日記や、雑談、メモ。IDなし最終更新 2026/07/04 21:471.べるる三日後に二度目のバイト面接。今日からちょこちょこ面接の練習。2026/04/10 11:27:2537コメント欄へ移動すべて|最新の50件3.夢見る名無しさん登場人物リッジー黒人フレッドジョンジェイムス上院議員男1男2男3装置 合衆国南部のどこかにある家具付きの部屋。第一場アメリカ南部のある町のある部屋。白い壁。褥椅子一つ。右に窓一つ、左に扉一つ(浴室)。奥は小さな控の間、その突き当りに入り口の扉。第一景 リッジー、続いて黒人。幕の上る前に、舞台に激しい吸気音。リッジーが一人、シュミーズ姿で、真空掃除機を動かしている。呼鈴が鳴る。彼女はためらう、浴室の扉の方を見る。再び、呼鈴が鳴る。掃除機を止めて、浴室の扉を細目に開ける。2026/07/04 20:24:224.夢見る名無しさんリッジー 呼鈴よ、顔を出しちゃ駄目よ。(入り口を開けに行く。扉口の枠の中に、黒人が現れる。白髪の、肥って背の高い黒人である。彼はしゃちほこばっている) 何ですの? 番地を間違えてるんでしょう、あんた? (間)ねえ、何の用があるのよ、言ったらどう。黒人 (哀願して)どうぞね、奥さん、どうぞね。リッジー 何がさ? (しげしげと彼を見る)ちょっと。あんた、あの汽車に乗ってた人ね? あいつ達から逃げられたのね? あたしの家、どうして分かったの?黒人 それ、捜したでね、奥さん。すっかり捜したで。(部屋へ入る身振りをする)どうぞね。リッジー いけないよ。人がいるんだから。だけど、何が欲しいの?黒人 どうぞ、ねえ。リッジー だからさ、何がさあ? お金が欲しいんだろう?黒人 違うね、奥さん。(間)どうぞね、私が何もしなかったって、そう言って下さいね。リッジー 誰に?黒人 判事さんにさ。そう言ってね、奥さん、どうぞ、そう言ってね。リッジー 何も言わないよ、あたしは。黒人 どうぞ、ねえ。リッジー 言わないわよ。自分の暮らしだけでも、結構すったもんだしてるんだもの、他人の分まで背負い込みたくないからね。帰っておくれ。黒人 あなた、私が何もしなかったの知ってるでね。私何かしましたかね?リッジー そりゃ、なにもしなかったわよ。だけど、私は判事の所へは行かないよ。判事だのお巡りだのって、あんなやつら、洟も引っ掛けてやるもんか。黒人 私、家内と子供たち置いてきたろう、一晩中ぐるぐる歩き回ってよ。もう、できないね。リッジー この町から出て行くさ。黒人 停車場で見張りしてるもの。リッジー 見張りしてるって、誰が?黒人 白人。リッジー どんな白人がさ?黒人 白人みんなさね。奥さん、今朝、表へ出ませんでしたね?リッジー 出ないわ。黒人 大勢いるんだで、往来に。若い人や年取った人やね。それが、皆で寄って話してるんだで、知り合いでもないのに。リッジー そりゃまた、どういうんだろう?2026/07/04 20:26:115.夢見る名無しさん黒人 そりゃ、私が、もう他に道ない、ぐるぐる駆けずり回って、あの人達にとっ捕まってしまうってことだで。知り合いでもない白人たちが、お互い話始める時には、どこかで黒んぼが一人死にかけてるんだで。 (間)奥さん、私が何もしなかったって、言って下さいね。判事さんにそう言ってね。新聞の人達にもそう言ってね。あの人達、印刷してくれるかもしれないでね。なあ奥さん、言ってくれね! 言ってくれよね!リッジー 大きな声しないでよ。人がいるんだから。(間)新聞の方は、当てにしないでよ。私も今、人目を惹く時じゃないんだからね。(間)もしどうしても証人に立たされるようだったら、本当のことを言うわ、約束するわよ。黒人 言ってくれるかね、私が何もしなかったって?リッジー 言うわよ。黒人 奥さん、それ誓ってくれるか?リッジー 誓うよ、誓うよ。黒人 私達見てる神様に、それね。リッジー いい加減におしよ、本当に! 約束するってんだから、いいじゃないか、それで。(間)お帰りよ! お帰りったら!黒人 (だしぬけに)どうぞね、かくまってよ、私。リッジー かくまう?黒人 いけないか、奥さん、いけないかね?リッジー かくまうんだって! 私が? そうら。(彼の鼻先でぴしゃりと扉を閉める)冗談じゃないや。(浴室の方を振りかける)出てきてもいいわよ。 フレッドが出てくる、上着を脱いで、カラーもネクタイもしていない。2026/07/04 20:27:476.夢見る名無しさん第二景 リッジー、フレッド。フレッド 何だ、今の?リッジー 何でもない。フレッド 警察かと思った。リッジー 警察? 何か引っかかりでもあるの、警察に?フレッド 俺はないさ。お前のことでかと思ってさ。リッジー (機嫌を損ねて)ねえちょっと! 私はどなたからも、びた一文だって頂いたことはないわよ!フレッド じゃ、警察のご厄介になったことは一度もないっていうのかい?リッジー とにかく、泥棒では、ならないわね。 掃除機を取って、せっせと働きだす。激しい吸気音。フレッド (その音に苛立って)ええい!リッジー (相手に聞き取らせようとして叫ぶ)どうかしたの?フレッド (叫ぶ)聾になりそうだ。リッジー (叫ぶ)すぐに済むわよ。(間)こうなのよ、私。フレッド (叫ぶ)なにい?リッジー (叫ぶ)こうなのよって言ったの。フレッド (叫ぶ)どうなのよ?リッジー (叫ぶ)こうなのよ。翌朝の方がずっと辛いのよ。お風呂へ入って、掃除しなきゃならないんですもの。 掃除機を置く。フレッド (寝床を示して)そうやってる暇に、あれ、蔽しをしろよ。リッジー 何?フレッド 寝床さ。蔽いをしろっていうんだよ。罪の匂いがする。リッジー 罪? そんな言葉、どこで覚えてきたの? あんた、牧師さん?フレッド いいや。どうして?リッジー いうことが聖書みたいだからさ。(男をじろじろ見る)違う、牧師さんじゃないわ。身嗜みがよすぎるもの。ねえ、指輪見せてよ。(感歎して)まあ! ねえ! ねえ、あんた! お金持ちなのね。フレッド そうさ。2026/07/04 20:30:047.夢見る名無しさんリッジー とてもお金持ち?フレッド とても、ね。リッジー いいわねえ。(彼の頸に腕を置き、唇を差し出す)あたし男の人は、その方がいいと思うわ。お金持ちの方が頼もしいわ。 男は抱擁するのをためらう、そして外を向く。フレッド 寝床に蔽いをしろよ。リッジー はい、はい! 蔽いを致しますわ。(蔽いをして、独りで笑う)「罪の匂いがする!」そんなこと、私、気がつかなかったのにさ。ねえ、だからそれは、あんたの罪なんだわ。(フレッドの身振り)ええ、ええ、そうよ。 あんたと私の罪よ。だけど、私のは心の中にあるの、こんなに……(寝床に腰を下ろし、フレッドを無理に自分の脇に座らせる)いらっしゃいよ。腰掛けましょうよ、私達の罪の上へ、どう、好い罪だったでしょう? 嬉しい罪。 (笑う)ねえ、眼を伏せちゃいや。私が怖いの? (フレッドは突然、彼女を抱き締める)苦しい! 苦しいわ! (彼は放す)おかしな人ねえ! お行儀が悪いわよ、あんた。(間)あんたの名前、教えてよ。言いたくない? ねえ、名前が分からないと困るのよ。本当に、はじめてよ、こんな事って。苗字はね、そりゃ皆滅多には言わないわ。分かるわよ、それは。だけど、名前はそうはいかないわよ! だってあんた、どうやって区別するのよ、名前を知らなかったら、あの人だのこの人だのって。おっしゃい、ねえ、おっしゃいよ。フレッド 言わないよ。リッジー それじゃあ、あんたは無名の紳士だ。(立ち上がる)待っててね、片づけちまうから。(幾つかのものを置き直す)此処へ。こっちと。すっかり、きちんとしたでしょう。椅子はぐるっとテーブルの周りに。この方が上品でしょ。 あんた、グラビア写真を売る人、知らない? 壁に色んな肖像画を貼りたいと思ってるの。トランクの中に一枚あるのよ、綺麗なのが。「割れた鉢」っていうの。若い娘さんが一人でいる絵。その娘が鉢を割っちゃったのね、可哀想に。フランス人よ。フレッド どんな鉢だい?2026/07/04 20:34:348.夢見る名無しさんリッジー 私は知らないわよ、その娘の鉢だもの。きっと鉢を持ってたのよ。その娘のかわりに少しお祖母さんが働けばいいのにね。どうせ編み物するとか、小さな子供たちにお話しするとか、そんな事してるんだろうからさ。 ああ、カーテンを引いて、窓を開けるわね。(そうする)好いお天気! 一日の始まり。(伸びをする)ああ! のびのびしていい気持ち! お天気はいいし、お風呂もよかったし、恋も充分にしたしさ。 ああ、いいわ、本当に気持ちがいいわ! ね、こっちへ来て、景色をご覧なさいよ。いらっしゃいよ! いい景色よ。木の他には何もないの、素敵だわねえあんた、私本当に運がよかったのね。 いきなりこんな綺麗な界隈に部屋が見つかったなんて。来ないの? 自分の町が気に入らないのね?フレッド 俺の窓から見れば気に入るさ。リッジー (不意に)ねえ、朝起きた時黒んぼを見ると、縁起が悪いんじゃない?フレッド 何故だい?リッジー 私ね……今、真ん前の石畳をひとり通ったから。フレッド 黒んぼを見ると、いつでも縁起は悪くなるさ。黒んぼってのは、ありゃ悪魔だ。(間)窓を閉めろ。リッジー 空気を入れ換えちゃいけないの?フレッド 窓を閉めろって言うんだ。よし。それからカーテンをひけ。明かりを点けろ。リッジー どうして? 黒んぼが気になるの?フレッド 馬鹿。リッジー こんなに良く陽が当たってるのに。フレッド 陽なんか当たらなくってもいいんだ、此処には。部屋を昨夜のまんまにしといてもらいたいんだ。窓を閉めろってんだよ。お天道様には、外でまた会えるんだ、俺は。 立ち上がり、女の方へ行き、彼女をじろじろ見る。リッジー (ぼんやりと不安になって)どうしたのよ?フレッド 何でもない。ネクタイをくれ。2026/07/04 20:36:159.夢見る名無しさんリッジー お風呂場だわ。(出て行く。フレッドはテーブルの引き出しを次々に素早く開けて、引っ掻き回す。リッジーがネクタイを持って戻って来る)はい! ちょっと待って。(ネクタイを結んでやる) ねえ、私はふりのお客はあんまり取らないのよ、だって、無暗に新しい顔ばかり見てなきゃならないんですもの。私の理想はね、特別のお馴染みになることなの、 相当の年配の人、三人か四人ぐらいで、一人は火曜、一人は木曜、一人はウィークエンドって風にしたいのよ。あなた、どう。少し若いけど、真面目なタイプだし、時々誘惑感じるんでしょう。 ええ、いいの、もう何も言わないわ。ご自分でよくお考えになって! ね、ね! 綺麗ね、あなた、お星さまみたい。ねえ、抱いてちょうだい。ご褒美に、キスしてよ。ねえ、したくないの? 男は突然、荒々しく、彼女に接吻する、そして突き放す。 ああん!フレッド 悪魔だ。リッジー ええ?フレッド お前は悪魔だよ。リッジー また聖書だ! どうしたの、一体?フレッド 何でもない。うんざりしてるんだ。リッジー 随分変な手間をかけてうんざりするのね、(間)ねえ、ご満足?フレッド ご満足って、何が?リッジー (にやにや笑いながら彼の真似をする)ご満足って、何が? お馬鹿さんねえ、お嬢ちゃん。フレッド ああ! うん……満足だ。満足したよ。いくらほしいんだ?リッジー 誰がそんなこと言って? ご満足かどうかって聞いたんでしょう、大人しくご返事なさればいいんだわ。どうしたの? 本当にご満足じゃないの? まあ、おどろいた! おどろきましたわ。フレッド うるさい。リッジー 抱き締めてくれたじゃないの、きつく、あんなに強くさ。それから、小さな声で、私のこと好きだって言ったわよ。フレッド 酔っ払ってたんだ、お前は。リッジー いいえ、酔っ払ってなんかいなかったわ。フレッド いや、酔っ払ってた。リッジー ってませんでした。フレッド とにかく、俺は酔っ払ってたよ。何も覚えてない、俺は。2026/07/04 20:39:1610.夢見る名無しさんリッジー 口惜しいわねえ。お風呂場で着物を脱いで、そばへ引き返して行ったら、あなた、真っ赤になったじゃないの、覚えてないの? 「ああら、海女さん」って言ったくらいよ。 明かりを消したがって、真っ暗な中でかわいがってくれたのも、覚えてない? あれは私、優しくって、偉いと思ったわ。覚えてないの?フレッド いないよ。リッジー じゃあ、赤ちゃんごっこをしたでしょう、同じゆりかごに入った生まれたての赤ちゃん二人? あれは覚えてるでしょう?フレッド 口をきくなって言うんだよ。夜中にすることは、夜中のことさ。昼日中、そんな話はするもんじゃないよ。リッジー (挑んで)だって、話すのが嬉しかったらどうなのよ? とても愉しかったんですもの、そうでしょう。フレッド はん! とても愉しかった、か! (女に歩み寄り、その肩をゆっくりと撫で、両手を彼女の首に回す)お前達は、男を騙していい気になってりゃ、いつでも愉しいんだろう。 (間)俺は忘れたよ、夜のことなんか。すっかり忘れたよ。ダンスホールで踊ったのを憶えている、それっきりさ。後のことは、お前が覚えているんだ、お前だけだ。 女の首を締めつける。リッジー 何するの?フレッド 首を締めてやる。リッジー 苦しいってば。フレッド お前だけなんだ。これを、ほんのもう少し絞めつけたら、昨夜のことを思い出す奴は、もう世界中に一人もいなくなるんだ。(女を放す)幾ら欲しいんだ?リッジー 忘れたっていうのはつまり私の働きが足りなかったんでしょ。出来損ないの仕事にお金なんか貰いたくないわ。フレッド 文句を言うな。幾らだよ?リッジー じゃあ、ねえ。私、一昨日この街へ来たでしょう、そこへあなたが始めて来てくれた訳ね。口あけの方にはいつも、ただで遊んでいただくの、縁起が良くなるから。フレッド お前にご馳走してもらうには及ばないよ。 十ドル紙幣をテーブルに置く。2026/07/04 20:44:0211.夢見る名無しさんリッジー お札はいらないのよ、でも、私をどのぐらいに踏んでるか、見てみるわね。待って、当ててみせるわ! (紙幣を取り上げ、目を閉じる)四十ドル? 違うわね。それじゃ多すぎるし、第一、二枚あるはずですものね。 二十ドル? でもない? じゃ、多いんだわ、四十ドルより。五十。百? (その間中、フレッドはにやにやしながら黙って女を見ている)駄目、目を開けます。(紙幣を見つめる)あなた、間違えたんじゃないの?フレッド どういたしまして。リッジー 知ってて、くれたのね?フレッド そうさ。リッジー 引っ込めてよ。さっさと引っ込めなさいよ。(男は拒む身振りをする)十ドルときたわね! 十ドルよ! 誰だって突き返すわよ、私みたいな若い女の子が、十ドルだなんて! これ見たんでしょう。私の脚? (男に脚を見せる) それから胸も、これ見たんでしょう? これが十ドルの胸なの、一体? 私の癇癪玉が破裂しないうちに、そのお札を持ってさっさと帰りなさいよ。十ドルだなんて! 紳士がさ、体中キスしてよ、しっきりなしに遊びたがってよ、子供の時の話をしろってせがんでよ。今朝になりゃなったで、ご機嫌ななめでさ、月給でもくれてるみたいな大きな口をきいといてさ。それやこれやがみんなで幾ら? 四十ドルでも、三十ドルでも、二十ドルでもない、たったの十ドルよ。フレッド あんなけだものみたいな真似には、それで沢山だ。リッジー けだものは、あなたの方じゃないか! 自分はどこから生まれたのさ、田舎者! 女を大事にすることを教えなかったところを見ると、あんたのおっかさんてのはきっと、とんでもないお引きずりだったんだろう。フレッド 黙らないか、貴様?リッジー お引きずりよ! お引きずりだよ!フレッド (青ざめた声で)おい、教えてやるがね、此処の男達には、おふくろのことはあんまりちょくちょく言わない方がいいぜ、その咽喉首を締められたくなかったらな。リッジー (男に歩み寄り)締めてごらん! さあ、締めてごらんよ!フレッド (後退りして)大人しくしろよ、おい。(リッジーはテーブルの上の陶器の壷を取り上げる、明らかに男の頭に叩きつけるつもりである)ほら、もう十ドル、おい、大人しくしろ。大人しくしないと、豚箱へ入れるぞ!2026/07/04 20:46:4912.夢見る名無しさんリッジー 豚箱へ入れるって、あんたが?フレッド 俺が、さ。