【アビダルマ】 倶舎論 【仏教の標準理論】 Part4最終更新 2026/05/02 15:221.◆JBLfMwCXhYGoa78阿毘達磨倶舎論 世親著 玄奘訳帰敬偈(ききょうげ)稽首広大慧、具釈微妙法、滅除衆生惑、救世諸師中。能説諸蘊等、種々名句文、悉由彼尊力、我今依彼説。救世の諸師の中で最も広大な智慧を持ち、微妙なる法を詳しく解き明かし、衆生の惑いを滅し去った尊い方に、頭を下げて礼拝する。・・・私は今、世尊の教えに依って、阿毘達磨倶舎論を説こう。【仏教の標準理論】 倶舎論 【世親著】 Part3https://talk.jp/boards/psy/17616430172026/02/01 19:30:361000すべて|最新の50件953.◆JBLfMwCXhY5M3oNしたがって、法華経における日本の神々は、法華経の絶対的な教えを擁護し、正法を広める者を守る「法華経の守護神」として信仰されています。2026/05/02 12:01:07954.神も仏も名無しさんuTd2W>>952神仏習合の文脈を読まないと日連の異様な教義の謎が理解できない😀2026/05/02 12:14:08955.◆JBLfMwCXhY5M3oN確かにこれがないと、日蓮聖人はわかりませんな~😆2026/05/02 12:41:43956.◆JBLfMwCXhYbsvR5阿毘達磨倶舎論で主に問題になるのは、👉善因善果・悪因悪果(=業とその異熟の対応関係)です。👉善因楽果・悪因苦果は“その一部ではあるけど、中心テーマそのものではない”という位置づけです。2026/05/02 14:17:06957.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ 倶舎論の関心はどこにあるか倶舎論はかなりドライに言うと、「行為(業)がどういう仕組みで未来の結果(異熟)を生むのか」という因果のメカニズム解析がメインです。ここで重要なのは:善い行為 → 善い結果を生む悪い行為 → 悪い結果を生むという倫理的な対応関係(善因善果・悪因悪果)。2026/05/02 14:19:00958.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ 「楽・苦」はその中の一側面ただし、結果にはいろいろな側面があります:生まれる世界(天・人・地獄など)身体の状態心の傾向感受(楽・苦・捨)このうちの一つが👉楽受・苦受(気持ちいい/つらい)です。だから:善因 → 必ずしも「楽」だけではない(例:修行の苦)悪因 → 必ずしも「苦」だけでもない(短期的快楽など)2026/05/02 14:19:20959.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ ここがポイント(けっこう重要)倶舎論的にはむしろ:「善=楽」「悪=苦」と単純化するのは危険なんです。なぜかというと、仏教では:善業でも苦を伴うことがある(例:厳しい修行)悪業でも一時的な楽がある(例:欲望の充足)つまり、👉倫理(善悪)と感受(楽苦)はズレうる2026/05/02 14:19:34960.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ じゃあ「善因楽果」はどこで強調される?あなたが言っている整理はかなり鋭くて、倶舎論 → 因果の構造(善因善果・悪因悪果)唯識 → 異熟としての体験(楽・苦の感じ方)という違いが確かにあります。唯識では「異熟果」として、👉 「なぜ楽や苦として経験されるのか」がより心理的に掘り下げられる。2026/05/02 14:19:50961.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ まとめ(コンパクトに)倶舎論の中心 →善因善果・悪因悪果(業の因果法則)善因楽果・悪因苦果 →その一部(感受レベルの話)にすぎないもしもう一歩踏み込むなら、「倶舎論の“異熟”と唯識の“異熟”は何が違うのか?」はかなり面白いテーマです。そこ、かなり深いですよ。2026/05/02 14:20:01962.◆JBLfMwCXhYbsvR5結論を先に言うと:同じ「異熟」でも、中身はかなり別物です。