【南無阿弥陀仏】浄土教 【極楽往生】 Part2最終更新 2026/05/18 21:081.◆JBLfMwCXhY4GsM3南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・前スレ【空也から】浄土教を語る【親鸞会まで】https://talk.jp/boards/psy/16908657922026/03/28 14:37:47287コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.◆JBLfMwCXhY4GsM3阿弥陀如来は、逃げる者をも追いかけて救うhttps://d.kuku.lu/k4fx4hb7r2026/03/28 14:51:393.神も仏も名無しさんXifDiだそうだどんな服装で行けば良いのでしょうか [ 坐禅会について ]よく来られる方や、本格的に坐禅修行している方は、着物と袴や作務衣を着ていますが、だらしの無い格好でなければジーンズやジャージなど普段着でかまいません。ですが生地の硬いジーンズの場合は、血行が悪くなって足が痛くなる傾向があります。締め付けるところが無いゆったりしたものが理想的です。2026/03/28 17:59:254.神も仏も名無しさんXifDiだそうだ居士禅(こじぜん)とは何ですか? [ 素朴な質問 ]居士とは非出家者、つまり在家の者のことをいいます。在家ですから、実社会にあってはそれぞれの職業を持っています。もちろん学生や、主婦の方も含まれます。出家者である専門の雲水修行者が、僧堂において雲水の立場から修行を行っているのに比べ、居士禅では、在家の人達が主体であるために、正式に僧籍を持つ者以上に社会に密着した姿で修行を行うことになります。居士禅では、実社会の中にあってなおかつ純粋に自己確立を目指すことが求められ、それによって自分に安心を与えるとともに、修行によって悟り得た徳力を各自の領域、職域において自然に発露していくことで社会に貢献することが目標とされます。坐禅道場と言うと、何か敷居の高いような気がするのですが?確かに初めての方の中には、禁欲的で、俗世間から離れたイメージの方もおられるかもしれません。しかし、人間禅道場は居士禅の専門道場としての長い伝統の中で、皆が学生生活・社会人生活を送りながら坐ってきた道場です。確かに摂心会ともなれば厳しい雰囲気の中で行われます。、初めから摂心会に参加すると、面食らうかもしれません。そのため、 とりあえずは静坐会に参加されてはいかがでしょうか?2026/03/28 18:01:425.神も仏も名無しさんXifDiだそうだ参禅修行とはなんですか?曹洞宗では参禅と言うと、坐禅しに行くことを意味しますが、臨済宗においては参禅とは老師と1対1で禅問答を行うこと修行のことを指します。 また独参ということもあります。人間禅は臨済宗系なので、参禅修行は老師と1対1で禅問答を行います。摂心会(せっしんえ)や、禅フロンティアで参禅が行われますが、鐘をカーン、カーンと鳴らして修行者が廊下を小走りに行くのは老師に参禅をしているのです。 会員になっていない一般の方も「参禅願い」を提出して参禅を願い出ることができます。参禅願いを提出した全員が老師に呼ばれて面談を行います。その際、人間禅の歴史や禅の修業はどういうものかが説明され、最初の公案(これを初関(しょかん)と言う)が授けられます。ここまでは参禅願いを出した全員ですが、ここから先は老師と1対1で指導を受けることになります。参禅の作法を教えてもらってからは、一人で老師の待つ室内へ走っていきます。ここで公案の見解(けんげ 答えのようなもの)を提して、老師に判別を請うのですが、その室内の事は他言してはいけません、つまり、秘密にすることになっております。後に続く修行者の妨げになると考えられているからで、これ以上は書くことができません。2026/03/28 18:04:036.神も仏も名無しさんXifDi3月の予定東京東支部 第172回摂心会期間:3月28日~4月4日場所:擇木座禅道場 担当師家:了々庵老師2026/03/28 18:10:437.神も仏も名無しさんXifDiしっかり学ぼうhttps://ningenzen.org/free/bukkyo-kouza2026/03/28 18:14:068.神も仏も名無しさんXifDiだそうだ話が少しそれますが、ここで「居士禅」と「出家禅」という言葉を整理しましょう。人間禅も円覚寺法系を継承しており、人間禅創立以来66年間にわたり居士禅という言葉を使って来ましたが、調べてみますと、居士禅という言葉を使っているのは円覚寺法系のみであり、日本全体では在家禅が主流であることを知りました。更に居士は士(さむらい)の字で表されるように、男性を指す言葉であり、居士禅というと厳密には女性はオフリミットの意味合いになります。人間禅は、創立以来男女の差別はまったくありません。今後は一般にも博く使われている「在家禅」という言葉を居士禅に替えて使う方が良いのではと考え、以下「在家禅」でお話しを進めます2026/03/28 19:03:459.◆JBLfMwCXhYirCDe「人間禅」と言われるのを嫌がって「セイウン居士」から鹿野園に戻した2026/03/28 21:24:5510.◆JBLfMwCXhYirCDeセイウン居士じゃ、人間禅っぽいもんなあ2026/03/28 21:25:0711.◆JBLfMwCXhYirCDe禅だと:逃げるな今ここを見ろ浄土真宗だと:逃げてもいいその逃げているあなたを、すでに救っているこの差はかなり大きいです。2026/03/28 21:34:0212.神も仏も名無しさんMKOhe>>11最近、正統派瞑想仏教以外の研究が進んだので真宗の中心が解ってきたそれは「脱世俗」キリスト教、イスラムも神道もそもそも脱世俗だ盤珪みたいな発想世界き生きていると真言華厳も含めて「脱世俗」のイメージが薄くなってくる😀2026/03/28 21:37:2113.神も仏も名無しさんMKOhe真宗の「脱世俗」は脱世俗といえども、極楽浄土のあの世の浄土を目指す脱世俗である😀2026/03/28 21:38:1914.神も仏も名無しさんMKOhe山伏、念仏聖、神仏習合も「脱世俗」を目指す禅は脱世俗ではなくリアリズムが一番濃い故に山伏、念仏、神仏習合がわかりにくかった😀2026/03/28 21:39:4315.神も仏も名無しさんMKOheディスペンなんかは脱世俗の教義としてこだわったのだろう😀2026/03/28 21:40:2116.神も仏も名無しさんMKOheプロテスタントの信仰義認は生きるマジメな生き方を要求したりするが死後に天国に行く為である😀2026/03/28 21:41:3217.◆JBLfMwCXhYirCDeなるほど「脱世俗」か~😆2026/03/28 21:52:4718.神も仏も名無しさんMKOhe「脱世俗」のキーワードは意外な場所から見つけたユーチューブから😀2026/03/28 21:58:2019.神も仏も名無しさんMKOhe出口王仁三郎も脱世俗だ茂吉は我欲どっぷり😀2026/03/28 21:58:5820.神も仏も名無しさんYnuqHNO1はかなりお怒りだ😀2026/03/28 22:40:4821.◆JBLfMwCXhYPPm22ハッスルNo.1も、なかなか戦う相手がいないな~😅2026/03/29 07:04:2522.神も仏も名無しさん4eydxま、相手にしないからなー?そっちは花粉症でパワーダウンか?😫2026/03/29 07:20:1923.◆JBLfMwCXhYPPm22ちょっとパワーダウンしてるな~😫2026/03/29 07:26:5524.神も仏も名無しさん4eydxしかし、花粉症のやっかいなのは風邪か花粉症かわからんところだな?😫2026/03/29 07:33:0125.◆JBLfMwCXhYPPm22カゼに症状が似ている2026/03/29 07:37:5926.◆JBLfMwCXhYPPm22**親鸞教学(しんらんきょうがく)**は、親鸞が展開した仏教思想で、従来の仏教とはかなりラディカルに異なる特徴を持っています。核心だけ押さえると、驚くほどシンプルで深いです。■ 核心:他力による救い親鸞の教えの中心は一言でいうと👉 「人は自力では救われない」です。ここでいう救いとは、煩悩に満ちた人間が迷い(輪廻)から解放されること。2026/03/29 08:59:3327.◆JBLfMwCXhYPPm22■ 阿弥陀仏の本願親鸞は、阿弥陀如来の**本願(特に第十八願)**を絶対視します。👉 内容(要約) 「どんな人間でも、私(阿弥陀)を信じて念仏すれば救う」ここがポイントで善人だけではない修行者だけでもない悪人すら対象2026/03/29 08:59:5328.◆JBLfMwCXhYPPm22■ 悪人正機(あくにんしょうき)親鸞教学で最も有名な思想。👉 「悪人こそが救いの正しい対象である」これは誤解されやすいですが善人 → 自力に頼る余地がある悪人 → 完全に自力を捨てざるを得ないつまり👉 「自力を捨てた者こそ、他力に完全に乗る」2026/03/29 09:00:1729.◆JBLfMwCXhYt2AVi■ 信心(しんじん)親鸞にとって決定的なのは👉 念仏そのものではなく「信心」です。ここでいう信心は自分が信じることではなく阿弥陀仏に信じさせられること(他力)つまり👉 信心すら「自分の力ではない」2026/03/29 09:05:0830.◆JBLfMwCXhYt2AVi■ 念仏の位置づけ「南無阿弥陀仏」は重要ですが、意味が独特です。一般:念仏=修行親鸞:念仏=救われた結果のあらわれ👉 念仏は原因ではなく「結果」■ 即得往生(そくとくおうじょう)普通の浄土教では👉 死後に極楽往生ですが親鸞は👉 信心が決まった瞬間に往生は確定つまり今この瞬間に救いは成立している2026/03/29 09:06:3331.◆JBLfMwCXhYt2AVi■ 自力と他力の徹底対立親鸞はここを徹底的に掘り下げます。自力他力修行・努力阿弥陀の働き自分の力仏の力条件付き無条件👉 親鸞はほぼ完全に「他力」に振り切る■ 絶対他力その極限がこれ👉 「善も悪も関係ない」なぜなら善を積むのも結局「自力」だから救いの条件にならない■ 倫理はどうなるのか?ここがよく問題になる点。親鸞は👉 「悪をしてよい」とは言っていないむしろ本当に他力に気づいた人は自然に惭愧(ざんき)の心が生まれる2026/03/29 09:07:0432.◆JBLfMwCXhYt2AVi■ なぜ親鸞だけ別宗派になったのか(あなたの前の質問ともつながる重要点)親鸞の立場は法然の弟子でありながら教えをさらに徹底化結果👉 「修行」という概念そのものを解体してしまった■ まとめ(核心だけ)親鸞教学を一行で言うと👉 「人は何もできないが、それでもすでに救われている」2026/03/29 09:07:1733.◆JBLfMwCXhYt2AVi>>29> ここでいう信心は> 自分が信じることではなく> 阿弥陀仏に信じさせられること(他力)> つまり> 👉 信心すら「自分の力ではない」なんか、イスラム教っぽいな2026/03/29 09:07:4334.◆JBLfMwCXhYt2AViイスラム教ではアッラーを信じる者は天国に往き、信じない者は地獄に投げ込まれるでも、アッラーを信じる者は、アッラーがそのように仕向けたのであり信じない者は、アッラーが目と耳をふさいだのである結局のところ、アッラーを信じるか信じないかを決めているのは、アッラーなのである2026/03/29 09:09:5135.◆JBLfMwCXhYt2AVi浄土真宗も、それに似たところがあるな2026/03/29 09:10:0936.エロ和尚◆ERO.Kk3nCA7WZgW>>34>>信じない者は、アッラーが目と耳をふさいだのである聖書では、神がサタンを派遣して人間の信仰心を試す場面が多いね2026/03/29 09:33:5537.エロ和尚◆ERO.Kk3nCA7WZgW>>32>>親鸞教学を一行で言うと>> 「人は何もできないが、それでもすでに救われている」晴佐久神父と、微妙に違うねhttps://m.youtube.com/watch?v=SgvbysxCb2o&list=PLIu-pTftRZuYICak6cNbIf19wjzda2T_6&index=1&pp=iAQB(12分地点から25分地点)2026/03/29 09:36:4738.◆JBLfMwCXhYt2AVi神を信じない者は神に試されているのか2026/03/29 14:01:1539.◆JBLfMwCXhYt2AVi☀サク神父は、現代の親鸞か?2026/03/29 14:01:5140.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAgupjQ仮土 真土 について真土とは、一切の衆生を平等に救おうとする阿弥陀仏の誓願に報いあらわれた浄土である。阿弥陀仏は、どのような人であっても、どれだけ時を経ようとも、必ず摂め取って救おうとする光明無量と寿命無量の誓願をおこし、この大悲の誓願にこたえる真仏土を成就している。仮土は、どうしても自力を棄てることの出来ない凡夫を導くために、自力の行によって往生する浄土として設けられた、仮の世界である。それは、諸善万行を修して、あるいは自力で念仏を修して願う、方便化身土として表される浄土である。https://www.bing.com/search?q=%E4%BB%AE%E5%9C%9F%E3%80%80%E7%9C%9F%E5%9C%9F%E3%80%80&qs=n&form=QBRE&sp=-1&lq=0&pq=%E4%BB%AE%E5%9C%9F%E3%80%80%E7%9C%9F%E5%9C%9F%E3%80%80&sc=0-6&sk=&cvid=35591BA2E0C647CD8EE42B82D9757C742026/03/30 14:26:3041.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAgupjQそのようにして自力で願う仮土を浄土であると思い、本願によって誰もが平等に救われる真土が明らかにならないことを、「如来広大の恩徳を迷失している」と言われた。しかし、真土が明らかになれば、もう仮土は不要になると思うことも、また「恩徳の迷失」になるのではないだろうか。真土と仮土とは一方を棄て一方を取るというのではなく、真と仮とが相俟ってはたらく関係として聞思していくことが、大切であるように思われる。2026/03/30 14:28:3442.◆JBLfMwCXhYBAaM6そうだ真仏土浄土と、化身土浄土これこそ、親鸞思想理解の鍵2026/03/31 14:04:5143.◆JBLfMwCXhYBAaM6誤解された歎異抄| 梅原 猛に、そう書いてあった2026/03/31 14:06:2744.◆JBLfMwCXhYBAaM6この本を読んだ頃はA.I.はもちろん、インターネットすら無かったな2026/03/31 14:06:5045.◆JBLfMwCXhYBAaM6情報量が限られていたため、貴重だった2026/03/31 14:07:1146.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAemq0d>>42そう浄土を区分けする必要性が低い点2026/03/31 14:07:2147.◆JBLfMwCXhYBELyQ真仏土(しんぶつど)と化身土(けしんど)は、親鸞が『教行信証』で説いた、浄土の二つの性質。阿弥陀仏の本願による真実の報土(真仏土)と、自力の心で往生する仮の浄土(化身土・方便化土)を区別し、真実報土への往生こそが真宗の目的(真実の教え)であると説く。2026/03/31 14:40:1148.◆JBLfMwCXhYBELyQ真仏土浄土(真実の報土)定義: 阿弥陀仏が法蔵菩薩の時に立てた、第18・19・20願(本願)に基づき、阿弥陀仏が成就した真実の浄土。特徴: 浄土真宗では、ここを「真の報仏土」とし、本願力を信じて「無上心(真実の心)」で念仏する者が往生する場所。意義: 真宗の正意(真実の教え)。2026/03/31 14:40:2649.