リッジー あんたがねえ?フレッド 俺がだ。リッジー 脅かしっこなしよ。フレッド 俺は、クラークの息子だぞ。リッジー どのクラーク?フレッド 上院議員のさ。リッジー へえ。それなら私は、ルーズヴェルトのお嬢さんよ。フレッド クラークの顔、新聞で見たことあるだろう。リッジー あるわ……それで?フレッド ほら、これだ。(一枚の写真を見せる)隣にいるのが俺だ、俺の肩へ手をかけてる。リッジー (急に大人しくなって)まあねえ! 本当にご立派だわ、お父さん! ちょっと、見せて。 フレッドはその手から写真をむしり取る。フレッド いいよ、もう。リッジー 本当にご立派ねえ。随分、きちんとした厳めしい様子をしていらっしゃるのねえ? とても口先の上手い人だっていうけど、本当? (彼は答えない)今のお庭は、おうちのお庭?フレッド ああ。リッジー お父様、随分堂々としてらっしゃるのね。あの肘掛椅子に座っている小さなお嬢さんたちは、あれ皆、あんたのお妹さん? (彼は答えない)お家、丘の上にあるのね?フレッド ああ。リッジー それじゃ、朝なんか、ご飯を食べる時には、窓から街中を見晴らしてるわけね?フレッド ああ。リッジー ご飯の時、皆を呼ぶのに、鐘を鳴らす? 教えてくれたっていいじゃないの。フレッド 銅鑼を叩くんだよ。リッジー (うっとりして)銅鑼を! あんたの気が知れないわ。私だったら、そんな家族があってそんな家があったら、他所へ泊るなんて、罰が当たっちまうわ、きっと。(間) お母さんのこと、謝るわね。かっとしちゃったのよ、あの時。お母さんも、今の写真にいらっしゃって?フレッド おふくろの話は口止めだって言ったろう。リッジー そう、そうね。(間)ねえ、一つだけ聞いてもいい? (彼は答えない)あんた遊ぶのが嫌いなら、私の所へ何しに来たの? (彼は答えない。彼女はため息をつく) まあ、いいわ。ここでこうやっている間に、あんたのやり方になれるようにしてみるわ。 間。フレッドは鏡の前で、一掻き、櫛を入れる。2026/07/04 20:48:5813.夢見る名無しさんフレッド 北部から来たんだろう?リッジー そうよ。フレッド ニューヨークからか?リッジー そんなことあんたと何の関係があるの?フレッド ついさっきニューヨークの話をしたじゃないか。リッジー ニューヨークの話なんか誰にでも出来るわよ、何の証拠にもならないわ。フレッド どうしてそこにじっとしていなかったんだい?リッジー あそこはもううんざり。フレッド ごたごたか?リッジー 酷いもんよ。自分で招いてね、いろいろあるでしょう、そういう生まれつきが。見た、この蛇? (男に腕環を示す)これが祟ってるのよ。フレッド そんなものを、何故してるんだい?リッジー 目下のところは私が持ってるんですもの、私が大事にしてなけりゃね。そりゃあ怖いものらしいわよ、蛇が仇をするって。フレッド 黒んぼが強姦しようとしたっていうのは、お前だろう?リッジー え?フレッド 一昨日、六時の急行で着いたんだろう。リッジー ええ。フレッド じゃあ確かにお前だ。リッジー 誰も強姦なんてしようとしなかったわよ。(やや苦しげに笑う)強姦だなんて! あんた、知ってるの?フレッド お前だよ、昨日ダンスホールで踊った時、ウェブスターがそう言ったよ。リッジー ウェブスターが? (間)それでなんだ!フレッド 何が?リッジー それで、あんた眼をぎらぎらさせてたのね? 興奮したんでしょう、ええ? いやらしい人! お父さんはあんなに立派なのにさ。フレッド 馬鹿! (間)もしお前が黒んぼと一緒に寝たと思えば……リッジー それから?2026/07/04 20:52:4314.夢見る名無しさんフレッド 家には有色人種の雇人が五人いるがね。俺に電話がかかってくる、そいつらの一人が受話器をはずした、そういう時には、そいつは受話器をよく拭いてからよこすことになってるんだ。リッジー (感心して口笛を鳴らす)へえ!フレッド (穏やかに)俺達は黒んぼはあんまり好きじゃないんだ、この土地ではね。それから黒んぼと遊ぶ白人もね。リッジー いいわよ、もう。私だって、別にどうってことはないけど、あの人達に触ってもらいたいとは思わないものね。フレッド どうだかねえ? お前は悪魔だしさ。黒んぼもやっぱり悪魔だからな……(突然)それで? 強姦しようとしたんだろう。リッジー だから、どうしたっていうのよ、それが?フレッド そいつらは二人連れでお前の座席へ乗り込んできた。しばらくすると、二人でお前に飛び掛かってきた。お前が助けを求めた、白人達がやって来た。一人の黒んぼが剃刀を取り出した、そこで白人がピストルで撃ち殺した。 もう一人の黒んぼは逃げちまったってわけさ!リッジー ウェブスターがそう言ったのね?フレッド ああ。リッジー 何処で聞いたって?フレッド 街中でそう言ってるもの。リッジー 街中で? 有難い話ね。他にすることはないものかしらねえ?フレッド いきさつは、俺の言った通りだろう?リッジー とんでもない。黒んぼは二人とも大人しくしてましたよ、二人で話をしてたわ。私のことなんか、見向きもしなかったわ。そこへ、白人が四人乗り込んできてさ、その中の二人が私に擦りついてきたわよ。 ラグビーの試合に勝ってきたもんだから、酔っ払ってさ。皆でここは黒んぼの匂いがするって言いだして、黒んぼ達をデッキから拗り出そうとしたんだわ。 黒んぼは防ごうとして一所懸命よ。とうとうお終いに、白人が一人、目の所に拳固を食らってさ。だもんだから、その人ピストルを出して、射っちまったのよ。それだけの話よ。 もう一人の黒んぼは、汽車が駅に着いた途端に飛び出していったわ。フレッド 知ってるよ。あいつは時間の問題だ。(間)判事の所へ呼ばれたら、今のその話をするつもりかい?リッジー そんなことあんたと何の関係があって?フレッド 返事をしろ。2026/07/04 20:54:4615.夢見る名無しさんリッジー 判事の所なんか行かないわよ。ややこしい話は大嫌い。フレッド 行かずに済むもんか。リッジー 行きません。今更警察沙汰になんか、なりたくないわ。フレッド 向うから捜しに来るさ。リッジー そうしたら見た通りの事を言うわよ。 間。フレッド 自分のやらかそうとしてることが、よく分かっているのかい?リッジー 何をやらかそうとしてる?フレッド 白人を向こうに回して、黒んぼのために証人に立とうとしてるんだぜ。リッジー 白人の方に罪があればね。フレッド 罪は無いさ。リッジー だって殺したんだもの、罪はあるわ。フレッド 何の罪だい?リッジー 人殺しの罪よ!フレッド だけど相手は、黒んぼだぜ。リッジー だから?フレッド 黒んぼを殺すたびにいちいち有罪になってたんじゃ……リッジー そんな権利ってないわよ。フレッド どんな権利だよ?リッジー そんな権利ってないわよ。フレッド そいつは北部から来たんでね、お前の権利は。(間)罪があろうとなかろうと、同じ人種の男に罰を受けさせるわけにはいくまいね。リッジー 誰にも罰なんか受けさせたくはないわ。私の見たことを聞かれるんでしょう、だからその通り言うわよ。 間。フレッドは女に歩み寄る。2026/07/04 20:56:1416.夢見る名無しさんフレッド お前、その黒んぼとどんな関係があるんだ? どうして庇うんだ?リッジー 見たこともない人よ。フレッド ふん、それで?リッジー 本当のことを言いたいのよ、私は!フレッド 本当のことをね! 十ドルの淫売が本当のことを言いたいってね! 本当もへちまもあるもんか。白人があって、黒んぼがある、それだけさ。一万七千の白人と二万の黒んぼだ。 ここは、ニューヨークじゃないんだぜ。面白半分の権利なんか俺達にはないんだ。(間)トーマスは俺の従弟なんだ。リッジー え?フレッド トーマス、殺した奴さ。従弟だ、俺の。リッジー (驚いて)へええ?フレッド あいつはちゃんとした男なんだ。お前には大したことじゃないだろうがね。とにかく、ちゃんとした男なんだ。リッジー ちゃんとした男が私に寄り掛かり通しで、何遍もスカートを捲ろうとしたってね。そのちゃんとした男をここへ連れて来るといいわ! あんた方が親類同士だって、今更驚きもしないわよ。フレッド (手を振り上げ)こいつ! (こらえて)お前は悪魔だからな。相手が悪魔じゃね、悪いことしかできまいさ。お前のスカートを捲ったり、汚らしい黒んぼを射ち殺すくらい、へいちゃらさ。 考えもなしにやっちまったことなんだ、そいつは問題にならないよ。トーマスは指導者だ、これが問題なんだ。リッジー そうかもしれないわね。でも、黒んぼは何もしませんでした。フレッド 黒んぼは、しょっちゅう何かしらやってるんでね。リッジー お巡りに人を渡すなんて、絶対にしないわよ。フレッド もし奴でなけりゃ、トーマスさ。どっちにしたって、一人は渡すことになるんだ。選ぶだけだね、お前は。リッジー 挙句がこれじゃないの。どぶの泥の中へ首まで浸かってるんじゃないの。選び直させようと思って。(自分の腕環に)厭らしい! 疫病神! お前のすることはいつだってこれじゃないか! 腕環を床に投げつける。フレッド いくら欲しいんだ?リッジー 一文もいらないわよ。フレッド 五百ドルやろう。リッジー いらないわよ。2026/07/04 20:58:2117.夢見る名無しさんフレッド 五百ドル稼ぐには、一晩や二晩じゃ追いつかないはずだぜ。リッジー あんたみたいなけちんぼにぶつかってりゃ、なおさらね。(間)じゃあ、昨夜私に合図をしたのは、そのためだったのね?フレッド さあね。リッジー そのためだったのよ。お腹の中で、こいつがその娘だ、こいつの家へ着いて行って、取引をしてやろう。それが目当てだったのよ! 私の手を弄りまわしてたけど、自分は氷みたいに冷たかったんだ、 そうして考えてたんだ、どうしたらこいつをうまく誘き出せるかって。(間)ねえ、どう! 何とか言ったらどう、兄さん……闇取引の口をかけに来たなら、私と寝ることはなかったじゃないか。 ええ? どうして私と寝たんだ、ちきしょう? どうして私と寝たんだ!フレッド 大方、魔でもさしたんだろうさ。リッジー (泣きながら椅子に崩れる)ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう!フレッド 五百ドルだ! おい、めそめそするなよ! 五百ドル! 泣くな! 泣くなってば! リッジー! リッジー! 落ち着けよ! 五百ドルだってんだから!リッジー (啜り泣いている)落ち着かないわよ、私。五百ドルなんかほしくないわよ、嘘の証言なんかしたくないわよ! ニューヨークへ帰りたい、行っちまいたい! 行っちまいたい! (呼鈴が鳴る。彼女はぴたりと泣き止む。もう一度、呼鈴が鳴る。低い声で)何だろう? 黙って。(長い呼鈴)開けないわ。じっとしててね。 扉を叩く音。声 開けてくれよ、警察だ。リッジー (低い声で)おまわりだ。こんな事だろうと思ったわ。(腕輪を示す)こいつのせいよ。(身を屈めてそれを再び腕につける)やっぱり大事にしてる方がいいんだわ。あんた、隠れてよ。 扉を叩く音。声 おい、警察だ!リッジー ねえ、隠れてったら! お化粧部屋へ行ってよ。(男は動かない。彼女は力任せに押し立てる)よう行ってよ! 行ってよ!声 いるのか、フレッド? フレッド?いるのかい?フレッド いるよ! 女を押し返す。彼女は茫然自失して彼を見つめる。2026/07/04 21:00:1818.夢見る名無しさんリッジー 初めからそのつもりだったのね! フレッドは扉を開けに行く。ジョンとジェイムスとが入って来る。第三景 同じ人物、ジョンとジェイムス。 扉は開けっ放しになっている。ジョン 警察だ。リッジー・マッケイってのは、お前だな。リッジー (聞いていない、相変わらずフレッドを見つめている)始めからそのつもりだったんだ。ジョン (彼女の肩を捉えて揺すぶる)聞かれたら返事をするんだよ。リッジー え? そうよ、私よ。ジョン 証明書。リッジー (自制する、厳しく)あんた達、何の権利があって尋問するの? 何しに来たのよ、此処へ。(ジョンは星章を見せる)お星様なんて誰だってつけられるわよ。あんた達、こちらのお仲間なんでしょう、皆でぐるになってゆすりに来たのね。 ジョンは彼女の鼻先に身分証明書を突きつける。ジョン 分かったか?リッジー (ジェイムスを示して)そっちの人は?ジョン (ジェイムスに)見せてやれ。(ジェイムスは見せる。リッジーはそれを見届けると、無言のままテーブルへ行き、証明書を取り出して彼らに渡す。フレッドを示して) お前、昨夜この男を家へ連れ込んだろ? 売春が違法行為になるのは知ってるな。リッジー 一体あんた達は、令状も持たずに人の家へ上がり込んでくる権利があるの? 七面倒くさいことを言い出されると、困るんじゃないの?ジョン 我々に口出しは要らない。(間)この男を家へ連れ込んだかどうかと聞いてるんだ。 彼女は変わった、警官達が入って来た時からである。彼女は一層頑なになり、一層野卑になっている。リッジー 骨は折らせないわよ。ええ確かにね、家へ連れて来たわ。だけど、算盤ずくを離れて恋をしたのよ。それでもいけないの?フレッド テーブルの上に十ドル紙幣が二枚ありますな。それは私ので。2026/07/04 21:02:3419.夢見る名無しさんリッジー 証拠を言ってごらんよ。フレッド (女を見ずに、他の二人に)昨日の朝、銀行から卸しましたんでね、それと一緒に、同じ組番号のが二十八枚。番号をお調べになるだけで十分でしょうな。リッジー (荒々しく)私断ったわよ、そんな汚らわしい紙幣、断ったわよ。この人の顔に叩きつけてやったわよ。ジョン 断ったものが、どうしてこのテーブルの上にあるんだ?リッジー (沈黙の後)やられたわね。(彼女は一種の麻痺の状態でフレッドを見つめる、そしてほとんど穏やかな声で)始めからそのつもりだったのね? (他の二人に)さあ。どうしろっていうの?ジョン 座れ。(フレッドに)話は通してあるんだろうね? (フレッドは頭で合図をする)座れって言うんだ。(女を肘掛け椅子に突き飛ばす) お前の文書による証言があれば、判事はトーマスを釈放することを認める。かわりに拵えといてやったからな、お前は署名だけすればいい。明日、正式の尋問がある。字は読めるな? (リッジーは肩をびくんとさせる。彼は文書を差し出す)読んで、署名をしろ。リッジー こんなもの隅から隅まで嘘っぱちよ。ジョン かも知れんな。それで?リッジー 署名なんかしないわよ。フレッド 送り込んじまえよ。(リッジーに)一年六か月だぞ。リッジー ええ、一年六か月よ。そのかわり出て来たら、あんたの命を貰うわよ。フレッド そうは問屋が卸すまいね。(彼らは見つめ合う)君達、ニューヨークへ電報を打たないといけないよ。向うでもごたごたを起こしているらしいからね。リッジー (感心して)厭らしい、女みたいね、あんたは。男がこうまで厭らしくなれるなんて、思っても見なかったわ。ジョン さあ、決めろ。署名をするか、それとも牢屋へ連れて行くか。リッジー 牢屋の方がいいわね。嘘はつきたくないもの。フレッド 嘘はつきたくない、か? じゃあお前は夜つぴてやったのは、ありゃ何だい? 俺の事を、ねえあんただの、ねえ恋人だの、ねえあたしのちびさんだのって、あれが嘘じゃないのか? 呼吸を弾ませてさ、こいつ喜んでやがるなと俺に思い込ませようとしてさ、あれが嘘じゃないって言うのか?2026/07/04 21:08:3720.夢見る名無しさんリッジー (挑んで)あんたにやその方がしっくりするんだろう、ええ? いいえ、嘘じゃなかったわ。 彼らは見つめ合う。フレッドは眼を逸らす。フレッド けりをつけよう。さあ、俺の万年筆だ。署名しろ。リッジー あんたなら出来るでしょうね。 沈黙。三人の男は困惑している。フレッド 御覧の通りさ! 御覧の通りのていたらくさ! 町で随一の男だぜ、そいつの運命が一人の娘っ子の気紛れ次第なんだ。(彼はやたらに歩き回る。そして不意にリッジーの所へ引き返してくる)この男を見ろ。 (一枚の写真を見せる)犬みたいな暮らしをしてる内には、男も随分見たんだろう。これほどの男が、そうざらにあるか? この額を見ろ、この顎を見ろ、この制服にたくさんついている勲章を見ろ。