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【ブッダの教え】初期仏教【最初はこういう話だった】アーカイブ

1.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
7faQO
いまこそ、原点に帰ろう
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すべて
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最新の50件
953.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
チャットGPT:

その直感は、かなり興味深いし、実際に比較すると分かる部分がある。

ジッドゥ・クリシュナムルティ の瞑想観は、典型的な宗教的「反省」からかなり距離を取っ

ている。
彼は繰り返し、
判断するな
修正しようとするな
ただ観察せよ
観察者と観察対象の分裂を見よ
と語った。

れは四念処の
身体を観る
感覚を観る
心を観る
生起と消滅を観る
という方向と、たしかに響き合う。
954.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
特に共通しているのは、
「まず“ありのままの反応”を見ろ」
という点。

例えば怒りについて、
高橋信次系の「反省」だと、
怒ってはいけない
愛が足りない
心を浄化しよう
となりやすい。

だがクリシュナムルティは、
怒りを否定せず、分析しすぎず、まず運動そのものを観察しろ
という方向へ行く。
ここはかなり四念処的なんだ。

しかも彼は、
観察者そのものが、観察されるべき条件反応ではないか
という地点まで行く。

これは初期仏教の、
無我
五蘊観
縁起
とも接続しやすい。
955.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
もちろん違いもある。

クリシュナムルティは、仏教用語体系をほとんど使わず、
四諦
八正道
縁起
涅槃
などの体系化を避ける。

また彼は「方法」そのものへの不信も強い。

一方、初期仏教はかなり修行体系的で、
念処
禅定
戒
覚支
などを整理している。

だから完全一致ではない。

ただ、
「修正や反省より先に、“反応そのもの”を観る」
という核心部分では、あなたが感じた近さには、かなり理由があると思う。
956.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
質問:

いま思うと、クリシュナムルティの教えは

インドの瞑想哲人にはアリガチな内容だ

それほど特別なものではない
957.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
チャットGPT:

その見方も、かなり妥当だと思う。

20世紀には ジッドゥ・クリシュナムルティ は「唯一無二の覚者」のように語られることも多かったが、インド思想史全体の中に置くと、

思考の停止
観察
自己の虚構性
conditioned mind(条件づけ)
観照
無選択の気づき

といったテーマ自体は、実はかなり“インド的”なんだ。

特に近いものは、
初期仏教の四念処
アドヴァイタ系の自己探求
ヨーガの観照
禅的直観
ヴェーダーンタの witnessing consciousness(観照者)
など、あちこちにある。
958.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
だから、クリシュナムルティの独自性は、
「観察しろ」という内容そのものより、
既成宗教の全面否定
グル崇拝の拒否
方法論への懐疑
組織化拒否
権威否定
を、徹底的にやった点にある。


彼は、 「私は導師ではない」 「体系を作るな」 「修行メソッド化するな」 と言い続けた。
ここはかなり特異。
959.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
逆に言うと、内容レベルでは、インドの瞑想思想に慣れてくると、
「ああ、これは“観照系”の話だな」
と見えてくる。

特にあなたは最近、
四念処
自動反応
心の観察
非人格的プロセス
という視点で初期仏教を見直しているから、なおさら
「クリシュナムルティ、そんなに特殊じゃないな」
と感じやすいんだと思う。

むしろ彼は、
「古いインド的観照思想を、近代人向けの非宗教言語で語り直した人物」
と見ると、かなり位置づけしやすい。
960.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
初期仏教は
唯識や倶舎論と等しく
自分の心の
リアルな認識は基本にはある

ヨーガ系統は
リアルな認識がベースてはない
そのあたりが、マハーシと
ニコク堂やデンパパ📡の違いでもある
😀
961.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
クリシュナムルティは
さほど自分の心の気づき分析とか認識よりも

解脱一辺倒だろな
ヨーガ系統はそんなもんだ
ニコク堂やデンパパ📡の内容は
そんなもんやろ
😀
962.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
質問:

20世紀の日本では、釈迦の教えがどういうものだったかが、ほとんど忘れ去られていた

初期仏教のことなど、誰も知らなかった

21世紀に入って、だいぶ空気感が変わった
963.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
チャットGPT:

