あ?IDなし最終更新 2026/01/28 00:071.馬雷達らくに生きたい知恵を持ちたい金持ちになりたい世の中の悪を消したい2025/10/24 07:23:55266コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.夢見る名無しさん 第一景(背景に描かれた絵は、一本の棕櫚の樹、アラブ風の墓。背景のすぐ前に、小石の山。左手に里程標があり、アインソファール四キロと書いてある。強烈なブルーの光線。サイッドの服装---緑色のズボン、赤い上着、黄色い靴、白いシャツ、薄紫のネクタイ、つばのついたピンクの帽子。おふくろの服装---紫色の服、ありとあらゆる色のつぎが当たっている。黄色の大きなヴェール。彼女ははだしで、足の指には一本一本----それぞれ異なる---けばけばしい色が塗ってある。サイッド、おふくろネクタイをだらしなく結んで、上着のボタンは全部はめてある。右手から登場。姿が見えるか見えないかのところで、疲れ切ったように立ち止まる。彼が出てきた方を振り返り、叫ぶ。2025/12/23 19:16:533.夢見る名無しさんサイッド 薔薇の花だ! (間) 薔薇だって! 空はすっかり薔薇色だ。 三十分もすれば日の出だ…… (彼は待つ。片足に重心をかけて休み、汗をぬぐう) 手を貸そうか? (間) どうしてだ、見てる奴なんていやしない。 (ハンカチで自分の靴を拭く。起きあがる) あぶない。 (彼は飛んで行こうとするが、そのまま止まって、じっと見守る) 違った、違った、ただの青大将だ。 (次第に、大きな声から普通の口調になる。まだ見えない人物が近づいてくる感じ。 やがて、彼の口調は普通の調子になる) だから靴をはけって言ったんだ。 (皺だらけの年取ったアラブ人の女が登場。紫色のドレス、黄色のヴェール。裸足。 頭に、赤茶けたスーツケースを載せている)おふくろ 着いた時に、綺麗な靴をはいていたいよ。サイッド (つっけんどんに) あっちの連中は? あの連中の靴が綺麗か? おろしたての靴なんてはいてるか? そもそも、足が綺麗かね?おふくろ (サイッドと並んで歩きながら)どうしろってんだ? みんなが、おろしたての足でもしてろってのかい?サイッド 冗談はよしてくれ。今日は暗い気分でいたいんだ。 そのためにゃ、無理して自分に痛い思いをさせたいくらいだ。 小石の山がある。少し休んだらいい。 (彼は母親の頭の上からカバンを下ろし、それを棕櫚の木の下に置く。おふくろ、腰を下ろす)おふくろ (微笑して)おすわり。サイッド いや。石じゃ、俺の尻には柔らかすぎてね。嫌でもこっちの気を滅入らす物が欲しい。2025/12/23 19:18:114.夢見る名無しさんおふくろ (微笑したまま)なんだってまた、ふさぎの虫でいたいんだい? お前の立場は、そりゃ滑稽だよ。 私の一人息子のお前、それが隣の村で、いやここらじゅう探しても、一番不細工な女と結婚する。 そこでお前のおふくろは、結婚式のためにはるばると十キロの道を歩かされる。 (スーツケースを足で蹴って)そのうえ、向こう様のお土産にと、一杯詰まったカバンを持っていく。 (笑いながらまた一蹴りするとスーツケースはひっくり返る)サイッド (陰鬱に)みんな壊しちゃうぜ、そんなことをしたら。おふくろ (笑いながら)それがどうした。 傑作じゃないか、あの女の鼻っ先でカバンを開けたら、出るわ出るわ、こなごなのかけらばかり。 陶器も、立派なガラスも、レースもみんなこなごなだ。鏡もみんなさ…… かーっときたらあの女、少しは見られるようになるかもしれない。サイッド 口惜しがる姿なんて、余計見られたものか。おふくろ (相変わらず笑いながら) お前が笑い転げて涙が出りゃ、涙越しに見るあの子の顔は、ちっとはピントが合うってものさ。 でもね、お前に少しでも勇気がなかったらよ……サイッド 何の……?おふくろ (相変わらず笑いながら)お前なんぞ二目見られない醜女だぞっていう態度をする勇気さ。 いやいや一緒になるんだ。げろでもぶっかけておやり。あの女に。サイッド (真面目に)本当にげろを吐かなきゃならないか? 俺と結婚する為にあいつが何をした? 何もしちゃいない。2025/12/23 19:20:275.夢見る名無しさんおふくろ したことはお前と同じさ。引き取り手がなかった、ああ醜女じゃね。 お前だってそうだ。文無しだからね。あの女には亭主がいる、お前には女房。 あの女もお前も、相身互い、ありあわせの物を取りっこさ。お互いの取りっこだよ。 (笑う。空を見上げて)へぇ、さいですね。暑くなりますよ、こりゃ。 神様は光に満てる1日をお恵みくださるので。サイッド (ちょっと黙ってから)カバン、俺が持つんじゃ嫌か? 誰も見ちゃいないさ。町の入り口に着いたら返すよ。おふくろ 神様とお前が見てる。お前が頭にカバンなんぞ乗っけたら、男らしくなくなるよ。サイッド (驚いて)カバンを頭に乗っけると、あんたは女らしくなるのか?おふくろ 神様とお前がよ……サイッド 神様? カバンを頭に乗っけるとか。手に下げていく。 (母親は黙る)サイッド (ちょっと黙ってから、スーツケースを指して)あの黄色いビロードの布、いくらした?おふくろ 払ってないさ。あのユダヤ女の家で洗濯をしてやったもの。サイッド (頭の中で計算をして)洗濯か。1枚につきいくらになる?おふくろ いつも、お金じゃ払ってくれないさ。金曜ごとに、ロバを貸してくれる。 お前の方こそ、あの柱時計、ありゃいくらで買った? そりゃ狂っちゃいるよ、だけどとにかく、れっきとした柱時計だ。サイッド まだ払いは済んでない。石の壁をあと十八メートルやらなきゃ。デュルールの納屋のさ。 明後日やる。それじゃ、コーヒー碾きは?2025/12/23 19:22:376.夢見る名無しさんおふくろ オーデコロンはどうした?サイッド 大した事はね。ただ、アインタルグのテント村まで買いに行かなきゃならなかった。 行きが十三キロ、帰りが十三キロか。おふくろ (微笑を浮かべて)あのお姫様に香水かい! (ふと耳を済まし)なんだい、ありゃ。サイッド (左手、遠方を見やって)ルロワさんと、奥さんだ。1号線を飛ばしている。おふくろ さっき十字路で待ってたら、乗せてってくれたかもしれない。サイッド 俺達を?おふくろ 普段じゃ駄目さ、でも、今日は私の結婚式ですって、お前が説明したら…… 花嫁さんに早く会いたいもんで…… まったく、わたしゃ、自分が自動車で先方に着くような目に一度でいいから会ってみたいね。 (沈黙)サイッド 何か食べるかい? 隅に鶏の焼いたのが入ってる。おふくろ (真面目になって)どうかしてやしないかい。ありゃみんなに出す分じゃないか。 腿が片方なくなってたら、わたしゃちんばの鶏を飼ってると思われちまう。 こちとら貧乏、あちらは不細工、だがね、片ちんばの鶏はなんぼなんでもひどすぎますよ。 (沈黙)サイッド どうしても靴ははかないの。あんたがハイヒールをはいてる所は見たことがない。2025/12/23 19:24:077.夢見る名無しさんおふくろ 生まれてこのかた、二度はいたさ。1回目は、お前の親父の葬式のときだ。 急にあんまり天井の方に上がっちまったものだからね、 まるで塔の天辺にでも登ったみたいで、 あたしゃ自分の悲しい気持ちの方は地面に置いてけぼりで、 上からそれを見下ろしてたよ、お前の親父をみんなして埋めてる地面によ。 片方はね、左足だ、ごみ箱の中で見つけた。もう片一方は、洗い場のそばだ。 2回目ってのは、ありゃあいつらがうちの小屋を差し押さえに来た時だった。(笑う) よく乾かした板の小屋だが、板は腐ってて、腐っててもよく音を立てる。 あんまり音がするんで、家の中の物音は手に取るように分かっちまうのさ。 わたしらの立てる物音以外は何にもなくて、その音が突っ走っていく。 お前の親父の立てる音とあたしの立てる音さ。 そいつが土手にぶつかって跳ね返ってくる、太鼓だよまるで。 親父とあたしゃこの太鼓の中で暮らしてた。眠ってた。 何もかも丸見え同然、あたしらの暮らしときたら、腐った羽目板のおかげで外に筒抜けさ。 物音といわず声といわず、音なら何でも通しちゃうんだ。 まるで雷みたいな小屋だったよ、ありゃ! こうすれば、ドッスーーン! ああやれば、バッターーーン! ギシギシ、ガタガタ! ドスーン、バタン! こっちがギィ、あっちがギィ。 グググググググ、ガガガガガガガ、ガーラガラガラ…………ドカーン! 羽目板ごしにこう聞こえちまうんだから! ところが、その小屋をだよ。連中は差し押さえようって魂胆だ。 そこであたしゃね、こう爪先立って、ハイヒールのかかとでグーっと高くなっちゃってさ、 昂然と見下してやったもんだ。いや実に傲慢不遜にやってやったよ。 頭はトタンのひさしに届いてたね。こう指を突き出してさ、追い出してやったもんだ。 あいつらなんざ。サイッド はいてよかったよ。確かに。だから、ハイヒールをはきなよ。2025/12/23 19:25:598.夢見る名無しさんおふくろ そんなこと言ったって、まだ3キロもある。足が痛くなるよ。 第一、かかとを折っちまうかもしれない。サイッド (厳しい口調で)はくんだよ、靴を。 (彼はおふくろに靴を差し出す。片方は白で、片方は赤。 おふくろは一言も言わずにそれをはく)サイッド (おふくろが体を起こすのをじっと見つめている)その上に乗ってると、綺麗だよ。 そのままで、脱いじゃ駄目だ。それから踊って! 踊るんだ! (彼女はマネキンのように二、三歩歩き、実際に優雅に見える) さぁ、もっと踊ってください、奥様。 そうとも、お前達、棕櫚の樹よ、お前達は髪の毛を持ち上げ、下を向いて ---いや、頭を垂れてって言うんだ---見てやってくれよ。 俺のばあ様を、一瞬の間、風も止まれ、見るんだ、お祭りなんだ、ここは! (おふくろに) さあ、踊りだ、その頑丈な足で、踊るんだ! (身体を屈めて、小石に向かって) お前達も、小石よ、お前達の上の出来事をしっかり見つめるがいい。 俺のばあ様が踏みつけるのだ、お前達を、革命が、王様達の石畳を踏みつけるのと同じに。 万歳! ドカーン! ドカーン! (大砲の音を真似る) ドカーン! ズドン! ボカン! (大声で笑う)おふくろ (踊りながら)ほうれ、ドッカーン! ほれ、ダーン! ボーン! ズドン! ボカン! 王様達の石畳さ。(サイッドに)さあ、お前の方は、雷をやんな。サイッド (相変わらず笑いながら)ほれ、ドカーン! バーン! キリキリキリキリキリキリ…… ガラガラガラガラガラガラガラ…… ビリビリビリビリ…… (仕草と声で稲妻を真似る)2025/12/23 19:28:019.夢見る名無しさんおふくろ (踊り続けながら)ドカーン! ガラガラガラガラガラガラ…… ビリビリビリビリ! (彼女も稲妻を真似る)サイッド ドン! ドン! おふくろが踊る。お前達を踏みつけて、どうだ、あの滝の汗は…… (おふくろを遠くから見つめて)滝のような汗が流れ落ちる。 こめかみから頬へ、頬から乳房へ、乳房から腹へ。 そう、お前、砂埃よ、俺のおふくろをよく見てくれ。 汗だくで、高いかかとの上で、なんて美しく、自信に溢れていることか。 (おふくろは微笑しながら踊り続ける) あんたは美しいよ。カバンは俺が持つ。ビリビリビリビリ…… (彼は稲妻を真似る。彼はスーツケースに手をかけるが、 その前におふくろがそれを掴んで離さない。短い格闘。 二人とも大声で笑いながら稲妻と雷鳴を真似る。 スーツケースが地面に落ち、蓋が開き、中身が全部出てしまう。そもそも空だったのだ。 サイッドとおふくろは大笑いしながら地面に倒れる)おふくろ (笑いながら、そして、目に見えない雫を手のひらに受けようと手を出しながら) 嵐だよ。これじゃ結婚式はずぶぬれだ。 (二人は震えながら去る)2025/12/23 19:30:0110.夢見る名無しさん第二景(娼家、背景は白。右手に、極彩色のテーブルクロスに覆われたテーブルに向かい、3人の客が座っている。左手には二人の娼婦がじっとしている)マリカ 金のドレス、黒いハイヒール、金色の金属でできた冠、肩に髪の毛をたらしている。二十歳。ワルダ 金の非常にずっしりしたドレス、赤いハイヒール、髪の毛は髷のように結ってあり、血のように真っ赤、顔色は蒼白、四十歳前後。娼家に座っている男たちは、くたびれた三つ揃いを着ている。短い上着、細いズボン、色調の異なるグレーの生地。赤、緑、黄、青の派手な色のシャツを着ている。一人の召使の女がワルダの足元に跪いている。彼女はワルダの足に白粉を塗っている。ワルダはしんを入れて広げたスカートのように膨らんだピンクのペチコートを履いている。2025/12/23 19:55:4811.夢見る名無しさんムスタファ (感にたえたように)お前が一番美しい。ワルダ (召使に、物憂げな声で)厚く……もっと厚く……かかとにも白粉を。 (金色の頭のついた長い帽子止めのピンを楊枝にして歯をほじっている) 肌は白粉のおかげでピンと張るんだ。 (歯に詰まっていた物を遠くに吐き出して) 完全にいかれてる……私の口の奥は、完全にぼろぼろさ。ムスタファ (ブラヒムに向かい、熱っぽい口調で)淫売の仕事は、俺達のよりもよっぽどつらいぜ。 (3人の男は、口を開けたまま、彼女の身支度を飽きずに眺めている)ワルダ (ブレスレットを数えながら)一つ足りない、持ってきておくれ。私は重くならなければいけない。 (間。独り言のように)腕輪が一つ足りない。 ちょうど私が棺桶で金槌を一つ打ち忘れたようなものだ。 (ムスタファに)夜の始まりは着付けと白粉を塗ることさ。 日が沈むと、私はこの飾りがなくては何もできなくなる……小便をするのに足を開く事だって、私にはできやしない。 だが、金の下着をはいてれば、私は見事な雨の女王さ。(召使たちは立ち上がり、彼女に金色のペチコートを履かせる。それから入り口のベルの音。誰かが戸を閉めたしるし。背景の隅から、外人部隊の兵士が出てくる。彼はベルトを締め終わってすぐに去る。それからマリカが現れる。ワルダほどの威厳はないが、高慢で、ふてくされたような態度、蒼白な顔、緑色の顔料を塗っている)マリカ (ワルダと並ぶ位置まで来て立ち上がるが、誰の顔も見ずに) ああお高く止まってちゃ、やりにくかったろうよ。ブラヒム どいつもこいつも、威張るだけが能さ。 (ワルダが苛立った仕草をする)マリカ 私の言ってるのはベッドのことさ、あの兵隊が積み上げたお札で潰れそうだったよ。2025/12/23 19:57:4012.夢見る名無しさんワルダ (召使に)今度は手に。まず白粉を。それから白粉の上に血管を描く。青で。 (顔料の入った幾つかの小さな壷を手に、召使はワルダの手を塗り始める。マリカに向かって) ああしろって言ったのかい?マリカ (動かず)どこの兵隊だか知らないけどね。私はレストランの女給じゃないよ。ワルダ お前に裸になれって? (マリカは答えないが、ブラヒムとムスタファは笑い出す) 当然だよ、断るのは。帯を直しな。 (マリカは解けていた金の長い帯をぐるぐると巻きつける)ブラヒム (立ち上がり、はっきりした口調で)淫売屋に行くと、女は裸になる。 俺の言うのは、高級な店での話だ。天井にシャンデリアがぶら下がっていて、 帽子なんぞかぶった兄さんのいるところさ。羽飾りのな。羽と花の飾りのついた帽子だ。 (間)顎ひもなんかしてよ。ワルダ (厳しく、うんざりした口調で)私のスカートのへりには何が入ってるのか知ってるのかい? (召使に)薔薇をつんでおいで。召使 セルロイドのですか?ブラヒム (笑いながら)何にせよ、ずっしりしてらあ。ワルダ (召使に)赤いビロードの。 (ブラヒムに)鉛のおもりさ。鉛だよ、私の三つ重ねのスカートのへりにいれてあるのは。 (二人の男は声を立てて笑う。マリカは2歩、3歩、前に進む。) それをめくるには、男の手が要る。 男の手がね……さもなきゃ私の手だ。 (男たちは笑う。マリカは自分の髪から帽子止めのピンを抜いて、それで歯をほじる)2025/12/23 19:59:5413.夢見る名無しさんマリカ 誰でも好き勝手に私の尻に近づけるわけじゃない。入る前にはノックをしなけりゃならないのさ。ワルダ (昂然と、いつもと同じ物憂げな、全てに関心を失ったような声で)二十四年間!……娼婦ってのは下準備なしでいきなりなれるものじゃない。だんだん熟してくるものなのさ。私は二十四年かかった。しかも天分には恵まれてたのさ。この私はね。男なんていったいなんだ。男は所詮ただの男さ。私達の前で裸になるのは男の方さ。(召使に)ビロードの赤い薔薇だよ。埃をはらって。 (召使、去る)ムスタファ (今度は彼が立ちあがって)俺達が奴らの淫売とやるのを見て、すっかり参ってやがったぜ。ワルダ (軽蔑の口調で)奴らはお前達にほかの事をさせたかい? させやしない。それじゃ何だってんだ。第一ここで、お前達のやる相手は何さ。私達じゃないか。 鉛の入ったペチコートをずっしり着けた美しい女達のため、そうだろう、お前達が、太陽の下、葡萄畑で、或いは夜、鉱山の深い底で、この店に払うものを稼いでるのは。 他でもない私達が、このスカートの下に、葡萄と鉱山の宝を抱えているからさ。ムスタファ (ブラヒムに)この女、俺達に勇気があるなんて、考えもしないらしいぜ……マリカ (遮って)バイクに乗ってるときだけだろう、勇気なんて。 全速力で走ってる時さ、通りすがりに郵便局の女にいやらしいことを言うくらいが関の山さ。 シ・スリマーヌが……ブラヒム (言葉を遮って)またあいつか!ワルダ あの男しかいないのさ。(間) いい迷惑だよ、私達にゃ。マリカ 自分の馬にまたがって、同じ時刻に十六の村に。そうさ、カビリアの男が話してくれたもの。 あの人は自分の馬にまたがって、同じ時刻に十六の村に現れた。 でも、現実には、暗い場所で眠っている。あの小道の辺の……2025/12/23 20:02:4614.夢見る名無しさんブラヒム (笑いながら)小道の辺か、一枚だけのピンクの唇の辺か、それとも二枚の茶色の唇の辺か? それで、自分の十六頭の馬の上で突っ立ったままかい?マリカ いかにも私達には不運なことさ。坑夫が、午後の二時に仕事からの帰り道で、その男は怪我をしたから帰ってきたのさ、 私に同じ話をしてくれた……ワルダ (苛立って、厳しい口調で)この子がそんな話をするのはね、何でもいい、言葉を喋ってりゃ嬉しいからさ、人とお喋りするのが嬉しいからだよ、 まかり間違って私達が、お国の不幸なんて話を真に受けようものなら、私達の不幸も、私達の喜びも、一巻の終わりじゃないか。ブラヒム (マリカに)坑夫の話は?マリカ あの人の傷……私に同じ話をした。肉屋もそう。郵便屋もそう。どこかの取り上げ婆の亭主もそう、私の帯はひとりでに外れる。ワルダ (いらいらしているが、同時に感にたえた口調で) またかい! よこしな。 (と、彼女は召使が戻ってきて彼女に差し出したビロードの薔薇を取り、 それを一振りし息を吹きかける)ムスタファ (マリカに)お前には誰でも、みんな喋っちまう、お前にはな。マリカ 一人の男が私のために来る、私の帯はひとりでに外れる。ここは淫売屋さ。 男は自分の中身を空にする、私には何でも教えてくれるさ。ブラヒム (大声で笑いながら)お前の帯がずれるとき……マリカ まるで帆掛け舟さ。一目散だよ。男が一人やってくる、お札を持ってやってくる。 私の着物もピンも、着物に結んだ紐もボタンも、私よりも先にピンとくるのさ。 臭うんだよ。硬くそそり立つ肉の塊、そいつの匂いが漂ってくる。 男が一人、郵便局員か、どこかの小僧か、兵隊か、老いぼれの助平親父か、近づいてくる。 いや、近所に向かっているというだけで、私の帯も着物もこの身体から離れてしまう。 それこそ両手でしっかり押さえていないと……2025/12/23 20:05:0615.夢見る名無しさんワルダ (召使に。最初の物憂げな声で)忘れずに洗面器を開けておきな。 (マリカに)私はね、男の肉の塊が私に助けを求めるとき、着物も下着も、何もかもが、 私の肩に、尻に、積み重なるのさ。私がじっと立ってるだけで、衣装の方がトランクから飛びでてきて、この身体を飾り立てるのさ。 (マリカに)お前は気の使いすぎだよ。本物の娼婦ってのは、自分がそうなるように追い詰めたその姿のままで、 男を惹きつけることができなきゃいけない。この帽子止めのピンで歯の掃除をするんだって、 何年もかかって磨き上げたもの。私の芸のうちだよ。 (立っていた二人の男が、彼女に近づき、凝視する)あまり近くに寄るんじゃないよ。 (彼女は例のピンで彼らの方を指して、一定の距離に離れるように指示する。 男たちはじっと動かずに彼女を凝視する)ムスタファ (深刻に)お前が衣装を重ねるにつれて、白粉を厚く塗っていくにつれて、お前は後ろに下がっていき、俺達を磁石のように引きつける。ワルダ (歯をほじってから、召使に)頭にもう少しチックをつけて。 (沈黙。それからムスタファに)お前が正しいよ。 バイクに乗って駆け回る希望なんていう代物を信じないのは、だがしかし……ムスタファ (深刻に)お前を見るために、俺は鉱山の底からやってきた。 今、俺はお前を見ている、俺が信じるのはお前だ。ワルダ お前は、私の身を飾るものすべてを見た。その下には、もう大した物はありはしない……ムスタファ (一歩近づいて)もしそこに、死ってやつがいたら……ワルダ (仕草で遮って)いるとも、ここに。静かに動いてる。アーメッド (急に飛び起きて)奴らに対する憎しみも、そこにあるのか?マリカ (驚きながら、アーメッドを見据えて)私の帯の下に? 入ってきたお前さん達を燃え上がらすあの火、あの火は奴らに対する憎しみからくるのさ。2025/12/23 20:07:1916.夢見る名無しさんアーメッド そいつはそこにいるんだな?ブラヒム (手を心臓の上に置き、目はワルダと見つめながら) 俺が死んだ百年後にも、その憎しみはそこにいるんだ。アーメッド そこにいるんだな?ムスタファ (相変わらずワルダを凝視して)俺のパンツの内側か? そいつはぐいぐい突き上げてくる、ブラヒムの心臓の中なんぞの比じゃねえ。 マリカの帯の下にいる奴より、よっぽど盛って燃えている。アーメッド そいつは、そこに……ワルダ (ぶっきらぼうに、突然断固とした口調で)大馬鹿だよ。 土には---淫売屋を包む夜の闇が厚ければね---壁の土には無数の穴が開いている。 そしてお前達の女が、耳を済まして聞いているのさ。 (歯から取ったものを吐き出す)アーメッド もし憎しみが、帯の下に、ズボンのボタンの後ろにいるならば、どうして希望がそこを走り抜けないはずがあろう。マリカ どうして十六頭の馬に乗り、十六の道を走って、その木陰に休もうとしないわけが? (アーメッドに向かって挑発的に)私と一緒に上に来れば、お前がその気になりさえすればご祝儀をくれてやるよ。ワルダ 大馬鹿だよ。 (鋭く、長い笑い声を立てる。沈黙。突然逆上したかのように) 全く怪しげな言葉ばかり。近頃じゃ。 新聞だのビラだのからそのまま切り抜いて来た言いぐさだ。 このざまはどうだい、淫売屋の人間になりながら、娼婦として完璧なものになりたいとは思わない、 骨と皮になるまで苦心してでもそうするのが当たり前なのに。(召使に)打掛を。 (召使はドレススタンドに掛けてあった打掛を取りに行き、それを持ってくる。その間に、ワルダは再び前と同じように笑う)2025/12/23 20:12:0617.夢見る名無しさんアーメッド (相変わらず興奮して)じゃ、もし…… (しかし、入り口の扉を人が開閉する時のベルが聞こえる。全員口をつぐんで、見つめる。 ワルダは振り向く。すると彼女とマリカを除き全員笑いをこらえる仕草)ワルダ (ムスタファを押しのけて、奥を向いて)脱いでいな、サイッド。今行くから。 (召使に)洗面器は?召使 洗ってあります。 (ワルダは背景の後ろ側に入る。かなり長い間)マリカ あの男が一番乗りさ。自分の結婚式の前からずっと、予約しているんだもの。 (召使は彼女の足元に跪き、その爪にマニキュアをし始める。アーメッドに向かい) 私の鉛入りスカートのへりを持ち上げてみる?アーメッド (腕時計を見てから)家じゃ、スープが火にかかっている、手っ取り早くやんなきゃな。 (沈黙)マリカ 淫売ってのは、毎晩結婚式さ。私達も、お前さんたちも。(再び沈黙) 私達の命、私達が身につける芸の上達、それを誰に捧げるって言うの? 神様以外のいったい誰に? (男たちと召使が後ずさりしていく。マリカは退場するためそのまままっすぐに歩く)2025/12/23 20:13:3318.夢見る名無しさん第三景(サイッドの家のひどく貧しい内部。背景には、コンロが一つ、鍋が四つ、フライパンが一つ、テーブルが一脚。側に桶とひどく低い腰掛が一つずつ)レイラは、三つの穴(口と右目と左目)が開いた一種の頭巾をすっぽりかぶっており、顔は常に見えない。おふくろはいつもの紫色のドレスを着ている。レイラ一人、彼女はつぎはぎだらけの---しかも様々な色のつぎの当たった---よれよれのズボンの周りを走ったり飛び跳ねたりしている。そのズボンは彼女の左側に立ったままである。2025/12/23 20:16:1519.夢見る名無しさんレイラ (指で、ズボンに、近寄って来いという合図をする。ズボンは動かない。 そこで彼女は、前屈みにちょこちょことズボンの所まで行く。ズボンの前に立ちはだかる。 彼女はズボンに話しかける) ……どうしたい? ねぇ、動かないのかい? 夜には、私の夢の中をうろつく、風に袖口をまくられても平気、 それが私の目の前じゃ、死んだふりをする気? それでもね、お前は生きているよ、熱いよ、何でもする気でいる、 歩く、おしっこ、咳、タバコ、それにおなら、人間様並だね、 それからお前が馬乗りに、いや私がお前の上に乗る……。 (見えないところから、二声、三声、雌鳥の鳴き声、鳩の鳴き声、雄鶏の時間を告げる鳴き声、犬の吠える声が聞こえる、 それらはとてもはっきり聞こえて、物真似じみてもいる)レイラ 本当だよ、お前の方がサイッドより上出来だ。 お前のお尻がサイッドのお尻の形をしてても、お前のお尻のほうがずっと綺麗。 (ズボンの周りを歩き回り、それをじっと見る) お前のお尻の方が丸みがあるわ。あの人のより。 (間)でもお前のおしっこはあんなに遠くまで届かない。 おいで……私の上にお乗り……せめてお前が、3メートル歩けたらね ---ここから入り口までさ---その後はずっと簡単なのに。 お前と私とで人気のないところに逃げ込むの……すももの木の下に……壁の向こう側に……もう一つの壁の向こう側に……山が、海が……そうして私はお前の丸いお尻に乗って、 お前のお尻の二つの山、その丸々した鞍にまたがって、 お前をはぁはぁ言わせてやるのに…… (ズボンの前で、馬に乗って走る真似をする) はい、よー! はい、はい、はい! はい、よー! こうして鞭をくれてやる。これでも駄目かい、私がこう締めつけても、 そうよ、壁の下まで来れば、私はお前のボタンをはずす、お前のボタンをまたはめる、 私の両手を両方のポケットに突っ込んで……おふくろ (見えない場所で)こっちへ来ちゃ駄目だよ。餌は今日の分、たっぷり食べたろうに。2025/12/23 20:18:3820.夢見る名無しさん (また、家畜小屋の同じ物音が聞こえる、雌鶏、雄鶏、犬、豚など…… レイラはズボンを取り、地面に座って縫い物を始める)おふくろ (登場。動物の声を真似ていたのは彼女である。 少しの間、彼女はそれを続けてるが、やめて) ズボンにかい! つぎはぎだらけのズボンに向かって恋の告白ときた。 それに、ズボンがお前と駆け落ちしてくれるなんて! (肩をすぼめる)二度と言わなくていいように、お前にははっきり言っておいた方がいい。 あの子にゃその勇気がないときてるんだからね。 それにあの子は、わたしほどの親切も持ち合わせちゃいない。お前さんは醜女だよ。レイラ (縫い物を続けながら)私が美人だった時……おふくろ 醜女だよ。そんなにあぶくを吹いて頭巾を汚すにゃ及ばないよ。レイラ 美しいの……夜は……おふくろ お前にゃ蓋をしておく。臭いチーズと同じさ。蝿がたかってる。レイラ 夜、私が文無しのサイッドを夫にするとお思いなの? ちっとも男っぷりのよくないあの人を? 女は誰も振り向いてくれないあの人を? サイッドを見て振り向いた人なんている? (叫び声を上げて、自分の指を吸う)おふくろ (振り向いて)また刺したのかい、その針?レイラ (針に向かって)お怒りにならないで、この子はふざけてるの。2025/12/23 20:20:3321.夢見る名無しさんおふくろ それじゃかまどの火は、あれもふざけてるのかい? 朝、お前がたきつけを作ると、とんと燃えついたためしがない。 塩も、壷の中の塩が鍋の中に全部こぼれちまうのは、 あれもお前とふざけっこしてるってのかい? (ズボンの1ヶ所を指して)裏返しにくっついてるこのつぎはいったい何のお遊びだね?レイラ (彼女もそれを見て)本当だわ。本当に裏返しにくっついちゃった。サイッドは怒るかしら?おふくろ 気にしちゃいないさ。ズボンが何か、あの子は承知の上だよ。 自分の大きな両足を入れる、尻を入れる、それから後の残りを。 それがあの子ってものだよ。夜ズボンを脱いで椅子の上に置く、 そうすると、椅子の上で寝ずの番をするのは、 そう、お前を見張り、お前を怖がらせるのはあの子のズボンさ。 ズボンが目を覚ましていてお前を見張る、サイッドはそこで寝てるってわけだ。 あの子は知ってるのさ、ズボンが一番しゃんとするのは、つぎはぎのおかげだ、 しかもそのつぎの中でも一番威勢のいいのが、裏返しのつぎときてる。 心配なんかしなくたっていい。 サイッドは私と同じで、何もかもとんちんかんに狂っちまうのが好きなのさ。 どんどんずれていって、どっかの星まで飛んで行く、そうなりゃ不幸だって---聞いてるのか い---不幸だって物凄く大きなものになっちまって、お前の亭主は爆発だ。 笑い転げてよ。裂けちまうのさ。 お前は醜女なんだからね、頭の中も空っぽでいな。レイラ それじゃ、私は一生懸命頑張って、うすのろにならなくちゃいけないの?おふくろ とにかくどんどんやってごらん、どういうことになるかやってみなくちゃ分かりゃしない。 口を閉めたらどうだい! ……その調子でいきゃ申し分なさそうだ。 よしなよ、頭巾の外にまでよだれをたらすのは。レイラ もうちょっとよだれをたらせば、それは私がもう一段、低脳になった証拠。2025/12/23 20:23:3322.夢見る名無しさんおふくろ お前の脳みそが腐りゃ、臭いで分かるよ。 そのうち、わたしたちゃ、臭くって我慢ができなくなる。 それから後は、カビのにおいばかりさ。 ちょっと時間がたてばね…… だが、そこまでになるにはね……レイラ (縫い物を続けながら) それは、サイッドが、あなたの息子で私の亭主のあの人が、みんな絡んでいるわけ?おふくろ 夜になったら洗濯場にお行き。月明かりの下で洗濯をするんだね。 指にあかぎれの一つでもできようってもんだ。レイラ 雌鶏の声のことだけど、やっぱり……おふくろ そりゃ役に立つさ、私達の周りには贋物の家畜小屋がなけりゃならない。 そいつは私達の腹の底から出てくるのさ。雄鶏、やれるようになったかい?レイラ (一生懸命に)コッ……コケッ!……コケーッコッ……コケッ!おふくろ (怒りっぽい口調で)駄目駄目、そんなんじゃ! そんなくたばりぞこないの鶏なんて願い下げだね。さあ、もう一度。レイラ (声を震わせて)コケーッコッコッコッ! (痰を切ろうとする時のようなのどをならす声が聞こえる。サイッドが近づく。 肩に雑嚢をかけている。誰の顔も見ずに立ち止まり、雑嚢を地面に投げ出し、痰を吐く)サイッド チーズとジャムが混じっていたぞ。何もつけずにパンだけ食った。 (レイラが立ちあがろうとする気配を見せるので) 座ってろ。縫い物してろ。2025/12/23 20:26:3523.夢見る名無しさんおふくろ どれ、水でも一杯汲んで来てやるか。サイッド (陰鬱に、頭を下げたまま)危なく喧嘩をするところだった。レイラ あと三十分もすればスープができるわ。(間)塩を入れすぎたかもしれない。サイッド (厳しく)どうして俺が喧嘩をしそうになったか聞こうともしない。 その理由を知ってるからだ。(間) ある日、俺は溜め込んだ小金を全部集めて計算してみた。小遣い稼ぎにやった仕事の細かいへそくりも全部足した……レイラ (突然深刻な口調で)黙って、サイッド。サイッド (続けて)……それから、何時間も、何日も、残業をした、そしてまた計算してみた。 大した額にはならん。(レイラは突然激しく震え出す)……それから俺の周りを見回した。娘のいる父親のところを一軒一軒回ってみた。 いたわいたわ、その数! 何十人、何百人、何千人、何万人、何百万とな……。レイラ (いっそう激しく震え、ひざまずいて)お願い、サイッド、止めて! お願い! 神様、お耳をふさいでください、この人の言うことをお聞きにならないで!サイッド (一息ついて)……何百万といたさ。ところが、どいつもこいつも、手前のところに残っている一番不細工な娘を売るのにも、 俺の持金よりは必ず高い値段を吹っかけやがった。 そこで俺は絶望したよ。それでもまだ俺は、お前の親父のことは思いつかなかった……レイラ (サイッドの足元に泣き崩れて)サイッド、やめて! 神様、お聞きにならないでください、あなたを苦しめようというんですもの!2025/12/23 20:28:3224.夢見る名無しさんサイッド ……とうとう最後に決心して、お前の親父に話しを持ちこむ気になった。 全くご親切は身にしみたよ。俺は一番不細工な娘を引き受けるはめになった。 そんなことは俺のいつもの不幸に比べたら屁でもない。 だがな、一番安い女ってことは、そのために今じゃ俺は、俺を馬鹿にする奴らと、 毎日夕方になると喧嘩をしなけりゃならない。 しかも俺が1日働いて家に帰ってみりゃ、どうだ、俺を慰めるどころか、 涙なんぞ流してただでさえ見られたもんじゃないその面を、 わざわざますます見られない面にする。 (レイラはうずくまったまま動き出し、ほとんど這うようにして去っていく) どこへ行くんだ。レイラ (体も起こさず、振り向きもせず) 庭へ出て鼻をかむの、鼻水と涙を洗って、いらくさの中で気を静めてきます。 (去る)サイッド (一人)今夜、デュルールの納屋の壁を片付けなきゃな。 それもあいつの親父に金を払うためか! 俺は毎日喧嘩をしなけりゃ---いや、喧嘩の一歩手前まで行かなきゃならない。 (鳩の鳴き声が聞こえる)……その上にあの金、淫売の所に工面しなきゃならないあの金! (おふくろが、ゆっくり帰ってくる。右の方に体が傾いている。水を一杯に汲んだ桶を持っているからだ。 サイッドが手伝おうとして近寄る気配を見せると、彼女は突然しゃんとする)おふくろ 我慢することさ。お前は、お前の力の限りやってごらん。 あの子はあの子で、力の限りやるだろうよ。そうすりゃ分かるさ。 (桶を置く)サイッド いらくさの中で、何をしてる?2025/12/23 20:31:0825.夢見る名無しさんおふくろ 農場の番さ。 (レイラが声だけで物真似をして作り出す架空の家畜小屋の声が聞こえる。 おふくろは腹を抱えて笑い出し、その笑い声が雄鶏や鳩の鳴き声に混じる)2025/12/23 20:32:1026.夢見る名無しさん第四景(小さい農場。丸い太陽が真っ青な空に描かれている。手摺りの前に赤い手押し車)ハビブの衣装---黒いズボン、黄色いシャツ、白い靴サイッド---いつもの通りハロルド卿---四十五歳。非常に男性的な人物。長靴、ヘルメット、手袋、細身のしなやかなステッキ、乗馬ズボン。彼は架空の馬の手綱を握っている。)2025/12/23 20:35:3227.夢見る名無しさんハロルド卿 (手押し車を押しているサイッドに)手のひらに唾をするんだ、元気が出るぞ。 (サイッドは身動きもしない)唾だ、分からんのか!サイッド 唾。(間)でも、誰に唾をするんですか、ハロルド様。ハロルド卿 お前の手だ、手のひらだと言ったじゃないか。一人のアラブ人、ハビブ (猫なで声で)お怒りになってはいけませんです、ハロルド様。 こいつはまだ若いんで。まだフランスにも行ったことがございません。 エッフェル塔なんか知りもしないんでございますから。サイッド 近々、多分行くさ。ハロルド 女房はどうする、連れて行くのか?ハビブ (大笑いをし、自分の両方の尻を同時に叩きながら)そうでしたよ! ハロルド様、こいつに唾を吐かせるなら手にひらより女房の方がうってつけで。サイッド こいつの話なんぞお聞きにならないでください。海を渡るのはもっと稼ぎたいからです。 いとこの話じゃ倹約さえすりゃいいそうで。ハロルド (架空の馬に向かって)静かにしろ、ピジェ。 (サイッドに)お前は倹約する必要があるのかね? そんなことをして何になる。食っていけるだけのものは稼いでいるじゃないか。ハビブ 私にゃ、なぜだかその理由が説明できますね。サイッド (きっぱりと)俺の問題は俺の問題だ。ハビブ そんならその話はよしにしよう。お前には何も聞いちゃいない。2025/12/23 20:37:5928.夢見る名無しさんサイッド 聞いてるよ。お前はいつでも俺がしけてるって言うじゃないか。 俺みたいにしけた奴と一緒に仕事に出るのは面白くもないと。ハビブ いや、お前のため息は、ええ? お前のあのため息はどうなんだ。 あんまりあくびをするもんだから、鳥をみんな飲みこんじまった。 それであと飲み込む物は、草についたあぶらむししか残っちゃいない。 葡萄だってお前のため息のおかげで参ってる。 ハロルド様、あなた様の葡萄畑も、ひどい目にあいますよ……サイッド 分かりきったことだろう、今は夏だ、鳥は飛んで行っていやしない。 だが分かってるさ、お前はこの世で悪いものは全部俺のせいだという。 全く、ずうずうしいにもほどがある。 俺の顔の表情まで、いちいち訳知り顔に読み取って、理屈をつける。 そんならいくらでもこっちから喋ってやれら。ハビブ (しつこく)俺は何にも読み取っちゃいないよ。お前さんの方じゃないか、勝手に喋るのは。 ところでようやく俺の方にも分かったよ、どうしてお前さんがクルゾーに雇ってもらおうとしているか、その理由がな。 それからこのこともはっきり言っておくよ、お前さんは俺達みんなの面汚しだ、レイラは俺のいとこなんだからな。サイッド あんな遠い関係じゃないか……遠すぎて……あの女は、 三十メートル先のいんげん豆みたいにしか見えない。ハビブ たとえそうでも俺のいとこにゃ変わりない。だからあの女の恥は、この俺にちょっとばかりは ---いや、それはほんのちょっとだがよ---恥ずかしい思いをさせるのさ。サイッド ここらで一番若い娘を買えるだけの金を俺は持って帰る。ハビブ そうかい、でももう一人のはどうする?ハロルド卿 (前と同じく)どうどう、ピジェ!サイッド お前のいとこか?2025/12/23 20:40:4529.夢見る名無しさんハビブ いや、遠縁だよ。とにかく、つまりだ……あの女を始末するには、離婚の恥のつぐないの金を払わなきゃならない。そうして、クルゾーの金を次から次へと払いに取られる。 (架空の馬に語りかけて)どう、どう、ピジェや……走るのも軽やかでしょうな……いかにも軽やかだ、その蹄は牧草を倒すことさえしないでしょう、こんな農場にはふさわしい馬だ、ここに何千坪、あちらに何千坪、空の果てまで続いていく。 (サイッドに)クルゾーから金を持って帰ってくる、言うのは簡単だ、しかし……ハロルド卿 海を渡ってる間に、女房の方で浮気をしなければの話だが。 もっともそうなれば、いい口実ができるわけだ。ハビブ (笑いながら)浮気ですって! 冗談でしょう。 ハロルド様、あの顔を見たことがないからですよ。 あんな女とやろうっていうような奴がいるもんですか。いくらがつがつしててもね。 いえ、本当の話、サイッドのおかまの方がましで。女房の方はとてもとても……ハロルド (サイッドに)そんなに言うほど酷い醜女なのかね?ハビブ (うなだれて)オー、イエス、サー、ハロルド。ハロルド卿 それで、もっとましな女を手に入れるために、海を渡ろうってのか? だがどの尻だって、尻は尻だ。(大声で笑いながら、自分の尻を叩く) サイッド! 女房は女房で抱えておけ、ボタンははめっぱなしだ、 ボタンをはずしたきゃ淫売に行くんだな。 (突然彼はいらいらする、ハビブに向かって)ちょっとピジェを捕まえておれ。 (煙草を吸っていたハビブは、手綱を取る。ハロルド卿はサイッドに近づく。 彼は手のひらに唾をして手押し車を握る) 分からんのか! こうだと言ってるじゃないか。こうやるんだ! おふくろはお前に何も教えなかったのか。 (神経質に苛立って、馬の所に戻る。ハビブに) さあ、どけ。仕事だ。 (架空の馬に乗りながら去る)ハビブ もうお帰りですか、ハロルド様。2025/12/23 20:43:1130.夢見る名無しさんハロルド卿の声 完全にいなくなるんじゃないぞ。お前らを監視する為に、俺の一部は残しておく。 一番俺の代表としてふさわしい物は何だ。杖か、ズボンか、手袋か、それとも長靴か? そら、いいな! 俺の手袋がお前らの見張りだ。 (猪皮の手袋が投げられる。それは二人の前に宙吊りになったように止まる)サイッド (うなだれていたが)あんなことをいちいち、あの人に言う必要があったのか?ハビブ (口に指をあて、それから手袋を指して)シーッ!サイッド (恐ろしくなり)神様! あの中には何が詰まっている? あの人の拳か?ハビブ 藁さ。一杯に詰まっている、あの人の拳が入っているように見せかける為だ。(間) そう、それ以上に危険なものに見せかける為さ。(間)そして、本物以上に本物に見えるように……サイッド (それを見ながら)こっちの方がすごい。ハビブ (皮肉に)そりゃそうさ。(長い沈黙)日が暮れる、帰らなきゃ。 (小声で)あの指の一本一本が、傘みたいにでっかい耳をして聞いている……用心しろ! (太陽が消える)サイッド お前の事は知らんさ、だが、俺のことでこの手袋に聞かれて都合が悪いようなことは何もないぞ。 そうとも、俺はため息をつく、おお、猪皮の手袋よ、おお、茶色の皮の長靴よ、なめし皮のズボンよ、 俺は大きなあくびをし、群れなす鳥をみんな飲みこんでしまう。 だが、どうして俺のことをからかうんだ。ハビブ そのことはもう考えるな。(遠くを見つめて)今時分は、他の奴のことを怒鳴っているはずだ。 水門を開けて水を出しすぎたからな。奴は、お前のことなんぞもう忘れてるさ。 自分の馬に乗って、自分の領土を行く。2025/12/23 20:45:2831.夢見る名無しさんサイッド お前があの人に話したこと、その嫌な思い出は、俺の中だけに残っている。ハビブ (ちょっと黙ってから)今夜、農場で火事がある。(沈黙)向こうへ渡る金は?サイッド (不安になって)俺を疑うのか? (次第に夜になる)ハビブ (皮肉に)いいや、いいや。今はまだだね。 だが、海を越えようなんという雄大な計画を立てた男なら…… ええ? まさか泳いでいくわけじゃあるまい。サイッド これから仕事だ。風が出てきたな。 (二人の男は口笛で風の音を真似、震える)ハビブ お前にはもう言ってある。手のひらに唾を吐く練習をするんだ、そうすれば嫌でも働くようになる。 今は奇妙なことが起こっているんだ。この国はだんだん雌鶏の肉に似てきている。猪皮の手袋のせいか? 俺達が雌鶏の肉のようになったのは、奴らが雌鶏の肉を食わせなくなったからだ。 お前の手のひらにつばをしろ、サイッド! 鐙も手綱も鞍も必要ない、俺の尻だけが奴を御する。 俺達は夜を横切っていく。サイッド 風が強くなった! (サイッドとハビブは風に吹き飛ばされるように、くるくる回りながら去る)2025/12/23 20:47:2132.夢見る名無しさん第五景(刑務所の正面入り口、大きな戸口、その両面に一つずつ低い窓。鉄柵がついている。左手に離れて、一本の棕櫚の木)タレブの衣装---緑色のズボン、赤い上着は裸の身体に直接かかっている。白い靴。おふくろ、レイラ、次いで被害者たるタレブ、彼らはこの順に登場。タレブの声がおふくろの姿の見えないうちから聞こえている。2025/12/23 21:46:2933.夢見る名無しさんタレブ 洪水の損害九万を加えると、合計十七万二千三十の損害になる。 洪水も間の悪いときに起こったもんだ……洪水のおかげで、 サイッドの立場はどうにもならねえほど不利になったとも言えるからな。 わしの上着を盗むにしてもだ、これが豊作のときだったら、事情も変わっていたよ。 (力を込めて)確かに運が悪かった、洪水はな、不運って奴だ。 盗まれたのも不運、つまりわしの不運にサイッドが首突っ込んだってわけだ。おふくろ (振り返らず)なんてこったい、石を積んで刑務所を作るのに、 よりによって丘のてっぺんに作るとはね。 門まで登ってくるのになんとまあたっぷり歩かせてもらいますよ。ええ、この杖ったら!タレブ ある意味、普通の泥棒とは違うわけだ。 わしは貯金をして、バイクでも買おうとしとったところだ。 洪水とサイッドがぶつかった、こいつは全く、頭が二つ、手が四本に指が二十本の、 二人前の不幸って奴だ。おふくろ (息を切らして、ぼろぎれで汗をぬぐい、それをレイラに投げ与える) ほれ、汗をふきな。鍋の尻をふいた雑巾だよ。(笑う)一発雑巾がけをおやり。タレブ 破産だ! わしゃ破産だよ! 頭が二つもある化け物が……おふくろ (杖で脅して)消えちまえ! (タレブは逃げようとするが、レイラが上着を捕まえて引きとめる)レイラ 十七万じゃないわ、そのうち八万はもう返しちゃったもの。サイッドは正直だった。 その八万はなくしちゃったとか、お前さんがまた盗んだんだとか、言えば言えたのに。2025/12/23 21:47:5734.夢見る名無しさんタレブ お前さんがあいつの弁護をするのかい! わしがいちじくの木の下に置いておいた赤い上着を奴が盗んだのはな、 向こうへ渡る金が欲しかったからだぜ。向こうで土方でも、もっこ担ぎでもなんでもやって、 金を貯めて、もう一人女を買い取る為だったんだ。レイラ あの人、そう言ったわ。 でもあの人は、私を捨てて行くかわりに、捕まって、殴られ、 家の上にある刑務所に入れられてしまった。おふくろ (肩をすぼめ、杖で地面を叩きながら)サイッドは望み通りのことをしてるのさ。 あの子が、頭の二つもある化け物の一部になってお前さんを失望させたのは、 つまりはこのあたしが、そんじょそこらのガキどものおふくろとはわけが違うって事だ。 何しろ刑務所に入ってるんだからね。タレブ 出てくるよ。わしは訴訟をひっこめた。おふくろ ひっこめた? (脅迫的に)お前さんの訴訟は訴訟だよ、永久に。タレブ わしは村中に言いふらさせた。あいつのしたことは正しかったってな。 わしの背広は赤いからよ、お天道様が沈む頃にゃ、あいつの背広だって言っても分からねぇって。おふくろ 連中は、あれが泥棒だって、いつまでも覚えているさ。 そうとも、私が村の女どもと言い合いをすれば、あのゲス女ども、 私に悪口を浴びせ掛け、サイッドや私のことで、ある事ない事言い出すのは分かりきってら。レイラ 私のことは?おふくろ (肩をすぼめて)お前なんぞ、今更言われることなんぞありゃしない。低能のくせして。タレブ どんな事かね。2025/12/23 21:49:3335.夢見る名無しさんおふくろ あの女どもはまずこう言うさ。 ありゃ泥棒だ、だから、あの男は足が臭い、歯が、口が臭い、だから親指をなめる、 一人きりになると大きな声で喋り出すのもそのせいさ…… 私のことは待ってましたとばかりにこうくるさ。 あの女は、糞みたいに泥棒をひねり出したとね。タレブ そんな奴らをやっつける悪口くらい、お前さんならいくらでも見つかるだろうに。おふくろ 言うほどは簡単じゃない。悪口が図星だと、こっちだって気合を飲まれちまう。 そうしたらどうするね? (身を起こし、昂然と)わたしゃ心得てるさ、この私の恥を見せつけて、 あの連中の目をくらましてやる。ああ、この私がサイッドだったら!タレブ あんたが……おふくろ (遮って)そうともさ。あの女たちはがっくりひざまずくだろうよ。 わたしゃ足をこう大股に開いて、そっくり返ってさ、ズボンのチャックを開けてやるね。 ところが、女の私じゃ、悪口を投げつけることしかできない。 私がつまずきゃ、あの女たちは駆けずり回って別の悪口を見つけてくら。タレブ 怒れば、他の女たちよりあんたの方が足が速いだろうに。おふくろ (威嚇的に)ええ、とっとと失せろ! おだてて丸め込もうったって無駄だよ!レイラ (おふくろに)私も手を貸すわ。汚いことなら、荷車に積むほど手持ちがあるから。おふくろ (肩をすぼめて)低能のお前がかい。レイラ 毎晩、私は新しいのをいくつも覚える。役に立つわ、きっと。おふくろ それじゃ、寝ないのかい、お前は?タレブ いちじくの木ってのは、ご存知の通り、不幸の木だ、ありゃ……2025/12/23 21:50:4836.夢見る名無しさんおふくろ 失せな。いちじくなんか糞食らえ。 お前さんの背広がいちじくの木の、つまり不幸の木の下に置いてあったんなら、 サイッドに罪を着せることはなかっただろうよ。タレブ わしは始め、他の奴がやったと思ったよ……おふくろ (かんかんに怒って)とんだご挨拶だね! 他の奴の尻拭いをさせようってのかい! とっとと失せるがいい、さもないと、この杖がへし折れるまで、お前の背中を痛めつけてやる! (タレブ去る。おふくろとレイラは刑務所の入り口の側に座る。長い沈黙。 時々レイラのため息が沈黙を破る)おふくろ (笑いながら)お前はいつも鶏に餌をやりすぎるよ。言っただろう、鍋に半分で沢山だって。レイラ それじゃ少ないわ。おふくろ (優しく)鶏の方で、よその餌を盗めばいいのさ。レイラ (非常に真剣に)それは私も考えたわ。でも、鶏小屋の金網をそう簡単にくぐりぬけられると思う? だって雄鶏は棍棒を持ってお巡りみたいに見張っているんですもの、あの硬い石のくちばしで。おふくろ お前が教育すりゃいいのさ。雌鶏達が出かけていくように。 忘れるんじゃないよ、お前さんのおかげでわたし達は泥棒になった。 うちの雌鶏だって、同じように泥棒になるのさ。レイラ (驚いて)私のせい?おふくろ (笑いながら)お前が醜女だからさ。レイラ (落ち着いて)そうね。雌鶏のことはできるだけやってみます。 私は一羽、黒いのに目星をつけてるの。他のよりずっと悪い奴。 あの雌鶏が他の連中に手本を示してくれたら。2025/12/23 21:53:3237.夢見る名無しさんおふくろ 芦を刈りに行くのも忘れるんじゃないよ。 (長い沈黙。サイッドが着るものの包みを肩に担いで現れる。 彼は母親にも女房にもろくに挨拶をしない。二人の女は立ちあがる)おふくろ 古い方の毛布、持ってきたかい?サイッド ああ。明日、俺は隣の鉱山に雇ってもらう。おふくろ じゃ、金は?サイッド 郵便で送る。おふくろ (しげしげとサイッドを見つめて)いや、本当だ、お前は変わったよ。サイッド 風通しが悪いからだ。 (彼らは黙って歩き始める。突然夜になる。背景には三日月)サイッド (レイラに)レイラ。レイラ (立ち止まる)なあに、サイッド。サイッド 頭巾を取りな、顔が見たい。レイラ (彼のほうを向いて)無駄よ、サイッド。私は相変わらずの醜女だもの。2025/12/23 21:54:5238.夢見る名無しさんおふくろ (笑いながら)刑務所にいる間に何かが起こったとでも思うのかい? 天使がこの子を訪れたって? その顔を消すために天使がこの娘の顔に唾をして、美人に作り直したってのかい? (皮肉に)泥棒をちょっとばかり驚かしてやろうっておつもりだろうよ、きっと。 さあ急がなくちゃ。私はこれから死人(しびと)の所へ泣きに行くんだから。 女共はもう集まっている。 (彼女は再び歩き出す)レイラ (優しく)私の顔が見たい、サイッド? (沈黙) このかすかな月明かりの下で、サイッド、私の顔を見たい?サイッド (厳しく)見たくない。 (彼らは再び歩き出す)レイラ (かなり後に遅れてついてくる)私は一人ぼっち……おふくろ それがどうしたい? 私のようにするのさ。 夜、木の葉の茂みを吹きぬける風の音で、林にある様々な木の種類を区別する術を学ぶ。 いい暇つぶしになるし、その上、お前も、洗練された女になるってわけだ……もしお前の目に、耳に…… (遠くを見て)まぁ、見ておくれよ、みんなもうお墓へ行く支度をして待っている。 あそこじゃ、みなさん、さごかしご機嫌だろうよ。 (三人は去る)2025/12/23 21:56:4339.夢見る名無しさん第六景(村の広場、一本の棕櫚の木、回教徒の墓が一つ、開いた傘が逆さまに立て掛けてある)女たちはみな---紫色の衣装のおふくろを除いて---黒いドレスを纏っている。彼女らの頭には黒いヴェール。この景の始めには三人の女しかいない。(シガ、カディッヂャ、ネヂュマ)2025/12/24 19:44:4340.夢見る名無しさんシガ (四十歳くらい。小刻みに歩く。叫んで)急いどくれ、みんな。遅くなると、蝿がいなくなるよ! (低い声で)蝿だ! 蝿! 蝿……カディッヂャ (六十歳くらい)いったい冬の最中でも、蝿のいない死人なんて見たことがあるかい? 蝿のいない死体、不吉な死体だ。葬式の一部だよ、蝿ってものは。 (彼女はスカートをたくし上げ、ずり落ちた黒い靴下を、ガーターにとめる)シガ (笑いながら)それなら家じゃ葬式続きだ。毎日毎日、死体を埋めてるに違いないね、全く。 家中が蝿でもってるようなものさ。 地下室も蝿だらけ、天井も蝿だらけ、蝿の糞が私の身体の上に落ちてきて……ネヂュマ (二十歳、あからさまに嫌悪の情を示して) 外人が私達を軽蔑するのはね、未だにあんたみたいな女がいるからさ。 あっちの女たちはね……シガ 何時間もお湯に浸かっている。 何時間も、缶詰みたいに、湯煎にされて茹だるってんだろう。 私だって風呂屋くらい行くさ……そのかわり後で、真っ白になった足の指を、 砂埃の中に引きずってよ……ネヂュマ (日の光を避けるために傘を拾って)わたしゃ、そのうちにイタリア風の生活をするね。 わたしの部屋には蝿もごきぶりもいないようにしてやる……シガ (笑いながら)家じゃ、蝿だろうが、ごきぶりだろうが、くもだろうが大歓迎さ。 蝿のためには、いつでもがき共の目の縁にご馳走がある---わたしが子供を育てるのは その為さ---鼻の下にもさ。がき共に、時々拳固をくれてやる、朝の十時頃によ、それから夕方の四時頃には今度はびんただ。 ぎゃあぎゃあ泣く、青っぱなをすする、そこで蝿はそれご馳走と大喜びだ。 (舌で、さもうまそうに、自分の鼻から垂れてくる鼻汁をすする)ネヂュマ (胸がむかつくといった様子で)それで、亭主の方は?2025/12/24 19:46:0341.夢見る名無しさんシガ いいえ、あの人はね、肘か指先にいつでも小さな傷をこさえておくのさ。私の方は……カディッヂャ いい加減にやめないかい。その馬鹿話。蝿はいる、ここからでも私には聞こえるさ。 今、陽は沈みかけている。だがそれでも蝿どもはあそこにいる、まるで黒い旗だ。 (遠くを見ながら) どうしたってんだよ、急いでおくれ。集まってくる蝿のことを考えてごらん。声 (次第に近づいてくる)私が葬式に行くときは、いつでも決まって、蝿のためだ。急げ急げって言う。 で、死体を穴に下ろすときには全員お揃いさ、その数を勘定してやった。 (ハビバ登場、二十歳。黒い傘で日を避けている)何しろ穴の周りにいる蝿の唸り声といったら、バイクのエンジンよりもすごいんだからね。 いや、亭主が私にマッサージをしてくれる時より激しいわ。出かけるのかい?シガ ちょっと待ってておくれよ、おしっこ、おしっこ。 (彼女は駆け出して、背景の後ろに消える)ネヂュマ (空想を追うように)……もう一つの青いのを見たことがあるわ。あざやかな空色をしたのを。 そうだわ、あれにしよう、買ってもらうのは……(間) 私は毎朝それを庭の向こう側に開けに行く……カディッヂャ (遠くを見つめながら)あそこにやってくるのは誰だい、私にゃよく見えないが。(ハビバに) お前さん、見ておくれ……ハビバ サイッドのおふくろだわ。カディッヂャ (情容赦ない、威厳のある口調で)なんて厚かましいんだ! あの女に泣く権利はない。 分かったね、みんな。あの女は来ちゃならない。 (間。サイッドのおふくろ、登場)カディッヂャ お前さん、死人の為に泣きに来たんじゃあるまいね?2025/12/24 19:48:0142.夢見る名無しさんおふくろ (一瞬どぎまぎして)私は泣き女さ、泣きに来たんだ。カディッヂャ いずれにせよ、泥棒女だ。溝の中であの女はいらくさに口をきく。 いらくさを手なずけようと必死だ。いらくさが返事をする。 お前の息子は泥棒だ、そしてお前は、あいつが盗んできた鶏だのキャベツだの、果物、油だので生きている。 お前なんぞ、わたし達と一緒に来ちゃならない。おふくろ もしお前さんたちの身内の男か、お前さんたちの身内の女がさ、そのみすぼらしいベッドで死んだっていうんなら、 私はここに泣きになんて来なかったよ。わたしゃ歌を歌いに来ましたね、奥様方。 今日はしかしね、葬式の相手は、そんじょそこらの死体とはわけが違う。 お前さん方の身内の息子でもない、だからこそ、わたしゃお前さん方に挑戦しにやってきたのさ。 どこの誰よりもこの私は、葬式のことはよく知っている。 暇つぶしに自分で幾つか小さいのを作り出すくらいだからね。蝿だって私の事を知ってるよ。 私の方だって、蝿を見りゃ一匹一匹名前が言えるくらいよく知ってるんだからね。 (間)それにいらくさと喋る件だがね、レイラはうちの身内と話をしているだけのことじゃないか。カディッヂャ お前達は泥棒一家だ。この村では、私らは私ら自身で裁きを下す権利がある。 邪魔者は入れてやらない。お前さんはね、死体の後からついて来ちゃならないんだ。おふくろ 私がついて行っちゃいけないって、誰が言うんだい?カディッヂャ 死体さ。 (シガが戻ってくる)おふくろ 死体なんて、今更驚かないね。 (シガに)ずいぶん金持ちになったって言うが、それでも用を足すのは相変わらず塀の後ろかい? 空色のやつを買ってもらって毎朝開けに行くってわけにはいかないのかね。ネヂュマ 私のだよ、それは!カディッヂャ ええい、もう沢山だ! さあ、出かけるよ。(おふくろに)お前はそこにいな!2025/12/24 19:50:5843.夢見る名無しさんおふくろ ええい、この私がサイッドだったら、その穴だらけの黒い口なんぞ、一思いに塞いでやるのに。カディッヂャ (皮肉に)お前さんがサイッドじゃないって? それじゃ、誰なんだね、サイッドってのは? どこにいる、そのサイッドは?あふくろ 万歳! あの子は裁判所へ行ったところさ、そうして、刑務所へ戻るのさ。 あの子はね、刑務所から出てきたときにお前さん方から盗む予定の品物、 そいつの償いをする時間だけは、ちゃんと刑務所に入ってますよ、 そうとも、あたしが、この腹の中で育てている猛犬の群れを、 お前さん方の着物の裾に放ってやるのに入用な時間だけはね。 死人についちゃ、私の方はとうの昔に……カディッヂャ (三人の女に)お前さん達はどう思うね? (三人の女は、ちょっと躊躇った後、否定的に頭を振る) どうだい、分かったかい。これは私だけの言い分じゃない。世論さ。おふくろ (厳かに)そんなら聞くが、死人は? 死人はなんと言っている?カディッヂャ (他の二人に)お前さん達、死人はなんて言ってるね? 耳を済ましてごらん。よーく聞いてみるんだ。 (二人の女は耳をすましている様子。それから否定的に頭を振る) どうだい、聞いたかい? 風に乗ってこの夕暮れに、死人の声は渡ってきた……おふくろ 私が言いたいのは……カディッヂャ (横柄に言葉を遮って)その犬だよ、お前の腹の中にいるその犬さ、 いいかい、私らに噛みつこうっていうその犬にも聞いてやろうじゃないか、 そうすりゃ犬どもだっていけないって言うに決まってら。 犬も、牝馬も、雌鶏だってあひるだって、ほうきも毛玉も、いけないと言ったに違いないさ。2025/12/24 19:55:2344.夢見る名無しさんおふくろ 犬の言い分がお前達と同じなら、お前さん達の言葉は犬の言葉だよ。 (例の三人の女がおふくろに向かって襲いかかりそうな気配を見せる。 おふくろは出てきた方向に向かって後退する) そうですかい、結構でございましょう、奥様方。 おっしゃることに嘘偽りはない……嘘偽りはないでしょうとも、 その点については文句のつけようがないってわけだ。 死人も、今おっしゃった通りの返事をした、そうでしょうとも、でもわたしゃ証拠が欲しいね。 自分で直接聞いてやるさ、明日のお昼にね。今日は第一暑すぎる。 それにお前さん方の口を掃除してわんさか出てきた蝿の群れで、 私に入用な分はそろったからね。 (彼女は後退しようとする。しかしカディッヂャと女三人が道を塞ぐ。 後退りしながら、この女達の方が去る)カディッヂャ そこを動くんじゃないよ。(他の女達に)みんな、見事に泣いてみせるんだよ。 長く、声の続く限りの呻き声を響かせるんだ。声をふるわせて、息も継がずに。 そんじょそこらの死人とはわけが違うんだからね。ハビバ 死んじまった今、どこが特別に偉いのかね? (おふくろが高笑いをする)カディッヂャ (厳しく)私達は、普通の死人とは違う特別の死人の為に泣けという指図を受けたんだ。 (四人の女は後退りしながら去ろうとする。おふくろを一人残して)2025/12/24 19:57:4945.夢見る名無しさんシガ 結構な理由だわ。私の息子のアブダラが、理由を聞いても答えてくれない時はね、 その当座は、私は酷く辛いけど、すぐに気を静めるよ。……(おふくろ、また高笑いをする)…… それに、結局私の考えじゃ、なぜだか分からないまま、喜べとか泣けとか言う命令をもらう方が確かに素晴らしいよ。 男達は、私の笑い声や鳴き声を素晴らしくやって欲しいと思う。 私としては、別に悲しい気持ちなんてないんだから---それを背負ってるのは男達さ--- 嬉しい気持ちだって同じさ、ありゃしない、 だから、私は自分の仕事に一生懸命になれるってことよ……悠然と落ち着いてね……おふくろ (突然怒りだし)落ち着いてかい! ええ、さっさと失せるがいい! その落ち着きとやらにくっついて、墓場まで行くがいいさ。 だが、これだけは言っておこう、いいかい、今夜、夜がふけて、 お前さんが広場に出てこなけりゃ、私は、びっこを引き、こう身体を折り曲げて、 月の光の中、お前さん方の家に一軒一軒忍び込んでやる。 そうしてお前さん方がお休みでしたらね、 必ず夢の中で他でもないお前さん方が牛肉や鶏肉を盗むように、この私が仕向けてやる、 そうとも、毎晩さ。わたしゃお前さん方に向かって百二十七の悪口を、 それぞれ百二十七回繰り返し繰り返し唱えてやろう。 そうともよ、その悪口はどいつもこいつも素晴らしい代物さ。 その悪口で、お前さん方に後光が射そうってもんだ…… (女達は姿を消す。おふくろは振り返り、それに気がつく。 一瞬拍子抜けして、彼女は当たりをぐるぐる回る。 自分の中に大きな力を溜め込もうとしているかのよう。 それから、突然、脚を曲げ、両手を腿に当てて身構え、 女達が消えた方向に向かって怒涛のように犬の咆哮を轟かせる。 それは猟犬の大群を思わせるものだ。 その間に、レイラ登場。おふくろと一緒に吠える。2025/12/24 20:00:2446.夢見る名無しさん 二人、一瞬吠えるのをやめる。 すると女達が去った方向から、牛の声が聞こえる。 おふくろとレイラは犬の咆哮を再び始め、それからまた止める。 再び、遠くに、牛の呻き声、そして早足で走る蹄の音に似た物音。 しだいに消えていく。 空に大きな月が現れる。 沈黙。 おふくろは振り向き、レイラを見て、彼女に向かって突然吠え出す。 すると、二人の女は、突如として、必死に噛み合おうとする二匹の犬になる。 月は少しずつ移動して消える。 広場を現していた背景はもうない。 二人の女は(おふくろとレイラ)相変わらず吠え続ける)2025/12/24 20:01:4447.夢見る名無しさん第七景石灰乳の白色、窓が一つの部屋。後ろに太陽。部屋には小さな机。その上に吊りランプが灯されている。女の衣装---絹の緑色のドレス役場の警吏---黒い背広笛吹き---黄色いズボン、上半身は裸、裸足、青の帽子小便をした男---黒いズボン、緑色の靴、ピンクの上着警官---黒い制服裁判官---伝統的な正装二人の守衛は立っている。座っているのは、小便をした男、笛吹き、女である。役場の警吏が登場すると、全員立ち上がる。2025/12/24 20:03:3948.夢見る名無しさんセンシティブな内容が含まれている可能性のあるコメントです。表示するには、ログイン後に設定から変更してください。2025/12/24 20:05:2549.夢見る名無しさん男 それじゃあ何かい、神様自身から霊感を受けるって言うのかい? あの人が神様から直接?役場の警吏 そうだ。男 勝訴だ。役場の警吏 まだ分からん。しかし、待っている間くらい、静かにしたらどうだ。 それとも、棍棒をまたいただきたいのか? (数秒、真っ暗になる。笛の調べが聞こえる。明かりが戻ってきた時、裁判官がそこに着席しており、笛吹きがその前に立っている)笛吹き ……ですから正確には乞食をしたんじゃないんでして、私は食うに困ってるわけじゃないし。警官 (陽気に、舌を鳴らし、指をぱちぱち鳴らしながら) 警察の布告の一つ一つ、ありきたりの書類、警官の中で一番位の低い男、 全てが、全ての人間が、海を越え山を越え、全ての人間が、何もかもがいらいらしていたのです。 (厳しく、弾劾して)この男は町の通りの恥だったのです、閣下。 時によると、鼻の穴の両方に、一本ずつ笛を突っ込みおるのです。笛吹き (反抗的に)ヴァイオリンの二本の弦を同時に弾いたり、タイピングを両手で打つようなもんです。 警官ってものは---そりゃもちろんお前さんの仕事は俺も尊敬してるがよ---物を理解することなんぞできない。 閣下、あなたの内の神様なら、私のことを理解してくださる。私は鼻の穴で笛をうまく吹けるようになるまで二年かかった。 乞食に誰でもこれだけの芸があるって言うなら、私は乞食をした罪に落とされても結構ですよ。警官 通行人にとっては、この堅い木の笛が鼻の穴に刺さっているのを見るのは不愉快です。 この男は金を貰うべく公衆に不快の情を与えているのでありますから、乞食をしていたことになるのです。 (断固として)我々の使命は、街路上における物乞い行為の一切を禁止することであり……裁判官 (優しく)で、彼の吹いていた曲は、素晴らしい曲か?2025/12/24 20:09:0850.夢見る名無しさん笛吹き とにかく難しい曲でしてね、まだ完全にマスターしていませんので。毎日、空き地に行っちゃ練習です。裁判官 空き地があるのか?笛吹き まあ、弁解の必要上ですね。裁判官 (優しく、忍耐強く、少し驚いて)別に、自分の口に笛を突っ込んでも、嫌な気はせんのだろ? (警官はっきりと苛立つ)笛吹き へえ、別に。裁判官 (興味を示して)お前の息は笛を鳴らすのに十分な勢いがあるのだな?笛吹き そうです、閣下。裁判官 ではお前は、ただ難しいことばかり追っているわけなのだな?笛吹き へえ、そうです。裁判官 そのために、美的にいっそう優れたものを求めようとはしなかったのか?笛吹き とにかく、初めてなんですぜ、汚らしい鼻の穴から出てくる息が、節になってなったのは、 一つのその・・・・・・メロディーです、小川の流れや、木の葉にそよぐ風の音、それの真似ができたのはね。 私の鼻はあんたの口と同じくらい素晴らしい代物ですよ。私の鼻はまるでハープだ、あんたのなんてただの……(レイラが片足で跳ねながら傷ついた犬のように吼えつつ登場。おふくろが恐ろしい勢いで吼えながら追いかけてくる。おふくろはポケットから石を取り出し、見えなくなったレイラめがけて投げつける。窓ガラスの割れる音。おふくろは用心深く去る)2025/12/24 20:11:2551.夢見る名無しさん裁判官 (架空の窓を見て)窓ガラス破損! 禁固十日間だ。(笛吹きに)もうよい。両方の鼻の穴で笛を吹くがいい。 私が間違っているというなら、神は自らを罰されるがよい。(進み出た男に向かい)お前の番だ。 (笛吹きは去る、男が前に出る)警官 (前と同じ、大げさな態度で)昂然たる態度で、と申しますのも、いかにも昂然たる態度で、 彼はフットボール競技場の周囲にある植え込みの若い月桂樹に、小便をしていたのであります。 その昂然たる態度たるや、私が壁に向かってやろうとする時とほとんど変わらんのでありまして……裁判官 (警官に)私はあがっちまってもうどうにもならん。 (男に)小便をしたというが、その理由を言えるかね?小便をした男 小便したかったんです。裁判官 だが、また、なぜその植木にした?小便をした男 それがそこにあったからです。裁判官 (興味を示して)今は、別に、したくないか?小便をした男 へえ、閣下、今は別に。2025/12/24 20:18:2852.夢見る名無しさん裁判官 (まずほっとしたように、それから、次第に断固たる口調に変わる) いい具合に今は小便がしたくないと言う、そうでなかったら、私の足にじゃあじゃあぶっかけることだろうな。 しかしそうなれば、私はお前を裁判になぞかけずに、罰することができる。 人殺しをした奴は殺すまでだ。お前が私の足にじゃあじゃあたれ放題となれば、 私のほうでもお前をびしょびしょに濡らしてやろう、いいな、お前の噴水よりも私の噴水の方が手強いぞ。 何なら二人で、ホースの熱い水合戦をやってもいいが、お前の負けに決まっている。 何しろ、霊感を待っている間に、薄荷の煎じ薬を大きな土瓶にたっぷり一杯は飲んできたからな。 だがしかし、こともあろうに、美しい青春の月桂樹の、すんなりとした右足に向かって用を足すとは何事であるか! 美しい葉の三、四枚は、黄色くしおれてしまったに違いない。(第二の警官に)この男を外へ引き出し、その両足に、小便をたれよ。 (警官は男を退場させるが、彼はその場に残る。女が近づく)裁判官 (荒っぽく)早くこちらへ来い。神様が出かけてしまう前に、お裁きを下されたいと思うなら、何をしでかしたのか、早く言え。女 私は何にもしていません、閣下。警官 何たる嘘吐きか! 閣下、この女は、人の家の戸口に落書きをしたのであります。裁判官 どんな落書きか?女 嘘です。裁判官 どんな落書きだ? 上品なのか、下品なのか?女 (遠くの物音に耳を澄ます風を装って)ほら……聞こえる? 聞こえるでしょう? 家には乳飲み子がいるのよ……2025/12/24 20:21:2553.夢見る名無しさん裁判官 (女に)神は消えちまった。神様のお裁きがほしいなら、つまり、ちょっぴり残っている優しい心で裁いてもらいたいなら、 お前のほうでも私に力を貸してくれなくちゃならん。お前の望む判決を言ってごらん。さあ、ぐずぐずしないで。女 (ものすごい早口で)棒で十回打たれたいです。裁判官 (警官に)棒で十五回打ってやれ。 (女は去る、サイッドが近づく)裁判官 (片手を額に当てて)神様は、どっかへずらかっちまった。跡形もありゃしない。 いったいどこにいる? 別の男の頭の中か? 日向の雀蜂の巣の中か? それともどっかの鍋に忍び込んで、味を濃くしようってのか? いずれにせよ、この裁判官様の頭の中からはいなくなっちまって、 もはや私には、芝居の前に役者があがるようなあの興奮も、 震える声もなくなってしまったじゃないか。サイッド 私はサイッドと申しますが。裁判官 (不機嫌に)分かってるわ、この間抜け。とっとと帰れ、お裁きは終わりだ。サイッド 私は盗みを働きましたので、あなた様は私に罰を下さなくちゃならないはずで……裁判官 どうやって? (自分の頭を叩いて)この中は空っぽなんだよ。サイッド お願いです。警官 (せせら笑って)盗みか。こいつの専門は、ご存知でしょうが、職人どもの上着でしてね。 木に引っ掛けてあるのやら、草の上に置いてあるのを失敬する。 何しろこいつは、こっちかと思えばあっち、ぴょんぴょん飛び回って、いい気なもんです。 ところがこいつは、金持ちでもないくせに、一人息子ときた。(サイッドに)どこにあった上着を盗んだんだ?サイッド そこらにあったやつです。2025/12/24 20:23:3954.夢見る名無しさん警察 分かってる。そんなことはどうでもいい。肝心なことは盗むってことだ。手当たり次第にな。 が、幸いなことに、我々が目を配ってる。木の葉や草むらの中の光った目だぞ、絶対に感情に左右されることはない。サイッド 償いにお仕置きが頂きたいだけです。裁判官 気が狂ったのではないか、今に全てのことが変わる時が来ると信じているのではないか? ……シ・スリマーヌが死んだというので頭にきているのか? だが、私がお前を裁いたとして、それが何になる?サイッド 私の悪事はどうにも……裁判官 馬鹿め。そりゃお前には役に立つだろうよ。刑に服した後は、お前の方は変わる---ほんの僅かであってもだ--- しかし、私のほうが一向に変わらんとしたら……サイッド やってみてくれませんか。そうすれば分かるから……警官 (裁判官に)償い、償いと、こともなげに言っておりますが、それには裏があるのです。 (サイッドに)今朝、今朝の八時に釈放の命令があった。お前の女房は、今朝、刑務所から出てきて……裁判官 (警官に)月桂樹に小便をして来い。警官 ですが……閣下……裁判官 小便をするんだ。芝生でも枝の中でもどこでもいい、とにかくしろ。 (警官、退場。裁判官は物珍しげにサイッドを見て)2025/12/24 20:25:2855.夢見る名無しさん裁判官 (優しく)私は全くうんざりなのだ。私の所へ持って来られる問題がどれほどくだらんことか、 考えてもみてくれ。私は村の裁判官、 しかもその村では恐るべき犯罪がひっきりなしに起こっているというのに、 ---(不安になって)いや、それとも、如何なるものにも罪などないのか?--- それが、ここでは、けちな不幸があるだけではないか。全く。私はもううんざりだよ。 頭の中が空っぽなだけ、ますますこの頭は重くなる。サイッド それで結構です。私はそれでありがたいです、私には何かを誇ろうなんていう気持ちはないんです、 神様が刑務所の扉を私のために開けてくださることなんぞ望みません。それは裁判官様でもできることです。裁判官 (深刻に)重い扉を開けてまた閉めるだけでいいならな。 だが、私には理由が要る。その理由を見つけるには、探すか、それにしても疲れたし、 さもなければ、お前がした通りのことを私がしなくちゃならん。 お前がそれをした理由を知るか、あるいはお前がしたそれを禁止することができなければならん。 だが、一言で言えば、それを知ることができるのはお前一人なのだ。あるいは神がお前を直接裁かれるか ……神は何もかもお見通し、万能だが、もはやここにはおいでにはならん…… あるいは、お前がお前自身を裁くか、そうなれば、私は何の役にも立たないことになる。サイッド 一つ重要なことを忘れていらっしゃる。それは、私があなたに給料を支払って、 刑務所の扉を開けたり閉めたりしてもらっていることです。(間)私はそんな裁判を自分一人ではできない。裁判官 (当惑して)それはそうだ……が、しかし、何とかそこにこぎつけなくちゃならん……サイッド 誰も本気にしちゃくれません。2025/12/24 20:31:1656.夢見る名無しさん裁判官 その心配はあるな。だが、お前はずいぶん重大なことを私に要求しているぞ…… お前はしょっちゅう盗みをする、私はお前を刑務所に送り込むだけで、 他の時間などないくらいだ。それで、お前が刑務所に入れば、そこには義務なんぞ何もない。 そうなってしまえば、お前に大事なものなんて一つもないのだ。サイッド、私はお前のために、芝居をしてやろう。 つまり、お前の犯した罪の一つ一つを赦してやるのさ。判決を読み上げる……サイッド 死刑ですね!裁判官 (笑いながら)なんにせよ、捕まえてもらうのは他所に行ってした方がいい。 (突然、陰気になって)私は馬鹿じゃない、お前が判決を受ける度に何を手に入れるか、 分かっているのさ。漠然とだが、私にはお前の進む道が分かるのだ。 だが、この私は、判決を下すこの私は、この判決は私をどこに連れて行くのだ? 私は、お前が沈み込もうとする所へお前を沈めてやるだけが能の人間さ、 だがそのお前は、私の何の役に立つ? そうとも、誰が裁判官の哀れな運命など考えてくれようか! いったい、誰が?2025/12/24 20:34:0057.夢見る名無しさん第八景(墓地、右手に杉の木、中央に絵で描かれた墓が一つ、黒い空に三日月、星座が一つ。小さなじょうろが地面においてある)口よせの衣装---白い、漠然とした貧しい者の衣装。2025/12/24 20:43:0858.夢見る名無しさんおふくろ (自分の出てきた方に向かって)お前さんのいる所で……お止まり! そこで止まるんだよ……今お前さんがいる所で、ちゃんと聞こえるよ。 (墓に近付き、墓銘を読む) シ・スリマーヌ。確かにあの人の墓だ。 (さっきと同じ方を向いて) こっちだよ! こっちだったら! いったいお前さんって人は、本当に使い物にならないのかい? 耳が駄目なのかい? 耄碌しきってるんだろう、ええ? (年老いたアラブ人、マダニが登場)マダニ わしじゃ気に入らんというのなら、今からでも遅くはない、別の口よせを探して来い。 (ちょっとした間)とにかく、口汚く言うのはよしてくれ。おふくろ 今は怒ってる時じゃないよ。私はね、一番年をとっていて、一番へたくそな口よせが欲しかった、 誤魔化すのは嫌いだからね。私が、みずみずしいピンクの口をした、白い歯の口寄せなんぞ連れてきた日にゃ 死人(しびと)を手なずけようとしているみたいに思われらあ。そこにお立ち。(マダニ、墓の横に立つ) 私は死人の口になってもらうためにお前を選んだ。 そりゃ、死人の口は土塊やら草の根やら砂利やらで一杯に詰まっているはず。 だが、とにかくお前の言葉じゃないよ、死人の言葉をしゃべる努力をしてもらう。マダニ 死人がしゃべる事を承知した時、死人のしゃべらにゃならんことは恐ろしいことだ。 もちろん、しゃべるのは私じゃない、あの男だ。おふくろ もう時間かい?マダニ (腕時計を見て)ちょうどだ。2025/12/24 20:45:1159.夢見る名無しさんおふくろ (最初に自分の出てきた方を向いて)さあ、お前さんたち、その丘の上で、草の匂いの中で、 とにかくおしゃべりは慎んでもらおうじゃないか。ばあ様も小娘もみんなだ。 暇は取らせないよ。死人の言い分さえ聞きゃいいんだ。 (マダニに)魔法瓶にコーヒーを入れて持ってきてあるからね。後でだよ。 仕度があるんだったら、私は向こうへ行ってるけど?マダニ (ゆっくりとうずくまって)お前は邪魔にはならん。一番しんどいのは、わしがわしの体から出て行くことだ。 そして、あの男が私の代わりにやってくる。おふくろ (少し気味が悪くなって)へえ?……でも……出て行くって言うが、どこに行っちまうんだい?マダニ (しゃがみこむ動作を続けながら)場合によるな……初めにスピードをあげるかあげないかで違ってくる。 時間があると、わしは自分の家の畑を見たり、町の博物館を見たりする。さあ、静かにしてくれ。 (彼は完全に横になり、しばし沈黙した後、静かに呼びかける) シ・スリマーヌ?……シ・スリマーヌ?……スリマーヌ、……いるか? 答えるのは誰だ?……お前だな、シ・スリマーヌ?……ここにいるのはわしだ…… お前の口だ……お前の不幸な口だ……だが、その口が答えねばならん…… わしが分かるか?……なんだと、もう覚えておらんと? お前が生きていた時、お前が語った言葉はことごとく、このわしが語ったのだ。 ……(沈黙)どんな言葉だと? だから、ことごとくだ……お前が口にしたことは何もかもだ ……いつだったか、お前が道路の管理人に言ったこと、覚えているか? ……そうか、分かったろう、何て言ったな、あの時?おふくろ お前さんのことが分らないのかい?2025/12/24 20:48:3460.夢見る名無しさんマダニ (おふくろに)邪魔をするな、まかせておけ。こいつを暖めてやらねば。……(死人に語りかけて)道路の管理人に、お前が言ったことはな、 ……あの日は雨だった。お前はこう言ったんだ。「俺は車庫で雨宿りしていく、それから図面を建築家のところへ持って行くさ……」 (間)ああ、今度はようやく分ったな。よし、ではわしのことが分ったと……(間)わしの匂いはどうだ?……ほれ…… (彼は墓の上に息を吹きかける)正真正銘、お前の口の匂いだな? そうか! そんならいい。では始めよう。 サイッドのおふくろが聞きに来ている。(彼は立ち上がり、おふくろと向かい合い、不動の姿勢で、威丈高に語る) さあ、話せ。俺に問い掛けるんだ。俺は口だ。お前は俺の言葉を聞きに来た。お前の言い分を言え。何を考えているのか。(二人は向かい合って、軽蔑的に睨み合う)おふくろ (疑い深く)お前は確かにシ・スリマーヌの口かい?口よせ (力を込めて)そうだ。おふくろ じゃ、お前はどこで生まれた?口よせ ブー・タニーズで生まれ、アイン・アマールで死んだ。おふくろ (一瞬まごついて)そうかい。じゃ……お前の傷は? どこをやられたんだ?口よせ 弾丸を二発、胸に。一発はまだ中に残っている。おふくろ そうかい……じゃ……正確には何時に死んだんだ?口よせ (威丈高に)もう沢山だ。十分話したぞ。お前の知りたいことは何だ?おふくろ そんならいいさ。お前も一筋縄じゃいくまいが、この私だって負けちゃいないからね。 何だってね、お前は村の女達に、私が泣きに来ないようにしろと命令したって言うが、本当かい?口よせ 本当だ。おふくろ (怒って)しかしお前だって知ってたはずだろう、私が泣き女だってことは。 私が一等優秀な泣き女の一人だってことは。2025/12/24 20:51:1061.夢見る名無しさん口よせ (ためらって)埋葬の時に、お前には来てもらいたくなかった。おふくろ (怒って)サイッドはどこから生まれたんだよ、私の腹かい、お前の腹かい。 それに私の腹が他の女と同じ腹をしてないってのか、 他の母親達と同じ母親じゃないってのかい?口よせ 俺は死んではいたが、まだ埋葬されていなかった。俺は相変わらず村の人間だった。 髪の毛の中に、足の裏に、腰に、俺はあの時まだ、村の男や女達と同じ、あのむず痒い感じがしていたんだ。おふくろ (不安になって)じゃ今は……もう体の掻けなくなった今では?口よせ だいぶ減った。土の重みにもかかわらず、俺ははるかに軽くなったような気がする。 俺は煙のように消えようとしているんだ。お前はそれを待たずに、今夜来てよかった。 俺の中の水分は全て、樫の木の葉脈の中に移動している最中さ。 俺は俺の国をさ迷い歩き、お前のことも、他の奴らと区別がつかなくなるだろうよ。おふくろ (途方もない大声で叫び)ああ! ああ! ああ!口よせ ……そして、お前の足の指の間にたまっている垢も、一部は俺の腐った体から生まれたもの……おふくろ (勝ち誇って、最初出てきた方に向かって) どうだいお前さんたち、束になってそろってるスベタども、今のを聞いたかい、死人の言葉を。死人が私にどんな風に話し掛けるか。 (口よせに)北に、東に、南に、西に、海の方、山の方、いたる所で、私達を取り囲むあらゆる場所で夜が立ち上がるのさ。 スリマーヌ、数限りない丘とともに膨れ上がる、そして私達を見つめている丘の斜面には、 幾千、幾十万の女どもが胸をときめかせて待っている、お前が地面から出てくるのを見ようと、 お前が土の中からむっくと立ち上がり、私に罵詈雑言を浴びせるのをだ。でも、お前さんは……承知してくれるね、私が泣くのを…… 承知してくれるんだね? 私が他の女と同じだってこと、お前さんが認めてくれるんだね?2025/12/24 20:55:1362.夢見る名無しさん口よせ (きっぱりと)然り、かつ否だ。おふくろ はっきりしたよ、でも私は、私があそこにいる女どもと同じなんて言うつもりはなかったさ。 (指差して)あの女ども。ただ、私だって、地面の下で腐っていくものを繋いでるってことを言いたかっただけだよ……口よせ その上でお前は腐敗していく……人の話じゃそうだな……おふくろ (笑いながら)つまりお前さんも私と同じ汁の中で醗酵しているってこと? そうなのかい?口よせ いずれにせよ、お前がどうしてそんなに俺のために泣きたいのか、俺には分からん。おふくろ ああ、その点は安心しな。お前さんが死んで悲しんでるわけじゃない、私はね。むしろ歌うように泣いてやろうってだけのことさ。 あの乙にすました女どもは、私を儀式から追い出した。わたしゃね、あんな女どもも、儀式も糞喰らえさ。 ただね、私は自分が一番強くなってやるって誓ったのさ。女どもは私の様子をうかがっている。 待っているのさ---あの売女どもは---私が赤っ恥をかかされるのを。あの売女ども、こう言ってる、 生きた人間のところから追い立てられて、また死人の国の入り口からも追い立てを食おうってんだ。口よせ だがいったい何になる、お前が死人の国の入り口に来たからって?おふくろ (一瞬狼狽して)ああ、つまりあんた方は手を握っているってわけだね、 私の思い違いでなければ……お前さんは忘れてはいないんだ。 砂利の下に入れられても、前には生きた人間だったことがある、そして誰とは付き合いがあって……口よせ (意地になって)いったい何になるんだよ、お前が死人の国の入り口に来たからって?おふくろ そうして、お前の葬式も、生きた人間としてのお前の人生の一部なんだ、 殺される直前にやっていたことと同じさ。口よせ いったい何になるんだ、お前が死人の国の入り口に来たからって?2025/12/24 20:58:3563.夢見る名無しさんおふくろ もう他に言うことがないなら、これでお休みだ、お帰り……口よせ (逆上して)お前こそ、無礼だぞ、こんな真夜中に俺を叩き起こし、俺を墓から引きずり出しておきながら。 俺はお前の話を聞いた。お前にごたくを並べさせてやった。おふくろ わたしゃ、友達として来たんだよ。口よせ (厳しく)馬鹿な冗談はよせ。お前は傲慢な女としてやってきた。 泥棒の母親、醜く阿呆で泥棒の嫁の姑だ。 二人の哀れと悲惨は、お前の肌にこびりついてはいないのか? そうじゃない。その悲惨は、お前の哀れな骨の上に張ったお前自身の皮だ。 村の通りをさ迷い歩くのは、丈夫な骨の上に張り伸ばした悲惨さのマントだ。 いや……(嘲笑して)大して丈夫な骨じゃない。村はお前などごめんだと言う。じゃ、死人たちは? 全くだ! 死人たちともあろうものが、お前のことを正しいとし、その上あのご婦人方をやっつけてくれると思うのか?おふくろ (ぶっきらぼうに)そう思っていたよ。口よせ (嘲笑して)死人たちは、もちろん、最後の手段さ。生きている奴らがお前の顔に唾を吐く。 だが死人たちはその黒だか白だかの大きな翼でお前を包んでくれる。 その翼に包まれていれば、お前たちは、足で歩いている奴らを鼻の先であしらえるってわけか? だがな、地面の上を歩く奴らは、すぐに地面の中に入っちまうんだ。つまり同じ奴らが……おふくろ (言葉を遮って)私はお前さんがどうなったかなんて聞きたくもない。 私が話をしたいと思ったのはかつてこの世に生きていたことのある人とだよ。 もしお前さんが私に泣いて欲しくないなら、早くそう言っておくれ、 わたしゃ寒くなってきた、寒がりなんでね……2025/12/24 21:01:0564.夢見る名無しさん口よせ 俺をしんみりさせようなんてのはよせ。お前が自分の傲慢のせいで、生きている奴らから村八分にされたなら、 同じ理由で死人にも愛されることはないだろうよ。我々死人は生きている人間達の正式な保証人だからな。 (間)真夜中の十二時だぞ! こんな時間に俺を叩き起こす! ひどく疲れる命をまた俺に与えようという! さあ、女どもの所へ、村の男どもの所へ行け! お前たちのことは、お前たちの間でけりをつけろ!おふくろ 私は断固として頑張るね。(と、腰に拳をあてがって)断じて、サイッドもレイラも手放すものか ---これは、お前さんにしか言わないよ、そうさ、この墓場の夜の中でね、 だってさ、二人とも、わたしゃ癪にさわってならないことが再々だからね--- 私は、お前さんのために泣くことを諦めないよ。口よせ (怒って)俺が断ったら?おふくろ (同じく)じゃ、お前をからかうために、そうとも、あのご婦人方やお前の方で何と言おうと 私がお前さんのためにわあっと泣き出したらどうするのさ?口よせ そうなれば、俺も本当に墓の中から、墓穴の中から飛び出して……おふくろ そんな勇気があるのかい? (やがて落ち着きを取り戻して) お前さんに、私に恥をかかせるだけの勇気があるってのかい? 聞き耳を立てているあのご婦人方の前で? 私は、お前が誰に暗殺されたかなんて知りもしなけりゃ知ろうとも思わないさ。だがね、いかにもそうされるだけのことはあるよ、 ドスでやられたか鉄砲でやられたか知らないけどね、こんな年寄りの女を脅迫しようって根性だからね。 私は無性に腹が立ったからこそここへやってきたのさ。シ・スリマーヌ。腹が立ったよ---それこそ気が違いそうに逆上したのさ--- そうとも、逆上した勢いで、私はお前の腕の中へ、お前の所へ無我夢中でとんできた、まさに逆上ってもんだ、それ以外の何物でもないさ。口よせ どうしてお前が死人に質問をしに来たのか、俺には分からん。2025/12/24 21:04:4965.夢見る名無しさんおふくろ だから腹が立ったからだってば! 今はっきりそう言ったじゃないか! 腹が立ったからやってきたんだ。どこへ行くところがあるかね、墓地の真中以外に。口よせ お前と話していると疲れる。お前の逆上のほうがよっぽど激しい……おふくろ お前さんの死よりもかい?口よせ いいや。だがとにかく帰ってくれ。こんな風に生きてる人間と話すのは難しいことだ。 しかもよりによってお前のような生きのいい人間が相手じゃな。ああ……もしお前が……おふくろ 墓穴に足を引っ掛けてたら、かい? お前さんの墓穴なら承知だよ、だが私の墓じゃ、まだごめんだね。口よせ (突然疲れきって)いや、違うんだ、そこまでは望まない。ただ、もうほんの……少し……ほんの少しでいいから体の具合でも悪けりゃいいんだ。 ところがお前はそこにいて、喚き散らし、暴れ回る……(肩をすぼめて)……自分の為に死人を甦らせようなどと言うんだ。 (あくびをして)そんな芸当は、大きな祭りの時だって、大事になっているのに……おふくろ (急に慎ましやかになって)内緒にしておくから、お前さん、私がお前さんのために、 あそこで、あの月の下で泣くのは嫌かい?口よせ (大きなあくびを続けて)俺の耳の穴でもごめんだな。 (間。だるそうに)死というものがどんなものか、話して聞かせようか? 死の世界ではどうやって生きていくか?おふくろ 興味はないね。口よせ (ますますだるそうに)そこでごろごろ言うのが何だか……2025/12/24 21:07:3666.夢見る名無しさんおふくろ 今夜はいいよ。いつか別の日に、暇があったらまた来るよ、もっとよく観察するためにね。 お前さんはお前さんの死を生きるんだね。私は私の命を生きる。 泣いてもらうの……本当にお前さん、嫌かい?口よせ 嫌だね。(間)もうとても駄目だ。 (マダニ、突然倒れて眠ってしまう)おふくろ (両手を合わせて絶叫して)シ・スリマーヌ! (彼女は近寄って、彼を見つめ、うんざりしたように彼を足で押す) もういびきをかいてる。お前さんが死人の国にいってまだ間もないって事、よく分かるよ。 口よせを三分以上しゃべらせることはとてもできない。 自分がここの者でもあっちの者でもない、こっち側でもあっち側でもないって、私に言うだけの時間だ。 (笑う)こんな死にたての、弱虫のために、昨日、泣きに来なくてよかったよ。全く。 (じょうろを取って地面に水を撒く、それから踊りながら鼻歌混じりに、土を踏み固める。肩をすぼめて) どうだい、町の博物館を見物中かい! (彼女は向き直って、出てきた方に向かって進もうとするが、突然、息を呑んで、立ち止まり) あん畜生! 糞婆! スベタども! 丘はどいつもこいつも逃げちまったじゃないか。 私らの様子をうかがっていたあの女どもも丘と一緒にずらかりやがった。草の匂いの中を消えちまったよ! どこに行ったんだ? ひとかたまりになって、壁の後ろで薄気味悪い暗がりを余計に濃くするためかい? まったいらになっちまったよ、夜は。空の下で。まったいらだ。糞婆ども、立っている勇気がなくて帰っちまった。 私は一人きり、そして夜はまったいら……(突然荘厳に)そうじゃない、夜は立ち上がったんだ。 夜は膨れ上がったのさ。牝豚の乳房のように……幾十万の丘を伴って…… 殺し屋達が地上に舞い降りてくる……空だってね、間抜けじゃないさ、空が奴らを隠してくれる……マダニ (目を覚まして)コーヒー入れられるか?2025/12/24 21:10:5567.夢見る名無しさんおふくろ でも本当のところ……なぜ私はここに来たのかしら? この男に、どうして死んだのか、それさえ聞かなかったじゃないか。 (マダニに向かって)さあ、お前さんのコーヒーだ、お飲み。2025/12/24 21:11:3468.夢見る名無しさん第九景(背景は城壁。城壁の下には、三本足のテーブル。それから、様々な色の毛布でできている一種の天幕。レイラ一人。そばに大きなブリキの鍋。スカートの下から、彼女は様々な品物を取り出し、その品物に話し掛ける)兵隊---白手袋、太く黒い口髭2025/12/25 12:29:0169.夢見る名無しさんレイラ (チーズおろしを取り出し) こんにちは! 私は愚痴はこぼさないよ。お前は私のお腹の皮を引っ掻いたけど、お前を歓迎してあげる。 お前は新しい生活を始めるの。ここはおふくろ様の家。……そしてサイッドの家。 お前には大して仕事がないよ。だって、家ではスパゲティにチーズをかけることなんてぜんぜんないもの。 お前の仕事には……足の裏の堅くなった皮を削ることにしよう。 (彼女はそれを壁にかける。スカートの中を捜して、傘の着いたスタンドを取り出し、それをテーブルの上に置く) スタンドなんてどうしよう、電気が来てないんだもの。この城壁の下には、こんな廃墟には。 ……それじゃスタンドさん、休んでておくれ…………いつでもこき使われてるなんて憂鬱だもんね…… (彼女はまたスカートの中を探し、コップを一つ取り出すが、滑って落としそうになる) 馬鹿、壊しちゃうじゃないか! 壊すって言ったのよ、分かる?……壊すって。 (間)そうしたらお前、どうなると思う? ガラスのかけら……こなごなのかけらだよ。ガラスの屑、残骸、破片!(しばらく前から、おふくろが入ってきて、レイラを見つめその言葉を聞いている)おふくろ 見事な腕前だね。レイラ この種目じゃ誰にも負けないわ。おふくろ (品物を見ながら)全部あるかい?レイラ (恥ずかしげもなく)全部よ。おふくろ (レイラの膨れた腹を指して)じゃ、それは?2025/12/25 12:32:4770.夢見る名無しさんレイラ それ?おふくろ 何だね?レイラ (笑いながら)私のかわいい末っ子で……おふくろ (笑いながら)どこでやったんだ?レイラ シディ・ベン・シェイクの家。窓から忍び込んだの。 (微笑みながら)今では窓を乗り越えることもできるの。おふくろ 誰にも見られなかったかい? そんならここへ置きな。 (彼女は背景に遠近法をつけて本物そっくりに描かれた腰掛を指す。 レイラは、ポケットから取り出した炭で、テーブルの上に当たる場所に目覚し時計を描く) こりゃ見事だ! 何でできてる? 大理石か、合成樹脂か?レイラ (誇らしげに)合成樹脂よ。おふくろ これじゃお前はまたとっつかまるのがおちだ。何しろ隠す場所がないんだからね。それもお前のおかげさ、小屋もなくなっちまった。 雨露をしのぐ場所がとうとうごみ溜め、村のごみ捨て場とはね。これじゃ、私達に罪を着せるのもわけはない。レイラ (事も無げに)そうしたら、刑務所行きよ。サイッドと一緒に。 だって、村から村へ渡り歩かなくちゃならないんですもの。 それなら刑務所から刑務所を渡り歩いたほうがまし。一緒だもの、サイッドと。おふくろ 一緒? サイッドと? (恐ろしい形相で)まさか盗みをするのは、サイッドと一緒にいたいからじゃあるまいね?レイラ (頭巾の下からでもそれと分かるようにウィンクして)どうしていけないの?2025/12/25 12:35:5271.夢見る名無しさんおふくろ (動揺して)いけないよ。……お前がつかまらないようにしてやる、連れて行かせるもんか。 レイラ……おまえ、まさか、しないだろうね? あの子にとっちゃ、お前なんぞ、だいぶ日にちが経った死体と同じだろうに…… 監獄じゃ、離れ離れにされて……レイラ それでも、囲いの壁で結ばれています。