法華経を読もう最終更新 2026/09/11 10:051.夕ENGHi天台教学とは関係なく純粋に法華経を読もう。2026/08/29 23:09:58330コメント欄へ移動すべて|最新の50件281.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAUM1cp>>28050本で80万円2026/09/10 09:47:02282.ゆうmiB9M>>281そうなんだ。やすくかんじる。サクラ50本とは大きな神社だね。イチョウの木一本50万以上神木ってわけではないが神社の木は切るべきではないと言う意見があるから中々切ることができない。今、温泉なのでまたあとで(*^_^*)2026/09/10 10:34:04283.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAUM1cp>>282道1本、はさんだ隣にも神社があって、お隣の神社の桜が見事だったので、対抗意識でたくさん植えたらしい。神社は10自治会が当番制で管理をしている。平成22年に当自治会が当番になり、責任者(自治会長)が伐採の判断をしたのだけど、その人が「神社信仰が薄い人」で、何かと「神社の古株役員」と対立していた。2026/09/10 12:27:47284.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAUM1cpつまり、我が自治会長は「神社維持管理に多額の費用をかけたくない。なぜなら、神社というモノは、自治会に臨時徴収したがるからだ」一方、「神社の古株役員」は「さっさと伐採しろ」・・・ということで、もめていた。まあ、伐採の件で臨時徴収は無かったので、我が自治会長がゴネたので、支払い金額が増えただけ・・・・という出来事でした。2026/09/10 12:33:20285.ハジZvePT高野山は脱税してたの?2026/09/10 20:01:27286.夕22KcD>>284>神社というモノは、自治会に臨時徴収したがるからだうちなんて、神社の氏子会費500円上げるだけで大変だ。現在担ぎ手がいないので神輿は出していない。会費と神社総代と自治会長と他少数だが、奉納金をだしてくれているので何とかやっていけている。結局運営側が少しだが金を出している。神輿も地元の不動産やの寄付で、担ぐのが始った。バブルの産物だよ。昔は秋祭りしかなかった。現在、昔に戻そうという動きができている。去年神社の建物の一部土台がやられていたので補修した。70万です。神社30万自治会40万ぐらいの割合で出した。2026/09/10 20:30:30287.神も仏も名無しさんnbJP8神社も衰退だな、😅2026/09/10 20:40:33288.夕22KcD>>287地方は昔に戻っただけだよ。そういう伝統があれば話は別だ。伝統があっても、世界遺産または、繁盛しているところじゃないと、続かない。2026/09/10 20:43:55289.夕22KcDコロナ終息事、渡御をやるかで迷った。近隣の自治会はやる方にシフトしたが。当時の総代は、前提はやる方向で話を進めていた。そして、その判断として、足袋の発注をするんで担ぐ人数がわかる。担ぎ手がいないの当時の総代が担ぐのをやめる判断をした。それに対して文句はなかった。2026/09/10 20:45:10290.神も仏も名無しさんnbJP8農業の豊作とか神社の関係は薄くなってきた感があるかもなー農家じゃないのでわからんけどー😀2026/09/10 20:55:01291.神も仏も名無しさんnbJP8地元新聞で農家が渇水で困っていると知ったので俺が雨乞い祈祷をすると解決したかもーたぶんな😀2026/09/10 20:56:37292.夕22KcD>>290昔は各農家の持ち回りで、宴会を催していたのだろうね。それが集会場とかできて、集会場で宴会をしていた。総会すら、宴会だ。これが徐々にやらない方向に進んだ。