いや、いかん、目を逸らすな。 ちゃんと見るんだ。お前の犠牲になる男だ、真正面から見なきゃいかん。どんなに若々しいか、どんなにしっかりしているか、どんなに好い男だか、お前にも分かるだろう! じっとしてろ、十年経って、 監獄から出てくる時には、こいつは爺さんよりももっと老けちまってるだろう、髪の毛も歯もすっかり脱けちまってるだろうさ。それでお前は満足なんだ、結構な商売だな。今までは、散々人のうしろから金をふんだくってさ。 今度は、一番立派な男を選んで、そいつの一生を台無しにしちまうんだ。何とか言わないのか? 骨の髄まで腐ってるのか、貴様は! 膝をつけ、売女! 貴様はこいつの顔に泥を塗る気なんだ、こいつの写真の前に跪づけ! 男たちの開けっ放しにした扉口から、クラークが入って来る。2026/07/04 21:10:4221.夢見る名無しさん第四景 同じ人物、上院議員を加う上院議員 その人を放しなさい。(リッジーに)お立ちなさい。フレッド ヘロウ!ジョン ヘロウ!上院議員 ヘロウ! ヘロウ!ジョン (リッジーに)上院議員のクラークさんだ。上院議員 (リッジーに)ヘロウ!リッジー ヘロウ!上院議員 よし。紹介が済んだ。(リッジーを見る)こちらがその若い娘さんだな。なかなか気持ちのよさそうな方じゃないかね。フレッド 署名をしたがらないんだ、こいつ。上院議員 そりゃ当たり前だとも。お前達はこちらへ上がり込んでるが、そんな事をする権利はないんだ。(ジョンの身振りに、強く)そんな事をする権利はこれっぽっちもない。お前達はこの方に乱暴を働いて、 心にもないことを言わせようとしておる。そういうやり方はアメリカ的ではない。その黒んぼは、あなたに暴行をくわえましたか?リッジー いいえ。上院議員 よろしい。これではっきりした。さあ、私の眼をごらん。(彼女は見つめる)確かに嘘はついておられん。(間)可哀想にな、メアリーも。(他の男達に)さあ、みんな来なさい。 もうこうしていても何もならん。後はただ、お嬢さんにお詫びを申し上げるだけだ。リッジー メアリーってどなたですの?上院議員 メアリーですか? 私の妹です、あの運の悪いトーマスの母親ですよ。今度のことで死にそうになっている、どうも気の毒な婆さんで。それでは、御機嫌よう。リッジー クラークさん!上院議員 何です?リッジー 口惜しいんですわ、私。上院議員 何が口惜しいんです、だってあなたは本当のことを言ったんでしょう?リッジー それが口惜しいんです……その本当の事が。上院議員 それはどうも、何とも致し方がありませんな、我々の力ではねえ、それに誰だって、あなたに?の証言を要求する権利はないんですしね。(間)いや、もうあれの事は、気になさらんで下さい。リッジー どなたのこと?上院議員 妹です。妹のことを気にしておられたんじゃないんですか?2026/07/04 21:13:1322.夢見る名無しさんリッジー ええ。上院議員 ほら、私にはちゃんと分かる。どうです、一つ、あなたのお頭の中にあることを、言ってみましょうかな? (リッジーの真似をして)「もしも私が署名をしたら、クラークさんは妹さんのお家へ会いにいらっしゃるだろう、こう仰るだろう、『リッジー・マッケイはいい娘だ。お前に息子を返してよこしたのは、あの娘だよ』妹さんは涙を流して喜ぶだろう、そうして、こう仰る『リッジー・マッケイですね? その名前を末永く忘れないようにしましょう』私には家族っていうものがない、社会から除け者にされる廻り合わせになってしまった、その私に、気立てのさっぱりしたちっちゃなおばあさんが一人、出来るかもしれないんだわ、その方は大きなお家の中で私のことを考えててくださるんだわ、私にアメリカ人のお母さんが出来るかもしれないんだわ、その方は心の中で私を養女に決めてらっしゃるかもしれないのよ」可哀想にな、リッジーさん。もう気になさらんで。リッジー 白髪おありなんでしょうね?上院議員 真っ白です。しかし顔立ちはまだ若い。あれの笑う所をごらんになったら……いやあれはもう笑うこともないでしょう。さようなら。明日は判事に本当のことをおっしゃってください。リッジー お帰りですの?上院議員 ええ、帰ります。妹の所へ行きます。ここでの話を、聞かせてやらねばならんので。リッジー ご存知なんですの、此処へいらっしゃったこと?上院議員 私が来たのは、妹の頼みなんでしてね。リッジー まあ! じゃ、待っていらっしゃるのね? そこへ署名を断ったって言いにいらっしゃるのね? どんなに、憎い奴だとお思いになるでしょう!上院議員 (彼女の肩に両手を置いて)可哀想に、私も、あなたの立場になりたくはないんだが。リッジー 何てこったろう! (自分の腕環に)もとはと言えば、みんなお前のせいなんだ、ちきしょう!上院議員 何です?リッジー 何でもないの。(間)こうなってみると、黒んぼに本当に手込めにされなかったのが、不運なんだわ。上院議員 (動じて)リッジーさん。リッジー (悲しげに)そうすれば皆さんもお喜びになれるし、私だって、こんなに苦しまないで済んだんだわ。2026/07/04 21:17:1223.夢見る名無しさん上院議員 ありがとう! (間)何とかお力添えしてあげたいものだが。(間)どうもねえ、事実は事実なんで。リッジー (悲しげに)ええ、そうよ。上院議員 ま、その事実というのは、黒んぼが暴行を働かなかったということなんだが。リッジー (同じ演技)ええ、そうよ。上院議員 そう。(間)むろんそこに、第一段階の真実が関係してくるわけなんですがね。リッジー (分からない)第一段階の……上院議員 さよう。つまり……民衆的真実と言いますか。リッジー 民衆的? 本当のことじゃないんですか?上院議員 いやいや、本当のことですとも。ただね……いろいろな種類の真実があるから。リッジー 黒んぼが強姦したと思ってらっしゃるのね?上院議員 いや、いや、暴行は働かなかったのです。ある観点からすればですね、黒んぼはちっとも暴行は働いておらん。しかしですな、御覧の通り私は老人です、世の中もだいぶ渡って来た、 結構間違いもしでかしました、そしてこの五十六年になって、まあほんの少々だが間違いを起こすことも少なくなっている老人です。で私は今度のことについても、あなたと違った意見を持っておるのです。リッジー だって、どんなご意見ですの?上院議員 どうご説明しますかな? よろしいか、今、突然目の前にアメリカ国民が現れたと想像しましょう。国民はあなたに何といいますかな?リッジー (怖くなって)多分、大して言うこともないんじゃないかと思うけど。上院議員 あなた、共産党員ですか?リッジー 恐ろしい! 違いますよ。上院議員 それじゃ、言うことは沢山ある。国民はこう言うでしょう。「リッジー、お前は今や、私の二人の息子の内、一方を選ばなければ鳴らぬ羽目にたち到った。どちらか一人が姿を消さなければならない。 一体こういう場合にはどうすればいいのだ? 立派な方を残しておくものだ。さあそれでは、どちらの方が立派かを調べてみようではないか。どうだね?」リッジー え、いいわ。あら、ご免なさい! あなたが言ってらっしゃるんだとばかり思って。2026/07/04 21:19:1624.夢見る名無しさん上院議員 国民の名において私が言ってるんですよ。(また始める)「いいかね、リッジー、お前が庇い立てしているあの黒んぼは、一体何の役に立ったね? あの男は偶然生まれた、どこでだか神様はご存知だろう。私はあの男を養ってやった、が、どうだ、あの男はそのお返しに何をしてくれたかね? 何もしてくれやせん。 のらくらと日を送る、掻っ払いをやる、歌を歌う、緑や薔薇色の揃いの服を買う。これが息子だ、そして私は他の息子たちと同じようにあの男を愛しておる。 しかし、これはお前に聞くんだが、全体あの男は人間らしい生活を送っておるだろうか。私はあの男が死んでしまっても気がつかんかもしれないよ」リッジー 本当にお話がお上手だわ。上院議員 (脈絡をつけて)「もう一人、反対に、あのトーマスは、黒んぼを殺した、これは甚だよろしくない。しかし私はあの男が必要なんだ。 あの男は百パーセントのアメリカ人だ、ハーヴァード大学で学問を修めた、将校だ---将校はいてもらわねばならん---あの男は自分の工場で二千人からの労働者を使っている---もしそれが死ぬとなれば二千人の失業者だ--- あの男は指導者であり、共産主義とユダヤ人とに対する確固たる防壁なのだ。あの男は生きる義務がある、お前にはあの男の生命を守る義務があるのだ。言うことはこれだけだ。さ、選びなさい。」リッジー 本当にお話が上手だわ。上院議員 選びなさい!リッジー (びくっとして)え? あ、そうね……(間)あなたのお陰で、こんがらがってしまいましたわ、見当がつきませんわ、もう。上院議員 こっちをごらん、リッジーさん。私を信用してますか。リッジー ええ。上院議員 私が悪い行いをすすめるなんてことが、あり得ると思いますか?リッジー いいえ。上院議員 それでは署名をしてくれる筈だね。さ、私のペン。リッジー ねえ、あの方、本当に私のこと喜んでくださるかしら?上院議員 誰が?リッジー お妹さん。上院議員 離れていても、自分の娘のように愛しく思うでしょうな。リッジー 花か何か送ってくださるかしら?上院議員 お送りするでしょう。とも。リッジー それとも写真にサインをして下さるかしら。2026/07/04 21:21:3425.夢見る名無しさん上院議員 むろん出来ることで。リッジー そうしたら私、壁に貼っておくわ。(間。動揺を感じながら歩く)ああ、なんてことだろう! (上院議員の所へ引き返す)もし署名したら、あの黒んぼはどうなさるんですの?上院議員 黒んぼ? ほっ! (彼女の肩を捉える)署名すれば、この町全体がお前を養女にするんだ。この町中がだ。この町中の母親たちがだ。リッジー だって……上院議員 一体お前は、一つの町全体が過ちを犯すなどということが出来るとでも思っているのか? 町全体と言えば、牧師も入れば司祭も入る、弁護士も芸術家も入る、町長も助役たちも慈善事業の団体も入る。 お前はそんなことを本気で思っとるのか?リッジー いいえ、いいえ、いいえ。上院議員 手を出しなさい。(女に力づくで署名をさせる)これでいい。妹と甥に代わって、我々の町の一万七千の白人に代わって、アメリカ国民に代わって、皆の立場を代表して、お前に礼を言う。額。(彼女の額に接吻する)さあ、行こう。 (リッジーに)夜分に、もう一度お目にかかろう。まだ話すことがあるから。 彼は出て行く。フレッド (出て行く)さよなら、リッジー。リッジー さよなら。(男達は去る。彼女は打ち挫しがれたまま、じっとしている、それから、扉口の方へ飛び出していく)待って! 待って下さい! 私、嫌です! その紙、破って! 待って! (彼女は舞台へ返って来る、機械的に、真空掃除機を取り上げる)アメリカ国民! (電気を入れる)まるでその人達に騙されたような気がするわ! 彼女は激しい怒りを込めて掃除機を動かす。---幕---2026/07/04 21:23:5926.夢見る名無しさん第二場 同じ装置、十二時間後。明かりがついている、幾つかの窓が夜空に開かれている。騒めきが聞こえ、それがだんだん大きくなる。黒人が窓に現われる。窓框を跨いで、人気のない部屋の中へ飛び込む。舞台の真ん中まで来る。呼鈴が鳴る。彼は幕の後ろへ隠れる。リッジーが浴室から出て来て、入り口の扉へ行き、開ける。第一景 リッジー、上院議員、隠れている黒人。リッジー どうぞ! (上院議員が入って来る)どうなって?上院議員 トーマスはおっ母さんの懐ろへ帰りました。二人のお礼を持ってきました。リッジー お母様、喜んでらっしゃる?上院議員 すっかり喜びましてな。リッジー お泣きになった?上院議員 お泣き? どうして? あれは勝気な女でね。リッジー あなたが仰ったんだわ、お泣きになるだろうって。上院議員 あれは話の弾みだったんでして。リッジー ねえ、当てにしてらっしゃらなかったんじゃない? 私のことを悪い女だ、黒んぼの方の証人になるに違いないって、思ってらしたね。上院議員 すべて神様の御手に委ねておったようで。リッジー 私のことをどう思ってらっしゃるの?上院議員 そりゃ、感謝しています。リッジー どんな様子してるかなんて、お訊きにならなかった?上院議員 え、別に。リッジー いい娘だってお思いにいなったかしら?上院議員 あんたは義務を果たしたと、そう思ってます。リッジー あ、そう?……上院議員 この先も続けて下さるようにと望んでいます。リッジー ええ、そうね…2026/07/04 21:25:0127.夢見る名無しさん上院議員 私をごらん、リッジー。(彼女の両肩を捉える)この先も続けてくれるでしょうな? 妹をがっかりさせるような事はないでしょうな?リッジー 御心配には及びませんわ。言ってしまったことは、もう取り返しがつかないわ、牢屋に閉じ込められたようなもんよ。(間)何だろう、あの叫び声は?上院議員 何でもありませんよ。リッジー とても我慢できないわ。(窓を閉めに行く)ねえ、クラークさん。上院議員 何です?リッジー 私達は間違ったことをしたんじゃない、私はしなければならない事をしたんだって、本当にそうお思いになる?上院議員 ええ、絶対にね。リッジー 私にはもう分からない。あなたのお陰で、こんがらがってしまったのよ。あなたの考えるのって、あんまり速いんですもの。今、何時かしら?上院議員 十一時。リッジー 陽が出るまで、まだ八時間もあるのね。この分じゃ、目を瞑れそうもないわ。(間)夜もやっぱり暑いのね、昼間と同じだわ。(間)あの黒んぼは?上院議員 どの黒んぼ? ああ! ありゃ、今捜してるんだが。リッジー 捜して、どうするの? (上院議員は肩をそびやかす。喚声が大きくなる。リッジーは窓際へ行く)ねえ、一体何なの、あの叫び声は? 大勢人が通っていくわ、電気炬火を持って、犬を連れてるわ。 兵隊さんの夜間演習の帰りかしら? それとも……ねえ、言って! あれは何、ねえ、教えて!上院議員 (ポケットから一通の手紙を取り出す)これをあなたにお渡しするように、妹から頼まれましてね。リッジー (生き生きと)お手紙を下さったのね? (封筒を破る、中から一枚の百ドル紙幣を取り出す、手紙を見つけようとして探すが、見つからない。彼女は封筒を揉み潰して、床に投げ捨てる。声が変わる)百ドル。 ご満足でしょうね、きっと。あなたの息子さんは、五百ドルって約束してくれたわよ。大した御倹約ね。上院議員 いや、どうも。リッジー あなたからお礼を仰ってね。私は、瀬戸物の壷とかナイロンの靴下とか、何でもご自分の気持ちで選んでくださったものの方が嬉しかったって、そう仰ってよ。 だってこれじゃ、勘定を払う気じゃないの、そうでしょう? (間)斯され通しだったのね。2026/07/04 21:29:0228.夢見る名無しさん 彼らは見つめ合う。上院議員が歩み寄る。上院議員 いや、感謝してますよ。ま、これからは少し、差し向かいで話をするようにしよう。あなたは今精神的な危機を通過しておるんだから、援助が入用だ。リッジー 一番入用なのはお金なんだけど、まあ、何とか折り合いがつくと思うわ、あなたとなら。(間)今までは私、立派な様子をしているから年取った人の方が好きだったわ、 でも今は、年取った人って他の人よりずっとシナ人に似てるんじゃないかって、そんな気がし始めた。上院議員 (陽気になって)シナ人か! 私の同僚たちに聞かせてやりたいな。実に天真爛漫だ! 何かこう、ふしだらな暮らしに染まっておらんものを持っておるねえ! (彼女を愛撫する) ふむ、そう、何か持っておる。(受け身になり軽蔑しながら、彼女はされるままになっている)また来よう、送って来んでもよろしい。 彼は去る。リッジーはその場に立ち竦んでいる。が、彼女は紙幣を取り上げる、揉み潰し、床に投げ、椅子に崩れて、嗚咽を迸らせる。戸外に、叫喚が迫る。遠くで数発の銃声。黒人が隠れていた所から出て来る。女の前に佇む。彼女は頭を上げ、叫びを洩らす。2026/07/04 21:31:0029.夢見る名無しさん第二景 リッジー、黒人。リッジー あ! (間。立ち上る)きっと来ると思ってたわ。