仏教がわかってきた人のスレ vol.36最終更新 2026/03/21 18:251.◆JBLfMwCXhYdPUzO下記の2スレを統合😄前スレ【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】https://talk.jp/boards/psy/1759535455仏教がわかってきた人のスレ vol.35https://talk.jp/boards/psy/17540465212026/03/04 07:35:44169コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.◆JBLfMwCXhYdPUzO如来蔵思想生きとし生きるもの(衆生 しゅじょう)が皆、如来を胎内に宿しているという思想如来すなわち仏になる可能性は仏性(ぶっしょう)ともいわれるが、それがすべての生きものにそなわっているという教え(一切衆生、悉有仏性)「こんなの仏教じゃない」という人と、「これでこそ仏教だ」という人の両方がいる東アジアに広がり、日本仏教の基盤となった「仏教とはこういうものだ」と、日本では思われていた2026/03/04 07:37:003.◆JBLfMwCXhYdPUzO如来蔵思想は、日本で独自の発展を遂げた↓天台本覚思想衆生は誰でも仏になれるということ、あるいは、元から悟っているという、鎌倉~室町時代に流行し日本の仏教界に定着した思想衆生の誰もが本来、如来我・真我・仏性を具えている(本来、覚っている)が、生まれ育つと次第に世間の煩悩に塗(まみ)れ、自分が仏と同じ存在であることがわからなくなっていく・・・ということであるやがて、人間は誰もが悟っているのだから、修行する必要もなければ戒律も守る必要がない、凡夫は凡夫のままでよい、などという急進的な解釈がされるようになった「無明と共に輪廻が始まる」とする初期仏教の釈迦の教えからは遠いところに来てしまった日本では、「仏教とはこういうものだ」と思われていた2026/03/04 07:37:324.◆JBLfMwCXhYdPUzOテンプレはここまで2026/03/04 07:38:325.◆JBLfMwCXhYAftspテンプレに追加三法印「これが仏教である」という釈迦の教えのブランド・認定印のような役割を果たします。1、諸行無常(しょぎょうむじょう)この世のあらゆる現象や形成されたものは常に変化し、不変なものはないという真理。2、諸法無我(しょほうむが)すべての事象(諸法)は、互いに依存し合って存在しており、単独で不変の「自分(我)」という実体はないという真理。3、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)無常で無我な世の中(執着、欲望)から離れ、迷いが消えた「悟り」の境地は静やかな安らぎであるという真理。補足事項これに「一切皆苦(いっさいかいく:すべては苦である)」を加えて「四法印」と呼ぶこともあります。2026/03/04 14:54:476.◆JBLfMwCXhYAftsp八正道正見(しょうけん): 正しい見解。四諦を理解し、偏見なく真理を見ること正思惟(しょうしゆい): 正しい考え。欲望や怒り、害意を離れた思いを持つこと正語(しょうご): 正しい言葉。嘘、誹謗中傷、陰口、無駄話をしないこと正業(しょうごう): 正しい行い。人に迷惑をかけず、殺生や盗みなどをしないこと正命(しょうみょう): 正しい生活。規則正しく健全な職業や生活を送ること正精進(しょうしょうじん): 正しい努力。怠らず、正しい道を歩む努力をすること正念(しょうねん): 正しい気づき。常に理性的な心を保ち、今に集中すること正定(しょうじょう): 正しい精神統一。瞑想などを通じ、心を安定させること2026/03/04 14:58:067.◆JBLfMwCXhYAftsp改めて、テンプレは以上2026/03/04 14:58:218.◆JBLfMwCXhYAftspこれを忘れてた初期仏教の根本教義 四諦(したい)苦諦(くたい)生きることは本質的に苦である。一切皆苦生きるということは、苦を背負って日々を過ごすことだ。どこかに心優しい神様がいて手をさしのべて救済してくれるようなことは絶対にない。集諦(じったい)あらゆる出来事は必ず何らかの原因によって起こる。苦の原因は煩悩である。満足が得られないから、苦しくなっていく。滅諦(めったい)煩悩を消すことで苦が滅する。この世で起こっているものはすべてうつろう。諸行無常現実をありのままに受け入れ、その世界に耐えるべく、自分の価値観・世界観を変えていく。この世の一切の事物は自分のものではないと自覚する。道諦(どうたい)煩悩をなくし、悟りを得るための八正道を実践する。2026/03/04 14:59:099.神も仏も名無しさんl71IL臨済宗ネタをマジメにまー仕事していると以前の感覚とは違うんだな疲労していても呼吸一つで目の前の感覚が極めてシャープで脳汁も出るまー目の前のリアルな感覚なので如実知見の内ではあるデンパパ🛸芸能やハッスル芸能🤡ニワカな時のロンをみると禅は如実知見とは無関係に見えるが😱2026/03/04 18:53:1310.神も仏も名無しさんl71IL野蛮な仕事での格闘芸能はメンタル豆腐なので臨済宗しかチョイスがない他だとパワー不足、野蛮な仕事には😃2026/03/04 18:54:4411.◆JBLfMwCXhY7FGHf前スレ完走😄2026/03/04 19:53:4712.神も仏も名無しさんXposf「共同幻想論」は家にある現在思想の本は読まずに書庫に眠る😃2026/03/04 20:43:2613.◆JBLfMwCXhY7FGHfいま思うと、唯識論に似た世界観だった😅2026/03/04 20:47:4914.神も仏も名無しさんXposf唯識とセットでソシュールをベースに社会科学の一般理論構築のヒントでもあったそれは😃2026/03/04 20:53:0115.神も仏も名無しさんXposf浅田の本は買ってないなー😃2026/03/04 20:54:0916.神も仏も名無しさんXposfラカンとか、デリダとかも買わなかったな😃2026/03/04 20:54:4417.◆JBLfMwCXhYAftspソシュールは中観派っぽいな😆2026/03/04 20:56:0118.神も仏も名無しさんXposfサルトル、ハイデッカーは関心なかったまーそもそも西欧哲学は古本で安いのを買って溜め込むのが好きだっただけだ、😃2026/03/04 20:56:2219.◆JBLfMwCXhYAftsp唯識派っぽくもある大乗ということか2026/03/04 20:56:2920.◆JBLfMwCXhYAftsp>>18まあ、読む必要はないと思われ2026/03/04 20:56:5021.神も仏も名無しさんXposfハッスル様はハイデッカー、サルトル好きだな?😃2026/03/04 20:57:3122.神も仏も名無しさんXposf単に岩波文庫の古本の哲学書を買うのが趣味だった捨てずにお家の書庫にある😃2026/03/04 20:58:5023.◆JBLfMwCXhYAftspハッスル様は実存主義か😫2026/03/04 20:59:4524.神も仏も名無しさんXposfJBLほど西欧哲学は無知に近いソシュール以降しか関心がない😃2026/03/04 20:59:4925.神も仏も名無しさんXposf何の哲学書を勝っていたのか買っただけなので何があるのかすら覚えてない😃2026/03/04 21:00:5626.神も仏も名無しさんqboWR威張るハッスル🤡の宿題無縁だ😱https://m.youtube.com/watch?v=BlCM3B-W4u0&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D2026/03/05 06:57:2727.神も仏も名無しさんHOmdkハッスルは自動的に威張りたい自動的に褒められたい😱2026/03/05 07:23:5028.神も仏も名無しさんHOmdk唯識のスタイルの解釈が改めて理解てきたやはり、横着しているので、唯識に気づいていないことが多い、禅サイドなんかにいるから、余計だね?😃https://m.youtube.com/shorts/-cQEHzCj8eE2026/03/05 07:32:1629.神も仏も名無しさんHOmdk不立文字の楽園にいるとこういう唯識の視点に鈍くなる😃2026/03/05 07:34:0530.神も仏も名無しさんHOmdkこの唯識から中国天台の志向スタイルも以前から少し理解てきたやはり、JBLにわかりやすく言うと華厳真言密教のスタイルの感覚のほうが馴染みが濃いのだ😃2026/03/05 07:35:4131.◆JBLfMwCXhYFFkVL釈尊の徳について世間解の釈尊でも、他人の思考を知るためには尋ねる必要があるとスマナサーラ長老から解説がありました。ただ、釈尊は他心知でもあるため、他人の心所および思考を神通で把握できると思います(参考:『ブッダの実践心理学第7巻』pp.144~145)。釈尊は相手をびっくりさせないよう神通で把握済のことでも本人へ尋ねる形をとり、長老は世間解が全知全能と異なることを強調するため前述の発言をなさったのかと思いますが、この点について詳しくご教授賜りたくお願い申し上げます。2026/03/05 08:23:1132.◆JBLfMwCXhYFFkVLなるほどね~😆2026/03/05 08:23:3533.◆JBLfMwCXhYFFkVL唯識三十頌の解説動画は貴重だな2026/03/05 08:28:4234.◆JBLfMwCXhYFFkVL禅宗とは、かなりノリが違うからな~😆2026/03/05 08:29:0935.神も仏も名無しさんe6jiPあらためて唯識の四智からの逆算読みが解ってきた😃2026/03/05 08:53:2736.