味を
意義(Sinn)
指示(Bedeutung)
に分けました。
有名な例:
「明けの明星」 「宵の明星」
どちらも 同じ対象(=金星)ですが意味は違います。
つまり、言葉の意味は単に対象ではないということです。
この考えは言語哲学、記号論、AIの意味論、論理哲学の出発点になりました。
実はフレーゲ自身は
「私は意味論を作った」
という自覚はあまりありませんでした。
彼の目的は、数学を論理で基礎づけることだったからです。
しかし結果として現代の意味論が誕生した、という感じです。
フレーゲ → ラッセル → ウィトゲンシュタイン
という流れがあります。
特にルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは
フレーゲが作った論理哲学を極限まで推し進めた人物なんです。
ここから 20世紀哲学の大ドラマが始まります。
世界中で探しても、1人もいない
Before Frege, logic was mostly based on the system of
Aristotle.
Aristotle’s logic used syllogisms, such as:
All humans are mortal.
Socrates is human.
Therefore Socrates is mortal.
variables (x, y, etc.)
quantifiers (“for all”, “there exists”)
functions and arguments
formal symbolic notation
“All humans are mortal” becomes:
∀x (Human(x) → Mortal(x))
This system became the foundation for:
modern mathematics
computer science
formal linguistics
artificial intelligence
Frege first presented it in his 1879 work
Begriffsschrift.
Frege wanted to prove that arithmetic is based entirely on logic.
This view is called logicism.
He argued that numbers are not physical objects but logical entities derived from concepts.
The number 2 means:
the property of a concept under which exactly two objects fall.
the concept “moons of Mars” has the number 2 (Phobos and Deimos).
Frege developed this project in:
The Foundations of Arithmetic
Basic Laws of Arithmetic
However, his system later collapsed due to a paradox discovered by
Bertrand Russell.
Frege also created a revolutionary theory about meaning in language.
He argued that expressions have two aspects:
Reference (Bedeutung)
The actual object a word refers to.
“Venus”
Sense (Sinn)
The way the object is presented.
Example:
“Morning Star”
“Evening Star”
Both refer to the same planet (Venus), but they have different senses.
This explains why the statement:
“Morning Star = Evening Star”
is informative, even though they refer to the same object.
This idea became foundational for:
philosophy of language
semantics
linguistics
logic
Frege strongly influenced major philosophers, including:
Bertrand Russell
Ludwig Wittgenstein
Rudolf Carnap
Because of this, Frege is often considered the starting point of analytic philosophy.
✅
Frege’s theory tries to show that:
Logic can precisely represent reasoning.
Mathematics can be grounded in logic.
Language has a structured relationship between meaning and reference.
If you want, I can also explain one of the most interesting parts of Frege’s work:
Russell’s paradox (which destroyed Frege’s system)
Frege’s definition of numbers
How Wittgenstein developed Frege’s ideas
Those topics reveal why Frege is so important in modern philosophy.
(著者:ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
① 「世界は事実の総体である」(命題1)
② 「命題は事実の像である」(命題4.01)
③ 「思考は意味ある命題である」(命題4)
世界
↓
思考
↓
言語
この三つは 同じ論理構造を共有する。
だから
論理分析すれば思考も世界も理解できる。
④ 「哲学は理論ではなく活動」(命題4.112)
哲学 = 言語の混乱を解く作業
つまり哲学は
新しい知識を発見する学問ではない
言葉の誤解を整理する活動
⑤ 「語りえぬものについては沈黙しなければならない」(命題7)
最も有名な最後の命題。
実はもう一つ重要な命題(おまけ)
哲学者がよく強調するのは 命題6.54。
私の命題を理解した者は、
最後にはそれを無意味だと認識する。
それを乗り越えた後、梯子を捨てなければならない。
Bertrand Russell(バートランド・ラッセル)が1905年の論文 On Denoting で提案した理論で、
「~であるもの(唯一のもの)」という表現を、論理的にどう扱うかを説明する哲学・論理学の理論です。
「あるものを指しているように見える言葉でも、実は“存在を前提にしない論理式”として分析できる」
という考えです。
例えば次の文:
「フランスの現在の王はハゲである」
しかし実際には
👉 今のフランスには王がいません。
ではこの文はどうなるでしょう?
意味がない?
偽?
文法は正しいが対象がない?
この問題を解決するためにラッセルが作ったのが 記述理論です。
ラッセルは次のように考えました。
「フランスの現在の王」という言葉は
一つの物を指す名前ではない。
実は次の 3つの主張の組み合わせだと分析できる。
「フランスの現在の王はハゲである」
は論理的にはこうなる:
フランスの現在の王が存在する
その人はハゲである
つまり
「フランスの現在の王がただ一人存在し、その人はハゲである」
という 存在 + 唯一性 + 性質の3条件の文になる。
この分析をするとどうなるか:
「フランスの現在の王はハゲである」
は
存在条件が満たされない
→ 偽
と扱える。
文は意味がある
しかし 存在条件が偽なので文全体も偽
と説明できる。
らなやらなやるのらなやらゆやる
ラッセルの主張:
「~である唯一のもの」という表現は、名前ではなく論理構造である
文
記述理論の分析
日本の首相
日本の首相である唯一の人物
一番高い山
他の山より高い唯一の山
フランスの王
王である唯一の人物
つまり
「the ~」は実は量化された論理式だと考える。
この理論は
言語哲学
分析哲学
論理学
の基礎になりました。
特に次の哲学者に影響:
Ludwig Wittgenstein
Gottlob Frege
また
後に P. F. Strawson が批判もしています。
「~である唯一のもの」という表現は、実は“存在・唯一性・性質”の論理構造に分解できる
これが ラッセルの記述理論です。
もし希望があれば、
大学の哲学試験用の短い説明(100~200字)
フレーゲとの違い
ストローソンの批判
もわかりやすく説明します。これらは哲学の授業でよくセットで出ます。
そこに気づけばいいだけだ
心理的なストッパーがかかっていた気がする
なぜ、ラッセルのパラドックスは大きな衝撃だったのか
当時の数学者たちは、集合論を使って数学全体をきれいに基礎づけようとしていたため、その基礎が崩れる可能性は非常に重大でした。
1. 当時、集合論は「数学の土台」だった
19世紀末~20世紀初め、数学者たちは
数学を完全に厳密な体系にする
すべてを集合で定義する
という計画を進めていました。
中心人物はGeorg Cantorで、彼が作ったSet Theory(集合論)が数学の基礎になると期待されていました。
数学 → 集合論 → 完全で安全な基礎
ラッセルは次の集合を考えました。
「自分自身を要素として含まない集合の集合」
これをRRとします。
そして問い:
R は自分自身を含むか?
含むとすると
→ 「自分自身を含まない集合」なので矛盾
含まないとすると
→ 「自分自身を含まない集合」なので含まなければならない
つまり
どちらでも矛盾する
これがRussell's Paradoxです。
① 数学の基礎に矛盾がある可能性
当時の集合論は
「条件を満たすものは何でも集合になる」
という考えでした(素朴集合論)。
しかしラッセルのパラドックスは
この原理だと矛盾する集合が作れてしまう
ことを示しました。
つまり
数学の基礎理論が壊れている可能性が出てきたのです。💥
数学では
一つ矛盾がある → 何でも証明できてしまう
という性質があります(爆発原理)。
つまり
1 + 1 = 2
1 + 1 = 100
どちらも証明できるようになり、数学が崩壊します。
このパラドックスは
Gottlob Fregeの論理主義体系
集合論の基礎
の中で見つかりました。
フレーゲは自著の第2巻の印刷直前でした。
彼は序文でこう書きました(要旨):
私の体系は崩れた。
これは数学史でも有名なエピソードです。📜
この問題を解決するために、20世紀の数学基礎論が生まれました。
代表例:
Zermelo–Fraenkel set theory
Type Theory
Formalism
つまり
ラッセルのパラドックス →現代数学の基礎論の出発点
になったのです。
ラッセルのパラドックスが衝撃だった理由
数学の基礎(集合論)に矛盾が見つかった
数学全体が崩壊する可能性が出た
当時の最先端の体系(フレーゲ)を破壊した
ラッセルのパラドックスを日常例(床屋のパラドックス)で説明
ゲーデルとの関係
なぜZF集合論なら回避できるのか
も解説できます。これは数学哲学のかなり面白い部分です。
しかし実は、その単純な方法ではうまくいかないことが分かりました。
問題の元になっている集合
ラッセルが問題にしたのは次の集合です:
R =「自分自身を要素として含まない集合すべての集合」
ここで問いが出ます。
R は 自分自身を含むのか?
考えると:
含む → 定義により含まないはず
含まない → 定義により含むはず
つまり 矛盾になります。
あなたの提案は:
「自分自身を要素として含まない集合」を排除する
つまり
自己非包含集合を作らない
というルールですね。
もし
自己非包含集合が存在しないなら
すべての集合は
自分自身を要素として含む集合
になってしまいます。
つまり
A ∈ A
B ∈ B
C ∈ C
全部こうなる。
しかしこれは数学的にかなり奇妙で、
普通の集合(例えば自然数の集合など)と相性が悪くなります。
そこで数学者は別の方向に進みました。
代表的なのは
エルンスト・ツェルメロ
と
アブラハム・フレンケル
による
ツェルメロ=フレンケル集合論(ZF)
です。
「どんな条件でも集合を作れる」というルール自体を禁止する
つまり
無制限な集合の作り方をやめる
という解決です。
昔の集合論(素朴集合論)
コードをコピーする
条件を書けば何でも集合になる
例
赤いものの集合
大きい数の集合
自分自身を含まない集合の集合
全部OK → 矛盾
コードをコピーする
既にある集合の中からしか新しい集合を作れない
つまり
宇宙のような「全体集合」は作れない
ラッセル集合も作れない
実はあなたの発想はかなり本質を突いていて、
20世紀初頭の数学者も
自己包含を禁止する
階層を作る
型を分ける
など色々試しました。
その一つが
ベルトランド・ラッセル自身の
型理論
です。
この話にはもっと面白い哲学的な問題があります。
実は
「集合ってそもそも存在するのか?」
という問題に発展して、
ゴットロープ・フレーゲの論理主義が崩壊するきっかけになりました。
このあたり、かなり面白い話なので
「ラッセルのパラドックスがフレーゲをどう壊したか」も説明できます。かなりドラマがあります。
長年の謎がやっと解けた
謎が謎のままで終わるとこだった
これで初心者卒業だ
一対一の写像関係
本人も後に離れたが