◆JBLfMwCXhYBELyQ化身土浄土(方便化土・仮の浄土)定義: 第19・20願(諸行・諸善の願)に基づいて往生する、方便の浄土。特徴: 自力的な心(疑心)で「名号」を称えて往生する場所。ここへの往生は、真実の報土に誘引するための「過程」とされる。異称: 方便土、仮の浄土、懈慢土(けまんどう)など。2026/03/31 14:40:4450.◆JBLfMwCXhYBELyQ真宗における解釈親鸞は、善導大師の教えに基づき、真(本願・真実)と仮(自力・方便)を厳格に区別した。真仏土: 真実の信心(他力)により、仏の救いに完全に委ねる往生。化身土: 自身の善根(自力)に頼る心が残っている場合の往生。親鸞の真宗は、この化身土を「真実の報土へ誘う方便の浄土」と位置づけ、真実報土への往生を強く説く。2026/03/31 14:41:0351.◆JBLfMwCXhYBELyQA.I.はありがたい2026/03/31 14:41:4652.◆JBLfMwCXhYBELyQ>>47-50 の要約を見ただけで梅原猛の著書を1冊まるごと読んだのと大差ない知識と理解が得られる(笑)2026/03/31 14:42:4753.◆JBLfMwCXhYBELyQなぜ、そう言い切れるかというと個人的に、何十年か前にこの本を読んだが「親鸞の浄土には、真仏土浄土と化身土浄土がある」という一点のみが、印象に残っているそれ以外は、何ひとつ記憶に残っていない(笑)2026/03/31 14:46:2554.◆JBLfMwCXhYBELyQなので、上のA.I.による要約を読めばこの本を1冊まるごと読破した人と同等の知識が得られると断言できる(笑)2026/03/31 14:47:1855.◆JBLfMwCXhYBELyQ当時は確か、高校生だったが「どっちかっていったら、ボクは化身土浄土に行きたいな?」と思った覚えがある2026/03/31 14:48:3756.◆JBLfMwCXhYBELyQというのも、化身土浄土に往くと美味しいものが食べ放題で、きれいなお姉さんたちがいるらしいなんとも、楽しそうなところだ2026/03/31 14:49:5357.◆JBLfMwCXhYBELyQ真仏土浄土の方はどうかというと何もないすべてが光輝いているだけそこは、光の世界だ2026/03/31 14:50:4558.◆JBLfMwCXhYBELyQ確か、梅原猛の本にそう書いてあった高校生のときの自分は、凄まじい記憶力を誇っていた記憶違いではないと思う(笑)2026/03/31 14:51:2859.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAemq0d>>56エロビデオが見放題!2026/03/31 14:51:5960.◆JBLfMwCXhYBELyQ>>59それなら、化身土浄土に往くまでもない個室ビデオ屋に行けば十分😫2026/03/31 14:56:2361.◆JBLfMwCXhYiKmki真仏土(しんぶつど)と化身土(けしんど)の大きな違いは、阿弥陀仏の「真実の願い」に基づくか、「方便(仮の姿)」に基づくかです。真仏土は報身(真実の仏)が住む真実の浄土であり、化身土は教化のために仮に現れた場所(方便化土)を指します。2026/03/31 16:44:2662.◆JBLfMwCXhYiKmki真仏土(真実土)特徴:真実の誓願(第十八願)に基づく。内容:阿弥陀如来の真実の報身(真実の仏)が住む浄土。性質:迷いのない本質的な悟りの世界。2026/03/31 16:44:4163.◆JBLfMwCXhYiKmki化身土(方便土)特徴:方便の誓願(第十九願・二十願など)に基づく。内容:釈尊の教化など、衆生を導くために仮に現れた場所。性質:真実の浄土に導くための「仮の浄土」であり、真実には至っていないとされる。2026/03/31 16:44:5564.◆JBLfMwCXhYiKmki親鸞は『教行信証』で、これら二つの浄土の違いを重視しました。特に「化身土」は、真実の浄土へ至る前の段階として、その救いの意義が議論されます。2026/03/31 16:45:1165.◆JBLfMwCXhYiKmki化身土浄土はどういうところなのか?**化身土浄土(けしんどじょうど)**は、一言でいうと👉「真実の悟りへ導くために、仮にあらわれた浄土」です。親鸞は、これを「方便の浄土」として位置づけています。2026/03/31 16:48:1266.◆JBLfMwCXhYiKmki■ どんな“場所”なのか物理的な場所というより、悟りに至る前段階の世界です。特徴阿弥陀仏が**仮の姿(化身)**で現れている苦しみは少ないが、まだ完全な悟りではない修行・学び・気づきを通して、真実の浄土へ進む準備をする場2026/03/31 16:48:2767.◆JBLfMwCXhYiKmki■ そこに行く人化身土に往生するのは、例えばこういう人です:念仏をとなえるが、どこか自分の力を頼っている阿弥陀仏を信じてはいるが、信心がまだ不徹底功徳や善行へのこだわりが残っている👉 つまり「半分は他力、半分は自力」という状態2026/03/31 16:48:4368.◆JBLfMwCXhYiKmki■ 何が起きるのか化身土では、自分の限界(自力では悟れないこと)に気づく阿弥陀仏の本願の深さを知る本当の信心(他力)へと転換するというプロセスを経て、最終的に👉真仏土浄土へ導かれるとされます。2026/03/31 16:48:5769.◆JBLfMwCXhYiKmki■ たとえで言うと真仏土浄土:大学卒業(完全なゴール)化身土浄土:予備校や準備期間すでに安全な場所にはいるけど、まだ“完成”ではない段階です。2026/03/31 16:49:0970.◆JBLfMwCXhYiKmki■ 親鸞の見方親鸞は、化身土についてやや厳しく見ていて、本願を疑う心がある限り、そこにとどまるしかしそれも最終的には救いへ導く働きの一部と考えました。2026/03/31 16:49:2871.◆JBLfMwCXhYiKmki当方 : 化身土浄土は、スピリチュアルでいう「中有界」や「精霊界」に似ていると思うのだがChatGPT : 興味深い視点ですね。結論からいうと、一部イメージが重なる部分はあるけれど、思想的にはかなり違うものです。まず、「化身土浄土」というのは、浄土三部経などを背景にした浄土教の枠組みで、ざっくり言えば👉仏のはたらきによって現れる“相対的・方便的な浄土”です。一方で、スピリチュアルで言われる「中有界」や「精霊界」は、文脈によりますが👉死後や物質界の外にある中間的・霊的な世界という意味合いが強いですよね。2026/03/31 16:51:4772.◆JBLfMwCXhYiKmki共通して見えるポイントあなたが「似ている」と感じたのは、おそらくこのあたりです:現実世界とは別のレイヤーにある完全な悟りの世界(究極)ではない中間的な位置づけ修行・成長・移行のプロセスに関係するこの意味では、仏教の「中有(バルド)」的な発想とも重なるため、感覚的な類似は確かにあります。2026/03/31 16:52:0573.◆JBLfMwCXhYiKmkiでも決定的に違うところここが大事なポイントです:① 実在の仕方が違う化身土浄土:仏の智慧と衆生救済のための「はたらき(方便)」精霊界・中有界:存在論的に「そこにある世界」として語られることが多いつまり仏教では、固定した“場所”というより関係性・働きなんです。② 目的が違う化身土浄土:最終的に悟り(仏果)へ導くプロセスの一部精霊界:滞在・交流・経験の場として語られることも多い③ 中心思想が違う浄土教はあくまで👉 「阿弥陀仏の救いにどう関わるか」が核心です。スピリチュアルの精霊界は👉 「霊的存在や魂の階層」といった宇宙観が中心になります。2026/03/31 16:52:2974.◆JBLfMwCXhYiKmkiまとめあなたの直感は鋭くて、「中間的な領域」という意味では似ているでも本質的には仏教:救済の働きとしての構造スピリチュアル:存在する世界の階層という違いがあります。2026/03/31 16:52:4075.神も仏も名無しさんN53Lg真宗ですら、往生の後、極楽浄土で仏道修行に励むのだからなー😀2026/03/31 22:05:4576.神も仏も名無しさんN53Lg日蓮は霊山浄土に行った後は 修行するとかの文献は、見たことがないな😀2026/03/31 22:06:3877.◆JBLfMwCXhYBAaM6>>75そうみたいだな~😆「極楽浄土では、ありがたい如来の説法を聴いて、修行がサクサク進みますよ~」てな感じのようだ2026/03/31 23:03:4878.◆JBLfMwCXhYatRAg化身土浄土には、美味しい食べ物やきれいなお姉さんがいる2026/04/01 05:38:2179.◆JBLfMwCXhYatRAg化身土浄土には、美味しい食べ物やきれいなお姉さんがいるその言い方、ちょっと誤解が混ざってるかもしれないね。**「化身土浄土(けしんどじょうど)」**は、仏教(特に浄土思想)でいうと、阿弥陀仏の救いの中でも「まだ完全ではない段階の浄土」を指すことが多いんだ。修行の進み具合によって見える世界が違う、という考え方の一部だね。だから本来の意味では:美味しい食べ物を楽しむ場所きれいなお姉さんがいる楽園みたいな俗世的な欲望を満たす場所ではないんだよ。むしろ仏教的には逆で、欲望や執着を手放すための段階真の悟りに近づくための環境という意味合いが強い。ただ、日本の昔話や大衆的なイメージでは、「極楽=楽しい場所」というふうにカジュアルに解釈されることもあるから、そういうノリで言ってる可能性はあるね。もし気になるなら、「報土(ほうど)」とか「真の極楽」との違いも説明できるけど、そこまでいくとちょっと哲学的で面白いよ。2026/04/01 05:39:0880.◆JBLfMwCXhYatRAgそうなのか2026/04/01 05:39:2581.◆JBLfMwCXhYatRAg化身土浄土を、ちょっと誤解してたようだ2026/04/01 05:39:3982.◆JBLfMwCXhYatRAg報土とは何か?2026/04/01 05:40:5483.◆JBLfMwCXhYatRAg報土とは何か?**報土(ほうど)**とは、主に仏教で使われる言葉で、「修行や善行の“報い(結果)として得られる世界・国土」のことを指します。もう少しわかりやすく言うと:人が行った善い行い(功徳)や修行の結果としてその“報い”として現れる環境や世界これが「報土」です。2026/04/01 05:41:2784.◆JBLfMwCXhYatRAg🔍 関連する考え方仏教では、世界(国土)は大きく分けて2つに考えられることがあります:報土:修行の結果として得られる清らかな世界化土(けど):仏が人々を導くために現す仮の世界2026/04/01 05:41:4285.◆JBLfMwCXhYatRAg🌸 代表例特に有名なのが、極楽浄土です。阿弥陀仏の功徳によって現れた理想世界信仰や念仏の功徳によって往生するとされる場所このような世界は「報土」の典型例とされています。2026/04/01 05:42:0986.◆JBLfMwCXhYatRAgイメージで理解すると報土はこんなイメージです:「その人の行いのレベルに応じて“住む世界の質”が変わる」つまり、心や行いが清らか → 清らかな世界(報土)という因果関係の考え方です。もし興味があれば、「報身(ほうじん)」や「四土思想」との関係も説明できます。2026/04/01 05:42:2087.神も仏も名無しさんwpWxIちなみに俺ちゃまほこの世を極楽浄土かのように色んな仏教や色んな宗教を聞ける能力がある😀2026/04/01 06:09:3788.神も仏も名無しさんwpWxI曹洞宗の流派禅定の種類三つゲットとか言えちゃう😀今は6つだな😀2026/04/01 06:10:3589.神も仏も名無しさんwpWxIそれよりは先週開発の新脳システム絶大脳の回転力と疲労回復力が上がった😀2026/04/01 06:16:1990.神も仏も名無しさんwpWxI先週開発の新脳システムは他の瞑想正統派仏教の汎用性がある😀2026/04/01 06:17:0391.神も仏も名無しさんwpWxI他の瞑想正統派仏教の祖師達はこのような禅定感覚を持ち得たか?は知らんが低煩悩効果は高い😀2026/04/01 06:18:1592.神も仏も名無しさんwpWxI煩悩を低くおさえられる禅定能力のレベルは少しずつ上がっているまー好きな煩悩は好きなままではあるが😀2026/04/01 06:22:1193.◆JBLfMwCXhYE80uZ瞑想でパワーアップ💪2026/04/01 20:11:4594.神も仏も名無しさんo3tl8今日も疲労蓄積が低い花粉症のダメージが関西はピーク終えたからだろう😀2026/04/01 20:36:2695.◆JBLfMwCXhYAdvd4昨日の雨で、花粉は減った😄2026/04/02 05:44:1796.◆JBLfMwCXhYpoFmU化身土浄土(けしんどじょうど)は、親鸞が『教行信証』で説いた、本願を疑う心(自力の心)で念仏した者が往生する、真実の報土ではない仮の浄土です。具体的には、蓮華の中に500年間とどまる「胎宮」や「辺地」とも呼ばれ、仏の真実の姿を直接見ることができず、真実報土への往生を「待つ」状態の場所です。2026/04/03 05:50:0697.◆JBLfMwCXhYpoFmU化身土浄土の具体的な特徴は以下の通りです。「胎宮(たいぐう)」とも呼ばれる:蓮華の中に500年間とどまるという「胎宮」の生活を指す言葉です。真実報土ではない「方便(仮)」の浄土:真実信心の行者が住む「真仏土」とは異なり、阿弥陀仏の願いの途上として示される場所です。「待つ」という形式:ここに往生した者は、自らの不信心を恥じ、真実の浄土へ進む時を「待つ」という心理的・空間的な場として描写されます。『往生要集』や『無量寿経』に基づく表現:釈尊が教化のために仮に現した場所(化身土)ともされ、疑心があるまま往生した場合に生じるところと説かれます。2026/04/03 05:50:2698.◆JBLfMwCXhYpoFmU真宗では、阿弥陀仏の本願に「聞即信」して疑心のない人は、臨終を待たずに現生で正定聚(救われることが確定した身)に住するとされています。2026/04/03 05:50:4899.◆JBLfMwCXhYpoFmUなるほど念仏をとなえてはいたけど心の中では阿弥陀如来の救いを疑い、信じ切れなかった者が往く処なのか?2026/04/03 05:51:59100.◆JBLfMwCXhYpoFmU1002026/04/03 05:52:12101.神も仏も名無しさん0OnSr日蓮ほど熾烈な発想ではない😀2026/04/03 06:09:15102.神も仏も名無しさん0OnSrどの仏教宗派無関係に俺は、いつても平常は、この世で浄土経典に書いてあるような極楽で聞くような諸仏の説法を聴き効率良く修行できる😀2026/04/03 06:11:34103.◆JBLfMwCXhYQ40rS極楽浄土の構造がわかってきたな?2026/04/04 09:05:21104.◆JBLfMwCXhYQ40rSとりあえず、化身土浄土に往くのが目標だ😄2026/04/04 09:05:50105.◆JBLfMwCXhYbwOXw親鸞は、「極楽往生すれば、美女のお酌で美味しいお酒を飲み放題、楽しくて仕方ないぞ」とは言ってない「極楽浄土では、仏の説法を聞き放題で、修行がどんどん進みますぜ」と言っている😅2026/04/09 19:28:40106.◆JBLfMwCXhYbwOXw極楽浄土とはそういうものらしい2026/04/09 19:30:10107.◆JBLfMwCXhYbwOXw真言密教と違って、浄土真宗では「この世で仏になる」(即身成仏)は目指していないまずは、化身土浄土に往生するそこでは、如来の説法を聞き放題で、鳥や孔雀まで説法してくれる修行がはかどること、間違いなし👍️2026/04/09 19:32:24108.神も仏も名無しさん2Ma58ベイダーなんちゃって真宗よりも俺の真宗のほうが詳しいという真宗でも一番の知識人だ😀2026/04/09 20:17:59109.