あ?IDなし最終更新 2025/12/25 20:061.馬雷達らくに生きたい知恵を持ちたい金持ちになりたい世の中の悪を消したい2025/10/24 07:23:55107コメント欄へ移動すべて|最新の50件58.夢見る名無しさんおふくろ (自分の出てきた方に向かって)お前さんのいる所で……お止まり! そこで止まるんだよ……今お前さんがいる所で、ちゃんと聞こえるよ。 (墓に近付き、墓銘を読む) シ・スリマーヌ。確かにあの人の墓だ。 (さっきと同じ方を向いて) こっちだよ! こっちだったら! いったいお前さんって人は、本当に使い物にならないのかい? 耳が駄目なのかい? 耄碌しきってるんだろう、ええ? (年老いたアラブ人、マダニが登場)マダニ わしじゃ気に入らんというのなら、今からでも遅くはない、別の口よせを探して来い。 (ちょっとした間)とにかく、口汚く言うのはよしてくれ。おふくろ 今は怒ってる時じゃないよ。私はね、一番年をとっていて、一番へたくそな口よせが欲しかった、 誤魔化すのは嫌いだからね。私が、みずみずしいピンクの口をした、白い歯の口寄せなんぞ連れてきた日にゃ 死人(しびと)を手なずけようとしているみたいに思われらあ。そこにお立ち。(マダニ、墓の横に立つ) 私は死人の口になってもらうためにお前を選んだ。 そりゃ、死人の口は土塊やら草の根やら砂利やらで一杯に詰まっているはず。 だが、とにかくお前の言葉じゃないよ、死人の言葉をしゃべる努力をしてもらう。マダニ 死人がしゃべる事を承知した時、死人のしゃべらにゃならんことは恐ろしいことだ。 もちろん、しゃべるのは私じゃない、あの男だ。おふくろ もう時間かい?マダニ (腕時計を見て)ちょうどだ。2025/12/24 20:45:1159.夢見る名無しさんおふくろ (最初に自分の出てきた方を向いて)さあ、お前さんたち、その丘の上で、草の匂いの中で、 とにかくおしゃべりは慎んでもらおうじゃないか。ばあ様も小娘もみんなだ。 暇は取らせないよ。死人の言い分さえ聞きゃいいんだ。 (マダニに)魔法瓶にコーヒーを入れて持ってきてあるからね。後でだよ。 仕度があるんだったら、私は向こうへ行ってるけど?マダニ (ゆっくりとうずくまって)お前は邪魔にはならん。一番しんどいのは、わしがわしの体から出て行くことだ。 そして、あの男が私の代わりにやってくる。おふくろ (少し気味が悪くなって)へえ?……でも……出て行くって言うが、どこに行っちまうんだい?マダニ (しゃがみこむ動作を続けながら)場合によるな……初めにスピードをあげるかあげないかで違ってくる。 時間があると、わしは自分の家の畑を見たり、町の博物館を見たりする。さあ、静かにしてくれ。 (彼は完全に横になり、しばし沈黙した後、静かに呼びかける) シ・スリマーヌ?……シ・スリマーヌ?……スリマーヌ、……いるか? 答えるのは誰だ?……お前だな、シ・スリマーヌ?……ここにいるのはわしだ…… お前の口だ……お前の不幸な口だ……だが、その口が答えねばならん…… わしが分かるか?……なんだと、もう覚えておらんと? お前が生きていた時、お前が語った言葉はことごとく、このわしが語ったのだ。 ……(沈黙)どんな言葉だと? だから、ことごとくだ……お前が口にしたことは何もかもだ ……いつだったか、お前が道路の管理人に言ったこと、覚えているか? ……そうか、分かったろう、何て言ったな、あの時?おふくろ お前さんのことが分らないのかい?2025/12/24 20:48:3460.夢見る名無しさんマダニ (おふくろに)邪魔をするな、まかせておけ。こいつを暖めてやらねば。……(死人に語りかけて)道路の管理人に、お前が言ったことはな、 ……あの日は雨だった。お前はこう言ったんだ。「俺は車庫で雨宿りしていく、それから図面を建築家のところへ持って行くさ……」 (間)ああ、今度はようやく分ったな。よし、ではわしのことが分ったと……(間)わしの匂いはどうだ?……ほれ…… (彼は墓の上に息を吹きかける)正真正銘、お前の口の匂いだな? そうか! そんならいい。では始めよう。 サイッドのおふくろが聞きに来ている。(彼は立ち上がり、おふくろと向かい合い、不動の姿勢で、威丈高に語る) さあ、話せ。俺に問い掛けるんだ。俺は口だ。お前は俺の言葉を聞きに来た。お前の言い分を言え。何を考えているのか。(二人は向かい合って、軽蔑的に睨み合う)おふくろ (疑い深く)お前は確かにシ・スリマーヌの口かい?口よせ (力を込めて)そうだ。おふくろ じゃ、お前はどこで生まれた?口よせ ブー・タニーズで生まれ、アイン・アマールで死んだ。おふくろ (一瞬まごついて)そうかい。じゃ……お前の傷は? どこをやられたんだ?口よせ 弾丸を二発、胸に。一発はまだ中に残っている。おふくろ そうかい……じゃ……正確には何時に死んだんだ?口よせ (威丈高に)もう沢山だ。十分話したぞ。お前の知りたいことは何だ?おふくろ そんならいいさ。お前も一筋縄じゃいくまいが、この私だって負けちゃいないからね。 何だってね、お前は村の女達に、私が泣きに来ないようにしろと命令したって言うが、本当かい?口よせ 本当だ。おふくろ (怒って)しかしお前だって知ってたはずだろう、私が泣き女だってことは。 私が一等優秀な泣き女の一人だってことは。2025/12/24 20:51:1061.夢見る名無しさん口よせ (ためらって)埋葬の時に、お前には来てもらいたくなかった。おふくろ (怒って)サイッドはどこから生まれたんだよ、私の腹かい、お前の腹かい。 それに私の腹が他の女と同じ腹をしてないってのか、 他の母親達と同じ母親じゃないってのかい?口よせ 俺は死んではいたが、まだ埋葬されていなかった。俺は相変わらず村の人間だった。 髪の毛の中に、足の裏に、腰に、俺はあの時まだ、村の男や女達と同じ、あのむず痒い感じがしていたんだ。おふくろ (不安になって)じゃ今は……もう体の掻けなくなった今では?口よせ だいぶ減った。土の重みにもかかわらず、俺ははるかに軽くなったような気がする。 俺は煙のように消えようとしているんだ。お前はそれを待たずに、今夜来てよかった。 俺の中の水分は全て、樫の木の葉脈の中に移動している最中さ。 俺は俺の国をさ迷い歩き、お前のことも、他の奴らと区別がつかなくなるだろうよ。おふくろ (途方もない大声で叫び)ああ! ああ! ああ!口よせ ……そして、お前の足の指の間にたまっている垢も、一部は俺の腐った体から生まれたもの……おふくろ (勝ち誇って、最初出てきた方に向かって) どうだいお前さんたち、束になってそろってるスベタども、今のを聞いたかい、死人の言葉を。死人が私にどんな風に話し掛けるか。 (口よせに)北に、東に、南に、西に、海の方、山の方、いたる所で、私達を取り囲むあらゆる場所で夜が立ち上がるのさ。 スリマーヌ、数限りない丘とともに膨れ上がる、そして私達を見つめている丘の斜面には、 幾千、幾十万の女どもが胸をときめかせて待っている、お前が地面から出てくるのを見ようと、 お前が土の中からむっくと立ち上がり、私に罵詈雑言を浴びせるのをだ。でも、お前さんは……承知してくれるね、私が泣くのを…… 承知してくれるんだね? 私が他の女と同じだってこと、お前さんが認めてくれるんだね?2025/12/24 20:55:1362.夢見る名無しさん口よせ (きっぱりと)然り、かつ否だ。おふくろ はっきりしたよ、でも私は、私があそこにいる女どもと同じなんて言うつもりはなかったさ。 (指差して)あの女ども。ただ、私だって、地面の下で腐っていくものを繋いでるってことを言いたかっただけだよ……口よせ その上でお前は腐敗していく……人の話じゃそうだな……おふくろ (笑いながら)つまりお前さんも私と同じ汁の中で醗酵しているってこと? そうなのかい?口よせ いずれにせよ、お前がどうしてそんなに俺のために泣きたいのか、俺には分からん。おふくろ ああ、その点は安心しな。お前さんが死んで悲しんでるわけじゃない、私はね。むしろ歌うように泣いてやろうってだけのことさ。 あの乙にすました女どもは、私を儀式から追い出した。わたしゃね、あんな女どもも、儀式も糞喰らえさ。 ただね、私は自分が一番強くなってやるって誓ったのさ。女どもは私の様子をうかがっている。 待っているのさ---あの売女どもは---私が赤っ恥をかかされるのを。あの売女ども、こう言ってる、 生きた人間のところから追い立てられて、また死人の国の入り口からも追い立てを食おうってんだ。口よせ だがいったい何になる、お前が死人の国の入り口に来たからって?おふくろ (一瞬狼狽して)ああ、つまりあんた方は手を握っているってわけだね、 私の思い違いでなければ……お前さんは忘れてはいないんだ。 砂利の下に入れられても、前には生きた人間だったことがある、そして誰とは付き合いがあって……口よせ (意地になって)いったい何になるんだよ、お前が死人の国の入り口に来たからって?おふくろ そうして、お前の葬式も、生きた人間としてのお前の人生の一部なんだ、 殺される直前にやっていたことと同じさ。口よせ いったい何になるんだ、お前が死人の国の入り口に来たからって?2025/12/24 20:58:3563.夢見る名無しさんおふくろ もう他に言うことがないなら、これでお休みだ、お帰り……口よせ (逆上して)お前こそ、無礼だぞ、こんな真夜中に俺を叩き起こし、俺を墓から引きずり出しておきながら。 俺はお前の話を聞いた。お前にごたくを並べさせてやった。おふくろ わたしゃ、友達として来たんだよ。口よせ (厳しく)馬鹿な冗談はよせ。お前は傲慢な女としてやってきた。 泥棒の母親、醜く阿呆で泥棒の嫁の姑だ。 二人の哀れと悲惨は、お前の肌にこびりついてはいないのか? そうじゃない。その悲惨は、お前の哀れな骨の上に張ったお前自身の皮だ。 村の通りをさ迷い歩くのは、丈夫な骨の上に張り伸ばした悲惨さのマントだ。 いや……(嘲笑して)大して丈夫な骨じゃない。村はお前などごめんだと言う。じゃ、死人たちは? 全くだ! 死人たちともあろうものが、お前のことを正しいとし、その上あのご婦人方をやっつけてくれると思うのか?おふくろ (ぶっきらぼうに)そう思っていたよ。口よせ (嘲笑して)死人たちは、もちろん、最後の手段さ。生きている奴らがお前の顔に唾を吐く。 だが死人たちはその黒だか白だかの大きな翼でお前を包んでくれる。 その翼に包まれていれば、お前たちは、足で歩いている奴らを鼻の先であしらえるってわけか? だがな、地面の上を歩く奴らは、すぐに地面の中に入っちまうんだ。つまり同じ奴らが……おふくろ (言葉を遮って)私はお前さんがどうなったかなんて聞きたくもない。 私が話をしたいと思ったのはかつてこの世に生きていたことのある人とだよ。 もしお前さんが私に泣いて欲しくないなら、早くそう言っておくれ、 わたしゃ寒くなってきた、寒がりなんでね……2025/12/24 21:01:0564.夢見る名無しさん口よせ 俺をしんみりさせようなんてのはよせ。お前が自分の傲慢のせいで、生きている奴らから村八分にされたなら、 同じ理由で死人にも愛されることはないだろうよ。我々死人は生きている人間達の正式な保証人だからな。 (間)真夜中の十二時だぞ! こんな時間に俺を叩き起こす! ひどく疲れる命をまた俺に与えようという! さあ、女どもの所へ、村の男どもの所へ行け! お前たちのことは、お前たちの間でけりをつけろ!おふくろ 私は断固として頑張るね。(と、腰に拳をあてがって)断じて、サイッドもレイラも手放すものか ---これは、お前さんにしか言わないよ、そうさ、この墓場の夜の中でね、 だってさ、二人とも、わたしゃ癪にさわってならないことが再々だからね--- 私は、お前さんのために泣くことを諦めないよ。口よせ (怒って)俺が断ったら?おふくろ (同じく)じゃ、お前をからかうために、そうとも、あのご婦人方やお前の方で何と言おうと 私がお前さんのためにわあっと泣き出したらどうするのさ?口よせ そうなれば、俺も本当に墓の中から、墓穴の中から飛び出して……おふくろ そんな勇気があるのかい? (やがて落ち着きを取り戻して) お前さんに、私に恥をかかせるだけの勇気があるってのかい? 聞き耳を立てているあのご婦人方の前で? 私は、お前が誰に暗殺されたかなんて知りもしなけりゃ知ろうとも思わないさ。だがね、いかにもそうされるだけのことはあるよ、 ドスでやられたか鉄砲でやられたか知らないけどね、こんな年寄りの女を脅迫しようって根性だからね。 私は無性に腹が立ったからこそここへやってきたのさ。シ・スリマーヌ。腹が立ったよ---それこそ気が違いそうに逆上したのさ--- そうとも、逆上した勢いで、私はお前の腕の中へ、お前の所へ無我夢中でとんできた、まさに逆上ってもんだ、それ以外の何物でもないさ。口よせ どうしてお前が死人に質問をしに来たのか、俺には分からん。2025/12/24 21:04:4965.夢見る名無しさんおふくろ だから腹が立ったからだってば! 今はっきりそう言ったじゃないか! 腹が立ったからやってきたんだ。どこへ行くところがあるかね、墓地の真中以外に。口よせ お前と話していると疲れる。お前の逆上のほうがよっぽど激しい……おふくろ お前さんの死よりもかい?口よせ いいや。だがとにかく帰ってくれ。こんな風に生きてる人間と話すのは難しいことだ。 しかもよりによってお前のような生きのいい人間が相手じゃな。ああ……もしお前が……おふくろ 墓穴に足を引っ掛けてたら、かい? お前さんの墓穴なら承知だよ、だが私の墓じゃ、まだごめんだね。口よせ (突然疲れきって)いや、違うんだ、そこまでは望まない。ただ、もうほんの……少し……ほんの少しでいいから体の具合でも悪けりゃいいんだ。 ところがお前はそこにいて、喚き散らし、暴れ回る……(肩をすぼめて)……自分の為に死人を甦らせようなどと言うんだ。 (あくびをして)そんな芸当は、大きな祭りの時だって、大事になっているのに……おふくろ (急に慎ましやかになって)内緒にしておくから、お前さん、私がお前さんのために、 あそこで、あの月の下で泣くのは嫌かい?口よせ (大きなあくびを続けて)俺の耳の穴でもごめんだな。 (間。だるそうに)死というものがどんなものか、話して聞かせようか? 死の世界ではどうやって生きていくか?おふくろ 興味はないね。口よせ (ますますだるそうに)そこでごろごろ言うのが何だか……2025/12/24 21:07:3666.夢見る名無しさんおふくろ 今夜はいいよ。いつか別の日に、暇があったらまた来るよ、もっとよく観察するためにね。 お前さんはお前さんの死を生きるんだね。私は私の命を生きる。 泣いてもらうの……本当にお前さん、嫌かい?口よせ 嫌だね。(間)もうとても駄目だ。 (マダニ、突然倒れて眠ってしまう)おふくろ (両手を合わせて絶叫して)シ・スリマーヌ! (彼女は近寄って、彼を見つめ、うんざりしたように彼を足で押す) もういびきをかいてる。お前さんが死人の国にいってまだ間もないって事、よく分かるよ。 口よせを三分以上しゃべらせることはとてもできない。 自分がここの者でもあっちの者でもない、こっち側でもあっち側でもないって、私に言うだけの時間だ。 (笑う)こんな死にたての、弱虫のために、昨日、泣きに来なくてよかったよ。全く。 (じょうろを取って地面に水を撒く、それから踊りながら鼻歌混じりに、土を踏み固める。肩をすぼめて) どうだい、町の博物館を見物中かい! (彼女は向き直って、出てきた方に向かって進もうとするが、突然、息を呑んで、立ち止まり) あん畜生! 糞婆! スベタども! 丘はどいつもこいつも逃げちまったじゃないか。 私らの様子をうかがっていたあの女どもも丘と一緒にずらかりやがった。草の匂いの中を消えちまったよ! どこに行ったんだ? ひとかたまりになって、壁の後ろで薄気味悪い暗がりを余計に濃くするためかい? まったいらになっちまったよ、夜は。空の下で。まったいらだ。糞婆ども、立っている勇気がなくて帰っちまった。 私は一人きり、そして夜はまったいら……(突然荘厳に)そうじゃない、夜は立ち上がったんだ。 夜は膨れ上がったのさ。牝豚の乳房のように……幾十万の丘を伴って…… 殺し屋達が地上に舞い降りてくる……空だってね、間抜けじゃないさ、空が奴らを隠してくれる……マダニ (目を覚まして)コーヒー入れられるか?2025/12/24 21:10:5567.夢見る名無しさんおふくろ でも本当のところ……なぜ私はここに来たのかしら? この男に、どうして死んだのか、それさえ聞かなかったじゃないか。 (マダニに向かって)さあ、お前さんのコーヒーだ、お飲み。2025/12/24 21:11:3468.夢見る名無しさん第九景(背景は城壁。城壁の下には、三本足のテーブル。それから、様々な色の毛布でできている一種の天幕。レイラ一人。そばに大きなブリキの鍋。スカートの下から、彼女は様々な品物を取り出し、その品物に話し掛ける)兵隊---白手袋、太く黒い口髭2025/12/25 12:29:0169.夢見る名無しさんレイラ (チーズおろしを取り出し) こんにちは! 私は愚痴はこぼさないよ。お前は私のお腹の皮を引っ掻いたけど、お前を歓迎してあげる。 お前は新しい生活を始めるの。ここはおふくろ様の家。……そしてサイッドの家。 お前には大して仕事がないよ。だって、家ではスパゲティにチーズをかけることなんてぜんぜんないもの。 お前の仕事には……足の裏の堅くなった皮を削ることにしよう。 (彼女はそれを壁にかける。スカートの中を捜して、傘の着いたスタンドを取り出し、それをテーブルの上に置く) スタンドなんてどうしよう、電気が来てないんだもの。この城壁の下には、こんな廃墟には。 ……それじゃスタンドさん、休んでておくれ…………いつでもこき使われてるなんて憂鬱だもんね…… (彼女はまたスカートの中を探し、コップを一つ取り出すが、滑って落としそうになる) 馬鹿、壊しちゃうじゃないか! 壊すって言ったのよ、分かる?……壊すって。 (間)そうしたらお前、どうなると思う? ガラスのかけら……こなごなのかけらだよ。ガラスの屑、残骸、破片!(しばらく前から、おふくろが入ってきて、レイラを見つめその言葉を聞いている)おふくろ 見事な腕前だね。レイラ この種目じゃ誰にも負けないわ。おふくろ (品物を見ながら)全部あるかい?レイラ (恥ずかしげもなく)全部よ。おふくろ (レイラの膨れた腹を指して)じゃ、それは?2025/12/25 12:32:4770.夢見る名無しさんレイラ それ?おふくろ 何だね?レイラ (笑いながら)私のかわいい末っ子で……おふくろ (笑いながら)どこでやったんだ?レイラ シディ・ベン・シェイクの家。窓から忍び込んだの。 (微笑みながら)今では窓を乗り越えることもできるの。おふくろ 誰にも見られなかったかい? そんならここへ置きな。 (彼女は背景に遠近法をつけて本物そっくりに描かれた腰掛を指す。 レイラは、ポケットから取り出した炭で、テーブルの上に当たる場所に目覚し時計を描く) こりゃ見事だ! 何でできてる? 大理石か、合成樹脂か?レイラ (誇らしげに)合成樹脂よ。おふくろ これじゃお前はまたとっつかまるのがおちだ。何しろ隠す場所がないんだからね。それもお前のおかげさ、小屋もなくなっちまった。 雨露をしのぐ場所がとうとうごみ溜め、村のごみ捨て場とはね。これじゃ、私達に罪を着せるのもわけはない。レイラ (事も無げに)そうしたら、刑務所行きよ。サイッドと一緒に。 だって、村から村へ渡り歩かなくちゃならないんですもの。 それなら刑務所から刑務所を渡り歩いたほうがまし。一緒だもの、サイッドと。おふくろ 一緒? サイッドと? (恐ろしい形相で)まさか盗みをするのは、サイッドと一緒にいたいからじゃあるまいね?レイラ (頭巾の下からでもそれと分かるようにウィンクして)どうしていけないの?2025/12/25 12:35:5271.夢見る名無しさんおふくろ (動揺して)いけないよ。……お前がつかまらないようにしてやる、連れて行かせるもんか。 レイラ……おまえ、まさか、しないだろうね? あの子にとっちゃ、お前なんぞ、だいぶ日にちが経った死体と同じだろうに…… 監獄じゃ、離れ離れにされて……レイラ それでも、囲いの壁で結ばれています。おふくろ (荒々しく)いけないよ。そうともさ。お前がそんな大それたまねをするはずがない。 第一、あの子がね、あの子の方で、お前なんぞまっぴらだって言うよ。レイラ 一緒に暮らすようになってからの私が、あの人にとってどういうものか、知らないのよ。おふくろ (逆上して)知ってるさ、お前はね、あの子にとって、私の息子にとっちゃ、ただの道具だよ。 (彼女は立ち上がって、レイラを打とうとする)レイラ (事も無げに)いいえ、そのことなら心配要らないわ。 あなたの大事な坊やに、私が惚れているわけじゃありませんもの。 (間)私にはもっと別の何かが必要なのよ。おふくろ (興味を示して)へえ! 何か別のことがあるのかい? 何しろ男が物にならないんで、それでお前……レイラ (笑いながら)違うわ、そんなの。何にも、誰にも、サイッドだって関係ない。 (厳かに)私の心を占めているのは冒険。おふくろ (拍子抜けして)どんな?レイラ (馬鹿にしたように)秘密!2025/12/25 12:39:1072.夢見る名無しさんおふくろ 臭いを撒き散らすことかね?レイラ それは序の口。おふくろ (肩をすぼめて)いかれてる。(彼女はコップの水を飲む)頭はいかれてるけど、素直だ。 水、飲むかい?レイラ 汚れた水なら、飲むわ。 (レイラはおふくろに背を向け、おふくろはおふくろで背を向ける) (突然、左手の方から兵隊が現れる。彼はゆっくり大股に抜き足差し足で近付いてきて、周囲を見回すが、驚いた様子はない)レイラ (右手の方を向きながら、つまり、兵隊が来るのと反対側に向かってお辞儀をして) 私がサイッドの家内です。どうぞ、お入りになってください、兵隊さん。 (兵隊はなおも周囲を見回している。彼の視線は背景の目覚し時計を向いて)兵隊 確かにあんただ。シディ・ベン・シェイクの家からあんたが出てくるのを見かけた奴がいる。 入り口に掛かってた数珠玉のカーテンを押しわけてな。カチカチ玉がなって……あんたの姿が鏡に映って見えたんだよ、 ちょうど逃げ出すところだった……その時にゃ目覚ましはもう消えていた。(間)これだな?おふくろ とんでもない。この目覚ましはずっと前からあるんですよ、家の亭主が以前買って来てくれたものでしてね。兵隊 (疑い深く)いつ頃だね?2025/12/25 12:42:2573.夢見る名無しさんおふくろ もう何年も前の話ですよ。ずっと前からありましたったら、この目覚まし。目覚ましがなかったら、どうやって目を覚ますんで? まあお聞きなさいって。ありゃまだほんの小さな頃の話ですがね、いえ、サイッドですよ、 あの子がこの目覚ましをすっかりばらばらにしちまったんですよ。中に何が入っているのか見ようってんでね。 中の細かい機械を一つ一つ、お皿の上にこうずらっと並べちまった、あの子がまだほんの子供の頃の話ですよ。 そこへ私が帰ってきた、いえ、本当、ありゃ何しろずいぶん昔の話だ。わたしゃ、そう、乾物屋から帰ってきたところでしたよ、みると、 まあまあ、どうだろうね、地面にいっぱい散らかして……虫か何かがいっせいに這い出して来たみたいでね。 細かな歯車、星型、ねじ、何だかうようよごちゃごちゃ、あるわあるわ、まあどうだろう、 それぜんまいだ、わらびだ、つくしだ、ほれたんぽぽだ、ぽっぽぽっぽと煙が汽車ぽっぽ…… (おふくろが話している間にレイラが這うようにして出口に行きかけるが、兵隊が振り返って彼女を捕まえる)兵隊 (意地悪に)お前、どこに行く?レイラ 失礼しようと思いまして。兵隊 失礼するだと! つまり逃げ出すんじゃないか! それじゃ私はどうなる? そんなことをされたら、ああ? くびだ。くびになるんだよ、私は。そのためだな、お前が失礼しようってのは。レイラ 別にそういうわけじゃ。2025/12/25 12:44:3474.夢見る名無しさん兵隊 (レイラの手首を捕まえて)私を酷い目にあわせてやろう、 班長殿に蹴っ飛ばされる目にあわせようってんだろう? この糞ったれが。 それをこの私の方は、間抜けにも、お前に向かって丁寧に「あんた」ときた。命令だからな、そうしろって。 全く結構なことを考えてくだすったもんだよ、お偉方はよ。ご丁寧に「あんた」だとよ。 あのお偉方が、私ら下々の人間と同じに、お前らと直に接触する所にお目にかかりたいもんだね、全く。おふくろ 下々って、あなた方が? 冗談でしょう、私達から見りゃ下々どころじゃありゃしない。兵隊 いい具合にあんたらがいるからな。下には下がいるってわけだ。だがよ、私らがあんたらに向かって 「あんた」だの何のってご丁寧な口を利かなきゃならんとしたら、私らのほうがあんたらより下ってことになる。おふくろ たまには、そんな「あんた」なんてのはよしにしてさ、もっとざっくばらんに「俺・お前」で結構ですよ。兵隊 第一、あんた方はその方が好きときてる。ちがうか? 「俺・お前」のほうが、気取って「あんた」なんかと言うよりずっとあったかみがある。 親身の保護者って感じなんだな。「俺・お前」の方が、親身の保護者はいいにして、 時にはこう改まって、「あんた」とくるのも悪かないだろう?おふくろ 時々、「あんた」でやるんですね。四日に一日くらいでさ。あとの時は「お前」ですます。兵隊 いや同感、同感。普段は「お前」ですましておいて、合いの手に「あんた」をきかす。 慣れてもらわきゃならんしな。その方が、私らも、あんたらも、お互いにとって得ってわけだ。 しかし、のっけから「あんた」ばかりじゃ、「お前」のやり場がなくなっちまう。 私らにとって「お前」ってのは仲間同士の「俺・お前」だが、 私らとあんたらの間じゃ、私らの方からの「お前」ってのはもうちっとやんわりしてる。おふくろ そのとおり。旦那方に「あんた」じゃ、こいつはどうも空々しい。 私らのほうは「お前」で結構。「あなた」なんぞお門違いさ。2025/12/25 12:47:1975.夢見る名無しさんレイラ やんわりだめよ……お前もいけない……穴凹だめよ…… (彼女は笑う、おふくろも笑う)おふくろ (調子に乗って)あんたよ気違い……きまってぐんにゃり……どこまで入れる…… (彼女は笑う、レイラも笑う、兵隊も笑う)兵隊 入れるはおいら……おいらのおかま……おかまで一発…… (三人とも、腹を抱えて笑う。が、兵隊は自分が一緒になって笑っているのに気付き、怒鳴る) やかましい! なんだ、このざまは! 何の陰謀だ! 私を笑わせ、冗談で煙に巻こうというのか? 私のキャリアを狂わせようという魂胆か? (二人の女は震え上がる) 私は確かに下っ端かもしれん。分かっている。だがな、それにしても笑うことは許されない。 屑みたいな奴らと一緒にげらげら笑うなんてもってのほかだ……。 (息をつぎ、穏やかな口調になる)そりゃ悪かないこった、お前らのところの男どもと、 軍旗の話やら武勇伝やらで、兄弟のようになるのはな。覚えてるか、ええ? ありゃお前だったぜ、機関銃をかついでよ、 私は中隊長のお付だった、あの日だ、ドイツが二人してこっちを狙ってるじゃないか、ダン! やられたのはドイツで、やったのがアラブだ、戦争ってのはこういうもんだ、こういう思い出は何も恥じゃねえ。 そうとも、あいつと肩組んで一杯やる。お前らの男どもを相手にな。私らだって、時にはしんみりすることだってあるさ。 そうとも、心から打ち解けてな。2025/12/25 12:51:2876.夢見る名無しさん (間、それから威厳をもって)だが、一緒に笑うとなるとだ、こいつはだめだ、どう考えても行き過ぎだ。 笑うとどうなるか、笑うって事がどういうことか、分かってるのか? 腹を抱えて笑うとどうなるか。 げらげら笑うとな、蓋が開いちまう。口も鼻も、目も耳も、尻の穴までそうだ。一度に人間の中身が空っぽになるんだ。 (厳しく)分かったな? 私を笑わせて篭絡しようなんていう考えはよせ。 その気になれば、恐ろしいんだぞ、私は。わしの奥歯がまだ何本あるか、お前らには見せなかったか? (彼は口をいっぱいに開けて見せる。女たちはすくみ上がる)おふくろ 別に、悪気があったわけじゃなくて、なんとなくそうなったんですよ。 「お前」と「あんた」なんて言ってるうちに。兵隊 だがそれを仕掛けてきたのはあんたのほうだぞ。ああ、また繰り返す。 とにかくあんたらには油断できんね。少しずつ、少しずつ、あんたらは私らの方に寄ってくる。 それで別にどうってことはないんだが、あんたにも他の誰にも、私はいつもそう言ってるんだよ。 物の分かる連中ならそれでもいいし、確かにそういう連中もいるにはいるが、 私のことを困らせることしか考えない連中が相手ではしょうもない。 (レイラに) この女は逃げようとした。だがな、私が捕まえなきゃ、他の奴らが捕まえる。 結局は、褒美も拳固も私らのものさ。レイラ それが私の自然の報い、私の望みです。兵隊 たっぷりいたわってやるよ。2025/12/25 12:53:4677.夢見る名無しさんレイラ それで結構。私が刑務所に着く時には、私の顔は青黒いあざで腫れ上がり、 頭の毛は泥と鼻水でかちかちに固まっている、あばら骨も折られてるから……兵隊 お前らを昔のように扱えないことは知ってるだろうが。みんな優しい人間であろうとしているんだ。 私だってそうしている。それがどうだ、騒ぎを起こそうとするのはあんたらの方じゃないか。 目覚ましの件は、上の、班長殿の所で話をつけることにしよう。合成樹脂か、大理石か、合成樹脂に決まっている、 村でも市場でもスーパーでも売ってる物は、以前とは変わってしまった。レイラ ごみ箱で拾うのも酷いものばかりですよ。兵隊 それだけだって罰金ものだ。ぶっ壊れたわけのわからんものを持っているだけでもいけないんだぞ。 それで家中いっぱいにするなんて、正気の沙汰じゃない。もちろんあんたらが今住んでるのは、本当の家ではないが、 それでも住処には違いない。放浪の民か! 私らはあんたらの所へ文明を持ってきてやった。 学校だってそうだ、病院だって、兵隊だってそうだぞ、ところが、あんたらときたら、そんなものはどこ吹く風。 壊れたコップに、壊れた時計か…… (レイラに) 仕度、できたか?おふくろ 毛布を持っていきな。レイラ (一枚の毛布を見せて)これ?おふくろ それじゃない、それじゃ、まだ穴のあき方が足りないよ。兵隊 (おふくろ)一番穴だらけなのを持たせるのかね?2025/12/25 12:56:4878.夢見る名無しさんおふくろ この子の好きなのは、穴でしてね。穴が多けりゃ多いほどいいんですよ。 一番いいのは、夜になったら大きな穴の中に、ぐるぐる巻きになって入っちまうことですよ。 いや、本当の一番の理想は、風と肥やしの臭いしか通らないような穴を一つ、この子が見つけりゃいいんでね。兵隊 もう、あんたらのいいようにしなさい! だが、この子が本当に、ぴったりの穴が欲しいと言うなら、 私と同僚とで、一つ見繕ってやってもいいんだぞ。大きさはこれだけ、形はこれこれとな。 まあ大体のところ、どれくらいのものをどうやって手に入れたらいいかは分かる。安心しなさい……(彼は退場する。おふくろは一人きり残る。それから兵隊が再び登場。 物凄い形相をし、一人きりで、毛布を引きずりながら) 回教徒の女か! お前らの狡猾さ、私が知らないと思うか! いつだったか---いや、昔はずいぶんふざけたもんだ---あれは、祭りの時だった。 私はシーツと雑巾でアラブ風の淫売に変装したことがあった。するとどうだ、一発で私にはあんたらの頭のできが分かっちまった。 いや、もしまたあんな機会があったら、私は怪我もしたし、娘が二人いる身だが、喜んでヴェールをするつもりだ。(言いながら、彼は頭から毛布に包まる)2025/12/25 12:58:5379.夢見る名無しさん第十景(オレンジ園、実をつけたオレンジの樹は曇った空を背景に描かれている)ハロルド卿は乗馬ズボン。ブランケンゼー氏も同様。ブランケンゼー氏は背が高く、恰幅がよい。腹と尻が大きく出ている。頬髯と口髭を生やしている。黒と黄色の縞のズボン、紫の上着。アラブ人労働者は、ヨーロッパ風の背広を着ているが、色はばらばらである。二人の植民地の管理者---ハロルド卿とブランケンゼー氏。三人のアラブ人労働者---アブディル、マリク、ナスール。ハロルド卿とブランケンゼー氏は、アラブ人労働者が並んで雑草取りをしているのを注意深く見つめている。2025/12/25 18:00:2380.夢見る名無しさんハロルド卿 (大げさに)エナンですって? エナン公爵夫人のことですか? お話はコルクの木のことだったのだが……ブランケンゼー氏 (自慢げに)勿論、私のコルクの木です。だが、私のバラの話の方が先だ。私の自慢の種ですからな! とにかくあなた、私のバラ園ときたら、まずアフリカ随一でしょうな。 (ハロルド卿の仕草を見て)いや、いいや、道楽ですよ、私はバラのおかげで破産ですわい! 私のバラ、踊り子達というわけです。(笑う)嘘だと思うなら、いいですか、私は夜中に起き出しては、 あの娘たちの匂いを嗅いで回るほどでしてね……ハロルド卿 (草むしりを止めたアブディルとマリクを見て) 夜中に? 夜中に出かける?ブランケンゼー氏 (いたずらっぽく微笑んで)勿論、簡単にはいきません。だが、これには策があります。まぁ、真っ暗で見えませんからね。 それでも私としては、バラの花たちを呼んで撫でてやりたい。そこでバラの木の一本一本に、音の違う鈴をつけるようにしました。 というわけで、夜でも、私には、あの娘達が、匂いと声とで見分けがつくと言うわけです。ああ、私のバラ! (抒情的に)堅い茎に三角形の棘のある、直立不動の兵隊のような厳めしい茎の上に咲く、美しいバラ!ハロルド卿 (ぶっきらぼうに)それじゃ風の強い日には、まるでスイスにいるみたいでしょうな。鈴をならす牛の群れで。 (同じ口調で、アブディルに)いいな、ここではお前らの議論は一切意味がない。 止めることだ。アラブ人はアラブ人なのだ。文句をつけるなら雇う前にしろ。 別の男を連れてくればよかったのだ。2025/12/25 18:04:3981.夢見る名無しさんマリク 分かってます、ハロルド様、アラブ人一人一人の値段なんかたかが知れてますからね。 しかし、仲間のポケットから物を盗むのがいいことだって言うんですか? 私たちは泥棒と一緒に働くのがいい、同じ地面の上に、同じ姿勢で、奴と一緒に屈みこむのがいいと? 奴につられて、私達の体の中に盗っ人根性が蘇ってこないっていう保証なんか必要ないっていうんですか?ハロルド卿 前もって私に知らせた者がいたか? 今となっては、奴は私の使用人の一人、私はこのまま奴を雇っておく。 誰も私に何も言わなかったぞ。 (沈黙)アブディル 私達だけで片がつくと思ってましたがね。ハロルド卿 (憤慨して)なんでそんな事をやらかすのか? この私がお前たちの主人じゃないとでも言うのか?マリク オー、イエス、オー、イエス。ハロルド様は私達の親父ですよ。 私達がその子供じゃなくて残念ですがね。ハロルド卿 (遠くを見つめて)どこにいるんだ?マリク 畑の中で土をほじくってますよ。林のほうで。見えるでしょう、あの赤いの、奴の上着の赤です。ハロルド卿 (かんかんになって)村八分じゃないか! お前達が奴を村八分にした! しかも私が命令もせんのに……一言の相談もなく……2025/12/25 18:06:3182.夢見る名無しさんナスール (厳しく)奴が雇ってもらうのは、他人の上着に近付くためです。 木の上に掛かってるのとか、芝生に置いてある上着に。 それは奴の勝手だ。だが仕事のほうも、さぼるわ、いい加減だわ…… それにあいつの体臭ときたらお話にも何にも。二歩手前に来られた日にゃ、もうお手上げです。 働いてるみんなが汚されちまう、全く……ハロルド卿 村八分とは! しかも私の命令も待たずに! あの男を呼べ。 (叫ぶ)サイッド!(他の男達に)私からはあの男、何も盗んだことがないぞ。 第一、そんな事を考えないほうが奴のためだ。奴がお前らのものを盗もうが、盗むまいが、 またお前らの気に入ろうが、気に入るまいが、あの男はお前らと同じアラブ人じゃないか。 彼は働く、そして私が彼を押さえておく。彼はお前らと一緒に畑を耕すのだ。 (まだかなり遠くにいるはずのサイッドに向かって)聞こえるか、私の言うことが? 仕事に関しては、仕事の間中、お前らは仲良くやってもらわねばならん。 一列に並んでな、鍬をふりながら太陽の方向に進むのだ。分かったな。 喧嘩はだめだ。ここでは、お前達は私の土地にいるんだ。 家に帰ったら、いくらでも七面倒くさいことをやってくれ、それなら一向にかまわん、 それどころかお前達の権利だからな。好きなだけややこしい道徳だの何だのを振り回すがいい。 これも分かってるな? それではと、そろそろ夜になる。夕闇が近付いてきた。家へ帰るがいい。では失敬。(三人のアラブ人は、鍬を肩に担いで、一列になって去る。彼らの姿が消えてから、ハロルド卿は叫ぶ) アブディル! ナスール! サイッド! マリク! 明日の朝は四時から仕事だ。まだ土が湿っている間にな。(ブランケンゼー氏に) どうです、悪くないでしょう、奴らを一人一人名前で呼ぶのは。こいつを忘れちゃならない。 アブディル……ナスール……サイッド……マリク……2025/12/25 18:10:2583.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 (ハロルド卿に)申し分のない口調ですな、断固として、かつ親しみのある。 