仏教がわかってきた人のスレ vol.37最終更新 2026/08/25 13:281.◆JBLfMwCXhYd77xI前スレ・関連スレ【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】https://talk.jp/boards/psy/1759535455【ブッダの教え】初期仏教【ヴィパッサナー瞑想】 Part2https://talk.jp/boards/psy/1779968091仏教がわかってきた人のスレ vol.36https://talk.jp/boards/psy/17725773442026/08/10 21:12:12135コメント欄へ移動すべて|最新の50件86.神も仏も名無しさんQoI08👽2026/08/15 18:41:3387.◆JBLfMwCXhY41LcA清弁(しょうべん)もチャンドラキールティ(月称)も、二人とも龍樹を「二諦論者」として見ていました。なぜなら、龍樹自身が主著『中論』の第24章で、「諸仏は二諦(世俗諦と勝義諦)に拠って衆生のために法を説く」 とはっきりと明言しているからです。そのため、龍樹の後継者である中観派の学者は全員、龍樹を二諦論者として受け入れています。 [1, 2, 3, 4, 5]しかし、「龍樹の言う『二諦』をどう解釈するか」という点において、二人の間には決定的な違いがありました。2026/08/15 19:37:1188.◆JBLfMwCXhY41LcA清弁の「二諦」の見方:【段階としての二諦】清弁は、世俗諦(言葉の世界)から勝義諦(究極の真理)へ至るステップを重視しました。特徴: 勝義諦を「言葉を超えた真理(非不虚妄)」としながらも、そこにアクセスするためには「言葉で表現できる論理的な勝義」という中間ステップが必要だと考えました。論理学(推論式)を使って「世俗的な言葉の世界」を緻密に組み立てることで、勝義(空)へとハシゴをかけるようにアプローチしようとしたのが清弁です。2026/08/15 19:37:4189.◆JBLfMwCXhY41LcAチャンドラキールティの「二諦」の見方:【分断・批判としての二諦】チャンドラキールティは、世俗諦の不完全さをより厳しく見ました。特徴: 「世俗(世間)」とは文字通り「覆い隠すもの(サムヴリティ)」であり、真理を隠蔽している偽りの世界であるというニュアンスを強く持たせました。そのため、「世俗の論理をいくらこねくり回しても、勝義には到達できない。清弁のように自ら推論を立てる行為は、世俗の迷いを深めるだけだ」と批判し、世俗の認識が持つ矛盾を徹底的に暴くことでしか、勝義(空)は浮かび上がらないと主張しました。2026/08/15 19:37:5390.◆JBLfMwCXhY41LcAまとめ共通点: 二人とも「龍樹は二諦(世俗と勝義)を説いた」と認めている。相違点: 清弁は「世俗の論理(言葉)をハシゴにして勝義へ登ろう」とし、チャンドラキールティは「世俗の論理はバグだらけだと暴くことで勝義を際立たせよう」とした。このように、二諦という枠組みの捉え方の違いが、前述の「自立論証(スヴァータントリカ)」と「帰謬論証(プラーサンギカ)」の激しいバトルへと繋がっていったのです。2026/08/15 19:38:2091.◆JBLfMwCXhY41LcAプロンプト:バーヴィヴェーカは、言説諦、つまり「言語によって説かれた勝義諦」を提唱した2026/08/15 19:40:0692.◆JBLfMwCXhY41LcAチャットGPT:うん、かなり重要なポイントです。ただし、**「言説諦=言語によって説かれた勝義諦」**という言い方には少し注意が必要です。バーヴィヴェーカ(清弁)は、ナーガールジュナの「勝義諦は言語・概念を超える」という方向をそのまま受け取るのではなく、勝義を論証・言語によって積極的に示すことが可能だと考えました。そこで後の中観思想で重要になるのが、世俗諦勝義諦という二諦に加えて、**「言説諦」あるいは「言語的に構成された真理」**という問題です。バーヴィヴェーカの特徴は、ざっくり言えば、「究極的には空である」ということも、論証によって言語的に提示できる。と考えたところにあります。2026/08/15 19:41:1693.◆JBLfMwCXhY41LcAここがナーガールジュナとの大きな違いナーガールジュナの場合、「空」を何か実体的な真理として提示すること自体にかなり警戒します。