◆JBLfMwCXhY0cdd2善い種子を薫習するそれが重要だ2026/03/05 11:30:2337.神も仏も名無しさんQKOPv最後の章は利他のやり方まーまー論理的かつ神秘的に唯識は利他やるんやなーと😃臨済宗なら超直観的、超瞬間的、超平凡的に😃2026/03/05 11:32:4038.◆JBLfMwCXhY0cdd2まあ、唯識派は大乗仏教に分類されるけどほぼ、小乗に近いな2026/03/05 11:33:4139.◆JBLfMwCXhY0cdd2倶舎論と唯識論は、よく似ている中観派が異質2026/03/05 11:33:5940.◆JBLfMwCXhY0cdd2ハッスル軍団は中観派が大好きだなかなり歪めてはいるものの2026/03/05 11:34:3741.神も仏も名無しさんQKOPv西欧哲学が混ぜたイミフなのでガンバってるな?😮2026/03/05 11:39:5942.◆JBLfMwCXhYFFkVL西洋の哲学やスピリチュアルが混ざりすぎだ😫彼らには、それらを識別する能力もない2026/03/05 11:45:5443.神も仏も名無しさんQKOPvNO1はデンパパスレで連投しているな?😃2026/03/05 12:01:4544.◆JBLfMwCXhY0cdd2>>43せっかく、新スレを立てたのに変なイミフレスで埋められてたな?😫2026/03/05 12:03:1645.神も仏も名無しさんQKOPv互いにヤツラはライバルだからな?😃2026/03/05 12:11:1146.◆JBLfMwCXhY0cdd2ハッスル師匠が置き去りにされてるな😭2026/03/05 12:12:4247.神も仏も名無しさんQKOPvもー誰も、俺以外は振り向いてもらえないハッスル🤡しかし、野蛮な仕事過ぎて臨済宗しか使えんとは?😱僧侶なら、ナンデモいけそうだ禁欲は保障しかねるが😱2026/03/05 12:21:4048.◆JBLfMwCXhY0cdd2臨済宗は、野蛮な仕事で使えるのか?2026/03/05 12:22:3349.神も仏も名無しさん2iH4V江戸を火の海にしたい西郷と遊べるよーなクレイジーな発想がある😃2026/03/05 19:07:3650.◆JBLfMwCXhYLjkRf山岡鉄舟だな😆2026/03/05 19:10:4751.神も仏も名無しさんe6jiPシャバての瞬間の判断力とか読みと勘がさえるとかある最近は体調不良すらコントロールてきるので、なんとなくわからんでもない、高僧レベルがあの世へ行く日を決めれるとか一回臨終の後一瞬だけ起きあがって再び臨終とか立ったままあの世へ行くとか荒業やりおるからなー😃2026/03/05 19:26:4252.◆JBLfMwCXhYFFkVL確かに高僧ならできるかもな😆2026/03/05 19:29:3153.◆JBLfMwCXhYFFkVL滅多にいないだろうが、本当に凄いレベルに達する人はいるだろう2026/03/05 19:30:0554.神も仏も名無しさんe6jiP師匠の親父は臨終の後の蘇り一瞬芸やった😃2026/03/05 19:35:4355.神も仏も名無しさんe6jiP山岡鉄舟も死ぬ日を予定宣言通りだったような気がする記憶が曖昧だが😃2026/03/05 19:36:3856.◆JBLfMwCXhYHTZo8『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』は、鎌倉時代に道元禅師が著した、正しい座禅の作法と精神を説いた入門書・推奨書です。修行の目的を「悟り」そのもの(修証一等)とし、文字や知識を離れて、ただひたすらに坐る「只管打坐(しかんたざ)」の教えを、誰にでも分かりやすく勧めています。2026/03/06 08:01:1557.◆JBLfMwCXhYHTZo81. 成立と背景著者・時代: 曹洞宗の開祖・道元が1227年に宋から帰国後、最初に著した書籍(1巻)。目的: 宗派を問わず、全ての人が正しく坐禅を行い、仏の悟りを体験できるようにするため。2026/03/06 08:01:2958.◆JBLfMwCXhYHTZo82. 核心的な教え(真髄)「坐禅は習禅に非ず」: 座禅は悟りを得るための手段(修行)ではなく、坐ること自体が悟りの姿(自受用三昧)である。「只管打坐(しかんたざ)」: 悟りを求めず、計算や迷いを捨て、ただひたすらに座る。「修証一等(しゅしょういっとう)」: 座禅することと、仏の悟りは一つである。2026/03/06 08:01:4059.◆JBLfMwCXhYHTZo83. 座禅の作法(調身・調息・調心)場所・食事: 静かな部屋を選び、食事は節度を持ち、世間の雑事を忘れる。調身(姿勢): 厚い座布団(蒲団)を用い、結跏趺坐(けっかふざ)または半跏趺坐(はんかふざ)で組む。背筋を伸ばし、顎を引く。調息・調心(呼吸と心): 目は軽く開けて前方を向き、口は閉じ、鼻でゆっくりと深く呼吸する。心の中で「これからどうなるか」といった思惑を止め、意識を無にする。動作: 坐るときは体を左右に揺らして整え、終わる時はゆっくりと身を動かして静かに立つ。2026/03/06 08:02:0060.◆JBLfMwCXhYHTZo84. 意義日頃の迷いや妄想から離れ、本来の自分を取り戻す「安楽の法門」とされている。道元はこの書の中で、坐禅の姿勢や心得を具体的に示し、修行者に対し「ただ坐る」ことの尊さを強調しました。2026/03/06 08:02:1261.◆JBLfMwCXhYUALNs「坐禅箴(ざぜんしん)」は、道元禅師が『正法眼蔵』(第12巻)で、坐禅の真髄を箴(いましめ・鍼)として説いた教えです。ただひたすら坐る「只管打坐」の精神を重んじ、仏の姿を体現する修行として、姿勢や心構えを箴言(鍼)のように鋭く示しています。2026/03/06 14:57:3362.◆JBLfMwCXhYUALNs坐禅箴のポイント「箴」の由来:鍼灸の針のように、坐禅の心構えの急所を突く(いましめる)という意味。内容:坐禅は何かになるための手段ではなく、坐る姿そのものが「仏の姿」であり「悟り」であるとする。曹洞宗の核:道元が曹洞宗の修行における坐禅の重要性を説いた、本流の教えの一つ。2026/03/06 14:57:5063.◆JBLfMwCXhYUALNs坐禅は、呼吸を整え、姿勢を維持することで心身ともにリラックスする効果があるとされ、一般的には10~15分程度を目安に行われます。2026/03/06 14:58:0564.◆JBLfMwCXhYUALNs867 神も仏も名無しさん [sage] 2026/03/06(金) 13:18:47.18 ID:Y3Mj5あ、できれば普勧坐禅儀と坐禅箴は古文の道元禅師が書かれたとされてるものを読んでください現代語訳だと訳者のバイアスがひどいものがりますので笑2026/03/06 14:58:3665.神も仏も名無しさんk6jGR俺はかなり曹洞宗のプロになった去年までは真言密教のほうがアドバンテージ高かったんだが😃2026/03/06 19:41:5066.神も仏も名無しさんk6jGR面壁の坐禅の間合いは土曜日の自然なトレーニングで仕上がっているだろう普段も面壁はやらないけどなー😃2026/03/06 19:43:3467.◆JBLfMwCXhYVxUQ6>>65なんだ前は曹洞宗がメインじゃなかったのか2026/03/06 20:30:1768.神も仏も名無しさんk6jGR昔、高野山行きまくって、高野山真言宗の寺院の僧侶と信者がメインに近い、禅定的には😃2026/03/06 20:56:2369.神も仏も名無しさんk6jGR仕事疲労の後の休日に回復力が曹洞宗寺院でやらるようになった😃2026/03/06 21:14:1570.神も仏も名無しさんk6jGR曹洞宗は禅定を得てもパワー不足、まだポイント認識が甘い部分があった😃2026/03/06 21:16:1171.◆JBLfMwCXhYbwh1Bやはり、曹洞宗だな😆2026/03/06 21:21:3572.神も仏も名無しさんk6jGR仕事日は臨済宗の鬼だ😃2026/03/06 21:22:4273.神も仏も名無しさんk6jGR仕事日はオメメガン開き技多用https://m.youtube.com/shorts/cjEngBelxNw2026/03/06 21:24:5274.◆JBLfMwCXhY8n4l9仕事日は臨済宗休日は曹洞宗なのか😆2026/03/07 06:36:0875.パーリーenkQb両刀使いだな‼️2026/03/07 08:51:5076.神も仏も名無しさんT8UzA今回の休日は色々イレギュラー予定があって曹洞宗は無しだな、真言密教を少し模索していたデンパパ👽が基本関心がゼロなゾーンの世界だ😃2026/03/07 09:03:1477.神も仏も名無しさんT8UzA昨夜から酷いイレギュラーを食らっていた仕事以外の😫2026/03/07 09:04:1378.神も仏も名無しさんT8UzA酷いイレギュラーがあった割には疲れていない😃2026/03/07 09:04:5579.神も仏も名無しさんT8UzA睡眠はしっかり取れた😃2026/03/07 09:05:2880.神も仏も名無しさんT8UzA今回の休日はフィールドワールドゼロで家で探求ばかりだな今の探求テーマは如何にも大乗仏教とは?の実践論みたいな模索😃2026/03/07 09:07:0981.神も仏も名無しさんT8UzA大乗仏教をやっている割に意外に深掘りしてなかったテーマ取り敢えず正統派瞑想仏教は大方模索終了あとは魔改造山伏念仏?😃2026/03/07 09:08:2082.◆JBLfMwCXhYQDWOq山伏念仏を魔改造するのか?😆2026/03/07 14:17:5283.神も仏も名無しさんT8UzA>>82ノリ的にはデンパパ的アイ・アム😫2026/03/07 15:33:1584.