ボブシェキ中尾眞一ウザいIDなし最終更新 2026/09/08 22:171.夢見る名無しさんしね陰キャラニート2026/03/03 08:53:56154コメント欄へ移動すべて|最新の50件105.夢見る名無しさん第二景 父親、続いてヨハンナ父親 (強く)ヨハンナ!(咳き込みのために言葉を続けられない。くるりと振り向く。一人になった今、彼はもう自制できず、明らかに苦しんでいる。事務机の所に行き、水差しを取り、コップに一杯の水を注いで飲む。ヨハンナは奥のドアから入り、父親の後姿を見る)ヨハンナ 何の御用? (父親が振り返る)あなたでしたの?父親 (まだ咽喉の詰まった声で)うん、わしだよ。(ヨハンナの手に接吻する。声が確かになる)わしを待っていたのではなかったのか?ヨハンナ お父様のことは忘れていましたわ。(彼女は言い直して笑う)旅行はいかがでした?父親 素晴らしかったよ。(ヨハンナは鍵にかけられたハンカチーフを見る)あれは何でもない、穴塞ぎだ。(間、ヨハンナを見る)お化粧をしていないね?ヨハンナ ええ。父親 それでは、フランツの所には行かないのだな。ヨハンナ 誰の所にも行きませんわ。私は夫を待っているのです。父親 でも、あれには会っただろう?ヨハンナ 誰に?父親 わしの息子だ。ヨハンナ 息子さんは二人ありますから、どちらのことか分かりませんわ。父親 上の方だ。(沈黙)なあ、嫁さん。ヨハンナ (飛び上がって)お父様!父親 で、わしらの約束は?ヨハンナ (おかしくて呆れたという様子で)そうね。あなたには権利がおありになるわ。何という酷いお芝居でしょう! (打ち明け話のような口調で)一階では何もかも、もうじき死んでいくあなたまで滑稽ですわ。どうすれば、そんなもっともらしいふりをしていらっしゃれるの? (間)そう、あの人に会いましたわ。(間)あなたには、何もお分かりにならないに決まっています。2026/09/08 14:29:50106.夢見る名無しさん父親 (その告白を期待していたものの、一種の苦悩なしにはそれを聞かれない)フランツに会ったのだな? (間)いつだ? 月曜日か?ヨハンナ 月曜日に。それから後は毎日。父親 毎日だって! (唖然として)五回も?ヨハンナ 多分そうでした。回数は数えませんでしたわ。父親 五回も会ったとは。(間)奇跡というべきだ。(揉み手をする)ヨハンナ (威圧するように、しかし声を張り上げずに)お好きなように、何とでも。(父親はまだ手をポケットに突っ込む)喜ぶには当たりませんわ。父親 ヨハンナ、わしは聞いてもらわなければならない。帰りの飛行機の中で、わしは汗のかき通しだった。すべてはお終いだと思っていたのだ。ヨハンナ ところが……父親 あなたが毎日あれに会っていることが分かった。ヨハンナ 全てがお終いなのは私ですわ。父親 なぜだ? (ヨハンナは肩をすくめる)なあ、あなたがあれの部屋のドアを開ければ、あなたたち二人は理解し合うに違いない。ヨハンナ 私たちは理解し合っています。(シニックで冷酷な調子)馴れ合いみたいなものですわ。父親 (度を失って)何だと? (沈黙)要するに、あんた方は親友なんだね?ヨハンナ 友達以外の全てですわ。父親 全て? (間)というと……ヨハンナ (不意をつかれて)何ですの? (彼女は吹き出す)恋人同士だと仰るの?そんなことは考えもしませんでしたわ。私たちの恋愛関係が、あなたのご計画には、どうしても必要でしたの?父親 (幾分むっとして)すまなかったな。しかし、あなたが悪かったのだ。わしには分かるまいと決め込んで、何も説明してくれないから。ヨハンナ 説明して差し上げることなんて、何もありませんもの。父親 (心配そうに)まさか、あれは病気では?ヨハンナ 病気? (彼女は父親が何を言いたいか気付く。圧倒的な軽蔑を込めて)まあ気違いですって? (肩をすくめて)そんなこと知るもんですか?父親 あなたはあれの暮らしぶりを見ておいでだ。2026/09/08 14:31:34107.夢見る名無しさんヨハンナ あの人が気違いなら、私は気違い女です。それに、どうして私が気違い女でないと言えるでしょう?父親 とにかく、あれが不幸せかどうか、言ってもらえるね?ヨハンナ (面白がって)もちろん申し上げます! (打ち明けるように)上では言葉が同じ意味を持っていないのです。父親 分かったよ。上では、人が苦しむことを何というのかね?ヨハンナ あの人は苦しみませんわ。父親 え?ヨハンナ あの人は忙しいのです。父親 フランツが忙しいって? (ヨハンナ、頷く)何にだ?ヨハンナ 何にですって? 誰のためにと仰りたいのでしょう?父親 そうだ。わしは知りたいのはそれだ。ヨハンナ それは、私には全然関係のないことですわ。父親 (穏やかに)あなたは息子の話をしたくないのだな?ヨハンナ (全くうんざりした、といわぬばかりに)何語で話せと仰るんですの? 終始翻訳ばかりしていなければならないので、私はへとへとになってしまうのです。 (間)お父様、私、この部屋を出て行きますわ。父親 あれを見捨てて行くのか?ヨハンナ あの人には誰も要らないのです。父親 なるほど、出て行くのはあなたの権利だ。あなたは自由だ。(間)あなたはわしに約束したのだよ。ヨハンナ それは守りましたわ。父親 あれは知って……(ヨハンナ、頷く)何と言っていた?ヨハンナ タバコを吸いすぎるって。父親 それから?ヨハンナ それだけ。2026/09/08 14:32:59108.夢見る名無しさん父親 (酷く傷つけられて)わしは知っていたのだ。あの娘は一から十まで嘘を吐きおった。あばずれ女めが。十三年間に、あの女が、何を喋らずにいただろう……(ヨハンナは静かに笑う。彼は喋るのを止め、ヨハンナは彼を見つめる)ヨハンナ あなたには、やっぱり何もお分かりにならなかったんですわね。 (彼は硬くなって、彼女を見つめる)私がフランツの所で、何をすると思っていらっしゃるの? 私は嘘を吐くのですよ。父親 あなたがね?ヨハンナ 彼に向かって口を開けば、嘘ばかり吐いています。父親 (呆気にとられ、ほとんど無抵抗に)だが……あなたは嘘を憎んでいた。ヨハンナ 今も憎んでいますわ。父親 それで?ヨハンナ それで、この通り嘘を吐いています。ウェルナーには沈黙で、フランツには言葉で。父親 (非常に素っ気無く)それはわしらの約束とは違うぞ。ヨハンナ ええ、違いますわ。父親 あなたの言う通りだった。わ、わしには分からない。あなたは自分の利益に背いた行動をしている。ヨハンナ ウェルナーの利益です。父親 あなたの利益だ。ヨハンナ それはもう分かりませんわ。(沈黙。父親は一瞬どぎまぎするが、気を取り直して)父親 あなたは寝返りを打ったのか?ヨハンナ 敵も味方もありませんわ。父親 よろしい。それでは聞いておくれ。フランツは全く嘆かわしい状態だ、そこであなたが面倒をみてやりたいと思った、とわしは考える。 だが、あなたはもうそれが続けられない。あなたが、同情に負けてくれるなら……ヨハンナ 私たちには同情の気持ちなんかありませんわ。父親 「私たち」って誰のことだ?ヨハンナ レーニと私です。2026/09/08 14:34:45109.夢見る名無しさん父親 レーニの話は別だ。しかし、あなたが自分の気持ちをどう呼ぼうと勝手だが、 これ以上息子に嘘を吐いてくださるな。あなたは、あれを堕落させてしまうよ。 (ヨハンナは微笑む。いっそう強く)あれの欲望はたった一つしかない。逃げるということだ。 あなたが嘘であれに錘をつけたら、あれはそれをいいことに、海の底をめがけてまっすぐ突っ込むだろう。ヨハンナ 私には、あの人をそんな酷い目に会わせる暇なんかありませんわ。私は出て行きます。父親 いつ、どこへ?ヨハンナ 明日、どこどいうあてもなく。父親 ウェルナーと一緒か?ヨハンナ どうしてかしら?父親 逃げ出すというわけだね?ヨハンナ ええ。父親 しかし、どうして?ヨハンナ 二つの言葉、二つの生活、二つの真実。一人の女には、それだけでも多すぎるとお思いになりません? (笑う)ねえ、お父様、デュッセルドルフの戦災孤児たち、私はあの子達を捨てきれないのです。父親 何の話だ? 嘘の話かね?ヨハンナ 二階の真実です。その子たちは孤児で、収容所で飢え死にしていきます。 とにかく、その子たちは実在するには違いありません。だってこの一階まで私を追いかけてくるのですもの。 夕べ、もう少しでウェルナーに、その子たちを救えないものかしらと聞くところでしたわ。 (笑う)それはありもしないことでしょう。だけど二階では……父親 どうした?ヨハンナ 私は自分に一番抵抗を感じます。声で嘘を吐き、身体でそれを打ち消しているのですわ。 私は飢えの話をして、ドイツ人は餓死すると言っています。さあ、私をごらんになって。 栄養不良に見えまして? フランツが私を見たら……父親 それでは、あれはあなたを見ていないのか?2026/09/08 14:36:30110.夢見る名無しさんヨハンナ まだ見るところまでいっていませんわ。(自分に話しかけるように)裏切り者、狐つき、説教屋だわ。あの人が喋り、こちらが聞くのです。 すると、突然、あの人は急に鏡に映る自分の姿に気付きます。あの人の胸には横に長い札がついていて、それには、あの人が黙っていても、 こちらには読める《裏切り》というたった一つの言葉が書いてあります。これが毎晩あなたの息子さんの部屋で、私を待っている悪夢なのです。父親 それはみんなの悪夢だ。毎日毎晩。(沈黙)ヨハンナ 一つお聞きしてよろしいでしょうか? (父親の合図に応じて)この問題で、私がどうすればいいと仰るのです? なぜ、私を問題の中にお引き入れになったのです?父親 (きわめてぶっきらぼうに)あなたはどうかしている。問題に関わる決心をしたのはあなただよ。ヨハンナ どうして、私が決心するとご存知でしたの?父親 私は知りはしなかった。ヨハンナ 嘘を仰らないでくださいな。私の嘘を責めるあなたが、とにかく、あまり早く嘘を仰らないで。 六日間、それは長いわ。あなたは考える暇をくださいました。(間)家族会議は私一人のために開かれたのですわ。父親 違うよ。ウェルナーのためだ。ヨハンナ ウェルナーですって? 馬鹿らしい。私を弁護にまわらせるために、夫を攻撃していらしたわ。 フランツに話すことを思いついたのは私です。それは確かにそうよ。