しかし、用心が第一ですぞ。遅かれ早かれ、奴らがあなたに刃向かう時が来ないとも限らない…… そうして恐れもなしに答えが返ってくる時がね……ハロルド卿 危険な仕事です。奴らが答える習慣を身につけると、やがて反省する習慣も身につけるでしょう。 しかし、それにしても……私はあの連中を三百人から使っています。 もはや馬の鞭で言いなりにするわけにもいきませんしね。慎重にならなくては。 (アラブ人達が去った方向を見て) あのサイッドですか? あれはあれでなかなかいい所がありましてね。 まあ、要するに他の連中と大差はない。別に特に悪いってわけでもないんで。 (二人はあちこちうろつきながら話し続ける。だんだん夜になる)ブランケンゼー氏 武器はお持ちですな、言うまでもなく。(ハロルド卿は拳銃のサックを叩いて見せる) あなたの所に、監督は来ているのですかな?ハロルド卿 来ていますよ。しかし、どうもあの連中の言うことは信用できなくなってきた。どうも、理想主義的でね……(二人が話している間に、一人のアラブ人が背をかがめて登場。背景の一本一本のオレンジの木の根元に、チョークで黄色い炎の絵を描き、去る)ブランケンゼー氏 私は全部ライン川の流域で集めてきました。 規律と、忠誠心……騒ぎを起こすのは決まって人夫達ですな。ハロルド卿 あなたの国は……?2025/12/25 18:13:2284.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 バタヴィアです。私のひい・ひいおじいさんがね。 しかし女房の家の方から言えばもっと最近のことです。 あれの父親は官吏でしたからな。郵政省で。(間) これだけは言えますな。私達のような人間こそ、この国を作った人間なのだと。ハロルド卿 栽培していらっしゃるのは、コルクの木でしたな?ブランケンゼー氏 十万五百十二株です。(ハロルド卿、驚嘆の仕草) まぁ、酷く安値をつけて売るポルトガル人の件を除いて、万事好調ですな。 いや、それから、だんだんプラスチック製の栓を使うようになってきていること。 確かにその方が長持ちするが、葡萄酒やミネラルウォーターには使えないし、 それにコルクから生まれる葡萄酒の風味と言うのもね。 私の栓抜き工場、あれの閉鎖は避けられなかった。 ただ一つ、望みがありました。街では騒音の気違いじみた増加に伴って、人々は壁にコルク板を張ることを考えた。 残念ながら、これも束の間の希望でしてね。騒音防止の戦いが一層強化されたし、 新しい防音設備が---勿論合成材で---使われるようになりましたしね。ハロルド卿 新しいのはどういうやり方で?ブランケンゼー氏 コルクの粉を圧縮したものですよ。 (また別のアラブ人が登場、前の男と同じやり方で、オレンジの木の根元に炎を描く)ハロルド卿 それならまだいいじゃありませんか。2025/12/25 18:15:3285.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 ところがそれにおが屑を混ぜるのです。 しかも何の木のおが屑だと思いますか。 カラマツですよ! 味噌も糞も一緒とはこのことです。 しかし一番重要なのは、バラ園を救うことです。 人々は、現在も未来も、私達の悪口を言い続けるでしょうな。 しかし、その私達のうちの最も取るに足らん男のおかげで、 ここにはかくも美しいバラ園が誕生したではありませんか! (彼は多少咳込んで、それから微笑み、ズボンを緩める) 私のクッションですよ……ハロルド卿 (興味を惹かれて)おやおや、クッションですか。後ろ側にもありますな。ブランケンゼー氏 釣り合いを取るためです。私の年の男が、腹も尻も出ていなかったら、まず何の魅力もありませんしな。 その為に、少々トリックを用いる必要がある……(間)大昔なら、かつらがありましたが……ハロルド卿 うんざりするのは暑さと、ベルトですかな。ブランケンゼー氏 いえ、そこはうまくやっていますよ。ベルトなんてものは無きに等しい。 こんなものは前と後ろに詰め物をしたパンツだと思えばよろしい。 おかげで威厳が出ます。ハロルド卿 しかし、女達が……ブランケンゼー氏 とんでもない、知りやしません。用心は怠りませんからな。 (ため息)このトリック、我々の主張を通すためには…… 奴らの尊敬の念を呼ぶにはどうしても必要なのです。 しかし、今日あなたの所にやってきたのは、防衛を協力してもらおうと思いましてね。2025/12/25 18:17:4386.夢見る名無しさんハロルド卿 先程も申し上げたとおり、叛乱の指導者の一人、スリマーヌが殺されましてね。 この地方一帯が、騒然となりだしている。(タバコの箱を指し出し)いかがです?……火は? (第三のアラブ人が、先程と同じように登場。炎を描く) 例の監視人が回っているにもかかわらず、毎晩電柱が二十本、三十本と切り倒されていく。 まぁ、電柱は木みたいなもんだと言えばそれまでだが、やがてはオリーブの木に手を出すでしょう。その次はオレンジの木、さらに……ブランケンゼー氏 (続けて)コルクの木ですな。コルクの木は好きです。人間達がコルクの皮を剥ぐために幹の周りを回るときです。 あのコルクの木の年を経た林ほど美しいものは無いでしょう。そして、木の肉が現れる時といったら、 あの生々しく、血の滴るような肉! 人々は我々のことを、我々がこの国に対して抱いている愛情を嘲笑するでしょう。 だがあなたは(彼は言いながら感動して)あなたはよく知っているでしょう。我々の愛情が本物であるということが。 この国を作り上げたのは我々であります。断じて彼らではない! 彼らのうちに一人でもこの国について、我々のように語れるものがいるなら ぜひ連れて来て欲しいものだ。それから、私のバラ園について語れる者もだ。ハロルド卿 バラについて是非一言お願いします。ブランケンゼー氏 (詩を朗読するかのように)真っ直ぐにして、堅い茎。 活力に満ち、艶やか、そして棘。 ダリヤを冷やかすようにバラを冷やかすことはできない。 この花が冗談事では済まされないことを、棘が語っている。 この花を守るおびただしい武器。 兵士、国家の元首といえども、この花は敬わねばならない。 我々人間は言語の主人である。 バラに手を出すとは、言語に手を出すことである。2025/12/25 18:23:0187.夢見る名無しさんハロルド卿 (上品に拍手をする)言語に手を出すとは、神に手を出すと同じこと(悲痛に) 彼らの復讐の仕方は低劣です。偉大なものに攻撃を仕掛けると言うのだから。 (四つんばいで一人のアラブ人が登場。彼はオレンジの木の根元に描かれた火に息を吹きかける。 二人の紳士にはその姿が目に入らない)ブランケンゼー氏 ドイツのオペラで、何だったかは忘れましたが、こういう台詞を聞いたことがありますな。 「物事は、それをより優れたものにすることのできる者たちのもの……」 あなたのオレンジ園をより優れたものにしたのは誰か、私の林は、バラは? バラとは私の血のようなものだ。一度は、軍隊が、とも考えたんだが……(第二のアラブ人が、第一のアラブ人と同じようにして登場。火を掻き立てる)ハロルド卿 お人がよすぎる。塀の後ろにこそこそ隠れるにきび面の男と同じでね、 軍隊ってものは、自分で自分を可愛がる以外に能がない。 何よりご自分が大好きでね…… (辛辣に) バラのことなどとてもね……ブランケンゼー氏 ずらかりますか?ハロルド卿 (堂々と)私には息子が一人ある。しかし、その一人息子に譲るべき財産を守るためには、 その息子をもあえて犠牲にするのも覚悟のうちだ。2025/12/25 18:25:3388.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 (同じ口調)私のバラを救うためとあらば(口惜しがって)いや、犠牲にする者は私には誰もいない。 (第三のアラブ人が這いながら登場、彼もまた、オレンジの木の根元に描かれた炎に息を吹きかけ、手であおる。 ハロルド卿とブランケンゼー氏は去る。またも、這いながら、五、六人のアラブ人が登場。 前の連中と同じような服装をし、炎を描いては、それに息を吹きかける。サイッドは彼らの中にはいない。 木の燃え上がる大きな音。ブランケンゼー氏とハロルド卿が再び登場。 二人は議論に熱中していて、異変は目に入らない様子。放火していた男達は去る)ハロルド卿 (乗馬の鞭を手でもてあそびながら)それに第一、仮に我々にその意思があったとしてもですよ、 どうやって、我々にですよ、この微妙な区別がつくのです? 泥棒のアラブ人と、泥棒でないアラブ人と。 もしヨーロッパ人が私の物を盗めば、そのヨーロッパ人は泥棒だ。だがアラブ人が私の物を盗んでも、彼は全く以前と変わらんのです。 それは、全く、単に、アラブ人で私の物を盗んだ奴だと言うだけで、それ以上の何者でもない。 そうはお考えになりませんか? (ますます大声で興奮して)不道徳の人間には所有権など存在しない。 エロ小説を書く連中はそれをよく知っている。奴らは絶対に裁判所に、別のエロ小説家があれの…… つまりいやらしい場面を私から盗んだ、などと訴え出ることはありませんからな。(ブランケンゼー氏はげらげら笑う) 不道徳には所有権なし、これが公式ですな。(ますます大声で、空気を激しく吸い込んで)ジャムの匂いがするな。2025/12/25 18:29:0789.夢見る名無しさん 私は、これだけは間違えてもらいたくないが、彼らに道徳がないなどと言うつもりはない、 ただ私が言うのはです、どんな場合も彼らの道徳というものは、我等の道徳に重ねるわけにはいかないということです。 (突然不安になって)いや、この点については、奴らの方も分かっていますよ。さっきも例の三人が仲間の一人が泥棒だと分かっていながら、 私にそれを告げるのに、どれほど躊躇ったことか!つまり……どうも臭いな、これが…… それにあのサイッドも、評判はますます高くなるばかりだし。私としては、あの時……(二人は去る。前と同じように這いながら、十人、十二人のアラブ人が登場、炎に息を吹きかけ、大きな炎を描いて、全ての木を炎で覆い尽くす。ハロルド卿とブランケンゼー氏は再び登場)ブランケンゼー氏 (二人とも議論に熱中して)よくできた政治です。しかし、軍隊が介入するのは、己の意に反してですからな。 軍とは、猟犬が獲物を求めるように敵を求めるものです。私のバラやあなたのオレンジが危険だからといって 軍隊にとっては痛くも痒くもない。必要とあらば、何もかも手当たり次第に荒らしまわり、 気違いじみたお祭りをやらかそうってのがおちでね……2025/12/25 18:32:2190.夢見る名無しさんハロルド卿 (考えにとりつかれたように)私としては、あの時すでに……ブランケンゼー氏 どうしたというんですかな?ハロルド卿 ……気が付いておくべきでした。(間)いつの間にか、奴らは私の皮の手袋が持っている例の監督の魔力を 信じなくなっていたのです。(さらに気がかりな様子で)私の手袋自体、とうの昔に、私に情報をよこすのを止めてしまっていた……ブランケンゼー氏 あの馬鹿者どものおかげで、利口になるのはこっちの方ですわ。2025/12/25 18:33:4591.夢見る名無しさん第十一景(刑務所。サイッドは右手の奥に横になっており、レイラは左手にうずくまっている。中央には椅子があり、看守が眠って、いびきをかいている。後に、ブランケンゼー夫妻の部屋の窓とベランダに変わる。高い部分には空色の背景。外人部隊の兵士達が武装を整える場所である)2025/12/25 19:24:1192.夢見る名無しさんレイラ (優しい声で)…・・・急いで歩けば、腰をまげて、そうよ、上着のボタンをはめてさえいなければ、 誰もあんたのシャツ下に隠した缶詰の出っ張りなんか気が付かなかったのに。サイッド (同じように優しく)お前の言い分が正しければ、なお悪いよ、 なぜって、お前は逃げる手段を、そんなことができなくなってから教えてくれようってんだから…… 前もって言っておいてくれなきゃ……レイラ あの時、私はもう捕まっていたんだもの。刑務所に閉じ込められていたんだもの。あんたに教えることなんてできなかった。サイッド 教えてもらいたくなんかないさ。ただ、俺を導いてくれることはできるはずだ、 今じゃお前の姿は見えないし、遠くにいるんだから、厚い壁の向こうで、 ……そう、白い壁……滑らかで……無常で……遠くにいて、姿は見えず、手の届かないお前、俺を導くことはできたはずだよ。レイラ それじゃ、あれは腐った卵なの?サイッド 荷物の中身か?レイラ あんたの頭の中身よ。泥棒の脳味噌、腐った卵の臭いかしら?サイッド それじゃお前の方は、一番臭いのは一体どこだ?レイラ (うっとりして)私! 私がそばに行っても、雷に打たれたように倒れない人なんかいるかしら? 私が行くと、夜までたじたじになって……サイッド (うっとりして)逃げ出すか?レイラ 小さく……小さく……本当に小さくなってしまう。2025/12/25 19:26:2993.夢見る名無しさん (突然、口でまねをしたようなトランペットの音が聞こえる。 五人の外人部隊の兵士がうずくまっているのが見える。 彼らは立ち上がる。中尉が帽子をかぶらずに登場して、その将校の帽子をかぶる)中尉 ……すぐに熱いコーヒーを出すこと。貴様達、担架部隊は携帯用の祭壇を分解する、 それから、従軍司祭、あんたは白い着物と、十字架と、聖杯と、聖体入れを、手荷物の中に。 (中尉は肩帯をかける)手袋! (兵士の一人が左手から登場。グレーの手袋を手渡す)白の。 (兵士はいったん姿を消すが、白い手袋を持って登場、敬礼して退場。中尉は手袋をはめる) 精一杯にだ。これ以上はとてもいかんという所まで興奮、熱中するのだ。興奮して……かつ固いやつだ! 貴様達の愛のベッドは戦場である……戦場の場合も、恋愛と同じだ! 戦いに臨んでは、身を飾る!……諸君のもつありとあらゆる飾りを用いてである。 (左手のほうをじっと見て)……貴様達の親元に、金の腕時計やメダルの、血のこびりついたやつを、 いや精液もついていたほうがいい、送り届けてもらうのだ。俺の望みはな、プレストン!……ピストルを……俺の望みは、 貴様達の帽子のつばが、俺の長靴よりも光り、マニキュアをした爪よりも艶を出すことだ。(プレストンと呼ばれた兵士が登場、さっきの兵士とは別。ピストルの入ったケースを中尉に差し出し、退場。中尉は話し続けながら、それをベルトにつける) ……貴様達のボタンも、バックルも、ホックも、何もかも、俺の拍車と同じく、光っていること。 戦は恋だ、貴様達の上着の裏地に、縫いつけておいてもらいたい……女のヌードを、 貴様達の首の周りには細い金の鎖が、金メッキでも構わん ……髪の毛には艶やかなヘアクリームを、尻の毛にはリボンを ---勿論生えていればの話だ。いや、何を言うか、兵士たるもの、すべからく毛深い男たるべし!--- そして、素晴らしい美貌の……プレストン!……双眼鏡。2025/12/25 19:29:5794.夢見る名無しさん(以前と同じ芝居、プレストンはケースに入った双眼鏡を持ってやってくる。中尉はその革紐を首にかけ、それからケースを開き、双眼鏡で周囲を観察し、それをケースにしまう) 毛深く……素晴らしい美貌の青年だ! いいな、忘れてはならんぞ。 優れた兵とは、勿論勇敢な兵には違いないが、何よりもまず、美貌の兵でなければならん。 したがって両方の肩は完璧な形をしていること、必要とあらばパットでも入れて非の打ち所のない肩にするのだ。 首筋にはたくましい筋肉。首の筋肉の体操をすること、即ち、ひねる、いきむ、息を抜く、ねじる、吊るす、握る、 いっぱいにしごく、はちきれるまで……腿は太く、かつ、堅いこと。見せ掛けでもよい。 膝の高さ、ズボンの中に……プレストン!……長靴!……(プレストン登場。上官の前にひざまずいて、長靴を磨く) ……ズボンの中に、砂袋を入れて、膝を膨らませればよい、 とにかく、神々のように見えることだ! 貴様達の鉄砲も……声 なんだ、なんだ! 神々のズボンの中に砂袋だと! ズボンに屑をつめた神様か、ええ、聞いたかよ、お前ら。(軍曹が現れ、中尉に敬礼する。彼の上着のボタンは外れっぱなしだが、彼は一向に気にかけない。そのズボンの前も半ば開いている)中尉 (そのまま続けて)貴様達の鉄砲も、ワックスで、やすりで、艶出しで磨き、 その銃剣は至高の宝、王冠の花、銃剣こそ、その非常なるはがね、より冷酷だ、軍曹の目よりも・・・・・・軍曹 (気を付けをして)はっ、隊長。2025/12/25 19:32:3095.夢見る名無しさん中尉 休め。お前らの眼も銃剣と同じにならねばならん。 そして恋だ。俺は望む、戦争とは疾風怒濤の乱痴騒ぎたるべし。 勝ち誇って目を覚ますのだ。俺の靴をもっとよく磨け。 貴様達はわが国の恐るべき槍、自分から交わることを夢見ている槍なのだ。 ぴかぴかになるまで磨け、プレストン! 俺は望む! 太陽の下での戦争と恋を! そうだ、はらわたを太陽にさらすのだ。 了解?軍曹 了解。中尉 分かったな?声 (どこかから)分かりました。中尉 我々は夜陰に乗じて接近する、しかし、中に入るのは夜明けを待って、太陽の光が輝いたときだ。 血が流れるだろう……貴様達の血か、敵の血か。どちらでもよい。貴様達は流れる液体に心動かされるはずだ、 どこから出ようと、出所の泉が何であろうともな……ワルター、貴様はどうだ?ワルターの声 (どこかから)両手両足を切断されて、俺の血が四本の噴水になって吹き上がり、 俺の大きく開けた口の中にふってきたら…… (このとき、レイラとサイッドと看守のかすかないびきが聞こえる)中尉 よし、エルナンデス、貴様は?エルナンデスの声 いや、俺のじゃない、俺が引き裂いてやる腹からだ、 血が物凄い勢いで噴出してくる!2025/12/25 19:34:2796.夢見る名無しさん中尉 貴様はどうだ、ブランディネスキ?ブランディネスキ 血です、まさに、隊長。俺の血だ。あんたの血だ。敵の血か。石の血か。とにかく、血です。中尉 用意はいいか? (ブランケンゼー家)声 準備完了。中尉 罵りの言葉はどうだ? 我々がまだ遠い所にいる間は、貴様達の最も野蛮な罵りの叫びを、思い切り響かせるがいい。 (軍曹に)軍曹! 貴様の部下は、外人部隊特有の罵りの言葉を、せいぜい研ぎ澄ましていると思うが、どうだ? 男はすべからく、叙情的、かつ現実的、かつ恋する若者であってもらいたい。(突然、静かで優しい口調で) しかし諸君、この丘の彼方、諸君がぶち殺しに行くのは人間であって鼠ではないのだよ。ところで、アラブのやつらは鼠である。 白兵戦の際、一瞬でいい、奴らをしかと見つめることだ---勿論、奴らがその余裕を与えてくれたらの話だ--- それによって、奴らの内に潜む人間らしさを、とっさに見出すのだ。それができなければ、諸君は鼠を殺すにすぎん。 