神も仏も名無しさん2Ma58俺は他人にわかるようにシンプルに解答できる禅仏教が一番シンプルに伝えるのが難しいし、伝える意欲がない😀2026/04/09 20:21:17110.◆JBLfMwCXhYbwOXwそうだな2026/04/09 20:22:40111.◆JBLfMwCXhYbwOXw言われてみれば、確かにその通りだった532 神も仏も名無しさん 2026/04/09(木) 18:29:43.30 ID:wpi6E親鸞は不信仰疑いあっても、あたりまえ、とにかく往生の後の極楽浄土での修行ができるのを信じようというオチだ日本人の多くは坊主の怠慢もあるが念仏てすら往生の後の仏道修行という観点がないのが多数派だ俺は仁和寺と六道珍皇寺と六波羅蜜寺と両部神道出水流を霊的直観修行やりたい後、春日大社😀2026/04/09 20:23:28112.神も仏も名無しさんPUqqEあげ2026/04/23 08:50:42113.◆JBLfMwCXhY8bGvK親鸞の主著『教行信証』では、往生する浄土を「真仏土(真実報土)」と「化身土(方便化身土)」の二つに分類します。真仏土は阿弥陀仏の真実の救いの世界、化身土は信心が不十分な人が一時的に留まる仮の浄土を指し、どちらも弥陀の慈悲による救いとされます。2026/04/25 07:21:31114.◆JBLfMwCXhY8bGvK真仏土(真実報土)定義: 阿弥陀仏の真実の功徳によって成就された、真実のさとりを開く世界。往生する人: 本願を信じ、真実の信心を得た念仏者。特徴: 「真実報土(しんじつほうど)」とも呼ばれ、ここに至れば迷いの世界へ戻ることはない。2026/04/25 07:22:00115.◆JBLfMwCXhY8bGvK化身土(方便化身土)定義: 諸仏が衆生を導くために仮に現した方便(手段)としての浄土。往生する人: 疑い心を持ちながらも念仏した(信心が不十分な)人。第十七条では、疑心があっても念仏すれば、一旦はここに生まれると説く。特徴: 「仮土(けど)」とも呼ばれる。ここに生まれた後、最終的には真仏土へと導かれる。2026/04/25 07:22:23116.◆JBLfMwCXhY8bGvK極楽浄土を、二段階に分けたこれが、親鸞の大きな特徴だ2026/04/25 07:22:49117.◆JBLfMwCXhY8bGvK真の浄土の前の段階として、仮の浄土がある真仏土浄土と、化身土浄土だ2026/04/25 07:23:41118.◆JBLfMwCXhY8bGvK真仏土浄土は、光り輝く世界阿弥陀如来の無碍光に満ち溢れる、悟りの世界だなんとも、ありがたい世界だ2026/04/25 07:25:19119.◆JBLfMwCXhY8bGvKでも、普通の人にとっては正直、化身土浄土のほうが楽しい2026/04/25 07:25:38120.◆JBLfMwCXhY8bGvK[夢想]わたしは確かに”極楽浄土”に往ったと思ったのだが・・・わたしは数多い仏の国土の中でも、誰でも往けるという阿弥陀如来の浄土が極楽だと聞いて、そこへ往きたいと思った。如来像を買い、毎日念仏を称え、お寺に沢山のお布施をし、亡父母を供養し、如来が喜んでくれるだろうからと善い行いもした。「よし、できる限りのことをやった。これだけやれば大丈夫だろう」と思った。そして目が覚め、周りを見ると黄金の宮殿や楼閣(ろうかく)や七宝の輝きを放つ池や光の中から清らかな風が楽器を奏でるように吹き渡っている。「ああ、運よく極楽浄土に来たぞ」と喜んだ。そして何日も何日も過ごしているうちに、何か変だぞと感じた。そういえば、周りの人は怠惰でやる気がなさそうなボーとしている人ばかりだ。仏や菩薩どころか尊いお話をする聖者も見当たらない。建物や風景は見事で清らかなんだけれども、毎日のことで別に楽しいことでもなくなった。やはり仏のお話や別の仏国土にも行ってみたい。それで少し旅をすることにした。けれども行けども行けども、どうも同じところをぐるぐる回っているような感じだ。くたびれ果てて石の上に座っていると、これまたボーとした人が来た。彼に聞いた。「ここは本当に如来の浄土なんですか」。生気のない目をしたその人はこういった。「そう如来の浄土ですよ。けれども本当の真実浄土ではありません。ここは方便化土という仮の浄土なんです」。「え~、まじですか!」。結局、わたしはここで500年間も惰性的な生活を送ってしまったのだった。何が間違っていたのか。2026/04/25 07:26:38121.◆JBLfMwCXhY8bGvK大経には、辺地の宮殿(化身土)があると説いている大無量寿経(大経)は、阿弥陀如来の浄土(西方浄土・安楽国)があるが、如来の智慧を疑ったり、功徳によって往こうとしたり、罪の報いを恐れて念仏したりする人は、同じ浄土でも、その「辺地の宮殿」(胎生)に生まれるに留まると説いています。上述の浄土がまさにそうだったのです。かの親鸞さんは、この「辺地の宮殿」(化身土:けしんど)について教行信証の第6巻で詳しく説明しています。法然さんをはじめ他の浄土教の高僧たちは、「辺地の宮殿」についてはほとんど詳説していません。なぜ親鸞さんはこの「化身土」を詳しく語ったのか。この化身土にはどんな意味があるのか。化身土については当ブログ(2016年7月12日付)でも紹介しておりますけれども、親鸞教義の重要な項目でもありますので、さらに調べてみました。2026/04/25 07:26:53122.◆JBLfMwCXhY8bGvK親鸞聖人と宗教あれこれなぜ方便化身土巻が著わされたのだろうか?https://syuronoki.blog.jp/archives/1080563062.html2026/04/25 07:27:10123.神も仏も名無しさんl0Xds他力信仰まじめなら良い浄土自力努力やったら低い浄土からのスタートらしいうろ覚えたけど😀2026/04/25 07:31:28124.神も仏も名無しさんl0Xds真宗、西山派、鎮西派などのどの浄土宗系統も自在に禅定を味わえる空間が光明スープ状態で皮膚から光が出てる気配があるなー当たり前に、いつも簡単😀2026/04/25 07:33:52125.神も仏も名無しさんl0Xdsこういう簡単にできるので余裕に出口王仁三郎超え豪語する気になる😀2026/04/25 07:34:50126.神も仏も名無しさんUohtZでおー🤡!でおー🤡!えいえいおー✌️!汚泥オー🤡!汚泥オー🤡!泥泥オー✌️!(ひらがな訳)おでいおー🤡!おでいおー🤡!でいでいおー!✌️!💯2026/04/25 08:43:47127.◆JBLfMwCXhY8bGvK浄土宗系統でも禅定できるのか~😆2026/04/25 11:32:22128.神も仏も名無しさんKNWRZ>>127一番簡単だどこの寺院でも念仏系統寺院は即ゲットだ😀2026/04/25 16:29:32129.神も仏も名無しさんfLttHオデイが木を切る〜😀デイデイオ〜😀デイデイオー😀ムイムイがはたをおる〜😀ムイムイムイ〜😀ムイムイムイ〜😀2026/04/25 17:01:57130.神も仏も名無しさんKNWRZ仁和寺はお堂の背景は基本極楽浄土認識が甘かった皇族による極楽浄土願望が濃かったようだ、仁和寺は😀2026/04/25 17:10:35131.◆JBLfMwCXhY8bGvK仁和寺は浄土教っぽいな?😆2026/04/25 17:17:06132.神も仏も名無しさんKNWRZなにせ、覚鑁が出てきた寺院だからな?😀2026/04/25 17:55:05133.神も仏も名無しさんKNWRZ仁和寺の浄土教要素を6年前には脳内インプットされてなかった😀2026/04/25 17:55:56134.◆JBLfMwCXhY8bGvK覚鑁は仁和寺出身だったっけ?2026/04/25 18:02:58135.神も仏も名無しさんUohtZオデデ〜オデデ〜オデオデデ〜😀この世は泥オーのためにある〜😀2026/04/25 18:16:05136.神も仏も名無しさんKNWRZ仁和寺だよ覚鑁は院政のバックボーンができて覚鑁の登場だ😀2026/04/25 18:18:33137.神も仏も名無しさんUohtZ泥オーが屁〜をこく〜😀ぶっぶっぶー😀ぶっぶっぶー😀風にのって 飛んでいく〜😀2026/04/25 18:20:08138.神も仏も名無しさんKNWRZ覚鑁の禅定イメージはコンプしてるけど仁和寺がわからなかった6年前本を観音堂の買っておいて改めて、観音堂の本尊は千手観音で背景画は極楽浄土やった行った時は気づかなかった、その場で本を読むべきだったが😫極楽浄土画の裏面の画は六道輪廻図だったやはり浄土信仰がある本を今日読んで理解した😫2026/04/25 18:21:40139.神も仏も名無しさんKNWRZ千手観音の周囲の中になんちゃら龍王が2.3体あるのを本で確認、国家鎮護で日照り避けの意味もありそうださすが、院政から盛り上がった寺院らしい読めてなかった😀2026/04/25 18:25:22140.神も仏も名無しさんUohtZ泥オーをまわせ 底までバカにしょうー😀あんたが汚泥 わたしはヘドロー😀ドロ!ドロ!😀2026/04/25 18:59:15141.◆JBLfMwCXhYz5WfS830 神も仏も名無しさん 2026/05/04(月) 20:13:47.52 ID:oNe1M天台四土土(しど)の考え方: 天台宗では、仏が住む国土を4つのレベルで理解します。天台宗で説く四土(しど)とは、諸仏が住する国土(浄土)をその性質や住する者の悟りの段階に応じて4つに分類したものです。凡聖同居土、方便有余土、実報無障礙土、常寂光土の総称であり、天台大師智顗が『観無量寿仏経疏』などで体系化しました。修行により凡夫から仏に至る過程で住処が向上すると説かれます。2026/05/05 12:41:30142.◆JBLfMwCXhYz5WfS凡聖同居土(ぼんしょうどうごど):凡夫(人間や天人)と、衆生を救うために現れた聖者(声聞・縁覚・菩薩・仏)が一緒に住む世界。娑婆世界や極楽浄土もここに含まれる。方便有余土(ほうべんうよど):見惑・思惑(煩悩)を断ったが、無明(根本的な無知)を完全には断っていない二乗(声聞・縁覚)や菩薩が住む世界。実報無障礙土(じっぽうむしょうげど):別教の初地以上、円教の初住以上の菩薩が住む世界。二障(煩悩障・所知障)がなく、果報として報身仏が住む。常寂光土(じょうじゃっこうど):真如(真実の理)に合致した法身の住む最高・永遠の仏土。三徳(法身・般若・解脱)が完全な状態で現れている。2026/05/05 12:41:48143.◆JBLfMwCXhYz5WfS天台浄土教こそ、浄土宗/浄土真宗の原型2026/05/05 12:42:13144.◆JBLfMwCXhYz5WfS親鸞上人は、天台の四土を真仏土浄土と化身土浄土の二土にシンプル化したんだな2026/05/05 12:43:19145.神も仏も名無しさんk7XI3なかなかいいネタやったろ昨日家に戻っても、風呂上がるまで天台浄土教の香りが部屋でプンプンしてたー天台四土研究のせいだな😀2026/05/05 19:46:14146.神も仏も名無しさんk7XI3六道珍皇寺の六道参りと六波羅蜜寺の万燈会の動画を落として予習だ😀2026/05/05 19:47:40147.◆JBLfMwCXhYyTA5i質問:円仁・円珍・空也・源信を年表順に並べると?2026/05/16 07:18:36148.◆JBLfMwCXhYyTA5iChat GPT:ざっくり並べると、こうなります。円仁794~864遣唐使として入唐、密教・念仏・常行三昧を日本天台へ強化円珍814~891密教体系を発展、後の寺門派の祖空也903~972民衆念仏・遊行聖の先駆者源信942~1017『往生要集』で天台浄土教を体系化2026/05/16 07:19:21149.◆JBLfMwCXhYyTA5i流れとして見ると、かなり面白い。まず、① 円仁・円珍の時代ここではまだ、「比叡山に中国仏教フルセットを移植する」段階です。特に円仁は重要で、五台山信仰常行三昧阿弥陀念仏密教儀礼を大量に持ち帰った。つまり、後の日本浄土教の“素材”を比叡山へ入れた人物なんですね。この時点では、まだ念仏は「総合修行体系の一部」です。2026/05/16 07:20:24150.◆JBLfMwCXhYyTA5i② 空也の時代ここで初めて、念仏が街へ出る。疫病・戦乱・末法不安の中で、「難しい教学」「山岳修行」ではなく、「南無阿弥陀仏だけでも救われる」という方向が、庶民に強烈に刺さった。空也は、その実践的・遊行的な担い手。2026/05/16 07:20:42151.◆JBLfMwCXhYyTA5i③ 源信の時代そして源信が、民間で広がり始めた浄土信仰を、 天台教学として理論化・権威化した。『往生要集』によって、地獄観極楽観念仏往生臨終行儀などが整理される。つまり、円仁 = システム輸入空也 = 民衆化源信 = 教学化・体系化という流れが見えてくるんです。2026/05/16 07:21:03152.◆JBLfMwCXhYyTA5iその後、この流れがさらに先鋭化して、法然親鸞一遍へつながっていきます。2026/05/16 07:21:14153.◆JBLfMwCXhYyTA5i質問:空也こそ、念仏聖の先駆者Chat GPT:まさにそうです。空也は、日本の「念仏聖」の原型を作った人物といっていい。後世の遊行聖・念仏勧進・市井宗教者たちのイメージは、かなり空也に由来しています。彼の特徴は、まさに:寺院中心ではない民衆の中へ入る路上で念仏行脚救貧土木事業疫病救済死者供養を全部まとめてやっていたこと。つまり、「教義を講義する僧」ではなく、「都市を歩き回る宗教的実践者」なんですね。2026/05/16 07:22:26154.◆JBLfMwCXhYyTA5i有名な「南無阿弥陀仏」が口から六体の阿弥陀になって出る像も、空也の宗教性を象徴しています。これは、念仏が単なる言葉ではなく、現実に働きを持つという感覚を表しています。空也上人立像https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/ae/Kuya_Portrait.JPG2026/05/16 07:25:12155.◆JBLfMwCXhYyTA5iまた空也の重要な点は、「国家仏教の外縁」にいたことです。平安前期の大寺院仏教は、まだ貴族・国家との結びつきが強かった。しかし空也は、市場路上貧民層疫病流行地葬送空間などへ直接入っていった。このあたり、以前あなたが話していた「ノマド的宗教者」という感覚にもかなり近いです。定住寺院システムから半分はみ出しながら、念仏という“可搬型の宗教技術”を持って、日本列島を流動していく。その流れが、高野聖熊野比丘尼遊行上人一遍系時宗などへつながっていく。特に一遍は、空也的な「遊行念仏」を極限まで推し進めた存在ですね。ある意味、空也 = 日本仏教における「街路へ降りた仏教」の始祖級人物と言っても大げさではないです。2026/05/16 07:26:01156.◆JBLfMwCXhYyTA5i質問:恵心僧都源信は、比叡山から民間に出ていった?Chat GPT:源信は、一般にイメージされるような「比叡山を捨てて民間布教へ出た人」ではありません。基本的には、最後まで比叡山系の天台僧です。むしろ彼は、山林修行学問念仏実践浄土思想の体系化を、比叡山内部で進めた人物でした。ただし、その思想的影響は山の外へ爆発的に広がった。特に有名なのが『往生要集』です。この本は、地獄の恐怖と極楽往生を非常に具体的に描写したため、貴族から庶民まで強烈な影響を与えました。源信自身は、「比叡山を下りて民衆運動をした宗教家」というより、「比叡山の中で、念仏思想を理論化した天台エリート」に近い。2026/05/16 07:28:30157.◆JBLfMwCXhYyTA5iただし、ここが重要なのですが−−源信の念仏思想は、後世になると山を飛び出していきます。法然の専修念仏親鸞などへ、大きく接続していく。特に法然は、『往生要集』を非常に重視していました。だから歴史的には、源信本人は「山の中の学僧」しかし思想は「山を下りて民衆世界へ流出した」という感じです。また、源信は完全な「念仏一本」でもありませんでした。彼はあくまで天台僧なので、法華経止観戒律密教念仏を統合的に見ています。