仏教@質問箱 Part2最終更新 2026/05/19 09:021.◆JBLfMwCXhYW2k0b仏教に関することならナンデモアリの、《仏教@質問箱》です。回答者さんは、 ご質問を見つけたら、Talk宗教板ならではの物凄い勢いで、お返事を差し上げましょう。前スレ仏教@質問箱https://talk.jp/boards/psy/1686723952【唯識三年】仏教ウンチクを語るスレ 10【倶舎八年】https://talk.jp/boards/psy/1759535455仏教がわかってきた人のスレ vol.36https://talk.jp/boards/psy/17725773442026/05/05 20:50:28127コメント欄へ移動すべて|最新の50件78.◆JBLfMwCXhYQubUv1750年、美濃国(今の岐阜県)生まれ。若い頃に出家し、各地を修行して、最終的に博多の 聖福寺 の住持となった。この聖福寺は、栄西 が開いた、日本最古の禅寺として有名だ。2026/05/10 09:18:5879.神も仏も名無しさんDRgGbハッスルはビギナーだからなコマったビギナー🤡2026/05/10 09:19:1080.◆JBLfMwCXhYQubUvざっくり言うと、修行は本格派性格は豪放で人懐っこい絵は脱力系しかし中身は鋭いという、かなり独特な禅僧だな。2026/05/10 09:19:1981.◆JBLfMwCXhYQubUv>>76坐禅ウンチクはダメか~😂2026/05/10 09:19:3482.◆JBLfMwCXhYQubUv>>7940年も参禅してるのにまだ、ビギナーレベルかよ~😭2026/05/10 09:20:0583.神も仏も名無しさんDRgGb栄西系統高野山系統では俺は神扱いらしい?😀2026/05/10 09:20:1184.ゴリ子ZeMtJ偉人とはいつの時代も偉人。それをきちんと評価出来る日本の仏教史。あまりにも凄すぎて、私のあまりにも知識の無さに我ながら引きました。こんな事さえ今朝初めて知ったばかりな身で教えて頂き大変ありがとうございました♪2026/05/10 09:21:1985.神も仏も名無しさんDRgGb妙心寺系統には塩対応扱い最初だけざわついてくれて、後は無視ま、本道はそんなものだ神扱いしないのが本道😀2026/05/10 09:21:2286.神も仏も名無しさんDRgGb最近、高野山へ行っていないので高野山にいくか?と思っても栄西系統高野山けのざわつきが薄い😀2026/05/10 09:22:4387.神も仏も名無しさんDRgGb前に高野山行ったのは誰目当てだったか?忘れた😀2026/05/10 09:23:4788.神も仏も名無しさんDRgGbたぶん金剛三昧院のお堂拝観の日だったか?何年高野山へ行ってないんだろうか?鎌倉殿の13人の放映の前の年あたり、検索してみよう😀2021年あたりか、2020年か?高野山は5〜6年くらい行ってないのかー仁和寺参拝と同じくらい期間が空いている😀2026/05/10 09:30:2789.神も仏も名無しさんDRgGb宿坊修行狙いしか高野山行かないからなー😀2026/05/10 09:30:5990.◆JBLfMwCXhYbwbU0質問:日本では、奈良時代は法相宗と華厳宗、平安時代は天台宗と真言宗と、仏教界の勢力図が塗り替わった同じ時期の唐朝ではどうだったか?2026/05/19 08:25:1191.◆JBLfMwCXhYbwbU0チャットGPT:かなり大きく動いています。ただ、日本のように「奈良六宗 → 平安二宗」という明快な交代劇というより、唐ではもっと複雑で、多中心的でした。大づかみに言うと、初唐~盛唐:インド直輸入の学問仏教が隆盛中唐:密教・華厳・禅が伸長晩唐:禅宗が圧倒的に強くなるという流れです。2026/05/19 08:25:5492.◆JBLfMwCXhYbwbU0初唐~盛唐:国家的な「学問仏教」の時代7世紀頃の唐では、国家の保護を受けた巨大寺院で、経典研究が非常に盛んでした。代表格が:法相宗(唯識)華厳宗三論宗天台宗律宗など。特に有名なのが、玄奘 と、その弟子の 窺基 による法相宗です。