というよりも、その案を探し出したのは私だったんだわ。 あなたはその案を前もって部屋の中に隠しておいて、とうとう私の目にはっきり見えるようになさったのだわ。そうでしょう?父親 事実、わしはあなたがあれに会ってくれることを願っていた。それは、先刻ご承知の理由があるからさ。ヨハンナ (強く)私には分からない理由のためにね。(間)あなたは、知っている私と、知りたがらないあの人と、 この二人を会わせた時、あの人を殺すには一言で足りると前に仰ったかしら?2026/09/08 14:39:13111.夢見る名無しさん父親 (威厳を装って)わしの息子のことは何もかも知らないのだ。ヨハンナ あの人が逃げようとしていること、私たちが嘘であの人の企みを手伝っていること、この二つの他は何もね。 その先に行きましょう。あなたは確実に勝負をなさいますわ。一言であの人を殺せると申し上げても、身じろぎ一つなさらないのです。父親 (微笑んで)それは何という言葉かね?ヨハンナ (父親の鼻先で笑って)ぜいたく。父親 何と言った?ヨハンナ それでも、他のどんな言葉でも、私たちがヨーロッパで一番のお金持ちの国民だということを、 あの人に分からせさえすればいいのです。(間)あまり驚いたような顔はなさいませんのね。父親 驚いてはいないよ。十三年前、あれの口からもれたいくつかの言葉で、あれの心配のたねが分かったのだ。あいつはドイツの滅亡が計られていると思って、我々の皆殺しの場に居合わせないために閉じこもったのさ。 あの頃に、未来をはっきり見せてやれたなら、病気はすぐに治っていたのだが。今では、救うことはもっと難しくなった。あれにはいろいろな習慣ができてしまったからさ。レーニはあれを甘やかしている。 坊主暮らしにも、都合のいいところがいろいろあるからな。だが、何も心配することはない、あいつの病気のたった一つの薬は事実だ。 はじめは嫌な顔をするだろう。だって、仏頂面をするたねを、あなたが取り上げてしまうのだからな。しかし、一週間もすれば、真っ先にあれがあなたに礼を言うだろうよ。ヨハンナ (荒っぽく)つまらないったらありゃしない。(乱暴に)私は昨日あの人に会いました。それではまだ足りないと仰るのですか?父親 足りないね。ヨハンナ 二階では、ドイツには月ほどの生気もありません。もし、私がドイツを復活させたら、あの人は口の中にピストルの弾丸を射ち込みます。父親 (笑って)まさか。ヨハンナ 分かりすぎるほど分かっています。父親 あれは、もう自分の国を愛していないのか?ヨハンナ 熱愛していますわ。2026/09/08 14:41:14112.夢見る名無しさん父親 それでもそこには、共通の意味がないよ、ヨハンナ。ヨハンナ そりゃ、ありませんわ。(少々戸惑って笑いながら)共通の意味ですって? その頭(父親を指して)の中にあるのは、それなんですのね? 私の頭の中にあるのは、あの人の目ですわ。 (間)みんな止めてください。あなたの時限爆弾がその手の中で爆発しますわ。父親 私には何も止めることができない。ヨハンナ それなら、わたしはあの人に会わずに、永遠に行ってしまいます。事実の方は申しますからご心配なく。でも、フランツにではなく、ウェルナーに。父親 (急いで)いかん。(我に返る)亭主を苦しめるだけだ。ヨハンナ 日曜日から、私は夫にいいことをしているでしょうか? (遠くに自動車の警笛)ほら、帰って来ましたわ。十五分もすれば、夫は何もかも知るでしょう。父親 (押しかぶせるように)待ちなさい。(ヨハンナはどぎまぎして立ち止まる。彼はドアの所に行き、ハンカチーフを取って、鍵を回し、ヨハンナの方に戻る)あなたに提案がある。 (彼女は黙ったまま顔を引きつらせている。間)亭主には何も話してはいけない。最後に一度フランツに会いに行って、わしが会見を申し出ていると言ってくれ。 もし、あれが承知すれば、ウェルナーを誓いから解放してやる。そして、あなた方は、二人一緒に、いつでも都合のいい時に出て行きなさい。 (沈黙)ヨハンナ、あなたを自由にしてあげるよ。ヨハンナ 分かっています。(自動車が庭園に入る)父親 どうかね?ヨハンナ そんな代償を払ってまで、自由をほしくはありませんわ。父親 どんな代償だ?ヨハンナ フランツの死です。2026/09/08 14:43:56113.夢見る名無しさん父親 ヨハンナ! どうしたのかね? まるでレーニの話でも聞いているようだ。ヨハンナ レーニの話を聞いていらっしゃるのですわ。私たちは双生児の姉妹ですの。 驚いてはいけません。私たち二人を、同じようになさったのはあなたですもの。 地球上のあらゆる女がフランツの部屋で行列したら、みんなレーニになってあなたに刃向かいますわ。(ブレーキの音。自動車が車寄せの階段の下に停まる)父親 お願いだ。まだ何も決めないでほしい。約束するから……ヨハンナ 無駄ですわ。お金で雇える殺し屋なら、男の人にお頼みなさいな。父親 ウェルナーに全部話すのかね?ヨハンナ ええ。父親 大いに結構。では、わしがレーニにすっかり話したらどうだ?ヨハンナ (驚き、怖気づいて)あなたが、レーニに?父親 どうして話せないというのだね? 家が爆発するだろうよ。ヨハンナ (ヒステリーを起こしそうになって)家を爆発させなさいな。地球を爆発させなさいよ。それでやっと落ち着けるわ。 (最初は低く弱い笑い、それがとめどもなく大きくなる)本当に、落ち着けるわ。(廊下に足音。父親はつとヨハンナのところに行き、乱暴に彼女の肩をつかんで、じっと見つめながら彼女をゆすぶる。ヨハンナは落ち着きを取り戻す。ドアが開く瞬間に、父親は彼女から離れる)2026/09/08 14:52:53114.夢見る名無しさん第三景 同じ人物、ウェルナーウェルナー (大急ぎで部屋に入り父親を見て)おや。父親 お帰り、ウェルナー。ウェルナー お帰りなさい。旅行はうまく行きましたか?父親 何。(気付かずに両手をこする)うまくいったかって、そうだ、うまくいったよ。まあ、大成功だな。ウェルナー 何か話でも?父親 お前にか? いや、何もない。わしは失敬するよ。(出口で)ヨハンナ、さっきの提案は引っ込めてないよ。(退場)2026/09/08 14:53:37115.夢見る名無しさん第四景 ヨハンナ、ウェルナーウェルナー どんな提案だい?ヨハンナ 後で言うわ。ウェルナー 親父がこの部屋を探りにくるのは気に食わないね。 (食器戸棚からシャンパーニュの瓶とグラスを二つ取る。グラスを事務机の上に置き、栓を抜きにかかる)シャンパーニュはどうだい?ヨハンナ いらないわ。ウェルナー よろしい。一人で飲もう。(ヨハンナ、グラスを遠ざける)ヨハンナ 今夜は駄目よ。私にはあなたがいるの。ウェルナー 驚いたね。(彼女を見つめる。急に)まあ、どっちにしろ、それで飲めないということはない。 (栓を勢いよく飛ばす。ヨハンナが小さな叫びをあげる。ウェルナーは笑い出し、二つのグラスを満たして彼女をじっと見る)おや、恐がっているな。ヨハンナ むしゃくしゃするのよ。ウェルナー (一種の満足感をまじえて)君は恐がっているんだよ。(間)誰をだ、親父か?ヨハンナ お父様もね。ウェルナー だから守ってほしいというんだな。(冷笑しながらも、少し気を緩めて)役割が逆転したな。(一気にグラスをあける)気になることを話してごらん。(沈黙)そんなに難しいことなのかい? おいで。 (彼女は動かない。顔をこわばらせている彼女を引き寄せる)頭を肩にのせるんだ。 (ほとんど力ずくで、ヨハンナの首を曲げさせる。間。鏡をのぞいて微笑を浮かべる)これで元通りになった。 (ごく僅かな沈黙)さあ、話してごらん。2026/09/08 14:55:09116.夢見る名無しさんヨハンナ (顔をあげてウェルナーを見つめる)フランツに会ったわ。ウェルナー (怒ってヨハンナを押しのける)フランツに。 (ヨハンナに背を向け、事務机の所まで歩き、もう一杯シャンパーニュを注ぎ、 ゆうゆうと一口飲んで気を落ち着け、微笑みながらヨハンナを振り返る)それはよかったな。君は家族の全員を知ったわけだ。 (ヨハンナは面食らって彼を見る)兄貴をどう思う、箪笥みたいな男だろう、え、どうだい? (まだ面食らっている彼女は、首を横に振る)ほう! (面白がって)これは、これは、どうも。あいつはひょろひょろかい? (彼女は口をきくのに困難を感じる)どうなんだ?ヨハンナ あなたの方が背が高いわ。ウェルナー (同じ口調で)はっはっは。(間)それから、あの立派な将校服は? 相変わらず着ているのか?ヨハンナ もう立派な服じゃないわ。ウェルナー ぼろか? だが、哀れなフランツめ、よほど参っているのかい? (ヨハンナのこわばった沈黙。グラスを取り上げる)兄貴が治るように。 (グラスを上げてから、ヨハンナの手が空なのに気付き、別のグラスを取りに行き、ヨハンナに差し出す)飲もう。 (ヨハンナはためらう。押し付けがましく)これを持てよ。ヨハンナ (挑戦的に)フランツのために。(彼女は自分のグラスをウェルナーのグラスに合わせようとする。ウェルナーは、勢いよくグラスを引っ込める。彼らはまごついて、お互いに相手を見やる。ややあって、ウェルナーが笑い出し、グラスの中身を床に捨てる)2026/09/08 14:57:17117.夢見る名無しさんウェルナー (陽気に、荒っぽく)馬鹿な。そんなことあるものか。(ヨハンナ、唖然となる。彼女の方に進んで)君は一度もあいつと会ってはいないさ。一分、一秒だって僕は騙されなかったのだ。 (彼女の鼻先で笑って)それに閂は? 鉄の棒は? 言っておくがね、彼らには決まった合図があるんだぜ。ヨハンナ (冷静な態度を取り戻して)合図は一つよ。私は知っているわ。ウェルナー (まだ笑っている)一体どうして知ったんだ? レーニに聞いたな?ヨハンナ お父様にお聞きしたのよ。ウェルナー (驚いて)えっ! (長い沈黙。事務机の方を振り向く、陽気な態度を失ってはいないが、自制することに非常に苦心しているのが分かる)そうだ。こうなるのは当然だった。 (間)親父は目的なしに何もする男ではない。このことが何か親父の得になるのかな?ヨハンナ 私はそれを知りたかったのよ。ウェルナー さっき、親父は、何を君に提案したんだい?ヨハンナ フランツがもしお父様に会うことを承知すれば、あなたを自由にしてくださるって。ウェルナー (陰気で疑い深くなる。