倶舎は「客観的な因果の結果」、唯識は「主観的な経験の生成」。2026/05/02 14:21:17963.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ 倶舎論の「異熟」:世界に現れる“結果”阿毘達磨倶舎論では、異熟とはシンプルに言うと:業が時間差で成熟して現れた結果ポイントは:あくまで因果法則の一部“誰がどう感じるか”よりも 👉 **何が生じるか(客観)**が中心例えば:善業 → 天や人に生まれる悪業 → 地獄や畜生に生まれるここでの異熟は、👉 **「存在状態としての結果」**なんです。楽・苦も出てくるけど、それは「付随的な属性」に近い。2026/05/02 14:21:37964.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ 唯識の「異熟」:経験そのものが生成される一方で唯識になると、話が一気に“内面化”する。唯識では:異熟=阿頼耶識に蓄えられた種子が成熟して、経験として現れることつまり:外界そのものも自分という主体も楽・苦の感じ方も全部まとめて👉「心の変現(転変)」としての異熟2026/05/02 14:22:12965.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ 決定的な違い(ここがコア)① 外に出るか/内で起こるか倶舎: 👉 世界に結果が“現れる”唯識: 👉 世界そのものが“心から現れる”② 異熟の単位倶舎: 👉 生存形態(どこに生まれるか)唯識: 👉 一瞬一瞬の認識・体験③ 楽・苦の扱い倶舎: 👉 結果の一要素(オプション的)唯識: 👉異熟の核心(どう感じるかが本体)④ 因果の深さ倶舎: 👉 業 → 時間差 → 結果 (比較的ストレート)唯識: 👉 種子 → 転変 → 認識 → 執着 → 新たな種子 (ループ構造)2026/05/02 14:22:58966.◆JBLfMwCXhYbsvR5■ たとえで言うとちょっと乱暴だけどイメージ:倶舎論: 👉「この行為をしたら、この世界にこういう結果が出ます」 (物理法則っぽい)唯識: 👉「そもそも“世界をそう見てる”のが異熟です」 (認識論・心理学)2026/05/02 14:23:13967.神も仏も名無しさんHoLTK唯識が、楽果にし倶舎論が、善果にしたのは唯識の四智の設定があるかもしれない俺が全宗教ゲットとか言っておるのはそれ「楽果」かもしれないテーラワーダでは軽安と呼びをそれを消さないといけなき禅も、禅定の喜びを消さないといけない、唯識では清浄法界という「楽果」を重んじる天台、華厳、真言、チベットみな、この系統である俺は天才かも、閃きだけどねー😀2026/05/02 14:24:57968.さてHoLTKテーラワーダでは軽安と呼びをそれを消さないといけない😀2026/05/02 14:25:22969.さてHoLTK俺が禅定ゲットとか言っておるのはそれ「楽果」かもしれない😀2026/05/02 14:26:30970.◆JBLfMwCXhYbsvR5禅定ゲットしたのは楽果と言えるんじゃないかな~😄2026/05/02 14:32:57971.◆JBLfMwCXhYbsvR5それにしても、リダンがしつこいな😫2026/05/02 14:33:21972.◆JBLfMwCXhYbsvR5相変わらずのノリだ😫2026/05/02 14:33:33973.◆JBLfMwCXhYbsvR5何か気に食わないことがあるとマジでしつこい😫2026/05/02 14:33:54974.さてHoLTK相手してくれると嬉しいんだろなー賢いのはNO1頑張ってるなで終えること😀ムイムイにはムイムイ〜😀で終わる😀2026/05/02 14:37:43975.◆JBLfMwCXhYbsvR5そういえば、ムイムイがいないな?2026/05/02 14:38:26976.さてHoLTKムイムイの躁転が終えて鬱期になったんかもなー😭2026/05/02 14:39:24977.◆JBLfMwCXhYbsvR5ムイムイがいないと物足りないな~😭2026/05/02 14:40:12978.さてHoLTKオモシロかったけどなー😀2026/05/02 14:53:12979.