おふくろ (荒々しく)いけないよ。そうともさ。お前がそんな大それたまねをするはずがない。 第一、あの子がね、あの子の方で、お前なんぞまっぴらだって言うよ。レイラ 一緒に暮らすようになってからの私が、あの人にとってどういうものか、知らないのよ。おふくろ (逆上して)知ってるさ、お前はね、あの子にとって、私の息子にとっちゃ、ただの道具だよ。 (彼女は立ち上がって、レイラを打とうとする)レイラ (事も無げに)いいえ、そのことなら心配要らないわ。 あなたの大事な坊やに、私が惚れているわけじゃありませんもの。 (間)私にはもっと別の何かが必要なのよ。おふくろ (興味を示して)へえ! 何か別のことがあるのかい? 何しろ男が物にならないんで、それでお前……レイラ (笑いながら)違うわ、そんなの。何にも、誰にも、サイッドだって関係ない。 (厳かに)私の心を占めているのは冒険。おふくろ (拍子抜けして)どんな?レイラ (馬鹿にしたように)秘密!2025/12/25 12:39:1072.夢見る名無しさんおふくろ 臭いを撒き散らすことかね?レイラ それは序の口。おふくろ (肩をすぼめて)いかれてる。(彼女はコップの水を飲む)頭はいかれてるけど、素直だ。 水、飲むかい?レイラ 汚れた水なら、飲むわ。 (レイラはおふくろに背を向け、おふくろはおふくろで背を向ける) (突然、左手の方から兵隊が現れる。彼はゆっくり大股に抜き足差し足で近付いてきて、周囲を見回すが、驚いた様子はない)レイラ (右手の方を向きながら、つまり、兵隊が来るのと反対側に向かってお辞儀をして) 私がサイッドの家内です。どうぞ、お入りになってください、兵隊さん。 (兵隊はなおも周囲を見回している。彼の視線は背景の目覚し時計を向いて)兵隊 確かにあんただ。シディ・ベン・シェイクの家からあんたが出てくるのを見かけた奴がいる。 入り口に掛かってた数珠玉のカーテンを押しわけてな。カチカチ玉がなって……あんたの姿が鏡に映って見えたんだよ、 ちょうど逃げ出すところだった……その時にゃ目覚ましはもう消えていた。(間)これだな?おふくろ とんでもない。この目覚ましはずっと前からあるんですよ、家の亭主が以前買って来てくれたものでしてね。兵隊 (疑い深く)いつ頃だね?2025/12/25 12:42:2573.夢見る名無しさんおふくろ もう何年も前の話ですよ。ずっと前からありましたったら、この目覚まし。目覚ましがなかったら、どうやって目を覚ますんで? まあお聞きなさいって。ありゃまだほんの小さな頃の話ですがね、いえ、サイッドですよ、 あの子がこの目覚ましをすっかりばらばらにしちまったんですよ。中に何が入っているのか見ようってんでね。 中の細かい機械を一つ一つ、お皿の上にこうずらっと並べちまった、あの子がまだほんの子供の頃の話ですよ。 そこへ私が帰ってきた、いえ、本当、ありゃ何しろずいぶん昔の話だ。わたしゃ、そう、乾物屋から帰ってきたところでしたよ、みると、 まあまあ、どうだろうね、地面にいっぱい散らかして……虫か何かがいっせいに這い出して来たみたいでね。 細かな歯車、星型、ねじ、何だかうようよごちゃごちゃ、あるわあるわ、まあどうだろう、 それぜんまいだ、わらびだ、つくしだ、ほれたんぽぽだ、ぽっぽぽっぽと煙が汽車ぽっぽ…… (おふくろが話している間にレイラが這うようにして出口に行きかけるが、兵隊が振り返って彼女を捕まえる)兵隊 (意地悪に)お前、どこに行く?レイラ 失礼しようと思いまして。兵隊 失礼するだと! つまり逃げ出すんじゃないか! それじゃ私はどうなる? そんなことをされたら、ああ? くびだ。くびになるんだよ、私は。そのためだな、お前が失礼しようってのは。レイラ 別にそういうわけじゃ。2025/12/25 12:44:3474.夢見る名無しさん兵隊 (レイラの手首を捕まえて)私を酷い目にあわせてやろう、 班長殿に蹴っ飛ばされる目にあわせようってんだろう? この糞ったれが。 それをこの私の方は、間抜けにも、お前に向かって丁寧に「あんた」ときた。命令だからな、そうしろって。 全く結構なことを考えてくだすったもんだよ、お偉方はよ。ご丁寧に「あんた」だとよ。 あのお偉方が、私ら下々の人間と同じに、お前らと直に接触する所にお目にかかりたいもんだね、全く。おふくろ 下々って、あなた方が? 冗談でしょう、私達から見りゃ下々どころじゃありゃしない。兵隊 いい具合にあんたらがいるからな。下には下がいるってわけだ。だがよ、私らがあんたらに向かって 「あんた」だの何のってご丁寧な口を利かなきゃならんとしたら、私らのほうがあんたらより下ってことになる。おふくろ たまには、そんな「あんた」なんてのはよしにしてさ、もっとざっくばらんに「俺・お前」で結構ですよ。兵隊 第一、あんた方はその方が好きときてる。ちがうか? 「俺・お前」のほうが、気取って「あんた」なんかと言うよりずっとあったかみがある。 親身の保護者って感じなんだな。「俺・お前」の方が、親身の保護者はいいにして、 時にはこう改まって、「あんた」とくるのも悪かないだろう?おふくろ 時々、「あんた」でやるんですね。四日に一日くらいでさ。あとの時は「お前」ですます。兵隊 いや同感、同感。普段は「お前」ですましておいて、合いの手に「あんた」をきかす。 慣れてもらわきゃならんしな。その方が、私らも、あんたらも、お互いにとって得ってわけだ。 しかし、のっけから「あんた」ばかりじゃ、「お前」のやり場がなくなっちまう。 私らにとって「お前」ってのは仲間同士の「俺・お前」だが、 私らとあんたらの間じゃ、私らの方からの「お前」ってのはもうちっとやんわりしてる。おふくろ そのとおり。旦那方に「あんた」じゃ、こいつはどうも空々しい。 私らのほうは「お前」で結構。「あなた」なんぞお門違いさ。2025/12/25 12:47:1975.夢見る名無しさんレイラ やんわりだめよ……お前もいけない……穴凹だめよ…… (彼女は笑う、おふくろも笑う)おふくろ (調子に乗って)あんたよ気違い……きまってぐんにゃり……どこまで入れる…… (彼女は笑う、レイラも笑う、兵隊も笑う)兵隊 入れるはおいら……おいらのおかま……おかまで一発…… (三人とも、腹を抱えて笑う。が、兵隊は自分が一緒になって笑っているのに気付き、怒鳴る) やかましい! なんだ、このざまは! 何の陰謀だ! 私を笑わせ、冗談で煙に巻こうというのか? 私のキャリアを狂わせようという魂胆か? (二人の女は震え上がる) 私は確かに下っ端かもしれん。分かっている。だがな、それにしても笑うことは許されない。 屑みたいな奴らと一緒にげらげら笑うなんてもってのほかだ……。 (息をつぎ、穏やかな口調になる)そりゃ悪かないこった、お前らのところの男どもと、 軍旗の話やら武勇伝やらで、兄弟のようになるのはな。覚えてるか、ええ? ありゃお前だったぜ、機関銃をかついでよ、 私は中隊長のお付だった、あの日だ、ドイツが二人してこっちを狙ってるじゃないか、ダン! やられたのはドイツで、やったのがアラブだ、戦争ってのはこういうもんだ、こういう思い出は何も恥じゃねえ。 そうとも、あいつと肩組んで一杯やる。お前らの男どもを相手にな。私らだって、時にはしんみりすることだってあるさ。 そうとも、心から打ち解けてな。2025/12/25 12:51:2876.夢見る名無しさん (間、それから威厳をもって)だが、一緒に笑うとなるとだ、こいつはだめだ、どう考えても行き過ぎだ。 笑うとどうなるか、笑うって事がどういうことか、分かってるのか? 腹を抱えて笑うとどうなるか。 げらげら笑うとな、蓋が開いちまう。口も鼻も、目も耳も、尻の穴までそうだ。一度に人間の中身が空っぽになるんだ。 (厳しく)分かったな? 私を笑わせて篭絡しようなんていう考えはよせ。 その気になれば、恐ろしいんだぞ、私は。わしの奥歯がまだ何本あるか、お前らには見せなかったか? (彼は口をいっぱいに開けて見せる。女たちはすくみ上がる)おふくろ 別に、悪気があったわけじゃなくて、なんとなくそうなったんですよ。 「お前」と「あんた」なんて言ってるうちに。兵隊 だがそれを仕掛けてきたのはあんたのほうだぞ。ああ、また繰り返す。 とにかくあんたらには油断できんね。少しずつ、少しずつ、あんたらは私らの方に寄ってくる。 それで別にどうってことはないんだが、あんたにも他の誰にも、私はいつもそう言ってるんだよ。 物の分かる連中ならそれでもいいし、確かにそういう連中もいるにはいるが、 私のことを困らせることしか考えない連中が相手ではしょうもない。 (レイラに) この女は逃げようとした。だがな、私が捕まえなきゃ、他の奴らが捕まえる。 結局は、褒美も拳固も私らのものさ。レイラ それが私の自然の報い、私の望みです。兵隊 たっぷりいたわってやるよ。2025/12/25 12:53:4677.夢見る名無しさんレイラ それで結構。私が刑務所に着く時には、私の顔は青黒いあざで腫れ上がり、 頭の毛は泥と鼻水でかちかちに固まっている、あばら骨も折られてるから……兵隊 お前らを昔のように扱えないことは知ってるだろうが。みんな優しい人間であろうとしているんだ。 私だってそうしている。それがどうだ、騒ぎを起こそうとするのはあんたらの方じゃないか。 目覚ましの件は、上の、班長殿の所で話をつけることにしよう。合成樹脂か、大理石か、合成樹脂に決まっている、 村でも市場でもスーパーでも売ってる物は、以前とは変わってしまった。レイラ ごみ箱で拾うのも酷いものばかりですよ。兵隊 それだけだって罰金ものだ。ぶっ壊れたわけのわからんものを持っているだけでもいけないんだぞ。 それで家中いっぱいにするなんて、正気の沙汰じゃない。もちろんあんたらが今住んでるのは、本当の家ではないが、 それでも住処には違いない。放浪の民か! 私らはあんたらの所へ文明を持ってきてやった。 学校だってそうだ、病院だって、兵隊だってそうだぞ、ところが、あんたらときたら、そんなものはどこ吹く風。 壊れたコップに、壊れた時計か…… (レイラに) 仕度、できたか?おふくろ 毛布を持っていきな。レイラ (一枚の毛布を見せて)これ?おふくろ それじゃない、それじゃ、まだ穴のあき方が足りないよ。兵隊 (おふくろ)一番穴だらけなのを持たせるのかね?2025/12/25 12:56:4878.夢見る名無しさんおふくろ この子の好きなのは、穴でしてね。穴が多けりゃ多いほどいいんですよ。 一番いいのは、夜になったら大きな穴の中に、ぐるぐる巻きになって入っちまうことですよ。 いや、本当の一番の理想は、風と肥やしの臭いしか通らないような穴を一つ、この子が見つけりゃいいんでね。兵隊 もう、あんたらのいいようにしなさい! だが、この子が本当に、ぴったりの穴が欲しいと言うなら、 私と同僚とで、一つ見繕ってやってもいいんだぞ。大きさはこれだけ、形はこれこれとな。 まあ大体のところ、どれくらいのものをどうやって手に入れたらいいかは分かる。安心しなさい……(彼は退場する。おふくろは一人きり残る。それから兵隊が再び登場。 物凄い形相をし、一人きりで、毛布を引きずりながら) 回教徒の女か! お前らの狡猾さ、私が知らないと思うか! いつだったか---いや、昔はずいぶんふざけたもんだ---あれは、祭りの時だった。 私はシーツと雑巾でアラブ風の淫売に変装したことがあった。するとどうだ、一発で私にはあんたらの頭のできが分かっちまった。 いや、もしまたあんな機会があったら、私は怪我もしたし、娘が二人いる身だが、喜んでヴェールをするつもりだ。(言いながら、彼は頭から毛布に包まる)2025/12/25 12:58:5379.夢見る名無しさん第十景(オレンジ園、実をつけたオレンジの樹は曇った空を背景に描かれている)ハロルド卿は乗馬ズボン。ブランケンゼー氏も同様。ブランケンゼー氏は背が高く、恰幅がよい。腹と尻が大きく出ている。頬髯と口髭を生やしている。黒と黄色の縞のズボン、紫の上着。アラブ人労働者は、ヨーロッパ風の背広を着ているが、色はばらばらである。二人の植民地の管理者---ハロルド卿とブランケンゼー氏。三人のアラブ人労働者---アブディル、マリク、ナスール。ハロルド卿とブランケンゼー氏は、アラブ人労働者が並んで雑草取りをしているのを注意深く見つめている。2025/12/25 18:00:2380.夢見る名無しさんハロルド卿 (大げさに)エナンですって? エナン公爵夫人のことですか? お話はコルクの木のことだったのだが……ブランケンゼー氏 (自慢げに)勿論、私のコルクの木です。だが、私のバラの話の方が先だ。私の自慢の種ですからな! とにかくあなた、私のバラ園ときたら、まずアフリカ随一でしょうな。 (ハロルド卿の仕草を見て)いや、いいや、道楽ですよ、私はバラのおかげで破産ですわい! 私のバラ、踊り子達というわけです。(笑う)嘘だと思うなら、いいですか、私は夜中に起き出しては、 あの娘たちの匂いを嗅いで回るほどでしてね……ハロルド卿 (草むしりを止めたアブディルとマリクを見て) 夜中に? 夜中に出かける?ブランケンゼー氏 (いたずらっぽく微笑んで)勿論、簡単にはいきません。だが、これには策があります。まぁ、真っ暗で見えませんからね。 それでも私としては、バラの花たちを呼んで撫でてやりたい。そこでバラの木の一本一本に、音の違う鈴をつけるようにしました。 というわけで、夜でも、私には、あの娘達が、匂いと声とで見分けがつくと言うわけです。ああ、私のバラ! (抒情的に)堅い茎に三角形の棘のある、直立不動の兵隊のような厳めしい茎の上に咲く、美しいバラ!ハロルド卿 (ぶっきらぼうに)それじゃ風の強い日には、まるでスイスにいるみたいでしょうな。鈴をならす牛の群れで。 (同じ口調で、アブディルに)いいな、ここではお前らの議論は一切意味がない。 止めることだ。アラブ人はアラブ人なのだ。文句をつけるなら雇う前にしろ。 別の男を連れてくればよかったのだ。2025/12/25 18:04:3981.夢見る名無しさんマリク 分かってます、ハロルド様、アラブ人一人一人の値段なんかたかが知れてますからね。 しかし、仲間のポケットから物を盗むのがいいことだって言うんですか? 私たちは泥棒と一緒に働くのがいい、同じ地面の上に、同じ姿勢で、奴と一緒に屈みこむのがいいと? 奴につられて、私達の体の中に盗っ人根性が蘇ってこないっていう保証なんか必要ないっていうんですか?ハロルド卿 前もって私に知らせた者がいたか? 今となっては、奴は私の使用人の一人、私はこのまま奴を雇っておく。 誰も私に何も言わなかったぞ。 (沈黙)アブディル 私達だけで片がつくと思ってましたがね。ハロルド卿 (憤慨して)なんでそんな事をやらかすのか? この私がお前たちの主人じゃないとでも言うのか?マリク オー、イエス、オー、イエス。ハロルド様は私達の親父ですよ。 私達がその子供じゃなくて残念ですがね。ハロルド卿 (遠くを見つめて)どこにいるんだ?マリク 畑の中で土をほじくってますよ。林のほうで。見えるでしょう、あの赤いの、奴の上着の赤です。ハロルド卿 (かんかんになって)村八分じゃないか! お前達が奴を村八分にした! しかも私が命令もせんのに……一言の相談もなく……2025/12/25 18:06:3182.夢見る名無しさんナスール (厳しく)奴が雇ってもらうのは、他人の上着に近付くためです。 木の上に掛かってるのとか、芝生に置いてある上着に。 それは奴の勝手だ。だが仕事のほうも、さぼるわ、いい加減だわ…… それにあいつの体臭ときたらお話にも何にも。二歩手前に来られた日にゃ、もうお手上げです。 働いてるみんなが汚されちまう、全く……ハロルド卿 村八分とは! しかも私の命令も待たずに! あの男を呼べ。 (叫ぶ)サイッド!(他の男達に)私からはあの男、何も盗んだことがないぞ。 第一、そんな事を考えないほうが奴のためだ。奴がお前らのものを盗もうが、盗むまいが、 またお前らの気に入ろうが、気に入るまいが、あの男はお前らと同じアラブ人じゃないか。 彼は働く、そして私が彼を押さえておく。彼はお前らと一緒に畑を耕すのだ。 (まだかなり遠くにいるはずのサイッドに向かって)聞こえるか、私の言うことが? 仕事に関しては、仕事の間中、お前らは仲良くやってもらわねばならん。 一列に並んでな、鍬をふりながら太陽の方向に進むのだ。分かったな。 喧嘩はだめだ。ここでは、お前達は私の土地にいるんだ。 家に帰ったら、いくらでも七面倒くさいことをやってくれ、それなら一向にかまわん、 それどころかお前達の権利だからな。好きなだけややこしい道徳だの何だのを振り回すがいい。 これも分かってるな? それではと、そろそろ夜になる。夕闇が近付いてきた。家へ帰るがいい。では失敬。(三人のアラブ人は、鍬を肩に担いで、一列になって去る。彼らの姿が消えてから、ハロルド卿は叫ぶ) アブディル! ナスール! サイッド! マリク! 明日の朝は四時から仕事だ。まだ土が湿っている間にな。(ブランケンゼー氏に) どうです、悪くないでしょう、奴らを一人一人名前で呼ぶのは。こいつを忘れちゃならない。 アブディル……ナスール……サイッド……マリク……2025/12/25 18:10:2583.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 (ハロルド卿に)申し分のない口調ですな、断固として、かつ親しみのある。 しかし、用心が第一ですぞ。遅かれ早かれ、奴らがあなたに刃向かう時が来ないとも限らない…… そうして恐れもなしに答えが返ってくる時がね……ハロルド卿 危険な仕事です。奴らが答える習慣を身につけると、やがて反省する習慣も身につけるでしょう。 しかし、それにしても……私はあの連中を三百人から使っています。 もはや馬の鞭で言いなりにするわけにもいきませんしね。慎重にならなくては。 (アラブ人達が去った方向を見て) あのサイッドですか? あれはあれでなかなかいい所がありましてね。 まあ、要するに他の連中と大差はない。別に特に悪いってわけでもないんで。 (二人はあちこちうろつきながら話し続ける。だんだん夜になる)ブランケンゼー氏 武器はお持ちですな、言うまでもなく。(ハロルド卿は拳銃のサックを叩いて見せる) あなたの所に、監督は来ているのですかな?ハロルド卿 来ていますよ。しかし、どうもあの連中の言うことは信用できなくなってきた。どうも、理想主義的でね……(二人が話している間に、一人のアラブ人が背をかがめて登場。背景の一本一本のオレンジの木の根元に、チョークで黄色い炎の絵を描き、去る)ブランケンゼー氏 私は全部ライン川の流域で集めてきました。 規律と、忠誠心……騒ぎを起こすのは決まって人夫達ですな。ハロルド卿 あなたの国は……?2025/12/25 18:13:2284.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 バタヴィアです。私のひい・ひいおじいさんがね。 しかし女房の家の方から言えばもっと最近のことです。 あれの父親は官吏でしたからな。郵政省で。(間) これだけは言えますな。私達のような人間こそ、この国を作った人間なのだと。ハロルド卿 栽培していらっしゃるのは、コルクの木でしたな?ブランケンゼー氏 十万五百十二株です。(ハロルド卿、驚嘆の仕草) まぁ、酷く安値をつけて売るポルトガル人の件を除いて、万事好調ですな。 いや、それから、だんだんプラスチック製の栓を使うようになってきていること。 確かにその方が長持ちするが、葡萄酒やミネラルウォーターには使えないし、 それにコルクから生まれる葡萄酒の風味と言うのもね。 私の栓抜き工場、あれの閉鎖は避けられなかった。 ただ一つ、望みがありました。街では騒音の気違いじみた増加に伴って、人々は壁にコルク板を張ることを考えた。 残念ながら、これも束の間の希望でしてね。騒音防止の戦いが一層強化されたし、 新しい防音設備が---勿論合成材で---使われるようになりましたしね。ハロルド卿 新しいのはどういうやり方で?ブランケンゼー氏 コルクの粉を圧縮したものですよ。 (また別のアラブ人が登場、前の男と同じやり方で、オレンジの木の根元に炎を描く)ハロルド卿 それならまだいいじゃありませんか。2025/12/25 18:15:3285.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 ところがそれにおが屑を混ぜるのです。 しかも何の木のおが屑だと思いますか。 カラマツですよ! 味噌も糞も一緒とはこのことです。 しかし一番重要なのは、バラ園を救うことです。 人々は、現在も未来も、私達の悪口を言い続けるでしょうな。 しかし、その私達のうちの最も取るに足らん男のおかげで、 ここにはかくも美しいバラ園が誕生したではありませんか! (彼は多少咳込んで、それから微笑み、ズボンを緩める) 私のクッションですよ……ハロルド卿 (興味を惹かれて)おやおや、クッションですか。後ろ側にもありますな。ブランケンゼー氏 釣り合いを取るためです。私の年の男が、腹も尻も出ていなかったら、まず何の魅力もありませんしな。 その為に、少々トリックを用いる必要がある……(間)大昔なら、かつらがありましたが……ハロルド卿 うんざりするのは暑さと、ベルトですかな。ブランケンゼー氏 いえ、そこはうまくやっていますよ。ベルトなんてものは無きに等しい。 こんなものは前と後ろに詰め物をしたパンツだと思えばよろしい。 おかげで威厳が出ます。ハロルド卿 しかし、女達が……ブランケンゼー氏 とんでもない、知りやしません。用心は怠りませんからな。 (ため息)このトリック、我々の主張を通すためには…… 奴らの尊敬の念を呼ぶにはどうしても必要なのです。 しかし、今日あなたの所にやってきたのは、防衛を協力してもらおうと思いましてね。2025/12/25 18:17:4386.夢見る名無しさんハロルド卿 先程も申し上げたとおり、叛乱の指導者の一人、スリマーヌが殺されましてね。 この地方一帯が、騒然となりだしている。(タバコの箱を指し出し)いかがです?……火は? (第三のアラブ人が、先程と同じように登場。炎を描く) 例の監視人が回っているにもかかわらず、毎晩電柱が二十本、三十本と切り倒されていく。 まぁ、電柱は木みたいなもんだと言えばそれまでだが、やがてはオリーブの木に手を出すでしょう。その次はオレンジの木、さらに……ブランケンゼー氏 (続けて)コルクの木ですな。コルクの木は好きです。人間達がコルクの皮を剥ぐために幹の周りを回るときです。 あのコルクの木の年を経た林ほど美しいものは無いでしょう。そして、木の肉が現れる時といったら、 あの生々しく、血の滴るような肉! 人々は我々のことを、我々がこの国に対して抱いている愛情を嘲笑するでしょう。 だがあなたは(彼は言いながら感動して)あなたはよく知っているでしょう。我々の愛情が本物であるということが。 この国を作り上げたのは我々であります。断じて彼らではない! 彼らのうちに一人でもこの国について、我々のように語れるものがいるなら ぜひ連れて来て欲しいものだ。それから、私のバラ園について語れる者もだ。ハロルド卿 バラについて是非一言お願いします。ブランケンゼー氏 (詩を朗読するかのように)真っ直ぐにして、堅い茎。 活力に満ち、艶やか、そして棘。 ダリヤを冷やかすようにバラを冷やかすことはできない。 この花が冗談事では済まされないことを、棘が語っている。 この花を守るおびただしい武器。 兵士、国家の元首といえども、この花は敬わねばならない。 我々人間は言語の主人である。 バラに手を出すとは、言語に手を出すことである。2025/12/25 18:23:0187.夢見る名無しさんハロルド卿 (上品に拍手をする)言語に手を出すとは、神に手を出すと同じこと(悲痛に) 彼らの復讐の仕方は低劣です。偉大なものに攻撃を仕掛けると言うのだから。 (四つんばいで一人のアラブ人が登場。彼はオレンジの木の根元に描かれた火に息を吹きかける。 二人の紳士にはその姿が目に入らない)ブランケンゼー氏 ドイツのオペラで、何だったかは忘れましたが、こういう台詞を聞いたことがありますな。 「物事は、それをより優れたものにすることのできる者たちのもの……」 あなたのオレンジ園をより優れたものにしたのは誰か、私の林は、バラは? バラとは私の血のようなものだ。一度は、軍隊が、とも考えたんだが……(第二のアラブ人が、第一のアラブ人と同じようにして登場。火を掻き立てる)ハロルド卿 お人がよすぎる。塀の後ろにこそこそ隠れるにきび面の男と同じでね、 軍隊ってものは、自分で自分を可愛がる以外に能がない。 何よりご自分が大好きでね…… (辛辣に) バラのことなどとてもね……ブランケンゼー氏 ずらかりますか?ハロルド卿 (堂々と)私には息子が一人ある。しかし、その一人息子に譲るべき財産を守るためには、 その息子をもあえて犠牲にするのも覚悟のうちだ。2025/12/25 18:25:3388.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 (同じ口調)私のバラを救うためとあらば(口惜しがって)いや、犠牲にする者は私には誰もいない。 (第三のアラブ人が這いながら登場、彼もまた、オレンジの木の根元に描かれた炎に息を吹きかけ、手であおる。 ハロルド卿とブランケンゼー氏は去る。またも、這いながら、五、六人のアラブ人が登場。 前の連中と同じような服装をし、炎を描いては、それに息を吹きかける。サイッドは彼らの中にはいない。 木の燃え上がる大きな音。ブランケンゼー氏とハロルド卿が再び登場。 二人は議論に熱中していて、異変は目に入らない様子。放火していた男達は去る)ハロルド卿 (乗馬の鞭を手でもてあそびながら)それに第一、仮に我々にその意思があったとしてもですよ、 どうやって、我々にですよ、この微妙な区別がつくのです? 泥棒のアラブ人と、泥棒でないアラブ人と。 もしヨーロッパ人が私の物を盗めば、そのヨーロッパ人は泥棒だ。だがアラブ人が私の物を盗んでも、彼は全く以前と変わらんのです。 それは、全く、単に、アラブ人で私の物を盗んだ奴だと言うだけで、それ以上の何者でもない。 そうはお考えになりませんか? (ますます大声で興奮して)不道徳の人間には所有権など存在しない。 エロ小説を書く連中はそれをよく知っている。奴らは絶対に裁判所に、別のエロ小説家があれの…… つまりいやらしい場面を私から盗んだ、などと訴え出ることはありませんからな。(ブランケンゼー氏はげらげら笑う) 不道徳には所有権なし、これが公式ですな。(ますます大声で、空気を激しく吸い込んで)ジャムの匂いがするな。2025/12/25 18:29:0789.夢見る名無しさん 私は、これだけは間違えてもらいたくないが、彼らに道徳がないなどと言うつもりはない、 ただ私が言うのはです、どんな場合も彼らの道徳というものは、我等の道徳に重ねるわけにはいかないということです。 (突然不安になって)いや、この点については、奴らの方も分かっていますよ。さっきも例の三人が仲間の一人が泥棒だと分かっていながら、 私にそれを告げるのに、どれほど躊躇ったことか!つまり……どうも臭いな、これが…… それにあのサイッドも、評判はますます高くなるばかりだし。私としては、あの時……(二人は去る。前と同じように這いながら、十人、十二人のアラブ人が登場、炎に息を吹きかけ、大きな炎を描いて、全ての木を炎で覆い尽くす。ハロルド卿とブランケンゼー氏は再び登場)ブランケンゼー氏 (二人とも議論に熱中して)よくできた政治です。しかし、軍隊が介入するのは、己の意に反してですからな。 軍とは、猟犬が獲物を求めるように敵を求めるものです。私のバラやあなたのオレンジが危険だからといって 軍隊にとっては痛くも痒くもない。必要とあらば、何もかも手当たり次第に荒らしまわり、 気違いじみたお祭りをやらかそうってのがおちでね……2025/12/25 18:32:2190.夢見る名無しさんハロルド卿 (考えにとりつかれたように)私としては、あの時すでに……ブランケンゼー氏 どうしたというんですかな?ハロルド卿 ……気が付いておくべきでした。(間)いつの間にか、奴らは私の皮の手袋が持っている例の監督の魔力を 信じなくなっていたのです。(さらに気がかりな様子で)私の手袋自体、とうの昔に、私に情報をよこすのを止めてしまっていた……ブランケンゼー氏 あの馬鹿者どものおかげで、利口になるのはこっちの方ですわ。2025/12/25 18:33:4591.夢見る名無しさん第十一景(刑務所。サイッドは右手の奥に横になっており、レイラは左手にうずくまっている。中央には椅子があり、看守が眠って、いびきをかいている。後に、ブランケンゼー夫妻の部屋の窓とベランダに変わる。高い部分には空色の背景。外人部隊の兵士達が武装を整える場所である)2025/12/25 19:24:1192.夢見る名無しさんレイラ (優しい声で)…・・・急いで歩けば、腰をまげて、そうよ、上着のボタンをはめてさえいなければ、 誰もあんたのシャツ下に隠した缶詰の出っ張りなんか気が付かなかったのに。サイッド (同じように優しく)お前の言い分が正しければ、なお悪いよ、 なぜって、お前は逃げる手段を、そんなことができなくなってから教えてくれようってんだから…… 前もって言っておいてくれなきゃ……レイラ あの時、私はもう捕まっていたんだもの。刑務所に閉じ込められていたんだもの。あんたに教えることなんてできなかった。サイッド 教えてもらいたくなんかないさ。ただ、俺を導いてくれることはできるはずだ、 今じゃお前の姿は見えないし、遠くにいるんだから、厚い壁の向こうで、 ……そう、白い壁……滑らかで……無常で……遠くにいて、姿は見えず、手の届かないお前、俺を導くことはできたはずだよ。レイラ それじゃ、あれは腐った卵なの?サイッド 荷物の中身か?レイラ あんたの頭の中身よ。泥棒の脳味噌、腐った卵の臭いかしら?サイッド それじゃお前の方は、一番臭いのは一体どこだ?レイラ (うっとりして)私! 私がそばに行っても、雷に打たれたように倒れない人なんかいるかしら? 私が行くと、夜までたじたじになって……サイッド (うっとりして)逃げ出すか?レイラ 小さく……小さく……本当に小さくなってしまう。2025/12/25 19:26:2993.夢見る名無しさん (突然、口でまねをしたようなトランペットの音が聞こえる。 五人の外人部隊の兵士がうずくまっているのが見える。 彼らは立ち上がる。中尉が帽子をかぶらずに登場して、その将校の帽子をかぶる)中尉 ……すぐに熱いコーヒーを出すこと。貴様達、担架部隊は携帯用の祭壇を分解する、 それから、従軍司祭、あんたは白い着物と、十字架と、聖杯と、聖体入れを、手荷物の中に。 (中尉は肩帯をかける)手袋! (兵士の一人が左手から登場。グレーの手袋を手渡す)白の。 (兵士はいったん姿を消すが、白い手袋を持って登場、敬礼して退場。中尉は手袋をはめる) 精一杯にだ。これ以上はとてもいかんという所まで興奮、熱中するのだ。興奮して……かつ固いやつだ! 貴様達の愛のベッドは戦場である……戦場の場合も、恋愛と同じだ! 戦いに臨んでは、身を飾る!……諸君のもつありとあらゆる飾りを用いてである。 (左手のほうをじっと見て)……貴様達の親元に、金の腕時計やメダルの、血のこびりついたやつを、 いや精液もついていたほうがいい、送り届けてもらうのだ。俺の望みはな、プレストン!……ピストルを……俺の望みは、 貴様達の帽子のつばが、俺の長靴よりも光り、マニキュアをした爪よりも艶を出すことだ。(プレストンと呼ばれた兵士が登場、さっきの兵士とは別。ピストルの入ったケースを中尉に差し出し、退場。中尉は話し続けながら、それをベルトにつける) ……貴様達のボタンも、バックルも、ホックも、何もかも、俺の拍車と同じく、光っていること。 戦は恋だ、貴様達の上着の裏地に、縫いつけておいてもらいたい……女のヌードを、 貴様達の首の周りには細い金の鎖が、金メッキでも構わん ……髪の毛には艶やかなヘアクリームを、尻の毛にはリボンを ---勿論生えていればの話だ。いや、何を言うか、兵士たるもの、すべからく毛深い男たるべし!--- そして、素晴らしい美貌の……プレストン!……双眼鏡。2025/12/25 19:29:5794.夢見る名無しさん(以前と同じ芝居、プレストンはケースに入った双眼鏡を持ってやってくる。中尉はその革紐を首にかけ、それからケースを開き、双眼鏡で周囲を観察し、それをケースにしまう) 毛深く……素晴らしい美貌の青年だ! いいな、忘れてはならんぞ。 優れた兵とは、勿論勇敢な兵には違いないが、何よりもまず、美貌の兵でなければならん。 したがって両方の肩は完璧な形をしていること、必要とあらばパットでも入れて非の打ち所のない肩にするのだ。 首筋にはたくましい筋肉。首の筋肉の体操をすること、即ち、ひねる、いきむ、息を抜く、ねじる、吊るす、握る、 いっぱいにしごく、はちきれるまで……腿は太く、かつ、堅いこと。見せ掛けでもよい。 膝の高さ、ズボンの中に……プレストン!……長靴!……(プレストン登場。上官の前にひざまずいて、長靴を磨く) ……ズボンの中に、砂袋を入れて、膝を膨らませればよい、 とにかく、神々のように見えることだ! 貴様達の鉄砲も……声 なんだ、なんだ! 神々のズボンの中に砂袋だと! ズボンに屑をつめた神様か、ええ、聞いたかよ、お前ら。(軍曹が現れ、中尉に敬礼する。彼の上着のボタンは外れっぱなしだが、彼は一向に気にかけない。そのズボンの前も半ば開いている)中尉 (そのまま続けて)貴様達の鉄砲も、ワックスで、やすりで、艶出しで磨き、 その銃剣は至高の宝、王冠の花、銃剣こそ、その非常なるはがね、より冷酷だ、軍曹の目よりも・・・・・・軍曹 (気を付けをして)はっ、隊長。2025/12/25 19:32:3095.夢見る名無しさん中尉 休め。お前らの眼も銃剣と同じにならねばならん。 そして恋だ。俺は望む、戦争とは疾風怒濤の乱痴騒ぎたるべし。 勝ち誇って目を覚ますのだ。俺の靴をもっとよく磨け。 貴様達はわが国の恐るべき槍、自分から交わることを夢見ている槍なのだ。 ぴかぴかになるまで磨け、プレストン! 俺は望む! 太陽の下での戦争と恋を! そうだ、はらわたを太陽にさらすのだ。 了解?軍曹 了解。中尉 分かったな?声 (どこかから)分かりました。中尉 我々は夜陰に乗じて接近する、しかし、中に入るのは夜明けを待って、太陽の光が輝いたときだ。 血が流れるだろう……貴様達の血か、敵の血か。どちらでもよい。貴様達は流れる液体に心動かされるはずだ、 どこから出ようと、出所の泉が何であろうともな……ワルター、貴様はどうだ?ワルターの声 (どこかから)両手両足を切断されて、俺の血が四本の噴水になって吹き上がり、 俺の大きく開けた口の中にふってきたら…… (このとき、レイラとサイッドと看守のかすかないびきが聞こえる)中尉 よし、エルナンデス、貴様は?エルナンデスの声 いや、俺のじゃない、俺が引き裂いてやる腹からだ、 血が物凄い勢いで噴出してくる!2025/12/25 19:34:2796.夢見る名無しさん中尉 貴様はどうだ、ブランディネスキ?ブランディネスキ 血です、まさに、隊長。俺の血だ。あんたの血だ。敵の血か。石の血か。とにかく、血です。中尉 用意はいいか? (ブランケンゼー家)声 準備完了。中尉 罵りの言葉はどうだ? 我々がまだ遠い所にいる間は、貴様達の最も野蛮な罵りの叫びを、思い切り響かせるがいい。 (軍曹に)軍曹! 貴様の部下は、外人部隊特有の罵りの言葉を、せいぜい研ぎ澄ましていると思うが、どうだ? 男はすべからく、叙情的、かつ現実的、かつ恋する若者であってもらいたい。(突然、静かで優しい口調で) しかし諸君、この丘の彼方、諸君がぶち殺しに行くのは人間であって鼠ではないのだよ。ところで、アラブのやつらは鼠である。 白兵戦の際、一瞬でいい、奴らをしかと見つめることだ---勿論、奴らがその余裕を与えてくれたらの話だ--- それによって、奴らの内に潜む人間らしさを、とっさに見出すのだ。それができなければ、諸君は鼠を殺すにすぎん。 諸君のする戦争も恋愛も相手はただの鼠という理屈だ。(憂鬱に、ほとんど意気阻喪したかのように)了解?軍曹 (タバコの箱を取り出して) (彼はタバコを一本取り落とす。中尉がそれを拾って軍曹に渡す。 一言も口をきかずに、軍曹はそれを口にくわえる) 了解。2025/12/25 19:37:3697.夢見る名無しさん中尉 (前と同じように意気阻喪した調子で)分かったな?軍曹 (プレストンが中尉の長靴を磨いている間に、中尉は双眼鏡であたりを見回す。 軍曹は、落ち着いて、ズボンと上着のボタンをはめる)分かりました。レイラ (目を覚まして)あんたのほうで用心しなくちゃ。ずるくやらなくちゃ。サイッド (目を覚まして)だが、逃げ道を教えてくれるのはお前の役目だろう。 逃げ道、神様がふさいじまう前に。全くお前は役立たずだな。レイラ (皮肉に)了解?サイッド 了解。レイラ (同じ口調)分かった?サイッド 分かった。レイラ あんたに恥をかかせるのを別にすればね。 そのくせ、私が、あんたと監獄で一緒になるためにしなくちゃならないことをするのは ちっとも不自然じゃないと思うのね?サイッド (苛立って)不自然なことがあるものか。 俺の恥が、俺の影のように、俺の横を、後ろを、一緒に歩いて輝くのは当たり前だ。 (間)なあ、どうしてお前、あんな小さな裏の道を通ったんだ、国道を通らないでよ? 国道を通れば、人には見られるが、誰も気がつきはしない。 裏の道を通れば、お前が盗みを働いたことはすぐ嗅ぎつけられちまう、 そうだろうが、いかにも泥棒をいたしましたって臭いなんだから。レイラ あんたの言い分は正しいけれど、いつも手遅れよ。私と結婚したのも、私がみっともない女になった後だもの。 (間)あんたの方だって、それじゃ、どうして乾物屋のレジにあったお金、盗まなかったのよ? おかみさんが、石鹸を全部売ったお金があったのに……2025/12/25 19:40:1498.夢見る名無しさんサイッド 二時間後に、もう一度寄ってみたら、店にじいさんが来ていてさ。 タピオカの包みを勘定している。手伝ってやんなきゃならなかった。レイラ (大げさに同情して)でもあんた、数の勘定なんかできないのに。可哀想なサイッド。サイッド 俺は読み書きはできない、勘定はできる。 (間)レイラ 私が怒りっぽくて、意地悪なのは……(間)ねえ、サイッド……サイッド 畜生。レイラ ねえ、サイッド……今じゃ、私、ちゃんと乞食ができるよ。サイッド (感心して)乞食が? やっと今夜になって、それを言うのか?看守 (目を覚まし、立ち上がり、太い下品な声で)……相も変わらずおしゃべりか、二人でがあがあ、 お前らのおかげで、わしゃ毎晩ひどい目にあう。看守長は、それでもお前らを端と端に分けて入れたんだ。 ひそひそ他愛もないことを言うに決まってるからな。案の定、お前らのお喋りは、あっちからこっち、こっちからあっち、 わしの耳を通り抜け、藁の上に寝ている泥棒や淫売屋のおかみさんの耳を通り抜けて、行ったり来たり。 たまには、夜にも休ませてやれや。夜の方にしたって、ちったあ静かな時が欲しいだろうに。 回教徒のこの国の隅から隅まで、どこでもそうだ。暗闇の中でひそひそ話す、枝がピシッと折れる、ライターが音を立てる、 オリーヴの木に突然火がつく、きな臭い匂いを残してうろつく連中、叛乱……お前ら二人は、その中で、ぼろをまとってさ ……二人ともいつになったらやめる気だ……その歌……(眠り込む)2025/12/25 19:42:2699.夢見る名無しさんサイッド (レイラと話を続けて)俺の部屋だって真っ暗だ。 ただ一つの光り、それを、お前の腐った歯、汚らしい目、くすんだ肌が俺に持ってきてくれる。 お前のその途方もない目、見当もつかない目、片方はリオ・デ・ジャネイロに向いているのに、 もう片方は茶碗の底に沈んでいく。これがまさにお前ってやつさ。 それからお前のくすんだ肌、小学校の教師が首に巻いていそうな、古ぼけたマフラー、お前だよ、まさに。 俺の目はそこに釘付けになって……レイラ (優しく)あんたの思い出も釘付けになってる、あんたが私のことを根掘り葉掘り聞き出すと、 親父さんがだんだん安い値段にまけていった時に、そうでしょう? あんたはほっとしたわ。だって一文無しだったんだもの。 野菜の屑でももらうように、あんたは私を手に入れた……サイッド (ふさぎこんで)お前の親父も、俺も、すぐに、一番安い値段に落ち着いちまった。レイラ それでも私だって、ずいぶん一生懸命になって、あんたの言い値の所まで下りるようにして来たのよ、 しかも茶碗に入れた牛乳みたいに綺麗な物の底に沈んだわけじゃないわ。 今は、一人っきりであんたの言う所へ降りていく。そうよ、スカートを捕まえててくれなければもう間に合わないかもしれない。サイッド 一体まだお前の中に、他人がお辞儀をするようなものが残っているのか? もしあるって言うなら……レイラ 勿論あるわ、でもそれにお辞儀をする人は……よっぽど肝のすわった人。 (間) 私のこと、一度もぶったことなかった?サイッド 毎晩、毎晩、俺はその練習ばかりしている。ここから出たら、必ずお見舞いするからな。 (沈黙。人の声が聞こえる)2025/12/25 19:45:47100.夢見る名無しさん声 (男性的な断固とした口調) そうとも。もう一度やるんだったら、鎌で背中をやっつけるようなことはしない。 俺は正面から近付いてやる、にこやかに笑いながらな、 そうして、あの女の好きな、造花を渡すんだ。紫色のビニールでできたあやめの花だ。尾の女が礼を言う。 映画に出てくる金髪の姉ちゃんだって、俺がそこで言うような馬鹿げた台詞は聞いたことがあるまい。 しかも甘ったれた笑顔でそれを言うんだぜ。とにかく俺の……レイラ (感にたえて)あれは誰?看守 (ぶつくさと)死刑囚だ。お前のおふくろを殺した奴さ。声 ……俺の長口上が終わり、あの女がバラの匂いを嗅いでそいつを髪の毛にさす。その時初めて、俺はあの女の…… (次第に声は興奮し、台詞の最後の方では、詠唱のように、歌のようになる)お上品に腹を開けてやる。 いとも上品に、そのスカートのカーテンを持ち上げ、はらわたが流れ出すのをとっくり見てやる。 俺の目は、指が宝石をもてあそぶようにそいつをもてあそんでやる。 そしてその喜びを、俺の目は、おふくろの錯乱したまなざしに向かって、しつこく語ってやろう! (沈黙)サイッド (憂鬱になって)あいつは歌を歌える所まで来ているんだ。看守 (乱暴に)歌を歌わなきゃならん所までだ。お前みたいな、小者は黙っとれ! (沈黙) (ハーモニカが何かのメロディーを吹くのが聴こえるレイラとサイッドは目を瞑る。看守はいびきをかく。 明かりがつく。ブランケンゼー氏の家の居間。ブランケンゼー夫人は窓の方に立っている。 彼女は手にピストルを持ち、自分の前方を狙っている。ブランケンゼー氏は、部屋の中で何かを探している。 夫人は紫色の部屋儀を着ている)2025/12/25 19:48:14101.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 それにしても、一体どこに……ブランケンゼー夫人 (言葉を遮って)お消しなさい。 (明かりが消える。二人は薄暗がりの中で探す)ブランケンゼー夫人 (ひそひそと)「ド♯」の鈴よ。ブランケンゼー氏 (同じ芝居)誰かさわったんだ。ジョフル元帥夫人に……ブランケンゼー夫人 場所はどこです?ブランケンゼー氏 入り口のそばだ、ユーカリの木の下に当たる……(間)野兎が揺らしたのかもしれん ……(長い間)いや、心配することはないよ。バラ園にはいたる所に罠が仕掛けてある。 わし自身、通路という通路に狼用の罠を張っておいた。(歯軋りをして)お前の歯がバラを噛むのと同じだよ。 わしの罠の鋼鉄の歯は---いいかね、茂みと通路を合わせて五十近くは罠を仕掛けてある--- お前もそうは思わんかね、この鋼鉄の顎は、これ以上とても待ちきれんのじゃなかろうか。 そろそろ、がっぷりと噛みつかなきゃ収まらんよ。ブランケンゼー夫人 (感動して)まあ、あなたったら。ブランケンゼー氏 怖いのかね!ブランケンゼー夫人 あなたがついていますもの。(間)今朝、アラブ人達の町で、何か騒ぎでも起こしそうな動きがありまして?ブランケンゼー氏 全ては動いているよ。あまりにも平静であるために、全てが恐ろしいスピードで動いているとさえ言えそうだ。ブランケンゼー夫人 私達を怖がらせようっていうんですわ。ブランケンゼー氏 さもなければ、奴らが怖がっているのか……ブランケンゼー夫人 同じことじゃありませんか……何かが動いているわ……2025/12/25 19:50:58102.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 あれは糸杉だ。ちょっと行ってみようか……罠に掛かった奴がいるか知りたいのでな。 奴が、わめくまいとして歯を食いしばっているかどうか、いやそれに、 なぜ、鋼鉄の歯が一つ一つわめき立てんのか……(何かを探している様子)どこに一体……ブランケンゼー夫人 ええ? あなたのクッション? 今朝、部屋の掃除をする時に、女中に見つかってしまいましたよ。 直すのに、持って行ってしまいましたわ。ブランケンゼー氏 (がっくりきて)見つかったと!……持っていった!……直すためだと!……ブランケンゼー夫人 お忘れになったのがいけないんですわ。あなたの責任よ。 ここの所、あなたったら、あれをするのを忘れて引きずって歩いているんですもの。 気の緩みよ、こともあろうに今みたいな時に……ブランケンゼー氏 で……女中は、気がついたようかい?ブランケンゼー夫人 あの連中、ますます狡賢くなっていますからね。 私はあの娘に話し掛けて知っていることを聞き出そうとしたの。 ずっと後をつけてね。植え込みの後ろを歩いていくから、先回りしてやろうと思って。 近付いていきましたわ、何食わぬ顔で。そうしたら……誰にぶつかったと思う?ブランケンゼー夫人 兵隊のアルトマンですよ。ブランケンゼー氏 何の用があったんだ、あの男?ブランケンゼー夫人 なんだか口の中でもそもそ、馬鹿みたいに、いつもと同じで、逃げちまいましたわ。 (ブランケンゼー氏は肩をすぼめる) ……お出かけになる?2025/12/25 19:53:26103.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 お腹にクッションをつけずにかい? 一体わしは、バラたちの中にいてどんな風に見えているんだろう? あれたちがわしを見るときはいつでもわしは……ブランケンゼー夫人 夜ですわ。ブランケンゼー氏 なおいかん。わしのクッションは、わしの威厳の重要な部分をなしている。 わしの長靴も同じだ。長靴がなかったら、わしに匂いを嗅いでもらうために、バラはどんな香りを放ったらいいのだ。 それにもし万一、罠に掛かった獲物がいて、今にも死にそうな有様だとしたら……ブランケンゼー夫人 (同情的に)分かってますわ、あなた。私がかつらをかぶっていないようなものですわ。でも、夜なんですから…… (甘えて)私の所へおいでになる時と同じような格好で、バラたちの所へいらしたら、パンツ一丁で……。ブランケンゼー氏 (興奮して、彼女にキスしながら) 敵は私の周りにいる。わしはもはやクッションを身に付けてはおらん。 尻にも腹にもな……全てがわしらを裏切る、だが、お前がこうしていてくれるから……ブランケンゼー夫人 (同じように興奮して)愛するあなた。裏切りも昔とは違いますわ。昔は、ひいおばあさんがよく話してくれましたけど、 結婚式の前の晩に、許婚同士が関係を結んでしまったんですって。 男が女を引き裂いて、女の白い衣装の下に、上からは見えない赤いしみが、愛が神様よりも強いことを証明していた。 勿論、神様を信じていなくてはなりませんわ。そして、裏切るのよ。 神聖な朝、女は見違えるように美しく、オレンジの花の冠を頂いて。看守 (眠りながら)生涯を罪の上でか!ブランケンゼー夫人 愛の生涯が罪の上に築かれるのよ、そうひいおばあさんが説明してくれたわ。 愛が裏切りで始まるってことはずうっと続いていたんですよ。 ちょうど、今でも守られている秩序の密かな傷口のようなものですわ。2025/12/25 19:56:56104.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 それじゃ何か、お前は、そのせいだと言いたいのかね?ブランケンゼー夫人 (取り乱して)静かに!……連中がいますわ……ブランケンゼー氏 (少しも騒がずに)つまり、わしがお前を処女のまま娶り、処女のまま祭壇へ連れて行った、 そのために全てが終わりになってしまったと言いたいのか?ブランケンゼー夫人 (ひきつけを起こした後のようになって) 愛しいあなた、何もかも終わりよ…… (ブランケンゼー夫人が、興奮のあまり、ピストルを発射する。 明かりが消える)レイラ (のど声で、通りで野次馬に呼びかけるような喋り方で) 誰だい……誰だい? 骨抜きの、骨の外れたサイッドをまだ見てないなんていう人は? こいつは血を泡をふき、鼻水も血みどろ、体の穴っていう穴から垂れっぱなしだ。 まだ見てない人はどこのどなた?サイッド (同じ調子)あっしのかみさんが逃げ出す所を見てないってのはどこのどなただ---さあさあ、見てったり見てったり--- 逃げると言っても石の下から逃げるんじゃない、何に隠れて逃げるか当ててごらん、雨あられとふる拳固の下を……レイラ (台詞を言うたびに、相手より大きな声で怒鳴ろうとする) あたいの亭主が背広の周りで……サイッド 一目散に、頭を下げて、こうがに股で……レイラ きょろきょろとうろついて、草の茂みを四つんばいでやってくる、その腹ん中に何もかも掻っ攫ってこようと……2025/12/25 19:58:56105.夢見る名無しさんサイッド この女、空から烏が糞をして、お前さんは石像だ。ある朝、ありゃまだ四時ごろだ、お前さんの姿を見かけたもんだ、 鳩の糞を頭からかぶって、素っ裸でよ、日が昇れば素晴らしい……レイラ ……なんとも用心深く、すばしっこい、ねぎの畑じゃあるまいか、 それくらいまで青くって、干上がった土みたいに灰色で……サイッド ……太陽のほうでも、この女、一人でいった方がましとばかり、おいでなさるかわりに逃げちまったよ! (遠くで機関銃の音)確かなことは、ここにいりゃ邪魔もされず、レイラと喚きあうには都合がいいってことだ。(彼の言葉は声によって中断される)声 奥様、こいつは私の自由のためでしてね、 私は、奥様のお腹だけは好きだった、 そこは九ヶ月というもの、この私がバラ色の形を取っていた場所だし、 そのバラ色の魂を、あんたの子宮のバラの花が、皿に肉だんごでも落とすみたいに、 タイルの上に産み落とした。因縁浅からぬ場所ですからね。 今日、俺は、あんたのあまりにも熱すぎる腹から永久に自分を解き放ってやる! あんたの腹を冷たくしてやるのさ! 明日の日の暮れ、一番星が輝く頃に、俺は絞首刑になる。 だが、絞首刑にされる男は、カモシカのように敏捷で、カモシカのように目にもとまらない。 (詠唱する)俺は戦争を知り、戦争のときには、神聖な敗北を知った! 撃て! 殺せ! 光には影が必要なのだ!サイッド 乞食女は……レイラ すごい臭い。それが手だもの。お金を使って、悪口を浴びせて、人は逃げていく。 (ちょっとした間)サイッド お前も乞食をするんだな! (長い間)2025/12/25 20:01:50106.夢見る名無しさん看守 (寝ぼけて)お前達か、相も変わらず! 夜の方だって眠ってほしいとよ! 恋人たちよ、黙りなさい。そして、おやすみなさい。 (外人部隊はレイラとサイッドが話している間に、身支度をしていた。 彼らは雑嚢の蓋をしたり、薬包をそろえたりしている。 突然前と同じように、口でまねをしたようなトランペットの音が鳴り渡る。 全員、気を付けをする。彼らは架空の国旗に向かって敬礼をし、それからカーブを描いた後、 非常に遠い地に出発するように、重い足取りで退場する。軍曹はまだボタンをはめ終わらず、一人残る。 椅子の上で、刑務所の看守が体を動かす。サイッドとレイラは眠っている)看守 (トランペットが鳴り終わったとき、挙手の礼をして)はっ、大佐殿! (それからようやく目が覚めた様子で、荒い鼻息し、怒鳴る) また貴様だな、おもちゃのトランペットを吹いたのは、明日の朝、夜が明けんうちに、 看守部屋に引き出してやるからな。 (あくびをし、また腰を下ろして、うとうとしだす。独り言のように) 了解? 了解……分かったな? 分かりました…… (看守は眠る。軍曹は、ズボンのボタンをはめ終わり、それから上着のボタンも全部はめている。 中尉が彼に近付き、一瞬、黙って彼を見つめる)中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。奴らをやっつけるためにはな。 カスパの裏で待っているぞ。軍曹 (無気力な声で)用意はいいすよ。中尉 (軍曹をじっと見つめて)そうだろうと思う。お前の目、ゲルマン人のよりも遥かに冷たい目だ。そして、時には憂愁の影に満ちた……軍曹 私の目をそんなによくご覧になるので?中尉 隊長としての仕事だ。私は貴様を観察している……帽子が目の上にかぶさっていない時はな。2025/12/25 20:03:50107.夢見る名無しさん軍曹 (ボタンをはめながら)私の望みは、小さな草で編んだ冠をかぶること……小山の辺に腰を下ろして、ボタンをつける…… 下着も何もかも脱いで、裸のままで真っ白なシーツの中にもぐりこむ……(間) 背の高い少女が洗濯物を干しに駆けてくる、その女は走って……中尉 (厳しく)貴様の目は氷の目だ。貴様は生まれながらの兵士なのだ。軍曹 (自分の持ち物に手をかけて、それをかつぐ) 走っていく背の高い少女、そうですよ、だが、私が追いつくことはない、それほどすごいスピードでその娘は走る、 今にも追いつきそうになるのに……中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。その女もだ、洗濯物を干しに駆けてきたその少女もだ、 そこを通り越すと、その女も盛りを過ぎたということになる。その歩き方はいささか重くなり、着物の下で息をついているのが見えるのだ。 貴様がその女を女房にするかもしれん。用意はできているか?……奴らは手榴弾で攻撃してくる。 カスパと墓地の間に何とか追い詰めねばならん。貴様は生まれながらの兵士だ。その証拠は、貴様の軍帽のつばだ。 いつでも深くかぶっていて、目が……こちらからは見えん。2025/12/25 20:06:03108.夢見る名無しさん第十二景(長く高い城壁、城壁は白く、銃眼がついている。城壁の根元に、らくだの巨大な影が落ちている。国旗が頂上にある。十人ばかりのアラブ人、服はヨーロッパ風だったり東洋風だったりするが、いずれにせよ色とりどりの服を着ている。ぎらぎらと輝く光---城壁の上にも群集の上にも)2025/12/25 22:32:50109.夢見る名無しさん名士 (ブルーの背広上下、勲章を沢山つけている) さあ、みんな静かに。人様に見られても恥ずかしくない態度を取ること。 子供達はいてはいかん。家へ返しなさい。一人のアラブ人 シェイク、女たちも帰したほうがいい。カディッヂャ (死人のために泣きに行くことを、おふくろに禁じていたかの老女である) 女たちがいなかったら、お前なんぞどうなっていたね。 お前の親父のズボンについた精液(ザーメン)のしみさ、 蝿が三匹、ぺろぺろっとなめて、一巻の終わりだろうよ。名士 帰ってもらおう、カディッヂャ。今日はまずい。カディッヂャ 今日だからもってこいなんじゃないか。奴らは私らを罪人呼ばわり、脅迫している。 ところがお前さん方の考えることときたら、ただ用心、用心、そればっかしだ。 そうとも、おとなしく言うことをきくのさ。身分相応ってんだ。言いなり放題。 生娘、白いパン、おいしいうどん、絹のヴェール、軽いタバコ、優しいキス、 優しい舌とくらあ。赤い長靴には可愛い埃がついてますよ。名士 カディッヂャ、全ての人の安全を考えて言っているんだ。帰んなさい。カディッヂャ いいや、私は帰んないよ! そうとも、帰ってたまるもんか! (足で地面を踏み鳴らし)ここは私の国だ。ここはね、私のベッドだ。 ここで十四回、私は男にやられてね、十四人のアラブ人を産み落としたんだ。 そうともさ、帰りませんよ。2025/12/25 22:34:53110.夢見る名無しさん名士 この女を帰らせろ、さもなきゃ、さるぐつわをかませるんだ! (しかし、この時、村長が黙ったまま登場する。絹と金のヴェールと服。彼は銃眼の前でお辞儀をする。 人々はカディッヂャを連れて行こうとするが、その時、何かのメロディーが高らかに響く。 カディッヂャは、あなたの方を向いて叫ぼうとするが、一人の男が自分の拳を彼女の口の中に押し込む。 次の場の終わりまで、彼女は拳をくわえたままでいる。アラブ人達はじっと動かない。沈黙。 背景のてっぺんから上半身だけはみだして、次の人物が現れる。アカデミー会員兵士巻きタバコ用のパイプを手にしたヴァンプカメラマンを兼ねたルポタージュ記者士官未亡人(ブランケンゼー夫人)裁判官銀行家聖なる少女将軍。 全員、手摺に寄りかかるように肘をついたり、遠くを眺めたりしている。 アラブ人たちは黙っている。以下の台詞は非常に早いスピードで交わされる)カメラマン (ヴァンプに)イヴニングを着て城壁の上に立ったら、素晴らしいですよ! (優雅にしなをつくりながら、ヴァンプは投げやりに毛皮のマフラーを取り、タバコをふかす)ヴァンプ (笑いながら)砂漠って本当に熱いと思います? 私、がたがた震えるんじゃないかって気がします。 怖いからじゃありません。その心配はご無用。熱いって、本当に熱いの? 誰に断言できるの?アカデミー会員 歴史の本の上にあなたの綺麗な指を這わせて御覧なさい。やけどをするでしょうな。それは言葉が火のような文字で書かれているからです。 ……氷の文字でと言ってもいい。氷もまた焼くように素晴らしいもの……或いはまた、硫酸の字でもある、これもまた焼きますから……2025/12/25 22:41:33111.夢見る名無しさんヴァンプ (笑いながら)あなた方のおっしゃる野蛮人ってどこにいるんですか? 叛乱って言うけど、大したことはなさそうじゃないですか? 民衆が立ち上がったって……兵士 私のパンツの中で……アカデミー会員 (言葉を遮って)ローマだ。諸君がいなければ、道路は存在せん。道路がなければ、郵便配達の連中もおらん。 配達人がおらんとなれば、絵葉書もないのは道理である。(間) ところが、彼らは相変わらずわけのわからん近道を通ることを止めんのだ。カメラマン ……ベドウィン族のタム・タムですな……アカデミー会員 ローマだ。諸君はこの偉大な叙事詩におけるローマ人なのだ。 (ヴァンプに)彼らはこの現代におけるローマ人です。しかし歴史は決して同じページを繰り返し語ることはない。 どうです? 将軍……将軍 援軍を確保するためにしなければならないことはやってあります。大衆は我々に好意的だ。少なくとも大衆の半分はな。 あとの半分は我々に敵意を抱いているからして、我々としては両方に警戒を怠らんようにせねばならんのです。アカデミー会員 信頼と警戒心とは勝利の二つの乳房である。(兵士に)そうでしょう、君。兵士 自分が信じているのは隊長だけであります……(沈黙)自分は甘い言葉で丸め込まれるようなことは断じてありません……(沈黙) とにかく、隊長は隊長であります。自分は隊長を尊敬し……ヴァンプ 時々こういう風に書くでしょう。「不気味に鳴動する叛乱」って……なぜかしらね……だって全然静かじゃない……2025/12/25 22:44:23112.夢見る名無しさん兵士 (勢い込んで)しかし事実は、自分らが男性美の象徴であるということであります。何かの本で読んだことがあるのです。 砂漠ってものは、叛乱を起こす奴と兵隊がいなかったらしまらない。俺達のこの一分の隙もない彫刻のように逞しい面構え、 そいつを引き剥がそうなんていう奴がいるのかね。冗談じゃないぜ。行動するってことだけが目的で、 行動に命をまかせ、必要とありゃ勝つことに、お望みなら死ぬことに、まっしぐらに進めるようになるのは並大抵のことじゃない。 ところがそれでも面の皮が緩んでるたあどういうことだ!……(沈黙)たるんでますね。言うまでもない。まだ肉も場所によってはたるんでる。 ……(沈黙、それから断固たる口調)骨になってなきゃ駄目だ!ヴァンプ ねえ、ねえ!銀行家 砂漠ってものは、ただ広いばかりじゃない、厚みがあるんだ。アカデミー会員 砂漠か! まさにぴったりの言葉だ!将軍 (片手を伸ばして)我らの征服を、我等の名声を、さらにさらに南に伸ばすためだ。 さらにその南にかけて、われらがサハラ領へと。 それはいつの日か、我らの実り豊かなボース平野となるだろう。アカデミー会員 そして大聖堂が遥かの地平にも姿を現す。 かのステンド・グラスのきらめきがここからでも見えるようだ。 そしてまた、回教徒の青年達の巡礼の列が、 ぺギーの詩を原文で高らかに読みながら進む。 (突然目を輝かせて)ああ、将軍、十五から十七くらいの回教徒の少年は素晴らしい! (舌を鳴らしながら舌なめずりをする)2025/12/25 22:47:14113.夢見る名無しさん兵士 (将軍の目を見つめて)用心が肝腎であります。十五の回教徒の味を知る。それが発端なのです。 三ヶ月もするとそいつの気持ちが分かりだす。挙句の果てに、そいつのけしからん要求をすっかり承知しちまうって順序で。 要するに自分の民族の裏切り者になる。(間)万事、こういうふうに始まったのであります。 (気まずい沈黙、それからかすかなざわめき。全員、低い声で何事か話し合い、どっと笑う)カメラマン 凄い凄い! 凄い写真だ! 蝿ですよ、蝿! 東洋名物の蝿ってやつだ、丸々と太ってでっかくて、こっちの気が遠くなりそうな奴。 死人の周りは勿論、ガキどもの目のふちにまで群がっている。写真までぶんぶん音がするくらいだ、全く。ヴァンプ むかむかしてきたわ。銀行家 遠慮はいりません。さあおもいきりげろをお吐きなさい。それを頂こうっていう奴もいるかもしれません。 (全員、どっと笑う)兵士 いたる所に、戦友の屍骸が埋まっている。砂の中にだ、彫刻のような美しい目、目はあらぬ方を睨み、口は歪んでいる。砂の中にいるのだ!将軍 我々の一人一人が、各人の責任をとらねばならない。 軍隊はその責務を果たすでしょう。司令部の発表は素晴らしいものだ。 非の打ち所のない文法で書かれていた。簡潔で、力強く、断固としており、心を鎮める……2025/12/25 22:50:10114.夢見る名無しさん銀行家 ……耳寄りな話を伝えてくれる。 (沈黙)聖なる少女 私にも言いたいことがあるんです。私はこの白いお布施袋にパンを一切れかくしてあるの。 砂漠の鳥たちにちぎってやるつもりです。可哀想なんですもの。 (突然、何者かがピストルを撃つ。聖なる少女は仰向けに倒れる。 背景の上にはみ出た人々は、呆然として顔を見合わせ、それから姿を消す。 下では、例のアラブ人が、カディッヂャの口から拳を引き抜く。 金ぴかの服を着た村長は、体を二つに折り曲げながら退場。 アラブ人たちは、カディッヂャを除き、恐怖にとらえられた様子で退場。 したがって舞台は空になる。暗闇。長い間。上の方に金ぴかの背景が登場。 ここには、巨大なマネキン人形が、二メートル五十センチほど、が立っている。 その人形は上から下まで、あらゆる種類の勲章で覆われている。そのそばに、三脚にのった望遠鏡。 一人の女が椅子の上に乗って、人形の肩に勲章をつける。 この椅子のそばに、一人の老年紳士が立っていて、 両手に三十から四十もの様々な勲章を止めたクッションを持っている)男 耳はどうするかな?女 (ぶっきらぼうに)耳に勲章はつけないといったらつけないの。 お尻や、袖や、腿や、お腹にはつけても……ブルーのを頂戴……いいえ、空色のブルーの方よ。男 聖子羊ブルー・リボン勲章かい!女 (ピンで留めながら)どうしていけないの? 私達のものじゃない。長い間、全権大使が独り占めにしていた、 それから、こんなのは馬鹿げてるってことになって……後で取り止めになったはずよ。 馬鹿にしたくっても、今じゃとてもそれだけ数が揃いやしない。その大きな勲章ちょうだい、左の内股へ止めてやろう。2025/12/25 22:53:02115.夢見る名無しさん男 弾丸が当たった場所かもしれん。女 (馬鹿にした口調で)弾丸? 弾丸どころか、棍棒でも当たれば、まだしも脈があるってものさ。 北極聖名十字章だっけ、それ、ちょうだい。教育功労賞の上に止めるから。 (言った通りにして、彼女は椅子から降りる) さあ、後ろへ下がってごらん---ゆっくりよ---私と一緒に。ゆっくり拝見しましょう。二人 (そろって、感嘆の叫びを発し)まあ!……本当に!……いやはやなんとも!…… 見事としか言いようがない!女 (装置の外へ数歩踏み出し、窓から外をのぞくようにして、呼ぶ) ボヌーユさん!……ご主人、奥様!……いえ、おはようございます! なんて素晴らしいお天気! すばらしいじゃございません! まあ、まあ! そちらの窓も開けてくださいましな……まあ、後光がさしてるようですわ! (夫に)ジョルジュ、見に来て御覧なさい。ボヌーユさんの所の…… 何時からお初めになりまして? 一番鶏でお起きになった…… 頭の毛にもつけるなんて、いい所にお気がつきましたこと……男 (女と同様に乗り出して)それは何ですな、二つ、ふくらはぎにぶら下がってるのは、右のふくらはぎですよ。 ……(間)ああ、そうですか。ちっとも知りませんでした。お宅もお持ちでしたか。 (間)大変嬉しいですよ。こちらとしても。じゃ、人が待っておりますんで。(夫妻は家の中に戻った心持、二人は人形を滑らせながら、中央へ運ぶ)2025/12/25 22:55:01116.夢見る名無しさん女 (しげしげと眺めながら)明るすぎないかしら?……カーテンを少し引いてみて……そう……。男 あっちには素晴らしいのがあった。女 (棘のある口調で)私の方だけだったら、家のだってもっと素敵になっているわ。男 そうとばかりは言わせんよ。これだけのものを集めるには、私の先祖だって、大いに貢献しているんだからね。 (人形を指し示し)私がいなかったら、この半分しかありゃしない。私だって家の勲章を持ってきたんだからな。女 あんたが持ってきたのは、あんたの家の勲章の半分だけじゃない。 あんたの弟が半分取っちまったもの。男 そりゃそうさ。だがね、お前だって、自分のところの半分だけじゃないか。 妹と妹の亭主が、あとの半分取っちまった。 (ボヌーユ夫妻登場)ボヌーユ夫妻 (声を合わせて)これはこれは、お見事な! (二人は気取ってちょこちょこと前へ進み、それから後ろへ下がる) 本当に素晴らしい!ボヌーユ氏 (一人で)とてもたとえようがありませんな! そう、海ですかな。大海原の腹を切り開いて、その魚をことごとく集め、珊瑚という珊瑚を取る。これでも足りん!ボヌーユ夫人 あるいは、目をこすりにこすって、まぶたの下に眠気の砂が出てくるほどに、それでもまだまだ!女 でもお宅のだって!2025/12/25 22:56:43117.夢見る名無しさんボヌーユ夫人 うちのですか? うちのはうちのでまた…… (気取って)トリウールさんところのご覧になりまして?女 見えますわ。ちょうど望遠鏡の中に映ってますもの。 (彼女は望遠鏡を示す)ボヌーユ氏 ここからで、うまく見えますか?女 (望遠鏡の前に座り込み)奥さんがとめてますわ……あとから、あとから……羽毛みたいに……むしってはとめ…… (望遠鏡から目を離さず、夫に)ジョルジュ、ボヌーユさんにコーヒーでも差し上げて。 キュジャックのも見えますわ。贋物をつけてるわ。まあ、蝶ネクタイまで。お宅でもよくお使いになりまして?ボヌーユ夫人 ええ、でもうちでは夕方になってからの方がいいんですの、日ざしの加減で。ボヌーユ氏 蝶ネクタイ! わが国もひどいことになったもんだ。ボヌーユ夫人 さいわい、私ども上流階級には、ございますけれどもね。でも持ってない人たちはどうなんでしょう? そりゃ確かに、誰だって何かしら持ってるでしょうけれど、でも本当に全然持っていない人だっているんじゃございません?男 悲惨ですな。それですから、私は一番持っていない連中を家に招いて、月に一度、私の勝利の記念品を拝観させてやることにしておりましてね。ボヌーユ夫人 私だってそりゃしてもいいですわ、ただ、うちのものはうちのものとはっきりしておきませんとね。 それにあの連中だって、国の祭日があるんですからそれで十分じゃないんですか。 旗が窓という窓に飾ってある、それも御用聞きの窓や空気抜きの窓まで、しかもありとあらゆる色の旗ですのよ。 昔は祭日には三色しか使わなかったっていう話ですけど。今じゃ、色の数なんて数え切れませんわね……女 勲章の種類と同じですわ。おや、あの人たち、諦め大功労章をつけたわ……ボヌーユ夫人 十字架サーベル勲功章は持っているようですか?2025/12/25 22:59:06118.夢見る名無しさん女 持っていますわ。それからセンター・ブリッジが建ったときのメダルも…… (甘い曲が聞こえてくる。何の曲かははっきりとは分からない。男、女、ボヌーユ夫妻はそのまま残る。 下では、城壁の前に、すでにアラブ人が登場している。村長は金ぴかに飾り立て、絹の服を着て、背を曲げている。 カディッヂャがそこにいる。ハロルド卿、登場。彼は息子の肩に腕を回す。息子は十六か十七である。 ハロルド卿は沈み込んでいるが、断固たる態度は変わっていない。名士が恭しく礼をする)ハロルド卿 名高く不滅の言葉にある通り、お前らは臭い山犬だ。 (どっと笑う声。そして、銃眼の上に、聖なる少女を除いた最前の全ての人々が姿を現す。 カディッヂャは、そばにいたアラブ人の男の拳を捕まえて、有無を言わさず彼女自身の口の中に押し込む。そのアラブ人は拳を引っ込める)カディッヂャ (ふるえて)私の口にその拳固を入れておくんだ、そうしないと今にも私は、喚きだすからね。(慌てて、そのアラブ人は、拳を彼女の口に押し込む)2025/12/25 23:00:57119.夢見る名無しさんハロルド卿 (続けて)私が生涯をかけて働いたのは、お前にこの土地を譲るためにほかならなかった。 今日、全てが灰塵に帰した……(国旗が頂上から消える。そこにいた人物も同様に) ……深い悲しみと、沈黙、ただそれだけが残った。お前の妹は、神様を授かったその日に、死んだ、暗殺されたのだ。 しかし、お前は、事業の再建に協力してくれるな? (アラブ人たちに向き直り) 私が簡単に絶望するなどと思うな。一人の卑怯者を隠している卑怯な奴らを前にして、我々がたじろぐと思ったら、 我々に対する認識不足もはなはだしいというものだ。(アラブ人の村長に)返事は? ふるえているのか?村長 さようで、ハロルド様、ふるえておりますので。ハロルド卿 (息子に)ふるえることを教えたのは誰か、聞いてみろ。 (息子は明らかに躊躇している)勇気がないのか、お前には?息子 そうとも、ふるえることを教えたのは誰だ?村長 あなた様方の厳しい目と手前どもの奴隷根性でして。ハロルド卿 よし。(アラブ人に)しかし、心配はいらん。何も痛い目にあわせようというのじゃない。 (周囲を見回して)ところでだ……女、子供の姿があまり見えんようだが ……ここにいてはいけないとでも考えたのか? 違うのか? それじゃ一体どこに……。 (事実、アラブ人たちは全て、男も女も公職者も、後ずさりで退場してしまった。 ハロルド卿は息子と二人取り残されて、頭にきたらしい。ハロルド卿は、なおも息子に話を続ける間に、日は暮れて、夜になる) わが息子よ、守る対象がバラの花であれ、オレンジの木であれ、それらの根は、幾千人の男の、 汗とよだれと涙のことごとくをもって養わねばならん。迷うことはない。美しい一本の木は、一人の正直な男に勝る。 いや、一人の美丈夫にさえ勝るのだ。武器はもってるな? (ハロルド卿の息子はピストルを取り出して、見せる) よし。海の向こうには、常に祖国が存在しており……2025/12/25 23:04:43120.夢見る名無しさんカディッヂャ (右手の方から姿を現し、絶叫する) ……そうとも、お前さん方の力なんぞ、私らの憎しみには、手も足も出ない…… (例のアラブ人がやってきて、拳をカディッヂャの口の中に押し込む)ハロルド卿 (カディッヂャに)何が言いたいのだ? 日は暮れたし……アラブ人 お聞きにならないでください、気がふれてるんで……カディッヂャ ……灰塵に帰した、悲しみ、沈黙、そうしてお前の妹は…… (ピストルの音、彼女はアラブ人に支えられたまま倒れる。ピストルを撃ったのはハロルド卿の息子である。 彼は悠然とピストルをバンドに差し込む。二人の男は後ずさりで退場。沈黙)アラブ人 (あなたに)死にました。 (数秒、暗闇。それから明かりが入るが、非常にかすかな明かりだ。 カディッヂャがただ一人、火を灯した一本の蝋燭を手に、背景に寄りかかるように立っている)2025/12/25 23:06:33121.夢見る名無しさんカディッヂャ (厳しい声で)私は死んだ? いかにも。いいや、まだだ! まだ私は自分の仕事を終えていない。 それなら二人でやろう、死神よ! サイッド、レイラ、愛しいお前達。お前達もまた、日が暮れると、一日の不幸を互いに語り合う。 お前達にはよく分かっていたはず、もはや悪いことの中にしか、希望はありえないと言うことが。 悪よ、讃うべき悪よ、一切合財がおじゃんになった後に我々の手に残されたお前、奇跡とも言うべき悪よ、今こそ我々を助けるのだ。 私の願いだ、立ったまま私は祈る、悪よ、なにとぞわが国民に豊かな命を与えたまえ。彼らも、怠けさせてはおくまいぞ。 (威厳のある声で叫ぶ)カドゥール! (三秒後に一人のアラブ人が現れる。彼は右手の方から出てきて、前へ進む。カディッヂャに近付く) 悪が勝つために、お前は何をした?カドゥール (こもっているが、自信たっぷりの声で)まだ口は熱いぜ---手を乗せてみろ---見てくれ。二丁とも俺が拾ったピストルだ。カディッヂャ (ぶっきらぼうに)そこに置きな……筒から煙が出ている……恐ろしい、しかも道化た目つきだ……(カドゥールは、木炭で、さっとピストルの絵を背景に描く。それから左手のほうへ行ってそこに立つ)カディッヂャ (前と同じ厳しい声で)ムバレク! (ムバレク登場)お前は?ムバレク お昼の鐘を合図に、奴らの牝牛を三頭、腹を割いてやった。 全部子持ちさ。これが角だ。 (背景に角を書き、左隅に行く)カディッヂャ 全て、音をさせないようにおやり、奴らは耳を澄ましているんだから。ラフシーヌ! (前二者と同じように、ラフシーヌ、右手より登場。 次の台詞からは、全員、荒々しいが、押し殺したような口調で飲み喋る)2025/12/25 23:10:12122.夢見る名無しさんラフシーヌ オレンジの木の下で、奴らの娘を一人、暴行した。血のしみをもってきた。 (背景に血のしみを赤く描いて、退場。いまや、アラブ人達はいっそう急テンポで登場してくる。 彼らは一刻も早く出番になるのを、右手の奥で待ち構えている)カディッヂャ (厳しく)そんなのはお前が、その娘が、楽しんだだけだ。我々の役に立つ犯罪の方は?ラフシーヌ (大声で)俺の後にあの娘とやる奴はな、組みしかれた下から空に浮かんでるオレンジ色を見ていたあの目、 あの目を二度と見ることはできないのさ。カディッヂャ (笑いながら)いいから、ズボンのボタンをはめな。(彼女は呼ぶ)ナスール。ナスール 手前らなんぞくたばっちまえって喚いてやった、おれの凄い声で、見渡す限りの天幕という天幕はふるえたほどさ。これが俺の喚いた声だ!(彼は絶叫している口を描く。その口からは稲妻がほとばしり出てる。そして左手に退く)カディッヂャ ムハメッド!ムハメッド おいらは心臓をえぐり出した……カディッヂャ そこに置きな! (彼は心臓を描いて退場)ムハメッド! この心臓、生きが悪いよ!ムハメッド (背景に近付き、心臓の周りに渦巻きをいくつか書き加えて)まだ湯気を立ててるさ、カディッヂャ。カディッヂャ ありがとよ。(呼ぶ)ラルビ!ラルビ 腹を開いたよ臓物を見ようと思ってね……まだほかほかしてら。 (彼は同じく湯気の立っている贓物を描く)カディッヂャ (顔をしかめて)この臭いは願い下げだね。2025/12/25 23:14:16123.夢見る名無しさんラルビ (むっとして)ここに置いとくのかよ、それとも腹ん中へ返して蓋をするのかよ。カディッヂャ 置いていきな。 (彼女は「ムスタファ!」と呼ぶがラルビが、彼女の言葉を遮って、歌うようにして喋り続ける)ラルビ ブルー! ピンク! グリーン! ブルーにピンクにグリーン!---それに濃い赤--- 畑を回っていたお巡りの腹を裂いてやったとき、おいらは初めて本当に色って物が存在するんだってことが分かった。 あいつの贓物と糞、その一つ一つが熱かった、その色が俺の鼻に入ってくる、頬を、まぶたの縁を熱くした……その色ってやつが。カディッヂャ (命令的に)もう沢山だ……歌でも作って街頭で歌うがいい。ムスタファ! (ラルビは去る)ムスタファ (前へ出て)お嬢さん方の青い目を…… (彼は数珠繋ぎにした六つの青い目を書く)カディッヂャ アリ! (アリは静かに登場し、大尉の帽子をかぶったグロテスクな首を描く) カデール! (カデール登場、切断した二本の手を描いて退場) クイデール! (クイデール)クイデール おいらは怖かったんだ。だから逃げちゃった。カディッヂャ (力強く)ありがとよ。お前の怖かった所をお書き。(彼は逃げ出していくらしい二本の足を描く) お前のふくらはぎに糞が流れていたんなら、それも忘れんじゃないよ。(呼ぶ)アムール! (アムール登場)2025/12/25 23:16:39124.夢見る名無しさんアムール 銀行から盗んできた。カディッヂャ 札束を置いていきな。(札束を描いて左手の所に行き、他の連中と一緒になる) アトラッシュ! (アトラッシュ登場)お前のしたことは?アトラッシュ 畑をダイナマイトでやっつけた。カディッヂャ そこに置きな。(彼は樹の枝を一本書いて左手に行く) アズーズ! (アズーズ、登場)お前のしたことは?アズーズ お天道様---お天道様か---消防夫の鉄兜か、どっちを消さなきゃいけないんだ? 沈もうとしていたお天道様があまり凄い光だったもんで、お天道様の影で目がくらんじまって、おいらはすっかり憂鬱になっちまった。カディッヂャ (微笑して)それで。もうちょっとテンポを上げておくれ。アズーズ で、おいらがマッチをすった時には、煙ってもんがこんなに重いもんだってこと考え付かなかったんだ。 朝のうち、雨がふったから、藁がしっけていて、ほとんど真っ白な煙が出て、お天道様の顔をかくしちまった。カディッヂャ (命令的に)残り火を描きな。灰でもいい。炎でもいい。いや、煙でもいい。 私の鼻に入り、私の喉から胸をいっぱいにさせるのだ。 それから、火の爆ぜる音を聞かせておくれ。 (彼は炎に包まれた家を描き、火の爆ぜる音をまねし、左手に行く) アブデセレム! (アブデセレム登場)お前の方は?アブデセレム 足をばっさりやった。2025/12/25 23:18:39125.夢見る名無しさんカディッヂャ そこに足を置いてお行き! (彼はすばやく四本の足を描く) 足の臭いは? 臭いも見せな……(彼は足の上に幾つかの渦巻きを描く)ひどい臭さだ。 (彼女は叫ぶ)さあ、お前さんたち、何をしているんだい! 入っておいで! 急いで、急いで! 銘銘が他人のしていることを知らなきゃならない。さあ、色を塗るんだ!(アラブ人たちはひしめき合って、背景の上に、首だの手だの、鉄砲だの、大きな血痕だのをいっせいに描く背景は極彩色のデッサンで覆われる) いいかい、恥ずかしがることはない! あの連中に軽蔑されるだけのことは、こっちのほうからしてやるのさ。虐殺するんだ、息子達よ……(彼らは黙々と絵を描き続ける)一人のアラブ人 もう場所がない。カディッヂャ 新しい背景をお出し! (左手から、第一の背景に似た、銃眼つきで、上に国旗を飾った背景が出てくる。 アラブ人達は一斉に走りよって、(しかも整然と)その背景に絵を描き出す。 その間、上では、相変わらず黙ったまま、二人の老人が人形の上に勲章を吊るしている)カディッヂャ ラッセン! (ラッセンが右手から登場。老人である)お前は何をした?ラッセン わしの年じゃな……お祈りをしたよ……2025/12/25 23:20:38126.夢見る名無しさんカディッヂャ ありがたいよ、親爺さん。神様にも一役買ってもらっておくれ。神様にも、あっちで、こっちで、悪事を働いてもらいたい。 人殺しをし、敵を粉砕し破滅させるように。(ラッセンに)さあ。お前さんのお祈りを壁に描いておくれ。 (右手に)それじゃなにかい? もう年寄りしか残ってないのかい?そんなら、年寄りにはお祈りをやってもらおう。いや、特に悪魔にお祈りを。 そうして、天には悪魔はいないと言うなら、土の中を、子供達の心臓の中をひっくり返して探すがいい。 わんさといるはずだ! (絵を描いていない二人の男を見つけて)なんだい、お前さんたち、何もしていないのかい? ええ、やることがないって? 悪事がもう種切れだというなら、天上からそれを盗んでおいで、 あそこには悪事が有り余っている。神々から殺人をかっぱらっておいで、神々の放火を、近親相姦を、嘘を、皆殺しの気違い沙汰を! 神々の手からかっぱらって、ここに持ってくるんだ! ここに! (彼女はすでに奇怪なデッサンであらかた覆われてしまった城壁を指す。右手に向き直って) 女たちは、女たちは怪物を産むがいい!(登場していた十人、十五人のアラブ人たちがそろそろと退場する。カディッヂャは彼らが退場するのを見つめている。それから、左手から、アラブの裁判官が現れる)カディッヂャ (裁判官に)ずいぶんごゆっくりだね……裁判官 まだ後からついてくるさ。しかもわしより足の速い連中がな。カディッヂャ 待つとしよう。お前がやったことは?裁判官 わしはたった今教わったばかりだ、この世は二つに分かれていて、わしもそのどちらかに入らなければならんと。カディッヂャ 今ごろになってかい! 一体お前さん、何をしてたんだい!2025/12/25 23:24:27127.夢見る名無しさん裁判官 (皮肉に)わしは、眠っていても、彷徨っていてもな……つまりなんだ、わしは変身の業に勤しんで……カディッヂャ (背景を指して)その変身の業とかいうのを描きな。裁判官 もう場所がない。カディッヂャ そんなら、とっとと消えな。 (裁判官は出て来た側、右手から退場)カディッヂャ (自分自身に)本当だ、もう場所がない……(彼女は叫ぶ)子供たち! はなたれ小僧! (こう言い終わるか終わらぬうちに、前二者よりも大きな背景がひとりでに左手から出てくる。それは前二者と同じような絵で覆われている) よしよし、ありがとよ。(彼女は叫ぶ)お前ら女ども! (右手から一人の女が登場。腕に赤ん坊を抱いている) スリラかい? お前のガキをここに連れておいで! ……城壁を見せてやるのさ…… この子がたっぷり見ておくように、その黒い目で、その美しい目で、この国のありとあらゆる美しい光景を! (右手に向かって喋る)お前達もみんな入ってきておくれ。お前達のガキどもを連れて。その子達がたっぷりと見ておくように。 その美しい目で、その美しい黒い目で、この国のあらゆる美しい光景を。 (四、五人の女が赤ん坊を抱いて登場するが、彼らは隅に留まる。突然、全員口をつぐむ。おふくろ、登場。彼女は微笑む。おふくろに) おや、帰ってきたのかい。お前さんのことはとうの昔に忘れていたよ。2025/12/25 23:27:26128.夢見る名無しさんおふくろ (肩をすぼめて)お前さんだって、ここにいるとはね! 私が毎晩死人と顔をつき合わせて過ごすのは、神様の思し召しだからね。 お前さんだって、まだ死んでから間もないじゃないか。お前さんの憤慨は、まだ湯気を立てているよ。血はまだ流れっぱなしだ。カディッヂャ 何をしてたんだい、お前さんは。おふくろ 男どもが首だの心臓だの手だのを、ばさばさ切って集めてる間に、私は見張りをしていた。 レイラが、ドレスとコーヒー挽きが欲しいってんでね、サイッドが力を貸してよ。 (アラブ人達は全員、彼女に向かって怒りの仕草を示すが、カディッヂャがそれを止める)カディッヂャ 続けな。お前さんのしなきゃならないことをちゃんとやり遂げるんだね。おふくろ 私は、意見はするけど、されたくはないね。 自分の種は撒きたい時に撒かしてもらうよ。カディッヂャ 全くお前さんってのは、この世じゃもう誰も覚えてないような者と、実に馴れ馴れしくしてる人だよ。だが、私についちゃね、お前さんは……おふくろ (その言葉を遮り退場しながら)わたしゃこの一幕、出番になる前に演っちまったのさ。 (アラブ人の女たちは、憎憎しげに彼女を追い出す)カディッヂャ (一瞬面食らったが、そこにいるアラブの女たちに向かい) それで、お前達は? お前達の持ってきたものはそれっきりかい? そんならとっとと消えな! それから、あの女、二度と村に入れちゃならない。 あの女め、思う存分荒らしまわるがいい。荒らしまわるのだ、思う存分! (アラブ人の女たち、退場。かなり長い間。カディッヂャ、一人残る。それから女たちが四、五人黙ったまま登場) こっちへおいで。要るものはみんな持ってきたかい?(奥からボヌーユ夫人の声がする)ボヌーユ夫人 旭日癇癪大勲章は、ありますか、あっちに?2025/12/25 23:33:27129.夢見る名無しさん女 ありますわ、それから裏口紺褒美賞も……ボヌーユ夫人 あちらには……ハビバ スポンジと酢を持ってきたわ。ララ どこへ行くつもり? 死ぬんじゃないの?カディッヂャ 死ぬのさ、素晴らしいご馳走のあとのように眠るのさ、そして死んでいる間中、げっぷをする。用意はいいかい?ネヂュマ 私は大きなバスタオルを持ってきた。それと、お前さんの目を閉じるために、私の優しい心をもってきた。カディッヂャ 手首にしっかり力を入れておくれ。さあ、あたしを横に寝かして、よく洗うのだ。馬鹿なお喋りはやめにしてもらおう。 いいや、蝿は、追っ払ってはいけない。一匹一匹、私には蝿たちの名前まで分かっている。 (女たちはカディッヂャの埋葬を始める)顎に包帯をするのを忘れないでおくれ。 それから、綿を耳の穴に、鼻の穴に、下の穴にも詰めるのを。三分前から、私はすでに死人の国にいる。 私はこれから先もどうやればお前達の手助けができるか、考えるとしよう ……そうとも、私はあの国へ、何トンもの憎しみを抱えて行くのだ ……特に、足は念入りに洗っておくれ ……三年この方、これが二度目さ……「第一部終了」2025/12/25 23:35:52130.夢見る名無しさん第十三景(緑色に描かれた平野と、一本のサボテン。本物の道路標識が置いてあるが、上に書いてある字はまるで読めない)サイッドとレイラは街道を歩いている。左手の方から出てくるが、疲労困憊している様子。突然、右手に兵隊が出現。サイッドとレイラは怖気づいて背景の後ろに隠れる。2025/12/27 13:52:51131.夢見る名無しさん兵隊 (彼の制服は泥にまみれ、ずたずたに破れている。その姿を見て、サイッドとレイラは恐る恐る背景の後ろに隠れる。 彼の妻が、色とりどりのトランクを満載した乳母車を引いて進む。 そのトランクの山のてっぺんには第一景でおふくろが持っていた赤いトランクが載っている。 彼のほうは、棍棒を振るって、女房を歩かせる。歩くのはとても速く、右手から登場し左手から去る。 女の方は、ずたずたに裂けた青い服を着ており、ストッキングはかかとまでずり落ちていて、青白いふくらはぎが剥き出しになっている) もっと速く! (女を打つ。女は小刻みに走る) わしゃ長い事海の向こうで職務に励んだ、おかげで、女どもを馬のように走らせる芸を覚えたよ。 カーニバルにアラブの淫売にも化けてみたし、それに長年の仕事の経験だ、おかげで女ってものが、よく解るようになったわさ!(彼は嘲笑する)兵隊の妻 びくびくしてたじゃないか、そのおかげでよく分かるようになったくせに。兵隊 びくびくするのにだってだ、それだけのご利益はあるってもんだ。 いかにもわしはますますびくついている、それだけわしの頭は切れ味を増しているのだ。 (荒々しく)サボテンを踏むな! (声を低くして)さあ、もっと速く、そうっと走れ。 (物知り顔に)霊柩車を引っ張るときはな、家の死んだ子を引っ張るつもりで、そのトランクの山を引っ張っていけ。兵隊の妻 (優しい声で、後ろを振り向きながら)目を瞑って、子守唄でも歌ってやりましょうか?兵隊 夜が来たらな。(手を差し出して)もうぱらぱら降ってきた……こいつぁ、急がなくちゃ……2025/12/27 13:55:29132.夢見る名無しさん(赤いトランクが落ちて、蓋が開く。中は空である。兵隊があわてて駆け寄り、それを拾う。それから二人とも、前と同じく小刻みな遠足で、左手に姿を消す。サイッドとレイラが背景の影から出てくる)サイッド お前の兵隊だ。(振り向いてレイラを見)びっこを引いてるのか? あのかみさんと同じか? もう言う事は無いな。不細工で、低能で、泥棒、乞食、今度はびっこか。レイラ しゃんとして歩こうと思えば歩けるわ。 (数歩、まっすぐに歩く)サイッド (慌てて)冗談じゃない。そのがに股の格好で良い。俺のほうで挨拶に困るじゃないか、 とたんにお前が、美人で頭が良く、正直で、堂々としていて、その上しゃんとして歩かれたりした日にゃ。 (再び歩き出す。しばらく沈黙があって)レイラ あたしは疲れたわ、歩きすぎて、お日様のせいで、砂埃のせいで。 あたしにはもう足があるのか無いのか、分からなくなった。それはもう足じゃない、歩いていく道になってしまったの。 お日様のせいで、空は亜鉛のように白っぽい。道の埃は、あたしの顔の悲しみが足元まで落ちてきたもの。 あたし達の行く先はどこ、サイッド、どこに行くの、あたし達?サイッド (振り返り、彼女の目をじっと見つめて)俺の行く先か?レイラ あたし達の行く先よ、サイッド。サイッド 俺の行く先、俺のだよ、俺一人のだ、お前は俺の不幸にすぎないんだから。 俺自身と、俺の不幸って言う意味で、俺達二人とでも言わない限りはな。 そうとも、俺は行く、そいつははるか彼方に違いない、怪物の国へだ。たとえそいつが俺達の脚の下にあってもな、この真下だ、 ついぞ日のあたる事が無い場所だ、何しろお前ってやつは俺がいつでも引きずって歩いている、だから俺の影法師だよ。レイラ あんたは、自分の影法師と別れる事だって出来てよ。2025/12/27 13:58:33133.夢見る名無しさんサイッド 前には考えた事もあった。手遅れだったよ! たとえこいつのほうでくたばっても、こいつは相変わらず俺の悲惨さ、俺のびっこの女だよ。レイラ びっこなのは、あんたの後をついて来たからよ。サイッド ついて来なきゃよかったんだ。レイラ あんたのそばにいても、離れていても、いつでもあたしは泥棒の女房だった、火付け男の、 そう、ごみ馬鹿の中で生まれた男、あたしにそこで生きろといい、あたしがそこで死ぬ事になっているごみ箱の。サイッド お前が俺にくっついて離れないならな、毛虱が金玉に、 丸い形がオレンジのみにぴったりとくっついているようによ、 そうなりゃ俺に出来る事は、怪物の住む国を探すだけよ。レイラ 監獄じゃ足りなかったの?サイッド 監獄なんざほんの序の口よ。居間にもう眠るためには火打石の山、食うものはあざみしかなくなるだろう。お前は、食うか?レイラ あざみを?サイッド 火打石だ。レイラ あんたと同じにする。(沈黙)ねえ、サイッド。 (彼は答えない)レイラ (自分の周囲を見回して)本当に誰もいない。獣一匹いない。何にも無い。 あまりといえばもう何にも見えない、だから石ももうただの石にすぎなくなった。 そうよ、ヨーロッパなんて、もう跡形も無い。逃げていくわ、逃げていく、ヨーロッパは海の方へ、あたし達は砂漠の方へ。2025/12/27 14:00:46134.夢見る名無しさんサイッド もうお前の怖いものは無い。レイラ あるわ。(間)鏡のかけらが。 (疲れきってレイラは立ち止まる。彼女は櫛を取り出し頭をとこうとする)サイッド (怒って)手をつけるな! (レイラの手から櫛を奪い取り、それを折る)サイッド 太陽も、茅も、石も、砂も風も、俺達の足跡までも、振り返って見てもらいたい、 この世で一番醜い女が、一番安い女が、つまり俺の女房がここを通っていくのをだ。 目のふちも、口のよだれも拭かないでおけ、鼻もかむな、体も洗うな。レイラ その通りにします。(急に厳しい口調に変わって)でもあたしは、あたしの望むのは--- そう、一時間後とにまして行くあたしの醜さ、それが語っている、そうじゃなきゃ誰が語るの?--- あんたが後ろを振り向くのをやめる事。あたしは望むの、あんたがあたしを、つまずいたりせず、まっすぐに、 影と化け物の国に連れて行ってくれることを。あんたがもう取り返しの付かない悲しみに沈んでしまう事を。 あたしは望む---そう一分ごとに増して行くあたしの醜さ、それが語るの---あんたが一切の希望を失ってしまう事を。 ありとあらゆる屈辱を受け入れる事を。あんたが悪を選ぶことを、そうよ、いつまでも必ず悪を。 憎しみだけを織る事を、決して愛を織って欲しくない。あたしは望む---そう、一秒ごとに増していくあたしのこの醜さを、それが語る言葉--- あんたの夜の輝きを、火打石の優しさを、そしてあざみの蜜を拒絶するようにと。あたしには分かっている、サイッド、あたし達がどこへ行くのか、 そしてなぜそこへ行くのかも。それはどこかへ行くためではないの、 そうではなくて、そこへあたし達を送り込んだ人たちが、静かな岸辺に、無事平穏でいられるためだわ。 あたし達は今ここにいる、それもあたし達をそこまで送り込んだ人たちが、自分はそんな目にあってはいない、 そんな所には居ないんだぞって、はっきり自分に言えるためなの。2025/12/27 14:04:21135.夢見る名無しさん(長い沈黙。サイッドは靴の紐を解いて脱ぎ、中に入っていた小石を出す。それから再び履く)レイラ (優しい声で)オレンジ畑に火をつけたのあんたじゃない?サイッド (ためらってから)違う。お前こそ、出掛けに藁の山に火をつけたんじゃないか?レイラ そうよ。サイッド どうしてだ?レイラ (大声で笑い出して)ちがうってば、ちがうわよ。あんたを愛してたからじゃないわ。 あたしは火が好きなの。(沈黙)ねえ、サイッド? ……本当に、とことんまで行く決心をしたの?サイッド もしうまくいけば、そのうちに連中はこう言うだろう---こりゃこっちがうぬぼれて言うわけじゃないが、どいつをとってもはっきり言えらあ--- 「サイッドに比べたら、甘いもんだ」ってな。そうだとも、俺はな、ちょっとした人物になりかけてるんだぜ。さあ、行くか?(二人は再び歩き出す。やがてレイラが立ち止まる)レイラ サイッド、おしっこ。サイッド (冷ややかに)すりゃいいだろう、そこらにいらくさが生えてるし。2025/12/27 14:13:05136.夢見る名無しさんレイラ もうずっと前からあたしはいらくさと仲良しよ。同じ種類なの、あたし達。いらくさの茂みの中に、悠然とお尻をおろすの。 いらくさのためにお尻がはれあがったりする事は無い。(意気喪失して)いらくさがある、それから、もう何にも無い…… (目に見えない釘に、目に見えない何物かを引っ掛ける仕草をしつつ) ここにあたしは掛ける……あたしの威厳を……ここには……あたしの悲しみ。ここにはあたしの重々しさを。ここには……色々な煎じ薬。 カミツレの花、菩提樹花……。ここには……(吐息)あたしに残るものは何? (沈黙。やがて)オレンジの木は火がついて燃えあがる木。綺麗だわ、火をつけてしまったマッチは。 そのとき初めて、そう、マッチで火が白く、黒く、そして少しばかりねじれてしまった時に、初めてマッチは優しく善良に見えてくる。 (目に見えない釘に何物かを引っ掛ける仕草を再び続ける) ここにあたしは掛ける……あたしの頭巾を。ここには……(吐息)あたしに残るのは何?微笑だけ。サイッド (突然、拾ったばかりの二つの石を叩き合わせて)ほら! 誰か来るぞ。何も言うな、今日は何も言っちゃならん。(左手の袖から、ハロルド卿の息子とヴァンプが登場。