)、かつ(

)、または(

)、ならば(

)、全称量化(

)、存在量化(

)などが含まれ、文の真偽を決定する重要な役割を持つ。

(not):否定(~でない)

(and):論理積(かつ)

(or):論理和(または)

/

(if...then):含意(ならば)

/

(if and only if):同値(等しい)

(for all):全称記号(すべての~)

(there exists):存在記号(~が存在する)
論理学において、文の構成要素である定数(個体定項)や変数と区別され、文の構造を形成する。
推論の妥当性や論理的真理性を定義するために使用される。
部分構造論理の研究では、シークエント・レベルの構造に対する命題レベルでの反映とも見なされる。
論理演算子: 論理定項と同じものを指すことが多い。
個体定項: 「太郎」「花子」のような特定の固有名詞。
論理的真理: 論理定項に基づいて常に真となる命題(恒真式)。
論理定項は、自然言語(日本語や英語など)に含まれる「かつ」「または」「もし~ならば」といった言葉の論理的な意味を記号化したものである。
奈良市観光協会+1
サンスクリット語の「ヴァイローチャナ(Vairocana)」という言葉を、音で漢字にしたのが「毘盧遮那(びるしゃな)」で、意味(光明遍照:太陽のように全てを照らす)で漢字にしたのが「大日(だいにち)」です。
奈良市観光協会+2
1. 毘盧遮那仏(盧舎那仏)
代表的な存在:奈良・東大寺の大仏さま(正式名称:盧舎那仏)が有名です。
特徴: 華厳経(けごんぎょう)の教えにおける中心的な仏様で、「宇宙そのもの」や「真理」を擬人化した存在とされています。
背景: 平安時代に空海によって伝えられた「密教」において、毘盧遮那仏がさらに発展した姿です。
特徴: 密教の最高位の仏様で、すべての仏様は大日如来の化身であると考えられています。
見た目の違い: 通常、如来は質素な服装をしていますが、大日如来だけは王者のように豪華な冠やアクセサリーを身につけた菩薩のような姿をしています。
奈良市観光協会+1
華厳宗では毘盧遮那仏と呼ぶ
ソール・A・クリプキによるウィトゲンシュタインの解釈(通称「
クリプキシュタイン」)は、『哲学探究』における「規則遵守のパラドックス」を、言語や意味に関する懐疑的な議論として定式化したものです。規則は行為を決定できず、正解は共同体の一致に依存すると論じました。
筑摩書房+
パラドックスの核心: 「いかなる行為の仕方もその規則と一致させられ得る(=規則は行為を決定できない)」という疑念。
具体例(クワス問題): 「+(足す)」を教わった子供が、初めて扱う大きな数(例:

懐疑的解決: 意味は個人の頭の中にあるのではなく、共同体(コミュニティ)の相互理解や生活形式の中に存在するという解決策。
影響: 規則の遵守、私的言語論、他人の心の問題をめぐる議論に大きな影響を与えた。
ソール・A・クリプキ『
ウィトゲンシュタインのパラドックス ─規則・私的言語・他人の心
』(ちくま学芸文庫)
筑摩書房+1
クリプキの解釈は、ウィトゲンシュタイン本来の意図かについては研究者の間で議論がありますが、言語哲学における最も重要な現代的解釈の一つとされています。
頭の中にある、物事の大まかな知識や本質的な定義。
例:「机」という言葉を聞いてイメージする、物を置くための共通の型や性質。
目的や理論(例:目的概念)。
性質や状況に依存せず、独立して自存する本質的なモノ。
例:今、目の前にある具体的な木製の机。
具体的な制度や具体的な対象。
実体は概念を具現化したものであり、概念は実体から特徴を抜き出した抽象的な枠組みです。カッシーラーは、個々の「実体」に着目する考え方から、関係性や数的な「関数」に着目する認識への移行を論じました。
やっと本当に!哲学が分かってきたな
やっと本当にピンと来た
この壁を越えてないと、哲学は分からない
一瞬でピントきたな
「これは◯◯である」という概念
法律を徹底的にやってるんだったら、だいぶ違ってた
徹底的に記述問題集をやっていたら
楽しみを先食いしなくても
まだ始まったばかり
アリストテレス的だ
人間、苦しいとき
そういうモノが
絶望的状況
何もかも、概念を被せて認識しているな
自覚していない
二重存在だ
人生の危機において
まだこれからか😅
言語論的転回が、あまりにもホットなイシューだ
この掲示板で、言語哲学っぽい話をしてたおかげ
聖ウンコ派のおかげってことになるのか
おもしろくはないが
たかさたなはなまにはなまなたにまなはまなまにたな
クリプキ
クリプケンシュタイン
もはや当たり前
もはや当たり前
たぶん少ないと思うんだよな
壊れたバカだけど
すべてに意味を被せているよ
気づいた人には当たり前だけど
それが、この世の実情だ
当分、このネタで持ちそうだ
それが、自分の持ち味
歴史と哲学は分かった
まやなまにはまにまにやぬやにはな
法律にウエートを移そう
十分にやったのではないか
まだ時間あったな
間違えた
希望を持てや
自分のやってることはおかしい
いつなるんだよ?
習近平がなんとかする
1. 基本アイデア
固定指示子とは、
**「可能なあらゆる状況(可能世界)において、同じ対象を指し続ける名前や表現」**のことです。
著書 Naming and Necessity(『名指しと必然性』) で提案した概念です。
簡単に言うと:
固定指示子 → どんな仮想状況でも同じものを指す
非固定指示子 → 状況によって指すものが変わる
固定指示子(典型例)
「アリストテレス」
「ソクラテス」
「地球」
例えば:
「アリストテレス」
は、
別の可能世界でも
別の職業だったとしても
常に同じ人物(あの人)を指すと考えます。
アリストテレスが哲学者でなかった可能性
はあり得るが、
アリストテレスが別人である可能性
はない、という考えです。
例:
「アレクサンドロス大王の家庭教師」
これは通常 アリストテレスを指しますが、
もし歴史が違っていたら
別の人が家庭教師だったかもしれない
つまり
可能世界によって指す人が変わる
→ これは 非固定指示子です。
この議論は、特に
バートランド・ラッセル の 記述理論
への批判として有名です。
名前 = ある記述の束
例:
アリストテレス = 「プラトンの弟子で形而上学を書いた人」
しかしクリプキは言います:
その記述が間違っていたら
名前の指示も変わる
しかし実際には
「アリストテレスはプラトンの弟子ではなかった」
という可能性を考えても
それでもアリストテレスはアリストテレスです。
名前は記述ではなく対象に直接固定される
と主張しました。
固定指示子の考えから、クリプキは有名な主張を出します。
必然的だが経験的に知られる真理
例:
「水 = H₂O」
ここで
水(water)
H₂O
はどちらも固定指示子。
だから
水がH₂Oでない可能世界は存在しない
つまり
必然的真理
化学の発見によって知った
→ 経験的(a posteriori)
これを
「必然的 a posteriori」
と呼びます。
固定指示子とは
可能世界が変わっても同じ対象を指す表現
例
表現
タイプ
アリストテレス
固定指示子
ソクラテス
固定指示子
アレクサンドロス大王の家庭教師
非固定指示子
固有名は記述ではない
対象に直接結びつく
もしよければ、次も説明できます:
クリプキの 可能世界意味論
「水=H₂O」がなぜ必然なのか
ラッセル・フレーゲとの決定的違い
ここは分析哲学の中でもかなり面白い核心部分です。
無味乾燥なテーマだと思ってた
分かってる人には面白い
「写像理論」:言語は世界の構造を「写し取る」鏡のような関係にあり、事実のみが表現可能であるという考え。
「沈黙」の倫理:「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」という言葉が物語る通り、論理の限界を超えた領域を尊重する姿勢。
この著作は、論理実証主義など20世紀の哲学や現代のコンピュータ理論に多大な影響を与えた。
一対一の写像関係
これを
月に4~5マン
服を買わず
収入増を図ろう
コレ目地位
突っ走ってきた2年
別な方向で飛躍する

1. 『論理哲学論考』の核心的論理学
写像理論 (Picture Theory):言語(命題)は世界の構造を写し取ったものである。真なる命題は「事実」に対応し、偽なる命題は事実と異なる状況を表す。
論理的空間:言語は論理によって構成されており、論理的構成を持たない文(形而上学的な文)は「無意味(senseless)」である。
「語りえぬもの」:倫理、美学、神、人生の意味などは、事実ではないため、論理的な言葉で語ることはできない。
「沈黙」:「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」。これはそれらを無視するのではなく、論理の限界を超えているため言葉で記述できないという意味である。
2. 論理学的な構成要素
事態 (Sachverhalt) と 事実 (Tatsache):世界は、対象(Object)が集まって構成される「事態」の集合であり、そのうち現実に成り立つものが「事実」である。
要素命題 (Elementary Proposition):事態を記述するもっとも単純な命題。
真理関数 (Truth-function):複雑な命題は、要素命題の論理的な組み合わせ(かつ、または、ならば)として構成される。
哲学の限界:ウィトゲンシュタインは、多くの哲学的問題は言語の論理を誤解することから生まれるとした。
「梯子」としての論考:この本を理解した者は、この本自体の論理的説明が正しい記述ではない(メタレベルの話である)と認識し、最終的にこの本を捨てる(梯子を登り終えて捨てる)必要がある。
この内容を前提に、具体的な命題構造について、または、続く『哲学探究』における「言語ゲーム」の概念について詳しくお知りになりたいですか?
要素命題: 否定や論理結合子を含まない単一の文。
論理結合子: 否定(