諸君のする戦争も恋愛も相手はただの鼠という理屈だ。(憂鬱に、ほとんど意気阻喪したかのように)了解?軍曹 (タバコの箱を取り出して) (彼はタバコを一本取り落とす。中尉がそれを拾って軍曹に渡す。 一言も口をきかずに、軍曹はそれを口にくわえる) 了解。2025/12/25 19:37:3697.夢見る名無しさん中尉 (前と同じように意気阻喪した調子で)分かったな?軍曹 (プレストンが中尉の長靴を磨いている間に、中尉は双眼鏡であたりを見回す。 軍曹は、落ち着いて、ズボンと上着のボタンをはめる)分かりました。レイラ (目を覚まして)あんたのほうで用心しなくちゃ。ずるくやらなくちゃ。サイッド (目を覚まして)だが、逃げ道を教えてくれるのはお前の役目だろう。 逃げ道、神様がふさいじまう前に。全くお前は役立たずだな。レイラ (皮肉に)了解?サイッド 了解。レイラ (同じ口調)分かった?サイッド 分かった。レイラ あんたに恥をかかせるのを別にすればね。 そのくせ、私が、あんたと監獄で一緒になるためにしなくちゃならないことをするのは ちっとも不自然じゃないと思うのね?サイッド (苛立って)不自然なことがあるものか。 俺の恥が、俺の影のように、俺の横を、後ろを、一緒に歩いて輝くのは当たり前だ。 (間)なあ、どうしてお前、あんな小さな裏の道を通ったんだ、国道を通らないでよ? 国道を通れば、人には見られるが、誰も気がつきはしない。 裏の道を通れば、お前が盗みを働いたことはすぐ嗅ぎつけられちまう、 そうだろうが、いかにも泥棒をいたしましたって臭いなんだから。レイラ あんたの言い分は正しいけれど、いつも手遅れよ。私と結婚したのも、私がみっともない女になった後だもの。 (間)あんたの方だって、それじゃ、どうして乾物屋のレジにあったお金、盗まなかったのよ? おかみさんが、石鹸を全部売ったお金があったのに……2025/12/25 19:40:1498.夢見る名無しさんサイッド 二時間後に、もう一度寄ってみたら、店にじいさんが来ていてさ。 タピオカの包みを勘定している。手伝ってやんなきゃならなかった。レイラ (大げさに同情して)でもあんた、数の勘定なんかできないのに。可哀想なサイッド。サイッド 俺は読み書きはできない、勘定はできる。 (間)レイラ 私が怒りっぽくて、意地悪なのは……(間)ねえ、サイッド……サイッド 畜生。レイラ ねえ、サイッド……今じゃ、私、ちゃんと乞食ができるよ。サイッド (感心して)乞食が? やっと今夜になって、それを言うのか?看守 (目を覚まし、立ち上がり、太い下品な声で)……相も変わらずおしゃべりか、二人でがあがあ、 お前らのおかげで、わしゃ毎晩ひどい目にあう。看守長は、それでもお前らを端と端に分けて入れたんだ。 ひそひそ他愛もないことを言うに決まってるからな。案の定、お前らのお喋りは、あっちからこっち、こっちからあっち、 わしの耳を通り抜け、藁の上に寝ている泥棒や淫売屋のおかみさんの耳を通り抜けて、行ったり来たり。 たまには、夜にも休ませてやれや。夜の方にしたって、ちったあ静かな時が欲しいだろうに。 回教徒のこの国の隅から隅まで、どこでもそうだ。暗闇の中でひそひそ話す、枝がピシッと折れる、ライターが音を立てる、 オリーヴの木に突然火がつく、きな臭い匂いを残してうろつく連中、叛乱……お前ら二人は、その中で、ぼろをまとってさ ……二人ともいつになったらやめる気だ……その歌……(眠り込む)2025/12/25 19:42:2699.夢見る名無しさんサイッド (レイラと話を続けて)俺の部屋だって真っ暗だ。 ただ一つの光り、それを、お前の腐った歯、汚らしい目、くすんだ肌が俺に持ってきてくれる。 お前のその途方もない目、見当もつかない目、片方はリオ・デ・ジャネイロに向いているのに、 もう片方は茶碗の底に沈んでいく。これがまさにお前ってやつさ。 それからお前のくすんだ肌、小学校の教師が首に巻いていそうな、古ぼけたマフラー、お前だよ、まさに。 俺の目はそこに釘付けになって……レイラ (優しく)あんたの思い出も釘付けになってる、あんたが私のことを根掘り葉掘り聞き出すと、 親父さんがだんだん安い値段にまけていった時に、そうでしょう? あんたはほっとしたわ。だって一文無しだったんだもの。 野菜の屑でももらうように、あんたは私を手に入れた……サイッド (ふさぎこんで)お前の親父も、俺も、すぐに、一番安い値段に落ち着いちまった。レイラ それでも私だって、ずいぶん一生懸命になって、あんたの言い値の所まで下りるようにして来たのよ、 しかも茶碗に入れた牛乳みたいに綺麗な物の底に沈んだわけじゃないわ。 今は、一人っきりであんたの言う所へ降りていく。そうよ、スカートを捕まえててくれなければもう間に合わないかもしれない。サイッド 一体まだお前の中に、他人がお辞儀をするようなものが残っているのか? もしあるって言うなら……レイラ 勿論あるわ、でもそれにお辞儀をする人は……よっぽど肝のすわった人。 (間) 私のこと、一度もぶったことなかった?サイッド 毎晩、毎晩、俺はその練習ばかりしている。ここから出たら、必ずお見舞いするからな。 (沈黙。人の声が聞こえる)2025/12/25 19:45:47100.夢見る名無しさん声 (男性的な断固とした口調) そうとも。もう一度やるんだったら、鎌で背中をやっつけるようなことはしない。 俺は正面から近付いてやる、にこやかに笑いながらな、 そうして、あの女の好きな、造花を渡すんだ。紫色のビニールでできたあやめの花だ。尾の女が礼を言う。 映画に出てくる金髪の姉ちゃんだって、俺がそこで言うような馬鹿げた台詞は聞いたことがあるまい。 しかも甘ったれた笑顔でそれを言うんだぜ。とにかく俺の……レイラ (感にたえて)あれは誰?看守 (ぶつくさと)死刑囚だ。お前のおふくろを殺した奴さ。声 ……俺の長口上が終わり、あの女がバラの匂いを嗅いでそいつを髪の毛にさす。その時初めて、俺はあの女の…… (次第に声は興奮し、台詞の最後の方では、詠唱のように、歌のようになる)お上品に腹を開けてやる。 いとも上品に、そのスカートのカーテンを持ち上げ、はらわたが流れ出すのをとっくり見てやる。 俺の目は、指が宝石をもてあそぶようにそいつをもてあそんでやる。 そしてその喜びを、俺の目は、おふくろの錯乱したまなざしに向かって、しつこく語ってやろう! (沈黙)サイッド (憂鬱になって)あいつは歌を歌える所まで来ているんだ。看守 (乱暴に)歌を歌わなきゃならん所までだ。お前みたいな、小者は黙っとれ! (沈黙) (ハーモニカが何かのメロディーを吹くのが聴こえるレイラとサイッドは目を瞑る。看守はいびきをかく。 明かりがつく。ブランケンゼー氏の家の居間。ブランケンゼー夫人は窓の方に立っている。 彼女は手にピストルを持ち、自分の前方を狙っている。ブランケンゼー氏は、部屋の中で何かを探している。 夫人は紫色の部屋儀を着ている)2025/12/25 19:48:14101.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 それにしても、一体どこに……ブランケンゼー夫人 (言葉を遮って)お消しなさい。 (明かりが消える。二人は薄暗がりの中で探す)ブランケンゼー夫人 (ひそひそと)「ド♯」の鈴よ。ブランケンゼー氏 (同じ芝居)誰かさわったんだ。ジョフル元帥夫人に……ブランケンゼー夫人 場所はどこです?ブランケンゼー氏 入り口のそばだ、ユーカリの木の下に当たる……(間)野兎が揺らしたのかもしれん ……(長い間)いや、心配することはないよ。バラ園にはいたる所に罠が仕掛けてある。 わし自身、通路という通路に狼用の罠を張っておいた。(歯軋りをして)お前の歯がバラを噛むのと同じだよ。 わしの罠の鋼鉄の歯は---いいかね、茂みと通路を合わせて五十近くは罠を仕掛けてある--- お前もそうは思わんかね、この鋼鉄の顎は、これ以上とても待ちきれんのじゃなかろうか。 そろそろ、がっぷりと噛みつかなきゃ収まらんよ。ブランケンゼー夫人 (感動して)まあ、あなたったら。ブランケンゼー氏 怖いのかね!ブランケンゼー夫人 あなたがついていますもの。(間)今朝、アラブ人達の町で、何か騒ぎでも起こしそうな動きがありまして?ブランケンゼー氏 全ては動いているよ。あまりにも平静であるために、全てが恐ろしいスピードで動いているとさえ言えそうだ。ブランケンゼー夫人 私達を怖がらせようっていうんですわ。ブランケンゼー氏 さもなければ、奴らが怖がっているのか……ブランケンゼー夫人 同じことじゃありませんか……何かが動いているわ……2025/12/25 19:50:58102.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 あれは糸杉だ。ちょっと行ってみようか……罠に掛かった奴がいるか知りたいのでな。 奴が、わめくまいとして歯を食いしばっているかどうか、いやそれに、 なぜ、鋼鉄の歯が一つ一つわめき立てんのか……(何かを探している様子)どこに一体……ブランケンゼー夫人 ええ? あなたのクッション? 今朝、部屋の掃除をする時に、女中に見つかってしまいましたよ。 直すのに、持って行ってしまいましたわ。ブランケンゼー氏 (がっくりきて)見つかったと!……持っていった!……直すためだと!……ブランケンゼー夫人 お忘れになったのがいけないんですわ。あなたの責任よ。 ここの所、あなたったら、あれをするのを忘れて引きずって歩いているんですもの。 気の緩みよ、こともあろうに今みたいな時に……ブランケンゼー氏 で……女中は、気がついたようかい?ブランケンゼー夫人 あの連中、ますます狡賢くなっていますからね。 私はあの娘に話し掛けて知っていることを聞き出そうとしたの。 ずっと後をつけてね。植え込みの後ろを歩いていくから、先回りしてやろうと思って。 近付いていきましたわ、何食わぬ顔で。そうしたら……誰にぶつかったと思う?ブランケンゼー夫人 兵隊のアルトマンですよ。ブランケンゼー氏 何の用があったんだ、あの男?ブランケンゼー夫人 なんだか口の中でもそもそ、馬鹿みたいに、いつもと同じで、逃げちまいましたわ。 (ブランケンゼー氏は肩をすぼめる) ……お出かけになる?2025/12/25 19:53:26103.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 お腹にクッションをつけずにかい? 一体わしは、バラたちの中にいてどんな風に見えているんだろう? あれたちがわしを見るときはいつでもわしは……ブランケンゼー夫人 夜ですわ。ブランケンゼー氏 なおいかん。わしのクッションは、わしの威厳の重要な部分をなしている。 わしの長靴も同じだ。長靴がなかったら、わしに匂いを嗅いでもらうために、バラはどんな香りを放ったらいいのだ。 それにもし万一、罠に掛かった獲物がいて、今にも死にそうな有様だとしたら……ブランケンゼー夫人 (同情的に)分かってますわ、あなた。私がかつらをかぶっていないようなものですわ。でも、夜なんですから…… (甘えて)私の所へおいでになる時と同じような格好で、バラたちの所へいらしたら、パンツ一丁で……。ブランケンゼー氏 (興奮して、彼女にキスしながら) 敵は私の周りにいる。わしはもはやクッションを身に付けてはおらん。 尻にも腹にもな……全てがわしらを裏切る、だが、お前がこうしていてくれるから……ブランケンゼー夫人 (同じように興奮して)愛するあなた。裏切りも昔とは違いますわ。昔は、ひいおばあさんがよく話してくれましたけど、 結婚式の前の晩に、許婚同士が関係を結んでしまったんですって。 男が女を引き裂いて、女の白い衣装の下に、上からは見えない赤いしみが、愛が神様よりも強いことを証明していた。 勿論、神様を信じていなくてはなりませんわ。そして、裏切るのよ。 神聖な朝、女は見違えるように美しく、オレンジの花の冠を頂いて。看守 (眠りながら)生涯を罪の上でか!ブランケンゼー夫人 愛の生涯が罪の上に築かれるのよ、そうひいおばあさんが説明してくれたわ。 愛が裏切りで始まるってことはずうっと続いていたんですよ。 ちょうど、今でも守られている秩序の密かな傷口のようなものですわ。2025/12/25 19:56:56104.夢見る名無しさんブランケンゼー氏 それじゃ何か、お前は、そのせいだと言いたいのかね?ブランケンゼー夫人 (取り乱して)静かに!……連中がいますわ……ブランケンゼー氏 (少しも騒がずに)つまり、わしがお前を処女のまま娶り、処女のまま祭壇へ連れて行った、 そのために全てが終わりになってしまったと言いたいのか?ブランケンゼー夫人 (ひきつけを起こした後のようになって) 愛しいあなた、何もかも終わりよ…… (ブランケンゼー夫人が、興奮のあまり、ピストルを発射する。 明かりが消える)レイラ (のど声で、通りで野次馬に呼びかけるような喋り方で) 誰だい……誰だい? 骨抜きの、骨の外れたサイッドをまだ見てないなんていう人は? こいつは血を泡をふき、鼻水も血みどろ、体の穴っていう穴から垂れっぱなしだ。 まだ見てない人はどこのどなた?サイッド (同じ調子)あっしのかみさんが逃げ出す所を見てないってのはどこのどなただ---さあさあ、見てったり見てったり--- 逃げると言っても石の下から逃げるんじゃない、何に隠れて逃げるか当ててごらん、雨あられとふる拳固の下を……レイラ (台詞を言うたびに、相手より大きな声で怒鳴ろうとする) あたいの亭主が背広の周りで……サイッド 一目散に、頭を下げて、こうがに股で……レイラ きょろきょろとうろついて、草の茂みを四つんばいでやってくる、その腹ん中に何もかも掻っ攫ってこようと……2025/12/25 19:58:56105.夢見る名無しさんサイッド この女、空から烏が糞をして、お前さんは石像だ。ある朝、ありゃまだ四時ごろだ、お前さんの姿を見かけたもんだ、 鳩の糞を頭からかぶって、素っ裸でよ、日が昇れば素晴らしい……レイラ ……なんとも用心深く、すばしっこい、ねぎの畑じゃあるまいか、 それくらいまで青くって、干上がった土みたいに灰色で……サイッド ……太陽のほうでも、この女、一人でいった方がましとばかり、おいでなさるかわりに逃げちまったよ! (遠くで機関銃の音)確かなことは、ここにいりゃ邪魔もされず、レイラと喚きあうには都合がいいってことだ。(彼の言葉は声によって中断される)声 奥様、こいつは私の自由のためでしてね、 私は、奥様のお腹だけは好きだった、 そこは九ヶ月というもの、この私がバラ色の形を取っていた場所だし、 そのバラ色の魂を、あんたの子宮のバラの花が、皿に肉だんごでも落とすみたいに、 タイルの上に産み落とした。因縁浅からぬ場所ですからね。 今日、俺は、あんたのあまりにも熱すぎる腹から永久に自分を解き放ってやる! あんたの腹を冷たくしてやるのさ! 明日の日の暮れ、一番星が輝く頃に、俺は絞首刑になる。 だが、絞首刑にされる男は、カモシカのように敏捷で、カモシカのように目にもとまらない。 (詠唱する)俺は戦争を知り、戦争のときには、神聖な敗北を知った! 撃て! 殺せ! 光には影が必要なのだ!サイッド 乞食女は……レイラ すごい臭い。それが手だもの。お金を使って、悪口を浴びせて、人は逃げていく。 (ちょっとした間)サイッド お前も乞食をするんだな! (長い間)2025/12/25 20:01:50106.夢見る名無しさん看守 (寝ぼけて)お前達か、相も変わらず! 夜の方だって眠ってほしいとよ! 恋人たちよ、黙りなさい。そして、おやすみなさい。 (外人部隊はレイラとサイッドが話している間に、身支度をしていた。 彼らは雑嚢の蓋をしたり、薬包をそろえたりしている。 突然前と同じように、口でまねをしたようなトランペットの音が鳴り渡る。 全員、気を付けをする。彼らは架空の国旗に向かって敬礼をし、それからカーブを描いた後、 非常に遠い地に出発するように、重い足取りで退場する。軍曹はまだボタンをはめ終わらず、一人残る。 椅子の上で、刑務所の看守が体を動かす。サイッドとレイラは眠っている)看守 (トランペットが鳴り終わったとき、挙手の礼をして)はっ、大佐殿! (それからようやく目が覚めた様子で、荒い鼻息し、怒鳴る) また貴様だな、おもちゃのトランペットを吹いたのは、明日の朝、夜が明けんうちに、 看守部屋に引き出してやるからな。 (あくびをし、また腰を下ろして、うとうとしだす。独り言のように) 了解? 了解……分かったな? 分かりました…… (看守は眠る。軍曹は、ズボンのボタンをはめ終わり、それから上着のボタンも全部はめている。 中尉が彼に近付き、一瞬、黙って彼を見つめる)中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。奴らをやっつけるためにはな。 カスパの裏で待っているぞ。軍曹 (無気力な声で)用意はいいすよ。中尉 (軍曹をじっと見つめて)そうだろうと思う。お前の目、ゲルマン人のよりも遥かに冷たい目だ。そして、時には憂愁の影に満ちた……軍曹 私の目をそんなによくご覧になるので?中尉 隊長としての仕事だ。私は貴様を観察している……帽子が目の上にかぶさっていない時はな。2025/12/25 20:03:50107.夢見る名無しさん軍曹 (ボタンをはめながら)私の望みは、小さな草で編んだ冠をかぶること……小山の辺に腰を下ろして、ボタンをつける…… 下着も何もかも脱いで、裸のままで真っ白なシーツの中にもぐりこむ……(間) 背の高い少女が洗濯物を干しに駆けてくる、その女は走って……中尉 (厳しく)貴様の目は氷の目だ。貴様は生まれながらの兵士なのだ。軍曹 (自分の持ち物に手をかけて、それをかつぐ) 走っていく背の高い少女、そうですよ、だが、私が追いつくことはない、それほどすごいスピードでその娘は走る、 今にも追いつきそうになるのに……中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。その女もだ、洗濯物を干しに駆けてきたその少女もだ、 そこを通り越すと、その女も盛りを過ぎたということになる。その歩き方はいささか重くなり、着物の下で息をついているのが見えるのだ。 貴様がその女を女房にするかもしれん。用意はできているか?……奴らは手榴弾で攻撃してくる。 カスパと墓地の間に何とか追い詰めねばならん。貴様は生まれながらの兵士だ。その証拠は、貴様の軍帽のつばだ。 いつでも深くかぶっていて、目が……こちらからは見えん。2025/12/25 20:06:03
そこで止まるんだよ……今お前さんがいる所で、ちゃんと聞こえるよ。
(墓に近付き、墓銘を読む)
シ・スリマーヌ。確かにあの人の墓だ。
(さっきと同じ方を向いて)
こっちだよ! こっちだったら!