時代の流れだと思う。昔はイベントごとが無かったからね。2026/09/10 20:58:05293.夕22KcD>>291有難いことで😊2026/09/10 20:59:12294.神も仏も名無しさんnbJP8今はコメ農家なんか修羅場らしいな経営難でメンタル病むらしいレベル農家が増えているらしいから寺院や神社行事なんかには淡白になってるだろうな😅2026/09/10 21:00:46295.夕22KcD>>294不動産関係で、恩恵を得ているところもあれば、無いところもあるっていう感じだね。そう意味で二極化している2026/09/10 21:02:44296.神も仏も名無しさんnbJP8>>293なんか、よー分からんけど天性のご祈祷能力があるかもしれん父方の先祖の血筋が修験道の系統らしい😀2026/09/10 21:02:49297.神も仏も名無しさんnbJP8>>296兼業経営者としてやれれば安定みたいな感か?😅2026/09/10 21:04:40298.夕22KcD>>296>父方の先祖の血筋が修験道の系統らしいそういうのがあると、興味を持つよね。知る前から興味があれば、何だろう。運命か😊2026/09/10 21:04:49299.神も仏も名無しさんnbJP8家の仏壇に祖母系統のお経がある祖父の代あたりから現在家は元知恩院派浄土宗系統なので、般若心経なんか用がない、祖母の故郷が臨済宗檀家の修験道の関連のある名族出らしい😀それでか〜と最近解った😀2026/09/10 21:08:14300.夕22KcD>>297どうだろうね。スーパーとかに土地を貸せれば御の字だろうね。スーパーが撤退すると後が大変だ。多額の固定資産税がかかる。土地を売る羽目になる。農地のままなら、固定資産税もほとんどかからない。発展してきている土地でどっちを取るかだね。2026/09/10 21:10:31301.神も仏も名無しさんnbJP8今西山派に変えたのでお盆でお経読むがお経本には般若心経はない、西山派は判断を読む派ではあるが家の勤行一式には入っていない般若心経は寺男やってた曹洞宗寺院と近所の無住の真言宗寺院くらいしか般若心経を唱えない、読み方を宗派色で声色を変えて読んでいる😀2026/09/10 21:11:41302.神も仏も名無しさんnbJP8>>298ま、俺は元は修験道はそんなに本気度合いが低かった2003年〜2008年くらいまでは夕に近い正統派志向?だらけだった😀2026/09/10 21:14:43303.神も仏も名無しさんnbJP8正統派瞑想系統仏教をとりま禅定ゲットしたから、もーいいや感になっていた生活で実践ベースになっていた文字やフィールドワークは修験道や念仏に寄っていったけど😀2026/09/10 21:16:10304.夕22KcD>>301じゃ、浄土系も詳しんだ。2026/09/10 21:16:36305.神も仏も名無しさんnbJP8インド中国仏教はとりま、情報収集やフィールドワークは満足したくらいになってた三論宗だけは滅びているので最近まで食べ残しだった😀2026/09/10 21:18:11306.夕22KcD確かに瞑想系はいいやという感じがある。後は坐るだけって感じかな。後は、道元さんが法華信者だということで、法華経とはどういものか。何で、あんなに信仰できるのかと興味がある。2026/09/10 21:18:59307.神も仏も名無しさんnbJP8>>304勤行あげても自動的に天台智顗化してまうのでリアルなのは解ってないな😀2026/09/10 21:19:07308.神も仏も名無しさんnbJP8>>306仏教を解ってきたスレにAIで曹洞宗の肯定と否定とは?みたいなのを検索してコピペしとるから、それがイコール法華経なんだろうなー感はある質問が良いとAI解答もまともなのが出るな、感修行してる感の解答ではないが屁理屈としてはイケてる感じだ😀2026/09/10 21:21:46309.