だから『中論』では、空もまた空であるという徹底した自己解体が起こる。ところがバーヴィヴェーカは、これでは仏教徒が外道に対して論争できないじゃないか、と考えた。そこで**独立した論証**を用いて、諸法は自性を欠いている↓なぜなら縁起しているからであるという形で、「空」を論証によって言語的に確立する方向へ進む。これが後のスヴァータントリカ派の特徴ですね。2026/08/15 19:41:3994.◆JBLfMwCXhY41LcAそして面白いのは、ここから後代の中観が、「究極的な勝義」そのものと「それを言語によって指し示したもの」を区別する方向へ発展していくことです。なので、あなたが以前言っていた「中観派は認識論というより存在論じゃないか」という話ともつながります。バーヴィヴェーカの場合、まさに**「空・無自性という存在論的主張を、言語的・論理的にどう論証するか」**という問題が前面に出てくる。だから「中観=単なる認識論」としてしまうのは、少なくともバーヴィヴェーカ以降を見るとかなり苦しいと思います。2026/08/15 19:41:5495.神も仏も名無しさんQoI08何かの本で読んだな忘れた今や、日蓮宗西山派真宗浄土宗の大学論文にマジメにやろうと日蓮宗が一番後になるだろう早期に読んでいたから、😀2026/08/15 19:51:0296.神も仏も名無しさんQoI08華厳が月称的天台が清弁的とかなー😀2026/08/15 19:53:0397.神も仏も名無しさんQoI08つまるところ探求は先の論文シリーズになり仏教以外路線はしばらくなさそうだ神仏習合研究の影響だ😀2026/08/15 19:58:3698.神も仏も名無しさんQoI08日本で続かなかったが論理的だったのは平安初期までの天台宗、法相宗、三論宗かもしれない😀2026/08/15 20:00:5999.◆JBLfMwCXhY9S6q1奈良仏教は、高度に知的で論理的だったエリート学僧が知識を独占していた2026/08/15 20:12:18100.◆JBLfMwCXhY9S6q1平安仏教、鎌倉仏教とだんだん、親しみやすいものに変わっていった2026/08/15 20:12:48101.神も仏も名無しさんK2O37ひとりが好きで坐禅2026/08/15 20:40:26102.神も仏も名無しさんhUfzpひろきが好き!2026/08/18 14:57:55103.神も仏も名無しさんhUfzpで坐禅2026/08/18 14:58:36104.ゴリ子HhY3A最近は坐禅をマスターされた方々がネットアップされているみたいで私の観るのにも出て来ています。皆様イケメンで目の保養。そんな人って普段にはなかなかいないよねー。2026/08/18 19:12:37105.神も仏も名無しさんpjlmV松下幸之助、本田宗一郎二人は八咫烏の支援で成功した‼️https://youtube.com/shorts/CXQ3uzjOvvI?si=eEuzuGG4HoH9Ce2E2026/08/19 20:32:10106.神も仏も名無しさん8CwkQ👽通過〜2026/08/19 20:41:51107.神も仏も名無しさんpeq0s坐禅で洞察する。組織の風土に馴染まない異質な存在はガスライティング攻撃でメンタルを削られる。2026/08/20 17:30:51108.ゴリ子JqSlb>>107ユング解説は散々動画をみせられました。ほんと過保護なくらいに教えてくるのはやはりジジイどもは教えたがりだからだろうな 笑本当にいつもいつもありがとうございます♪2026/08/20 23:06:42109.ゴリ子JqSlb>>108それ何となく知っています。やたらとネット上で誘導動画を観せられた事があります。もしかして私を舐めてんのか?と思いました。2026/08/20 23:29:05110.ゴリ子JqSlb>>109こっちは私の神さまジジイに産まれた時から説教くらい続けてんねん。しょうもない誘導大作戦とか内側からのもんに勝てるわけないやろ、と思いました。泥水啜った味など絶対に忘れない。2026/08/20 23:34:41111.神も仏も名無しさんG8VBG坐禅で洞察する。2026/08/21 07:54:31112.神も仏も名無しさん4bWrG盗撮するな!2026/08/21 12:31:35113.ゴリ子C1ADQもう意味不明な場所だけど書きます。人の努力を馬鹿にするなと改めて叱られた。