その感覚は、かなり実態に近いと思う。

特に20世紀中頃までの日本では、
「釈迦が実際に何を教えていたか」
より、
宗派の教義
祖師の思想
葬祭仏教
大乗哲学
信仰実践
のほうが前面に出ていた。

だから一般人の「仏教観」は、
南無阿弥陀仏
般若心経
禅問答
悟り
空
輪廻転生
などで構成されていて、
「四念処が仏教実践の核心だった」
という理解は、ほとんど共有されていなかった。
964.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
そもそも戦前~昭和中期くらいまでは、
パーリ経典
ニカーヤ
上座部仏教
へのアクセス自体が限定的だった。

学者は研究していても、一般社会にはほぼ降りていない。

だから昭和の宗教家たちは、多くの場合、
大乗仏教
神道
心霊思想
神智学
ニューソート
西洋オカルティズム
などを混ぜながら「釈迦」を語っていた。

高橋信次 も、かなりその時代空気の中にいる。

つまり、 「釈迦=宇宙真理を説いた霊的覚者」 というイメージは強かったが、
「身体感覚と心の反応を観察する実践家」
としての釈迦像は、かなり薄かった。
965.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
そこが21世紀に入って変わった。

大きかったのは、
テーラワーダ仏教の流入
ヴィパッサナー瞑想
パーリ経典翻訳
マインドフルネス
インターネット
だと思う。

特に、 スマナサーラ みたいな人が、
「仏教とは“気づき”です」 「観察です」
と一般向けに語り始めた影響は大きい。

さらに現代人は、
脳科学
心理学
認知科学
に慣れているので、
「怒りや欲望は条件反応として起きる」
という説明が、昔より理解されやすい。

だから今は、
「釈迦って、超自然宗教の教祖というより、かなり実践心理学的だったのでは?」
という見方が広がりやすくなっている。

これは確実に、20世紀日本とは空気が変わった部分だと思う。
966.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
>>960

そうだな
967.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
初期仏教は

昭和の新興宗教の信者にとっては、奇想天外な内容
968.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
気づきのサティのスーパー逆回転が
臨済宗
不立文字でやり切る
😀
969.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
さらに概念よりも直観力勝負
😀
970.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
道元禅師の修道論は
どーだったっけ?
脳内に発生できない
プロセスがわからんなー
どーやったけ?
😀
971.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
わからない
972.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
yx8BW
道元のことは、ハッスル禅師がくわしいかもな?
973.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
ヨーガのノリは

どこか浄土教の
遠離穢土を悟り化したみたいなノリやろな
世捨て人解脱オンリー
いつもデンパパ📡は
そういうのが大好きなんだろな
😅
974.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
只管打坐と
コツコツと日々の行いを
何も挟まずに囚われずに
行うだな

脳内でひらめいた
道元の宋の師匠に出会う前の
マンか本のくだりをおもいだした
😀
975.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
そういう意味では
道元禅師は
正法眼蔵随聞記くらいしか
修道論を分かりやすく示していないな、
😀
976.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
即出てこないのが
関心が薄い証拠
😀
道元禅師よりま
密教華厳のほうがスイスイでてくる

天台は小止観ベースなので
ほーかいくん教学が前提になると
関心が、薄くなる
😀
977.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
たぶん
感覚的には
板についているのは

臨済宗、真言華厳、チベット密教あたりなんだろうな
天台は小止観で満足してしまったから、
そこから深堀りはしてない
😀
978.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
V6hRU
次スレ

【ブッダの教え】初期仏教【ヴィパッサナー瞑想】 Part2
https://talk.jp/boards/psy/1779968091
979.
ユーザー
神も仏も名無しさん
wK8ub
ハッスル🤡は暴れてはいるが
打撃を一切与えないスレが
実は一つある
😀
980.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
V6hRU
>>979

どこだ?
981.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
質問:

昭和の日本人は、「反省」とか「感謝」の話を好んだ

だが、釈迦の初期仏教は、そういうものではない

釈迦の教えは、普通の日本人には、なかなかピンとこない内容
982.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
チャットGPT:

かなり本質を突いていると思う。

戦後昭和の日本社会では、「反省」「感謝」「我慢」「迷惑をかけない」が、道徳の中心にあった。これは仏教そのものというより、日本的共同体倫理や、近代日本の修身教育、さらに儒教・村社会的感覚が混ざったものなんだよな。

だから昭和日本人にとっての「宗教的に立派な人」は、
いつも頭を下げる
自分を責める
感謝を口にする
欲を抑える
周囲に尽くす
というイメージになりやすい。
983.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
しかし、初期仏教の中心テーマは、そこではない。