彼の不信は次のやり取りの間にその度を増す)二人が会うんだって……で、フランツが承知するというのかね?ヨハンナ (自身ありげに)ええ。ウェルナー それから?ヨハンナ 何もないわ。私たちは自由になるのよ。ウェルナー 何をする自由だ?ヨハンナ 出て行く自由よ。ウェルナー (味気なく冷たい笑い)ハンブルクにか?ヨハンナ 私たちの行きたい所に。ウェルナー (同じ口調で)よかろう。(冷たい笑い)ねえ、君、こんなに見事に足を払われたのは、生まれて初めてだよ。2026/09/08 14:59:11118.夢見る名無しさんヨハンナ (呆気にとられて)お父様は、一時もお考えにならなかったわ……ウェルナー 次男坊のことはね? 全くその通りだ。フランツが僕の事務所を占領して、僕の椅子に座り、僕のシャンパーニュを飲み、貝殻を僕のベッドの上に捨てるんだ。 それは別として、誰が僕のことなんか考えてくれるだろうか? 僕に値打ちがあるのだろうか? (間)年寄りの気が変わったらそれだけのことだ。ヨハンナ それはそうでしょうけど、あなたには何も分からないのね。ウェルナー 親父が、兄貴を会社の筆頭にしようとしていることは、分かっているさ。それから、君が、わざわざあの二人の仲立ちをつとめたこともね。 僕をここから引き離しさえすれば、僕が蹴飛ばされて、地位を奪われることなんか、君にはどうでもいいのだ。 (ヨハンナは冷たい目で彼を見る。言い訳をしようとさえせずに、言葉を続けさせる) 僕はね、懐かしい子供のころの思い出の、この恐ろしい建物に軟禁されるために、弁護士の仕事を途中で止めさせられたんだぜ。 やがて、道楽息子が部屋を出ることに同意すると、そのお祭騒ぎで僕を外に叩き出して、女房を始め、みんながご満足だ。 え、そうだろう? その話をハンブルクでするがいいさ。 (事務机の所に行き、シャンパーニュを一杯注いで飲む。浅いけれどもはっきりそれと分かる彼の酔いは、幕の終わりまでにどんどん酷くなっていく) 荷造りは少し待った方がいいだろう。僕も、いいなり放題になっているかどうか分からないからな。 (強く)僕には会社がある。僕は会社を手放さない。僕の真価を見せてやろう。 (事務机の所に行って座る。静かだが悪意のある、酷い疑惑を含んだ声で)今は、放っておいてくれ、よく考えなければならないからな。(間)ヨハンナ (急がずに、落ち着いたような声で)会社なんか問題ではないのよ。誰もあなたと会社の取りっこなんかしていないわ。2026/09/08 15:01:34119.夢見る名無しさんウェルナー 親父とその息子の他はな。ヨハンナ フランツは造船所の采配をふるったりはしないわ。ウェルナー なぜ?ヨハンナ その気がないのよ。ウェルナー 気がないのか、それとも出来ないのか?ヨハンナ (自分の気持ちに嘘を吐いて)両方よ。(間)それに、お父様もご存知だわ。ウェルナー それで?ヨハンナ それでね、死ぬ前にフランツに会いたいと思っていらっしゃるのよ。ウェルナー (少し安心したが、疑い深く)怪しいものだ。ヨハンナ とても怪しいわ。でも、それはあなたに関係のないことよ。(ウェルナーは立って、ヨハンナの所に行く。彼女の目を見つめる。彼女は彼の視線にたえている)ウェルナー 君を信じるよ。(飲む。ヨハンナはむっとして顔を背ける)無能力者め。 (笑う)おまけに、痩せっぽちのちびときている。日曜日に親父はぶくぶく太るとか言っていたな。ヨハンナ (いきいきと)フランツは骨と皮よ。ウェルナー うん。囚人みたいに、ちっぽけな腹をしてね。(鏡に映る自分の姿を見て、ほとんど無意識に胸を突き出す)無能者だ。乞食だ。半気違いだ。 (ヨハンナの方を向く)兄貴には……何度も会ったのか?ヨハンナ 毎日よ。ウェルナー 奥方は、どんな思考材料を発見なさいましたかね。(自信を新たにして歩く)「屑のない家族はない」か。 誰がそう言ったのか、今はもう分からない。恐ろしいことだが、事実だろう? ただ、これまでは、屑は自分だとばかり思っていた。 (ヨハンナの肩に手を置いて)ありがとう。君は僕を解放してくれたよ。(グラスを取りに行こうとする。ヨハンナが引き止める)兄貴に、僕からの酒を瓶で届けさせてやってくれ。 (笑う)それから君だがね、もう二度と兄貴に会ってはいけないよ。会うことは禁止だ。2026/09/08 15:03:53120.夢見る名無しさんヨハンナ (相変わらず冷たく)いいわ。私をここから連れて行ってちょうだいな。ウェルナー 君は僕を解放してくれたと言ったではないか。僕は、あれやこれやと想像していたのだ。これからは、全てうまくいくよ。ヨハンナ 私には駄目。ウェルナー 駄目か? (彼女を見つめる。表情が変わり、肩が僅かに丸みを帯びる)僕が生活を変え、考えを実行に移してもかい?ヨハンナ それでも駄目よ。ウェルナー (出し抜けに)一緒に寝たな。(素っ気無い笑い)白状しろよ。そんなことで君を恨みやしないさ。 兄貴が口笛一つ吹きさえすれば、女たちは仰向けに引っくり返ったものらしい。 (いやらしい態度でヨハンナを見る)僕は君に質問したんだぜ。ヨハンナ (きわめて強硬に)無理に返事をさせようとするなら、許さないわよ。ウェルナー 返事をしろよ。そうすれば、許さなくてもいいさ。ヨハンナ 嫌よ。ウェルナー 君たちは一緒に寝なかったんだな。よろしい。だけど君は寝たくてたまらないのさ。ヨハンナ (静かだが、一種の憎しみを込めて)いやらしい人ね。ウェルナー (にやにやして陰険に)どうせ僕はゲルラッハ家の人間さ。答えろよ。ヨハンナ 嫌です。ヨハンナ (冷静なままで)あなたよりも、死と狂気が私を引きつけたのよ。 二階では、また、あれが始まる。私は、あれはご免だわ。(間)あの人の蟹、あの人よりは蟹を信じるわ。ウェルナー お前があいつを愛しているからさ。ヨハンナ 蟹が真実だからよ。気違いはね、ウェルナー、真理を語るものだわ。ウェルナー へえ。どんな真理だい?2026/09/08 15:05:57121.夢見る名無しさんヨハンナ 真理は一つしかないわ。それは生きる恐怖よ。(熱を取り戻して)私は、嫌よ、嫌よ。自分を騙す方がいいわ。 (身振りで天井を指して)この蓋が、私を押し潰すの。愛してくれるなら、助けてちょうだい。 全てがみんなのもので、みんなが騙し合いをしている町に、連れて行ってちょうだい。 風が吹く町、遠くから来る風が吹く町に。ウェルナー、誓うわ。私たちはお互いを見直すことよ。ウェルナー (藪から棒の乱暴な荒っぽさで)見直すって? へえ。ヨハンナ、で、僕がどうして君を見失ったというんだ? 僕は一度も君をものにしたことがない。もうたくさんだ。僕は、君の鼻息ばかりうかがっていなければならなかった。 君は、僕にまやかしものをつかませた。僕がほしかったのは女なのに、手に入れたのは女の死骸にすぎなかった。 君が狂ったって仕方がないよ。僕たちはここに残るのだ。(ヨハンナの口真似をして)「私を守って! 助けてちょうだい」どうすればいいのだ? 尻に帆をかけるかね? (感情を抑える。不快で冷たい微笑)さっきは興奮してしまった。 許してくれ。貞淑な妻でいるためには、どんなことでもするんだよ。それが君の人生の役割なんだ。だが、全ての楽しみは君の勝手さ。 (間)君に兄貴を忘れさせるにはどこまで行ったらいいのだろう? どこまで逃げるのだろう? 列車、飛行機、船、何て面倒臭くて骨の折れる仕事だ。君は、全てをその虚ろな目で見る。 いやというほどぜいたくをさせられても、それで君が変わることはない。僕はどうだ? その間中、僕が何を考えるか、考えてみたことがあるかい? あらかじめ敗北を宣告されて、指一つ動かさずに逃げたということさ。 卑怯者、卑怯者だ。君は、そういう僕が好きなんだよ。慰めてやることができるからね。母親ぶってさ。 (力を入れて)僕らはここに残るんだ。僕たち三人のうち誰かが、君か、兄貴か、僕が参ってしまうまでね。ヨハンナ よほど私が憎いのね。2026/09/08 15:08:40122.夢見る名無しさんウェルナー 君を征服したら、君を愛するよ。僕はこれから戦うんだ。おとなしくしろ。 (笑う)僕は勝つぞ。君たちは、君たち女は、力しか愛さないのだ。しかし、力の持ち主というのは、この僕さ。(彼女の胴を抱きかかえ、乱暴に接吻する。ヨハンナは両の拳で彼を打って身体を引き抜き、笑い出す)ヨハンナ (大声で笑って)まあ、ウェルナーったら、あの人は噛みつくと思っているの?ウェルナー 誰だ? フランツか?ヨハンナ あなたがあやかりたいと言っている、兵隊上がりの乱暴者よ。(間)ここに残るのなら、毎日あの人の所に行くわよ。ウェルナー それはちゃんと考えているさ。そして、君は、毎晩僕のベッドに入ってくるんだ。(笑う)ひとりでに比較できるというわけさ。ヨハンナ (ゆっくり、寂しそうに)情けないウェルナー。(出口の方に行く)ウェルナー (急に慌てて)どこへ行く?ヨハンナ (意地の悪い微笑を浮かべて)比較しに行くのよ。(ドアを開けて外に出る。ウェルナーは、彼女を引き止める身動き一つしない)---幕---2026/09/08 15:09:32123.夢見る名無しさん第四幕(フランツの部屋。第二幕と同じ装置。しかし、ボール紙の札は全てなくなっている。床には、もう牡蠣の殻はない。テーブルの上に、電気スタンド。ただヒトラーの肖像だけが残っている)第一景フランツ (一人)天井の覆面の住人たちよ。天井の覆面の住人たちよ、聞いてくれ。(沈黙、天井に向かって)何? (口の中で)彼らの反応がない。(強く)諸君! 諸君! ドイツが、殉教のドイツが、君たちに話をしているのだ! (間。がっかりして)この聞き手たちは凍りついたのだ。(立ち上がって歩く)不思議な、確かめようもない印象だが、歴史は今夜停止するぞ。 ぴたりだ。地球の爆破が予定されて、学者どもの指がボタンにかかっている。おさらばだ。 (間)それでも人類が生き残ったら、そいつがどうなるか知りたいだろうな。 (苛立って、ほとんど乱暴に)彼らの機嫌とりにおべんちゃらを言っても、向こうでは耳をかそうともしてくれない。 (熱を帯びて)親愛な諸君、お願いだ、君たちにはもう聞いてもらえず、にせの証人が君たちを籠絡してしまったとしたら…… (急に)待ってくれ! (ポケットの中を探る)俺は罪人を捕まえているぞ。 (革ベルトの端をつまんで腕時計を憎らしそうにつまみ出す)俺はこの獣を贈物にされたが、これを受け取ったのはまずかった。 (腕時計を見る)十五分遅れているな。けしからんぞ。こいつを、この時計を打ち割ってやろう。 (手首につける)十五分、もう十六分だ。(声高に)意地悪く俺を怒らせると、長々と続いた俺の我慢もそれまでになる。全ては酷い結末になるぞ。 (間)あけてやるものか、わけはないさ。丸々二時間、躍り場にほったらかしにしておいてやろう。(ドアを三つ叩く音。急いで開けに行く)2026/09/08 18:42:06124.夢見る名無しさん第二景 フランツ、ヨハンナフランツ (ヨハンナを中に入れるために後退する)十七分だ。(腕時計を指す)ヨハンナ 何と仰ったの?フランツ (時報の声を真似て)四時十七分三十秒でございます。弟の写真を持って来てくれたね? (間)どうだい?ヨハンナ (不機嫌に)ええ。フランツ 見せてくれよ。ヨハンナ (相変わらず不機嫌に)写真で何をしようというの?フランツ (傲慢な笑い)写真をたねに何ができるかね?ヨハンナ (ためらった挙句)はい、これ。フランツ (写真を見ながら)へえ、これが弟とは恐れ入った。どうして立派なスポーツマンだよ。おめでとう。(写真をポケットにおさめる)で、孤児たちは元気かね?ヨハンナ (面食らって)どの孤児たち?フランツ ほら、あのデュッセルドルフの戦災孤児だよ。ヨハンナ まあね……(急に)死んだわ。フランツ (天井に向かって)蟹たちよ。孤児は七百人だった。火の気にも土地にもありつけない哀れな七百人の子供たちだ…… (ここで中絶)ねえ、君、僕はあの孤児たちなんてどうでもいいんだ。できるだけ早く葬ってもらうんだな。これで厄介払いというものさ。 (間)この通り、僕は、君のおかげでこんな男に、悪いドイツ人になってしまった。ヨハンナ 私のせいですって?フランツ 君の間違いが全てを狂わせるということを、知っておくべきだった。この部屋から時間を追放するのに五年はかかった。それなのに、君はあっという間に、時間を引き戻してしまった。 (腕時計を指して)僕の手首の周りで唸り声をあげていて、レーニのノックが聞えると、ポケットに突っ込まれるこの甘ったれの獣は、普遍的時間、時報の時間、列車時刻表の時間、測候所の時間だ。 だが、それをどうしろというのだ? この僕は普遍的だろうか? (腕時計を見ながら)僕はこの贈物は臭いと思ったよ。2026/09/08 18:43:42125.夢見る名無しさんヨハンナ それでは返してくださいな。フランツ 断じて返さない。とっておくよ。君がなぜ僕に時計をくれたのか、ただそれが不思議なのだ。ヨハンナ あなたが生きている限り、私もまだ生きているからよ。フランツ 生きるとはどういうことだ? 君たちを待つことだろうか? 千年たつまでは、僕はもう何も待たない。レーニは勝手な時にやってくる。眠りがどうしても僕を捕まえようとする時、 僕は行き当たりばったりに眠ったものだ。つまり、全然時間を知らなかったのさ。(不機嫌に)今では昼と夜とが押し合い圧し合いしている。 (ちらっと腕時計を見る)四時二十五分、影がのび、君が行ってしまう時、この部屋はこうこうと明るいのに、夜がやってくる。だから、僕は恐いのだ。 (不意に)あの哀れな子供たちは、いつ葬られるのかね?ヨハンナ 月曜日でしょう。フランツ 教会の廃墟の屋天に、仮安置所を作らなければなるまい。ぼろ着姿の群衆に見守られる七百の小さな棺。(ヨハンナを見つめる)お化粧していないね。ヨハンナ ごらんの通りよ。フランツ 忘れたの?ヨハンナ いいえ、来るつもりじゃなかったの。フランツ (乱暴に)何だって?ヨハンナ 今日はウェルナーの日なのよ。(間)そうだわ、土曜日ですもの。フランツ 弟にはどうしてまる一日が必要なのだ? 毎晩があるじゃないか? 土曜日だから……なるほど、イギリス式の一週間だな。(間)それでは、もちろん日曜日もだね?ヨハンナ その通りだわ。フランツ 僕の聞き違いでなければ、今日は土曜日だね。ああ、時計は曜日を教えてくれない。僕に日付入りの手帳をくれなければいけないよ。(ちょっと冷笑するが、急に)君なしの二日だって? それは駄目だ。ヨハンナ この時だけは一緒に暮らせるというその時を、夫から取り上げられるとお思いになるの?2026/09/08 18:45:39126.夢見る名無しさんフランツ どうしてできないのだ? (ヨハンナは答えずに笑う)弟には君を自由にする権利があるのかね? 残念ながら、僕にもその権利はあるんだよ。ヨハンナ (一種の乱暴な調子で)あなたにですって? 全然ないわ。これっぽっちも。フランツ 君を探しに行ったのは僕だったのだろうか? (大声で)意気地なくこうやって待つと、仕事から僕の気がそれるのが、いつになったら分かってもらえるのだ。 蟹どもは戸惑い、警戒している。だから、にせの証人たちが大威張りだよ。(当てこするように)ダリラ。ヨハンナ (意地の悪い笑い声を立てて)ふふふ。(フランツの方に行き、傲然と彼を見つめる)で、ここにいるのはサムソン? (さらに激しく笑って)サムソン! サムソン! (笑い止めて)サムソンって、もっと違った人だと思ってたわ。フランツ (凄まじく)サムソンは僕だ。僕は何世紀もの時代を背負っている。僕が頭を上げて立ち直れば、それらの時代が崩れ落ちてしまうのだ。 (間、普通の声、苦々しい皮肉を込めて)それにあいつはきっと哀れな男だったに違いない。(部屋を横切って歩く)何と卑屈なこのざま。(沈黙、腰を下ろす)僕には君が邪魔だよ。ヨハンナ もう邪魔はしなくてよ。フランツ 何をしたんだい?ヨハンナ ウェルナーにすっかり話してしまったの。フランツ えっ、いったいどうして?ヨハンナ (苦々しく)私にもなぜか分からないわ。フランツ 弟は話をよくとっているかい?ヨハンナ とても悪くとったわ。フランツ (不安になり、苛々して)弟の奴、僕たちと別れるというのかい? 君を連れて行くのかね?ヨハンナ あの人はここに残るわ。フランツ (安心して)それは結構、(揉み手)大変結構だ。ヨハンナ (苦い皮肉たっぷりに)で、あなたは私から目をお放しにならないの? でも、何を見ていらっしゃるの? (彼女はフランツに接近し、フランツの顔を両手で挟み、無理に自分を見つめさせる) 私をごらんになって、そう。そういう風に。さあ、これで大変結構といってもいいわ。2026/09/08 18:48:08127.夢見る名無しさんフランツ (ヨハンナを見つめ、その手から顔を引き抜く)分かる。そうだ。分かるよ。 君はハンブルクを懐かしがっている。安易な生活。男たちの賛美と彼らの欲情。 (肩をすくめる)君にはそれが問題なのさ。ヨハンナ (悲しそうに、冷たく)サムソンって一人の哀れな男にすぎなかったのね。フランツ そう。そう。そうだ。哀れな奴だった。(横ばいを始める)ヨハンナ 何をなさるの?フランツ (咽喉の奥から出るごわごわした声で)蟹の真似だよ。(自分の言葉に驚いて)何だって? (ヨハンナの方に戻りながら、普通の声で)僕は、なぜ哀れな男なんだろう?ヨハンナ 何もお分かりにならないからだわ。(間)私たちは、地獄の苦しみを味わおうとしているのよ。フランツ 私たちって誰が?ヨハンナ ウェルナー、あなた、そして私。(短い沈黙)あの人は嫉妬のためにここに残っているんだわ。フランツ (驚いて)え?ヨハンナ 嫉妬よ。お分かりになる? (間、肩をひくひくさせる)あなたは、嫉妬って何かもお分かりにならないのね。 (フランツ、笑う)あの人は、毎日、その日がたとえ日曜でも、あなたのお部屋に私をよこすでしょう。 造船所の大臣室のような広い事務所で、苦しむことでしょうよ。そして夜になって、償いをさせられるのは私なんだわ。フランツ (心から驚いて)すまなかったね。でも、弟は誰を妬いているのかな? (ヨハンナは肩をすくめる。フランツは写真を取り出して眺める)僕を? 僕がどうなったか……あの男に言ったの?ヨハンナ 言ったわ。フランツ それで?ヨハンナ それであの人は妬いているのよ。フランツ まさに倒錯症だ。僕は病人で、たぶん気違いで、身を潜めているんだ。戦争が僕を壊してしまったんですよ、奥様。2026/09/08 18:49:49128.夢見る名無しさんヨハンナ 戦争はあなたの傲慢を打ち砕きはしなかったわ。フランツ それだけのことで弟は僕に嫉妬できるのかね?ヨハンナ ええ。フランツ 僕の傲慢は粉みじんになったと言ってやりなさい。自己防衛のために、空威張りをしているんだと言ってやるんだ。 さあ、とことんまで卑下しよう。ウェルナーに僕が嫉妬していると言うんだよ。ヨハンナ あの人に?フランツ あいつの自由と、筋肉と、微笑と、細君と、立派な心がけに嫉妬しているとね。(間)ふん、あの男のうぬぼれには、この上ない慰めだ。ヨハンナ 私の言うことを信じてくれないわ。フランツ あれには気の毒だが、仕方ないさ。で、君は?ヨハンナ 私?フランツ 君は僕を信じるのかい?ヨハンナ (おぼつかなく、苛立つように)いいえ。フランツ 君はうかうかといろいろな秘密をもらしてしまった。僕は、君の刻一刻の私生活を知っているよ。ヨハンナ (肩をすくめて)レーニの言うことは嘘だわ。フランツ レーニは君のことなんか口にしないよ。(腕時計を指して)おしゃべり女はこいつだ。こいつときたら、何でもかんでも喋ってしまうんだからな。 君がこの部屋を出る途端に、八時半、家族の夕食、十時、めいめいが自分の部屋に戻り、君が亭主と差し向かいになる、などと喋り出すのだ。 十一時、夜の化粧、ウェルナーはベッドにもぐり、君は風呂に入る。十二時、君がウェルナーのベッドに滑り込む。ヨハンナ (傲慢な笑い)あの人のベッドに。(間)違うわ。フランツ ダブルベッドかな?ヨハンナ そうよ。フランツ どっちのベッドで寝るのかね?ヨハンナ (怒って傲然と)こちらで寝たり向こうで寝たり。フランツ (口の中でつぶやくように)ふん。(写真を眺める)八十キロね。あのスポーツマンは君を押し潰すに違いない。君はそういうのが好きなんだな?2026/09/08 18:51:32129.夢見る名無しさんヨハンナ 私があの人を選んだとすれば、枯れ木みたいな男よりスポーツマンの方が好きだからよ。フランツ (ぶつぶつ言いながら写真を見た後、もとのポケットにおさめる)六十時間前から、僕は目を閉じていないのだ。