神も仏も名無しさんYuWodJBLの仏教知識の成長によりポワマン氏もお喜びである😃2026/03/07 16:44:2785.◆JBLfMwCXhYptdDO最近は、天台教学や真言密教へと芸域を広げつつある😆2026/03/07 16:46:4886.神も仏も名無しさんYuWodその辺だな😃2026/03/07 16:59:0287.神も仏も名無しさんYuWod昼寝よあとはキリスト教、イスラーム、神道、天理教を模索した😃一神教や神道は善なるものへの意識が高い系統やからなー😃2026/03/07 17:01:0188.神も仏も名無しさんYuWodクルアーンの不信仰はシリアのアサドやらイスラーム国の連中のイメージをしながら読むと意外に明瞭になるのか不思議?😃2026/03/07 17:06:0589.神も仏も名無しさんYuWod偽善のイスラーム者を想定して読むとなるほど感が出る不思議新約聖書も割合ダメな既存の聖職者をイメージしながら読むと割合符号している時がたまにある😃2026/03/07 17:09:4390.◆JBLfMwCXhYfmV1Xイスラエルとイランの戦争に、世界が巻き込まれている😫2026/03/08 09:07:2091.神も仏も名無しさんqKyh9トランプは支持率上がると思っているがアメリカの物価高騰する可能性のほうが高い😫2026/03/08 11:17:1592.神も仏も名無しさんqKyh9トランプ支持率、選挙に勝つプランとアメリカ石油が売りやすい軍需産業が儲けて景気回復というトランプ夢プランが主題の戦争だろな😱2026/03/08 11:18:5093.坐禅4WIqwこの底意地の悪いボンクラどもが。自分を捨てて坐禅する。やりたい事も欲しい物も無い。人生解決。2026/03/08 12:12:5894.神も仏も名無しさん4WIqw高知能型サイコパスが思ったこと。この底意地の悪いボンクラどもが。自分を捨てて坐禅する。やりたい事も欲しい物も無い。人生解決。2026/03/08 21:42:5995.坐禅dVpMz高知能型サイコパスが思ったこと。この底意地の悪いボンクラどもが。自分を捨てて坐禅する。やりたい事も欲しい物も無い。人生解決。2026/03/09 20:05:5296.◆JBLfMwCXhYI9LhJ仏教でいう「輪廻転生」とは何なのかを、明確にしておかないといけない2026/03/11 15:35:2497.◆JBLfMwCXhYI9LhJそれは、三界六道(①地獄、②餓鬼、③畜生、④阿修羅、⑤人間、⑥天人)を繰り返し生まれたり死んだりすることをいう2026/03/11 15:35:5098.◆JBLfMwCXhYI9LhJ三界六道の上には、「四聖」がある四聖(⑦声聞・⑧縁覚・⑨菩薩・⑩仏)2026/03/11 15:36:2799.◆JBLfMwCXhYI9LhJ四聖については、「輪廻転生」とは言わない2026/03/11 15:36:45100.◆JBLfMwCXhYI9LhJ輪廻転生は、三界六道の住人が対象四聖は対象外2026/03/11 15:37:26101.◆JBLfMwCXhYI9LhJ菩薩が衆生を救済するため、この世に下生することそれを「輪廻転生」とは言わない2026/03/11 15:39:18102.◆JBLfMwCXhYI9LhJ高橋信次や大川隆法によると、天界の上層には「菩薩界」や「如来界」があってそこでも魂が輪廻転生を続けてるらしいのだがそれは仏教的にはおかしい2026/03/11 15:41:28103.◆JBLfMwCXhYI9LhJ仏教では、「輪廻転生している」というのは「迷っている」というのと、ほぼ同義2026/03/11 15:42:25104.◆JBLfMwCXhYI9LhJ「ボクは、この世での魂修行を通じて、永遠に霊的な進化を続けていくぞ」というのは、現代のスピリチュアリズムの考え方2026/03/11 15:43:50105.◆JBLfMwCXhYI9LhJ輪廻転生ってものを夢のある、前向きな話と受け止めるのは現代のスピリチュアル思想2026/03/11 15:44:43106.◆JBLfMwCXhYI9LhJ現代人は、年々、テクノロジーが進化して野蛮な土人が減って、洗練された文明人が増えていくのを目の当たりにして生きているが古代人はそうではない2026/03/11 15:46:35107.◆JBLfMwCXhYI9LhJ古代人は、何十年か生きていても技術革新など滅多になく世の中にほとんど変化はなかった2026/03/11 15:47:11108.◆JBLfMwCXhYI9LhJ古代人にとって、時間とは過去から未来に向かって、一直線に進むものではなかった朝→昼→夕→夜→朝→・・・春→夏→秋→冬→春→・・・グルグル回るものだった2026/03/11 15:48:45109.◆JBLfMwCXhYI9LhJ古代ギリシャ哲学では、時間とは永遠にグルグル循環するものだったそれが、古代人の世界観だったそれを現代に復活しようとしたのが、ニーチェの「永劫回帰」の哲学だ2026/03/11 15:50:56110.◆JBLfMwCXhYI9LhJ話が脱線したが現代人は、「生まれ変わって、また新たな人生を送る」というと「夢みたいな話だな。この人は夢想家のファンタジー野郎なんだな」と思うのが普通だが古代インド人にとっては悪夢だった2026/03/11 15:55:33111.坐禅pIcH0もうすぐ薄汚くて野蛮だった時代は終わり真っ白に完全滅菌された超合理化社会がやって来る。この超合理化社会では、スポーツ、音楽、交友、恋愛などの情動を揺さぶる類いの行為は全てケガレであると断じられる。この社会に順応するには各個人が毎日坐禅して生活及び人生の合理化を徹底するしか術がない。もちろん、少子化は更に加速する。輩(やから)「馬鹿野郎!こんな退屈な世の中にしやがってどうしてくれるんだ!俺たちの老後はどうなるんだ!」2026/03/12 19:40:00112.◆JBLfMwCXhYafzKD『華厳経』は、すべての衆生に仏の知恵(如来蔵)が内在するという「如来蔵思想」を、法界縁起(無尽縁起)の根幹に取り入れている。特に「性起経」は、如来の功徳が衆生の中に性(本性)として生じていると説き、自己の心=宇宙の真理(一即一切)として、現実のままに仏の悟りを完成させる世界観を示す。2026/03/12 20:32:40113.◆JBLfMwCXhYafzKD如来蔵思想と華厳経の関連性起(しょうき)思想:華厳経の重要な一品である『宝王如来性起品』は、如来蔵思想と親和性が高い。これは、如来の知恵や徳が「本性」として衆生の内側に、自然に顕現する(性起)ことを説く。 ECHO-LAB一即一切・一切即一:如来蔵の普遍性を宇宙全体に拡張した思想。毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)の智慧の光がすべてを照らし、個々の存在が互いに重なり合って無尽の縁起(法界縁起)をなすと説く。唯心(ゆいしん):華厳経では、「心は工なる画師の如し」として、すべての現実(世界)は自分自身の心が描き出したもの(唯心)と説き、自己の心の中に無限の可能性(如来蔵)を見出す。2026/03/12 20:33:04114.◆JBLfMwCXhYafzKD宝王如来性起品(ほうおうにょらいしょうきほん)は、『華厳経』の一部で、仏の真実の性質(法身)がこの世に現れる「性起(しょうき)」の思想を説く主要な品です。この世の全現象は仏の体(性)から必然的に現れる(起)という本質的な救いや悟りを説き、如来蔵思想とも深く関連しています。2026/03/12 20:33:53115.◆JBLfMwCXhYafzKD宝王如来性起品の概要構成・由来:『六十華厳』(仏駄跋陀羅訳)の第32章として収録されており、もともとは独立した経典『性起経』が組み込まれたものと言われています。内容:如来の興顕因縁:如来(仏)がこの世に現れる10の因縁。菩薩の気づき:如来の教えを菩薩たちがどのように理解・自覚するか。「性起」の思想:仏の本性(性)から諸現象が必然的に現れ出る(起)という意味。悟りや神聖なものが、この世(輪廻の世界)においてそのまま現れているという、華厳宗の根本的な教えです。関連思想:「法身」の概念が中心的に扱われており、如来蔵思想や法性(ほうしょう)からの起立が説かれます。2026/03/12 20:34:11116.◆JBLfMwCXhYafzKD類義・別称(関連する言葉)性起(しょうき):仏の心性から自然に徳が現れること。如来興顕経(にょらいこうけんきょう):宝王如来性起品の別訳、あるいは関連する異本。如来蔵:性起思想を基礎づける、すべての存在が持つ仏の性質。この教えは、現実世界そのものが仏の現れであり、すべての修行や存在が仏の体そのものであるという、円満な世界観を提示しています。2026/03/12 20:34:23117.神も仏も名無しさんPz6p8漸悟の華厳はやはり如来蔵になるな😃空海の即身成仏の頓悟となれば如来蔵みたいな浄化というよりも即身成仏なので如来蔵とは言えなくなるだろな😃2026/03/12 20:34:56118.◆JBLfMwCXhYafzKDなるほど華厳経に「性起品」ってのがあるのか2026/03/12 20:35:14119.◆JBLfMwCXhYafzKD知らんかった😅2026/03/12 20:35:35120.◆JBLfMwCXhYafzKD>>117即身成仏義は、如来蔵を超えてるな~😆2026/03/12 20:35:57121.神も仏も名無しさんPz6p8俺のそのまんまの善財童子ていうのもある俺は器用だからなー正統派瞑想仏教は仕事日休日無関係に探求できるチベット密教だけは沼るので、あえてやらない😃2026/03/12 20:37:29122.神も仏も名無しさんPz6p8善財童子の世界は俺の存在を証明している😃2026/03/12 20:38:34123.