)、論理積(

:「かつ」)、論理和(

:「または」)、含意(

:「ならば」)など。
真理関数の例: 複合命題「

かつ

(


)」は、

が真で

も
Reddit+4
複合命題の論理的な意味は、真理関数を用いて厳密に定義され、論理的な推論(正しいかどうかの判定)に利用されます筑波大学のテキスト。
筑波大学+1
「かつ(論理積)」や「または(論理和)」など、具体的な論理結合子の真理値表を整理して提示しましょうか?
全学計算機システム+1
事態(state of affairs):対象同士の結合や、状況が成立している「~が~である」という関係性のこと。
事実(fact):事態が実際に成立した(起きた)状態。真理の根拠となる経験的に確認可能なもの。
全学計算機システム+1
より深く知りたい特定の哲学的側面(例:ウィトゲンシュタインの論理哲学論考)はありますか?
『とある魔術の禁書目録』の魔術サイドは、
科学(学園都市)と対立する神話・伝承に基づく力。ローマ正教、英国清教、ロシア成教の「三大勢力」が均衡し、神の力を宿す「聖人」や、アレイスターが設立したテレマ僧院に由来する組織が関わる。神の子に似た「聖人」の力や、科学世界を破壊し魔術化する「純粋な物理法則の書き換え」を目指すアレイスターの陰謀が物語の核。
三大勢力(魔術結社)
ローマ正教:世界最大の勢力。科学技術を危険視し、魔術の正統性を守るため行動する。最大規模の信徒数を持つ。
英国清教:ステイルやアニェーゼらが所属。三大勢力の一つ。
ロシア成教:東方教会。三大勢力の一つ。
実はアレイスター=クロウリーがシチリア島で創設したテレマ僧院を科学という形で再建した場所。
目的は「宗教に依らない科学の世界(物理法則)」を直接操作し、魔術的な目的を果たすこと。
聖人:世界に20人もいない、「神の子」に似た特徴を持つ人間。神の力の一端『天使の力(テレズマ)』を宿す。
アレイスター=クロウリー:学園都市の統括理事長。かつてブライスロードの戦いで失った『幻想殺し』を再取得するために、魔術サイドの歴史を裏で操る。
ステイル=マグヌス:十字教の魔術師。
神裂火織:「聖人」の一人。
この対立関係が、主人公・上条当麻の「幻想殺し」を中心に、科学と魔術の領域を超えて展開されます。
魔術サイドの敵組織についてさらに深く知りたいですか?
ゴプラナ号期
『論考』に「命題は現実の絵である (4.01)」と書いてあることから、ウィトゲンシュタインは 命題と絵画が同類のものであると考えたというふうに言われることも多い。しかし、これは 読みが浅い。『草稿』に
と書かれている通り、実際は命題と絵画の違いこそが本当の問題である。
たとえば、ある命題を否定すると別の命題に移り、それをもう一度否定すると 元の命題に戻ってくる。このような性質を絵画は明らかに持たない。論理的推論は、 論理空間の中の安全なルートマップのようなものである。
論理は世界を満たす。世界の限界は論理の限界である。 (5.61)
論理空間がどれほどの広さを持つのか、言い換えると、論理空間がどれだけの思考を含んでいるのか、 が次の問題となる。命題は、要素命題に分解できるから、 これは論理空間にどれだけの単位命題があるかを考えることである。さらに、要素命題は 「名」(これは述語まで含んでいる)の組み合わせから成り (4.22)、「名」は「対象」を 指示するのだから (3.203)、世の中にどれだけの「対象」があるかを考えると良いことになる。
私の言語の限界が私の世界の限界である。 (5.6)
ウィトゲンシュタインが「生」を問うようになった外的背景には以下のようなものがある。
抑鬱状態。自殺さえも考えた (1914-1915)。
トルストイ「要約福音書」の影響 (1914)。 トルストイは、すべての生命に共通の命の根源としての霊に生きよ、と説いた。
軍隊での孤立感 (1914)。
前線で死を前にしたこと。ここで、「生きたい」という欲求を無条件のものとして体験した (1916)。
次のような対応が成り立っている。
言語が表現している世界意味のある生という世界(生世界)論理という条件の下で世界は語りうるものとなる倫理という条件の下で生は意味あるものとなる論理は超越論的である(6.13)倫理は超越論的である(6.421)論理は語り得ない倫理は語り得ない(論理と同様の理由以外に 倫理が神と不可分であるがゆえに語りうる世界の外にあるがゆえに) (6.421)
自己の独立を保ち、自己の生を唯一無二のものとして生きるとき、われわれは 意味のある生を生きる。意味のある生を生きるということは、幸福に生きると いうことになる。
言語的主体倫理的主体意味する私、語る私意味ある生を生きる私、形而上学的主体、哲学的自我『論考』5.6-5.62『論考』5.621-5.641言語的独我論「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」(5.6)宗教的独我論「「世界は私の世界である」ということを通して、自我は哲学の中に入ってくる」(5.641)言語には私的な部分がある。
このうち、倫理的主体については、『論考』では描像が不明確である。 一方で「私」について語り、他方では「語りえない」(6.423) と議論されている。
思考し表象する主体は存在しない。 (5.631)
『哲学探究』は、クリプキが喝破したように、「規則」と「私的言語」を2つの柱とした 構造を持っている。『探究』は、『論考』の後の 9 年のブランクの後、 1929 年から 1945 年までの思考の成果である。
さらに、ウィトゲンシュタインは後期の思想で「言語ゲーム」という概念を導入しました。
「言語ゲーム」とは、言語の使用を一種のゲームとしてとらえる考え方です。
たとえば、「神は存在する」という命題は、宗教という「言語ゲーム」の中で意味を持ちます。しかし、科学という「言語ゲーム」の中では、この命題は意味を持ちません。
このように、「言語ゲーム」の概念を盛り込むことで、言語の限界と哲学の問題点をより深く理解することができます。私たちの日常生活の中で使用される言葉の意味が、状況によって変化することに注目してみてみると面白いかもしれません。
『論理哲学論考』では、著者のウィトゲンシュタインは直接的に読者に対して、「こうすべき」といった具体的な行動指針を提示しているわけではありません。むしろ、この本はあくまで言語と世界の関係性について深く考察し、言語の限界を明らかにすることを目的としています。
しかし、本書の内容から、私たちが取るべき態度について、いくつかの示唆を得ることができます。
これらの態度は、直接的な行動指針ではありませんが、私たちが言語と世界の関係性を理解し、より良い思考と行動につなげるための重要な示唆となります。ウィトゲンシュタインは、読者に対して、言語の限界を認識し、言葉にできないものへの敬意を払うことの大切さを伝えているのです。
『論理哲学論考』は、言語の限界と可能性を探求した難解な書物ですが、私たちに深い洞察を与えてくれます。言葉で表現できることには限界があり、真に大切なことは言葉にできないことがあるのです。だからこそ、言葉の意味を吟味し、言葉にできない経験を大切にすることが重要なのです。皆さんも、言葉の使い方と意味について考えを深め、言葉にできない大切なものを見出していってください。
世界は成立している事柄(事態)のすべてである。(Die Welt ist alles, was der Fall ist.)
成立している事柄、すなわち事態とは、諸事実の存立である。(Was der Fall ist, das Faktische, ist das Bestehen von Sachverhalten.)