ヨハンナ なぜなの?フランツ 僕が眠っている間に、君がウェルナーと一緒に寝てはならないからだ。ヨハンナ (素っ気無い笑い)それでは、これからは一睡もなさらなければいいわ。フランツ 僕はそのつもりだ。今夜、あいつが君を抱く時、僕が目を覚ましていることが分かるだろう。ヨハンナ (乱暴に)お気の毒だけれど、そんな薄汚い孤独の快楽は、取り上げてしまうわ。今夜はお休みなさいな。ウェルナーには、私に触らせないわ。フランツ (面食らって)へえ。ヨハンナ がっかりなさったの?フランツ いや。ヨハンナ あの人の過ちがもとで、私たち二人がここにいる限り、あの人は私にはもう触れないわ。 (間)あの人が何を考えているかご存知? あなたが私を誘惑したんですって。 (当てこするように)あなたがよ。(間)あなた方、二人とも似ているのね。フランツ (写真を示して)似ているものか。ヨハンナ 似ていますよ。二人のゲルラッハ、二つの抽象、幻影を追う二人の兄弟。私は一体何なのかしら? 何でもないわ。ただの責め道具でしかないのよ。めいめいが、私の身体に、相手の愛撫の痕を探っている。 (フランツに近寄る)この身体をごらんなさいな。(彼の手をとり、無理に自分の肩にのせさせる)昔、男たちと仲間付き合いをしていた頃、 あの人たちがこの身体をのぞむのに、黒ミサなんか必要なかったわ。(身体を離して彼を押しやる。間。不意に)お父様があなたにお話があるんですって。フランツ (平静に)へえ。ヨハンナ あなたがお父様にお会いになれば、ウェルナーは誓いから開放してもらえるのよ。フランツ (平然と、何食わぬ顔で)で、それから? 君たちは行ってしまうのか?ヨハンナ それは、もう、ウェルナー次第だわ。フランツ (依然として平静に)君はこの会見をのぞんでいるんだね?ヨハンナ ええ。2026/09/08 18:54:20130.夢見る名無しさんフランツ (相変わらず平静に)君に会うことは諦めなければならないのか?ヨハンナ もちろんよ。フランツ (同じ口調で)僕はどうなるのだろう?ヨハンナ あなたの永遠の中に帰るのよ。フランツ よかろう。(間)親父の所に言いに行ってくれたまえ……ヨハンナ (不意に)嫌よ。フランツ え?ヨハンナ (熱っぽく乱暴に)嫌よ。お父様には何も言わないわ。フランツ (勝利を意識して、平然と)返事をしなければならないのだ。ヨハンナ (同じ口調)無駄よ。お返事の取次ぎはご免こうむるわ。フランツ なぜ親父の要求を取り次いだのだね?ヨハンナ いやいやながら。フランツ いやいやだって?ヨハンナ (薄笑い。視線にはまだ憎悪を残して)ねえ、私は、あなたを殺そうと思っていたのよ。フランツ (非常に愛想良く)へえ、ずっと前からかい?ヨハンナ 五分前から。フランツ それも、もうすんだのかね?ヨハンナ (微笑を浮かべ、落ち着いて)まだあなたの頬を痛めつけたいという気持ちはあるわ。(フランツの顔に両手で、平手打ちを加える。彼はされるがまま)こういう風に。(両手をおろし、彼から離れる)フランツ (相変わらず愛想良く)五分か、君が運がいい。僕の方の、君を殺したいという気持ちは一晩中続くよ。(沈黙、ヨハンナは寝台に腰掛け、空を見つめる)ヨハンナ もう行きはしないわ。フランツ (彼女の様子をうかがって)もう決して?ヨハンナ (彼を見ずに)決して行きません。(彼女は乱れた含み笑いを浮かべ、何かを落とすかのように両手を開き、足元を見つめる。フランツはヨハンナを観察し、態度を変える。彼は第二幕と同様に、冷酷で偏執的になる)2026/09/08 18:56:40131.夢見る名無しさんフランツ それじゃ、僕と一緒にいるのだ。完全にね。ヨハンナ この部屋に?フランツ そうさ。ヨハンナ 決して外に出ないで? (フランツ頷く)籠城なのね?フランツ まさにその通り。(歩きながら喋る。ヨハンナは目で彼を追う。フランツが喋っている間に、ヨハンナは次第に我に返って、固くなる。 フランツが彼女の錯乱をそのままにしておこうとしかしないことに気付く) 僕は、十三年間、山頂の氷の屋根の上で暮らした。僕はおびただしいガラス細工を闇の中に投げ込んだのだ。ヨハンナ (既に警戒気味に)どんなガラス細工なの?フランツ 奥様、世界ですよ。君が生きている世界。(間)この邪悪のがらくたは復活した。復活させたのは君なのだ。 君が僕から去る時、その中に君がいるので、がらくたが、僕を取り囲むのだ。君はザクセン・スイスの麓で、僕を踏み潰す、 僕は海面から五メートルのこの部屋の中をふらつく。浴槽の君の体の周りに、また水が湧く。今エルベ川が流れ、草が伸びている。女は裏切り者だ。ヨハンナ (暗い面持で堅苦しく)私が誰かを裏切るとすれば、それはあなたではないわ。フランツ 僕だよ。二重スパイの僕も裏切られるのだ。日に二十時間、他の全ての人間と一緒に、 君は僕の靴の下で、見たり、感じたり、考えたりする。君は僕を、卑俗な人間の掟に従わせるのだ。 (間)もし僕が君を閉じ込めれば、絶対に平穏無事だよ。世界は暗闇に帰り、君はあるがままの君でしかなくなる。 (ヨハンナを指して)この君だ。蟹どもはまた僕を信用するようになり、僕は彼らに話しかけるよ。ヨハンナ (皮肉に)時々は私に話してくださるの?フランツ (天井を指して)二人で一緒に彼らに話すのだ。 (ヨハンナ、吹き出す。彼はあっけにとられて彼女を見つめる)断るのかい?ヨハンナ 何を断らなければならないのかしら? あなたが悪夢の話をし、私がそれを聞いている、それだけのことだわ。フランツ ウェルナーとは別れないのだね?ヨハンナ 分かれないと言ったでしょう。2026/09/08 18:59:20132.夢見る名無しさんフランツ それでは、僕と別れなさい。これは亭主の写真だ。(写真を渡す。ヨハンナそれを受け取る)それから、この腕時計だけれど、これは時報の時刻きっかりに、永遠の時間に入る。 (腕時計をはずし、文字盤を見つめる)それっ! (時計を床に投げる)これからは、いつまでも四時半だ。君の思い出にね。おさらばだ。 (戸口に行き、閉め金をはずし、差した鉄棒を抜く。長い沈黙。ヨハンナに一礼し、出口を指す。ヨハンナは急がずに戸口まで足を運び、鉄棒を通し、閂の閉め金をかける。 平静に、笑顔も見せず、堂々と威厳を示して、フランツの所に戻って来る)よろしい。(間)どうしようというのかね?ヨハンナ 月曜日から私がしていること。行ったり来たりよ。(身振り)フランツ もしドアを開けなかったら?ヨハンナ (落ち着いて)あなたは開けてくださるわ。(フランツは、屈んで腕時計を拾い、耳に持っていく。表情と声が変わる。言葉に一種の熱を帯びてくる。このやり取りから、しばし二人の間に真の共犯関係が成立する)フランツ 僕たちは運がいいな。時計が動いている。(文字盤を見る)四時三十一分。永遠一分過ぎだ。針よ、回れ、回れ、回れ、生きなければならないのだ。(ヨハンナに)どうやって?ヨハンナ 分からないわ。フランツ 僕たちは三人の猛烈な気違いになるのだ。ヨハンナ 四人よ。フランツ 四人?ヨハンナ 会見を断れば、お父様はレーニにお話しになるわよ。フランツ いかにもありそうなことだ。ヨハンナ どういうことになるかしら?フランツ レーニは手の込んだことは嫌いさ。ヨハンナ そうすると?フランツ あっさり片付けるだろう。ヨハンナ (フランツのテーブルの上にあるピストルを握って)これで?フランツ それを使うか、さもなければ別の方法で。ヨハンナ そういう時には、女は女を狙って射つわ。フランツ レーニは半分しか女じゃない。ヨハンナ 死ぬのはおいや?フランツ 正直に言って、そうだな。(天井に向かって身振り)僕は彼らに分かってもらえる言葉を見つけなかった。で、君はどうだね?ヨハンナ ウェルナーだけが生き残るのは嫌だわ。2026/09/08 19:01:47133.夢見る名無しさんフランツ (含み笑い、結論的に)僕たちは、死ぬことも生きることもできないのだ。ヨハンナ (同じ口調で)会うことも、分かれることも。フランツ 僕たちはみっともない格好で追い詰められている。(腰を下ろす)ヨハンナ みっともない格好でね。(寝台に腰掛ける。沈黙。フランツはヨハンナに背を向け、二つの貝殻をすり合わせる)フランツ (ヨハンナに背を向けたまま)一つは出口がなければならない。ヨハンナ 出口はないわ。フランツ (強く)一つはなければならないのだ。(偏執的、絶望的に、荒々しく貝殻をこする)え?ヨハンナ さあ、貝殻を捨てなさいな。我慢できないわ。フランツ 黙りたまえ。(貝殻をヒトラーの肖像に投げつける)僕がどんなに骨を折っているか見てごらん。(半ば彼女の方に振り向き、震える手を見せる)何を心配しているか分かるかね?ヨハンナ 出口でしょう? (彼は依然として震えながら頷く)どうなさったの?フランツ 静かに。(立ち上がり、そわそわ歩く)急かさないでくれたまえ。あらゆる道が、最小の悪の道までが閉鎖されている。 通行が不能なために、決して閉鎖されない道だけが残っているのだ。それは、最悪の道だ。僕たちはその道を行くんだよ。ヨハンナ (大声で)嫌よ。フランツ 前には出口を知っていたんだがね。ヨハンナ (熱っぽく)私たちは幸福だったわ。フランツ 地獄でね?ヨハンナ (夢中で喋りたてる)そうよ。地獄で幸福だったわ。あなたの意思にも、私の意思にも背いてね。 お願いよ、後生だから、このままでいましょうよ。一言も言わず、眉毛一本も動かさずに待ちましょう。 (フランツの腕をとらえ)変えるのはよしましょう。フランツ ヨハンナ、他人は変わるよ。彼らは僕たちを変えにやって来る。(間)レーニが僕たちを生かしておくと思うかね?2026/09/08 19:03:26134.夢見る名無しさんヨハンナ (乱暴に)レーニなら、私が引き受けるわ。射たせなければならないとしたら、私が真っ先に射つわ。フランツ レーニの話は別にしよう。僕たちは、今、二人きりで顔をつき合わせている。何が起こるだろう?ヨハンナ (同じ熱心さで)何も起こらない、何も変わらないわ。私たちは……フランツ 君が僕を破壊することになるだろうよ。ヨハンナ (調子を変えず)そんなこと決してないわ。フランツ 君は、ゆっくり、確実に、僕を破壊していくのだ。君がいるというただそれだけのことで。既に僕の狂気がいためられている。ヨハンナ、狂気は僕の隠れ家だったが、明るみに出た僕の狂気はどうなるのだろうか?