夕22KcD>>307祖先が浄土宗、臨済宗ということは、武士だったんじゃないの?2026/09/10 21:22:07310.夕22KcD>>308>曹洞宗の肯定と否定とは?なにそれ、俺もやってみよw2026/09/10 21:23:54311.神も仏も名無しさんnbJP8AIは質問が上手いと上手く答えるなーたぶん、まーまーいけてるだろう臨済宗系統はAIは無理だろうけど道元禅師の無常、否定と肯定 道元禅師の思想における「無常」、そしてそこから展開される「否定と肯定」は、彼の主著『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を貫く最も核心的なテーマの一つです。道元は、仏教の根本真理である「諸行無常」をさらに深化させ、独自の「存在論」と「実践論(坐禅)」へと昇華させました。その思想の構造は、以下のように整理できます。1. 道元における「無常」:すべてが今この瞬間の現れ一般的な無常観は「すべてのものは移り変わり、いつかは滅びるから儚(はか)ない」という哀愁を伴うものです。しかし、道元の無常観は異なります。有時(うじ)の思想: 道元は「時間は流れるものではなく、存在そのものが時間である(存在=時間)」と説きました。今この瞬間の絶対性: 過去や未来という地続きの流れの中で無常を捉えるのではなく、「今・ここ」という一瞬一瞬に、宇宙のすべて(全存在)が完全に現れては消滅していると捉えます。これを「薪(まき)は薪の法位に住し、灰は灰の法位に住す(薪が燃えて灰になるのではなく、薪の瞬間と灰の瞬間がそれぞれ独立して絶対的に存在する)」と表現します。2. 「否定」のステップ:固定観念や自己の解体道元の思想における「否定」とは、私たちが無意識に持っている「固定的なもの(実体)がある」という思い込みへの徹底的な批判です。身心脱落(しんじんだつらく): 坐禅の本質を、道元は「身心を脱落すること」と言いました。これは、「私」という固定された人間がいる、という自己中心的な錯覚(我執)を徹底的に否定し、削ぎ落とすことです。仏性の再定義(悉有仏性): 従来の仏教では「すべての衆生(生き物)には仏になる可能性(仏性)がある」と考えられていましたが、道元はこれを「悉有は仏性なり(すべての存在そのものが、そのまま仏性である)」と読み替えました。「内に秘められた種」としての仏性を否定し、固定的な本質などどこにもない(無常・空)という事実そのものを突きつけます。2026/09/10 21:23:55312.神も仏も名無しさんnbJP8。3. 「肯定」への反転:ありのままの現実の絶対肯定徹底的な否定(自己の解体、固定観念の打破)をくぐり抜けた先に、道元は「目の前にある、移り変わる現実そのものの絶対肯定」へと到達します。現成公案(げんじょうこうあん): 固定的な「私」や「真理」を否定したとき、目の前に広がる「山、川、草、木、音、色」といった、無常なる世界がありのままに真理として現成(現れる)します。無常そのものが仏性: 道元は「山色渓声(さんしょくけいせい)みなこれ釈迦の広長舌(こうちょうぜつ)」(山の姿も谷川の響きも、すべてはお釈迦様の説法そのものである)と言います。移ろいゆく無常の現実を「儚いからダメだ」と否定するのではなく、「無常だからこそ、その一瞬一瞬が尊い仏の姿そのものである」と大肯定するのです。4. 否定と肯定の統合:「修証一等(しゅしょうっとう)」道元にとって、否定(修行・坐禅によって自己を無くすこと)と、肯定(すでに悟っている現実の顕現)は別々のものではありません。「悟るために修行する」の否定: 「まだ悟っていない自分(否定)」から「悟った自分(肯定)」へ向かうという段階的な見方を否定します。「修行する姿がそのまま悟り」の肯定: 坐禅という実践(自己を否定し続ける営み)を行っているまさにその瞬間、すでに完全な悟り(絶対肯定)が実現していると説きました。