ちゃんと分かってた。どこから入って来たの?黒人 窓からね。リッジー 何が欲しいの?黒人 かくまってよ。リッジー 駄目だって言っただろう。黒人 あれ、聞こえるか、奥さん?リッジー ええ。黒人 あれ、狩りが始まったでね。リッジー 狩りって、何?黒人 黒んぼの狩りだで。リッジー まあ! (長い間)大丈夫、此処へ入るところ、見られなかった?黒人 大丈夫。リッジー もしもあんたを捕まえたら、あの人達、何をするの?黒人 ガソリンね。リッジー え?黒人 ガソリン。(或る説明の身振りをする)其処へ火をつける。リッジー 分かったわ。(窓際へ行き、カーテンを閉める)お座り。(黒人は椅子に崩折れる)あんたは私の所へ来る必要があったのね。私の方は一体、何時になったらおしまいになるの? (ほとんど脅かすように黒人に歩み寄る)ねえ、こんなごたごたは大嫌いなのよ、私は。よくって? (地だんだを踏んで)大嫌いよ! 大っ嫌い! 大っ嫌い!黒人 あの人達、私があなたに悪いことしたって思ってるでね。リッジー だから、どうだっていうの?黒人 あの人達、此処へは捜しに来ないだろうね。リッジー あの人達が、何故あんたを狩り出そうとしてるか、知ってる?黒人 何故って、私があなたに悪いことしたって思ってるでね。リッジー 誰がそんな事言い触らしたか、知ってる?黒人 いいえ。リッジー 私よ。(長い沈黙。黒人は彼女を凝視している)どんな気がする?黒人 何だってそんな事したかね、奥さん? よう! 何だってそんな事したかね?2026/07/04 21:33:0330.夢見る名無しさんリッジー 私も自分にそう聞いているのよ。黒人 あの人達、情、ないだろうね。私の眼のところ殴るだろうね。ガソリン缶持って来てぶっかけるよ。よう! 何だってそんな事したかね? 私、あなたに迷惑なことしなかったにね。リッジー したわよ、迷惑な事してくれたわよ。どうして迷惑な事したんだか、あなたには分からないのよ。(間)私を絞め殺したくない?黒人 あの人達、ちょいちょい、人が考えてる事と反対の事を無理やり言わせるでな。リッジー ええ。ちょいちょいよ。そうして無理が通らなくなると、今度はお喋りでこんがらがせちまうのよ。(ま)ねえ? いや? 絞め殺したくないの? 人が好いのねえ、あんたは。(間)明日の晩まで、匿ってあげるわ。 (彼は身動きをする)触らないでよ。黒んぼは嫌いなんだから。(戸外に喚声と数発の銃声)こっちへ来たわ。(窓際へ行き、カーテンを払って往来を見る)私達は綺麗なもんよ。黒人 何してますね。リッジー 通りの両方の口に番兵を立てて、一軒残らず家探しよ。なるほど、此処へ来る気にもなるわね。この通りへ入るところを、きっと誰かに見つかってるのよ。(また外を見る)そうら来た。この家だ。上がって来るわよ。黒人 それ、何人かね。リッジー 五六人よ。後の連中は下で待ってる。(黒人の方へ引っ返す)慄えるのはおよしよ、およしったら! (間。自分の腕環に)厭らしいねえ、この蛇は! (床に投げて踏みつける)ちきしょう! (黒人に)なるほど、此処へ来る気になるわけだわ。(彼は立ち上がる、そして出て行こうとして身動きをする)お止し。出たらやられるよ。黒人 屋根ね。リッジー この月夜に? 的になりたけりゃ、行くがいいさ。(間)待っていようよ。一階と二階を捜してから、此処へ来るんだから。慄えるのはお止しって言ったろう。 (長い沈黙。彼女は行きつ戻りつする。黒人は椅子にぐったりしている)あんた得物は持ってないの?黒人 とんでもないね!リッジー そう。 彼女は抽斗を探り、ピストルを取り出す。黒人 何する気ね、奥さん?2026/07/04 21:34:5231.夢見る名無しさんリッジー あいつ達に扉を開けて、お入りなさいって言ってやるのよ。あいつ達はこの二十五年間っていうもの、やれ年をとった白髪のおっ母さんだの、やれ戦争の英雄だの、やれアメリカ国民だのって、私を丸め込んできたんだわ。 だけどもう分かったわよ。扉を開けて、言ってやるのよ。「この人はここにいるわ。いるけどこの人は、何もしなかった。私は?の証言をさせられたんだ。この人が何もしなかったことは、神様に誓うわ」黒人 それ、信じてくれないだろうね。リッジー かも知れないさ、信じてくれないかも知れないさ。そうしたら、あんたがピストルで狙いをつけるのよ。退散しないようだったら、その中へぶっ放すのよ。黒人 また他の人達が来るもの。リッジー 他の奴等にもぶっ放すのさ。そうして、もし上院議員の息子を見つけたら、逃がさないようにするのよ。すっかりお膳立てをしたのはそいつなんだからね。私達、釘付けになっちまったのよ、そうじゃない? どっちにしても、私達のごたごたもこれでおしまいよ、だって、そうでしょう、もし奴等がここであんたを見つけたら、私の命だってとても助かりっこはないんだもの。だから、その代わりにやっつけるの、大勢道連れにしてやるのよ。 (ピストルを差し出す)お取りよ! お取りってば。黒人 私、出来ませんね、奥さん。リッジー ええ?黒人 私、白人、射てないね。リッジー 本当にまぁ! 向う様で恐れ入っちまうわ。黒人 だって、白人だでな、奥さん。リッジー それがどうしたの? 白人だからって、あんたを豚みたいにして、血だらけにして殺す権利があるっていうの?黒人 白人だでな。リッジー 甲斐性なし! ねえ、あんたはあたしにそっくりよ、あたしと同じくらい、愚図よ。つまりね、向こうが皆で纒ってるんなら……黒人 どうしてあなた、自分で射たないのかね、奥さん?リッジー あたしは愚図だって言ったろう。(会談に足音が聞こえる)そうら、来た。(短い笑い)落ち着いてね。(間)お化粧部屋へ隠れて。動いちゃ駄目よ。息を殺して。 黒人は言われた通りにする、リッジーは待ち構える。呼鈴。彼女は十字を切り、腕環を拾って、扉を開けに行く。小銃を持った男達。2026/07/04 21:37:1532.夢見る名無しさん第三景 リッジー、三人の男。男1 黒んぼを捜してるんですがね。リッジー どんな黒んぼ?男1 汽車の中で女を手込めにしてからに、上院議員さんの甥御さんに剃刀で怪我をさせたって野郎でね。リッジー 神様に誓うわ、此処は捜す必要ないのよ。(間)私に見覚えない?男2 ある、ある、あるぜ。一昨日、汽車から降りて来るところを見かけたぜ。リッジー その通り、だって黒んぼが手込めにした女っていうのは、あたしなのよ、だからさ。 (呟き。男達は驚きと渇望と一種の嫌悪とに満ちた眼で、彼女を見る。彼らはそっと後退りする)此処へ来たら、またやるわよ、きっと。 男達は笑う。一人の男 野郎のぶら下がった所を見る気はないかね?リッジー 捕まえたら呼びに来てよ。一人の男 手間は取らせないぜ、なあ、姉ちゃん。この通りに潜り込んでるのは分かってんだから。リッジー うまくやってね。 男達は出て行く。彼女は扉を閉める。ピストルをテーブルに置きに行く。2026/07/04 21:38:5333.夢見る名無しさん第四景 リッジー、続いて黒人。リッジー 出て来ても大丈夫よ。(黒人は出て来る、ひざまずいて、女の服の裾に接吻する)触らないでっていうのに。 (黒人を見つめる)町中の人に追っかけ回されてるところを見ると、やっぱりあんたは、きっと変な人間だわ。黒人 私、何もしなかったね、奥さん、よくご存じだで。リッジー 黒んぼって奴は、何時でも、何かしらやってるって、言うわよ。黒人 決して何もしないよ、決して、決して。リッジー (手を額へやる)もう何が何だか分からない。(間)それにしても、一つの町全体よ、それが根っから間違ってるなんて、ことはないわ---(間)ええっくそ!何も分からない、もう。黒人 こうだでな、奥さん、白人相手にすると、いつでも、こうだでな。リッジー あんたもそう、あんたも自分に罪があるような気がする?黒人 するね、奥さん。リッジー だけど、何もしなかったわね。黒人 しなかったね、奥さん。リッジー 一体あいつ達は何を持ってるんだろう、いつでも皆を自分の味方につけちまうじゃないの。黒人 そりゃ、白人だでな、奥さん。リッジー 私も白人よ、私だって。(間。外に足音)降りてきたわ。(彼女は本能的に黒人に寄り添う。彼は慄えている、しかし彼は女の肩へ手を回す。足音は小さくなっていく。沈黙) (彼女は突然、体をふりほどく)ああ、ねえ? 私達だけなのかしら? 二人ともまるで孤児じゃないの。(呼鈴が鳴る。彼らは沈黙したまま、耳を澄ます。また呼鈴が鳴る)お化粧部屋へ隠れて。 入口の扉を叩く音。黒人は隠れる。リッジーはあけに行く。2026/07/04 21:40:5934.夢見る名無しさん第五景 フレッド、リッジーリッジー あんた、気違い? 何だってうちの扉を叩くのさ? 駄目よ、入れないわよ、あんたなんかもう沢山だわよ。行きなさいよ、厭らしい、出て行け! 出て行けってば! (男は彼女を押し返し、扉を閉めて、彼女の両肩を捉える。長い沈黙)どうしようっての?フレッド 悪魔だ、お前は。リッジー そんなこと言うためにわざわざ扉を押し開けて入って来たの? 何て人だろう! 何処から出て行くのよ? (間)返事したらどう。フレッド 町の男達が黒んぼをひとり捕らえてね。生憎ほしじゃなかった。やっぱりリンチにしたがね。リッジー それで?フレッド そいつらと一緒にいたんだがね。 リッジーは口笛を鳴らす。リッジー そんなこったろうと思った。(間)黒んぼのリンチを眺めてると、あんたも引き立つでしょうね。フレッド お前が欲しいんだよ。リッジー え?フレッド 悪魔だなあ、お前は! 俺にお呪いかけやがってさ。俺は皆の中にいた、手にピストルを持っていた、黒んぼは木の枝でぶらんぶらんしている。 俺はそいつを見て、考えた、あの女が欲しいとね。こいつは、自然じゃない。リッジー 放して。放してったら。フレッド おい、どういう下心があるんだい? おい、魔法使い、俺に何を施したんだ? 俺は黒んぼをじっと見つめていた、そうするとお前が見えるんだ。お前が炎の上でぶらんぶらん揺えているのが見えるんだ。俺は射った。リッジー 汚らしい! 放してよ。放してよ! あんたは人殺しよ。2026/07/04 21:43:0335.夢見る名無しさんフレッド 俺に何を施したんだい? 俺の歯が俺の歯茎に食い込んでるような塩梅に、お前が俺に食い込んじまってるんだ。何処へ行ってもお前が見える、お前の腹が見える、汚い女郎の腹がさ、 手の中じゃお前の身体の温かみを感じてるし、鼻の穴の中ではお前の匂いがしてるんだ。此処まで駈けて来たんだが、それがお前を殺すためだったんだか、それとも是が非でもものにするためだったんだか、 自分でも分からなかったくらいだ。今になって、やっと分かったよ。(彼は突然、女を放す)女郎一人のために地獄へ落ちるわけにはいかない。(再び女に近付く)あれは本当か、今朝言ったことは?リッジー 何よ?フレッド 俺がお前を嬉しがらせたって。リッジー 放っといてよ。フレッド おい、誓えよ、本当だって。誓え! (女の手首を捻じる。化粧部屋の中から、物音が聞こえる)何だ、ありゃあ? (耳を澄ます)誰か居るな、此処に。リッジー 気違いね、あんた。誰も居ないわよ。フレッド 居る。化粧部屋の中だ。 彼は化粧部屋の方へ歩いていく。リッジー 入れないわよ。フレッド そうらみろ、居るんだろう。リッジー あれは今日のお客よ。お金をくれる人よ。居るわ。いいでしょう、それで?フレッド お客だ? 客はもう取らせないよ。もう、絶対にな。お前は、俺のものだ。(間)そいつの顔を見てやろう(叫ぶ)出ていらっしゃい!リッジー (叫んで)出ちゃ駄目。陥し穴よ。フレッド このすべた女郎。(荒々しく女を振り放し、扉の方へ歩み寄り、開ける。黒んぼが出て来る)これか、お前の客は?リッジー みんながその人を虐めようとするから、匿ってやったのよ。射たないで、その人に罪がないことよく知ってるじゃないの。 フレッドはピストルを射つ。黒人はいきなり駈けだし、フレッドを突きのけて出て行ってしまう。フレッドは走って後を追う。リッジーは二人が姿を消した表の扉口の所へ行き、叫び出す。2026/07/04 21:44:3236.夢見る名無しさんリッジー その人に罪は無いわ! その人に罪は無いわ! (銃声に初、彼女はとって返す、厳しい顔つき。テーブルへ行き、ピストルを取り上げる。フレッドが帰って来る。彼女は彼の方へ向き直る、観客に背を向けて、後ろ手に武器を持って。 彼は自分のピストルをテーブルに投げ出す)それじゃ、やっつけたのね? (フレッドは答えない)いいわ。じゃ、今度は、あんたの番よ。 ピストルで男を狙う。フレッド おい、リッジー! 俺には、おふくろがあるんだぜ。リッジー お黙り! もうその手は喰わないよ。フレッド (彼女の方へゆっくり歩を運びながら)クラーク家の初代はねえ、たった一人で、一つの森をすっかり開墾した。インディアンを十六人、自分の手で殺して、揚句に奴らの溜まり場で命を落とした。 二代目は、この街をあらかた拵え上げましてね。ワシントン大統領とお互いにお前呼ばわりする仲だったが、合衆国の独立のために、ヨークタウンで死んだ。 俺の曾祖父さんは自警委員会の会長だった、サン・フランシスコでね、大火事の最中に二十二人の人を救い出したもんだ。俺の祖父さんは帰って来てこの街へ住み着いたんだが、ミシシッピーの運河を掘らせて、この州を治めた。 親父は上院議員さ。俺もその後を襲って上院議員になるだろうな。たった一人の跡取り息子で、家名を名乗るどんじりでね。我々はこの国を造ったんだ、この国の歴史は我々の歴史だ。 クラークの一族はアラスカにもいる、フィリピンにもいる、ニューメキシコにもいる。お前は臆面もなく、アメリカ中に向かってピストルを射つ気か?リッジー 前へ出ると、打ち抜くわよ。2026/07/04 21:46:2537.夢見る名無しさんフレッド 射て! さあ、射て! そうらみろ、射てまい。お前みたいな娘っ子にはね、俺みたいな人間を射つことは出来ないんだ。何者だ、お前は? 一体この世で何をした? せめて祖父さんだけでもいい、お前知ってるのか? 俺はね、生きる権利があるんだ。手掛けなきゃならんことが山ほどある、皆が俺に期待してるんだ。そのピストルを寄こせ。(彼女は渡す、彼はそれをポケットにしまう)黒んぼのことだがね、奴さんおそろしく脚が速いんで、射ち損なったよ。 (間。女の両肩に腕をまわす)あの川向こうの、丘の上に住まわせてやろうな、庭のある綺麗な家だ。庭をぶらぶら歩くのはいいが、外出は許さないよ、これでなかなか、嫉妬やきなんでね。週に三回、日が暮れてから会いに行く。 火曜と木曜と、それからウィーク・エンドだ。黒んぼの下働きを二三人と、ついぞ思ってもみなかったような金をやろうな。だがね、俺の起こす気紛れは、何でも叶えてくれなければいけないぜ。色々注文が出るからな! (彼の腕の中で、女はやや意気阻喪する)あれは本当かい、俺がお前を悦ばせたってのは? 返事をしろよ。おい、あれは本当かい?リッジー (疲れて)ええ、本当よ。フレッド (彼女の頬を軽く叩きながら)さあ、何もかも元通りだ、まともになったな。俺の名前はフレッドっていうんだ。---幕---2026/07/04 21:47:34
三日後に二度目のバイト面接。
今日からちょこちょこ面接の練習。
リッジー
黒人
フレッド
ジョン
ジェイムス
上院議員
男1
男2
男3
装置 合衆国南部のどこかにある家具付きの部屋。
第一場
アメリカ南部のある町のある部屋。白い壁。褥椅子一つ。右に窓一つ、左に扉一つ(浴室)。奥は小さな控の間、その突き当りに入り口の扉。
第一景 リッジー、続いて黒人。
幕の上る前に、舞台に激しい吸気音。リッジーが一人、シュミーズ姿で、真空掃除機を動かしている。呼鈴が鳴る。
彼女はためらう、浴室の扉の方を見る。再び、呼鈴が鳴る。掃除機を止めて、浴室の扉を細目に開ける。
何ですの? 番地を間違えてるんでしょう、あんた? (間)ねえ、何の用があるのよ、言ったらどう。
黒人 (哀願して)どうぞね、奥さん、どうぞね。
リッジー 何がさ? (しげしげと彼を見る)ちょっと。あんた、あの汽車に乗ってた人ね? あいつ達から逃げられたのね? あたしの家、どうして分かったの?