◆JBLfMwCXhY5M3oN入れ替わりに、狂乱状態のリダンが登場😫2026/05/02 15:08:45980.◆JBLfMwCXhY5M3oN互いにAIを駆使した法論2026/05/02 15:10:05981.◆JBLfMwCXhY5M3oN最近の、囲碁や将棋の棋士みたいになってきたな2026/05/02 15:10:31982.◆JBLfMwCXhY5M3oNもはや、人類の知的活動はAIなしでは成り立たない2026/05/02 15:11:01983.◆JBLfMwCXhY5M3oNほんの1年か2年ですっかり様変わりした2026/05/02 15:12:46984.◆JBLfMwCXhY5M3oNグーグル検索や Wikipedia の登場をも凌ぐインパクト2026/05/02 15:13:51985.◆JBLfMwCXhY5M3oNそういう意味では、時代の最先端だ2026/05/02 15:14:34986.◆JBLfMwCXhY5M3oNAIなしでも大連投できるのは、ムイムイだ2026/05/02 15:15:20987.◆JBLfMwCXhY5M3oNムイムイには、ネタが尽きることがない2026/05/02 15:15:33988.◆JBLfMwCXhY5M3oN替え歌の切れ味は見事だった👍️2026/05/02 15:15:47989.◆JBLfMwCXhY5M3oNこのまま消えるのは惜しい2026/05/02 15:16:06990.◆JBLfMwCXhY5M3oN9902026/05/02 15:16:19991.◆JBLfMwCXhY5M3oNリダンの一方的な大連投は、相変わらずだな😫2026/05/02 15:19:54992.◆JBLfMwCXhY5M3oNコミュニケーション我取れないんだよな~😫2026/05/02 15:20:08993.◆JBLfMwCXhY5M3oNコミュニケーションが取れない2026/05/02 15:20:19994.◆JBLfMwCXhY5M3oN我が強すぎるせいだ2026/05/02 15:20:32995.◆JBLfMwCXhY5M3oN自分が絶対に正しいという確信2026/05/02 15:21:14996.◆JBLfMwCXhY5M3oN強烈な自己主張2026/05/02 15:21:29997.◆JBLfMwCXhY5M3oNホドホドにしとかんと2026/05/02 15:21:46998.◆JBLfMwCXhY5M3oN病的だ2026/05/02 15:22:09999.◆JBLfMwCXhY5M3oNあれは一種の病気2026/05/02 15:22:221000.◆JBLfMwCXhY5M3oN10002026/05/02 15:22:441001.Talk ★???このスレッドはコメントが1000件を超えました。新しいスレッドを立ててください。2026/05/02 15:22:441002.Talk ★???【プレミアムサービス無料期間延長!】プレミアムの無料期間を2026/9/30まで延長することになりました。広告除去や規制緩和など、ヘビーユーザーにとって欠かせない機能を無料でお楽しみいただけます。是非この機会にプレミアムサービスをお試しください!▼プレミアムサービスはこちらからhttps://talk.jp/premium2026/05/02 15:22:44
【週刊文春】「“高市上げ”熱狂に薄気味悪い違和感」文春が報じた「高市陣営が匿名アカで自画自賛動画を投稿」に、当時の異様な雰囲気を思い出す声が噴出「岸田氏や石破氏の時代には…」ニュース速報+148958.62026/05/02 23:11:04
帰敬偈(ききょうげ)
稽首広大慧、具釈微妙法、
滅除衆生惑、救世諸師中。
能説諸蘊等、種々名句文、
悉由彼尊力、我今依彼説。
救世の諸師の中で
最も広大な智慧を持ち、
微妙なる法を詳しく解き明かし、
衆生の惑いを滅し去った尊い方に、
頭を下げて礼拝する。
・・・
私は今、世尊の教えに依って、
阿毘達磨倶舎論を説こう。
【仏教の標準理論】 倶舎論 【世親著】 Part3
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神仏習合の文脈を読まないと