彼女はヴェネチアの婦人のごとく黒い衣装を着け、三角形の帽子をかぶり、ヴェールがスカーフのようにその顔にかかっている。長いドレス、そして黒いレースの小さな日傘をさしているが、これら全ての衣装はずたずたに裂けている。ヴァンプと息子は疲労困憊の極みにあるもののごとし)ヴァンプ まるであたしがくずのくずだって言わんばかり…… 何よ、その口のきき方、まるでパンパン扱いじゃない…… 前にはあんな……息子 僕はね、僕に必要なのは手で触って確かめられるものだ。この地にわれわれの秩序が再び確立されるまでは、僕には休息なんぞない、 とにかくさし当たっては、急ぐ事だ。(突然)気をつけないと、貴方、叢が動き出した……ヴァンプ 貴方といれば何も怖くなんかないわ。2025/12/27 14:16:31137.夢見る名無しさん息子 (サイッドとレイラを見つめて)こいつら、われわれよりもひどい格好だ……一発食らわしてやるか……ヴァンプ 本当に暑いわ。息子 (サイッドに)聞こえたか? 奥様に日陰を作ってさしあげろ、さあ、急いで…… (サイッドがレイラを足で蹴る。彼女は背景に近づき、そしてきわめてゆっくりと、丹念に、緑のチョークで素晴しい棕櫚の木を描く)ヴァンプ (感嘆して)まあ、棕櫚の葉よ!息子 (レイラに)奥様に、少々風をさしあげろ…… (レイラは口で、枝を渡る風の音をまねる)ヴァンプ (いとも優しく)もうありがとう。前から言っていたでしょう。沢山いる中には、いいのだっているわ、全部が全部腐ってしまったわけではないのよ。 たとえば、この連中よ、(と、サイッドとレイラを指し)この連中はきっとあたし達に忠実な人たちのうちよ。息子 こいつらだって殺してしまわなきゃだめだ。忠実ね、そう見えますよ、確かにね、上にかぶってるぼろばかり見てればね、だが一皮剥いたら? その下にはですよ、いったい何がありますね? この僕だってとてもじゃないが見る勇気のないような代物。 手榴弾の束か……機関銃の一団か……伝染病の中心か……ヴァンプ ちょっと優しくしてやれば……そうよ、そうよ、あたしのいう通りよ、大した事はいらないのよ。息子 優しい親切、そんなものはこの連中にとって、糞食らえなんだ。今でも日陰くらいは作る、 こっちが命令すればね、だが、その日陰も昔のとは全然違う。ヴァンプ (起き上がって)そういえば確かにこの女、気味が悪いわ。息子 少しは休めましたか? お分かりでしょう、僕は貴方を愛しています、貴方は僕にとってこの世の全て……2025/12/27 14:18:45138.夢見る名無しさんヴァンプ (甘い微笑を浮かべてその言葉をさえぎり)それこそ文明国の男子の台詞よ、あたしに興奮しておっ立ったときの。 でも、あたし達、この道をまた歩くんじゃ、このひどい石ころ道、太陽にがんがん照らされ、 ぼろを引きずって、それに馬鹿みたいにあんなのが見ていた日にゃ、 (と、サイッドとレイラを指し)とてもじゃないけど、あの下品な喋り方に戻らなくてはね……息子 (甘い微笑を浮かべてその言葉をさえぎり)全く僕だってうんざりなんだ、 しかし急いで逃げるためには、言葉のほうも怖気づかなくちゃならない、このわれわれと同じにね。さあ行こう。ヴァンプ (右手に進みながら)一番クッションのいい馬車でもあたしのお尻には硬かったなんて、考えてみると……息子 スカイブルーの海を見るまでは、まだ相当ひどいめにあう覚悟でいてくださいよ。 (彼らは右手から退場する。太陽の下にじっと動かずにいたレイラは、立ち上がろうとする)サイッド ほら、夜になった。レイラ もう?サイッド 見てみろ。夜のやつ、実に自信たっぷりじゃないか! (彼は真っ黒な第二の背景を指す。それは第一の背景の後ろを静かに滑ってくる。 徐々に暗くなる。犬の遠吠えが無数に聞こえるが、それはおふくろが真似しているものだ)サイッド (レイラに)標識に頭をもたせかけて、とにかく眠りな。レイラ (道路標識の付け根に横たわって)眠るの? あたしが足の裏を軽石ですりむいたり、あざみを食べたり、太陽にやられたりするのは、 あたしの眠りの中にいる竜をやっつけるためよ。サイッド お前だって知ってるだろう、竜はお前が死んではじめてくたばる。だから寝かしてくれ。上じゃ、神様が仕事をなさればいい……(彼は、背景の付け根にうずくまって、眠り込む。また遠吠えの声が聞こえる。その時である。左手から出てきて、あたりを闊歩しながら、おふくろが現れる)2025/12/27 14:26:20139.夢見る名無しさんおふくろ (彼女は目に何か見えぬものを呼んでいるごとくである。それからその後を追いかける) あたしはそうさ、両足の上にしっかと立った笑いの権化だ、この真夜中に、この平原の真っ只中で。もっとよく見せてやらなきゃ! (黒い背景の上に、彼女は黄色いチョークで三日月を描く、それから月に向かい)おっす! あたしは笑いの権化だよ、だがね、 そんじょそこらのとはわけが違う。万事がうまくいかなくなった時に姿を現すやつさ。 ……こりゃ一面いらくさの生えた夜だ。(間)いらくさよ!やんごとないご先祖を遡って行けば、 お前さん方は妖精や聖母様の所まで戻れるだろうよ、だがあたしはね、あたしは子供のときから知っていた、あたしが属しているのは ---それはおそらく女の方の系図からだ、そしてサイッドはあたしによって---いらくさの一族なのだと。 廃墟のかたほとり、ガラスのかけらに入り混じって、いらくさのやぶはあたしの残酷さ、 うわべは飾って腹の底にしっかりためておいた悪党根性、世間のやつらをやっつけるために、片手を背中に回して隠しておいたやつさ。 飼いならされて、いらくさたちは己の毒をひそかに隠し、鋭い爪も引っ込めていた。その叢の中に、 あたしはあたしのきめこまやかな両の手を突っ込む。毒にんじんだって、あたしの血管の血を凍らす事はなかったろう。 草木の世界で性悪なものはことごとく、あたしになびいていたんだからね。 いらくさの上を渡り、その中を吹きぬける風は、ひりひりする目にあったろうが、あたしは違う。だが、白いいらくさの方は? もちろんだよ、あれは悪さをしないどころか、その白い花はなかなかいけるよ、あたしは、よくスープにしたもんだ。2025/12/27 14:30:28140.夢見る名無しさん (わずかの間、彼女は黙ったまま歩く、それから姿を消す。月もまた消える。さまざまは犬の吠え声が聞こえる。やがておふくろが再び姿を現す。 彼女とともに月もまた姿を見せるが、今度は前とは逆の向きになっている。突然、厳しい口調で) 美しいカディッヂャよ、ああしてお前さんは死んだのさ! くたばったのさ! くたばった、英雄的によ。 今もしもだよ、お前さんに口を利こうと思ったら、またぞろ、老いぼれの口寄せを使わなきゃならないのかい? だが……お前さん、何をしながら死んだ?男どもを煽り立てた、いや男のみか女まで煽り立てて、 とことんまで行かせるつもりだった。連中は、自分達のやってる事をとことんまでやる、 自分達がそうなった状態、それを徹頭徹尾貫くだろうさ! (笑う)その道筋が目に見える! お前さんはあたしをやっつけた気になっている、 あたしのあばら家に火をつけたからね、あのごみためよ。あたしゃ、お前さんが考えているより、よっぽど強いんでね。 あたしだって、このレスラーみたいな腕、見てごらん、紅海を真っ二つに割って、ファラオのお通りになる道ぐらい雑作もなかろうて! (間)サイッドは? レイラは、あの二人は、道の上で寝ちまったのかな? (間)サイッドの親父は床屋になれたかもしれない…… 櫛とバリカンを持って、いい男だったものね! あんまり男前だから、ブロンドの紳士と間違えそうだった。 (間)美貌ってやつ、どういう姿になったらいいのか、どういう風に現れたらいいのか分からずにいたが、 サイッドの父親が床屋になってたら、美貌ってやつが餓鬼どもの頭を刈らせ、じいさま達の髭をあたらせたろうによ。 二十年間も美貌ってやつが生き延びたのはね、いいかい、あたしの亭主がそう望んだからに他ならないのさ。 (非常に長い間。その間に、彼女は尻をかく。突然、機関銃の掃射の音) サイッドがうまくいくまでに、あたし達は三度もやり直した。三度とも失敗さ、死んじまった。死んだのさ、最初は六ヶ月で、それから一年、あとのは三年。 (突然、彼女は不安になった様子)2025/12/27 14:40:21141.夢見る名無しさん なんだい? なんだ、ありゃ、? 兎になってかけてくるのか、蝙蝠になって飛んでるのか…… (逆上して)サイッド! サイッドってば! どこにいる? 何をしているんだい? 何と言っている? ……そんなに息を切らして……帰っておいで……いけない、もっと遠くに行くんだ、サイッド。 自分なんてつぶしちまえ、お前の女房もぶっ潰して、とにかく続けるんだ……(気が鎮まったらしく、ゆっくりと呼吸する) 夜、木は全て呼吸する、花たちはひときわ美しい、彩りは一段と熱っぽく、そして村は眠っている。 (笑う)何をしているんだい、その村は? 同胞愛ってものの中に融けこんでいる。(笑う)いびきをかきながら、銘々が、 やがて目を覚ませば現実にその中に突っ込んでいく事になる悪夢の予行演習をしているわけだ。 (間)そうとも、サイッドの父親は床屋だった。こちらは頭、あちらはローションのマッサージ。 あの人、民兵の騎兵か、外人部隊に入れたかもしれない。それほど男っぷりがよかったんだものねえ! ええ、あたしの腹の中のこの牝犬め、こいつが、夜、農場の中庭や、街道をさ迷い歩けりゃよかったんだよ!(彼女は再び歩き出す、緩やかに。やがて、左手に姿を消す。再び機関銃の掃射の音。ライトがレイラの顔に当たる。サイッドが懐中電灯を出して、彼女の顔をしげしげと見ているのだ)サイッド 来たか?レイラ そばまで。サイッド もう来た! (間)聞いてみろ…… (ためらう)聞いてみろよ、俺が徹底的に汚らわしくなるには、どんな事を言えばいいか、何をしたらいいか。レイラ (苦しそうな声で)あたしの竜に!サイッド (おとなしく)うん。2025/12/27 14:43:33142.夢見る名無しさんレイラ (ちょっとためらってから)それじゃ、もう一度このまま寝かせて。明日になったら、竜があたしに言ったこと、教えてあげる。(サイッドは懐中電灯を消して、再び眠る。右手から、いとも用心深く歩きつつ、ぼろぼろの服をまとった銀行家とハロルド卿が現れる。彼らが泥酔している事は一目瞭然である。眠っているサイッドとレイラの前を通るのに、二人は靴を脱ぎ、やがて左に姿を現す。ちょうどその頃、はるか上から、第三の背景が現れる。それは山岳地帯を表している。外人部隊の兵士が四人、登場したところだ。そのうちの一人、ヘルムートは銃を磨き、ピエールは片方の靴を磨き、フェルトンはアルミニウムのコップで水を飲んでいる。これら全て、物音一つ立てずに行われる。その仕草から、夜である事が分かる。彼らは押し殺したような声で話す)ピエール (自分の靴に唾をして、靴を磨きながら)そうともよ、俺達には分かっている。こそこそ、ひそひそ、つまり要するに偽善者だ、奴らのやり方はな。 やつらは俺達の後から、しかも頬かむりをしてやってくる。仕事をやっつけると、あっという間に化けちまう。 そこにあるのは木だ、茄子だ、何だか分からねえ。どうする? そいつをもいで、踏み潰すか? 事実、茄子をもいで潰してる。その間にゲリラのほうは命拾いだ。モラレス (立ち上がって)あっちの女どものやらかすことは別にしてもな……ピエール そうよ。分かってる。もとをただせば、爬虫類だの、猫の仲間、隙間風だ。 要するにだ、毒の牙で咬まれてよ、しょんべんすりゃ、ひりひりだ……フェルトン (笑いながら)しかもあの臭さ!2025/12/27 14:46:19143.夢見る名無しさんピエール 内側から腐ってる。外側はさらっとしててよ。腹の中は、ひでえ沼地だ。やつらの口から出てくるものはな、マラリアさ。それと船酔いだ。 しかもばりばり体を掻きやがってよ。何で遠慮するんだ、ええ? 皆殺しだ、最期の一匹までな、ヘルムートの言うとおりだ。(自分の襟元をあけて)それに第一、あんまり腹を立てるんで、おいらはへとへとだ。モラレス 何時だ?ヘルムート (腕時計を見て)二十三時八分。 (モラレスは、地平線にかかる月を背景に描き、地面に腰を下ろして靴紐を結ぶ)モラレス 強行軍のおかげで膝が笑ってら。ヘルムート 屑は要するに屑だ、気を付け! (四人とも気を付けの姿勢をする。右手より、中尉登場。 彼は兵士達を一人一人、しげしげと見つめる。その細身のステッキで、ピエールのカラーに触れて)中尉 ボタンをはめたまえ! ……よろしい……いかん、もっときちっと……ネクタイも……きちっと結ぶ。 さもないと、早晩、鰐の生っ白い腹にされるぞ。いいや、立ち聞きなどしておったわけではない、が、 隊長たるものはだ---卑しくも隊長の名にふさわしい隊長であるならば---部下の考える事はすみからすみまで読み取れ……鏡、ないのか? 常に一つはなくてはならん。戦友の目でもよし、或いは……この中を見たまえ。 (自分のネクタイを指し示して、中尉はピエールの前に立つ。ピエールは鏡を見ているようにして、ネクタイを結ぶ) よろしい。規則を口に出さねばならんのは遺憾だが。確かに夜には、たやすくはない、しかし夜でも、貴様達は光り輝かなくてはならんのだ。 照り映えしなくては。(自分の周りを見回して)軍曹はおらんのか?ピエール 寝ております。中尉殿。2025/12/27 14:48:48144.夢見る名無しさん中尉 (そっけなく)数は八だ。上官の事を密告した罪だ。軍隊には一つの騎士道的伝統が残っておる。 それをいつまでも存続させるのは貴様達の役だ。その伝統は光り輝かねばいかんのだ! 八といってもハートの八ではない。分かっとるな? もし誰も答えておらなかったら、全員、八日の営倉だ。理由は上官に対する不服従。密告よりはまだしも上等だな。 (他の兵士達に)こいつの不名誉のおかげで、貴様達は助かると同時に、泥も塗られたのだ。 (ピエールに)フランス人か?ピエール はあ?中尉 貴様はアラブ人かと聞いとるのだ。ピエール 自分でありますか? ブーローニュでして、中尉殿。中尉 東洋の色がお前に移って、お前の皮膚にそのパステルの色を沈殿させた、そうだな、東洋の翳りというやつだ。 われわれが代表しているのは、鮮明で、くまのないフランスなのだ。(間)そして清潔な。そうだ、清潔なのだ。貴様…… (モラレスを指し)その髭は?モラレス もう水がありませんので、中尉殿。中尉 口をすすいだり、ジェラニウムにやったりする水はないかもしれん。が、髭をそる分は常に残してあるはずだぞ。 ブラシに唾をつけてでもよい、わしはすべすべでなくては承知せん。軽石で磨き上げておけ。(モラレスに)アラブか?モラレス 自分でありますか?中尉 髭をそりたまえ。(言われた兵士は髭剃りブラシと石鹸を取り出し、 水筒に残っていたぶどう酒をたらして、彼自身が背景に描いた岩を前にして、髭をそる。中尉はピエールの方に向き直り)八日間の営倉入りは取り止めとする。攻撃は今夜行われるのだから……(軍曹登場。仕切りとあくびをしていたが、上官の姿を見て、しゃんとして)軍曹 失礼しました、中尉殿。2025/12/27 14:52:23145.夢見る名無しさん中尉 (ひどく気を使っている如く)寝ていたまえ、だが、服装には注意して欲しい。(軍曹は片手で髪の毛を直し、ベルトを締める) それは今夜行われるのであり、われわれは、おそらく、そこにとどまらねばならぬ以上、 仕官たるもの、名誉の戦死を遂げるのに営巣入りの兵士などと一緒には死ねんのだから…… (ピエールに)第一、貴様のことはすぐ分かる、いつでも後から遅れてくる。 (彼はしゃべるにつれて、次第に自信を失っていくようだ。相変わらず、冷やかし半分に目で笑っている軍曹の方をちらちらと見る) 貴様は、最後の生き残りとして、ぶらぶら散歩でもするようにやってきて勝利を拾う男になるか、 或るいはだ、どこかの小娘に殺される最初の男、二時間後には、それが限度だ、 砂利の上にひっくり返って、最後にざっくりやられた傷を空に向かって見せびらかす事になる。(全員に向かい)もうすぐだ。 (彼は背景の上に山岳地帯の図を描き、説明する)われわれは今ここにいる…… 例の大きな一本杉をこえて……(それを描く)右手に向かい、縦隊を組んだわが部隊の一部は、村に向かって前進する…… (それを描く)底には暁と同時刻に到着しなくてはならん。フランスがわれわれを見つめている。 フランスはわれわれをわれわれがここで死ぬべく、ここに派遣したのであり……(フェルトンに)髪の毛に櫛を入れなさい。 (フェルトンは腰のピストル入れのポケットより櫛を取り出し、髪を整える)問題は勝利を得て帰還する事ではない。そんなことが何の役に立つか? (中尉が話している間に、全員せわしげに思い思いの仕事をする。そのために、中尉は目をすえて、空虚の中で喋っているように見える。 ピエールは靴紐を結び、モラレスは髭をそり、フルトンは髪を整え、ヘルムートは銃剣の掃除をし、軍曹は爪を磨く) フランスは、すでに勝利を得た、という事は、すでにその不滅のイメージを与えたということに他ならん。 或いは半分死人になる、すなわち、帰還するときはびっこか、てんぼうか、腰がやられ、金玉は抜かれ、鼻はそげ、顔は一面大やけど……2025/12/27 14:56:45146.夢見る名無しさん などというのもまたなかなかよろしい。苦痛は激しいが、大変よろしい。かくして、腐れただれていく兵士らのイメージの中に、フランスは、 自らが腐れただれていくのを見つめる事が出来るだろう……だが、勝利を占めるとは? 第一、何に対して? いや、誰に対してか? 貴様達は、やつらが泥の中を這いずり回り、ごみための屑で命をつなぐのを見てきた……勝つというが、その相手がこんなものかね! (肩をすぼめ、両の手のひらを開いて、中近東あたりの商人の仕草をして)勝つなんてのは、あの連中にうってつけよ。(軍曹に向かい)違うかね? (フェルトンに)帽子のつばを、もっと目深に。フェルトン これで精一杯なのであります。中尉殿、自分の頭は絶壁でありますからして、 帽子はまっすぐ乗っていないと、肩までずり落ちてくるのであります。中尉 針金はついてないのか?フェルトン ついとりますが、切れてまして。(ピエールに)明かり、つけてくれんか? (彼はピエールの方にかがみ込む。ピエールはポケットからライターを取り出して、火をつける。長い遠吠えの声が聞こえる。 おふくろが、左手から登場)2025/12/27 14:59:36147.夢見る名無しさんおふくろ (激昂している)どいた、どいた、あたしをお通しったら、ええ、さもないとひんむいてやるよ、 こんなに仰山葉っぱをつけて、お前さんの胴体の皮を一枚一枚引ん剥いてやるったら。(目に見えぬ木を脇にどける仕草をする) あたしのスカートが見えないのかい、こんなに幅が広いのが分からないの。 生地をけちけちしてないからね。ブルーの木綿地が四メートルさ。おどきったら! 通したらどうだい。あたしのスカートにゃ、お前さんのスカートの中と同じだ、影がある。気高い位がある、その上、古い巣も一つね。 (彼女は威厳を持って通り抜け、それからふり向いて、お辞儀をする)ありがとよ……ここは相当きついのぼりだ…… (もう一度振り返って、お辞儀をする)ありがとう。お前さんの吐き出す息のおかげで、あたしの喉の詰まったのがすっきりするよ、 お前さん、ユーカリの木、あたしの胸を、底から出るあたしの息を、あたしの言葉を、膨らませてくれる、そしてきっと、 あたしがあたしだけにとってそうだったこの牝犬が、お前さん方にとっても牝犬になるんじゃないか?(彼女は右手から出て行く。ふり向いたときむしりとった想像上の木の葉をもぐもぐかみながら、彼女はうずくまる。やがて、彼女はうつらうつらしだしたようだ。彼女が喋っている間に、四人の兵士は左側から退場)中尉 (相変わらず軍曹に向かって気を付けの姿勢を取りつつ)斥候隊は帰ってきたか? 何時に? どんな状態で?軍曹 (気を付けの姿勢をやめて) 許してください、中尉殿、どうも自分は、気をつけの格好をしていると、あんまりどじに見えて、自分の報告……中尉 (不安になって、気を付けの姿勢のまま)頭が冴えるように、のびをするというのか?軍曹 ええ。中尉 それならば、もしわしが隊長の前でポケットに手を突っ込んだとすると、わしは貴様があくびをするときと同じに頭が冴えるという理屈か?軍曹 (微笑しながら、片方の靴の紐を結ぶためにしゃがんで)違いますか?2025/12/27 15:03:21148.夢見る名無しさん軍曹 (一瞬まごついて)問題は頭が冴えているかどうかではない。一つのイメージを、十世紀に及んで伝えられ、 それが現すべきものがぼろぼろに崩れて行くにつれてますます強化され、われわれの全てを、 知っての通り、死へと導く、あの一つのイメージを永遠に存続させていく事である。(絶叫して)気を付け! (軍曹は平然として、相変わらず靴紐を結んでいる)斥候隊は帰ってきたのか?軍曹 (靴の上にかがみこんだまま)一人を除いて全員。そいつは首を絞められて死にました。中尉 どいつが?軍曹 (下を向いたまま)デュヴェルです、あのカフェのボーイ、給仕ですよ、レスト…… (かがみこんでいるため言葉が中断する)中尉 ……トランのか!わが軍にはカフェのボーイなどはおらん。各人、誰にとっても鏡とならねばならん。 両足はその正面に立つ相手の両足の中に、自らの姿を見つめ、自らを見なければならんのだ、上半身は開いての上半身の中に、 口は相手の口の中に、目は目の中、鼻は鼻の中、歯は歯の、膝は膝の、髪の毛のカールは相手の…… (きわめて抒情的に)そこに己自らを見つめ、己の姿を見る。完璧な美しさを備えたものとしてだ…… (軍隊式に回れ右をして、正面切って話す)全き魅惑の力を備えたものとしてだ。いや、さらに鏡はその数を増さねばならん、 三面鏡、十面鏡、十三面、百十三面、千面、十万面と! 横顔を映し、貴様達が叛徒に向かって差し出すイメージは言いようもなく美しいものであって、 そのためにやつら自信がやつら自身について作り上げたイメージはひとたまりもなく失墜するようでなくてはならん。 完全に打ちのめされて、やつらのイメージたるもの、木っ端微塵に崩壊する。木っ端微塵だ……あるいは比喩を変えれば、氷のごとく、氷解するのだ。 敵に対する勝利、精神による勝利である。(軍曹は、きわめて投げやりな態度て、ぶらぶらと去る)2025/12/27 15:06:21149.夢見る名無しさん中尉 (軍曹が引っ込んでいったほうを見つめながら、割れた鐘のような声でその独白を続けて) 髪の毛のカールは開いてのカールの中に、心臓は相手の心臓の中に、足は足の、鼻は鼻の、足は鼻の、目は鼻の中に…… (彼は完全に何かに憑かれたような恍惚状態になったらしい)肝は肝の中、血は血の中、鼻は血の中に、ミルク入りのスープ、血の混じったスープ、 軍曹、軍曹よ、貴様には多分こんな手の込んだからくりは必要ないのだ、軍曹よ、貴様は貴様のそのがっしりとした体が、その冷ややかな澄んだ目が、 貴様自身の上に及ぼしているあの力を百も承知だ。貴様は光り輝いている、どうしても頭が切れるようになりたいと気ちがいじみて思うために、 貴様はズボンのポケットの底に拳を突っ込み、この俺はヴァイオリンを習いたいと思っていたのに! (彼は突然、気を付けの姿勢を取る)かしこまりました、将軍! (間)かしこまりました!(彼は右手から去る。雨。やがて、おふくろが現れる)おふくろ (あたりかまわずわめき散らかしているかのごとき大声で)……それとも海だ!…… 木はそのことで何かを知っている、厚かましいんだから! (つぶやく)四輪馬車が幾台も海岸を、死人を山と積んで通って行く、辛抱しな! 森を、林を、夜を、横切っていくために、あたしは……このあたしだよ、高い、高い位にいるおふくろ様さ、まだ引退はしちゃいないよ、そのあたしが…… (叫ぶ)何もかも見通したのさ! 何もかもだよ! (耳をすます)機関銃の音かな? (彼女は笑い、機関銃の一斉射撃の音をまねる)そうれ。(はっきりと)これが水平に走る音ってもんだ。(彼女はうずくまり、ハンカチで汗をぬぐう)2025/12/27 15:18:57150.夢見る名無しさんおふくろ (ひとしきり汗をぬぐった後、言葉を続けて)気違いに持たせておくのは、言葉だけさ。(唾を吐いて)気違いの爪は切る、引っ掻くからね。 頭の毛は刈っちまう。綱なんか作るからね。気違いの持っている野生の薔薇も切り取るのさ、あの連中、 お互いのお尻に押し込むからだよ。あたしの方は草の中を、野兎の足跡のにおいをかぎながら、ぱっぱか走っていた…… 冬は雨の水溜りの水をぺろぺろ、夏にはもう吠える力もないくらいあたしの口はからからになって……声 (かなり穏やかに)誰だ、喋ってるのは?おふくろ 茨がずるずるしてるのさ。声 茨か、鉄条網か?おふくろ 鉄条網だよ。 (彼女は背景の後ろを通って去る。しばし辺りは空になる。やがて、左手から、ピエールが登場。疲労困憊したように、思い足取りで歩く。彼はひどく重い袋と機関銃をかついでいる。 両方の靴を、靴紐でぶら下げて持っている。彼が石の上に座ると、背景の上には、月の代わりにおおぐま座が描かれる)ピエール 畜生! 石までくたびれてやがる。(間)ええい、糞忌々しい、こんなところに座れた尻があるかよ? それに引き換え、ブーローニュじゃ……(自信たっぷりに)おいらはブーローニュの出だってことよ、 そこは、その名前は一字一字豪勢な花文字だ、って事は、生地は銀糸でできてるんじゃねえ、 金で出来てるって事さ。おいらの奥歯と同じよ。そのおいらがこうやってマホメット教の国の中に鎮座ますたあ!(彼はやっとの思いで立ち上がり、左手に向かい歩き出す。遠くから、お袋のものすごく大きな声が聞こえてくる)2025/12/27 15:22:21151.夢見る名無しさんおふくろの声 お月様、もうない! もういないよ! そむく? 裏切る? 誰だ? (右手から出て来る)きょう日じゃ、だあれもね。裏切り……裏切り……哀れな取るに足りない言葉さ、伝染から落っこちた小鳥、 哀れな取るに足りない言葉がただ一つそこに落っこちている、誰も気がつかない、それを拾って、あっためてやる人なんぞいやしない、 そうだろうが? ……ちょっと、誰、そこにいるの? ……なんだい、ありゃ、誰だい? 男かな? 男の人かい? そこにいるの、誰? もっとこっちへおいでったら。年は取っちゃいるけどね、あたしだってまだ、ズボンの前のふくらみ具合、 そのくらいの区別はつくよ。出ておいで。(ピエール、姿を見せる。彼は吐き気がするらしく、今にももどしそうな様子)げろ、吐くのかい?ピエール (力のない声で)とてもいけねえ。もどしちまわなきゃ、どうにもならねえ。おふくろ (彼に近づき、その頭を支えて)ひどいごたまぜだね、こりゃ。古くなったオムレツに、赤葡萄酒に……ピエール ああ、そうよ。おふくろ 我慢なんかしないで……まだ吐きたいなら、全部出しちまいなよ……きっとそうだよ、あんまり見晴らしがいいからね。 目が回りそうだものね、こりゃ、それで胃袋がでんぐり返しを打ったんだろう。よくあるこったよ。ピエール (服の袖で口を拭きながら)だがお前は、こんな時間にそこで何をしてるんだ?おふくろ 用を足しに来たのさ、石ころの上にね。お前さん、どこの人?ピエール ブーローニュだ……(間)まさか、スパイをしてるんじゃあるまいな?あふくろ (相変わらず彼を支えたまま)あたしらを残らずやっつけるのがお前さんがただと思うとね、あたしゃ歌を歌って笑っちまうね。 お前さん方が、うちの村を地図の上のちっぽけな赤い血のしみにしちまうなら……ピエール できることをやるまでさ。おいらの荷物を担がせてくれ。2025/12/27 15:25:28152.夢見る名無しさん(おふくろは彼を支えたまま、彼の首の周りに袋の紐をかけてやる。しかし彼女はその紐をピエールの首に二重巻きにしてしまったことに気がつく。彼女はそれを解こうとする……それはかなり長く続く。爆発音と、鈍い音が聞こえる)ピエール ほら。おふくろ (その動作を続けながら)聞こえたよ。ピエール ありゃ、きっと将軍だ。時間の底へ転がっていく。おふくろ そいつか別のか、あっちかこっちか……ごめんよ……どうも兵隊さんの身支度ってのはうまく出来たためしがなくてね…… 右も左もこんぐらがって来ちまった。(しかしピエールの方が必死になってもがくので、両方の肩紐が彼に巻きついてしまう)ピエール 袋を前に持ってきてくれ……おふくろ (相変わらず肩紐を直そうと懸命になっている)そんなこといったって、どっちが前でどっちが後ろなんだい? お腹は? お尻は? 下と上は? ここかい、あっち? よそならどこでもいいってことかい? (喋るにつれて、彼女は肩紐をピエールの首にぐるぐる巻きつけていく。その紐はどんどん長くなり、数を増し、ピエールの首にますますきつく絡み付いていく) 裏は、表は? 暑さは、寒さは? どっちにあるね、本物の北は? 偽物の南は?ピエール (いささか不安になって)おい、ばあさん……こりゃ何の悪ふざけだ? ……お前の年じゃあるまいに……何してるんだ?おふくろ (息を切らして)結び目に……かばんに……結び目のかばんに……締め金に十文字のたすきのベルトに……綿入れ頭巾に……ピエール (弱弱しい声で、かろうじてもがきながら)ばあ様よ? ……一体全体……おふくろ (突然さっきだって、激しく袋の肩紐を引っ張る。膝を兵士の背にあてがって)撃つぞ。 (彼女は機関銃の音を真似る。それから、両手に唾をして、一層激しく引っ張る)2025/12/27 15:34:37153.夢見る名無しさんピエール 馬鹿な真似はよせ、ばあ……おふくろ あたしだってやっちゃうさ、時にゃ……(さらに引っ張る)……今がそうさ……(兵士は舌を出して倒れる。おふくろは起き上がり、しばし息を入れている) 今がそうさ。(突然、狼狽して)そんな馬鹿な事って。このあたしが、まさか、このあたしがこんなことしたんじゃあるまいね? まだ先の長い子を一人、だめにしちまうなんて? (屍骸を足で蹴って) 嘘だよ、死んじゃいないんだろう? 起きなよ。もう一度、しゃんと立ちなったら。死んじゃいないよ、お前さん。あたしが殺したりはしなかったよね? (屍骸の前に跪いて)返事をしておくれ、お願いです、返事をして、かわいそうなフランスの兵隊さん、可愛い子、可愛い、可愛い子猫ちゃん、 あたしの小鳥、もう一度おっきして……ええい、起きたらどうだよ、いい加減に! (彼女は起き上がり、肩紐をかき集める) 本当にくたばっちまったよ、いけ好かない! これ、みんな、どうしようか。(彼女は屍骸を引きずっていく、まるで猟で殺した獲物を引きずっていくように) あたしが引きずっていくものは一体何だい? でも、どうしてこの紐が巻きついちゃったんだ、このこのすべすべした首の周りに? (彼女は立ち止まり、一息入れる)間を置いて噴出す温泉と同じだ、血は天まで吹き上げなかった、でもそれなのに、この世のはじからはじまで、夜は真っ赤だ!(彼女は振り返り、手で屍骸に狙いを定め、機関銃の音を真似る。彼女は、兵士の担いでいた物など、一纏めに引きずりながら、姿を消す。しばらくの間、辺りは空。やがて、夜の中を手探りで、中尉と将軍が現れる)2025/12/27 15:38:02154.夢見る名無しさん将軍 十一だ。七月二十日に。あれは十一歳になる。(間)わしがあの子にもう一度会えるかどうか…… あの子の方でも再びわしに会うことがあるかどうか? 軍隊が拾って育てた子だ、幼年学校に入るだろう。 だが、あの子は植民地軍において活躍しようとは思うまい…… (元気なく)……植民地軍などはもうなくなってしまう、植民地がなくなるのだからな、 外人部隊だって同じ事、外人がいなくなってしまうのだから。何もかも味気がないものになる。びっこをひいているのか?(二人はそろそろと身をかがめて手探りで、一人がもう一人の後ろについて、進む)中尉 相変わらず筋をちがえまして。将軍 食堂の階段を下りるときにか? 手摺りをつけるように言っておいただろう。綱でいい、ただの綱で。まあとにかく…… 将軍がびっこをひいていても、さして恥にはならん。咳さえしなければな。(間)そうなのだ。もはや植民地はなくなる。 わしの息子は、下手をすると一人前の男になったときに、原住民というものが何か、知らぬままでおるかもしれん。 それがいやなら、あれももうぐずぐずしてはおれん。向かい側の連中もそうだ、やつらは戦っておる。 そして戦闘が彼らをひときわ美しくしている……君も気がついたか?中尉 閣下もですか? もっと低くなって下さい。背中、岩の天辺よりも上に出ております。将軍 (客がだんだん減っていくのを見ている商人のような口調で)段々段々、陰険な目つきが減っていくね…… 段々段々、逃げ腰の顔が減っていく……(重々しく)用心が肝心だな、中尉、次第に増大し高まってくるこの美しさに対して。 (叙情的に)美しい肉体よ、美よ、全軍を結ぶ絆よ、君の言った言葉だな、われわれにとっての絆だが、しかし彼らにとっても同じなのだ。 (間)わしはよく自分にこう問いかけてみる、二十八年にわたる軍隊生活をしたわしだが、 もしそのわしが、自分の威風堂々たる姿を鏡に映して自分ながら惚れ惚れとなるような事が なかったとしたならばだ、いたち、その堂々たる風采を防衛するだけの勇気が、このわしにあったであろうか? ……もし万一、向こう側の連中が鏡など手にしたならば。2025/12/27 15:42:20155.夢見る名無しさん中尉 自分は、何よりもまず姿見に向かって発砲せよと命じております。それに、村にはもう何も残ってはおりません。 われわれの友人達は、殺されたか、逃げ出したかで。相手のやつらは……将軍 あんまり力んで糞をしたので、やつらは歩くそばから糞を垂れ流しだ。われわれはその中を進軍せにゃならん。新しい技術がなければ…… (溜息)美しい肉体よ、全軍をつなぐ絆……君の名言の一つだったな?例の何とか言う軍曹は?中尉 (天啓を受けたように)それでわかりました、なぜやつらがわがほうの戦死者からゴム底の靴を盗まなくなったのか。将軍 軍曹はどうした? 一言も言わないじゃないか。中尉 あの腹の立つサイッドのやつ、相変わらず見つかりやしない。 あいつがますます落ち目になるのはどうでもいいが。裏切り者の……将軍 あの男の裏切りのおかげじゃないか、われわれの男たちにしたって ---これじゃ有閑マダムの口ぶりだよ---今、われわれのいるこの岩鼻を占領できたのは。中尉 あのサイッドのやつが、汚らしく、むかむかするようになればなる程……将軍 (突然怒って)軍曹はどうなったんだ、君はそのことを話すのを恐れている。 その美貌、その肉体、ますます美しくなってきたろうな?中尉 特殊部隊に派遣されております。(間)マッサージをさせなきゃ……将軍 (厳しく)おっかないのか? (鼻歌めかして)美しき肉体よ、全軍の…… この輝きをとことんまで持っていくことが出来る男だ、あの軍曹はな。白状したまえ、あの男がおっかないんだろうが。中尉 (へりくだった口調で)あそこまでやれるものとは考えませんでしたので…… これほどまでに美しい怪物、自分は間近に見るチャンスなどありませんでした。 正直なところ、自分はたじたじになって後退しました、しかしこれからは、落ち着きを取り戻す覚悟で……2025/12/27 15:45:04156.夢見る名無しさん将軍 後退した? ……取り戻す? ……どこに後退したのだ? 何を取り戻す? しかしながら、われわれが好むと好まざるとにかかわらず、 彼はわれわれの模範とすべき存在となったのだ。戦闘を受け入れたからには、その戦闘をとことんまで続けねばならん。 地獄落ちの事態までな。そして相手が異教徒の場合には、われわれのうちに、 サラセン人の年代記の、課の清らかな残酷さをよみがえらせ、奮い立たせねばならんのだ……かの軍曹こそは……中尉 (無気力な声で)彼は子供たちさえも殺します……小さな女の子達も……将軍 (感嘆して)サラセン人の女の子達をか! もはや後退するには遅すぎる。あの軍曹こそはデュランダルの剣だ、やつは鍔まで深々と突っ込む。中尉 彼のあの首筋……彼のあの歯……あの微笑……そして、なかでも、あの眼差し…… 彼があんなにうまく、あんなにも冷ややかに殺せるのは、彼こそが権力を握っているからです。彼の美しさが彼らを守り……将軍 そしてわれわれを守る……中尉 われわれ自身から。将軍 (不機嫌に)今、何と言った?中尉 われわれなどお構いなしです、彼の美しさは。それに、彼の方で愛されていると知っていることもあります。 われわれに愛されていると感じている、そして、すでに赦されていると。ところが、われわれの方は、誰にも……将軍 (厳しい口調で)われわれの上官は、常にわれわれにこうすすめて来た、われわれがわれわれ自身を、完璧な物体と見なすようにと、 絶えずますます完璧になりまさり、それゆえ何も感じないものになるようになるとな。死を与える見事な機械だ。 われわれの孤独の認識が、われわれにこの力を与え、 またその力がわれわれの孤独を増大させる……あの軍曹こそ……2025/12/27 15:48:08157.夢見る名無しさん中尉 とてもあそこまでやれるとは考えも……将軍 (情け容赦もなく)何をぐずぐずぼやいとるか。そこまで行かねばならん。武装をし、長靴に軍帽、もちろんだ、だが同様に、白粉を塗り、 髪にチックをつけ、丹念に化粧をするのだ、相手を殺すものは、 的確な仕草をする骸骨の上に塗った化粧にほかならん、そして死がわれわれを殺したときには……(機関銃の掃射。将軍は右手から退場しようとした瞬間に倒れる。中尉は体を沈める。その姿勢のままで、彼は将軍の屍体の両足を引っ張りながら退場するが、退場に先立って、次のように語る)中尉 (屍骸に)うまく息が合っちまった。(間)将軍、閣下に対し深甚なる敬意を表するものではありますが、 (彼はほとんどつぶやくように)これは申し上げておかなくてはなりますまい、 異教徒を一人倒すためにさえ、いかにも手の込んだ芝居に憂き身をやつさなくてはならず、 そのため自分が、役者であり演出家である芸当などとても出来はしないという事であります……(再び掃射) ……糞忌々しい、雨あられだ。(彼は屍骸の両足を引っ張る) ……閣下のピストルを外して、閣下の体を転がしていかなきゃ、駄目なようで……2025/12/27 15:53:13158.夢見る名無しさん第一四景第一の背景 娼家を表している。第二の背景 村の水飼い場を表している。娼家に入ってくる兵士達はアラブ人の戦士である。第二の背景、すなわち水飼い場の前に出てくる男たちは、すべて、片輪か、顔がひどく痛めつけられて変形している。スリール---その顔付きは、仮面を用いて、醜く歪んだものになっている。サレム---片方の腕がない。一人の女が彼のタバコを巻いてやる。ハメッド---松葉杖にすがっている。片脚がない。バシール---左手に大げさな包帯。すでに指定したスタイルの、色とりどりの背広。ヂェミラは藤色のドレス、白いストッキングと靴、黄色い帽子を身に着けている。アラブ人の兵士達は、やせて、日焼けした顔、アメリカ兵の制服、緑の広いフェルト帽。2025/12/28 20:28:40159.夢見る名無しさんワルダ (ただ一人、姿見の前に立つ)おかげであたしは腹が痛くなる、大地の底まで痛みが届きそうだ。 最期に来る客は---来ればの話だが---湖の淵でひっくり返る事だろうよ。この惨めな金のペチコートはどうだ! あたしゃ、いつの日か、お前達が、飾りである事をやめて、お前達だけで、栄華の絶頂である淫売になるように勤めてきた。 あたしの夢ももうおしまいだ。あたしが帽子のピンで歯をほじるのも、あたしの編み出した芸は全て! 連中がベッドの上であたしを揺さぶるとき、いいかい、あたしのペチコート、お前達なんだよ、 連中が押し潰し、皺くちゃにするのは。あの人たちには、お前達の鉛の入ったへりを持ち上げる力もありゃしない。 だから時間の節約にと、あたしの方で下腹の穴をわざわざ開けてやらなきゃならない始末だ。 (タバコに火をつける)錦の帳の中で、鎧戸が一つ、大地の底へと開くのさ! (煙を一吹きして)まったく四十二にも名って、タバコを覚えなきゃならないとはね!(左手に、アラブの兵士が一人、シャツの襟のボタンをはめながら出て来る。退場する前に、彼は機関銃に弾を装填する。ベルトを結び、髪の毛を直しながら、マリかが戻ってくる)マリカ あたしの仕事も、あの連中のお遊びも、全然面白みがなくなったよ。ぎりぎり歯を食いしばって店へ上がるんだからね。(彼女はしゃがみこみ、縫い物を取り上げて、つくろう)ワルダ (辛辣に)そうして世間の女どもはあたし達に笑顔を見せる。(タバコをふかす)あたしがせっせと励んできた事は、 あたしの夜の中で、あたしが金箔に覆われた人形みたいになる事だった。そう、その金色の人形が、銀メッキの長いピンで、歯茎をほじくりかえすのさ、 ところが今じゃどうだい、世間の女どもが歯を見せて笑いかけ、あたしたちにおいでおいでとくる! (間)さすがにあたしをあたしの名でちゃんと呼ぶところまでずうずうしくはなれなかった、あの女どもの兄弟や従兄弟達にするようにはね……(忌々しげに、タバコのすいさしを吐き出す)2025/12/28 20:32:01160.夢見る名無しさんマリカ (針に糸を通しそうとしながら)糸の方でぐずぐずして、ぐんにゃり曲がる。針はいつまでも獰猛なままでいる。(ワルダに)お前さんだよ。(事実、左手から、アラブの兵士が一人登場。前と同じ芝居。ワルダは背景の陰に隠れる)ワルダ (姿を消す前に)お前の言うとおりだ、まるで連中、人殺しに店に来るみたいだ。 (沈黙。マリカは繕い物をする)マリカ ご時世には逆らわないほうがいい……(繕い物をする)お天道様が村の水を涸らさない限りはね、 そんな事になったら、何であたしら、体を洗うね?部隊は八時ごろにやってくるわ……名誉の戦死をしなかった連中。 こりゃ、ひどいラッシュになるね。とんだ書き入れ時だ。(くすくす笑う)勿論あたしゃ認めるよ。 上の、あの丘の上じゃ、連中ちゃんとお勤めを果たしているって! 絶対になかったろうよ、聖書の中にだってさ、こんな抜け目のない殺し屋達…… こんなに勇敢な殺し屋達は……(また笑う)あたしゃ真っ平だね、娘にせよ、おふくろにせよ、おばあさんだろうが、孫娘だろうが、そうよ、 あたし達の兵隊さんの足の間でくたばるフランス人の身内なんぞになるのはね! (笑う)その男のお墓に、セルロイドのお花を持っていく気にゃとてもなるまいよ。 (アラブ人の兵士がコルト拳銃を持ったまま出て来る)山の上にかえるのかい?兵士 俺がたまったものを出しに来たってな、別に引退するためじゃないぜ。マリカ 戦じゃ足りないのかい?兵士 文句を言う筋合いはあるまい。マリカ ただ聞いただけよ……兵士 (ちょっと躊躇ってから)もう、戦争は、戦争をするのは楽しみのためじゃない、勝つためだ。 (短い沈黙)楽しみは戦争の傍らにおいとかなきゃいかん、戦争の中じゃない。(彼はボタンをはめ終わって、出て行く。マリカは肩をすぼめる。ワルダが現れる)マリカ 水のこぼれる音がするよ、お前さんが洗っているとき。じゃぶじゃぶやるんだもの……2025/12/28 20:35:02161.夢見る名無しさんワルダ (ぶっきらぼうに、彼女は姿見の方へ行く)急いでやるのさ。まるで工場だ。やつらはあたしらを殺すのさ、せめてこっちも利用しなきゃね。 かせがなきゃ、おさらばだよ、歯をほじるためのあの帽子ピン。あたしの編み出した芸! もうおさらばだ、この芸も! このあたし、ワルダ、男たちは遠くから、遠くからわざわざやって来たものだ。 ところが今じゃ、連中はどこからでもやって来る。あたしとやるのが目的さ。そうなりゃこっちだって…… それ相応に稼いでやらなきゃ……マリカ いい按配に、お金は払っていくものね。ワルダ (振り返り、激しい怒りを見せて)あつかましいにも程があるってもんだ! やつらがそんなまねをすると思うのかい? やつらはあたしをくたばらせるのさ! 湯気のむんむんするソープで働くより悪いよ! あの連中、あたしの金のペチコートの下に飲み込まれようとやって来る、あたしの襞、入り組んだ襞の中を引っ掻き回し、 挙句の果てはその中で寝込んじまう---そこで寝込んじまう男の数は何人になる? 眠いからか、それとも怖いから寝ちまうのか? ---あたしの豪華な富に対しても、また、 あたしが二十四年がかりでようやくなれたものに対しても、尊敬のひとかけらも見せやしない、それでいて、銭は手放すまいってのかい?マリカ 深い谷の底からあの連中がまた上に上ってきたとき、今度の行く先は、死なのよ。あの連中にはきっと……2025/12/28 20:41:30162.夢見る名無しさんワルダ (ますます激しく怒って)だがあたし達はね、その気になれば店なんかいつでも閉められるんだよ。 雑作もないこった。今ならまさにできるよ、あたし達のほうでその気になれば……看護婦さ……看護婦になりたいんですがって申し出れば、 この店なんぞ放り出したって誰も文句は言いやしない。(間)お前だって、感じるだろう、あたし達の周りの空気も、空間も時間も、 皆まったくありきたりの物になっちまった。女郎屋の店はもう女郎屋ではなくなった。これじゃまるで青姦だよ。 あたし達のすることは、水飼い場の女達がしてることと同じくらい、開けっぴろげになっちまった。夜だって? ……夜なんざ、出て行っちまったよ。あたし達を取り囲んでいたあの夜、あの夜を吹き払っちまったのは、どこのどいつだ?(機関銃の弾のベルトを巻きつけたアラブ人の兵士が入ってくる。彼は背景の後ろに入り、マリカがその後ろに従う。水飼い場を表している第二の背景に、オムーが現れる。彼女は空の袋を手に提げている。彼女は傲慢な態度でハメッドを見下ろす。やがて、ヤスミナとネヂュマが登場する)ワルダ (一人)淫売さ! このあたし、ワルダ、あたしはますますあたしというものを消していき、 あたしのかわりに完璧な淫売を、金色の衣装を支えている骸骨にすぎないものを残さなければならなかった、 ところがそのあたしが、今、ものすごい速さでもういちどワルダになろうとしているじゃないか。(彼女はスカートを破りだす。したがって、マリカが現れるときには、衣装はぼろぼろになっている。その間、彼女は長い嘆きの叫びを発する。上では、背景の後ろから、オムーと、続いてハメッド、次いでスリールが出てきたところである)オムー (六十歳前後のアラブの女)グリーンだ、淡いグリーン、 グリーンのガラスの粉みたいなもの、グリーンのビンを叩き壊して粉々にしたやつ。 アレだったよ。一つの井戸にそれぞれ一箱さ……ハメッド で、ろばは? 羊は?オムー 砒素が嫌いだってんなら、くたばるだけだ。だが、くたばるのはろばや羊だけじゃない、一緒に、金髪の美男子の兵隊達もくたばるのさ。2025/12/28 20:45:11163.夢見る名無しさんハメッド カドゥールのオレンジ畑には、三匹ヤギがくたばってるぞ、昨日から。蚤で真っ黒だ。蚤と、蝿だ。 がんがん照りつけられて、腹が破裂しちまってよ。腸は蛆が食い放題だ。お前さんの砒素ってやつも、 蚤と蝿には一向に効き目がないらしいぜ。誰かが俺達を敵に売りやがったって話はともかくよ、 それにそいつがサイッドだってことは、確からしいなんて段じゃねえんだが……スリール これから先にあるのは破滅さ。あの連中なら、水がなくなって給水車ってことがある。だが俺達はどうだ? よっぽど大事をとってやらねえとだめだぞ。やつらはほとんど逃げ出しちまった、だがいつ帰ってくるか分からねえ。 そうなったら、どんなひどい虐殺が始まりますかね、奥様……オムー (軽蔑的に)それなら行きゃいいだろ? 外人部隊に入りゃいい。水ばかりじゃない、レモネードにだってありつけらあ、 あたしゃね、切手を貼ろうとしたってもう唾が出ないくらいだが、それでも口の中を下でよくこすりゃ、お前さんのその面にぶっかけて、 クレソンを生やすくらいのつばは出てくるわさ! (見えぬものに祈るように呼びかけて) カディッヂャよ! カディッヂャ! お前が地面の中にいるから、お前は死んだと人は言う、 だが私の体に乗り移り、私に霊感を与えておくれ! そしてサイッドの方は、祝福されるがいい!(娼けでは、兵士が出ていき、次いでマリカが姿を現す)マリカ (戻ってきて)連中の堅苦しさといったら、目つきにまで出てるわ…… (ワルダの金色の衣装がずたずたになっているのに気づいて) まあまあ……まるで爆発にでもあったみたいだ!2025/12/28 20:48:55164.夢見る名無しさんワルダ あたしに手をつけるときは、きっと、あざみでも積むように注意してやるだろうさ。何しろ、あたしがただの女かなんぞのように、あたしらとやろうってんだから……(アラブの兵士登場。合図をしてから、背景の後ろに消える。ワルダが後ろから付いて出て行く。マリカはその繕い物一式を取り上げるが、ハメッドが話しているので、そのまま耳をすます)ハメッド (オムーに)怒るのは間違ってるぜ。お前さんのこと、みんな我慢してるのは、女どもの罵詈雑言こそ、俺達のマルセイエーズだからさ、だが、時にゃ……ネヂュマ (今登場したところだ)肥溜めと悪口と両方要るよ。お前さん方、有難いと思ってもいいはずだよ、あたし達女がさ、 お前さんが他の勇気に肥やしをやりに来てくれるってね、あたしらがかぼちゃに肥やしをやるのと同じさ。バシール 現実を見なきゃいけねえ。もし何かがよ、結局のところ勝ちを占めるとしたら、それはなんだ? 俺達の屍骸よ。そうして、俺達の死骸がお前らの屍骸とやってよ、お前らの死骸が小さな死骸を生むって寸法だ……女たち へえだ、へえだ、へえだよ! へえってんだよ! お前、自分が鉄で出来てる、ジェラルミン製だとでも思ってるのかい!バシール 俺がジェラルミンでなくてもだ、いいか、よく覚えとけよ、俺は闘士の中でも一番主だった。 そしてな、一番おっかねえやつだったってことをな。俺のやった事だぞ、ナントゥーユ農場に火をつけたのは、 ブー・メディナのお巡りをぶっすりやったのも、青い目の兵隊二人、脇腹を抉ってやったのもな。 よし。だがな、今じゃ戦う事がだんだん問題じゃなくなってきた、 問題は、どうにもならん汚い中で、垢まみれ、糞まみれで生きなきゃならないってことだ。井戸に砒素を入れるなんてのは、大それた罪だ。2025/12/28 20:52:32165.夢見る名無しさんオムー 大それた罪が恐ろしいのか? 罪以外の生活なんてあたしらにゃもうないわさ。その大それた罪を生きなきゃならないわさ。 あたしゃ神様にたてつく気は毛頭ないが、神様の方であたしらに、 大それた罪のほかには何もとっといてくださらなかったことは、あちらでもご承知だわさ。 そもそもだ、喪に服すってのは、殿方に伺いたいね、自分を汚らしくする事じゃないのかね? 砂だの灰だの、泥や蝿や、牛の糞を体に塗りたくる。髭は生え放題、垢は体中の皴にたまりにたまる、目玉を穿り返し、指の皮をはがす、 一体全体、喪に服すってのはなんなんですね? (怒り狂って)サイッドに祝福あれ!ネヂュマ 井戸に毒を入れたって? それからどうした? お前さん方、渇えて死ぬって。あたしだって同じだ。やつらだって同じだよ。 それに、もしやつらが蓄音機と香水でも持って帰ってきたときには、あたしゃあたしの腐った死骸の凄い匂いで、 やつらの目の玉をでんぐり返らせてやりたいよ。だが、もう心配はなくなった。 お前さんたちがあたしらの事をひどく怖がっている、このあたしらよ、 自分のところの女をさ、その怖がる気持ちがこっちの武器さ。オムー (バシールに)お前達だよ、あたしらをひどい境遇にしたのは。あたしら、女はね、三千年も前からお前さん方の雑巾になってる事を我慢してきた、 それはいい、が、百年前からは、お前さん方も雑巾じゃないか。お前さん方のおかげでね、あの連中の長靴は、十万個のぴかぴか光る太陽さ、 お天道様のほうで目が眩むとよ!ハメッド (廃墟を示して)俺達がどういう有様になったか、よく知ってるはずだ……ハビバ (十六歳、登場したところ)もっとひどいことになるわ。あたいはね、あたいはなんだってしてやる。 お前と寝て梅毒にかかってさ、それを兵隊達にうつしてやるよ。(娼家の方に向いて、かがみこみ、大声で)教えておくれ、ワルダ。2025/12/28 20:56:24166.夢見る名無しさんマリカ (ひどく謙虚に)しょうがないねえ、向こうにゃなんでも揃ってるんだよ。消毒用の過マンガン酸塩も、生ゴムも、薬に入れるメチレン・ブルーも…… あの人達はちゃんと守られている。何でもあるもの。皮下注射用の注射器、カプセル、消毒ガーゼのついた絆創膏。(英詩が背景の後ろから出てくるが、退場するかわりに、階段を上がって、水飼い場の広場に来る。無言のまま全員を見渡す)サレム そうか。そんならお相手するのはやつらってわけだ。何しろやつらの前には死んだ土地があるだけだからな、 だが俺達の方はもう一文の値打ちもなしか。そんならお前のサイッドよ、あいつを捕まえたと時にゃ、 あいつがいやでも無理やりやっていただきましょうぜ!オムー いい加減に、吠えるのはおよし。(とっくり眺めるためのような具合に後ろに下がって) お前は一番美男子でしかも一番馬鹿だよ、世間じゃ皆知ってる事だ。 手足を動かしたり、ポーズを取ったり、長いまつげをぱちぱちやったり、尻をひねったりね、 それで満足してな、あたし達の目の保養ぐらいにはなるさ、それで議論がまた活気づくって。兵士 (厳しい口調で)そういう話はもう許されんのだ。裏切り者の事で、お前の今のようなしゃべり方は、もうしちゃならん。 事はそれに限らんのだぞ。泥棒も、私生児も、乞食も……オムー (一瞬あっけにとられていたが、やがて皮肉たっぷりに兵士を見やって)は、はあ! こいつは気がつかなかったねえ! つまりお前さん方も、今じゃもう制服だの規律だの、一糸乱れぬ行進だ、腕まくりだって段階に達したってことかい、やれパレードだ、英雄的な死だってね、 そうさ、戦争の美しさってやつか……兵士 なぜいけない。糞や垢とは別なものだってある。2025/12/28 20:58:51167.夢見る名無しさんオムー ええ、チンピラの鼻垂れ小僧が、あっちの側へ行ったらよかろう、あっちにゃ威風堂々たる美しさってものがある、 このチンピラの鼻垂れ小僧が! いや、ひょっとすると、もうとっくにそうなってるのかもしれん。 お前方、あっちの側に移っちまって、あっちのやつらのやらかすことをそっくりそのまま敷き写しにするのが嬉しくってならないのさ、 鏡に映るやつらの影、それと自分を一緒にするのは、それだけでもうやつらになる事だ。 額と額、鼻と鼻を突き合わせ、あごとあご、腹と腹、ええ? そこでどうしてつるんじゃいけないんだね、やつらとやっちゃ? 口と口をぴったり合わせ、息と行き、下と下を絡ませて、叫ぶ声は叫ぶ声に、喘ぐ音は喘ぐ音に……兵士 (憎憎しげにオムーに詰め寄る、とオムーは後ろに下がる)反吐が出る!オムー ほうれ見ろ! 図星だろうがさ、ええ? 戦争とはつるむことだ! 淫売屋のお姉さん達に聞いてごらん、店へ来る兵隊達が…… (娼家に向かって言葉をかけ)どうだい……マリカ? 答えとくれ……おや、あの子、窓を閉めちまった! (突然、雷鳴が轟く。雨が降っているに違いない、なぜならオムーとサレムを除いて、 登場人物たちは、半分は右手の、もう半分は左手の方へ行き、庇の下で雨宿りをしている人々のような格好で立つ。 オムー一人、中央にいて笑う)いったい、天から落ちてくる水に濡れるものなんかあるのかい? お前さん方、まるで糸みたいに細くってよ、それじゃ水の方で一発でも、お前さん方に命中する事は難しいね! (笑う。しかしサレムは彼女の傍に来ていた)お前さんは別だよ、サレムさん。そこにいたのかい。 全くのところ、腕が片方ないね。大雨で溶けちまったのかね。サレム (手に空気入れのポンプを持って、自転車の傍に来ていたのが)軍需品倉庫の火の中で溶けたのさ。 おかげで俺には、思っている事をはっきり言う権利が出来た。(ワルダが現れる。彼女は逆上しているようだ)2025/12/28 21:02:04168.夢見る名無しさんワルダ (マリカに)聞いたかい、連中の言い草。もう夢中だ! あたしゃ、死んだ後までなっていたかったのは、淫売さ。 (怒って)なんだい、あの言い草は!(二人は外の会話に耳を傾ける)オムー 戦争が終われば、お前さんは在郷軍人ってわけだ。目下のところは、退役だがね。どうしても続けなければいけないのは戦争さ。 大声で喚きたててよ。なるほど威勢のいい言葉はお前の口からは出てこない、だが、そいつはお前の空っぽの袖から出てくる。 タイヤに空気を入れてくれるやつ、いないのかい? お貸し。 (彼女は両手で彼の空気入れを取り、前輪の栓を開けて、空気を入れ始める。口の中でぶつぶつと) またお前を膨らます! ひっきりなしに膨らます!兵士 (近付いてきて)俺達だって怒っている。だが俺達の怒りはもっとゆっくりだ。機関銃を担ぎ、しかるべき場所に据えなきゃならん。 弾丸を込める。地平線のかなたを監視する。確かに叛乱だ、だが俺達の叛乱はもっと重々しいのだ。 お前らは俺達の周りを踊っていればそれですむ、だが俺達はな、お前らの踊りを守ってやらにゃならん、 お前らのワルツも、お前らの罵詈雑言もな。(彼は空気入れを取り上げようとするが、オムーはそれを拒否する)サレム こいつの言うとおりだ、お前の罵詈雑言だって、しまいには種が尽きる。 だんだん勢いがなくなるよ。オムー (頭を上げて)年をとったのかい、あたしが?兵士 (元気を失って)俺のほうがお前より先に死ぬ、だから一番年寄りは俺だ。オムー (体をもたげて、兵士の目を見据え)あたしにはお前さん方の値打ちが分かっている。お前さん方の全部だ。(重々しく) 分かっている、死がお前さん方を狙っている。当節この国じゃ、死神は一番若いのを真っ先にさらっていく、 だが死神にしたって、お前さん方に危ない一か八かのゲームをさせているんじゃないか、 昔ながら、お前さん方は、嵐の夜、木から落ちる青い実だった。今じゃ……2025/12/28 21:05:36169.夢見る名無しさん兵士 戦争には戦争の規則がある。オムー だが、道徳的な規則じゃない。兵士 (きっぱりと)道徳的だ。戦争はわれわれに平和とはいかなるものであるべきかを教えてくれる。 もう殺すのも殺されるのもごめんだ、一番強いものになりたいのだ。甲冑がいる。オムー (横柄に)何を守るためだい?兵士 (ちょっと黙ってから)俺には分からん。が、とにかくいるのだ。早く空気を入れちまえ。こんな土砂降りの中にいるのはごめんだ。オムー (皮肉に)お前さんの制服、とっても素敵だからね……兵士 (彼女から離れ、庇の下に入りながら)これだって、そうだ。ぼろを着てたんじゃ満足に戦はできない。 (途端に食って掛かるような口調になり)そうだよ、満足な戦は出来んのだ、みっともない面をしていちゃな、女にももてんような奴じゃな。 (がなり立てる)いいか、男たちに俺が死に逝くその姿が、奴らに羨望の念を起こさせる事が必要なのだ……オムー (肩をすぼめてから、また空気を入れだす)カディッヂャよ……サレム いい加減に止めておくれ……ずぶぬれになる、自転車なんかいいから。 (彼はハンドルをつかむ)2025/12/28 21:07:24170.夢見る名無しさんオムー その通りだ。明日の朝は、これじゃきっとひどい咳だ。あたしの声帯は弱いんでね。 (彼女は自転車の胴に空気入れを戻す)よく分かってるよ、あの男のいう通りだって…… (と、兵士を指す)だがね、カディッヂャって人は、言うべきことを見事に言ってのける人だった。(下の娼家では、兵士が一人一人やってきて、背景の後ろに姿を消し、マリカがその後に従う。ワルダの怒りはますます激しい)マリカ (姿を消す前に)あれであたしの上に乗ってくるんじゃ、あたしは、出てくるときにはずぶ濡れだよ!サレム (片手で自転車を押しながら退場しかけて)忘れちゃいけないぜ、あの女がそう喋ったのは、死んでからだ。 生きてる間は、とてもそんな勇気はなかったはずだ。(オムーは答えるのをためらう)早くしな、おいらはずぶ濡れだ。兵士 (大声で)何を守るためかと? お前の愚劣さだ、他でもない。他にはない。お前を見て、俺にはわかった。 俺達が死ぬとして、それは承知の上だ、死ぬのはお前の愚劣さのためにじゃない、が、 もし俺達が規律と掟の中で秩序を打ち立てるなら、それはお前が百年間生きられるようにするためだ。 お前のその甘い……甘い……お前の優しい、映り輝く愚劣さを抱えてな……(彼女は咳をする)オムー (皮肉に)それはそんなに貴重かね?サレム (彼女を自転車で押しながら)雨はだんだんひどくなる。先へ進みなよ。(彼女はまた咳をする)ほれ見ろ、風邪ひいたじゃないか。オムー (兵士を指して)あのちんぴらのおかげでひどい風邪をひいたよ! (ふいに)ところでサイッドは? サイッドのことで、何か分かった事があるかい? (彼らはかたまって雨宿りをする。がたがた震えながら、雨がやむのを待つ。この場の終わりまで)2025/12/28 21:09:16171.夢見る名無しさんワルダ (自分の姿を見やりながら)鏡よ、あくびをしながら果てしなく自分の姿を見つめていられた時代、あの時代はどこへいってしまったのか? (姿見に唾を吐きかける)どこにいるのだ。あの男たちは、あたしがわれとわが身を見やるのを息を殺して見つめていたあの男たちは? 今じゃ世間並みの労働さ。それに乾物屋で会う女どもに挨拶をするのも、あたしが思っていたより肩の張ることだ……(アラブの兵士が、櫛を使いながらでてくる。マリカが再び現れる。ベルトを締めなおしながら)マリカ あの人、全身血まみれだったよ……ベルトにホックを付け直さなきゃ。(彼女は繕い物をする)ワルダ お前のそのすばしっこさ、お前がミシンになるのは当然の勢いだったよ。遠い距離があった。 サハラ砂漠があった、このあたし、ワルダと、村で一番軽蔑を買っている女との間にはね、 あたしとレイラの間にはね。植民地軍の砲兵大隊の隊長が---今から一年も前の話さ---ある昼下がり、やってきてね、その男のボタンを三つ、 付け直してやらなければならなかった。そこらじゅう指輪をはめたごつい指をしているくせに、 ズボンのボタンを付け直したのはその男の方さ、あたしにゃできなかったね。当節ならできるとも。 糸をなめて、針に通して、布をあてがって、はすかいに切って……肉屋や乾物屋で、連中はあたしに挨拶をするんだよ…… あたしゃ、ますます、特別な人間じゃなくなっていく……だからこそ、あたしの怒りはますます大きくなる。あたしの悲しみも同じだ。 だがね、連中、あたしの悲しみには用心するがいい。そいつさえありゃ、連中があたしから奪ってしまった不幸ってやつも、あたしは必ず作り出して見せるから……マリカ (優しく)お願いだよ、ワルダ。気を静めて。 (彼女はワルダに近づく。あたかも情愛をこめてのごとく)2025/12/28 21:14:15172.夢見る名無しさんワルダ (わめいて)とっとと出てお行き! あたしにゃ我慢できないんだ、機嫌のいいのも喜ぶのも。とりのぼせてるのも勿論だ! やつらに言ってやる…… (マリカは彼女を引きとどめようと努める)看護婦かい! 看護婦ときた! やつらはあたしをあたしの墓の中から引きずり出して、赤十字の女にしたてようってんだ。(オムーと向き合って立ちはだかり) あたしの周りに、あたしのこの手でね、あたしゃこの淫売窟を築いたのさ。その石を一つ一つ、 お前さんがたは取り除いて、この店を取り壊し、あたしの心臓にまで手を伸ばそうという……マリカ (ワルダに向かい、彼女を右手に引っ張って来ようとしながら)黙ってよ、お願いだから、黙って。 あの連中、今までにないほど強くなってるんだから……兵士 (むやみと男性的な虚勢を張って)兵隊がいる限りはな、淫売も残るんだぜ。 (そのとき、右手から、ヂェミラが現れる)ワルダ 誰だい、お前さん?ヂェミラ (手に黒の小さなスーツ・ケースをさげている)あたいの名は、ヂェミラってんだ。マイヤンスから来ました。ワルダ (怒って)誰がここへよこしたんだ?ヂェミラ お天道様よ。マリカ 仕事はちゃんとやるね、お前さん?ヂェミラ マイヤンスは駐屯部隊のいる町さ。あたいの胸は、コルセットがパンパンにはちきれそうさ、その上、腰の頑丈さは無類だよ。 しかもパンチがあるよ、何しろ、教会のベンチより硬いベッドの上で、鍛えた相手が兵隊さんばかり、 イギリスだ、アメリカだ、ドイツだ、ロシアにポーランド、セネガルの黒ちゃん…… (ワルダのずたずたになった衣装を見つめる) ここじゃ、お店の中まで戦争なのかい?2025/12/28 21:16:45173.夢見る名無しさんワルダ (噛み付くように)ここじゃ、店の中で犬みたいにつるむのさ。 (アラブの裁判官が、左手から出てきて姿を現す。退場しかけるが、その前に)オムー どうしたね、お裁きをする人? 雨が降ってる中をかい! さぞかし美しかろうね、お前さんが美しくした正義とやらいう女の子は……裁判官 (笑いながら)わしがあの子をお前さんがたのためにそんなに美しくしたって言うなら、お前がたに寝てもらやいい。オムー お前さんのものじゃないか……裁判官 (笑いながら)もうわしのものじゃない。物事は、それを一層美しくすることができた人間たちに帰属するのをやめてしまった。 開放され、自由になり、すばしこく、それらは逃げ出し、よそへ行って生きる、 誰の上で、何の上で、どんな風に生きるのか、わしの知ったことか、糞食らえってとこだ。 (女たちがどっと笑う)……より優れたもの、より美しいもの、敏捷で、翼を供えたそれらのものは、 自分たちを選りすぐれたものにしてくれた人々を、感謝の念に満ちて、見捨てるのだ。 それらのものは立ち去ってしまった、もう何もない、何にも、ゼロ、おしまいさ。(と、笑う。そのとき、遠くで、町の外から聞こえてくるような、マーチを口笛で吹く音が聞こえる。水飼い場の縁に来ている者も、娼家にいる者も、みな頭を上げ、あたかもはるか遠くのはるか高いところを見つめている心持)ヂェミラ 何、あれ?マリカ (悲しげに)勇ましい人たちさ。あたしらの兵隊さんよ。丘の斜面を降っていく……何物もあの人たちをひきとめはしない、 長靴にはねる泥も、帽子を打つ雨も……(耳をすます)もう夕方だわ。あの人たち兵営に帰るのよ、ぐったり疲れて……兵士 (陽気に)帰ってきたぞ!2025/12/28 21:19:35174.夢見る名無しさんマリカ 一日中、あの人たち、殺してきた、腹を割き、のど笛を切る……ヂェミラ それでも、口笛を吹くの?ネヂュマとオムー 帰ってきた!マリカ (ヂェミラに)そうよ。習うのに暇はとらないわ。きっと書く正体には蓄音機があって、毎日、毎晩、ひっきりなしに同じ曲をかけてるのよ。ヂェミラ きっとそのうちに、あたしらのまわりで、あの連中、アメ公みたいに口笛がうまくなって、腰を振って行進するようになったら、きっと、あたしらは……ワルダ (わめいて)いいや、ちがう! あたしはちがう! あたしは絶対に動き出しやしない、絶対にあたしは、いくら風が吹きつけようと、びくともするものか!オムー それから、攻撃にかかる前に、葡萄酒を飲んでもらいたい、コーランの禁じている葡萄酒さ。 聖書の掟にそむいて罪の中にいりゃ、あの連中、どんな大それたことでもやれるはずだよ! あたしの望みは……裁判官 (兵士に向かい、彼の服装をいちいち上から下までしげしげと見やって)これも全くそうだ。自前でやっつけた取引にしちゃ、 お前さん方、お前さん方の方もなかなかうまくいったじゃないかね。2025/12/28 21:21:02175.夢見る名無しさん第十五景(白い紙の透明な背景が、前後約一メートルの間隔を置いて、前後重なり合って配置されている。両側から半円を描くようにして、左右に、多数のアラブ人の男女。その中に、シ・スリマーヌ、ネヂュマ、ブラヒム、ムスタファ、フランス兵ピエール。左手に髪の背景が一枚。その背後に、女の影が……躊躇している。上のほうに、もう一つの背景があり、その前におふくろと、中尉と兵士達が現れる。全てのアラブ人たちは、みな、穏やかな笑い声を立てている。ついに、最善より背景を通り抜けるのを躊躇していた人物が背景の紙を破る。カディッヂャである)2025/12/29 13:59:21176.夢見る名無しさんカディッヂャ (彼女はひどく気楽そうで、他の人物を同じく、穏やかな笑い声を立てる。それから笑うのをやめ、目をこする)さて、さて!(再び笑う)シ・スリマーヌ (穏やかに笑いながら)それそれ!カディッヂャ (また笑って)いやはや、まったく!シ・スリマーヌ (同意して)そうともさ!カディッヂャ (辺りを見回し)それにあんな大騒ぎ!シ・スリマーヌ いいじゃないか。お遊びも必要さ。カディッヂャ (笑いが次第に小さくなり)そりゃそうだ……だがそれにしてもよ……誰に予想が出来たね? (突然、不安になって)ねえ、あたしは、来るのに手間取ったかい?ピエール お前さんは三時二十四分に殺された、あの上のあっちの時間さ、そしてここに今ついた、三日後にね。カディッヂャ (彼を見つめて)でも……お前さん、何してるんだい? あたしらの仲間じゃなかろう?シ・スリマーヌ 仲間であってもなくても、とにかくここにいる。この男を殺すわけにゃ、つまり生き返らすわけにはいかんのさ、 我慢しなければならん。血管が詰まって死んだんだ。何かの間違いだったかもしれんが、俺には分からん……2025/12/29 14:01:08177.夢見る名無しさんカディッヂャ (微笑を浮かべて)で、ここじゃ何をすることになってるんだい?ネヂュマ 何も。もう何もすることはない。普通なら、時間ってものはコーヒーみたいに通っていくものさ。 そしてフィルターの中に事件を残していく。今じゃ、時間は流れやしない。カディッヂャ あの男、何をしてるんだい?シ・スリマーヌ あいつだって、もう何もしてはいない。カディッヂャ 退屈してるのかね?シ・スリマーヌ 聞いたって、答えないな。カディッヂャ じゃ、あたしも聞かないよ。シ・スリマーヌ どうも喋り方がもたつくな。まだ歯の間に時間のかけらが流れているんだな。カディッヂャ どうもここじゃみんな分かってないみたいだね、あたしが下界であの連中のためにしてきたことが。 あたしゃ叛乱を組織した、男たちをそそのかした、そして自由のために死んだんだよ。ブラヒム 正直のところ、誰も気に留めてないね。誰でも死ぬんだ、死に方はまちまちでもな。たとえば俺は、鉱山で死んだ。ベルギーだ。カディッヂャ (気乗りしない口調で、それを確かめるように繰り返し)ベルギーね。ブラヒム (ムスタファを指し)あいつは、シェルブールの沖で潜水夫をやっていた。カディッヂャ みんな死人だってのは分かったよ、ども、みんな回教徒かね?ブラヒム (微笑して)さしあたりはね。居心地が悪くなるといけないからさ。あとになると……2025/12/29 14:02:43178.夢見る名無しさんカディッヂャ なんのあとさ? 時間ってものがないなら、あともないだろうが?シ・スリマーヌ (微笑して)時間はない。だが特別のものがある、生きている連中にとって時間が神秘的であるのと同じように、 われわれにとって神秘的な何かが。(めいめい物思いにふける態)カディッヂャ それじゃなにかい、あたしたち、仲間同士なら、戦を続けるのかい? うえの連中に手を貸してやれるのかい、これまでどおりに?シ・スリマーヌ 俺達が上にいた頃、なりたいと思ってたものに連中がなれるようにかな?カディッヂャ そうさ。 (全員、きわめて穏やかな笑い方をする)ブラヒム それじゃ俺たちがより少なく死ぬように努力する事になる。ところが、絶えずますます死を深めていかなきゃならんのだ。カディッヂャ それでも、車馬には、まだあたしの一部が残っているよ……シ・スリマーヌ なんだね?カディッヂャ あたしがあとに残してきた、あたし自身のイメージさ……あたしに、今、見れるかしらね?シ・スリマーヌ 知りたいんだな、お前さんが二十年も、兵隊達に体を売っていたことがばれちまったかどうか。 そんな事は一ヶ月もたったら、みんな知っていたさ。(突然上壇がかすかに明るくなる。それは何も描かれていず、真っ黒である。おふくろが、死んだ兵士を肩紐の先に引きずって現れる。死者達はみな下を向いて---おふくろは彼らより上にいるわけだが---おふくろをみつめる)2025/12/29 14:04:44179.夢見る名無しさんおふくろ (ぶつぶつ言いながら)……それと大海原の! 世界と大海原の王様たち……(喘いで)…… ルビーの、お前さんたち、ルビーの大冠をかぶって、引きずってるのは、ちりんちりんの車だ……カディッヂャ (下を見ながら)サイッドのおふくろだよ、レイラのお舅だ……シ・スリマーヌ だいぶ前からわれわれはあの女を観察しているんだが、後から後から馬鹿げた事ばかりやっている。 普段はあれほど頭のいい女だが、これじゃまるで世間様とはあべこべの方角に向いて死んでいくみたいだ、 理屈もへったくれもありゃしない。おふくろ (相変わらず死骸を引きずりながら)ええ、まあ、ずぶ濡れだよ、あたしは。大海原の事を二言三言喋っただけで、もう汗みずくだ! 神様ってのはどいつもこいつも頑固だね。でもあたしがどういうもので出来てるか、それが分かったら、神様だってちったあ考えなおすだろうさ……カディッヂャ どこにいるんだい、あの女、今は?シ・スリマーヌ どこにもいない。いや、まだ完全にどこにもいないって状態にはなってないな。もうすぐそうなるさ、俺達のところへつけばな……ピエール あの女、ついて来なかった……まったくあの婆様ときたら、地面にしっかりくっついているからな……俺なんざ、やややっと来ちまった……カディッヂャ (現在行われていることには関心がないという様子で)シュルメルジュよ……シュルメル! ここだよ……そこ! シュルモン……早々、あたしの指の上に……違う違う、手の上じゃないったら……お前さんじゃないよ! エフェバ! エリーマー!(彼女はうっとりしているようであり、彼女と同じく驚嘆している兵士を見て、二人で笑う)2025/12/29 14:07:16180.夢見る名無しさんピエール (感にたえたように)出来たね!カディッヂャ いや、こんなのはね、易しいと思ってたよ! 場所の広さと走る速さの関係ぐらいはっきりしている……おふくろ (退場する間際である)……帰って! (嘆願する)お引きとり下さい、神々様! なにとぞ、お引きとりを! あたしに勝手に出させてください、この茨の茂みや、肩紐や、死骸の群れから外へ…… 生きている人たちからも……いやさかの声……生簀……お魚、湖、外海!……あたしは牝犬さ、釣りと狩が得意の、純血種さ!(退場する)カディッヂャ (スリマーヌを見つめながら)気がふれたかね?シ・スリマーヌ (微笑して)さっきのお前さんと同じさ……あの女は林を横切っている……理性なんて物を脱ぎ捨てて、純粋な姿でやってこようとしている、 そしてお前さんと同じように、場所の広さと走る速度の関係を知り、蝿達の名前を知るようになるわけだ。カディッヂャ エフェバ! エルニモン! シェルメルジュ! オルガーヌ! セベラドンヌ! ニクチュエル! カピローグ! エメローグ! カタローグ! (背景の後ろから、一つの影が近づいてきて、次第に大きくなり、やがて最後の背景を破く。 それは十一歳から十六歳ぐらいと思われるアラブの少年である)少年 (穏やかな笑い声を立てて)さてさて!カディッヂャ (そこにいる死者たちと同様、穏やかに笑いながら)それそれ!少年 いやはや、まったく!カディッヂャ そうともさ!少年 それにあんなに大騒ぎ!2025/12/29 14:09:22181.夢見る名無しさんカディッヂャ いいじゃないかね。(彼女は蝿の名前を呼ぶ果てしない台詞を続ける) リュベーク! (そして次第次第に早く) サルフェス! クラベス! クリュミラフロール! オクトロ!少年 誰を呼んでるんだい、死んだ蝿かい? 生きてる蝿かい? (しかしカディッヂャは答えない。はるか彼方、沢山の紙の背景の背後から、小さなシルエットが現れる。それら全ての背景を、 破りながら、緩やかに踏み越えてくる。ついに、それは最後の背景に到達し、死に達する。この背景を破って、姿を現す。おふくろである)おふくろ (穏やかに笑いながら)さてさて!少年 (穏やかに笑いながら)それそれ!おふくろ いやはや、まったく!少年 そうともさ! (全員、微笑する)おふくろ それにあんなに大騒ぎ!少年 いいじゃないかよ。お遊びも必要だろう?おふくろ そりゃそうだが……でも、それにしても……誰に予想が出来たろうね? それじゃ、あたしは死んだんだね? (カディッヂャに)お前さんじゃないか、カディッヂャ。(ピエールを除き、全員静かに退場する)カディッヂャ (微笑して)あたしのほうが先に死んだよ。おふくろ 知ってるよ。それでどんなご利益があるね?2025/12/29 14:11:51182.夢見る名無しさんカディッヂャ (微笑して)見てごらん。(彼女は呼ぶ)シュルメルジュ! エフェバ! マントリロック! サルガーズ! ヴリ……ムリ……スリ!おふくろ (感心して)お前さん、みんな織ってるんだね! 覚えるのが早いんだよ。物覚えがいいんじゃ抜群だ。カディッヂャ でもお前さんのほうは、こんなに早くお陀仏になって、どうしたんだい? あたしの後を追いかけて来たのかい?おふくろ そう見えるだろう? だが本当は、ちょっと違う。あたしは疲労困憊のあまり死んだのさ。カディッヂャ (笑いながら)でもその前に、うまい具合に、人一人殺したじゃないか。おふくろ (とんでもないという風を装って)あたしが? 冗談じゃない! (ピエールを見て)この人かい? この人の首に肩紐が絡み付いて、動きが取れなくなったのさ……ピエール (笑いながら)必死になって、俺をがんじがらめにしたくせに。それにあの引っ張り方! 引っ張ったぜ、相当!おふくろ (声を立てて笑っているカディッヂャに)でもあたしはうまく仕組んで、偶然そうなったように見せかけておいたつもりだがね。カディッヂャ (微笑して)そりゃまたどうして? お前さん、あたしらみんなを、いつでも嫌っていた。つまり見事にしっぺがえしをされたって訳か! (彼女は声を立てて笑い、おふくろも共に笑う)お前さんたち、いったい何を食っていたんだね、お前さんも、サイッドも、レイラもよ! あのあぶく! あのうんこ! あのげっぷ! げろを吐けば、腸まで出しちまう!おふくろ (笑いながら)それから、糞の中に唇すれすれまで浸かってよ! ほら、ぽちゃぽちゃやると駄目だったら、波が押し寄せてくる、歯を食いしばるんだよ!(彼女は大声で笑う)2025/12/29 14:14:33183.夢見る名無しさんカディッヂャ そういう訳かい。おふくろ そういう訳さ。(微笑しながら)ねえ、あたしの大好きなカディッヂャ、どこの村にもきまって一箇所、ひどいにおいをぷんぷんさせてる場所がある、 村の共通のごみためって言われているところさ。その土地のごみ箱にたまるごみというごみを空けて積み上げる所だ。 村のごみためには、それぞれ特別なにおいがあって、グルノーブルとウプサラじゃ、スウェーデンだよ、同じにおいはしない。 あたしの総身をかけて十三の穴---匕首や、銃剣や、鉄砲玉さ---その穴からは、当に昔の血は流れなくなっているが、 あたしの鼻の穴にゃ、まだ家の村のごみ箱のあのにおいが残っている…… (彼女は息を吸い込み、さらに大声で話す)これこそあたしが一生涯かぎ続けてきたにおいだ、 そうして、あたしが完全に死んじまった暁に、ここであたしってものを作り上げてくれるのは、 他でもないそのにおいだよ……あたしは、あたしが腐っていく事で、あたしの故郷を腐らせてやりたいね……カディッヂャ (彼女も笑いながら)あたしのほうは、なんてったって、あたしの蝿達だね。今じゃ何十億っているけどさ、それでも未だ全部たしてもただの一匹、 全部たしてもまだたった二匹ぐらいにしか思えないね。あたしは蝿達を送り出して、年端の行かない、 四歳かそこらの乞食たちの目の縁で卵を産ませてやるのさ、村の打ち殺された牛の腹にもね、そうして、 うちの兵隊達の死骸の周りでぶんぶん飛び回らせてやろう。用心おしよ!(全員頭を下げる。その間に、上の背景が再び明るくなる)シ・スリマーヌ (穏やかに)秋だ……秋だなあ……おふくろ (驚いて)誰か、あたしについて来たのかい?2025/12/29 14:17:47184.夢見る名無しさん (四人の外人部隊の兵士が現れる。背中に背負った装備の重さに身をかがめ、暗闇の中をそろりそろりと歩きながら。その征服は全てぼろぼろになっており、泥まみれである。)ロジェ (疲れきっている様子。歩きながら右手のほうへ向かう) どの石も危ないって言うんだな! そろそろ行けや、左には深い溝がある……ネストール (姿を現す、疲労困憊の極み)敵は、動くものは何でも敵だ、動かないものも何でも敵だ。 揺れる水も、揺れない木もそうだ、俺達の飲み込む風だってそうだ。ロジェ (放屁しながら、深刻な声で)俺のを飲めよ、ロ・テ・ガロンヌ県から吹いてきた風だぜ。ネストール (鼻をつまんで)くせえ! (この場面の間中、中尉が見えてからも、俳優達はお互いの顔が見えぬまま話すものとする。 彼らの視線が話している相手の視線と交わる事は決してない。彼らは今が真の闇であるという印象を与えねばならない)ロジェ (底のなくなってしまった靴を両方とも脱ぎながら)どっかへ行っちまったよ、おいらの底は、 足の裏で直に歩いているんだ。祖国ってものは、つまり靴の底にひっついているもんじゃねえ。 おいらの腹の中にたまっているもんだ。おいらが祖国に囲まれたいときには、一発ぶっ放す。 ロ・テ・ガロンヌの連中が、みんなおいらと同じにやったならよ、 それから、ジロンド県のやつらも、タルヌ県のやつらも、それから以下同様にだ、みんながやりゃ、 まさしくギュイエンヌやガスコーニュの空気の中で、おいら達が戦うことになる理屈だ。ネストール 屁をひる屁をひるって、屁みたいに言うが、ガスがたまってなきゃどうするんだ?ロジェ ちゃんと用意をしとかなくちゃいけないぜ。出発するとき、おいらは祖国の空気をパンパンに詰めてきた。 祖国においらを囲んで欲しいと思えば、おいらは尻の穴の襞を緩めるのさ。2025/12/29 14:20:38185.夢見る名無しさんジョジョ (姿を現し、ネストールにぶつかり、そして闇の中の兵士のなすべきあらゆる仕草をしながら) おいらは、どうもまずいことにゃ、村役場のにおいをかごうと一発ぶっ放すと、そのたびに、 すいっと風が吹いてきて、そのご利益に預かるやつはどこの誰やら。ロジェ (突然立ち止まり、振り返って)聞こえたか?ネストール うろついてるやつでもいるのか?ロジェ 誰の話だか分かるだろう。ネストール (ロジェと鉢合わせをして)ついて来させりゃいいんだ。 今にもお駕籠に乗っけて運ばせかねない。とうに背嚢はご免にして、ぶらぶら歩きをなさる、咲き乱れた花の中へおしっこに行く始末。ロジェ (立ち止まって)自分の水をやる花を、自分で選ぶっていう贅沢にふけって…… もうちょっとゆっくり歩こうか……ネストール (追い越そうとしながら)夜中でも、あの人が道に迷うはずはない、光り輝いているんだからな。 あの人の勲功が、あの人を輝かせて……ロジェ 羨ましいのか? そろそろ行けって言ってるんだ、さもないとまっさかさまに底まで落ちるぞ。 (彼らは、非常に狭い、きわめて危険な道を通っているような、用心深い仕草をする) 羨ましくないのか? 俺は、時には羨ましいね、あの人の冷ややかさがな……ええい、押すなってばよ……ネストール (震えて)遠くからでも、あの人はおいらを縮み上がらせちまう。あの人の顔は、凍ってるのさ。ジョジョ (意地悪く)今はな、あの顔を持ってるのはあの人だ。だがもう少しすれば、俺達の方も、ああいう面構えになれるかもしれん。みんなだ。2025/12/29 14:22:38186.夢見る名無しさん中尉 (左手から出てきて、姿を見せる)前進せよ……慎重にな、とにかく前進せよ。ロジェ 随分後ろの方だぜ、中尉殿は……中尉 心配には及ばん、やがて貴様達に追いつく……(苦々しく)びっこなどはひいてはおらんぞ、中尉殿は。しゃんとまっすぐに歩いておる……ロジェ (無遠慮に突然)中緯度の……中尉 (ぶっきらぼうに。軽くびっこをひきながら前へ進みつつ)前進だ。(それから、ずっと優しい声になって)あの男をどうすることが出来る? われわれは死の世界に入ろうとしているのだぞ。もし命拾いが出来るとしたら、それこそ離れ業だ。 あの男は、あの男の残酷さが彼を焼き尽くし、彼を光り輝かせている。おかげでわれわれのありかは敵に知られかねない。 では、もし運良く、助かったとしたら、一体彼をどうしたらいいのか? いや彼の方も、自分自身をどうするつもりなのか? 私は彼を見た、彼の方は気がつかない。潅木の枝に隠れて、私は彼を見たのだ。するとどうだろう、一人になると、彼は、 自分自身の姿しか目に入らなくなる……(間。全員、そろりそろりと、盲人の仕草をする。何物にも触れずに) ……ひとつ聞いてみよう。(彼は、身をかがめ、手探りで地面に横たわり、そこに耳をあてがって、耳をすます。それから少し上体を持ち上げて) やって来る、彼だ。この細道の土に耳を押し付けていると、私には彼がやって来るのが聞こえる、 静かに静かに、そこにフェルトを張った靴を履き、大股で、しっかりとした足取りで……(彼は完全に起き上がる) 溝のそこに石を落とさないように注意せよ……前進! 夜が彼を守っている、彼をだ、 われわれではない……この小道のはずれには、大きな岩が転がっているはずだ…… それを静かに包囲する……貴様たちの願っていないに違いない、彼がわれわれに追いつくようにとは……(突然、砲火。中尉は倒れる。今は彼は非常に早口で、あたかもささやくように話す。三人の兵士と、それに今登場したばかりの第四の兵士、ロランが、中尉の方に向き直る。彼らは手探りの仕草をし、その仕草が、この場面が暗闇で行われている事を示す)2025/12/29 14:25:15187.夢見る名無しさん中尉 ついに来たぞ、貴様ら。ついに来たのだ、弾は。わしは今、手探りで死ぬ……わしはもうろくなものは残っちゃおらん……祖国は遠い…… 将軍の位のあの星印、わしはそれをもらう資格があった、そうとも、ところがわしは、ついに陸軍中佐の位さえも授かる事はあるまい……水を……ジョジョ (優しく)もう飲み水はないんです。中尉 水を……ロラン いよいよお陀仏だ。ネストール この人のためにしてやれる事は何もないのだ。息を引き取るのを待って、瞼を塞ぎ、この溝の底に転がり落とすだけだ。(間)ジョジョ (非常に優しい声で)もちろん、この人がフランス本土に帰ることはないが、とにかくだ、 とにかくやってみたらどうだ。俺達には、それしかないんだから…… きっとこの日と、故郷の家で息を引き取ったような気になるだろう…… (ためらう)ロジェ、お前、ガスの余分があったら、そしてほかの連中もみんな…… 一発ずつ、このひとのためにぶっぱなすんだ、どうだ。ロジェ 俺は……俺はもう自分の分しかないな。ジョジョ ついさっきまで、お前の口ぶりじゃ……中尉 (息もたえだえに)水を……ネストール それはわれわれの果たすべき義務だ。この人はキリスト教徒の土地に埋葬されないのだから、 せめて、少々、われわれの故郷の空気を、今は、嗅がせてやらなきゃ!ロジェ いよいよ終わりだ。それっきりしか残っていなかったんだからな。俺の腸の襞の中で破裂する泡のいくつか。 それを出しちまったら、俺には何が残る? ぺったんこな腹さ、ぺったんこだよ! ただ、俺はな、寛大な心、鷹揚な心意気って物を知っている。もしみんなが揃ってやれば、それこそ厳かな葬式をこの人にしてあげることになる。 それこそ二里四方はガスコーニュ地方のにおいで一杯になる。2025/12/29 14:27:58188.夢見る名無しさんジョジョ 生まれは良くても、今じゃ俺達と同じ人間だ。それに、この人にあげられるものはそれしかないんだから、心を込めてやろうじゃないか。ロジェ この人の中にも、ひょっとしたら必要な分が入ってるかも知れんな。ひとつ力んでもらったら……ネストール 殺生な事を言うな。そんな事を死にかけてる人に要求できるかよ…… (間)ロジェ (腹立たしげな仕草をして)分かったよ。さあ、引っ張れよ。岩の陰に連れて行って、そこで嗅いでもらおうぜ、ロ・テ・ガロンヌの空気を……中尉 水を……ロラン おいらは、アルデンヌだぜ。 (兵士達は、きわめて注意深く中尉を袖に引きずっていく)ロジェ (最後に姿を消す)そこにそうっと寝かすんだ、肩を岩にあてがって。それからおならはな、いいな、音を立てずに出すんだぞ、 敵にこっちのありかが分かったら事だからな。的はあたりに散らばっている。が、しかし、俺達のおかげで、 この敵意に満ちた夜と原野の最中に、俺達の故郷の霊安室が出来るのだ、 そこにはろうそくのにおい、祝福されたつげの枝、破かれた遺言状があり、 そしてその霊安室は、ムリヨの絵にある雲のようにそこにしつらえられるのだ。 さあ、開きたまえ、中尉殿の花よ、そして最後の息を引き取る時に…… (全員、退場する。辺りは空になる。ロジェの声だけが聞こえる)それゆえこれから。高貴なお方のためにのみ捧げられる礼砲を、音を立てずに、 中尉殿のために発砲することにする。各人己の礼砲を放つべし。鼻の穴にしっかりと狙いを定めて。射て。よーし。 (間)よーし……各人の己をやる事。少しはフランスのにおいのする空気が……(次第に小さくなっていた声は、完全に消える。兵士達は右手より姿を消す)2025/12/29 14:30:48189.夢見る名無しさんおふくろ (微笑して)つまりあの人は来るってかい?カディッヂャ もうすぐ来るさ。あそこにいたほかの連中もだよ。でもそれで全部じゃない……(さらに大声で笑い)あたしの蝿たちがいる。 いいかい、あたしはここでは、いわば蝿達の知事夫人ってわけさ、こういってもいいさ、蝿問題に関する正式の代表だよ!おふくろ (感心して)あたしのごみために一個大隊か二個大隊、送っておくれよ。カディッヂャ お安いご用さ…… (彼女は呼ぶ仕草をする)おふくろ (笑いながら)まだ間はあるよ。もうちょっと、おしゃべりしようじゃないか。下界じゃ、あの連中、これから何をしでかすと思う?カディッヂャ (笑いながら)いいや、何も。哀れな連中だね。あれもしろ、これもしろって、出された要求が多すぎたよ。 肥溜めの中にどんどんはまりこんでったって、その行き着く先はどこだってんだ……おふくろ (笑いながら、彼女と共にカディッヂャも笑う)どこにも行き着きやしない。よく知ってるよ、あたしは、でもまさにそのためなのさ! (彼女は声を立てて笑う。そのけたたましい笑い声の中で、次の台詞を射言う)真実って言ったって、……ハ、ハ! 証明できないんだからね、アッハ、ハ、ハ! (その笑いはとめどもなくなったように見える)贋物の真実だとよ……アッハ、ハ、ハ! イッヒ、ヒ、ヒ! ハッ! ハッ! (笑いすぎて体を折り曲げる)真実ってったって、そのぎりぎり最後のところまで、持っていくことの出来ない代物で、 ヒ、ヒ、ヒ、ヒー! オッホ、ホー! ア! ハ! ヒ! ヒ!そんな代物、死ぬのを見なくてもよ、 自分が笑い転げて死ぬような目にあわなくたってもよ、せいぜい褒め称えなきゃいけないのは、この真実って代物さ、死ぬまでだ! アッハ、アッハ、アッハ、ヒー、ヒ、ヒ、ヒ、ヒー! ホォ! ホォ!カディッヂャ (彼女よりも激しい笑い方)そんな真実、実際に使えるやつなんて絶対いないさ! アーハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!2025/12/29 14:34:56190.夢見る名無しさんおふくろ (笑い転げて)絶対だよ! 永久にだよ! その真実はどうしても……そい……そいつ……つはよ……どうしたっても、 アー、ハ、ハ、ハ、ハー! イーヒ、イーヒ、イーヒ! どうしたっても、歌にならなきゃならない、そうして頭痛の種になるのさ!(地面の上を笑い転げて身をよじり、ついにはしゃっくりを始める)カディッヂャ それにいいかい、あたしがお前さんを見てた時よ、お前さんの方じゃ見てなかったんだからね! アー、ハ、ハ、ハ! あのばかげた話、いつまでもくどくど、技術指導の役人だってああはいかない、 いやまあばかばかしい話、してたよお前さん、それを聞いてあたし……アーハ、アー、ハ! ヒー! ハー! ヒー! 茨さ、茨の茂みなんぞに、亭主の惚気を言って、いい男だったよなんて、あの乞食野郎の事をよ…… おかしくって、おかしくって! アー!おふくろ (カディッヂャと同じく、大声で笑い)あまつさえ、あたしはこうまで言った、アーハ、ハ、ハ、ハ! あの人、あんまり男っぷりがよくって、あの人見たら、たちどころにあたしは眠気がさして、 たちまちぐうぐう高いびきだって……ハ、ハ! アー、ハ! しかも、それで、サイッドなんぞは…… ごみためで見つけたぶっ壊れた靴の片一方、左足だけ、そいつと同じだときたよ! (突然正気に戻り)サイッドだって? サイッドは違う、でもレイラはどうなっちまったのかな? どこへ行っちまったんだい、レイラは?(全体が暗くなる。背景は消える。何かが期待される間。やがて、左手から出て来て、レイラが姿を現す。ハイヒールの靴をはいている。彼女は極めて落ち着いて、急がず、特別な効果など狙わず喋る。以下の長台詞の間中、彼女は動かない)2025/12/29 14:38:38191.夢見る名無しさんレイラ せめてあたしに、あたしの片方の目を拾って、それを元にくっつける事が出来たら。それとも別のを見つけられたら、ブルーのか、ピンクのか! でもあたしの片目は、無くなってしまったの。(間)お行き(彼女は何者かを追い払う仕草をする) ひどいにおい、行っておしまい! ……誰がお前にあたしの傍にいろといったの? そんならとにかく、そこに座っておくれ、そしてもう動かないで、この上なく力のあるお前。 (間)サイッド、あたしの優しいサイッド、あんたはあたしを目っかちにした、 でもそれでよかったの。目玉が二つなんて、ちょっと多すぎたものね…… その他の事も、よく分かっています、あたしは疥癬病み、腿は両方とも瘡蓋だらけ…… (蝿を追い払って)お引取り下さい、奥様方。あと一時間もしたら、おいで下さい、あたしの死骸の上に…… サイッド、あたしには分かる、あんたがあたしを放り出した気持ち……あんたの事、みんな待ち伏せをしてるんだもの、 もっと凄い運命にあわせようって、知っていたものね、あんた。あんたはいやに偉ぶって、鼻持ちならなくなっていた。 小学校の先生みたいにお高くとまってさ……あの人、あたしを探してる、あたしが見つかったときには、あたしはもう固く、 冷たくなっている、ひび割れて、空っぽで、しわくちゃ、雨も地面で凍りつく冷え切った夜のちんぽこみたい…… (笑う)かわいそうなサイッド!(耳をすます) いつまでもわめいていな。それもみんなお話の一部さ。あたしはもう横になってくたばります。 わめいていな。いつまでも。知っているわ、あんたがうまくやっつけたことは。汚い物にかけては、 あんたのほうがあたしよりはるかに上手だったけれど、それでもあたしは、あたしはそれでもとにかく裏切り者の女房さ。 尊敬されてしかるべきね、そして皇帝陛下のお后の臥所を頂く資格があるわ。(耳をすまして) わめいているのは、サイッド、あんた? いつまでもわめいていてね。万が一あんたがあたしに出会ったら、あたしの看病をしなくちゃならなくなる2025/12/29 14:42:32192.夢見る名無しさん あたしを助けなくちゃ……さあ、いよいよ、片方の目だけで、死の中へ降りていかなくちゃ。 (間)あたしには分からないわ、どうしたらいいのかしら? つまりあたしが知りたいのは、死っていうのは女の人? あたしがあたしの脇に、肥やしの上に座らせておいたひどいにおいと同じように---お前、そこにいるね?---女の人で私を捕まえに来るのかしら? それとも、あたしの方からそこまで行かなくちゃならない場所?とっても難しい問題だ……(長い間。ふくろうの鳴き声) そうよ……そうなの……どうやって? どこから? そう……そうよ、あんまり乱暴にしないで下さい……そうよ。そこね…… そこなの? その、光があるとこ? いいわ。(叫び声をあげて)ええい、畜生め! また上に戻ってきた! また水の上をゆらゆらと……違う? 違うの? 沈んでいく、そうなのね……(奥へ後退し始める)よくって…… また上のほうへ戻っていくよ……ひどい横揺れ……捕まる所もない……時間の波がひとつ寄せて……また水の上をゆらゆら漂い…… 違う? 