黒人 それ、捜したでね、奥さん。すっかり捜したで。(部屋へ入る身振りをする)どうぞね。
リッジー いけないよ。人がいるんだから。だけど、何が欲しいの?
黒人 どうぞ、ねえ。
リッジー だからさ、何がさあ? お金が欲しいんだろう?
黒人 違うね、奥さん。(間)どうぞね、私が何もしなかったって、そう言って下さいね。
リッジー 誰に?
黒人 判事さんにさ。そう言ってね、奥さん、どうぞ、そう言ってね。
リッジー 何も言わないよ、あたしは。
黒人 どうぞ、ねえ。
リッジー 言わないわよ。自分の暮らしだけでも、結構すったもんだしてるんだもの、他人の分まで背負い込みたくないからね。帰っておくれ。
黒人 あなた、私が何もしなかったの知ってるでね。私何かしましたかね?
リッジー そりゃ、なにもしなかったわよ。だけど、私は判事の所へは行かないよ。判事だのお巡りだのって、あんなやつら、洟も引っ掛けてやるもんか。
黒人 私、家内と子供たち置いてきたろう、一晩中ぐるぐる歩き回ってよ。もう、できないね。
リッジー この町から出て行くさ。
黒人 停車場で見張りしてるもの。
リッジー 見張りしてるって、誰が?
黒人 白人。
リッジー どんな白人がさ?
黒人 白人みんなさね。奥さん、今朝、表へ出ませんでしたね?
リッジー 出ないわ。
黒人 大勢いるんだで、往来に。若い人や年取った人やね。それが、皆で寄って話してるんだで、知り合いでもないのに。
リッジー そりゃまた、どういうんだろう?
(間)奥さん、私が何もしなかったって、言って下さいね。判事さんにそう言ってね。新聞の人達にもそう言ってね。あの人達、印刷してくれるかもしれないでね。なあ奥さん、言ってくれね! 言ってくれよね!
リッジー 大きな声しないでよ。人がいるんだから。(間)新聞の方は、当てにしないでよ。私も今、人目を惹く時じゃないんだからね。(間)もしどうしても証人に立たされるようだったら、本当のことを言うわ、約束するわよ。
黒人 言ってくれるかね、私が何もしなかったって?
リッジー 言うわよ。
黒人 奥さん、それ誓ってくれるか?
リッジー 誓うよ、誓うよ。
黒人 私達見てる神様に、それね。
リッジー いい加減におしよ、本当に! 約束するってんだから、いいじゃないか、それで。(間)お帰りよ! お帰りったら!
黒人 (だしぬけに)どうぞね、かくまってよ、私。
リッジー かくまう?
黒人 いけないか、奥さん、いけないかね?
リッジー かくまうんだって! 私が? そうら。(彼の鼻先でぴしゃりと扉を閉める)冗談じゃないや。(浴室の方を振りかける)出てきてもいいわよ。
フレッドが出てくる、上着を脱いで、カラーもネクタイもしていない。
フレッド 何だ、今の?
リッジー 何でもない。
フレッド 警察かと思った。
リッジー 警察? 何か引っかかりでもあるの、警察に?
フレッド 俺はないさ。お前のことでかと思ってさ。
リッジー (機嫌を損ねて)ねえちょっと! 私はどなたからも、びた一文だって頂いたことはないわよ!
フレッド じゃ、警察のご厄介になったことは一度もないっていうのかい?
リッジー とにかく、泥棒では、ならないわね。
掃除機を取って、せっせと働きだす。激しい吸気音。
フレッド (その音に苛立って)ええい!
リッジー (相手に聞き取らせようとして叫ぶ)どうかしたの?
フレッド (叫ぶ)聾になりそうだ。
リッジー (叫ぶ)すぐに済むわよ。(間)こうなのよ、私。
フレッド (叫ぶ)なにい?
リッジー (叫ぶ)こうなのよって言ったの。
フレッド (叫ぶ)どうなのよ?
リッジー (叫ぶ)こうなのよ。翌朝の方がずっと辛いのよ。お風呂へ入って、掃除しなきゃならないんですもの。
掃除機を置く。
フレッド (寝床を示して)そうやってる暇に、あれ、蔽しをしろよ。
リッジー 何?
フレッド 寝床さ。蔽いをしろっていうんだよ。罪の匂いがする。
リッジー 罪? そんな言葉、どこで覚えてきたの? あんた、牧師さん?
フレッド いいや。どうして?
リッジー いうことが聖書みたいだからさ。(男をじろじろ見る)違う、牧師さんじゃないわ。身嗜みがよすぎるもの。ねえ、指輪見せてよ。(感歎して)まあ! ねえ! ねえ、あんた! お金持ちなのね。
フレッド そうさ。
フレッド とても、ね。
リッジー いいわねえ。(彼の頸に腕を置き、唇を差し出す)あたし男の人は、その方がいいと思うわ。お金持ちの方が頼もしいわ。
男は抱擁するのをためらう、そして外を向く。
フレッド 寝床に蔽いをしろよ。
リッジー はい、はい! 蔽いを致しますわ。(蔽いをして、独りで笑う)「罪の匂いがする!」そんなこと、私、気がつかなかったのにさ。ねえ、だからそれは、あんたの罪なんだわ。(フレッドの身振り)ええ、ええ、そうよ。
あんたと私の罪よ。だけど、私のは心の中にあるの、こんなに……(寝床に腰を下ろし、フレッドを無理に自分の脇に座らせる)いらっしゃいよ。腰掛けましょうよ、私達の罪の上へ、どう、好い罪だったでしょう? 嬉しい罪。
(笑う)ねえ、眼を伏せちゃいや。私が怖いの? (フレッドは突然、彼女を抱き締める)苦しい! 苦しいわ! (彼は放す)おかしな人ねえ! お行儀が悪いわよ、あんた。(間)あんたの名前、教えてよ。言いたくない?
ねえ、名前が分からないと困るのよ。本当に、はじめてよ、こんな事って。苗字はね、そりゃ皆滅多には言わないわ。分かるわよ、それは。だけど、名前はそうはいかないわよ!
だってあんた、どうやって区別するのよ、名前を知らなかったら、あの人だのこの人だのって。おっしゃい、ねえ、おっしゃいよ。
フレッド 言わないよ。
リッジー それじゃあ、あんたは無名の紳士だ。(立ち上がる)待っててね、片づけちまうから。(幾つかのものを置き直す)此処へ。こっちと。すっかり、きちんとしたでしょう。椅子はぐるっとテーブルの周りに。この方が上品でしょ。
あんた、グラビア写真を売る人、知らない? 壁に色んな肖像画を貼りたいと思ってるの。トランクの中に一枚あるのよ、綺麗なのが。「割れた鉢」っていうの。若い娘さんが一人でいる絵。その娘が鉢を割っちゃったのね、可哀想に。フランス人よ。
フレッド どんな鉢だい?
ああ、カーテンを引いて、窓を開けるわね。(そうする)好いお天気! 一日の始まり。(伸びをする)ああ! のびのびしていい気持ち! お天気はいいし、お風呂もよかったし、恋も充分にしたしさ。
ああ、いいわ、本当に気持ちがいいわ! ね、こっちへ来て、景色をご覧なさいよ。いらっしゃいよ! いい景色よ。木の他には何もないの、素敵だわねえあんた、私本当に運がよかったのね。
いきなりこんな綺麗な界隈に部屋が見つかったなんて。来ないの? 自分の町が気に入らないのね?
フレッド 俺の窓から見れば気に入るさ。
リッジー (不意に)ねえ、朝起きた時黒んぼを見ると、縁起が悪いんじゃない?
フレッド 何故だい?
リッジー 私ね……今、真ん前の石畳をひとり通ったから。
フレッド 黒んぼを見ると、いつでも縁起は悪くなるさ。黒んぼってのは、ありゃ悪魔だ。(間)窓を閉めろ。
リッジー 空気を入れ換えちゃいけないの?
フレッド 窓を閉めろって言うんだ。よし。それからカーテンをひけ。明かりを点けろ。
リッジー どうして? 黒んぼが気になるの?
フレッド 馬鹿。
リッジー こんなに良く陽が当たってるのに。
フレッド 陽なんか当たらなくってもいいんだ、此処には。部屋を昨夜のまんまにしといてもらいたいんだ。窓を閉めろってんだよ。お天道様には、外でまた会えるんだ、俺は。
立ち上がり、女の方へ行き、彼女をじろじろ見る。
リッジー (ぼんやりと不安になって)どうしたのよ?
フレッド 何でもない。ネクタイをくれ。
ねえ、私はふりのお客はあんまり取らないのよ、だって、無暗に新しい顔ばかり見てなきゃならないんですもの。私の理想はね、特別のお馴染みになることなの、
相当の年配の人、三人か四人ぐらいで、一人は火曜、一人は木曜、一人はウィークエンドって風にしたいのよ。あなた、どう。少し若いけど、真面目なタイプだし、時々誘惑感じるんでしょう。
ええ、いいの、もう何も言わないわ。ご自分でよくお考えになって! ね、ね! 綺麗ね、あなた、お星さまみたい。ねえ、抱いてちょうだい。ご褒美に、キスしてよ。ねえ、したくないの?
男は突然、荒々しく、彼女に接吻する、そして突き放す。
ああん!
フレッド 悪魔だ。
リッジー ええ?
フレッド お前は悪魔だよ。
リッジー また聖書だ! どうしたの、一体?
フレッド 何でもない。うんざりしてるんだ。
リッジー 随分変な手間をかけてうんざりするのね、(間)ねえ、ご満足?
フレッド ご満足って、何が?
リッジー (にやにや笑いながら彼の真似をする)ご満足って、何が? お馬鹿さんねえ、お嬢ちゃん。
フレッド ああ! うん……満足だ。満足したよ。いくらほしいんだ?
リッジー 誰がそんなこと言って? ご満足かどうかって聞いたんでしょう、大人しくご返事なさればいいんだわ。どうしたの? 本当にご満足じゃないの? まあ、おどろいた! おどろきましたわ。
フレッド うるさい。
リッジー 抱き締めてくれたじゃないの、きつく、あんなに強くさ。それから、小さな声で、私のこと好きだって言ったわよ。
フレッド 酔っ払ってたんだ、お前は。
リッジー いいえ、酔っ払ってなんかいなかったわ。
フレッド いや、酔っ払ってた。
リッジー ってませんでした。
フレッド とにかく、俺は酔っ払ってたよ。何も覚えてない、俺は。
明かりを消したがって、真っ暗な中でかわいがってくれたのも、覚えてない? あれは私、優しくって、偉いと思ったわ。覚えてないの?
フレッド いないよ。
リッジー じゃあ、赤ちゃんごっこをしたでしょう、同じゆりかごに入った生まれたての赤ちゃん二人? あれは覚えてるでしょう?
フレッド 口をきくなって言うんだよ。夜中にすることは、夜中のことさ。昼日中、そんな話はするもんじゃないよ。
リッジー (挑んで)だって、話すのが嬉しかったらどうなのよ? とても愉しかったんですもの、そうでしょう。
フレッド はん! とても愉しかった、か! (女に歩み寄り、その肩をゆっくりと撫で、両手を彼女の首に回す)お前達は、男を騙していい気になってりゃ、いつでも愉しいんだろう。
(間)俺は忘れたよ、夜のことなんか。すっかり忘れたよ。ダンスホールで踊ったのを憶えている、それっきりさ。後のことは、お前が覚えているんだ、お前だけだ。
女の首を締めつける。
リッジー 何するの?
フレッド 首を締めてやる。
リッジー 苦しいってば。
フレッド お前だけなんだ。これを、ほんのもう少し絞めつけたら、昨夜のことを思い出す奴は、もう世界中に一人もいなくなるんだ。(女を放す)幾ら欲しいんだ?
リッジー 忘れたっていうのはつまり私の働きが足りなかったんでしょ。出来損ないの仕事にお金なんか貰いたくないわ。
フレッド 文句を言うな。幾らだよ?
リッジー じゃあ、ねえ。私、一昨日この街へ来たでしょう、そこへあなたが始めて来てくれた訳ね。口あけの方にはいつも、ただで遊んでいただくの、縁起が良くなるから。
フレッド お前にご馳走してもらうには及ばないよ。
十ドル紙幣をテーブルに置く。
二十ドル? でもない? じゃ、多いんだわ、四十ドルより。五十。百? (その間中、フレッドはにやにやしながら黙って女を見ている)駄目、目を開けます。(紙幣を見つめる)あなた、間違えたんじゃないの?
フレッド どういたしまして。
リッジー 知ってて、くれたのね?