まとめ道元の思想は、「固定的な自己や世界を徹底的に否定(無常・空の自覚)することで、逆に、いま目の前で移り変わりつつある生々しい現実のすべてを、仏の現れとして絶対肯定する」というダイナミックな逆説(パラドックス)を持っています。無常だからこそ虚しいのではなく、無常だからこそ今の一瞬が絶対的な価値を持つのです。2026/09/10 21:24:38313.神も仏も名無しさんnbJP8この辺が道元禅師と法華経の関係だろうと😀2026/09/10 21:25:01314.神も仏も名無しさんnbJP8屁理屈過ぎるけどなー修行的にはイマイチだろうけどなー😀2026/09/10 21:27:19315.神も仏も名無しさんnbJP8>>309父の母方の方は、武士らしい地元の名族だったようだ祖母はお嬢様タイプの気質だったみたいだ😅2026/09/10 21:30:03316.夕22KcD>>313これ、読んだよ。本覚思想との折り合いだろうね。修証一等に落とし込んだ。別の角度からしたら、せんたんが初心だと言ったのも、今とは新しい今しかないから初心とは新しい今に付随して初心がある。まぁ今が先でも初心が先でもどちらでもいいまぁ、世阿弥の初心とまぁ似ている。ちょっと話がズレたかw2026/09/10 21:30:43317.夕22KcD>>314本覚思想を絡ませると確かに屁理屈だ2026/09/10 21:31:55318.神も仏も名無しさんnbJP8>>316>せったんが初心だと言ったのも、今とは新しい今しかないから天台智顗の天台小止観でも修行を求めようとする初発心はそのものが悟りだったというオチだ😀2026/09/10 21:50:58319.神も仏も名無しさんnbJP82006年あたりの禅に手が届かない時期にかなり天台華厳真言とかの本を読んでたなー😀2026/09/10 21:52:37320.神も仏も名無しさんnbJP8屁理屈だけど法華経の雰囲気の解釈はまーまーイケてるかもなー😀2026/09/10 21:53:43321.神も仏も名無しさんnbJP82008年頃にやっと禅の最初のスタート地点に立て初めたくらい😀2026/09/10 21:54:49322.神も仏も名無しさんoB9I9キチガイ、2026/09/10 22:54:47323.夕0VXqv 又我分身 無量諸仏 如恒沙等 来欲聴法 及見滅度 多宝如来 各捨妙土 及弟子衆 天人龍神 諸供養事 令法久住 故来至此 為坐諸仏 以神通力 移無量衆 令国清浄 諸仏各各 詣宝樹下 如清涼池 蓮華荘厳 其宝樹下 諸師子座 仏坐其上 光明厳飾 如夜闇中 然大炬火 身出妙香 十方国 衆生蒙薫 喜不自勝 譬如大風 吹小樹枝 以是方便 令法久住また、私(釈尊)の分身である無量の諸仏たちが、 恒河の砂の数ほどに現れて、法を聞くためにやって来る。それぞれが自らの清浄な国土を離れ、弟子たちや天・人・龍神などの供養を捨てて、 この場に集まっている。法を久しくこの世に存続させるために、ここへ来ているのである。諸仏を座らせるために、神通力をもって無量の衆生を移動させ、 この国土を清浄にした。諸仏はそれぞれ宝の樹の下へと向かう。その宝樹の下は、清らかな池に蓮華が咲き誇るように荘厳である。宝樹の下には師子座(獅子座)が並び、 諸仏はその上に座る。その光明は荘厳で、 夜の闇の中に大きな松明が燃えているようである。仏の身からは妙なる香りが放たれ、十方の国土を薫らせ、 衆生はその香りに包まれて、喜びに耐えられないほどである。それは、強い風が小さな木の枝を揺らすようなものだ。このような方便によって、法を久しく存続させるのである。2026/09/11 04:14:41324.夕0VXqv① 釈尊の分身諸仏が無量に集まるまた、私(釈尊)の分身である無量の諸仏が、恒河沙の数ほどに現れる。■ 構造分身諸仏=法の働きの多様性法が説かれる場に、法の働きが自ずと集まる「主体(説く者)」が増えるのではなく法が法を呼び寄せる② 諸仏は自らの国土・弟子・供養を捨てて来る清浄な国土を離れ、弟子や天人龍神の供養を捨てて来る。