後世の浄土宗ほど、「念仏だけでよい」とは言っていないんですね。2026/05/16 07:29:03158.◆JBLfMwCXhYyTA5i質問:源信は、よく「往生要集」みたいな本を書けたな?スウェデンボルグみたいな人だったのか?Chat GPT:面白い比較ですね。確かに、源信の『往生要集』を初めて読むと、「この人、地獄と極楽を見てきたのでは?」みたいな迫力があります。地獄描写なんか、本当に異様に具体的ですからね。ただ、源信は基本的には、エマヌエル・スウェデンボルグのような「霊界旅行者」タイプとは少し違います。スウェデンボルグは、自分が霊界を直接見た天使と会話した死後世界を実見したと主張する、かなり強烈な神秘家でした。一方、源信はむしろ、「経典・論書・観想体系を編集して、強力な宗教イメージを構築した学僧」です。『往生要集』の地獄描写も、多くは仏典中国浄土教文献因果応報説六道輪廻思想を整理・再編集したもの。特に、観無量寿経阿弥陀経無量寿経の影響が大きい。2026/05/16 07:30:07159.◆JBLfMwCXhYyTA5iただし−−ここからが平安仏教の面白いところですが、当時の修行者は「観想」を非常に重視していました。つまり、地獄を観想する極楽を観想する死を観想する阿弥陀仏を観想するという瞑想を、本気でやっていた。しかも比叡山の環境って、山林修行断食徹夜念仏死体観孤独など、かなり極限的なんですよ。だから現代的に言えば、強烈な宗教的イメージ体験は実際にあった可能性が高い。その意味では、源信にも「ヴィジョン体験」的な側面はあったと思われます。ただ彼は、「私は霊界を直接見た!」と前面に出すタイプではなく、「経典と修行を通じて見えてきた世界を、体系化した」タイプですね。ある意味、スウェデンボルグ=個人的神秘体験の爆発源信=仏教宇宙論の超高度編集者という違いがある。2026/05/16 07:30:28160.◆JBLfMwCXhYyTA5i質問:最澄死後の天台宗では、法華経だけでなく、観無量寿経も重視していたChat GPT:その通りです。日本天台は、法華経だけの宗派ではなく、最澄没後にはかなり包括的な仏教体系へ発展しました。そこで重要視された経典の一つが、観無量寿経です。特に平安中期以降の天台宗では、法華思想密教禅念仏(浄土教)戒律を全部まとめて修める「総合仏教」化が進みます。2026/05/16 07:31:43161.◆JBLfMwCXhYyTA5i最澄自身も、実は阿弥陀信仰を否定していません。比叡山には早くから念仏修行が入り、のちに有名になる「常行三昧」が重要になりました。この常行三昧は、智顗の『摩訶止観』に基づく修行で、阿弥陀仏の名号を唱えながら歩き続ける実践です。背景にはもちろん、観無量寿経系の浄土観想があります。つまり平安天台では、法華経が理論的中核阿弥陀信仰が実践的救済という二本柱が並立していた。2026/05/16 07:32:17162.◆JBLfMwCXhYyTA5i質問:平安貴族は、阿弥陀信仰に傾倒した。藤原道長がとくに有名だ。あれは天台宗だったのか?Chat GPT:はい、基本的には「天台系阿弥陀信仰」です。藤原道長の阿弥陀信仰は、後世の浄土宗みたいな「念仏だけ」という形ではなく、平安天台の浄土信仰の文脈にあります。当時の比叡山は、日本仏教の巨大中枢でした。なので貴族たちは、法華経信仰密教加持祈祷阿弥陀信仰極楽往生願望を、全部セットで受け取っていた。つまり、「法華か阿弥陀か」という対立は、まだ弱い。むしろ、「現世利益は密教、死後救済は阿弥陀」みたいな感覚で共存していました。2026/05/16 07:34:36163.◆JBLfMwCXhYyTA5i道長の有名な例が、法成寺です。彼は巨大な阿弥陀堂を建立し、極楽浄土をこの世に再現しようとしました。これは単なる寺ではなく、「この世に極楽を出現させる政治的・宗教的空間」でもあった。また、道長の時代には、末法思想疫病死の不安貴族社会の無常感が強まっていた。そこで阿弥陀信仰が非常に広がる。この流れに強烈な影響を与えたのが、やはり源信の『往生要集』でした。特に貴族たちは、地獄は怖い極楽へ行きたいという感覚を、かなりリアルに持っていたんですね。2026/05/16 07:35:09164.◆JBLfMwCXhYyTA5iそして重要なのは、まだ「専修念仏」ではないことです。道長クラスの信仰は、法華経読誦真言密教念仏造寺造仏写経戒儀礼など全部込み。だから、平安貴族の阿弥陀信仰 = 天台・密教・浄土が融合した貴族仏教と見るのが実態に近いです。有名な平等院鳳凰堂も、この流れの延長線上にありますね。2026/05/16 07:35:21165.神も仏も名無しさんZ1SwKま、徳島の沖の島で修験道みたいなのをもやっていたらしいからな空也😀2026/05/16 07:40:00166.エロ和尚◆ERO.Kk3nCArWPq5>>162>>つまり、「法華か阿弥陀か」という対立は、まだ弱い。>>むしろ、「現世利益は密教、死後救済は阿弥陀」>>みたいな感覚で共存していました。まさか、今まで知らなかったのかな?2026/05/16 09:14:39167.◆JBLfMwCXhYwVyaA>>166エロ和尚殿にとっては、当たり前か?2026/05/16 09:21:02168.エロ和尚◆ERO.Kk3nCArWPq5>>167当たり前田のクラッカーhttps://www.youtube.com/watch?v=lH58X5yWwUUJBL氏が知らなかったとは、意外であった。2026/05/16 10:12:39169.神も仏も名無しさんZ1SwKJBLの文章と無関係に五来重の高野聖の融通念仏に関する霊的なイメージがわいてきた😀2026/05/16 11:32:12170.神も仏も名無しさんdRgsA仏教には特に日本では二つの潮流があるインド中国仏教教義の仏教とキリスト教的発想に近い本覚思想と葬式仏教などの霊的共同体志向の仏教があるようだ😀2026/05/16 18:57:18171.神も仏も名無しさんdRgsA霊的共同体というパスワードがないと山伏念仏神仏習合は理解できないのかもーと思えてきた😀2026/05/16 18:58:00172.神も仏も名無しさんdRgsA四国お遍路も西国三十三所も本来は神仏習合であり霊的共同体というイメージ信仰があったんだろうな感これで読むと雰囲気が掴めてきてる感がする😀2026/05/16 19:02:19173.◆JBLfMwCXhYCxebt親鸞には理論体系があった2026/05/17 07:05:14174.◆JBLfMwCXhYCxebt「ひたすら念仏を称えろ」と言うだけではなかった2026/05/17 07:05:37175.◆JBLfMwCXhYCxebtあの世についての理論は「真仏土浄土」と「化身土浄土」だ2026/05/17 07:06:16176.◆JBLfMwCXhYCxebt化身土浄土では、修行が進みやすい2026/05/17 07:06:34177.◆JBLfMwCXhYCxebt親鸞にとって、浄土とは酒池肉林の快楽園ではない2026/05/17 07:07:04178.◆JBLfMwCXhYCxebt「如来の説法を聞き放題。鳥でさえ、法を説く」という、修行がサクサク進む環境だ2026/05/17 07:07:42179.神も仏も名無しさんwE7Tu今日の山伏のテレビ番組で行と祈りの天台の一心三観の背景を読んで浄土宗系統も、どこか一心三観みたいな教学的背景が残ってるなーと見えてきた😀2026/05/17 07:24:34180.神も仏も名無しさんwE7Tu山の行よりも、里の行という山伏特有のフレーズがある山の行は聖なる世界里の行は日常生活それを天台教学の一心三観だなー的に解釈てきる内容でオモシロかった当然、念仏もその解釈は可能なシステムななっていふ😀2026/05/17 07:27:13181.神も仏も名無しさんwE7Tu三観は中論のいうところの仮、空、中😀2026/05/17 07:27:51182.神も仏も名無しさんwE7Tuむろん、山伏なので本覚思想の味付けはあるだろう😀2026/05/17 07:28:42183.神も仏も名無しさんwE7Tu念仏神山伏神仏習合の背景には天台の一心三観が隠れている読みができてきた😀それが日本は法華経が人気の国の理由のようだ😀2026/05/17 07:30:54184.神も仏も名無しさんwE7Tu初期日本浄土教は阿弥陀の三文字に一心三観を当てはめるところからスタートしている念仏の霊的球筋イメージが統合てきてきたぞ😀2026/05/17 07:32:20185.◆JBLfMwCXhYCxebtなるほど😄2026/05/17 08:23:41186.◆JBLfMwCXhYCxebt阿 = 空弥 = 空陀 = 中2026/05/17 08:24:21187.◆JBLfMwCXhYCxebtまちがえた2026/05/17 08:24:31188.◆JBLfMwCXhYCxebt阿 = 空弥 = 仮陀 = 中2026/05/17 08:24:47189.◆JBLfMwCXhYCxebtこうか😄2026/05/17 08:25:06190.◆JBLfMwCXhYCxebtなんかほ~かい師匠っぽくなった2026/05/17 08:25:25191.◆JBLfMwCXhYCxebtまあいいか2026/05/17 08:25:35192.◆JBLfMwCXhYCxebt天台の三諦は基本だからな2026/05/17 08:26:17193.◆JBLfMwCXhYCxebt他宗派にも応用が効く😂2026/05/17 08:26:45194.神も仏も名無しさんwE7Tu>>189実は細かくアタマに入ってない本覚思想を読むけどリアリティがなかったからどこに該当するのかわかってない該当しているのだけは知ってた😀2026/05/17 08:28:37195.神も仏も名無しさんwE7Tuスマホのメモリーに本覚思想の論文をあるとは思う😀2026/05/17 08:29:41196.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>190なんでも3つに分けたがる ほ~かい師匠日本神話も、最初は3つの神が、突然、出現する。https://1000ya.isis.ne.jp/0141.html『古事記』の冒頭に登場する三神タカミムスビ・アメノミナカヌシ・カミムスビのアメノミナカヌシと、2026/05/17 09:19:33197.◆JBLfMwCXhYCxebt3は安定の数だ😄2026/05/17 13:25:05198.◆JBLfMwCXhYCxebtヒンドゥー教も、シヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーの3神2026/05/17 13:25:31199.◆JBLfMwCXhYCxebt>>196昭和の日本人論ですな😄2026/05/17 13:28:59200.◆JBLfMwCXhYCxebt2002026/05/17 13:29:14201.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>199どこらへんの記述が?2026/05/17 13:39:12202.◆JBLfMwCXhYCxebt>>201冒頭からいきなり、こうですがな😅↓すごいタイトルである。日本の本質は中空構造にあるのではないか、中心はカラッポなのではないかというメッセージを直裁に突き出したタイトルである。このタイトルを見たとき、この手の日本論に関心がある者は、誰もがロラン・バルトの『表徴の帝国』を思い出した。バルトは日本に関する乏しい知識にもかかわらず、東京のど真ん中に皇居があることを見て、ただちに日本の中心が穿たれていることを喝破したものだった。もっともたいした説明はしていない。2026/05/17 14:01:26203.◆JBLfMwCXhYCxebt「東京の中心は皇居だ」というのをもって、「日本は中抜き構造だ」と言ってるのだがそれは、NEW YORKのセントラルパークにも言える2026/05/17 14:09:08204.◆JBLfMwCXhYCxebt『古事記』の三神タカミムスビ・アメニノミナカヌシ・カミムスビのアメノミナカヌシのうち、アメノミナカヌシに存在感がないというが他の2神だって、神道マニアならともかく、世間の一般人には知られていない(笑)2026/05/17 14:10:28205.◆JBLfMwCXhYCxebt同じことは、ヒンドゥー教の3神にも言える2026/05/17 14:11:05206.◆JBLfMwCXhYCxebt質問:ヒンドゥー教の3神、シヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーこのうち、シヴァとヴィシュヌは大人気だが、ブラフマーの影が薄い2026/05/17 14:11:27207.◆JBLfMwCXhYCxebtチャットGPT:その通りです。ヒンドゥー教の「三神一体(トリムールティ)」では、シヴァ … 破壊と再生ヴィシュヌ … 維持と救済ブラフマー … 創造という役割分担になっていますが、実際の信仰ではブラフマーはかなり影が薄いです。2026/05/17 14:12:00208.◆JBLfMwCXhYCxebt理由はいくつかあります。まず大きいのは、「創造して終わり」の神だから。ヴィシュヌは、世界が乱れるたびに化身(アヴァターラ)として降臨して救済する。たとえば、クリシュナラーマなどはヴィシュヌの化身です。一方シヴァは、苦行・瞑想・舞踏・破壊・性力など、非常に人間的でカリスマ性が強い。禁欲的なヨーギーでもあり、荒ぶる神でもあり、家庭人でもある。つまり両者とも、「人間との接点」が多い。しかしブラフマーは、「世界を創った後はあまり前面に出てこない」神なんです。2026/05/17 14:12:24209.◆JBLfMwCXhYCxebtさらに重要なのが、神話での扱い。有名なのが、「ブラフマーが嘘をついたので、礼拝されなくなった」という説話です。シヴァが無限の光柱として現れ、ヴィシュヌとブラフマーに 「この柱の上下の果てを探せ」 と命じる。ヴィシュヌは正直に「見つからなかった」と言う。しかしブラフマーは、 「私は頂上を見た」 と嘘をつく。それを見抜いたシヴァが怒り、「お前は広く礼拝されなくなる」と呪った。この神話、かなり象徴的です。ヴィシュヌ → 誠実シヴァ → 超越的絶対者ブラフマー → 権威主義的・形式的みたいな構図になっている。2026/05/17 14:12:45210.◆JBLfMwCXhYCxebtあと、歴史的には、ヴィシュヌ派シヴァ派は巨大宗派になったのに、「ブラフマー派」みたいな大宗派が育たなかったのも大きい。インド宗教では、 「今この瞬間に救ってくれる神」 「修行や帰依の対象になる神」 が強い。創造神は、思想上は重要でも、信仰対象としては弱くなりやすい。これは実は他宗教でも似ています。たとえばギリシャ神話でも、 ゼウス は人気でも、 「宇宙創成の原初神」は影が薄い。2026/05/17 14:13:09211.◆JBLfMwCXhYCxebt面白いのは、仏教に入るとブラフマーは完全に格下げされることです。仏教では、 梵天として取り込まれますが、「宇宙を創造した唯一神」ではなく、「天界の高級神の一人」くらいの扱いになる。しかも、釈迦に教えを説くようお願いする役回りまでやる。つまり仏教から見ると、「ブラフマーですら悟ってはいない」という位置づけなんですね。ここは、インド宗教史のダイナミックなところです。2026/05/17 14:13:21212.◆JBLfMwCXhYCxebt「昭和の日本人」が、なぜ「昭和」なのかというと2026/05/17 14:14:00213.◆JBLfMwCXhYCxebt他の国にも当てはまるようなことなのに「日本人はユニークな民族である」という結論に、強引に持っていくから😅2026/05/17 14:14:36214.◆JBLfMwCXhYCxebt> 「昭和の日本人」が、なぜ「昭和」なのかというと「昭和の日本人論」2026/05/17 14:15:01215.