これは、まさに「国家エリートの仏教学」という感じでした。一方、法蔵 の華厳宗も、武則天政権と強く結びついて巨大化します。以前あなたが話していたように、武則天 は華厳思想をかなり重視しました。つまり、日本の奈良仏教に影響を与えた巨大宗派群は、そもそも唐の国家仏教だったわけです。2026/05/19 08:26:2493.◆JBLfMwCXhYbwbU0中唐:空気が変わるしかし、8世紀後半~9世紀になると、流れが変わります。理由はいくつかあります。安史の乱で国家体制が弱体化巨大寺院中心主義への反発学問仏教の難解化貴族社会の変質実践性・宗教体験への関心ここで伸びるのが:禅宗密教浄土教です。これは日本の平安仏教への移行と、かなりシンクロしています。2026/05/19 08:28:3494.◆JBLfMwCXhYbwbU0密教ブーム唐後期には、善無畏金剛智不空などの密教僧が大活躍します。特に不空 は、国家鎮護・護国儀礼・加持祈祷で圧倒的影響力を持ちました。ここは、日本での空海 の登場につながります。空海が唐へ渡った頃、まさに唐では密教が超人気だった。つまり、日本は「最先端の唐仏教」を輸入した面がある。2026/05/19 08:29:0695.◆JBLfMwCXhYbwbU0そして禅宗の大躍進ただし、中国で最終的に勝ったのは、実は真言密教ではありません。禅宗です。特に中唐以後、馬祖百丈臨済潙仰などの系統が爆発的に広がります。中国では、「難しい教学より、直接悟れ」という方向が強くなっていった。これは、巨大な理論体系を築いた法相・華厳とは対照的です。2026/05/19 08:29:2796.◆JBLfMwCXhYbwbU0ここが日本との大きな違い日本では、天台宗真言宗が平安国家仏教として強大化しました。しかし中国では、その後さらに:禅宗浄土教が民衆レベルまで浸透し、巨大化します。特に晩唐~宋代になると、「禅浄一致」みたいな世界になっていく。だから、中国仏教史は:学問仏教密教禅浄土が、互いに飲み込み合いながら変化していく歴史なんですね。面白いのは、日本の奈良仏教が「唐の前半」、平安仏教が「唐の後半」をかなり反映している点です。つまり日本は、唐仏教の変化を、時差つきで輸入していたとも言えます。2026/05/19 08:29:4297.◆JBLfMwCXhYbwbU0質問:後期の唐朝は、「国を挙げて、密教の加持祈祷に狂奔していた」というイメージなんだが禅宗の天下だったのか2026/05/19 08:30:0798.◆JBLfMwCXhYbwbU0チャットGPT:両方です。しかも、「国家レベルでは密教」「社会全体では禅宗」という、二重構造だった感じがあります。2026/05/19 08:30:5199.◆JBLfMwCXhYbwbU0あなたの「後期唐朝は、国を挙げて密教の加持祈祷に狂奔していた」というイメージは、かなり当たっています。特に8世紀の唐では、密教はほとんど“国家魔術システム”でした。唐後期の密教熱は本当に凄い特に不空 の影響が巨大です。不空は単なる宗教者ではなく、国家鎮護雨乞い病気平癒戦勝祈願災害対策皇帝の護持などを担う、「国家呪術官」みたいな存在だった。皇帝たちは、「密教儀礼で国家を守れる」と本気で考えていました。2026/05/19 08:31:22100.◆JBLfMwCXhYbwbU0これは日本の空海 の護国思想にも直結しています。ただ、中国では“密教一強”にはならなかったここが日本との違いです。日本では、平安国家が:天台密教東密(真言)を制度化し、巨大化した。しかし中国では、密教は国家上層では強かったものの、社会全体を制圧するところまでは行かなかった。なぜか。禅宗が強すぎた唐後半になると、禅宗が猛烈に拡大します。特に:馬祖道一百丈懐海黄檗希運臨済義玄などの系統。彼らは、難解教学を嫌う儀礼依存を嫌う「即心是仏」を説く修行共同体を形成するという方向へ進んだ。つまり、「呪術国家仏教」に対する、ある種のカウンターでもあった。2026/05/19 08:32:01101.◆JBLfMwCXhYbwbU0面白いのは、禅宗も“超自然”を捨ててないこと現代人は、密教=オカルト禅=合理主義みたいに思いがちですが、唐代は全然違います。