違うの。そう、あなたが言うなら本当なのね、だって何もかも本当になりかけた……いいわ……ほら、これで。 両方の肩から、もっと下まで沈んでいくの……(姿が消える)2025/12/29 14:46:40193.夢見る名無しさん第十六景(背景は二階にわたって配置される。上には、また、きわめて数多くの白い背景があり、それを死者たちが突き抜けて通る。下には、床に、左手に当たって、一枚の背景があり、これは照明されていない。これが娼家になる。女の市外の回りに、六人の女が沈黙のうちに編み物をしている。その姿は、この位置の舞台が薄暗がりに覆われているにもかかわらず、見える。アラブ人の男女の死者は、ことごとく、同じようにわななき震えている。一人、シ・スリマーヌだけは別である)2025/12/29 16:10:53194.夢見る名無しさんブラヒム (恐怖にわななきつつ)奴らがくるぞ! そこまで来ている!シ・スリマーヌ (微笑して)こうがたがたしちゃ、とんとゆがんだ馬車の車輪だ……ブラヒム 俺が車馬からここに持ち込んだもの花、ここでも未だ俺に残ってるものはな、俺のこの胴ぶるいだけだ。 こいつを取り上げられたら、俺はもうすっからかん、この俺ってものがゼロになっちまう。シ・スリマーヌ (相変わらず微笑しながら)生きてる間ってもの、胴ぶるいばかりしてたのか? それともまだしたりないってのかい? 使者たちを恐れる事はない、ちゃんと死んでる死人なんだから。カディッヂャ まだ完全にそうじゃない。だってさ、これからももっとどんどん先まで死ぬためにやってくるんじゃないか。シ・スリマーヌ 死の世界でどんなひどいことが出来るか、奴らよりお前さんのほうがよっぽどよく知ってるはずだ。 (瞑想にふけって)確かにここじゃ、もっとどんどん先まで死んでいく、だが、あっちの世界とは様子が違う……(はるかかなたから、背景の後ろに透けて見えるいくつ物影が近づいてきて、やがてその影達は紙を破り、そこを通り抜ける。かの将軍に導かれた例の兵士達である。彼らはちょっと立ち止まってから横切り、震えているアラブ人たちに視線を注ぎ---しかし実際には見えていない---そして左手から退場する)2025/12/29 16:13:12195.夢見る名無しさん将軍 (笑いながら)さてさて!アラブ人たち (震えながら、声をそろえて)それそれ!将軍 いやはや、まったく! (彼は通り抜け、左手から退場)中尉 (笑いながら、将軍の後ろについて)さてさて!アラブ人たち それそれ!中尉 いやはや、まったく!アラブ人たち (微笑しながら、しかし相変わらず震えつつ)そうともさ!中尉 それにあんなに大騒ぎ! (満足げに笑う)一番しんどかったのはだ (やや声高に笑う)突然わしの体内に侵入して北アの祖国、あれから脱出する事だった……(また笑う)まだ残り香がする、 鼻毛にこびりついているのだな……(中尉は通り抜け、左手から退場)一人の軍曹 (笑いながら)さてさて!アラブ人たち それそれ!一人の軍曹 いやはや、まったく! (彼は通り抜け、左手から退場)プレストン、ネストール、リトン (一緒に、みな笑いながら)さてさて!2025/12/29 16:18:37196.夢見る名無しさんアラブ人たち それそれ!プレストン、ネストール、リトン いやはや、まったく! (彼らは通り抜け、左手から退場。ついで、十人ほどの兵士が現れ、同じ事を言って退場。 アラブ人たちも上記のように答える。沈黙。アラブ人たちは震えるのをやめる)おふくろ (笑いながら)こりゃどうだ!カディッヂャ あたしをひどい目にあわそうなんて、考えもしなかったようだよ。でも百も承知のはずだがね……ブラヒム 俺は、胴ぶるいをしながらも、あの連中をとっくりと見てやった、 とても昔のあの連中とは思えない。全くだ、なんとなく穏やかな様子で……どうやら……親切そうだ。シ・スリマーヌ そうなっていたのさ……自分でも驚いているさ。カディッヂャ まさにその時が来たわけだ!おふくろ (穏やかに笑いながら)あれのことが聞きたかったね。シ・スリマーヌ (笑いながら)あの女は本当にそろそろと沈んでいく。死に方も生き方と同じだな、いかにも怠け者らしい。カディッヂャ (笑いながら)ピストルの目は、蛇の目つきだ。 (突然、かの軍曹が現れる。もちろん、死んでいる。彼は真っ白だ、他の死者と同じく、顔に白粉を塗っているからだが、 額から顎にかけて、真っ赤な長い血の痕がついている。彼の胸は一面、さまざまな勲章で覆われ、金属製の音を立てている)軍曹 (笑いながら)さてさて!ブラヒム (同じく笑いながら)それそれ!2025/12/29 16:21:31197.夢見る名無しさん軍曹 いやはや、まったく!ブラヒム そうともさ!軍曹 それにあんな大騒ぎ!ブラヒム いいじゃないかね。軍曹 (さらに大声で笑いながら)……しかも俺の死がそれで台無しになっちまうなんて…… (笑う)耳にたこが出来るほど聞かされてきたよ。ところがどうだい、今の俺は腹の底から愉快に笑っている。まるで、娘っ子のようだよ。 (彼は笑い、死者たちもみんな彼と共に笑う)おいらのやり方ってものは、そりゃ確かに無慈悲だったよ、だがそれがどうしたってんだい、 男ならそれしきの事で驚くものかな……ハ、ハ、ハ! (彼も死者たちも、ますます大声で笑う) ……だがよ、何言ってやがんでえ、怖くてどうにもならない、がたがた震えて、とうとうパンツにうんちを漏らしちまった時さ、尻がうんちだらけでよ……アハ、ハ! ヘ、ヘ、ヘ、ヘ! 尻がさ! アハ、アハ、アハ、アハ! イーヒ、イーヒ! けっ、けっ、尻がだぜ……尻がうんちだらけになって初めてさ、 手前を汚らしくしていたものが男の中から消えて無くなるってわけだ…… (彼と死者たちは身をよじって笑う)……あの目つきさ! ……あの目つきときたらよ! ……青や黒の……あいつらの目つき、 おじけづいてすっかり取りのぼせちまって、お可哀相によ! あの目つきったらなかったよ! (全員、ますます声高に笑う) あの目つきさ、何も隠しちゃおけない、手に取るように見えちまう! もちろんこいつは言うまでもないが、おいらはいつでも、 夜でも、日の光の中でも、実はあとからついて来られていたわけだ、おいらの前を歩いているお方にな。(彼は身をよじって笑い、退場する。他の死者たちはしばらくそのまま笑い続けるが、次第次第にこの笑いの発作は鎮まっていく)シ・スリマーヌ (相変わらず笑いながら、肩をすぼめて)あれもひとつの見方だな。 (間)俺のイメージってものは、もう消しゴムで消されちまった……時間はますます流れなくなった……2025/12/29 16:28:04198.夢見る名無しさんおふくろ (笑いながら)あの馬鹿は、きっと沈没しようとしているに違いない。まったくあの女ときた日にゃ、 何とかその場を切り抜けなければならないっていう時になると、いつだって馬鹿みたいに突っ立ってるだけなんだから。 でもあたしが気になるのはサイッドの方なんだ、どなたか、あの子が見えますかしら?シ・スリマーヌ 口を聞ける時間も俺にはもうあまりない。俺はだんだん薄っぺらになって……溶けて……もう溶けてしまった……おふくろ (笑いながら)サイッドよ!シ・スリマーヌ あいつはやり損じたのだ……まあそう慌てるなって……何も無駄にはならん…… あいつは自分に出来るだけの事はした……とっつかまってな……尋問された…… あいつは見方の斥候が進んでいった小道を教えた……ところがあの日は……俺は溶けていく……溶けてしまった…… (笑う)おふくろ (いらいらして)あの日は、どうしたのさ?シ・スリマーヌ いや、頼む、俺を完全に消え去らせてくれ……溶ける……溶けちまった…… (彼は笑う。突然、金槌の音が聞こえる。女達は注意を払う様子もなく編み物を続ける。上では死者たちが色めき立つ)カディッヂャ あの男達、相変わらずあの檻に釘を打ってるよ。もうそろそろ出来上がっていい頃だ。2025/12/29 16:31:22199.夢見る名無しさんおふくろ (笑いながら)あたしには手に取るように見える、どうやってあの女たちがワルダを殺すか、 その手口がさ、あの女たちが編み棒でやっつけたあとでも、未だ血は残っているだろうよ。 (再び金槌の音)イギリスの女に比べれば、悪賢いっていったって、たかが知れてるよ。 (再び金槌の音)それでも、この一幕は、見てみるだけの値打ちはあるね。この世で一番熟練した淫売になる事が出来たあのご婦人にだ、 編み棒を持った六人の女どもが襲い掛かった。六人の女は一塊、ステンレスの槍を備えた巨大な雀蜂ってところだ。 あたしは一部始終を見た。その雀蜂は、あの花に襲い掛かって、その肌を引き裂いた。 お腹と首と。血はほとばしり、槍を染めた、そうしてあの哀れな女は、 最後の息を引き取るのに、それこそありったけの気違いじみた苦労をして……おふくろ (少し微笑して)相変わらず来ないじゃない、あの女! 何とか手を貸してやらなきゃいけないんじゃない……(間)カディッヂャ まあそう慌てなさんな。あたしはあの女をよく知っている。いつだって、気が向かなければ仕事はしない人だ。 お前さんは、自分のほうがあの女をリードしてると思っていたろうが、実際には、あの女の方でお前さんをリードしていたのさ…… 全てはあの女の上で、あの女のまわりで、腐っていったのさ。(間。ついに、背景の後ろに、一つの影が現れる。その影が近づいてくる)カディッヂャ 来たよ! (影はさらに近づく。ついでその人物は最後の背景を通り抜ける。ワルダである。 彼女の死装束は、マリカとヂェミラの手になるものだ。手にはレイラの黒い頭巾を持っている。彼女は驚いている様子)2025/12/29 16:35:47200.夢見る名無しさんワルダ (穏やかに笑いながら、歯に刺さっている長い帽子のピンを優雅なしぐさで取り除いた後)さてさて!おふくろ (ぶっきらぼうに)うちの嫁は?カディッヂャ それそれ!ワルダ いやはや、まったく!おふくろ ちょっと待った。お前さん、まだ往生し切ってないんだよ。娑婆じゃ、まだひくひく動いているじゃないか。 第一、昔は、お前さん、そんなに簡単に感激したりしなかった。どこでレイラにあったんだい? あの馬鹿、ひもじくて、のどが渇いて、いや、なんだか分からないけどね、とにかく死んじまったのに、まだ来ないんだから。ワルダ (微笑して)あたしに分かる道理がなかろう! (彼女は身を乗り出して、下の方を見る) おや、本当だ、あたしはまだ息を引き取っていないじゃないか。あの女たち、気がついてくれればいいがね。 早くあたしを殺さなきゃいけないって。(黒い頭巾を見て)こりゃここへ来る途中で見つけたのさ。おふくろ どこでさ?ワルダ あたしに分かる道理がなかろう。たんすの引き出しじゃないかね。後ろにも、下にも上にも、レイラの影も形もございません。 (と、彼女は手品師のように頭巾を振る)影も形も。おふくろ (おずおずと)じゃ、サイッドは?ワルダ (笑いながら)みんなあの男にはうんざりしだしているよ。おふくろ (喜んで)本当かい?2025/12/29 16:38:21201.夢見る名無しさんワルダ (唾を吐き)あたしの母親の墓にかけてね! そう、お前さんのサイッド、 あの子を国中が探しているようだ、あとしばらくすれば、国中をあげてサイッドのためのお祭りだろうよ!(全員、心から笑う)おふくろ あたしはお前さんの死の初っ端に立ち会ったがね。あのご婦人方は……ワルダ (その言葉をさえぎり)いいえ。(間)あたしが自分に与えた死は、このあたしが撰んだ死さ。 あのばかげた泥濘がなかったとしたら、何もかも、あたしの人生ってのは、他人様の撰んだものばかりって事になってたろうよ。 そうさ、あの泥濘さ、あたしのきんのペチコートはほころび、あたしのピンはひん曲がり、骨にはひび、鎖骨なんざすっかり外れて…… だがね、あたしの死ってやつは、掛け値ね死にあたしのものさ。あたしはあたしの芸を完璧なまでに磨いて高めたから……おふくろ (微笑して)馬鹿だね、まったく、ごらんよ、あのご婦人方が、完璧な芸とやらに対してやっていることを!(彼女は六人の女が集まっているところを示す)ワルダ ……ある晩---今夜だ---あたしは夜の中へ出て行った、そしてあの冷たい空気、あたしはあまりにもか弱くて、 外で暮らすには出来ていないから、ひとたまりもありはしない、 冷たい空気があたしの額にぶつかって、あたしを殺してしまったのさ。こういうわけだよ。途中でこの衣を引っ掛けてね。(彼女は頭巾を見せ、それを投げ捨てる)おふくろ (上を見ながら)いいや違うね、勝手に何でもしゃべるがいいが、でもまだ死に切っちゃいないじゃないか。お前さんの断末魔の喘ぎだよ、ありゃ。2025/12/29 16:41:02202.夢見る名無しさん(以下の場面で、三人の女は上で、すなわち地上で行われる事を、きわめて興味深げに、ほとんど心配しているような様子で、見つめる。ライトは弱まる。一方、下では、背景がやや明るくなる。この第二の背景は娼家を表している。それは透明であって、しかるべき時には、娼家の内部で行われている事柄が外から見えるような物とする。娼家の前に集まった女達の衣装は次の通り。シガ---黒い服。ララ---緑の服。アイシャ---赤い服。スリラ---黄色い服。ハビバ---紫色の服。アジザ---オレンジ色の服。これらの女達は全員、娼家の前に集まって、黒い非常に幅の広い編み物を、立ったまま編んでいる。死んだワルダが、広場に横たえられている。しかし、上のほうには、死者たちがまだいて、照明がかなり弱くなっているとはいえ、まだ、姿が見える。下のワルダの役は、吹き替えとする)2025/12/29 16:42:18203.夢見る名無しさんシガ (死んだワルダに)お前の香水は、オーデ・コロンは! お前の口紅、お前の眉墨、お前の薔薇! お前のイヤリング! お前の帽子のピン! お前の乙に澄ました格好! お前の下着にお前の上着! お前の指輪に、お前の花! 家の亭主はいつだって家へ、こういうお前のものの幾分かを持ち帰ってきた、だからそのおかげで、お前はあたしの寝室にいたのさ、 あたしのベッドの下まで、あたしのベッドの中まで、ベッドの上に、ベッドの周りに、鏡のついたたんすの中までさ。 (他の女達に)編むんだ。編むんだ。やめちゃいけない。こっちの網目、あっちの網目。編むんだ。編むんだ。ララ (シガに)とてもじゃないけど、あたしはね、あたしはこれから結婚するけど、あたしはとっても我慢できないね、 こいつの深い深い洞窟のそこまでとっぷりつかりに行くような男に、あたしの腹でやらせるなんて、とてもじゃないけど。 (死骸を足で押す)その男が上まで出てきた時には、そいつの目は狂っちまってる。 体中には一面、貝殻がくっついてる。そいつの腹には大きな伊勢海老が一匹食いついて、ぞろぞろ海草がぶら下がっている。 (シガに向かい、ほとんど絶叫するように)その水の底でこの男が出くわす、途方もない恐ろしい事って、いったい何さ? あたしのこの腹じゃ、同じような目つきに出来ないのかい、同じような遭難だの、同じような海藻だの、同じような伊勢海老だのよ、 あたしの腹じゃこの男にくれてやることは出来ないのかよ?2025/12/29 16:44:50204.夢見る名無しさんアイシャ (シガとララに)あたしが家の人にスープを注いでやるとき、あたしは誰も座っていない席に給仕をしたのさ。 夜、あたしが手を伸ばすと、あたしは夜を見つけた。うちの人はそこにいた、けれどそこにはいないんだ。 あの女たち、あいつらはそこにはいなかった、ところがそこにいたんだよ。あたしを見ているお前さん方、とっくりと見な、 そして数の勘定が出来るのなら、あたしの皴を数えてみるがいい。(彼女は皴を見せる)どうだい、あるだろうが! 皴の数だけ不幸せな夜があったのさ。この女は死んだ、誰もあたしらを罰するためにやって来ない。 誰が殺した? お前かえ? お前かえ? お前か? お前か? あたしか? 誰も。 信じ待った、あたしらの編み物を持ってきておいて良かったよ。アリバイを作るこつぐらいは知っている、イギリスの貴婦人並みにね。スリラ (以上の三人に向かい)鉱山から家まで、うちの息子は決して一直線には帰ってこなかった。 ここに入らないまでも、この淫売屋の周りであの子の足は環を描いていたものだ。 この女の回りに全ての男達が描いていた環、その環で首を閉められたのさ、この女。 喉が詰まったのだ。あたしは、何も知らないよ。編み物してますからね。(足で死骸を押す)ハビバ (前記四人の女に)要するに、何もかも順調だわ。淫売屋はこの国の中で呪われた場所に再びなった。 そしてあたしら亭主は、皆、もう、戦の前の状態に戻ったもの。家の人は陰気でね。あの人が入り口の戸を開けると、憂鬱が家の中へ入ってくる。 そいつは食卓に座り込み、あたしはいらいらし始め、口汚くわめいてやるんだが、誰も出て行きやしない。 あの人とあたしと、二人でそろそろ死んでいくのさ。アジザ (全ての女達に)あたしはもう何も言う事がない、みんな話が上手いんだもの……でも、あたしはいつか、覗いてみたいな、ほんの一秒だけ、 男達が、淫売の前でどんな様子をするのか見てみたいもの。2025/12/29 16:48:43205.夢見る名無しさん(六人の女は、舞台中央にいたが編み物をしながら左手へ後退する。したがって屍体だけが、娼家の壁の傍らに残る)シガ (ララに)いつ結婚するんだい?ララ (笑いながら)お祝いが申し分のないように、明日よ。スリラ 亭主の稼ぎで食っていけるのかい?ララ (断固とした口調で)支出は全部あたしがコントロールするもの。出来る事なら、貯金もするよ。もちろんあたしは浮気なんぞしないさ。 食べるものだって、人食い鬼みたいにがっつきもしなければ、お姫様みたいな贅沢もしない。 ブレスレットも欲しくない、リボンも別に。旅行だってしなくていいよ。アジザ それにうまいのは上等の部分ばかりと決まっているわけじゃないしね。安い部分にだってうまいところはあるもの。スリラ あたしはね、あたしが参っているのは、うちの人のタバコじゃない、このところ、あの人がしょっちゅう靴下を変えるようになったことさ。 だから、やれ石鹸だ、やれつぎだ。察しておくれよ……(間)何か変わったことでもあるかい? サイッドのことは、相変わらず何も分かりゃしない。 あいつのにおいは、この国のにおいと入り混じってしまった。あいつを見つけ出せるのはオムーしかいないね、 もちろん、まだ生きていたらの話だがね……アイシャ 何もかも変わっていく、だがそろそろとな。アジザ (スリラに)お前さん、オムーのことを言ったね? 相変わらずの世迷いごとさ。今でもまだ言い張ってるよ、 あたしゃ月、水、金はカディッヂャで、他の日はサイッドのおふくろだって。アイシャ 自分が悪いのさ。あの雨の中にいるあの女を見ていたが、あの演説におしゃべり……こぬか雨の中でね……スリラ 吸い玉をやってみたかい?2025/12/29 16:51:05206.夢見る名無しさんアジザ 吸い玉。キニーネ。新型アスピリン。全部やったよ。全然駄目さ! しかも調子が良くなると、よ迷いごとがますます嵩じるときてる。(背景の後ろから、マリカとヂェミラが出てくる。二人はおびえて、がたがた震えている。使者の前にひざまずき、その瞼を閉じてやる。後ろへ進んでいく。背景の背後で、二人の死者に死装束をつけてやっているのが透けて見える)シガ (アジザの言葉をさえぎって)なんてあつかましい! ほれ、見てごらんよ。 あの女たち、ずかずかあたしらのサラダ畑まで入り込んで、死体をさらっていっちまった。アジザ どうしようってのかしら?ララ (笑いながら)あたしらにとっちゃ、厄介払いさ。アイシャ でもこの後さ? いずれにしても結構な思い付きだよ、淫売屋の中に死人を置いて、 その中で、死人が淫売どもに洗ってもらい、衣装を着けて、見守られるってのは。 亭主たちはどうする気かね? あたしゃ、どうしてもうちのやつに、今夜って今夜はあそこへ行かせたくってならないよ。 まさに今夜だよ、あいつがあそこに行かなきゃなんない晩は……マリカ (背景の陰から)みんな来ますよ、男達は! そうだよ、どいつもこいつもみんな!アイシャ なんて言った? (背景の後ろに、娼家の内部が見える。こうこうと明かりがともっていて、ほとんど夜になってしまった村の広場と対照的である。 マリカとヂェミラがワルダをテーブルの上に横たえるのが、背景をすかして見える。彼女らはワルダの死装束を調えている)2025/12/29 16:53:38207.夢見る名無しさんララ (笑いながら)今夜、この見せの周りに、村の男達がみんな泣きに来るってよ! (女達は笑いながら、葬式の泣き女のまねをする)アイシャ (けたたましく笑いながら)宿六たちがここで泣くって? たらすのは涙かい、小便かい? 相手は女でも、もう死人だって事を忘れないでもらいたいね。シガ 神様があたしらの上に雷を落とすかもしれない……(ララに)お黙りよ。ララ 神様の事を怖がるには、あたしはまだ若すぎるよ。あたしの体は隅から隅まで、呼んでいるんだ、待ち焦がれているんだ。 あたしの舌は、あたしの舌は鋭くとがって、あたしの咽喉は素晴しい音を立てる。あたしの残忍さは健康そのものさ。(完全に夜になる。娼家の内部だけを残して。そこでは二人の娼婦があわただしく立ち働いている。彼女らはワルダを宝石と花々で飾る。村の女達はさらに左手へと後退していく。ひそひそ喋りながら、相変わらず編み物をして)シガ 家へ帰んなきゃ。お湯を沸かさなきゃならない。 その前に、そうだ、塩を一キロとあくを二ポンド買ってこなくちゃ。(ララに)お前さん、一緒に来るかい?ララ 失礼するわ。ゴミ捨て場のそばを通らなくちゃならないだろう、ひどいにおいだもの。アジザ 役場のほうで綺麗にしてくれるはずだがね。あんな中、何が腐っているか知れたもんじゃないよ! 役場にやるだけはやってもらいたいね。アイシャ (ララに)さっき若いって言ったけど、その通りだね。あのにおいに、お前さんも馴れなきゃ……スリラ あたしゃ、いずれにしても、大して苦にならないさ。うちの亭主のほうがもっとひどいからね。 場合によっちゃ、あたしはベッドの中に、亭主よりゴミ捨て場を入れたほうがましだと思う。 (彼女らは完全に退場してしまう。 背景の後ろでは、二人の娼婦がワルダの死装束をつけ終わったところだ。再び金槌の音が聞こえる)2025/12/29 16:55:45208.夢見る名無しさんヂェミラ もう後、二、三輪、白い薔薇を取って、帯のところにつけよう。ピンも。マリカ (優しく)さようなら、ワルダ。あたしの薔薇の花! ヂェミラとあたしが、あんたを墓地に運んでいきます。 (きつい声で)そして番人を叩き起こし、お金をやって墓地を掘らせるの。そうだろう、この人、こんな姿になったのも、自分のせいさ。 あたしは四年前から一緒に働いてきたが、とうとうあたしらの間には、情愛なんてものは生まれなかった。 (間。ワルダの死骸に向かって)お前さんのほうであの女どもを挑発なんてしなかったら…… あたしたちに、何も言う事はないのかい! ないの? これからお前さんの口を釘付けにしなきゃならないからね。(彼女はワルダの歯の間に、何本もの長い帽子のピンを通す)ヂェミラ 何をしたって挑発だって言われるよ。マリカ いずれにしても、今じゃ一つだけチャンスが出来た。村のやつらに占領されなくてすむっていうチャンスさ。 あとはこのまま成り行き任せで大丈夫だ。(ワルダの死骸に)お前さんは栄光の絶頂で死んだよ、 この国の女ども全てに忌み嫌われて……ヂェミラ これでいいわ。足をお持ち、あたしが頭を持つから。(間)運び出そうよ。マリカ 通りから行くの、無用心じゃないかい?ヂェミラ もってのほかだよ。お客さんにぶつからあね。近道して庭を抜けていこう。 壁を乗り越える時は、この人もあたしらと同じにやってもらうさ。さあ、いいね。(二人は割るだの死骸を担いで、背景の後ろから出て行く。出掛けに店の明かりを消す。こうして死人と三人きりになって彼女らは、死人を立たせる。私心は途方もない装束をつけている。金のレースの大きなドレス、青い薔薇の花に覆われている。靴はいくつかの巨大なピンクの薔薇の花で出来ている。死人の顔は真っ白に塗られている。薔薇の花と宝石が頭の上に。歯の間には七本のきわめて長い帽子のピン。一度立たせると、ヂェミラとマリカはその方を支えて、そろそろと歩かせる)2025/12/29 16:59:06209.夢見る名無しさんマリカ (ワルダの死骸に向かって)あんた、まだあたしたちのところにいるの、それとももう遠くへ行ってしまったの? あんたは奈落の底から、高い高い所へと登ってしまったのかい?ヂェミラ 苺の木と、干物に注意しな。マリカ (息を切らして)ぐずだね、死人てのは。とにかく悠然としてるよ…… (右手から退場)ワルダ (上で)二人とも手にまめを作って帰ってくるよ。砂利の中にあたしを埋めようってんだから。 (おふくろに)いずれにしてもさ、たとえあたしが完全に死んでなくてもだ、 この口の中へ、シャベルに山盛りぶちまけられて、それで永遠てもののお仲間入りが出来る算段さ。おふくろ だけどレイラは? サイッドはどうしたんだ? とにかくあたしだって心配になるよ。カディッヂャ そりゃお前さんの了見違いだ。死ってものは、こっちも鷹揚に構えてなくちゃ。そうしてお前さんはそろそろと消えてなくなることさ。ワルダ あたしはあんまり若いうちにはじめたもので、期限が来ないうちに死んじまうという始末さ。軍曹 (三人の女に微笑みかけて)おしゃべりの仲間に入ってもいいかね?ワルダとカディッヂャ (微笑んで)でもどうして、いやどうしていけない道理があるね? 可愛い別嬪さんよ、あんたも今じゃ身内じゃないか。おふくろ (彼女もまた微笑んで)あたしらの知っているあんたは、自分の責任に直面して、もっと自信があったけどね。2025/12/29 17:00:55210.夢見る名無しさん軍曹 (相変わらず微笑みながら)つまり三日前からおいらは死んでいるのに、まだ何も分からないんだ…… (笑う、悲しげに)下士官の飯の時には、どんな微妙なたくらみでも、すぐにぴんと来たこのおいらがさ! ほら、おいらの目つきは空っぽだろう? それはおいらが糞をしたからさ。カディッヂャ 誰だって、死んだ時には、奇妙な葉をつけた林を横切る事から立ち直らなくちゃならない…… それから中身を空にする。自分自身ってものをね。軍曹 (微笑みながら)ところがおいらは、考えてもくれよ、おいらは糞をしながら死んだのさ…… こんもりしげった茂みの中でよ、くぼんだ穴の上にしゃがみこんで……ワルダ (微笑みながら)世間一般の往生とそれがどう違うというの? あたしだって、ここへ来る途中で、中身はすっかり抜いたもの。軍曹 (彼が微笑み、笑うと、以下の語りの間中、他の連中も彼と同じく微笑み、笑う)……茂みの中さ。マムシなんぞいないかと、まず辺りを見回して。 だって分かったもんじゃないからな。いい按配にいない。(笑い)あの人、まだおいらを追いかけてくるかな? (彼は自分の周囲を見回す。女達も同様にする)あの人は前を歩いていく、ところが本当は、 いつでもおいらの後ろにいて、おいらの様子を伺っているんだ。おいらのかかとに中尉殿がぴったりついてくるといってもいいな。 何よりもまずおいらは夜をとっくりと調べてみた。あの人はいなかった。おいらはズボンを両手で下まで下げて、その穴の上にしゃがみこんだ。 そうして、まさにおいらが力んだときさ(笑い)おいらの目がくらくらっとして、あんた達が知っているかどうか知らんが…… 演ってみせよう……(笑い……彼は、後ろからカディッヂャの腕に支えられて、腰を落とす)……力んで出すとき、目はくらくらっとなり、 何かが霞のように目にかかって……その時……消えてなくなる物はなんだ? 世界か? 空か? 違う。軍曹の位だの、大将の位だ! しかも何もかも全部ひっくるめてな。制服も袖章も、それに持ってりゃ陸大卒の免状もだ! それじゃ残るものは何か? 空洞よ。そうともさ。2025/12/29 17:04:09211.夢見る名無しさん (笑い)おいらは糞をしている最中の士官たちを見たが---左官も将官もよ! その目つきは、空っぽになっちゃってる。 うつろなんて生易しい事じゃない。中身が抜かれて、すっからかんのがらんどうさ。 軍帽についている星だって、目つきが空っぽになれば、パーだ。 (笑い)いい按配に、力むのをやめれば、糞が終われば、あれよあれよという間に、 制服も袖章も勲章も、元の体に戻ってくる、要するに前と同じ人間になる。というわけでだ、おいらのうんこが半分出かかったが、 この面には馬鹿げた様子がまだ残っている---おいらはそこで力むのを止めようとしてた(笑い) 消え失せていたおいらの元手、軍曹殿をこの身に纏い、またまた兵士の凛々しい仕草を理解するようになりかけていた--- それにあの時には、皆さんのお手は借りられず、もっと窮屈な思いをしていたせいもありますがね--- 勤務表を読み取る事の出来る目で、世界を見ようとしていたんでさあ、と……や? ……や?……や?……や?……や、や?……一体何?……一体何が? ……何が一体おこ?……何がおこ?……何が起こった?……起こったんだ?(上の背景は、徐々に暗くなる。下では、ヂェミラが足早に舞台を横切る。彼女は右手から出てくる。突然、つまずいて倒れる)軍曹 ……おいらの三十二本の歯の根はもうぐらついてきた、だが、カオールじゃ、 おじきがふとん屋をやってるあの路地に、おいらの名前がついたんだ。 (このとき、上の背景は真っ暗になる)2025/12/29 17:08:41212.夢見る名無しさんヂェミラ さてさてと……ええ、キャベツとばらもんじんが足に絡みつく! それにこのシーツ……(干物をかき分ける仕草) シーツのやつ、あたしの横っ面を張るんだ、地面に広がってればいいのに…… あたしの足の下にだよ……まあとにかくうちまで帰り着いたわ…… それにしても、あの土の固かったこと、穴なんて掘れたもんじゃない…… 何とも豊かな土地ですよ、この国はね。自慢してもいいわ…… (彼女は店に着く。店の明かりをつけ、背景の後ろへ入るや) もうワルダはいないんだ! 村の男供を満足させるために、二人で何とかやっていかなくちゃ……(右手から、マリカ登場。アラブ人の兵士がついて来る)マリカ (商人のような口調で)はい、七百ユーロだよ。ナスール (兵士)六百五十だ、マリカ。マリカ (ぶっきらぼうに、指を七本出して)ななひゃく。(間。歩きながら)またみんなが軽蔑するようになって来た。 だからあたしらの方は花が高いや、取れるものは取らなくちゃね。ナスール (脅迫的に)だが俺たちは、戦をするんだぞ。マリカ 今じゃ、隊長さんがいるだろう。隊長さんが値段を決めてくださるよ。2025/12/29 17:11:54213.夢見る名無しさん第十七景(舞台は初め空である。ついで、以下のようにしつらえられる背景によって占められる。最上階Ⅰ 死者たちの白い背景。一番上の左手に。Ⅱ 死者たちの白い背景。一番上の中央に。Ⅲ 死者たちの白い背景。一番上の右手に。そのすぐ下の階Ⅳ 刑務所を表す背景がこの三階左手を占める。Ⅴ 食料品店を表す背景が、右手に。二階Ⅵ 娼家を表す背景が、左手に。Ⅶ 村の広場を表す背景が、中央に。Ⅷ 家の内部を表す背景が、右手に。Ⅸ 一階全体を占める背景。以下に続く場は、再度の登場まで、極めて早いリズムで演じられるものとする。背景や、後で述べる小道具類の設営は、俳優自身によって行われる。俳優達が、背景の表すところのものを描く事にする。俳優達は全て、髪の毛はくしゃくしゃで、顔を荒い、あくびをし、伸びをする。朝である)Ⅰ(死者たちの白い背景。最上階。一番高いところにあり、天井裏に近いところにある。左手の背景)2025/12/29 20:02:17214.夢見る名無しさんカディッヂャ (あくびをしながら、左手に向かって話しかける)いいえ、……ほんの二分間だけだよ……もちろん、死の国の二分間だがね…… (笑う)こっちへ見せておくれ。(袖の方を見つめる)違うったら、もう一つの方……それそれ…… こっちの方がよさそうだ、ビロードも紋章の形も。貸してくれますかい? 今とりに行くよ……赤いクッションを一緒にね…… クッション、ないって?(彼女は退場し、左手のほうに入り、そして二秒後にそこから、赤いビロード張りの、金箔を押した仕掛け椅子を持って再び出てくる。彼女はそれを、彼女のいる背景と同じ会の中央にある、天井裏に近い第二の背景の前に持ってくる。そのときすでに第二場が始まっている)Ⅱ(一番上のかいの、中央。白い背景。死者たちの例の背景の一つである。おふくろとワルダ---彼女はおふくろが背景を運び込むのを手伝っていた)ワルダ (笑いながら、天井裏にいる誰か見えない人物に話しかけて)あたしがお前さんのいるところに行けたとき、お前さんはどうなっている? (耳をすます)……ええ? お前さんから、何が残っているよ? (間)肩がないのに肩をすぼめる癖かい? それじゃあたしは、お尻がないのにお尻を振るのかい?(あくびをする)おふくろ 放っておおき、あんな連中。返事なんかしないでさ。お前さんの前にだって、いくらでも淫売は死んでるよ、 だが、死んだ魂を勃起させようとして、うまくいった女は一人もいないやね。もうあの連中のことは忘れて、うちの村のことを話しておくれ。2025/12/29 20:04:49215.夢見る名無しさんワルダ (あくびをしながら伸びをして)火と同じで、また燃え上がったよ。しかもお前さんの推量どおり、あたしたちのおかげさ。 淫売やのおかげで、村には中心がある。周りには美徳。中心には地獄。あたしらがその真ん中にいる。 (カディッヂャとおふくろに向かってお辞儀をしながら)あんた方は外です。(カディッヂャが肘掛け椅子を持ってやって来る)おふくろ (その椅子を見て)おやまあ! こりゃ立派すぎるよ! あたしには立派すぎるよ!カディッヂャ お掛けな。カディッヂャ まあ、試してごらんたら……お前さんにはくつろいでもらわなくちゃ。しかも名誉のある地位でね。 お前さんの腹からサイッドが出たんだから、お前さんのお尻は、ビロードの上に乗っかる権利がある。(おふくろは、いささか気後れがしたものの、そこに座る)おふくろ 男爵の奥様みたいだ! あの子は姿を現すかい?カディッヂャ (下を見やって)みんな、今か今かと待ちかねているよ。おふくろ でも、レイラは?ワルダ レイラかい? はっきりいうのは辛いけど、あの子は目標を通り越しちまったようだね。おふくろ 目標なんか持っていなかったよ、あの女。カディッヂャ お前さんの嫁の話はもういいよ。村のほうは、一体どうなっちゃったんだ?ワルダ 村はお前さんを敬っている。お前さんは叛乱の中で、敵と直面して死んだんだからね。 お前さんの思い出の周りで、村中は、毎日毎日踊りを踊って、お前さんを忘れていくよ。カディッヂャ そうこなくちゃ。2025/12/29 20:06:33216.夢見る名無しさんワルダ 連中がお前さんを忘れるに連れて、お前さんは美しくなる……つまり、こうさ、お前さんのことをもう考えなくなった結果、 あの連中、お前さんをますます美しいものに仕立て上げる……おふくろ じゃ、あたしは?ワルダ もうみんな、お前さんなんてものがいた事だって忘れたよ。おふくろ それでいいんだ。Ⅲ(一番上の死者の白い背景の三番目、右手に。フランス人兵士、ピエール。彼はうずくまって、あくびをしながら、鼻歌を歌っている)ピエール (歌う)コンデュック、コンドール、助けてくれるよ、天が、ブーボール、カンドック! ブーローニュ、カンドール、カン・ジュ・ドラ・ドール。(語る) 平野ではろばが、むしゃむしゃあざみを食べていた。むしゃむしゃろばは、アラーの草を。 おいら、生まれはブーローニュ、カン・ジュ・ドラ・ドール。コンデュック、コンドール! カン・ジュ・ドラ・ドール! おいらは織った、棕櫚に空、ダッチワイフの尻と前、百出しゃ酒保で買えるやつ、せがれも寂しい、かわいがろ。(娼家はかすかに明るい。まりかは片手で火の着いたマッチをかざし、片手で一人のアラブ人、ホッセンを案内している様子。二人とも動かず、黙っている。外で女の叫ぶ声)声 恥を知れ! お前達、どいつもこいつも、恥を知るがいい! お前達の股を開けるだけじゃ気が住まず、男達の耳に鳩みたいに甘ったれた声を注ぐお前達さ! 恥を知るがいい! 恥を! あたしの可哀想な喉は、力いっぱい言葉を響かせようとしたおかげで、 上から下までひびが入りそうだというのに。(最後の「恥を……」の辺りから、この台詞は、喉のうちに絶叫される。遠くに足音。マリカはそろそろとホッセンを戸口の方へ、つまり左手の袖へ導く)2025/12/29 20:10:01217.夢見る名無しさんマリカ (低い声で)毎晩のように歌うあの賛美歌、寝に帰っていったわ。こっちよ……危ないよ! まったくねえ、お前さん、あたしが見せてあげたもののおかげで、目がつぶれたと思ってるんだろう。 (くすくす笑う)本物だったかどうか、考えてるんじゃない?ホッセン うるさい、黙れよ。マリカ (微笑んで)故郷の言葉じゃ、あたしの名前はレーヌ、女王様って意味なんだ。 お前さんが礼儀をわきまえた男なら、レーヌさんぐらい言ったってよさそうなものだよ。 そうして、あたしにお礼を言う、一時間半というもの、正気をなくさせてくださってありがとうって。 恥ずかしいのかい? つまりは、嬉しくてたまらなかったからじゃないか。女とやる時はね、頭がいかれるって事よ。ホッセン (脅迫的に)うるさい。マリカ 外へ出たよ。さあ、できるだけ水みたいになる事だね、家まですいすい流れて行きな。ちょろちょろ流れてよ、おしっこさん、おやすみ。(彼女はくすくす笑う。ホッセンはマリカの手を離し、左手から姿を消す。マリカは背景のところに戻る、と、後ろからアラブ人の兵士---スマイル---が出てくる。マリカはマッチをすって、笑いを浮かべて、スマイルの手を取ろうとすると、彼は逃げる。遠くで例の声)声 (嗚咽のうちに)今となっては、許せない悪業だよ! 以前は、お前さんたち、若くて、綺麗だった、今じゃ皴だらけじゃないか、 それなのに、男達はお前さんたちの持ってるやっとこから、もう離れる事は出来ないんだ…… (声は遠ざかる)マリカ (スマイルに)さあ、連れて行ってあげるよ。スマイル 俺に触るな。マリカ (微笑んで)洋服を着ちゃったからかい。その半ズボンと上着を着てれば、安全だと思ってるんだね。 俺はきちんとしているって。それであたしなんぞは見るも汚らわしいって。今すぐにね……スマイル 黙れったら!2025/12/29 20:12:26218.夢見る名無しさんマリカ (彼に先立って)こっちへおいで……そこそこ……そろそろと……どうでもあたしは汚らわしいかい? ちゃんとボタンをはめた後じゃ、このあたしなんぞ、ごめんってわけかい?スマイル そうだ。マリカ それならボタンだのジッパーだの、一思いに吹き飛ばしたらどうさ? そう。どうしても帰るってんだね。(彼は姿を消す。同じく左手の袖からである)マリカ (彼を呼んで)勘定は済んでるんだろうね、出てくる前に? (彼女は笑いを浮かべて、背景のところへ戻る。タバコに火をつけ、姿を消す。 第八の背景---家の内部を表しているもの---の背後から、ララが出てくる。 暖炉の前にうずくまり、炎の絵を描いて火を燃やす。黄色いナイト・ガウンを着ている)男の声 (背景の後ろから)俺の靴下は?ララ (髪にブラシをかけながら、あくびをして)汚れた紙に包んであるわ。 (片方の手が背景の後ろから出て、首に上着をかける。ララは背景の後ろに入る。 食料品店を表している背景の背後から、食料品店の親爺と、十五、六の少年が出てくる。彼らは好奇の眼差しで、下の方を覗く。 それから、娼家からは、マリカが出てきて、好奇の目で右手の袖を見やる。 刑務所からは看守が出てきて、食料品店の親爺と同じく下の階を見やる。 家の内部を表している背景の背後から、ララとその亭主が出てくる。 彼はまだちゃんと服を着ていない。彼らは右手の袖の方角を見やる)小僧 (主人に)ずいぶん遅いんですね! 確かに今日ですか?主人 (口やかましく)インゲン豆の重さでも量ったらどうだ。いや、豆の数を勘定しておけ。小僧 おいらだって見たいですよ。2025/12/29 20:14:54219.夢見る名無しさん (そのとき、人々の右手のほうに待望の視線を向けているが、左手からアラブの裁判官の姿が見える。彼は鎖で縛られ、兵隊に引っ張られている。無言のまま、彼は村の広場を表している部分を横びり、それから袖に消え、次いですぐ一つ上のかいに現れ、そこを横切って、刑務所に入る。全ての登場人物たちも、同じく、姿を消す)マリカ (退場する前に)ああ胸糞が悪い。裁判官のやつだ!Ⅳ(黒い背景が一階の、つまり床の上の間口一杯に並んでいる。この背景の付け根には、一列の金の肘掛け椅子が並んでおり、そこには次の人物が眠っていた。ハロルド卿の息子ハロルド卿ヴァンプ将軍銀行家カメラマンアカデミー・フランセーズ会員外人部隊の兵士宣教師ブランケンゼー夫人彼らはぼろをまとっている。ほとんど裸である。それほどそのぼろ服は穴だらけだ。しかし勲章をたくさんつけている。彼らは眠っていたが「コケコッコ-!」とハロルド卿が作る声で、そろそろと、無気力に目を覚ます)2025/12/29 20:16:22220.夢見る名無しさんヴァンプ (あくびをして)何を言ったって、何をしたって無駄よ。絵葉書よ、本物はそれしかないわ! あたしたちの国の絵葉書には、どれにも教会と市役所と川がある---それに釣竿をたれている人が一人---そして山。ホテルとレストランは言うに及ばずね……(沈黙)外人部隊の兵士 誰にだって出来んさ---ブラスバンドを先頭にしてだぞ---われわれのように仕掛けた爆弾の上を通って……吹っ飛ぶ芸当はな! 地平線の無数の点に、ばら撒いてやるのだ、右手を、首を、左の腿を、右足を、左足を……それと血だ! わめきながらな、「やつらは絶対に通さんぞ」と。(沈黙)カメラマン (あくびをしながら)俺たちさ。 (沈黙)銀行家 モンテ・カルロを作ったのは誰かね?カメラマン 絵葉書は俺たちさ。写真術は俺たちと共に生まれた。俺たちと共に死ぬだろう。 俺たちの国に写真に撮るものがある限りは、俺たちも生き残るのさ。(沈黙)写真を撮りすぎるって事は絶対にないからね。(沈黙)ブランケンゼー夫人 (銀行家に)あら、カーテンは?銀行家 カーテン、どうしましたかな?ブランケンゼー夫人 持ってくるのを忘れましたわ。記録に残る間違いだわ、これも。このことと、それから亡くなりました主人のあの腰ふとんね。銀行家 連中がその腰ふとんを見つけても、使いようが分からんでしょうが。 前後さかさまにつけますな、きっと。尻の方を腹のほうにあてがい、尻の方に太鼓腹を持っていって。(間)2025/12/29 20:19:10221.夢見る名無しさんアカデミー会員 (心配げに)何を土台に建設を始めるつもりかね? わしはかの地に滞在している間中、彼らをとっくりと観察してみた。 彼らときた日には、悲惨と屈辱の思い出しか持ち合わせておらんのだ……そうなのだ、一体、何をしでかすつもりなのか? 彼自身が忘れたいと思っているあのおびただしい事実をひとつの枠にはめ込むために、芸術というものが生まれえるのであろうか? もしも芸術がなければ、文化というものもない。一体彼らは天性、崩壊の能力のみを備えておるのか? (金槌の音がしきりと聞こえる)どうだ、今度は檻に釘を打っておる……(沈黙)ハロルド卿 やつらは罪もない一人の女性を殺害したのだ!銀行家 あの子を砂漠へ連れてくるなんて、そもそも間違いでしたな?ハロルド卿 じゃ、どこへやればいいとおっしゃるのかな?アカデミー会員 ポワチエです。(学者ぶって)シャルル・マルテルは、今なおわれら一人一人の内に生き続け、敗れる事を知らんのです。ハロルド卿 われわれはすごすごと、スペインとルシヨンから逆戻りして、この美しい国をやつらの手にまかせるようなまねはしませんぞ。 やつらの中に巣食っていた例の汚らしいもろもろが、われわれのオレンジ畑に、オリーブ園に拡がってくるのも、時間の問題だろうが。宣教師 貴方のほうで気が付かれてよい時ですぞ、彼らは下劣の極みという事態をひとつの神に仕立てたのです。 貴方には、とても彼らを打ち負かす勇気はござるまい。ハロルド卿 軍隊が……2025/12/29 20:21:35222.夢見る名無しさん外人部隊の兵士 (荒っぽくその言葉をさえぎり)とことんまでやれんという事は、周知の事実だ。俺だって俺の怒りをとことんまで発揮できたためしがない、 そんな事をしたらとうに死んじまっている。嬉しくて死んじまうという意味だ。そうなる代わりにだ、こうして傷だらけ、殴り倒され、敵に売り渡されて、 お前さんのくだらないお喋りを聞かなければならん。(唾を吐く)腐った国だ! 隊長がおらん! 政治屋ばかりで頭に立つものがおらんのだ!(再び金槌の音が聞こえる)ヴァンプ それを一番最初に嘆いているのはこのあたしよ。将軍派---大佐だったかな--- あたしの手に接吻しようと思えば、あたしに自分の軍隊の閲兵をさせてくれたもの。 あたしはね、はっきり申し上げますけどね、一番多いときは十八人も、現地人の兵隊を持っていたのよ。ブランケンゼー夫人 (苦々しく)あたくしはね、奥様---かお嬢さんですか---あたくしは自分で働いておりましたんですよ。 ボーイが一人と女中が一人だけ、あたくし、お料理は自分で作っておりましたわ。(沈黙)宣教師 かなり正鵠を得ていると思われます考えは、つまりわれわれは彼らにとって、いわば叛乱を起こすための口実であったという事であります。 われわれというものがなかったならば、いや、あえて申しましょう、われわれの残忍さ、われわれの不正というものがなかったならば、 彼らは壊滅してしまったに違いない。正直に申しましょうか、私はわれわれはまさしく 神の用いられた方便であると信ずるものであります。われわれの神の、そして彼らの神の方便であると。銀行家 われわれはまだ最後の切り札は出しておらんのです。そう、われわれには少なくても、 われわれの先祖伝来の高貴さというものの背後に立てこもる可能性だけは残されている。 全てはわれらの勝利であり、しかもとっくの昔からそうなのです。一体奴らは、何を持っています? 何も持っちゃいない。 (将軍に)とにかく絶対に、英雄になるような可能性をやつらに与えてはなりません。それを利用するにきまってますからな。2025/12/29 20:25:40223.夢見る名無しさん将軍 だからこそわれわれは月の出ない晩に攻撃をかけとるのです。視界はゼロ。英雄の尻の穴を狙うなんて、とても出来ん。宣教師 もっとたちの悪い事を考え付くかもしれませんな。ヴァンプ それでもあたしのお尻をじろじろ見るくらい、あの連中だって知っているわ。もちろんずっと遠くからだわ。(笑う)おさわり、なしよ!宣教師 愛情に満ちた道は彼らに対して拒絶されました、彼らは危険な道を要求しているのです。ブランケンゼー夫人 例の虱のたかった連中の事で一騒動起こしてくださいまして、本当にようございましたわ……宣教師 と申しますのも、私は---あなたはそうではありませんが---虱というものの力を承知いたしておりますので……ブランケンゼー夫人 あれには参りましたわ、ご推量下さいまし、すっかり体中綺麗にしましたのよ、薬がございますの。銀行家 そうですとも、別に何も恥ずかしがる事はない、家内も何匹かやられましてな。どこでですって? 原住民の村ですよ。ヴァンプ つまりあの連中が汚らしくなればなるほど、あたしは清潔に成るっていう訳。世界中の虱をしょいこめばいいのよ、あの連中。宣教師 私もそう申し上げようと思っていたところで。ブランケンゼー夫人 そう思っていらしたなら、はっきりおっしゃっていただかなくてはね。宣教師 (朗誦して)海が引き退くがごとくに、彼らは、われらのもとより引き退いていく、彼らと共に、 あたかも宝物ででもあるかのごとく、彼らのありとあらゆる悲惨を、恥を、瘡蓋を持ち去っていくのだ…… 海が引きの句がごとくに、われら自らのうちにわれらは引き退き、われらの栄光とわれらの伝説とを再びここに見出すのだ。 屑はことごとく、彼らが運び去るのです。彼らはわれらにすき櫛を当ててくれたのだ。銀行家 (識者ぶって)反対の極を作るわけだ。(沈黙)外人部隊の兵士 頭に立つやつさえいればよ! (金槌の音。全員、口をつぐんで、再びうつらうつらしだす)2025/12/29 20:29:44224.夢見る名無しさんⅤ(背景は娼家の内部。冒頭にすでに見た通り。マリカ。彼女は背景の右手に行き、喋る。上から降りてくる人物を見つめているもののごとし)マリカ 天から降ってくるのかい、それとも地獄から上ってくるのかね。お前さんがあたしらのことを見に来るの、 人に知られたくないんならね、身軽にやりな……(第三のアラブ人、マレク登場)さあ、およこし。(彼女は片手を出す、がマレクは駈け去る。マリカは笑う。明かりがつく。背景の後ろから、しどけない姿で、ヂェミラが出てくる。二人ともこわばったスカートをはいて、立ったまま、悠然と話す。ヂェミラはコップと歯ブラシを持っている。話しながら、彼女は歯を磨く)ヂェミラ 三人とも帰ったかい?マリカ ああ、でも、やつらの素顔、お前さんも見ればいいのに。夜をヴェールにしてかぶってくるのさ。 レイラの頭巾と同じだよ。帰る段になれば、今度は酔っ払いの真似だ。 良いと頭巾を一担ぎってわけさ。あたしらにとっては取り囲む輪が段々厚くなってきた…… と、これはあたしの感じだがね。あんたもそう思うかい?ヂェミラ 前のことは知らないからね。あたしはボルドーにいたんだもの。 でも、これで結構順調なんじゃない? 淫売屋の周りには、汚らしいものはつきものさ。マリカ そいつはますます濃く厚くなる。パン屋のおかみは、あたしにおつりをくれる時、にこりともしなくなった。 あたしの方だってもう何も言う気がしない。口をきいたら、あたしは果てが無くなるだろうし、美人になりすぎちまうもの。 あと二、三日したら、あたしは郵便局へ行く事も出来なくなる、いや、もう外へは出られないよ。ヂェミラ 事だねえ……2025/12/29 20:32:42225.夢見る名無しさんマリカ 馬鹿だよ、お前さんていう人は! 連中がここから帰る時みたいな口をきこうってのかい? 勇気がないなら、淫売稼業なんてよした方がいい。 (彼女はポケットからタバコを二本出して一本に火をつけ、もう一本をヂェミラに差し出す)ヂェミラ ごめんよね。マリカ あたしは自分で分かっている、この両方の肩に、あたしは、店をそっくり担ぐだけの力があるんだ。 打ちわって言えば、全ての原因はこのあたしだったんだからね。ヂェミラ あんた方、どんな風にやって来たのさ?マリカ 世間様に向かって罵詈雑言を浴びせるのはまず難しかったね、それじゃあんまり荒っぽいや。 当節は、お前さんも気がついたろうが、およそ冗談の通じない御時世だ、 だからね、ベッドの中で、男供相手の、新しい手を考え出そうと苦労したのさ。 やつらはお互いそのことを喋っていたに違いない、そうとも、 やつらの顔にははっきり書いてあったはずだよ、ここでやつらにくれてやったあの幸せがね。(おふくろの肘掛け椅子にひじをついてもたれていた軍曹が、あくびをし、それからマリカを指差し、滑稽なまでに気取ったポーズをとる)軍曹 (面白がって笑いながら)あんたのいうとおりさ、お見事よ。あたしだって、凄く美人だったのさ。 あんたとあたしと、意見が一致する事なんてあるわけがない、でも世間をうんざりさせるためなら話は別さ……マリカ (軍曹に、ただしヂェミラを見つめながら)あたしが相手じゃ、お前さんのヒロイズムとやら、いくらあっても足りまいが。2025/12/29 20:35:24226.夢見る名無しさん軍曹 (マリカに)おいらのずるさはよ、狐なんてもんじゃないね、おいらはよ、おいらはそりゃずる賢くて、とんと牝狐ってとこさ。マリカ (前と同じ芝居)おいらはもっと強い、もっと厳しい人間さ……軍曹 (前と同じ芝居)あたしはもっと優しくおしとやかで……マリカ おいらは、もっとドライで、もっと冷たい……軍曹 (大声で)おいらの口からあんたの口まで、二人がこんなに離れていてもよ、 今だってつばきの糸を引っ張ることができるのさ、あのなんとも細く、きらきら輝くやつをさ、死神だって……ワルダ (笑いながら、軍曹に)あたしは死神を服従させていたよ…… (おふくろはため息をつく。マリかとヂェミラの間で再び会話が始まる。 袖から、断末魔のあえぎのような絶叫が聞こえる)ヂェミラ 聞いたかい!マリカ オムーの狂乱だよ……あの女、断末魔の苦しみだっていうのに、広場でサイッドを迎えるのは、あの女なんだ。 きっと広場まで、お輿にでも乗せて連れて行くつもりだよ。ヂェミラ あんたの話、続けなよ。マリカ 昔はね---今度の事がある前って意味だよ---昔は、女達はあたしたちを恐れていなかった。 あたしらは、何のやましいところもない、まっとうなお務めをしていただけさ。男達は、自分の家でやるのと同じに、店へ来て、やって帰った。 ところが今じゃ、違ってきたね、まるで地獄の底の幸せみたいに、あたしらのおかげで男供は幸せになるんだ。ヂェミラ (熱心に聞いている)それで?2025/12/29 20:37:35227.夢見る名無しさんマリカ それでさ……お前さんのをおよこし。(二人はタバコを交換する)ありがとよ。あの連中は、店へ来る時、もう、近所の女の所へ行くのとは違う、 まさに淫売屋へ通うようにしてやってくるのさ、壁にぴったり身を摺り寄せ、夜の闇が濃い時に、付け髭をしたり、ばあ様に変装したり、 ドアの下を潜り抜け、壁の中を通り抜けて、中へも入らずぐるぐる回り、ここではトラクターや靴紐を売っているはずだなんて言ってみたり、 ボール紙の鼻をつけたり、自分たちの姿が見えるかどうか遠くに離れてみてみたりして、 つまり分かる? 連中が自分の姿を見えないものにしようとしたおかげで、逆にきらきらと輝きだしたのは一体何か、他でもない、淫売の店さ!ヂェミラ (笑いながら)奴らが磨きに磨いたわけか!マリカ 兵隊が飯盒(はんごう)を磨くようにね。そしてあたしらは、ようやくあたしらの孤独に立ち戻る事が出来た…… 取り戻したのさ、あたしらの……あたしらのつまり……あたしらの真実ってものを。 (ほっとして)辛かったよ。考え出さなきゃならなかった。あたしらの手で、見つけるのさ。 初めは何も分からなかった。でもワルダは、あの背徳の権化のような女は……ヂェミラ その末路はあの通りさ……(間)四十雀の餌をとって来なくちゃ。あんたは……マリカ あたしは一ダースくらいタオルを洗って、漂白しとかなくちゃ。あの男が出てくる前にね…… (ヂェミラは背景の後ろに消える。マリかはまっすぐ立ったままである。自分の前をじっと見つめて、しかし何も見てはいないようだ)小僧 (食料品店の売子である)おいらみたいにした方がいいぜ、股んとこで足を組んでよ、その方がくたびれないぜ。マリカ (小僧に、軽蔑した口調で)お前こそ、洟垂れ小僧のうちに休んでおきな。 今にさ、お前が組んでるその股を、このあたしに解いてもらいたくなった日には、それこそいくら働いたって追いつかないよ。(唾を吐いて、また物思いにふける風を装う)小僧 (口笛を吹いて)ここのところ、おいらのご執心は、スウェーデン女ばっかりだよ!2025/12/29 20:40:44228.夢見る名無しさんⅥ(家の内部)夫 (上着を引っかけながら)淫売がいちゃいやだってのか? 裁判官のやつがろくでなしじゃいかんと言うのか?ララ あたしがいかんなんて、そんな……(間)お昼に帰ってくる? それとも仕事場にいる?夫 帰るよ。ララ 昨日だって言ったわ、あんた……夫 帰るってな……ララ 愛してる、あたしのこと?夫 十一キロあるんだぞ! それで愛してる証拠になるのか? 体に触ってみなきゃ証拠にならんてわけか。それとも、違うか? (最前と同じ叫び声が、袖でする。オムーの声だ)オムーの声 あたしのたまだ! ありゃ、あたしの金玉さ、スカートの下に縛り付けて持っていた小さな砒素のふくろのよ、 水飼い場に毒を撒き散らしてやるための砒素だ!夫 またあのばあ様か! しかも、なんだとよ、広場へ連れて行くって話だ……注射を何本も打ってもらってよ。興奮剤さ……おふくろ (感嘆して)あの女は怒り狂って死ぬよ。 (娼家の背景では、ヂェミラが顔だけ出して)ヂェミラ (マリカに)ほらね、万事終わったわけじゃないよ。小僧 (笑いながら)あのばあ様、三本杖がいるってわけさ。二本の杖が地面で支え、あの叫び声はばあ様を天につないでいらあ。(笑う)2025/12/29 20:44:13229.夢見る名無しさんララ 愛していて、あたしのこと?夫 知りたいなら、上まで上がって来いよ。 (ララは夫の胴にしがみついたまま、その体に添って這い上がるようにして立ち上がる。彼女は彼の体にぴったりと寄り添う)ララ 愛している?夫 (笑いながら、離れて)十二時半に、玄関によ、オレンジの若い木が自転車から降りるだろうよ。 (彼は背景の後ろを通って退場。ララは姿見の前に座って、髪をとかす。 娼家の背景には、マリカが物思いにふけったままでいる)マリカ (そこにはいないヂェミラに)餌、もって来たかい、四十雀の。ララ (姿見の中の自分の姿を見ながら)お昼にあんたは帰ってくる、あんたの木の枝と実を持って。オムーの声 (袖で)もう何も救うものはないと? (途方もない笑い声)いいや、あたしの愛しいはきだめの山がある、あたしに霊感を与えてくれるのはそいつだからね!おふくろ (笑いながら、カディッヂャに)林を横切ったら、あの人、本当に素っ裸であたしらの所へ来るだろうよ。2025/12/29 20:45:47230.夢見る名無しさんⅦ(刑務所を表している背景の背後から、アラブの裁判官が、看守に連れられて出てくる。裁判官は、乱暴に押し出されるようにして、登場)看守の声 (わめきたてる)尻を蹴飛ばされたいのか、貴様! こっちへ来い! 駈けるな、駈けたら捕まえて、張り飛ばしてやる!裁判官 (振り向いて)誓って言うが……看守 (姿を現し)何にかけてだ? こんなろくでなしに、親爺もおふくろもいないだろうが……裁判官 ほんの一分でいい、おふくろを貸してくれ……一人の女が、一分でいい、わしのおふくろになってくれれば、そのおふくろの首にかけて誓う!看守 (厳しく)服を脱げ。(間。その間に裁判官は服を脱ぎ始める) 素っ裸にして、ここへ入れてやる、目録を作ってやる、お前の尻の具合のな。安心しろ、俺の目の保養にしようってんじゃない。 とにかく、ここへは裸で入るんだ。入り口から素っ裸で通るんだぞ。(裁判官は上着を脱いだところである) この緑の上着、どこで見つけた? 白状するのが怖いのか? しかし、おいらに白状したって、そいつは自白にはならんのだよ。どこで見つけた?裁判官 (靴紐を解きながら)盗んだよ。看守 (上着を調べながら)刑務所にいるやつらは、貴様の面など糞食らえだ。来るのが遅すぎたよ。 今じゃ、盗むとき花、アメリカの軍服を着て、黒靴を履いてやるもんさ。その靴下、買ったものか?裁判官 盗んだよ。看守 (肩をすぼめて)素っ裸ではいるんだぞ。その盗んだものはすみに纏めておけ。 入り口を入る所から、素っ裸だ。貴様は刑務所に入る。素っ裸のまま、刑務所の人間になる。そうしたら、お前の着ていたものは返してやろう。 服は着たってかまわん、もうその時はどうでもいいのだ。裁判官 他に泥棒がいるのかね?2025/12/29 20:48:37231.夢見る名無しさん看守 刑務所には泥棒しかいないという理屈が分からんのか? ズボンも脱いで、あっちから行くのだ。刑務所は丘の上だ。 (看守は彼を背景の後ろへ押してやる)若い娘達に貴様の裸なんぞ見せるわけにはいかんからな、 お前の裸の輪郭が、緑の空にくっきり浮き出すところなんぞはな。(突然、例の夫が、自転車を引きながら、家の内部を表す背景のかたわらに現れる。彼は息を切らしている。ララに大声で叫ぶ)夫 やつが来たぞ! 見に来いよ。 (全ての登場人物、すなわち、裁判官、看守、食料品店の主人、小僧、ララ、ヂェミラ、マリカ、おふくろ、カディッヂャ、ワルダ、ピエールは、 中央の村の広場であると想定された場所にやって来る人物を見ようとして、振り向き、或いは下を覗く。 下にいるヨーロッパ人たちは、立ち上がって、半ば体を後ろに向けて、舞台を見ようとする。人々は待っている。ようやく、オムーがやって来る。 村の広場は、チラシを読んでいる負傷兵でいっぱいになる)2025/12/29 20:50:54232.夢見る名無しさんⅧサイッドの到着。(まず最初に、二本の杖に身を支え、バシールとアムールに支えられたオムーが登場する。蒼白である。顔と手とは白粉を塗っている。赤い杖に支えられた、一種の死骸である。黒い服。白粉を塗った、白髪。その声が、響きのない、つまりいわゆる白っぽい声でいけない道理があろうか。彼女は目を細めて、遠くを見やる。右手の袖の方角である。あたかも遠くからやって来る人物を目で追うように、袖のほうへと、四分の一だけ円を描く)オムー あれは小人だよ!バシール まだ遠くにいるからさ。オムー あたしが織ってた時は大きかったよ……それが、今残ってるのはあれっぱかしか……縮んだんだ。(大声で)どうしたい、もっとこっちへおいで! 歩いたらどうだい、ちったあ、歩きなって言うのに! 日陰を通るんだよ、お天道様に当たったら、お前さん、融けちまうよ…… いくらすばしっこくたってもさ……アムール 腰をおろすかい?オムー (ぶっきらぼうに)いいや。小僧 お祝いの大砲、うつのかい?オムー 左へ曲がるんだ……違うよ……違う、違うったら、左だよ……(彼女を取り巻いている男たちに) あたしと同じさ、あの子には、左と右の区別がつかない……右へ曲がったかもしれないね、どうなったかあたしには分からないよ……バシール (憎憎しく)やつをまっすぐな道に連れ戻すのが、俺たちの役目だ。オムー (バシールに)知っているのかよ、お前は、まっすぐな道がどこに通じているか? それから、名前もない獣達……色もなきゃ……影もなきゃ……要するにゼロさ……(大声で)もうちょっと急ぎな。 (そこにいる男達に)親、あの子他事分の背丈と同じくらいに大きくなったよ。2025/12/29 20:53:51233.夢見る名無しさんサレム まるでやつは、自分でも、もう手足をがんじがらめに縛られたつもりでいるみたいだぜ。 (彼は笑う。全員、全ての階で---ヨーロッパ人だけは別だ---彼と共に笑う)オムー (片手で、ひよこを呼ぶ仕草をする)ピーヨ、ピヨ、ピヨ……こっちよ、こっち…… さあ、分からず屋を言わないで。お前をいじめたりはしないよ。ただ剥製にしてあげようって言ってるんだよ……ハメッド 生きたまま剥製か? 俺の提案は違うな……オムー 全ての提案をじっくり検討するのさ。一番いい案に決めればいい。(相変わらず姿の見えないサイッドに)もっとこっちへおいで。ララ (見えないサイッドの方を見つめて)相変わらず、なんでも鵜呑みにしそうな、間抜けな面をしているよ。 あたしは、家の蝿帳の横に置くの使いたいね。その剥製。ネヂュマ あんなのが相手じゃ、レイラも夜は落ち着いていられたわけだ。あたしとはわけが違うね。サレム (笑いながら)お前みたいのが相手じゃ、亭主の方で、夜はおちおち眠れますとよ。 (全員、笑う)ネヂュマ だがね、世間のうわさじゃ、お前さんのところのロバを孕ましたのは、お前だっていうじゃないか。ハメッド ロバが産むのはあいの子だとよ。2025/12/29 20:56:45234.夢見る名無しさんオムー さあさあお続け、お前さんたち! これこそ、あの放蕩息子を迎え入れるのにふさわしいやり方だ。 思い切りおやり。誰彼の容赦はいらない。(相変わらず見えぬサイッドに向かい) お前のほうは、急ぐにゃ及ばない。時間はまだたっぷりある……かわいそうに、足が棒みたいになって、もう歩けないじゃないか。 (他の連中に)あの子に場所を空けておやり。もっと離れて。家も、庭も、もっと後ろにやるんだ。 (と、彼女は背景を動かす)いや、必要とあらば、国中を後ろへ下がらせ、 そうしてこの国の生み出したあの息子を、厳かに迎え入れる! 夜も後ろへ押しやるがいい……天の星星の車輪もまた、 天の車輪のぎりぎりの淵まで追いやって、虚無のさなかに転落させ、そうしてあたしらに、広々と席を譲ってもらうのさ! おいで……さあ……あと三歩……一歩……着いた……(サイッド登場)さあ、お辞儀だ。 (サイッドは帽子を取ってお辞儀をする)どうだね!サイッド どうって、こうして帰ってきたよ……そんな遠くにいたわけじゃないし。(全員、どっと笑う)みんな俺のこと、待っていたのか?バシール お前のためにお祝いの祭をしようっていうんだ。今、準備の最中さ。ここと、それから亡者の国でな。 (重々しく)おまえは俺たちにとって実に役に立った。サイッド (鷹揚に)そう思っていた。だが俺だって随分苦労したのだ、少しは休息が欲しいと思う。ネヂュマ (笑いながら)じゃ、もしお前が網の先にぶら下がる事になったら?サイッド 願ってもないね。天と地の間で……2025/12/29 20:59:14235.夢見る名無しさんオムー お前がこれからどうなるか、その処置はあとで決めるのさ、だが、まずあたしらは、お前を迎え入れ、お前にあたしらの敬意を表さなければならなかった。 お前に必要なのはみんなの褒め言葉。このあたしの方はアスピリンだ。アスピリン! (バシールがアスピリンを二錠渡すと、それを彼女は飲み込む) かなり前から、お前は村のまわりをぐるぐるまわっていたよ……サイッド 道に迷ったんだ。オムー お前が石ころや森の中を踏み迷っていくに連れて、お前はあたしらでは容易に降りていけないもうひとつの領分へと踏み込んでいた。 もちろん、こっちだって、できることは全部やったさ。怒り、悲しみ、ののしり、熱と---あたしは四十一度八分もある!---狂乱と…… 見れば分かるだろう。あたしだって、野原をさまよい、森を横切っている!(笑う)あたしらに道を教えてくれた、お前とお前の素晴しい連れ合い、 お前達は、そうやってあたしらに、道に踏み迷う術を教えてくれたのさ……(再び笑う)サイッド 俺を裁くためには……アムール (笑いながら)裁判官なんぞもういない。いるのは、泥棒と、人殺しと、放火魔ばかりで……ハメッド サイッドと並べれば、裁判官はまだ裁く側だぞ!オムー そんな風に震えなくてもいい、ひどい目に合わせやしないから。裏切りの件はだ、 お前はお前にできることをしたまでだし、しかもこいつは認めざるをえないがね、結局、大した事は出来なかった。 (全員、笑う)いや、分かっているよ、あたしは、お前の意図はよかったんだ。 だからこそ、あたしらだって、それを重く視るつもりさ。だが、お前を裁くってのは、不可能になった。 これまで誰もお前ほど先まで行ってしまった者がいなかったのは……2025/12/29 21:04:03236.夢見る名無しさんナスール (侮辱されたかのように、大げさな口調で)猟に出たハンターが獲物の羽が---かもめだか、アホウドリだか知らんが--- 空から雪のように舞い降りるのを見る度合いは、この俺が、あの子のヴェールの中にスカートだの翼だのを、舞い上がらせて、 それを射落として、之のように舞い降りるようにさせるよりは、よっぽど少ないんだぜ……オムー (ナスールに)あの始めて聖体拝領した可愛い娘の事かい? お前は、逆上してあの子にぶっ放し、やっつけちまった。 サイッドはね、違うんだ。サイッドは一人きりだった。そしてもしあたしらが、あたしらの陶酔のとことんまで、いやほとんどその限界まで、 あたしらを裁く目つきなんぞ気にかけずにいけたというのも、まさにあたしらには幸運にも、お前というものがいたからさ ---お手本としてじゃない、そうとも、お手本としてじゃない!---お前と、いや、お前とレイラという夫婦さ……ところで、レイラは?サイッド レイラ?オムー (不安になって)愛してたのか?サイッド (笑いながら)どうして俺にそんな事が出来たっていうんだ? (上で、おふくろ)おふくろ (ほっとして)よかったよ。あたしは見張ってたんだからね。サイッド (さらに続けて)あいつは、俺からそんな気持ちをなくさすために、ありとあらゆることをやってくれたさ。 俺の方としては、俺は……俺が、一度も気がくじけそうにならなかったなんていうつもりはない、 情愛って物が、俺たちの上に打ち震える一枚の木の葉のように、情愛がふと影を落とす、 だが、すぐ俺は気を取り直した。そうともさ、その点については、安心してくれ。 あいつは怒り狂って死んだよ。そして俺は、俺がくたばるときには……オムー (前の言葉を続けて)お手本としてじゃない。ひとつの旗としてさ。 (沈黙)2025/12/29 21:06:55237.夢見る名無しさんアカデミー会員 (嫌悪の情を示して)ほら、言ったとおりだ。勲章まで行かなければ気がすまんのだ! だが、連中の選んだものは、連中の名誉にはならんね。ヴァンプ あたしたちには、英雄が有り余るほどいるじゃない。そして、あたしたちの英雄のみを飾る、あの有り余る栄光と金。外人部隊の兵士 あんたがそんな口をきくのか?(うんざりして)頭に立つものがおらんて!宣教師 彼らはひとつの組織になろうとしているのです。これこそ、何にもまして彼らを強力に結び付けるひとつの儀式の始まりであります。 (空気を嗅いで)このにおい、私には親しいにおいだ……マリカ あたしだって---このあたしさ、蝋燭を吹き消すときに、やつらが「悪魔の皮」って呼ぶこのあたしだって……シガ それが、蝋燭をつければ、綻びだらけの木綿でね。 (全員、笑う)マリカ 「悪魔の皮」だよ。あたしはあの男が店の階段を上がっていくときには、鳥肌が立ったものね。 (全員、笑う。一人の兵士が、彼女を背景の後ろへ引っ張り込む)2025/12/29 21:09:08238.夢見る名無しさんオムー あたしらはみんな鳥肌が立った、そうとも、この子の聖家族が、腐ったものの中にはまり込んで行くのを知ったときには、それこそみんな…… いや、今だって、まだ、あたしに残ってる骨と皮とは、相変わらず鳥肌のままさ…… 昔のお殿様方に言わずばなるまい、ごみためのごみの山は、何にもまして大事にしなくてはならんのだと…… 今後、掃除のごみを、全部捨てては絶対にいかんと……ララ あたしはいつでも、一つまみだけ、ラジオの上に残しておくわ。シガ あたしはチョッキのポケットに……アジザ あたしは、スープに入れる塩の入れ物に……オムー (幻覚にとらわれたごとく)そしていつの日か……(サイッドに)動いちゃいけない! ---林はますます黒くなり、そして熱い…… つまりあたしはひとつの池の側を通らなきゃならないのだ、そこの水は水じゃない…… そしてもし、いつの日か、太陽が黄金の雨となってこの世界に降り注ぐような事があれば---ありえないとは誰に言える? ---どこかの隅に、小さな泥の山をとっておおき……太陽が照り返して、その光の矢は、今あたしの頭をがんがんさせているやつだ、 あたしの頭に一面突き刺さって、なぶりものだ……おふくろ (木魂のように)おしゃぶりな!サイッド (同じく)しゃぶるよだれもありゃしない。夫 一時間なら無駄にしても取り返せるが、半日となったら取り返しがつかない。お祭りは駆け足でやっつけなきゃ!(瓶からぐいと一気飲みする)シガ (サイッドに)においでさ、あの大きな下水から二十メートルの辺に来ると、レイラがそこで揺れているのが分かるらしいよ…… もしそこから出てる臭いにおいになったのが本当にあの女なら、あたしたちは、ものを忘れずに済むってわけだ。2025/12/29 21:11:52239.夢見る名無しさんオムー いったんあたしが死んだとなりゃ、お前たち、思い出すきっかけがいくらあっても足りまいが。 あたしにはとっても考えられない、甘く懐かしい道徳なんぞを思い出して懐かしがるような真似、 お前さんたちにさせないために、娑婆でも天上でも、あたしの腐っていくにおいだけで足りようとはね…… やがて、風があたしをさらっていく……風邪があたしの骨の間を、まるでフルートの管を横切るように横切って通るのが あたしには分かる……それこそあたしの目方なんかもうないに等しい、全部で十グラムそこそこだ…… 頼りにするのはお前達だ……サイッドは、みんなで利用するのさ……サイッド じゃ、何もかも終わったわけじゃないのか?オムー お前の悲惨を、お前の汚らわしい事を全て、芳しいにおいで包んでやるのさ。サイッド つまりそれは、俺がこの世界の終わりまで、世界を腐らせるために自分を腐らせ続ける、そういう意味か?オムー 意味するもしないも、そんな事は何の意味もありはしない。みんなお前を探していた、探していたのさ、お前の事を。 お前を誘い出すために、あたしの熱と、千里眼が必要だった。お前は今ここにいる、みんなお前を、もう離しはせぬ、 いくらお前が娘っ子よりするりと逃げる名人でもだ。さあ、急ぐんだ、お前の汚らわしい事の全て、芳しいにおいに包まねばならぬ! どんなものでも見逃してはならない。終わりが、あたしの終わりが近づいてきた、あたしは終末に近づいて行く、 みんな途中で頭をぶつけ合ったら、あたしに変わってくれるやつは一体誰だ? (胸が苦しい様子)お前達、分かるだろう、この差し迫った状況……バシール (近付いて)アスピリンか、ばあ様?2025/12/29 21:16:09240.夢見る名無しさんオムー 要らない。あたしには、もっと長く喋るため、熱が必要なのだ。熱の方でも、同じ事をしようというなら、あたしが必要なのと同じ事だ。 カディッヂャは、あたしが喋るより、もっと長く語ったじゃないか……サレム それを喋ったのは、あの女、死んだあとだぜ。オムー そうして、林は永遠に続くわけじゃない、あたしは百も承知だ。あれを喋った時、カディッヂャが死んでたというなら、 このままじゃあたしの狂乱は、もう、引き潮のように引いていく……祭りはさっさと片付ける…… 土砂降りの雨の中で、電光石火の作戦だ! 瞬きする間に、儀式を済ます……サイッド、サイッドよ! 実物よりひときわ大きく! お前の額は星雲の中に、お前の足は大海原の上に……小僧 スープをたくさん飲まなきゃ!ララ (髪を結いながら)あいつに飲ますための飼い葉桶、どこにあるよ?サイッド 額は星雲の中にだって! そして足は?監獄の看守 (独り言のように)しかもずっと立ちづめか。バシール やつの声は十万のトランペット、やつのにおいは宇宙の雲のことごとくか……オムー (サイッドに)お前はお前自身の背丈を越えて……シガ それじゃみんなで寄り合って、今度のサイズで靴下を編んでやろうか!サイッド 俺はみんなの要求通りにするよ、だが……オムー (熱に浮かされて)心配は要らない。全部あたしらだけで片付けてやるよ……こつはちゃんと心得ている……万事、スムーズに運ぶはずだよ……サイッド (突然、厳しい口調で)とにかく、まず俺を殺すんだろう。それならすぐにしてもらいたい! お前ら、俺のことを待ちあぐんでいた、俺のための祭りだと……2025/12/29 21:18:47241.夢見る名無しさんオムー (ますます熱に浮かされて)興奮してはいけない。あたしの頭は燃えさかる火だよ、その火はがんがん割れ鐘のようだ、 あたしの目玉はここにある、お前のポケットなんぞに忘れるものか、あたしの腿の骨を風が吹き抜け、 氷があたしのスカートに凍る。みんなお前が死んでる事を望んでいる、違う、生きてる事だ、死人じゃなく……サイッド (逆上して)それじゃ、俺を生きたまま死人の仲間に入れようってんだ!オムー (脅迫的に)死人でも、生きてるやつでもないわ! 悲惨に名誉を! 生きているやつらに総攻撃を! レジオン・ド・ヌール、あんな勲章は、便所の白壁についたちっぽけなしみさ!サイッド (まだ逆上している)つまり俺を、死人のままで、生かしておこうというんだな!オムー (ほとんど何かの霊に憑かれたように)そうとも、万一、歌わねば、歌わねばならぬなら……新しくサイッドを作り出さねばならぬなら…… もしも、一言一言、唾とよだれで吐き出さねばならぬとあれば…… 書いたものでも、口から口へと伝えるのでも……サイッドの物語、長々と語りだす必要が……看守 (笑いながら、大声で)俺は幾晩も幾晩も過ごしたからな……こいつの、レイラとの愛の物語り、俺が歌ってやろうじゃないか…… 夜となく昼となく、俺は死刑囚の言葉を聞いてきた。全部が全部、決まってやつらは歌にして歌うが、全部が全部、大声でやるとは限らんのだ……オムー くたばるのだ! 腹が裂けて、どろどろ物語が流れ出す……犬どもは……看守 (前の台詞を続けて)大声ではな。ある連中は、ただふくらはぎの筋をあらわすだけだ。 そこを横切って、空気が少し流れる。するとひとつの歌が立ち上る。このハープを横切って……サイッド (逆上して)そんなサイッドは俺じゃない! ハープの風も、ふくらはぎの恍惚も関係ない!オムー 犬どもは言おう、このあたしらと犬どもは同属だって……やつらのための物語さ、その物語り、戸口から戸口へと進んでいく、夜ごとに……2025/12/29 21:23:08242.夢見る名無しさん看守 ひとつの歌が立ち昇るのだ! 俺もやつらのように歌うことを覚えた、ふくらはぎで、ひかがみで、いや、腸でだって歌えるのさ! (全員、笑う)なんだな、お前ら笑うのか? (いかめしく)お前らは、死刑囚の腸が歌を歌うのを聞いたことがないんだな? それはお前らが、聞く耳を持っていないからだ。(気取って歌の紹介をするように)死刑囚の腸による、サイッドとレイラの恋の歌。(全員、どっと笑う)オムー (彼女も熱に浮かされたように笑いながら)そして夜ごと、そうとも付け加えておくれ、 夜ごと、戸口から戸口へと、犬どもの切られた首が運ぶ歌、犬どもの切られた喉が語りだす……(全員、再びどっと笑う。それから長い沈黙)アラブの兵士 (娼家の背景から出てきたところだ。彼はボタンをはめる)よし。ばあ様、なかなかお見事だな、その演説は。 お前には演説をする権利がある、お前は死人だからな。俺はマリカをいじくりながら聞いていた。 (男達に)貴様立ち慰霊塔の除幕式の間は、祖国愛に満ちた演説を聞きながら、各人、自分の分け前を取るようにすすめておく! (オムーに)だが、俺たちはな、生きているんだ、俺が話しているのは、俺たちのうちで生きている人間達の事だ、 一体、野良犬のぶった切った頭が、あっちにいる俺たちのところまで、サイッドの物語を持ってくるのか、どうだ?裁判官 (独り言のように、しかし力を込めて)不幸せなやつらだ!2025/12/29 21:25:29243.夢見る名無しさんオムー (兵士に)お前なんぞはあたしらと関係ない、そんなものはただの理屈だわさ。アラブの兵士 ひとつの組織になるためには、理屈が必要なのだ。 それじゃ一体、俺たち戦っている兵士には、何の権利があるっていうんだ。(沈黙。オムーは考えている様子。ようやく、彼女は口を切る)オムー 無駄口をたたく代わりに、お天道様の照りつける中へ出かけて行って死ぬ事さ。(極めて断固たる口調で)しばらく前からだ、そうとも、 あたしらがここで、あたしらのありとあらゆる不幸、悲惨を嘗め尽くそうと精魂を費やしている間にだ、 お前達はあっちで、お前たちの死を、調和の取れた尊大な形に仕立てているじゃないか。アラブの兵士 戦闘を有効にするためだ。オムー (あたかもロボットのように、鸚鵡返しに)往生を小奇麗なものにするためさ。おふくろ うまくいった! あの女は林を抜けたよ。あたしらのところへ近づいてくる。オムー (上記と同じ芝居)兵士よ! 味方の兵士、このおたんちんのおたんこなすめ、いいかい、絶対、現実に適用されてはならないような種類の真理って物がいくつかある。 まさにそういう真理こそ、歌によって生きさせなければならない、真理が歌に姿を変えたその歌でな。 お前なんぞは敵と向かい合ってくたばればいいのさ。お前の死も、あたしの狂乱以上に真実ではない。 お前ら、お前とお前の仲間はな、まさしくあたしらにサイッドが必要だという事の証拠だわさ。アラブの兵士 お前の言う事はたぶん本当だろう、お前にとっても、俺にとっても、だが他のやつらは? (嘲笑する)戦いにけりがついて、やつらが家に帰ったときには、どうなんだ?(かなり長い沈黙)2025/12/29 21:28:33244.夢見る名無しさんオムー あたしの気を挫いたなんて、こいつが考えたら大間違いだ。お前らには必要だった、死人たちの間から立ち昇り、生を否定する紋章が…… (物憂げに)「戦いにけりがついて、やつらが家に帰ったとき」か……そんな事があたしと何の関係がある! ある種の真理って物は、現実の世界に適用する事は出来ないものだ、適用したら、そんな真理は死んじまうわさ……そいつは死んじゃならない、 生きるのだ、歌によって、その真理が歌に変わったその歌で……歌よ、永遠に!アラブの兵士 俺にしても、俺の戦友にしてもだ、戦ったのは、そいつがお前の中で、浮ついた歌なんぞなるためじゃなかった。 戦ったのはな、いいか、闘争への愛のためだ、栄光に輝くパレードと、新しい秩序のためだ……オムー いい加減にあっちへ行って、横におなり、そんな深刻な考えをした後じゃ、ちったあ休んだほうが身のためだ。 いずれにしてもあたしらはね、伊達や酔狂で殺されるようなまねはね……アラブの兵士 (皮肉に)どいつのおかげで殺されたって? (第二の兵士が娼家から出てきて、同じ階段を通って、第一の兵士のところへ来る)オムー 口が酸っぱくなるほど言ってるだろう! 殺されたのはだ、そんじょそこらのお偉方や、裁判官だの、乾物屋だの、 ゴムまりみたいな床屋の親爺を守ってやるためじゃないわさ、そんなやつらは糞くらえだ、そうじゃない、 大事に大事に、あたしらのサイッドをとっておくため……そうとも、やつとやつの聖女のような女房を……(死者の国では、全員が笑い出し、拍手を送る)アラブの兵士 やかましい。勝利は貴様らの自由にはならん、勝利にどんな意味を与えるかもだ。決めるのは俺たち、生きている人間だ。 (村の広場にいる男達が拍手する)よし。(第三の兵士が、第二の兵士と同じく、娼家から出てくる。ついで第四の兵士も同様に……)2025/12/29 21:32:20245.夢見る名無しさんアラブの兵士 (自分の周囲を見回して)こっちのほうは、防備は万全だ。俺には分かる、論理が人間の精神を武装しているのがな。 今に俺たちは、全員、デカルト的な精神の持ち主になるだろう……(サイッドに)貴様の事は許してやる。俺たちの義務は貴様を許す事だ。オムー (笑う)こいつはいいや! 許すときたよ! 許すんだとよ、とんだ薔薇にマリア様のヴェールだ! お許しくださるとよ、お燈明に、レースの布に、それから両手を額にあてがってよ……第二の兵士 許す許さんはともかく、惨めな、汚らしいものはたくさんだ……オムー お前らはそれで、拍子を取って、お一二、お一二か……第三の兵士 「全員、進め」って伍長殿の命令があれば、みんな、お一二、お一二だ。オムー サイッドはね、あたしらが放さないよ。この子の反吐の出そうな汚らしさを保護するためさ…… その汚らしい状態に、これから水をくれてやってね、どんどん育つようにしてやるわさ。第一の兵士 (サイッドに)俺のそばに来い。(サイッドはためらう)お前に、兵隊になれとは言わん…… (死者の国でどっと笑い声がする。そこには、おふくろ、カディッヂャ、軍曹、ピエール、将軍、ワルダ、ブランケンゼー氏、中尉の姿が見える) やかましいやい! 亡者はおとなしく寝ていろ! 貴様らには、葬式も、名誉も、栄光もちゃんとあてがってある、 臭い肉に対してやらなきゃならんことはちゃんとな。そうだろうが。よし。(死者たちはくすくす笑う) 今は、俺たちだけで、静かに生きるのだ、邪魔をしないでもらいたい。(サイッドに)ここへ来いと言ったんだぞ。2025/12/29 21:36:49246.夢見る名無しさんオムー (サイッドを捕まえて)あたしの方はね、ここにいなって。サイッド (広場を一回り見回した後、穏やかに)ばあ様、兵隊達、みんな、お前らみんな、糞くらえだ。 (彼は群衆から離れて、退場しようとするが、五人のアラブ人の兵士は、ピストルを取り出し、彼を狙う)第一の兵士 動くな! (サイッドは立ち止まり、振り返る)オムー (第一の兵士の前に飛んで行って立ちはだかり)お前達、やっつけるつもりじゃあるまいね? まさか、この子を、あたしらの手から奪い去るつもりじゃ? まさか、お前達……あたしらの宝物、まさかぶち壊すような真似はすまいね…… あたしら、息が出来るのはこの子のおかげなんだよ……(彼女は体を折り曲げて、激しく咳き込む)このままくたばったほうがましだ……第二の兵士 (サイッドを指して)やつにこのまま続けさせるわけにはいかん……小僧 はらはらさせるねえ!第三の兵士 (サイッドに)さあ、いいから来い。全て帳消しにしてやる、新規まき直しだ。 (サイッドはためらっている様子)オムー 逃げるんだよ。おまえ自身の外へ出るんだ。口でも、尻の穴でもどこでもいい、とにかく出るんだ、そこにいちゃいけない!第一の兵士 (サイッドに向かい、厳しい面持ちで)俺はな、いいか、俺が言って聞かせることは……サイッド (穏やかに)俺のことを、みんな、手に入れようと必死だ。俺の値段は、俺のほうでつり上げることが出来る……(死者の国で、長い事呟きが聞こえる。死者たちは、互いに目で何事か示し合わせている様子。突然、おふくろが激しい口調で絶叫する)2025/12/29 21:38:39247.夢見る名無しさんおふくろ (声を限りに)サイッド! (全員、彼女を見つめる)サイッド! 尻込みする気じゃあるまいね? あたしは牝犬さ、父なしの子犬をはらんだ牝犬だよ。そのあたしがお前をお腹の中に入れていたのは、 お前を死んでもいいようなやつにするためじゃなかったのさ! 牝犬の生涯ってものは、わき腹を足で蹴られる、狂犬病にもなりかねない! いらくさのけちな茂みよりも、お前の値打ちはもっとけちなものだが、今日のお昼になるまでは---今がちょうどお昼だ--- あたしゃ、あたしを導いて来たのはまさに憎しみってやつだと思い込んでいた、このあたしをだよ、サイッド!オムー (おふくろに)おばばよ、お前さんの台詞でため息が下がったよ。第一の兵士 死んだやつらの屁理屈だ…… (死者たちはいっせいにどよめく)軍曹 (サイッドに)お前のほうが分がいいんだぞ、サイッド、おいらのようにするんだ、おいらはな、ずいぶんひどいこともやらかしたがよ、 そのおかげでおいらは輝くようになったってわけだ。おいらからは後光が出てるんだぜ、サイッド!ヴァンプ よう、よう! 軍曹、あんたは、ずいぶんとえげつない、いかがわしい事もやらかしたからね。 (笑う)足のつめをひん剥くなんてのは序の口でね……アカデミー会員 何を馬鹿な事を! 今朝、路地で、あの男の名のついた町名の札の除幕式があったばかりですぞ。 彼の行動は、彼が死んだという一点を除いて、誰も知っちゃおらんのです。ブランケンゼー夫人 いいえ、どういたしまして、あたしは聞いておりますわ。銀行家 ゴシップだ、くだらん。アカデミー会員 (はなはだ意気喪失して)彼が実際に行ったことに頼る事は出来んのです。もはやそのような事は不可能となった。 やつらには出来るが、われわれには出来ん。(学者ぶって)したがって、軍曹は、彼の名のついた町名の札を持つことになる、 それはわれわれが何も知らんからである。これがやつらと違うところです。2025/12/29 21:41:58248.夢見る名無しさん第一の兵士 (ヨーロッパ人を指して)それじゃ、やつらは、やつらはどう考えるだろうか、貴様の事を…… 俺たちのことを……おふくろ (大声で笑い出して)だってあの連中なんだろう、お前達がやっつけようとしているのは! やつらのめっきが金ぴか、本物だと思っているのかい?第一の兵士 めっきの金ぴかにも、いいところはある。オムー (サイッドにこっそり)今のうちに逃げ出すんだ。議論している間に、さっと! やつらのやる事は後でわかる……(サイッドはためらい、立ち去るかのように一歩踏み出す)第一の兵士 動くな! (サイッドはなおもためらい、それから走り去る)射て! (五発の銃声が、アラブの兵士達の五丁のピストルから発する。全員、サイッドが立ち去った右手の方を見つめる。 人間が倒れる音が聞こえる。死者たちとオムーを除いて、全員、茫然とした様子)ブランケンゼー夫人 (びっくりして目を覚まし)いつでも窓の音であの音がするんだから。 (彼女は再び眠り込む)オムー 今日はまだ、とても往生する暇はないね。一人は埋めて、他のやつらは怒鳴りつけてと。 この分じゃ、百まですぐだ。(バシールに)アスピリン。(バシールは彼女にアスピリンを差し出す、と、彼女はそれを飲み込む。アラブの兵士とオムーを除き、全員、すでに登場している。下では、銀行家、外人部隊の兵士、ヴァンプ、等等が、サイッドの登場の際に起き上がっていたが、再び腰を下ろして、うつらうつらし始める)第一の兵士 (オムーに)そう、悲しむには及ばんよ、ばあ様。お前ももうすぐ地面の下だ。2025/12/29 21:43:52249.夢見る名無しさんオムー (肩をすぼめて)その前に、サイッドのやつを下水に放り込まなきゃね…… (彼女は、二本の杖と、バシールならびにアムールに支えられて退場。五人の兵士は右手へ、彼女に従って去る。 使者たちを除き、他の全ての俳優たちは、袖へ、背景とそれからこの景の冒頭で彼らが持ってきた品物を運び去る。 長い沈黙。上の死者たちは、みな、生きている人間達が、舞台を片付けるのを見つめている。使者たちだけが残る)カディッヂャ (勝ち誇って)引越しだ! 引越しだよ!軍曹 これでしめしめ! おいらは町の名になったのさ! (笑う)おじきがふとん屋をしているあの路地の角さ、 あそこにおいらの名前のついた町名の札を、おいらはおかげで手に入れた。 勝ち取ったってわけだ! みんな、おいらが美男子だって文句をつけたが、だが、おいらの美貌ってやつは、 おいらの残酷さって言うあの宝石を入れておく宝石箱の役をしたのさ。おふくろ (不安になって)ところで、サイッドは? 来るんだろうね?軍曹 おいらの美貌は残酷さと並んでいや増しに増していった。美貌と残酷さ。この両方が手を貸しあってよ。 この両方が抱く愛情の輝き、そいつがおいらがズボンを下げたとき、おいらの尻に訪れて、おいらの尻を金色の光で包んでくれた!(笑う)おふくろ サイッド! まあ、待ってりゃいいようなもんだけど……カディッヂャ それには及ばないよ。レイラと同じさ、戻っては来ないよ。おふくろ じゃ、どこにいるんだい、あの子?カディッヂャ 死人の国さ。 (背景の二つないし三つの台詞の間に、死者たちはすでにその背景を運び出している。 お袋が一番後から、その肘掛け椅子を持って退場。部隊は空になる。終わりである)2025/12/29 21:46:15250.夢見る名無しさん東京なのはわかってるのに バックは東京って決していわず別の地域やろ!と言い放つチビリ2026/01/09 22:51:04251.夢見る名無しさんはっ…! ←有能気取りの高卒 低スキルほかのをかってくれて楽だわ2026/01/09 23:40:20252.夢見る名無しさんテンションが続く奴でふっふーん、って不法を認めないのが会社の取る態度なんだと 負けそうになると頭が熱く回転してしまって過熱しまくるみたい 回転速度が速いとでも思ってんだろうな ミエミエ おかしい人ではないからこちとらわかりません、って常識を、すごくてわからないと取ってるらしい こういう奴いるよなって程度でしかないわかんない、とかいわれると異次元にいるとでも言うかのような自慢顔2026/01/10 00:21:10253.夢見る名無しさんガキは早く寝ろとかいって女遊びとかするって 言われたことがコンプレックスで起きてるしょぼい奴 ヤンキーにも満たないわ(笑)女の子とウキウキー だってよ おばさんとおじいさんがな2026/01/10 00:24:02254.夢見る名無しさん後出しじゃんけん 長文の自己紹介 まぁそんなもんだろうね。2026/01/10 13:44:43255.夢見る名無しさん効いとらんよ ー名誉毀損!私の存在に恐れをなしているんだと思うねー名誉毀損!一貫性はあるねー名誉毀損! 興味をひかそうと害みたいなことしたうえにこんな事を それそのものかこうゆうのも喜びそうだからやめとこ2026/01/11 23:50:08256.夢見る名無しさんフッ ぼくらやるもんてしょって言っても認められず結局やばい団体で叫び合ってすげーって言い合うやばい団体2026/01/13 13:12:18257.夢見る名無しさん同じだと思って話しかける中高卒では変な奴ら スルーしたい かわいそうなことしては、接してもらえるんじゃないかな2026/01/13 13:19:23258.夢見る名無しさん知らない単語の連続で 寡黙な彼が遂に感情爆発2026/01/20 15:40:33259.夢見る名無しさん決めて話すスタイルだったのでは…?2026/01/20 15:40:53260.夢見る名無しさんすぐめくれるのに 笑わせてもーたわ2026/01/22 23:04:51261.夢見る名無しさん怒ることがほしいかぁ大阪の人らしいから、東京では下の下 落ちこぼれかぁ2026/01/22 23:49:45262.夢見る名無しさんかわいそうの範疇に入らないか2026/01/22 23:50:02263.夢見る名無しさんはっきり話せるからいい奴だー言えてないから注意されたー ほかの奴はー だって 勉強できる奴の不満を言うことも、本人たちがなされるべき注意事項とやらに該当するのに そこを直せないか本人たちも更生中の壮年不良少年卒なんだろうが、他人を何人犠牲にすりゃ終わるんだ更生と銘打って悪目立ちしたい欲望も丸出しだし2026/01/23 00:23:15264.夢見る名無しさん地方差別で損害が大きいから不満は当たり前ってのを懸念してプラスを与えてるとかいうけど損害じゃないし これは長い目で見れば別に返す必要のあることでもなし本人だけをみての判断だからなんの関連もないかなー採用も遅かったけど今更話にも上がってないし社会で勝ってる、はいってるけど学歴で負けたはいってないな過去になればもう話さない主義にしてるらしい学歴産業だから ずっと取り合わないといけないんですよね右往左往してなんでおまえだけ定職に付いてるんだ!って怒りに来る予想済みの定期2026/01/24 05:25:40265.夢見る名無しさんテンションの調整が効かないやつ熱くなって…おまけに無関係なやつや仲裁に攻撃するという被害妄想もある2026/01/24 08:37:53266.夢見る名無しさんその度量あるのやめろや!!わし法学しってすごい人物なんやぞ!ほっとくと分かる日来ないだろうなー2026/01/28 00:07:33
【衆院選の争点・政治ジャーナリストの田﨑史郎氏が危機感】「僕は危ないと思っている。本当に。ハキハキした女性を選ぶか、おじいちゃん2人を選ぶか、という選挙になっているような気がしてしょうがない」ニュース速報+332812.92026/01/31 23:16:24
(背景に描かれた絵は、一本の棕櫚の樹、アラブ風の墓。
背景のすぐ前に、小石の山。左手に里程標があり、アインソファール四キロと書いてある。
強烈なブルーの光線。
サイッドの服装---緑色のズボン、赤い上着、黄色い靴、白いシャツ、薄紫のネクタイ、つばのついたピンクの帽子。
おふくろの服装---紫色の服、ありとあらゆる色のつぎが当たっている。黄色の大きなヴェール。
彼女ははだしで、足の指には一本一本----それぞれ異なる---けばけばしい色が塗ってある。
サイッド、おふくろ
ネクタイをだらしなく結んで、上着のボタンは全部はめてある。
右手から登場。姿が見えるか見えないかのところで、疲れ切ったように立ち止まる。
彼が出てきた方を振り返り、叫ぶ。
三十分もすれば日の出だ……
(彼は待つ。片足に重心をかけて休み、汗をぬぐう)
手を貸そうか? (間) どうしてだ、見てる奴なんていやしない。
(ハンカチで自分の靴を拭く。起きあがる)
あぶない。
(彼は飛んで行こうとするが、そのまま止まって、じっと見守る)
違った、違った、ただの青大将だ。
(次第に、大きな声から普通の口調になる。まだ見えない人物が近づいてくる感じ。
やがて、彼の口調は普通の調子になる)
だから靴をはけって言ったんだ。
(皺だらけの年取ったアラブ人の女が登場。紫色のドレス、黄色のヴェール。裸足。
頭に、赤茶けたスーツケースを載せている)
おふくろ 着いた時に、綺麗な靴をはいていたいよ。
サイッド (つっけんどんに) あっちの連中は? あの連中の靴が綺麗か?