ヨハンナ (同じ調子で)あなたは癒えるわよ。フランツ (短い叫び)へえ。(間。冷たい笑い)僕は垂れ流しの老いぼれになるのさ。ヨハンナ 私は決してあなたに酷いことなんかしないわ。あなたを癒そうとも思わないわ。あなたの狂気。それは私の檻なの。その中を私はぐるぐる回っているんだわ。フランツ (苦く寂しい愛情を込めて)可愛いリス。君はぐるぐる回っているんだね? リスは素晴らしい歯の持ち主だ。君は格子をかじるだろう。ヨハンナ それは嘘。私は格子をかじりたいとさえ思わないわ。あなたの、ありったけの気まぐれに従っているのよ。フランツ それはそうさ。だが、あまり見え透いているよ。君の嘘はとりもなおさず告白だ。ヨハンナ (引きつって)あなたには決して嘘を吐かないわ。フランツ 君は、それ一本槍だ。寛大に、忠実に。まるで真面目な兵卒みたいだね。ただ、君は嘘がまずすぎるよ。巧く嘘を吐くには、自分が嘘でなければならない。僕の場合がそれさ。 君という女は真実なのだ。君を見ると、真実は存在しているが、僕の側にはないことを認識するね。(笑う)僕ならば、もしデュッセルドルフに孤児がいるとすれば、孤児たちはうずらみたいに丸々太っていると断言するね。ヨハンナ (機械的で依怙地な声で)あの子たちは死んだわ。ドイツは死んだのよ。2026/09/08 19:05:02135.夢見る名無しさんフランツ (乱暴に)黙りなさい。(間)ねえ、君は今でも最悪の道を知っているね? 君は僕の目を閉じようと夢中になって、かえって、僕の目を開けさせるのだ。 しかし、毎度君の裏をかく僕は、君の共犯者をつとめている。というのは……というのは、僕が君に惹かれているからさ。ヨハンナ (幾分我に返って)それでは、お互いに、自分が望むのと反対のことをしているというわけね?フランツ 全く、その通りだよ。ヨハンナ (横柄なごつごつした口調で)それで? 出口は一体どうなの?フランツ お互いにやるべきことを望むということさ。ヨハンナ 私は、あなたを破壊することを望まなければならないの?フランツ 僕たちはお互いに、相手が真実を望むように助け合わなければならないのだ。ヨハンナ (調子を崩さずに)あなたは決して真実を望みはしないわ。骨まで誤魔化されているのよ。フランツ (素っ気無く冷ややかに)ねえ、君、僕はどうしても自分の身を守らなければならなかったのだ。(間、いっそう熱を帯びて)僕は即座に世迷言を捨てるだろう……ただし……ただし……(躊躇する)ヨハンナ ただし?フランツ 僕が自分の嘘以上に君を愛し、僕の真実に懲りずに君が僕を愛するとすればだよ。ヨハンナ (皮肉に)あなたに真実があるの? どんな真実? あなたが蟹たちに話すあれなの?2026/09/08 19:07:22136.夢見る名無しさんフランツ (ヨハンナの方に飛び掛って)どの蟹だ? 君は気でも狂ったのかい? どんな蟹だ? (間。くるりと向きを変える)あ、そう、そうだとも……(一気に、突然)蟹は人間だ。 (間)何? (腰を下ろす)蟹を探して、どこへ行ったかって? (間)昔は……知っていたのだが……そう、そう、そうだ。しかし、僕には気がかりになることが山ほどある。 (間。きっぱりした口調で)本当の、善良で立派な人間は、積み重なった世紀のあらゆるバルコニーにいるのだ。 法廷を這いずり回っていた僕には、彼らの声が聞こえるような気がした。「兄弟よ、あれは何だ?」あれというのは、僕のことだった…… (立ち上がる。軍隊式敬礼。不動の姿勢、強い声で)僕は蟹だ。(ヨハンナの方を振り向き、親しげに話しかける)ところで、僕は、否、と言った。 人間は、僕の時代を裁きはしないだろう。彼らは、結局、どうなるのだろうか? 僕らの子供のそのまた子供たちは? 祖父さんを断罪することが、子供たちに許されるんだろうか? 僕は状況を逆転した。僕は叫んだ。「ここにいるのは人間だ。俺がなくなった後は大洪水で、その大洪水の後には、蟹が、君たちが残るのだ」と。 全員が覆面をとった。バルコニーには節足動物がうようよしていた。(厳粛に)君は人間が悪足類に属することを知らないわけではない。 僕は、人類の死骸を甲殻類の法廷に引き渡して、とことんまで推し進めた。(間。彼はゆっくり横に歩く)よし。だが甲殻類というのは人間らしい。 (取り乱した様子で静かに笑う。ヒトラーの肖像の方に後ずさりする)ほら、やはり人間なんだよ。 (急にかっとなって)ヨハンナ、僕は彼らの裁判権を忌避して、この訴訟を彼らの手から取り上げ、君に任せる。僕を裁いてくれたまえ。ヨハンナ (驚きよりは諦めの方が強く)あなたを裁くの?2026/09/08 19:09:49137.夢見る名無しさんフランツ (怒鳴って)きみはつんぼかい? (荒々しさが不安な驚きに変わる)何だって? (我に返る。素っ気無く、むしろきざだが不吉な笑い)僕を裁くのだ。間違いなく裁くのだ。ヨハンナ 昨日はまだ、あなたは証人だった。人間の証人だったわ。フランツ 昨日は昨日だ。(額に手をやる)人間の証人……(笑って)それは誰だと思うかね? ねえ、奥さん、それは人間でございますよ。そんなことは子供にだって察しがつく。 被告が自分のために証言するのだ。僕は悪循環が存在するのを認める。(暗い傲慢さで)ヨハンナ、僕は人間だ、全人類だ、人間の全てだ。 (唐突な滑稽な卑屈さ)誰彼と同じようにこの世紀なのだ。ヨハンナ それならば、私は誰か他の人の裁判をやるわ。フランツ 誰の?ヨハンナ 誰でもいいのよ。フランツ 被告は模範的な態度をとるという約束をしている。僕は被告に有利な証言をするべきだったが、お望みなら、自分を告発してもいいのだ。 (間)もちろん、君は自由だ。しかし、僕を理解しないで、知ることを恐がって、僕を捨てるならば、よかれ悪かれ判決を下したことになるのだ。決心しなさい。 (課。彼は天井を指す)僕は頭の中をかすめることなどを彼らに話しているけれど、全然反応がないのだ。 冗談や笑い話もしてやっているが、それについては、果たして彼らが早飲み込みをしているのか、 それとも僕に敵意をもって意見発表を差し控えているのか、もっと考えなくてはならない。 僕の罪の上には沈黙のピラミッドが、口を閉ざしている千年の時間がある。こいつは全くやりきれない。 ひょっとして、彼らは僕を知らないのだろうか? 僕を忘れていたら? 裁判所がなかったら、この僕はどうなるだろう? 何という侮辱だ。 「お前はしたいことをするがいい。世間はそんなことに構っていられない」なんて。 それでは? 僕が勘定にも入らないっていうのか? 罰されない生命は、大地に飲み込まれるのだ?2026/09/08 19:13:02138.夢見る名無しさん それは、旧約聖書だった。今度は新約だ。君は未来と現在になる。世界と僕自身とになるのだ。君の他には何もない。君が、数々の世紀を忘れさせてくれて、僕は生きるだろう。 君は僕の話に耳を傾け、僕が不意に君の目を見て、君が答えてくれるのを聞くだろう。いつか、おそらくは何年かの後、君は僕の無罪を認め、僕は君の判決を知るだろう。 こんなにめでたい話があるだろうか? 君は僕の全てになり、全てが僕の無罪を宣告してくれるのだ。(間)ヨハンナ! そんなことがあるだろうか?(間)ヨハンナ あるわ。フランツ 僕は、まだ愛されるだろうか?ヨハンナ (寂しいけれども深い誠実味のこもった微笑)残念ながら。(フランツ、立ち上がる。彼は開放されたような、ほとんど幸福な様子。ヨハンナの方に進み、彼女を腕に抱える)フランツ もう決して一人にはならないぞ……(ヨハンナに接吻しようとしてから、急に彼女を押しやり、偏執的で冷酷な態度に変える。 ヨハンナは彼を見つめ、相手が本来の孤独に舞い戻ったことを汲み取って、固くなる。陰険だが、それも自分だけを目当てにした皮肉を込めて) ヨハンナ、許してくれ、僕が自分で選んだ審判者を堕落させるには、ちょっと早すぎる。ヨハンナ 私はあなたの審判者じゃないわ。愛する人を裁くなんて、できないことよ?フランツ だが、僕を愛さなくなったら? いよいよ判決ということではないだろうか? 最後の審判ではないだろうか?ヨハンナ どうして私にそんなことが出来るの?フランツ 僕の正体を知ったからね。ヨハンナ もう知っているわ。2026/09/08 19:15:24139.夢見る名無しさんフランツ (楽しそうに、手をすり合わせて)いや、全然、知らないよ。(間。すっかり狂ったように見える)やがて、いつか、毎日と変わらない日がやって来る。 僕は自分のことを話し、君がそれを聞き、突然愛が崩れ落ちる。君は僕に恐怖の眼差しを向け、僕は感じるのだ。自分が、またもとの…… (四足になって横に這う)……蟹になることを。ヨハンナ (フランツに恐怖の眼差しを向けて)やめて。フランツ (四つん這いのまま)君はそういう目つきをするのだ。まさにその目つきだ。(ぱっと立ち上がる)どうだね、僕は有罪だろう。救いのない罪人なんだ。 (儀式ばってはいるが楽天的な声に変わる)もちろん、同じように、無罪放免の対象になる可能性もあるがね。ヨハンナ (蔑むような緊張した態度)無罪を願っているのかどうか、はっきりしないわ。フランツ もう審判は切り上げたいのだ。どっちに転ぶにしても。(間)ヨハンナ ブラヴォー。あなたは勝ったわ。私が行ってしまえば、あなたを断罪することになるし、このまま残れば、私たちの二人の間に、あなたが不信を育てることになるのよ。 その不信は、もうあなたの目の中に光っているわ。さあ、予定通りに運びましょう。二人で、一緒に堕落するために、夜を明かしましょう。手抜かりがないように、お互いを堕落させましょう。 私たちの愛を責め道具にしましょうよ。ね、飲みましょう。あなたはまだシャンパーニュを飲むのよ。私はウィスキーだったわ。 持って来るわね。めいめい自分の瓶を持って、相手の前で、しかも一人で飲むのよ。(暗い微笑)私たちが何になるかご存じ、人間の証人さん。ありきたりの男女よ。 (彼女は自分のグラスにシャンパーニュを注いで、グラスを上げる)二人のために! (一気に飲み干して、グラスをヒトラーの肖像に投げつける。グラスは肖像に当たって砕ける。ヨハンナは壊れた家具の山から肘掛け椅子をとって来て、その椅子を起こして座る)さあ、どうなさるの?2026/09/08 19:18:13140.