◆JBLfMwCXhYafzKD善財童子か😆十地品と並ぶ、華厳経のエッセンス2026/03/12 20:48:01124.神も仏も名無しさんPz6p8いっぱいきけてーいっぱいまなべる〜〜♬😃2026/03/12 20:50:39125.◆JBLfMwCXhYafzKDウンコ聖師もここで学べばいいのにな~😆2026/03/12 20:52:35126.神も仏も名無しさんPz6p8ハッスルはいっぱい読んで〜いっぱい誤読する〜〜😱2026/03/12 20:52:39127.◆JBLfMwCXhYafzKDダメだ、そりゃ~😱2026/03/12 20:53:08128.パーリーlM9XDAI『華厳経』における「如来」とは、具体的には毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)を指します。この経典では、毘盧遮那仏は単なる歴史上の人物ではなく、≪宇宙の真理そのもの(法身)≫として描かれています。すべての衆生の心の中に、この宇宙の智慧がすでに備わっているというのが、ご提示いただいた「如来蔵」や「性起(しょうき)」の考え方です。2026/03/12 20:55:04129.◆JBLfMwCXhYafzKD如来=毘盧遮那仏なのか~😆2026/03/12 20:56:32130.パーリーcpluIなんだ知らなかったのか?そんな気がして調べたんよね2026/03/12 21:09:33131.パーリーcpluI『華厳経』の教えにおいて、**毘盧遮那仏(如来)と私たちの心は、単なる「信じる対象」ではなく、「本質的に同一である」**という極めてダイナミックな関係にあります。このつながりを理解するための3つのポイントを解説します。1. 「太陽」と「光」の関係毘盧遮那仏(Vairocana)の名前は、サンスクリット語で**「遍く(あまねく)照らす者」**を意味します。毘盧遮那仏 = 太陽(宇宙の真理そのもの)衆生の心 = 光(太陽から発せられ、万物を照らす力)太陽の光が地上の隅々まで届くように、如来の智慧(光)は、修行をしていない凡夫の心の奥底にも、すでに届き、満ち溢れていると考えます。2. 性起(しょうき):内側から溢れ出す悟りご質問にある「性起」とは、**「如来の本性(性)が、そのまま現れ出る(起)」**という意味です。通常、修行は「汚れた心を浄めて仏に近づく」と考えがちですが、華厳経では**「すでに心の中に如来が完成されており、それが縁に従って現れ出ているだけだ」**と捉えます。つまり、あなたの心は「仏になる候補」ではなく、**「今この瞬間も、宇宙の真理(毘盧遮那仏)が活動している現場」**そのものなのです。3. 一即一切(いっそくいっさい):ミクロとマクロの融合「一即一切」の世界観では、一つの微塵(ミクロ)の中に全宇宙(マクロ)が含まれると説かれます。これを心に当てはめると、**「個人の一瞬の心(一)」が、そのまま「宇宙の根本仏である毘盧遮那仏(一切)」**となります。東大寺の大仏(盧舎那仏)が巨大なのは、この「宇宙規模の広がりを持つ私たちの心」を視覚的に表現するためでもあります。このように、華厳経では「私」という存在を、宇宙の真理と切り離された小さな個体としてではなく、毘盧遮那仏という巨大な生命(真理)の一部、あるいはその現れとして肯定的に捉えます。この「自分の中に宇宙がある」という感覚を象徴する東大寺の大仏(蓮華蔵世界)の構造についても興味がありますか?2026/03/12 21:12:10132.神も仏も名無しさんPz6p8デンパパ📶セイジン解釈混入にご注意、倶舎論でアウトな😱👽2026/03/12 21:16:06133.坐禅pIcH0高知能型サイコパスの私は坐禅する。表の善良な人格だけで生活する。裏の邪悪な人格は封印する。2026/03/12 21:53:00134.パーリーcpluI>>132でーおーのよりAIのが正確だろ‼️2026/03/12 22:13:33135.神も仏も名無しさんPz6p8デンパパ📶レス自体が信用ならん👽2026/03/12 22:27:29136.神も仏も名無しさんPz6p8デンパパセイジン👽仏教教義を尊重せる意思がない🛸〜〜〜2026/03/12 22:28:29137.パーリーSkSTNでオーよ❗お前AIに喧嘩売ってるのか⁉️↓これだな、まるでhttps://youtube.com/shorts/gCuFXzdnhA4?si=dk-iKnZ7c9v4_Doy2026/03/12 23:53:20138.パーリーSkSTNでオーの仏教教義てどの仏教だよ⁉️2026/03/12 23:54:02139.パーリーSkSTNおまえのは仏教教義のサラダボール状態でしょ‼️2026/03/12 23:54:45140.パーリーSkSTNあらゆる宗派をごっちゃに並べて今日はどれにしようかな⁉️神様の言うう通り‼️もう神仏混合のごちゃごちゃだろ2026/03/12 23:57:04141.パーリーSkSTNおれはシンプル❗原始仏教→ヨガこの親和性がある組合せだからな‼️2026/03/12 23:58:05142.神も仏も名無しさんjUs29デンパパセイジン👽オイカリダナ👽2026/03/13 05:09:57143.坐禅x8Y3m高知能型サイコパスは永続利益を追求する為に自分を捨てて坐禅する。2026/03/13 09:24:23144.◆JBLfMwCXhYHk5pL>>141倶舎論・中論・唯識論はスルー?2026/03/13 09:46:31145.神も仏も名無しさんjUs29原始仏教もスルーだろ👽ハッスルはとにかくもJBLに対抗心燃やしていそうだな?😃2026/03/13 10:13:06146.パーリーcOtKg何で対抗心燃やすんだよ⁉️JBLさんは有用な情報を与えて下さるお方だよ‼️2026/03/13 15:30:01147.パーリーcOtKg>>144ああ~唯識はあるね現行実践的な意味でなくて後付け的な意味で例えばマナ識の転識で平等性智が得られるとか何故?平等なのか⁉️とかどういう学びはあるでもじゃあ、どうやったら?そうなるのぉ‼️ってところは初期仏教やヨガや一部密教の行が実践では有用であってだな凡夫心から第四禅定までが初期仏教ここまでが禅の悟りの前行で大悟へは密教大悟から阿羅漢~ニルバーナ・サマディーここまでは、ヨガだって、密教ってさ神通力的なのはまだ個人の努力で廃れて射ないけど実質的な即身成仏は、行法は残ってても、実際の成仏は出来ていないでしょだから空海は、この現代へ展性して、ヒマラヤヨガに縁をもらって、サンカルパ・ヨガのクリヤヨガのクンバカでニルバーナ・サマディーへ漸くにして、入れたんですよ‼️だから、現代に於ては大悟からは、ヨガの知識のガイド無くしては、アストラルのニルバーナには入れないし、途中の過程すらも説明も出来ないのですね‼️2026/03/13 15:48:09148.パーリーcOtKg『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の第4章(サマーディ/三昧について)を中心に、ナーダ音やビンドゥについて非常に詳しく記述されています。ナーダ音(内なる音)について第4章の核心: この章の後半は「ナーダ・アヌサンダーナ(音への集中)」という技法に多くが割かれています。聞こえ方: 外側の音を遮断して瞑想を深めると、右耳の奥から「海の音」「雷の音」「鐘の音」「笛の音」など、段階的に異なる神秘的な音が聞こえてくると説明されています。目的: この微細な音(アナハタ・ナーダ)に心を集中し続けることで、心(マナス)が静まり、最終的に宇宙の根源的な静寂へと溶け込んでいくとされています。ビンドゥ(点・精髄)についてエネルギーの保持: ビンドゥは「点」や「滴」を意味し、生命エネルギーの凝縮されたものとして語られます。位置と流れ: 体内の頭部(月)にあると考えられており、それが下に漏れ出すと老化や死に向かうため、「ムドラー」(印)などの技法を使って逆流させ、体内に留める方法が説かれています。光のイメージ: 瞑想の実践において、眉間のあたり(アージュニャー・チャクラ)に輝く小さな光の点として意識されることもありますこの本は、単なるストレッチとしてのヨガではなく、こうした音や光、体内のエネルギー(クンダリニーなど)を操ることで、精神を極限まで高める方法を記した、かなり専門的な「マニュアル」といえます。2026/03/13 15:53:28149.パーリーcOtKghttp://yoga-bija.jp/http://yoga-bija.jp/hatayogayogabija20231016『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』第4章1節/ナーダとビンドゥとカラーであるシヴァ神2026/03/13 16:05:10150.パーリーlRlgw眉間の「光の点」としてのビンドゥ(Bindu)は、ヨガやタントラの伝統において非常に重要なシンボルであり、いくつかの古典的な聖典や解説書で言及されています。『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』以外で、この概念について触れている主な書物は以下の通りです。1. ヨーガ・シカー・ウパニシャッド (Yogaśikhā Upaniṣad)この経典では、身体を小宇宙に見立てる中で「ナーダ(音)」と「ビンドゥ(点)」がセットで語られます。特に瞑想(ディヤーナ)のプロセスにおいて、眉間のチャクラ(アージュニャー・チャクラ)周辺に現れる微細な光の点としてのビンドゥが観想の対象となります。2. ゲーランダ・サンヒター (Gheranda Samhita)ハタ・ヨガの三大経典の一つです。