おろしたての靴なんてはいてるか? そもそも、足が綺麗かね?
おふくろ (サイッドと並んで歩きながら)どうしろってんだ?
みんなが、おろしたての足でもしてろってのかい?
サイッド 冗談はよしてくれ。今日は暗い気分でいたいんだ。
そのためにゃ、無理して自分に痛い思いをさせたいくらいだ。
小石の山がある。少し休んだらいい。
(彼は母親の頭の上からカバンを下ろし、それを棕櫚の木の下に置く。おふくろ、腰を下ろす)
おふくろ (微笑して)おすわり。
サイッド いや。石じゃ、俺の尻には柔らかすぎてね。嫌でもこっちの気を滅入らす物が欲しい。
私の一人息子のお前、それが隣の村で、いやここらじゅう探しても、一番不細工な女と結婚する。
そこでお前のおふくろは、結婚式のためにはるばると十キロの道を歩かされる。
(スーツケースを足で蹴って)そのうえ、向こう様のお土産にと、一杯詰まったカバンを持っていく。
(笑いながらまた一蹴りするとスーツケースはひっくり返る)
サイッド (陰鬱に)みんな壊しちゃうぜ、そんなことをしたら。
おふくろ (笑いながら)それがどうした。
傑作じゃないか、あの女の鼻っ先でカバンを開けたら、出るわ出るわ、こなごなのかけらばかり。
陶器も、立派なガラスも、レースもみんなこなごなだ。鏡もみんなさ……
かーっときたらあの女、少しは見られるようになるかもしれない。
サイッド 口惜しがる姿なんて、余計見られたものか。
おふくろ (相変わらず笑いながら)
お前が笑い転げて涙が出りゃ、涙越しに見るあの子の顔は、ちっとはピントが合うってものさ。
でもね、お前に少しでも勇気がなかったらよ……
サイッド 何の……?
おふくろ (相変わらず笑いながら)お前なんぞ二目見られない醜女だぞっていう態度をする勇気さ。
いやいや一緒になるんだ。げろでもぶっかけておやり。あの女に。
サイッド (真面目に)本当にげろを吐かなきゃならないか?
俺と結婚する為にあいつが何をした? 何もしちゃいない。
お前だってそうだ。文無しだからね。あの女には亭主がいる、お前には女房。
あの女もお前も、相身互い、ありあわせの物を取りっこさ。お互いの取りっこだよ。
(笑う。空を見上げて)へぇ、さいですね。暑くなりますよ、こりゃ。
神様は光に満てる1日をお恵みくださるので。
サイッド (ちょっと黙ってから)カバン、俺が持つんじゃ嫌か?
誰も見ちゃいないさ。町の入り口に着いたら返すよ。
おふくろ 神様とお前が見てる。お前が頭にカバンなんぞ乗っけたら、男らしくなくなるよ。
サイッド (驚いて)カバンを頭に乗っけると、あんたは女らしくなるのか?
おふくろ 神様とお前がよ……
サイッド 神様? カバンを頭に乗っけるとか。手に下げていく。
(母親は黙る)
サイッド (ちょっと黙ってから、スーツケースを指して)あの黄色いビロードの布、いくらした?
おふくろ 払ってないさ。あのユダヤ女の家で洗濯をしてやったもの。
サイッド (頭の中で計算をして)洗濯か。1枚につきいくらになる?
おふくろ いつも、お金じゃ払ってくれないさ。金曜ごとに、ロバを貸してくれる。
お前の方こそ、あの柱時計、ありゃいくらで買った?
そりゃ狂っちゃいるよ、だけどとにかく、れっきとした柱時計だ。
サイッド まだ払いは済んでない。石の壁をあと十八メートルやらなきゃ。デュルールの納屋のさ。
明後日やる。それじゃ、コーヒー碾きは?
サイッド 大した事はね。ただ、アインタルグのテント村まで買いに行かなきゃならなかった。
行きが十三キロ、帰りが十三キロか。
おふくろ (微笑を浮かべて)あのお姫様に香水かい!
(ふと耳を済まし)なんだい、ありゃ。
サイッド (左手、遠方を見やって)ルロワさんと、奥さんだ。1号線を飛ばしている。
おふくろ さっき十字路で待ってたら、乗せてってくれたかもしれない。
サイッド 俺達を?
おふくろ 普段じゃ駄目さ、でも、今日は私の結婚式ですって、お前が説明したら……
花嫁さんに早く会いたいもんで……
まったく、わたしゃ、自分が自動車で先方に着くような目に一度でいいから会ってみたいね。
(沈黙)
サイッド 何か食べるかい? 隅に鶏の焼いたのが入ってる。
おふくろ (真面目になって)どうかしてやしないかい。ありゃみんなに出す分じゃないか。
腿が片方なくなってたら、わたしゃちんばの鶏を飼ってると思われちまう。
こちとら貧乏、あちらは不細工、だがね、片ちんばの鶏はなんぼなんでもひどすぎますよ。
(沈黙)
サイッド どうしても靴ははかないの。あんたがハイヒールをはいてる所は見たことがない。
急にあんまり天井の方に上がっちまったものだからね、
まるで塔の天辺にでも登ったみたいで、
あたしゃ自分の悲しい気持ちの方は地面に置いてけぼりで、
上からそれを見下ろしてたよ、お前の親父をみんなして埋めてる地面によ。
片方はね、左足だ、ごみ箱の中で見つけた。もう片一方は、洗い場のそばだ。
2回目ってのは、ありゃあいつらがうちの小屋を差し押さえに来た時だった。(笑う)
よく乾かした板の小屋だが、板は腐ってて、腐っててもよく音を立てる。
あんまり音がするんで、家の中の物音は手に取るように分かっちまうのさ。
わたしらの立てる物音以外は何にもなくて、その音が突っ走っていく。
お前の親父の立てる音とあたしの立てる音さ。
そいつが土手にぶつかって跳ね返ってくる、太鼓だよまるで。
親父とあたしゃこの太鼓の中で暮らしてた。眠ってた。
何もかも丸見え同然、あたしらの暮らしときたら、腐った羽目板のおかげで外に筒抜けさ。
物音といわず声といわず、音なら何でも通しちゃうんだ。
まるで雷みたいな小屋だったよ、ありゃ!
こうすれば、ドッスーーン! ああやれば、バッターーーン!
ギシギシ、ガタガタ! ドスーン、バタン! こっちがギィ、あっちがギィ。
グググググググ、ガガガガガガガ、ガーラガラガラ…………ドカーン!
羽目板ごしにこう聞こえちまうんだから!
ところが、その小屋をだよ。連中は差し押さえようって魂胆だ。
そこであたしゃね、こう爪先立って、ハイヒールのかかとでグーっと高くなっちゃってさ、
昂然と見下してやったもんだ。いや実に傲慢不遜にやってやったよ。
頭はトタンのひさしに届いてたね。こう指を突き出してさ、追い出してやったもんだ。
あいつらなんざ。
サイッド はいてよかったよ。確かに。だから、ハイヒールをはきなよ。
第一、かかとを折っちまうかもしれない。
サイッド (厳しい口調で)はくんだよ、靴を。
(彼はおふくろに靴を差し出す。片方は白で、片方は赤。
おふくろは一言も言わずにそれをはく)
サイッド (おふくろが体を起こすのをじっと見つめている)その上に乗ってると、綺麗だよ。
そのままで、脱いじゃ駄目だ。それから踊って! 踊るんだ!
(彼女はマネキンのように二、三歩歩き、実際に優雅に見える)
さぁ、もっと踊ってください、奥様。
そうとも、お前達、棕櫚の樹よ、お前達は髪の毛を持ち上げ、下を向いて
---いや、頭を垂れてって言うんだ---見てやってくれよ。
俺のばあ様を、一瞬の間、風も止まれ、見るんだ、お祭りなんだ、ここは!
(おふくろに) さあ、踊りだ、その頑丈な足で、踊るんだ!
(身体を屈めて、小石に向かって)
お前達も、小石よ、お前達の上の出来事をしっかり見つめるがいい。
俺のばあ様が踏みつけるのだ、お前達を、革命が、王様達の石畳を踏みつけるのと同じに。
万歳! ドカーン! ドカーン! (大砲の音を真似る) ドカーン! ズドン! ボカン!
(大声で笑う)
おふくろ (踊りながら)ほうれ、ドッカーン! ほれ、ダーン! ボーン! ズドン! ボカン!
王様達の石畳さ。(サイッドに)さあ、お前の方は、雷をやんな。
サイッド (相変わらず笑いながら)ほれ、ドカーン! バーン!
キリキリキリキリキリキリ…… ガラガラガラガラガラガラガラ…… ビリビリビリビリ……
(仕草と声で稲妻を真似る)
(彼女も稲妻を真似る)
サイッド ドン! ドン! おふくろが踊る。お前達を踏みつけて、どうだ、あの滝の汗は……
(おふくろを遠くから見つめて)滝のような汗が流れ落ちる。
こめかみから頬へ、頬から乳房へ、乳房から腹へ。
そう、お前、砂埃よ、俺のおふくろをよく見てくれ。
汗だくで、高いかかとの上で、なんて美しく、自信に溢れていることか。
(おふくろは微笑しながら踊り続ける)
あんたは美しいよ。カバンは俺が持つ。ビリビリビリビリ……
(彼は稲妻を真似る。彼はスーツケースに手をかけるが、
その前におふくろがそれを掴んで離さない。短い格闘。
二人とも大声で笑いながら稲妻と雷鳴を真似る。
スーツケースが地面に落ち、蓋が開き、中身が全部出てしまう。そもそも空だったのだ。
サイッドとおふくろは大笑いしながら地面に倒れる)
おふくろ (笑いながら、そして、目に見えない雫を手のひらに受けようと手を出しながら)
嵐だよ。これじゃ結婚式はずぶぬれだ。
(二人は震えながら去る)
(娼家、背景は白。右手に、極彩色のテーブルクロスに覆われたテーブルに向かい、3人の客が座っている。左手には二人の娼婦がじっとしている)
マリカ 金のドレス、黒いハイヒール、金色の金属でできた冠、肩に髪の毛をたらしている。二十歳。
ワルダ 金の非常にずっしりしたドレス、赤いハイヒール、髪の毛は髷のように結ってあり、血のように真っ赤、顔色は蒼白、四十歳前後。
娼家に座っている男たちは、くたびれた三つ揃いを着ている。短い上着、細いズボン、色調の異なるグレーの生地。
赤、緑、黄、青の派手な色のシャツを着ている。
一人の召使の女がワルダの足元に跪いている。彼女はワルダの足に白粉を塗っている。
ワルダはしんを入れて広げたスカートのように膨らんだピンクのペチコートを履いている。
ワルダ (召使に、物憂げな声で)厚く……もっと厚く……かかとにも白粉を。
(金色の頭のついた長い帽子止めのピンを楊枝にして歯をほじっている)
肌は白粉のおかげでピンと張るんだ。
(歯に詰まっていた物を遠くに吐き出して)
完全にいかれてる……
私の口の奥は、完全にぼろぼろさ。
ムスタファ (ブラヒムに向かい、熱っぽい口調で)淫売の仕事は、俺達のよりもよっぽどつらいぜ。
(3人の男は、口を開けたまま、彼女の身支度を飽きずに眺めている)
ワルダ (ブレスレットを数えながら)一つ足りない、持ってきておくれ。私は重くならなければいけない。
(間。独り言のように)腕輪が一つ足りない。
ちょうど私が棺桶で金槌を一つ打ち忘れたようなものだ。
(ムスタファに)夜の始まりは着付けと白粉を塗ることさ。
日が沈むと、私はこの飾りがなくては何もできなくなる……小便をするのに足を開く事だって、私にはできやしない。
だが、金の下着をはいてれば、私は見事な雨の女王さ。
(召使たちは立ち上がり、彼女に金色のペチコートを履かせる。それから入り口のベルの音。誰かが戸を閉めたしるし。
背景の隅から、外人部隊の兵士が出てくる。彼はベルトを締め終わってすぐに去る。それからマリカが現れる。
ワルダほどの威厳はないが、高慢で、ふてくされたような態度、蒼白な顔、緑色の顔料を塗っている)
マリカ (ワルダと並ぶ位置まで来て立ち上がるが、誰の顔も見ずに)
ああお高く止まってちゃ、やりにくかったろうよ。
ブラヒム どいつもこいつも、威張るだけが能さ。
(ワルダが苛立った仕草をする)
マリカ 私の言ってるのはベッドのことさ、あの兵隊が積み上げたお札で潰れそうだったよ。
(顔料の入った幾つかの小さな壷を手に、召使はワルダの手を塗り始める。マリカに向かって)
ああしろって言ったのかい?
マリカ (動かず)どこの兵隊だか知らないけどね。私はレストランの女給じゃないよ。
ワルダ お前に裸になれって? (マリカは答えないが、ブラヒムとムスタファは笑い出す)
当然だよ、断るのは。帯を直しな。
(マリカは解けていた金の長い帯をぐるぐると巻きつける)
ブラヒム (立ち上がり、はっきりした口調で)淫売屋に行くと、女は裸になる。
俺の言うのは、高級な店での話だ。天井にシャンデリアがぶら下がっていて、
帽子なんぞかぶった兄さんのいるところさ。羽飾りのな。羽と花の飾りのついた帽子だ。
(間)顎ひもなんかしてよ。
ワルダ (厳しく、うんざりした口調で)私のスカートのへりには何が入ってるのか知ってるのかい?
(召使に)薔薇をつんでおいで。
召使 セルロイドのですか?
ブラヒム (笑いながら)何にせよ、ずっしりしてらあ。
ワルダ (召使に)赤いビロードの。
(ブラヒムに)鉛のおもりさ。鉛だよ、私の三つ重ねのスカートのへりにいれてあるのは。
(二人の男は声を立てて笑う。マリカは2歩、3歩、前に進む。)
それをめくるには、男の手が要る。
男の手がね……さもなきゃ私の手だ。
(男たちは笑う。マリカは自分の髪から帽子止めのピンを抜いて、それで歯をほじる)
入る前にはノックをしなけりゃならないのさ。
ワルダ (昂然と、いつもと同じ物憂げな、全てに関心を失ったような声で)二十四年間!
……娼婦ってのは下準備なしでいきなりなれるものじゃない。だんだん熟してくるものなのさ。
私は二十四年かかった。しかも天分には恵まれてたのさ。この私はね。
男なんていったいなんだ。
男は所詮ただの男さ。私達の前で裸になるのは男の方さ。
(召使に)ビロードの赤い薔薇だよ。埃をはらって。
(召使、去る)
ムスタファ (今度は彼が立ちあがって)俺達が奴らの淫売とやるのを見て、すっかり参ってやがったぜ。
ワルダ (軽蔑の口調で)奴らはお前達にほかの事をさせたかい? させやしない。
それじゃ何だってんだ。第一ここで、お前達のやる相手は何さ。私達じゃないか。
鉛の入ったペチコートをずっしり着けた美しい女達のため、そうだろう、お前達が、太陽の下、葡萄畑で、或いは夜、鉱山の深い底で、この店に払うものを稼いでるのは。
他でもない私達が、このスカートの下に、葡萄と鉱山の宝を抱えているからさ。
ムスタファ (ブラヒムに)この女、俺達に勇気があるなんて、考えもしないらしいぜ……
マリカ (遮って)バイクに乗ってるときだけだろう、勇気なんて。
全速力で走ってる時さ、通りすがりに郵便局の女にいやらしいことを言うくらいが関の山さ。
シ・スリマーヌが……
ブラヒム (言葉を遮って)またあいつか!
ワルダ あの男しかいないのさ。(間) いい迷惑だよ、私達にゃ。
マリカ 自分の馬にまたがって、同じ時刻に十六の村に。そうさ、カビリアの男が話してくれたもの。
あの人は自分の馬にまたがって、同じ時刻に十六の村に現れた。
でも、現実には、暗い場所で眠っている。あの小道の辺の……
それで、自分の十六頭の馬の上で突っ立ったままかい?
マリカ いかにも私達には不運なことさ。坑夫が、午後の二時に仕事からの帰り道で、その男は怪我をしたから帰ってきたのさ、
私に同じ話をしてくれた……
ワルダ (苛立って、厳しい口調で)この子がそんな話をするのはね、何でもいい、言葉を喋ってりゃ嬉しいからさ、人とお喋りするのが嬉しいからだよ、
まかり間違って私達が、お国の不幸なんて話を真に受けようものなら、私達の不幸も、私達の喜びも、一巻の終わりじゃないか。
ブラヒム (マリカに)坑夫の話は?
マリカ あの人の傷……私に同じ話をした。肉屋もそう。郵便屋もそう。どこかの取り上げ婆の亭主もそう、私の帯はひとりでに外れる。
ワルダ (いらいらしているが、同時に感にたえた口調で) またかい! よこしな。
(と、彼女は召使が戻ってきて彼女に差し出したビロードの薔薇を取り、
それを一振りし息を吹きかける)
ムスタファ (マリカに)お前には誰でも、みんな喋っちまう、お前にはな。
マリカ 一人の男が私のために来る、私の帯はひとりでに外れる。ここは淫売屋さ。
男は自分の中身を空にする、私には何でも教えてくれるさ。
ブラヒム (大声で笑いながら)お前の帯がずれるとき……
マリカ まるで帆掛け舟さ。一目散だよ。男が一人やってくる、お札を持ってやってくる。
私の着物もピンも、着物に結んだ紐もボタンも、私よりも先にピンとくるのさ。
臭うんだよ。硬くそそり立つ肉の塊、そいつの匂いが漂ってくる。
男が一人、郵便局員か、どこかの小僧か、兵隊か、老いぼれの助平親父か、近づいてくる。
いや、近所に向かっているというだけで、私の帯も着物もこの身体から離れてしまう。
それこそ両手でしっかり押さえていないと……
(マリカに)私はね、男の肉の塊が私に助けを求めるとき、着物も下着も、何もかもが、
私の肩に、尻に、積み重なるのさ。私がじっと立ってるだけで、衣装の方がトランクから飛びでてきて、この身体を飾り立てるのさ。
(マリカに)お前は気の使いすぎだよ。本物の娼婦ってのは、自分がそうなるように追い詰めたその姿のままで、
男を惹きつけることができなきゃいけない。この帽子止めのピンで歯の掃除をするんだって、
何年もかかって磨き上げたもの。私の芸のうちだよ。
(立っていた二人の男が、彼女に近づき、凝視する)あまり近くに寄るんじゃないよ。
(彼女は例のピンで彼らの方を指して、一定の距離に離れるように指示する。
男たちはじっと動かずに彼女を凝視する)
ムスタファ (深刻に)お前が衣装を重ねるにつれて、白粉を厚く塗っていくにつれて、お前は後ろに下がっていき、俺達を磁石のように引きつける。
ワルダ (歯をほじってから、召使に)頭にもう少しチックをつけて。
(沈黙。それからムスタファに)お前が正しいよ。
バイクに乗って駆け回る希望なんていう代物を信じないのは、だがしかし……
ムスタファ (深刻に)お前を見るために、俺は鉱山の底からやってきた。
今、俺はお前を見ている、俺が信じるのはお前だ。
ワルダ お前は、私の身を飾るものすべてを見た。その下には、もう大した物はありはしない……
ムスタファ (一歩近づいて)もしそこに、死ってやつがいたら……
ワルダ (仕草で遮って)いるとも、ここに。静かに動いてる。
アーメッド (急に飛び起きて)奴らに対する憎しみも、そこにあるのか?
マリカ (驚きながら、アーメッドを見据えて)私の帯の下に?
入ってきたお前さん達を燃え上がらすあの火、あの火は奴らに対する憎しみからくるのさ。
ブラヒム (手を心臓の上に置き、目はワルダと見つめながら)
俺が死んだ百年後にも、その憎しみはそこにいるんだ。
アーメッド そこにいるんだな?
ムスタファ (相変わらずワルダを凝視して)俺のパンツの内側か? そいつはぐいぐい突き上げてくる、ブラヒムの心臓の中なんぞの比じゃねえ。
マリカの帯の下にいる奴より、よっぽど盛って燃えている。
アーメッド そいつは、そこに……
ワルダ (ぶっきらぼうに、突然断固とした口調で)大馬鹿だよ。
土には---淫売屋を包む夜の闇が厚ければね---壁の土には無数の穴が開いている。
そしてお前達の女が、耳を済まして聞いているのさ。
(歯から取ったものを吐き出す)
アーメッド もし憎しみが、帯の下に、ズボンのボタンの後ろにいるならば、どうして希望がそこを走り抜けないはずがあろう。
マリカ どうして十六頭の馬に乗り、十六の道を走って、その木陰に休もうとしないわけが?
(アーメッドに向かって挑発的に)私と一緒に上に来れば、お前がその気になりさえすればご祝儀をくれてやるよ。
ワルダ 大馬鹿だよ。
(鋭く、長い笑い声を立てる。沈黙。突然逆上したかのように)
全く怪しげな言葉ばかり。近頃じゃ。
新聞だのビラだのからそのまま切り抜いて来た言いぐさだ。
このざまはどうだい、淫売屋の人間になりながら、娼婦として完璧なものになりたいとは思わない、
骨と皮になるまで苦心してでもそうするのが当たり前なのに。(召使に)打掛を。
(召使はドレススタンドに掛けてあった打掛を取りに行き、それを持ってくる。その間に、ワルダは再び前と同じように笑う)
(しかし、入り口の扉を人が開閉する時のベルが聞こえる。全員口をつぐんで、見つめる。
ワルダは振り向く。すると彼女とマリカを除き全員笑いをこらえる仕草)
ワルダ (ムスタファを押しのけて、奥を向いて)脱いでいな、サイッド。今行くから。
(召使に)洗面器は?
召使 洗ってあります。
(ワルダは背景の後ろ側に入る。かなり長い間)
マリカ あの男が一番乗りさ。自分の結婚式の前からずっと、予約しているんだもの。
(召使は彼女の足元に跪き、その爪にマニキュアをし始める。アーメッドに向かい)
私の鉛入りスカートのへりを持ち上げてみる?
アーメッド (腕時計を見てから)家じゃ、スープが火にかかっている、手っ取り早くやんなきゃな。
(沈黙)
マリカ 淫売ってのは、毎晩結婚式さ。私達も、お前さんたちも。(再び沈黙)
私達の命、私達が身につける芸の上達、それを誰に捧げるって言うの?
神様以外のいったい誰に?
(男たちと召使が後ずさりしていく。マリカは退場するためそのまままっすぐに歩く)
(サイッドの家のひどく貧しい内部。
背景には、コンロが一つ、鍋が四つ、フライパンが一つ、テーブルが一脚。
側に桶とひどく低い腰掛が一つずつ)
レイラは、三つの穴(口と右目と左目)が開いた一種の頭巾をすっぽりかぶっており、顔は常に見えない。
おふくろはいつもの紫色のドレスを着ている。
レイラ一人、彼女はつぎはぎだらけの---しかも様々な色のつぎの当たった---よれよれのズボンの周りを走ったり飛び跳ねたりしている。
そのズボンは彼女の左側に立ったままである。
そこで彼女は、前屈みにちょこちょことズボンの所まで行く。ズボンの前に立ちはだかる。
彼女はズボンに話しかける)
……どうしたい? ねぇ、動かないのかい?
夜には、私の夢の中をうろつく、風に袖口をまくられても平気、
それが私の目の前じゃ、死んだふりをする気?
それでもね、お前は生きているよ、熱いよ、何でもする気でいる、
歩く、おしっこ、咳、タバコ、それにおなら、人間様並だね、
それからお前が馬乗りに、いや私がお前の上に乗る……。
(見えないところから、二声、三声、雌鳥の鳴き声、鳩の鳴き声、雄鶏の時間を告げる鳴き声、犬の吠える声が聞こえる、
それらはとてもはっきり聞こえて、物真似じみてもいる)
レイラ 本当だよ、お前の方がサイッドより上出来だ。
お前のお尻がサイッドのお尻の形をしてても、お前のお尻のほうがずっと綺麗。
(ズボンの周りを歩き回り、それをじっと見る)
お前のお尻の方が丸みがあるわ。あの人のより。
(間)でもお前のおしっこはあんなに遠くまで届かない。
おいで……私の上にお乗り……せめてお前が、3メートル歩けたらね
---ここから入り口までさ---その後はずっと簡単なのに。
お前と私とで人気のないところに逃げ込むの……すももの木の下に……壁の向こう側に……もう一つの壁の向こう側に……山が、海が……そうして私はお前の丸いお尻に乗って、
お前のお尻の二つの山、その丸々した鞍にまたがって、
お前をはぁはぁ言わせてやるのに……
(ズボンの前で、馬に乗って走る真似をする)
はい、よー! はい、はい、はい! はい、よー!
こうして鞭をくれてやる。これでも駄目かい、私がこう締めつけても、
そうよ、壁の下まで来れば、私はお前のボタンをはずす、お前のボタンをまたはめる、
私の両手を両方のポケットに突っ込んで……
おふくろ (見えない場所で)こっちへ来ちゃ駄目だよ。餌は今日の分、たっぷり食べたろうに。
レイラはズボンを取り、地面に座って縫い物を始める)
おふくろ (登場。動物の声を真似ていたのは彼女である。
少しの間、彼女はそれを続けてるが、やめて)
ズボンにかい! つぎはぎだらけのズボンに向かって恋の告白ときた。
それに、ズボンがお前と駆け落ちしてくれるなんて!
(肩をすぼめる)二度と言わなくていいように、お前にははっきり言っておいた方がいい。
あの子にゃその勇気がないときてるんだからね。
それにあの子は、わたしほどの親切も持ち合わせちゃいない。お前さんは醜女だよ。
レイラ (縫い物を続けながら)私が美人だった時……
おふくろ 醜女だよ。そんなにあぶくを吹いて頭巾を汚すにゃ及ばないよ。
レイラ 美しいの……夜は……
おふくろ お前にゃ蓋をしておく。臭いチーズと同じさ。蝿がたかってる。
レイラ 夜、私が文無しのサイッドを夫にするとお思いなの?
ちっとも男っぷりのよくないあの人を?
女は誰も振り向いてくれないあの人を?
サイッドを見て振り向いた人なんている?
(叫び声を上げて、自分の指を吸う)
おふくろ (振り向いて)また刺したのかい、その針?
レイラ (針に向かって)お怒りにならないで、この子はふざけてるの。
朝、お前がたきつけを作ると、とんと燃えついたためしがない。
塩も、壷の中の塩が鍋の中に全部こぼれちまうのは、
あれもお前とふざけっこしてるってのかい?
(ズボンの1ヶ所を指して)裏返しにくっついてるこのつぎはいったい何のお遊びだね?
レイラ (彼女もそれを見て)本当だわ。本当に裏返しにくっついちゃった。サイッドは怒るかしら?
おふくろ 気にしちゃいないさ。ズボンが何か、あの子は承知の上だよ。
自分の大きな両足を入れる、尻を入れる、それから後の残りを。
それがあの子ってものだよ。夜ズボンを脱いで椅子の上に置く、
そうすると、椅子の上で寝ずの番をするのは、
そう、お前を見張り、お前を怖がらせるのはあの子のズボンさ。
ズボンが目を覚ましていてお前を見張る、サイッドはそこで寝てるってわけだ。
あの子は知ってるのさ、ズボンが一番しゃんとするのは、つぎはぎのおかげだ、
しかもそのつぎの中でも一番威勢のいいのが、裏返しのつぎときてる。
心配なんかしなくたっていい。
サイッドは私と同じで、何もかもとんちんかんに狂っちまうのが好きなのさ。
どんどんずれていって、どっかの星まで飛んで行く、そうなりゃ不幸だって---聞いてるのか い---不幸だって物凄く大きなものになっちまって、お前の亭主は爆発だ。
笑い転げてよ。裂けちまうのさ。
お前は醜女なんだからね、頭の中も空っぽでいな。
レイラ それじゃ、私は一生懸命頑張って、うすのろにならなくちゃいけないの?
おふくろ とにかくどんどんやってごらん、どういうことになるかやってみなくちゃ分かりゃしない。
口を閉めたらどうだい! ……その調子でいきゃ申し分なさそうだ。
よしなよ、頭巾の外にまでよだれをたらすのは。
レイラ もうちょっとよだれをたらせば、それは私がもう一段、低脳になった証拠。
そのうち、わたしたちゃ、臭くって我慢ができなくなる。
それから後は、カビのにおいばかりさ。
ちょっと時間がたてばね……
だが、そこまでになるにはね……
レイラ (縫い物を続けながら)
それは、サイッドが、あなたの息子で私の亭主のあの人が、みんな絡んでいるわけ?
おふくろ 夜になったら洗濯場にお行き。月明かりの下で洗濯をするんだね。
指にあかぎれの一つでもできようってもんだ。
レイラ 雌鶏の声のことだけど、やっぱり……
おふくろ そりゃ役に立つさ、私達の周りには贋物の家畜小屋がなけりゃならない。
そいつは私達の腹の底から出てくるのさ。雄鶏、やれるようになったかい?
レイラ (一生懸命に)コッ……コケッ!……コケーッコッ……コケッ!
おふくろ (怒りっぽい口調で)駄目駄目、そんなんじゃ!
そんなくたばりぞこないの鶏なんて願い下げだね。さあ、もう一度。
レイラ (声を震わせて)コケーッコッコッコッ!
(痰を切ろうとする時のようなのどをならす声が聞こえる。サイッドが近づく。
肩に雑嚢をかけている。誰の顔も見ずに立ち止まり、雑嚢を地面に投げ出し、痰を吐く)
サイッド チーズとジャムが混じっていたぞ。何もつけずにパンだけ食った。
(レイラが立ちあがろうとする気配を見せるので)
座ってろ。縫い物してろ。
サイッド (陰鬱に、頭を下げたまま)危なく喧嘩をするところだった。
レイラ あと三十分もすればスープができるわ。(間)塩を入れすぎたかもしれない。
サイッド (厳しく)どうして俺が喧嘩をしそうになったか聞こうともしない。
その理由を知ってるからだ。(間)
ある日、俺は溜め込んだ小金を全部集めて計算してみた。小遣い稼ぎにやった仕事の細かいへそくりも全部足した……
レイラ (突然深刻な口調で)黙って、サイッド。
サイッド (続けて)……それから、何時間も、何日も、残業をした、そしてまた計算してみた。
大した額にはならん。(レイラは突然激しく震え出す)……それから俺の周りを見回した。娘のいる父親のところを一軒一軒回ってみた。
いたわいたわ、その数! 何十人、何百人、何千人、何万人、何百万とな……。
レイラ (いっそう激しく震え、ひざまずいて)お願い、サイッド、止めて! お願い!
神様、お耳をふさいでください、この人の言うことをお聞きにならないで!
サイッド (一息ついて)……何百万といたさ。ところが、どいつもこいつも、手前のところに残っている一番不細工な娘を売るのにも、
俺の持金よりは必ず高い値段を吹っかけやがった。
そこで俺は絶望したよ。それでもまだ俺は、お前の親父のことは思いつかなかった……
レイラ (サイッドの足元に泣き崩れて)サイッド、やめて!
神様、お聞きにならないでください、あなたを苦しめようというんですもの!
全くご親切は身にしみたよ。俺は一番不細工な娘を引き受けるはめになった。
そんなことは俺のいつもの不幸に比べたら屁でもない。
だがな、一番安い女ってことは、そのために今じゃ俺は、俺を馬鹿にする奴らと、
毎日夕方になると喧嘩をしなけりゃならない。
しかも俺が1日働いて家に帰ってみりゃ、どうだ、俺を慰めるどころか、
涙なんぞ流してただでさえ見られたもんじゃないその面を、
わざわざますます見られない面にする。
(レイラはうずくまったまま動き出し、ほとんど這うようにして去っていく)
どこへ行くんだ。
レイラ (体も起こさず、振り向きもせず)
庭へ出て鼻をかむの、鼻水と涙を洗って、いらくさの中で気を静めてきます。
(去る)
サイッド (一人)今夜、デュルールの納屋の壁を片付けなきゃな。
それもあいつの親父に金を払うためか!
俺は毎日喧嘩をしなけりゃ---いや、喧嘩の一歩手前まで行かなきゃならない。
(鳩の鳴き声が聞こえる)……その上にあの金、淫売の所に工面しなきゃならないあの金!
(おふくろが、ゆっくり帰ってくる。右の方に体が傾いている。水を一杯に汲んだ桶を持っているからだ。
サイッドが手伝おうとして近寄る気配を見せると、彼女は突然しゃんとする)
おふくろ 我慢することさ。お前は、お前の力の限りやってごらん。
あの子はあの子で、力の限りやるだろうよ。そうすりゃ分かるさ。
(桶を置く)
サイッド いらくさの中で、何をしてる?
(レイラが声だけで物真似をして作り出す架空の家畜小屋の声が聞こえる。
おふくろは腹を抱えて笑い出し、その笑い声が雄鶏や鳩の鳴き声に混じる)
(小さい農場。丸い太陽が真っ青な空に描かれている。手摺りの前に赤い手押し車)
ハビブの衣装---黒いズボン、黄色いシャツ、白い靴
サイッド---いつもの通り
ハロルド卿---四十五歳。非常に男性的な人物。長靴、ヘルメット、手袋、細身のしなやかなステッキ、乗馬ズボン。彼は架空の馬の手綱を握っている。)
(サイッドは身動きもしない)唾だ、分からんのか!
サイッド 唾。(間)でも、誰に唾をするんですか、ハロルド様。
ハロルド卿 お前の手だ、手のひらだと言ったじゃないか。
一人のアラブ人、ハビブ (猫なで声で)お怒りになってはいけませんです、ハロルド様。
こいつはまだ若いんで。まだフランスにも行ったことがございません。
エッフェル塔なんか知りもしないんでございますから。
サイッド 近々、多分行くさ。
ハロルド 女房はどうする、連れて行くのか?
ハビブ (大笑いをし、自分の両方の尻を同時に叩きながら)そうでしたよ!
ハロルド様、こいつに唾を吐かせるなら手にひらより女房の方がうってつけで。
サイッド こいつの話なんぞお聞きにならないでください。海を渡るのはもっと稼ぎたいからです。
いとこの話じゃ倹約さえすりゃいいそうで。
ハロルド (架空の馬に向かって)静かにしろ、ピジェ。
(サイッドに)お前は倹約する必要があるのかね?
そんなことをして何になる。食っていけるだけのものは稼いでいるじゃないか。
ハビブ 私にゃ、なぜだかその理由が説明できますね。
サイッド (きっぱりと)俺の問題は俺の問題だ。
ハビブ そんならその話はよしにしよう。お前には何も聞いちゃいない。
俺みたいにしけた奴と一緒に仕事に出るのは面白くもないと。
ハビブ いや、お前のため息は、ええ? お前のあのため息はどうなんだ。
あんまりあくびをするもんだから、鳥をみんな飲みこんじまった。
それであと飲み込む物は、草についたあぶらむししか残っちゃいない。
葡萄だってお前のため息のおかげで参ってる。
ハロルド様、あなた様の葡萄畑も、ひどい目にあいますよ……
サイッド 分かりきったことだろう、今は夏だ、鳥は飛んで行っていやしない。
だが分かってるさ、お前はこの世で悪いものは全部俺のせいだという。
全く、ずうずうしいにもほどがある。
俺の顔の表情まで、いちいち訳知り顔に読み取って、理屈をつける。
そんならいくらでもこっちから喋ってやれら。
ハビブ (しつこく)俺は何にも読み取っちゃいないよ。お前さんの方じゃないか、勝手に喋るのは。
ところでようやく俺の方にも分かったよ、どうしてお前さんがクルゾーに雇ってもらおうとしているか、その理由がな。
それからこのこともはっきり言っておくよ、お前さんは俺達みんなの面汚しだ、レイラは俺のいとこなんだからな。
サイッド あんな遠い関係じゃないか……遠すぎて……あの女は、
三十メートル先のいんげん豆みたいにしか見えない。
ハビブ たとえそうでも俺のいとこにゃ変わりない。だからあの女の恥は、この俺にちょっとばかりは
---いや、それはほんのちょっとだがよ---恥ずかしい思いをさせるのさ。
サイッド ここらで一番若い娘を買えるだけの金を俺は持って帰る。
ハビブ そうかい、でももう一人のはどうする?
ハロルド卿 (前と同じく)どうどう、ピジェ!
サイッド お前のいとこか?
(架空の馬に語りかけて)どう、どう、ピジェや……走るのも軽やかでしょうな……いかにも軽やかだ、その蹄は牧草を倒すことさえしないでしょう、こんな農場にはふさわしい馬だ、ここに何千坪、あちらに何千坪、空の果てまで続いていく。
(サイッドに)クルゾーから金を持って帰ってくる、言うのは簡単だ、しかし……
ハロルド卿 海を渡ってる間に、女房の方で浮気をしなければの話だが。
もっともそうなれば、いい口実ができるわけだ。
ハビブ (笑いながら)浮気ですって! 冗談でしょう。
ハロルド様、あの顔を見たことがないからですよ。
あんな女とやろうっていうような奴がいるもんですか。いくらがつがつしててもね。
いえ、本当の話、サイッドのおかまの方がましで。女房の方はとてもとても……
ハロルド (サイッドに)そんなに言うほど酷い醜女なのかね?
ハビブ (うなだれて)オー、イエス、サー、ハロルド。
ハロルド卿 それで、もっとましな女を手に入れるために、海を渡ろうってのか?
だがどの尻だって、尻は尻だ。(大声で笑いながら、自分の尻を叩く)
サイッド! 女房は女房で抱えておけ、ボタンははめっぱなしだ、
ボタンをはずしたきゃ淫売に行くんだな。
(突然彼はいらいらする、ハビブに向かって)ちょっとピジェを捕まえておれ。
(煙草を吸っていたハビブは、手綱を取る。ハロルド卿はサイッドに近づく。
彼は手のひらに唾をして手押し車を握る)
分からんのか! こうだと言ってるじゃないか。こうやるんだ!
おふくろはお前に何も教えなかったのか。
(神経質に苛立って、馬の所に戻る。ハビブに)
さあ、どけ。仕事だ。
(架空の馬に乗りながら去る)
ハビブ もうお帰りですか、ハロルド様。
一番俺の代表としてふさわしい物は何だ。杖か、ズボンか、手袋か、それとも長靴か?
そら、いいな! 俺の手袋がお前らの見張りだ。
(猪皮の手袋が投げられる。それは二人の前に宙吊りになったように止まる)
サイッド (うなだれていたが)あんなことをいちいち、あの人に言う必要があったのか?
ハビブ (口に指をあて、それから手袋を指して)シーッ!
サイッド (恐ろしくなり)神様! あの中には何が詰まっている? あの人の拳か?
ハビブ 藁さ。一杯に詰まっている、あの人の拳が入っているように見せかける為だ。(間)
そう、それ以上に危険なものに見せかける為さ。(間)そして、本物以上に本物に見えるように……
サイッド (それを見ながら)こっちの方がすごい。
ハビブ (皮肉に)そりゃそうさ。(長い沈黙)日が暮れる、帰らなきゃ。
(小声で)あの指の一本一本が、傘みたいにでっかい耳をして聞いている……用心しろ!
(太陽が消える)
サイッド お前の事は知らんさ、だが、俺のことでこの手袋に聞かれて都合が悪いようなことは何もないぞ。
そうとも、俺はため息をつく、おお、猪皮の手袋よ、おお、茶色の皮の長靴よ、なめし皮のズボンよ、
俺は大きなあくびをし、群れなす鳥をみんな飲みこんでしまう。
だが、どうして俺のことをからかうんだ。
ハビブ そのことはもう考えるな。(遠くを見つめて)今時分は、他の奴のことを怒鳴っているはずだ。
水門を開けて水を出しすぎたからな。奴は、お前のことなんぞもう忘れてるさ。
自分の馬に乗って、自分の領土を行く。
ハビブ (ちょっと黙ってから)今夜、農場で火事がある。(沈黙)向こうへ渡る金は?
サイッド (不安になって)俺を疑うのか?
(次第に夜になる)
ハビブ (皮肉に)いいや、いいや。今はまだだね。
だが、海を越えようなんという雄大な計画を立てた男なら……
ええ? まさか泳いでいくわけじゃあるまい。
サイッド これから仕事だ。風が出てきたな。
(二人の男は口笛で風の音を真似、震える)
ハビブ お前にはもう言ってある。手のひらに唾を吐く練習をするんだ、そうすれば嫌でも働くようになる。
今は奇妙なことが起こっているんだ。この国はだんだん雌鶏の肉に似てきている。猪皮の手袋のせいか?
俺達が雌鶏の肉のようになったのは、奴らが雌鶏の肉を食わせなくなったからだ。
お前の手のひらにつばをしろ、サイッド! 鐙も手綱も鞍も必要ない、俺の尻だけが奴を御する。
俺達は夜を横切っていく。
サイッド 風が強くなった!
(サイッドとハビブは風に吹き飛ばされるように、くるくる回りながら去る)
(刑務所の正面入り口、大きな戸口、その両面に一つずつ低い窓。鉄柵がついている。
左手に離れて、一本の棕櫚の木)
タレブの衣装---緑色のズボン、赤い上着は裸の身体に直接かかっている。白い靴。
おふくろ、レイラ、次いで被害者たるタレブ、彼らはこの順に登場。
タレブの声がおふくろの姿の見えないうちから聞こえている。
洪水も間の悪いときに起こったもんだ……洪水のおかげで、
サイッドの立場はどうにもならねえほど不利になったとも言えるからな。
わしの上着を盗むにしてもだ、これが豊作のときだったら、事情も変わっていたよ。
(力を込めて)確かに運が悪かった、洪水はな、不運って奴だ。
盗まれたのも不運、つまりわしの不運にサイッドが首突っ込んだってわけだ。
おふくろ (振り返らず)なんてこったい、石を積んで刑務所を作るのに、
よりによって丘のてっぺんに作るとはね。
門まで登ってくるのになんとまあたっぷり歩かせてもらいますよ。ええ、この杖ったら!
タレブ ある意味、普通の泥棒とは違うわけだ。
わしは貯金をして、バイクでも買おうとしとったところだ。
洪水とサイッドがぶつかった、こいつは全く、頭が二つ、手が四本に指が二十本の、
二人前の不幸って奴だ。
おふくろ (息を切らして、ぼろぎれで汗をぬぐい、それをレイラに投げ与える)
ほれ、汗をふきな。鍋の尻をふいた雑巾だよ。(笑う)一発雑巾がけをおやり。
タレブ 破産だ! わしゃ破産だよ! 頭が二つもある化け物が……
おふくろ (杖で脅して)消えちまえ!
(タレブは逃げようとするが、レイラが上着を捕まえて引きとめる)
レイラ 十七万じゃないわ、そのうち八万はもう返しちゃったもの。サイッドは正直だった。
その八万はなくしちゃったとか、お前さんがまた盗んだんだとか、言えば言えたのに。
わしがいちじくの木の下に置いておいた赤い上着を奴が盗んだのはな、
向こうへ渡る金が欲しかったからだぜ。向こうで土方でも、もっこ担ぎでもなんでもやって、
金を貯めて、もう一人女を買い取る為だったんだ。
レイラ あの人、そう言ったわ。
でもあの人は、私を捨てて行くかわりに、捕まって、殴られ、
家の上にある刑務所に入れられてしまった。
おふくろ (肩をすぼめ、杖で地面を叩きながら)サイッドは望み通りのことをしてるのさ。
あの子が、頭の二つもある化け物の一部になってお前さんを失望させたのは、
つまりはこのあたしが、そんじょそこらのガキどものおふくろとはわけが違うって事だ。
何しろ刑務所に入ってるんだからね。
タレブ 出てくるよ。わしは訴訟をひっこめた。
おふくろ ひっこめた? (脅迫的に)お前さんの訴訟は訴訟だよ、永久に。
タレブ わしは村中に言いふらさせた。あいつのしたことは正しかったってな。
わしの背広は赤いからよ、お天道様が沈む頃にゃ、あいつの背広だって言っても分からねぇって。
おふくろ 連中は、あれが泥棒だって、いつまでも覚えているさ。
そうとも、私が村の女どもと言い合いをすれば、あのゲス女ども、
私に悪口を浴びせ掛け、サイッドや私のことで、ある事ない事言い出すのは分かりきってら。
レイラ 私のことは?
おふくろ (肩をすぼめて)お前なんぞ、今更言われることなんぞありゃしない。低能のくせして。
タレブ どんな事かね。
ありゃ泥棒だ、だから、あの男は足が臭い、歯が、口が臭い、だから親指をなめる、
一人きりになると大きな声で喋り出すのもそのせいさ……
私のことは待ってましたとばかりにこうくるさ。
あの女は、糞みたいに泥棒をひねり出したとね。
タレブ そんな奴らをやっつける悪口くらい、お前さんならいくらでも見つかるだろうに。
おふくろ 言うほどは簡単じゃない。悪口が図星だと、こっちだって気合を飲まれちまう。
そうしたらどうするね? (身を起こし、昂然と)わたしゃ心得てるさ、この私の恥を見せつけて、
あの連中の目をくらましてやる。ああ、この私がサイッドだったら!
タレブ あんたが……
おふくろ (遮って)そうともさ。あの女たちはがっくりひざまずくだろうよ。
わたしゃ足をこう大股に開いて、そっくり返ってさ、ズボンのチャックを開けてやるね。
ところが、女の私じゃ、悪口を投げつけることしかできない。
私がつまずきゃ、あの女たちは駆けずり回って別の悪口を見つけてくら。
タレブ 怒れば、他の女たちよりあんたの方が足が速いだろうに。
おふくろ (威嚇的に)ええ、とっとと失せろ! おだてて丸め込もうったって無駄だよ!
レイラ (おふくろに)私も手を貸すわ。汚いことなら、荷車に積むほど手持ちがあるから。
おふくろ (肩をすぼめて)低能のお前がかい。
レイラ 毎晩、私は新しいのをいくつも覚える。役に立つわ、きっと。
おふくろ それじゃ、寝ないのかい、お前は?
タレブ いちじくの木ってのは、ご存知の通り、不幸の木だ、ありゃ……
お前さんの背広がいちじくの木の、つまり不幸の木の下に置いてあったんなら、
サイッドに罪を着せることはなかっただろうよ。
タレブ わしは始め、他の奴がやったと思ったよ……
おふくろ (かんかんに怒って)とんだご挨拶だね! 他の奴の尻拭いをさせようってのかい!
とっとと失せるがいい、さもないと、この杖がへし折れるまで、お前の背中を痛めつけてやる!
(タレブ去る。おふくろとレイラは刑務所の入り口の側に座る。長い沈黙。
時々レイラのため息が沈黙を破る)
おふくろ (笑いながら)お前はいつも鶏に餌をやりすぎるよ。言っただろう、鍋に半分で沢山だって。
レイラ それじゃ少ないわ。
おふくろ (優しく)鶏の方で、よその餌を盗めばいいのさ。
レイラ (非常に真剣に)それは私も考えたわ。でも、鶏小屋の金網をそう簡単にくぐりぬけられると思う?
だって雄鶏は棍棒を持ってお巡りみたいに見張っているんですもの、あの硬い石のくちばしで。
おふくろ お前が教育すりゃいいのさ。雌鶏達が出かけていくように。
忘れるんじゃないよ、お前さんのおかげでわたし達は泥棒になった。
うちの雌鶏だって、同じように泥棒になるのさ。
レイラ (驚いて)私のせい?
おふくろ (笑いながら)お前が醜女だからさ。
レイラ (落ち着いて)そうね。雌鶏のことはできるだけやってみます。
私は一羽、黒いのに目星をつけてるの。他のよりずっと悪い奴。
あの雌鶏が他の連中に手本を示してくれたら。
(長い沈黙。サイッドが着るものの包みを肩に担いで現れる。
彼は母親にも女房にもろくに挨拶をしない。二人の女は立ちあがる)
おふくろ 古い方の毛布、持ってきたかい?
サイッド ああ。明日、俺は隣の鉱山に雇ってもらう。
おふくろ じゃ、金は?
サイッド 郵便で送る。
おふくろ (しげしげとサイッドを見つめて)いや、本当だ、お前は変わったよ。
サイッド 風通しが悪いからだ。
(彼らは黙って歩き始める。突然夜になる。背景には三日月)
サイッド (レイラに)レイラ。
レイラ (立ち止まる)なあに、サイッド。
サイッド 頭巾を取りな、顔が見たい。
レイラ (彼のほうを向いて)無駄よ、サイッド。私は相変わらずの醜女だもの。
天使がこの子を訪れたって?
その顔を消すために天使がこの娘の顔に唾をして、美人に作り直したってのかい?
(皮肉に)泥棒をちょっとばかり驚かしてやろうっておつもりだろうよ、きっと。
さあ急がなくちゃ。私はこれから死人(しびと)の所へ泣きに行くんだから。
女共はもう集まっている。
(彼女は再び歩き出す)
レイラ (優しく)私の顔が見たい、サイッド? (沈黙)
このかすかな月明かりの下で、サイッド、私の顔を見たい?
サイッド (厳しく)見たくない。
(彼らは再び歩き出す)
レイラ (かなり後に遅れてついてくる)私は一人ぼっち……
おふくろ それがどうしたい? 私のようにするのさ。
夜、木の葉の茂みを吹きぬける風の音で、林にある様々な木の種類を区別する術を学ぶ。
いい暇つぶしになるし、その上、お前も、洗練された女になるってわけだ……もしお前の目に、耳に……
(遠くを見て)まぁ、見ておくれよ、みんなもうお墓へ行く支度をして待っている。
あそこじゃ、みなさん、さごかしご機嫌だろうよ。
(三人は去る)
(村の広場、一本の棕櫚の木、回教徒の墓が一つ、開いた傘が逆さまに立て掛けてある)
女たちはみな---紫色の衣装のおふくろを除いて---黒いドレスを纏っている。
彼女らの頭には黒いヴェール。この景の始めには三人の女しかいない。
(シガ、カディッヂャ、ネヂュマ)
(低い声で)蝿だ! 蝿! 蝿……
カディッヂャ (六十歳くらい)いったい冬の最中でも、蝿のいない死人なんて見たことがあるかい?
蝿のいない死体、不吉な死体だ。葬式の一部だよ、蝿ってものは。
(彼女はスカートをたくし上げ、ずり落ちた黒い靴下を、ガーターにとめる)
シガ (笑いながら)それなら家じゃ葬式続きだ。毎日毎日、死体を埋めてるに違いないね、全く。
家中が蝿でもってるようなものさ。
地下室も蝿だらけ、天井も蝿だらけ、蝿の糞が私の身体の上に落ちてきて……
ネヂュマ (二十歳、あからさまに嫌悪の情を示して)
外人が私達を軽蔑するのはね、未だにあんたみたいな女がいるからさ。
あっちの女たちはね……
シガ 何時間もお湯に浸かっている。
何時間も、缶詰みたいに、湯煎にされて茹だるってんだろう。
私だって風呂屋くらい行くさ……そのかわり後で、真っ白になった足の指を、
砂埃の中に引きずってよ……
ネヂュマ (日の光を避けるために傘を拾って)わたしゃ、そのうちにイタリア風の生活をするね。
わたしの部屋には蝿もごきぶりもいないようにしてやる……
シガ (笑いながら)家じゃ、蝿だろうが、ごきぶりだろうが、くもだろうが大歓迎さ。
蝿のためには、いつでもがき共の目の縁にご馳走がある---わたしが子供を育てるのは
その為さ---鼻の下にもさ。がき共に、時々拳固をくれてやる、朝の十時頃によ、それから夕方の四時頃には今度はびんただ。
ぎゃあぎゃあ泣く、青っぱなをすする、そこで蝿はそれご馳走と大喜びだ。
(舌で、さもうまそうに、自分の鼻から垂れてくる鼻汁をすする)
ネヂュマ (胸がむかつくといった様子で)それで、亭主の方は?
カディッヂャ いい加減にやめないかい。その馬鹿話。蝿はいる、ここからでも私には聞こえるさ。
今、陽は沈みかけている。だがそれでも蝿どもはあそこにいる、まるで黒い旗だ。
(遠くを見ながら)
どうしたってんだよ、急いでおくれ。集まってくる蝿のことを考えてごらん。
声 (次第に近づいてくる)私が葬式に行くときは、いつでも決まって、蝿のためだ。急げ急げって言う。
で、死体を穴に下ろすときには全員お揃いさ、その数を勘定してやった。
(ハビバ登場、二十歳。黒い傘で日を避けている)何しろ穴の周りにいる蝿の唸り声といったら、バイクのエンジンよりもすごいんだからね。
いや、亭主が私にマッサージをしてくれる時より激しいわ。出かけるのかい?
シガ ちょっと待ってておくれよ、おしっこ、おしっこ。
(彼女は駆け出して、背景の後ろに消える)
ネヂュマ (空想を追うように)……もう一つの青いのを見たことがあるわ。あざやかな空色をしたのを。
そうだわ、あれにしよう、買ってもらうのは……(間)
私は毎朝それを庭の向こう側に開けに行く……
カディッヂャ (遠くを見つめながら)あそこにやってくるのは誰だい、私にゃよく見えないが。(ハビバに)
お前さん、見ておくれ……
ハビバ サイッドのおふくろだわ。
カディッヂャ (情容赦ない、威厳のある口調で)なんて厚かましいんだ! あの女に泣く権利はない。
分かったね、みんな。あの女は来ちゃならない。
(間。サイッドのおふくろ、登場)
カディッヂャ お前さん、死人の為に泣きに来たんじゃあるまいね?
カディッヂャ いずれにせよ、泥棒女だ。溝の中であの女はいらくさに口をきく。
いらくさを手なずけようと必死だ。いらくさが返事をする。
お前の息子は泥棒だ、そしてお前は、あいつが盗んできた鶏だのキャベツだの、果物、油だので生きている。
お前なんぞ、わたし達と一緒に来ちゃならない。
おふくろ もしお前さんたちの身内の男か、お前さんたちの身内の女がさ、そのみすぼらしいベッドで死んだっていうんなら、
私はここに泣きになんて来なかったよ。わたしゃ歌を歌いに来ましたね、奥様方。
今日はしかしね、葬式の相手は、そんじょそこらの死体とはわけが違う。
お前さん方の身内の息子でもない、だからこそ、わたしゃお前さん方に挑戦しにやってきたのさ。
どこの誰よりもこの私は、葬式のことはよく知っている。
暇つぶしに自分で幾つか小さいのを作り出すくらいだからね。蝿だって私の事を知ってるよ。
私の方だって、蝿を見りゃ一匹一匹名前が言えるくらいよく知ってるんだからね。
(間)それにいらくさと喋る件だがね、レイラはうちの身内と話をしているだけのことじゃないか。
カディッヂャ お前達は泥棒一家だ。この村では、私らは私ら自身で裁きを下す権利がある。
邪魔者は入れてやらない。お前さんはね、死体の後からついて来ちゃならないんだ。
おふくろ 私がついて行っちゃいけないって、誰が言うんだい?
カディッヂャ 死体さ。
(シガが戻ってくる)
おふくろ 死体なんて、今更驚かないね。
(シガに)ずいぶん金持ちになったって言うが、それでも用を足すのは相変わらず塀の後ろかい?
空色のやつを買ってもらって毎朝開けに行くってわけにはいかないのかね。
ネヂュマ 私のだよ、それは!
カディッヂャ ええい、もう沢山だ! さあ、出かけるよ。(おふくろに)お前はそこにいな!
カディッヂャ (皮肉に)お前さんがサイッドじゃないって? それじゃ、誰なんだね、サイッドってのは?
どこにいる、そのサイッドは?
あふくろ 万歳! あの子は裁判所へ行ったところさ、そうして、刑務所へ戻るのさ。
あの子はね、刑務所から出てきたときにお前さん方から盗む予定の品物、
そいつの償いをする時間だけは、ちゃんと刑務所に入ってますよ、
そうとも、あたしが、この腹の中で育てている猛犬の群れを、
お前さん方の着物の裾に放ってやるのに入用な時間だけはね。
死人についちゃ、私の方はとうの昔に……
カディッヂャ (三人の女に)お前さん達はどう思うね?
(三人の女は、ちょっと躊躇った後、否定的に頭を振る)
どうだい、分かったかい。これは私だけの言い分じゃない。世論さ。
おふくろ (厳かに)そんなら聞くが、死人は? 死人はなんと言っている?
カディッヂャ (他の二人に)お前さん達、死人はなんて言ってるね?
耳を済ましてごらん。よーく聞いてみるんだ。
(二人の女は耳をすましている様子。それから否定的に頭を振る)
どうだい、聞いたかい? 風に乗ってこの夕暮れに、死人の声は渡ってきた……
おふくろ 私が言いたいのは……
カディッヂャ (横柄に言葉を遮って)その犬だよ、お前の腹の中にいるその犬さ、
いいかい、私らに噛みつこうっていうその犬にも聞いてやろうじゃないか、
そうすりゃ犬どもだっていけないって言うに決まってら。
犬も、牝馬も、雌鶏だってあひるだって、ほうきも毛玉も、いけないと言ったに違いないさ。
(例の三人の女がおふくろに向かって襲いかかりそうな気配を見せる。
おふくろは出てきた方向に向かって後退する)
そうですかい、結構でございましょう、奥様方。
おっしゃることに嘘偽りはない……嘘偽りはないでしょうとも、
その点については文句のつけようがないってわけだ。
死人も、今おっしゃった通りの返事をした、そうでしょうとも、でもわたしゃ証拠が欲しいね。
自分で直接聞いてやるさ、明日のお昼にね。今日は第一暑すぎる。
それにお前さん方の口を掃除してわんさか出てきた蝿の群れで、
私に入用な分はそろったからね。
(彼女は後退しようとする。しかしカディッヂャと女三人が道を塞ぐ。
後退りしながら、この女達の方が去る)
カディッヂャ そこを動くんじゃないよ。(他の女達に)みんな、見事に泣いてみせるんだよ。
長く、声の続く限りの呻き声を響かせるんだ。声をふるわせて、息も継がずに。
そんじょそこらの死人とはわけが違うんだからね。
ハビバ 死んじまった今、どこが特別に偉いのかね?
(おふくろが高笑いをする)
カディッヂャ (厳しく)私達は、普通の死人とは違う特別の死人の為に泣けという指図を受けたんだ。
(四人の女は後退りしながら去ろうとする。おふくろを一人残して)
その当座は、私は酷く辛いけど、すぐに気を静めるよ。……(おふくろ、また高笑いをする)……
それに、結局私の考えじゃ、なぜだか分からないまま、喜べとか泣けとか言う命令をもらう方が確かに素晴らしいよ。
男達は、私の笑い声や鳴き声を素晴らしくやって欲しいと思う。
私としては、別に悲しい気持ちなんてないんだから---それを背負ってるのは男達さ---
嬉しい気持ちだって同じさ、ありゃしない、
だから、私は自分の仕事に一生懸命になれるってことよ……悠然と落ち着いてね……
おふくろ (突然怒りだし)落ち着いてかい! ええ、さっさと失せるがいい!
その落ち着きとやらにくっついて、墓場まで行くがいいさ。
だが、これだけは言っておこう、いいかい、今夜、夜がふけて、
お前さんが広場に出てこなけりゃ、私は、びっこを引き、こう身体を折り曲げて、
月の光の中、お前さん方の家に一軒一軒忍び込んでやる。
そうしてお前さん方がお休みでしたらね、
必ず夢の中で他でもないお前さん方が牛肉や鶏肉を盗むように、この私が仕向けてやる、
そうとも、毎晩さ。わたしゃお前さん方に向かって百二十七の悪口を、
それぞれ百二十七回繰り返し繰り返し唱えてやろう。
そうともよ、その悪口はどいつもこいつも素晴らしい代物さ。
その悪口で、お前さん方に後光が射そうってもんだ……
(女達は姿を消す。おふくろは振り返り、それに気がつく。
一瞬拍子抜けして、彼女は当たりをぐるぐる回る。
自分の中に大きな力を溜め込もうとしているかのよう。
それから、突然、脚を曲げ、両手を腿に当てて身構え、
女達が消えた方向に向かって怒涛のように犬の咆哮を轟かせる。
それは猟犬の大群を思わせるものだ。
その間に、レイラ登場。おふくろと一緒に吠える。
すると女達が去った方向から、牛の声が聞こえる。
おふくろとレイラは犬の咆哮を再び始め、それからまた止める。
再び、遠くに、牛の呻き声、そして早足で走る蹄の音に似た物音。
しだいに消えていく。
空に大きな月が現れる。
沈黙。
おふくろは振り向き、レイラを見て、彼女に向かって突然吠え出す。
すると、二人の女は、突如として、必死に噛み合おうとする二匹の犬になる。
月は少しずつ移動して消える。
広場を現していた背景はもうない。
二人の女は(おふくろとレイラ)相変わらず吠え続ける)
石灰乳の白色、窓が一つの部屋。後ろに太陽。
部屋には小さな机。その上に吊りランプが灯されている。
女の衣装---絹の緑色のドレス
役場の警吏---黒い背広
笛吹き---黄色いズボン、上半身は裸、裸足、青の帽子
小便をした男---黒いズボン、緑色の靴、ピンクの上着
警官---黒い制服
裁判官---伝統的な正装
二人の守衛は立っている。座っているのは、小便をした男、笛吹き、女である。
役場の警吏が登場すると、全員立ち上がる。
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あの人が神様から直接?
役場の警吏 そうだ。
男 勝訴だ。
役場の警吏 まだ分からん。しかし、待っている間くらい、静かにしたらどうだ。
それとも、棍棒をまたいただきたいのか?
(数秒、真っ暗になる。笛の調べが聞こえる。明かりが戻ってきた時、裁判官がそこに着席しており、笛吹きがその前に立っている)
笛吹き ……ですから正確には乞食をしたんじゃないんでして、私は食うに困ってるわけじゃないし。
警官 (陽気に、舌を鳴らし、指をぱちぱち鳴らしながら)
警察の布告の一つ一つ、ありきたりの書類、警官の中で一番位の低い男、
全てが、全ての人間が、海を越え山を越え、全ての人間が、何もかもがいらいらしていたのです。
(厳しく、弾劾して)この男は町の通りの恥だったのです、閣下。
時によると、鼻の穴の両方に、一本ずつ笛を突っ込みおるのです。
笛吹き (反抗的に)ヴァイオリンの二本の弦を同時に弾いたり、タイピングを両手で打つようなもんです。
警官ってものは---そりゃもちろんお前さんの仕事は俺も尊敬してるがよ---物を理解することなんぞできない。
閣下、あなたの内の神様なら、私のことを理解してくださる。私は鼻の穴で笛をうまく吹けるようになるまで二年かかった。
乞食に誰でもこれだけの芸があるって言うなら、私は乞食をした罪に落とされても結構ですよ。
警官 通行人にとっては、この堅い木の笛が鼻の穴に刺さっているのを見るのは不愉快です。
この男は金を貰うべく公衆に不快の情を与えているのでありますから、乞食をしていたことになるのです。
(断固として)我々の使命は、街路上における物乞い行為の一切を禁止することであり……
裁判官 (優しく)で、彼の吹いていた曲は、素晴らしい曲か?
裁判官 空き地があるのか?
笛吹き まあ、弁解の必要上ですね。
裁判官 (優しく、忍耐強く、少し驚いて)別に、自分の口に笛を突っ込んでも、嫌な気はせんのだろ?
(警官はっきりと苛立つ)
笛吹き へえ、別に。
裁判官 (興味を示して)お前の息は笛を鳴らすのに十分な勢いがあるのだな?
笛吹き そうです、閣下。
裁判官 ではお前は、ただ難しいことばかり追っているわけなのだな?
笛吹き へえ、そうです。
裁判官 そのために、美的にいっそう優れたものを求めようとはしなかったのか?
笛吹き とにかく、初めてなんですぜ、汚らしい鼻の穴から出てくる息が、節になってなったのは、
一つのその・・・・・・メロディーです、小川の流れや、木の葉にそよぐ風の音、それの真似ができたのはね。
私の鼻はあんたの口と同じくらい素晴らしい代物ですよ。私の鼻はまるでハープだ、あんたのなんてただの……
(レイラが片足で跳ねながら傷ついた犬のように吼えつつ登場。
おふくろが恐ろしい勢いで吼えながら追いかけてくる。
おふくろはポケットから石を取り出し、見えなくなったレイラめがけて投げつける。
窓ガラスの割れる音。おふくろは用心深く去る)
私が間違っているというなら、神は自らを罰されるがよい。(進み出た男に向かい)お前の番だ。
(笛吹きは去る、男が前に出る)
警官 (前と同じ、大げさな態度で)昂然たる態度で、と申しますのも、いかにも昂然たる態度で、
彼はフットボール競技場の周囲にある植え込みの若い月桂樹に、小便をしていたのであります。
その昂然たる態度たるや、私が壁に向かってやろうとする時とほとんど変わらんのでありまして……
裁判官 (警官に)私はあがっちまってもうどうにもならん。
(男に)小便をしたというが、その理由を言えるかね?
小便をした男 小便したかったんです。
裁判官 だが、また、なぜその植木にした?
小便をした男 それがそこにあったからです。
裁判官 (興味を示して)今は、別に、したくないか?
小便をした男 へえ、閣下、今は別に。
いい具合に今は小便がしたくないと言う、そうでなかったら、私の足にじゃあじゃあぶっかけることだろうな。
しかしそうなれば、私はお前を裁判になぞかけずに、罰することができる。
人殺しをした奴は殺すまでだ。お前が私の足にじゃあじゃあたれ放題となれば、
私のほうでもお前をびしょびしょに濡らしてやろう、いいな、お前の噴水よりも私の噴水の方が手強いぞ。
何なら二人で、ホースの熱い水合戦をやってもいいが、お前の負けに決まっている。
何しろ、霊感を待っている間に、薄荷の煎じ薬を大きな土瓶にたっぷり一杯は飲んできたからな。
だがしかし、こともあろうに、美しい青春の月桂樹の、すんなりとした右足に向かって用を足すとは何事であるか!
美しい葉の三、四枚は、黄色くしおれてしまったに違いない。(第二の警官に)この男を外へ引き出し、その両足に、小便をたれよ。
(警官は男を退場させるが、彼はその場に残る。女が近づく)
裁判官 (荒っぽく)早くこちらへ来い。神様が出かけてしまう前に、お裁きを下されたいと思うなら、何をしでかしたのか、早く言え。
女 私は何にもしていません、閣下。
警官 何たる嘘吐きか! 閣下、この女は、人の家の戸口に落書きをしたのであります。
裁判官 どんな落書きか?
女 嘘です。
裁判官 どんな落書きだ? 上品なのか、下品なのか?
女 (遠くの物音に耳を澄ます風を装って)ほら……聞こえる? 聞こえるでしょう?
家には乳飲み子がいるのよ……
お前のほうでも私に力を貸してくれなくちゃならん。お前の望む判決を言ってごらん。さあ、ぐずぐずしないで。
女 (ものすごい早口で)棒で十回打たれたいです。
裁判官 (警官に)棒で十五回打ってやれ。
(女は去る、サイッドが近づく)
裁判官 (片手を額に当てて)神様は、どっかへずらかっちまった。跡形もありゃしない。
いったいどこにいる? 別の男の頭の中か? 日向の雀蜂の巣の中か?
それともどっかの鍋に忍び込んで、味を濃くしようってのか?
いずれにせよ、この裁判官様の頭の中からはいなくなっちまって、
もはや私には、芝居の前に役者があがるようなあの興奮も、
震える声もなくなってしまったじゃないか。
サイッド 私はサイッドと申しますが。
裁判官 (不機嫌に)分かってるわ、この間抜け。とっとと帰れ、お裁きは終わりだ。
サイッド 私は盗みを働きましたので、あなた様は私に罰を下さなくちゃならないはずで……
裁判官 どうやって? (自分の頭を叩いて)この中は空っぽなんだよ。
サイッド お願いです。
警官 (せせら笑って)盗みか。こいつの専門は、ご存知でしょうが、職人どもの上着でしてね。
木に引っ掛けてあるのやら、草の上に置いてあるのを失敬する。
何しろこいつは、こっちかと思えばあっち、ぴょんぴょん飛び回って、いい気なもんです。
ところがこいつは、金持ちでもないくせに、一人息子ときた。(サイッドに)どこにあった上着を盗んだんだ?
サイッド そこらにあったやつです。
が、幸いなことに、我々が目を配ってる。木の葉や草むらの中の光った目だぞ、絶対に感情に左右されることはない。
サイッド 償いにお仕置きが頂きたいだけです。
裁判官 気が狂ったのではないか、今に全てのことが変わる時が来ると信じているのではないか?
……シ・スリマーヌが死んだというので頭にきているのか?
だが、私がお前を裁いたとして、それが何になる?
サイッド 私の悪事はどうにも……
裁判官 馬鹿め。そりゃお前には役に立つだろうよ。刑に服した後は、お前の方は変わる---ほんの僅かであってもだ---
しかし、私のほうが一向に変わらんとしたら……
サイッド やってみてくれませんか。そうすれば分かるから……
警官 (裁判官に)償い、償いと、こともなげに言っておりますが、それには裏があるのです。
(サイッドに)今朝、今朝の八時に釈放の命令があった。お前の女房は、今朝、刑務所から出てきて……
裁判官 (警官に)月桂樹に小便をして来い。
警官 ですが……閣下……
裁判官 小便をするんだ。芝生でも枝の中でもどこでもいい、とにかくしろ。
(警官、退場。裁判官は物珍しげにサイッドを見て)
考えてもみてくれ。私は村の裁判官、
しかもその村では恐るべき犯罪がひっきりなしに起こっているというのに、
---(不安になって)いや、それとも、如何なるものにも罪などないのか?---
それが、ここでは、けちな不幸があるだけではないか。全く。私はもううんざりだよ。
頭の中が空っぽなだけ、ますますこの頭は重くなる。
サイッド それで結構です。私はそれでありがたいです、私には何かを誇ろうなんていう気持ちはないんです、
神様が刑務所の扉を私のために開けてくださることなんぞ望みません。それは裁判官様でもできることです。
裁判官 (深刻に)重い扉を開けてまた閉めるだけでいいならな。
だが、私には理由が要る。その理由を見つけるには、探すか、それにしても疲れたし、
さもなければ、お前がした通りのことを私がしなくちゃならん。
お前がそれをした理由を知るか、あるいはお前がしたそれを禁止することができなければならん。
だが、一言で言えば、それを知ることができるのはお前一人なのだ。あるいは神がお前を直接裁かれるか
……神は何もかもお見通し、万能だが、もはやここにはおいでにはならん……
あるいは、お前がお前自身を裁くか、そうなれば、私は何の役にも立たないことになる。
サイッド 一つ重要なことを忘れていらっしゃる。それは、私があなたに給料を支払って、
刑務所の扉を開けたり閉めたりしてもらっていることです。(間)私はそんな裁判を自分一人ではできない。
裁判官 (当惑して)それはそうだ……が、しかし、何とかそこにこぎつけなくちゃならん……
サイッド 誰も本気にしちゃくれません。
お前はしょっちゅう盗みをする、私はお前を刑務所に送り込むだけで、
他の時間などないくらいだ。それで、お前が刑務所に入れば、そこには義務なんぞ何もない。
そうなってしまえば、お前に大事なものなんて一つもないのだ。サイッド、私はお前のために、芝居をしてやろう。
つまり、お前の犯した罪の一つ一つを赦してやるのさ。判決を読み上げる……
サイッド 死刑ですね!
裁判官 (笑いながら)なんにせよ、捕まえてもらうのは他所に行ってした方がいい。
(突然、陰気になって)私は馬鹿じゃない、お前が判決を受ける度に何を手に入れるか、
分かっているのさ。漠然とだが、私にはお前の進む道が分かるのだ。
だが、この私は、判決を下すこの私は、この判決は私をどこに連れて行くのだ?
私は、お前が沈み込もうとする所へお前を沈めてやるだけが能の人間さ、
だがそのお前は、私の何の役に立つ?
そうとも、誰が裁判官の哀れな運命など考えてくれようか! いったい、誰が?
(墓地、右手に杉の木、中央に絵で描かれた墓が一つ、
黒い空に三日月、星座が一つ。小さなじょうろが地面においてある)
口よせの衣装---白い、漠然とした貧しい者の衣装。
そこで止まるんだよ……今お前さんがいる所で、ちゃんと聞こえるよ。
(墓に近付き、墓銘を読む)
シ・スリマーヌ。確かにあの人の墓だ。
(さっきと同じ方を向いて)
こっちだよ! こっちだったら!
いったいお前さんって人は、本当に使い物にならないのかい?
耳が駄目なのかい? 耄碌しきってるんだろう、ええ?
(年老いたアラブ人、マダニが登場)
マダニ わしじゃ気に入らんというのなら、今からでも遅くはない、別の口よせを探して来い。
(ちょっとした間)とにかく、口汚く言うのはよしてくれ。
おふくろ 今は怒ってる時じゃないよ。私はね、一番年をとっていて、一番へたくそな口よせが欲しかった、
誤魔化すのは嫌いだからね。私が、みずみずしいピンクの口をした、白い歯の口寄せなんぞ連れてきた日にゃ
死人(しびと)を手なずけようとしているみたいに思われらあ。そこにお立ち。(マダニ、墓の横に立つ)
私は死人の口になってもらうためにお前を選んだ。
そりゃ、死人の口は土塊やら草の根やら砂利やらで一杯に詰まっているはず。
だが、とにかくお前の言葉じゃないよ、死人の言葉をしゃべる努力をしてもらう。
マダニ 死人がしゃべる事を承知した時、死人のしゃべらにゃならんことは恐ろしいことだ。
もちろん、しゃべるのは私じゃない、あの男だ。
おふくろ もう時間かい?
マダニ (腕時計を見て)ちょうどだ。
とにかくおしゃべりは慎んでもらおうじゃないか。ばあ様も小娘もみんなだ。
暇は取らせないよ。死人の言い分さえ聞きゃいいんだ。
(マダニに)魔法瓶にコーヒーを入れて持ってきてあるからね。後でだよ。
仕度があるんだったら、私は向こうへ行ってるけど?
マダニ (ゆっくりとうずくまって)お前は邪魔にはならん。一番しんどいのは、わしがわしの体から出て行くことだ。
そして、あの男が私の代わりにやってくる。
おふくろ (少し気味が悪くなって)へえ?……でも……出て行くって言うが、どこに行っちまうんだい?
マダニ (しゃがみこむ動作を続けながら)場合によるな……初めにスピードをあげるかあげないかで違ってくる。
時間があると、わしは自分の家の畑を見たり、町の博物館を見たりする。さあ、静かにしてくれ。
(彼は完全に横になり、しばし沈黙した後、静かに呼びかける)
シ・スリマーヌ?……シ・スリマーヌ?……スリマーヌ、……いるか?
答えるのは誰だ?……お前だな、シ・スリマーヌ?……ここにいるのはわしだ……
お前の口だ……お前の不幸な口だ……だが、その口が答えねばならん……
わしが分かるか?……なんだと、もう覚えておらんと?
お前が生きていた時、お前が語った言葉はことごとく、このわしが語ったのだ。
……(沈黙)どんな言葉だと? だから、ことごとくだ……お前が口にしたことは何もかもだ
……いつだったか、お前が道路の管理人に言ったこと、覚えているか? ……そうか、分かったろう、何て言ったな、あの時?
おふくろ お前さんのことが分らないのかい?
……あの日は雨だった。お前はこう言ったんだ。「俺は車庫で雨宿りしていく、それから図面を建築家のところへ持って行くさ……」
(間)ああ、今度はようやく分ったな。よし、ではわしのことが分ったと……(間)わしの匂いはどうだ?……ほれ……
(彼は墓の上に息を吹きかける)正真正銘、お前の口の匂いだな? そうか! そんならいい。では始めよう。
サイッドのおふくろが聞きに来ている。(彼は立ち上がり、おふくろと向かい合い、不動の姿勢で、威丈高に語る)
さあ、話せ。俺に問い掛けるんだ。俺は口だ。お前は俺の言葉を聞きに来た。お前の言い分を言え。何を考えているのか。
(二人は向かい合って、軽蔑的に睨み合う)
おふくろ (疑い深く)お前は確かにシ・スリマーヌの口かい?