夢見る名無しさんフランツ (唖然として)ヨハンナ……あの……ヨハンナ 私が聞いているんだわ。どうするの? 言いたいことって、何なの?フランツ 君には、僕が言うことが分からなかったのだ。もし、僕たち二人だけだったら、誓ってもいいが……ヨハンナ 他に何があるの?フランツ (苦しそうに)妹のレーニがいるのだ。僕が喋る決心をするのは、二人があの女から逃れるためなのだ。僕は、言うべきことを……言うだろう。逃げずにね。だが、僕なりに、じわりじわりと話すのさ。 それには、何ヶ月も何年もかかるのだ。そんなことはどうでもいいさ。僕は、君の信頼しか求めないし、もう僕しか信じないと約束してくれたら、君は僕の信頼を得ることができるのだ。ヨハンナ (長々と彼を見つめる。前よりも優しくなって)いいわ、私はあなたしか信じなくてよ。フランツ (少々もったいぶっているが、真面目に)君がこの約束を守る限り、レーニは僕たちに何もできないのだ。(椅子に座る)僕は恐かった。君が僕の腕の中にいた。僕は君がほしかった。僕は、その時、まさに生きようとしていた…… だが、急に、妹の姿が頭に浮かんで、彼女が二人の仲をぶち壊すだろう、と思った。(ポケットから一枚のハンカチーフを取り出して、額の汗を拭き取る)やれやれ。 (優しい声で)今は夏だね。暑いに違いない。(間、空を見つめて)あの人が僕を素敵な機械にしてしまったことを知っているかい?ヨハンナ お父様が?フランツ (同じ調子で)うん。ブレーキなんだ。(くすくす笑い。間)また夏が来た。だが、機械はまだ回転している。相変わらず空転しているのさ。 (立ち上がる)僕の過去を話してあげよう。だが、とんでもない悪辣な行為を予想してはいけないよ。いや、そんなものはありさえしないのだ。僕が自分に責めているのは何か知っているかい? 何もしなかったことさ。(ゆっくり照明が弱まる)何も、何も、決してしなかったのだ。2026/09/08 19:20:25141.夢見る名無しさん第三景 フランツ、ヨハンナ、女女の声 (優しく)兵隊さん。ヨハンナ (女の声を聞かずに)戦争に行ったのね?フランツ 当たり前さ。(舞台が暗くなり始める)女の声 (一段と強く)兵隊さん。フランツ (舞台の前面に立つ彼だけが見える。椅子に座っているヨハンナは闇に包まれている)人間が戦争を作るのではない。戦争が人間を作るのだ。戦闘を交えている間僕は適当にふざけていた、 僕は軍服を着た一般市民だったのだ。ある晩、僕は永遠に軍人になった。(後ろのテーブルの上から将校用の帽子をとって、いきなりかぶる)僕は、乞食同様の敗残者、無力な人間だった。 ロシアから帰る途中だったが、身分を隠してドイツを横切るうちに、廃墟になったある村に入った。女 (依然として姿は見えない、さらに強い声で)兵隊さん。フランツ 何だ? (急に後ろを向く。左手に懐中電灯を握り、右手でケースからピストルを抜き取り、引き金に指をかける。懐中電灯はつけていない)誰だ、俺を呼んでいるのは?女 よく探してごらん。フランツ お前たちは何人だ?女 お前さんが立っている所には、もう一人もいない。地べたには私がいるのさ。 (フランツは不意に懐中電灯で、地面を照らす。一人の黒衣の女が床板の上に半ば横たわり、壁にもたれている)目がくらむじゃないか。それを消しとくれ。 (フランツ、電灯を消す。二人を包み、客席から二人を見えるようにしているぼーっとした光だけが残る) あっはっは。射ちな、さあ、射ちなよ、ドイツ女を一人殺して、それでお前の戦争は終わりにするんだ。(フランツは、その気もないのに銃口を女に向けていたことに気付く。愕然としてピストルをポケットにおさめる)フランツ そこで何をしているのだ?女 ごらんの通り、壁の根元にいるのさ。(昂然と)これは私の壁だ。村中で一番頑丈な壁だ。たった一つ残った壁だよ。フランツ 一緒に来い。2026/09/08 21:49:19142.夢見る名無しさん女 灯火をつけな。(フランツ、懐中電灯をつける。光束が地面を照らす。光は闇の中から、頭の先から足の先まですっぽりと女を包んでいる毛布を照らし出す)ごらんよ。 (毛布を少し持ち上げる。フランツは女が見せようとするものに光を当てるが、それが何かは客席からは見えない。彼はついで呻き声を上げ、急に電灯を消す)そうだ、これも昔は私の脚だったのさ。フランツ 何かお前にしてやれることがあるだろうか?女 ちょっとお座りよ。(フランツは彼女のそばに腰を下ろす)私は、この壁の根元に、一人のドイツ兵を座らせてやった。(間)とりたてて、どうしろとも言わずにね。(間)その兵隊が弟ならばいいと思ったが、弟は戦死したんだよ。 ノルマンディーでね。仕方がないさ。お前で間に合うよ。弟の奴に言ってやりたかったな。「見ろ! (村の廃墟を指して)これはお前の仕業だぞ」とね。フランツ お前の弟の仕業だって?女 (じかにフランツに向かって)それからお前の仕業だ。フランツ なぜだ。女 (分かりきっていると言わんばかりに)お前はただ負かされるままになっていた。フランツ 馬鹿なことを言うな。(不意に立ち上がって女と向き合う。それまで見えなかった貼り紙に、彼の視線がぶつかる。 貼り紙は投光器で照らされている。貼り紙は女の右側、地上百七十五センチメートルの高さの壁に貼ってある。「罪人はお前たちだ!」) まだあるんだな。してみりうと、奴らはところかまわずに貼りめぐらしているのだ。(ビラを剥がしに行く)女 (顔をのけぞらせて、フランツを見つめながら)よしなよ。ほっときなというのに。これは私たちの壁だよ。 (フランツ離れる)罪人はお前たちさ。(ポスターの文字を読み、フランツを指して)お前、弟、お前たちみんなだ。フランツ お前、奴らと同意見なんだな?2026/09/08 21:51:34143.夢見る名無しさん女 夜と昼のようにさ。奴らは、私たちは食人種だなんて神様に告げ口する。そうすると神様は奴らのいうことを聞くわけだ。 だって、奴らは勝ったからさ。それでも、あたしはね、本当の食人種は勝った奴だという考えを捨てないよ。 兵隊さん、正直に言いな。お前は人間を食おうとは思わなかった、とな。フランツ (うるさそうに)俺たちは破壊した。破壊したのだ。町も、村も、数々の首都も。女 奴らが、お前たちを負かしたとすれば、お前たち以上にぶち壊したからさ。(フランツは肩をすくめる)お前は人間を食ったかい?フランツ で、そっちの弟は? 弟は人間を食ったのか?女 滅相もない。弟はきちんと礼儀を守っていたよ。お前さんのように。フランツ (沈黙の後)お前は収容所の話を聞いたことがあるか?女 どの収容所だね?フランツ 知っているくせに。皆殺しの収容所さ。女 その話なら聞いたさ。フランツ もし、お前の弟が死ぬ時に、そういう収容所の番兵だったと聞かされたら、お前は鼻が高いだろうか?女 (残酷に)そうともさ。よく聞きな。弟が何千という死人に良心を咎めていれば、その中に、あたしたちのような女や、この石ころの山の下で腐っていく子供たちと同じような子供がいれば、 あたしは弟を自慢するだろうよ。弟が天国にいること、弟には「おれは出来るだけのことをやったのだ」と言う権利があることが、わかっただろう。 だがね、あたしは、弟がどんな人間か、よく知っている。弟は自分の名誉や立派さほどに、あたしたちが好きじゃなかった。そこで、この始末だ。 (腕を振り回す。乱暴に)テロが必要だった。お前たちが、残らずぶち壊さなければならなかったのさ。フランツ それなら俺たちはやったよ。2026/09/08 21:53:50144.夢見る名無しさん女 あれっぱかりで足りるものか。収容所も足りなかった。死刑執行人も足りなかった。お前たちは、自分のものでもないものを他人にくれて、私たちを裏切ったのだ。 それがまだ赤ん坊だったといっても、一人の敵の生命を助けるたびに、お前は味方を殺したのだ。お前は相手を憎まずに戦争をしようとしたけれど、この心を虫食う憎しみをあたしに植え付けた。 お前の立派さはどこに行ったのだ? ろくでなしの兵隊め。負けて逃げ出す兵隊め、お前の名誉はどこに行った? 罪人はお前だ。神様はお前がやったことを裁くんじゃない。 お前にやりとおせなかったこと、犯さなければならないのに犯さなかった罪のことで、お前を裁くのだ。 (だんだん暗くなる。ただ貼り紙だけが見える。遠ざかりながら、女の声が繰り返す) 罪人はお前だ、お前だ、お前だよ。2026/09/08 21:55:05145.夢見る名無しさん第四景 フランツ、ヨハンナフランツの声 (闇の中で)ヨハンナ!(明かりがつく、フランツは帽子をかぶらず、テーブルの脇に立っている。ヨハンナは、肘掛け椅子に腰掛け、女の姿は消えている)ヨハンナ (飛び上がって)なあに?(フランツが彼女の方に行く。彼は長々とヨハンナを見つめる)フランツ ヨハンナ!(回想を追い払おうとしながら、ヨハンナを見る)ヨハンナ (幾分素っ気無く、後ろに飛び退って)その人はどうなったかしら?フランツ あの女かい? 次第によるね。ヨハンナ (驚いて)何の?フランツ 僕の夢さ。ヨハンナ あれは思い出ではなかったの?フランツ 夢でもあるのさ。時によって、あの女を連れて歩いたり、また捨てたりするのだ。そして…… ひょっとするとあいつは死んだ。あれは悪夢だよ。(視線を動かさず、自分に向かって)あの女を殺しはしなかったかな?ヨハンナ (驚きもせず、恐怖と嫌悪を交え)まあ!(フランツ、笑い出す)2026/09/08 21:57:12146.夢見る名無しさんフランツ (架空の引き金に指をかける仕草)こうやってね。(軽蔑の微笑)君なら、あの女の苦しみをほったらかしておいただろう。 あらゆる道路上に犯罪が転がっている。下手人を待つばかりになっている予謀犯罪がある。本物の兵隊が通りかかって、その犯行を引き受ける。 (不意に)この話はお気に召さないかね? 僕は、君の目が嫌だ。ああ、君の気のすむように、あの女を始末してやってくれ。 (大またに、彼女から離れる。テーブルのそばで振り向く)「罪人はお前だよ」君はどう考える? あの女は正しかったのだ。ヨハンナ (肩をすくめて)気違いだったのよ。フランツ うん、それが何の証拠になるのだ?ヨハンナ (強く、はっきり)兵隊と飛行機の数が足りなかったから、ドイツは負けたのよ。フランツ (ヨハンナをさえぎって)分かった。分かったよ。