第6章の「瞑想(ディヤーナ)」の項目において、自己の内部に輝く光(ビンドゥ)を観想する技法が記されています。ここでは、特定のムドラー(印)を用いて、眉間に集中することで光の体験を得るプロセスが示唆されています。3. シヴァ・サンヒター (Shiva Samhita)これもハタ・ヨガの重要経典です。眉間のアージュニャー・チャクラを「二つの花弁を持つ蓮」として描き、その中心に輝く光や、解脱への入り口としてのビンドゥについて言及しています。集中を高めることで、その点が無限の宇宙の源に見えてくると説かれます。4. ロイヤル・パス(スワミ・ラーマ 著)現代の書籍ですが、ヒマラヤのヨガの伝統を引くスワミ・ラーマは、著書『The Royal Path』の中で「ビンドゥ・ベーダナ(点の貫通)」という技法について解説しています。眉間に透明な真珠のような光の点(ビンドゥ)を視覚化し、それを頭頂(サハスラーラ)へと移動させる瞑想法について具体的に述べています。ビンドゥの捉え方の違い眉間のビンドゥ: 意識の集中点、または「第三の目」の開眼に伴う光として描かれます。後頭部のビンドゥ: 『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』でも触れられる、不老不死の蜜(アムリタ)が滴る場所(ビンドゥ・ヴィサルガ)として描かれます。これらの書物は、単に知識として読むだけでなく、瞑想の実践ガイドとして使われることが多いのが特徴です。2026/03/13 16:20:37151.パーリーlRlgwはい、まさにその通りです。パラマハンサ・ヨガナンダ大師が説く「クータスタ(Kutastha)」のビジョンと、古典的な「ビンドゥ(Bindu)」の概念は本質的に深く関係しています。ヨガナンダ大師の教えにおいて、瞑想中に眉間の奥に見える光は「霊眼(Spiritual Eye)」と呼ばれ、その中心にある白い五角星がまさに究極の集中点であるビンドゥに相当します。両者の関係性を整理すると以下のようになります。1. 霊眼(クータスタ)の三層構造ヨガナンダ大師の伝統(セルフ・リアリゼーション・フェローシップなど)では、瞑想が深まると眉間に以下の三色の光が見えるとされています。外側の黄金の輪: 聖霊(宇宙エネルギー/AUM)を象徴します。内側の乳白色を帯びた青い円: キリスト意識(クータスタ・チャイタニヤ)を象徴します。中心の白い星:宇宙意識(至高の父)を象徴しており、これがヨガの古典でいう「ビンドゥ(究極の点)」にあたります。2. ラヒリ・マハサヤの教えヨガナンダの師の師であるラヒリ・マハサヤ(近代クリヤ・ヨガの父)も、この中心の星をしばしば「ビンドゥ」と呼んでいました。彼は、この一点に意識を集中し、そこを「貫く」ことによって、個人の意識が宇宙の無限の意識へと溶け込んでいく(解脱)と説きました。3. ハタ・ヨガ経典との共通点『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』などの古典経典が「ビンドゥに集中せよ」と説くとき、それは単なるイメージではなく、ヨガナンダ大師が描写したような「内なる光の門」に心を固定することを意味しています。場所: どちらもアージュニャー・チャクラ(眉間)の奥。役割: 個別意識が宇宙意識へと入るための「出口(または入り口)」。このように、古典的な「ビンドゥ」という抽象的な表現を、より具体的で視覚的な体験として詳細に描写したのがヨガナンダ大師の「クータスタの白い星」であると言えます。この「白い星」に至るまでの瞑想のステップや、見える光の意味について、さらに深く知りたい部分はありますか?2026/03/13 16:23:31152.パーリーlRlgwこのクータスタ=ビンドゥがニルバーナ・サマディーへ入る門になっているてーのがヨガでは言われている訳ですね‼️2026/03/13 16:24:57153.パーリーlRlgwこれらの知識は釈尊が語らなかった為に初期仏教経典には書かれていないと思われます初期仏教経典では阿羅漢までの無明からの解脱への方法論が謂われていますという趣旨で2026/03/13 16:28:55154.坐禅djSBU最もタチの悪い高知能型サイコパスは永続利益を追求する為に自分を捨てて坐禅する。2026/03/13 19:07:47155.坐禅djSBU最もタチの悪い高知能型サイコパスは楽な人生を獲得する為に自分を捨てて坐禅する。2026/03/13 20:36:01156.◆JBLfMwCXhYw69eQ一隅を照らしましょう。(一隅を照らす運動)心に仏さまを頂いた人たちが手を繋ぎ合って暮らす社会はそのまま仏さまの世界です。一日も早くそんな世の中にしたいと天台宗では考え「一隅を照らす」運動を進めています。まず自分自身を輝いた存在としましょう。その輝きが周りも照らします。一人一人が輝きあい、手をつなぐことができればすばらしい世界が生まれます。2026/03/15 22:35:50157.◆JBLfMwCXhYw69eQ中論で哲学して法華経で宗教する2026/03/15 22:42:03158.神も仏も名無しさんczvTv法華経のどの辺か忘れたがいくつか釈迦如来の光明のシーンがあるそこだ😃2026/03/15 22:57:57159.◆JBLfMwCXhYw69eQ冒頭の、眉間からホワイトビームを発射する場面のことては?2026/03/15 23:36:44160.◆JBLfMwCXhYw69eQ法華経(序品)において、釈尊が眉間の白毫(びごう)から放った光明(眉間白光)は、東方の大衆、過去・未来・現在の全てを照らし出し、説法の前兆として全宇宙の生命の繋がりを表す象徴的場面です。これを機に文殊菩薩が過去の例を挙げ、釈尊が真理を説くことを促します。詳細な解説は以下の通りです。2026/03/15 23:38:18161.◆JBLfMwCXhYw69eQ眉間白光(びけんびゃっこう): 法華経序品第1で、釈尊が深い禅定から目覚め、眉間の白い毛(白毫)から光を放ち、東方1万8千の国土をくまなく照らした場面です。この光は、あらゆる存在が仏となる可能性(仏性)や、時間と空間を超えた真理の開示を象徴しています。文殊菩薩の役割: 白光の理由が分からず不安がる大衆の中で、文殊菩薩は過去に日月灯明仏が同様の光を放った際に法華経が説かれた事例を挙げ、釈尊が最上の教え(妙法蓮華経)を説く前兆であることを知ります。弥勒菩薩の役割: 文殊菩薩の過去の知見を聞いた弥勒菩薩は、この前代未聞の光明とこれから説かれる教えについて、釈尊に具体的な質問(「序分」における疑問)を行い、法華経の物語を本格的に展開させる役割を果たします。法華経の核心: この光は、すべての生命が等しく仏の生命を内包していることを示し、万人の成仏(一乗)を説く法華経の根幹を象徴しています。2026/03/15 23:38:49162.◆JBLfMwCXhYw69eQそれはともかく、奈良に行きたいな2026/03/15 23:53:39163.◆JBLfMwCXhYw69eQとくに、春日大社と興福寺に行きたい2026/03/15 23:53:54164.◆JBLfMwCXhYw69eQ三島由紀夫の小説『豊饒の海』(第一部『春の雪』・第四部『天人五衰』)に登場する「月修寺(げっしゅうじ)」のモデルは、奈良県奈良市山町にある臨済宗妙心寺派の尼寺・圓照寺(えんしょうじ)です。皇族や公家の女性が住職を務める「大和三門跡」の一つで、山村御殿とも呼ばれます。2026/03/15 23:54:08165.◆JBLfMwCXhYw69eQ圓照寺のポイントモデル:『春の雪』で聡子が清顕との恋の後に尼となる月修寺の描写に影響を与えた。取材:三島由紀夫は1965年以来、何度もこの寺を取材で訪れている。非公開:原則として通常は境内全体が非公開であり、観光寺院ではない。雰囲気:茅葺の本堂や厳かな庭園は、静粛な門跡寺院の趣がある。通常は閉ざされた山門が、小説の静かで寂しいクライマックスを彷彿とさせますこの圓照寺の庭園について、三島がどのように描写していたか詳しく知りたいですか?2026/03/15 23:54:30166.◆JBLfMwCXhYw69eQ 圓照寺(えんしょうじ、円照寺)は、奈良市山町にある臨済宗妙心寺派の尼寺。山号は普門山(ふもんざん)。文智女王が創立。斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と共に大和三門跡と呼ばれる門跡寺院である。華道の「山村御流」の家元でもある。別名、山村御殿(山村御所)。三島由紀夫の小説『豊饒の海』に再三登場する「月修寺」は、圓照寺をモデルに描かれている。https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/81/Enshouji_gate.JPG/960px-Enshouji_gate.JPG2026/03/15 23:55:18167.神も仏も名無しさんSpbfq十一面観音菩薩=天照、大日如来という設定認識が甘かった😃2026/03/16 07:48:52168.神も仏も名無しさんSpbfq十一面観音菩薩は法華経の観音経に関連し、山伏は基本法華経を重んじている系統がそこにつながる😃十一面観音菩薩における神仏習合の設定認識の弱さが山伏と法華経の関係の一部の読みができなかったようだ😃2026/03/16 07:51:25169.◆JBLfMwCXhYRipiE円頓止観の具体像──聞・信・行・位円頓止観は抽象論ではありません。智顗はそれを、次の四つで具体化します。円聞法生死・煩悩・業が、そのまま法身・般若・解脱であると聞くこと。円信空・仮・中の三諦が同時に成り立つと信じ、動揺しない心。円行極端に偏らず、中道をそのまま生きる実践。円位最初の悟りの位に立った時点で、すでに完成している境地。ここでは、「修行してから悟る」のではなく、悟りの視点から修行が行われるのです。2026/03/21 18:25:46