唐代禅僧も:神異譚奇跡法力霊験だらけです。なので、密教 vs 合理的禅ではない。むしろ:密教=国家儀礼系シャーマニズム禅=修行共同体系シャーマニズムくらいの違い。2026/05/19 08:32:19102.◆JBLfMwCXhYbwbU0会昌の廃仏で流れが変わる9世紀の会昌の廃仏 が大きな転換点です。巨大寺院や国家仏教ネットワークが打撃を受け、華厳法相密教などはかなり弱体化します。一方、禅宗は:地方分散型師弟ネットワーク型比較的小規模だったため、生き残りやすかった。結果として、宋代には禅宗が覇権を握る。だから唐後期は、国家:密教的宮廷:加持祈祷ブーム知識人:華厳・禅・浄土地方修行者:禅宗民衆:雑密・浄土・民間信仰が全部混ざっている。かなりカオスな宗教空間だったんです。2026/05/19 08:32:36103.◆JBLfMwCXhYbwbU0質問:中国の時代劇に出てくる坊さんは、みんな坐禅するし、「阿弥陀仏」(アーミートゥオフォー)と念仏をとなえるあれが「禅浄一致」なのか?2026/05/19 08:33:14104.◆JBLfMwCXhYbwbU0チャットGPT:かなり、そうです。中国仏教の「普通の坊さん像」は、まさに禅浄一致の世界観を反映しています。日本だと、禅宗なら坐禅浄土宗なら念仏真言宗なら真言みたいに、比較的「宗派ごとの専門分化」が強い。でも中国では、宋代以後、「禅も念仏も両方やるのが普通」という方向へ進みました。2026/05/19 08:33:46105.◆JBLfMwCXhYbwbU0禅浄一致とは何か簡単に言うと:禅=自己の心を直接観る浄土=阿弥陀仏を念じるこの二つは矛盾しない、という考えです。たとえば:「阿弥陀仏を念じる心そのものが仏心である」とか、「念仏三昧は禅定である」という発想。2026/05/19 08:34:04106.◆JBLfMwCXhYbwbU0中国では「純粋禅」があまり続かなかった唐代の禅宗は、かなりラディカルでした。不立文字教外別伝即心是仏みたいな世界。しかし宋代以後になると、次第に:坐禅読経念仏戒律法要を全部やる総合仏教へ戻っていきます。その結果、禅寺なのに念仏するのが普通になる。2026/05/19 08:34:20107.神も仏も名無しさんFZMMv>>101日本でもあるんたが臨済宗の僧侶で儀式に必要な品物が届かないので鎮守の神像をぶん殴ったら、即届いたという感じがあるシャーマニズムというより威圧系統かも、中国禅は😀2026/05/19 08:34:47108.◆JBLfMwCXhYbwbU0「阿弥陀仏」は中国坊さんの基本フレーズ中国時代劇で僧侶が「阿弥陀仏(Amituofo)」と言うのは、日本の:「南無阿弥陀仏」「お念仏」より、もっと広い意味があります。挨拶、 感嘆、 軽い祈り、 場を鎮める言葉、みたいにも使う。日本で言えば、「南無…」「やれやれ」「ありがたいことです」が混ざったような感じ。2026/05/19 08:35:01109.◆JBLfMwCXhYbwbU0坐禅も普通にやるしかも、中国寺院では、禅宗系でなくても:坐禅静坐瞑想を普通に行うことが多い。だから中国仏教は、日本ほど:「お前は何宗だ?」という区分が強くない。むしろ:「禅もやるし念仏もやるし、観音経も読む」という混成型。2026/05/19 08:35:24110.◆JBLfMwCXhYbwbU0だから中国仏教は「総合パッケージ化」した特に明清以後は、禅浄土華厳天台密教要素民間信仰が巨大に融合します。なので、中国時代劇の坊さんが:坐禅する木魚叩く念仏する法力っぽいことするのは、かなりリアルなんです。実際、中国仏教は長い時間をかけて、「全部入り仏教」になっていったので。2026/05/19 08:35:37111.神も仏も名無しさんFZMMv中国は念仏との融合禅か主流なっていった南宋あたりが純粋禅の限界点だろな😀2026/05/19 08:35:51112.◆JBLfMwCXhYbwbU0>>107製ウンコ師が暴言を吐くのもそれを真似てるつもりなんだろうな2026/05/19 08:36:15113.