口よせ (力を込めて)そうだ。
おふくろ じゃ、お前はどこで生まれた?
口よせ ブー・タニーズで生まれ、アイン・アマールで死んだ。
おふくろ (一瞬まごついて)そうかい。じゃ……お前の傷は? どこをやられたんだ?
口よせ 弾丸を二発、胸に。一発はまだ中に残っている。
おふくろ そうかい……じゃ……正確には何時に死んだんだ?
口よせ (威丈高に)もう沢山だ。十分話したぞ。お前の知りたいことは何だ?
おふくろ そんならいいさ。お前も一筋縄じゃいくまいが、この私だって負けちゃいないからね。
何だってね、お前は村の女達に、私が泣きに来ないようにしろと命令したって言うが、本当かい?
口よせ 本当だ。
おふくろ (怒って)しかしお前だって知ってたはずだろう、私が泣き女だってことは。
私が一等優秀な泣き女の一人だってことは。
おふくろ (怒って)サイッドはどこから生まれたんだよ、私の腹かい、お前の腹かい。
それに私の腹が他の女と同じ腹をしてないってのか、
他の母親達と同じ母親じゃないってのかい?
口よせ 俺は死んではいたが、まだ埋葬されていなかった。俺は相変わらず村の人間だった。
髪の毛の中に、足の裏に、腰に、俺はあの時まだ、村の男や女達と同じ、あのむず痒い感じがしていたんだ。
おふくろ (不安になって)じゃ今は……もう体の掻けなくなった今では?
口よせ だいぶ減った。土の重みにもかかわらず、俺ははるかに軽くなったような気がする。
俺は煙のように消えようとしているんだ。お前はそれを待たずに、今夜来てよかった。
俺の中の水分は全て、樫の木の葉脈の中に移動している最中さ。
俺は俺の国をさ迷い歩き、お前のことも、他の奴らと区別がつかなくなるだろうよ。
おふくろ (途方もない大声で叫び)ああ! ああ! ああ!
口よせ ……そして、お前の足の指の間にたまっている垢も、一部は俺の腐った体から生まれたもの……
おふくろ (勝ち誇って、最初出てきた方に向かって)
どうだいお前さんたち、束になってそろってるスベタども、今のを聞いたかい、死人の言葉を。死人が私にどんな風に話し掛けるか。
(口よせに)北に、東に、南に、西に、海の方、山の方、いたる所で、私達を取り囲むあらゆる場所で夜が立ち上がるのさ。
スリマーヌ、数限りない丘とともに膨れ上がる、そして私達を見つめている丘の斜面には、
幾千、幾十万の女どもが胸をときめかせて待っている、お前が地面から出てくるのを見ようと、
お前が土の中からむっくと立ち上がり、私に罵詈雑言を浴びせるのをだ。でも、お前さんは……承知してくれるね、私が泣くのを……
承知してくれるんだね? 私が他の女と同じだってこと、お前さんが認めてくれるんだね?
おふくろ はっきりしたよ、でも私は、私があそこにいる女どもと同じなんて言うつもりはなかったさ。
(指差して)あの女ども。ただ、私だって、地面の下で腐っていくものを繋いでるってことを言いたかっただけだよ……
口よせ その上でお前は腐敗していく……人の話じゃそうだな……
おふくろ (笑いながら)つまりお前さんも私と同じ汁の中で醗酵しているってこと? そうなのかい?
口よせ いずれにせよ、お前がどうしてそんなに俺のために泣きたいのか、俺には分からん。
おふくろ ああ、その点は安心しな。お前さんが死んで悲しんでるわけじゃない、私はね。むしろ歌うように泣いてやろうってだけのことさ。
あの乙にすました女どもは、私を儀式から追い出した。わたしゃね、あんな女どもも、儀式も糞喰らえさ。
ただね、私は自分が一番強くなってやるって誓ったのさ。女どもは私の様子をうかがっている。
待っているのさ---あの売女どもは---私が赤っ恥をかかされるのを。あの売女ども、こう言ってる、
生きた人間のところから追い立てられて、また死人の国の入り口からも追い立てを食おうってんだ。
口よせ だがいったい何になる、お前が死人の国の入り口に来たからって?
おふくろ (一瞬狼狽して)ああ、つまりあんた方は手を握っているってわけだね、
私の思い違いでなければ……お前さんは忘れてはいないんだ。
砂利の下に入れられても、前には生きた人間だったことがある、そして誰とは付き合いがあって……
口よせ (意地になって)いったい何になるんだよ、お前が死人の国の入り口に来たからって?
おふくろ そうして、お前の葬式も、生きた人間としてのお前の人生の一部なんだ、
殺される直前にやっていたことと同じさ。
口よせ いったい何になるんだ、お前が死人の国の入り口に来たからって?
口よせ (逆上して)お前こそ、無礼だぞ、こんな真夜中に俺を叩き起こし、俺を墓から引きずり出しておきながら。
俺はお前の話を聞いた。お前にごたくを並べさせてやった。
おふくろ わたしゃ、友達として来たんだよ。
口よせ (厳しく)馬鹿な冗談はよせ。お前は傲慢な女としてやってきた。
泥棒の母親、醜く阿呆で泥棒の嫁の姑だ。
二人の哀れと悲惨は、お前の肌にこびりついてはいないのか?
そうじゃない。その悲惨は、お前の哀れな骨の上に張ったお前自身の皮だ。
村の通りをさ迷い歩くのは、丈夫な骨の上に張り伸ばした悲惨さのマントだ。
いや……(嘲笑して)大して丈夫な骨じゃない。村はお前などごめんだと言う。じゃ、死人たちは? 全くだ!
死人たちともあろうものが、お前のことを正しいとし、その上あのご婦人方をやっつけてくれると思うのか?
おふくろ (ぶっきらぼうに)そう思っていたよ。
口よせ (嘲笑して)死人たちは、もちろん、最後の手段さ。生きている奴らがお前の顔に唾を吐く。
だが死人たちはその黒だか白だかの大きな翼でお前を包んでくれる。
その翼に包まれていれば、お前たちは、足で歩いている奴らを鼻の先であしらえるってわけか?
だがな、地面の上を歩く奴らは、すぐに地面の中に入っちまうんだ。つまり同じ奴らが……
おふくろ (言葉を遮って)私はお前さんがどうなったかなんて聞きたくもない。
私が話をしたいと思ったのはかつてこの世に生きていたことのある人とだよ。
もしお前さんが私に泣いて欲しくないなら、早くそう言っておくれ、
わたしゃ寒くなってきた、寒がりなんでね……
同じ理由で死人にも愛されることはないだろうよ。我々死人は生きている人間達の正式な保証人だからな。
(間)真夜中の十二時だぞ! こんな時間に俺を叩き起こす! ひどく疲れる命をまた俺に与えようという!
さあ、女どもの所へ、村の男どもの所へ行け! お前たちのことは、お前たちの間でけりをつけろ!
おふくろ 私は断固として頑張るね。(と、腰に拳をあてがって)断じて、サイッドもレイラも手放すものか
---これは、お前さんにしか言わないよ、そうさ、この墓場の夜の中でね、
だってさ、二人とも、わたしゃ癪にさわってならないことが再々だからね---
私は、お前さんのために泣くことを諦めないよ。
口よせ (怒って)俺が断ったら?
おふくろ (同じく)じゃ、お前をからかうために、そうとも、あのご婦人方やお前の方で何と言おうと
私がお前さんのためにわあっと泣き出したらどうするのさ?
口よせ そうなれば、俺も本当に墓の中から、墓穴の中から飛び出して……
おふくろ そんな勇気があるのかい? (やがて落ち着きを取り戻して)
お前さんに、私に恥をかかせるだけの勇気があるってのかい? 聞き耳を立てているあのご婦人方の前で?
私は、お前が誰に暗殺されたかなんて知りもしなけりゃ知ろうとも思わないさ。だがね、いかにもそうされるだけのことはあるよ、
ドスでやられたか鉄砲でやられたか知らないけどね、こんな年寄りの女を脅迫しようって根性だからね。
私は無性に腹が立ったからこそここへやってきたのさ。シ・スリマーヌ。腹が立ったよ---それこそ気が違いそうに逆上したのさ---
そうとも、逆上した勢いで、私はお前の腕の中へ、お前の所へ無我夢中でとんできた、まさに逆上ってもんだ、それ以外の何物でもないさ。
口よせ どうしてお前が死人に質問をしに来たのか、俺には分からん。
腹が立ったからやってきたんだ。どこへ行くところがあるかね、墓地の真中以外に。
口よせ お前と話していると疲れる。お前の逆上のほうがよっぽど激しい……
おふくろ お前さんの死よりもかい?
口よせ いいや。だがとにかく帰ってくれ。こんな風に生きてる人間と話すのは難しいことだ。
しかもよりによってお前のような生きのいい人間が相手じゃな。ああ……もしお前が……
おふくろ 墓穴に足を引っ掛けてたら、かい? お前さんの墓穴なら承知だよ、だが私の墓じゃ、まだごめんだね。
口よせ (突然疲れきって)いや、違うんだ、そこまでは望まない。ただ、もうほんの……少し……ほんの少しでいいから体の具合でも悪けりゃいいんだ。
ところがお前はそこにいて、喚き散らし、暴れ回る……(肩をすぼめて)……自分の為に死人を甦らせようなどと言うんだ。
(あくびをして)そんな芸当は、大きな祭りの時だって、大事になっているのに……
おふくろ (急に慎ましやかになって)内緒にしておくから、お前さん、私がお前さんのために、
あそこで、あの月の下で泣くのは嫌かい?
口よせ (大きなあくびを続けて)俺の耳の穴でもごめんだな。
(間。だるそうに)死というものがどんなものか、話して聞かせようか?
死の世界ではどうやって生きていくか?
おふくろ 興味はないね。
口よせ (ますますだるそうに)そこでごろごろ言うのが何だか……
お前さんはお前さんの死を生きるんだね。私は私の命を生きる。
泣いてもらうの……本当にお前さん、嫌かい?
口よせ 嫌だね。(間)もうとても駄目だ。
(マダニ、突然倒れて眠ってしまう)
おふくろ (両手を合わせて絶叫して)シ・スリマーヌ!
(彼女は近寄って、彼を見つめ、うんざりしたように彼を足で押す)
もういびきをかいてる。お前さんが死人の国にいってまだ間もないって事、よく分かるよ。
口よせを三分以上しゃべらせることはとてもできない。
自分がここの者でもあっちの者でもない、こっち側でもあっち側でもないって、私に言うだけの時間だ。
(笑う)こんな死にたての、弱虫のために、昨日、泣きに来なくてよかったよ。全く。
(じょうろを取って地面に水を撒く、それから踊りながら鼻歌混じりに、土を踏み固める。肩をすぼめて)
どうだい、町の博物館を見物中かい! (彼女は向き直って、出てきた方に向かって進もうとするが、突然、息を呑んで、立ち止まり)
あん畜生! 糞婆! スベタども! 丘はどいつもこいつも逃げちまったじゃないか。
私らの様子をうかがっていたあの女どもも丘と一緒にずらかりやがった。草の匂いの中を消えちまったよ! どこに行ったんだ?
ひとかたまりになって、壁の後ろで薄気味悪い暗がりを余計に濃くするためかい?
まったいらになっちまったよ、夜は。空の下で。まったいらだ。糞婆ども、立っている勇気がなくて帰っちまった。
私は一人きり、そして夜はまったいら……(突然荘厳に)そうじゃない、夜は立ち上がったんだ。
夜は膨れ上がったのさ。牝豚の乳房のように……幾十万の丘を伴って……
殺し屋達が地上に舞い降りてくる……空だってね、間抜けじゃないさ、空が奴らを隠してくれる……
マダニ (目を覚まして)コーヒー入れられるか?
この男に、どうして死んだのか、それさえ聞かなかったじゃないか。
(マダニに向かって)さあ、お前さんのコーヒーだ、お飲み。
(背景は城壁。城壁の下には、三本足のテーブル。
それから、様々な色の毛布でできている一種の天幕。
レイラ一人。そばに大きなブリキの鍋。
スカートの下から、彼女は様々な品物を取り出し、その品物に話し掛ける)
兵隊---白手袋、太く黒い口髭
こんにちは! 私は愚痴はこぼさないよ。お前は私のお腹の皮を引っ掻いたけど、お前を歓迎してあげる。
お前は新しい生活を始めるの。ここはおふくろ様の家。……そしてサイッドの家。
お前には大して仕事がないよ。だって、家ではスパゲティにチーズをかけることなんてぜんぜんないもの。
お前の仕事には……足の裏の堅くなった皮を削ることにしよう。
(彼女はそれを壁にかける。スカートの中を捜して、傘の着いたスタンドを取り出し、それをテーブルの上に置く)
スタンドなんてどうしよう、電気が来てないんだもの。この城壁の下には、こんな廃墟には。
……それじゃスタンドさん、休んでておくれ…………いつでもこき使われてるなんて憂鬱だもんね……
(彼女はまたスカートの中を探し、コップを一つ取り出すが、滑って落としそうになる)
馬鹿、壊しちゃうじゃないか! 壊すって言ったのよ、分かる?……壊すって。
(間)そうしたらお前、どうなると思う? ガラスのかけら……こなごなのかけらだよ。ガラスの屑、残骸、破片!
(しばらく前から、おふくろが入ってきて、レイラを見つめその言葉を聞いている)
おふくろ 見事な腕前だね。
レイラ この種目じゃ誰にも負けないわ。
おふくろ (品物を見ながら)全部あるかい?
レイラ (恥ずかしげもなく)全部よ。
おふくろ (レイラの膨れた腹を指して)じゃ、それは?
おふくろ 何だね?
レイラ (笑いながら)私のかわいい末っ子で……
おふくろ (笑いながら)どこでやったんだ?
レイラ シディ・ベン・シェイクの家。窓から忍び込んだの。
(微笑みながら)今では窓を乗り越えることもできるの。
おふくろ 誰にも見られなかったかい? そんならここへ置きな。
(彼女は背景に遠近法をつけて本物そっくりに描かれた腰掛を指す。
レイラは、ポケットから取り出した炭で、テーブルの上に当たる場所に目覚し時計を描く)
こりゃ見事だ! 何でできてる? 大理石か、合成樹脂か?
レイラ (誇らしげに)合成樹脂よ。
おふくろ これじゃお前はまたとっつかまるのがおちだ。何しろ隠す場所がないんだからね。それもお前のおかげさ、小屋もなくなっちまった。
雨露をしのぐ場所がとうとうごみ溜め、村のごみ捨て場とはね。これじゃ、私達に罪を着せるのもわけはない。
レイラ (事も無げに)そうしたら、刑務所行きよ。サイッドと一緒に。
だって、村から村へ渡り歩かなくちゃならないんですもの。
それなら刑務所から刑務所を渡り歩いたほうがまし。一緒だもの、サイッドと。
おふくろ 一緒? サイッドと? (恐ろしい形相で)まさか盗みをするのは、サイッドと一緒にいたいからじゃあるまいね?
レイラ (頭巾の下からでもそれと分かるようにウィンクして)どうしていけないの?
レイラ……おまえ、まさか、しないだろうね?
あの子にとっちゃ、お前なんぞ、だいぶ日にちが経った死体と同じだろうに……
監獄じゃ、離れ離れにされて……
レイラ それでも、囲いの壁で結ばれています。
おふくろ (荒々しく)いけないよ。そうともさ。お前がそんな大それたまねをするはずがない。
第一、あの子がね、あの子の方で、お前なんぞまっぴらだって言うよ。
レイラ 一緒に暮らすようになってからの私が、あの人にとってどういうものか、知らないのよ。
おふくろ (逆上して)知ってるさ、お前はね、あの子にとって、私の息子にとっちゃ、ただの道具だよ。
(彼女は立ち上がって、レイラを打とうとする)
レイラ (事も無げに)いいえ、そのことなら心配要らないわ。
あなたの大事な坊やに、私が惚れているわけじゃありませんもの。
(間)私にはもっと別の何かが必要なのよ。
おふくろ (興味を示して)へえ! 何か別のことがあるのかい? 何しろ男が物にならないんで、それでお前……
レイラ (笑いながら)違うわ、そんなの。何にも、誰にも、サイッドだって関係ない。
(厳かに)私の心を占めているのは冒険。
おふくろ (拍子抜けして)どんな?
レイラ (馬鹿にしたように)秘密!
レイラ それは序の口。
おふくろ (肩をすぼめて)いかれてる。(彼女はコップの水を飲む)頭はいかれてるけど、素直だ。
水、飲むかい?
レイラ 汚れた水なら、飲むわ。
(レイラはおふくろに背を向け、おふくろはおふくろで背を向ける)
(突然、左手の方から兵隊が現れる。彼はゆっくり大股に抜き足差し足で近付いてきて、周囲を見回すが、驚いた様子はない)
レイラ (右手の方を向きながら、つまり、兵隊が来るのと反対側に向かってお辞儀をして)
私がサイッドの家内です。どうぞ、お入りになってください、兵隊さん。
(兵隊はなおも周囲を見回している。彼の視線は背景の目覚し時計を向いて)
兵隊 確かにあんただ。シディ・ベン・シェイクの家からあんたが出てくるのを見かけた奴がいる。
入り口に掛かってた数珠玉のカーテンを押しわけてな。カチカチ玉がなって……あんたの姿が鏡に映って見えたんだよ、
ちょうど逃げ出すところだった……その時にゃ目覚ましはもう消えていた。(間)これだな?
おふくろ とんでもない。この目覚ましはずっと前からあるんですよ、家の亭主が以前買って来てくれたものでしてね。
兵隊 (疑い深く)いつ頃だね?
まあお聞きなさいって。ありゃまだほんの小さな頃の話ですがね、いえ、サイッドですよ、
あの子がこの目覚ましをすっかりばらばらにしちまったんですよ。中に何が入っているのか見ようってんでね。
中の細かい機械を一つ一つ、お皿の上にこうずらっと並べちまった、あの子がまだほんの子供の頃の話ですよ。
そこへ私が帰ってきた、いえ、本当、ありゃ何しろずいぶん昔の話だ。わたしゃ、そう、乾物屋から帰ってきたところでしたよ、みると、
まあまあ、どうだろうね、地面にいっぱい散らかして……虫か何かがいっせいに這い出して来たみたいでね。
細かな歯車、星型、ねじ、何だかうようよごちゃごちゃ、あるわあるわ、まあどうだろう、
それぜんまいだ、わらびだ、つくしだ、ほれたんぽぽだ、ぽっぽぽっぽと煙が汽車ぽっぽ……
(おふくろが話している間にレイラが這うようにして出口に行きかけるが、兵隊が振り返って彼女を捕まえる)
兵隊 (意地悪に)お前、どこに行く?
レイラ 失礼しようと思いまして。
兵隊 失礼するだと! つまり逃げ出すんじゃないか! それじゃ私はどうなる? そんなことをされたら、ああ?
くびだ。くびになるんだよ、私は。そのためだな、お前が失礼しようってのは。
レイラ 別にそういうわけじゃ。
班長殿に蹴っ飛ばされる目にあわせようってんだろう? この糞ったれが。
それをこの私の方は、間抜けにも、お前に向かって丁寧に「あんた」ときた。命令だからな、そうしろって。
全く結構なことを考えてくだすったもんだよ、お偉方はよ。ご丁寧に「あんた」だとよ。
あのお偉方が、私ら下々の人間と同じに、お前らと直に接触する所にお目にかかりたいもんだね、全く。
おふくろ 下々って、あなた方が? 冗談でしょう、私達から見りゃ下々どころじゃありゃしない。
兵隊 いい具合にあんたらがいるからな。下には下がいるってわけだ。だがよ、私らがあんたらに向かって
「あんた」だの何のってご丁寧な口を利かなきゃならんとしたら、私らのほうがあんたらより下ってことになる。
おふくろ たまには、そんな「あんた」なんてのはよしにしてさ、もっとざっくばらんに「俺・お前」で結構ですよ。
兵隊 第一、あんた方はその方が好きときてる。ちがうか?
「俺・お前」のほうが、気取って「あんた」なんかと言うよりずっとあったかみがある。
親身の保護者って感じなんだな。「俺・お前」の方が、親身の保護者はいいにして、
時にはこう改まって、「あんた」とくるのも悪かないだろう?
おふくろ 時々、「あんた」でやるんですね。四日に一日くらいでさ。あとの時は「お前」ですます。
兵隊 いや同感、同感。普段は「お前」ですましておいて、合いの手に「あんた」をきかす。
慣れてもらわきゃならんしな。その方が、私らも、あんたらも、お互いにとって得ってわけだ。
しかし、のっけから「あんた」ばかりじゃ、「お前」のやり場がなくなっちまう。
私らにとって「お前」ってのは仲間同士の「俺・お前」だが、
私らとあんたらの間じゃ、私らの方からの「お前」ってのはもうちっとやんわりしてる。
おふくろ そのとおり。旦那方に「あんた」じゃ、こいつはどうも空々しい。
私らのほうは「お前」で結構。「あなた」なんぞお門違いさ。
(彼女は笑う、おふくろも笑う)
おふくろ (調子に乗って)あんたよ気違い……きまってぐんにゃり……どこまで入れる……
(彼女は笑う、レイラも笑う、兵隊も笑う)
兵隊 入れるはおいら……おいらのおかま……おかまで一発……
(三人とも、腹を抱えて笑う。が、兵隊は自分が一緒になって笑っているのに気付き、怒鳴る)
やかましい! なんだ、このざまは! 何の陰謀だ!
私を笑わせ、冗談で煙に巻こうというのか?
私のキャリアを狂わせようという魂胆か?
(二人の女は震え上がる)
私は確かに下っ端かもしれん。分かっている。だがな、それにしても笑うことは許されない。
屑みたいな奴らと一緒にげらげら笑うなんてもってのほかだ……。
(息をつぎ、穏やかな口調になる)そりゃ悪かないこった、お前らのところの男どもと、
軍旗の話やら武勇伝やらで、兄弟のようになるのはな。覚えてるか、ええ? ありゃお前だったぜ、機関銃をかついでよ、
私は中隊長のお付だった、あの日だ、ドイツが二人してこっちを狙ってるじゃないか、ダン!
やられたのはドイツで、やったのがアラブだ、戦争ってのはこういうもんだ、こういう思い出は何も恥じゃねえ。
そうとも、あいつと肩組んで一杯やる。お前らの男どもを相手にな。私らだって、時にはしんみりすることだってあるさ。
そうとも、心から打ち解けてな。
笑うとどうなるか、笑うって事がどういうことか、分かってるのか? 腹を抱えて笑うとどうなるか。
げらげら笑うとな、蓋が開いちまう。口も鼻も、目も耳も、尻の穴までそうだ。一度に人間の中身が空っぽになるんだ。
(厳しく)分かったな? 私を笑わせて篭絡しようなんていう考えはよせ。
その気になれば、恐ろしいんだぞ、私は。わしの奥歯がまだ何本あるか、お前らには見せなかったか?
(彼は口をいっぱいに開けて見せる。女たちはすくみ上がる)
おふくろ 別に、悪気があったわけじゃなくて、なんとなくそうなったんですよ。
「お前」と「あんた」なんて言ってるうちに。
兵隊 だがそれを仕掛けてきたのはあんたのほうだぞ。ああ、また繰り返す。
とにかくあんたらには油断できんね。少しずつ、少しずつ、あんたらは私らの方に寄ってくる。
それで別にどうってことはないんだが、あんたにも他の誰にも、私はいつもそう言ってるんだよ。
物の分かる連中ならそれでもいいし、確かにそういう連中もいるにはいるが、
私のことを困らせることしか考えない連中が相手ではしょうもない。
(レイラに)
この女は逃げようとした。だがな、私が捕まえなきゃ、他の奴らが捕まえる。
結局は、褒美も拳固も私らのものさ。
レイラ それが私の自然の報い、私の望みです。
兵隊 たっぷりいたわってやるよ。
頭の毛は泥と鼻水でかちかちに固まっている、あばら骨も折られてるから……
兵隊 お前らを昔のように扱えないことは知ってるだろうが。みんな優しい人間であろうとしているんだ。
私だってそうしている。それがどうだ、騒ぎを起こそうとするのはあんたらの方じゃないか。
目覚ましの件は、上の、班長殿の所で話をつけることにしよう。合成樹脂か、大理石か、合成樹脂に決まっている、
村でも市場でもスーパーでも売ってる物は、以前とは変わってしまった。
レイラ ごみ箱で拾うのも酷いものばかりですよ。
兵隊 それだけだって罰金ものだ。ぶっ壊れたわけのわからんものを持っているだけでもいけないんだぞ。
それで家中いっぱいにするなんて、正気の沙汰じゃない。もちろんあんたらが今住んでるのは、本当の家ではないが、
それでも住処には違いない。放浪の民か! 私らはあんたらの所へ文明を持ってきてやった。
学校だってそうだ、病院だって、兵隊だってそうだぞ、ところが、あんたらときたら、そんなものはどこ吹く風。
壊れたコップに、壊れた時計か……
(レイラに)
仕度、できたか?
おふくろ 毛布を持っていきな。
レイラ (一枚の毛布を見せて)これ?
おふくろ それじゃない、それじゃ、まだ穴のあき方が足りないよ。
兵隊 (おふくろ)一番穴だらけなのを持たせるのかね?
一番いいのは、夜になったら大きな穴の中に、ぐるぐる巻きになって入っちまうことですよ。
いや、本当の一番の理想は、風と肥やしの臭いしか通らないような穴を一つ、この子が見つけりゃいいんでね。
兵隊 もう、あんたらのいいようにしなさい! だが、この子が本当に、ぴったりの穴が欲しいと言うなら、
私と同僚とで、一つ見繕ってやってもいいんだぞ。大きさはこれだけ、形はこれこれとな。
まあ大体のところ、どれくらいのものをどうやって手に入れたらいいかは分かる。安心しなさい……
(彼は退場する。おふくろは一人きり残る。それから兵隊が再び登場。
物凄い形相をし、一人きりで、毛布を引きずりながら)
回教徒の女か! お前らの狡猾さ、私が知らないと思うか! いつだったか---いや、昔はずいぶんふざけたもんだ---あれは、祭りの時だった。
私はシーツと雑巾でアラブ風の淫売に変装したことがあった。するとどうだ、一発で私にはあんたらの頭のできが分かっちまった。
いや、もしまたあんな機会があったら、私は怪我もしたし、娘が二人いる身だが、喜んでヴェールをするつもりだ。
(言いながら、彼は頭から毛布に包まる)
(オレンジ園、実をつけたオレンジの樹は曇った空を背景に描かれている)
ハロルド卿は乗馬ズボン。ブランケンゼー氏も同様。ブランケンゼー氏は背が高く、恰幅がよい。
腹と尻が大きく出ている。頬髯と口髭を生やしている。黒と黄色の縞のズボン、紫の上着。
アラブ人労働者は、ヨーロッパ風の背広を着ているが、色はばらばらである。
二人の植民地の管理者---ハロルド卿とブランケンゼー氏。
三人のアラブ人労働者---アブディル、マリク、ナスール。
ハロルド卿とブランケンゼー氏は、
アラブ人労働者が並んで雑草取りをしているのを注意深く見つめている。
お話はコルクの木のことだったのだが……
ブランケンゼー氏 (自慢げに)勿論、私のコルクの木です。だが、私のバラの話の方が先だ。私の自慢の種ですからな!
とにかくあなた、私のバラ園ときたら、まずアフリカ随一でしょうな。
(ハロルド卿の仕草を見て)いや、いいや、道楽ですよ、私はバラのおかげで破産ですわい!
私のバラ、踊り子達というわけです。(笑う)嘘だと思うなら、いいですか、私は夜中に起き出しては、
あの娘たちの匂いを嗅いで回るほどでしてね……
ハロルド卿 (草むしりを止めたアブディルとマリクを見て)
夜中に? 夜中に出かける?
ブランケンゼー氏 (いたずらっぽく微笑んで)勿論、簡単にはいきません。だが、これには策があります。まぁ、真っ暗で見えませんからね。
それでも私としては、バラの花たちを呼んで撫でてやりたい。そこでバラの木の一本一本に、音の違う鈴をつけるようにしました。
というわけで、夜でも、私には、あの娘達が、匂いと声とで見分けがつくと言うわけです。ああ、私のバラ!
(抒情的に)堅い茎に三角形の棘のある、直立不動の兵隊のような厳めしい茎の上に咲く、美しいバラ!
ハロルド卿 (ぶっきらぼうに)それじゃ風の強い日には、まるでスイスにいるみたいでしょうな。鈴をならす牛の群れで。
(同じ口調で、アブディルに)いいな、ここではお前らの議論は一切意味がない。
止めることだ。アラブ人はアラブ人なのだ。文句をつけるなら雇う前にしろ。
別の男を連れてくればよかったのだ。
しかし、仲間のポケットから物を盗むのがいいことだって言うんですか?
私たちは泥棒と一緒に働くのがいい、同じ地面の上に、同じ姿勢で、奴と一緒に屈みこむのがいいと?
奴につられて、私達の体の中に盗っ人根性が蘇ってこないっていう保証なんか必要ないっていうんですか?
ハロルド卿 前もって私に知らせた者がいたか?
今となっては、奴は私の使用人の一人、私はこのまま奴を雇っておく。
誰も私に何も言わなかったぞ。
(沈黙)
アブディル 私達だけで片がつくと思ってましたがね。
ハロルド卿 (憤慨して)なんでそんな事をやらかすのか?
この私がお前たちの主人じゃないとでも言うのか?
マリク オー、イエス、オー、イエス。ハロルド様は私達の親父ですよ。
私達がその子供じゃなくて残念ですがね。
ハロルド卿 (遠くを見つめて)どこにいるんだ?
マリク 畑の中で土をほじくってますよ。林のほうで。見えるでしょう、あの赤いの、奴の上着の赤です。
ハロルド卿 (かんかんになって)村八分じゃないか!
お前達が奴を村八分にした!
しかも私が命令もせんのに……一言の相談もなく……
木の上に掛かってるのとか、芝生に置いてある上着に。
それは奴の勝手だ。だが仕事のほうも、さぼるわ、いい加減だわ……
それにあいつの体臭ときたらお話にも何にも。二歩手前に来られた日にゃ、もうお手上げです。
働いてるみんなが汚されちまう、全く……
ハロルド卿 村八分とは! しかも私の命令も待たずに! あの男を呼べ。
(叫ぶ)サイッド!(他の男達に)私からはあの男、何も盗んだことがないぞ。
第一、そんな事を考えないほうが奴のためだ。奴がお前らのものを盗もうが、盗むまいが、
またお前らの気に入ろうが、気に入るまいが、あの男はお前らと同じアラブ人じゃないか。
彼は働く、そして私が彼を押さえておく。彼はお前らと一緒に畑を耕すのだ。
(まだかなり遠くにいるはずのサイッドに向かって)聞こえるか、私の言うことが?
仕事に関しては、仕事の間中、お前らは仲良くやってもらわねばならん。
一列に並んでな、鍬をふりながら太陽の方向に進むのだ。分かったな。
喧嘩はだめだ。ここでは、お前達は私の土地にいるんだ。
家に帰ったら、いくらでも七面倒くさいことをやってくれ、それなら一向にかまわん、
それどころかお前達の権利だからな。好きなだけややこしい道徳だの何だのを振り回すがいい。
これも分かってるな? それではと、そろそろ夜になる。夕闇が近付いてきた。家へ帰るがいい。では失敬。
(三人のアラブ人は、鍬を肩に担いで、一列になって去る。
彼らの姿が消えてから、ハロルド卿は叫ぶ)
アブディル! ナスール! サイッド! マリク! 明日の朝は四時から仕事だ。まだ土が湿っている間にな。
(ブランケンゼー氏に)
どうです、悪くないでしょう、奴らを一人一人名前で呼ぶのは。こいつを忘れちゃならない。
アブディル……ナスール……サイッド……マリク……
しかし、用心が第一ですぞ。遅かれ早かれ、奴らがあなたに刃向かう時が来ないとも限らない……
そうして恐れもなしに答えが返ってくる時がね……
ハロルド卿 危険な仕事です。奴らが答える習慣を身につけると、やがて反省する習慣も身につけるでしょう。
しかし、それにしても……私はあの連中を三百人から使っています。
もはや馬の鞭で言いなりにするわけにもいきませんしね。慎重にならなくては。
(アラブ人達が去った方向を見て)
あのサイッドですか? あれはあれでなかなかいい所がありましてね。
まあ、要するに他の連中と大差はない。別に特に悪いってわけでもないんで。
(二人はあちこちうろつきながら話し続ける。だんだん夜になる)
ブランケンゼー氏 武器はお持ちですな、言うまでもなく。(ハロルド卿は拳銃のサックを叩いて見せる)
あなたの所に、監督は来ているのですかな?
ハロルド卿 来ていますよ。しかし、どうもあの連中の言うことは信用できなくなってきた。どうも、理想主義的でね……
(二人が話している間に、一人のアラブ人が背をかがめて登場。
背景の一本一本のオレンジの木の根元に、チョークで黄色い炎の絵を描き、去る)
ブランケンゼー氏 私は全部ライン川の流域で集めてきました。
規律と、忠誠心……騒ぎを起こすのは決まって人夫達ですな。
ハロルド卿 あなたの国は……?
しかし女房の家の方から言えばもっと最近のことです。
あれの父親は官吏でしたからな。郵政省で。(間)
これだけは言えますな。私達のような人間こそ、この国を作った人間なのだと。
ハロルド卿 栽培していらっしゃるのは、コルクの木でしたな?
ブランケンゼー氏 十万五百十二株です。(ハロルド卿、驚嘆の仕草)
まぁ、酷く安値をつけて売るポルトガル人の件を除いて、万事好調ですな。
いや、それから、だんだんプラスチック製の栓を使うようになってきていること。
確かにその方が長持ちするが、葡萄酒やミネラルウォーターには使えないし、
それにコルクから生まれる葡萄酒の風味と言うのもね。
私の栓抜き工場、あれの閉鎖は避けられなかった。
ただ一つ、望みがありました。街では騒音の気違いじみた増加に伴って、人々は壁にコルク板を張ることを考えた。
残念ながら、これも束の間の希望でしてね。騒音防止の戦いが一層強化されたし、
新しい防音設備が---勿論合成材で---使われるようになりましたしね。
ハロルド卿 新しいのはどういうやり方で?
ブランケンゼー氏 コルクの粉を圧縮したものですよ。
(また別のアラブ人が登場、前の男と同じやり方で、オレンジの木の根元に炎を描く)
ハロルド卿 それならまだいいじゃありませんか。
しかも何の木のおが屑だと思いますか。
カラマツですよ! 味噌も糞も一緒とはこのことです。
しかし一番重要なのは、バラ園を救うことです。
人々は、現在も未来も、私達の悪口を言い続けるでしょうな。
しかし、その私達のうちの最も取るに足らん男のおかげで、
ここにはかくも美しいバラ園が誕生したではありませんか!
(彼は多少咳込んで、それから微笑み、ズボンを緩める)
私のクッションですよ……
ハロルド卿 (興味を惹かれて)おやおや、クッションですか。後ろ側にもありますな。
ブランケンゼー氏 釣り合いを取るためです。私の年の男が、腹も尻も出ていなかったら、まず何の魅力もありませんしな。
その為に、少々トリックを用いる必要がある……(間)大昔なら、かつらがありましたが……
ハロルド卿 うんざりするのは暑さと、ベルトですかな。
ブランケンゼー氏 いえ、そこはうまくやっていますよ。ベルトなんてものは無きに等しい。
こんなものは前と後ろに詰め物をしたパンツだと思えばよろしい。
おかげで威厳が出ます。
ハロルド卿 しかし、女達が……
ブランケンゼー氏 とんでもない、知りやしません。用心は怠りませんからな。
(ため息)このトリック、我々の主張を通すためには……
奴らの尊敬の念を呼ぶにはどうしても必要なのです。
しかし、今日あなたの所にやってきたのは、防衛を協力してもらおうと思いましてね。
この地方一帯が、騒然となりだしている。(タバコの箱を指し出し)いかがです?……火は?
(第三のアラブ人が、先程と同じように登場。炎を描く)
例の監視人が回っているにもかかわらず、毎晩電柱が二十本、三十本と切り倒されていく。
まぁ、電柱は木みたいなもんだと言えばそれまでだが、やがてはオリーブの木に手を出すでしょう。その次はオレンジの木、さらに……
ブランケンゼー氏 (続けて)コルクの木ですな。コルクの木は好きです。人間達がコルクの皮を剥ぐために幹の周りを回るときです。
あのコルクの木の年を経た林ほど美しいものは無いでしょう。そして、木の肉が現れる時といったら、
あの生々しく、血の滴るような肉! 人々は我々のことを、我々がこの国に対して抱いている愛情を嘲笑するでしょう。
だがあなたは(彼は言いながら感動して)あなたはよく知っているでしょう。我々の愛情が本物であるということが。
この国を作り上げたのは我々であります。断じて彼らではない!
彼らのうちに一人でもこの国について、我々のように語れるものがいるなら
ぜひ連れて来て欲しいものだ。それから、私のバラ園について語れる者もだ。
ハロルド卿 バラについて是非一言お願いします。
ブランケンゼー氏 (詩を朗読するかのように)真っ直ぐにして、堅い茎。
活力に満ち、艶やか、そして棘。
ダリヤを冷やかすようにバラを冷やかすことはできない。
この花が冗談事では済まされないことを、棘が語っている。
この花を守るおびただしい武器。
兵士、国家の元首といえども、この花は敬わねばならない。
我々人間は言語の主人である。
バラに手を出すとは、言語に手を出すことである。
彼らの復讐の仕方は低劣です。偉大なものに攻撃を仕掛けると言うのだから。
(四つんばいで一人のアラブ人が登場。彼はオレンジの木の根元に描かれた火に息を吹きかける。
二人の紳士にはその姿が目に入らない)
ブランケンゼー氏 ドイツのオペラで、何だったかは忘れましたが、こういう台詞を聞いたことがありますな。
「物事は、それをより優れたものにすることのできる者たちのもの……」
あなたのオレンジ園をより優れたものにしたのは誰か、私の林は、バラは?
バラとは私の血のようなものだ。一度は、軍隊が、とも考えたんだが……
(第二のアラブ人が、第一のアラブ人と同じようにして登場。火を掻き立てる)
ハロルド卿 お人がよすぎる。塀の後ろにこそこそ隠れるにきび面の男と同じでね、
軍隊ってものは、自分で自分を可愛がる以外に能がない。
何よりご自分が大好きでね……
(辛辣に)
バラのことなどとてもね……
ブランケンゼー氏 ずらかりますか?
ハロルド卿 (堂々と)私には息子が一人ある。しかし、その一人息子に譲るべき財産を守るためには、
その息子をもあえて犠牲にするのも覚悟のうちだ。
(第三のアラブ人が這いながら登場、彼もまた、オレンジの木の根元に描かれた炎に息を吹きかけ、手であおる。
ハロルド卿とブランケンゼー氏は去る。またも、這いながら、五、六人のアラブ人が登場。
前の連中と同じような服装をし、炎を描いては、それに息を吹きかける。サイッドは彼らの中にはいない。
木の燃え上がる大きな音。ブランケンゼー氏とハロルド卿が再び登場。
二人は議論に熱中していて、異変は目に入らない様子。放火していた男達は去る)
ハロルド卿 (乗馬の鞭を手でもてあそびながら)それに第一、仮に我々にその意思があったとしてもですよ、
どうやって、我々にですよ、この微妙な区別がつくのです? 泥棒のアラブ人と、泥棒でないアラブ人と。
もしヨーロッパ人が私の物を盗めば、そのヨーロッパ人は泥棒だ。だがアラブ人が私の物を盗んでも、彼は全く以前と変わらんのです。
それは、全く、単に、アラブ人で私の物を盗んだ奴だと言うだけで、それ以上の何者でもない。
そうはお考えになりませんか? (ますます大声で興奮して)不道徳の人間には所有権など存在しない。
エロ小説を書く連中はそれをよく知っている。奴らは絶対に裁判所に、別のエロ小説家があれの……
つまりいやらしい場面を私から盗んだ、などと訴え出ることはありませんからな。(ブランケンゼー氏はげらげら笑う)
不道徳には所有権なし、これが公式ですな。(ますます大声で、空気を激しく吸い込んで)ジャムの匂いがするな。
ただ私が言うのはです、どんな場合も彼らの道徳というものは、我等の道徳に重ねるわけにはいかないということです。
(突然不安になって)いや、この点については、奴らの方も分かっていますよ。さっきも例の三人が仲間の一人が泥棒だと分かっていながら、
私にそれを告げるのに、どれほど躊躇ったことか!つまり……どうも臭いな、これが……
それにあのサイッドも、評判はますます高くなるばかりだし。私としては、あの時……
(二人は去る。前と同じように這いながら、十人、十二人のアラブ人が登場、
炎に息を吹きかけ、大きな炎を描いて、全ての木を炎で覆い尽くす。
ハロルド卿とブランケンゼー氏は再び登場)
ブランケンゼー氏 (二人とも議論に熱中して)よくできた政治です。しかし、軍隊が介入するのは、己の意に反してですからな。
軍とは、猟犬が獲物を求めるように敵を求めるものです。私のバラやあなたのオレンジが危険だからといって
軍隊にとっては痛くも痒くもない。必要とあらば、何もかも手当たり次第に荒らしまわり、
気違いじみたお祭りをやらかそうってのがおちでね……
ブランケンゼー氏 どうしたというんですかな?
ハロルド卿 ……気が付いておくべきでした。(間)いつの間にか、奴らは私の皮の手袋が持っている例の監督の魔力を
信じなくなっていたのです。(さらに気がかりな様子で)私の手袋自体、とうの昔に、私に情報をよこすのを止めてしまっていた……
ブランケンゼー氏 あの馬鹿者どものおかげで、利口になるのはこっちの方ですわ。
(刑務所。サイッドは右手の奥に横になっており、レイラは左手にうずくまっている。
中央には椅子があり、看守が眠って、いびきをかいている。
後に、ブランケンゼー夫妻の部屋の窓とベランダに変わる。
高い部分には空色の背景。外人部隊の兵士達が武装を整える場所である)
誰もあんたのシャツ下に隠した缶詰の出っ張りなんか気が付かなかったのに。
サイッド (同じように優しく)お前の言い分が正しければ、なお悪いよ、
なぜって、お前は逃げる手段を、そんなことができなくなってから教えてくれようってんだから……
前もって言っておいてくれなきゃ……
レイラ あの時、私はもう捕まっていたんだもの。刑務所に閉じ込められていたんだもの。あんたに教えることなんてできなかった。
サイッド 教えてもらいたくなんかないさ。ただ、俺を導いてくれることはできるはずだ、
今じゃお前の姿は見えないし、遠くにいるんだから、厚い壁の向こうで、
……そう、白い壁……滑らかで……無常で……遠くにいて、姿は見えず、手の届かないお前、俺を導くことはできたはずだよ。
レイラ それじゃ、あれは腐った卵なの?
サイッド 荷物の中身か?
レイラ あんたの頭の中身よ。泥棒の脳味噌、腐った卵の臭いかしら?
サイッド それじゃお前の方は、一番臭いのは一体どこだ?
レイラ (うっとりして)私! 私がそばに行っても、雷に打たれたように倒れない人なんかいるかしら?
私が行くと、夜までたじたじになって……
サイッド (うっとりして)逃げ出すか?
レイラ 小さく……小さく……本当に小さくなってしまう。
五人の外人部隊の兵士がうずくまっているのが見える。
彼らは立ち上がる。中尉が帽子をかぶらずに登場して、その将校の帽子をかぶる)
中尉 ……すぐに熱いコーヒーを出すこと。貴様達、担架部隊は携帯用の祭壇を分解する、
それから、従軍司祭、あんたは白い着物と、十字架と、聖杯と、聖体入れを、手荷物の中に。
(中尉は肩帯をかける)手袋!
(兵士の一人が左手から登場。グレーの手袋を手渡す)白の。
(兵士はいったん姿を消すが、白い手袋を持って登場、敬礼して退場。中尉は手袋をはめる)
精一杯にだ。これ以上はとてもいかんという所まで興奮、熱中するのだ。興奮して……かつ固いやつだ!
貴様達の愛のベッドは戦場である……戦場の場合も、恋愛と同じだ!
戦いに臨んでは、身を飾る!……諸君のもつありとあらゆる飾りを用いてである。
(左手のほうをじっと見て)……貴様達の親元に、金の腕時計やメダルの、血のこびりついたやつを、
いや精液もついていたほうがいい、送り届けてもらうのだ。俺の望みはな、プレストン!……ピストルを……俺の望みは、
貴様達の帽子のつばが、俺の長靴よりも光り、マニキュアをした爪よりも艶を出すことだ。
(プレストンと呼ばれた兵士が登場、さっきの兵士とは別。ピストルの
入ったケースを中尉に差し出し、退場。中尉は話し続けながら、それをベルトにつける)
……貴様達のボタンも、バックルも、ホックも、何もかも、俺の拍車と同じく、光っていること。
戦は恋だ、貴様達の上着の裏地に、縫いつけておいてもらいたい……女のヌードを、
貴様達の首の周りには細い金の鎖が、金メッキでも構わん
……髪の毛には艶やかなヘアクリームを、尻の毛にはリボンを
---勿論生えていればの話だ。いや、何を言うか、兵士たるもの、すべからく毛深い男たるべし!---
そして、素晴らしい美貌の……プレストン!……双眼鏡。
中尉はその革紐を首にかけ、それからケースを開き、双眼鏡で周囲を観察し、
それをケースにしまう)
毛深く……素晴らしい美貌の青年だ! いいな、忘れてはならんぞ。
優れた兵とは、勿論勇敢な兵には違いないが、何よりもまず、美貌の兵でなければならん。
したがって両方の肩は完璧な形をしていること、必要とあらばパットでも入れて非の打ち所のない肩にするのだ。
首筋にはたくましい筋肉。首の筋肉の体操をすること、即ち、ひねる、いきむ、息を抜く、ねじる、吊るす、握る、
いっぱいにしごく、はちきれるまで……腿は太く、かつ、堅いこと。見せ掛けでもよい。
膝の高さ、ズボンの中に……プレストン!……長靴!……
(プレストン登場。上官の前にひざまずいて、長靴を磨く)
……ズボンの中に、砂袋を入れて、膝を膨らませればよい、
とにかく、神々のように見えることだ! 貴様達の鉄砲も……
声 なんだ、なんだ! 神々のズボンの中に砂袋だと!
ズボンに屑をつめた神様か、ええ、聞いたかよ、お前ら。
(軍曹が現れ、中尉に敬礼する。
彼の上着のボタンは外れっぱなしだが、彼は一向に気にかけない。
そのズボンの前も半ば開いている)
中尉 (そのまま続けて)貴様達の鉄砲も、ワックスで、やすりで、艶出しで磨き、
その銃剣は至高の宝、王冠の花、銃剣こそ、その非常なるはがね、より冷酷だ、軍曹の目よりも・・・・・・
軍曹 (気を付けをして)はっ、隊長。
そして恋だ。俺は望む、戦争とは疾風怒濤の乱痴騒ぎたるべし。
勝ち誇って目を覚ますのだ。俺の靴をもっとよく磨け。
貴様達はわが国の恐るべき槍、自分から交わることを夢見ている槍なのだ。
ぴかぴかになるまで磨け、プレストン!
俺は望む! 太陽の下での戦争と恋を!
そうだ、はらわたを太陽にさらすのだ。
了解?
軍曹 了解。
中尉 分かったな?
声 (どこかから)分かりました。
中尉 我々は夜陰に乗じて接近する、しかし、中に入るのは夜明けを待って、太陽の光が輝いたときだ。
血が流れるだろう……貴様達の血か、敵の血か。どちらでもよい。貴様達は流れる液体に心動かされるはずだ、
どこから出ようと、出所の泉が何であろうともな……ワルター、貴様はどうだ?
ワルターの声 (どこかから)両手両足を切断されて、俺の血が四本の噴水になって吹き上がり、
俺の大きく開けた口の中にふってきたら……
(このとき、レイラとサイッドと看守のかすかないびきが聞こえる)
中尉 よし、エルナンデス、貴様は?
エルナンデスの声 いや、俺のじゃない、俺が引き裂いてやる腹からだ、
血が物凄い勢いで噴出してくる!
ブランディネスキ 血です、まさに、隊長。俺の血だ。あんたの血だ。敵の血か。石の血か。とにかく、血です。
中尉 用意はいいか?
(ブランケンゼー家)
声 準備完了。
中尉 罵りの言葉はどうだ? 我々がまだ遠い所にいる間は、貴様達の最も野蛮な罵りの叫びを、思い切り響かせるがいい。
(軍曹に)軍曹! 貴様の部下は、外人部隊特有の罵りの言葉を、せいぜい研ぎ澄ましていると思うが、どうだ?
男はすべからく、叙情的、かつ現実的、かつ恋する若者であってもらいたい。(突然、静かで優しい口調で)
しかし諸君、この丘の彼方、諸君がぶち殺しに行くのは人間であって鼠ではないのだよ。ところで、アラブのやつらは鼠である。
白兵戦の際、一瞬でいい、奴らをしかと見つめることだ---勿論、奴らがその余裕を与えてくれたらの話だ---
それによって、奴らの内に潜む人間らしさを、とっさに見出すのだ。それができなければ、諸君は鼠を殺すにすぎん。
諸君のする戦争も恋愛も相手はただの鼠という理屈だ。(憂鬱に、ほとんど意気阻喪したかのように)了解?
軍曹 (タバコの箱を取り出して)
(彼はタバコを一本取り落とす。中尉がそれを拾って軍曹に渡す。
一言も口をきかずに、軍曹はそれを口にくわえる)
了解。
軍曹 (プレストンが中尉の長靴を磨いている間に、中尉は双眼鏡であたりを見回す。
軍曹は、落ち着いて、ズボンと上着のボタンをはめる)分かりました。
レイラ (目を覚まして)あんたのほうで用心しなくちゃ。ずるくやらなくちゃ。
サイッド (目を覚まして)だが、逃げ道を教えてくれるのはお前の役目だろう。
逃げ道、神様がふさいじまう前に。全くお前は役立たずだな。
レイラ (皮肉に)了解?
サイッド 了解。
レイラ (同じ口調)分かった?
サイッド 分かった。
レイラ あんたに恥をかかせるのを別にすればね。
そのくせ、私が、あんたと監獄で一緒になるためにしなくちゃならないことをするのは
ちっとも不自然じゃないと思うのね?
サイッド (苛立って)不自然なことがあるものか。
俺の恥が、俺の影のように、俺の横を、後ろを、一緒に歩いて輝くのは当たり前だ。
(間)なあ、どうしてお前、あんな小さな裏の道を通ったんだ、国道を通らないでよ?
国道を通れば、人には見られるが、誰も気がつきはしない。
裏の道を通れば、お前が盗みを働いたことはすぐ嗅ぎつけられちまう、
そうだろうが、いかにも泥棒をいたしましたって臭いなんだから。
レイラ あんたの言い分は正しいけれど、いつも手遅れよ。私と結婚したのも、私がみっともない女になった後だもの。
(間)あんたの方だって、それじゃ、どうして乾物屋のレジにあったお金、盗まなかったのよ?
おかみさんが、石鹸を全部売ったお金があったのに……
タピオカの包みを勘定している。手伝ってやんなきゃならなかった。
レイラ (大げさに同情して)でもあんた、数の勘定なんかできないのに。可哀想なサイッド。
サイッド 俺は読み書きはできない、勘定はできる。
(間)
レイラ 私が怒りっぽくて、意地悪なのは……(間)ねえ、サイッド……
サイッド 畜生。
レイラ ねえ、サイッド……今じゃ、私、ちゃんと乞食ができるよ。
サイッド (感心して)乞食が? やっと今夜になって、それを言うのか?
看守 (目を覚まし、立ち上がり、太い下品な声で)……相も変わらずおしゃべりか、二人でがあがあ、
お前らのおかげで、わしゃ毎晩ひどい目にあう。看守長は、それでもお前らを端と端に分けて入れたんだ。
ひそひそ他愛もないことを言うに決まってるからな。案の定、お前らのお喋りは、あっちからこっち、こっちからあっち、
わしの耳を通り抜け、藁の上に寝ている泥棒や淫売屋のおかみさんの耳を通り抜けて、行ったり来たり。
たまには、夜にも休ませてやれや。夜の方にしたって、ちったあ静かな時が欲しいだろうに。
回教徒のこの国の隅から隅まで、どこでもそうだ。暗闇の中でひそひそ話す、枝がピシッと折れる、ライターが音を立てる、
オリーヴの木に突然火がつく、きな臭い匂いを残してうろつく連中、叛乱……お前ら二人は、その中で、ぼろをまとってさ
……二人ともいつになったらやめる気だ……その歌……
(眠り込む)
ただ一つの光り、それを、お前の腐った歯、汚らしい目、くすんだ肌が俺に持ってきてくれる。
お前のその途方もない目、見当もつかない目、片方はリオ・デ・ジャネイロに向いているのに、
もう片方は茶碗の底に沈んでいく。これがまさにお前ってやつさ。
それからお前のくすんだ肌、小学校の教師が首に巻いていそうな、古ぼけたマフラー、お前だよ、まさに。
俺の目はそこに釘付けになって……
レイラ (優しく)あんたの思い出も釘付けになってる、あんたが私のことを根掘り葉掘り聞き出すと、
親父さんがだんだん安い値段にまけていった時に、そうでしょう?
あんたはほっとしたわ。だって一文無しだったんだもの。
野菜の屑でももらうように、あんたは私を手に入れた……
サイッド (ふさぎこんで)お前の親父も、俺も、すぐに、一番安い値段に落ち着いちまった。
レイラ それでも私だって、ずいぶん一生懸命になって、あんたの言い値の所まで下りるようにして来たのよ、
しかも茶碗に入れた牛乳みたいに綺麗な物の底に沈んだわけじゃないわ。
今は、一人っきりであんたの言う所へ降りていく。そうよ、スカートを捕まえててくれなければもう間に合わないかもしれない。
サイッド 一体まだお前の中に、他人がお辞儀をするようなものが残っているのか? もしあるって言うなら……
レイラ 勿論あるわ、でもそれにお辞儀をする人は……よっぽど肝のすわった人。
(間)
私のこと、一度もぶったことなかった?
サイッド 毎晩、毎晩、俺はその練習ばかりしている。ここから出たら、必ずお見舞いするからな。
(沈黙。人の声が聞こえる)
そうとも。もう一度やるんだったら、鎌で背中をやっつけるようなことはしない。
俺は正面から近付いてやる、にこやかに笑いながらな、
そうして、あの女の好きな、造花を渡すんだ。紫色のビニールでできたあやめの花だ。尾の女が礼を言う。
映画に出てくる金髪の姉ちゃんだって、俺がそこで言うような馬鹿げた台詞は聞いたことがあるまい。
しかも甘ったれた笑顔でそれを言うんだぜ。とにかく俺の……
レイラ (感にたえて)あれは誰?
看守 (ぶつくさと)死刑囚だ。お前のおふくろを殺した奴さ。
声 ……俺の長口上が終わり、あの女がバラの匂いを嗅いでそいつを髪の毛にさす。その時初めて、俺はあの女の……
(次第に声は興奮し、台詞の最後の方では、詠唱のように、歌のようになる)お上品に腹を開けてやる。
いとも上品に、そのスカートのカーテンを持ち上げ、はらわたが流れ出すのをとっくり見てやる。
俺の目は、指が宝石をもてあそぶようにそいつをもてあそんでやる。
そしてその喜びを、俺の目は、おふくろの錯乱したまなざしに向かって、しつこく語ってやろう!
(沈黙)
サイッド (憂鬱になって)あいつは歌を歌える所まで来ているんだ。
看守 (乱暴に)歌を歌わなきゃならん所までだ。お前みたいな、小者は黙っとれ!
(沈黙)
(ハーモニカが何かのメロディーを吹くのが聴こえるレイラとサイッドは目を瞑る。看守はいびきをかく。
明かりがつく。ブランケンゼー氏の家の居間。ブランケンゼー夫人は窓の方に立っている。
彼女は手にピストルを持ち、自分の前方を狙っている。ブランケンゼー氏は、部屋の中で何かを探している。
夫人は紫色の部屋儀を着ている)
ブランケンゼー夫人 (言葉を遮って)お消しなさい。
(明かりが消える。二人は薄暗がりの中で探す)
ブランケンゼー夫人 (ひそひそと)「ド♯」の鈴よ。
ブランケンゼー氏 (同じ芝居)誰かさわったんだ。ジョフル元帥夫人に……
ブランケンゼー夫人 場所はどこです?
ブランケンゼー氏 入り口のそばだ、ユーカリの木の下に当たる……(間)野兎が揺らしたのかもしれん
……(長い間)いや、心配することはないよ。バラ園にはいたる所に罠が仕掛けてある。
わし自身、通路という通路に狼用の罠を張っておいた。(歯軋りをして)お前の歯がバラを噛むのと同じだよ。
わしの罠の鋼鉄の歯は---いいかね、茂みと通路を合わせて五十近くは罠を仕掛けてある---
お前もそうは思わんかね、この鋼鉄の顎は、これ以上とても待ちきれんのじゃなかろうか。
そろそろ、がっぷりと噛みつかなきゃ収まらんよ。
ブランケンゼー夫人 (感動して)まあ、あなたったら。
ブランケンゼー氏 怖いのかね!
ブランケンゼー夫人 あなたがついていますもの。(間)今朝、アラブ人達の町で、何か騒ぎでも起こしそうな動きがありまして?
ブランケンゼー氏 全ては動いているよ。あまりにも平静であるために、全てが恐ろしいスピードで動いているとさえ言えそうだ。
ブランケンゼー夫人 私達を怖がらせようっていうんですわ。
ブランケンゼー氏 さもなければ、奴らが怖がっているのか……
ブランケンゼー夫人 同じことじゃありませんか……何かが動いているわ……
奴が、わめくまいとして歯を食いしばっているかどうか、いやそれに、
なぜ、鋼鉄の歯が一つ一つわめき立てんのか……(何かを探している様子)どこに一体……
ブランケンゼー夫人 ええ? あなたのクッション? 今朝、部屋の掃除をする時に、女中に見つかってしまいましたよ。
直すのに、持って行ってしまいましたわ。
ブランケンゼー氏 (がっくりきて)見つかったと!……持っていった!……直すためだと!……
ブランケンゼー夫人 お忘れになったのがいけないんですわ。あなたの責任よ。
ここの所、あなたったら、あれをするのを忘れて引きずって歩いているんですもの。
気の緩みよ、こともあろうに今みたいな時に……
ブランケンゼー氏 で……女中は、気がついたようかい?
ブランケンゼー夫人 あの連中、ますます狡賢くなっていますからね。
私はあの娘に話し掛けて知っていることを聞き出そうとしたの。
ずっと後をつけてね。植え込みの後ろを歩いていくから、先回りしてやろうと思って。
近付いていきましたわ、何食わぬ顔で。そうしたら……誰にぶつかったと思う?
ブランケンゼー夫人 兵隊のアルトマンですよ。
ブランケンゼー氏 何の用があったんだ、あの男?
ブランケンゼー夫人 なんだか口の中でもそもそ、馬鹿みたいに、いつもと同じで、逃げちまいましたわ。
(ブランケンゼー氏は肩をすぼめる)
……お出かけになる?
一体わしは、バラたちの中にいてどんな風に見えているんだろう?
あれたちがわしを見るときはいつでもわしは……
ブランケンゼー夫人 夜ですわ。
ブランケンゼー氏 なおいかん。わしのクッションは、わしの威厳の重要な部分をなしている。
わしの長靴も同じだ。長靴がなかったら、わしに匂いを嗅いでもらうために、バラはどんな香りを放ったらいいのだ。
それにもし万一、罠に掛かった獲物がいて、今にも死にそうな有様だとしたら……
ブランケンゼー夫人 (同情的に)分かってますわ、あなた。私がかつらをかぶっていないようなものですわ。でも、夜なんですから……
(甘えて)私の所へおいでになる時と同じような格好で、バラたちの所へいらしたら、パンツ一丁で……。
ブランケンゼー氏 (興奮して、彼女にキスしながら)
敵は私の周りにいる。わしはもはやクッションを身に付けてはおらん。
尻にも腹にもな……全てがわしらを裏切る、だが、お前がこうしていてくれるから……
ブランケンゼー夫人 (同じように興奮して)愛するあなた。裏切りも昔とは違いますわ。昔は、ひいおばあさんがよく話してくれましたけど、
結婚式の前の晩に、許婚同士が関係を結んでしまったんですって。
男が女を引き裂いて、女の白い衣装の下に、上からは見えない赤いしみが、愛が神様よりも強いことを証明していた。
勿論、神様を信じていなくてはなりませんわ。そして、裏切るのよ。
神聖な朝、女は見違えるように美しく、オレンジの花の冠を頂いて。
看守 (眠りながら)生涯を罪の上でか!
ブランケンゼー夫人 愛の生涯が罪の上に築かれるのよ、そうひいおばあさんが説明してくれたわ。
愛が裏切りで始まるってことはずうっと続いていたんですよ。
ちょうど、今でも守られている秩序の密かな傷口のようなものですわ。
ブランケンゼー夫人 (取り乱して)静かに!……連中がいますわ……
ブランケンゼー氏 (少しも騒がずに)つまり、わしがお前を処女のまま娶り、処女のまま祭壇へ連れて行った、
そのために全てが終わりになってしまったと言いたいのか?
ブランケンゼー夫人 (ひきつけを起こした後のようになって)
愛しいあなた、何もかも終わりよ……
(ブランケンゼー夫人が、興奮のあまり、ピストルを発射する。
明かりが消える)
レイラ (のど声で、通りで野次馬に呼びかけるような喋り方で)
誰だい……誰だい? 骨抜きの、骨の外れたサイッドをまだ見てないなんていう人は?
こいつは血を泡をふき、鼻水も血みどろ、体の穴っていう穴から垂れっぱなしだ。
まだ見てない人はどこのどなた?
サイッド (同じ調子)あっしのかみさんが逃げ出す所を見てないってのはどこのどなただ---さあさあ、見てったり見てったり---
逃げると言っても石の下から逃げるんじゃない、何に隠れて逃げるか当ててごらん、雨あられとふる拳固の下を……
レイラ (台詞を言うたびに、相手より大きな声で怒鳴ろうとする)
あたいの亭主が背広の周りで……
サイッド 一目散に、頭を下げて、こうがに股で……
レイラ きょろきょろとうろついて、草の茂みを四つんばいでやってくる、その腹ん中に何もかも掻っ攫ってこようと……
鳩の糞を頭からかぶって、素っ裸でよ、日が昇れば素晴らしい……
レイラ ……なんとも用心深く、すばしっこい、ねぎの畑じゃあるまいか、
それくらいまで青くって、干上がった土みたいに灰色で……
サイッド ……太陽のほうでも、この女、一人でいった方がましとばかり、おいでなさるかわりに逃げちまったよ!
(遠くで機関銃の音)確かなことは、ここにいりゃ邪魔もされず、レイラと喚きあうには都合がいいってことだ。
(彼の言葉は声によって中断される)
声 奥様、こいつは私の自由のためでしてね、
私は、奥様のお腹だけは好きだった、
そこは九ヶ月というもの、この私がバラ色の形を取っていた場所だし、
そのバラ色の魂を、あんたの子宮のバラの花が、皿に肉だんごでも落とすみたいに、
タイルの上に産み落とした。因縁浅からぬ場所ですからね。
今日、俺は、あんたのあまりにも熱すぎる腹から永久に自分を解き放ってやる! あんたの腹を冷たくしてやるのさ!
明日の日の暮れ、一番星が輝く頃に、俺は絞首刑になる。
だが、絞首刑にされる男は、カモシカのように敏捷で、カモシカのように目にもとまらない。
(詠唱する)俺は戦争を知り、戦争のときには、神聖な敗北を知った!
撃て! 殺せ! 光には影が必要なのだ!
サイッド 乞食女は……
レイラ すごい臭い。それが手だもの。お金を使って、悪口を浴びせて、人は逃げていく。
(ちょっとした間)
サイッド お前も乞食をするんだな!
(長い間)
恋人たちよ、黙りなさい。そして、おやすみなさい。
(外人部隊はレイラとサイッドが話している間に、身支度をしていた。
彼らは雑嚢の蓋をしたり、薬包をそろえたりしている。
突然前と同じように、口でまねをしたようなトランペットの音が鳴り渡る。
全員、気を付けをする。彼らは架空の国旗に向かって敬礼をし、それからカーブを描いた後、
非常に遠い地に出発するように、重い足取りで退場する。軍曹はまだボタンをはめ終わらず、一人残る。
椅子の上で、刑務所の看守が体を動かす。サイッドとレイラは眠っている)
看守 (トランペットが鳴り終わったとき、挙手の礼をして)はっ、大佐殿!
(それからようやく目が覚めた様子で、荒い鼻息し、怒鳴る)
また貴様だな、おもちゃのトランペットを吹いたのは、明日の朝、夜が明けんうちに、
看守部屋に引き出してやるからな。
(あくびをし、また腰を下ろして、うとうとしだす。独り言のように)
了解? 了解……分かったな? 分かりました……
(看守は眠る。軍曹は、ズボンのボタンをはめ終わり、それから上着のボタンも全部はめている。
中尉が彼に近付き、一瞬、黙って彼を見つめる)
中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。奴らをやっつけるためにはな。
カスパの裏で待っているぞ。
軍曹 (無気力な声で)用意はいいすよ。
中尉 (軍曹をじっと見つめて)そうだろうと思う。お前の目、ゲルマン人のよりも遥かに冷たい目だ。そして、時には憂愁の影に満ちた……
軍曹 私の目をそんなによくご覧になるので?
中尉 隊長としての仕事だ。私は貴様を観察している……帽子が目の上にかぶさっていない時はな。
下着も何もかも脱いで、裸のままで真っ白なシーツの中にもぐりこむ……(間)
背の高い少女が洗濯物を干しに駆けてくる、その女は走って……
中尉 (厳しく)貴様の目は氷の目だ。貴様は生まれながらの兵士なのだ。
軍曹 (自分の持ち物に手をかけて、それをかつぐ)
走っていく背の高い少女、そうですよ、だが、私が追いつくことはない、それほどすごいスピードでその娘は走る、
今にも追いつきそうになるのに……
中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。その女もだ、洗濯物を干しに駆けてきたその少女もだ、
そこを通り越すと、その女も盛りを過ぎたということになる。その歩き方はいささか重くなり、着物の下で息をついているのが見えるのだ。
貴様がその女を女房にするかもしれん。用意はできているか?……奴らは手榴弾で攻撃してくる。
カスパと墓地の間に何とか追い詰めねばならん。貴様は生まれながらの兵士だ。その証拠は、貴様の軍帽のつばだ。
いつでも深くかぶっていて、目が……こちらからは見えん。
(長く高い城壁、城壁は白く、銃眼がついている。
城壁の根元に、らくだの巨大な影が落ちている。国旗が頂上にある。
十人ばかりのアラブ人、服はヨーロッパ風だったり東洋風だったりするが、
いずれにせよ色とりどりの服を着ている。
ぎらぎらと輝く光---城壁の上にも群集の上にも)
さあ、みんな静かに。人様に見られても恥ずかしくない態度を取ること。
子供達はいてはいかん。家へ返しなさい。
一人のアラブ人 シェイク、女たちも帰したほうがいい。
カディッヂャ (死人のために泣きに行くことを、おふくろに禁じていたかの老女である)
女たちがいなかったら、お前なんぞどうなっていたね。
お前の親父のズボンについた精液(ザーメン)のしみさ、
蝿が三匹、ぺろぺろっとなめて、一巻の終わりだろうよ。
名士 帰ってもらおう、カディッヂャ。今日はまずい。
カディッヂャ 今日だからもってこいなんじゃないか。奴らは私らを罪人呼ばわり、脅迫している。
ところがお前さん方の考えることときたら、ただ用心、用心、そればっかしだ。
そうとも、おとなしく言うことをきくのさ。身分相応ってんだ。言いなり放題。
生娘、白いパン、おいしいうどん、絹のヴェール、軽いタバコ、優しいキス、
優しい舌とくらあ。赤い長靴には可愛い埃がついてますよ。
名士 カディッヂャ、全ての人の安全を考えて言っているんだ。帰んなさい。
カディッヂャ いいや、私は帰んないよ! そうとも、帰ってたまるもんか!
(足で地面を踏み鳴らし)ここは私の国だ。ここはね、私のベッドだ。
ここで十四回、私は男にやられてね、十四人のアラブ人を産み落としたんだ。
そうともさ、帰りませんよ。
(しかし、この時、村長が黙ったまま登場する。絹と金のヴェールと服。彼は銃眼の前でお辞儀をする。
人々はカディッヂャを連れて行こうとするが、その時、何かのメロディーが高らかに響く。
カディッヂャは、あなたの方を向いて叫ぼうとするが、一人の男が自分の拳を彼女の口の中に押し込む。
次の場の終わりまで、彼女は拳をくわえたままでいる。アラブ人達はじっと動かない。沈黙。
背景のてっぺんから上半身だけはみだして、次の人物が現れる。
アカデミー会員
兵士
巻きタバコ用のパイプを手にしたヴァンプ
カメラマンを兼ねたルポタージュ記者
士官
未亡人(ブランケンゼー夫人)
裁判官
銀行家
聖なる少女
将軍。
全員、手摺に寄りかかるように肘をついたり、遠くを眺めたりしている。
アラブ人たちは黙っている。以下の台詞は非常に早いスピードで交わされる)
カメラマン (ヴァンプに)イヴニングを着て城壁の上に立ったら、素晴らしいですよ!
(優雅にしなをつくりながら、ヴァンプは投げやりに毛皮のマフラーを取り、タバコをふかす)
ヴァンプ (笑いながら)砂漠って本当に熱いと思います? 私、がたがた震えるんじゃないかって気がします。
怖いからじゃありません。その心配はご無用。熱いって、本当に熱いの? 誰に断言できるの?
アカデミー会員 歴史の本の上にあなたの綺麗な指を這わせて御覧なさい。やけどをするでしょうな。それは言葉が火のような文字で書かれているからです。
……氷の文字でと言ってもいい。氷もまた焼くように素晴らしいもの……或いはまた、硫酸の字でもある、これもまた焼きますから……
叛乱って言うけど、大したことはなさそうじゃないですか? 民衆が立ち上がったって……
兵士 私のパンツの中で……
アカデミー会員 (言葉を遮って)ローマだ。諸君がいなければ、道路は存在せん。道路がなければ、郵便配達の連中もおらん。
配達人がおらんとなれば、絵葉書もないのは道理である。(間)
ところが、彼らは相変わらずわけのわからん近道を通ることを止めんのだ。
カメラマン ……ベドウィン族のタム・タムですな……
アカデミー会員 ローマだ。諸君はこの偉大な叙事詩におけるローマ人なのだ。
(ヴァンプに)彼らはこの現代におけるローマ人です。しかし歴史は決して同じページを繰り返し語ることはない。
どうです? 将軍……
将軍 援軍を確保するためにしなければならないことはやってあります。大衆は我々に好意的だ。少なくとも大衆の半分はな。
あとの半分は我々に敵意を抱いているからして、我々としては両方に警戒を怠らんようにせねばならんのです。
アカデミー会員 信頼と警戒心とは勝利の二つの乳房である。(兵士に)そうでしょう、君。
兵士 自分が信じているのは隊長だけであります……(沈黙)自分は甘い言葉で丸め込まれるようなことは断じてありません……(沈黙)
とにかく、隊長は隊長であります。自分は隊長を尊敬し……
ヴァンプ 時々こういう風に書くでしょう。「不気味に鳴動する叛乱」って……なぜかしらね……だって全然静かじゃない……
砂漠ってものは、叛乱を起こす奴と兵隊がいなかったらしまらない。俺達のこの一分の隙もない彫刻のように逞しい面構え、
そいつを引き剥がそうなんていう奴がいるのかね。冗談じゃないぜ。行動するってことだけが目的で、
行動に命をまかせ、必要とありゃ勝つことに、お望みなら死ぬことに、まっしぐらに進めるようになるのは並大抵のことじゃない。
ところがそれでも面の皮が緩んでるたあどういうことだ!……(沈黙)たるんでますね。言うまでもない。まだ肉も場所によってはたるんでる。
……(沈黙、それから断固たる口調)骨になってなきゃ駄目だ!
ヴァンプ ねえ、ねえ!
銀行家 砂漠ってものは、ただ広いばかりじゃない、厚みがあるんだ。
アカデミー会員 砂漠か! まさにぴったりの言葉だ!
将軍 (片手を伸ばして)我らの征服を、我等の名声を、さらにさらに南に伸ばすためだ。
さらにその南にかけて、われらがサハラ領へと。
それはいつの日か、我らの実り豊かなボース平野となるだろう。
アカデミー会員 そして大聖堂が遥かの地平にも姿を現す。
かのステンド・グラスのきらめきがここからでも見えるようだ。
そしてまた、回教徒の青年達の巡礼の列が、
ぺギーの詩を原文で高らかに読みながら進む。
(突然目を輝かせて)ああ、将軍、十五から十七くらいの回教徒の少年は素晴らしい!
(舌を鳴らしながら舌なめずりをする)
三ヶ月もするとそいつの気持ちが分かりだす。挙句の果てに、そいつのけしからん要求をすっかり承知しちまうって順序で。
要するに自分の民族の裏切り者になる。(間)万事、こういうふうに始まったのであります。
(気まずい沈黙、それからかすかなざわめき。全員、低い声で何事か話し合い、どっと笑う)
カメラマン 凄い凄い! 凄い写真だ! 蝿ですよ、蝿! 東洋名物の蝿ってやつだ、丸々と太ってでっかくて、こっちの気が遠くなりそうな奴。
死人の周りは勿論、ガキどもの目のふちにまで群がっている。写真までぶんぶん音がするくらいだ、全く。
ヴァンプ むかむかしてきたわ。
銀行家 遠慮はいりません。さあおもいきりげろをお吐きなさい。それを頂こうっていう奴もいるかもしれません。
(全員、どっと笑う)
兵士 いたる所に、戦友の屍骸が埋まっている。砂の中にだ、彫刻のような美しい目、目はあらぬ方を睨み、口は歪んでいる。砂の中にいるのだ!
将軍 我々の一人一人が、各人の責任をとらねばならない。
軍隊はその責務を果たすでしょう。司令部の発表は素晴らしいものだ。
非の打ち所のない文法で書かれていた。簡潔で、力強く、断固としており、心を鎮める……
(沈黙)
聖なる少女 私にも言いたいことがあるんです。私はこの白いお布施袋にパンを一切れかくしてあるの。
砂漠の鳥たちにちぎってやるつもりです。可哀想なんですもの。
(突然、何者かがピストルを撃つ。聖なる少女は仰向けに倒れる。
背景の上にはみ出た人々は、呆然として顔を見合わせ、それから姿を消す。
下では、例のアラブ人が、カディッヂャの口から拳を引き抜く。
金ぴかの服を着た村長は、体を二つに折り曲げながら退場。
アラブ人たちは、カディッヂャを除き、恐怖にとらえられた様子で退場。
したがって舞台は空になる。暗闇。長い間。上の方に金ぴかの背景が登場。
ここには、巨大なマネキン人形が、二メートル五十センチほど、が立っている。
その人形は上から下まで、あらゆる種類の勲章で覆われている。そのそばに、三脚にのった望遠鏡。
一人の女が椅子の上に乗って、人形の肩に勲章をつける。
この椅子のそばに、一人の老年紳士が立っていて、
両手に三十から四十もの様々な勲章を止めたクッションを持っている)
男 耳はどうするかな?
女 (ぶっきらぼうに)耳に勲章はつけないといったらつけないの。
お尻や、袖や、腿や、お腹にはつけても……ブルーのを頂戴……いいえ、空色のブルーの方よ。
男 聖子羊ブルー・リボン勲章かい!
女 (ピンで留めながら)どうしていけないの? 私達のものじゃない。長い間、全権大使が独り占めにしていた、
それから、こんなのは馬鹿げてるってことになって……後で取り止めになったはずよ。
馬鹿にしたくっても、今じゃとてもそれだけ数が揃いやしない。その大きな勲章ちょうだい、左の内股へ止めてやろう。
女 (馬鹿にした口調で)弾丸? 弾丸どころか、棍棒でも当たれば、まだしも脈があるってものさ。
北極聖名十字章だっけ、それ、ちょうだい。教育功労賞の上に止めるから。
(言った通りにして、彼女は椅子から降りる)
さあ、後ろへ下がってごらん---ゆっくりよ---私と一緒に。ゆっくり拝見しましょう。
二人 (そろって、感嘆の叫びを発し)まあ!……本当に!……いやはやなんとも!……
見事としか言いようがない!
女 (装置の外へ数歩踏み出し、窓から外をのぞくようにして、呼ぶ)
ボヌーユさん!……ご主人、奥様!……いえ、おはようございます!
なんて素晴らしいお天気! すばらしいじゃございません! まあ、まあ!
そちらの窓も開けてくださいましな……まあ、後光がさしてるようですわ!
(夫に)ジョルジュ、見に来て御覧なさい。ボヌーユさんの所の……
何時からお初めになりまして? 一番鶏でお起きになった……
頭の毛にもつけるなんて、いい所にお気がつきましたこと……
男 (女と同様に乗り出して)それは何ですな、二つ、ふくらはぎにぶら下がってるのは、右のふくらはぎですよ。
……(間)ああ、そうですか。ちっとも知りませんでした。お宅もお持ちでしたか。
(間)大変嬉しいですよ。こちらとしても。じゃ、人が待っておりますんで。
(夫妻は家の中に戻った心持、二人は人形を滑らせながら、中央へ運ぶ)
男 あっちには素晴らしいのがあった。
女 (棘のある口調で)私の方だけだったら、家のだってもっと素敵になっているわ。
男 そうとばかりは言わせんよ。これだけのものを集めるには、私の先祖だって、大いに貢献しているんだからね。
(人形を指し示し)私がいなかったら、この半分しかありゃしない。私だって家の勲章を持ってきたんだからな。
女 あんたが持ってきたのは、あんたの家の勲章の半分だけじゃない。
あんたの弟が半分取っちまったもの。
男 そりゃそうさ。だがね、お前だって、自分のところの半分だけじゃないか。
妹と妹の亭主が、あとの半分取っちまった。
(ボヌーユ夫妻登場)
ボヌーユ夫妻 (声を合わせて)これはこれは、お見事な!
(二人は気取ってちょこちょこと前へ進み、それから後ろへ下がる)
本当に素晴らしい!
ボヌーユ氏 (一人で)とてもたとえようがありませんな!
そう、海ですかな。大海原の腹を切り開いて、その魚をことごとく集め、珊瑚という珊瑚を取る。これでも足りん!
ボヌーユ夫人 あるいは、目をこすりにこすって、まぶたの下に眠気の砂が出てくるほどに、それでもまだまだ!
女 でもお宅のだって!
女 見えますわ。ちょうど望遠鏡の中に映ってますもの。
(彼女は望遠鏡を示す)
ボヌーユ氏 ここからで、うまく見えますか?
女 (望遠鏡の前に座り込み)奥さんがとめてますわ……あとから、あとから……羽毛みたいに……むしってはとめ……
(望遠鏡から目を離さず、夫に)ジョルジュ、ボヌーユさんにコーヒーでも差し上げて。
キュジャックのも見えますわ。贋物をつけてるわ。まあ、蝶ネクタイまで。お宅でもよくお使いになりまして?
ボヌーユ夫人 ええ、でもうちでは夕方になってからの方がいいんですの、日ざしの加減で。
ボヌーユ氏 蝶ネクタイ! わが国もひどいことになったもんだ。
ボヌーユ夫人 さいわい、私ども上流階級には、ございますけれどもね。でも持ってない人たちはどうなんでしょう?
そりゃ確かに、誰だって何かしら持ってるでしょうけれど、でも本当に全然持っていない人だっているんじゃございません?
男 悲惨ですな。それですから、私は一番持っていない連中を家に招いて、月に一度、私の勝利の記念品を拝観させてやることにしておりましてね。
ボヌーユ夫人 私だってそりゃしてもいいですわ、ただ、うちのものはうちのものとはっきりしておきませんとね。
それにあの連中だって、国の祭日があるんですからそれで十分じゃないんですか。
旗が窓という窓に飾ってある、それも御用聞きの窓や空気抜きの窓まで、しかもありとあらゆる色の旗ですのよ。
昔は祭日には三色しか使わなかったっていう話ですけど。今じゃ、色の数なんて数え切れませんわね……
女 勲章の種類と同じですわ。おや、あの人たち、諦め大功労章をつけたわ……
ボヌーユ夫人 十字架サーベル勲功章は持っているようですか?
(甘い曲が聞こえてくる。何の曲かははっきりとは分からない。男、女、ボヌーユ夫妻はそのまま残る。
下では、城壁の前に、すでにアラブ人が登場している。村長は金ぴかに飾り立て、絹の服を着て、背を曲げている。
カディッヂャがそこにいる。ハロルド卿、登場。彼は息子の肩に腕を回す。息子は十六か十七である。
ハロルド卿は沈み込んでいるが、断固たる態度は変わっていない。名士が恭しく礼をする)
ハロルド卿 名高く不滅の言葉にある通り、お前らは臭い山犬だ。
(どっと笑う声。そして、銃眼の上に、聖なる少女を除いた最前の全ての人々が姿を現す。
カディッヂャは、そばにいたアラブ人の男の拳を捕まえて、有無を言わさず彼女自身の口の中に押し込む。そのアラブ人は拳を引っ込める)
カディッヂャ (ふるえて)私の口にその拳固を入れておくんだ、そうしないと今にも私は、喚きだすからね。
(慌てて、そのアラブ人は、拳を彼女の口に押し込む)
今日、全てが灰塵に帰した……(国旗が頂上から消える。そこにいた人物も同様に)
……深い悲しみと、沈黙、ただそれだけが残った。お前の妹は、神様を授かったその日に、死んだ、暗殺されたのだ。
しかし、お前は、事業の再建に協力してくれるな? (アラブ人たちに向き直り)
私が簡単に絶望するなどと思うな。一人の卑怯者を隠している卑怯な奴らを前にして、我々がたじろぐと思ったら、
我々に対する認識不足もはなはだしいというものだ。(アラブ人の村長に)返事は? ふるえているのか?
村長 さようで、ハロルド様、ふるえておりますので。
ハロルド卿 (息子に)ふるえることを教えたのは誰か、聞いてみろ。
(息子は明らかに躊躇している)勇気がないのか、お前には?
息子 そうとも、ふるえることを教えたのは誰だ?
村長 あなた様方の厳しい目と手前どもの奴隷根性でして。
ハロルド卿 よし。(アラブ人に)しかし、心配はいらん。何も痛い目にあわせようというのじゃない。
(周囲を見回して)ところでだ……女、子供の姿があまり見えんようだが
……ここにいてはいけないとでも考えたのか? 違うのか? それじゃ一体どこに……。
(事実、アラブ人たちは全て、男も女も公職者も、後ずさりで退場してしまった。
ハロルド卿は息子と二人取り残されて、頭にきたらしい。ハロルド卿は、なおも息子に話を続ける間に、日は暮れて、夜になる)
わが息子よ、守る対象がバラの花であれ、オレンジの木であれ、それらの根は、幾千人の男の、
汗とよだれと涙のことごとくをもって養わねばならん。迷うことはない。美しい一本の木は、一人の正直な男に勝る。
いや、一人の美丈夫にさえ勝るのだ。武器はもってるな? (ハロルド卿の息子はピストルを取り出して、見せる)
よし。海の向こうには、常に祖国が存在しており……
……そうとも、お前さん方の力なんぞ、私らの憎しみには、手も足も出ない……
(例のアラブ人がやってきて、拳をカディッヂャの口の中に押し込む)
ハロルド卿 (カディッヂャに)何が言いたいのだ? 日は暮れたし……
アラブ人 お聞きにならないでください、気がふれてるんで……
カディッヂャ ……灰塵に帰した、悲しみ、沈黙、そうしてお前の妹は……
(ピストルの音、彼女はアラブ人に支えられたまま倒れる。ピストルを撃ったのはハロルド卿の息子である。
彼は悠然とピストルをバンドに差し込む。二人の男は後ずさりで退場。沈黙)
アラブ人 (あなたに)死にました。
(数秒、暗闇。それから明かりが入るが、非常にかすかな明かりだ。
カディッヂャがただ一人、火を灯した一本の蝋燭を手に、背景に寄りかかるように立っている)
それなら二人でやろう、死神よ! サイッド、レイラ、愛しいお前達。お前達もまた、日が暮れると、一日の不幸を互いに語り合う。
お前達にはよく分かっていたはず、もはや悪いことの中にしか、希望はありえないと言うことが。
悪よ、讃うべき悪よ、一切合財がおじゃんになった後に我々の手に残されたお前、奇跡とも言うべき悪よ、今こそ我々を助けるのだ。
私の願いだ、立ったまま私は祈る、悪よ、なにとぞわが国民に豊かな命を与えたまえ。彼らも、怠けさせてはおくまいぞ。
(威厳のある声で叫ぶ)カドゥール! (三秒後に一人のアラブ人が現れる。彼は右手の方から出てきて、前へ進む。カディッヂャに近付く)
悪が勝つために、お前は何をした?
カドゥール (こもっているが、自信たっぷりの声で)まだ口は熱いぜ---手を乗せてみろ---見てくれ。二丁とも俺が拾ったピストルだ。
カディッヂャ (ぶっきらぼうに)そこに置きな……筒から煙が出ている……恐ろしい、しかも道化た目つきだ……
(カドゥールは、木炭で、さっとピストルの絵を背景に描く。それから左手のほうへ行ってそこに立つ)
カディッヂャ (前と同じ厳しい声で)ムバレク! (ムバレク登場)お前は?
ムバレク お昼の鐘を合図に、奴らの牝牛を三頭、腹を割いてやった。
全部子持ちさ。これが角だ。
(背景に角を書き、左隅に行く)
カディッヂャ 全て、音をさせないようにおやり、奴らは耳を澄ましているんだから。ラフシーヌ!
(前二者と同じように、ラフシーヌ、右手より登場。
次の台詞からは、全員、荒々しいが、押し殺したような口調で飲み喋る)
(背景に血のしみを赤く描いて、退場。いまや、アラブ人達はいっそう急テンポで登場してくる。
彼らは一刻も早く出番になるのを、右手の奥で待ち構えている)
カディッヂャ (厳しく)そんなのはお前が、その娘が、楽しんだだけだ。我々の役に立つ犯罪の方は?
ラフシーヌ (大声で)俺の後にあの娘とやる奴はな、組みしかれた下から空に浮かんでるオレンジ色を見ていたあの目、
あの目を二度と見ることはできないのさ。
カディッヂャ (笑いながら)いいから、ズボンのボタンをはめな。(彼女は呼ぶ)ナスール。
ナスール 手前らなんぞくたばっちまえって喚いてやった、おれの凄い声で、見渡す限りの天幕という天幕はふるえたほどさ。これが俺の喚いた声だ!
(彼は絶叫している口を描く。その口からは稲妻がほとばしり出てる。そして左手に退く)
カディッヂャ ムハメッド!
ムハメッド おいらは心臓をえぐり出した……
カディッヂャ そこに置きな! (彼は心臓を描いて退場)ムハメッド! この心臓、生きが悪いよ!
ムハメッド (背景に近付き、心臓の周りに渦巻きをいくつか書き加えて)まだ湯気を立ててるさ、カディッヂャ。
カディッヂャ ありがとよ。(呼ぶ)ラルビ!
ラルビ 腹を開いたよ臓物を見ようと思ってね……まだほかほかしてら。
(彼は同じく湯気の立っている贓物を描く)
カディッヂャ (顔をしかめて)この臭いは願い下げだね。
カディッヂャ 置いていきな。
(彼女は「ムスタファ!」と呼ぶがラルビが、彼女の言葉を遮って、歌うようにして喋り続ける)
ラルビ ブルー! ピンク! グリーン! ブルーにピンクにグリーン!---それに濃い赤---
畑を回っていたお巡りの腹を裂いてやったとき、おいらは初めて本当に色って物が存在するんだってことが分かった。
あいつの贓物と糞、その一つ一つが熱かった、その色が俺の鼻に入ってくる、頬を、まぶたの縁を熱くした……その色ってやつが。
カディッヂャ (命令的に)もう沢山だ……歌でも作って街頭で歌うがいい。ムスタファ!
(ラルビは去る)
ムスタファ (前へ出て)お嬢さん方の青い目を……
(彼は数珠繋ぎにした六つの青い目を書く)
カディッヂャ アリ! (アリは静かに登場し、大尉の帽子をかぶったグロテスクな首を描く)
カデール! (カデール登場、切断した二本の手を描いて退場)
クイデール!
(クイデール)
クイデール おいらは怖かったんだ。だから逃げちゃった。
カディッヂャ (力強く)ありがとよ。お前の怖かった所をお書き。(彼は逃げ出していくらしい二本の足を描く)
お前のふくらはぎに糞が流れていたんなら、それも忘れんじゃないよ。(呼ぶ)アムール!
(アムール登場)
カディッヂャ 札束を置いていきな。(札束を描いて左手の所に行き、他の連中と一緒になる)
アトラッシュ! (アトラッシュ登場)お前のしたことは?
アトラッシュ 畑をダイナマイトでやっつけた。
カディッヂャ そこに置きな。(彼は樹の枝を一本書いて左手に行く)
アズーズ! (アズーズ、登場)お前のしたことは?
アズーズ お天道様---お天道様か---消防夫の鉄兜か、どっちを消さなきゃいけないんだ?
沈もうとしていたお天道様があまり凄い光だったもんで、お天道様の影で目がくらんじまって、おいらはすっかり憂鬱になっちまった。
カディッヂャ (微笑して)それで。もうちょっとテンポを上げておくれ。
アズーズ で、おいらがマッチをすった時には、煙ってもんがこんなに重いもんだってこと考え付かなかったんだ。
朝のうち、雨がふったから、藁がしっけていて、ほとんど真っ白な煙が出て、お天道様の顔をかくしちまった。
カディッヂャ (命令的に)残り火を描きな。灰でもいい。炎でもいい。いや、煙でもいい。
私の鼻に入り、私の喉から胸をいっぱいにさせるのだ。
それから、火の爆ぜる音を聞かせておくれ。
(彼は炎に包まれた家を描き、火の爆ぜる音をまねし、左手に行く)
アブデセレム! (アブデセレム登場)お前の方は?
アブデセレム 足をばっさりやった。
足の臭いは? 臭いも見せな……(彼は足の上に幾つかの渦巻きを描く)ひどい臭さだ。
(彼女は叫ぶ)さあ、お前さんたち、何をしているんだい! 入っておいで! 急いで、急いで!
銘銘が他人のしていることを知らなきゃならない。さあ、色を塗るんだ!
(アラブ人たちはひしめき合って、背景の上に、首だの手だの、鉄砲だの、大きな血痕だのをいっせいに描く背景は極彩色のデッサンで覆われる)
いいかい、恥ずかしがることはない!
あの連中に軽蔑されるだけのことは、こっちのほうからしてやるのさ。虐殺するんだ、息子達よ……
(彼らは黙々と絵を描き続ける)
一人のアラブ人 もう場所がない。
カディッヂャ 新しい背景をお出し!
(左手から、第一の背景に似た、銃眼つきで、上に国旗を飾った背景が出てくる。
アラブ人達は一斉に走りよって、(しかも整然と)その背景に絵を描き出す。
その間、上では、相変わらず黙ったまま、二人の老人が人形の上に勲章を吊るしている)
カディッヂャ ラッセン! (ラッセンが右手から登場。老人である)お前は何をした?
ラッセン わしの年じゃな……お祈りをしたよ……
人殺しをし、敵を粉砕し破滅させるように。(ラッセンに)さあ。お前さんのお祈りを壁に描いておくれ。
(右手に)それじゃなにかい? もう年寄りしか残ってないのかい?そんなら、年寄りにはお祈りをやってもらおう。いや、特に悪魔にお祈りを。
そうして、天には悪魔はいないと言うなら、土の中を、子供達の心臓の中をひっくり返して探すがいい。
わんさといるはずだ! (絵を描いていない二人の男を見つけて)なんだい、お前さんたち、何もしていないのかい?
ええ、やることがないって? 悪事がもう種切れだというなら、天上からそれを盗んでおいで、
あそこには悪事が有り余っている。神々から殺人をかっぱらっておいで、神々の放火を、近親相姦を、嘘を、皆殺しの気違い沙汰を!
神々の手からかっぱらって、ここに持ってくるんだ! ここに!
(彼女はすでに奇怪なデッサンであらかた覆われてしまった城壁を指す。右手に向き直って)
女たちは、女たちは怪物を産むがいい!
(登場していた十人、十五人のアラブ人たちがそろそろと退場する。
カディッヂャは彼らが退場するのを見つめている。それから、左手から、アラブの裁判官が現れる)
カディッヂャ (裁判官に)ずいぶんごゆっくりだね……
裁判官 まだ後からついてくるさ。しかもわしより足の速い連中がな。
カディッヂャ 待つとしよう。お前がやったことは?
裁判官 わしはたった今教わったばかりだ、この世は二つに分かれていて、わしもそのどちらかに入らなければならんと。
カディッヂャ 今ごろになってかい! 一体お前さん、何をしてたんだい!
カディッヂャ (背景を指して)その変身の業とかいうのを描きな。
裁判官 もう場所がない。
カディッヂャ そんなら、とっとと消えな。
(裁判官は出て来た側、右手から退場)
カディッヂャ (自分自身に)本当だ、もう場所がない……(彼女は叫ぶ)子供たち! はなたれ小僧!
(こう言い終わるか終わらぬうちに、前二者よりも大きな背景がひとりでに左手から出てくる。それは前二者と同じような絵で覆われている)
よしよし、ありがとよ。(彼女は叫ぶ)お前ら女ども! (右手から一人の女が登場。腕に赤ん坊を抱いている)
スリラかい? お前のガキをここに連れておいで! ……城壁を見せてやるのさ……
この子がたっぷり見ておくように、その黒い目で、その美しい目で、この国のありとあらゆる美しい光景を!
(右手に向かって喋る)お前達もみんな入ってきておくれ。お前達のガキどもを連れて。その子達がたっぷりと見ておくように。
その美しい目で、その美しい黒い目で、この国のあらゆる美しい光景を。
(四、五人の女が赤ん坊を抱いて登場するが、彼らは隅に留まる。突然、全員口をつぐむ。おふくろ、登場。彼女は微笑む。おふくろに)
おや、帰ってきたのかい。お前さんのことはとうの昔に忘れていたよ。
お前さんだって、まだ死んでから間もないじゃないか。お前さんの憤慨は、まだ湯気を立てているよ。血はまだ流れっぱなしだ。
カディッヂャ 何をしてたんだい、お前さんは。
おふくろ 男どもが首だの心臓だの手だのを、ばさばさ切って集めてる間に、私は見張りをしていた。
レイラが、ドレスとコーヒー挽きが欲しいってんでね、サイッドが力を貸してよ。
(アラブ人達は全員、彼女に向かって怒りの仕草を示すが、カディッヂャがそれを止める)
カディッヂャ 続けな。お前さんのしなきゃならないことをちゃんとやり遂げるんだね。
おふくろ 私は、意見はするけど、されたくはないね。
自分の種は撒きたい時に撒かしてもらうよ。
カディッヂャ 全くお前さんってのは、この世じゃもう誰も覚えてないような者と、実に馴れ馴れしくしてる人だよ。だが、私についちゃね、お前さんは……
おふくろ (その言葉を遮り退場しながら)わたしゃこの一幕、出番になる前に演っちまったのさ。
(アラブ人の女たちは、憎憎しげに彼女を追い出す)
カディッヂャ (一瞬面食らったが、そこにいるアラブの女たちに向かい)
それで、お前達は? お前達の持ってきたものはそれっきりかい?