超絶叱られたんっすけど、誰のせいやねん。あ、私か。とか要らん、だから仏教怖いねん。坐禅ジジイって妖怪やろな、永遠に生きてるなど怖いっす。2026/08/21 22:25:13114.◆JBLfMwCXhYF3P7C仏教の戒律復興運動とは、形骸化した僧侶の生活や乱れた教団の規律を正し、仏教本来の精神や実践を取り戻そうとする歴史的な改革運動です。日本では特に鎌倉時代と明治時代に、仏教の立て直しを掲げて大きな運動が起こりました。2026/08/22 14:59:36115.◆JBLfMwCXhYF3P7C鎌倉時代の戒律復興運動背景: 旧仏教の権力癒着と腐敗、僧侶の戒律軽視に対する危機感。中心人物: 俊?、覚盛、叡尊、忍性。特徴: 唐招提寺を拠点に厳しい戒律を守り、病人や貧困層の社会救済を一緒に行いました。2026/08/22 14:59:58116.◆JBLfMwCXhYF3P7C明治時代の戒律復興運動背景: 明治維新の廃仏毀釈による仏教弾圧と、近代化による仏教界の動揺。中心人物: 釈雲照(1827~1909)。特徴: 戒律の厳格な実践で仏教を立て直そうとし、一般の人も参加できる「十善会」を作りました。2026/08/22 15:00:21117.◆JBLfMwCXhYF3P7C貞慶(解脱)(じょうけい・げだつ)1155年 – 1213年【概説】平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した法相宗の僧。南都の旧仏教の世俗化や堕落を厳しく批判して戒律の復興に尽力する一方で、法然が唱えた専修念仏に対しては仏教の秩序を破壊するものとして『興福寺奏状』を起草し、朝廷に激しい弾圧を求めた人物である。2026/08/22 15:03:11118.◆JBLfMwCXhYF3P7C名門の出自と遁世の道貞慶は、平安時代末期の政治において強大な権力を握った碩学・藤原通憲(信西)の孫として生まれた。しかし、1159年の平治の乱で祖父が自刃に追い込まれ一族が没落するという数奇な運命を背負うことになる。若くして南都(奈良)の興福寺に入って出家し、伯父の覚憲に師事して法相宗の教理を深く学んだ。彼は並外れた才覚を持ち、興福寺の学匠としてエリートコースを歩みつつあった。しかし、当時の南都仏教は広大な荘園を領有し、強訴を繰り返す僧兵を抱えるなど、権力と結びついて激しく世俗化・堕落していた。こうした仏教界の現状と権力闘争に深く絶望した貞慶は、建久4年(1193年)、地位や名誉をすべて捨てて山城国の笠置寺(かさぎでら)へと遁世(隠遁)した。この時、彼は39歳であった。2026/08/22 15:03:25119.◆JBLfMwCXhYF3P7C戒律の復興と釈迦・弥勒信仰笠置寺に隠棲した貞慶は、形骸化していた戒律の復興に心血を注いだ。彼が問題視したのは、当時の僧侶たちが戒律を破り、仏教本来の厳しい修行をおろそかにしていることであった。彼は自ら厳格な戒律を守り、釈迦如来や未来仏である弥勒菩薩に対する熱烈な信仰(弥勒信仰)を深めていった。のちに山城国の海住山寺(かいじゅうせんじ)に移った貞慶は、そこを拠点として南都仏教の立て直しを図った。彼が目指したのは、単なる教理の探究ではなく、仏教徒としての正しい実践を取り戻すことであり、その清廉な人柄と真摯な姿勢は多くの人々の尊崇を集め、「解脱上人(げだつしょうにん)」と称されるようになった。2026/08/22 15:03:41120.神も仏も名無しさん9QQQi忍性は日蓮の著作に出てくる人物😀2026/08/22 15:03:43121.◆JBLfMwCXhYF3P7C法然の専修念仏に対する苛烈な批判貞慶の名を日本仏教史において極めて重要なものとしているのが、法然が提唱した専修念仏(浄土宗)への激しい弾圧要請である。元久2年(1205年)、貞慶は興福寺の僧徒の総意を代表して、朝廷に対して専修念仏の停止を求める『興福寺奏状』を起草・提出した。この奏状において貞慶は、法然の教えが「念仏以外の行(戒律や造寺造仏など)を無益として否定している」「神祇への信仰を軽視している」「無智な民衆に悪行を助長させている」など、九つの過失(九箇条の失)を挙げて論理的かつ痛烈に批判した。貞慶からすれば、法然の教えは仏教が長い歴史の中で築き上げてきた戒律や秩序、多様な修行の価値を根本から破壊する危険思想に他ならなかった。この貞慶の動きは朝廷を動かし、のちの承元の法難(建仁の法難に続く法然・親鸞らの流罪)を引き起こす決定的な要因となった。