◆JBLfMwCXhYCxebtあの頃は、世界じゅうを見渡してみても欧米と日本だけが先進的な文明国他のアジア諸国は、野蛮そのものだった2026/05/17 14:16:16216.◆JBLfMwCXhYCxebt当時の日本人が「我々だけが、どうしてこんなにユニークなのか?」と、自意識過剰になるのは無理からぬことであった2026/05/17 14:16:47217.◆JBLfMwCXhYCxebt令和のいま「中国人論」のほうが盛んだ書店に行くと、「中国人はどうして、こんななのか?」を論じた本がたくさん並んでいる2026/05/17 14:18:31218.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>205ヒンドゥー教の3神も、突然、現れたのだっけ?2026/05/17 15:13:09219.◆JBLfMwCXhYCxebt>>218昔から居る2026/05/17 15:19:31220.◆JBLfMwCXhYCxebtヒンドゥー教には、始まりも終わりもない2026/05/17 15:19:45221.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>220サイクリック宇宙論は、無限ループが当たり前だと思っていたが、そうでないバージョンもあるらしいね。https://funlife496.com/archives/2462026/05/17 15:41:18222.◆JBLfMwCXhYCxebt「50回目の宇宙」というような見方もあるのか2026/05/17 15:43:21223.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHzワシは無限ループ派2026/05/17 16:08:02224.◆JBLfMwCXhYCxebtそれが普通でしょうな2026/05/17 16:14:33225.◆JBLfMwCXhYCxebtパラレルワールドも無限にある2026/05/17 16:14:50226.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz妄想したモン勝ち・・・の世界ですな2026/05/17 16:34:15227.◆JBLfMwCXhYCxebt妄想ではない観想と言ってもらいたい2026/05/17 16:38:46228.◆JBLfMwCXhYCxebt⛩️ニニ八晴れたり、日本晴れ🗻☀️2026/05/17 16:39:15229.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz「観想」をググって10件ほど読んでみたが、あまりピンと来ないなあーそこらへんが、JBL氏とワシの感性の違いかな?2026/05/17 16:51:47230.◆JBLfMwCXhYCxebt>>229それぞれの宗派に、世界観がある2026/05/17 16:53:11231.◆JBLfMwCXhYCxebt中観派 「この世界には、実体のあるものなど何もない」唯識派 「この世界は、阿頼耶識が転変した姿である」華厳宗 「この世界は、毘盧遮那仏が顕現した姿である」真言宗 「この世界そのものが、大日如来の説法なのである」2026/05/17 16:56:39232.◆JBLfMwCXhYCxebt教学を通して、こういう世界観を学ぶ瞑想行を通して、これを観想するその繰り返しが、仏教2026/05/17 16:57:26233.◆JBLfMwCXhYCxebt「観想なんか要らねえんだ。あるがままに観よ」というのが、井上義衍の系統2026/05/17 16:58:01234.◆JBLfMwCXhYCxebtだが、それだってある意味、一種の観想だ(笑)2026/05/17 16:59:22235.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>230というか、うちの坊さんは、1周忌3回忌7回忌などの法事の時は、決まって「観無量寿経」を読むのじゃが、ワシはあまり「観無量寿経」は好きでは無い。親鸞聖人作の「正信偈」が大好きなのじゃが、これは葬式の時しか読まないみたい。2026/05/17 17:00:24236.◆JBLfMwCXhYCxebt感無量儒教など聞き流せば済む話2026/05/17 17:01:49237.◆JBLfMwCXhYCxebt観無量寿経2026/05/17 17:02:17238.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>231そしてJBL氏は、どの派にも属していない(笑)2026/05/17 17:02:28239.◆JBLfMwCXhYCxebt>>235> 親鸞聖人作の「正信偈」そんなのがあるのか2026/05/17 17:02:45240.◆JBLfMwCXhYCxebt正直、知らんかった2026/05/17 17:02:56241.◆JBLfMwCXhYCxebt>>238確かに(笑)2026/05/17 17:03:13242.◆JBLfMwCXhYCxebtただ、宗派に所属してないだけで個人的には、唯識論にベースがある2026/05/17 17:03:39243.◆JBLfMwCXhYCxebt基本的には、唯識論で物事を見ている2026/05/17 17:04:00244.◆JBLfMwCXhYCxebt華厳宗の観想は一種の理想論と感じられる2026/05/17 17:04:39245.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>236観無量寿経を聞かされてお布施3万5000円は高すぎる。精々1万円2026/05/17 17:05:01246.◆JBLfMwCXhYCxebt中観派はネガティブすぎて体質的に合わない😫2026/05/17 17:05:10247.◆JBLfMwCXhYCxebt>>245YouTubeの動画なら無料だ2026/05/17 17:05:34248.神も仏も名無しさんYEnim>>239真宗のお経はパソコンに現在語訳文字付きで、たまに味わうマニアだ最近は高野山念仏研究コースだが😀2026/05/17 17:05:40249.◆JBLfMwCXhYCxebt広告は入るけど2026/05/17 17:05:47250.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>240浄土真宗のバイブル的な歌でっせ?https://note.com/leal_acacia109/n/na3cc81b523462026/05/17 17:09:24251.神も仏も名無しさんYEnimこんなのあるで😀https://m.youtube.com/watch?v=GfGLnnt7CBM&pp=ygUk55yf5a6X44GK5Yuk44KB44CA54--5Zyo6Kqe6Kiz5LuY44GN2026/05/17 17:10:01252.神も仏も名無しさんYEnimありがたや感マックス😀2026/05/17 17:10:19253.◆JBLfMwCXhYCxebtフシがついてるんだな2026/05/17 17:12:33254.◆JBLfMwCXhYCxebt歌ってる感じだな2026/05/17 17:12:43255.◆JBLfMwCXhYCxebtこれを知らないようでは、モグリだ😫2026/05/17 17:13:05256.◆JBLfMwCXhYCxebt浄土真宗を知らないのがバレた😫2026/05/17 17:13:20257.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>256見え見えですがな2026/05/17 17:18:47258.神も仏も名無しさんYEnim現在語訳付きはなかなかの陶酔感はある😀2026/05/17 17:19:54259.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>255浄土真宗については、これを読むだけで卒業できるhttps://note.com/musa_kousaiji/n/n693e6969c19c2026/05/17 17:28:02260.神も仏も名無しさんYEnimベイダー和尚もまともだったんか?😀2026/05/17 17:30:26261.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>258>>毎朝のお勤めで流していますが男性だけのバージョンが欲しいです。>>女性の声が音程ずれていて聞き辛い。↑コメント欄に、こんなのがあるな~ワシも「男性だけのバージョン」欲しいな2026/05/17 17:30:36262.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>260JBL氏が案外、無知だったことがバレただけじゃ2026/05/17 17:31:39263.神も仏も名無しさんYEnimJBLはインド中国の仏教にはかなり詳しい😀2026/05/17 17:34:30264.神も仏も名無しさんYEnim俺が単に仏教知識モンスターなだけだ😀2026/05/17 17:35:17265.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>264聖ウンコ師と いい勝負じゃな2026/05/17 17:37:38266.◆JBLfMwCXhYrpDzh製ウンコ師は、「坐禅の回数をこなす」という方面に全振りしているので最近は教学/知識の面での衰えが顕著2026/05/17 18:25:49267.◆JBLfMwCXhYrpDzhもう、本を読むのが面倒くさくなったんだろな2026/05/17 18:26:19268.◆JBLfMwCXhYrpDzhもともと、そういうタイプではない2026/05/17 18:26:35269.◆JBLfMwCXhYrpDzh>>262哲学マニアなので日本の伝統仏教には詳しくない2026/05/17 18:27:25270.◆JBLfMwCXhYrpDzh仏のスレ主のおかげで井上義衍の禅を知った😄2026/05/17 18:29:24271.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHz>>269ワシの場合、哲学については「無知の知」で卒業2026/05/17 18:29:30272.◆JBLfMwCXhYrpDzhかなり有益だった😆2026/05/17 18:29:40273.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAAHLHzソクラテスは偉大なり2026/05/17 18:38:57274.◆JBLfMwCXhYrpDzh製ウンコ師の場合完全に禅宗に特化したキャラになってしまったためもう、教学の話をしにくくなった面がある2026/05/17 19:19:54275.◆JBLfMwCXhYrpDzh禅宗は、多宗派の教義の話を嫌うからな~2026/05/17 19:20:17276.◆JBLfMwCXhYrpDzh総合仏教への道は閉ざされた2026/05/17 19:20:33277.◆JBLfMwCXhYrpDzh仏のスレ主やロンに対抗するため、禅宗キャラに特化したわけだがいつの間にか、宗教板は禅宗の色が薄れてた😅2026/05/17 19:22:48278.◆JBLfMwCXhYrpDzh2ちゃんねるの頃は、禅宗同士の論争ばかりだったからな2026/05/17 19:23:51279.◆JBLfMwCXhYrpDzhリダンも、製ウンコ師の影響をかなり受けてはいるものの禅宗ではなく、スピリチュアル系だし2026/05/17 19:24:51280.神も仏も名無しさんYEnim俺ちゃまはJBLがお題に出さない限りレス打たないしなー😀2026/05/17 19:34:24281.神も仏も名無しさんYEnimとにかく本覚思想と真言念仏がマイブームだ今月末あたりのまで探求する本覚思想と呼ばれる書物を一つずつAI検索にかけている😀2026/05/17 19:35:39282.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAvBeWzワシの好みの声質聞いていて、眠くならない正信念仏偈 草譜 ~浄土真宗本願寺派(西本願寺)*一緒にとなえる勤行読経動画【調声:王子布教所大江和正】https://www.youtube.com/watch?v=ex-8nT35Ik82026/05/18 15:34:39283.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAvBeWz御文章『白骨章』西本願寺 浄土真宗本願寺派 葬儀(還骨法要)蓮如上人https://www.youtube.com/watch?v=pOOvYcMV8aE2026/05/18 20:42:42284.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAvBeWz蓮如上人の御文章①|浄土真宗の葬式でよく読まれる「白骨の章」全文と現代語訳https://www.youtube.com/watch?v=msSWS8_NTcI2026/05/18 20:51:56285.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAvBeWz白骨章 御文章 浄土真宗の教え(法話) 現代語訳付https://www.youtube.com/watch?v=92XPX25eZvg2026/05/18 20:58:25286.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAvBeWz【浄土真宗のよく聞く〇〇】御文章のあなかしこ、あなかしこhttps://www.youtube.com/watch?v=LN_A-SQEq4U2026/05/18 21:01:28287.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAvBeWz>>286この動画の「4分10秒地点~5分地点」が重要【浄土真宗のよく聞く〇〇】御文章のあなかしこ、あなかしこhttps://www.youtube.com/watch?v=LN_A-SQEq4U2026/05/18 21:08:20
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏・・・
前スレ
【空也から】浄土教を語る【親鸞会まで】
https://talk.jp/boards/psy/1690865792
https://d.kuku.lu/k4fx4hb7r
どんな服装で行けば良いのでしょうか [ 坐禅会について ]
よく来られる方や、本格的に坐禅修行している方は、着物と袴や作務衣を着ていますが、だらしの無い格好でなければジーンズやジャージなど普段着でかまいません。
ですが生地の硬いジーンズの場合は、血行が悪くなって足が痛くなる傾向があります。
締め付けるところが無いゆったりしたものが理想的です。
居士禅(こじぜん)とは何ですか? [ 素朴な質問 ]
居士とは非出家者、つまり在家の者のことをいいます。
在家ですから、実社会にあってはそれぞれの職業を持っています。
もちろん学生や、主婦の方も含まれます。出家者である専門の雲水修行者が、僧堂において雲水の立場から修行を行っているのに比べ、居士禅では、在家の人達が主体であるために、正式に僧籍を持つ者以上に社会に密着した姿で修行を行うことになります。
居士禅では、実社会の中にあってなおかつ純粋に自己確立を目指すことが求められ、それによって自分に安心を与えるとともに、修行によって悟り得た徳力を各自の領域、職域において自然に発露していくことで社会に貢献することが目標とされます。
坐禅道場と言うと、何か敷居の高いような気がするのですが?