【社会】新人に「AI使用禁止令」は是か非か?「仕事の8割はAIに」という活用派 言語脳科学の権威は警鐘「ものを考える人間に一番大事なものを手放している」ニュース速報+358853.52026/03/21 22:46:51
前スレ
【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】
https://talk.jp/boards/psy/1759535455
仏教がわかってきた人のスレ vol.35
https://talk.jp/boards/psy/1754046521
生きとし生きるもの(衆生 しゅじょう)が皆、如来を胎内に宿しているという思想
如来すなわち仏になる可能性は仏性(ぶっしょう)ともいわれるが、それがすべての生きものにそなわっているという教え(一切衆生、悉有仏性)
「こんなの仏教じゃない」という人と、「これでこそ仏教だ」という人の両方がいる
東アジアに広がり、日本仏教の基盤となった
「仏教とはこういうものだ」と、日本では思われていた
↓
天台本覚思想
衆生は誰でも仏になれるということ、あるいは、元から悟っているという、鎌倉~室町時代に流行し日本の仏教界に定着した思想
衆生の誰もが本来、如来我・真我・仏性を具えている(本来、覚っている)が、生まれ育つと
次第に世間の煩悩に塗(まみ)れ、自分が仏と同じ存在であることがわからなくなっていく・・・ということである
やがて、人間は誰もが悟っているのだから、修行する必要もなければ戒律も守る必要がない、凡夫は凡夫のままでよい、などという急進的な解釈がされるようになった
「無明と共に輪廻が始まる」とする初期仏教の釈迦の教えからは遠いところに来てしまった
日本では、「仏教とはこういうものだ」と思われていた
テンプレはここまで
三法印
「これが仏教である」という釈迦の教えのブランド・認定印のような役割を果たします。
1、諸行無常(しょぎょうむじょう)
この世のあらゆる現象や形成されたものは常に変化し、不変なものはないという真理。
2、諸法無我(しょほうむが)
すべての事象(諸法)は、互いに依存し合って存在しており、単独で不変の「自分(我)」という実体はないという真理。
3、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)
無常で無我な世の中(執着、欲望)から離れ、迷いが消えた「悟り」の境地は静やかな安らぎであるという真理。
補足事項
これに「一切皆苦(いっさいかいく:すべては苦である)」を加えて「四法印」と呼ぶこともあります。
正見(しょうけん): 正しい見解。四諦を理解し、偏見なく真理を見ること
正思惟(しょうしゆい): 正しい考え。欲望や怒り、害意を離れた思いを持つこと
正語(しょうご): 正しい言葉。嘘、誹謗中傷、陰口、無駄話をしないこと
正業(しょうごう): 正しい行い。人に迷惑をかけず、殺生や盗みなどをしないこと
正命(しょうみょう): 正しい生活。規則正しく健全な職業や生活を送ること
正精進(しょうしょうじん): 正しい努力。怠らず、正しい道を歩む努力をすること
正念(しょうねん): 正しい気づき。常に理性的な心を保ち、今に集中すること
正定(しょうじょう): 正しい精神統一。瞑想などを通じ、心を安定させること
初期仏教の根本教義 四諦(したい)
苦諦(くたい)
生きることは本質的に苦である。一切皆苦
生きるということは、苦を背負って日々を過ごすことだ。
どこかに心優しい神様がいて手をさしのべて
救済してくれるようなことは絶対にない。
集諦(じったい)
あらゆる出来事は必ず何らかの原因によって起こる。
苦の原因は煩悩である。
満足が得られないから、苦しくなっていく。
滅諦(めったい)
煩悩を消すことで苦が滅する。
この世で起こっているものはすべてうつろう。諸行無常
現実をありのままに受け入れ、その世界に耐えるべく、
自分の価値観・世界観を変えていく。
この世の一切の事物は自分のものではないと自覚する。
道諦(どうたい)
煩悩をなくし、悟りを得るための八正道を実践する。
まー仕事していると以前の感覚とは違うんだな
疲労していても
呼吸一つで目の前の感覚が極めてシャープで脳汁も出る
まー目の前のリアルな感覚なので
如実知見の内ではある
デンパパ🛸芸能や
ハッスル芸能🤡
ニワカな時のロンをみると
禅は如実知見とは無関係に見えるが
😱
メンタル豆腐なので
臨済宗しかチョイスがない
他だとパワー不足、野蛮な仕事には
😃
現在思想の本は読まずに書庫に眠る
😃
ソシュールをベースに社会科学の一般理論構築のヒントでもあった
それは
😃
😃
😃
まーそもそも西欧哲学は古本で安いのを買って溜め込むのが好きだっただけだ、😃
大乗ということか
まあ、読む必要はないと思われ
😃
買うのが趣味だった捨てずにお家の書庫にある
😃
ソシュール以降しか関心がない
😃
買っただけなので
何があるのかすら覚えてない
😃
宿題
無縁だ
😱
https://m.youtube.com/watch?v=BlCM3B-W4u0&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D
自動的に褒められたい
😱
やはり、横着しているので、
唯識に気づいていないことが多い、
禅サイドなんかにいるから、余計だね?
😃
https://m.youtube.com/shorts/-cQEHzCj8eE
こういう唯識の視点に鈍くなる
😃
中国天台の志向スタイルも
以前から少し理解てきた
やはり、JBLにわかりやすく言うと
華厳真言密教のスタイルの感覚のほうが
馴染みが濃いのだ
😃
世間解の釈尊でも、他人の思考を知るためには尋ねる必要があるとスマナサーラ長老から解説がありました。
ただ、釈尊は他心知でもあるため、他人の心所および思考を神通で把握できると思います(参考:『ブッダの実践心理学第7巻』pp.144~145)。
釈尊は相手をびっくりさせないよう神通で把握済のことでも本人へ尋ねる形をとり、長老は世間解が全知全能と異なることを強調するため前述の発言をなさったのかと思いますが、この点について詳しくご教授賜りたくお願い申し上げます。
解ってきた
😃
それが重要だ
利他のやり方
まーまー論理的かつ神秘的に唯識は
利他やるんやなー
と
😃
臨済宗なら超直観的、超瞬間的、超平凡的に
😃
ほぼ、小乗に近いな
中観派が異質
かなり歪めてはいるものの
ガンバってるな?
😮
彼らには、それらを識別する能力もない
😃
せっかく、新スレを立てたのに
変なイミフレスで埋められてたな?😫
ライバルだからな?
😃
しかし、野蛮な仕事過ぎて
臨済宗しか使えんとは?
😱
僧侶なら、ナンデモいけそうだ
禁欲は保障しかねるが
😱
発想がある
😃
勘がさえるとかある
最近は体調不良すらコントロールてきるので、なんとなくわからんでもない、
高僧レベルが
あの世へ行く日を決めれるとか
一回臨終の後一瞬だけ起きあがって
再び臨終とか
立ったままあの世へ行くとか
荒業やりおるからなー
😃
高僧ならできるかもな😆
臨終の後の蘇り一瞬芸
やった
😃
記憶が曖昧だが
😃
修行の目的を「悟り」そのもの(修証一等)とし、文字や知識を離れて、ただひたすらに坐る「只管打坐(しかんたざ)」の教えを、誰にでも分かりやすく勧めています。
著者・時代: 曹洞宗の開祖・道元が1227年に宋から帰国後、最初に著した書籍(1巻)。
目的: 宗派を問わず、全ての人が正しく坐禅を行い、仏の悟りを体験できるようにするため。
「坐禅は習禅に非ず」: 座禅は悟りを得るための手段(修行)ではなく、坐ること自体が悟りの姿(自受用三昧)である。
「只管打坐(しかんたざ)」: 悟りを求めず、計算や迷いを捨て、ただひたすらに座る。
「修証一等(しゅしょういっとう)」: 座禅することと、仏の悟りは一つである。
場所・食事: 静かな部屋を選び、食事は節度を持ち、世間の雑事を忘れる。
調身(姿勢): 厚い座布団(蒲団)を用い、結跏趺坐(けっかふざ)または半跏趺坐(はんかふざ)で組む。背筋を伸ばし、顎を引く。
調息・調心(呼吸と心): 目は軽く開けて前方を向き、口は閉じ、鼻でゆっくりと深く呼吸する。心の中で「これからどうなるか」といった思惑を止め、意識を無にする。
動作: 坐るときは体を左右に揺らして整え、終わる時はゆっくりと身を動かして静かに立つ。
日頃の迷いや妄想から離れ、本来の自分を取り戻す「安楽の法門」とされている。
道元はこの書の中で、坐禅の姿勢や心得を具体的に示し、修行者に対し「ただ坐る」ことの尊さを強調しました。
「箴」の由来:鍼灸の針のように、坐禅の心構えの急所を突く(いましめる)という意味。
内容:坐禅は何かになるための手段ではなく、坐る姿そのものが「仏の姿」であり「悟り」であるとする。
曹洞宗の核:道元が曹洞宗の修行における坐禅の重要性を説いた、本流の教えの一つ。
あ、できれば普勧坐禅儀と坐禅箴は古文の道元禅師が書かれたとされてるものを読んでください
現代語訳だと訳者のバイアスがひどいものがりますので笑
去年までは
真言密教のほうがアドバンテージ高かったんだが
😃
普段も面壁はやらないけどなー
😃
なんだ
前は曹洞宗がメインじゃなかったのか
高野山真言宗の寺院の僧侶と信者がメインに近い、禅定的には
😃
曹洞宗寺院でやらるようになった
😃
パワー不足、
まだポイント認識が甘い部分があった
😃
😃
オメメガン開き技多用
https://m.youtube.com/shorts/cjEngBelxNw
休日は曹洞宗なのか😆
色々イレギュラー予定があって
曹洞宗は無しだな、
真言密教を少し模索していた
デンパパ👽が基本関心がゼロなゾーンの世界だ
😃
仕事以外の
😫
😃
😃
家で探求ばかりだな
今の探求テーマは
如何にも大乗仏教とは?