2026/08/22 15:03:58122.◆JBLfMwCXhYF3P7C鎌倉期「旧仏教の革新運動」としての歴史的意義日本史の学習において、鎌倉時代の仏教はどうしても法然や親鸞、日蓮といった「鎌倉新仏教」の開祖たちに焦点が当たりがちであり、貞慶ら旧仏教側は「新仏教を弾圧した保守的で既得権益まみれの勢力」と見なされることが多い。しかし、貞慶の思想と行動を深く見れば、それが単なる権力維持のための弾圧ではなく、仏教のあり方を真摯に問う教理的な対決であったことがわかる。貞慶や、華厳宗の明恵(みょうえ)、律宗の俊芿(しゅんじょう)や叡尊(えいそん)らの活動は、旧仏教側からの強烈な自己批判と改革運動であった。彼らが戒律を復興し、民衆教化や社会事業に乗り出したことで、南都の仏教は新たな生命力を得た。貞慶は、新興宗教の急進的な教義に対抗しつつ、伝統的な仏教を内部から浄化しようとした「鎌倉旧仏教の革新」を象徴する極めて重要な人物として評価されている。2026/08/22 15:04:10123.神も仏も名無しさん9QQQi法然とかんれんのあった重源とは敵対してなかったよーだ南都の戒律無視しない念仏グループは厚遇していたよーだ😀2026/08/22 15:05:30124.神も仏も名無しさん9QQQi菩提院蔵俊の菩提院自体が念仏の集まりで釈迦=阿弥陀だったし戒律は守るけど、その辺が法然への対応の違いらしい😀2026/08/22 15:06:52125.神も仏も名無しさん9QQQi貞慶の本文に入る前の唯識の解説は流す精読しない😀2026/08/22 15:10:11126.神も仏も名無しさん9QQQiなるほど、初めて舎利信仰について理解した、以前は謎である道元は舎利信仰否定論者ま、こっちサイドの人間なので余計に理解不能中世高野山ですら謎だったくらいにインド中国の仏教とは別物😀2026/08/22 15:20:41127.ゴリ子OSpjFもう座禅で。お勉強はしたくしたんやろ?なら実践してね??っていってるけど大丈夫そ?2026/08/22 18:52:54128.ゴリ子OSpjF全ての雑音を消し全て今をみつめてはじめてみえるもの。それが座禅じゃないんでしょうか?私はまた間違えているのかな??今の仏教ってマジ意味不明。2026/08/22 18:55:10129.ゴリ子WejRwやっと五力と五根を教えてもらった全くお勉強出来てもいない、思えばいきなり般若心経など即寝出来るクラスな私だった、今でも記憶など一切出来てもいない。そんなに賢い方々は実践の方が絶対わかるはずなのにな。2026/08/23 08:56:40130.◆JBLfMwCXhYNfx7B953 神も仏も名無しさん (50-hqB-mG-lzo) 2026/08/24(月) 07:44:16.79 ID:RT7zt當麻寺の金堂本尊の弥勒如来に三論宗禅定を伝授されているので内容まとめは簡単に理解てきる😀禅なんかよりも気楽だ😀この動画は、三論宗の教えの究極的な内容について、珍海による『大乗正観略私記』の「道門宗極」章を用いて解説する講義形式の番組です。主なポイントは以下の通りです。究極の心理と表現: 三論宗において、悟りの状態や最高の心理は言葉を超越しているため、単純な肯定や否定で表現し尽くすことはできません(07:31-08:05)。八不(はっぷ)と中道: 『中論』に見られる「不生不滅」などの八つの否定(八不)を通じて、物事の本質(自性)がないことを理解し、有と無の両極端を離れる「中道」の重要性が説かれています(13:47-18:56)。相待因縁(そうたいいんねん): 物事は単なる一方通行の因果ではなく、相互依存の関係性(相待因縁)によって成り立っていると説明されます(25:49-27:39)。四重二諦と円中: 「有・無・非有非無・非非有非非無」という4つの視点(四重)を通じ、すべての存在が仮のものであると同時に中道であることを示す「円中(えんちゅう)」の概念が、三論宗の目指す究極のあり方として提示されています(31:30-40:27)。最終的に、この講義では、論理的な対立をただ消去するのではなく、関係性の中で物事を正しく観察する姿勢が「中道」の本質であると結んでいます。2026/08/24 08:01:40131.