そんならとっとと消えな! それから、あの女、二度と村に入れちゃならない。
あの女め、思う存分荒らしまわるがいい。荒らしまわるのだ、思う存分!
(アラブ人の女たち、退場。かなり長い間。カディッヂャ、一人残る。それから女たちが四、五人黙ったまま登場)
こっちへおいで。要るものはみんな持ってきたかい?
(奥からボヌーユ夫人の声がする)
ボヌーユ夫人 旭日癇癪大勲章は、ありますか、あっちに?
ボヌーユ夫人 あちらには……
ハビバ スポンジと酢を持ってきたわ。
ララ どこへ行くつもり? 死ぬんじゃないの?
カディッヂャ 死ぬのさ、素晴らしいご馳走のあとのように眠るのさ、そして死んでいる間中、げっぷをする。用意はいいかい?
ネヂュマ 私は大きなバスタオルを持ってきた。それと、お前さんの目を閉じるために、私の優しい心をもってきた。
カディッヂャ 手首にしっかり力を入れておくれ。さあ、あたしを横に寝かして、よく洗うのだ。馬鹿なお喋りはやめにしてもらおう。
いいや、蝿は、追っ払ってはいけない。一匹一匹、私には蝿たちの名前まで分かっている。
(女たちはカディッヂャの埋葬を始める)顎に包帯をするのを忘れないでおくれ。
それから、綿を耳の穴に、鼻の穴に、下の穴にも詰めるのを。三分前から、私はすでに死人の国にいる。
私はこれから先もどうやればお前達の手助けができるか、考えるとしよう
……そうとも、私はあの国へ、何トンもの憎しみを抱えて行くのだ
……特に、足は念入りに洗っておくれ
……三年この方、これが二度目さ……
「第一部終了」
(緑色に描かれた平野と、一本のサボテン。
本物の道路標識が置いてあるが、上に書いてある字はまるで読めない)
サイッドとレイラは街道を歩いている。
左手の方から出てくるが、疲労困憊している様子。
突然、右手に兵隊が出現。
サイッドとレイラは怖気づいて背景の後ろに隠れる。
彼の妻が、色とりどりのトランクを満載した乳母車を引いて進む。
そのトランクの山のてっぺんには第一景でおふくろが持っていた赤いトランクが載っている。
彼のほうは、棍棒を振るって、女房を歩かせる。歩くのはとても速く、右手から登場し左手から去る。
女の方は、ずたずたに裂けた青い服を着ており、ストッキングはかかとまでずり落ちていて、青白いふくらはぎが剥き出しになっている)
もっと速く! (女を打つ。女は小刻みに走る)
わしゃ長い事海の向こうで職務に励んだ、おかげで、女どもを馬のように走らせる芸を覚えたよ。
カーニバルにアラブの淫売にも化けてみたし、それに長年の仕事の経験だ、おかげで女ってものが、よく解るようになったわさ!
(彼は嘲笑する)
兵隊の妻 びくびくしてたじゃないか、そのおかげでよく分かるようになったくせに。
兵隊 びくびくするのにだってだ、それだけのご利益はあるってもんだ。
いかにもわしはますますびくついている、それだけわしの頭は切れ味を増しているのだ。
(荒々しく)サボテンを踏むな! (声を低くして)さあ、もっと速く、そうっと走れ。
(物知り顔に)霊柩車を引っ張るときはな、家の死んだ子を引っ張るつもりで、そのトランクの山を引っ張っていけ。
兵隊の妻 (優しい声で、後ろを振り向きながら)目を瞑って、子守唄でも歌ってやりましょうか?
兵隊 夜が来たらな。(手を差し出して)もうぱらぱら降ってきた……こいつぁ、急がなくちゃ……
サイッド お前の兵隊だ。(振り向いてレイラを見)びっこを引いてるのか? あのかみさんと同じか?
もう言う事は無いな。不細工で、低能で、泥棒、乞食、今度はびっこか。
レイラ しゃんとして歩こうと思えば歩けるわ。
(数歩、まっすぐに歩く)
サイッド (慌てて)冗談じゃない。そのがに股の格好で良い。俺のほうで挨拶に困るじゃないか、
とたんにお前が、美人で頭が良く、正直で、堂々としていて、その上しゃんとして歩かれたりした日にゃ。
(再び歩き出す。しばらく沈黙があって)
レイラ あたしは疲れたわ、歩きすぎて、お日様のせいで、砂埃のせいで。
あたしにはもう足があるのか無いのか、分からなくなった。それはもう足じゃない、歩いていく道になってしまったの。
お日様のせいで、空は亜鉛のように白っぽい。道の埃は、あたしの顔の悲しみが足元まで落ちてきたもの。
あたし達の行く先はどこ、サイッド、どこに行くの、あたし達?
サイッド (振り返り、彼女の目をじっと見つめて)俺の行く先か?
レイラ あたし達の行く先よ、サイッド。
サイッド 俺の行く先、俺のだよ、俺一人のだ、お前は俺の不幸にすぎないんだから。
俺自身と、俺の不幸って言う意味で、俺達二人とでも言わない限りはな。
そうとも、俺は行く、そいつははるか彼方に違いない、怪物の国へだ。たとえそいつが俺達の脚の下にあってもな、この真下だ、
ついぞ日のあたる事が無い場所だ、何しろお前ってやつは俺がいつでも引きずって歩いている、だから俺の影法師だよ。
レイラ あんたは、自分の影法師と別れる事だって出来てよ。
たとえこいつのほうでくたばっても、こいつは相変わらず俺の悲惨さ、俺のびっこの女だよ。
レイラ びっこなのは、あんたの後をついて来たからよ。
サイッド ついて来なきゃよかったんだ。
レイラ あんたのそばにいても、離れていても、いつでもあたしは泥棒の女房だった、火付け男の、
そう、ごみ馬鹿の中で生まれた男、あたしにそこで生きろといい、あたしがそこで死ぬ事になっているごみ箱の。
サイッド お前が俺にくっついて離れないならな、毛虱が金玉に、
丸い形がオレンジのみにぴったりとくっついているようによ、
そうなりゃ俺に出来る事は、怪物の住む国を探すだけよ。
レイラ 監獄じゃ足りなかったの?
サイッド 監獄なんざほんの序の口よ。居間にもう眠るためには火打石の山、食うものはあざみしかなくなるだろう。お前は、食うか?
レイラ あざみを?
サイッド 火打石だ。
レイラ あんたと同じにする。(沈黙)ねえ、サイッド。
(彼は答えない)
レイラ (自分の周囲を見回して)本当に誰もいない。獣一匹いない。何にも無い。
あまりといえばもう何にも見えない、だから石ももうただの石にすぎなくなった。
そうよ、ヨーロッパなんて、もう跡形も無い。逃げていくわ、逃げていく、ヨーロッパは海の方へ、あたし達は砂漠の方へ。
レイラ あるわ。(間)鏡のかけらが。
(疲れきってレイラは立ち止まる。彼女は櫛を取り出し頭をとこうとする)
サイッド (怒って)手をつけるな!
(レイラの手から櫛を奪い取り、それを折る)
サイッド 太陽も、茅も、石も、砂も風も、俺達の足跡までも、振り返って見てもらいたい、
この世で一番醜い女が、一番安い女が、つまり俺の女房がここを通っていくのをだ。
目のふちも、口のよだれも拭かないでおけ、鼻もかむな、体も洗うな。
レイラ その通りにします。(急に厳しい口調に変わって)でもあたしは、あたしの望むのは---
そう、一時間後とにまして行くあたしの醜さ、それが語っている、そうじゃなきゃ誰が語るの?---
あんたが後ろを振り向くのをやめる事。あたしは望むの、あんたがあたしを、つまずいたりせず、まっすぐに、
影と化け物の国に連れて行ってくれることを。あんたがもう取り返しの付かない悲しみに沈んでしまう事を。
あたしは望む---そう一分ごとに増して行くあたしの醜さ、それが語るの---あんたが一切の希望を失ってしまう事を。
ありとあらゆる屈辱を受け入れる事を。あんたが悪を選ぶことを、そうよ、いつまでも必ず悪を。
憎しみだけを織る事を、決して愛を織って欲しくない。あたしは望む---そう、一秒ごとに増していくあたしのこの醜さを、それが語る言葉---
あんたの夜の輝きを、火打石の優しさを、そしてあざみの蜜を拒絶するようにと。あたしには分かっている、サイッド、あたし達がどこへ行くのか、
そしてなぜそこへ行くのかも。それはどこかへ行くためではないの、
そうではなくて、そこへあたし達を送り込んだ人たちが、静かな岸辺に、無事平穏でいられるためだわ。
あたし達は今ここにいる、それもあたし達をそこまで送り込んだ人たちが、自分はそんな目にあってはいない、
そんな所には居ないんだぞって、はっきり自分に言えるためなの。
レイラ (優しい声で)オレンジ畑に火をつけたのあんたじゃない?
サイッド (ためらってから)違う。お前こそ、出掛けに藁の山に火をつけたんじゃないか?
レイラ そうよ。
サイッド どうしてだ?
レイラ (大声で笑い出して)ちがうってば、ちがうわよ。あんたを愛してたからじゃないわ。
あたしは火が好きなの。(沈黙)ねえ、サイッド? ……本当に、とことんまで行く決心をしたの?
サイッド もしうまくいけば、そのうちに連中はこう言うだろう---こりゃこっちがうぬぼれて言うわけじゃないが、どいつをとってもはっきり言えらあ---
「サイッドに比べたら、甘いもんだ」ってな。そうだとも、俺はな、ちょっとした人物になりかけてるんだぜ。さあ、行くか?
(二人は再び歩き出す。やがてレイラが立ち止まる)
レイラ サイッド、おしっこ。
サイッド (冷ややかに)すりゃいいだろう、そこらにいらくさが生えてるし。
いらくさのためにお尻がはれあがったりする事は無い。(意気喪失して)いらくさがある、それから、もう何にも無い……
(目に見えない釘に、目に見えない何物かを引っ掛ける仕草をしつつ)
ここにあたしは掛ける……あたしの威厳を……ここには……あたしの悲しみ。ここにはあたしの重々しさを。ここには……色々な煎じ薬。
カミツレの花、菩提樹花……。ここには……(吐息)あたしに残るものは何?
(沈黙。やがて)オレンジの木は火がついて燃えあがる木。綺麗だわ、火をつけてしまったマッチは。
そのとき初めて、そう、マッチで火が白く、黒く、そして少しばかりねじれてしまった時に、初めてマッチは優しく善良に見えてくる。
(目に見えない釘に何物かを引っ掛ける仕草を再び続ける)
ここにあたしは掛ける……あたしの頭巾を。ここには……(吐息)あたしに残るのは何?微笑だけ。
サイッド (突然、拾ったばかりの二つの石を叩き合わせて)ほら! 誰か来るぞ。何も言うな、今日は何も言っちゃならん。
(左手の袖から、ハロルド卿の息子とヴァンプが登場。彼女はヴェネチアの婦人のごとく黒い衣装を着け、
三角形の帽子をかぶり、ヴェールがスカーフのようにその顔にかかっている。
長いドレス、そして黒いレースの小さな日傘をさしているが、これら全ての衣装はずたずたに裂けている。
ヴァンプと息子は疲労困憊の極みにあるもののごとし)
ヴァンプ まるであたしがくずのくずだって言わんばかり……
何よ、その口のきき方、まるでパンパン扱いじゃない……
前にはあんな……
息子 僕はね、僕に必要なのは手で触って確かめられるものだ。この地にわれわれの秩序が再び確立されるまでは、僕には休息なんぞない、
とにかくさし当たっては、急ぐ事だ。(突然)気をつけないと、貴方、叢が動き出した……
ヴァンプ 貴方といれば何も怖くなんかないわ。
ヴァンプ 本当に暑いわ。
息子 (サイッドに)聞こえたか? 奥様に日陰を作ってさしあげろ、さあ、急いで……
(サイッドがレイラを足で蹴る。彼女は背景に近づき、そしてきわめてゆっくりと、丹念に、緑のチョークで素晴しい棕櫚の木を描く)
ヴァンプ (感嘆して)まあ、棕櫚の葉よ!
息子 (レイラに)奥様に、少々風をさしあげろ……
(レイラは口で、枝を渡る風の音をまねる)
ヴァンプ (いとも優しく)もうありがとう。前から言っていたでしょう。沢山いる中には、いいのだっているわ、全部が全部腐ってしまったわけではないのよ。
たとえば、この連中よ、(と、サイッドとレイラを指し)この連中はきっとあたし達に忠実な人たちのうちよ。
息子 こいつらだって殺してしまわなきゃだめだ。忠実ね、そう見えますよ、確かにね、上にかぶってるぼろばかり見てればね、だが一皮剥いたら?
その下にはですよ、いったい何がありますね? この僕だってとてもじゃないが見る勇気のないような代物。
手榴弾の束か……機関銃の一団か……伝染病の中心か……
ヴァンプ ちょっと優しくしてやれば……そうよ、そうよ、あたしのいう通りよ、大した事はいらないのよ。
息子 優しい親切、そんなものはこの連中にとって、糞食らえなんだ。今でも日陰くらいは作る、
こっちが命令すればね、だが、その日陰も昔のとは全然違う。
ヴァンプ (起き上がって)そういえば確かにこの女、気味が悪いわ。
息子 少しは休めましたか? お分かりでしょう、僕は貴方を愛しています、貴方は僕にとってこの世の全て……
でも、あたし達、この道をまた歩くんじゃ、このひどい石ころ道、太陽にがんがん照らされ、
ぼろを引きずって、それに馬鹿みたいにあんなのが見ていた日にゃ、
(と、サイッドとレイラを指し)とてもじゃないけど、あの下品な喋り方に戻らなくてはね……
息子 (甘い微笑を浮かべてその言葉をさえぎり)全く僕だってうんざりなんだ、
しかし急いで逃げるためには、言葉のほうも怖気づかなくちゃならない、このわれわれと同じにね。さあ行こう。
ヴァンプ (右手に進みながら)一番クッションのいい馬車でもあたしのお尻には硬かったなんて、考えてみると……
息子 スカイブルーの海を見るまでは、まだ相当ひどいめにあう覚悟でいてくださいよ。
(彼らは右手から退場する。太陽の下にじっと動かずにいたレイラは、立ち上がろうとする)
サイッド ほら、夜になった。
レイラ もう?
サイッド 見てみろ。夜のやつ、実に自信たっぷりじゃないか!
(彼は真っ黒な第二の背景を指す。それは第一の背景の後ろを静かに滑ってくる。
徐々に暗くなる。犬の遠吠えが無数に聞こえるが、それはおふくろが真似しているものだ)
サイッド (レイラに)標識に頭をもたせかけて、とにかく眠りな。
レイラ (道路標識の付け根に横たわって)眠るの? あたしが足の裏を軽石ですりむいたり、あざみを食べたり、太陽にやられたりするのは、
あたしの眠りの中にいる竜をやっつけるためよ。
サイッド お前だって知ってるだろう、竜はお前が死んではじめてくたばる。だから寝かしてくれ。上じゃ、神様が仕事をなさればいい……
(彼は、背景の付け根にうずくまって、眠り込む。また遠吠えの声が聞こえる。その時である。左手から出てきて、あたりを闊歩しながら、おふくろが現れる)
あたしはそうさ、両足の上にしっかと立った笑いの権化だ、この真夜中に、この平原の真っ只中で。もっとよく見せてやらなきゃ!
(黒い背景の上に、彼女は黄色いチョークで三日月を描く、それから月に向かい)おっす! あたしは笑いの権化だよ、だがね、
そんじょそこらのとはわけが違う。万事がうまくいかなくなった時に姿を現すやつさ。
……こりゃ一面いらくさの生えた夜だ。(間)いらくさよ!やんごとないご先祖を遡って行けば、
お前さん方は妖精や聖母様の所まで戻れるだろうよ、だがあたしはね、あたしは子供のときから知っていた、あたしが属しているのは
---それはおそらく女の方の系図からだ、そしてサイッドはあたしによって---いらくさの一族なのだと。
廃墟のかたほとり、ガラスのかけらに入り混じって、いらくさのやぶはあたしの残酷さ、
うわべは飾って腹の底にしっかりためておいた悪党根性、世間のやつらをやっつけるために、片手を背中に回して隠しておいたやつさ。
飼いならされて、いらくさたちは己の毒をひそかに隠し、鋭い爪も引っ込めていた。その叢の中に、
あたしはあたしのきめこまやかな両の手を突っ込む。毒にんじんだって、あたしの血管の血を凍らす事はなかったろう。
草木の世界で性悪なものはことごとく、あたしになびいていたんだからね。
いらくさの上を渡り、その中を吹きぬける風は、ひりひりする目にあったろうが、あたしは違う。だが、白いいらくさの方は?
もちろんだよ、あれは悪さをしないどころか、その白い花はなかなかいけるよ、あたしは、よくスープにしたもんだ。
彼女とともに月もまた姿を見せるが、今度は前とは逆の向きになっている。突然、厳しい口調で)
美しいカディッヂャよ、ああしてお前さんは死んだのさ! くたばったのさ! くたばった、英雄的によ。
今もしもだよ、お前さんに口を利こうと思ったら、またぞろ、老いぼれの口寄せを使わなきゃならないのかい?
だが……お前さん、何をしながら死んだ?男どもを煽り立てた、いや男のみか女まで煽り立てて、
とことんまで行かせるつもりだった。連中は、自分達のやってる事をとことんまでやる、
自分達がそうなった状態、それを徹頭徹尾貫くだろうさ! (笑う)その道筋が目に見える! お前さんはあたしをやっつけた気になっている、
あたしのあばら家に火をつけたからね、あのごみためよ。あたしゃ、お前さんが考えているより、よっぽど強いんでね。
あたしだって、このレスラーみたいな腕、見てごらん、紅海を真っ二つに割って、ファラオのお通りになる道ぐらい雑作もなかろうて!
(間)サイッドは? レイラは、あの二人は、道の上で寝ちまったのかな? (間)サイッドの親父は床屋になれたかもしれない……
櫛とバリカンを持って、いい男だったものね! あんまり男前だから、ブロンドの紳士と間違えそうだった。
(間)美貌ってやつ、どういう姿になったらいいのか、どういう風に現れたらいいのか分からずにいたが、
サイッドの父親が床屋になってたら、美貌ってやつが餓鬼どもの頭を刈らせ、じいさま達の髭をあたらせたろうによ。
二十年間も美貌ってやつが生き延びたのはね、いいかい、あたしの亭主がそう望んだからに他ならないのさ。
(非常に長い間。その間に、彼女は尻をかく。突然、機関銃の掃射の音)
サイッドがうまくいくまでに、あたし達は三度もやり直した。三度とも失敗さ、死んじまった。死んだのさ、最初は六ヶ月で、それから一年、あとのは三年。
(突然、彼女は不安になった様子)
(逆上して)サイッド! サイッドってば! どこにいる? 何をしているんだい? 何と言っている?
……そんなに息を切らして……帰っておいで……いけない、もっと遠くに行くんだ、サイッド。
自分なんてつぶしちまえ、お前の女房もぶっ潰して、とにかく続けるんだ……(気が鎮まったらしく、ゆっくりと呼吸する)
夜、木は全て呼吸する、花たちはひときわ美しい、彩りは一段と熱っぽく、そして村は眠っている。
(笑う)何をしているんだい、その村は? 同胞愛ってものの中に融けこんでいる。(笑う)いびきをかきながら、銘々が、
やがて目を覚ませば現実にその中に突っ込んでいく事になる悪夢の予行演習をしているわけだ。
(間)そうとも、サイッドの父親は床屋だった。こちらは頭、あちらはローションのマッサージ。
あの人、民兵の騎兵か、外人部隊に入れたかもしれない。それほど男っぷりがよかったんだものねえ!
ええ、あたしの腹の中のこの牝犬め、こいつが、夜、農場の中庭や、街道をさ迷い歩けりゃよかったんだよ!
(彼女は再び歩き出す、緩やかに。やがて、左手に姿を消す。再び機関銃の掃射の音。
ライトがレイラの顔に当たる。サイッドが懐中電灯を出して、彼女の顔をしげしげと見ているのだ)
サイッド 来たか?
レイラ そばまで。
サイッド もう来た! (間)聞いてみろ……
(ためらう)聞いてみろよ、俺が徹底的に汚らわしくなるには、どんな事を言えばいいか、何をしたらいいか。
レイラ (苦しそうな声で)あたしの竜に!
サイッド (おとなしく)うん。
(サイッドは懐中電灯を消して、再び眠る。右手から、いとも用心深く歩きつつ、ぼろぼろの服をまとった銀行家とハロルド卿が現れる。
彼らが泥酔している事は一目瞭然である。眠っているサイッドとレイラの前を通るのに、二人は靴を脱ぎ、やがて左に姿を現す。
ちょうどその頃、はるか上から、第三の背景が現れる。それは山岳地帯を表している。
外人部隊の兵士が四人、登場したところだ。そのうちの一人、ヘルムートは銃を磨き、ピエールは片方の靴を磨き、
フェルトンはアルミニウムのコップで水を飲んでいる。これら全て、物音一つ立てずに行われる。その仕草から、夜である事が分かる。
彼らは押し殺したような声で話す)
ピエール (自分の靴に唾をして、靴を磨きながら)そうともよ、俺達には分かっている。こそこそ、ひそひそ、つまり要するに偽善者だ、奴らのやり方はな。
やつらは俺達の後から、しかも頬かむりをしてやってくる。仕事をやっつけると、あっという間に化けちまう。
そこにあるのは木だ、茄子だ、何だか分からねえ。どうする?
そいつをもいで、踏み潰すか? 事実、茄子をもいで潰してる。その間にゲリラのほうは命拾いだ。
モラレス (立ち上がって)あっちの女どものやらかすことは別にしてもな……
ピエール そうよ。分かってる。もとをただせば、爬虫類だの、猫の仲間、隙間風だ。
要するにだ、毒の牙で咬まれてよ、しょんべんすりゃ、ひりひりだ……
フェルトン (笑いながら)しかもあの臭さ!
しかもばりばり体を掻きやがってよ。何で遠慮するんだ、ええ?
皆殺しだ、最期の一匹までな、ヘルムートの言うとおりだ。(自分の襟元をあけて)それに第一、あんまり腹を立てるんで、おいらはへとへとだ。
モラレス 何時だ?
ヘルムート (腕時計を見て)二十三時八分。
(モラレスは、地平線にかかる月を背景に描き、地面に腰を下ろして靴紐を結ぶ)
モラレス 強行軍のおかげで膝が笑ってら。
ヘルムート 屑は要するに屑だ、気を付け!
(四人とも気を付けの姿勢をする。右手より、中尉登場。
彼は兵士達を一人一人、しげしげと見つめる。その細身のステッキで、ピエールのカラーに触れて)
中尉 ボタンをはめたまえ! ……よろしい……いかん、もっときちっと……ネクタイも……きちっと結ぶ。
さもないと、早晩、鰐の生っ白い腹にされるぞ。いいや、立ち聞きなどしておったわけではない、が、
隊長たるものはだ---卑しくも隊長の名にふさわしい隊長であるならば---部下の考える事はすみからすみまで読み取れ……鏡、ないのか?
常に一つはなくてはならん。戦友の目でもよし、或いは……この中を見たまえ。
(自分のネクタイを指し示して、中尉はピエールの前に立つ。ピエールは鏡を見ているようにして、ネクタイを結ぶ)
よろしい。規則を口に出さねばならんのは遺憾だが。確かに夜には、たやすくはない、しかし夜でも、貴様達は光り輝かなくてはならんのだ。
照り映えしなくては。(自分の周りを見回して)軍曹はおらんのか?
ピエール 寝ております。中尉殿。
それをいつまでも存続させるのは貴様達の役だ。その伝統は光り輝かねばいかんのだ!
八といってもハートの八ではない。分かっとるな?
もし誰も答えておらなかったら、全員、八日の営倉だ。理由は上官に対する不服従。密告よりはまだしも上等だな。
(他の兵士達に)こいつの不名誉のおかげで、貴様達は助かると同時に、泥も塗られたのだ。
(ピエールに)フランス人か?
ピエール はあ?
中尉 貴様はアラブ人かと聞いとるのだ。
ピエール 自分でありますか? ブーローニュでして、中尉殿。
中尉 東洋の色がお前に移って、お前の皮膚にそのパステルの色を沈殿させた、そうだな、東洋の翳りというやつだ。
われわれが代表しているのは、鮮明で、くまのないフランスなのだ。(間)そして清潔な。そうだ、清潔なのだ。貴様……
(モラレスを指し)その髭は?
モラレス もう水がありませんので、中尉殿。
中尉 口をすすいだり、ジェラニウムにやったりする水はないかもしれん。が、髭をそる分は常に残してあるはずだぞ。
ブラシに唾をつけてでもよい、わしはすべすべでなくては承知せん。軽石で磨き上げておけ。(モラレスに)アラブか?
モラレス 自分でありますか?
中尉 髭をそりたまえ。(言われた兵士は髭剃りブラシと石鹸を取り出し、
水筒に残っていたぶどう酒をたらして、彼自身が背景に描いた岩を前にして、髭をそる。中尉はピエールの方に向き直り)
八日間の営倉入りは取り止めとする。攻撃は今夜行われるのだから……
(軍曹登場。仕切りとあくびをしていたが、上官の姿を見て、しゃんとして)
軍曹 失礼しました、中尉殿。
それは今夜行われるのであり、われわれは、おそらく、そこにとどまらねばならぬ以上、
仕官たるもの、名誉の戦死を遂げるのに営巣入りの兵士などと一緒には死ねんのだから……
(ピエールに)第一、貴様のことはすぐ分かる、いつでも後から遅れてくる。
(彼はしゃべるにつれて、次第に自信を失っていくようだ。相変わらず、冷やかし半分に目で笑っている軍曹の方をちらちらと見る)
貴様は、最後の生き残りとして、ぶらぶら散歩でもするようにやってきて勝利を拾う男になるか、
或るいはだ、どこかの小娘に殺される最初の男、二時間後には、それが限度だ、
砂利の上にひっくり返って、最後にざっくりやられた傷を空に向かって見せびらかす事になる。(全員に向かい)もうすぐだ。
(彼は背景の上に山岳地帯の図を描き、説明する)われわれは今ここにいる……
例の大きな一本杉をこえて……(それを描く)右手に向かい、縦隊を組んだわが部隊の一部は、村に向かって前進する……
(それを描く)底には暁と同時刻に到着しなくてはならん。フランスがわれわれを見つめている。
フランスはわれわれをわれわれがここで死ぬべく、ここに派遣したのであり……(フェルトンに)髪の毛に櫛を入れなさい。
(フェルトンは腰のピストル入れのポケットより櫛を取り出し、髪を整える)問題は勝利を得て帰還する事ではない。そんなことが何の役に立つか?
(中尉が話している間に、全員せわしげに思い思いの仕事をする。そのために、中尉は目をすえて、空虚の中で喋っているように見える。
ピエールは靴紐を結び、モラレスは髭をそり、フルトンは髪を整え、ヘルムートは銃剣の掃除をし、軍曹は爪を磨く)
フランスは、すでに勝利を得た、という事は、すでにその不滅のイメージを与えたということに他ならん。
或いは半分死人になる、すなわち、帰還するときはびっこか、てんぼうか、腰がやられ、金玉は抜かれ、鼻はそげ、顔は一面大やけど……
自らが腐れただれていくのを見つめる事が出来るだろう……だが、勝利を占めるとは? 第一、何に対して? いや、誰に対してか?
貴様達は、やつらが泥の中を這いずり回り、ごみための屑で命をつなぐのを見てきた……勝つというが、その相手がこんなものかね!
(肩をすぼめ、両の手のひらを開いて、中近東あたりの商人の仕草をして)勝つなんてのは、あの連中にうってつけよ。(軍曹に向かい)違うかね?
(フェルトンに)帽子のつばを、もっと目深に。
フェルトン これで精一杯なのであります。中尉殿、自分の頭は絶壁でありますからして、
帽子はまっすぐ乗っていないと、肩までずり落ちてくるのであります。
中尉 針金はついてないのか?
フェルトン ついとりますが、切れてまして。(ピエールに)明かり、つけてくれんか?
(彼はピエールの方にかがみ込む。ピエールはポケットからライターを取り出して、火をつける。長い遠吠えの声が聞こえる。
おふくろが、左手から登場)
こんなに仰山葉っぱをつけて、お前さんの胴体の皮を一枚一枚引ん剥いてやるったら。(目に見えぬ木を脇にどける仕草をする)
あたしのスカートが見えないのかい、こんなに幅が広いのが分からないの。
生地をけちけちしてないからね。ブルーの木綿地が四メートルさ。おどきったら!
通したらどうだい。あたしのスカートにゃ、お前さんのスカートの中と同じだ、影がある。気高い位がある、その上、古い巣も一つね。
(彼女は威厳を持って通り抜け、それからふり向いて、お辞儀をする)ありがとよ……ここは相当きついのぼりだ……
(もう一度振り返って、お辞儀をする)ありがとう。お前さんの吐き出す息のおかげで、あたしの喉の詰まったのがすっきりするよ、
お前さん、ユーカリの木、あたしの胸を、底から出るあたしの息を、あたしの言葉を、膨らませてくれる、そしてきっと、
あたしがあたしだけにとってそうだったこの牝犬が、お前さん方にとっても牝犬になるんじゃないか?
(彼女は右手から出て行く。ふり向いたときむしりとった想像上の木の葉をもぐもぐかみながら、
彼女はうずくまる。やがて、彼女はうつらうつらしだしたようだ。彼女が喋っている間に、四人の兵士は左側から退場)
中尉 (相変わらず軍曹に向かって気を付けの姿勢を取りつつ)斥候隊は帰ってきたか? 何時に? どんな状態で?
軍曹 (気を付けの姿勢をやめて)
許してください、中尉殿、どうも自分は、気をつけの格好をしていると、あんまりどじに見えて、自分の報告……
中尉 (不安になって、気を付けの姿勢のまま)頭が冴えるように、のびをするというのか?
軍曹 ええ。
中尉 それならば、もしわしが隊長の前でポケットに手を突っ込んだとすると、わしは貴様があくびをするときと同じに頭が冴えるという理屈か?
軍曹 (微笑しながら、片方の靴の紐を結ぶためにしゃがんで)違いますか?
それが現すべきものがぼろぼろに崩れて行くにつれてますます強化され、われわれの全てを、
知っての通り、死へと導く、あの一つのイメージを永遠に存続させていく事である。(絶叫して)気を付け!
(軍曹は平然として、相変わらず靴紐を結んでいる)斥候隊は帰ってきたのか?
軍曹 (靴の上にかがみこんだまま)一人を除いて全員。そいつは首を絞められて死にました。
中尉 どいつが?
軍曹 (下を向いたまま)デュヴェルです、あのカフェのボーイ、給仕ですよ、レスト……
(かがみこんでいるため言葉が中断する)
中尉 ……トランのか!わが軍にはカフェのボーイなどはおらん。各人、誰にとっても鏡とならねばならん。
両足はその正面に立つ相手の両足の中に、自らの姿を見つめ、自らを見なければならんのだ、上半身は開いての上半身の中に、
口は相手の口の中に、目は目の中、鼻は鼻の中、歯は歯の、膝は膝の、髪の毛のカールは相手の……
(きわめて抒情的に)そこに己自らを見つめ、己の姿を見る。完璧な美しさを備えたものとしてだ……
(軍隊式に回れ右をして、正面切って話す)全き魅惑の力を備えたものとしてだ。いや、さらに鏡はその数を増さねばならん、
三面鏡、十面鏡、十三面、百十三面、千面、十万面と! 横顔を映し、貴様達が叛徒に向かって差し出すイメージは言いようもなく美しいものであって、
そのためにやつら自信がやつら自身について作り上げたイメージはひとたまりもなく失墜するようでなくてはならん。
完全に打ちのめされて、やつらのイメージたるもの、木っ端微塵に崩壊する。木っ端微塵だ……あるいは比喩を変えれば、氷のごとく、氷解するのだ。
敵に対する勝利、精神による勝利である。
(軍曹は、きわめて投げやりな態度て、ぶらぶらと去る)
髪の毛のカールは開いてのカールの中に、心臓は相手の心臓の中に、足は足の、鼻は鼻の、足は鼻の、目は鼻の中に……
(彼は完全に何かに憑かれたような恍惚状態になったらしい)肝は肝の中、血は血の中、鼻は血の中に、ミルク入りのスープ、血の混じったスープ、
軍曹、軍曹よ、貴様には多分こんな手の込んだからくりは必要ないのだ、軍曹よ、貴様は貴様のそのがっしりとした体が、その冷ややかな澄んだ目が、
貴様自身の上に及ぼしているあの力を百も承知だ。貴様は光り輝いている、どうしても頭が切れるようになりたいと気ちがいじみて思うために、
貴様はズボンのポケットの底に拳を突っ込み、この俺はヴァイオリンを習いたいと思っていたのに!
(彼は突然、気を付けの姿勢を取る)かしこまりました、将軍! (間)かしこまりました!
(彼は右手から去る。雨。やがて、おふくろが現れる)
おふくろ (あたりかまわずわめき散らかしているかのごとき大声で)……それとも海だ!……
木はそのことで何かを知っている、厚かましいんだから! (つぶやく)四輪馬車が幾台も海岸を、死人を山と積んで通って行く、辛抱しな!
森を、林を、夜を、横切っていくために、あたしは……このあたしだよ、高い、高い位にいるおふくろ様さ、まだ引退はしちゃいないよ、そのあたしが……
(叫ぶ)何もかも見通したのさ! 何もかもだよ! (耳をすます)機関銃の音かな?
(彼女は笑い、機関銃の一斉射撃の音をまねる)そうれ。(はっきりと)これが水平に走る音ってもんだ。
(彼女はうずくまり、ハンカチで汗をぬぐう)
頭の毛は刈っちまう。綱なんか作るからね。気違いの持っている野生の薔薇も切り取るのさ、あの連中、
お互いのお尻に押し込むからだよ。あたしの方は草の中を、野兎の足跡のにおいをかぎながら、ぱっぱか走っていた……
冬は雨の水溜りの水をぺろぺろ、夏にはもう吠える力もないくらいあたしの口はからからになって……
声 (かなり穏やかに)誰だ、喋ってるのは?
おふくろ 茨がずるずるしてるのさ。
声 茨か、鉄条網か?
おふくろ 鉄条網だよ。
(彼女は背景の後ろを通って去る。しばし辺りは空になる。やがて、左手から、ピエールが登場。疲労困憊したように、思い足取りで歩く。彼はひどく重い袋と機関銃をかついでいる。
両方の靴を、靴紐でぶら下げて持っている。彼が石の上に座ると、背景の上には、月の代わりにおおぐま座が描かれる)
ピエール 畜生! 石までくたびれてやがる。(間)ええい、糞忌々しい、こんなところに座れた尻があるかよ?
それに引き換え、ブーローニュじゃ……(自信たっぷりに)おいらはブーローニュの出だってことよ、
そこは、その名前は一字一字豪勢な花文字だ、って事は、生地は銀糸でできてるんじゃねえ、
金で出来てるって事さ。おいらの奥歯と同じよ。そのおいらがこうやってマホメット教の国の中に鎮座ますたあ!
(彼はやっとの思いで立ち上がり、左手に向かい歩き出す。
遠くから、お袋のものすごく大きな声が聞こえてくる)
(右手から出て来る)きょう日じゃ、だあれもね。裏切り……裏切り……哀れな取るに足りない言葉さ、伝染から落っこちた小鳥、
哀れな取るに足りない言葉がただ一つそこに落っこちている、誰も気がつかない、それを拾って、あっためてやる人なんぞいやしない、
そうだろうが? ……ちょっと、誰、そこにいるの? ……なんだい、ありゃ、誰だい? 男かな?
男の人かい? そこにいるの、誰? もっとこっちへおいでったら。年は取っちゃいるけどね、あたしだってまだ、ズボンの前のふくらみ具合、
そのくらいの区別はつくよ。出ておいで。(ピエール、姿を見せる。彼は吐き気がするらしく、今にももどしそうな様子)げろ、吐くのかい?
ピエール (力のない声で)とてもいけねえ。もどしちまわなきゃ、どうにもならねえ。
おふくろ (彼に近づき、その頭を支えて)ひどいごたまぜだね、こりゃ。古くなったオムレツに、赤葡萄酒に……
ピエール ああ、そうよ。
おふくろ 我慢なんかしないで……まだ吐きたいなら、全部出しちまいなよ……きっとそうだよ、あんまり見晴らしがいいからね。
目が回りそうだものね、こりゃ、それで胃袋がでんぐり返しを打ったんだろう。よくあるこったよ。
ピエール (服の袖で口を拭きながら)だがお前は、こんな時間にそこで何をしてるんだ?
おふくろ 用を足しに来たのさ、石ころの上にね。お前さん、どこの人?
ピエール ブーローニュだ……(間)まさか、スパイをしてるんじゃあるまいな?
あふくろ (相変わらず彼を支えたまま)あたしらを残らずやっつけるのがお前さんがただと思うとね、あたしゃ歌を歌って笑っちまうね。
お前さん方が、うちの村を地図の上のちっぽけな赤い血のしみにしちまうなら……
ピエール できることをやるまでさ。おいらの荷物を担がせてくれ。
彼女はそれを解こうとする……それはかなり長く続く。爆発音と、鈍い音が聞こえる)
ピエール ほら。
おふくろ (その動作を続けながら)聞こえたよ。
ピエール ありゃ、きっと将軍だ。時間の底へ転がっていく。
おふくろ そいつか別のか、あっちかこっちか……ごめんよ……どうも兵隊さんの身支度ってのはうまく出来たためしがなくてね……
右も左もこんぐらがって来ちまった。
(しかしピエールの方が必死になってもがくので、両方の肩紐が彼に巻きついてしまう)
ピエール 袋を前に持ってきてくれ……
おふくろ (相変わらず肩紐を直そうと懸命になっている)そんなこといったって、どっちが前でどっちが後ろなんだい?
お腹は? お尻は? 下と上は? ここかい、あっち? よそならどこでもいいってことかい?
(喋るにつれて、彼女は肩紐をピエールの首にぐるぐる巻きつけていく。その紐はどんどん長くなり、数を増し、ピエールの首にますますきつく絡み付いていく)
裏は、表は? 暑さは、寒さは? どっちにあるね、本物の北は? 偽物の南は?
ピエール (いささか不安になって)おい、ばあさん……こりゃ何の悪ふざけだ?
……お前の年じゃあるまいに……何してるんだ?
おふくろ (息を切らして)結び目に……かばんに……結び目のかばんに……締め金に十文字のたすきのベルトに……綿入れ頭巾に……
ピエール (弱弱しい声で、かろうじてもがきながら)ばあ様よ? ……一体全体……
おふくろ (突然さっきだって、激しく袋の肩紐を引っ張る。膝を兵士の背にあてがって)撃つぞ。
(彼女は機関銃の音を真似る。それから、両手に唾をして、一層激しく引っ張る)
おふくろ あたしだってやっちゃうさ、時にゃ……(さらに引っ張る)……今がそうさ……(兵士は舌を出して倒れる。おふくろは起き上がり、しばし息を入れている)
今がそうさ。(突然、狼狽して)そんな馬鹿な事って。このあたしが、まさか、このあたしがこんなことしたんじゃあるまいね?
まだ先の長い子を一人、だめにしちまうなんて? (屍骸を足で蹴って)
嘘だよ、死んじゃいないんだろう? 起きなよ。もう一度、しゃんと立ちなったら。死んじゃいないよ、お前さん。あたしが殺したりはしなかったよね?
(屍骸の前に跪いて)返事をしておくれ、お願いです、返事をして、かわいそうなフランスの兵隊さん、可愛い子、可愛い、可愛い子猫ちゃん、
あたしの小鳥、もう一度おっきして……ええい、起きたらどうだよ、いい加減に! (彼女は起き上がり、肩紐をかき集める)
本当にくたばっちまったよ、いけ好かない! これ、みんな、どうしようか。(彼女は屍骸を引きずっていく、まるで猟で殺した獲物を引きずっていくように)
あたしが引きずっていくものは一体何だい? でも、どうしてこの紐が巻きついちゃったんだ、このこのすべすべした首の周りに?
(彼女は立ち止まり、一息入れる)間を置いて噴出す温泉と同じだ、血は天まで吹き上げなかった、でもそれなのに、この世のはじからはじまで、夜は真っ赤だ!
(彼女は振り返り、手で屍骸に狙いを定め、機関銃の音を真似る。彼女は、兵士の担いでいた物など、一纏めに引きずりながら、姿を消す。
しばらくの間、辺りは空。やがて、夜の中を手探りで、中尉と将軍が現れる)
あの子の方でも再びわしに会うことがあるかどうか? 軍隊が拾って育てた子だ、幼年学校に入るだろう。
だが、あの子は植民地軍において活躍しようとは思うまい……
(元気なく)……植民地軍などはもうなくなってしまう、植民地がなくなるのだからな、
外人部隊だって同じ事、外人がいなくなってしまうのだから。何もかも味気がないものになる。びっこをひいているのか?
(二人はそろそろと身をかがめて手探りで、一人がもう一人の後ろについて、進む)
中尉 相変わらず筋をちがえまして。
将軍 食堂の階段を下りるときにか? 手摺りをつけるように言っておいただろう。綱でいい、ただの綱で。まあとにかく……
将軍がびっこをひいていても、さして恥にはならん。咳さえしなければな。(間)そうなのだ。もはや植民地はなくなる。
わしの息子は、下手をすると一人前の男になったときに、原住民というものが何か、知らぬままでおるかもしれん。
それがいやなら、あれももうぐずぐずしてはおれん。向かい側の連中もそうだ、やつらは戦っておる。
そして戦闘が彼らをひときわ美しくしている……君も気がついたか?
中尉 閣下もですか? もっと低くなって下さい。背中、岩の天辺よりも上に出ております。
将軍 (客がだんだん減っていくのを見ている商人のような口調で)段々段々、陰険な目つきが減っていくね……
段々段々、逃げ腰の顔が減っていく……(重々しく)用心が肝心だな、中尉、次第に増大し高まってくるこの美しさに対して。
(叙情的に)美しい肉体よ、美よ、全軍を結ぶ絆よ、君の言った言葉だな、われわれにとっての絆だが、しかし彼らにとっても同じなのだ。
(間)わしはよく自分にこう問いかけてみる、二十八年にわたる軍隊生活をしたわしだが、
もしそのわしが、自分の威風堂々たる姿を鏡に映して自分ながら惚れ惚れとなるような事が
なかったとしたならばだ、いたち、その堂々たる風采を防衛するだけの勇気が、このわしにあったであろうか?
……もし万一、向こう側の連中が鏡など手にしたならば。
われわれの友人達は、殺されたか、逃げ出したかで。相手のやつらは……
将軍 あんまり力んで糞をしたので、やつらは歩くそばから糞を垂れ流しだ。われわれはその中を進軍せにゃならん。新しい技術がなければ……
(溜息)美しい肉体よ、全軍をつなぐ絆……君の名言の一つだったな?例の何とか言う軍曹は?
中尉 (天啓を受けたように)それでわかりました、なぜやつらがわがほうの戦死者からゴム底の靴を盗まなくなったのか。
将軍 軍曹はどうした? 一言も言わないじゃないか。
中尉 あの腹の立つサイッドのやつ、相変わらず見つかりやしない。
あいつがますます落ち目になるのはどうでもいいが。裏切り者の……
将軍 あの男の裏切りのおかげじゃないか、われわれの男たちにしたって
---これじゃ有閑マダムの口ぶりだよ---今、われわれのいるこの岩鼻を占領できたのは。
中尉 あのサイッドのやつが、汚らしく、むかむかするようになればなる程……
将軍 (突然怒って)軍曹はどうなったんだ、君はそのことを話すのを恐れている。
その美貌、その肉体、ますます美しくなってきたろうな?
中尉 特殊部隊に派遣されております。(間)マッサージをさせなきゃ……
将軍 (厳しく)おっかないのか? (鼻歌めかして)美しき肉体よ、全軍の……
この輝きをとことんまで持っていくことが出来る男だ、あの軍曹はな。白状したまえ、あの男がおっかないんだろうが。
中尉 (へりくだった口調で)あそこまでやれるものとは考えませんでしたので……
これほどまでに美しい怪物、自分は間近に見るチャンスなどありませんでした。
正直なところ、自分はたじたじになって後退しました、しかしこれからは、落ち着きを取り戻す覚悟で……
彼はわれわれの模範とすべき存在となったのだ。戦闘を受け入れたからには、その戦闘をとことんまで続けねばならん。
地獄落ちの事態までな。そして相手が異教徒の場合には、われわれのうちに、
サラセン人の年代記の、課の清らかな残酷さをよみがえらせ、奮い立たせねばならんのだ……かの軍曹こそは……
中尉 (無気力な声で)彼は子供たちさえも殺します……小さな女の子達も……
将軍 (感嘆して)サラセン人の女の子達をか! もはや後退するには遅すぎる。あの軍曹こそはデュランダルの剣だ、やつは鍔まで深々と突っ込む。
中尉 彼のあの首筋……彼のあの歯……あの微笑……そして、なかでも、あの眼差し……
彼があんなにうまく、あんなにも冷ややかに殺せるのは、彼こそが権力を握っているからです。彼の美しさが彼らを守り……
将軍 そしてわれわれを守る……
中尉 われわれ自身から。
将軍 (不機嫌に)今、何と言った?
中尉 われわれなどお構いなしです、彼の美しさは。それに、彼の方で愛されていると知っていることもあります。
われわれに愛されていると感じている、そして、すでに赦されていると。ところが、われわれの方は、誰にも……
将軍 (厳しい口調で)われわれの上官は、常にわれわれにこうすすめて来た、われわれがわれわれ自身を、完璧な物体と見なすようにと、
絶えずますます完璧になりまさり、それゆえ何も感じないものになるようになるとな。死を与える見事な機械だ。
われわれの孤独の認識が、われわれにこの力を与え、
またその力がわれわれの孤独を増大させる……あの軍曹こそ……
将軍 (情け容赦もなく)何をぐずぐずぼやいとるか。そこまで行かねばならん。武装をし、長靴に軍帽、もちろんだ、だが同様に、白粉を塗り、
髪にチックをつけ、丹念に化粧をするのだ、相手を殺すものは、
的確な仕草をする骸骨の上に塗った化粧にほかならん、そして死がわれわれを殺したときには……
(機関銃の掃射。将軍は右手から退場しようとした瞬間に倒れる。中尉は体を沈める。
その姿勢のままで、彼は将軍の屍体の両足を引っ張りながら退場するが、退場に先立って、次のように語る)
中尉 (屍骸に)うまく息が合っちまった。(間)将軍、閣下に対し深甚なる敬意を表するものではありますが、
(彼はほとんどつぶやくように)これは申し上げておかなくてはなりますまい、
異教徒を一人倒すためにさえ、いかにも手の込んだ芝居に憂き身をやつさなくてはならず、
そのため自分が、役者であり演出家である芸当などとても出来はしないという事であります……(再び掃射)
……糞忌々しい、雨あられだ。(彼は屍骸の両足を引っ張る)
……閣下のピストルを外して、閣下の体を転がしていかなきゃ、駄目なようで……
第一の背景 娼家を表している。
第二の背景 村の水飼い場を表している。
娼家に入ってくる兵士達はアラブ人の戦士である。第二の背景、すなわち水飼い場の前に出てくる男たちは、
すべて、片輪か、顔がひどく痛めつけられて変形している。
スリール---その顔付きは、仮面を用いて、醜く歪んだものになっている。
サレム---片方の腕がない。一人の女が彼のタバコを巻いてやる。
ハメッド---松葉杖にすがっている。片脚がない。
バシール---左手に大げさな包帯。
すでに指定したスタイルの、色とりどりの背広。
ヂェミラは藤色のドレス、白いストッキングと靴、黄色い帽子を身に着けている。
アラブ人の兵士達は、やせて、日焼けした顔、アメリカ兵の制服、緑の広いフェルト帽。
最期に来る客は---来ればの話だが---湖の淵でひっくり返る事だろうよ。この惨めな金のペチコートはどうだ!
あたしゃ、いつの日か、お前達が、飾りである事をやめて、お前達だけで、栄華の絶頂である淫売になるように勤めてきた。
あたしの夢ももうおしまいだ。あたしが帽子のピンで歯をほじるのも、あたしの編み出した芸は全て!
連中がベッドの上であたしを揺さぶるとき、いいかい、あたしのペチコート、お前達なんだよ、
連中が押し潰し、皺くちゃにするのは。あの人たちには、お前達の鉛の入ったへりを持ち上げる力もありゃしない。
だから時間の節約にと、あたしの方で下腹の穴をわざわざ開けてやらなきゃならない始末だ。
(タバコに火をつける)錦の帳の中で、鎧戸が一つ、大地の底へと開くのさ!
(煙を一吹きして)まったく四十二にも名って、タバコを覚えなきゃならないとはね!
(左手に、アラブの兵士が一人、シャツの襟のボタンをはめながら出て来る。
退場する前に、彼は機関銃に弾を装填する。ベルトを結び、髪の毛を直しながら、マリかが戻ってくる)
マリカ あたしの仕事も、あの連中のお遊びも、全然面白みがなくなったよ。ぎりぎり歯を食いしばって店へ上がるんだからね。
(彼女はしゃがみこみ、縫い物を取り上げて、つくろう)
ワルダ (辛辣に)そうして世間の女どもはあたし達に笑顔を見せる。(タバコをふかす)あたしがせっせと励んできた事は、
あたしの夜の中で、あたしが金箔に覆われた人形みたいになる事だった。そう、その金色の人形が、銀メッキの長いピンで、歯茎をほじくりかえすのさ、
ところが今じゃどうだい、世間の女どもが歯を見せて笑いかけ、あたしたちにおいでおいでとくる!
(間)さすがにあたしをあたしの名でちゃんと呼ぶところまでずうずうしくはなれなかった、あの女どもの兄弟や従兄弟達にするようにはね……
(忌々しげに、タバコのすいさしを吐き出す)
(事実、左手から、アラブの兵士が一人登場。前と同じ芝居。ワルダは背景の陰に隠れる)
ワルダ (姿を消す前に)お前の言うとおりだ、まるで連中、人殺しに店に来るみたいだ。
(沈黙。マリカは繕い物をする)
マリカ ご時世には逆らわないほうがいい……(繕い物をする)お天道様が村の水を涸らさない限りはね、
そんな事になったら、何であたしら、体を洗うね?部隊は八時ごろにやってくるわ……名誉の戦死をしなかった連中。
こりゃ、ひどいラッシュになるね。とんだ書き入れ時だ。(くすくす笑う)勿論あたしゃ認めるよ。
上の、あの丘の上じゃ、連中ちゃんとお勤めを果たしているって! 絶対になかったろうよ、聖書の中にだってさ、こんな抜け目のない殺し屋達……
こんなに勇敢な殺し屋達は……(また笑う)あたしゃ真っ平だね、娘にせよ、おふくろにせよ、おばあさんだろうが、孫娘だろうが、そうよ、
あたし達の兵隊さんの足の間でくたばるフランス人の身内なんぞになるのはね!
(笑う)その男のお墓に、セルロイドのお花を持っていく気にゃとてもなるまいよ。
(アラブ人の兵士がコルト拳銃を持ったまま出て来る)山の上にかえるのかい?
兵士 俺がたまったものを出しに来たってな、別に引退するためじゃないぜ。
マリカ 戦じゃ足りないのかい?
兵士 文句を言う筋合いはあるまい。
マリカ ただ聞いただけよ……
兵士 (ちょっと躊躇ってから)もう、戦争は、戦争をするのは楽しみのためじゃない、勝つためだ。
(短い沈黙)楽しみは戦争の傍らにおいとかなきゃいかん、戦争の中じゃない。
(彼はボタンをはめ終わって、出て行く。マリカは肩をすぼめる。ワルダが現れる)
マリカ 水のこぼれる音がするよ、お前さんが洗っているとき。じゃぶじゃぶやるんだもの……
かせがなきゃ、おさらばだよ、歯をほじるためのあの帽子ピン。あたしの編み出した芸! もうおさらばだ、この芸も!
このあたし、ワルダ、男たちは遠くから、遠くからわざわざやって来たものだ。
ところが今じゃ、連中はどこからでもやって来る。あたしとやるのが目的さ。そうなりゃこっちだって…… それ相応に稼いでやらなきゃ……
マリカ いい按配に、お金は払っていくものね。
ワルダ (振り返り、激しい怒りを見せて)あつかましいにも程があるってもんだ! やつらがそんなまねをすると思うのかい?
やつらはあたしをくたばらせるのさ! 湯気のむんむんするソープで働くより悪いよ!
あの連中、あたしの金のペチコートの下に飲み込まれようとやって来る、あたしの襞、入り組んだ襞の中を引っ掻き回し、
挙句の果てはその中で寝込んじまう---そこで寝込んじまう男の数は何人になる?
眠いからか、それとも怖いから寝ちまうのか? ---あたしの豪華な富に対しても、また、
あたしが二十四年がかりでようやくなれたものに対しても、尊敬のひとかけらも見せやしない、それでいて、銭は手放すまいってのかい?
マリカ 深い谷の底からあの連中がまた上に上ってきたとき、今度の行く先は、死なのよ。あの連中にはきっと……
雑作もないこった。今ならまさにできるよ、あたし達のほうでその気になれば……看護婦さ……看護婦になりたいんですがって申し出れば、
この店なんぞ放り出したって誰も文句は言いやしない。(間)お前だって、感じるだろう、あたし達の周りの空気も、空間も時間も、
皆まったくありきたりの物になっちまった。女郎屋の店はもう女郎屋ではなくなった。これじゃまるで青姦だよ。
あたし達のすることは、水飼い場の女達がしてることと同じくらい、開けっぴろげになっちまった。夜だって?
……夜なんざ、出て行っちまったよ。あたし達を取り囲んでいたあの夜、あの夜を吹き払っちまったのは、どこのどいつだ?
(機関銃の弾のベルトを巻きつけたアラブ人の兵士が入ってくる。彼は背景の後ろに入り、
マリカがその後ろに従う。水飼い場を表している第二の背景に、オムーが現れる。
彼女は空の袋を手に提げている。彼女は傲慢な態度でハメッドを見下ろす。やがて、ヤスミナとネヂュマが登場する)
ワルダ (一人)淫売さ! このあたし、ワルダ、あたしはますますあたしというものを消していき、
あたしのかわりに完璧な淫売を、金色の衣装を支えている骸骨にすぎないものを残さなければならなかった、
ところがそのあたしが、今、ものすごい速さでもういちどワルダになろうとしているじゃないか。
(彼女はスカートを破りだす。したがって、マリカが現れるときには、
衣装はぼろぼろになっている。その間、彼女は長い嘆きの叫びを発する。
上では、背景の後ろから、オムーと、続いてハメッド、次いでスリールが出てきたところである)
オムー (六十歳前後のアラブの女)グリーンだ、淡いグリーン、
グリーンのガラスの粉みたいなもの、グリーンのビンを叩き壊して粉々にしたやつ。
アレだったよ。一つの井戸にそれぞれ一箱さ……
ハメッド で、ろばは? 羊は?
オムー 砒素が嫌いだってんなら、くたばるだけだ。だが、くたばるのはろばや羊だけじゃない、一緒に、金髪の美男子の兵隊達もくたばるのさ。
がんがん照りつけられて、腹が破裂しちまってよ。腸は蛆が食い放題だ。お前さんの砒素ってやつも、
蚤と蝿には一向に効き目がないらしいぜ。誰かが俺達を敵に売りやがったって話はともかくよ、
それにそいつがサイッドだってことは、確からしいなんて段じゃねえんだが……
スリール これから先にあるのは破滅さ。あの連中なら、水がなくなって給水車ってことがある。だが俺達はどうだ?
よっぽど大事をとってやらねえとだめだぞ。やつらはほとんど逃げ出しちまった、だがいつ帰ってくるか分からねえ。
そうなったら、どんなひどい虐殺が始まりますかね、奥様……
オムー (軽蔑的に)それなら行きゃいいだろ? 外人部隊に入りゃいい。水ばかりじゃない、レモネードにだってありつけらあ、
あたしゃね、切手を貼ろうとしたってもう唾が出ないくらいだが、それでも口の中を下でよくこすりゃ、お前さんのその面にぶっかけて、
クレソンを生やすくらいのつばは出てくるわさ! (見えぬものに祈るように呼びかけて)
カディッヂャよ! カディッヂャ! お前が地面の中にいるから、お前は死んだと人は言う、
だが私の体に乗り移り、私に霊感を与えておくれ! そしてサイッドの方は、祝福されるがいい!
(娼けでは、兵士が出ていき、次いでマリカが姿を現す)
マリカ (戻ってきて)連中の堅苦しさといったら、目つきにまで出てるわ……
(ワルダの金色の衣装がずたずたになっているのに気づいて)
まあまあ……まるで爆発にでもあったみたいだ!
(アラブの兵士登場。合図をしてから、背景の後ろに消える。
ワルダが後ろから付いて出て行く。マリカはその繕い物一式を取り上げるが、
ハメッドが話しているので、そのまま耳をすます)
ハメッド (オムーに)怒るのは間違ってるぜ。お前さんのこと、みんな我慢してるのは、女どもの罵詈雑言こそ、俺達のマルセイエーズだからさ、だが、時にゃ……
ネヂュマ (今登場したところだ)肥溜めと悪口と両方要るよ。お前さん方、有難いと思ってもいいはずだよ、あたし達女がさ、
お前さんが他の勇気に肥やしをやりに来てくれるってね、あたしらがかぼちゃに肥やしをやるのと同じさ。
バシール 現実を見なきゃいけねえ。もし何かがよ、結局のところ勝ちを占めるとしたら、それはなんだ?
俺達の屍骸よ。そうして、俺達の死骸がお前らの屍骸とやってよ、お前らの死骸が小さな死骸を生むって寸法だ……
女たち へえだ、へえだ、へえだよ! へえってんだよ! お前、自分が鉄で出来てる、ジェラルミン製だとでも思ってるのかい!
バシール 俺がジェラルミンでなくてもだ、いいか、よく覚えとけよ、俺は闘士の中でも一番主だった。
そしてな、一番おっかねえやつだったってことをな。俺のやった事だぞ、ナントゥーユ農場に火をつけたのは、
ブー・メディナのお巡りをぶっすりやったのも、青い目の兵隊二人、脇腹を抉ってやったのもな。
よし。だがな、今じゃ戦う事がだんだん問題じゃなくなってきた、
問題は、どうにもならん汚い中で、垢まみれ、糞まみれで生きなきゃならないってことだ。井戸に砒素を入れるなんてのは、大それた罪だ。
オムー 大それた罪が恐ろしいのか? 罪以外の生活なんてあたしらにゃもうないわさ。その大それた罪を生きなきゃならないわさ。
あたしゃ神様にたてつく気は毛頭ないが、神様の方であたしらに、
大それた罪のほかには何もとっといてくださらなかったことは、あちらでもご承知だわさ。
そもそもだ、喪に服すってのは、殿方に伺いたいね、自分を汚らしくする事じゃないのかね?
砂だの灰だの、泥や蝿や、牛の糞を体に塗りたくる。髭は生え放題、垢は体中の皴にたまりにたまる、目玉を穿り返し、指の皮をはがす、
一体全体、喪に服すってのはなんなんですね? (怒り狂って)サイッドに祝福あれ!
ネヂュマ 井戸に毒を入れたって? それからどうした? お前さん方、渇えて死ぬって。あたしだって同じだ。やつらだって同じだよ。
それに、もしやつらが蓄音機と香水でも持って帰ってきたときには、あたしゃあたしの腐った死骸の凄い匂いで、
やつらの目の玉をでんぐり返らせてやりたいよ。だが、もう心配はなくなった。
お前さんたちがあたしらの事をひどく怖がっている、このあたしらよ、
自分のところの女をさ、その怖がる気持ちがこっちの武器さ。
オムー (バシールに)お前達だよ、あたしらをひどい境遇にしたのは。あたしら、女はね、三千年も前からお前さん方の雑巾になってる事を我慢してきた、
それはいい、が、百年前からは、お前さん方も雑巾じゃないか。お前さん方のおかげでね、あの連中の長靴は、十万個のぴかぴか光る太陽さ、
お天道様のほうで目が眩むとよ!
ハメッド (廃墟を示して)俺達がどういう有様になったか、よく知ってるはずだ……
ハビバ (十六歳、登場したところ)もっとひどいことになるわ。あたいはね、あたいはなんだってしてやる。
お前と寝て梅毒にかかってさ、それを兵隊達にうつしてやるよ。(娼家の方に向いて、かがみこみ、大声で)教えておくれ、ワルダ。
マリカ (ひどく謙虚に)しょうがないねえ、向こうにゃなんでも揃ってるんだよ。消毒用の過マンガン酸塩も、生ゴムも、薬に入れるメチレン・ブルーも……
あの人達はちゃんと守られている。何でもあるもの。皮下注射用の注射器、カプセル、消毒ガーゼのついた絆創膏。
(英詩が背景の後ろから出てくるが、退場するかわりに、階段を上がって、水飼い場の広場に来る。無言のまま全員を見渡す)
サレム そうか。そんならお相手するのはやつらってわけだ。何しろやつらの前には死んだ土地があるだけだからな、
だが俺達の方はもう一文の値打ちもなしか。そんならお前のサイッドよ、あいつを捕まえたと時にゃ、
あいつがいやでも無理やりやっていただきましょうぜ!
オムー いい加減に、吠えるのはおよし。(とっくり眺めるためのような具合に後ろに下がって)
お前は一番美男子でしかも一番馬鹿だよ、世間じゃ皆知ってる事だ。
手足を動かしたり、ポーズを取ったり、長いまつげをぱちぱちやったり、尻をひねったりね、
それで満足してな、あたし達の目の保養ぐらいにはなるさ、それで議論がまた活気づくって。
兵士 (厳しい口調で)そういう話はもう許されんのだ。裏切り者の事で、お前の今のようなしゃべり方は、もうしちゃならん。
事はそれに限らんのだぞ。泥棒も、私生児も、乞食も……
オムー (一瞬あっけにとられていたが、やがて皮肉たっぷりに兵士を見やって)は、はあ! こいつは気がつかなかったねえ!
つまりお前さん方も、今じゃもう制服だの規律だの、一糸乱れぬ行進だ、腕まくりだって段階に達したってことかい、やれパレードだ、英雄的な死だってね、
そうさ、戦争の美しさってやつか……
兵士 なぜいけない。糞や垢とは別なものだってある。
このチンピラの鼻垂れ小僧が! いや、ひょっとすると、もうとっくにそうなってるのかもしれん。
お前方、あっちの側に移っちまって、あっちのやつらのやらかすことをそっくりそのまま敷き写しにするのが嬉しくってならないのさ、
鏡に映るやつらの影、それと自分を一緒にするのは、それだけでもうやつらになる事だ。
額と額、鼻と鼻を突き合わせ、あごとあご、腹と腹、ええ? そこでどうしてつるんじゃいけないんだね、やつらとやっちゃ?
口と口をぴったり合わせ、息と行き、下と下を絡ませて、叫ぶ声は叫ぶ声に、喘ぐ音は喘ぐ音に……
兵士 (憎憎しげにオムーに詰め寄る、とオムーは後ろに下がる)反吐が出る!
オムー ほうれ見ろ! 図星だろうがさ、ええ? 戦争とはつるむことだ! 淫売屋のお姉さん達に聞いてごらん、店へ来る兵隊達が……
(娼家に向かって言葉をかけ)どうだい……マリカ? 答えとくれ……おや、あの子、窓を閉めちまった!
(突然、雷鳴が轟く。雨が降っているに違いない、なぜならオムーとサレムを除いて、
登場人物たちは、半分は右手の、もう半分は左手の方へ行き、庇の下で雨宿りをしている人々のような格好で立つ。
オムー一人、中央にいて笑う)いったい、天から落ちてくる水に濡れるものなんかあるのかい?
お前さん方、まるで糸みたいに細くってよ、それじゃ水の方で一発でも、お前さん方に命中する事は難しいね!
(笑う。しかしサレムは彼女の傍に来ていた)お前さんは別だよ、サレムさん。そこにいたのかい。
全くのところ、腕が片方ないね。大雨で溶けちまったのかね。
サレム (手に空気入れのポンプを持って、自転車の傍に来ていたのが)軍需品倉庫の火の中で溶けたのさ。
おかげで俺には、思っている事をはっきり言う権利が出来た。
(ワルダが現れる。彼女は逆上しているようだ)
(怒って)なんだい、あの言い草は!
(二人は外の会話に耳を傾ける)
オムー 戦争が終われば、お前さんは在郷軍人ってわけだ。目下のところは、退役だがね。どうしても続けなければいけないのは戦争さ。
大声で喚きたててよ。なるほど威勢のいい言葉はお前の口からは出てこない、だが、そいつはお前の空っぽの袖から出てくる。
タイヤに空気を入れてくれるやつ、いないのかい? お貸し。
(彼女は両手で彼の空気入れを取り、前輪の栓を開けて、空気を入れ始める。口の中でぶつぶつと)
またお前を膨らます! ひっきりなしに膨らます!
兵士 (近付いてきて)俺達だって怒っている。だが俺達の怒りはもっとゆっくりだ。機関銃を担ぎ、しかるべき場所に据えなきゃならん。
弾丸を込める。地平線のかなたを監視する。確かに叛乱だ、だが俺達の叛乱はもっと重々しいのだ。
お前らは俺達の周りを踊っていればそれですむ、だが俺達はな、お前らの踊りを守ってやらにゃならん、
お前らのワルツも、お前らの罵詈雑言もな。
(彼は空気入れを取り上げようとするが、オムーはそれを拒否する)
サレム こいつの言うとおりだ、お前の罵詈雑言だって、しまいには種が尽きる。
だんだん勢いがなくなるよ。
オムー (頭を上げて)年をとったのかい、あたしが?
兵士 (元気を失って)俺のほうがお前より先に死ぬ、だから一番年寄りは俺だ。
オムー (体をもたげて、兵士の目を見据え)あたしにはお前さん方の値打ちが分かっている。お前さん方の全部だ。(重々しく)
分かっている、死がお前さん方を狙っている。当節この国じゃ、死神は一番若いのを真っ先にさらっていく、
だが死神にしたって、お前さん方に危ない一か八かのゲームをさせているんじゃないか、
昔ながら、お前さん方は、嵐の夜、木から落ちる青い実だった。今じゃ……
オムー だが、道徳的な規則じゃない。
兵士 (きっぱりと)道徳的だ。戦争はわれわれに平和とはいかなるものであるべきかを教えてくれる。
もう殺すのも殺されるのもごめんだ、一番強いものになりたいのだ。甲冑がいる。
オムー (横柄に)何を守るためだい?
兵士 (ちょっと黙ってから)俺には分からん。が、とにかくいるのだ。早く空気を入れちまえ。こんな土砂降りの中にいるのはごめんだ。
オムー (皮肉に)お前さんの制服、とっても素敵だからね……
兵士 (彼女から離れ、庇の下に入りながら)これだって、そうだ。ぼろを着てたんじゃ満足に戦はできない。
(途端に食って掛かるような口調になり)そうだよ、満足な戦は出来んのだ、みっともない面をしていちゃな、女にももてんような奴じゃな。
(がなり立てる)いいか、男たちに俺が死に逝くその姿が、奴らに羨望の念を起こさせる事が必要なのだ……
オムー (肩をすぼめてから、また空気を入れだす)カディッヂャよ……
サレム いい加減に止めておくれ……ずぶぬれになる、自転車なんかいいから。
(彼はハンドルをつかむ)
(彼女は自転車の胴に空気入れを戻す)よく分かってるよ、あの男のいう通りだって……
(と、兵士を指す)だがね、カディッヂャって人は、言うべきことを見事に言ってのける人だった。
(下の娼家では、兵士が一人一人やってきて、背景の後ろに姿を消し、マリカがその後に従う。ワルダの怒りはますます激しい)
マリカ (姿を消す前に)あれであたしの上に乗ってくるんじゃ、あたしは、出てくるときにはずぶ濡れだよ!
サレム (片手で自転車を押しながら退場しかけて)忘れちゃいけないぜ、あの女がそう喋ったのは、死んでからだ。
生きてる間は、とてもそんな勇気はなかったはずだ。(オムーは答えるのをためらう)早くしな、おいらはずぶ濡れだ。
兵士 (大声で)何を守るためかと? お前の愚劣さだ、他でもない。他にはない。お前を見て、俺にはわかった。
俺達が死ぬとして、それは承知の上だ、死ぬのはお前の愚劣さのためにじゃない、が、
もし俺達が規律と掟の中で秩序を打ち立てるなら、それはお前が百年間生きられるようにするためだ。
お前のその甘い……甘い……お前の優しい、映り輝く愚劣さを抱えてな……
(彼女は咳をする)
オムー (皮肉に)それはそんなに貴重かね?
サレム (彼女を自転車で押しながら)雨はだんだんひどくなる。先へ進みなよ。(彼女はまた咳をする)ほれ見ろ、風邪ひいたじゃないか。
オムー (兵士を指して)あのちんぴらのおかげでひどい風邪をひいたよ!
(ふいに)ところでサイッドは? サイッドのことで、何か分かった事があるかい?
(彼らはかたまって雨宿りをする。がたがた震えながら、雨がやむのを待つ。この場の終わりまで)
(姿見に唾を吐きかける)どこにいるのだ。あの男たちは、あたしがわれとわが身を見やるのを息を殺して見つめていたあの男たちは?
今じゃ世間並みの労働さ。それに乾物屋で会う女どもに挨拶をするのも、あたしが思っていたより肩の張ることだ……
(アラブの兵士が、櫛を使いながらでてくる。マリカが再び現れる。ベルトを締めなおしながら)
マリカ あの人、全身血まみれだったよ……ベルトにホックを付け直さなきゃ。(彼女は繕い物をする)
ワルダ お前のそのすばしっこさ、お前がミシンになるのは当然の勢いだったよ。遠い距離があった。
サハラ砂漠があった、このあたし、ワルダと、村で一番軽蔑を買っている女との間にはね、
あたしとレイラの間にはね。植民地軍の砲兵大隊の隊長が---今から一年も前の話さ---ある昼下がり、やってきてね、その男のボタンを三つ、
付け直してやらなければならなかった。そこらじゅう指輪をはめたごつい指をしているくせに、
ズボンのボタンを付け直したのはその男の方さ、あたしにゃできなかったね。当節ならできるとも。
糸をなめて、針に通して、布をあてがって、はすかいに切って……肉屋や乾物屋で、連中はあたしに挨拶をするんだよ……
あたしゃ、ますます、特別な人間じゃなくなっていく……だからこそ、あたしの怒りはますます大きくなる。あたしの悲しみも同じだ。
だがね、連中、あたしの悲しみには用心するがいい。そいつさえありゃ、連中があたしから奪ってしまった不幸ってやつも、あたしは必ず作り出して見せるから……
マリカ (優しく)お願いだよ、ワルダ。気を静めて。
(彼女はワルダに近づく。あたかも情愛をこめてのごとく)
(マリカは彼女を引きとどめようと努める)看護婦かい! 看護婦ときた!
やつらはあたしをあたしの墓の中から引きずり出して、赤十字の女にしたてようってんだ。(オムーと向き合って立ちはだかり)
あたしの周りに、あたしのこの手でね、あたしゃこの淫売窟を築いたのさ。その石を一つ一つ、
お前さんがたは取り除いて、この店を取り壊し、あたしの心臓にまで手を伸ばそうという……
マリカ (ワルダに向かい、彼女を右手に引っ張って来ようとしながら)黙ってよ、お願いだから、黙って。
あの連中、今までにないほど強くなってるんだから……
兵士 (むやみと男性的な虚勢を張って)兵隊がいる限りはな、淫売も残るんだぜ。
(そのとき、右手から、ヂェミラが現れる)
ワルダ 誰だい、お前さん?
ヂェミラ (手に黒の小さなスーツ・ケースをさげている)あたいの名は、ヂェミラってんだ。マイヤンスから来ました。
ワルダ (怒って)誰がここへよこしたんだ?
ヂェミラ お天道様よ。
マリカ 仕事はちゃんとやるね、お前さん?
ヂェミラ マイヤンスは駐屯部隊のいる町さ。あたいの胸は、コルセットがパンパンにはちきれそうさ、その上、腰の頑丈さは無類だよ。
しかもパンチがあるよ、何しろ、教会のベンチより硬いベッドの上で、鍛えた相手が兵隊さんばかり、
イギリスだ、アメリカだ、ドイツだ、ロシアにポーランド、セネガルの黒ちゃん……
(ワルダのずたずたになった衣装を見つめる)
ここじゃ、お店の中まで戦争なのかい?
(アラブの裁判官が、左手から出てきて姿を現す。退場しかけるが、その前に)
オムー どうしたね、お裁きをする人? 雨が降ってる中をかい! さぞかし美しかろうね、お前さんが美しくした正義とやらいう女の子は……
裁判官 (笑いながら)わしがあの子をお前さんがたのためにそんなに美しくしたって言うなら、お前がたに寝てもらやいい。
オムー お前さんのものじゃないか……
裁判官 (笑いながら)もうわしのものじゃない。物事は、それを一層美しくすることができた人間たちに帰属するのをやめてしまった。
開放され、自由になり、すばしこく、それらは逃げ出し、よそへ行って生きる、
誰の上で、何の上で、どんな風に生きるのか、わしの知ったことか、糞食らえってとこだ。
(女たちがどっと笑う)……より優れたもの、より美しいもの、敏捷で、翼を供えたそれらのものは、
自分たちを選りすぐれたものにしてくれた人々を、感謝の念に満ちて、見捨てるのだ。
それらのものは立ち去ってしまった、もう何もない、何にも、ゼロ、おしまいさ。
(と、笑う。そのとき、遠くで、町の外から聞こえてくるような、マーチを口笛で吹く音が聞こえる。
水飼い場の縁に来ている者も、娼家にいる者も、みな頭を上げ、あたかもはるか遠くのはるか高いところを見つめている心持)
ヂェミラ 何、あれ?
マリカ (悲しげに)勇ましい人たちさ。あたしらの兵隊さんよ。丘の斜面を降っていく……何物もあの人たちをひきとめはしない、
長靴にはねる泥も、帽子を打つ雨も……(耳をすます)もう夕方だわ。あの人たち兵営に帰るのよ、ぐったり疲れて……
兵士 (陽気に)帰ってきたぞ!
ヂェミラ それでも、口笛を吹くの?
ネヂュマとオムー 帰ってきた!
マリカ (ヂェミラに)そうよ。習うのに暇はとらないわ。きっと書く正体には蓄音機があって、毎日、毎晩、ひっきりなしに同じ曲をかけてるのよ。
ヂェミラ きっとそのうちに、あたしらのまわりで、あの連中、アメ公みたいに口笛がうまくなって、腰を振って行進するようになったら、きっと、あたしらは……
ワルダ (わめいて)いいや、ちがう! あたしはちがう! あたしは絶対に動き出しやしない、絶対にあたしは、いくら風が吹きつけようと、びくともするものか!
オムー それから、攻撃にかかる前に、葡萄酒を飲んでもらいたい、コーランの禁じている葡萄酒さ。
聖書の掟にそむいて罪の中にいりゃ、あの連中、どんな大それたことでもやれるはずだよ!
あたしの望みは……
裁判官 (兵士に向かい、彼の服装をいちいち上から下までしげしげと見やって)これも全くそうだ。自前でやっつけた取引にしちゃ、
お前さん方、お前さん方の方もなかなかうまくいったじゃないかね。
(白い紙の透明な背景が、前後約一メートルの間隔を置いて、前後重なり合って配置されている。
両側から半円を描くようにして、左右に、多数のアラブ人の男女。
その中に、シ・スリマーヌ、ネヂュマ、ブラヒム、ムスタファ、フランス兵ピエール。
左手に髪の背景が一枚。その背後に、女の影が……躊躇している。
上のほうに、もう一つの背景があり、その前におふくろと、中尉と兵士達が現れる。
全てのアラブ人たちは、みな、穏やかな笑い声を立てている。ついに、最善より背景を通り抜けるのを躊躇していた人物が背景の紙を破る。カディッヂャである)
(再び笑う)
シ・スリマーヌ (穏やかに笑いながら)それそれ!
カディッヂャ (また笑って)いやはや、まったく!
シ・スリマーヌ (同意して)そうともさ!
カディッヂャ (辺りを見回し)それにあんな大騒ぎ!
シ・スリマーヌ いいじゃないか。お遊びも必要さ。
カディッヂャ (笑いが次第に小さくなり)そりゃそうだ……だがそれにしてもよ……誰に予想が出来たね?
(突然、不安になって)ねえ、あたしは、来るのに手間取ったかい?
ピエール お前さんは三時二十四分に殺された、あの上のあっちの時間さ、そしてここに今ついた、三日後にね。
カディッヂャ (彼を見つめて)でも……お前さん、何してるんだい? あたしらの仲間じゃなかろう?
シ・スリマーヌ 仲間であってもなくても、とにかくここにいる。この男を殺すわけにゃ、つまり生き返らすわけにはいかんのさ、
我慢しなければならん。血管が詰まって死んだんだ。何かの間違いだったかもしれんが、俺には分からん……
ネヂュマ 何も。もう何もすることはない。普通なら、時間ってものはコーヒーみたいに通っていくものさ。
そしてフィルターの中に事件を残していく。今じゃ、時間は流れやしない。
カディッヂャ あの男、何をしてるんだい?
シ・スリマーヌ あいつだって、もう何もしてはいない。
カディッヂャ 退屈してるのかね?
シ・スリマーヌ 聞いたって、答えないな。
カディッヂャ じゃ、あたしも聞かないよ。
シ・スリマーヌ どうも喋り方がもたつくな。まだ歯の間に時間のかけらが流れているんだな。
カディッヂャ どうもここじゃみんな分かってないみたいだね、あたしが下界であの連中のためにしてきたことが。
あたしゃ叛乱を組織した、男たちをそそのかした、そして自由のために死んだんだよ。
ブラヒム 正直のところ、誰も気に留めてないね。誰でも死ぬんだ、死に方はまちまちでもな。たとえば俺は、鉱山で死んだ。ベルギーだ。
カディッヂャ (気乗りしない口調で、それを確かめるように繰り返し)ベルギーね。
ブラヒム (ムスタファを指し)あいつは、シェルブールの沖で潜水夫をやっていた。
カディッヂャ みんな死人だってのは分かったよ、ども、みんな回教徒かね?
ブラヒム (微笑して)さしあたりはね。居心地が悪くなるといけないからさ。あとになると……
シ・スリマーヌ (微笑して)時間はない。だが特別のものがある、生きている連中にとって時間が神秘的であるのと同じように、
われわれにとって神秘的な何かが。
(めいめい物思いにふける態)
カディッヂャ それじゃなにかい、あたしたち、仲間同士なら、戦を続けるのかい?
うえの連中に手を貸してやれるのかい、これまでどおりに?
シ・スリマーヌ 俺達が上にいた頃、なりたいと思ってたものに連中がなれるようにかな?
カディッヂャ そうさ。
(全員、きわめて穏やかな笑い方をする)
ブラヒム それじゃ俺たちがより少なく死ぬように努力する事になる。ところが、絶えずますます死を深めていかなきゃならんのだ。
カディッヂャ それでも、車馬には、まだあたしの一部が残っているよ……
シ・スリマーヌ なんだね?
カディッヂャ あたしがあとに残してきた、あたし自身のイメージさ……あたしに、今、見れるかしらね?
シ・スリマーヌ 知りたいんだな、お前さんが二十年も、兵隊達に体を売っていたことがばれちまったかどうか。
そんな事は一ヶ月もたったら、みんな知っていたさ。
(突然上壇がかすかに明るくなる。それは何も描かれていず、真っ黒である。おふくろが、死んだ兵士を肩紐の先に引きずって現れる。
死者達はみな下を向いて---おふくろは彼らより上にいるわけだが---おふくろをみつめる)
ルビーの、お前さんたち、ルビーの大冠をかぶって、引きずってるのは、ちりんちりんの車だ……
カディッヂャ (下を見ながら)サイッドのおふくろだよ、レイラのお舅だ……
シ・スリマーヌ だいぶ前からわれわれはあの女を観察しているんだが、後から後から馬鹿げた事ばかりやっている。
普段はあれほど頭のいい女だが、これじゃまるで世間様とはあべこべの方角に向いて死んでいくみたいだ、
理屈もへったくれもありゃしない。
おふくろ (相変わらず死骸を引きずりながら)ええ、まあ、ずぶ濡れだよ、あたしは。大海原の事を二言三言喋っただけで、もう汗みずくだ!
神様ってのはどいつもこいつも頑固だね。でもあたしがどういうもので出来てるか、それが分かったら、神様だってちったあ考えなおすだろうさ……
カディッヂャ どこにいるんだい、あの女、今は?
シ・スリマーヌ どこにもいない。いや、まだ完全にどこにもいないって状態にはなってないな。もうすぐそうなるさ、俺達のところへつけばな……
ピエール あの女、ついて来なかった……まったくあの婆様ときたら、地面にしっかりくっついているからな……俺なんざ、やややっと来ちまった……
カディッヂャ (現在行われていることには関心がないという様子で)シュルメルジュよ……シュルメル!
ここだよ……そこ! シュルモン……早々、あたしの指の上に……違う違う、手の上じゃないったら……お前さんじゃないよ!
エフェバ! エリーマー!
(彼女はうっとりしているようであり、彼女と同じく驚嘆している兵士を見て、二人で笑う)
カディッヂャ いや、こんなのはね、易しいと思ってたよ! 場所の広さと走る速さの関係ぐらいはっきりしている……
おふくろ (退場する間際である)……帰って! (嘆願する)お引きとり下さい、神々様!
なにとぞ、お引きとりを! あたしに勝手に出させてください、この茨の茂みや、肩紐や、死骸の群れから外へ……
生きている人たちからも……いやさかの声……生簀……お魚、湖、外海!……あたしは牝犬さ、釣りと狩が得意の、純血種さ!
(退場する)
カディッヂャ (スリマーヌを見つめながら)気がふれたかね?
シ・スリマーヌ (微笑して)さっきのお前さんと同じさ……あの女は林を横切っている……理性なんて物を脱ぎ捨てて、純粋な姿でやってこようとしている、
そしてお前さんと同じように、場所の広さと走る速度の関係を知り、蝿達の名前を知るようになるわけだ。
カディッヂャ エフェバ! エルニモン! シェルメルジュ! オルガーヌ! セベラドンヌ!
ニクチュエル! カピローグ! エメローグ! カタローグ!
(背景の後ろから、一つの影が近づいてきて、次第に大きくなり、やがて最後の背景を破く。
それは十一歳から十六歳ぐらいと思われるアラブの少年である)
少年 (穏やかな笑い声を立てて)さてさて!
カディッヂャ (そこにいる死者たちと同様、穏やかに笑いながら)それそれ!
少年 いやはや、まったく!
カディッヂャ そうともさ!
少年 それにあんなに大騒ぎ!
リュベーク! (そして次第次第に早く) サルフェス! クラベス! クリュミラフロール! オクトロ!
少年 誰を呼んでるんだい、死んだ蝿かい? 生きてる蝿かい?
(しかしカディッヂャは答えない。はるか彼方、沢山の紙の背景の背後から、小さなシルエットが現れる。それら全ての背景を、
破りながら、緩やかに踏み越えてくる。ついに、それは最後の背景に到達し、死に達する。この背景を破って、姿を現す。おふくろである)
おふくろ (穏やかに笑いながら)さてさて!
少年 (穏やかに笑いながら)それそれ!
おふくろ いやはや、まったく!
少年 そうともさ!
(全員、微笑する)
おふくろ それにあんなに大騒ぎ!
少年 いいじゃないかよ。お遊びも必要だろう?
おふくろ そりゃそうだが……でも、それにしても……誰に予想が出来たろうね?
それじゃ、あたしは死んだんだね? (カディッヂャに)お前さんじゃないか、カディッヂャ。
(ピエールを除き、全員静かに退場する)
カディッヂャ (微笑して)あたしのほうが先に死んだよ。
おふくろ 知ってるよ。それでどんなご利益があるね?
おふくろ (感心して)お前さん、みんな織ってるんだね! 覚えるのが早いんだよ。物覚えがいいんじゃ抜群だ。
カディッヂャ でもお前さんのほうは、こんなに早くお陀仏になって、どうしたんだい? あたしの後を追いかけて来たのかい?
おふくろ そう見えるだろう? だが本当は、ちょっと違う。あたしは疲労困憊のあまり死んだのさ。
カディッヂャ (笑いながら)でもその前に、うまい具合に、人一人殺したじゃないか。
おふくろ (とんでもないという風を装って)あたしが? 冗談じゃない! (ピエールを見て)この人かい?
この人の首に肩紐が絡み付いて、動きが取れなくなったのさ……
ピエール (笑いながら)必死になって、俺をがんじがらめにしたくせに。それにあの引っ張り方!
引っ張ったぜ、相当!
おふくろ (声を立てて笑っているカディッヂャに)でもあたしはうまく仕組んで、偶然そうなったように見せかけておいたつもりだがね。
カディッヂャ (微笑して)そりゃまたどうして? お前さん、あたしらみんなを、いつでも嫌っていた。つまり見事にしっぺがえしをされたって訳か!
(彼女は声を立てて笑い、おふくろも共に笑う)お前さんたち、いったい何を食っていたんだね、お前さんも、サイッドも、レイラもよ!
あのあぶく! あのうんこ! あのげっぷ! げろを吐けば、腸まで出しちまう!
おふくろ (笑いながら)それから、糞の中に唇すれすれまで浸かってよ!
ほら、ぽちゃぽちゃやると駄目だったら、波が押し寄せてくる、歯を食いしばるんだよ!
(彼女は大声で笑う)
おふくろ そういう訳さ。(微笑しながら)ねえ、あたしの大好きなカディッヂャ、どこの村にもきまって一箇所、ひどいにおいをぷんぷんさせてる場所がある、
村の共通のごみためって言われているところさ。その土地のごみ箱にたまるごみというごみを空けて積み上げる所だ。
村のごみためには、それぞれ特別なにおいがあって、グルノーブルとウプサラじゃ、スウェーデンだよ、同じにおいはしない。
あたしの総身をかけて十三の穴---匕首や、銃剣や、鉄砲玉さ---その穴からは、当に昔の血は流れなくなっているが、
あたしの鼻の穴にゃ、まだ家の村のごみ箱のあのにおいが残っている……
(彼女は息を吸い込み、さらに大声で話す)これこそあたしが一生涯かぎ続けてきたにおいだ、
そうして、あたしが完全に死んじまった暁に、ここであたしってものを作り上げてくれるのは、
他でもないそのにおいだよ……あたしは、あたしが腐っていく事で、あたしの故郷を腐らせてやりたいね……
カディッヂャ (彼女も笑いながら)あたしのほうは、なんてったって、あたしの蝿達だね。今じゃ何十億っているけどさ、それでも未だ全部たしてもただの一匹、
全部たしてもまだたった二匹ぐらいにしか思えないね。あたしは蝿達を送り出して、年端の行かない、
四歳かそこらの乞食たちの目の縁で卵を産ませてやるのさ、村の打ち殺された牛の腹にもね、そうして、
うちの兵隊達の死骸の周りでぶんぶん飛び回らせてやろう。用心おしよ!
(全員頭を下げる。その間に、上の背景が再び明るくなる)
シ・スリマーヌ (穏やかに)秋だ……秋だなあ……
おふくろ (驚いて)誰か、あたしについて来たのかい?
暗闇の中をそろりそろりと歩きながら。その征服は全てぼろぼろになっており、泥まみれである。)
ロジェ (疲れきっている様子。歩きながら右手のほうへ向かう)
どの石も危ないって言うんだな! そろそろ行けや、左には深い溝がある……
ネストール (姿を現す、疲労困憊の極み)敵は、動くものは何でも敵だ、動かないものも何でも敵だ。
揺れる水も、揺れない木もそうだ、俺達の飲み込む風だってそうだ。
ロジェ (放屁しながら、深刻な声で)俺のを飲めよ、ロ・テ・ガロンヌ県から吹いてきた風だぜ。
ネストール (鼻をつまんで)くせえ!
(この場面の間中、中尉が見えてからも、俳優達はお互いの顔が見えぬまま話すものとする。
彼らの視線が話している相手の視線と交わる事は決してない。彼らは今が真の闇であるという印象を与えねばならない)
ロジェ (底のなくなってしまった靴を両方とも脱ぎながら)どっかへ行っちまったよ、おいらの底は、
足の裏で直に歩いているんだ。祖国ってものは、つまり靴の底にひっついているもんじゃねえ。
おいらの腹の中にたまっているもんだ。おいらが祖国に囲まれたいときには、一発ぶっ放す。
ロ・テ・ガロンヌの連中が、みんなおいらと同じにやったならよ、
それから、ジロンド県のやつらも、タルヌ県のやつらも、それから以下同様にだ、みんながやりゃ、
まさしくギュイエンヌやガスコーニュの空気の中で、おいら達が戦うことになる理屈だ。
ネストール 屁をひる屁をひるって、屁みたいに言うが、ガスがたまってなきゃどうするんだ?
ロジェ ちゃんと用意をしとかなくちゃいけないぜ。出発するとき、おいらは祖国の空気をパンパンに詰めてきた。
祖国においらを囲んで欲しいと思えば、おいらは尻の穴の襞を緩めるのさ。
おいらは、どうもまずいことにゃ、村役場のにおいをかごうと一発ぶっ放すと、そのたびに、
すいっと風が吹いてきて、そのご利益に預かるやつはどこの誰やら。
ロジェ (突然立ち止まり、振り返って)聞こえたか?
ネストール うろついてるやつでもいるのか?
ロジェ 誰の話だか分かるだろう。
ネストール (ロジェと鉢合わせをして)ついて来させりゃいいんだ。
今にもお駕籠に乗っけて運ばせかねない。とうに背嚢はご免にして、ぶらぶら歩きをなさる、咲き乱れた花の中へおしっこに行く始末。
ロジェ (立ち止まって)自分の水をやる花を、自分で選ぶっていう贅沢にふけって……
もうちょっとゆっくり歩こうか……
ネストール (追い越そうとしながら)夜中でも、あの人が道に迷うはずはない、光り輝いているんだからな。
あの人の勲功が、あの人を輝かせて……
ロジェ 羨ましいのか? そろそろ行けって言ってるんだ、さもないとまっさかさまに底まで落ちるぞ。
(彼らは、非常に狭い、きわめて危険な道を通っているような、用心深い仕草をする)
羨ましくないのか? 俺は、時には羨ましいね、あの人の冷ややかさがな……ええい、押すなってばよ……
ネストール (震えて)遠くからでも、あの人はおいらを縮み上がらせちまう。あの人の顔は、凍ってるのさ。
ジョジョ (意地悪く)今はな、あの顔を持ってるのはあの人だ。だがもう少しすれば、俺達の方も、ああいう面構えになれるかもしれん。みんなだ。
ロジェ 随分後ろの方だぜ、中尉殿は……
中尉 心配には及ばん、やがて貴様達に追いつく……(苦々しく)びっこなどはひいてはおらんぞ、中尉殿は。しゃんとまっすぐに歩いておる……
ロジェ (無遠慮に突然)中緯度の……
中尉 (ぶっきらぼうに。軽くびっこをひきながら前へ進みつつ)前進だ。(それから、ずっと優しい声になって)あの男をどうすることが出来る?
われわれは死の世界に入ろうとしているのだぞ。もし命拾いが出来るとしたら、それこそ離れ業だ。
あの男は、あの男の残酷さが彼を焼き尽くし、彼を光り輝かせている。おかげでわれわれのありかは敵に知られかねない。
では、もし運良く、助かったとしたら、一体彼をどうしたらいいのか? いや彼の方も、自分自身をどうするつもりなのか?
私は彼を見た、彼の方は気がつかない。潅木の枝に隠れて、私は彼を見たのだ。するとどうだろう、一人になると、彼は、
自分自身の姿しか目に入らなくなる……(間。全員、そろりそろりと、盲人の仕草をする。何物にも触れずに)
……ひとつ聞いてみよう。(彼は、身をかがめ、手探りで地面に横たわり、そこに耳をあてがって、耳をすます。それから少し上体を持ち上げて)
やって来る、彼だ。この細道の土に耳を押し付けていると、私には彼がやって来るのが聞こえる、
静かに静かに、そこにフェルトを張った靴を履き、大股で、しっかりとした足取りで……
(彼は完全に起き上がる)
溝のそこに石を落とさないように注意せよ……前進! 夜が彼を守っている、彼をだ、
われわれではない……この小道のはずれには、大きな岩が転がっているはずだ……
それを静かに包囲する……貴様たちの願っていないに違いない、彼がわれわれに追いつくようにとは……
(突然、砲火。中尉は倒れる。今は彼は非常に早口で、あたかもささやくように話す。
三人の兵士と、それに今登場したばかりの第四の兵士、ロランが、中尉の方に向き直る。
彼らは手探りの仕草をし、その仕草が、この場面が暗闇で行われている事を示す)
将軍の位のあの星印、わしはそれをもらう資格があった、そうとも、ところがわしは、ついに陸軍中佐の位さえも授かる事はあるまい……水を……
ジョジョ (優しく)もう飲み水はないんです。
中尉 水を……
ロラン いよいよお陀仏だ。
ネストール この人のためにしてやれる事は何もないのだ。息を引き取るのを待って、瞼を塞ぎ、この溝の底に転がり落とすだけだ。
(間)
ジョジョ (非常に優しい声で)もちろん、この人がフランス本土に帰ることはないが、とにかくだ、
とにかくやってみたらどうだ。俺達には、それしかないんだから……
きっとこの日と、故郷の家で息を引き取ったような気になるだろう……
(ためらう)ロジェ、お前、ガスの余分があったら、そしてほかの連中もみんな……
一発ずつ、このひとのためにぶっぱなすんだ、どうだ。
ロジェ 俺は……俺はもう自分の分しかないな。
ジョジョ ついさっきまで、お前の口ぶりじゃ……
中尉 (息もたえだえに)水を……
ネストール それはわれわれの果たすべき義務だ。この人はキリスト教徒の土地に埋葬されないのだから、
せめて、少々、われわれの故郷の空気を、今は、嗅がせてやらなきゃ!
ロジェ いよいよ終わりだ。それっきりしか残っていなかったんだからな。俺の腸の襞の中で破裂する泡のいくつか。
それを出しちまったら、俺には何が残る? ぺったんこな腹さ、ぺったんこだよ!