日連の異様な教義の謎が
理解できない
😀
これがないと、日蓮聖人はわかりませんな~😆
👉善因善果・悪因悪果(=業とその異熟の対応関係)
です。
👉善因楽果・悪因苦果は“その一部ではあるけど、中心テーマそのものではない”という位置づけです。
倶舎論はかなりドライに言うと、
「行為(業)がどういう仕組みで未来の結果(異熟)を生むのか」
という因果のメカニズム解析がメインです。
ここで重要なのは:
善い行為 → 善い結果を生む
悪い行為 → 悪い結果を生む
という倫理的な対応関係(善因善果・悪因悪果)。
ただし、結果にはいろいろな側面があります:
生まれる世界(天・人・地獄など)
身体の状態
心の傾向
感受(楽・苦・捨)
このうちの一つが
👉楽受・苦受(気持ちいい/つらい)
です。
だから:
善因 → 必ずしも「楽」だけではない(例:修行の苦)
悪因 → 必ずしも「苦」だけでもない(短期的快楽など)
倶舎論的にはむしろ:
「善=楽」「悪=苦」と単純化するのは危険
なんです。
なぜかというと、仏教では:
善業でも苦を伴うことがある(例:厳しい修行)
悪業でも一時的な楽がある(例:欲望の充足)
つまり、
👉倫理(善悪)と感受(楽苦)はズレうる
あなたが言っている整理はかなり鋭くて、
倶舎論 → 因果の構造(善因善果・悪因悪果)
唯識 → 異熟としての体験(楽・苦の感じ方)
という違いが確かにあります。
唯識では「異熟果」として、
👉 「なぜ楽や苦として経験されるのか」
がより心理的に掘り下げられる。
倶舎論の中心
→善因善果・悪因悪果(業の因果法則)
善因楽果・悪因苦果
→その一部(感受レベルの話)にすぎない
もしもう一歩踏み込むなら、
「倶舎論の“異熟”と唯識の“異熟”は何が違うのか?」はかなり面白いテーマです。そこ、かなり深いですよ。
同じ「異熟」でも、中身はかなり別物です。
倶舎は「客観的な因果の結果」、唯識は「主観的な経験の生成」。
阿毘達磨倶舎論では、異熟とはシンプルに言うと:
業が時間差で成熟して現れた結果
ポイントは:
あくまで因果法則の一部
“誰がどう感じるか”よりも
👉 **何が生じるか(客観)**が中心
例えば:
善業 → 天や人に生まれる
悪業 → 地獄や畜生に生まれる
ここでの異熟は、
👉 **「存在状態としての結果」**なんです。
楽・苦も出てくるけど、それは「付随的な属性」に近い。
一方で唯識になると、話が一気に“内面化”する。
唯識では:
異熟=阿頼耶識に蓄えられた種子が成熟して、経験として現れること
つまり:
外界そのものも
自分という主体も
楽・苦の感じ方も
全部まとめて
👉「心の変現(転変)」としての異熟
① 外に出るか/内で起こるか
倶舎:
👉 世界に結果が“現れる”
唯識:
👉 世界そのものが“心から現れる”
② 異熟の単位
倶舎:
👉 生存形態(どこに生まれるか)
唯識:
👉 一瞬一瞬の認識・体験
③ 楽・苦の扱い
倶舎:
👉 結果の一要素(オプション的)
唯識:
👉異熟の核心(どう感じるかが本体)
④ 因果の深さ
倶舎:
👉 業 → 時間差 → 結果
(比較的ストレート)
唯識:
👉 種子 → 転変 → 認識 → 執着 → 新たな種子
(ループ構造)
ちょっと乱暴だけどイメージ:
倶舎論:
👉「この行為をしたら、この世界にこういう結果が出ます」
(物理法則っぽい)
唯識:
👉「そもそも“世界をそう見てる”のが異熟です」
(認識論・心理学)
倶舎論が、善果にしたのは
唯識の四智の設定があるかもしれない
俺が全宗教ゲットとか言っておるのは
それ「楽果」かもしれない
テーラワーダでは軽安と呼びを
それを消さないといけなき
禅も、禅定の喜びを消さないといけない、
唯識では清浄法界という「楽果」を重んじる
天台、華厳、真言、チベット
みな、この系統である
俺は天才かも、
閃きだけどねー
😀
それを消さないといけない
😀
それ「楽果」かもしれない
😀
楽果と言えるんじゃないかな~😄
マジでしつこい😫
賢いのは
NO1頑張ってるな
で終えること
😀
ムイムイには
ムイムイ〜😀
で終わる
😀
鬱期になったんかもなー
😭
物足りないな~😭
😀
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