フレッド そうさ。
リッジー 引っ込めてよ。さっさと引っ込めなさいよ。(男は拒む身振りをする)十ドルときたわね! 十ドルよ! 誰だって突き返すわよ、私みたいな若い女の子が、十ドルだなんて! これ見たんでしょう。私の脚? (男に脚を見せる)
それから胸も、これ見たんでしょう? これが十ドルの胸なの、一体? 私の癇癪玉が破裂しないうちに、そのお札を持ってさっさと帰りなさいよ。十ドルだなんて!
紳士がさ、体中キスしてよ、しっきりなしに遊びたがってよ、子供の時の話をしろってせがんでよ。今朝になりゃなったで、ご機嫌ななめでさ、月給でもくれてるみたいな大きな口をきいといてさ。それやこれやがみんなで幾ら?
四十ドルでも、三十ドルでも、二十ドルでもない、たったの十ドルよ。
フレッド あんなけだものみたいな真似には、それで沢山だ。
リッジー けだものは、あなたの方じゃないか! 自分はどこから生まれたのさ、田舎者! 女を大事にすることを教えなかったところを見ると、あんたのおっかさんてのはきっと、とんでもないお引きずりだったんだろう。
フレッド 黙らないか、貴様?
リッジー お引きずりよ! お引きずりだよ!
フレッド (青ざめた声で)おい、教えてやるがね、此処の男達には、おふくろのことはあんまりちょくちょく言わない方がいいぜ、その咽喉首を締められたくなかったらな。
リッジー (男に歩み寄り)締めてごらん! さあ、締めてごらんよ!
フレッド (後退りして)大人しくしろよ、おい。(リッジーはテーブルの上の陶器の壷を取り上げる、明らかに男の頭に叩きつけるつもりである)ほら、もう十ドル、おい、大人しくしろ。大人しくしないと、豚箱へ入れるぞ!
フレッド 俺が、さ。
リッジー あんたがねえ?
フレッド 俺がだ。
リッジー 脅かしっこなしよ。
フレッド 俺は、クラークの息子だぞ。
リッジー どのクラーク?
フレッド 上院議員のさ。
リッジー へえ。それなら私は、ルーズヴェルトのお嬢さんよ。
フレッド クラークの顔、新聞で見たことあるだろう。
リッジー あるわ……それで?
フレッド ほら、これだ。(一枚の写真を見せる)隣にいるのが俺だ、俺の肩へ手をかけてる。
リッジー (急に大人しくなって)まあねえ! 本当にご立派だわ、お父さん! ちょっと、見せて。
フレッドはその手から写真をむしり取る。
フレッド いいよ、もう。
リッジー 本当にご立派ねえ。随分、きちんとした厳めしい様子をしていらっしゃるのねえ? とても口先の上手い人だっていうけど、本当? (彼は答えない)今のお庭は、おうちのお庭?
フレッド ああ。
リッジー お父様、随分堂々としてらっしゃるのね。あの肘掛椅子に座っている小さなお嬢さんたちは、あれ皆、あんたのお妹さん? (彼は答えない)お家、丘の上にあるのね?
フレッド ああ。
リッジー それじゃ、朝なんか、ご飯を食べる時には、窓から街中を見晴らしてるわけね?
フレッド ああ。
リッジー ご飯の時、皆を呼ぶのに、鐘を鳴らす? 教えてくれたっていいじゃないの。
フレッド 銅鑼を叩くんだよ。
リッジー (うっとりして)銅鑼を! あんたの気が知れないわ。私だったら、そんな家族があってそんな家があったら、他所へ泊るなんて、罰が当たっちまうわ、きっと。(間)
お母さんのこと、謝るわね。かっとしちゃったのよ、あの時。お母さんも、今の写真にいらっしゃって?
フレッド おふくろの話は口止めだって言ったろう。
リッジー そう、そうね。(間)ねえ、一つだけ聞いてもいい? (彼は答えない)あんた遊ぶのが嫌いなら、私の所へ何しに来たの? (彼は答えない。彼女はため息をつく)
まあ、いいわ。ここでこうやっている間に、あんたのやり方になれるようにしてみるわ。
間。フレッドは鏡の前で、一掻き、櫛を入れる。
リッジー そうよ。
フレッド ニューヨークからか?
リッジー そんなことあんたと何の関係があるの?
フレッド ついさっきニューヨークの話をしたじゃないか。
リッジー ニューヨークの話なんか誰にでも出来るわよ、何の証拠にもならないわ。
フレッド どうしてそこにじっとしていなかったんだい?
リッジー あそこはもううんざり。
フレッド ごたごたか?
リッジー 酷いもんよ。自分で招いてね、いろいろあるでしょう、そういう生まれつきが。見た、この蛇? (男に腕環を示す)これが祟ってるのよ。
フレッド そんなものを、何故してるんだい?
リッジー 目下のところは私が持ってるんですもの、私が大事にしてなけりゃね。そりゃあ怖いものらしいわよ、蛇が仇をするって。
フレッド 黒んぼが強姦しようとしたっていうのは、お前だろう?
リッジー え?
フレッド 一昨日、六時の急行で着いたんだろう。
リッジー ええ。
フレッド じゃあ確かにお前だ。
リッジー 誰も強姦なんてしようとしなかったわよ。(やや苦しげに笑う)強姦だなんて! あんた、知ってるの?
フレッド お前だよ、昨日ダンスホールで踊った時、ウェブスターがそう言ったよ。
リッジー ウェブスターが? (間)それでなんだ!
フレッド 何が?
リッジー それで、あんた眼をぎらぎらさせてたのね? 興奮したんでしょう、ええ? いやらしい人! お父さんはあんなに立派なのにさ。
フレッド 馬鹿! (間)もしお前が黒んぼと一緒に寝たと思えば……
リッジー それから?
リッジー (感心して口笛を鳴らす)へえ!
フレッド (穏やかに)俺達は黒んぼはあんまり好きじゃないんだ、この土地ではね。それから黒んぼと遊ぶ白人もね。
リッジー いいわよ、もう。私だって、別にどうってことはないけど、あの人達に触ってもらいたいとは思わないものね。
フレッド どうだかねえ? お前は悪魔だしさ。黒んぼもやっぱり悪魔だからな……(突然)それで? 強姦しようとしたんだろう。
リッジー だから、どうしたっていうのよ、それが?
フレッド そいつらは二人連れでお前の座席へ乗り込んできた。しばらくすると、二人でお前に飛び掛かってきた。お前が助けを求めた、白人達がやって来た。一人の黒んぼが剃刀を取り出した、そこで白人がピストルで撃ち殺した。
もう一人の黒んぼは逃げちまったってわけさ!
リッジー ウェブスターがそう言ったのね?
フレッド ああ。
リッジー 何処で聞いたって?
フレッド 街中でそう言ってるもの。
リッジー 街中で? 有難い話ね。他にすることはないものかしらねえ?
フレッド いきさつは、俺の言った通りだろう?
リッジー とんでもない。黒んぼは二人とも大人しくしてましたよ、二人で話をしてたわ。私のことなんか、見向きもしなかったわ。そこへ、白人が四人乗り込んできてさ、その中の二人が私に擦りついてきたわよ。
ラグビーの試合に勝ってきたもんだから、酔っ払ってさ。皆でここは黒んぼの匂いがするって言いだして、黒んぼ達をデッキから拗り出そうとしたんだわ。
黒んぼは防ごうとして一所懸命よ。とうとうお終いに、白人が一人、目の所に拳固を食らってさ。だもんだから、その人ピストルを出して、射っちまったのよ。それだけの話よ。
もう一人の黒んぼは、汽車が駅に着いた途端に飛び出していったわ。
フレッド 知ってるよ。あいつは時間の問題だ。(間)判事の所へ呼ばれたら、今のその話をするつもりかい?
リッジー そんなことあんたと何の関係があって?
フレッド 返事をしろ。
フレッド 行かずに済むもんか。
リッジー 行きません。今更警察沙汰になんか、なりたくないわ。
フレッド 向うから捜しに来るさ。
リッジー そうしたら見た通りの事を言うわよ。
間。
フレッド 自分のやらかそうとしてることが、よく分かっているのかい?
リッジー 何をやらかそうとしてる?
フレッド 白人を向こうに回して、黒んぼのために証人に立とうとしてるんだぜ。
リッジー 白人の方に罪があればね。
フレッド 罪は無いさ。
リッジー だって殺したんだもの、罪はあるわ。
フレッド 何の罪だい?
リッジー 人殺しの罪よ!
フレッド だけど相手は、黒んぼだぜ。
リッジー だから?
フレッド 黒んぼを殺すたびにいちいち有罪になってたんじゃ……
リッジー そんな権利ってないわよ。
フレッド どんな権利だよ?
リッジー そんな権利ってないわよ。
フレッド そいつは北部から来たんでね、お前の権利は。(間)罪があろうとなかろうと、同じ人種の男に罰を受けさせるわけにはいくまいね。
リッジー 誰にも罰なんか受けさせたくはないわ。私の見たことを聞かれるんでしょう、だからその通り言うわよ。
間。フレッドは女に歩み寄る。
リッジー 見たこともない人よ。
フレッド ふん、それで?
リッジー 本当のことを言いたいのよ、私は!
フレッド 本当のことをね! 十ドルの淫売が本当のことを言いたいってね! 本当もへちまもあるもんか。白人があって、黒んぼがある、それだけさ。一万七千の白人と二万の黒んぼだ。
ここは、ニューヨークじゃないんだぜ。面白半分の権利なんか俺達にはないんだ。(間)トーマスは俺の従弟なんだ。
リッジー え?
フレッド トーマス、殺した奴さ。従弟だ、俺の。
リッジー (驚いて)へええ?
フレッド あいつはちゃんとした男なんだ。お前には大したことじゃないだろうがね。とにかく、ちゃんとした男なんだ。
リッジー ちゃんとした男が私に寄り掛かり通しで、何遍もスカートを捲ろうとしたってね。そのちゃんとした男をここへ連れて来るといいわ! あんた方が親類同士だって、今更驚きもしないわよ。
フレッド (手を振り上げ)こいつ! (こらえて)お前は悪魔だからな。相手が悪魔じゃね、悪いことしかできまいさ。お前のスカートを捲ったり、汚らしい黒んぼを射ち殺すくらい、へいちゃらさ。
考えもなしにやっちまったことなんだ、そいつは問題にならないよ。トーマスは指導者だ、これが問題なんだ。
リッジー そうかもしれないわね。でも、黒んぼは何もしませんでした。
フレッド 黒んぼは、しょっちゅう何かしらやってるんでね。
リッジー お巡りに人を渡すなんて、絶対にしないわよ。
フレッド もし奴でなけりゃ、トーマスさ。どっちにしたって、一人は渡すことになるんだ。選ぶだけだね、お前は。
リッジー 挙句がこれじゃないの。どぶの泥の中へ首まで浸かってるんじゃないの。選び直させようと思って。(自分の腕環に)厭らしい! 疫病神! お前のすることはいつだってこれじゃないか!
腕環を床に投げつける。
フレッド いくら欲しいんだ?
リッジー 一文もいらないわよ。
フレッド 五百ドルやろう。
リッジー いらないわよ。
リッジー あんたみたいなけちんぼにぶつかってりゃ、なおさらね。(間)じゃあ、昨夜私に合図をしたのは、そのためだったのね?
フレッド さあね。
リッジー そのためだったのよ。お腹の中で、こいつがその娘だ、こいつの家へ着いて行って、取引をしてやろう。それが目当てだったのよ! 私の手を弄りまわしてたけど、自分は氷みたいに冷たかったんだ、
そうして考えてたんだ、どうしたらこいつをうまく誘き出せるかって。(間)ねえ、どう! 何とか言ったらどう、兄さん……闇取引の口をかけに来たなら、私と寝ることはなかったじゃないか。
ええ? どうして私と寝たんだ、ちきしょう? どうして私と寝たんだ!
フレッド 大方、魔でもさしたんだろうさ。
リッジー (泣きながら椅子に崩れる)ちきしょう! ちきしょう! ちきしょう!
フレッド 五百ドルだ! おい、めそめそするなよ! 五百ドル! 泣くな! 泣くなってば! リッジー! リッジー! 落ち着けよ! 五百ドルだってんだから!
リッジー (啜り泣いている)落ち着かないわよ、私。五百ドルなんかほしくないわよ、嘘の証言なんかしたくないわよ! ニューヨークへ帰りたい、行っちまいたい! 行っちまいたい!
(呼鈴が鳴る。彼女はぴたりと泣き止む。もう一度、呼鈴が鳴る。低い声で)何だろう? 黙って。(長い呼鈴)開けないわ。じっとしててね。
扉を叩く音。
声 開けてくれよ、警察だ。
リッジー (低い声で)おまわりだ。こんな事だろうと思ったわ。(腕輪を示す)こいつのせいよ。(身を屈めてそれを再び腕につける)やっぱり大事にしてる方がいいんだわ。あんた、隠れてよ。
扉を叩く音。
声 おい、警察だ!
リッジー ねえ、隠れてったら! お化粧部屋へ行ってよ。(男は動かない。彼女は力任せに押し立てる)よう行ってよ! 行ってよ!
声 いるのか、フレッド? フレッド?いるのかい?
フレッド いるよ!
女を押し返す。彼女は茫然自失して彼を見つめる。
フレッドは扉を開けに行く。ジョンとジェイムスとが入って来る。
第三景 同じ人物、ジョンとジェイムス。
扉は開けっ放しになっている。
ジョン 警察だ。リッジー・マッケイってのは、お前だな。
リッジー (聞いていない、相変わらずフレッドを見つめている)始めからそのつもりだったんだ。
ジョン (彼女の肩を捉えて揺すぶる)聞かれたら返事をするんだよ。
リッジー え? そうよ、私よ。
ジョン 証明書。
リッジー (自制する、厳しく)あんた達、何の権利があって尋問するの? 何しに来たのよ、此処へ。(ジョンは星章を見せる)お星様なんて誰だってつけられるわよ。あんた達、こちらのお仲間なんでしょう、皆でぐるになってゆすりに来たのね。
ジョンは彼女の鼻先に身分証明書を突きつける。
ジョン 分かったか?
リッジー (ジェイムスを示して)そっちの人は?
ジョン (ジェイムスに)見せてやれ。(ジェイムスは見せる。リッジーはそれを見届けると、無言のままテーブルへ行き、証明書を取り出して彼らに渡す。フレッドを示して)
お前、昨夜この男を家へ連れ込んだろ? 売春が違法行為になるのは知ってるな。
リッジー 一体あんた達は、令状も持たずに人の家へ上がり込んでくる権利があるの? 七面倒くさいことを言い出されると、困るんじゃないの?
ジョン 我々に口出しは要らない。(間)この男を家へ連れ込んだかどうかと聞いてるんだ。
彼女は変わった、警官達が入って来た時からである。彼女は一層頑なになり、一層野卑になっている。
リッジー 骨は折らせないわよ。ええ確かにね、家へ連れて来たわ。だけど、算盤ずくを離れて恋をしたのよ。それでもいけないの?
フレッド テーブルの上に十ドル紙幣が二枚ありますな。それは私ので。
フレッド (女を見ずに、他の二人に)昨日の朝、銀行から卸しましたんでね、それと一緒に、同じ組番号のが二十八枚。番号をお調べになるだけで十分でしょうな。
リッジー (荒々しく)私断ったわよ、そんな汚らわしい紙幣、断ったわよ。この人の顔に叩きつけてやったわよ。
ジョン 断ったものが、どうしてこのテーブルの上にあるんだ?
リッジー (沈黙の後)やられたわね。(彼女は一種の麻痺の状態でフレッドを見つめる、そしてほとんど穏やかな声で)始めからそのつもりだったのね? (他の二人に)さあ。どうしろっていうの?
ジョン 座れ。(フレッドに)話は通してあるんだろうね? (フレッドは頭で合図をする)座れって言うんだ。(女を肘掛け椅子に突き飛ばす)
お前の文書による証言があれば、判事はトーマスを釈放することを認める。かわりに拵えといてやったからな、お前は署名だけすればいい。明日、正式の尋問がある。字は読めるな?
(リッジーは肩をびくんとさせる。彼は文書を差し出す)読んで、署名をしろ。
リッジー こんなもの隅から隅まで嘘っぱちよ。
ジョン かも知れんな。それで?