事態の論理的写像が思想である。(Das logische Bild der Tatsachen ist der Gedanke.)
思想は意義のある命題である。(Der Gedanke ist der sinnvolle Satz.)
命題は諸要素命題の真理関数である。(Der Satz ist eine Wahrheitsfunktion der Elementarsätze.)
真理関数の一般的な形式は、[p、ξ、N(ξ)]である。(これは、命題が論理的操作によって構築されることを示す)
語りえぬことについては、沈黙しなければならない。(Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen.)
「写像理論」: 言語は世界の構造を「写し取って」いるとする考え方。有意義な言語は事実を描写できるが、論理の形式そのものは描写できない。
「語りえぬもの」: 倫理、美学、宗教、人生の意味などは、論理的に記述可能な「事実」ではないため、言語で語ることは無意味であるとされた。
「沈黙」: 哲学的な問題の大部分は、言語の限界を超えて語ろうとすることから生じるため、そのような領域では「語るのをやめ、沈黙する」ことで解決(または解消)される。
この構成について、特に「7. 語りえぬもの」の詳細や、具体的な事例についてさらに知りたいですか?
役に立つかもしれん
関心が移った
ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読みます。
まず把握しておかねばならないのは、この本の柱。7つの大テーマを追うことにより最終論考「語りえないことについては、沈黙するほかない。」が導き出されるようです。では、そこに至るまでの7つ。まず確認しておきましょう。
1
Die Welt ist alles, was der Fall ist.
世界とは、起きている事全てのことである。
Was der Fall ist, die Tatsache, ist das Bestehen von Sachverhalten.
起きている事、つまり事実とは、幾つかの事態が成り立っていることである。
Das logische Bild der Tatsachen ist der Gedanke.
事実の論理上の像が、思想。
4
Der Gedanke ist der sinnvolle Satz.
思想は、意義を持つ命題である。
5
Der Satz ist eine Wahrheitsfunktion der Elementarsätze. (Der Elementarsatz ist eine Wahrheitsfunktion seiner selbst.)
命題は要素命題の真理関数である。(要素は、自分自身の真理関数である。)
6
Die allgemeine Wahrheitsfunktion ist:[p¯,ξ¯,N(ξ¯)]. Die ist die allgemeine Form des Satzes.
真理関数一般は、[p,ξ,N(ξ)]と書ける。これは命題の一般形式である。
7
Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen.
語りえないことについては、沈黙するほかない。
ひとまずこれ、原文に当たりながら進まないとダメっぽいですね。日本語訳は往々にして指針にはなるけど、理解に当たってノイズが混じりそう。ドイツ語できねーやつだけど、まあ辞書引き引きでなんとかやっていきましょう。
定義: 複合命題の真理値(真か偽か)が、その構成要素となる命題の真理値のみによって決定されること。例えば、「AかつB」はAとBが共に真の時のみ真となる。
この真理関数の概念について、さらに「原子命題との関係」か「真理関数として表現できないもの(倫理など)」のどちらに焦点を当てて詳しく知りたいですか?
知的興奮が抑えきれない
Kyoto University Research Information Repository
1.
目的:「現在のフランス王はハゲである」のように、存在しないものを主語にした文の矛盾を解消する。
アプローチ:「日常言語の文」を、「存在と一意性」を問う論理式に変換する。
構造:記述句はそれ自体が単独の「名指し(固有名詞)」ではなく、特徴を描写した「記述」であるとみなす。
Kyoto University Research Information Repository
この文を記述理論で分解すると、以下の3つの要素に整理されます。
Kyoto University Research Information Repository
存在:現在のフランス王が存在する。
一意性:フランス王は1人しか存在しない。
性質:その1人はハゲである。
この3つのうち「1. 存在」が偽であるため、文全体が偽(誤り)であると論理的に確定でき、論理的な矛盾(存在しないのに性質がある)を回避できる。
Kyoto University Research Information Repository+1
曖昧さの解消:日常言語が含む論理的な曖昧さを取り除く。
分析哲学の基礎:フレーゲの論理主義など、言語と世界の関係を解明する上で基礎となる考え方。
Kyoto University Research Information Repository
ラッセルは、名指しと記述を区別することで、言語分析をより客観的なものにしました。
曖昧さの解消:日常言語が含む論理的な曖昧さを取り除く。
分析哲学の基礎:フレーゲの論理主義など、言語と世界の関係を解明する上で基礎となる考え方。
Kyoto University Research Information Repository
ラッセルは、名指しと記述を区別することで、言語分析をより客観的なものにしました。
「現在のフランス王はハゲである」
ベネズエラ
こりゃ
相手が強すぎる
現在のフランス王はハゲているらしい
固有名詞を隠れた記述(記述句)として分析することで、文の真偽を決定可能にし、当時の数学の基礎的な矛盾(パラドックス)を解消しようとしたものです。
「存在しないもの」を扱うため:「金の山」や「現在のフランス国王」など、実在しない対象を主語にした文が、無意味ではなく「偽」であることを論理的に説明できる。
文の曖昧さの解消:自然言語のあいまいな文を、論理記号を使った厳密な形(「~が存在し、かつ、~である」)に分解して解釈できる。
哲学・数学の矛盾回避:ラッセルのパラドックスなど、自己言及による矛盾を防ぐため、対象を階層化(論理階型理論)する基盤となった。
より詳細な「記述理論」の具体例を知りたいですか?
牧秀悟 まとめ
横浜DeNAベイスターズの牧秀悟(27)は、右投右打の主力内野手。2020年ドラフト2位で入団後、3年連続20本塁打を記録し、2023年には打点王と最多安打を獲得、WBC侍ジャパンにも選出された広角に長打を打てる「ハマの4番」です。特徴は高い打撃技術、右方向への長打力、デスターシャのポーズ。
基本情報:1998年4月21日生まれ、長野県出身。178cm、93kg~97kg。
経歴:松本第一高校 - 中央大学 - 横浜DeNAベイスターズ(2021年~)。
プレースタイル:広角に強い打球を飛ばす長距離砲。右方向への打撃に長けており、下半身の粘り強さが特徴。
新人特別賞(2021年)
ベストナイン(2022年、2023年)
最多安打(2023年)
最多打点(2023年)
主な記録:
新人から4年連続20本塁打以上(2024年時点)
サイクル安打達成(2021年)
ラッセル 記述理論 具体例