◆JBLfMwCXhYNfx7B954 ハジ (9f-ZPw-OU-FMm) 2026/08/24(月) 07:46:17.93 ID:NpDcR三論宗における「禅定(ぜんじょう)」や「中道」の理解は、物事を固定的な「有」や「無」として捉える捉われを離れ、ありのままを観照する**八不中道(はっぷちゅうどう)**の観察そのものを指します。『大乗正観略私記』で述べられる「円中」や「四重二諦」の整理について、提示された内容の重要ポイントを以下にまとめました。* **八不と空(中道)*** 「不生不滅・不常不断・不一不異・不来不出」という8つの否定を通じ、あらゆる事象に固定的な実体(自性)がないことを観ずる。* 「有る」とも「無い」とも一方に偏らない視点(中道)を徹底する。* **相待因縁(相互依存)*** 物事は単独で存在するのではなく、他との関係性(相待)によって成り立っているとする。* 依存して成り立っているからこそ固定的実体(自性)がなく、「空」であると結論付ける。* **四重二諦と円中*** 世俗的な見方(俗諦)と真理の見方(真諦)を4つの段階(四重)で深め、言語や概念による論理的な対立をひとつずつ打ち払う。* 最終的に言葉や捉われを超えた融通無碍な境地(円中)に達する。三論宗の瞑想(正観・禅定)は、何か特別なトランス状態に入るというよりも、あらゆる概念的執着を排して「関係性の中で生きているありのままの事実」を観察する、きわめて論理的かつシンプルな観察法である点が特徴です。2026/08/24 08:02:04132.ゴリ子7NqaMなんか、、もしや真言宗って人気ないん?やはりどこも人手不足なのかな。私のYouTube動画で上がってきた真言宗の阿闍梨って名乗ってた人、阿闍梨って偉い人がする役で合ってるのかな、違うのかな。どうもう思えば良いのかわかんないな。今観たばかりで衝撃を受けたけど、本物のお坊さんみたいだったしなぁ。お坊さんたちって賢くて偉い人なイメージだったんだけどな、ここはそうだと思うから良いんだけど、、、。2026/08/24 14:22:43133.神も仏も名無しさんiuycQ須磨寺ばかり見といたらええ😀2026/08/24 14:48:42134.ゴリ子l5DyR>>133教えて頂きありがとうございます。今までに教えて頂けたお坊様方々が良すぎたのか?と思ってしまうくらいの衝撃でつい書き込んでしまいました。まだまだ未熟だと当然ですが、改めて思い自覚したい。2026/08/25 13:19:03135.ゴリ子l5DyR小池住職様が空海展のご案内されていらっしゃった?確かみた記憶があります。また私の記憶が違うのかもしれないけど、尊さは似てました。イケメンみて落ち着こう。2026/08/25 13:28:07
【MX】最強出涸らし皇子→本好きの下剋上→拳王軍ザコたちの挽歌→透明な夜に駆ける君と→ここは俺に任せて先に行け→炎の闘球女 ドッジ弾子→転校先の清楚可憐な美少女が→ぐらんぶる3→逃げ若(再)なんでも実況J127808.12026/09/01 00:23:56
【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】
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【ブッダの教え】初期仏教【ヴィパッサナー瞑想】 Part2
https://talk.jp/boards/psy/1779968091
仏教がわかってきた人のスレ vol.36
https://talk.jp/boards/psy/1772577344
なぜなら、龍樹自身が主著『中論』の第24章で、「諸仏は二諦(世俗諦と勝義諦)に拠って衆生のために法を説く」 とはっきりと明言しているからです。そのため、龍樹の後継者である中観派の学者は全員、龍樹を二諦論者として受け入れています。 [1, 2, 3, 4, 5]
しかし、「龍樹の言う『二諦』をどう解釈するか」という点において、二人の間には決定的な違いがありました。
清弁は、世俗諦(言葉の世界)から勝義諦(究極の真理)へ至るステップを重視しました。
特徴: 勝義諦を「言葉を超えた真理(非不虚妄)」としながらも、そこにアクセスするためには「言葉で表現できる論理的な勝義」という中間ステップが必要だと考えました。
論理学(推論式)を使って「世俗的な言葉の世界」を緻密に組み立てることで、勝義(空)へとハシゴをかけるようにアプローチしようとしたのが清弁です。
チャンドラキールティは、世俗諦の不完全さをより厳しく見ました。