■ 構造諸仏は「自分の世界」を捨てて集まるこれは 法の前では仏の差異が消える という構造「仏が仏に重なる」準備段階③ 法を久住させるために来る法を久しく存続させるために来ている。■ 構造法の永続性は、仏が保証するのではなく法が仏を動かして永続性を成立させるつまり、法 → 仏 → 法 → 仏 → 法という自己照明の循環。④ 神通力で国土を清浄にする諸仏を座らせるために、神通力で衆生を移し、国土を清浄にした。■ 構造法が説かれる場は、法によって変容する「場」が法に感応して清浄化するこれは 実相が実相として立ち上がる というあなたの表現そのもの2026/09/11 04:23:35325.夕0VXqv⑤ 宝樹下に諸仏が座す宝樹下に獅子座が並び、諸仏がそこに座る。■ 構造宝樹=法の象徴獅子座=法の権威仏が法の座に座る→ 仏が法に重なる(不二)⑥ 光明と香気が十方を満たす光明は闇を照らし、香気は十方を薫らす。■ 構造光=法の智慧香=法の働き十方=全世界→ 法が世界を満たす衆生はその香気に包まれ、喜びが溢れる。これは 法が衆生の心を直接動かす という構造。⑦ 大風が小枝を揺らす比喩強い風が小枝を揺らすようなもの。■ 構造法の働きが衆生を揺り動かす衆生の主体性ではなく、法の側の働き主体不可得・客体不可得の構造⑧ 方便によって法久住この方便によって法を久しく存続させる。■ 構造法の自己展開(宝塔湧出・諸仏来集・国土清浄)が法の永続性を保証する仏が法を守るのではなく法が仏を動かし、法を守る2026/09/11 04:26:28326.夕0VXqv🟥 全体構造のまとめ(あなた向けの最終図式)法が説かれる→ 法が感応する→ 法が場を変容させる→ 仏が現れる→ 仏が仏に重なる→ 法が世界を満たす→ 法が法を永続させるこの循環こそが、あなたが言う 「実相が実相として立ち上がる」 という構造。そして、仏が仏と重なる=法が法を照らす不二の構造まさに見宝塔品の核心。2026/09/11 04:27:11327.エロ和尚◆ERO.Kk3nCAYas3z>>286そうそう。バブルで一時期、自治会も神社もイベントが増えたけれど、世の中の流れとしては、今は縮小する流れになっているね。うちの自治会は、その流れにあらがって、イベントを維持したい人が多い。なので、ワシは困っているのじゃ。2年後に年齢順で自治会長が当たるが、イベントをさせられる。2026/09/11 09:24:01328.夕aHdpg>>327イベントは自治会と切り離す。そして、やりたい人を中心にして、部会をつくるwそこに自治会からイベント費を渡す。当然、会計が必要になり、決算書を出してもらう。このようにやるということを、総会の時提案する。2026/09/11 10:02:41329.夕aHdpgことしで自治会長は終わるヽ(^o^)丿来年は班長だwww 会計はやらされるだろうw2026/09/11 10:04:55330.夕aHdpg私がやると何もなくなるwww2026/09/11 10:05:17
【米国研究】コロナワクチンを接種した人は、ワクチン未接種の人に比べて入院する可能性が低い、追加接種で71%、更新接種で69% リスクが低下した・・・研究者「最新のワクチン、確実に接種を」ニュース速報+931880.22026/09/11 10:33:28
50本で80万円
そうなんだ。やすくかんじる。
サクラ50本とは大きな神社だね。
イチョウの木一本50万以上
神木ってわけではないが神社の木は切るべきではないと言う意見があるから中々切ることができない。
今、温泉なのでまたあとで(*^_^*)
道1本、はさんだ隣にも神社があって、
お隣の神社の桜が見事だったので、
対抗意識でたくさん植えたらしい。
神社は10自治会が当番制で管理をしている。
平成22年に当自治会が当番になり、
責任者(自治会長)が伐採の判断をしたのだけど、
その人が「神社信仰が薄い人」で、