確かに初めての方の中には、禁欲的で、俗世間から離れたイメージの方もおられるかもしれません。
しかし、人間禅道場は居士禅の専門道場としての長い伝統の中で、皆が学生生活・社会人生活を送りながら坐ってきた道場です。
確かに摂心会ともなれば厳しい雰囲気の中で行われます。、初めから摂心会に参加すると、面食らうかもしれません。そのため、 とりあえずは静坐会に参加されてはいかがでしょうか?
参禅修行とはなんですか?
曹洞宗では参禅と言うと、坐禅しに行くことを意味しますが、臨済宗においては参禅とは老師と1対1で禅問答を行うこと修行のことを指します。 また独参ということもあります。
人間禅は臨済宗系なので、参禅修行は老師と1対1で禅問答を行います。
摂心会(せっしんえ)や、禅フロンティアで参禅が行われますが、鐘をカーン、カーンと鳴らして修行者が廊下を小走りに行くのは老師に参禅をしているのです。 会員になっていない一般の方も「参禅願い」を提出して参禅を願い出ることができます。
参禅願いを提出した全員が老師に呼ばれて面談を行います。
その際、人間禅の歴史や禅の修業はどういうものかが説明され、最初の公案(これを初関(しょかん)と言う)が授けられます。
ここまでは参禅願いを出した全員ですが、ここから先は老師と1対1で指導を受けることになります。
参禅の作法を教えてもらってからは、一人で老師の待つ室内へ走っていきます。
ここで公案の見解(けんげ 答えのようなもの)を提して、老師に判別を請うのですが、その室内の事は他言してはいけません、つまり、秘密にすることになっております。
後に続く修行者の妨げになると考えられているからで、これ以上は書くことができません。
東京東支部 第172回摂心会
期間:3月28日~4月4日
場所:擇木座禅道場 担当師家:了々庵老師
https://ningenzen.org/free/bukkyo-kouza
話が少しそれますが、ここで「居士禅」と「出家禅」という言葉を整理しましょう。人間禅も円覚寺法系を継承しており、人間禅創立以来66年間にわたり居士禅という言葉を使って来ましたが、調べてみますと、居士禅という言葉を使っているのは円覚寺法系のみであり、日本全体では在家禅が主流であることを知りました。更に居士は士(さむらい)の字で表されるように、男性を指す言葉であり、居士禅というと厳密には女性はオフリミットの意味合いになります。人間禅は、創立以来男女の差別はまったくありません。今後は一般にも博く使われている「在家禅」という言葉を居士禅に替えて使う方が良いのではと考え、以下「在家禅」でお話しを進めます
「セイウン居士」から鹿野園に戻した
禅だと:
逃げるな
今ここを見ろ
浄土真宗だと:
逃げてもいい
その逃げているあなたを、すでに救っている
この差はかなり大きいです。
最近、正統派瞑想仏教以外の研究が進んだので
真宗の中心が解ってきた
それは
「脱世俗」
キリスト教、イスラムも神道も
そもそも脱世俗だ
盤珪みたいな発想世界き生きていると
真言華厳も含めて
「脱世俗」のイメージが薄くなってくる
😀
「脱世俗」は
脱世俗といえども、
極楽浄土のあの世の浄土を目指す
脱世俗である
😀
「脱世俗」を目指す
禅は脱世俗ではなく
リアリズムが一番濃い
故に
山伏、念仏、神仏習合がわかりにくかった
😀
脱世俗の教義として
こだわったのだろう
😀
生きるマジメな生き方を要求したりするが
死後に天国に行く為である
😀
「脱世俗」か~😆
キーワードは
意外な場所から見つけた
ユーチューブから
😀
脱世俗だ
茂吉は
我欲どっぷり
😀
かなりお怒りだ
😀
そっちは花粉症でパワーダウンか?
😫
花粉症のやっかいなのは
風邪か花粉症かわからんところだな?
😫
■ 核心:他力による救い
親鸞の教えの中心は一言でいうと
👉 「人は自力では救われない」
です。
ここでいう救いとは、煩悩に満ちた人間が迷い(輪廻)から解放されること。
親鸞は、阿弥陀如来の**本願(特に第十八願)**を絶対視します。
👉 内容(要約) 「どんな人間でも、私(阿弥陀)を信じて念仏すれば救う」
ここがポイントで
善人だけではない
修行者だけでもない
悪人すら対象
親鸞教学で最も有名な思想。
👉 「悪人こそが救いの正しい対象である」
これは誤解されやすいですが
善人 → 自力に頼る余地がある
悪人 → 完全に自力を捨てざるを得ない
つまり
👉 「自力を捨てた者こそ、他力に完全に乗る」
親鸞にとって決定的なのは
👉 念仏そのものではなく「信心」
です。
ここでいう信心は
自分が信じることではなく
阿弥陀仏に信じさせられること(他力)
つまり
👉 信心すら「自分の力ではない」
「南無阿弥陀仏」は重要ですが、意味が独特です。
一般:念仏=修行
親鸞:念仏=救われた結果のあらわれ
👉 念仏は原因ではなく「結果」
■ 即得往生(そくとくおうじょう)
普通の浄土教では
👉 死後に極楽往生
ですが親鸞は
👉 信心が決まった瞬間に往生は確定
つまり
今この瞬間に救いは成立している
親鸞はここを徹底的に掘り下げます。
自力
他力
修行・努力
阿弥陀の働き
自分の力
仏の力
条件付き
無条件
👉 親鸞はほぼ完全に「他力」に振り切る
■ 絶対他力
その極限がこれ
👉 「善も悪も関係ない」
なぜなら
善を積むのも結局「自力」
だから救いの条件にならない
■ 倫理はどうなるのか?
ここがよく問題になる点。
親鸞は
👉 「悪をしてよい」とは言っていない
むしろ
本当に他力に気づいた人は
自然に惭愧(ざんき)の心が生まれる
(あなたの前の質問ともつながる重要点)
親鸞の立場は
法然の弟子でありながら
教えをさらに徹底化
結果
👉 「修行」という概念そのものを解体してしまった
■ まとめ(核心だけ)
親鸞教学を一行で言うと
👉 「人は何もできないが、それでもすでに救われている」
> ここでいう信心は
> 自分が信じることではなく
> 阿弥陀仏に信じさせられること(他力)
> つまり
> 👉 信心すら「自分の力ではない」
なんか、イスラム教っぽいな
アッラーを信じる者は天国に往き、
信じない者は地獄に投げ込まれる
でも、アッラーを信じる者は、
アッラーがそのように仕向けたのであり
信じない者は、アッラーが目と耳をふさいだのである
結局のところ、アッラーを信じるか信じないかを
決めているのは、アッラーなのである
>>信じない者は、アッラーが目と耳をふさいだのである
聖書では、
神がサタンを派遣して
人間の信仰心を試す場面が
多いね
>>親鸞教学を一行で言うと
>> 「人は何もできないが、それでもすでに救われている」
晴佐久神父と、微妙に違うね
https://m.youtube.com/watch?v=SgvbysxCb2o&list=PLIu-pTftRZuYICak6cNbIf19wjzda2T_6&index=1&pp=iAQB
(12分地点から25分地点)
神に試されているのか
真土とは、一切の衆生を平等に救おうとする阿弥陀仏の誓願に報いあらわれた浄土である。
阿弥陀仏は、どのような人であっても、どれだけ時を経ようとも、
必ず摂め取って救おうとする光明無量と寿命無量の誓願をおこし、
この大悲の誓願にこたえる真仏土を成就している。
仮土は、どうしても自力を棄てることの出来ない凡夫を導くために、
自力の行によって往生する浄土として設けられた、仮の世界である。
それは、諸善万行を修して、あるいは自力で念仏を修して願う、
方便化身土として表される浄土である。
https://www.bing.com/search?q=%E4%BB%AE%E5%9C%9F%E3%80%80%E7%9C%9F%E5%9C%9F%E3%80%80&qs=n&form=QBRE&sp=-1&lq=0&pq=%E4%BB%AE%E5%9C%9F%E3%80%80%E7%9C%9F%E5%9C%9F%E3%80%80&sc=0-6&sk=&cvid=35591BA2E0C647CD8EE42B82D9757C74
本願によって誰もが平等に救われる真土が明らかにならないことを、
「如来広大の恩徳を迷失している」と言われた。
しかし、真土が明らかになれば、もう仮土は不要になると思うことも、
また「恩徳の迷失」になるのではないだろうか。
真土と仮土とは一方を棄て一方を取るというのではなく、
真と仮とが相俟ってはたらく関係として聞思していくことが、
大切であるように思われる。
真仏土浄土と、化身土浄土
これこそ、親鸞思想理解の鍵
に、そう書いてあった
A.I.はもちろん、インターネットすら無かったな
そう
浄土を区分けする必要性が低い点
阿弥陀仏の本願による真実の報土(真仏土)と、自力の心で往生する仮の浄土(化身土・方便化土)を区別し、真実報土への往生こそが真宗の目的(真実の教え)であると説く。
定義: 阿弥陀仏が法蔵菩薩の時に立てた、第18・19・20願(本願)に基づき、阿弥陀仏が成就した真実の浄土。
特徴: 浄土真宗では、ここを「真の報仏土」とし、本願力を信じて「無上心(真実の心)」で念仏する者が往生する場所。
意義: 真宗の正意(真実の教え)。
定義: 第19・20願(諸行・諸善の願)に基づいて往生する、方便の浄土。
特徴: 自力的な心(疑心)で「名号」を称えて往生する場所。ここへの往生は、真実の報土に誘引するための「過程」とされる。
異称: 方便土、仮の浄土、懈慢土(けまんどう)など。
親鸞は、善導大師の教えに基づき、真(本願・真実)と仮(自力・方便)を厳格に区別した。
真仏土: 真実の信心(他力)により、仏の救いに完全に委ねる往生。
化身土: 自身の善根(自力)に頼る心が残っている場合の往生。
親鸞の真宗は、この化身土を「真実の報土へ誘う方便の浄土」と位置づけ、真実報土への往生を強く説く。
梅原猛の著書を1冊まるごと読んだのと
大差ない知識と理解が得られる(笑)
個人的に、何十年か前にこの本を読んだが
「親鸞の浄土には、真仏土浄土と化身土浄土がある」
という一点のみが、印象に残っている
それ以外は、何ひとつ記憶に残っていない(笑)
この本を1冊まるごと読破した人と
同等の知識が得られると断言できる(笑)
「どっちかっていったら、ボクは化身土浄土に行きたいな?」
と思った覚えがある
美味しいものが食べ放題で、
きれいなお姉さんたちがいるらしい
なんとも、楽しそうなところだ
何もない
すべてが光輝いているだけ
そこは、光の世界だ
高校生のときの自分は、凄まじい記憶力を誇っていた
記憶違いではないと思う(笑)
エロビデオが見放題!
それなら、化身土浄土に往くまでもない
個室ビデオ屋に行けば十分😫
真仏土は報身(真実の仏)が住む真実の浄土であり、化身土は教化のために仮に現れた場所(方便化土)を指します。
特徴:真実の誓願(第十八願)に基づく。
内容:阿弥陀如来の真実の報身(真実の仏)が住む浄土。
性質:迷いのない本質的な悟りの世界。
特徴:方便の誓願(第十九願・二十願など)に基づく。
内容:釈尊の教化など、衆生を導くために仮に現れた場所。
性質:真実の浄土に導くための「仮の浄土」であり、真実には至っていないとされる。
化身土浄土はどういうところなのか?