いったいお前さんって人は、本当に使い物にならないのかい?
耳が駄目なのかい? 耄碌しきってるんだろう、ええ?
(年老いたアラブ人、マダニが登場)
マダニ わしじゃ気に入らんというのなら、今からでも遅くはない、別の口よせを探して来い。
(ちょっとした間)とにかく、口汚く言うのはよしてくれ。
おふくろ 今は怒ってる時じゃないよ。私はね、一番年をとっていて、一番へたくそな口よせが欲しかった、
誤魔化すのは嫌いだからね。私が、みずみずしいピンクの口をした、白い歯の口寄せなんぞ連れてきた日にゃ
死人(しびと)を手なずけようとしているみたいに思われらあ。そこにお立ち。(マダニ、墓の横に立つ)
私は死人の口になってもらうためにお前を選んだ。
そりゃ、死人の口は土塊やら草の根やら砂利やらで一杯に詰まっているはず。
だが、とにかくお前の言葉じゃないよ、死人の言葉をしゃべる努力をしてもらう。
マダニ 死人がしゃべる事を承知した時、死人のしゃべらにゃならんことは恐ろしいことだ。
もちろん、しゃべるのは私じゃない、あの男だ。
おふくろ もう時間かい?
マダニ (腕時計を見て)ちょうどだ。
とにかくおしゃべりは慎んでもらおうじゃないか。ばあ様も小娘もみんなだ。
暇は取らせないよ。死人の言い分さえ聞きゃいいんだ。
(マダニに)魔法瓶にコーヒーを入れて持ってきてあるからね。後でだよ。
仕度があるんだったら、私は向こうへ行ってるけど?
マダニ (ゆっくりとうずくまって)お前は邪魔にはならん。一番しんどいのは、わしがわしの体から出て行くことだ。
そして、あの男が私の代わりにやってくる。
おふくろ (少し気味が悪くなって)へえ?……でも……出て行くって言うが、どこに行っちまうんだい?
マダニ (しゃがみこむ動作を続けながら)場合によるな……初めにスピードをあげるかあげないかで違ってくる。
時間があると、わしは自分の家の畑を見たり、町の博物館を見たりする。さあ、静かにしてくれ。
(彼は完全に横になり、しばし沈黙した後、静かに呼びかける)
シ・スリマーヌ?……シ・スリマーヌ?……スリマーヌ、……いるか?
答えるのは誰だ?……お前だな、シ・スリマーヌ?……ここにいるのはわしだ……
お前の口だ……お前の不幸な口だ……だが、その口が答えねばならん……
わしが分かるか?……なんだと、もう覚えておらんと?
お前が生きていた時、お前が語った言葉はことごとく、このわしが語ったのだ。
……(沈黙)どんな言葉だと? だから、ことごとくだ……お前が口にしたことは何もかもだ
……いつだったか、お前が道路の管理人に言ったこと、覚えているか? ……そうか、分かったろう、何て言ったな、あの時?
おふくろ お前さんのことが分らないのかい?
……あの日は雨だった。お前はこう言ったんだ。「俺は車庫で雨宿りしていく、それから図面を建築家のところへ持って行くさ……」
(間)ああ、今度はようやく分ったな。よし、ではわしのことが分ったと……(間)わしの匂いはどうだ?……ほれ……
(彼は墓の上に息を吹きかける)正真正銘、お前の口の匂いだな? そうか! そんならいい。では始めよう。
サイッドのおふくろが聞きに来ている。(彼は立ち上がり、おふくろと向かい合い、不動の姿勢で、威丈高に語る)
さあ、話せ。俺に問い掛けるんだ。俺は口だ。お前は俺の言葉を聞きに来た。お前の言い分を言え。何を考えているのか。
(二人は向かい合って、軽蔑的に睨み合う)
おふくろ (疑い深く)お前は確かにシ・スリマーヌの口かい?
口よせ (力を込めて)そうだ。
おふくろ じゃ、お前はどこで生まれた?
口よせ ブー・タニーズで生まれ、アイン・アマールで死んだ。
おふくろ (一瞬まごついて)そうかい。じゃ……お前の傷は? どこをやられたんだ?
口よせ 弾丸を二発、胸に。一発はまだ中に残っている。
おふくろ そうかい……じゃ……正確には何時に死んだんだ?
口よせ (威丈高に)もう沢山だ。十分話したぞ。お前の知りたいことは何だ?
おふくろ そんならいいさ。お前も一筋縄じゃいくまいが、この私だって負けちゃいないからね。
何だってね、お前は村の女達に、私が泣きに来ないようにしろと命令したって言うが、本当かい?
口よせ 本当だ。
おふくろ (怒って)しかしお前だって知ってたはずだろう、私が泣き女だってことは。
私が一等優秀な泣き女の一人だってことは。
おふくろ (怒って)サイッドはどこから生まれたんだよ、私の腹かい、お前の腹かい。
それに私の腹が他の女と同じ腹をしてないってのか、
他の母親達と同じ母親じゃないってのかい?
口よせ 俺は死んではいたが、まだ埋葬されていなかった。俺は相変わらず村の人間だった。
髪の毛の中に、足の裏に、腰に、俺はあの時まだ、村の男や女達と同じ、あのむず痒い感じがしていたんだ。
おふくろ (不安になって)じゃ今は……もう体の掻けなくなった今では?
口よせ だいぶ減った。土の重みにもかかわらず、俺ははるかに軽くなったような気がする。
俺は煙のように消えようとしているんだ。お前はそれを待たずに、今夜来てよかった。
俺の中の水分は全て、樫の木の葉脈の中に移動している最中さ。
俺は俺の国をさ迷い歩き、お前のことも、他の奴らと区別がつかなくなるだろうよ。
おふくろ (途方もない大声で叫び)ああ! ああ! ああ!
口よせ ……そして、お前の足の指の間にたまっている垢も、一部は俺の腐った体から生まれたもの……
おふくろ (勝ち誇って、最初出てきた方に向かって)
どうだいお前さんたち、束になってそろってるスベタども、今のを聞いたかい、死人の言葉を。死人が私にどんな風に話し掛けるか。
(口よせに)北に、東に、南に、西に、海の方、山の方、いたる所で、私達を取り囲むあらゆる場所で夜が立ち上がるのさ。
スリマーヌ、数限りない丘とともに膨れ上がる、そして私達を見つめている丘の斜面には、
幾千、幾十万の女どもが胸をときめかせて待っている、お前が地面から出てくるのを見ようと、
お前が土の中からむっくと立ち上がり、私に罵詈雑言を浴びせるのをだ。でも、お前さんは……承知してくれるね、私が泣くのを……
承知してくれるんだね? 私が他の女と同じだってこと、お前さんが認めてくれるんだね?
おふくろ はっきりしたよ、でも私は、私があそこにいる女どもと同じなんて言うつもりはなかったさ。
(指差して)あの女ども。ただ、私だって、地面の下で腐っていくものを繋いでるってことを言いたかっただけだよ……
口よせ その上でお前は腐敗していく……人の話じゃそうだな……
おふくろ (笑いながら)つまりお前さんも私と同じ汁の中で醗酵しているってこと? そうなのかい?
口よせ いずれにせよ、お前がどうしてそんなに俺のために泣きたいのか、俺には分からん。
おふくろ ああ、その点は安心しな。お前さんが死んで悲しんでるわけじゃない、私はね。むしろ歌うように泣いてやろうってだけのことさ。
あの乙にすました女どもは、私を儀式から追い出した。わたしゃね、あんな女どもも、儀式も糞喰らえさ。
ただね、私は自分が一番強くなってやるって誓ったのさ。女どもは私の様子をうかがっている。
待っているのさ---あの売女どもは---私が赤っ恥をかかされるのを。あの売女ども、こう言ってる、
生きた人間のところから追い立てられて、また死人の国の入り口からも追い立てを食おうってんだ。
口よせ だがいったい何になる、お前が死人の国の入り口に来たからって?
おふくろ (一瞬狼狽して)ああ、つまりあんた方は手を握っているってわけだね、
私の思い違いでなければ……お前さんは忘れてはいないんだ。
砂利の下に入れられても、前には生きた人間だったことがある、そして誰とは付き合いがあって……
口よせ (意地になって)いったい何になるんだよ、お前が死人の国の入り口に来たからって?
おふくろ そうして、お前の葬式も、生きた人間としてのお前の人生の一部なんだ、
殺される直前にやっていたことと同じさ。
口よせ いったい何になるんだ、お前が死人の国の入り口に来たからって?
口よせ (逆上して)お前こそ、無礼だぞ、こんな真夜中に俺を叩き起こし、俺を墓から引きずり出しておきながら。
俺はお前の話を聞いた。お前にごたくを並べさせてやった。
おふくろ わたしゃ、友達として来たんだよ。
口よせ (厳しく)馬鹿な冗談はよせ。お前は傲慢な女としてやってきた。
泥棒の母親、醜く阿呆で泥棒の嫁の姑だ。
二人の哀れと悲惨は、お前の肌にこびりついてはいないのか?
そうじゃない。その悲惨は、お前の哀れな骨の上に張ったお前自身の皮だ。
村の通りをさ迷い歩くのは、丈夫な骨の上に張り伸ばした悲惨さのマントだ。
いや……(嘲笑して)大して丈夫な骨じゃない。村はお前などごめんだと言う。じゃ、死人たちは? 全くだ!
死人たちともあろうものが、お前のことを正しいとし、その上あのご婦人方をやっつけてくれると思うのか?
おふくろ (ぶっきらぼうに)そう思っていたよ。
口よせ (嘲笑して)死人たちは、もちろん、最後の手段さ。生きている奴らがお前の顔に唾を吐く。
だが死人たちはその黒だか白だかの大きな翼でお前を包んでくれる。
その翼に包まれていれば、お前たちは、足で歩いている奴らを鼻の先であしらえるってわけか?
だがな、地面の上を歩く奴らは、すぐに地面の中に入っちまうんだ。つまり同じ奴らが……
おふくろ (言葉を遮って)私はお前さんがどうなったかなんて聞きたくもない。
私が話をしたいと思ったのはかつてこの世に生きていたことのある人とだよ。
もしお前さんが私に泣いて欲しくないなら、早くそう言っておくれ、
わたしゃ寒くなってきた、寒がりなんでね……
同じ理由で死人にも愛されることはないだろうよ。我々死人は生きている人間達の正式な保証人だからな。
(間)真夜中の十二時だぞ! こんな時間に俺を叩き起こす! ひどく疲れる命をまた俺に与えようという!
さあ、女どもの所へ、村の男どもの所へ行け! お前たちのことは、お前たちの間でけりをつけろ!
おふくろ 私は断固として頑張るね。(と、腰に拳をあてがって)断じて、サイッドもレイラも手放すものか
---これは、お前さんにしか言わないよ、そうさ、この墓場の夜の中でね、
だってさ、二人とも、わたしゃ癪にさわってならないことが再々だからね---
私は、お前さんのために泣くことを諦めないよ。
口よせ (怒って)俺が断ったら?
おふくろ (同じく)じゃ、お前をからかうために、そうとも、あのご婦人方やお前の方で何と言おうと
私がお前さんのためにわあっと泣き出したらどうするのさ?
口よせ そうなれば、俺も本当に墓の中から、墓穴の中から飛び出して……
おふくろ そんな勇気があるのかい? (やがて落ち着きを取り戻して)
お前さんに、私に恥をかかせるだけの勇気があるってのかい? 聞き耳を立てているあのご婦人方の前で?
私は、お前が誰に暗殺されたかなんて知りもしなけりゃ知ろうとも思わないさ。だがね、いかにもそうされるだけのことはあるよ、
ドスでやられたか鉄砲でやられたか知らないけどね、こんな年寄りの女を脅迫しようって根性だからね。
私は無性に腹が立ったからこそここへやってきたのさ。シ・スリマーヌ。腹が立ったよ---それこそ気が違いそうに逆上したのさ---
そうとも、逆上した勢いで、私はお前の腕の中へ、お前の所へ無我夢中でとんできた、まさに逆上ってもんだ、それ以外の何物でもないさ。
口よせ どうしてお前が死人に質問をしに来たのか、俺には分からん。
腹が立ったからやってきたんだ。どこへ行くところがあるかね、墓地の真中以外に。
口よせ お前と話していると疲れる。お前の逆上のほうがよっぽど激しい……
おふくろ お前さんの死よりもかい?
口よせ いいや。だがとにかく帰ってくれ。こんな風に生きてる人間と話すのは難しいことだ。
しかもよりによってお前のような生きのいい人間が相手じゃな。ああ……もしお前が……
おふくろ 墓穴に足を引っ掛けてたら、かい? お前さんの墓穴なら承知だよ、だが私の墓じゃ、まだごめんだね。
口よせ (突然疲れきって)いや、違うんだ、そこまでは望まない。ただ、もうほんの……少し……ほんの少しでいいから体の具合でも悪けりゃいいんだ。
ところがお前はそこにいて、喚き散らし、暴れ回る……(肩をすぼめて)……自分の為に死人を甦らせようなどと言うんだ。
(あくびをして)そんな芸当は、大きな祭りの時だって、大事になっているのに……
おふくろ (急に慎ましやかになって)内緒にしておくから、お前さん、私がお前さんのために、
あそこで、あの月の下で泣くのは嫌かい?
口よせ (大きなあくびを続けて)俺の耳の穴でもごめんだな。
(間。だるそうに)死というものがどんなものか、話して聞かせようか?
死の世界ではどうやって生きていくか?
おふくろ 興味はないね。
口よせ (ますますだるそうに)そこでごろごろ言うのが何だか……
お前さんはお前さんの死を生きるんだね。私は私の命を生きる。
泣いてもらうの……本当にお前さん、嫌かい?
口よせ 嫌だね。(間)もうとても駄目だ。
(マダニ、突然倒れて眠ってしまう)
おふくろ (両手を合わせて絶叫して)シ・スリマーヌ!
(彼女は近寄って、彼を見つめ、うんざりしたように彼を足で押す)
もういびきをかいてる。お前さんが死人の国にいってまだ間もないって事、よく分かるよ。
口よせを三分以上しゃべらせることはとてもできない。
自分がここの者でもあっちの者でもない、こっち側でもあっち側でもないって、私に言うだけの時間だ。
(笑う)こんな死にたての、弱虫のために、昨日、泣きに来なくてよかったよ。全く。
(じょうろを取って地面に水を撒く、それから踊りながら鼻歌混じりに、土を踏み固める。肩をすぼめて)
どうだい、町の博物館を見物中かい! (彼女は向き直って、出てきた方に向かって進もうとするが、突然、息を呑んで、立ち止まり)
あん畜生! 糞婆! スベタども! 丘はどいつもこいつも逃げちまったじゃないか。
私らの様子をうかがっていたあの女どもも丘と一緒にずらかりやがった。草の匂いの中を消えちまったよ! どこに行ったんだ?
ひとかたまりになって、壁の後ろで薄気味悪い暗がりを余計に濃くするためかい?
まったいらになっちまったよ、夜は。空の下で。まったいらだ。糞婆ども、立っている勇気がなくて帰っちまった。
私は一人きり、そして夜はまったいら……(突然荘厳に)そうじゃない、夜は立ち上がったんだ。
夜は膨れ上がったのさ。牝豚の乳房のように……幾十万の丘を伴って……
殺し屋達が地上に舞い降りてくる……空だってね、間抜けじゃないさ、空が奴らを隠してくれる……
マダニ (目を覚まして)コーヒー入れられるか?