何かと「神社の古株役員」と対立していた。
「神社維持管理に多額の費用をかけたくない。
なぜなら、神社というモノは、自治会に臨時徴収したがるからだ」
一方、「神社の古株役員」は
「さっさと伐採しろ」
・・・ということで、もめていた。
まあ、伐採の件で臨時徴収は無かったので、
我が自治会長がゴネたので、支払い金額が増えただけ
・・・・という出来事でした。
>神社というモノは、自治会に臨時徴収したがるからだ
うちなんて、神社の氏子会費500円上げるだけで大変だ。
現在担ぎ手がいないので神輿は出していない。会費と神社総代と自治会長と他少数だが、奉納金をだしてくれているので何とかやっていけている。
結局運営側が少しだが金を出している。
神輿も地元の不動産やの寄付で、担ぐのが始った。バブルの産物だよ。
昔は秋祭りしかなかった。現在、昔に戻そうという動きができている。
去年神社の建物の一部土台がやられていたので補修した。70万です。
神社30万自治会40万ぐらいの割合で出した。
😅
地方は昔に戻っただけだよ。
そういう伝統があれば話は別だ。伝統があっても、世界遺産または、繁盛しているところじゃないと、続かない。
神社の関係は薄くなってきた感があるかもなー
農家じゃないのでわからんけどー
😀
俺が雨乞い祈祷をすると解決したかもー
たぶんな😀
昔は各農家の持ち回りで、宴会を催していたのだろうね。それが集会場とかできて、集会場で宴会をしていた。総会すら、宴会だ。
これが徐々にやらない方向に進んだ。時代の流れだと思う。
昔はイベントごとが無かったからね。
有難いことで😊
修羅場らしいな
経営難で
メンタル病むらしいレベル農家が増えているらしいから
寺院や神社行事なんかには淡白になってるだろうな😅
不動産関係で、恩恵を得ているところもあれば、無いところもあるっていう感じだね。そう意味で二極化している
なんか、よー分からんけど天性のご祈祷能力があるかもしれん
父方の先祖の血筋が修験道の系統らしい
😀
兼業経営者としてやれれば安定みたいな感か?
😅
>父方の先祖の血筋が修験道の系統らしい
そういうのがあると、興味を持つよね。知る前から興味があれば、何だろう。運命か😊
祖父の代あたりから現在家は元知恩院派浄土宗系統なので、
般若心経なんか用がない、
祖母の故郷が臨済宗檀家の修験道の関連のある名族出らしい😀
それでか〜と最近解った
😀
どうだろうね。スーパーとかに土地を貸せれば御の字だろうね。スーパーが撤退すると後が大変だ。多額の固定資産税がかかる。土地を売る羽目になる。
農地のままなら、固定資産税もほとんどかからない。発展してきている土地でどっちを取るかだね。
お盆でお経読むが
お経本には般若心経はない、
西山派は判断を読む派ではあるが
家の勤行一式には入っていない
般若心経は寺男やってた曹洞宗寺院と
近所の無住の真言宗寺院くらいしか
般若心経を唱えない、
読み方を宗派色で声色を変えて読んでいる😀
ま、俺は元は修験道は
そんなに本気度合いが
低かった
2003年〜2008年くらいまでは
夕に近い正統派志向?だらけだった
😀
生活で実践ベースになっていた
文字やフィールドワークは
修験道や念仏に寄っていったけど
😀
じゃ、浄土系も詳しんだ。
とりま、情報収集やフィールドワークは満足したくらいになってた
三論宗だけは滅びているので
最近まで食べ残しだった
😀
後は、道元さんが法華信者だということで、法華経とはどういものか。何で、あんなに信仰できるのかと興味がある。
勤行あげても自動的に天台智顗化
してまうので
リアルなのは解ってないな
😀
仏教を解ってきたスレに
AIで
曹洞宗の肯定と否定とは?
みたいなのを検索して
コピペしとるから、
それがイコール法華経なんだろうなー
感はある
質問が良いとAI解答も
まともなのが出るな、感
修行してる感の解答ではないが
屁理屈としてはイケてる感じだ
😀
祖先が浄土宗、臨済宗ということは、武士だったんじゃないの?