リッジー 署名なんかしないわよ。
フレッド 送り込んじまえよ。(リッジーに)一年六か月だぞ。
リッジー ええ、一年六か月よ。そのかわり出て来たら、あんたの命を貰うわよ。
フレッド そうは問屋が卸すまいね。(彼らは見つめ合う)君達、ニューヨークへ電報を打たないといけないよ。向うでもごたごたを起こしているらしいからね。
リッジー (感心して)厭らしい、女みたいね、あんたは。男がこうまで厭らしくなれるなんて、思っても見なかったわ。
ジョン さあ、決めろ。署名をするか、それとも牢屋へ連れて行くか。
リッジー 牢屋の方がいいわね。嘘はつきたくないもの。
フレッド 嘘はつきたくない、か? じゃあお前は夜つぴてやったのは、ありゃ何だい? 俺の事を、ねえあんただの、ねえ恋人だの、ねえあたしのちびさんだのって、あれが嘘じゃないのか?
呼吸を弾ませてさ、こいつ喜んでやがるなと俺に思い込ませようとしてさ、あれが嘘じゃないって言うのか?
彼らは見つめ合う。フレッドは眼を逸らす。
フレッド けりをつけよう。さあ、俺の万年筆だ。署名しろ。
リッジー あんたなら出来るでしょうね。
沈黙。三人の男は困惑している。
フレッド 御覧の通りさ! 御覧の通りのていたらくさ! 町で随一の男だぜ、そいつの運命が一人の娘っ子の気紛れ次第なんだ。(彼はやたらに歩き回る。そして不意にリッジーの所へ引き返してくる)この男を見ろ。
(一枚の写真を見せる)犬みたいな暮らしをしてる内には、男も随分見たんだろう。これほどの男が、そうざらにあるか? この額を見ろ、この顎を見ろ、この制服にたくさんついている勲章を見ろ。いや、いかん、目を逸らすな。
ちゃんと見るんだ。お前の犠牲になる男だ、真正面から見なきゃいかん。どんなに若々しいか、どんなにしっかりしているか、どんなに好い男だか、お前にも分かるだろう! じっとしてろ、十年経って、
監獄から出てくる時には、こいつは爺さんよりももっと老けちまってるだろう、髪の毛も歯もすっかり脱けちまってるだろうさ。それでお前は満足なんだ、結構な商売だな。今までは、散々人のうしろから金をふんだくってさ。
今度は、一番立派な男を選んで、そいつの一生を台無しにしちまうんだ。何とか言わないのか? 骨の髄まで腐ってるのか、貴様は! 膝をつけ、売女! 貴様はこいつの顔に泥を塗る気なんだ、こいつの写真の前に跪づけ!
男たちの開けっ放しにした扉口から、クラークが入って来る。
上院議員 その人を放しなさい。(リッジーに)お立ちなさい。
フレッド ヘロウ!
ジョン ヘロウ!
上院議員 ヘロウ! ヘロウ!
ジョン (リッジーに)上院議員のクラークさんだ。
上院議員 (リッジーに)ヘロウ!
リッジー ヘロウ!
上院議員 よし。紹介が済んだ。(リッジーを見る)こちらがその若い娘さんだな。なかなか気持ちのよさそうな方じゃないかね。
フレッド 署名をしたがらないんだ、こいつ。
上院議員 そりゃ当たり前だとも。お前達はこちらへ上がり込んでるが、そんな事をする権利はないんだ。(ジョンの身振りに、強く)そんな事をする権利はこれっぽっちもない。お前達はこの方に乱暴を働いて、
心にもないことを言わせようとしておる。そういうやり方はアメリカ的ではない。その黒んぼは、あなたに暴行をくわえましたか?
リッジー いいえ。
上院議員 よろしい。これではっきりした。さあ、私の眼をごらん。(彼女は見つめる)確かに嘘はついておられん。(間)可哀想にな、メアリーも。(他の男達に)さあ、みんな来なさい。
もうこうしていても何もならん。後はただ、お嬢さんにお詫びを申し上げるだけだ。
リッジー メアリーってどなたですの?
上院議員 メアリーですか? 私の妹です、あの運の悪いトーマスの母親ですよ。今度のことで死にそうになっている、どうも気の毒な婆さんで。それでは、御機嫌よう。
リッジー クラークさん!
上院議員 何です?
リッジー 口惜しいんですわ、私。
上院議員 何が口惜しいんです、だってあなたは本当のことを言ったんでしょう?
リッジー それが口惜しいんです……その本当の事が。
上院議員 それはどうも、何とも致し方がありませんな、我々の力ではねえ、それに誰だって、あなたに?の証言を要求する権利はないんですしね。(間)いや、もうあれの事は、気になさらんで下さい。
リッジー どなたのこと?
上院議員 妹です。妹のことを気にしておられたんじゃないんですか?
上院議員 ほら、私にはちゃんと分かる。どうです、一つ、あなたのお頭の中にあることを、言ってみましょうかな? (リッジーの真似をして)「もしも私が署名をしたら、クラークさんは妹さんのお家へ会いにいらっしゃるだろう、こう仰るだろう、『リッジー・マッケイはいい娘だ。お前に息子を返してよこしたのは、あの娘だよ』妹さんは涙を流して喜ぶだろう、そうして、こう仰る『リッジー・マッケイですね? その名前を末永く忘れないようにしましょう』私には家族っていうものがない、社会から除け者にされる廻り合わせになってしまった、その私に、気立てのさっぱりしたちっちゃなおばあさんが一人、出来るかもしれないんだわ、その方は大きなお家の中で私のことを考えててくださるんだわ、私にアメリカ人のお母さんが出来るかもしれないんだわ、その方は心の中で私を養女に決めてらっしゃるかもしれないのよ」可哀想にな、リッジーさん。もう気になさらんで。
リッジー 白髪おありなんでしょうね?
上院議員 真っ白です。しかし顔立ちはまだ若い。あれの笑う所をごらんになったら……いやあれはもう笑うこともないでしょう。さようなら。明日は判事に本当のことをおっしゃってください。
リッジー お帰りですの?
上院議員 ええ、帰ります。妹の所へ行きます。ここでの話を、聞かせてやらねばならんので。
リッジー ご存知なんですの、此処へいらっしゃったこと?
上院議員 私が来たのは、妹の頼みなんでしてね。
リッジー まあ! じゃ、待っていらっしゃるのね? そこへ署名を断ったって言いにいらっしゃるのね? どんなに、憎い奴だとお思いになるでしょう!
上院議員 (彼女の肩に両手を置いて)可哀想に、私も、あなたの立場になりたくはないんだが。
リッジー 何てこったろう! (自分の腕環に)もとはと言えば、みんなお前のせいなんだ、ちきしょう!
上院議員 何です?
リッジー 何でもないの。(間)こうなってみると、黒んぼに本当に手込めにされなかったのが、不運なんだわ。
上院議員 (動じて)リッジーさん。
リッジー (悲しげに)そうすれば皆さんもお喜びになれるし、私だって、こんなに苦しまないで済んだんだわ。
リッジー (悲しげに)ええ、そうよ。
上院議員 ま、その事実というのは、黒んぼが暴行を働かなかったということなんだが。
リッジー (同じ演技)ええ、そうよ。
上院議員 そう。(間)むろんそこに、第一段階の真実が関係してくるわけなんですがね。
リッジー (分からない)第一段階の……
上院議員 さよう。つまり……民衆的真実と言いますか。
リッジー 民衆的? 本当のことじゃないんですか?
上院議員 いやいや、本当のことですとも。ただね……いろいろな種類の真実があるから。
リッジー 黒んぼが強姦したと思ってらっしゃるのね?
上院議員 いや、いや、暴行は働かなかったのです。ある観点からすればですね、黒んぼはちっとも暴行は働いておらん。しかしですな、御覧の通り私は老人です、世の中もだいぶ渡って来た、
結構間違いもしでかしました、そしてこの五十六年になって、まあほんの少々だが間違いを起こすことも少なくなっている老人です。で私は今度のことについても、あなたと違った意見を持っておるのです。
リッジー だって、どんなご意見ですの?
上院議員 どうご説明しますかな? よろしいか、今、突然目の前にアメリカ国民が現れたと想像しましょう。国民はあなたに何といいますかな?
リッジー (怖くなって)多分、大して言うこともないんじゃないかと思うけど。
上院議員 あなた、共産党員ですか?
リッジー 恐ろしい! 違いますよ。
上院議員 それじゃ、言うことは沢山ある。国民はこう言うでしょう。「リッジー、お前は今や、私の二人の息子の内、一方を選ばなければ鳴らぬ羽目にたち到った。どちらか一人が姿を消さなければならない。
一体こういう場合にはどうすればいいのだ? 立派な方を残しておくものだ。さあそれでは、どちらの方が立派かを調べてみようではないか。どうだね?」
リッジー え、いいわ。あら、ご免なさい! あなたが言ってらっしゃるんだとばかり思って。
あの男は偶然生まれた、どこでだか神様はご存知だろう。私はあの男を養ってやった、が、どうだ、あの男はそのお返しに何をしてくれたかね? 何もしてくれやせん。
のらくらと日を送る、掻っ払いをやる、歌を歌う、緑や薔薇色の揃いの服を買う。これが息子だ、そして私は他の息子たちと同じようにあの男を愛しておる。
しかし、これはお前に聞くんだが、全体あの男は人間らしい生活を送っておるだろうか。私はあの男が死んでしまっても気がつかんかもしれないよ」
リッジー 本当にお話がお上手だわ。
上院議員 (脈絡をつけて)「もう一人、反対に、あのトーマスは、黒んぼを殺した、これは甚だよろしくない。しかし私はあの男が必要なんだ。
あの男は百パーセントのアメリカ人だ、ハーヴァード大学で学問を修めた、将校だ---将校はいてもらわねばならん---あの男は自分の工場で二千人からの労働者を使っている---もしそれが死ぬとなれば二千人の失業者だ---
あの男は指導者であり、共産主義とユダヤ人とに対する確固たる防壁なのだ。あの男は生きる義務がある、お前にはあの男の生命を守る義務があるのだ。言うことはこれだけだ。さ、選びなさい。」
リッジー 本当にお話が上手だわ。
上院議員 選びなさい!
リッジー (びくっとして)え? あ、そうね……(間)あなたのお陰で、こんがらがってしまいましたわ、見当がつきませんわ、もう。
上院議員 こっちをごらん、リッジーさん。私を信用してますか。
リッジー ええ。
上院議員 私が悪い行いをすすめるなんてことが、あり得ると思いますか?
リッジー いいえ。
上院議員 それでは署名をしてくれる筈だね。さ、私のペン。
リッジー ねえ、あの方、本当に私のこと喜んでくださるかしら?
上院議員 誰が?
リッジー お妹さん。
上院議員 離れていても、自分の娘のように愛しく思うでしょうな。
リッジー 花か何か送ってくださるかしら?
上院議員 お送りするでしょう。とも。
リッジー それとも写真にサインをして下さるかしら。
リッジー そうしたら私、壁に貼っておくわ。(間。動揺を感じながら歩く)ああ、なんてことだろう! (上院議員の所へ引き返す)もし署名したら、あの黒んぼはどうなさるんですの?
上院議員 黒んぼ? ほっ! (彼女の肩を捉える)署名すれば、この町全体がお前を養女にするんだ。この町中がだ。この町中の母親たちがだ。
リッジー だって……
上院議員 一体お前は、一つの町全体が過ちを犯すなどということが出来るとでも思っているのか? 町全体と言えば、牧師も入れば司祭も入る、弁護士も芸術家も入る、町長も助役たちも慈善事業の団体も入る。
お前はそんなことを本気で思っとるのか?
リッジー いいえ、いいえ、いいえ。
上院議員 手を出しなさい。(女に力づくで署名をさせる)これでいい。妹と甥に代わって、我々の町の一万七千の白人に代わって、アメリカ国民に代わって、皆の立場を代表して、お前に礼を言う。額。(彼女の額に接吻する)さあ、行こう。
(リッジーに)夜分に、もう一度お目にかかろう。まだ話すことがあるから。
彼は出て行く。
フレッド (出て行く)さよなら、リッジー。
リッジー さよなら。(男達は去る。彼女は打ち挫しがれたまま、じっとしている、それから、扉口の方へ飛び出していく)待って! 待って下さい! 私、嫌です! その紙、破って! 待って!
(彼女は舞台へ返って来る、機械的に、真空掃除機を取り上げる)アメリカ国民! (電気を入れる)まるでその人達に騙されたような気がするわ!
彼女は激しい怒りを込めて掃除機を動かす。
---幕---
同じ装置、十二時間後。明かりがついている、幾つかの窓が夜空に開かれている。騒めきが聞こえ、それがだんだん大きくなる。黒人が窓に現われる。窓框を跨いで、人気のない部屋の中へ飛び込む。
舞台の真ん中まで来る。呼鈴が鳴る。彼は幕の後ろへ隠れる。リッジーが浴室から出て来て、入り口の扉へ行き、開ける。
第一景 リッジー、上院議員、隠れている黒人。
リッジー どうぞ! (上院議員が入って来る)どうなって?
上院議員 トーマスはおっ母さんの懐ろへ帰りました。二人のお礼を持ってきました。
リッジー お母様、喜んでらっしゃる?
上院議員 すっかり喜びましてな。
リッジー お泣きになった?
上院議員 お泣き? どうして? あれは勝気な女でね。
リッジー あなたが仰ったんだわ、お泣きになるだろうって。
上院議員 あれは話の弾みだったんでして。
リッジー ねえ、当てにしてらっしゃらなかったんじゃない? 私のことを悪い女だ、黒んぼの方の証人になるに違いないって、思ってらしたね。
上院議員 すべて神様の御手に委ねておったようで。
リッジー 私のことをどう思ってらっしゃるの?
上院議員 そりゃ、感謝しています。
リッジー どんな様子してるかなんて、お訊きにならなかった?
上院議員 え、別に。
リッジー いい娘だってお思いにいなったかしら?
上院議員 あんたは義務を果たしたと、そう思ってます。
リッジー あ、そう?……
上院議員 この先も続けて下さるようにと望んでいます。
リッジー ええ、そうね…
リッジー 御心配には及びませんわ。言ってしまったことは、もう取り返しがつかないわ、牢屋に閉じ込められたようなもんよ。(間)何だろう、あの叫び声は?
上院議員 何でもありませんよ。
リッジー とても我慢できないわ。(窓を閉めに行く)ねえ、クラークさん。
上院議員 何です?
リッジー 私達は間違ったことをしたんじゃない、私はしなければならない事をしたんだって、本当にそうお思いになる?
上院議員 ええ、絶対にね。
リッジー 私にはもう分からない。あなたのお陰で、こんがらがってしまったのよ。あなたの考えるのって、あんまり速いんですもの。今、何時かしら?
上院議員 十一時。
リッジー 陽が出るまで、まだ八時間もあるのね。この分じゃ、目を瞑れそうもないわ。(間)夜もやっぱり暑いのね、昼間と同じだわ。(間)あの黒んぼは?
上院議員 どの黒んぼ? ああ! ありゃ、今捜してるんだが。
リッジー 捜して、どうするの? (上院議員は肩をそびやかす。喚声が大きくなる。リッジーは窓際へ行く)ねえ、一体何なの、あの叫び声は? 大勢人が通っていくわ、電気炬火を持って、犬を連れてるわ。
兵隊さんの夜間演習の帰りかしら? それとも……ねえ、言って! あれは何、ねえ、教えて!