◆JBLfMwCXhYbwbU0>>111「坐禅だけ」というのは、イビツな形だ総合仏教がいい😄2026/05/19 08:37:23114.神も仏も名無しさんFZMMv>>102昔の日本の天台真言僧にもたったんたがエリート学問僧は雑務一切せず学問のみ雑務は山伏や念仏階級の、役目中国では真言天台の学問僧の多くの仏教は雑務はしない、禅だけは農作業とか雑務するのがあたりまえ、道元禅師の著作にもあるやろうAIも限界だな😀2026/05/19 08:38:33115.◆JBLfMwCXhYbwbU0>>114こちらが話題を振らないと、AIはネタを拾わない2026/05/19 08:40:22116.◆JBLfMwCXhYbwbU0結局のところAIは質問者次第2026/05/19 08:41:34117.◆JBLfMwCXhYbwbU0質問:昔の日本の天台真言僧にもたったんたがエリート学問僧は雑務一切せず学問のみ雑務は山伏や念仏階級の、役目中国では真言天台の学問僧の多くの仏教は雑務はしない、禅だけは農作業とか雑務するのがあたりまえ、道元禅師の著作にもあるやろう2026/05/19 08:41:48118.◆JBLfMwCXhYbwbU0チャットGPT:かなり重要なポイントです。実際、中世東アジア仏教では、「学問・儀礼を担う上層僧」と「労働・実務・民間活動を担う下層僧」の分化は、かなりありました。そして禅宗は、その構造を部分的に崩したところがある。2026/05/19 08:42:21119.◆JBLfMwCXhYbwbU0奈良・平安仏教の大寺院システム日本の:南都六宗天台宗真言宗の大寺院は、巨大組織でした。そこには:学僧堂衆行人修験者念仏聖寺務担当など、多層構造がある。上層エリート僧は:教学研究儀礼国家祈祷法会を担当。生活雑務や民間布教は、別階層が担うことが多かった。2026/05/19 08:42:55120.◆JBLfMwCXhYbwbU0「聖(ひじり)」の世界特に:念仏聖山伏勧進聖などは、半ば漂泊民的でした。彼らは:民衆布教葬送勧進呪術山林修行を行う。日本仏教の「現場」を支えていたのは、むしろこちら。2026/05/19 08:43:17121.◆JBLfMwCXhYbwbU0禅宗は「労働する僧団」を強調した一方、中国禅宗では、特に百丈懐海 に象徴されるように、「一日作さざれば、一日食らわず」という精神が強調されました。つまり:自給自足農作業掃除炊事を修行に含める。これは巨大国家寺院仏教への対抗でもあった。道元はそこを強烈に継承した道元 は、中国禅林文化を非常に重視しました。たとえば典座教訓 では、料理役(典座)を単なる雑務係ではなく、仏道修行そのものとして描いています。これは、旧来の:「雑務は下の者がやる」という感覚とかなり違う。2026/05/19 08:43:51122.◆JBLfMwCXhYbwbU0禅宗は「身体労働」を宗教化したここが大きい。禅では:掃除炊事農作業運搬食事そのものが修行になる。だから、「エリート学問僧 vs 雑務階級」という分業を弱める方向へ行った。もちろん現実には、禅寺でも役職差や階層差はありましたが、理念としてはかなり革新的でした。2026/05/19 08:44:11123.◆JBLfMwCXhYbwbU0ただ、中国でも完全平等ではないここは重要です。中国禅林にも:高僧学僧清規運営者作務担当など役割差は普通にありました。しかも宋代以後は、禅宗自体が巨大制度化していく。なので、禅=完全労働共同体というほど単純でもない。でも確かに、東アジア仏教史の中で、「労働そのものを修行へ昇格させた」という点で、禅宗はかなり独特なんです。そこに道元が非常に深く感動したのは、間違いないですね。2026/05/19 08:44:25124.◆JBLfMwCXhYbwbU0AIは質問者次第だ2026/05/19 08:44:43125.◆JBLfMwCXhYbwbU0質問者が博識だと、AIも高度な回答を返してくる2026/05/19 08:45:06126.◆JBLfMwCXhYbwbU0無知な人だと、AIは潜在力を発揮できない2026/05/19 08:45:34127.神も仏も名無しさんZr4RA>>126AIも六祖慧能のデータが、出てこないなハッスル🤡の坐禅回数自慢を否定される内容だ五狙から六祖を認められるのは坐禅修行してたのではなく六祖慧能は雑務ばかりしかしていなかった、俺ちゃまみたいな天才禅修行者みたいなのがあるので六祖慧能は伝説てはないと見ている😀2026/05/19 09:02:03