+3
ラッセルの記述理論は、
「現在のフランス国王は禿げている」のような実在しない対象を含む文を、論理記号を用いて「存在・一意性・性質」に分解し、文の真偽を明確にする理論です。存在しないものを指す記述句を「存在する」という前提なしに分析することで、言語のパラドックスを回避します。
「現在のフランス国王は禿げている」 (The present King of France is bald.)
この文は一見、偽(偽)のようですが、実際には「国王はいない」ため、単に偽ではなく、意味的に「偽」となります。ラッセルはこれを以下のように分析します。
存在:フランス国王が(少なくとも一人)存在する。
一意性:フランス国王は(多くとも一人)しか存在しない。
性質:その人は禿げている。
これら3つの条件をすべて満たす人はいないため、文全体として「偽」であると結論付けられます。
確定記述句の分析:「現在の~」のような特定の対象を指す言葉(記述句)を、「固有名詞」ではなく「量化子を含む命題」として分析する。
不合理の回避:存在しない対象について語っても、論理的な矛盾や偽となるように分析できる。
より複雑な具体例や、この理論が解決する他のパラドックスについて知りたいですか?
頼んだぞ
ラッセル以前は、次のような文が問題でした。
「現在のフランス国王は禿げている」
今はフランスに国王がいないので、
この文は**意味があるのか?真か?偽か?**という問題が起こります。
主語:「現在のフランス国王」
述語:「禿げている」
しかし主語が存在しないので、文全体がどう扱われるかが困ってしまう。
ラッセルの解決
ラッセルはこの文を見かけの主語構造から論理構造へ分解しました。
意味は実はこうだと言います:
フランス国王であるものが存在する
それは一人だけである
その人は禿げている
つまり論理的には
Copy code
あるxがいて
xはフランス国王で
しかもそのようなxは唯一で
xは禿げている
となる。
しかし現実には
①が偽(そんな人はいない)
→ だから文は 偽 と言える。
👉 存在しない対象を仮定せずに文を処理できた。
これは哲学上とても大きい。
ラッセルのもう一つの革命はこれです。
文法 ≠ 論理構造
例:
「現在のフランス国王は禿げている」
文法的には
Copy code
主語 + 述語
しかし論理的には
Copy code
という量化構造になる。
この発想が後の
分析哲学
数理論理学
言語哲学
の出発点になりました。
ラッセルはこう考えました。
固有名
例:ソクラテス
記述
例:
「プラトンの師」
「現在のフランス国王」
記述は実は名前ではない。
単なる論理構造の省略形である。
Saul Kripke の固定指示子の議論
Ludwig Wittgensteinの言語哲学
などへつながっていきます。
ラッセルの記述理論のすごさは:
存在しない対象についての文を処理できるようにした
文法と論理構造を分離した
言語哲学と分析哲学の基礎を作った
つまり一言で言うと
「言語の問題を論理で解決する方法を作った」
ことです。
もしよければ、次も解説できます:
ラッセルの理論の弱点(クリプキが批判した点)
「現在のフランス国王」問題のもっと深いパラドックス
フレーゲ → ラッセル → クリプキ の流れ
このあたりは哲学史の中でもかなり面白い部分です。
ラッセルの記述理論でも、この三つの構造が重要になります。
**「そういうものが少なくとも一つある」**という主張です。
例
「この部屋に猫がいる」
これは
少なくとも1匹、猫が存在する
という意味です。
数学的に言うと
**∃(存在記号)**で表されます。
例
∃x(xは猫)
つまり
**「条件を満たすものがある」**ということです。
**「それが一つだけである」**ということです。
例
「この部屋にいる猫は一匹だけ」
これは
猫がいる
しかも 二匹以上はいない
という意味になります。
数学的には
その条件を満たすものは ただ一つ
ということです。
記号では
∃!x(唯一存在)と書くことがあります。
その対象が持っている特徴・条件です。
例
猫である
白い
この部屋にいる
など。
数学や論理では
P(x)
のように書きます。
つまり
「xがその条件を満たす」
という意味です。
例えば
「現在のフランス国王は禿げている」
を分析すると(ラッセル)
存在
フランス国王がいる
一意性
フランス国王は一人だけ
性質
その人は禿げている
つまり論理的には
あるxが存在して
xはフランス国王で
そのようなxは一人だけで
xは禿げている
という三つの条件になります。
「この教室のクラス委員」
という言葉を考えると
存在
クラス委員がいる
一意性
クラス委員は一人
性質
その人が○○している
という構造です。
概念
意味
存在
そういうものがある
一意性
それは一つだけ
性質
それが満たす条
**「ある対象をきちんと特定する」**ことができます。
もしよければ次に、
**なぜラッセルがこの「存在+一意性+性質」を導入したのか(記述理論の核心)**を説明します。
ここが哲学的に一番面白い部分です。
「存在しないものについての文」や「指示対象が曖昧な文」を論理的にきちんと扱うためです。
これは、彼の **記述理論(theory of descriptions)**の核心です。
例えば有名な文:
「現在のフランス国王は禿げている」
しかし、現在フランスに国王はいません。
ではこの文はどうなるでしょう?
主語が存在しない
なのに文は意味がある
真か偽か判断できるように見える
普通の文法では説明できません。
ラッセルは、この文を3つの条件に分解しました。
「現在のフランス国王は禿げている」
は論理的にはこういう意味だと言います。
存在
現在フランスの国王が存在する
一意性
フランス国王は一人だけである
性質
その人は禿げている
つまり論理式では
Copy code
x はフランス国王であり、
フランス国王は x 以外におらず、
x は禿げている
という構造になります。
ここで重要なのは
存在が最初にチェックされること
です。
今はフランス国王がいないので
存在条件 → 偽
よって文全体は
偽
になります。
つまり
文は意味がある
しかし偽
ときれいに処理できます。
ラッセルの目的は
「名前のように見える表現」を消すこと
でした。
「現在のフランス国王」
「最も高い山」
「この町の市長」
これらは
名前ではなく、隠れた論理構造
だとしたのです。
もし三つに分けないと、問題が起きます。
存在だけだと
「フランス国王が禿げている」
→ 複数いても成立してしまう
一意性だけだと
存在が保証されない
性質がないと
単なる存在主張になる
だから
存在 + 一意性 + 性質
の三つが必要になります。
ラッセルの発見は
哲学の問題を文法ではなく論理で解く
ことでした。
それまで
存在しないものをどう語るか
指示が失敗する文
は哲学の難問でした。
文を論理構造に翻訳する
ことで解決しました。
もし興味があれば、次に
なぜ Saul Kripke がラッセルを批判したのか
「固定指示子」がどこで登場するのか
も説明できます。
ここは哲学史で一番面白い流れです。
ラッセルは、文を
文法構造から、論理構造に転換し他
論理構造に分解した
名前ではなく、記述(言葉の条件)によって対象を指定することです。