この男に、どうして死んだのか、それさえ聞かなかったじゃないか。
(マダニに向かって)さあ、お前さんのコーヒーだ、お飲み。
(背景は城壁。城壁の下には、三本足のテーブル。
それから、様々な色の毛布でできている一種の天幕。
レイラ一人。そばに大きなブリキの鍋。
スカートの下から、彼女は様々な品物を取り出し、その品物に話し掛ける)
兵隊---白手袋、太く黒い口髭
こんにちは! 私は愚痴はこぼさないよ。お前は私のお腹の皮を引っ掻いたけど、お前を歓迎してあげる。
お前は新しい生活を始めるの。ここはおふくろ様の家。……そしてサイッドの家。
お前には大して仕事がないよ。だって、家ではスパゲティにチーズをかけることなんてぜんぜんないもの。
お前の仕事には……足の裏の堅くなった皮を削ることにしよう。
(彼女はそれを壁にかける。スカートの中を捜して、傘の着いたスタンドを取り出し、それをテーブルの上に置く)
スタンドなんてどうしよう、電気が来てないんだもの。この城壁の下には、こんな廃墟には。
……それじゃスタンドさん、休んでておくれ…………いつでもこき使われてるなんて憂鬱だもんね……
(彼女はまたスカートの中を探し、コップを一つ取り出すが、滑って落としそうになる)
馬鹿、壊しちゃうじゃないか! 壊すって言ったのよ、分かる?……壊すって。
(間)そうしたらお前、どうなると思う? ガラスのかけら……こなごなのかけらだよ。ガラスの屑、残骸、破片!
(しばらく前から、おふくろが入ってきて、レイラを見つめその言葉を聞いている)
おふくろ 見事な腕前だね。
レイラ この種目じゃ誰にも負けないわ。
おふくろ (品物を見ながら)全部あるかい?
レイラ (恥ずかしげもなく)全部よ。
おふくろ (レイラの膨れた腹を指して)じゃ、それは?
おふくろ 何だね?
レイラ (笑いながら)私のかわいい末っ子で……
おふくろ (笑いながら)どこでやったんだ?
レイラ シディ・ベン・シェイクの家。窓から忍び込んだの。
(微笑みながら)今では窓を乗り越えることもできるの。
おふくろ 誰にも見られなかったかい? そんならここへ置きな。
(彼女は背景に遠近法をつけて本物そっくりに描かれた腰掛を指す。
レイラは、ポケットから取り出した炭で、テーブルの上に当たる場所に目覚し時計を描く)
こりゃ見事だ! 何でできてる? 大理石か、合成樹脂か?
レイラ (誇らしげに)合成樹脂よ。
おふくろ これじゃお前はまたとっつかまるのがおちだ。何しろ隠す場所がないんだからね。それもお前のおかげさ、小屋もなくなっちまった。
雨露をしのぐ場所がとうとうごみ溜め、村のごみ捨て場とはね。これじゃ、私達に罪を着せるのもわけはない。
レイラ (事も無げに)そうしたら、刑務所行きよ。サイッドと一緒に。
だって、村から村へ渡り歩かなくちゃならないんですもの。
それなら刑務所から刑務所を渡り歩いたほうがまし。一緒だもの、サイッドと。
おふくろ 一緒? サイッドと? (恐ろしい形相で)まさか盗みをするのは、サイッドと一緒にいたいからじゃあるまいね?
レイラ (頭巾の下からでもそれと分かるようにウィンクして)どうしていけないの?
レイラ……おまえ、まさか、しないだろうね?
あの子にとっちゃ、お前なんぞ、だいぶ日にちが経った死体と同じだろうに……
監獄じゃ、離れ離れにされて……
レイラ それでも、囲いの壁で結ばれています。
おふくろ (荒々しく)いけないよ。そうともさ。お前がそんな大それたまねをするはずがない。
第一、あの子がね、あの子の方で、お前なんぞまっぴらだって言うよ。
レイラ 一緒に暮らすようになってからの私が、あの人にとってどういうものか、知らないのよ。
おふくろ (逆上して)知ってるさ、お前はね、あの子にとって、私の息子にとっちゃ、ただの道具だよ。
(彼女は立ち上がって、レイラを打とうとする)
レイラ (事も無げに)いいえ、そのことなら心配要らないわ。
あなたの大事な坊やに、私が惚れているわけじゃありませんもの。
(間)私にはもっと別の何かが必要なのよ。
おふくろ (興味を示して)へえ! 何か別のことがあるのかい? 何しろ男が物にならないんで、それでお前……
レイラ (笑いながら)違うわ、そんなの。何にも、誰にも、サイッドだって関係ない。
(厳かに)私の心を占めているのは冒険。
おふくろ (拍子抜けして)どんな?
レイラ (馬鹿にしたように)秘密!
レイラ それは序の口。
おふくろ (肩をすぼめて)いかれてる。(彼女はコップの水を飲む)頭はいかれてるけど、素直だ。
水、飲むかい?
レイラ 汚れた水なら、飲むわ。
(レイラはおふくろに背を向け、おふくろはおふくろで背を向ける)
(突然、左手の方から兵隊が現れる。彼はゆっくり大股に抜き足差し足で近付いてきて、周囲を見回すが、驚いた様子はない)
レイラ (右手の方を向きながら、つまり、兵隊が来るのと反対側に向かってお辞儀をして)
私がサイッドの家内です。どうぞ、お入りになってください、兵隊さん。
(兵隊はなおも周囲を見回している。彼の視線は背景の目覚し時計を向いて)
兵隊 確かにあんただ。シディ・ベン・シェイクの家からあんたが出てくるのを見かけた奴がいる。
入り口に掛かってた数珠玉のカーテンを押しわけてな。カチカチ玉がなって……あんたの姿が鏡に映って見えたんだよ、
ちょうど逃げ出すところだった……その時にゃ目覚ましはもう消えていた。(間)これだな?
おふくろ とんでもない。この目覚ましはずっと前からあるんですよ、家の亭主が以前買って来てくれたものでしてね。
兵隊 (疑い深く)いつ頃だね?
まあお聞きなさいって。ありゃまだほんの小さな頃の話ですがね、いえ、サイッドですよ、
あの子がこの目覚ましをすっかりばらばらにしちまったんですよ。中に何が入っているのか見ようってんでね。
中の細かい機械を一つ一つ、お皿の上にこうずらっと並べちまった、あの子がまだほんの子供の頃の話ですよ。
そこへ私が帰ってきた、いえ、本当、ありゃ何しろずいぶん昔の話だ。わたしゃ、そう、乾物屋から帰ってきたところでしたよ、みると、
まあまあ、どうだろうね、地面にいっぱい散らかして……虫か何かがいっせいに這い出して来たみたいでね。
細かな歯車、星型、ねじ、何だかうようよごちゃごちゃ、あるわあるわ、まあどうだろう、
それぜんまいだ、わらびだ、つくしだ、ほれたんぽぽだ、ぽっぽぽっぽと煙が汽車ぽっぽ……
(おふくろが話している間にレイラが這うようにして出口に行きかけるが、兵隊が振り返って彼女を捕まえる)
兵隊 (意地悪に)お前、どこに行く?
レイラ 失礼しようと思いまして。
兵隊 失礼するだと! つまり逃げ出すんじゃないか! それじゃ私はどうなる? そんなことをされたら、ああ?
くびだ。くびになるんだよ、私は。そのためだな、お前が失礼しようってのは。
レイラ 別にそういうわけじゃ。
班長殿に蹴っ飛ばされる目にあわせようってんだろう? この糞ったれが。
それをこの私の方は、間抜けにも、お前に向かって丁寧に「あんた」ときた。命令だからな、そうしろって。
全く結構なことを考えてくだすったもんだよ、お偉方はよ。ご丁寧に「あんた」だとよ。
あのお偉方が、私ら下々の人間と同じに、お前らと直に接触する所にお目にかかりたいもんだね、全く。
おふくろ 下々って、あなた方が? 冗談でしょう、私達から見りゃ下々どころじゃありゃしない。
兵隊 いい具合にあんたらがいるからな。下には下がいるってわけだ。だがよ、私らがあんたらに向かって
「あんた」だの何のってご丁寧な口を利かなきゃならんとしたら、私らのほうがあんたらより下ってことになる。
おふくろ たまには、そんな「あんた」なんてのはよしにしてさ、もっとざっくばらんに「俺・お前」で結構ですよ。
兵隊 第一、あんた方はその方が好きときてる。ちがうか?
「俺・お前」のほうが、気取って「あんた」なんかと言うよりずっとあったかみがある。
親身の保護者って感じなんだな。「俺・お前」の方が、親身の保護者はいいにして、
時にはこう改まって、「あんた」とくるのも悪かないだろう?
おふくろ 時々、「あんた」でやるんですね。四日に一日くらいでさ。あとの時は「お前」ですます。
兵隊 いや同感、同感。普段は「お前」ですましておいて、合いの手に「あんた」をきかす。
慣れてもらわきゃならんしな。その方が、私らも、あんたらも、お互いにとって得ってわけだ。
しかし、のっけから「あんた」ばかりじゃ、「お前」のやり場がなくなっちまう。
私らにとって「お前」ってのは仲間同士の「俺・お前」だが、
私らとあんたらの間じゃ、私らの方からの「お前」ってのはもうちっとやんわりしてる。
おふくろ そのとおり。旦那方に「あんた」じゃ、こいつはどうも空々しい。
私らのほうは「お前」で結構。「あなた」なんぞお門違いさ。
(彼女は笑う、おふくろも笑う)
おふくろ (調子に乗って)あんたよ気違い……きまってぐんにゃり……どこまで入れる……
(彼女は笑う、レイラも笑う、兵隊も笑う)
兵隊 入れるはおいら……おいらのおかま……おかまで一発……
(三人とも、腹を抱えて笑う。が、兵隊は自分が一緒になって笑っているのに気付き、怒鳴る)
やかましい! なんだ、このざまは! 何の陰謀だ!
私を笑わせ、冗談で煙に巻こうというのか?
私のキャリアを狂わせようという魂胆か?
(二人の女は震え上がる)
私は確かに下っ端かもしれん。分かっている。だがな、それにしても笑うことは許されない。
屑みたいな奴らと一緒にげらげら笑うなんてもってのほかだ……。
(息をつぎ、穏やかな口調になる)そりゃ悪かないこった、お前らのところの男どもと、
軍旗の話やら武勇伝やらで、兄弟のようになるのはな。覚えてるか、ええ? ありゃお前だったぜ、機関銃をかついでよ、
私は中隊長のお付だった、あの日だ、ドイツが二人してこっちを狙ってるじゃないか、ダン!
やられたのはドイツで、やったのがアラブだ、戦争ってのはこういうもんだ、こういう思い出は何も恥じゃねえ。
そうとも、あいつと肩組んで一杯やる。お前らの男どもを相手にな。私らだって、時にはしんみりすることだってあるさ。
そうとも、心から打ち解けてな。
笑うとどうなるか、笑うって事がどういうことか、分かってるのか? 腹を抱えて笑うとどうなるか。
げらげら笑うとな、蓋が開いちまう。口も鼻も、目も耳も、尻の穴までそうだ。一度に人間の中身が空っぽになるんだ。
(厳しく)分かったな? 私を笑わせて篭絡しようなんていう考えはよせ。
その気になれば、恐ろしいんだぞ、私は。わしの奥歯がまだ何本あるか、お前らには見せなかったか?
(彼は口をいっぱいに開けて見せる。女たちはすくみ上がる)
おふくろ 別に、悪気があったわけじゃなくて、なんとなくそうなったんですよ。
「お前」と「あんた」なんて言ってるうちに。
兵隊 だがそれを仕掛けてきたのはあんたのほうだぞ。ああ、また繰り返す。
とにかくあんたらには油断できんね。少しずつ、少しずつ、あんたらは私らの方に寄ってくる。
それで別にどうってことはないんだが、あんたにも他の誰にも、私はいつもそう言ってるんだよ。
物の分かる連中ならそれでもいいし、確かにそういう連中もいるにはいるが、
私のことを困らせることしか考えない連中が相手ではしょうもない。
(レイラに)
この女は逃げようとした。だがな、私が捕まえなきゃ、他の奴らが捕まえる。
結局は、褒美も拳固も私らのものさ。
レイラ それが私の自然の報い、私の望みです。
兵隊 たっぷりいたわってやるよ。
頭の毛は泥と鼻水でかちかちに固まっている、あばら骨も折られてるから……
兵隊 お前らを昔のように扱えないことは知ってるだろうが。みんな優しい人間であろうとしているんだ。
私だってそうしている。それがどうだ、騒ぎを起こそうとするのはあんたらの方じゃないか。
目覚ましの件は、上の、班長殿の所で話をつけることにしよう。合成樹脂か、大理石か、合成樹脂に決まっている、
村でも市場でもスーパーでも売ってる物は、以前とは変わってしまった。
レイラ ごみ箱で拾うのも酷いものばかりですよ。
兵隊 それだけだって罰金ものだ。ぶっ壊れたわけのわからんものを持っているだけでもいけないんだぞ。
それで家中いっぱいにするなんて、正気の沙汰じゃない。もちろんあんたらが今住んでるのは、本当の家ではないが、
それでも住処には違いない。放浪の民か! 私らはあんたらの所へ文明を持ってきてやった。
学校だってそうだ、病院だって、兵隊だってそうだぞ、ところが、あんたらときたら、そんなものはどこ吹く風。
壊れたコップに、壊れた時計か……
(レイラに)
仕度、できたか?
おふくろ 毛布を持っていきな。
レイラ (一枚の毛布を見せて)これ?
おふくろ それじゃない、それじゃ、まだ穴のあき方が足りないよ。
兵隊 (おふくろ)一番穴だらけなのを持たせるのかね?
一番いいのは、夜になったら大きな穴の中に、ぐるぐる巻きになって入っちまうことですよ。
いや、本当の一番の理想は、風と肥やしの臭いしか通らないような穴を一つ、この子が見つけりゃいいんでね。
兵隊 もう、あんたらのいいようにしなさい! だが、この子が本当に、ぴったりの穴が欲しいと言うなら、
私と同僚とで、一つ見繕ってやってもいいんだぞ。大きさはこれだけ、形はこれこれとな。
まあ大体のところ、どれくらいのものをどうやって手に入れたらいいかは分かる。安心しなさい……
(彼は退場する。おふくろは一人きり残る。それから兵隊が再び登場。
物凄い形相をし、一人きりで、毛布を引きずりながら)
回教徒の女か! お前らの狡猾さ、私が知らないと思うか! いつだったか---いや、昔はずいぶんふざけたもんだ---あれは、祭りの時だった。
私はシーツと雑巾でアラブ風の淫売に変装したことがあった。するとどうだ、一発で私にはあんたらの頭のできが分かっちまった。
いや、もしまたあんな機会があったら、私は怪我もしたし、娘が二人いる身だが、喜んでヴェールをするつもりだ。
(言いながら、彼は頭から毛布に包まる)
(オレンジ園、実をつけたオレンジの樹は曇った空を背景に描かれている)
ハロルド卿は乗馬ズボン。ブランケンゼー氏も同様。ブランケンゼー氏は背が高く、恰幅がよい。
腹と尻が大きく出ている。頬髯と口髭を生やしている。黒と黄色の縞のズボン、紫の上着。
アラブ人労働者は、ヨーロッパ風の背広を着ているが、色はばらばらである。
二人の植民地の管理者---ハロルド卿とブランケンゼー氏。
三人のアラブ人労働者---アブディル、マリク、ナスール。
ハロルド卿とブランケンゼー氏は、
アラブ人労働者が並んで雑草取りをしているのを注意深く見つめている。
お話はコルクの木のことだったのだが……
ブランケンゼー氏 (自慢げに)勿論、私のコルクの木です。だが、私のバラの話の方が先だ。私の自慢の種ですからな!
とにかくあなた、私のバラ園ときたら、まずアフリカ随一でしょうな。
(ハロルド卿の仕草を見て)いや、いいや、道楽ですよ、私はバラのおかげで破産ですわい!
私のバラ、踊り子達というわけです。(笑う)嘘だと思うなら、いいですか、私は夜中に起き出しては、
あの娘たちの匂いを嗅いで回るほどでしてね……
ハロルド卿 (草むしりを止めたアブディルとマリクを見て)
夜中に? 夜中に出かける?
ブランケンゼー氏 (いたずらっぽく微笑んで)勿論、簡単にはいきません。だが、これには策があります。まぁ、真っ暗で見えませんからね。
それでも私としては、バラの花たちを呼んで撫でてやりたい。そこでバラの木の一本一本に、音の違う鈴をつけるようにしました。
というわけで、夜でも、私には、あの娘達が、匂いと声とで見分けがつくと言うわけです。ああ、私のバラ!
(抒情的に)堅い茎に三角形の棘のある、直立不動の兵隊のような厳めしい茎の上に咲く、美しいバラ!
ハロルド卿 (ぶっきらぼうに)それじゃ風の強い日には、まるでスイスにいるみたいでしょうな。鈴をならす牛の群れで。
(同じ口調で、アブディルに)いいな、ここではお前らの議論は一切意味がない。
止めることだ。アラブ人はアラブ人なのだ。文句をつけるなら雇う前にしろ。
別の男を連れてくればよかったのだ。
しかし、仲間のポケットから物を盗むのがいいことだって言うんですか?
私たちは泥棒と一緒に働くのがいい、同じ地面の上に、同じ姿勢で、奴と一緒に屈みこむのがいいと?
奴につられて、私達の体の中に盗っ人根性が蘇ってこないっていう保証なんか必要ないっていうんですか?
ハロルド卿 前もって私に知らせた者がいたか?
今となっては、奴は私の使用人の一人、私はこのまま奴を雇っておく。
誰も私に何も言わなかったぞ。
(沈黙)
アブディル 私達だけで片がつくと思ってましたがね。
ハロルド卿 (憤慨して)なんでそんな事をやらかすのか?
この私がお前たちの主人じゃないとでも言うのか?
マリク オー、イエス、オー、イエス。ハロルド様は私達の親父ですよ。
私達がその子供じゃなくて残念ですがね。
ハロルド卿 (遠くを見つめて)どこにいるんだ?
マリク 畑の中で土をほじくってますよ。林のほうで。見えるでしょう、あの赤いの、奴の上着の赤です。
ハロルド卿 (かんかんになって)村八分じゃないか!
お前達が奴を村八分にした!