上院議員 (ポケットから一通の手紙を取り出す)これをあなたにお渡しするように、妹から頼まれましてね。
リッジー (生き生きと)お手紙を下さったのね? (封筒を破る、中から一枚の百ドル紙幣を取り出す、手紙を見つけようとして探すが、見つからない。彼女は封筒を揉み潰して、床に投げ捨てる。声が変わる)百ドル。
ご満足でしょうね、きっと。あなたの息子さんは、五百ドルって約束してくれたわよ。大した御倹約ね。
上院議員 いや、どうも。
リッジー あなたからお礼を仰ってね。私は、瀬戸物の壷とかナイロンの靴下とか、何でもご自分の気持ちで選んでくださったものの方が嬉しかったって、そう仰ってよ。
だってこれじゃ、勘定を払う気じゃないの、そうでしょう? (間)斯され通しだったのね。
上院議員 いや、感謝してますよ。ま、これからは少し、差し向かいで話をするようにしよう。あなたは今精神的な危機を通過しておるんだから、援助が入用だ。
リッジー 一番入用なのはお金なんだけど、まあ、何とか折り合いがつくと思うわ、あなたとなら。(間)今までは私、立派な様子をしているから年取った人の方が好きだったわ、
でも今は、年取った人って他の人よりずっとシナ人に似てるんじゃないかって、そんな気がし始めた。
上院議員 (陽気になって)シナ人か! 私の同僚たちに聞かせてやりたいな。実に天真爛漫だ! 何かこう、ふしだらな暮らしに染まっておらんものを持っておるねえ! (彼女を愛撫する)
ふむ、そう、何か持っておる。(受け身になり軽蔑しながら、彼女はされるままになっている)また来よう、送って来んでもよろしい。
彼は去る。リッジーはその場に立ち竦んでいる。が、彼女は紙幣を取り上げる、揉み潰し、床に投げ、椅子に崩れて、嗚咽を迸らせる。戸外に、叫喚が迫る。
遠くで数発の銃声。黒人が隠れていた所から出て来る。女の前に佇む。彼女は頭を上げ、叫びを洩らす。
リッジー あ! (間。立ち上る)きっと来ると思ってたわ。ちゃんと分かってた。どこから入って来たの?
黒人 窓からね。
リッジー 何が欲しいの?
黒人 かくまってよ。
リッジー 駄目だって言っただろう。
黒人 あれ、聞こえるか、奥さん?
リッジー ええ。
黒人 あれ、狩りが始まったでね。
リッジー 狩りって、何?
黒人 黒んぼの狩りだで。
リッジー まあ! (長い間)大丈夫、此処へ入るところ、見られなかった?
黒人 大丈夫。
リッジー もしもあんたを捕まえたら、あの人達、何をするの?
黒人 ガソリンね。
リッジー え?
黒人 ガソリン。(或る説明の身振りをする)其処へ火をつける。
リッジー 分かったわ。(窓際へ行き、カーテンを閉める)お座り。(黒人は椅子に崩折れる)あんたは私の所へ来る必要があったのね。私の方は一体、何時になったらおしまいになるの?
(ほとんど脅かすように黒人に歩み寄る)ねえ、こんなごたごたは大嫌いなのよ、私は。よくって? (地だんだを踏んで)大嫌いよ! 大っ嫌い! 大っ嫌い!
黒人 あの人達、私があなたに悪いことしたって思ってるでね。
リッジー だから、どうだっていうの?
黒人 あの人達、此処へは捜しに来ないだろうね。
リッジー あの人達が、何故あんたを狩り出そうとしてるか、知ってる?
黒人 何故って、私があなたに悪いことしたって思ってるでね。
リッジー 誰がそんな事言い触らしたか、知ってる?
黒人 いいえ。
リッジー 私よ。(長い沈黙。黒人は彼女を凝視している)どんな気がする?
黒人 何だってそんな事したかね、奥さん? よう! 何だってそんな事したかね?
黒人 あの人達、情、ないだろうね。私の眼のところ殴るだろうね。ガソリン缶持って来てぶっかけるよ。よう! 何だってそんな事したかね? 私、あなたに迷惑なことしなかったにね。
リッジー したわよ、迷惑な事してくれたわよ。どうして迷惑な事したんだか、あなたには分からないのよ。(間)私を絞め殺したくない?
黒人 あの人達、ちょいちょい、人が考えてる事と反対の事を無理やり言わせるでな。
リッジー ええ。ちょいちょいよ。そうして無理が通らなくなると、今度はお喋りでこんがらがせちまうのよ。(ま)ねえ? いや? 絞め殺したくないの? 人が好いのねえ、あんたは。(間)明日の晩まで、匿ってあげるわ。
(彼は身動きをする)触らないでよ。黒んぼは嫌いなんだから。(戸外に喚声と数発の銃声)こっちへ来たわ。(窓際へ行き、カーテンを払って往来を見る)私達は綺麗なもんよ。
黒人 何してますね。
リッジー 通りの両方の口に番兵を立てて、一軒残らず家探しよ。なるほど、此処へ来る気にもなるわね。この通りへ入るところを、きっと誰かに見つかってるのよ。(また外を見る)そうら来た。この家だ。上がって来るわよ。
黒人 それ、何人かね。
リッジー 五六人よ。後の連中は下で待ってる。(黒人の方へ引っ返す)慄えるのはおよしよ、およしったら! (間。自分の腕環に)厭らしいねえ、この蛇は! (床に投げて踏みつける)ちきしょう!
(黒人に)なるほど、此処へ来る気になるわけだわ。(彼は立ち上がる、そして出て行こうとして身動きをする)お止し。出たらやられるよ。
黒人 屋根ね。
リッジー この月夜に? 的になりたけりゃ、行くがいいさ。(間)待っていようよ。一階と二階を捜してから、此処へ来るんだから。慄えるのはお止しって言ったろう。
(長い沈黙。彼女は行きつ戻りつする。黒人は椅子にぐったりしている)あんた得物は持ってないの?
黒人 とんでもないね!
リッジー そう。
彼女は抽斗を探り、ピストルを取り出す。
黒人 何する気ね、奥さん?
だけどもう分かったわよ。扉を開けて、言ってやるのよ。「この人はここにいるわ。いるけどこの人は、何もしなかった。私は?の証言をさせられたんだ。この人が何もしなかったことは、神様に誓うわ」
黒人 それ、信じてくれないだろうね。
リッジー かも知れないさ、信じてくれないかも知れないさ。そうしたら、あんたがピストルで狙いをつけるのよ。退散しないようだったら、その中へぶっ放すのよ。
黒人 また他の人達が来るもの。
リッジー 他の奴等にもぶっ放すのさ。そうして、もし上院議員の息子を見つけたら、逃がさないようにするのよ。すっかりお膳立てをしたのはそいつなんだからね。私達、釘付けになっちまったのよ、そうじゃない?
どっちにしても、私達のごたごたもこれでおしまいよ、だって、そうでしょう、もし奴等がここであんたを見つけたら、私の命だってとても助かりっこはないんだもの。だから、その代わりにやっつけるの、大勢道連れにしてやるのよ。
(ピストルを差し出す)お取りよ! お取りってば。
黒人 私、出来ませんね、奥さん。
リッジー ええ?
黒人 私、白人、射てないね。
リッジー 本当にまぁ! 向う様で恐れ入っちまうわ。
黒人 だって、白人だでな、奥さん。
リッジー それがどうしたの? 白人だからって、あんたを豚みたいにして、血だらけにして殺す権利があるっていうの?
黒人 白人だでな。
リッジー 甲斐性なし! ねえ、あんたはあたしにそっくりよ、あたしと同じくらい、愚図よ。つまりね、向こうが皆で纒ってるんなら……
黒人 どうしてあなた、自分で射たないのかね、奥さん?
リッジー あたしは愚図だって言ったろう。(会談に足音が聞こえる)そうら、来た。(短い笑い)落ち着いてね。(間)お化粧部屋へ隠れて。動いちゃ駄目よ。息を殺して。
黒人は言われた通りにする、リッジーは待ち構える。呼鈴。彼女は十字を切り、腕環を拾って、扉を開けに行く。小銃を持った男達。
男1 黒んぼを捜してるんですがね。
リッジー どんな黒んぼ?
男1 汽車の中で女を手込めにしてからに、上院議員さんの甥御さんに剃刀で怪我をさせたって野郎でね。
リッジー 神様に誓うわ、此処は捜す必要ないのよ。(間)私に見覚えない?
男2 ある、ある、あるぜ。一昨日、汽車から降りて来るところを見かけたぜ。
リッジー その通り、だって黒んぼが手込めにした女っていうのは、あたしなのよ、だからさ。
(呟き。男達は驚きと渇望と一種の嫌悪とに満ちた眼で、彼女を見る。彼らはそっと後退りする)此処へ来たら、またやるわよ、きっと。
男達は笑う。
一人の男 野郎のぶら下がった所を見る気はないかね?
リッジー 捕まえたら呼びに来てよ。
一人の男 手間は取らせないぜ、なあ、姉ちゃん。この通りに潜り込んでるのは分かってんだから。
リッジー うまくやってね。
男達は出て行く。彼女は扉を閉める。ピストルをテーブルに置きに行く。
リッジー 出て来ても大丈夫よ。(黒人は出て来る、ひざまずいて、女の服の裾に接吻する)触らないでっていうのに。
(黒人を見つめる)町中の人に追っかけ回されてるところを見ると、やっぱりあんたは、きっと変な人間だわ。
黒人 私、何もしなかったね、奥さん、よくご存じだで。
リッジー 黒んぼって奴は、何時でも、何かしらやってるって、言うわよ。
黒人 決して何もしないよ、決して、決して。
リッジー (手を額へやる)もう何が何だか分からない。(間)それにしても、一つの町全体よ、それが根っから間違ってるなんて、ことはないわ---(間)ええっくそ!何も分からない、もう。
黒人 こうだでな、奥さん、白人相手にすると、いつでも、こうだでな。
リッジー あんたもそう、あんたも自分に罪があるような気がする?
黒人 するね、奥さん。
リッジー だけど、何もしなかったわね。
黒人 しなかったね、奥さん。
リッジー 一体あいつ達は何を持ってるんだろう、いつでも皆を自分の味方につけちまうじゃないの。
黒人 そりゃ、白人だでな、奥さん。
リッジー 私も白人よ、私だって。(間。外に足音)降りてきたわ。(彼女は本能的に黒人に寄り添う。彼は慄えている、しかし彼は女の肩へ手を回す。足音は小さくなっていく。沈黙)
(彼女は突然、体をふりほどく)ああ、ねえ? 私達だけなのかしら? 二人ともまるで孤児じゃないの。(呼鈴が鳴る。彼らは沈黙したまま、耳を澄ます。また呼鈴が鳴る)お化粧部屋へ隠れて。
入口の扉を叩く音。黒人は隠れる。リッジーはあけに行く。
リッジー あんた、気違い? 何だってうちの扉を叩くのさ? 駄目よ、入れないわよ、あんたなんかもう沢山だわよ。行きなさいよ、厭らしい、出て行け! 出て行けってば!
(男は彼女を押し返し、扉を閉めて、彼女の両肩を捉える。長い沈黙)どうしようっての?
フレッド 悪魔だ、お前は。
リッジー そんなこと言うためにわざわざ扉を押し開けて入って来たの? 何て人だろう! 何処から出て行くのよ? (間)返事したらどう。
フレッド 町の男達が黒んぼをひとり捕らえてね。生憎ほしじゃなかった。やっぱりリンチにしたがね。
リッジー それで?
フレッド そいつらと一緒にいたんだがね。
リッジーは口笛を鳴らす。
リッジー そんなこったろうと思った。(間)黒んぼのリンチを眺めてると、あんたも引き立つでしょうね。
フレッド お前が欲しいんだよ。
リッジー え?
フレッド 悪魔だなあ、お前は! 俺にお呪いかけやがってさ。俺は皆の中にいた、手にピストルを持っていた、黒んぼは木の枝でぶらんぶらんしている。
俺はそいつを見て、考えた、あの女が欲しいとね。こいつは、自然じゃない。
リッジー 放して。放してったら。
フレッド おい、どういう下心があるんだい? おい、魔法使い、俺に何を施したんだ? 俺は黒んぼをじっと見つめていた、そうするとお前が見えるんだ。お前が炎の上でぶらんぶらん揺えているのが見えるんだ。俺は射った。
リッジー 汚らしい! 放してよ。放してよ! あんたは人殺しよ。
手の中じゃお前の身体の温かみを感じてるし、鼻の穴の中ではお前の匂いがしてるんだ。此処まで駈けて来たんだが、それがお前を殺すためだったんだか、それとも是が非でもものにするためだったんだか、
自分でも分からなかったくらいだ。今になって、やっと分かったよ。(彼は突然、女を放す)女郎一人のために地獄へ落ちるわけにはいかない。(再び女に近付く)あれは本当か、今朝言ったことは?
リッジー 何よ?
フレッド 俺がお前を嬉しがらせたって。
リッジー 放っといてよ。
フレッド おい、誓えよ、本当だって。誓え! (女の手首を捻じる。化粧部屋の中から、物音が聞こえる)何だ、ありゃあ? (耳を澄ます)誰か居るな、此処に。
リッジー 気違いね、あんた。誰も居ないわよ。
フレッド 居る。化粧部屋の中だ。
彼は化粧部屋の方へ歩いていく。
リッジー 入れないわよ。
フレッド そうらみろ、居るんだろう。
リッジー あれは今日のお客よ。お金をくれる人よ。居るわ。いいでしょう、それで?
フレッド お客だ? 客はもう取らせないよ。もう、絶対にな。お前は、俺のものだ。(間)そいつの顔を見てやろう(叫ぶ)出ていらっしゃい!
リッジー (叫んで)出ちゃ駄目。陥し穴よ。
フレッド このすべた女郎。(荒々しく女を振り放し、扉の方へ歩み寄り、開ける。黒んぼが出て来る)これか、お前の客は?
リッジー みんながその人を虐めようとするから、匿ってやったのよ。射たないで、その人に罪がないことよく知ってるじゃないの。
フレッドはピストルを射つ。黒人はいきなり駈けだし、フレッドを突きのけて出て行ってしまう。フレッドは走って後を追う。リッジーは二人が姿を消した表の扉口の所へ行き、叫び出す。
彼は自分のピストルをテーブルに投げ出す)それじゃ、やっつけたのね? (フレッドは答えない)いいわ。じゃ、今度は、あんたの番よ。
ピストルで男を狙う。
フレッド おい、リッジー! 俺には、おふくろがあるんだぜ。
リッジー お黙り! もうその手は喰わないよ。
フレッド (彼女の方へゆっくり歩を運びながら)クラーク家の初代はねえ、たった一人で、一つの森をすっかり開墾した。インディアンを十六人、自分の手で殺して、揚句に奴らの溜まり場で命を落とした。
二代目は、この街をあらかた拵え上げましてね。ワシントン大統領とお互いにお前呼ばわりする仲だったが、合衆国の独立のために、ヨークタウンで死んだ。
俺の曾祖父さんは自警委員会の会長だった、サン・フランシスコでね、大火事の最中に二十二人の人を救い出したもんだ。俺の祖父さんは帰って来てこの街へ住み着いたんだが、ミシシッピーの運河を掘らせて、この州を治めた。
親父は上院議員さ。俺もその後を襲って上院議員になるだろうな。たった一人の跡取り息子で、家名を名乗るどんじりでね。我々はこの国を造ったんだ、この国の歴史は我々の歴史だ。
クラークの一族はアラスカにもいる、フィリピンにもいる、ニューメキシコにもいる。お前は臆面もなく、アメリカ中に向かってピストルを射つ気か?
リッジー 前へ出ると、打ち抜くわよ。
俺はね、生きる権利があるんだ。手掛けなきゃならんことが山ほどある、皆が俺に期待してるんだ。そのピストルを寄こせ。(彼女は渡す、彼はそれをポケットにしまう)黒んぼのことだがね、奴さんおそろしく脚が速いんで、射ち損なったよ。
(間。女の両肩に腕をまわす)あの川向こうの、丘の上に住まわせてやろうな、庭のある綺麗な家だ。庭をぶらぶら歩くのはいいが、外出は許さないよ、これでなかなか、嫉妬やきなんでね。週に三回、日が暮れてから会いに行く。
火曜と木曜と、それからウィーク・エンドだ。黒んぼの下働きを二三人と、ついぞ思ってもみなかったような金をやろうな。だがね、俺の起こす気紛れは、何でも叶えてくれなければいけないぜ。色々注文が出るからな!
(彼の腕の中で、女はやや意気阻喪する)あれは本当かい、俺がお前を悦ばせたってのは? 返事をしろよ。おい、あれは本当かい?
リッジー (疲れて)ええ、本当よ。
フレッド (彼女の頬を軽く叩きながら)さあ、何もかも元通りだ、まともになったな。俺の名前はフレッドっていうんだ。
---幕---