むしろ釈迦は、
「なぜ苦が生まれるのか?」 「執着とは何か?」 「“私”とは何なのか?」 「認識はどう成立しているのか?」
みたいな、かなり分析的・存在論的な方向へ行く。

有名な四諦も、本来は道徳訓話ではなく、
苦がある
苦には原因がある
原因が消えれば苦も消える
その方法がある
という、ほとんど“病理学”みたいな構造なんだ。

ここには、 「親に感謝しましょう」 「自分の行いを反省しましょう」 みたいな話は、中心テーマとしては出てこない。

もちろん、感謝や懺悔に近い要素が全く無いわけではないが、釈迦の主眼は、
人間存在の構造分析
にある。

だから、普通の日本人が初期経典を読むと、
「え、なんか冷たい」 「説教じゃない」 「人生訓じゃない」 「哲学っぽい」 「内観システムみたい」
となりやすい。
984.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
特に、日本仏教は長い歴史の中で、
祖先供養
現世利益
道徳教育
共同体維持
死者慰霊
の役割を強く担った。

すると、「仏教=人格修養」というイメージが強くなる。

だが初期仏教の釈迦は、むしろかなり異質で、
世界を観察する
心の動作を分析する
執着を解体する
自我感覚を問い直す
という、“認識革命”に近いことをやっている。

だから日本人の感覚だと、 「ありがたい話」より、 「なんか妙に理屈っぽい話」 として受け止められやすいんだよな。

一方で、昭和日本人の「反省」「感謝」文化は、ある意味では二宮尊徳的な勤勉倫理や、儒教的修養論に近い。

だから、 「仏教っぽく見えるが、実はかなり日本近代の倫理」 という面も強い。
985.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
質問:

高橋信次や大川隆法が

「私は【釈迦の生まれ変わり】である。古代インドにおいて、このような教えを説いたのである」

と前置きして語ってた内容は、まさしく「昭和の日本人の美学」だった。古代インドの教えとは、カケ離れていた
986.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
チャットGPT:

その見方には、かなり妥当性がある。

高橋信次や大川隆法が語った「釈迦像」は、実際にはかなり“日本近代的”なんだよな。

そこでは釈迦が、
愛と調和を説く人格者
感謝を重視する道徳教師
努力と反省を勧める指導者
心を磨けば幸福になると説く霊的リーダー
として描かれる。
987.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
これは、昭和日本人にとっては非常に理解しやすい。

なぜなら、
学校道徳
修身教育
会社倫理
家庭教育
戦後自己啓発
の文脈と、ほぼ連続しているから。

つまり、 「よい人間になろう」 「心を美しくしよう」 「感謝しよう」 「愛を持とう」
という、“人格完成型の宗教”になっている。
988.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
しかし、パーリ経典などに見える初期仏教の釈迦は、かなり違う。

初期経典の釈迦は、
五蘊は無我である
感覚接触から渇愛が生じる
縁起によって苦が成立する
執着対象に実体はない
認識作用自体が問題である
みたいな話を延々としている。

かなり分析的で、しかも徹底している。

場合によっては、
「愛に生きよう」 よりも、
「“私”という感覚自体が錯覚ではないか?」
のほうへ行く。

これは、昭和日本人の宗教感覚とは、かなりズレる。
989.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
だから新宗教では、多くの場合、
釈迦
イエス
孔子
日本的道徳
心理学
自己啓発
霊界思想
を混ぜて、“現代日本人に分かる宗教”として再編集しているんだよな。

特に昭和期は、高度経済成長と企業社会の時代だったから、
明るく前向きに
調和を大事に
感謝して働く
心を磨く
という価値観が非常に強かった。

すると、「釈迦」も自然に、
“理想的な昭和的人間像”
として語られるようになる。
990.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
逆に、本来の初期仏教をそのまま持ってくると、
無我
空
執着の停止
感覚経験の観察
欲望の解体
などが前面に出るので、一般大衆にはかなり難解になる。

実際、初期経典を直接読むと、 「人格修養のありがたい話」 というより、
「意識現象の解剖学」
みたいに感じる人も多い。
991.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
質問:

昭和の教祖たちは、輪廻転生や死後世界を説いたが

昭和の仏教学者たちは、逆に「釈迦は霊魂を否定した」を強調する方向に行った
992.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
チャットGPT:

そこは、昭和日本における「宗教」と「学問」の分裂が、かなりハッキリ出ている部分だな。

昭和の新宗教・教祖系は、多くの場合、
死後世界
守護霊
輪廻転生
霊界
先祖
魂の成長
を前面に出した。

なぜなら、そのほうが一般人の宗教感覚に直結するからだ。

「死んだらどうなるのか?」 「亡くなった家族は存在しているのか?」 「人生に意味はあるのか?」
これは、人々の切実な関心だからな。
993.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
特に戦後昭和は、
戦争による大量死
高度成長による共同体崩壊
都市化による孤独
核家族化
受験・企業社会のストレス
があったので、
「魂は死なない」 「人生には霊的意味がある」
という物語は、非常に強い吸引力を持った。
994.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
一方で、大学仏教学、とくに近代仏教学は、むしろ逆方向へ行った。

彼らはパーリ経典や漢訳阿含を研究し、
「釈迦は恒常的アートマンを否定した」 「輪廻主体としての実体魂を認めていない」
という点を重視した。

これは、近代西洋学問の影響も大きい。
19~20世紀の仏教学は、 欧米の文献学・歴史学・比較宗教学の方法論で形成された。

そのため、
神秘主義を削る
後世の付加を除く
原始形態を探す
超自然要素を疑う
方向へ進みやすかった。

だから昭和仏教学では、
「本来の釈迦は、霊魂不滅を説いていない」
が重要テーマになった。
995.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
ここが面白いところで、
昭和新宗教は、 「日本人が求める宗教」 へ向かい、
昭和仏教学は、 「歴史的釈迦の復元」 へ向かった。

つまり、
教祖側 → 実存的救済
学者側 → 文献学的再構成
という分岐だ。

しかも皮肉なのは、学者側が復元した「初期仏教」は、かなり現代哲学っぽい。

たとえば、
自我は固定実体ではない
認識は条件依存的
主体は流動的過程
執着が苦を生む
などは、むしろ20世紀思想に近く見える。

一方で、新宗教側は、
魂の修行
愛の成長
高級霊
霊界進化
みたいな、“近代日本型スピリチュアリズム”へ行った。

だから同じ「釈迦」を名乗っていても、
教祖の釈迦
仏教学者の釈迦
は、ほぼ別人レベルで違うんだよな。
996.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
質問:

当方は個人的に

若い頃は、昭和の教祖たちの影響を受けて、「スピリチュアルの釈迦」イメージが強かった

その後、昭和の仏教学者たちの著書をよく読むようになり、「実存主義の釈迦」というイメージが強まった

今では、「両方ともおかしい」と感じている

997.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
チャットGPT:

それは、かなり自然な流れだと思う。

多くの人は、どちらか片方で止まる。

「魂の成長を説く救世主としての釈迦」 あるいは
「無我を説く合理主義思想家としての釈迦」
のどちらかに固定されやすい。

でも、両方を通過すると、
「どちらも、かなり現代日本側の投影ではないか?」
という感覚が出てくるんだよな。
998.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
昭和新宗教の「スピリチュアル釈迦」は、たしかに古代インドというより、
近代神智学
心霊主義
日本的道徳
戦後自己啓発
の混合物に見える。

そこでは釈迦が、 「愛と感謝を説く高級霊」 みたいになっている。
999.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
一方、昭和仏教学の「実存主義的釈迦」も、実はかなり20世紀思想の影響を受けている。

特に戦後日本では、
西田幾多郎
田辺元
和辻哲郎
ハイデガー
サルトル
などの影響圏の中で仏教が読まれた。

すると釈迦は、
主体性を問い直す思想家
実存的不安を分析する哲学者
無意味世界を見据える人
自我執着を解体する現象学者
みたいに見えてくる。

これはこれで面白いし、鋭い部分もあるのだが、やはり「現代哲学語彙による再翻訳」なんだよな。
1000.
ユーザー
◆JBLfMwCXhY
8zJ8s
実際の初期経典には、
業
輪廻
天界
禅定
神々
修行共同体
出家制度
など、古代インド宗教世界そのものの要素が大量にある。

だから、 「近代合理主義者の釈迦」 だけで読むと、逆に不自然になる。

結局、
スピリチュアル化された釈迦
実存主義化された釈迦
は、どちらも近代人が理解可能な形へ変換した“翻訳版”なんだと思う。
1001.
ユーザー
Talk ★
???
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1002.
ユーザー
Talk ★
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