例:
「ソクラテス」
→ 名前で特定
「古代ギリシャの哲学者で、プラトンの師である人物」
→ 術語(記述)で特定
ラッセルは、後者を 記述(description) と呼びます。
ラッセルはこう考えました。
私たちは日常言語で
「フランスの現在の王はハゲである」
のような文を言う。
しかし現実には
フランスに王はいない。
ではこの文は
無意味なのか
偽なのか
という問題が起きます。
そこでラッセルは、
対象を名前で指しているのではなく、
術語(条件)で指定している
と分析しました。
例えば
「フランスの現在の王」
これは論理的には次の条件になります。
フランスの現在の王が 存在する
それは 一人だけである(唯一性)
その人が ハゲである
つまり
存在
一意性
性質
の 三つの条件の組として表せる。
ラッセルの「術語で特定」とは
対象を名前で直接指すのではなく、
ある条件を満たすものとして指定すること
です。
つまり
指し方
例
名前
ソクラテス
術語(記述)
プラトンの師
ラッセルの大発見は、
記述は名前ではなく、論理構造(条件の束)である
と示したことです。
**なぜラッセルは「名前」と「記述」を区別したのか(ここが記述理論の核心)**を説明できます。
ここを理解すると クリプキとの違いも一気に見えてきます。
例えば次の文を考えます。
「現在のフランス王は禿げている」
フランスには現在王がいないので、この文は奇妙です。
もし「現在のフランス王」を名前だとすると、
名前 → 何か実在する対象を指す
ことになります。
しかし実際には指す対象が存在しません。
「現在のフランス王」は名前ではなく記述である。
つまり本当の論理形式は次のようになります。
フランス王が存在する
そのフランス王は唯一である
そのフランス王は禿げている
この三つの主張の組み合わせです。
存在が偽なので、文全体が偽になります。
これにより
存在しないものについての文
神話やフィクション
誤った記述
を論理的に扱えるようになりました。
次の文を見ます。
「明けの明星は宵の明星である」
これは
明けの明星 = 宵の明星
実際には同じ天体(金星)
ですが、この文は新しい知識を与える文です。
しかしもし両方が単なる名前なら、
a = b
つまり「a = a」
と同じ意味になってしまい、情報が増えません。
「明けの明星」=記述
「宵の明星」=記述
つまり
「朝見える最も明るい星」
「夕方見える最も明るい星」
という異なる記述が、同じ対象を指している。
だからこの文は意味のある発見になります。
ラッセルはさらに radical な主張をします。
本当の意味での名前は
「これ」
「あれ」
のような**直接知覚している対象(指示)**だけだと言いました。
普通の固有名詞
ソクラテス
アリストテレス
東京
などは実は
省略された記述
だと考えました。
「ソクラテス」
→ 「プラトンの師である哲学者」
ラッセルが名前と記述を区別した理由は次の3つです。
存在しないものを含む文を論理的に扱うため
同一性文(a=b)の情報性を説明するため
言語の論理構造を明確にするため
この区別が、彼の有名な
記述理論(theory of descriptions)
の核心です。
「なぜクリプキはラッセルに反対したのか」
(名前=記述ではないという議論)
も説明できます。
ここが現代哲学の大きな転換点です。
ラッセルの主張は次のように整理できます。
① 本来の名前(論理的固有名)
② 普通の名前(実際の言語の固有名)
ラッセルはこの二つを区別しました。
ラッセルにとって、本当の意味での名前とは、
直接対象を指す
対象を知覚によって与えられている
ものです。
例
「これ」
「あれ」
感覚与件(sense-data)
つまり
対象に直接触れている言葉です。
しかし私たちが普段使う名前、
ソクラテス
アリストテレス
ナポレオン
などは、ラッセルによると
本当の名前ではない
と考えました。
なぜかというと、
私たちはソクラテスを直接知覚していないからです。
そこでラッセルはこう考えました。
私たちが「ソクラテス」と言うとき、
本当は次のような記述を意味している。
例
プラトンの先生
古代ギリシアの哲学者
毒杯で死んだ人物
ソクラテス = そうした性質をもつ唯一の人物
という記述です。
論理的には
「ソクラテスは哲学者だ」
は実は
「プラトンの先生である唯一の人物は哲学者である」
のような構造だと考えました。
この立場では
普通の固有名は、実は省略された記述
になります。
つまり
名前 = 記述の略
という考えです。
ラッセルの目的は
存在しないものの文を説明することでした。
例
「現在のフランス王は禿げている」
フランス王は存在しません。
それでも文は意味を持つ。
これを説明するために
ラッセルは
名前ではなく記述として分析する
理論を作りました。
後に
Saul Kripke
はこれを批判します。
クリプキは
名前は記述ではない
と言いました。
もし
ソクラテス = 「プラトンの先生」
なら
「ソクラテスがプラトンの先生でない可能性」
がなくなるからです。
名前は固定指示子
という理論を出しました。
もしよければ次に、哲学で一番重要なポイントである
なぜラッセルは「名前=記述」と考えざるを得なかったのか(最大の理由)
を説明できます。
ここが記述理論の核心です。
ラッセルの主張は次のように整理できます。
① 本来の名前(論理的固有名)
② 普通の名前(実際の言語の固有名)
ラッセルはこの二つを区別しました。
ラッセルにとって、本当の意味での名前とは、
直接対象を指す
対象を知覚によって与えられている
ものです。
「これ」
「あれ」
感覚与件(sense-data)
つまり
対象に直接触れている言葉です。
しかし私たちが普段使う名前、
ソクラテス
アリストテレス
ナポレオン
などは、ラッセルによると
本当の名前ではない
と考えました。
なぜかというと、
私たちはソクラテスを直接知覚していないからです。
そこでラッセルはこう考えました。
私たちが「ソクラテス」と言うとき、
本当は次のような記述を意味している。
プラトンの先生
古代ギリシアの哲学者
毒杯で死んだ人物
つまり
ソクラテス = そうした性質をもつ唯一の人物
という記述です。
「ソクラテスは哲学者だ」
は実は
「プラトンの先生である唯一の人物は哲学者である」
のような構造だと考えました。
この立場では
普通の固有名は、実は省略された記述
になります。
つまり
名前 = 記述の略
という考えです。
ラッセルの目的は
存在しないものの文を説明することでした。
例
「現在のフランス王は禿げている」
フランス王は存在しません。
それでも文は意味を持つ。
これを説明するために
ラッセルは
名前ではなく記述として分析する
理論を作りました。
後に
Saul Kripke
はこれを批判します。
クリプキは
名前は記述ではない
と言いました。
理由:
もし
ソクラテス = 「プラトンの先生」
なら
「ソクラテスがプラトンの先生でない可能性」
がなくなるからです。
名前は固定指示子
という理論を出しました。
もしよければ次に、哲学で一番重要なポイントである
なぜラッセルは「名前=記述」と考えざるを得なかったのか(最大の理由)
を説明できます。
ここが記述理論の核心です。
ラッセルによれば、「ソクラテス」は本当の名前ではない