特徴: 「世俗(世間)」とは文字通り「覆い隠すもの(サムヴリティ)」であり、真理を隠蔽している偽りの世界であるというニュアンスを強く持たせました。
そのため、「世俗の論理をいくらこねくり回しても、勝義には到達できない。清弁のように自ら推論を立てる行為は、世俗の迷いを深めるだけだ」と批判し、世俗の認識が持つ矛盾を徹底的に暴くことでしか、勝義(空)は浮かび上がらないと主張しました。
共通点: 二人とも「龍樹は二諦(世俗と勝義)を説いた」と認めている。
相違点: 清弁は「世俗の論理(言葉)をハシゴにして勝義へ登ろう」とし、チャンドラキールティは「世俗の論理はバグだらけだと暴くことで勝義を際立たせよう」とした。
このように、二諦という枠組みの捉え方の違いが、前述の「自立論証(スヴァータントリカ)」と「帰謬論証(プラーサンギカ)」の激しいバトルへと繋がっていったのです。
バーヴィヴェーカは、言説諦、つまり「言語によって説かれた勝義諦」を提唱した
うん、かなり重要なポイントです。
ただし、**「言説諦=言語によって説かれた勝義諦」**という言い方には少し注意が必要です。
バーヴィヴェーカ(清弁)は、ナーガールジュナの「勝義諦は言語・概念を超える」という方向をそのまま受け取るのではなく、勝義を論証・言語によって積極的に示すことが可能だと考えました。
そこで後の中観思想で重要になるのが、
世俗諦
勝義諦
という二諦に加えて、**「言説諦」あるいは「言語的に構成された真理」**という問題です。
バーヴィヴェーカの特徴は、ざっくり言えば、
「究極的には空である」
ということも、論証によって言語的に提示できる。
と考えたところにあります。
ナーガールジュナの場合、
「空」を何か実体的な真理として提示する
こと自体にかなり警戒します。
だから『中論』では、
空もまた空である
という徹底した自己解体が起こる。
ところがバーヴィヴェーカは、これでは仏教徒が外道に対して論争できないじゃないか、と考えた。
そこで**独立した論証**を用いて、
諸法は自性を欠いている
↓
なぜなら縁起しているからである
という形で、「空」を論証によって言語的に確立する方向へ進む。
これが後のスヴァータントリカ派の特徴ですね。
「究極的な勝義」そのものと
「それを言語によって指し示したもの」
を区別する方向へ発展していくことです。
なので、あなたが以前言っていた
「中観派は認識論というより存在論じゃないか」
という話ともつながります。
バーヴィヴェーカの場合、まさに**「空・無自性という存在論的主張を、言語的・論理的にどう論証するか」**という問題が前面に出てくる。
だから「中観=単なる認識論」としてしまうのは、少なくともバーヴィヴェーカ以降を見るとかなり苦しいと思います。
忘れた
今や、日蓮宗西山派真宗浄土宗の大学論文にマジメにやろうと
日蓮宗が一番後になるだろう
早期に読んでいたから、
😀
天台が清弁的とかなー
😀
探求は
先の論文シリーズになり
仏教以外路線はしばらくなさそうだ
神仏習合研究の影響だ
😀
論理的だったのは
平安初期までの
天台宗、法相宗、三論宗かもしれない
😀
エリート学僧が知識を独占していた
だんだん、親しみやすいものに変わっていった
そんな人って普段にはなかなかいないよねー。
二人は八咫烏の支援で成功した‼️
https://youtube.com/shorts/CXQ3uzjOvvI?si=eEuzuGG4HoH9Ce2E
組織の風土に馴染まない異質な存在はガスライティング攻撃でメンタルを削られる。
ユング解説は散々動画をみせられました。ほんと過保護なくらいに教えてくるのはやはりジジイどもは教えたがりだからだろうな 笑
本当にいつもいつもありがとうございます♪
それ何となく知っています。やたらとネット上で誘導動画を観せられた事があります。もしかして私を舐めてんのか?と思いました。
こっちは私の神さまジジイに産まれた時から説教くらい続けてんねん。しょうもない誘導大作戦とか内側からのもんに勝てるわけないやろ、と思いました。
泥水啜った味など絶対に忘れない。
人の努力を馬鹿にするなと改めて叱られた。
超絶叱られたんっすけど、誰のせいやねん。
あ、私か。
とか要らん、だから仏教怖いねん。坐禅ジジイって妖怪やろな、永遠に生きてるなど怖いっす。
背景: 旧仏教の権力癒着と腐敗、僧侶の戒律軽視に対する危機感。
中心人物: 俊?、覚盛、叡尊、忍性。