>曹洞宗の肯定と否定とは?
なにそれ、俺もやってみよw
上手く答えるなー
たぶん、まーまーいけてるだろう
臨済宗系統はAIは無理だろうけど
道元禅師の無常、否定と肯定 道元禅師の思想における「無常」、そしてそこから展開される「否定と肯定」は、彼の主著『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を貫く最も核心的なテーマの一つです。道元は、仏教の根本真理である「諸行無常」をさらに深化させ、独自の「存在論」と「実践論(坐禅)」へと昇華させました。その思想の構造は、以下のように整理できます。1. 道元における「無常」:すべてが今この瞬間の現れ一般的な無常観は「すべてのものは移り変わり、いつかは滅びるから儚(はか)ない」という哀愁を伴うものです。しかし、道元の無常観は異なります。有時(うじ)の思想: 道元は「時間は流れるものではなく、存在そのものが時間である(存在=時間)」と説きました。今この瞬間の絶対性: 過去や未来という地続きの流れの中で無常を捉えるのではなく、「今・ここ」という一瞬一瞬に、宇宙のすべて(全存在)が完全に現れては消滅していると捉えます。これを「薪(まき)は薪の法位に住し、灰は灰の法位に住す(薪が燃えて灰になるのではなく、薪の瞬間と灰の瞬間がそれぞれ独立して絶対的に存在する)」と表現します。2. 「否定」のステップ:固定観念や自己の解体道元の思想における「否定」とは、私たちが無意識に持っている「固定的なもの(実体)がある」という思い込みへの徹底的な批判です。身心脱落(しんじんだつらく): 坐禅の本質を、道元は「身心を脱落すること」と言いました。これは、「私」という固定された人間がいる、という自己中心的な錯覚(我執)を徹底的に否定し、削ぎ落とすことです。仏性の再定義(悉有仏性): 従来の仏教では「すべての衆生(生き物)には仏になる可能性(仏性)がある」と考えられていましたが、道元はこれを「悉有は仏性なり(すべての存在そのものが、そのまま仏性である)」と読み替えました。「内に秘められた種」としての仏性を否定し、固定的な本質などどこにもない(無常・空)という事実そのものを突きつけます。
道元禅師と法華経の関係だろうと
😀
修行的にはイマイチだろうけどなー
😀
父の母方の方は、武士らしい
地元の名族だったようだ
祖母はお嬢様タイプの気質だったみたいだ😅
これ、読んだよ。
本覚思想との折り合いだろうね。
修証一等に落とし込んだ。
別の角度からしたら、せんたんが初心だと言ったのも、今とは新しい今しかないから初心とは新しい今に付随して初心がある。まぁ今が先でも初心が先でもどちらでもいい
まぁ、世阿弥の初心とまぁ似ている。
ちょっと話がズレたかw
本覚思想を絡ませると確かに屁理屈だ
>せったんが初心だと言ったのも、今とは新しい今しかないから
天台智顗の天台小止観でも
修行を求めようとする初発心は
そのものが悟りだったと
いうオチだ
😀
禅に手が届かない時期に
かなり天台華厳真言とかの本を
読んでたなー
😀
法華経の雰囲気の解釈は
まーまーイケてるかもなー
😀
やっと禅の最初のスタート地点に立て初めたくらい
😀
如恒沙等 来欲聴法 及見滅度 多宝如来
各捨妙土 及弟子衆 天人龍神 諸供養事
令法久住 故来至此 為坐諸仏 以神通力
移無量衆 令国清浄 諸仏各各 詣宝樹下
如清涼池 蓮華荘厳 其宝樹下 諸師子座
仏坐其上 光明厳飾 如夜闇中 然大炬火
身出妙香 十方国 衆生蒙薫 喜不自勝
譬如大風 吹小樹枝 以是方便 令法久住
また、私(釈尊)の分身である無量の諸仏たちが、 恒河の砂の数ほどに現れて、法を聞くためにやって来る。