【ぶら下がり取材】「高市さん、聞かれて答えるのは嫌ですか?」歴代首相に比べ‟取材対応”少なめ、Xでは連日発信…SNS隆盛時代に問われる報道機関の真価ニュース速報+4441203.72026/05/24 19:18:42
回答者さんは、 ご質問を見つけたら、Talk宗教板ならではの物凄い勢いで、お返事を差し上げましょう。
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仏教@質問箱
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仏教がわかってきた人のスレ vol.36
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若い頃に出家し、各地を修行して、最終的に博多の 聖福寺 の住持となった。
この聖福寺は、栄西 が開いた、日本最古の禅寺として有名だ。
コマったビギナー🤡
修行は本格派
性格は豪放で人懐っこい
絵は脱力系
しかし中身は鋭い
という、かなり独特な禅僧だな。
坐禅ウンチクはダメか~😂
40年も参禅してるのに
まだ、ビギナーレベルかよ~😭
俺は神扱いらしい?😀
あまりにも凄すぎて、私のあまりにも知識の無さに我ながら引きました。こんな事さえ今朝初めて知ったばかりな身で教えて頂き大変ありがとうございました♪
塩対応扱い
最初だけざわついてくれて、後は無視
ま、本道はそんなものだ
神扱いしないのが本道
😀
高野山にいくか?
と思っても栄西系統高野山けのざわつきが薄い
😀
忘れた
😀
何年高野山へ行ってないんだろうか?
鎌倉殿の13人の放映の前の年あたり、
検索してみよう
😀
2021年あたりか、
2020年か?
高野山は5〜6年くらい行ってないのかー
仁和寺参拝と同じくらい期間が空いている
😀
😀
日本では、奈良時代は法相宗と華厳宗、平安時代は天台宗と真言宗と、仏教界の勢力図が塗り替わった
同じ時期の唐朝ではどうだったか?
かなり大きく動いています。
ただ、日本のように「奈良六宗 → 平安二宗」という明快な交代劇というより、唐ではもっと複雑で、多中心的でした。
大づかみに言うと、
初唐~盛唐:インド直輸入の学問仏教が隆盛
中唐:密教・華厳・禅が伸長
晩唐:禅宗が圧倒的に強くなる
という流れです。
7世紀頃の唐では、国家の保護を受けた巨大寺院で、経典研究が非常に盛んでした。
代表格が:
法相宗(唯識)
華厳宗
三論宗
天台宗
律宗
など。
特に有名なのが、
玄奘 と、その弟子の 窺基 による法相宗です。
これは、まさに「国家エリートの仏教学」という感じでした。
一方、
法蔵 の華厳宗も、武則天政権と強く結びついて巨大化します。
以前あなたが話していたように、
武則天 は華厳思想をかなり重視しました。
つまり、日本の奈良仏教に影響を与えた巨大宗派群は、そもそも唐の国家仏教だったわけです。
しかし、8世紀後半~9世紀になると、流れが変わります。
理由はいくつかあります。
安史の乱で国家体制が弱体化
巨大寺院中心主義への反発
学問仏教の難解化
貴族社会の変質
実践性・宗教体験への関心
ここで伸びるのが:
禅宗
密教
浄土教
です。
これは日本の平安仏教への移行と、かなりシンクロしています。
唐後期には、
善無畏
金剛智
不空
などの密教僧が大活躍します。
特に
不空 は、国家鎮護・護国儀礼・加持祈祷で圧倒的影響力を持ちました。
ここは、日本での
空海 の登場につながります。
空海が唐へ渡った頃、まさに唐では密教が超人気だった。
つまり、日本は「最先端の唐仏教」を輸入した面がある。
ただし、中国で最終的に勝ったのは、実は真言密教ではありません。
禅宗です。
特に中唐以後、
馬祖
百丈
臨済
潙仰
などの系統が爆発的に広がります。
中国では、