特徴: 唐招提寺を拠点に厳しい戒律を守り、病人や貧困層の社会救済を一緒に行いました。
背景: 明治維新の廃仏毀釈による仏教弾圧と、近代化による仏教界の動揺。
中心人物: 釈雲照(1827~1909)。
特徴: 戒律の厳格な実践で仏教を立て直そうとし、一般の人も参加できる「十善会」を作りました。
1155年 – 1213年
【概説】
平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した法相宗の僧。南都の旧仏教の世俗化や堕落を厳しく批判して戒律の復興に尽力する一方で、法然が唱えた専修念仏に対しては仏教の秩序を破壊するものとして『興福寺奏状』を起草し、朝廷に激しい弾圧を求めた人物である。
貞慶は、平安時代末期の政治において強大な権力を握った碩学・藤原通憲(信西)の孫として生まれた。しかし、1159年の平治の乱で祖父が自刃に追い込まれ一族が没落するという数奇な運命を背負うことになる。若くして南都(奈良)の興福寺に入って出家し、伯父の覚憲に師事して法相宗の教理を深く学んだ。
彼は並外れた才覚を持ち、興福寺の学匠としてエリートコースを歩みつつあった。しかし、当時の南都仏教は広大な荘園を領有し、強訴を繰り返す僧兵を抱えるなど、権力と結びついて激しく世俗化・堕落していた。こうした仏教界の現状と権力闘争に深く絶望した貞慶は、建久4年(1193年)、地位や名誉をすべて捨てて山城国の笠置寺(かさぎでら)へと遁世(隠遁)した。この時、彼は39歳であった。
笠置寺に隠棲した貞慶は、形骸化していた戒律の復興に心血を注いだ。彼が問題視したのは、当時の僧侶たちが戒律を破り、仏教本来の厳しい修行をおろそかにしていることであった。彼は自ら厳格な戒律を守り、釈迦如来や未来仏である弥勒菩薩に対する熱烈な信仰(弥勒信仰)を深めていった。
のちに山城国の海住山寺(かいじゅうせんじ)に移った貞慶は、そこを拠点として南都仏教の立て直しを図った。彼が目指したのは、単なる教理の探究ではなく、仏教徒としての正しい実践を取り戻すことであり、その清廉な人柄と真摯な姿勢は多くの人々の尊崇を集め、「解脱上人(げだつしょうにん)」と称されるようになった。
日蓮の著作に出てくる人物
😀
貞慶の名を日本仏教史において極めて重要なものとしているのが、法然が提唱した専修念仏(浄土宗)への激しい弾圧要請である。元久2年(1205年)、貞慶は興福寺の僧徒の総意を代表して、朝廷に対して専修念仏の停止を求める『興福寺奏状』を起草・提出した。
この奏状において貞慶は、法然の教えが「念仏以外の行(戒律や造寺造仏など)を無益として否定している」「神祇への信仰を軽視している」「無智な民衆に悪行を助長させている」など、九つの過失(九箇条の失)を挙げて論理的かつ痛烈に批判した。貞慶からすれば、法然の教えは仏教が長い歴史の中で築き上げてきた戒律や秩序、多様な修行の価値を根本から破壊する危険思想に他ならなかった。この貞慶の動きは朝廷を動かし、のちの承元の法難(建仁の法難に続く法然・親鸞らの流罪)を引き起こす決定的な要因となった。
日本史の学習において、鎌倉時代の仏教はどうしても法然や親鸞、日蓮といった「鎌倉新仏教」の開祖たちに焦点が当たりがちであり、貞慶ら旧仏教側は「新仏教を弾圧した保守的で既得権益まみれの勢力」と見なされることが多い。しかし、貞慶の思想と行動を深く見れば、それが単なる権力維持のための弾圧ではなく、仏教のあり方を真摯に問う教理的な対決であったことがわかる。
貞慶や、華厳宗の明恵(みょうえ)、律宗の俊芿(しゅんじょう)や叡尊(えいそん)らの活動は、旧仏教側からの強烈な自己批判と改革運動であった。彼らが戒律を復興し、民衆教化や社会事業に乗り出したことで、南都の仏教は新たな生命力を得た。貞慶は、新興宗教の急進的な教義に対抗しつつ、伝統的な仏教を内部から浄化しようとした「鎌倉旧仏教の革新」を象徴する極めて重要な人物として評価されている。
重源とは
敵対してなかったよーだ
南都の戒律無視しない念仏グループは厚遇していたよーだ
😀
念仏の集まりで
釈迦=阿弥陀だったし
戒律は守るけど、
その辺が法然への対応の違いらしい
😀
😀
初めて舎利信仰について理解した、
以前は謎である
道元は舎利信仰否定論者
ま、こっちサイドの人間なので
余計に理解不能
中世高野山ですら謎だったくらいに
インド中国の仏教とは別物
😀
お勉強はしたくしたんやろ?