の実践論みたいな模索
😃
意外に深掘りしてなかったテーマ
取り敢えず
正統派瞑想仏教は大方模索終了
あとは魔改造山伏念仏?
😃
ノリ的には
デンパパ的アイ・アム
😫
ポワマン氏も
お喜びである
😃
😃
キリスト教、イスラーム、神道、天理教を
模索した
😃
一神教や神道は
善なるもの
への
意識が高い系統やからなー
😃
シリアのアサドやら
イスラーム国の連中のイメージをしながら読むと意外に明瞭になるのか不思議?
😃
なるほど感が出る不思議
新約聖書も割合ダメな既存の聖職者をイメージしながら読むと割合符号している時がたまにある
😃
アメリカの物価高騰する可能性のほうが高い
😫
アメリカ石油が売りやすい
軍需産業が儲けて景気回復という
トランプ夢プランが主題の戦争だろな
😱
自分を捨てて坐禅する。
やりたい事も欲しい物も無い。
人生解決。
この底意地の悪いボンクラどもが。
自分を捨てて坐禅する。
やりたい事も欲しい物も無い。
人生解決。
この底意地の悪いボンクラどもが。
自分を捨てて坐禅する。
やりたい事も欲しい物も無い。
人生解決。
四聖(⑦声聞・⑧縁覚・⑨菩薩・⑩仏)
四聖は対象外
それを「輪廻転生」とは言わない
天界の上層には「菩薩界」や「如来界」があって
そこでも魂が輪廻転生を続けてるらしいのだが
それは仏教的にはおかしい
「迷っている」というのと、ほぼ同義
というのは、現代のスピリチュアリズムの考え方
夢のある、前向きな話と受け止めるのは
現代のスピリチュアル思想
野蛮な土人が減って、洗練された文明人が増えていくのを目の当たりにして生きているが
古代人はそうではない
技術革新など滅多になく
世の中にほとんど変化はなかった
過去から未来に向かって、一直線に進むものではなかった
朝→昼→夕→夜→朝→・・・
春→夏→秋→冬→春→・・・
グルグル回るものだった
それが、古代人の世界観だった
それを現代に復活しようとしたのが、
ニーチェの「永劫回帰」の哲学だ
現代人は、「生まれ変わって、また新たな人生を送る」というと
「夢みたいな話だな。この人は夢想家のファンタジー野郎なんだな」と思うのが普通だが
古代インド人にとっては悪夢だった
この超合理化社会では、スポーツ、音楽、交友、恋愛などの情動を揺さぶる類いの行為は全てケガレであると断じられる。この社会に順応するには各個人が毎日坐禅して生活及び人生の合理化を徹底するしか術がない。もちろん、少子化は更に加速する。
輩(やから)
「馬鹿野郎!こんな退屈な世の中にしやがってどうしてくれるんだ!俺たちの老後はどうなるんだ!」
性起(しょうき)思想:華厳経の重要な一品である『宝王如来性起品』は、如来蔵思想と親和性が高い。これは、如来の知恵や徳が「本性」として衆生の内側に、自然に顕現する(性起)ことを説く。 ECHO-LAB
一即一切・一切即一:如来蔵の普遍性を宇宙全体に拡張した思想。毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)の智慧の光がすべてを照らし、個々の存在が互いに重なり合って無尽の縁起(法界縁起)をなすと説く。
唯心(ゆいしん):華厳経では、「心は工なる画師の如し」として、すべての現実(世界)は自分自身の心が描き出したもの(唯心)と説き、自己の心の中に無限の可能性(如来蔵)を見出す。
構成・由来:『六十華厳』(仏駄跋陀羅訳)の第32章として収録されており、もともとは独立した経典『性起経』が組み込まれたものと言われています。
内容:
如来の興顕因縁:如来(仏)がこの世に現れる10の因縁。
菩薩の気づき:如来の教えを菩薩たちがどのように理解・自覚するか。
「性起」の思想:仏の本性(性)から諸現象が必然的に現れ出る(起)という意味。悟りや神聖なものが、この世(輪廻の世界)においてそのまま現れているという、華厳宗の根本的な教えです。
関連思想:「法身」の概念が中心的に扱われており、如来蔵思想や法性(ほうしょう)からの起立が説かれます。
性起(しょうき):仏の心性から自然に徳が現れること。
如来興顕経(にょらいこうけんきょう):宝王如来性起品の別訳、あるいは関連する異本。
如来蔵:性起思想を基礎づける、すべての存在が持つ仏の性質。
この教えは、現実世界そのものが仏の現れであり、すべての修行や存在が仏の体そのものであるという、円満な世界観を提示しています。
やはり如来蔵になるな
😃
空海の即身成仏の頓悟となれば
如来蔵みたいな浄化というよりも
即身成仏なので
如来蔵とは言えなくなるだろな
😃
華厳経に「性起品」ってのがあるのか
即身成仏義は、如来蔵を超えてるな~😆
善財童子ていうのもある
俺は器用だからなー正統派瞑想仏教は
仕事日休日無関係に探求できる
チベット密教だけは
沼るので、あえてやらない😃
俺の存在を証明している
😃
十地品と並ぶ、華厳経のエッセンス
いっぱいまなべる〜〜
♬
😃
いっぱい読んで〜
いっぱい誤読する〜〜
😱
『華厳経』における「如来」とは、具体的には毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)を指します。
この経典では、毘盧遮那仏は単なる歴史上の人物ではなく、
≪宇宙の真理そのもの(法身)≫
として描かれています。
すべての衆生の心の中に、この宇宙の智慧がすでに備わっているというのが、
ご提示いただいた「如来蔵」や「性起(しょうき)」の考え方です。
知らなかったのか?
そんな気がして調べたんよね
このつながりを理解するための3つのポイントを解説します。
1. 「太陽」と「光」の関係
毘盧遮那仏(Vairocana)の名前は、サンスクリット語で**「遍く(あまねく)照らす者」**を意味します。
毘盧遮那仏 = 太陽(宇宙の真理そのもの)
衆生の心 = 光(太陽から発せられ、万物を照らす力)
太陽の光が地上の隅々まで届くように、如来の智慧(光)は、修行をしていない凡夫の心の奥底にも、すでに届き、満ち溢れていると考えます。
2. 性起(しょうき):内側から溢れ出す悟り
ご質問にある「性起」とは、**「如来の本性(性)が、そのまま現れ出る(起)」**という意味です。
通常、修行は「汚れた心を浄めて仏に近づく」と考えがちですが、華厳経では**「すでに心の中に如来が完成されており、それが縁に従って現れ出ているだけだ」**と捉えます。
つまり、あなたの心は「仏になる候補」ではなく、**「今この瞬間も、宇宙の真理(毘盧遮那仏)が活動している現場」**そのものなのです。
3. 一即一切(いっそくいっさい):ミクロとマクロの融合
「一即一切」の世界観では、一つの微塵(ミクロ)の中に全宇宙(マクロ)が含まれると説かれます。
これを心に当てはめると、**「個人の一瞬の心(一)」が、そのまま「宇宙の根本仏である毘盧遮那仏(一切)」**となります。
東大寺の大仏(盧舎那仏)が巨大なのは、この「宇宙規模の広がりを持つ私たちの心」を視覚的に表現するためでもあります。
このように、華厳経では「私」という存在を、宇宙の真理と切り離された小さな個体としてではなく、毘盧遮那仏という巨大な生命(真理)の一部、あるいはその現れとして肯定的に捉えます。
この「自分の中に宇宙がある」という感覚を象徴する東大寺の大仏(蓮華蔵世界)の構造についても興味がありますか?
ご注意、
倶舎論でアウトな
😱👽
表の善良な人格だけで生活する。
裏の邪悪な人格は封印する。
でーおーのより
AIのが正確だろ‼️
👽
仏教教義を尊重せる意思がない
🛸〜〜〜
お前
AIに喧嘩売ってるのか⁉️
↓これだな、まるで
https://youtube.com/shorts/gCuFXzdnhA4?si=dk-iKnZ7c9v4_Doy
どの仏教だよ⁉️
仏教教義のサラダボール状態でしょ‼️
今日はどれにしようかな⁉️
神様の言うう通り‼️
もう神仏混合のごちゃごちゃだろ
原始仏教→ヨガ
この親和性がある組合せだからな‼️
オイカリダナ👽
倶舎論・中論・唯識論はスルー?
ハッスルは
とにかくもJBLに対抗心燃やしていそうだな?