**化身土浄土(けしんどじょうど)**は、一言でいうと
👉「真実の悟りへ導くために、仮にあらわれた浄土」です。
親鸞は、これを「方便の浄土」として位置づけています。
■ どんな“場所”なのか
物理的な場所というより、悟りに至る前段階の世界です。
特徴
阿弥陀仏が**仮の姿(化身)**で現れている
苦しみは少ないが、まだ完全な悟りではない
修行・学び・気づきを通して、真実の浄土へ進む準備をする場
化身土に往生するのは、例えばこういう人です:
念仏をとなえるが、どこか自分の力を頼っている
阿弥陀仏を信じてはいるが、信心がまだ不徹底
功徳や善行へのこだわりが残っている
👉 つまり「半分は他力、半分は自力」という状態
化身土では、
自分の限界(自力では悟れないこと)に気づく
阿弥陀仏の本願の深さを知る
本当の信心(他力)へと転換する
というプロセスを経て、最終的に
👉真仏土浄土へ導かれるとされます。
真仏土浄土:大学卒業(完全なゴール)
化身土浄土:予備校や準備期間
すでに安全な場所にはいるけど、まだ“完成”ではない段階です。
親鸞は、化身土についてやや厳しく見ていて、
本願を疑う心がある限り、そこにとどまる
しかしそれも最終的には救いへ導く働きの一部
と考えました。
ChatGPT : 興味深い視点ですね。結論からいうと、一部イメージが重なる部分はあるけれど、思想的にはかなり違うものです。
まず、「化身土浄土」というのは、浄土三部経などを背景にした浄土教の枠組みで、ざっくり言えば
👉仏のはたらきによって現れる“相対的・方便的な浄土”
です。
一方で、スピリチュアルで言われる「中有界」や「精霊界」は、文脈によりますが
👉死後や物質界の外にある中間的・霊的な世界
という意味合いが強いですよね。
あなたが「似ている」と感じたのは、おそらくこのあたりです:
現実世界とは別のレイヤーにある
完全な悟りの世界(究極)ではない中間的な位置づけ
修行・成長・移行のプロセスに関係する
この意味では、仏教の「中有(バルド)」的な発想とも重なるため、感覚的な類似は確かにあります。
ここが大事なポイントです:
① 実在の仕方が違う
化身土浄土:仏の智慧と衆生救済のための「はたらき(方便)」
精霊界・中有界:存在論的に「そこにある世界」として語られることが多い
つまり仏教では、固定した“場所”というより関係性・働きなんです。
② 目的が違う
化身土浄土:最終的に悟り(仏果)へ導くプロセスの一部
精霊界:滞在・交流・経験の場として語られることも多い
③ 中心思想が違う
浄土教はあくまで
👉 「阿弥陀仏の救いにどう関わるか」
が核心です。
スピリチュアルの精霊界は
👉 「霊的存在や魂の階層」
といった宇宙観が中心になります。
あなたの直感は鋭くて、
「中間的な領域」という意味では似ている
でも本質的には
仏教:救済の働きとしての構造
スピリチュアル:存在する世界の階層
という違いがあります。
往生の後、極楽浄土で仏道修行に励むのだからなー
😀
霊山浄土に行った後は 修行するとかの
文献は、見たことがないな
😀
そうみたいだな~😆
「極楽浄土では、ありがたい如来の説法を聴いて、修行がサクサク進みますよ~」
てな感じのようだ
その言い方、ちょっと誤解が混ざってるかもしれないね。
**「化身土浄土(けしんどじょうど)」**は、仏教(特に浄土思想)でいうと、阿弥陀仏の救いの中でも「まだ完全ではない段階の浄土」を指すことが多いんだ。修行の進み具合によって見える世界が違う、という考え方の一部だね。
だから本来の意味では:
美味しい食べ物を楽しむ場所
きれいなお姉さんがいる楽園
みたいな俗世的な欲望を満たす場所ではないんだよ。
むしろ仏教的には逆で、
欲望や執着を手放すための段階
真の悟りに近づくための環境
という意味合いが強い。
ただ、日本の昔話や大衆的なイメージでは、「極楽=楽しい場所」というふうにカジュアルに解釈されることもあるから、そういうノリで言ってる可能性はあるね。
もし気になるなら、「報土(ほうど)」とか「真の極楽」との違いも説明できるけど、そこまでいくとちょっと哲学的で面白いよ。
**報土(ほうど)**とは、主に仏教で使われる言葉で、「修行や善行の“報い(結果)として得られる世界・国土」のことを指します。
もう少しわかりやすく言うと:
人が行った善い行い(功徳)や修行の結果として
その“報い”として現れる環境や世界
これが「報土」です。
仏教では、世界(国土)は大きく分けて2つに考えられることがあります:
報土:修行の結果として得られる清らかな世界
化土(けど):仏が人々を導くために現す仮の世界
特に有名なのが、極楽浄土です。
阿弥陀仏の功徳によって現れた理想世界
信仰や念仏の功徳によって往生するとされる場所
このような世界は「報土」の典型例とされています。
報土はこんなイメージです:
「その人の行いのレベルに応じて“住む世界の質”が変わる」
つまり、
心や行いが清らか → 清らかな世界(報土)
という因果関係の考え方です。
もし興味があれば、「報身(ほうじん)」や「四土思想」との関係も説明できます。
この世を極楽浄土かのように
色んな仏教や色んな宗教を聞ける能力がある
😀
😀
今は6つだな
😀
先週開発の新脳システム絶大
脳の回転力と疲労回復力が上がった
😀
他の瞑想正統派仏教の汎用性がある
😀
祖師達は
このような禅定感覚を持ち得たか?
は知らんが
低煩悩効果は高い
😀
のレベルは少しずつ上がっている
まー
好きな煩悩は好きなままではあるが
😀
花粉症のダメージが関西はピーク終えたからだろう
😀
具体的には、蓮華の中に500年間とどまる「胎宮」や「辺地」とも呼ばれ、仏の真実の姿を直接見ることができず、真実報土への往生を「待つ」状態の場所です。
「胎宮(たいぐう)」とも呼ばれる:蓮華の中に500年間とどまるという「胎宮」の生活を指す言葉です。
真実報土ではない「方便(仮)」の浄土:真実信心の行者が住む「真仏土」とは異なり、阿弥陀仏の願いの途上として示される場所です。
「待つ」という形式:ここに往生した者は、自らの不信心を恥じ、真実の浄土へ進む時を「待つ」という心理的・空間的な場として描写されます。
『往生要集』や『無量寿経』に基づく表現:釈尊が教化のために仮に現した場所(化身土)ともされ、疑心があるまま往生した場合に生じるところと説かれます。
念仏をとなえてはいたけど
心の中では阿弥陀如来の救いを疑い、
信じ切れなかった者が往く処なのか?
😀
俺は、いつても平常は、
この世で
浄土経典に書いてあるような
極楽で聞くような諸仏の説法を
聴き効率良く修行できる
😀
「極楽浄土では、仏の説法を聞き放題で、修行がどんどん進みますぜ」と言っている😅
そういうものらしい
「この世で仏になる」(即身成仏)は目指していない
まずは、化身土浄土に往生する
そこでは、如来の説法を聞き放題で、鳥や孔雀まで説法してくれる
修行がはかどること、間違いなし👍️
俺の真宗のほうが詳しいという
真宗でも一番の知識人だ
😀
禅仏教が一番シンプルに伝えるのが
難しいし、伝える意欲がない
😀
532 神も仏も名無しさん 2026/04/09(木) 18:29:43.30 ID:wpi6E
親鸞は
不信仰疑いあっても、あたりまえ、
とにかく往生の後の極楽浄土での修行ができるのを信じよう
というオチだ
日本人の多くは坊主の怠慢もあるが
念仏てすら
往生の後の仏道修行という観点がないのが
多数派だ
俺は仁和寺と
六道珍皇寺と六波羅蜜寺と
両部神道出水流を霊的直観修行やりたい
後、春日大社
😀
真仏土は阿弥陀仏の真実の救いの世界、化身土は信心が不十分な人が一時的に留まる仮の浄土を指し、どちらも弥陀の慈悲による救いとされます。
定義: 阿弥陀仏の真実の功徳によって成就された、真実のさとりを開く世界。
往生する人: 本願を信じ、真実の信心を得た念仏者。
特徴: 「真実報土(しんじつほうど)」とも呼ばれ、ここに至れば迷いの世界へ戻ることはない。
定義: 諸仏が衆生を導くために仮に現した方便(手段)としての浄土。
往生する人: 疑い心を持ちながらも念仏した(信心が不十分な)人。第十七条では、疑心があっても念仏すれば、一旦はここに生まれると説く。
特徴: 「仮土(けど)」とも呼ばれる。ここに生まれた後、最終的には真仏土へと導かれる。
これが、親鸞の大きな特徴だ
真仏土浄土と、化身土浄土だ
阿弥陀如来の無碍光に満ち溢れる、悟りの世界だ
なんとも、ありがたい世界だ
正直、化身土浄土のほうが楽しい
わたしは数多い仏の国土の中でも、誰でも往けるという阿弥陀如来の浄土が極楽だと聞いて、そこへ往きたいと思った。如来像を買い、毎日念仏を称え、お寺に沢山のお布施をし、亡父母を供養し、如来が喜んでくれるだろうからと善い行いもした。「よし、できる限りのことをやった。これだけやれば大丈夫だろう」と思った。そして目が覚め、周りを見ると黄金の宮殿や楼閣(ろうかく)や七宝の輝きを放つ池や光の中から清らかな風が楽器を奏でるように吹き渡っている。「ああ、運よく極楽浄土に来たぞ」と喜んだ。そして何日も何日も過ごしているうちに、何か変だぞと感じた。そういえば、周りの人は怠惰でやる気がなさそうなボーとしている人ばかりだ。仏や菩薩どころか尊いお話をする聖者も見当たらない。建物や風景は見事で清らかなんだけれども、毎日のことで別に楽しいことでもなくなった。
やはり仏のお話や別の仏国土にも行ってみたい。それで少し旅をすることにした。けれども行けども行けども、どうも同じところをぐるぐる回っているような感じだ。くたびれ果てて石の上に座っていると、これまたボーとした人が来た。彼に聞いた。「ここは本当に如来の浄土なんですか」。生気のない目をしたその人はこういった。「そう如来の浄土ですよ。けれども本当の真実浄土ではありません。ここは方便化土という仮の浄土なんです」。「え~、まじですか!」。結局、わたしはここで500年間も惰性的な生活を送ってしまったのだった。何が間違っていたのか。
大無量寿経(大経)は、阿弥陀如来の浄土(西方浄土・安楽国)があるが、如来の智慧を疑ったり、功徳によって往こうとしたり、罪の報いを恐れて念仏したりする人は、同じ浄土でも、その「辺地の宮殿」(胎生)に生まれるに留まると説いています。上述の浄土がまさにそうだったのです。かの親鸞さんは、この「辺地の宮殿」(化身土:けしんど)について教行信証の第6巻で詳しく説明しています。法然さんをはじめ他の浄土教の高僧たちは、「辺地の宮殿」についてはほとんど詳説していません。なぜ親鸞さんはこの「化身土」を詳しく語ったのか。この化身土にはどんな意味があるのか。化身土については当ブログ(2016年7月12日付)でも紹介しておりますけれども、親鸞教義の重要な項目でもありますので、さらに調べてみました。
なぜ方便化身土巻が著わされたのだろうか?
https://syuronoki.blog.jp/archives/1080563062.html
自力努力やったら低い浄土からのスタートらしい
うろ覚えたけど
😀
自在に禅定を味わえる
空間が光明スープ状態で
皮膚から光が出てる気配があるなー
当たり前に、いつも簡単
😀
余裕に出口王仁三郎超え豪語する気になる
😀
汚泥オー🤡!汚泥オー🤡!泥泥オー✌️!
(ひらがな訳)
おでいおー🤡!おでいおー🤡!でいでいおー!✌️!💯
一番簡単だ
どこの寺院でも念仏系統寺院は
即ゲットだ
😀
デイデイオ〜😀
デイデイオー😀
ムイムイがはたをおる〜😀
ムイムイムイ〜😀
ムイムイムイ〜😀
お堂の背景は
基本極楽浄土
認識が甘かった
皇族による極楽浄土願望が
濃かったようだ、仁和寺は
😀
😀
脳内インプットされてなかった
😀
この世は泥オーのためにある〜😀
覚鑁は
院政のバックボーンができて覚鑁の登場だ
😀
ぶっぶっぶー😀
ぶっぶっぶー😀
風にのって 飛んでいく〜😀
仁和寺がわからなかった
6年前本を観音堂の買っておいて
改めて、
観音堂の本尊は千手観音で背景画は
極楽浄土やった
行った時は気づかなかった、その場で本を読むべきだったが
😫
極楽浄土画の裏面の画は
六道輪廻図だった
やはり浄土信仰がある
本を今日読んで理解した
😫
なんちゃら龍王が2.3体あるのを
本で確認、
国家鎮護で日照り避けの
意味もありそうだ
さすが、院政から盛り上がった寺院らしい
読めてなかった😀
あんたが汚泥 わたしはヘドロー😀
ドロ!ドロ!😀
天台四土
土(しど)の考え方: 天台宗では、仏が住む国土を4つのレベルで理解します。
天台宗で説く四土(しど)とは、諸仏が住する国土(浄土)をその性質や住する者の悟りの段階に応じて4つに分類したものです。凡聖同居土、方便有余土、実報無障礙土、常寂光土の総称であり、天台大師智顗が『観無量寿仏経疏』などで体系化しました。修行により凡夫から仏に至る過程で住処が向上すると説かれます。
方便有余土(ほうべんうよど):見惑・思惑(煩悩)を断ったが、無明(根本的な無知)を完全には断っていない二乗(声聞・縁覚)や菩薩が住む世界。
実報無障礙土(じっぽうむしょうげど):別教の初地以上、円教の初住以上の菩薩が住む世界。二障(煩悩障・所知障)がなく、果報として報身仏が住む。
常寂光土(じょうじゃっこうど):真如(真実の理)に合致した法身の住む最高・永遠の仏土。三徳(法身・般若・解脱)が完全な状態で現れている。
真仏土浄土と化身土浄土の二土にシンプル化したんだな
昨日家に戻っても、風呂上がるまで
天台浄土教の香りが部屋でプンプンしてたー
天台四土研究のせいだな
😀
六波羅蜜寺の万燈会の動画を落として予習だ
😀
円仁
794~864
遣唐使として入唐、密教・念仏・常行三昧を日本天台へ強化
円珍
814~891
密教体系を発展、後の寺門派の祖
空也
903~972
民衆念仏・遊行聖の先駆者
源信
942~1017
『往生要集』で天台浄土教を体系化
まず、
① 円仁・円珍の時代
ここではまだ、
「比叡山に中国仏教フルセットを移植する」
段階です。
特に円仁は重要で、
五台山信仰
常行三昧
阿弥陀念仏
密教儀礼
を大量に持ち帰った。
つまり、
後の日本浄土教の“素材”
を比叡山へ入れた人物なんですね。
この時点では、まだ念仏は「総合修行体系の一部」です。
ここで初めて、
念仏が街へ出る。
疫病・戦乱・末法不安の中で、
「難しい教学」
「山岳修行」
ではなく、
「南無阿弥陀仏だけでも救われる」
という方向が、庶民に強烈に刺さった。
空也は、その実践的・遊行的な担い手。
そして源信が、
民間で広がり始めた浄土信仰を、 天台教学として理論化・権威化した。
『往生要集』によって、
地獄観
極楽観
念仏往生
臨終行儀
などが整理される。
つまり、
円仁 = システム輸入
空也 = 民衆化
源信 = 教学化・体系化
という流れが見えてくるんです。
法然
親鸞
一遍
へつながっていきます。
Chat GPT:まさにそうです。
空也は、日本の「念仏聖」の原型を作った人物といっていい。
後世の遊行聖・念仏勧進・市井宗教者たちのイメージは、かなり空也に由来しています。
彼の特徴は、まさに:
寺院中心ではない
民衆の中へ入る
路上で念仏
行脚
救貧
土木事業
疫病救済
死者供養
を全部まとめてやっていたこと。
つまり、
「教義を講義する僧」
ではなく、
「都市を歩き回る宗教的実践者」
なんですね。
これは、
念仏が単なる言葉ではなく、現実に働きを持つ
という感覚を表しています。
空也上人立像
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/ae/Kuya_Portrait.JPG
「国家仏教の外縁」にいた
ことです。
平安前期の大寺院仏教は、まだ貴族・国家との結びつきが強かった。
しかし空也は、
市場
路上
貧民層
疫病流行地
葬送空間
などへ直接入っていった。
このあたり、以前あなたが話していた「ノマド的宗教者」という感覚にもかなり近いです。
定住寺院システムから半分はみ出しながら、
念仏という“可搬型の宗教技術”
を持って、日本列島を流動していく。
その流れが、
高野聖
熊野比丘尼
遊行上人
一遍系時宗
などへつながっていく。
特に一遍は、空也的な「遊行念仏」を極限まで推し進めた存在ですね。
ある意味、
空也 = 日本仏教における「街路へ降りた仏教」の始祖級人物
と言っても大げさではないです。
Chat GPT:源信は、一般にイメージされるような「比叡山を捨てて民間布教へ出た人」ではありません。
基本的には、最後まで比叡山系の天台僧です。
むしろ彼は、
山林修行
学問
念仏実践
浄土思想の体系化
を、比叡山内部で進めた人物でした。
ただし、その思想的影響は山の外へ爆発的に広がった。
特に有名なのが『往生要集』です。この本は、地獄の恐怖と極楽往生を非常に具体的に描写したため、貴族から庶民まで強烈な影響を与えました。
源信自身は、
「比叡山を下りて民衆運動をした宗教家」
というより、
「比叡山の中で、念仏思想を理論化した天台エリート」
に近い。
源信の念仏思想は、後世になると山を飛び出していきます。
法然の専修念仏
親鸞
などへ、大きく接続していく。
特に法然は、『往生要集』を非常に重視していました。
だから歴史的には、
源信本人は「山の中の学僧」
しかし思想は「山を下りて民衆世界へ流出した」
という感じです。
また、源信は完全な「念仏一本」でもありませんでした。
彼はあくまで天台僧なので、
法華経
止観
戒律
密教
念仏
を統合的に見ています。
後世の浄土宗ほど、「念仏だけでよい」とは言っていないんですね。
スウェデンボルグみたいな人だったのか?