なら実践してね??っていってるけど大丈夫そ?
それが座禅じゃないんでしょうか?私はまた間違えているのかな??今の仏教ってマジ意味不明。
そんなに賢い方々は実践の方が絶対わかるはずなのにな。
當麻寺の金堂本尊の弥勒如来に
三論宗禅定を伝授されているので
内容まとめは
簡単に理解てきる
😀
禅なんかよりも気楽だ😀
この動画は、三論宗の教えの究極的な内容について、珍海による『大乗正観略私記』の「道門宗極」章を用いて解説する講義形式の番組です。主なポイントは以下の通りです。
究極の心理と表現: 三論宗において、悟りの状態や最高の心理は言葉を超越しているため、単純な肯定や否定で表現し尽くすことはできません(07:31-08:05)。
八不(はっぷ)と中道: 『中論』に見られる「不生不滅」などの八つの否定(八不)を通じて、物事の本質(自性)がないことを理解し、有と無の両極端を離れる「中道」の重要性が説かれています(13:47-18:56)。
相待因縁(そうたいいんねん): 物事は単なる一方通行の因果ではなく、相互依存の関係性(相待因縁)によって成り立っていると説明されます(25:49-27:39)。
四重二諦と円中: 「有・無・非有非無・非非有非非無」という4つの視点(四重)を通じ、すべての存在が仮のものであると同時に中道であることを示す「円中(えんちゅう)」の概念が、三論宗の目指す究極のあり方として提示されています(31:30-40:27)。
最終的に、この講義では、論理的な対立をただ消去するのではなく、関係性の中で物事を正しく観察する姿勢が「中道」の本質であると結んでいます。
三論宗における「禅定(ぜんじょう)」や「中道」の理解は、物事を固定的な「有」や「無」として捉える捉われを離れ、ありのままを観照する**八不中道(はっぷちゅうどう)**の観察そのものを指します。
『大乗正観略私記』で述べられる「円中」や「四重二諦」の整理について、提示された内容の重要ポイントを以下にまとめました。
* **八不と空(中道)**
* 「不生不滅・不常不断・不一不異・不来不出」という8つの否定を通じ、あらゆる事象に固定的な実体(自性)がないことを観ずる。
* 「有る」とも「無い」とも一方に偏らない視点(中道)を徹底する。
* **相待因縁(相互依存)**
* 物事は単独で存在するのではなく、他との関係性(相待)によって成り立っているとする。
* 依存して成り立っているからこそ固定的実体(自性)がなく、「空」であると結論付ける。
* **四重二諦と円中**
* 世俗的な見方(俗諦)と真理の見方(真諦)を4つの段階(四重)で深め、言語や概念による論理的な対立をひとつずつ打ち払う。
* 最終的に言葉や捉われを超えた融通無碍な境地(円中)に達する。
三論宗の瞑想(正観・禅定)は、何か特別なトランス状態に入るというよりも、あらゆる概念的執着を排して「関係性の中で生きているありのままの事実」を観察する、きわめて論理的かつシンプルな観察法である点が特徴です。
どうもう思えば良いのかわかんないな。
今観たばかりで衝撃を受けたけど、本物のお坊さんみたいだったしなぁ。
お坊さんたちって賢くて偉い人なイメージだったんだけどな、ここはそうだと思うから良いんだけど、、、。
ええ
😀
教えて頂きありがとうございます。
今までに教えて頂けたお坊様方々が良すぎたのか?と思ってしまうくらいの衝撃でつい書き込んでしまいました。
まだまだ未熟だと当然ですが、改めて思い自覚したい。
また私の記憶が違うのかもしれないけど、尊さは似てました。イケメンみて落ち着こう。