ただ、俺はな、寛大な心、鷹揚な心意気って物を知っている。もしみんなが揃ってやれば、それこそ厳かな葬式をこの人にしてあげることになる。
それこそ二里四方はガスコーニュ地方のにおいで一杯になる。
ロジェ この人の中にも、ひょっとしたら必要な分が入ってるかも知れんな。ひとつ力んでもらったら……
ネストール 殺生な事を言うな。そんな事を死にかけてる人に要求できるかよ……
(間)
ロジェ (腹立たしげな仕草をして)分かったよ。さあ、引っ張れよ。岩の陰に連れて行って、そこで嗅いでもらおうぜ、ロ・テ・ガロンヌの空気を……
中尉 水を……
ロラン おいらは、アルデンヌだぜ。
(兵士達は、きわめて注意深く中尉を袖に引きずっていく)
ロジェ (最後に姿を消す)そこにそうっと寝かすんだ、肩を岩にあてがって。それからおならはな、いいな、音を立てずに出すんだぞ、
敵にこっちのありかが分かったら事だからな。的はあたりに散らばっている。が、しかし、俺達のおかげで、
この敵意に満ちた夜と原野の最中に、俺達の故郷の霊安室が出来るのだ、
そこにはろうそくのにおい、祝福されたつげの枝、破かれた遺言状があり、
そしてその霊安室は、ムリヨの絵にある雲のようにそこにしつらえられるのだ。
さあ、開きたまえ、中尉殿の花よ、そして最後の息を引き取る時に……
(全員、退場する。辺りは空になる。ロジェの声だけが聞こえる)それゆえこれから。高貴なお方のためにのみ捧げられる礼砲を、音を立てずに、
中尉殿のために発砲することにする。各人己の礼砲を放つべし。鼻の穴にしっかりと狙いを定めて。射て。よーし。
(間)よーし……各人の己をやる事。少しはフランスのにおいのする空気が……
(次第に小さくなっていた声は、完全に消える。兵士達は右手より姿を消す)
カディッヂャ もうすぐ来るさ。あそこにいたほかの連中もだよ。でもそれで全部じゃない……(さらに大声で笑い)あたしの蝿たちがいる。
いいかい、あたしはここでは、いわば蝿達の知事夫人ってわけさ、こういってもいいさ、蝿問題に関する正式の代表だよ!
おふくろ (感心して)あたしのごみために一個大隊か二個大隊、送っておくれよ。
カディッヂャ お安いご用さ……
(彼女は呼ぶ仕草をする)
おふくろ (笑いながら)まだ間はあるよ。もうちょっと、おしゃべりしようじゃないか。下界じゃ、あの連中、これから何をしでかすと思う?
カディッヂャ (笑いながら)いいや、何も。哀れな連中だね。あれもしろ、これもしろって、出された要求が多すぎたよ。
肥溜めの中にどんどんはまりこんでったって、その行き着く先はどこだってんだ……
おふくろ (笑いながら、彼女と共にカディッヂャも笑う)どこにも行き着きやしない。よく知ってるよ、あたしは、でもまさにそのためなのさ!
(彼女は声を立てて笑う。そのけたたましい笑い声の中で、次の台詞を射言う)真実って言ったって、……ハ、ハ! 証明できないんだからね、アッハ、ハ、ハ!
(その笑いはとめどもなくなったように見える)贋物の真実だとよ……アッハ、ハ、ハ! イッヒ、ヒ、ヒ! ハッ! ハッ!
(笑いすぎて体を折り曲げる)真実ってったって、そのぎりぎり最後のところまで、持っていくことの出来ない代物で、
ヒ、ヒ、ヒ、ヒー! オッホ、ホー! ア! ハ! ヒ! ヒ!そんな代物、死ぬのを見なくてもよ、
自分が笑い転げて死ぬような目にあわなくたってもよ、せいぜい褒め称えなきゃいけないのは、この真実って代物さ、死ぬまでだ!
アッハ、アッハ、アッハ、ヒー、ヒ、ヒ、ヒ、ヒー! ホォ! ホォ!
カディッヂャ (彼女よりも激しい笑い方)そんな真実、実際に使えるやつなんて絶対いないさ!
アーハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!
アー、ハ、ハ、ハ、ハー! イーヒ、イーヒ、イーヒ! どうしたっても、歌にならなきゃならない、そうして頭痛の種になるのさ!
(地面の上を笑い転げて身をよじり、ついにはしゃっくりを始める)
カディッヂャ それにいいかい、あたしがお前さんを見てた時よ、お前さんの方じゃ見てなかったんだからね!
アー、ハ、ハ、ハ! あのばかげた話、いつまでもくどくど、技術指導の役人だってああはいかない、
いやまあばかばかしい話、してたよお前さん、それを聞いてあたし……アーハ、アー、ハ! ヒー! ハー! ヒー!
茨さ、茨の茂みなんぞに、亭主の惚気を言って、いい男だったよなんて、あの乞食野郎の事をよ……
おかしくって、おかしくって! アー!
おふくろ (カディッヂャと同じく、大声で笑い)あまつさえ、あたしはこうまで言った、アーハ、ハ、ハ、ハ!
あの人、あんまり男っぷりがよくって、あの人見たら、たちどころにあたしは眠気がさして、
たちまちぐうぐう高いびきだって……ハ、ハ! アー、ハ! しかも、それで、サイッドなんぞは……
ごみためで見つけたぶっ壊れた靴の片一方、左足だけ、そいつと同じだときたよ!
(突然正気に戻り)サイッドだって? サイッドは違う、でもレイラはどうなっちまったのかな?
どこへ行っちまったんだい、レイラは?
(全体が暗くなる。背景は消える。何かが期待される間。やがて、左手から出て来て、レイラが姿を現す。
ハイヒールの靴をはいている。彼女は極めて落ち着いて、急がず、特別な効果など狙わず喋る。
以下の長台詞の間中、彼女は動かない)
でもあたしの片目は、無くなってしまったの。(間)お行き(彼女は何者かを追い払う仕草をする)
ひどいにおい、行っておしまい! ……誰がお前にあたしの傍にいろといったの?
そんならとにかく、そこに座っておくれ、そしてもう動かないで、この上なく力のあるお前。
(間)サイッド、あたしの優しいサイッド、あんたはあたしを目っかちにした、
でもそれでよかったの。目玉が二つなんて、ちょっと多すぎたものね……
その他の事も、よく分かっています、あたしは疥癬病み、腿は両方とも瘡蓋だらけ……
(蝿を追い払って)お引取り下さい、奥様方。あと一時間もしたら、おいで下さい、あたしの死骸の上に……
サイッド、あたしには分かる、あんたがあたしを放り出した気持ち……あんたの事、みんな待ち伏せをしてるんだもの、
もっと凄い運命にあわせようって、知っていたものね、あんた。あんたはいやに偉ぶって、鼻持ちならなくなっていた。
小学校の先生みたいにお高くとまってさ……あの人、あたしを探してる、あたしが見つかったときには、あたしはもう固く、
冷たくなっている、ひび割れて、空っぽで、しわくちゃ、雨も地面で凍りつく冷え切った夜のちんぽこみたい……
(笑う)かわいそうなサイッド!
(耳をすます)
いつまでもわめいていな。それもみんなお話の一部さ。あたしはもう横になってくたばります。
わめいていな。いつまでも。知っているわ、あんたがうまくやっつけたことは。汚い物にかけては、
あんたのほうがあたしよりはるかに上手だったけれど、それでもあたしは、あたしはそれでもとにかく裏切り者の女房さ。
尊敬されてしかるべきね、そして皇帝陛下のお后の臥所を頂く資格があるわ。
(耳をすまして)
わめいているのは、サイッド、あんた? いつまでもわめいていてね。万が一あんたがあたしに出会ったら、あたしの看病をしなくちゃならなくなる
(間)あたしには分からないわ、どうしたらいいのかしら? つまりあたしが知りたいのは、死っていうのは女の人?
あたしがあたしの脇に、肥やしの上に座らせておいたひどいにおいと同じように---お前、そこにいるね?---女の人で私を捕まえに来るのかしら?
それとも、あたしの方からそこまで行かなくちゃならない場所?とっても難しい問題だ……(長い間。ふくろうの鳴き声)
そうよ……そうなの……どうやって? どこから? そう……そうよ、あんまり乱暴にしないで下さい……そうよ。そこね……
そこなの? その、光があるとこ? いいわ。(叫び声をあげて)ええい、畜生め! また上に戻ってきた!
また水の上をゆらゆらと……違う? 違うの? 沈んでいく、そうなのね……(奥へ後退し始める)よくって……
また上のほうへ戻っていくよ……ひどい横揺れ……捕まる所もない……時間の波がひとつ寄せて……また水の上をゆらゆら漂い……
違う? 違うの。そう、あなたが言うなら本当なのね、だって何もかも本当になりかけた……いいわ……ほら、これで。
両方の肩から、もっと下まで沈んでいくの……
(姿が消える)
(背景は二階にわたって配置される。上には、また、きわめて数多くの白い背景があり、それを死者たちが突き抜けて通る。
下には、床に、左手に当たって、一枚の背景があり、これは照明されていない。
これが娼家になる。女の市外の回りに、六人の女が沈黙のうちに編み物をしている。
その姿は、この位置の舞台が薄暗がりに覆われているにもかかわらず、見える。
アラブ人の男女の死者は、ことごとく、同じようにわななき震えている。
一人、シ・スリマーヌだけは別である)
シ・スリマーヌ (微笑して)こうがたがたしちゃ、とんとゆがんだ馬車の車輪だ……
ブラヒム 俺が車馬からここに持ち込んだもの花、ここでも未だ俺に残ってるものはな、俺のこの胴ぶるいだけだ。
こいつを取り上げられたら、俺はもうすっからかん、この俺ってものがゼロになっちまう。
シ・スリマーヌ (相変わらず微笑しながら)生きてる間ってもの、胴ぶるいばかりしてたのか?
それともまだしたりないってのかい? 使者たちを恐れる事はない、ちゃんと死んでる死人なんだから。
カディッヂャ まだ完全にそうじゃない。だってさ、これからももっとどんどん先まで死ぬためにやってくるんじゃないか。
シ・スリマーヌ 死の世界でどんなひどいことが出来るか、奴らよりお前さんのほうがよっぽどよく知ってるはずだ。
(瞑想にふけって)確かにここじゃ、もっとどんどん先まで死んでいく、だが、あっちの世界とは様子が違う……
(はるかかなたから、背景の後ろに透けて見えるいくつ物影が近づいてきて、
やがてその影達は紙を破り、そこを通り抜ける。かの将軍に導かれた例の兵士達である。
彼らはちょっと立ち止まってから横切り、震えているアラブ人たちに視線を注ぎ
---しかし実際には見えていない---そして左手から退場する)
アラブ人たち (震えながら、声をそろえて)それそれ!
将軍 いやはや、まったく!
(彼は通り抜け、左手から退場)
中尉 (笑いながら、将軍の後ろについて)さてさて!
アラブ人たち それそれ!
中尉 いやはや、まったく!
アラブ人たち (微笑しながら、しかし相変わらず震えつつ)そうともさ!
中尉 それにあんなに大騒ぎ! (満足げに笑う)一番しんどかったのはだ
(やや声高に笑う)突然わしの体内に侵入して北アの祖国、あれから脱出する事だった……(また笑う)まだ残り香がする、
鼻毛にこびりついているのだな……
(中尉は通り抜け、左手から退場)
一人の軍曹 (笑いながら)さてさて!
アラブ人たち それそれ!
一人の軍曹 いやはや、まったく!
(彼は通り抜け、左手から退場)
プレストン、ネストール、リトン (一緒に、みな笑いながら)さてさて!
プレストン、ネストール、リトン いやはや、まったく!
(彼らは通り抜け、左手から退場。ついで、十人ほどの兵士が現れ、同じ事を言って退場。
アラブ人たちも上記のように答える。沈黙。アラブ人たちは震えるのをやめる)
おふくろ (笑いながら)こりゃどうだ!
カディッヂャ あたしをひどい目にあわそうなんて、考えもしなかったようだよ。でも百も承知のはずだがね……
ブラヒム 俺は、胴ぶるいをしながらも、あの連中をとっくりと見てやった、
とても昔のあの連中とは思えない。全くだ、なんとなく穏やかな様子で……どうやら……親切そうだ。
シ・スリマーヌ そうなっていたのさ……自分でも驚いているさ。
カディッヂャ まさにその時が来たわけだ!
おふくろ (穏やかに笑いながら)あれのことが聞きたかったね。
シ・スリマーヌ (笑いながら)あの女は本当にそろそろと沈んでいく。死に方も生き方と同じだな、いかにも怠け者らしい。
カディッヂャ (笑いながら)ピストルの目は、蛇の目つきだ。
(突然、かの軍曹が現れる。もちろん、死んでいる。彼は真っ白だ、他の死者と同じく、顔に白粉を塗っているからだが、
額から顎にかけて、真っ赤な長い血の痕がついている。彼の胸は一面、さまざまな勲章で覆われ、金属製の音を立てている)
軍曹 (笑いながら)さてさて!
ブラヒム (同じく笑いながら)それそれ!
ブラヒム そうともさ!
軍曹 それにあんな大騒ぎ!
ブラヒム いいじゃないかね。
軍曹 (さらに大声で笑いながら)……しかも俺の死がそれで台無しになっちまうなんて……
(笑う)耳にたこが出来るほど聞かされてきたよ。ところがどうだい、今の俺は腹の底から愉快に笑っている。まるで、娘っ子のようだよ。
(彼は笑い、死者たちもみんな彼と共に笑う)おいらのやり方ってものは、そりゃ確かに無慈悲だったよ、だがそれがどうしたってんだい、
男ならそれしきの事で驚くものかな……ハ、ハ、ハ! (彼も死者たちも、ますます大声で笑う)
……だがよ、何言ってやがんでえ、怖くてどうにもならない、がたがた震えて、とうとうパンツにうんちを漏らしちまった時さ、尻がうんちだらけでよ……アハ、ハ!
ヘ、ヘ、ヘ、ヘ! 尻がさ! アハ、アハ、アハ、アハ! イーヒ、イーヒ! けっ、けっ、尻がだぜ……尻がうんちだらけになって初めてさ、
手前を汚らしくしていたものが男の中から消えて無くなるってわけだ……
(彼と死者たちは身をよじって笑う)……あの目つきさ! ……あの目つきときたらよ! ……青や黒の……あいつらの目つき、
おじけづいてすっかり取りのぼせちまって、お可哀相によ! あの目つきったらなかったよ! (全員、ますます声高に笑う)
あの目つきさ、何も隠しちゃおけない、手に取るように見えちまう! もちろんこいつは言うまでもないが、おいらはいつでも、
夜でも、日の光の中でも、実はあとからついて来られていたわけだ、おいらの前を歩いているお方にな。
(彼は身をよじって笑い、退場する。他の死者たちはしばらくそのまま笑い続けるが、次第次第にこの笑いの発作は鎮まっていく)
シ・スリマーヌ (相変わらず笑いながら、肩をすぼめて)あれもひとつの見方だな。
(間)俺のイメージってものは、もう消しゴムで消されちまった……時間はますます流れなくなった……
何とかその場を切り抜けなければならないっていう時になると、いつだって馬鹿みたいに突っ立ってるだけなんだから。
でもあたしが気になるのはサイッドの方なんだ、どなたか、あの子が見えますかしら?
シ・スリマーヌ 口を聞ける時間も俺にはもうあまりない。俺はだんだん薄っぺらになって……溶けて……もう溶けてしまった……
おふくろ (笑いながら)サイッドよ!
シ・スリマーヌ あいつはやり損じたのだ……まあそう慌てるなって……何も無駄にはならん……
あいつは自分に出来るだけの事はした……とっつかまってな……尋問された……
あいつは見方の斥候が進んでいった小道を教えた……ところがあの日は……俺は溶けていく……溶けてしまった……
(笑う)
おふくろ (いらいらして)あの日は、どうしたのさ?
シ・スリマーヌ いや、頼む、俺を完全に消え去らせてくれ……溶ける……溶けちまった……
(彼は笑う。突然、金槌の音が聞こえる。女達は注意を払う様子もなく編み物を続ける。上では死者たちが色めき立つ)
カディッヂャ あの男達、相変わらずあの檻に釘を打ってるよ。もうそろそろ出来上がっていい頃だ。
その手口がさ、あの女たちが編み棒でやっつけたあとでも、未だ血は残っているだろうよ。
(再び金槌の音)イギリスの女に比べれば、悪賢いっていったって、たかが知れてるよ。
(再び金槌の音)それでも、この一幕は、見てみるだけの値打ちはあるね。この世で一番熟練した淫売になる事が出来たあのご婦人にだ、
編み棒を持った六人の女どもが襲い掛かった。六人の女は一塊、ステンレスの槍を備えた巨大な雀蜂ってところだ。
あたしは一部始終を見た。その雀蜂は、あの花に襲い掛かって、その肌を引き裂いた。
お腹と首と。血はほとばしり、槍を染めた、そうしてあの哀れな女は、
最後の息を引き取るのに、それこそありったけの気違いじみた苦労をして……
おふくろ (少し微笑して)相変わらず来ないじゃない、あの女! 何とか手を貸してやらなきゃいけないんじゃない……
(間)
カディッヂャ まあそう慌てなさんな。あたしはあの女をよく知っている。いつだって、気が向かなければ仕事はしない人だ。
お前さんは、自分のほうがあの女をリードしてると思っていたろうが、実際には、あの女の方でお前さんをリードしていたのさ……
全てはあの女の上で、あの女のまわりで、腐っていったのさ。
(間。ついに、背景の後ろに、一つの影が現れる。その影が近づいてくる)
カディッヂャ 来たよ!
(影はさらに近づく。ついでその人物は最後の背景を通り抜ける。ワルダである。
彼女の死装束は、マリカとヂェミラの手になるものだ。手にはレイラの黒い頭巾を持っている。彼女は驚いている様子)
おふくろ (ぶっきらぼうに)うちの嫁は?
カディッヂャ それそれ!
ワルダ いやはや、まったく!
おふくろ ちょっと待った。お前さん、まだ往生し切ってないんだよ。娑婆じゃ、まだひくひく動いているじゃないか。
第一、昔は、お前さん、そんなに簡単に感激したりしなかった。どこでレイラにあったんだい?
あの馬鹿、ひもじくて、のどが渇いて、いや、なんだか分からないけどね、とにかく死んじまったのに、まだ来ないんだから。
ワルダ (微笑して)あたしに分かる道理がなかろう! (彼女は身を乗り出して、下の方を見る)
おや、本当だ、あたしはまだ息を引き取っていないじゃないか。あの女たち、気がついてくれればいいがね。
早くあたしを殺さなきゃいけないって。(黒い頭巾を見て)こりゃここへ来る途中で見つけたのさ。
おふくろ どこでさ?
ワルダ あたしに分かる道理がなかろう。たんすの引き出しじゃないかね。後ろにも、下にも上にも、レイラの影も形もございません。
(と、彼女は手品師のように頭巾を振る)影も形も。
おふくろ (おずおずと)じゃ、サイッドは?
ワルダ (笑いながら)みんなあの男にはうんざりしだしているよ。
おふくろ (喜んで)本当かい?
あの子を国中が探しているようだ、あとしばらくすれば、国中をあげてサイッドのためのお祭りだろうよ!
(全員、心から笑う)
おふくろ あたしはお前さんの死の初っ端に立ち会ったがね。あのご婦人方は……
ワルダ (その言葉をさえぎり)いいえ。(間)あたしが自分に与えた死は、このあたしが撰んだ死さ。
あのばかげた泥濘がなかったとしたら、何もかも、あたしの人生ってのは、他人様の撰んだものばかりって事になってたろうよ。
そうさ、あの泥濘さ、あたしのきんのペチコートはほころび、あたしのピンはひん曲がり、骨にはひび、鎖骨なんざすっかり外れて……
だがね、あたしの死ってやつは、掛け値ね死にあたしのものさ。あたしはあたしの芸を完璧なまでに磨いて高めたから……
おふくろ (微笑して)馬鹿だね、まったく、ごらんよ、あのご婦人方が、完璧な芸とやらに対してやっていることを!
(彼女は六人の女が集まっているところを示す)
ワルダ ……ある晩---今夜だ---あたしは夜の中へ出て行った、そしてあの冷たい空気、あたしはあまりにもか弱くて、
外で暮らすには出来ていないから、ひとたまりもありはしない、
冷たい空気があたしの額にぶつかって、あたしを殺してしまったのさ。こういうわけだよ。途中でこの衣を引っ掛けてね。
(彼女は頭巾を見せ、それを投げ捨てる)
おふくろ (上を見ながら)いいや違うね、勝手に何でもしゃべるがいいが、でもまだ死に切っちゃいないじゃないか。お前さんの断末魔の喘ぎだよ、ありゃ。
ライトは弱まる。一方、下では、背景がやや明るくなる。この第二の背景は娼家を表している。それは透明であって、しかるべき時には、
娼家の内部で行われている事柄が外から見えるような物とする。娼家の前に集まった女達の衣装は次の通り。
シガ---黒い服。
ララ---緑の服。
アイシャ---赤い服。
スリラ---黄色い服。
ハビバ---紫色の服。
アジザ---オレンジ色の服。
これらの女達は全員、娼家の前に集まって、黒い非常に幅の広い編み物を、立ったまま編んでいる。死んだワルダが、広場に横たえられている。
しかし、上のほうには、死者たちがまだいて、照明がかなり弱くなっているとはいえ、まだ、姿が見える。下のワルダの役は、吹き替えとする)
お前のイヤリング! お前の帽子のピン! お前の乙に澄ました格好! お前の下着にお前の上着! お前の指輪に、お前の花!
家の亭主はいつだって家へ、こういうお前のものの幾分かを持ち帰ってきた、だからそのおかげで、お前はあたしの寝室にいたのさ、
あたしのベッドの下まで、あたしのベッドの中まで、ベッドの上に、ベッドの周りに、鏡のついたたんすの中までさ。
(他の女達に)編むんだ。編むんだ。やめちゃいけない。こっちの網目、あっちの網目。編むんだ。編むんだ。
ララ (シガに)とてもじゃないけど、あたしはね、あたしはこれから結婚するけど、あたしはとっても我慢できないね、
こいつの深い深い洞窟のそこまでとっぷりつかりに行くような男に、あたしの腹でやらせるなんて、とてもじゃないけど。
(死骸を足で押す)その男が上まで出てきた時には、そいつの目は狂っちまってる。
体中には一面、貝殻がくっついてる。そいつの腹には大きな伊勢海老が一匹食いついて、ぞろぞろ海草がぶら下がっている。
(シガに向かい、ほとんど絶叫するように)その水の底でこの男が出くわす、途方もない恐ろしい事って、いったい何さ?
あたしのこの腹じゃ、同じような目つきに出来ないのかい、同じような遭難だの、同じような海藻だの、同じような伊勢海老だのよ、
あたしの腹じゃこの男にくれてやることは出来ないのかよ?
夜、あたしが手を伸ばすと、あたしは夜を見つけた。うちの人はそこにいた、けれどそこにはいないんだ。
あの女たち、あいつらはそこにはいなかった、ところがそこにいたんだよ。あたしを見ているお前さん方、とっくりと見な、
そして数の勘定が出来るのなら、あたしの皴を数えてみるがいい。(彼女は皴を見せる)どうだい、あるだろうが!
皴の数だけ不幸せな夜があったのさ。この女は死んだ、誰もあたしらを罰するためにやって来ない。
誰が殺した? お前かえ? お前かえ? お前か? お前か? あたしか? 誰も。
信じ待った、あたしらの編み物を持ってきておいて良かったよ。アリバイを作るこつぐらいは知っている、イギリスの貴婦人並みにね。
スリラ (以上の三人に向かい)鉱山から家まで、うちの息子は決して一直線には帰ってこなかった。
ここに入らないまでも、この淫売屋の周りであの子の足は環を描いていたものだ。
この女の回りに全ての男達が描いていた環、その環で首を閉められたのさ、この女。
喉が詰まったのだ。あたしは、何も知らないよ。編み物してますからね。
(足で死骸を押す)
ハビバ (前記四人の女に)要するに、何もかも順調だわ。淫売屋はこの国の中で呪われた場所に再びなった。
そしてあたしら亭主は、皆、もう、戦の前の状態に戻ったもの。家の人は陰気でね。あの人が入り口の戸を開けると、憂鬱が家の中へ入ってくる。
そいつは食卓に座り込み、あたしはいらいらし始め、口汚くわめいてやるんだが、誰も出て行きやしない。
あの人とあたしと、二人でそろそろ死んでいくのさ。
アジザ (全ての女達に)あたしはもう何も言う事がない、みんな話が上手いんだもの……でも、あたしはいつか、覗いてみたいな、ほんの一秒だけ、
男達が、淫売の前でどんな様子をするのか見てみたいもの。
したがって屍体だけが、娼家の壁の傍らに残る)
シガ (ララに)いつ結婚するんだい?
ララ (笑いながら)お祝いが申し分のないように、明日よ。
スリラ 亭主の稼ぎで食っていけるのかい?
ララ (断固とした口調で)支出は全部あたしがコントロールするもの。出来る事なら、貯金もするよ。もちろんあたしは浮気なんぞしないさ。
食べるものだって、人食い鬼みたいにがっつきもしなければ、お姫様みたいな贅沢もしない。
ブレスレットも欲しくない、リボンも別に。旅行だってしなくていいよ。
アジザ それにうまいのは上等の部分ばかりと決まっているわけじゃないしね。安い部分にだってうまいところはあるもの。
スリラ あたしはね、あたしが参っているのは、うちの人のタバコじゃない、このところ、あの人がしょっちゅう靴下を変えるようになったことさ。
だから、やれ石鹸だ、やれつぎだ。察しておくれよ……(間)何か変わったことでもあるかい? サイッドのことは、相変わらず何も分かりゃしない。
あいつのにおいは、この国のにおいと入り混じってしまった。あいつを見つけ出せるのはオムーしかいないね、
もちろん、まだ生きていたらの話だがね……
アイシャ 何もかも変わっていく、だがそろそろとな。
アジザ (スリラに)お前さん、オムーのことを言ったね? 相変わらずの世迷いごとさ。今でもまだ言い張ってるよ、
あたしゃ月、水、金はカディッヂャで、他の日はサイッドのおふくろだって。
アイシャ 自分が悪いのさ。あの雨の中にいるあの女を見ていたが、あの演説におしゃべり……こぬか雨の中でね……
スリラ 吸い玉をやってみたかい?
(背景の後ろから、マリカとヂェミラが出てくる。二人はおびえて、がたがた震えている。
使者の前にひざまずき、その瞼を閉じてやる。後ろへ進んでいく。
背景の背後で、二人の死者に死装束をつけてやっているのが透けて見える)
シガ (アジザの言葉をさえぎって)なんてあつかましい! ほれ、見てごらんよ。
あの女たち、ずかずかあたしらのサラダ畑まで入り込んで、死体をさらっていっちまった。
アジザ どうしようってのかしら?
ララ (笑いながら)あたしらにとっちゃ、厄介払いさ。
アイシャ でもこの後さ? いずれにしても結構な思い付きだよ、淫売屋の中に死人を置いて、
その中で、死人が淫売どもに洗ってもらい、衣装を着けて、見守られるってのは。
亭主たちはどうする気かね? あたしゃ、どうしてもうちのやつに、今夜って今夜はあそこへ行かせたくってならないよ。
まさに今夜だよ、あいつがあそこに行かなきゃなんない晩は……
マリカ (背景の陰から)みんな来ますよ、男達は! そうだよ、どいつもこいつもみんな!
アイシャ なんて言った?
(背景の後ろに、娼家の内部が見える。こうこうと明かりがともっていて、ほとんど夜になってしまった村の広場と対照的である。
マリカとヂェミラがワルダをテーブルの上に横たえるのが、背景をすかして見える。彼女らはワルダの死装束を調えている)
(女達は笑いながら、葬式の泣き女のまねをする)
アイシャ (けたたましく笑いながら)宿六たちがここで泣くって? たらすのは涙かい、小便かい?
相手は女でも、もう死人だって事を忘れないでもらいたいね。
シガ 神様があたしらの上に雷を落とすかもしれない……(ララに)お黙りよ。
ララ 神様の事を怖がるには、あたしはまだ若すぎるよ。あたしの体は隅から隅まで、呼んでいるんだ、待ち焦がれているんだ。
あたしの舌は、あたしの舌は鋭くとがって、あたしの咽喉は素晴しい音を立てる。あたしの残忍さは健康そのものさ。
(完全に夜になる。娼家の内部だけを残して。そこでは二人の娼婦があわただしく立ち働いている。
彼女らはワルダを宝石と花々で飾る。村の女達はさらに左手へと後退していく。ひそひそ喋りながら、相変わらず編み物をして)
シガ 家へ帰んなきゃ。お湯を沸かさなきゃならない。
その前に、そうだ、塩を一キロとあくを二ポンド買ってこなくちゃ。(ララに)お前さん、一緒に来るかい?
ララ 失礼するわ。ゴミ捨て場のそばを通らなくちゃならないだろう、ひどいにおいだもの。
アジザ 役場のほうで綺麗にしてくれるはずだがね。あんな中、何が腐っているか知れたもんじゃないよ!
役場にやるだけはやってもらいたいね。
アイシャ (ララに)さっき若いって言ったけど、その通りだね。あのにおいに、お前さんも馴れなきゃ……
スリラ あたしゃ、いずれにしても、大して苦にならないさ。うちの亭主のほうがもっとひどいからね。
場合によっちゃ、あたしはベッドの中に、亭主よりゴミ捨て場を入れたほうがましだと思う。
(彼女らは完全に退場してしまう。
背景の後ろでは、二人の娼婦がワルダの死装束をつけ終わったところだ。再び金槌の音が聞こえる)
マリカ (優しく)さようなら、ワルダ。あたしの薔薇の花! ヂェミラとあたしが、あんたを墓地に運んでいきます。
(きつい声で)そして番人を叩き起こし、お金をやって墓地を掘らせるの。そうだろう、この人、こんな姿になったのも、自分のせいさ。
あたしは四年前から一緒に働いてきたが、とうとうあたしらの間には、情愛なんてものは生まれなかった。
(間。ワルダの死骸に向かって)お前さんのほうであの女どもを挑発なんてしなかったら……
あたしたちに、何も言う事はないのかい! ないの? これからお前さんの口を釘付けにしなきゃならないからね。
(彼女はワルダの歯の間に、何本もの長い帽子のピンを通す)
ヂェミラ 何をしたって挑発だって言われるよ。
マリカ いずれにしても、今じゃ一つだけチャンスが出来た。村のやつらに占領されなくてすむっていうチャンスさ。
あとはこのまま成り行き任せで大丈夫だ。(ワルダの死骸に)お前さんは栄光の絶頂で死んだよ、
この国の女ども全てに忌み嫌われて……
ヂェミラ これでいいわ。足をお持ち、あたしが頭を持つから。(間)運び出そうよ。
マリカ 通りから行くの、無用心じゃないかい?
ヂェミラ もってのほかだよ。お客さんにぶつからあね。近道して庭を抜けていこう。
壁を乗り越える時は、この人もあたしらと同じにやってもらうさ。さあ、いいね。
(二人は割るだの死骸を担いで、背景の後ろから出て行く。出掛けに店の明かりを消す。こうして死人と三人きりになって彼女らは、死人を立たせる。
私心は途方もない装束をつけている。金のレースの大きなドレス、青い薔薇の花に覆われている。
靴はいくつかの巨大なピンクの薔薇の花で出来ている。死人の顔は真っ白に塗られている。薔薇の花と宝石が頭の上に。
歯の間には七本のきわめて長い帽子のピン。一度立たせると、ヂェミラとマリカはその方を支えて、そろそろと歩かせる)
あんたは奈落の底から、高い高い所へと登ってしまったのかい?
ヂェミラ 苺の木と、干物に注意しな。
マリカ (息を切らして)ぐずだね、死人てのは。とにかく悠然としてるよ……
(右手から退場)
ワルダ (上で)二人とも手にまめを作って帰ってくるよ。砂利の中にあたしを埋めようってんだから。
(おふくろに)いずれにしてもさ、たとえあたしが完全に死んでなくてもだ、
この口の中へ、シャベルに山盛りぶちまけられて、それで永遠てもののお仲間入りが出来る算段さ。
おふくろ だけどレイラは? サイッドはどうしたんだ? とにかくあたしだって心配になるよ。
カディッヂャ そりゃお前さんの了見違いだ。死ってものは、こっちも鷹揚に構えてなくちゃ。そうしてお前さんはそろそろと消えてなくなることさ。
ワルダ あたしはあんまり若いうちにはじめたもので、期限が来ないうちに死んじまうという始末さ。
軍曹 (三人の女に微笑みかけて)おしゃべりの仲間に入ってもいいかね?
ワルダとカディッヂャ (微笑んで)でもどうして、いやどうしていけない道理があるね? 可愛い別嬪さんよ、あんたも今じゃ身内じゃないか。
おふくろ (彼女もまた微笑んで)あたしらの知っているあんたは、自分の責任に直面して、もっと自信があったけどね。
(笑う、悲しげに)下士官の飯の時には、どんな微妙なたくらみでも、すぐにぴんと来たこのおいらがさ!
ほら、おいらの目つきは空っぽだろう? それはおいらが糞をしたからさ。
カディッヂャ 誰だって、死んだ時には、奇妙な葉をつけた林を横切る事から立ち直らなくちゃならない……
それから中身を空にする。自分自身ってものをね。
軍曹 (微笑みながら)ところがおいらは、考えてもくれよ、おいらは糞をしながら死んだのさ……
こんもりしげった茂みの中でよ、くぼんだ穴の上にしゃがみこんで……
ワルダ (微笑みながら)世間一般の往生とそれがどう違うというの? あたしだって、ここへ来る途中で、中身はすっかり抜いたもの。
軍曹 (彼が微笑み、笑うと、以下の語りの間中、他の連中も彼と同じく微笑み、笑う)……茂みの中さ。マムシなんぞいないかと、まず辺りを見回して。
だって分かったもんじゃないからな。いい按配にいない。(笑い)あの人、まだおいらを追いかけてくるかな?
(彼は自分の周囲を見回す。女達も同様にする)あの人は前を歩いていく、ところが本当は、
いつでもおいらの後ろにいて、おいらの様子を伺っているんだ。おいらのかかとに中尉殿がぴったりついてくるといってもいいな。
何よりもまずおいらは夜をとっくりと調べてみた。あの人はいなかった。おいらはズボンを両手で下まで下げて、その穴の上にしゃがみこんだ。
そうして、まさにおいらが力んだときさ(笑い)おいらの目がくらくらっとして、あんた達が知っているかどうか知らんが……
演ってみせよう……(笑い……彼は、後ろからカディッヂャの腕に支えられて、腰を落とす)……力んで出すとき、目はくらくらっとなり、
何かが霞のように目にかかって……その時……消えてなくなる物はなんだ? 世界か? 空か? 違う。軍曹の位だの、大将の位だ!
しかも何もかも全部ひっくるめてな。制服も袖章も、それに持ってりゃ陸大卒の免状もだ! それじゃ残るものは何か? 空洞よ。そうともさ。
うつろなんて生易しい事じゃない。中身が抜かれて、すっからかんのがらんどうさ。
軍帽についている星だって、目つきが空っぽになれば、パーだ。
(笑い)いい按配に、力むのをやめれば、糞が終われば、あれよあれよという間に、
制服も袖章も勲章も、元の体に戻ってくる、要するに前と同じ人間になる。というわけでだ、おいらのうんこが半分出かかったが、
この面には馬鹿げた様子がまだ残っている---おいらはそこで力むのを止めようとしてた(笑い)
消え失せていたおいらの元手、軍曹殿をこの身に纏い、またまた兵士の凛々しい仕草を理解するようになりかけていた---
それにあの時には、皆さんのお手は借りられず、もっと窮屈な思いをしていたせいもありますがね---
勤務表を読み取る事の出来る目で、世界を見ようとしていたんでさあ、と……や?
……や?……や?……や?……や、や?……一体何?……一体何が?
……何が一体おこ?……何がおこ?……何が起こった?……起こったんだ?
(上の背景は、徐々に暗くなる。下では、ヂェミラが足早に舞台を横切る。
彼女は右手から出てくる。突然、つまずいて倒れる)
軍曹 ……おいらの三十二本の歯の根はもうぐらついてきた、だが、カオールじゃ、
おじきがふとん屋をやってるあの路地に、おいらの名前がついたんだ。
(このとき、上の背景は真っ暗になる)
シーツのやつ、あたしの横っ面を張るんだ、地面に広がってればいいのに……
あたしの足の下にだよ……まあとにかくうちまで帰り着いたわ……
それにしても、あの土の固かったこと、穴なんて掘れたもんじゃない……
何とも豊かな土地ですよ、この国はね。自慢してもいいわ……
(彼女は店に着く。店の明かりをつけ、背景の後ろへ入るや)
もうワルダはいないんだ! 村の男供を満足させるために、二人で何とかやっていかなくちゃ……
(右手から、マリカ登場。アラブ人の兵士がついて来る)
マリカ (商人のような口調で)はい、七百ユーロだよ。
ナスール (兵士)六百五十だ、マリカ。
マリカ (ぶっきらぼうに、指を七本出して)ななひゃく。(間。歩きながら)またみんなが軽蔑するようになって来た。
だからあたしらの方は花が高いや、取れるものは取らなくちゃね。
ナスール (脅迫的に)だが俺たちは、戦をするんだぞ。
マリカ 今じゃ、隊長さんがいるだろう。隊長さんが値段を決めてくださるよ。
(舞台は初め空である。ついで、以下のようにしつらえられる背景によって占められる。
最上階
Ⅰ 死者たちの白い背景。一番上の左手に。
Ⅱ 死者たちの白い背景。一番上の中央に。
Ⅲ 死者たちの白い背景。一番上の右手に。
そのすぐ下の階
Ⅳ 刑務所を表す背景がこの三階左手を占める。
Ⅴ 食料品店を表す背景が、右手に。
二階
Ⅵ 娼家を表す背景が、左手に。
Ⅶ 村の広場を表す背景が、中央に。
Ⅷ 家の内部を表す背景が、右手に。
Ⅸ 一階全体を占める背景。
以下に続く場は、再度の登場まで、極めて早いリズムで演じられるものとする。
背景や、後で述べる小道具類の設営は、俳優自身によって行われる。
俳優達が、背景の表すところのものを描く事にする。
俳優達は全て、髪の毛はくしゃくしゃで、顔を荒い、あくびをし、伸びをする。朝である)
Ⅰ
(死者たちの白い背景。最上階。一番高いところにあり、天井裏に近いところにある。左手の背景)
(笑う)こっちへ見せておくれ。(袖の方を見つめる)違うったら、もう一つの方……それそれ……
こっちの方がよさそうだ、ビロードも紋章の形も。貸してくれますかい? 今とりに行くよ……赤いクッションを一緒にね……
クッション、ないって?
(彼女は退場し、左手のほうに入り、そして二秒後にそこから、赤いビロード張りの、金箔を押した仕掛け椅子を持って再び出てくる。
彼女はそれを、彼女のいる背景と同じ会の中央にある、天井裏に近い第二の背景の前に持ってくる。そのときすでに第二場が始まっている)
Ⅱ
(一番上のかいの、中央。白い背景。死者たちの例の背景の一つである。
おふくろとワルダ---彼女はおふくろが背景を運び込むのを手伝っていた)
ワルダ (笑いながら、天井裏にいる誰か見えない人物に話しかけて)あたしがお前さんのいるところに行けたとき、お前さんはどうなっている?
(耳をすます)……ええ? お前さんから、何が残っているよ? (間)肩がないのに肩をすぼめる癖かい?
それじゃあたしは、お尻がないのにお尻を振るのかい?
(あくびをする)
おふくろ 放っておおき、あんな連中。返事なんかしないでさ。お前さんの前にだって、いくらでも淫売は死んでるよ、
だが、死んだ魂を勃起させようとして、うまくいった女は一人もいないやね。もうあの連中のことは忘れて、うちの村のことを話しておくれ。
淫売やのおかげで、村には中心がある。周りには美徳。中心には地獄。あたしらがその真ん中にいる。
(カディッヂャとおふくろに向かってお辞儀をしながら)あんた方は外です。
(カディッヂャが肘掛け椅子を持ってやって来る)
おふくろ (その椅子を見て)おやまあ! こりゃ立派すぎるよ! あたしには立派すぎるよ!
カディッヂャ お掛けな。
カディッヂャ まあ、試してごらんたら……お前さんにはくつろいでもらわなくちゃ。しかも名誉のある地位でね。
お前さんの腹からサイッドが出たんだから、お前さんのお尻は、ビロードの上に乗っかる権利がある。
(おふくろは、いささか気後れがしたものの、そこに座る)
おふくろ 男爵の奥様みたいだ! あの子は姿を現すかい?
カディッヂャ (下を見やって)みんな、今か今かと待ちかねているよ。
おふくろ でも、レイラは?
ワルダ レイラかい? はっきりいうのは辛いけど、あの子は目標を通り越しちまったようだね。
おふくろ 目標なんか持っていなかったよ、あの女。
カディッヂャ お前さんの嫁の話はもういいよ。村のほうは、一体どうなっちゃったんだ?
ワルダ 村はお前さんを敬っている。お前さんは叛乱の中で、敵と直面して死んだんだからね。
お前さんの思い出の周りで、村中は、毎日毎日踊りを踊って、お前さんを忘れていくよ。
カディッヂャ そうこなくちゃ。
あの連中、お前さんをますます美しいものに仕立て上げる……
おふくろ じゃ、あたしは?
ワルダ もうみんな、お前さんなんてものがいた事だって忘れたよ。
おふくろ それでいいんだ。
Ⅲ
(一番上の死者の白い背景の三番目、右手に。フランス人兵士、ピエール。彼はうずくまって、あくびをしながら、鼻歌を歌っている)
ピエール (歌う)コンデュック、コンドール、助けてくれるよ、天が、ブーボール、カンドック!
ブーローニュ、カンドール、カン・ジュ・ドラ・ドール。
(語る)
平野ではろばが、むしゃむしゃあざみを食べていた。むしゃむしゃろばは、アラーの草を。
おいら、生まれはブーローニュ、カン・ジュ・ドラ・ドール。コンデュック、コンドール! カン・ジュ・ドラ・ドール!
おいらは織った、棕櫚に空、ダッチワイフの尻と前、百出しゃ酒保で買えるやつ、せがれも寂しい、かわいがろ。
(娼家はかすかに明るい。まりかは片手で火の着いたマッチをかざし、
片手で一人のアラブ人、ホッセンを案内している様子。二人とも動かず、黙っている。外で女の叫ぶ声)
声 恥を知れ! お前達、どいつもこいつも、恥を知るがいい!
お前達の股を開けるだけじゃ気が住まず、男達の耳に鳩みたいに甘ったれた声を注ぐお前達さ!
恥を知るがいい! 恥を! あたしの可哀想な喉は、力いっぱい言葉を響かせようとしたおかげで、
上から下までひびが入りそうだというのに。
(最後の「恥を……」の辺りから、この台詞は、喉のうちに絶叫される。遠くに足音。
マリカはそろそろとホッセンを戸口の方へ、つまり左手の袖へ導く)
まったくねえ、お前さん、あたしが見せてあげたもののおかげで、目がつぶれたと思ってるんだろう。
(くすくす笑う)本物だったかどうか、考えてるんじゃない?
ホッセン うるさい、黙れよ。
マリカ (微笑んで)故郷の言葉じゃ、あたしの名前はレーヌ、女王様って意味なんだ。
お前さんが礼儀をわきまえた男なら、レーヌさんぐらい言ったってよさそうなものだよ。
そうして、あたしにお礼を言う、一時間半というもの、正気をなくさせてくださってありがとうって。
恥ずかしいのかい? つまりは、嬉しくてたまらなかったからじゃないか。女とやる時はね、頭がいかれるって事よ。
ホッセン (脅迫的に)うるさい。
マリカ 外へ出たよ。さあ、できるだけ水みたいになる事だね、家まですいすい流れて行きな。ちょろちょろ流れてよ、おしっこさん、おやすみ。
(彼女はくすくす笑う。ホッセンはマリカの手を離し、左手から姿を消す。
マリカは背景のところに戻る、と、後ろからアラブ人の兵士---スマイル---が出てくる。
マリカはマッチをすって、笑いを浮かべて、スマイルの手を取ろうとすると、彼は逃げる。遠くで例の声)
声 (嗚咽のうちに)今となっては、許せない悪業だよ! 以前は、お前さんたち、若くて、綺麗だった、今じゃ皴だらけじゃないか、
それなのに、男達はお前さんたちの持ってるやっとこから、もう離れる事は出来ないんだ……
(声は遠ざかる)
マリカ (スマイルに)さあ、連れて行ってあげるよ。
スマイル 俺に触るな。
マリカ (微笑んで)洋服を着ちゃったからかい。その半ズボンと上着を着てれば、安全だと思ってるんだね。
俺はきちんとしているって。それであたしなんぞは見るも汚らわしいって。今すぐにね……
スマイル 黙れったら!
ちゃんとボタンをはめた後じゃ、このあたしなんぞ、ごめんってわけかい?
スマイル そうだ。
マリカ それならボタンだのジッパーだの、一思いに吹き飛ばしたらどうさ? そう。どうしても帰るってんだね。
(彼は姿を消す。同じく左手の袖からである)
マリカ (彼を呼んで)勘定は済んでるんだろうね、出てくる前に?
(彼女は笑いを浮かべて、背景のところへ戻る。タバコに火をつけ、姿を消す。
第八の背景---家の内部を表しているもの---の背後から、ララが出てくる。
暖炉の前にうずくまり、炎の絵を描いて火を燃やす。黄色いナイト・ガウンを着ている)
男の声 (背景の後ろから)俺の靴下は?
ララ (髪にブラシをかけながら、あくびをして)汚れた紙に包んであるわ。
(片方の手が背景の後ろから出て、首に上着をかける。ララは背景の後ろに入る。
食料品店を表している背景の背後から、食料品店の親爺と、十五、六の少年が出てくる。彼らは好奇の眼差しで、下の方を覗く。
それから、娼家からは、マリカが出てきて、好奇の目で右手の袖を見やる。
刑務所からは看守が出てきて、食料品店の親爺と同じく下の階を見やる。
家の内部を表している背景の背後から、ララとその亭主が出てくる。
彼はまだちゃんと服を着ていない。彼らは右手の袖の方角を見やる)
小僧 (主人に)ずいぶん遅いんですね! 確かに今日ですか?
主人 (口やかましく)インゲン豆の重さでも量ったらどうだ。いや、豆の数を勘定しておけ。
小僧 おいらだって見たいですよ。
左手からアラブの裁判官の姿が見える。彼は鎖で縛られ、兵隊に引っ張られている。
無言のまま、彼は村の広場を表している部分を横びり、それから袖に消え、
次いですぐ一つ上のかいに現れ、そこを横切って、刑務所に入る。
全ての登場人物たちも、同じく、姿を消す)
マリカ (退場する前に)ああ胸糞が悪い。裁判官のやつだ!
Ⅳ
(黒い背景が一階の、つまり床の上の間口一杯に並んでいる。この背景の付け根には、
一列の金の肘掛け椅子が並んでおり、そこには次の人物が眠っていた。
ハロルド卿の息子
ハロルド卿
ヴァンプ
将軍
銀行家
カメラマン
アカデミー・フランセーズ会員
外人部隊の兵士
宣教師
ブランケンゼー夫人
彼らはぼろをまとっている。ほとんど裸である。それほどそのぼろ服は穴だらけだ。しかし勲章をたくさんつけている。
彼らは眠っていたが「コケコッコ-!」とハロルド卿が作る声で、そろそろと、無気力に目を覚ます)
あたしたちの国の絵葉書には、どれにも教会と市役所と川がある---それに釣竿をたれている人が一人---そして山。ホテルとレストランは言うに及ばずね……
(沈黙)
外人部隊の兵士 誰にだって出来んさ---ブラスバンドを先頭にしてだぞ---われわれのように仕掛けた爆弾の上を通って……吹っ飛ぶ芸当はな!
地平線の無数の点に、ばら撒いてやるのだ、右手を、首を、左の腿を、右足を、左足を……それと血だ!
わめきながらな、「やつらは絶対に通さんぞ」と。
(沈黙)
カメラマン (あくびをしながら)俺たちさ。
(沈黙)
銀行家 モンテ・カルロを作ったのは誰かね?
カメラマン 絵葉書は俺たちさ。写真術は俺たちと共に生まれた。俺たちと共に死ぬだろう。
俺たちの国に写真に撮るものがある限りは、俺たちも生き残るのさ。(沈黙)写真を撮りすぎるって事は絶対にないからね。
(沈黙)
ブランケンゼー夫人 (銀行家に)あら、カーテンは?
銀行家 カーテン、どうしましたかな?
ブランケンゼー夫人 持ってくるのを忘れましたわ。記録に残る間違いだわ、これも。このことと、それから亡くなりました主人のあの腰ふとんね。
銀行家 連中がその腰ふとんを見つけても、使いようが分からんでしょうが。
前後さかさまにつけますな、きっと。尻の方を腹のほうにあてがい、尻の方に太鼓腹を持っていって。
(間)
彼らときた日には、悲惨と屈辱の思い出しか持ち合わせておらんのだ……そうなのだ、一体、何をしでかすつもりなのか?
彼自身が忘れたいと思っているあのおびただしい事実をひとつの枠にはめ込むために、芸術というものが生まれえるのであろうか?
もしも芸術がなければ、文化というものもない。一体彼らは天性、崩壊の能力のみを備えておるのか?
(金槌の音がしきりと聞こえる)どうだ、今度は檻に釘を打っておる……
(沈黙)
ハロルド卿 やつらは罪もない一人の女性を殺害したのだ!
銀行家 あの子を砂漠へ連れてくるなんて、そもそも間違いでしたな?
ハロルド卿 じゃ、どこへやればいいとおっしゃるのかな?
アカデミー会員 ポワチエです。(学者ぶって)シャルル・マルテルは、今なおわれら一人一人の内に生き続け、敗れる事を知らんのです。
ハロルド卿 われわれはすごすごと、スペインとルシヨンから逆戻りして、この美しい国をやつらの手にまかせるようなまねはしませんぞ。
やつらの中に巣食っていた例の汚らしいもろもろが、われわれのオレンジ畑に、オリーブ園に拡がってくるのも、時間の問題だろうが。
宣教師 貴方のほうで気が付かれてよい時ですぞ、彼らは下劣の極みという事態をひとつの神に仕立てたのです。
貴方には、とても彼らを打ち負かす勇気はござるまい。
ハロルド卿 軍隊が……
そんな事をしたらとうに死んじまっている。嬉しくて死んじまうという意味だ。そうなる代わりにだ、こうして傷だらけ、殴り倒され、敵に売り渡されて、
お前さんのくだらないお喋りを聞かなければならん。(唾を吐く)腐った国だ! 隊長がおらん! 政治屋ばかりで頭に立つものがおらんのだ!
(再び金槌の音が聞こえる)
ヴァンプ それを一番最初に嘆いているのはこのあたしよ。将軍派---大佐だったかな---
あたしの手に接吻しようと思えば、あたしに自分の軍隊の閲兵をさせてくれたもの。
あたしはね、はっきり申し上げますけどね、一番多いときは十八人も、現地人の兵隊を持っていたのよ。
ブランケンゼー夫人 (苦々しく)あたくしはね、奥様---かお嬢さんですか---あたくしは自分で働いておりましたんですよ。
ボーイが一人と女中が一人だけ、あたくし、お料理は自分で作っておりましたわ。
(沈黙)
宣教師 かなり正鵠を得ていると思われます考えは、つまりわれわれは彼らにとって、いわば叛乱を起こすための口実であったという事であります。
われわれというものがなかったならば、いや、あえて申しましょう、われわれの残忍さ、われわれの不正というものがなかったならば、
彼らは壊滅してしまったに違いない。正直に申しましょうか、私はわれわれはまさしく
神の用いられた方便であると信ずるものであります。われわれの神の、そして彼らの神の方便であると。
銀行家 われわれはまだ最後の切り札は出しておらんのです。そう、われわれには少なくても、
われわれの先祖伝来の高貴さというものの背後に立てこもる可能性だけは残されている。
全てはわれらの勝利であり、しかもとっくの昔からそうなのです。一体奴らは、何を持っています? 何も持っちゃいない。
(将軍に)とにかく絶対に、英雄になるような可能性をやつらに与えてはなりません。それを利用するにきまってますからな。
宣教師 もっとたちの悪い事を考え付くかもしれませんな。
ヴァンプ それでもあたしのお尻をじろじろ見るくらい、あの連中だって知っているわ。もちろんずっと遠くからだわ。(笑う)おさわり、なしよ!
宣教師 愛情に満ちた道は彼らに対して拒絶されました、彼らは危険な道を要求しているのです。
ブランケンゼー夫人 例の虱のたかった連中の事で一騒動起こしてくださいまして、本当にようございましたわ……
宣教師 と申しますのも、私は---あなたはそうではありませんが---虱というものの力を承知いたしておりますので……
ブランケンゼー夫人 あれには参りましたわ、ご推量下さいまし、すっかり体中綺麗にしましたのよ、薬がございますの。
銀行家 そうですとも、別に何も恥ずかしがる事はない、家内も何匹かやられましてな。どこでですって? 原住民の村ですよ。
ヴァンプ つまりあの連中が汚らしくなればなるほど、あたしは清潔に成るっていう訳。世界中の虱をしょいこめばいいのよ、あの連中。
宣教師 私もそう申し上げようと思っていたところで。
ブランケンゼー夫人 そう思っていらしたなら、はっきりおっしゃっていただかなくてはね。
宣教師 (朗誦して)海が引き退くがごとくに、彼らは、われらのもとより引き退いていく、彼らと共に、
あたかも宝物ででもあるかのごとく、彼らのありとあらゆる悲惨を、恥を、瘡蓋を持ち去っていくのだ……
海が引きの句がごとくに、われら自らのうちにわれらは引き退き、われらの栄光とわれらの伝説とを再びここに見出すのだ。
屑はことごとく、彼らが運び去るのです。彼らはわれらにすき櫛を当ててくれたのだ。
銀行家 (識者ぶって)反対の極を作るわけだ。(沈黙)
外人部隊の兵士 頭に立つやつさえいればよ!
(金槌の音。全員、口をつぐんで、再びうつらうつらしだす)
(背景は娼家の内部。冒頭にすでに見た通り。マリカ。彼女は背景の右手に行き、喋る。上から降りてくる人物を見つめているもののごとし)
マリカ 天から降ってくるのかい、それとも地獄から上ってくるのかね。お前さんがあたしらのことを見に来るの、
人に知られたくないんならね、身軽にやりな……(第三のアラブ人、マレク登場)さあ、およこし。
(彼女は片手を出す、がマレクは駈け去る。マリカは笑う。明かりがつく。背景の後ろから、しどけない姿で、ヂェミラが出てくる。
二人ともこわばったスカートをはいて、立ったまま、悠然と話す。ヂェミラはコップと歯ブラシを持っている。話しながら、彼女は歯を磨く)
ヂェミラ 三人とも帰ったかい?
マリカ ああ、でも、やつらの素顔、お前さんも見ればいいのに。夜をヴェールにしてかぶってくるのさ。
レイラの頭巾と同じだよ。帰る段になれば、今度は酔っ払いの真似だ。
良いと頭巾を一担ぎってわけさ。あたしらにとっては取り囲む輪が段々厚くなってきた……
と、これはあたしの感じだがね。あんたもそう思うかい?
ヂェミラ 前のことは知らないからね。あたしはボルドーにいたんだもの。
でも、これで結構順調なんじゃない? 淫売屋の周りには、汚らしいものはつきものさ。
マリカ そいつはますます濃く厚くなる。パン屋のおかみは、あたしにおつりをくれる時、にこりともしなくなった。
あたしの方だってもう何も言う気がしない。口をきいたら、あたしは果てが無くなるだろうし、美人になりすぎちまうもの。
あと二、三日したら、あたしは郵便局へ行く事も出来なくなる、いや、もう外へは出られないよ。
ヂェミラ 事だねえ……
勇気がないなら、淫売稼業なんてよした方がいい。
(彼女はポケットからタバコを二本出して一本に火をつけ、もう一本をヂェミラに差し出す)
ヂェミラ ごめんよね。
マリカ あたしは自分で分かっている、この両方の肩に、あたしは、店をそっくり担ぐだけの力があるんだ。
打ちわって言えば、全ての原因はこのあたしだったんだからね。
ヂェミラ あんた方、どんな風にやって来たのさ?
マリカ 世間様に向かって罵詈雑言を浴びせるのはまず難しかったね、それじゃあんまり荒っぽいや。
当節は、お前さんも気がついたろうが、およそ冗談の通じない御時世だ、
だからね、ベッドの中で、男供相手の、新しい手を考え出そうと苦労したのさ。
やつらはお互いそのことを喋っていたに違いない、そうとも、
やつらの顔にははっきり書いてあったはずだよ、ここでやつらにくれてやったあの幸せがね。
(おふくろの肘掛け椅子にひじをついてもたれていた軍曹が、あくびをし、それからマリカを指差し、滑稽なまでに気取ったポーズをとる)
軍曹 (面白がって笑いながら)あんたのいうとおりさ、お見事よ。あたしだって、凄く美人だったのさ。
あんたとあたしと、意見が一致する事なんてあるわけがない、でも世間をうんざりさせるためなら話は別さ……
マリカ (軍曹に、ただしヂェミラを見つめながら)あたしが相手じゃ、お前さんのヒロイズムとやら、いくらあっても足りまいが。
マリカ (前と同じ芝居)おいらはもっと強い、もっと厳しい人間さ……
軍曹 (前と同じ芝居)あたしはもっと優しくおしとやかで……
マリカ おいらは、もっとドライで、もっと冷たい……
軍曹 (大声で)おいらの口からあんたの口まで、二人がこんなに離れていてもよ、
今だってつばきの糸を引っ張ることができるのさ、あのなんとも細く、きらきら輝くやつをさ、死神だって……
ワルダ (笑いながら、軍曹に)あたしは死神を服従させていたよ……
(おふくろはため息をつく。マリかとヂェミラの間で再び会話が始まる。
袖から、断末魔のあえぎのような絶叫が聞こえる)
ヂェミラ 聞いたかい!
マリカ オムーの狂乱だよ……あの女、断末魔の苦しみだっていうのに、広場でサイッドを迎えるのは、あの女なんだ。
きっと広場まで、お輿にでも乗せて連れて行くつもりだよ。
ヂェミラ あんたの話、続けなよ。
マリカ 昔はね---今度の事がある前って意味だよ---昔は、女達はあたしたちを恐れていなかった。
あたしらは、何のやましいところもない、まっとうなお務めをしていただけさ。男達は、自分の家でやるのと同じに、店へ来て、やって帰った。
ところが今じゃ、違ってきたね、まるで地獄の底の幸せみたいに、あたしらのおかげで男供は幸せになるんだ。
ヂェミラ (熱心に聞いている)それで?
まさに淫売屋へ通うようにしてやってくるのさ、壁にぴったり身を摺り寄せ、夜の闇が濃い時に、付け髭をしたり、ばあ様に変装したり、
ドアの下を潜り抜け、壁の中を通り抜けて、中へも入らずぐるぐる回り、ここではトラクターや靴紐を売っているはずだなんて言ってみたり、
ボール紙の鼻をつけたり、自分たちの姿が見えるかどうか遠くに離れてみてみたりして、
つまり分かる? 連中が自分の姿を見えないものにしようとしたおかげで、逆にきらきらと輝きだしたのは一体何か、他でもない、淫売の店さ!
ヂェミラ (笑いながら)奴らが磨きに磨いたわけか!
マリカ 兵隊が飯盒(はんごう)を磨くようにね。そしてあたしらは、ようやくあたしらの孤独に立ち戻る事が出来た……
取り戻したのさ、あたしらの……あたしらのつまり……あたしらの真実ってものを。
(ほっとして)辛かったよ。考え出さなきゃならなかった。あたしらの手で、見つけるのさ。
初めは何も分からなかった。でもワルダは、あの背徳の権化のような女は……
ヂェミラ その末路はあの通りさ……(間)四十雀の餌をとって来なくちゃ。あんたは……
マリカ あたしは一ダースくらいタオルを洗って、漂白しとかなくちゃ。あの男が出てくる前にね……
(ヂェミラは背景の後ろに消える。マリかはまっすぐ立ったままである。自分の前をじっと見つめて、しかし何も見てはいないようだ)
小僧 (食料品店の売子である)おいらみたいにした方がいいぜ、股んとこで足を組んでよ、その方がくたびれないぜ。
マリカ (小僧に、軽蔑した口調で)お前こそ、洟垂れ小僧のうちに休んでおきな。
今にさ、お前が組んでるその股を、このあたしに解いてもらいたくなった日には、それこそいくら働いたって追いつかないよ。
(唾を吐いて、また物思いにふける風を装う)
小僧 (口笛を吹いて)ここのところ、おいらのご執心は、スウェーデン女ばっかりだよ!
(家の内部)
夫 (上着を引っかけながら)淫売がいちゃいやだってのか? 裁判官のやつがろくでなしじゃいかんと言うのか?
ララ あたしがいかんなんて、そんな……(間)お昼に帰ってくる? それとも仕事場にいる?
夫 帰るよ。
ララ 昨日だって言ったわ、あんた……
夫 帰るってな……
ララ 愛してる、あたしのこと?
夫 十一キロあるんだぞ! それで愛してる証拠になるのか? 体に触ってみなきゃ証拠にならんてわけか。それとも、違うか? (最前と同じ叫び声が、袖でする。オムーの声だ)
オムーの声 あたしのたまだ! ありゃ、あたしの金玉さ、スカートの下に縛り付けて持っていた小さな砒素のふくろのよ、
水飼い場に毒を撒き散らしてやるための砒素だ!
夫 またあのばあ様か! しかも、なんだとよ、広場へ連れて行くって話だ……注射を何本も打ってもらってよ。興奮剤さ……
おふくろ (感嘆して)あの女は怒り狂って死ぬよ。
(娼家の背景では、ヂェミラが顔だけ出して)
ヂェミラ (マリカに)ほらね、万事終わったわけじゃないよ。
小僧 (笑いながら)あのばあ様、三本杖がいるってわけさ。二本の杖が地面で支え、あの叫び声はばあ様を天につないでいらあ。
(笑う)
夫 知りたいなら、上まで上がって来いよ。
(ララは夫の胴にしがみついたまま、その体に添って這い上がるようにして立ち上がる。彼女は彼の体にぴったりと寄り添う)
ララ 愛している?
夫 (笑いながら、離れて)十二時半に、玄関によ、オレンジの若い木が自転車から降りるだろうよ。
(彼は背景の後ろを通って退場。ララは姿見の前に座って、髪をとかす。
娼家の背景には、マリカが物思いにふけったままでいる)
マリカ (そこにはいないヂェミラに)餌、もって来たかい、四十雀の。
ララ (姿見の中の自分の姿を見ながら)お昼にあんたは帰ってくる、あんたの木の枝と実を持って。
オムーの声 (袖で)もう何も救うものはないと?
(途方もない笑い声)いいや、あたしの愛しいはきだめの山がある、あたしに霊感を与えてくれるのはそいつだからね!
おふくろ (笑いながら、カディッヂャに)林を横切ったら、あの人、本当に素っ裸であたしらの所へ来るだろうよ。
(刑務所を表している背景の背後から、アラブの裁判官が、看守に連れられて出てくる。裁判官は、乱暴に押し出されるようにして、登場)
看守の声 (わめきたてる)尻を蹴飛ばされたいのか、貴様! こっちへ来い! 駈けるな、駈けたら捕まえて、張り飛ばしてやる!
裁判官 (振り向いて)誓って言うが……
看守 (姿を現し)何にかけてだ? こんなろくでなしに、親爺もおふくろもいないだろうが……
裁判官 ほんの一分でいい、おふくろを貸してくれ……一人の女が、一分でいい、わしのおふくろになってくれれば、そのおふくろの首にかけて誓う!
看守 (厳しく)服を脱げ。(間。その間に裁判官は服を脱ぎ始める)
素っ裸にして、ここへ入れてやる、目録を作ってやる、お前の尻の具合のな。安心しろ、俺の目の保養にしようってんじゃない。
とにかく、ここへは裸で入るんだ。入り口から素っ裸で通るんだぞ。(裁判官は上着を脱いだところである)
この緑の上着、どこで見つけた? 白状するのが怖いのか? しかし、おいらに白状したって、そいつは自白にはならんのだよ。どこで見つけた?
裁判官 (靴紐を解きながら)盗んだよ。
看守 (上着を調べながら)刑務所にいるやつらは、貴様の面など糞食らえだ。来るのが遅すぎたよ。
今じゃ、盗むとき花、アメリカの軍服を着て、黒靴を履いてやるもんさ。その靴下、買ったものか?
裁判官 盗んだよ。
看守 (肩をすぼめて)素っ裸ではいるんだぞ。その盗んだものはすみに纏めておけ。
入り口を入る所から、素っ裸だ。貴様は刑務所に入る。素っ裸のまま、刑務所の人間になる。そうしたら、お前の着ていたものは返してやろう。
服は着たってかまわん、もうその時はどうでもいいのだ。
裁判官 他に泥棒がいるのかね?
(看守は彼を背景の後ろへ押してやる)若い娘達に貴様の裸なんぞ見せるわけにはいかんからな、
お前の裸の輪郭が、緑の空にくっきり浮き出すところなんぞはな。
(突然、例の夫が、自転車を引きながら、家の内部を表す背景のかたわらに現れる。彼は息を切らしている。ララに大声で叫ぶ)
夫 やつが来たぞ! 見に来いよ。
(全ての登場人物、すなわち、裁判官、看守、食料品店の主人、小僧、ララ、ヂェミラ、マリカ、おふくろ、カディッヂャ、ワルダ、ピエールは、
中央の村の広場であると想定された場所にやって来る人物を見ようとして、振り向き、或いは下を覗く。
下にいるヨーロッパ人たちは、立ち上がって、半ば体を後ろに向けて、舞台を見ようとする。人々は待っている。ようやく、オムーがやって来る。
村の広場は、チラシを読んでいる負傷兵でいっぱいになる)
サイッドの到着。
(まず最初に、二本の杖に身を支え、バシールとアムールに支えられたオムーが登場する。蒼白である。顔と手とは白粉を塗っている。
赤い杖に支えられた、一種の死骸である。黒い服。白粉を塗った、白髪。その声が、響きのない、つまりいわゆる白っぽい声でいけない道理があろうか。
彼女は目を細めて、遠くを見やる。右手の袖の方角である。あたかも遠くからやって来る人物を目で追うように、袖のほうへと、四分の一だけ円を描く)
オムー あれは小人だよ!
バシール まだ遠くにいるからさ。
オムー あたしが織ってた時は大きかったよ……それが、今残ってるのはあれっぱかしか……縮んだんだ。(大声で)どうしたい、もっとこっちへおいで!
歩いたらどうだい、ちったあ、歩きなって言うのに! 日陰を通るんだよ、お天道様に当たったら、お前さん、融けちまうよ……
いくらすばしっこくたってもさ……
アムール 腰をおろすかい?
オムー (ぶっきらぼうに)いいや。
小僧 お祝いの大砲、うつのかい?
オムー 左へ曲がるんだ……違うよ……違う、違うったら、左だよ……(彼女を取り巻いている男たちに)
あたしと同じさ、あの子には、左と右の区別がつかない……右へ曲がったかもしれないね、どうなったかあたしには分からないよ……
バシール (憎憎しく)やつをまっすぐな道に連れ戻すのが、俺たちの役目だ。
オムー (バシールに)知っているのかよ、お前は、まっすぐな道がどこに通じているか?
それから、名前もない獣達……色もなきゃ……影もなきゃ……要するにゼロさ……(大声で)もうちょっと急ぎな。
(そこにいる男達に)親、あの子他事分の背丈と同じくらいに大きくなったよ。
(彼は笑う。全員、全ての階で---ヨーロッパ人だけは別だ---彼と共に笑う)
オムー (片手で、ひよこを呼ぶ仕草をする)ピーヨ、ピヨ、ピヨ……こっちよ、こっち……
さあ、分からず屋を言わないで。お前をいじめたりはしないよ。ただ剥製にしてあげようって言ってるんだよ……
ハメッド 生きたまま剥製か? 俺の提案は違うな……
オムー 全ての提案をじっくり検討するのさ。一番いい案に決めればいい。(相変わらず姿の見えないサイッドに)もっとこっちへおいで。
ララ (見えないサイッドの方を見つめて)相変わらず、なんでも鵜呑みにしそうな、間抜けな面をしているよ。
あたしは、家の蝿帳の横に置くの使いたいね。その剥製。
ネヂュマ あんなのが相手じゃ、レイラも夜は落ち着いていられたわけだ。あたしとはわけが違うね。
サレム (笑いながら)お前みたいのが相手じゃ、亭主の方で、夜はおちおち眠れますとよ。
(全員、笑う)
ネヂュマ だがね、世間のうわさじゃ、お前さんのところのロバを孕ましたのは、お前だっていうじゃないか。
ハメッド ロバが産むのはあいの子だとよ。
思い切りおやり。誰彼の容赦はいらない。(相変わらず見えぬサイッドに向かい)
お前のほうは、急ぐにゃ及ばない。時間はまだたっぷりある……かわいそうに、足が棒みたいになって、もう歩けないじゃないか。
(他の連中に)あの子に場所を空けておやり。もっと離れて。家も、庭も、もっと後ろにやるんだ。
(と、彼女は背景を動かす)いや、必要とあらば、国中を後ろへ下がらせ、
そうしてこの国の生み出したあの息子を、厳かに迎え入れる! 夜も後ろへ押しやるがいい……天の星星の車輪もまた、
天の車輪のぎりぎりの淵まで追いやって、虚無のさなかに転落させ、そうしてあたしらに、広々と席を譲ってもらうのさ!
おいで……さあ……あと三歩……一歩……着いた……(サイッド登場)さあ、お辞儀だ。
(サイッドは帽子を取ってお辞儀をする)どうだね!
サイッド どうって、こうして帰ってきたよ……そんな遠くにいたわけじゃないし。(全員、どっと笑う)みんな俺のこと、待っていたのか?
バシール お前のためにお祝いの祭をしようっていうんだ。今、準備の最中さ。ここと、それから亡者の国でな。
(重々しく)おまえは俺たちにとって実に役に立った。
サイッド (鷹揚に)そう思っていた。だが俺だって随分苦労したのだ、少しは休息が欲しいと思う。
ネヂュマ (笑いながら)じゃ、もしお前が網の先にぶら下がる事になったら?
サイッド 願ってもないね。天と地の間で……
お前に必要なのはみんなの褒め言葉。このあたしの方はアスピリンだ。アスピリン! (バシールがアスピリンを二錠渡すと、それを彼女は飲み込む)
かなり前から、お前は村のまわりをぐるぐるまわっていたよ……
サイッド 道に迷ったんだ。
オムー お前が石ころや森の中を踏み迷っていくに連れて、お前はあたしらでは容易に降りていけないもうひとつの領分へと踏み込んでいた。
もちろん、こっちだって、できることは全部やったさ。怒り、悲しみ、ののしり、熱と---あたしは四十一度八分もある!---狂乱と……
見れば分かるだろう。あたしだって、野原をさまよい、森を横切っている!(笑う)あたしらに道を教えてくれた、お前とお前の素晴しい連れ合い、
お前達は、そうやってあたしらに、道に踏み迷う術を教えてくれたのさ……
(再び笑う)
サイッド 俺を裁くためには……
アムール (笑いながら)裁判官なんぞもういない。いるのは、泥棒と、人殺しと、放火魔ばかりで……
ハメッド サイッドと並べれば、裁判官はまだ裁く側だぞ!
オムー そんな風に震えなくてもいい、ひどい目に合わせやしないから。裏切りの件はだ、
お前はお前にできることをしたまでだし、しかもこいつは認めざるをえないがね、結局、大した事は出来なかった。
(全員、笑う)いや、分かっているよ、あたしは、お前の意図はよかったんだ。
だからこそ、あたしらだって、それを重く視るつもりさ。だが、お前を裁くってのは、不可能になった。
これまで誰もお前ほど先まで行ってしまった者がいなかったのは……
空から雪のように舞い降りるのを見る度合いは、この俺が、あの子のヴェールの中にスカートだの翼だのを、舞い上がらせて、
それを射落として、之のように舞い降りるようにさせるよりは、よっぽど少ないんだぜ……
オムー (ナスールに)あの始めて聖体拝領した可愛い娘の事かい? お前は、逆上してあの子にぶっ放し、やっつけちまった。
サイッドはね、違うんだ。サイッドは一人きりだった。そしてもしあたしらが、あたしらの陶酔のとことんまで、いやほとんどその限界まで、
あたしらを裁く目つきなんぞ気にかけずにいけたというのも、まさにあたしらには幸運にも、お前というものがいたからさ
---お手本としてじゃない、そうとも、お手本としてじゃない!---お前と、いや、お前とレイラという夫婦さ……ところで、レイラは?
サイッド レイラ?
オムー (不安になって)愛してたのか?
サイッド (笑いながら)どうして俺にそんな事が出来たっていうんだ?
(上で、おふくろ)
おふくろ (ほっとして)よかったよ。あたしは見張ってたんだからね。
サイッド (さらに続けて)あいつは、俺からそんな気持ちをなくさすために、ありとあらゆることをやってくれたさ。
俺の方としては、俺は……俺が、一度も気がくじけそうにならなかったなんていうつもりはない、
情愛って物が、俺たちの上に打ち震える一枚の木の葉のように、情愛がふと影を落とす、
だが、すぐ俺は気を取り直した。そうともさ、その点については、安心してくれ。
あいつは怒り狂って死んだよ。そして俺は、俺がくたばるときには……
オムー (前の言葉を続けて)お手本としてじゃない。ひとつの旗としてさ。
(沈黙)
だが、連中の選んだものは、連中の名誉にはならんね。
ヴァンプ あたしたちには、英雄が有り余るほどいるじゃない。そして、あたしたちの英雄のみを飾る、あの有り余る栄光と金。
外人部隊の兵士 あんたがそんな口をきくのか?(うんざりして)頭に立つものがおらんて!
宣教師 彼らはひとつの組織になろうとしているのです。これこそ、何にもまして彼らを強力に結び付けるひとつの儀式の始まりであります。
(空気を嗅いで)このにおい、私には親しいにおいだ……
マリカ あたしだって---このあたしさ、蝋燭を吹き消すときに、やつらが「悪魔の皮」って呼ぶこのあたしだって……
シガ それが、蝋燭をつければ、綻びだらけの木綿でね。
(全員、笑う)
マリカ 「悪魔の皮」だよ。あたしはあの男が店の階段を上がっていくときには、鳥肌が立ったものね。
(全員、笑う。一人の兵士が、彼女を背景の後ろへ引っ張り込む)
いや、今だって、まだ、あたしに残ってる骨と皮とは、相変わらず鳥肌のままさ……
昔のお殿様方に言わずばなるまい、ごみためのごみの山は、何にもまして大事にしなくてはならんのだと……
今後、掃除のごみを、全部捨てては絶対にいかんと……
ララ あたしはいつでも、一つまみだけ、ラジオの上に残しておくわ。
シガ あたしはチョッキのポケットに……
アジザ あたしは、スープに入れる塩の入れ物に……
オムー (幻覚にとらわれたごとく)そしていつの日か……(サイッドに)動いちゃいけない! ---林はますます黒くなり、そして熱い……
つまりあたしはひとつの池の側を通らなきゃならないのだ、そこの水は水じゃない……
そしてもし、いつの日か、太陽が黄金の雨となってこの世界に降り注ぐような事があれば---ありえないとは誰に言える?
---どこかの隅に、小さな泥の山をとっておおき……太陽が照り返して、その光の矢は、今あたしの頭をがんがんさせているやつだ、
あたしの頭に一面突き刺さって、なぶりものだ……
おふくろ (木魂のように)おしゃぶりな!
サイッド (同じく)しゃぶるよだれもありゃしない。
夫 一時間なら無駄にしても取り返せるが、半日となったら取り返しがつかない。お祭りは駆け足でやっつけなきゃ!
(瓶からぐいと一気飲みする)
シガ (サイッドに)においでさ、あの大きな下水から二十メートルの辺に来ると、レイラがそこで揺れているのが分かるらしいよ……
もしそこから出てる臭いにおいになったのが本当にあの女なら、あたしたちは、ものを忘れずに済むってわけだ。
あたしにはとっても考えられない、甘く懐かしい道徳なんぞを思い出して懐かしがるような真似、
お前さんたちにさせないために、娑婆でも天上でも、あたしの腐っていくにおいだけで足りようとはね……
やがて、風があたしをさらっていく……風邪があたしの骨の間を、まるでフルートの管を横切るように横切って通るのが
あたしには分かる……それこそあたしの目方なんかもうないに等しい、全部で十グラムそこそこだ……
頼りにするのはお前達だ……サイッドは、みんなで利用するのさ……
サイッド じゃ、何もかも終わったわけじゃないのか?
オムー お前の悲惨を、お前の汚らわしい事を全て、芳しいにおいで包んでやるのさ。
サイッド つまりそれは、俺がこの世界の終わりまで、世界を腐らせるために自分を腐らせ続ける、そういう意味か?
オムー 意味するもしないも、そんな事は何の意味もありはしない。みんなお前を探していた、探していたのさ、お前の事を。
お前を誘い出すために、あたしの熱と、千里眼が必要だった。お前は今ここにいる、みんなお前を、もう離しはせぬ、
いくらお前が娘っ子よりするりと逃げる名人でもだ。さあ、急ぐんだ、お前の汚らわしい事の全て、芳しいにおいに包まねばならぬ!
どんなものでも見逃してはならない。終わりが、あたしの終わりが近づいてきた、あたしは終末に近づいて行く、
みんな途中で頭をぶつけ合ったら、あたしに変わってくれるやつは一体誰だ?
(胸が苦しい様子)お前達、分かるだろう、この差し迫った状況……
バシール (近付いて)アスピリンか、ばあ様?
カディッヂャは、あたしが喋るより、もっと長く語ったじゃないか……
サレム それを喋ったのは、あの女、死んだあとだぜ。
オムー そうして、林は永遠に続くわけじゃない、あたしは百も承知だ。あれを喋った時、カディッヂャが死んでたというなら、
このままじゃあたしの狂乱は、もう、引き潮のように引いていく……祭りはさっさと片付ける……
土砂降りの雨の中で、電光石火の作戦だ! 瞬きする間に、儀式を済ます……サイッド、サイッドよ!
実物よりひときわ大きく! お前の額は星雲の中に、お前の足は大海原の上に……
小僧 スープをたくさん飲まなきゃ!
ララ (髪を結いながら)あいつに飲ますための飼い葉桶、どこにあるよ?
サイッド 額は星雲の中にだって! そして足は?
監獄の看守 (独り言のように)しかもずっと立ちづめか。
バシール やつの声は十万のトランペット、やつのにおいは宇宙の雲のことごとくか……
オムー (サイッドに)お前はお前自身の背丈を越えて……
シガ それじゃみんなで寄り合って、今度のサイズで靴下を編んでやろうか!
サイッド 俺はみんなの要求通りにするよ、だが……
オムー (熱に浮かされて)心配は要らない。全部あたしらだけで片付けてやるよ……こつはちゃんと心得ている……万事、スムーズに運ぶはずだよ……
サイッド (突然、厳しい口調で)とにかく、まず俺を殺すんだろう。それならすぐにしてもらいたい!
お前ら、俺のことを待ちあぐんでいた、俺のための祭りだと……
あたしの目玉はここにある、お前のポケットなんぞに忘れるものか、あたしの腿の骨を風が吹き抜け、
氷があたしのスカートに凍る。みんなお前が死んでる事を望んでいる、違う、生きてる事だ、死人じゃなく……
サイッド (逆上して)それじゃ、俺を生きたまま死人の仲間に入れようってんだ!
オムー (脅迫的に)死人でも、生きてるやつでもないわ! 悲惨に名誉を! 生きているやつらに総攻撃を!
レジオン・ド・ヌール、あんな勲章は、便所の白壁についたちっぽけなしみさ!
サイッド (まだ逆上している)つまり俺を、死人のままで、生かしておこうというんだな!
オムー (ほとんど何かの霊に憑かれたように)そうとも、万一、歌わねば、歌わねばならぬなら……新しくサイッドを作り出さねばならぬなら……
もしも、一言一言、唾とよだれで吐き出さねばならぬとあれば……
書いたものでも、口から口へと伝えるのでも……サイッドの物語、長々と語りだす必要が……
看守 (笑いながら、大声で)俺は幾晩も幾晩も過ごしたからな……こいつの、レイラとの愛の物語り、俺が歌ってやろうじゃないか……
夜となく昼となく、俺は死刑囚の言葉を聞いてきた。全部が全部、決まってやつらは歌にして歌うが、全部が全部、大声でやるとは限らんのだ……
オムー くたばるのだ! 腹が裂けて、どろどろ物語が流れ出す……犬どもは……
看守 (前の台詞を続けて)大声ではな。ある連中は、ただふくらはぎの筋をあらわすだけだ。
そこを横切って、空気が少し流れる。するとひとつの歌が立ち上る。このハープを横切って……
サイッド (逆上して)そんなサイッドは俺じゃない! ハープの風も、ふくらはぎの恍惚も関係ない!
オムー 犬どもは言おう、このあたしらと犬どもは同属だって……やつらのための物語さ、その物語り、戸口から戸口へと進んでいく、夜ごとに……
(全員、笑う)なんだな、お前ら笑うのか? (いかめしく)お前らは、死刑囚の腸が歌を歌うのを聞いたことがないんだな?
それはお前らが、聞く耳を持っていないからだ。(気取って歌の紹介をするように)死刑囚の腸による、サイッドとレイラの恋の歌。
(全員、どっと笑う)
オムー (彼女も熱に浮かされたように笑いながら)そして夜ごと、そうとも付け加えておくれ、
夜ごと、戸口から戸口へと、犬どもの切られた首が運ぶ歌、犬どもの切られた喉が語りだす……
(全員、再びどっと笑う。それから長い沈黙)
アラブの兵士 (娼家の背景から出てきたところだ。彼はボタンをはめる)よし。ばあ様、なかなかお見事だな、その演説は。
お前には演説をする権利がある、お前は死人だからな。俺はマリカをいじくりながら聞いていた。
(男達に)貴様立ち慰霊塔の除幕式の間は、祖国愛に満ちた演説を聞きながら、各人、自分の分け前を取るようにすすめておく!
(オムーに)だが、俺たちはな、生きているんだ、俺が話しているのは、俺たちのうちで生きている人間達の事だ、
一体、野良犬のぶった切った頭が、あっちにいる俺たちのところまで、サイッドの物語を持ってくるのか、どうだ?
裁判官 (独り言のように、しかし力を込めて)不幸せなやつらだ!
アラブの兵士 ひとつの組織になるためには、理屈が必要なのだ。
それじゃ一体、俺たち戦っている兵士には、何の権利があるっていうんだ。
(沈黙。オムーは考えている様子。ようやく、彼女は口を切る)
オムー 無駄口をたたく代わりに、お天道様の照りつける中へ出かけて行って死ぬ事さ。(極めて断固たる口調で)しばらく前からだ、そうとも、
あたしらがここで、あたしらのありとあらゆる不幸、悲惨を嘗め尽くそうと精魂を費やしている間にだ、
お前達はあっちで、お前たちの死を、調和の取れた尊大な形に仕立てているじゃないか。
アラブの兵士 戦闘を有効にするためだ。
オムー (あたかもロボットのように、鸚鵡返しに)往生を小奇麗なものにするためさ。
おふくろ うまくいった! あの女は林を抜けたよ。あたしらのところへ近づいてくる。
オムー (上記と同じ芝居)兵士よ! 味方の兵士、このおたんちんのおたんこなすめ、いいかい、絶対、現実に適用されてはならないような種類の真理って物がいくつかある。
まさにそういう真理こそ、歌によって生きさせなければならない、真理が歌に姿を変えたその歌でな。
お前なんぞは敵と向かい合ってくたばればいいのさ。お前の死も、あたしの狂乱以上に真実ではない。
お前ら、お前とお前の仲間はな、まさしくあたしらにサイッドが必要だという事の証拠だわさ。
アラブの兵士 お前の言う事はたぶん本当だろう、お前にとっても、俺にとっても、だが他のやつらは?
(嘲笑する)戦いにけりがついて、やつらが家に帰ったときには、どうなんだ?
(かなり長い沈黙)
(物憂げに)「戦いにけりがついて、やつらが家に帰ったとき」か……そんな事があたしと何の関係がある!
ある種の真理って物は、現実の世界に適用する事は出来ないものだ、適用したら、そんな真理は死んじまうわさ……そいつは死んじゃならない、
生きるのだ、歌によって、その真理が歌に変わったその歌で……歌よ、永遠に!
アラブの兵士 俺にしても、俺の戦友にしてもだ、戦ったのは、そいつがお前の中で、浮ついた歌なんぞなるためじゃなかった。
戦ったのはな、いいか、闘争への愛のためだ、栄光に輝くパレードと、新しい秩序のためだ……
オムー いい加減にあっちへ行って、横におなり、そんな深刻な考えをした後じゃ、ちったあ休んだほうが身のためだ。
いずれにしてもあたしらはね、伊達や酔狂で殺されるようなまねはね……
アラブの兵士 (皮肉に)どいつのおかげで殺されたって?
(第二の兵士が娼家から出てきて、同じ階段を通って、第一の兵士のところへ来る)
オムー 口が酸っぱくなるほど言ってるだろう! 殺されたのはだ、そんじょそこらのお偉方や、裁判官だの、乾物屋だの、
ゴムまりみたいな床屋の親爺を守ってやるためじゃないわさ、そんなやつらは糞くらえだ、そうじゃない、
大事に大事に、あたしらのサイッドをとっておくため……そうとも、やつとやつの聖女のような女房を……
(死者の国では、全員が笑い出し、拍手を送る)
アラブの兵士 やかましい。勝利は貴様らの自由にはならん、勝利にどんな意味を与えるかもだ。決めるのは俺たち、生きている人間だ。
(村の広場にいる男達が拍手する)よし。(第三の兵士が、第二の兵士と同じく、娼家から出てくる。ついで第四の兵士も同様に……)
今に俺たちは、全員、デカルト的な精神の持ち主になるだろう……(サイッドに)貴様の事は許してやる。俺たちの義務は貴様を許す事だ。
オムー (笑う)こいつはいいや! 許すときたよ! 許すんだとよ、とんだ薔薇にマリア様のヴェールだ!
お許しくださるとよ、お燈明に、レースの布に、それから両手を額にあてがってよ……
第二の兵士 許す許さんはともかく、惨めな、汚らしいものはたくさんだ……
オムー お前らはそれで、拍子を取って、お一二、お一二か……
第三の兵士 「全員、進め」って伍長殿の命令があれば、みんな、お一二、お一二だ。
オムー サイッドはね、あたしらが放さないよ。この子の反吐の出そうな汚らしさを保護するためさ……
その汚らしい状態に、これから水をくれてやってね、どんどん育つようにしてやるわさ。
第一の兵士 (サイッドに)俺のそばに来い。(サイッドはためらう)お前に、兵隊になれとは言わん……
(死者の国でどっと笑い声がする。そこには、おふくろ、カディッヂャ、軍曹、ピエール、将軍、ワルダ、ブランケンゼー氏、中尉の姿が見える)
やかましいやい! 亡者はおとなしく寝ていろ! 貴様らには、葬式も、名誉も、栄光もちゃんとあてがってある、
臭い肉に対してやらなきゃならんことはちゃんとな。そうだろうが。よし。(死者たちはくすくす笑う)
今は、俺たちだけで、静かに生きるのだ、邪魔をしないでもらいたい。(サイッドに)ここへ来いと言ったんだぞ。
サイッド (広場を一回り見回した後、穏やかに)ばあ様、兵隊達、みんな、お前らみんな、糞くらえだ。
(彼は群衆から離れて、退場しようとするが、五人のアラブ人の兵士は、ピストルを取り出し、彼を狙う)
第一の兵士 動くな!
(サイッドは立ち止まり、振り返る)
オムー (第一の兵士の前に飛んで行って立ちはだかり)お前達、やっつけるつもりじゃあるまいね?
まさか、この子を、あたしらの手から奪い去るつもりじゃ? まさか、お前達……あたしらの宝物、まさかぶち壊すような真似はすまいね……
あたしら、息が出来るのはこの子のおかげなんだよ……(彼女は体を折り曲げて、激しく咳き込む)このままくたばったほうがましだ……
第二の兵士 (サイッドを指して)やつにこのまま続けさせるわけにはいかん……
小僧 はらはらさせるねえ!
第三の兵士 (サイッドに)さあ、いいから来い。全て帳消しにしてやる、新規まき直しだ。
(サイッドはためらっている様子)
オムー 逃げるんだよ。おまえ自身の外へ出るんだ。口でも、尻の穴でもどこでもいい、とにかく出るんだ、そこにいちゃいけない!
第一の兵士 (サイッドに向かい、厳しい面持ちで)俺はな、いいか、俺が言って聞かせることは……
サイッド (穏やかに)俺のことを、みんな、手に入れようと必死だ。俺の値段は、俺のほうでつり上げることが出来る……
(死者の国で、長い事呟きが聞こえる。死者たちは、互いに目で何事か示し合わせている様子。突然、おふくろが激しい口調で絶叫する)
あたしは牝犬さ、父なしの子犬をはらんだ牝犬だよ。そのあたしがお前をお腹の中に入れていたのは、
お前を死んでもいいようなやつにするためじゃなかったのさ! 牝犬の生涯ってものは、わき腹を足で蹴られる、狂犬病にもなりかねない!
いらくさのけちな茂みよりも、お前の値打ちはもっとけちなものだが、今日のお昼になるまでは---今がちょうどお昼だ---
あたしゃ、あたしを導いて来たのはまさに憎しみってやつだと思い込んでいた、このあたしをだよ、サイッド!
オムー (おふくろに)おばばよ、お前さんの台詞でため息が下がったよ。
第一の兵士 死んだやつらの屁理屈だ……
(死者たちはいっせいにどよめく)
軍曹 (サイッドに)お前のほうが分がいいんだぞ、サイッド、おいらのようにするんだ、おいらはな、ずいぶんひどいこともやらかしたがよ、
そのおかげでおいらは輝くようになったってわけだ。おいらからは後光が出てるんだぜ、サイッド!
ヴァンプ よう、よう! 軍曹、あんたは、ずいぶんとえげつない、いかがわしい事もやらかしたからね。
(笑う)足のつめをひん剥くなんてのは序の口でね……
アカデミー会員 何を馬鹿な事を! 今朝、路地で、あの男の名のついた町名の札の除幕式があったばかりですぞ。
彼の行動は、彼が死んだという一点を除いて、誰も知っちゃおらんのです。
ブランケンゼー夫人 いいえ、どういたしまして、あたしは聞いておりますわ。
銀行家 ゴシップだ、くだらん。
アカデミー会員 (はなはだ意気喪失して)彼が実際に行ったことに頼る事は出来んのです。もはやそのような事は不可能となった。
やつらには出来るが、われわれには出来ん。(学者ぶって)したがって、軍曹は、彼の名のついた町名の札を持つことになる、
それはわれわれが何も知らんからである。これがやつらと違うところです。
おふくろ (大声で笑い出して)だってあの連中なんだろう、お前達がやっつけようとしているのは!
やつらのめっきが金ぴか、本物だと思っているのかい?
第一の兵士 めっきの金ぴかにも、いいところはある。
オムー (サイッドにこっそり)今のうちに逃げ出すんだ。議論している間に、さっと! やつらのやる事は後でわかる……
(サイッドはためらい、立ち去るかのように一歩踏み出す)
第一の兵士 動くな! (サイッドはなおもためらい、それから走り去る)射て!
(五発の銃声が、アラブの兵士達の五丁のピストルから発する。全員、サイッドが立ち去った右手の方を見つめる。
人間が倒れる音が聞こえる。死者たちとオムーを除いて、全員、茫然とした様子)
ブランケンゼー夫人 (びっくりして目を覚まし)いつでも窓の音であの音がするんだから。
(彼女は再び眠り込む)
オムー 今日はまだ、とても往生する暇はないね。一人は埋めて、他のやつらは怒鳴りつけてと。
この分じゃ、百まですぐだ。(バシールに)アスピリン。
(バシールは彼女にアスピリンを差し出す、と、彼女はそれを飲み込む。アラブの兵士とオムーを除き、全員、すでに登場している。
下では、銀行家、外人部隊の兵士、ヴァンプ、等等が、サイッドの登場の際に起き上がっていたが、再び腰を下ろして、うつらうつらし始める)
第一の兵士 (オムーに)そう、悲しむには及ばんよ、ばあ様。お前ももうすぐ地面の下だ。
(彼女は、二本の杖と、バシールならびにアムールに支えられて退場。五人の兵士は右手へ、彼女に従って去る。
使者たちを除き、他の全ての俳優たちは、袖へ、背景とそれからこの景の冒頭で彼らが持ってきた品物を運び去る。
長い沈黙。上の死者たちは、みな、生きている人間達が、舞台を片付けるのを見つめている。使者たちだけが残る)
カディッヂャ (勝ち誇って)引越しだ! 引越しだよ!
軍曹 これでしめしめ! おいらは町の名になったのさ! (笑う)おじきがふとん屋をしているあの路地の角さ、
あそこにおいらの名前のついた町名の札を、おいらはおかげで手に入れた。
勝ち取ったってわけだ! みんな、おいらが美男子だって文句をつけたが、だが、おいらの美貌ってやつは、
おいらの残酷さって言うあの宝石を入れておく宝石箱の役をしたのさ。
おふくろ (不安になって)ところで、サイッドは? 来るんだろうね?
軍曹 おいらの美貌は残酷さと並んでいや増しに増していった。美貌と残酷さ。この両方が手を貸しあってよ。
この両方が抱く愛情の輝き、そいつがおいらがズボンを下げたとき、おいらの尻に訪れて、おいらの尻を金色の光で包んでくれた!
(笑う)
おふくろ サイッド! まあ、待ってりゃいいようなもんだけど……
カディッヂャ それには及ばないよ。レイラと同じさ、戻っては来ないよ。
おふくろ じゃ、どこにいるんだい、あの子?
カディッヂャ 死人の国さ。
(背景の二つないし三つの台詞の間に、死者たちはすでにその背景を運び出している。
お袋が一番後から、その肘掛け椅子を持って退場。部隊は空になる。終わりである)
ほかのをかってくれて楽だわ
こういう奴いるよなって程度でしかない
わかんない、とかいわれると異次元にいるとでも言うかのような自慢顔
女の子とウキウキー だってよ おばさんとおじいさんがな
私の存在に恐れをなしているんだと思うねー名誉毀損!
一貫性はあるねー名誉毀損!
興味をひかそうと害みたいなことしたうえにこんな事を それそのものかこうゆうのも喜びそうだからやめとこ
大阪の人らしいから、東京では下の下 落ちこぼれかぁ
本人たちも更生中の壮年不良少年卒なんだろうが、他人を何人犠牲にすりゃ終わるんだ
更生と銘打って悪目立ちしたい欲望も丸出しだし
ってのを懸念してプラスを与えてるとかいうけど
損害じゃないし これは長い目で見れば
別に返す必要のあることでもなし
本人だけをみての判断だからなんの関連もないかなー
採用も遅かったけど
今更話にも上がってないし
社会で勝ってる、はいってるけど
学歴で負けたはいってないな
過去になればもう話さない主義にしてるらしい
学歴産業だから ずっと取り合わないといけないんですよね
右往左往してなんでおまえだけ定職に付いてるんだ!って怒りに来る予想済みの定期
熱くなって…
おまけに無関係なやつや仲裁に攻撃するという被害妄想もある
わし法学しってすごい人物なんやぞ!
ほっとくと分かる日来ないだろうなー