「難しい教学より、直接悟れ」
という方向が強くなっていった。
これは、巨大な理論体系を築いた法相・華厳とは対照的です。
日本では、
天台宗
真言宗
が平安国家仏教として強大化しました。
しかし中国では、その後さらに:
禅宗
浄土教
が民衆レベルまで浸透し、巨大化します。
特に晩唐~宋代になると、
「禅浄一致」
みたいな世界になっていく。
だから、中国仏教史は:
学問仏教
密教
禅
浄土
が、互いに飲み込み合いながら変化していく歴史なんですね。
面白いのは、日本の奈良仏教が「唐の前半」、平安仏教が「唐の後半」をかなり反映している点です。
つまり日本は、唐仏教の変化を、時差つきで輸入していたとも言えます。
後期の唐朝は、「国を挙げて、密教の加持祈祷に狂奔していた」というイメージなんだが
禅宗の天下だったのか
両方です。
しかも、「国家レベルでは密教」「社会全体では禅宗」という、二重構造だった感じがあります。
「後期唐朝は、国を挙げて密教の加持祈祷に狂奔していた」
というイメージは、かなり当たっています。
特に8世紀の唐では、密教はほとんど“国家魔術システム”でした。
唐後期の密教熱は本当に凄い
特に
不空 の影響が巨大です。
不空は単なる宗教者ではなく、
国家鎮護
雨乞い
病気平癒
戦勝祈願
災害対策
皇帝の護持
などを担う、「国家呪術官」みたいな存在だった。
皇帝たちは、
「密教儀礼で国家を守れる」
と本気で考えていました。
空海 の護国思想にも直結しています。
ただ、中国では“密教一強”にはならなかった
ここが日本との違いです。
日本では、平安国家が:
天台密教
東密(真言)
を制度化し、巨大化した。
しかし中国では、密教は国家上層では強かったものの、社会全体を制圧するところまでは行かなかった。
なぜか。
禅宗が強すぎた
唐後半になると、禅宗が猛烈に拡大します。
特に:
馬祖道一
百丈懐海
黄檗希運
臨済義玄
などの系統。
彼らは、
難解教学を嫌う
儀礼依存を嫌う
「即心是仏」を説く
修行共同体を形成する
という方向へ進んだ。
つまり、
「呪術国家仏教」
に対する、ある種のカウンターでもあった。
現代人は、
密教=オカルト
禅=合理主義
みたいに思いがちですが、唐代は全然違います。
唐代禅僧も:
神異譚
奇跡
法力
霊験
だらけです。
なので、
密教 vs 合理的禅
ではない。
むしろ:
密教=国家儀礼系シャーマニズム
禅=修行共同体系シャーマニズム
くらいの違い。
9世紀の
会昌の廃仏 が大きな転換点です。
巨大寺院や国家仏教ネットワークが打撃を受け、
華厳
法相
密教
などはかなり弱体化します。
一方、禅宗は:
地方分散型
師弟ネットワーク型
比較的小規模
だったため、生き残りやすかった。
結果として、宋代には禅宗が覇権を握る。
だから唐後期は、
国家:密教的
宮廷:加持祈祷ブーム
知識人:華厳・禅・浄土
地方修行者:禅宗
民衆:雑密・浄土・民間信仰
が全部混ざっている。
かなりカオスな宗教空間だったんです。
中国の時代劇に出てくる坊さんは、みんな坐禅するし、「阿弥陀仏」(アーミートゥオフォー)と念仏をとなえる
あれが「禅浄一致」なのか?
かなり、そうです。
中国仏教の「普通の坊さん像」は、まさに禅浄一致の世界観を反映しています。
日本だと、
禅宗なら坐禅
浄土宗なら念仏
真言宗なら真言
みたいに、比較的「宗派ごとの専門分化」が強い。
でも中国では、宋代以後、
「禅も念仏も両方やるのが普通」
という方向へ進みました。
簡単に言うと:
禅=自己の心を直接観る
浄土=阿弥陀仏を念じる
この二つは矛盾しない、という考えです。
たとえば:
「阿弥陀仏を念じる心そのものが仏心である」
とか、
「念仏三昧は禅定である」
という発想。
唐代の禅宗は、かなりラディカルでした。
不立文字
教外別伝
即心是仏
みたいな世界。
しかし宋代以後になると、次第に:
坐禅
読経
念仏
戒律
法要
を全部やる総合仏教へ戻っていきます。
その結果、
禅寺なのに念仏する
のが普通になる。
日本でもあるんたが
臨済宗の僧侶で
儀式に必要な品物が届かないので
鎮守の神像をぶん殴ったら、
即届いたという感じがある
シャーマニズムというより