😃
JBLさんは
有用な情報を与えて下さるお方だよ‼️
ああ~
唯識はあるね
現行実践的な意味でなくて
後付け的な意味で
例えば
マナ識の転識で平等性智が得られるとか
何故?平等なのか⁉️とか
どういう学びはある
でも
じゃあ、どうやったら?
そうなるのぉ‼️
ってところは
初期仏教やヨガや一部密教の行が
実践では有用であってだな
凡夫心から第四禅定までが初期仏教
ここまでが禅の悟りの前行で
大悟へは密教
大悟から阿羅漢~ニルバーナ・サマディー
ここまでは、ヨガ
だって、密教ってさ神通力的なのはまだ個人の努力で廃れて射ないけど
実質的な即身成仏は、行法は残ってても、実際の成仏は出来ていないでしょ
だから
空海は、この現代へ展性して、ヒマラヤヨガに縁をもらって、サンカルパ・ヨガのクリヤヨガのクンバカでニルバーナ・サマディーへ
漸くにして、入れたんですよ‼️
だから、現代に於ては
大悟からは、ヨガの知識のガイド無くしては、アストラルのニルバーナには入れないし、途中の過程すらも説明も出来ないのですね‼️
ナーダ音(内なる音)について
第4章の核心: この章の後半は「ナーダ・アヌサンダーナ(音への集中)」という技法に多くが割かれています。
聞こえ方: 外側の音を遮断して瞑想を深めると、右耳の奥から「海の音」「雷の音」「鐘の音」「笛の音」など、段階的に異なる神秘的な音が聞こえてくると説明されています。
目的: この微細な音(アナハタ・ナーダ)に心を集中し続けることで、心(マナス)が静まり、最終的に宇宙の根源的な静寂へと溶け込んでいくとされています。
ビンドゥ(点・精髄)について
エネルギーの保持: ビンドゥは「点」や「滴」を意味し、生命エネルギーの凝縮されたものとして語られます。
位置と流れ: 体内の頭部(月)にあると考えられており、それが下に漏れ出すと老化や死に向かうため、「ムドラー」(印)などの技法を使って逆流させ、体内に留める方法が説かれています。
光のイメージ: 瞑想の実践において、眉間のあたり(アージュニャー・チャクラ)に輝く小さな光の点として意識されることもあります
この本は、単なるストレッチとしてのヨガではなく、こうした音や光、体内のエネルギー(クンダリニーなど)を操ることで、精神を極限まで高める方法を記した、かなり専門的な「マニュアル」といえます。
http://yoga-bija.jp/hatayogayogabija20231016
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』第4章1節/ナーダとビンドゥとカラーであるシヴァ神
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』以外で、この概念について触れている主な書物は以下の通りです。
1. ヨーガ・シカー・ウパニシャッド (Yogaśikhā Upaniṣad)
この経典では、身体を小宇宙に見立てる中で「ナーダ(音)」と「ビンドゥ(点)」がセットで語られます。特に瞑想(ディヤーナ)のプロセスにおいて、眉間のチャクラ(アージュニャー・チャクラ)周辺に現れる微細な光の点としてのビンドゥが観想の対象となります。
2. ゲーランダ・サンヒター (Gheranda Samhita)
ハタ・ヨガの三大経典の一つです。第6章の「瞑想(ディヤーナ)」の項目において、自己の内部に輝く光(ビンドゥ)を観想する技法が記されています。ここでは、特定のムドラー(印)を用いて、眉間に集中することで光の体験を得るプロセスが示唆されています。
3. シヴァ・サンヒター (Shiva Samhita)
これもハタ・ヨガの重要経典です。眉間のアージュニャー・チャクラを「二つの花弁を持つ蓮」として描き、その中心に輝く光や、解脱への入り口としてのビンドゥについて言及しています。集中を高めることで、その点が無限の宇宙の源に見えてくると説かれます。
4. ロイヤル・パス(スワミ・ラーマ 著)
現代の書籍ですが、ヒマラヤのヨガの伝統を引くスワミ・ラーマは、著書『The Royal Path』の中で「ビンドゥ・ベーダナ(点の貫通)」という技法について解説しています。眉間に透明な真珠のような光の点(ビンドゥ)を視覚化し、それを頭頂(サハスラーラ)へと移動させる瞑想法について具体的に述べています。
ビンドゥの捉え方の違い
眉間のビンドゥ: 意識の集中点、または「第三の目」の開眼に伴う光として描かれます。
後頭部のビンドゥ: 『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』でも触れられる、不老不死の蜜(アムリタ)が滴る場所(ビンドゥ・ヴィサルガ)として描かれます。
これらの書物は、単に知識として読むだけでなく、瞑想の実践ガイドとして使われることが多いのが特徴です。
ヨガナンダ大師の教えにおいて、瞑想中に眉間の奥に見える光は「霊眼(Spiritual Eye)」と呼ばれ、その中心にある白い五角星がまさに究極の集中点であるビンドゥに相当します。
両者の関係性を整理すると以下のようになります。
1. 霊眼(クータスタ)の三層構造
ヨガナンダ大師の伝統(セルフ・リアリゼーション・フェローシップなど)では、瞑想が深まると眉間に以下の三色の光が見えるとされています。
外側の黄金の輪: 聖霊(宇宙エネルギー/AUM)を象徴します。
内側の乳白色を帯びた青い円: キリスト意識(クータスタ・チャイタニヤ)を象徴します。
中心の白い星:宇宙意識(至高の父)を象徴しており、これがヨガの古典でいう「ビンドゥ(究極の点)」にあたります。
2. ラヒリ・マハサヤの教え
ヨガナンダの師の師であるラヒリ・マハサヤ(近代クリヤ・ヨガの父)も、この中心の星をしばしば「ビンドゥ」と呼んでいました。彼は、この一点に意識を集中し、そこを「貫く」ことによって、個人の意識が宇宙の無限の意識へと溶け込んでいく(解脱)と説きました。
3. ハタ・ヨガ経典との共通点
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』などの古典経典が「ビンドゥに集中せよ」と説くとき、それは単なるイメージではなく、ヨガナンダ大師が描写したような「内なる光の門」に心を固定することを意味しています。
場所: どちらもアージュニャー・チャクラ(眉間)の奥。
役割: 個別意識が宇宙意識へと入るための「出口(または入り口)」。
このように、古典的な「ビンドゥ」という抽象的な表現を、より具体的で視覚的な体験として詳細に描写したのがヨガナンダ大師の「クータスタの白い星」であると言えます。
この「白い星」に至るまでの瞑想のステップや、見える光の意味について、さらに深く知りたい部分はありますか?
ニルバーナ・サマディーへ入る門になっている
てーのがヨガでは言われている訳ですね‼️
釈尊が語らなかった為に
初期仏教経典には書かれていないと思われます
初期仏教経典では
阿羅漢までの
無明からの解脱への方法論が謂われています
という趣旨で
一隅を照らしましょう。(一隅を照らす運動)
心に仏さまを頂いた人たちが手を繋ぎ合って暮らす社会はそのまま仏さまの世界です。
一日も早くそんな世の中にしたいと天台宗では考え「一隅を照らす」運動を進めています。
まず自分自身を輝いた存在としましょう。その輝きが周りも照らします。
一人一人が輝きあい、手をつなぐことができればすばらしい世界が生まれます。
法華経で宗教する
いくつか釈迦如来の光明のシーンがある
そこだ
😃
詳細な解説は以下の通りです。
文殊菩薩の役割: 白光の理由が分からず不安がる大衆の中で、文殊菩薩は過去に日月灯明仏が同様の光を放った際に法華経が説かれた事例を挙げ、釈尊が最上の教え(妙法蓮華経)を説く前兆であることを知ります。
弥勒菩薩の役割: 文殊菩薩の過去の知見を聞いた弥勒菩薩は、この前代未聞の光明とこれから説かれる教えについて、釈尊に具体的な質問(「序分」における疑問)を行い、法華経の物語を本格的に展開させる役割を果たします。
法華経の核心: この光は、すべての生命が等しく仏の生命を内包していることを示し、万人の成仏(一乗)を説く法華経の根幹を象徴しています。
モデル:『春の雪』で聡子が清顕との恋の後に尼となる月修寺の描写に影響を与えた。
取材:三島由紀夫は1965年以来、何度もこの寺を取材で訪れている。
非公開:原則として通常は境内全体が非公開であり、観光寺院ではない。
雰囲気:茅葺の本堂や厳かな庭園は、静粛な門跡寺院の趣がある。
通常は閉ざされた山門が、小説の静かで寂しいクライマックスを彷彿とさせます
この圓照寺の庭園について、三島がどのように描写していたか詳しく知りたいですか?
三島由紀夫の小説『豊饒の海』に再三登場する「月修寺」は、圓照寺をモデルに描かれている。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/81/Enshouji_gate.JPG/960px-Enshouji_gate.JPG
😃
法華経の観音経に関連し、
山伏は基本法華経を重んじている系統が
そこにつながる
😃
十一面観音菩薩における神仏習合の設定認識の弱さが
山伏と法華経の関係の一部の読みができなかったようだ
😃
円頓止観は抽象論ではありません。
智顗はそれを、次の四つで具体化します。
円聞法
生死・煩悩・業が、そのまま法身・般若・解脱であると聞くこと。
円信
空・仮・中の三諦が同時に成り立つと信じ、動揺しない心。
円行
極端に偏らず、中道をそのまま生きる実践。
円位
最初の悟りの位に立った時点で、すでに完成している境地。
ここでは、「修行してから悟る」のではなく、
悟りの視点から修行が行われるのです。