しかも私が命令もせんのに……一言の相談もなく……
木の上に掛かってるのとか、芝生に置いてある上着に。
それは奴の勝手だ。だが仕事のほうも、さぼるわ、いい加減だわ……
それにあいつの体臭ときたらお話にも何にも。二歩手前に来られた日にゃ、もうお手上げです。
働いてるみんなが汚されちまう、全く……
ハロルド卿 村八分とは! しかも私の命令も待たずに! あの男を呼べ。
(叫ぶ)サイッド!(他の男達に)私からはあの男、何も盗んだことがないぞ。
第一、そんな事を考えないほうが奴のためだ。奴がお前らのものを盗もうが、盗むまいが、
またお前らの気に入ろうが、気に入るまいが、あの男はお前らと同じアラブ人じゃないか。
彼は働く、そして私が彼を押さえておく。彼はお前らと一緒に畑を耕すのだ。
(まだかなり遠くにいるはずのサイッドに向かって)聞こえるか、私の言うことが?
仕事に関しては、仕事の間中、お前らは仲良くやってもらわねばならん。
一列に並んでな、鍬をふりながら太陽の方向に進むのだ。分かったな。
喧嘩はだめだ。ここでは、お前達は私の土地にいるんだ。
家に帰ったら、いくらでも七面倒くさいことをやってくれ、それなら一向にかまわん、
それどころかお前達の権利だからな。好きなだけややこしい道徳だの何だのを振り回すがいい。
これも分かってるな? それではと、そろそろ夜になる。夕闇が近付いてきた。家へ帰るがいい。では失敬。
(三人のアラブ人は、鍬を肩に担いで、一列になって去る。
彼らの姿が消えてから、ハロルド卿は叫ぶ)
アブディル! ナスール! サイッド! マリク! 明日の朝は四時から仕事だ。まだ土が湿っている間にな。
(ブランケンゼー氏に)
どうです、悪くないでしょう、奴らを一人一人名前で呼ぶのは。こいつを忘れちゃならない。
アブディル……ナスール……サイッド……マリク……
しかし、用心が第一ですぞ。遅かれ早かれ、奴らがあなたに刃向かう時が来ないとも限らない……
そうして恐れもなしに答えが返ってくる時がね……
ハロルド卿 危険な仕事です。奴らが答える習慣を身につけると、やがて反省する習慣も身につけるでしょう。
しかし、それにしても……私はあの連中を三百人から使っています。
もはや馬の鞭で言いなりにするわけにもいきませんしね。慎重にならなくては。
(アラブ人達が去った方向を見て)
あのサイッドですか? あれはあれでなかなかいい所がありましてね。
まあ、要するに他の連中と大差はない。別に特に悪いってわけでもないんで。
(二人はあちこちうろつきながら話し続ける。だんだん夜になる)
ブランケンゼー氏 武器はお持ちですな、言うまでもなく。(ハロルド卿は拳銃のサックを叩いて見せる)
あなたの所に、監督は来ているのですかな?
ハロルド卿 来ていますよ。しかし、どうもあの連中の言うことは信用できなくなってきた。どうも、理想主義的でね……
(二人が話している間に、一人のアラブ人が背をかがめて登場。
背景の一本一本のオレンジの木の根元に、チョークで黄色い炎の絵を描き、去る)
ブランケンゼー氏 私は全部ライン川の流域で集めてきました。
規律と、忠誠心……騒ぎを起こすのは決まって人夫達ですな。
ハロルド卿 あなたの国は……?
しかし女房の家の方から言えばもっと最近のことです。
あれの父親は官吏でしたからな。郵政省で。(間)
これだけは言えますな。私達のような人間こそ、この国を作った人間なのだと。
ハロルド卿 栽培していらっしゃるのは、コルクの木でしたな?
ブランケンゼー氏 十万五百十二株です。(ハロルド卿、驚嘆の仕草)
まぁ、酷く安値をつけて売るポルトガル人の件を除いて、万事好調ですな。
いや、それから、だんだんプラスチック製の栓を使うようになってきていること。
確かにその方が長持ちするが、葡萄酒やミネラルウォーターには使えないし、
それにコルクから生まれる葡萄酒の風味と言うのもね。
私の栓抜き工場、あれの閉鎖は避けられなかった。
ただ一つ、望みがありました。街では騒音の気違いじみた増加に伴って、人々は壁にコルク板を張ることを考えた。
残念ながら、これも束の間の希望でしてね。騒音防止の戦いが一層強化されたし、
新しい防音設備が---勿論合成材で---使われるようになりましたしね。
ハロルド卿 新しいのはどういうやり方で?
ブランケンゼー氏 コルクの粉を圧縮したものですよ。
(また別のアラブ人が登場、前の男と同じやり方で、オレンジの木の根元に炎を描く)
ハロルド卿 それならまだいいじゃありませんか。
しかも何の木のおが屑だと思いますか。
カラマツですよ! 味噌も糞も一緒とはこのことです。
しかし一番重要なのは、バラ園を救うことです。
人々は、現在も未来も、私達の悪口を言い続けるでしょうな。
しかし、その私達のうちの最も取るに足らん男のおかげで、
ここにはかくも美しいバラ園が誕生したではありませんか!
(彼は多少咳込んで、それから微笑み、ズボンを緩める)
私のクッションですよ……
ハロルド卿 (興味を惹かれて)おやおや、クッションですか。後ろ側にもありますな。
ブランケンゼー氏 釣り合いを取るためです。私の年の男が、腹も尻も出ていなかったら、まず何の魅力もありませんしな。
その為に、少々トリックを用いる必要がある……(間)大昔なら、かつらがありましたが……
ハロルド卿 うんざりするのは暑さと、ベルトですかな。
ブランケンゼー氏 いえ、そこはうまくやっていますよ。ベルトなんてものは無きに等しい。
こんなものは前と後ろに詰め物をしたパンツだと思えばよろしい。
おかげで威厳が出ます。
ハロルド卿 しかし、女達が……
ブランケンゼー氏 とんでもない、知りやしません。用心は怠りませんからな。
(ため息)このトリック、我々の主張を通すためには……
奴らの尊敬の念を呼ぶにはどうしても必要なのです。
しかし、今日あなたの所にやってきたのは、防衛を協力してもらおうと思いましてね。
この地方一帯が、騒然となりだしている。(タバコの箱を指し出し)いかがです?……火は?
(第三のアラブ人が、先程と同じように登場。炎を描く)
例の監視人が回っているにもかかわらず、毎晩電柱が二十本、三十本と切り倒されていく。
まぁ、電柱は木みたいなもんだと言えばそれまでだが、やがてはオリーブの木に手を出すでしょう。その次はオレンジの木、さらに……
ブランケンゼー氏 (続けて)コルクの木ですな。コルクの木は好きです。人間達がコルクの皮を剥ぐために幹の周りを回るときです。
あのコルクの木の年を経た林ほど美しいものは無いでしょう。そして、木の肉が現れる時といったら、
あの生々しく、血の滴るような肉! 人々は我々のことを、我々がこの国に対して抱いている愛情を嘲笑するでしょう。
だがあなたは(彼は言いながら感動して)あなたはよく知っているでしょう。我々の愛情が本物であるということが。
この国を作り上げたのは我々であります。断じて彼らではない!
彼らのうちに一人でもこの国について、我々のように語れるものがいるなら
ぜひ連れて来て欲しいものだ。それから、私のバラ園について語れる者もだ。
ハロルド卿 バラについて是非一言お願いします。
ブランケンゼー氏 (詩を朗読するかのように)真っ直ぐにして、堅い茎。
活力に満ち、艶やか、そして棘。
ダリヤを冷やかすようにバラを冷やかすことはできない。
この花が冗談事では済まされないことを、棘が語っている。
この花を守るおびただしい武器。
兵士、国家の元首といえども、この花は敬わねばならない。
我々人間は言語の主人である。
バラに手を出すとは、言語に手を出すことである。
彼らの復讐の仕方は低劣です。偉大なものに攻撃を仕掛けると言うのだから。
(四つんばいで一人のアラブ人が登場。彼はオレンジの木の根元に描かれた火に息を吹きかける。
二人の紳士にはその姿が目に入らない)
ブランケンゼー氏 ドイツのオペラで、何だったかは忘れましたが、こういう台詞を聞いたことがありますな。
「物事は、それをより優れたものにすることのできる者たちのもの……」
あなたのオレンジ園をより優れたものにしたのは誰か、私の林は、バラは?
バラとは私の血のようなものだ。一度は、軍隊が、とも考えたんだが……
(第二のアラブ人が、第一のアラブ人と同じようにして登場。火を掻き立てる)
ハロルド卿 お人がよすぎる。塀の後ろにこそこそ隠れるにきび面の男と同じでね、
軍隊ってものは、自分で自分を可愛がる以外に能がない。
何よりご自分が大好きでね……
(辛辣に)
バラのことなどとてもね……
ブランケンゼー氏 ずらかりますか?
ハロルド卿 (堂々と)私には息子が一人ある。しかし、その一人息子に譲るべき財産を守るためには、
その息子をもあえて犠牲にするのも覚悟のうちだ。
(第三のアラブ人が這いながら登場、彼もまた、オレンジの木の根元に描かれた炎に息を吹きかけ、手であおる。
ハロルド卿とブランケンゼー氏は去る。またも、這いながら、五、六人のアラブ人が登場。
前の連中と同じような服装をし、炎を描いては、それに息を吹きかける。サイッドは彼らの中にはいない。
木の燃え上がる大きな音。ブランケンゼー氏とハロルド卿が再び登場。
二人は議論に熱中していて、異変は目に入らない様子。放火していた男達は去る)
ハロルド卿 (乗馬の鞭を手でもてあそびながら)それに第一、仮に我々にその意思があったとしてもですよ、
どうやって、我々にですよ、この微妙な区別がつくのです? 泥棒のアラブ人と、泥棒でないアラブ人と。
もしヨーロッパ人が私の物を盗めば、そのヨーロッパ人は泥棒だ。だがアラブ人が私の物を盗んでも、彼は全く以前と変わらんのです。
それは、全く、単に、アラブ人で私の物を盗んだ奴だと言うだけで、それ以上の何者でもない。
そうはお考えになりませんか? (ますます大声で興奮して)不道徳の人間には所有権など存在しない。
エロ小説を書く連中はそれをよく知っている。奴らは絶対に裁判所に、別のエロ小説家があれの……
つまりいやらしい場面を私から盗んだ、などと訴え出ることはありませんからな。(ブランケンゼー氏はげらげら笑う)
不道徳には所有権なし、これが公式ですな。(ますます大声で、空気を激しく吸い込んで)ジャムの匂いがするな。
ただ私が言うのはです、どんな場合も彼らの道徳というものは、我等の道徳に重ねるわけにはいかないということです。
(突然不安になって)いや、この点については、奴らの方も分かっていますよ。さっきも例の三人が仲間の一人が泥棒だと分かっていながら、
私にそれを告げるのに、どれほど躊躇ったことか!つまり……どうも臭いな、これが……
それにあのサイッドも、評判はますます高くなるばかりだし。私としては、あの時……
(二人は去る。前と同じように這いながら、十人、十二人のアラブ人が登場、
炎に息を吹きかけ、大きな炎を描いて、全ての木を炎で覆い尽くす。
ハロルド卿とブランケンゼー氏は再び登場)
ブランケンゼー氏 (二人とも議論に熱中して)よくできた政治です。しかし、軍隊が介入するのは、己の意に反してですからな。
軍とは、猟犬が獲物を求めるように敵を求めるものです。私のバラやあなたのオレンジが危険だからといって
軍隊にとっては痛くも痒くもない。必要とあらば、何もかも手当たり次第に荒らしまわり、
気違いじみたお祭りをやらかそうってのがおちでね……
ブランケンゼー氏 どうしたというんですかな?
ハロルド卿 ……気が付いておくべきでした。(間)いつの間にか、奴らは私の皮の手袋が持っている例の監督の魔力を
信じなくなっていたのです。(さらに気がかりな様子で)私の手袋自体、とうの昔に、私に情報をよこすのを止めてしまっていた……
ブランケンゼー氏 あの馬鹿者どものおかげで、利口になるのはこっちの方ですわ。
(刑務所。サイッドは右手の奥に横になっており、レイラは左手にうずくまっている。
中央には椅子があり、看守が眠って、いびきをかいている。
後に、ブランケンゼー夫妻の部屋の窓とベランダに変わる。
高い部分には空色の背景。外人部隊の兵士達が武装を整える場所である)
誰もあんたのシャツ下に隠した缶詰の出っ張りなんか気が付かなかったのに。
サイッド (同じように優しく)お前の言い分が正しければ、なお悪いよ、
なぜって、お前は逃げる手段を、そんなことができなくなってから教えてくれようってんだから……
前もって言っておいてくれなきゃ……
レイラ あの時、私はもう捕まっていたんだもの。刑務所に閉じ込められていたんだもの。あんたに教えることなんてできなかった。
サイッド 教えてもらいたくなんかないさ。ただ、俺を導いてくれることはできるはずだ、
今じゃお前の姿は見えないし、遠くにいるんだから、厚い壁の向こうで、
……そう、白い壁……滑らかで……無常で……遠くにいて、姿は見えず、手の届かないお前、俺を導くことはできたはずだよ。
レイラ それじゃ、あれは腐った卵なの?
サイッド 荷物の中身か?
レイラ あんたの頭の中身よ。泥棒の脳味噌、腐った卵の臭いかしら?
サイッド それじゃお前の方は、一番臭いのは一体どこだ?
レイラ (うっとりして)私! 私がそばに行っても、雷に打たれたように倒れない人なんかいるかしら?
私が行くと、夜までたじたじになって……
サイッド (うっとりして)逃げ出すか?
レイラ 小さく……小さく……本当に小さくなってしまう。
五人の外人部隊の兵士がうずくまっているのが見える。
彼らは立ち上がる。中尉が帽子をかぶらずに登場して、その将校の帽子をかぶる)
中尉 ……すぐに熱いコーヒーを出すこと。貴様達、担架部隊は携帯用の祭壇を分解する、
それから、従軍司祭、あんたは白い着物と、十字架と、聖杯と、聖体入れを、手荷物の中に。
(中尉は肩帯をかける)手袋!
(兵士の一人が左手から登場。グレーの手袋を手渡す)白の。
(兵士はいったん姿を消すが、白い手袋を持って登場、敬礼して退場。中尉は手袋をはめる)
精一杯にだ。これ以上はとてもいかんという所まで興奮、熱中するのだ。興奮して……かつ固いやつだ!
貴様達の愛のベッドは戦場である……戦場の場合も、恋愛と同じだ!
戦いに臨んでは、身を飾る!……諸君のもつありとあらゆる飾りを用いてである。
(左手のほうをじっと見て)……貴様達の親元に、金の腕時計やメダルの、血のこびりついたやつを、
いや精液もついていたほうがいい、送り届けてもらうのだ。俺の望みはな、プレストン!……ピストルを……俺の望みは、
貴様達の帽子のつばが、俺の長靴よりも光り、マニキュアをした爪よりも艶を出すことだ。
(プレストンと呼ばれた兵士が登場、さっきの兵士とは別。ピストルの
入ったケースを中尉に差し出し、退場。中尉は話し続けながら、それをベルトにつける)
……貴様達のボタンも、バックルも、ホックも、何もかも、俺の拍車と同じく、光っていること。
戦は恋だ、貴様達の上着の裏地に、縫いつけておいてもらいたい……女のヌードを、
貴様達の首の周りには細い金の鎖が、金メッキでも構わん
……髪の毛には艶やかなヘアクリームを、尻の毛にはリボンを
---勿論生えていればの話だ。いや、何を言うか、兵士たるもの、すべからく毛深い男たるべし!---
そして、素晴らしい美貌の……プレストン!……双眼鏡。
中尉はその革紐を首にかけ、それからケースを開き、双眼鏡で周囲を観察し、
それをケースにしまう)
毛深く……素晴らしい美貌の青年だ! いいな、忘れてはならんぞ。
優れた兵とは、勿論勇敢な兵には違いないが、何よりもまず、美貌の兵でなければならん。
したがって両方の肩は完璧な形をしていること、必要とあらばパットでも入れて非の打ち所のない肩にするのだ。
首筋にはたくましい筋肉。首の筋肉の体操をすること、即ち、ひねる、いきむ、息を抜く、ねじる、吊るす、握る、
いっぱいにしごく、はちきれるまで……腿は太く、かつ、堅いこと。見せ掛けでもよい。
膝の高さ、ズボンの中に……プレストン!……長靴!……
(プレストン登場。上官の前にひざまずいて、長靴を磨く)
……ズボンの中に、砂袋を入れて、膝を膨らませればよい、
とにかく、神々のように見えることだ! 貴様達の鉄砲も……
声 なんだ、なんだ! 神々のズボンの中に砂袋だと!
ズボンに屑をつめた神様か、ええ、聞いたかよ、お前ら。
(軍曹が現れ、中尉に敬礼する。
彼の上着のボタンは外れっぱなしだが、彼は一向に気にかけない。
そのズボンの前も半ば開いている)
中尉 (そのまま続けて)貴様達の鉄砲も、ワックスで、やすりで、艶出しで磨き、
その銃剣は至高の宝、王冠の花、銃剣こそ、その非常なるはがね、より冷酷だ、軍曹の目よりも・・・・・・
軍曹 (気を付けをして)はっ、隊長。
そして恋だ。俺は望む、戦争とは疾風怒濤の乱痴騒ぎたるべし。
勝ち誇って目を覚ますのだ。俺の靴をもっとよく磨け。
貴様達はわが国の恐るべき槍、自分から交わることを夢見ている槍なのだ。
ぴかぴかになるまで磨け、プレストン!
俺は望む! 太陽の下での戦争と恋を!
そうだ、はらわたを太陽にさらすのだ。
了解?
軍曹 了解。
中尉 分かったな?
声 (どこかから)分かりました。
中尉 我々は夜陰に乗じて接近する、しかし、中に入るのは夜明けを待って、太陽の光が輝いたときだ。
血が流れるだろう……貴様達の血か、敵の血か。どちらでもよい。貴様達は流れる液体に心動かされるはずだ、
どこから出ようと、出所の泉が何であろうともな……ワルター、貴様はどうだ?
ワルターの声 (どこかから)両手両足を切断されて、俺の血が四本の噴水になって吹き上がり、
俺の大きく開けた口の中にふってきたら……
(このとき、レイラとサイッドと看守のかすかないびきが聞こえる)
中尉 よし、エルナンデス、貴様は?
エルナンデスの声 いや、俺のじゃない、俺が引き裂いてやる腹からだ、
血が物凄い勢いで噴出してくる!
ブランディネスキ 血です、まさに、隊長。俺の血だ。あんたの血だ。敵の血か。石の血か。とにかく、血です。
中尉 用意はいいか?