威圧系統かも、中国禅は
😀
中国時代劇で僧侶が
「阿弥陀仏(Amituofo)」
と言うのは、日本の:
「南無阿弥陀仏」
「お念仏」
より、もっと広い意味があります。
挨拶、 感嘆、 軽い祈り、 場を鎮める言葉、
みたいにも使う。
日本で言えば、
「南無…」
「やれやれ」
「ありがたいことです」
が混ざったような感じ。
しかも、中国寺院では、禅宗系でなくても:
坐禅
静坐
瞑想
を普通に行うことが多い。
だから中国仏教は、日本ほど:
「お前は何宗だ?」
という区分が強くない。
むしろ:
「禅もやるし念仏もやるし、観音経も読む」
という混成型。
特に明清以後は、
禅
浄土
華厳
天台
密教要素
民間信仰
が巨大に融合します。
なので、中国時代劇の坊さんが:
坐禅する
木魚叩く
念仏する
法力っぽいことする
のは、かなりリアルなんです。
実際、中国仏教は長い時間をかけて、
「全部入り仏教」
になっていったので。
南宋あたりが純粋禅の限界点だろな
😀
製ウンコ師が暴言を吐くのも
それを真似てるつもりなんだろうな
「坐禅だけ」というのは、イビツな形だ
総合仏教がいい😄
昔の日本の天台真言僧にもたったんたが
エリート学問僧は雑務一切せず学問のみ
雑務は山伏や念仏階級の、役目
中国では真言天台の学問僧の多くの仏教は雑務はしない、
禅だけは農作業とか雑務するのがあたりまえ、
道元禅師の著作にもあるやろう
AIも限界だな
😀
こちらが話題を振らないと、AIはネタを拾わない
AIは質問者次第
昔の日本の天台真言僧にもたったんたが
エリート学問僧は雑務一切せず学問のみ
雑務は山伏や念仏階級の、役目
中国では真言天台の学問僧の多くの仏教は雑務はしない、
禅だけは農作業とか雑務するのがあたりまえ、
道元禅師の著作にもあるやろう
かなり重要なポイントです。
実際、中世東アジア仏教では、
「学問・儀礼を担う上層僧」
と
「労働・実務・民間活動を担う下層僧」
の分化は、かなりありました。
そして禅宗は、その構造を部分的に崩したところがある。
日本の:
南都六宗
天台宗
真言宗
の大寺院は、巨大組織でした。
そこには:
学僧
堂衆
行人
修験者
念仏聖
寺務担当
など、多層構造がある。
上層エリート僧は:
教学研究
儀礼
国家祈祷
法会
を担当。
生活雑務や民間布教は、別階層が担うことが多かった。
特に:
念仏聖
山伏
勧進聖
などは、半ば漂泊民的でした。
彼らは:
民衆布教
葬送
勧進
呪術
山林修行
を行う。
日本仏教の「現場」を支えていたのは、むしろこちら。
一方、中国禅宗では、特に
百丈懐海 に象徴されるように、
「一日作さざれば、一日食らわず」
という精神が強調されました。
つまり:
自給自足
農作業
掃除
炊事
を修行に含める。
これは巨大国家寺院仏教への対抗でもあった。
道元はそこを強烈に継承した
道元 は、中国禅林文化を非常に重視しました。
たとえば
典座教訓 では、
料理役(典座)を単なる雑務係ではなく、
仏道修行そのもの
として描いています。
これは、旧来の:
「雑務は下の者がやる」
という感覚とかなり違う。
ここが大きい。
禅では:
掃除
炊事
農作業
運搬
食事
そのものが修行になる。
だから、
「エリート学問僧 vs 雑務階級」
という分業を弱める方向へ行った。
もちろん現実には、禅寺でも役職差や階層差はありましたが、理念としてはかなり革新的でした。
ここは重要です。
中国禅林にも:
高僧
学僧
清規運営者
作務担当
など役割差は普通にありました。
しかも宋代以後は、禅宗自体が巨大制度化していく。
なので、
禅=完全労働共同体
というほど単純でもない。
でも確かに、東アジア仏教史の中で、
「労働そのものを修行へ昇格させた」
という点で、禅宗はかなり独特なんです。
そこに道元が非常に深く感動したのは、間違いないですね。
AIも六祖慧能のデータが、出てこないな
ハッスル🤡の坐禅回数自慢を否定される内容だ
五狙から六祖を認められるのは
坐禅修行してたのではなく
六祖慧能は雑務ばかりしかしていなかっ
た、
俺ちゃまみたいな天才禅修行者みたいなのがあるので
六祖慧能は伝説てはないと見ている
😀