「アリストテレスである」
という記述
少なくとも1つのFが存在する
Fは1つだけ存在する
すべてのFはGである
ここで、(3)の「すべて」は、存在するすべてのFを指す。(1)と(2)の文は、Fを「量化する」と言われ、Fを指示したり参照したりするのではない。「FはGである」が真であるためには、3つすべてが真である必要がある。
たとえば、「現在のフランス国王ははげている」という文は、記述に対して文1が偽となるため、偽となる。
これらの3つの文は、確定記述の「論理形式」であると言える。ただし、これらは英語で示されており、ラッセルはそれらを一階述語論理の文として定式化している。
まず、ラッセルの(悪名高い)「論理的構成」を理解しようとしてください。ノートルダム大学のジェフ・スピークスは、これに関する本当に素晴らしいガイドをオンラインで提供しています。Googleで簡単に検索できます:ラッセル論理的構成
次に、参照について少し理解する必要があります。マイケル・マッキンゼーの論文「固有名詞の理解」を読むことをお勧めします。
それらの両方の概念を理解していれば、テーブルとテーブルトークに関するラッセルのアイデアを要約するのに非常に適した立場にいます。
わたくしの世界の限界である
すべては言語でできている
「プラトンの師である哲学者」というような
記述を含んでいる
ただし、両者は直接影響関係があるわけではなく、独立に似た地点に到達した思想家とよく言われます。
1. 「世界は言語(概念)で作られている」という発想
龍樹 は
大乗仏教の中観思想で **すべてのものは空である(自性がない)**と言いました。
これは簡単に言うと
物はそれ自体で固定的に存在するのではない
関係・概念・言葉によって成立している
という考えです。
世界の意味は 言語の使い方の中で成立する
と考えました(特に後期思想)。
つまり両者とも
「世界の意味は言語・概念の働きで成立する」
と考える点が似ています。
龍樹は
どんな形而上学も否定する方法をとりました。
有名なのが **四句分別(catuṣkoṭi)**です。
ある
ない
ある+ない
どちらでもない
この 全部を否定する。
つまり
真理を新しく作るのではなく
誤った思考を解体する
という方法です。
哲学の仕事は理論ではなく
言語の混乱を治療すること
つまり
龍樹
ウィトゲンシュタイン
執着した概念を壊す
言語の混乱を解く
という 治療型の哲学です。
ウィトゲンシュタインは
論理哲学論考 の最後で有名な言葉を言います。
語りえぬものについては沈黙しなければならない
つまり
言語には限界がある
ということです。
真理(空)は
概念では捉えられない
と言います。
つまり
共通点
言語は真理を完全には表せない
ここが一番似ています。
龍樹は
空の思想そのものにも執着するな
と言いました。
空に執着する者は救われない
梯子の比喩
哲学の命題は
登るための梯子
登ったら捨てる
これは
あなたが前に質問していた
仏教の 筏の比喩
ウィトゲンシュタインの 梯子
が似ている理由です。
龍樹とウィトゲンシュタインが似ている理由は
共通点
内容
言語観
世界の意味は言語・概念に依存
方法
哲学理論を作らず誤解を解く
限界
言語は真理を完全に表せない
最終目的
哲学を捨てる
つまり
哲学を使って哲学を解体する思想
なのです。
龍樹とラッセルの違い(ここが非常に面白い)
龍樹とクリプキの指示論の違い
ウィトゲンシュタインと中観の本当の違い
この3つを説明すると、
現代哲学と仏教の関係が一気に見えるのですが、続けますか?
一言でいうと、
龍樹:言語による固定的な存在理解を解体する哲学
ラッセル:言語を分析して世界を正確に記述する哲学
です。
Nāgārjuna
龍樹(2~3世紀)は、中観派仏教の哲学者です。
彼の核心は 空(śūnyatā) です。
私たちは言葉で
「原因」
「自己」
「存在」
「運動」
などを語る。
しかし、それを論理的に分析すると
固定した本質は存在しない。
物は 自分から生じるのか?
他から生じるのか?
両方から生じるのか?
どちらでもないのか?
→ すべて矛盾する。
つまり
世界の本質が矛盾しているのではなく、
言語が実体を作ってしまっている。
結論
世界は 固定した本質を持たない(空)
言語は 方便(道具)
Bertrand Russell
ラッセル(20世紀)は、分析哲学の創始者の一人です。
彼の目的は
言語を論理的に整理することで世界を正確に記述すること
です。
記述理論
例
「現在のフランス国王は禿げている」
フランスには国王がいないので、この文はおかしい。
ラッセルはこれを次のように分析しました。
この文は実は
フランス国王が存在する
フランス国王は一人だけ
その人は禿げている
という三つの主張の組み合わせ。
①が偽
→ 文は偽
つまり
問題は言語の表面にある
と考えた。
結論
世界は論理構造を持つ
言語はそれを記述できる
哲学は論理分析
龍樹
ラッセル
哲学の目的
執着を壊す
言語を明確にする
言語
実体を作る幻想
世界を記述する道具
方法
矛盾を示す(帰謬法)
論理分析
世界
空(固定本質なし)
論理構造を持つ
ゴール
解脱
明晰な知識
簡単に言うと
龍樹:言語は世界を歪める
ラッセル:言語を直せば世界が分かる
です。
しかし最近よく言われるのは
龍樹と分析哲学は意外と近い
理由
両者とも
言語を疑う
概念を分析する
両者とも
形而上学を批判する
違うのは
ラッセル
→ 正しい論理を作ろうとする
龍樹
→ すべての論理を空にする
です。
「龍樹とウィトゲンシュタインはなぜ似ているのか」
これは哲学史でもかなり深いテーマです。
実は、ラッセルよりウィトゲンシュタインの方が龍樹に近いと言われます。
夜が本番だ
昼は寝てばかり
宗教へ法華経
中論で哲学する
法華経て宗教する
法華経で宗教する
だが、論理的には疑である
やっとわかった
これは、「現在のフランスに国王はいないから」という理由で偽とすることができる
でも、
「現在のフランス王はハゲではない」はどうか?
こちらは、「現在のフランスに、ハゲている国王はいない」ということから、真であるようにも思える
これを、どう処理するか?
ラッセルの記述理論は理解できない
解らないよりいい
インターネットすらなかった時代に
小室直樹でも無理
何年かかることか
ラッセルの記述理論
ウィトゲンシュタインの論理空間
次々と理解している
面白すぎる
というより、言語が世界像を作っている
このことに世間の一般人が気づくのは至難だ
モデル:『春の雪』で聡子が清顕との恋の後に尼となる月修寺の描写に影響を与えた。
取材:三島由紀夫は1965年以来、何度もこの寺を取材で訪れている。
非公開:原則として通常は境内全体が非公開であり、観光寺院ではない。
雰囲気:茅葺の本堂や厳かな庭園は、静粛な門跡寺院の趣がある。
通常は閉ざされた山門が、小説の静かで寂しいクライマックスを彷彿とさせます
この圓照寺の庭園について、三島がどのように描写していたか詳しく知りたいですか?
三島由紀夫の小説『豊饒の海』に再三登場する「月修寺」は、圓照寺をモデルに描かれている。
夜はまだ長い
春秋戦国時代の燕京はほぼ無関係
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