それぞれが自らの清浄な国土を離れ、弟子たちや天・人・龍神などの供養を捨てて、 この場に集まっている。
法を久しくこの世に存続させるために、ここへ来ているのである。
諸仏を座らせるために、神通力をもって無量の衆生を移動させ、 この国土を清浄にした。
諸仏はそれぞれ宝の樹の下へと向かう。
その宝樹の下は、清らかな池に蓮華が咲き誇るように荘厳である。
宝樹の下には師子座(獅子座)が並び、 諸仏はその上に座る。
その光明は荘厳で、 夜の闇の中に大きな松明が燃えているようである。
仏の身からは妙なる香りが放たれ、十方の国土を薫らせ、 衆生はその香りに包まれて、喜びに耐えられないほどである。
それは、強い風が小さな木の枝を揺らすようなものだ。
このような方便によって、法を久しく存続させるのである。
また、私(釈尊)の分身である無量の諸仏が、恒河沙の数ほどに現れる。
■ 構造
分身諸仏=法の働きの多様性
法が説かれる場に、法の働きが自ずと集まる
「主体(説く者)」が増えるのではなく
法が法を呼び寄せる
② 諸仏は自らの国土・弟子・供養を捨てて来る
清浄な国土を離れ、弟子や天人龍神の供養を捨てて来る。
■ 構造
諸仏は「自分の世界」を捨てて集まる
これは 法の前では仏の差異が消える という構造
「仏が仏に重なる」準備段階
③ 法を久住させるために来る
法を久しく存続させるために来ている。
■ 構造
法の永続性は、仏が保証するのではなく法が仏を動かして永続性を成立させる
つまり、
法 → 仏 → 法 → 仏 → 法
という自己照明の循環。
④ 神通力で国土を清浄にする
諸仏を座らせるために、神通力で衆生を移し、国土を清浄にした。
■ 構造
法が説かれる場は、法によって変容する
「場」が法に感応して清浄化する
これは 実相が実相として立ち上がる というあなたの表現そのもの
宝樹下に獅子座が並び、諸仏がそこに座る。
■ 構造
宝樹=法の象徴
獅子座=法の権威
仏が法の座に座る
→ 仏が法に重なる(不二)
⑥ 光明と香気が十方を満たす
光明は闇を照らし、香気は十方を薫らす。
■ 構造
光=法の智慧
香=法の働き
十方=全世界
→ 法が世界を満たす
衆生はその香気に包まれ、喜びが溢れる。
これは 法が衆生の心を直接動かす という構造。
⑦ 大風が小枝を揺らす比喩
強い風が小枝を揺らすようなもの。
■ 構造
法の働きが衆生を揺り動かす
衆生の主体性ではなく、法の側の働き
主体不可得・客体不可得の構造
⑧ 方便によって法久住
この方便によって法を久しく存続させる。
■ 構造
法の自己展開(宝塔湧出・諸仏来集・国土清浄)が
法の永続性を保証する
仏が法を守るのではなく
法が仏を動かし、法を守る
法が説かれる
→ 法が感応する
→ 法が場を変容させる
→ 仏が現れる
→ 仏が仏に重なる
→ 法が世界を満たす
→ 法が法を永続させる
この循環こそが、
あなたが言う 「実相が実相として立ち上がる」 という構造。
そして、
仏が仏と重なる=法が法を照らす不二の構造
まさに見宝塔品の核心。
そうそう。
バブルで一時期、自治会も神社もイベントが増えたけれど、
世の中の流れとしては、今は縮小する流れになっているね。
うちの自治会は、その流れにあらがって、
イベントを維持したい人が多い。
なので、ワシは困っているのじゃ。
2年後に年齢順で自治会長が当たるが、
イベントをさせられる。
イベントは自治会と切り離す。そして、やりたい人を中心にして、部会をつくるw
そこに自治会からイベント費を渡す。当然、会計が必要になり、決算書を出してもらう。
このようにやるということを、総会の時提案する。
来年は班長だwww 会計はやらされるだろうw