(ブランケンゼー家)
声 準備完了。
中尉 罵りの言葉はどうだ? 我々がまだ遠い所にいる間は、貴様達の最も野蛮な罵りの叫びを、思い切り響かせるがいい。
(軍曹に)軍曹! 貴様の部下は、外人部隊特有の罵りの言葉を、せいぜい研ぎ澄ましていると思うが、どうだ?
男はすべからく、叙情的、かつ現実的、かつ恋する若者であってもらいたい。(突然、静かで優しい口調で)
しかし諸君、この丘の彼方、諸君がぶち殺しに行くのは人間であって鼠ではないのだよ。ところで、アラブのやつらは鼠である。
白兵戦の際、一瞬でいい、奴らをしかと見つめることだ---勿論、奴らがその余裕を与えてくれたらの話だ---
それによって、奴らの内に潜む人間らしさを、とっさに見出すのだ。それができなければ、諸君は鼠を殺すにすぎん。
諸君のする戦争も恋愛も相手はただの鼠という理屈だ。(憂鬱に、ほとんど意気阻喪したかのように)了解?
軍曹 (タバコの箱を取り出して)
(彼はタバコを一本取り落とす。中尉がそれを拾って軍曹に渡す。
一言も口をきかずに、軍曹はそれを口にくわえる)
了解。
軍曹 (プレストンが中尉の長靴を磨いている間に、中尉は双眼鏡であたりを見回す。
軍曹は、落ち着いて、ズボンと上着のボタンをはめる)分かりました。
レイラ (目を覚まして)あんたのほうで用心しなくちゃ。ずるくやらなくちゃ。
サイッド (目を覚まして)だが、逃げ道を教えてくれるのはお前の役目だろう。
逃げ道、神様がふさいじまう前に。全くお前は役立たずだな。
レイラ (皮肉に)了解?
サイッド 了解。
レイラ (同じ口調)分かった?
サイッド 分かった。
レイラ あんたに恥をかかせるのを別にすればね。
そのくせ、私が、あんたと監獄で一緒になるためにしなくちゃならないことをするのは
ちっとも不自然じゃないと思うのね?
サイッド (苛立って)不自然なことがあるものか。
俺の恥が、俺の影のように、俺の横を、後ろを、一緒に歩いて輝くのは当たり前だ。
(間)なあ、どうしてお前、あんな小さな裏の道を通ったんだ、国道を通らないでよ?
国道を通れば、人には見られるが、誰も気がつきはしない。
裏の道を通れば、お前が盗みを働いたことはすぐ嗅ぎつけられちまう、
そうだろうが、いかにも泥棒をいたしましたって臭いなんだから。
レイラ あんたの言い分は正しいけれど、いつも手遅れよ。私と結婚したのも、私がみっともない女になった後だもの。
(間)あんたの方だって、それじゃ、どうして乾物屋のレジにあったお金、盗まなかったのよ?
おかみさんが、石鹸を全部売ったお金があったのに……
タピオカの包みを勘定している。手伝ってやんなきゃならなかった。
レイラ (大げさに同情して)でもあんた、数の勘定なんかできないのに。可哀想なサイッド。
サイッド 俺は読み書きはできない、勘定はできる。
(間)
レイラ 私が怒りっぽくて、意地悪なのは……(間)ねえ、サイッド……
サイッド 畜生。
レイラ ねえ、サイッド……今じゃ、私、ちゃんと乞食ができるよ。
サイッド (感心して)乞食が? やっと今夜になって、それを言うのか?
看守 (目を覚まし、立ち上がり、太い下品な声で)……相も変わらずおしゃべりか、二人でがあがあ、
お前らのおかげで、わしゃ毎晩ひどい目にあう。看守長は、それでもお前らを端と端に分けて入れたんだ。
ひそひそ他愛もないことを言うに決まってるからな。案の定、お前らのお喋りは、あっちからこっち、こっちからあっち、
わしの耳を通り抜け、藁の上に寝ている泥棒や淫売屋のおかみさんの耳を通り抜けて、行ったり来たり。
たまには、夜にも休ませてやれや。夜の方にしたって、ちったあ静かな時が欲しいだろうに。
回教徒のこの国の隅から隅まで、どこでもそうだ。暗闇の中でひそひそ話す、枝がピシッと折れる、ライターが音を立てる、
オリーヴの木に突然火がつく、きな臭い匂いを残してうろつく連中、叛乱……お前ら二人は、その中で、ぼろをまとってさ
……二人ともいつになったらやめる気だ……その歌……
(眠り込む)
ただ一つの光り、それを、お前の腐った歯、汚らしい目、くすんだ肌が俺に持ってきてくれる。
お前のその途方もない目、見当もつかない目、片方はリオ・デ・ジャネイロに向いているのに、
もう片方は茶碗の底に沈んでいく。これがまさにお前ってやつさ。
それからお前のくすんだ肌、小学校の教師が首に巻いていそうな、古ぼけたマフラー、お前だよ、まさに。
俺の目はそこに釘付けになって……
レイラ (優しく)あんたの思い出も釘付けになってる、あんたが私のことを根掘り葉掘り聞き出すと、
親父さんがだんだん安い値段にまけていった時に、そうでしょう?
あんたはほっとしたわ。だって一文無しだったんだもの。
野菜の屑でももらうように、あんたは私を手に入れた……
サイッド (ふさぎこんで)お前の親父も、俺も、すぐに、一番安い値段に落ち着いちまった。
レイラ それでも私だって、ずいぶん一生懸命になって、あんたの言い値の所まで下りるようにして来たのよ、
しかも茶碗に入れた牛乳みたいに綺麗な物の底に沈んだわけじゃないわ。
今は、一人っきりであんたの言う所へ降りていく。そうよ、スカートを捕まえててくれなければもう間に合わないかもしれない。
サイッド 一体まだお前の中に、他人がお辞儀をするようなものが残っているのか? もしあるって言うなら……
レイラ 勿論あるわ、でもそれにお辞儀をする人は……よっぽど肝のすわった人。
(間)
私のこと、一度もぶったことなかった?
サイッド 毎晩、毎晩、俺はその練習ばかりしている。ここから出たら、必ずお見舞いするからな。
(沈黙。人の声が聞こえる)
そうとも。もう一度やるんだったら、鎌で背中をやっつけるようなことはしない。
俺は正面から近付いてやる、にこやかに笑いながらな、
そうして、あの女の好きな、造花を渡すんだ。紫色のビニールでできたあやめの花だ。尾の女が礼を言う。
映画に出てくる金髪の姉ちゃんだって、俺がそこで言うような馬鹿げた台詞は聞いたことがあるまい。
しかも甘ったれた笑顔でそれを言うんだぜ。とにかく俺の……
レイラ (感にたえて)あれは誰?
看守 (ぶつくさと)死刑囚だ。お前のおふくろを殺した奴さ。
声 ……俺の長口上が終わり、あの女がバラの匂いを嗅いでそいつを髪の毛にさす。その時初めて、俺はあの女の……
(次第に声は興奮し、台詞の最後の方では、詠唱のように、歌のようになる)お上品に腹を開けてやる。
いとも上品に、そのスカートのカーテンを持ち上げ、はらわたが流れ出すのをとっくり見てやる。
俺の目は、指が宝石をもてあそぶようにそいつをもてあそんでやる。
そしてその喜びを、俺の目は、おふくろの錯乱したまなざしに向かって、しつこく語ってやろう!
(沈黙)
サイッド (憂鬱になって)あいつは歌を歌える所まで来ているんだ。
看守 (乱暴に)歌を歌わなきゃならん所までだ。お前みたいな、小者は黙っとれ!
(沈黙)
(ハーモニカが何かのメロディーを吹くのが聴こえるレイラとサイッドは目を瞑る。看守はいびきをかく。
明かりがつく。ブランケンゼー氏の家の居間。ブランケンゼー夫人は窓の方に立っている。
彼女は手にピストルを持ち、自分の前方を狙っている。ブランケンゼー氏は、部屋の中で何かを探している。
夫人は紫色の部屋儀を着ている)
ブランケンゼー夫人 (言葉を遮って)お消しなさい。
(明かりが消える。二人は薄暗がりの中で探す)
ブランケンゼー夫人 (ひそひそと)「ド♯」の鈴よ。
ブランケンゼー氏 (同じ芝居)誰かさわったんだ。ジョフル元帥夫人に……
ブランケンゼー夫人 場所はどこです?
ブランケンゼー氏 入り口のそばだ、ユーカリの木の下に当たる……(間)野兎が揺らしたのかもしれん
……(長い間)いや、心配することはないよ。バラ園にはいたる所に罠が仕掛けてある。
わし自身、通路という通路に狼用の罠を張っておいた。(歯軋りをして)お前の歯がバラを噛むのと同じだよ。
わしの罠の鋼鉄の歯は---いいかね、茂みと通路を合わせて五十近くは罠を仕掛けてある---
お前もそうは思わんかね、この鋼鉄の顎は、これ以上とても待ちきれんのじゃなかろうか。
そろそろ、がっぷりと噛みつかなきゃ収まらんよ。
ブランケンゼー夫人 (感動して)まあ、あなたったら。
ブランケンゼー氏 怖いのかね!
ブランケンゼー夫人 あなたがついていますもの。(間)今朝、アラブ人達の町で、何か騒ぎでも起こしそうな動きがありまして?
ブランケンゼー氏 全ては動いているよ。あまりにも平静であるために、全てが恐ろしいスピードで動いているとさえ言えそうだ。
ブランケンゼー夫人 私達を怖がらせようっていうんですわ。
ブランケンゼー氏 さもなければ、奴らが怖がっているのか……
ブランケンゼー夫人 同じことじゃありませんか……何かが動いているわ……
奴が、わめくまいとして歯を食いしばっているかどうか、いやそれに、
なぜ、鋼鉄の歯が一つ一つわめき立てんのか……(何かを探している様子)どこに一体……
ブランケンゼー夫人 ええ? あなたのクッション? 今朝、部屋の掃除をする時に、女中に見つかってしまいましたよ。
直すのに、持って行ってしまいましたわ。
ブランケンゼー氏 (がっくりきて)見つかったと!……持っていった!……直すためだと!……
ブランケンゼー夫人 お忘れになったのがいけないんですわ。あなたの責任よ。
ここの所、あなたったら、あれをするのを忘れて引きずって歩いているんですもの。
気の緩みよ、こともあろうに今みたいな時に……
ブランケンゼー氏 で……女中は、気がついたようかい?
ブランケンゼー夫人 あの連中、ますます狡賢くなっていますからね。
私はあの娘に話し掛けて知っていることを聞き出そうとしたの。
ずっと後をつけてね。植え込みの後ろを歩いていくから、先回りしてやろうと思って。
近付いていきましたわ、何食わぬ顔で。そうしたら……誰にぶつかったと思う?
ブランケンゼー夫人 兵隊のアルトマンですよ。
ブランケンゼー氏 何の用があったんだ、あの男?
ブランケンゼー夫人 なんだか口の中でもそもそ、馬鹿みたいに、いつもと同じで、逃げちまいましたわ。
(ブランケンゼー氏は肩をすぼめる)
……お出かけになる?
一体わしは、バラたちの中にいてどんな風に見えているんだろう?
あれたちがわしを見るときはいつでもわしは……
ブランケンゼー夫人 夜ですわ。
ブランケンゼー氏 なおいかん。わしのクッションは、わしの威厳の重要な部分をなしている。
わしの長靴も同じだ。長靴がなかったら、わしに匂いを嗅いでもらうために、バラはどんな香りを放ったらいいのだ。
それにもし万一、罠に掛かった獲物がいて、今にも死にそうな有様だとしたら……
ブランケンゼー夫人 (同情的に)分かってますわ、あなた。私がかつらをかぶっていないようなものですわ。でも、夜なんですから……
(甘えて)私の所へおいでになる時と同じような格好で、バラたちの所へいらしたら、パンツ一丁で……。
ブランケンゼー氏 (興奮して、彼女にキスしながら)
敵は私の周りにいる。わしはもはやクッションを身に付けてはおらん。
尻にも腹にもな……全てがわしらを裏切る、だが、お前がこうしていてくれるから……
ブランケンゼー夫人 (同じように興奮して)愛するあなた。裏切りも昔とは違いますわ。昔は、ひいおばあさんがよく話してくれましたけど、
結婚式の前の晩に、許婚同士が関係を結んでしまったんですって。
男が女を引き裂いて、女の白い衣装の下に、上からは見えない赤いしみが、愛が神様よりも強いことを証明していた。
勿論、神様を信じていなくてはなりませんわ。そして、裏切るのよ。
神聖な朝、女は見違えるように美しく、オレンジの花の冠を頂いて。
看守 (眠りながら)生涯を罪の上でか!
ブランケンゼー夫人 愛の生涯が罪の上に築かれるのよ、そうひいおばあさんが説明してくれたわ。
愛が裏切りで始まるってことはずうっと続いていたんですよ。
ちょうど、今でも守られている秩序の密かな傷口のようなものですわ。
ブランケンゼー夫人 (取り乱して)静かに!……連中がいますわ……
ブランケンゼー氏 (少しも騒がずに)つまり、わしがお前を処女のまま娶り、処女のまま祭壇へ連れて行った、
そのために全てが終わりになってしまったと言いたいのか?
ブランケンゼー夫人 (ひきつけを起こした後のようになって)
愛しいあなた、何もかも終わりよ……
(ブランケンゼー夫人が、興奮のあまり、ピストルを発射する。
明かりが消える)
レイラ (のど声で、通りで野次馬に呼びかけるような喋り方で)
誰だい……誰だい? 骨抜きの、骨の外れたサイッドをまだ見てないなんていう人は?
こいつは血を泡をふき、鼻水も血みどろ、体の穴っていう穴から垂れっぱなしだ。
まだ見てない人はどこのどなた?
サイッド (同じ調子)あっしのかみさんが逃げ出す所を見てないってのはどこのどなただ---さあさあ、見てったり見てったり---
逃げると言っても石の下から逃げるんじゃない、何に隠れて逃げるか当ててごらん、雨あられとふる拳固の下を……
レイラ (台詞を言うたびに、相手より大きな声で怒鳴ろうとする)
あたいの亭主が背広の周りで……
サイッド 一目散に、頭を下げて、こうがに股で……
レイラ きょろきょろとうろついて、草の茂みを四つんばいでやってくる、その腹ん中に何もかも掻っ攫ってこようと……
鳩の糞を頭からかぶって、素っ裸でよ、日が昇れば素晴らしい……
レイラ ……なんとも用心深く、すばしっこい、ねぎの畑じゃあるまいか、
それくらいまで青くって、干上がった土みたいに灰色で……
サイッド ……太陽のほうでも、この女、一人でいった方がましとばかり、おいでなさるかわりに逃げちまったよ!
(遠くで機関銃の音)確かなことは、ここにいりゃ邪魔もされず、レイラと喚きあうには都合がいいってことだ。
(彼の言葉は声によって中断される)
声 奥様、こいつは私の自由のためでしてね、
私は、奥様のお腹だけは好きだった、
そこは九ヶ月というもの、この私がバラ色の形を取っていた場所だし、
そのバラ色の魂を、あんたの子宮のバラの花が、皿に肉だんごでも落とすみたいに、
タイルの上に産み落とした。因縁浅からぬ場所ですからね。
今日、俺は、あんたのあまりにも熱すぎる腹から永久に自分を解き放ってやる! あんたの腹を冷たくしてやるのさ!
明日の日の暮れ、一番星が輝く頃に、俺は絞首刑になる。
だが、絞首刑にされる男は、カモシカのように敏捷で、カモシカのように目にもとまらない。
(詠唱する)俺は戦争を知り、戦争のときには、神聖な敗北を知った!
撃て! 殺せ! 光には影が必要なのだ!
サイッド 乞食女は……
レイラ すごい臭い。それが手だもの。お金を使って、悪口を浴びせて、人は逃げていく。
(ちょっとした間)
サイッド お前も乞食をするんだな!
(長い間)
恋人たちよ、黙りなさい。そして、おやすみなさい。
(外人部隊はレイラとサイッドが話している間に、身支度をしていた。
彼らは雑嚢の蓋をしたり、薬包をそろえたりしている。
突然前と同じように、口でまねをしたようなトランペットの音が鳴り渡る。
全員、気を付けをする。彼らは架空の国旗に向かって敬礼をし、それからカーブを描いた後、
非常に遠い地に出発するように、重い足取りで退場する。軍曹はまだボタンをはめ終わらず、一人残る。
椅子の上で、刑務所の看守が体を動かす。サイッドとレイラは眠っている)
看守 (トランペットが鳴り終わったとき、挙手の礼をして)はっ、大佐殿!
(それからようやく目が覚めた様子で、荒い鼻息し、怒鳴る)
また貴様だな、おもちゃのトランペットを吹いたのは、明日の朝、夜が明けんうちに、
看守部屋に引き出してやるからな。
(あくびをし、また腰を下ろして、うとうとしだす。独り言のように)
了解? 了解……分かったな? 分かりました……
(看守は眠る。軍曹は、ズボンのボタンをはめ終わり、それから上着のボタンも全部はめている。
中尉が彼に近付き、一瞬、黙って彼を見つめる)
中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。奴らをやっつけるためにはな。
カスパの裏で待っているぞ。
軍曹 (無気力な声で)用意はいいすよ。
中尉 (軍曹をじっと見つめて)そうだろうと思う。お前の目、ゲルマン人のよりも遥かに冷たい目だ。そして、時には憂愁の影に満ちた……
軍曹 私の目をそんなによくご覧になるので?
中尉 隊長としての仕事だ。私は貴様を観察している……帽子が目の上にかぶさっていない時はな。
下着も何もかも脱いで、裸のままで真っ白なシーツの中にもぐりこむ……(間)
背の高い少女が洗濯物を干しに駆けてくる、その女は走って……
中尉 (厳しく)貴様の目は氷の目だ。貴様は生まれながらの兵士なのだ。
軍曹 (自分の持ち物に手をかけて、それをかつぐ)
走っていく背の高い少女、そうですよ、だが、私が追いつくことはない、それほどすごいスピードでその娘は走る、
今にも追いつきそうになるのに……
中尉 やがて、我々は死とすれすれの所を通る。その女もだ、洗濯物を干しに駆けてきたその少女もだ、
そこを通り越すと、その女も盛りを過ぎたということになる。その歩き方はいささか重くなり、着物の下で息をついているのが見えるのだ。
貴様がその女を女房にするかもしれん。用意はできているか?……奴らは手榴弾で攻撃してくる。
カスパと墓地の間に何とか追い詰めねばならん。貴様は生まれながらの兵士だ。その証拠は、貴様の軍帽のつばだ。
いつでも深くかぶっていて、目が……こちらからは見えん。