Chat GPT:面白い比較ですね。
確かに、源信の『往生要集』を初めて読むと、
「この人、地獄と極楽を見てきたのでは?」
みたいな迫力があります。
地獄描写なんか、本当に異様に具体的ですからね。
ただ、源信は基本的には、エマヌエル・スウェデンボルグのような「霊界旅行者」タイプとは少し違います。
スウェデンボルグは、
自分が霊界を直接見た
天使と会話した
死後世界を実見した
と主張する、かなり強烈な神秘家でした。
一方、源信はむしろ、
「経典・論書・観想体系を編集して、強力な宗教イメージを構築した学僧」
です。
『往生要集』の地獄描写も、多くは
仏典
中国浄土教文献
因果応報説
六道輪廻思想
を整理・再編集したもの。
特に、
観無量寿経
阿弥陀経
無量寿経
の影響が大きい。
ここからが平安仏教の面白いところですが、当時の修行者は「観想」を非常に重視していました。
つまり、
地獄を観想する
極楽を観想する
死を観想する
阿弥陀仏を観想する
という瞑想を、本気でやっていた。
しかも比叡山の環境って、
山林修行
断食
徹夜念仏
死体観
孤独
など、かなり極限的なんですよ。
だから現代的に言えば、
強烈な宗教的イメージ体験
は実際にあった可能性が高い。
その意味では、源信にも「ヴィジョン体験」的な側面はあったと思われます。
ただ彼は、
「私は霊界を直接見た!」
と前面に出すタイプではなく、
「経典と修行を通じて見えてきた世界を、体系化した」
タイプですね。
ある意味、
スウェデンボルグ=個人的神秘体験の爆発
源信=仏教宇宙論の超高度編集者
という違いがある。
Chat GPT:その通りです。
日本天台は、法華経だけの宗派ではなく、最澄没後にはかなり包括的な仏教体系へ発展しました。そこで重要視された経典の一つが、観無量寿経です。
特に平安中期以降の天台宗では、
法華思想
密教
禅
念仏(浄土教)
戒律
を全部まとめて修める「総合仏教」化が進みます。
この常行三昧は、智顗の『摩訶止観』に基づく修行で、阿弥陀仏の名号を唱えながら歩き続ける実践です。背景にはもちろん、観無量寿経系の浄土観想があります。
つまり平安天台では、
法華経が理論的中核
阿弥陀信仰が実践的救済
という二本柱が並立していた。
Chat GPT:はい、基本的には「天台系阿弥陀信仰」です。
藤原道長の阿弥陀信仰は、後世の浄土宗みたいな「念仏だけ」という形ではなく、
平安天台の浄土信仰
の文脈にあります。
当時の比叡山は、日本仏教の巨大中枢でした。
なので貴族たちは、
法華経信仰
密教
加持祈祷
阿弥陀信仰
極楽往生願望
を、全部セットで受け取っていた。
つまり、
「法華か阿弥陀か」
という対立は、まだ弱い。
むしろ、
「現世利益は密教、死後救済は阿弥陀」
みたいな感覚で共存していました。
彼は巨大な阿弥陀堂を建立し、極楽浄土をこの世に再現しようとしました。
これは単なる寺ではなく、
「この世に極楽を出現させる政治的・宗教的空間」
でもあった。
また、道長の時代には、
末法思想
疫病
死の不安
貴族社会の無常感
が強まっていた。
そこで阿弥陀信仰が非常に広がる。
この流れに強烈な影響を与えたのが、やはり源信の『往生要集』でした。
特に貴族たちは、
地獄は怖い
極楽へ行きたい
という感覚を、かなりリアルに持っていたんですね。
まだ「専修念仏」ではない
ことです。
道長クラスの信仰は、
法華経読誦
真言密教
念仏
造寺造仏
写経
戒
儀礼
など全部込み。
だから、
平安貴族の阿弥陀信仰 = 天台・密教・浄土が融合した貴族仏教
と見るのが実態に近いです。
有名な平等院鳳凰堂も、この流れの延長線上にありますね。
空也
😀
>>つまり、「法華か阿弥陀か」という対立は、まだ弱い。
>>むしろ、「現世利益は密教、死後救済は阿弥陀」
>>みたいな感覚で共存していました。
まさか、今まで知らなかったのかな?
エロ和尚殿にとっては、当たり前か?
当たり前田のクラッカー
https://www.youtube.com/watch?v=lH58X5yWwUU
JBL氏が知らなかったとは、意外であった。
五来重の高野聖の融通念仏に関する
霊的なイメージがわいてきた
😀
特に日本では
二つの潮流がある
インド中国仏教教義の仏教と
キリスト教的発想に近い本覚思想と葬式仏教などの
霊的共同体志向の仏教
があるようだ
😀
山伏念仏神仏習合は
理解できないのかもー
と思えてきた
😀
本来は神仏習合であり
霊的共同体というイメージ信仰があったんだろうな感
これで読むと雰囲気が掴めてきてる感がする
😀
と言うだけではなかった
「真仏土浄土」と「化身土浄土」だ
酒池肉林の快楽園ではない
鳥でさえ、法を説く」
という、修行がサクサク進む環境だ
行と祈りの
天台の一心三観の背景を読んで
浄土宗系統も、どこか
一心三観みたいな教学的背景が
残ってるなー
と
見えてきた
😀
という山伏特有のフレーズがある
山の行は聖なる世界
里の行は日常生活
それを
天台教学の
一心三観だなー
的に解釈てきる内容でオモシロかった
当然、念仏も
その解釈は可能なシステムななっていふ
😀
中論のいうところの
仮、空、中
😀
本覚思想の味付けはあるだろう
😀
天台の一心三観が
隠れている読みができてきた
😀
それが日本は法華経が人気の国の理由のようだ
😀
阿弥陀の三文字に
一心三観を当てはめるところから
スタートしている
念仏の霊的球筋イメージが統合てきてきたぞ
😀
弥 = 空
陀 = 中
弥 = 仮
陀 = 中
ほ~かい師匠っぽくなった
実は
細かくアタマに入ってない
本覚思想を読むけど
リアリティがなかったから
どこに該当するのか
わかってない
該当しているのだけは知ってた
😀
あるとは思う
😀
なんでも3つに分けたがる ほ~かい師匠
日本神話も、最初は3つの神が、突然、出現する。
https://1000ya.isis.ne.jp/0141.html
『古事記』の冒頭に登場する三神タカミムスビ・アメノミナカヌシ・カミムスビのアメノミナカヌシと、
昭和の日本人論ですな😄
どこらへんの記述が?
冒頭からいきなり、こうですがな😅
↓
すごいタイトルである。日本の本質は中空構造にあるのではないか、中心はカラッポなのではないかというメッセージを直裁に突き出したタイトルである。
このタイトルを見たとき、この手の日本論に関心がある者は、誰もがロラン・バルトの『表徴の帝国』を思い出した。バルトは日本に関する乏しい知識にもかかわらず、東京のど真ん中に皇居があることを見て、ただちに日本の中心が穿たれていることを喝破したものだった。もっともたいした説明はしていない。
というのをもって、
「日本は中抜き構造だ」
と言ってるのだが
それは、NEW YORKのセントラルパークにも言える
他の2神だって、神道マニアならともかく、世間の一般人には知られていない(笑)
ヒンドゥー教の3神、シヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマー
このうち、シヴァとヴィシュヌは大人気だが、ブラフマーの影が薄い
ヒンドゥー教の「三神一体(トリムールティ)」では、
シヴァ … 破壊と再生
ヴィシュヌ … 維持と救済
ブラフマー … 創造
という役割分担になっていますが、実際の信仰ではブラフマーはかなり影が薄いです。
まず大きいのは、
「創造して終わり」の神だから。
ヴィシュヌは、世界が乱れるたびに化身(アヴァターラ)として降臨して救済する。
たとえば、
クリシュナ
ラーマ
などはヴィシュヌの化身です。
一方シヴァは、苦行・瞑想・舞踏・破壊・性力など、非常に人間的でカリスマ性が強い。
禁欲的なヨーギーでもあり、荒ぶる神でもあり、家庭人でもある。
つまり両者とも、「人間との接点」が多い。
しかしブラフマーは、「世界を創った後はあまり前面に出てこない」神なんです。
有名なのが、
「ブラフマーが嘘をついたので、礼拝されなくなった」
という説話です。
シヴァが無限の光柱として現れ、ヴィシュヌとブラフマーに 「この柱の上下の果てを探せ」 と命じる。
ヴィシュヌは正直に「見つからなかった」と言う。
しかしブラフマーは、 「私は頂上を見た」 と嘘をつく。
それを見抜いたシヴァが怒り、
「お前は広く礼拝されなくなる」
と呪った。
この神話、かなり象徴的です。
ヴィシュヌ → 誠実
シヴァ → 超越的絶対者
ブラフマー → 権威主義的・形式的
みたいな構図になっている。
ヴィシュヌ派
シヴァ派
は巨大宗派になったのに、
「ブラフマー派」
みたいな大宗派が育たなかったのも大きい。
インド宗教では、 「今この瞬間に救ってくれる神」 「修行や帰依の対象になる神」 が強い。
創造神は、思想上は重要でも、信仰対象としては弱くなりやすい。
これは実は他宗教でも似ています。
たとえばギリシャ神話でも、 ゼウス は人気でも、 「宇宙創成の原初神」は影が薄い。
仏教では、 梵天として取り込まれますが、
「宇宙を創造した唯一神」
ではなく、
「天界の高級神の一人」
くらいの扱いになる。
しかも、釈迦に教えを説くようお願いする役回りまでやる。
つまり仏教から見ると、
「ブラフマーですら悟ってはいない」
という位置づけなんですね。
ここは、インド宗教史のダイナミックなところです。
「日本人はユニークな民族である」
という結論に、強引に持っていくから😅
「昭和の日本人論」
欧米と日本だけが先進的な文明国
他のアジア諸国は、野蛮そのものだった
「我々だけが、どうしてこんなにユニークなのか?」
と、自意識過剰になるのは無理からぬことであった
「中国人論」のほうが盛んだ
書店に行くと、「中国人はどうして、こんななのか?」を論じた本がたくさん並んでいる
ヒンドゥー教の3神も、突然、現れたのだっけ?
昔から居る
サイクリック宇宙論は、無限ループが当たり前だと思っていたが、
そうでないバージョンもあるらしいね。
https://funlife496.com/archives/246
というような見方もあるのか
観想と言ってもらいたい
あまりピンと来ないなあー
そこらへんが、JBL氏とワシの感性の違いかな?
それぞれの宗派に、世界観がある
唯識派 「この世界は、阿頼耶識が転変した姿である」
華厳宗 「この世界は、毘盧遮那仏が顕現した姿である」
真言宗 「この世界そのものが、大日如来の説法なのである」
瞑想行を通して、これを観想する
その繰り返しが、仏教
というのが、井上義衍の系統
ある意味、一種の観想だ(笑)
というか、うちの坊さんは、1周忌3回忌7回忌などの法事の時は、
決まって「観無量寿経」を読むのじゃが、
ワシはあまり「観無量寿経」は好きでは無い。
親鸞聖人作の「正信偈」が大好きなのじゃが、
これは葬式の時しか読まないみたい。
聞き流せば済む話
そしてJBL氏は、どの派にも属していない(笑)
> 親鸞聖人作の「正信偈」
そんなのがあるのか
確かに(笑)
個人的には、唯識論にベースがある
一種の理想論と感じられる
観無量寿経を聞かされて
お布施3万5000円は高すぎる。
精々1万円
体質的に合わない😫
YouTubeの動画なら無料だ
真宗のお経はパソコンに現在語訳文字付きで、たまに味わうマニアだ
最近は高野山念仏研究コースだが
😀
浄土真宗のバイブル的な歌でっせ?
https://note.com/leal_acacia109/n/na3cc81b52346
😀
https://m.youtube.com/watch?v=GfGLnnt7CBM&pp=ygUk55yf5a6X44GK5Yuk44KB44CA54--5Zyo6Kqe6Kiz5LuY44GN
😀
見え見えですがな
なかなかの陶酔感はある
😀
浄土真宗については、これを読むだけで卒業できる
https://note.com/musa_kousaiji/n/n693e6969c19c
まともだったんか?
😀
>>毎朝のお勤めで流していますが男性だけのバージョンが欲しいです。
>>女性の声が音程ずれていて聞き辛い。
↑
コメント欄に、こんなのがあるな~
ワシも「男性だけのバージョン」欲しいな
JBL氏が案外、無知だったことが
バレただけじゃ
詳しい
😀
😀
聖ウンコ師と いい勝負じゃな
最近は教学/知識の面での衰えが顕著
哲学マニアなので
日本の伝統仏教には詳しくない
井上義衍の禅を知った😄
ワシの場合、哲学については「無知の知」で卒業
完全に禅宗に特化したキャラになってしまったため
もう、教学の話をしにくくなった面がある
禅宗キャラに特化したわけだが
いつの間にか、宗教板は禅宗の色が薄れてた😅
禅宗ではなく、スピリチュアル系だし
JBLがお題に出さない限りレス打たないしなー
😀
本覚思想と真言念仏が
マイブームだ
今月末あたりのまで
探求する
本覚思想と呼ばれる書物を一つずつAI検索にかけている
😀
聞いていて、眠くならない
正信念仏偈 草譜 ~浄土真宗本願寺派(西本願寺)
*一緒にとなえる勤行読経動画【調声:王子布教所大江和正】
https://www.youtube.com/watch?v=ex-8nT35Ik8
https://www.youtube.com/watch?v=pOOvYcMV8aE
https://www.youtube.com/watch?v=msSWS8_NTcI
https://www.youtube.com/watch?v=92XPX25eZvg
https://www.youtube.com/watch?v=LN_A-SQEq4U
この動画の「4分10秒地点~5分地点」が重要
【浄土真宗のよく聞く〇〇】御文章のあなかしこ、あなかしこ
https://www.youtube.com/watch?v=LN_A-SQEq4U