(間)それはヒトラーにかかわりのあることさ。 (間)僕は、君に自分の話をしているところなのだ。戦争は僕の巡り合わせだった。どこまで戦争を愛するべきだったろうか? (ヨハンナが口を開こうとする)考えてくれ。よく考えてくれ。君の返事は決定的だ。ヨハンナ (ばつが悪そうに、苛立って固くなり)よく考えたわ。フランツ (間)もし、ニュールンベルクで裁かれたあらゆる大罪を、実際に僕が犯したとしたら……ヨハンナ どんな罪なの?フランツ 知るものか。集団虐殺と大量の婦女暴行さ。ヨハンナ (肩をすくめて)どうして、あなたがそんな恐ろしい罪を犯したの?フランツ 戦争は僕の巡り合わせだったからだ。僕たちの父親が母親を孕ませた時、彼らは母親の腹に兵隊を作ったのさ。僕には、なぜか分からない?ヨハンナ 兵隊は男よ。フランツ 男よりも兵隊の方が先なのだ。ところで? 君はまだ僕を愛するだろうか? (ヨハンナが口を開こうとする)しかし、お願いだ。ゆっくり考えてくれ。 (ヨハンナ、黙ってフランツを見る)さあ、どうだ?ヨハンナ 駄目だわ。フランツ もう愛してはくれないのかい? (ヨハンナ、頷く)君には、僕が恐いのか?ヨハンナ ええ。2026/09/08 21:59:54147.夢見る名無しさんフランツ (吹き出して)よし、よし、よし。安心したまえ、ヨハンナ。君が相手にしているのは無垢の少年さ。無罪は保証つきだ。 (彼女は疑い深く厳しい態度を捨てない)僕に気を許しても大丈夫だよ。僕はセンチメンタルになってドイツを殺してしまったのさ。(浴室のドアが開き、クラーゲス登場。ゆっくりした足取りで、フランツの椅子に座りに来る。フランツもヨハンナもクラーゲスには目もくれない)2026/09/08 22:01:08148.夢見る名無しさん第五景 フランツ、ヨハンナ、クラーゲスフランツ スモレンスク付近の我が軍は五百名だった。ある村を固守していた。 隊長は戦死、大尉たちも戦死で、結局僕たち二人、つまり二人の中尉と、それに一人の曹長がいた。 奇妙な三頭政治だった。クラーゲス中尉は牧師の息子で、理想主義者で、雲の上の住人だった! 曹長のハインリッヒは、地に足のついた男だったが、百パーセントのナチだった。 僕たちと後衛との間を、パルチザンが遮断していた。彼らは火網で街道を制圧していたのだ。 食料は三日分しかない。二人のロシア人農夫が発見されて、こちらは彼らを納屋に放り込んで捕虜ということにした。クラーゲス (困惑して)なんて酷いことを。フランツ (振り向かずに)えっ?クラーゲス ハインリッヒ。何と酷いことをするのだ。フランツ (振り向かずに、ぼんやりと)ああ……クラーゲス (情けなさそうな暗い顔で)フランツ、僕は肥溜めに落ちたも同然だ。 (フランツが急にクラーゲスの方を向く)曹長は二人の農夫に口を割らせようと、もくろんでいるのだ。フランツ やれやれ。(間)で、君は、ハインリッヒが農民たちを小突き回すのが嫌なのか?クラーゲス 僕は間違っているだろうか?フランツ 問題はその点ではない。クラーゲス それでは何だ?フランツ 君は、ハインリッヒに、納屋への出入りを禁止したのだな? (クラーゲス頷く)そうすると、彼は入ってはならないわけだ。クラーゲス 君も承知しているように、あの男は僕の言うことは聞くまい。フランツ (怒りをまじえた驚きを装って)何だって?クラーゲス 僕には言葉が見つからないのだ。フランツ 何?クラーゲス あの男を説得する言葉がさ。フランツ (呆れて)しかも、君は曹長を説得しようというんだからね。(乱暴に)畜生みたいに扱ってやるんだ。這わせてやるのさ。2026/09/08 22:04:01149.夢見る名無しさんクラーゲス 僕にはできない。たった一人でも、たとえ相手が首斬り人であっても、もし僕が人間を軽蔑したら、もう誰も尊敬できなくなるんだ。フランツ 部下が、一人でも、君に服従することを拒んだら、君はもう誰にも服従されなくなる。 人間の尊敬なんてちゃんちゃらおかしいよ。しかも、君が規律をほったらかすなら、敗北か殺戮だ、それとも両方一緒だ。クラーゲス (立ち上がって、ドアの方に行き、外部をちらっと見る)あいつは納屋の前にいる。椅子をうかがっているのだ。(ドアを閉め、フランツの方を見る)彼らを助けてやろう。フランツ 君が自分の権威を救いさえすれば、あの二人を救えるよ。クラーゲス 僕は考えたんだが……フランツ 何を……クラーゲス ハインリッヒは君のいうことなら、神の言葉みたいに、よくきくのだ。フランツ こっちが糞の塊り同様に扱ってやるからさ。当然のことだ。クラーゲス (困惑して)君に命令を出してもらえたら……(懇願するように)フランツ。フランツ 駄目だ。捕虜は君の担当だ。僕がかわりに命令したら、僕は君を無視することになる。君の面目をつぶしてから一時間後に、僕が戦死したら、ハインリッヒが一人で指揮をとるだろう。 そうなれば破滅だよ。僕の部下たちにしてみれば、あいつはまるで獣だし、君の捕虜たちには、意地悪そのものだからな。(部屋を横切ってヨハンナに近付く)そして、何よりもクラーゲスの破滅だ。 たとえ相手が中尉でも、ハインリッヒは彼を倒してしまっただろう。ヨハンナ どうして?フランツ クラーゲスはドイツが負けることを願っていたからだ。クラーゲス 僕はドイツの敗北を願いはしない。望んでいるのだ。フランツ 君にそんな権利はないよ。クラーゲス 敗北すれば、ヒトラーが崩壊するのだ。フランツ そしてドイツがね。(笑いながら)降参だ! 降参だ! (ヨハンナの所に戻って)彼は心の中で留保するのが得意だった。 肉体でナチに奉仕していることを隠すために、心でナチの連中を罰していたんだよ。ヨハンナ その人はナチに奉仕なんかしなかったわ。2026/09/08 22:07:02150.夢見る名無しさんフランツ (ヨハンナに)よかろう。君たちは同じ穴のむじなだ。彼の声は、手は、ナチに奉仕していたのだ。 彼はいつも紙に向かって言ったものだ。「私は私がやることを望んでおりません」とね。 それなのに、それをやっていたのだ。(クラーゲスの所に戻って)戦争は君に滲みとおっている。 戦争を拒んだら、君は自分を永遠に無力なものにしてしまうのだ。モラリストの君は、魂をただで売り飛ばしたのさ。 僕の魂は、無料で渡したりするものか。(間)まず勝つことだ。ヒトラーに構うのはそれからだ。クラーゲス それでは間に合うまい。フランツ やってみるさ。(ヨハンナの方に戻り、脅かすように)僕は騙されたことがあるから、もうそれ以上騙されまいと決心したのだ。ヨハンナ あなたを騙したのは誰なの?フランツ それが知りたいのかい? ルターだよ。(笑って)え、分かったろう。僕はルターを悪魔にまかせ、戦争に出て行った。 戦争は僕の宿命だった、だから僕は心から戦争を望んだね。とうとう僕が行動したのだ。僕は秩序を組み立てなおして、本来の僕と一致した。ヨハンナ 行動するって、殺すことね?フランツ (ヨハンナに)行動は行動さ。自分の名前を書き誌すことだ。クラーゲス 何に書くのだ?フランツ (クラーゲスに)そこにあるものにさ。僕はあの平原に僕の名前を書き込む。 まるでたった一人でやったように、僕は戦争の責任を負う。そして、勝利をおさめた暁にはやり直すのだ。ヨハンナ (非常に素っ気無く)で、フランツ、捕虜は?フランツ (彼女の方を振り向いて)何だって?ヨハンナ 全てに責任を負うあなたは、その捕虜たちに対しても責任を負ったの?フランツ (間)僕は彼らを救ってやったよ。 (クラーゲスに)君の権威を傷つけずに、どうしてハインリッヒにこの命令をくだしたものだろう? ちょっと待ちたまえ。 (考え込む)よし(戸口に行ってドアを開く。呼ぶ)ハインリッヒ!(テーブルの方に戻る。ハインリッヒが駆け込んでくる)2026/09/08 22:09:00151.夢見る名無しさん第六景 フランツ、ヨハンナ、クラーゲス、ハインリッヒハインリッヒ (挙手の礼、不動の姿勢)中尉殿、何でありますか?(幸福な、優しいくらいのほのかな信頼の微笑が、フランツに話しかける彼の顔色を輝かせる)フランツ (急がず曹長の方に進み、頭のてっぺんから足の先まで点検する)曹長、身だしなみが悪いぞ。 (ボタン穴にぶら下がっているボタンを指して)それは一体何だ?ハインリッヒ これは……その……ボタンであります、中尉殿。フランツ (親切に)なくすところだったぞ。(さっとボタンをもぎ取り、左手に握る)付け直しておけ。ハインリッヒ (恐縮して)中尉殿、糸を持っている者は、もう一人もおりません。フランツ 文句を言うか、くそったれめ! (素早く右手で平手打ちを二度食らわせる)拾え! (ボタンを落とす。曹長は屈み込んでボタンを拾う)気を付け! (ボタンを拾った曹長は、不動の姿勢をとる)今日から、クラーゲス中尉と俺とは、毎週勤務交替をすることに決めた。君はただちに注意を前哨に案内しろ。 (ハインリッヒは挙手の敬礼)待て。(クラーゲスに)捕虜がいると思うか?クラーゲス 二人いる。フランツ 結構、俺がその二人の面倒をみる。ハインリッヒ (目を輝かせる、フランツが彼の申し出を承認すると思っている)中尉殿!フランツ (驚いた様子で、乱暴に)何だ?ハインリッヒ 奴らはパルチザンであります。フランツ なるほどな。それで?ハインリッヒ もしお許しくださるならば……クラーゲス 曹長には前もって捕虜にかまうことを禁じてある。フランツ 分かったな、ハインリッヒ? これで話はついた。行け!クラーゲス 待て。こいつが何と聞いたか知っているか?ハインリッヒ (フランツに)中尉殿、じ、自分は冗談を言ったのであります。フランツ (眉を寄せて)上官に対して? (クラーゲスに)何と聞いたのだ?クラーゲス 「自分が中尉殿の命令に服従しなければ、どうなさいますか?」とね。2026/09/08 22:11:56152.夢見る名無しさんフランツ (味気ない声で)ふん。(ハインリッヒの方を向く)曹長、今日は、返事を聞かせるのは俺の役目だ。もし服従しなければ…… (ピストルのケースを叩きながら)……射殺する。(間)クラーゲス (ハインリッヒに)前哨に案内したまえ。(フランツの目くばせしてハインリッヒの後から外に出る)2026/09/08 22:12:55153.夢見る名無しさん第七景 フランツ、ヨハンナフランツ 部下の兵隊を殺すのはいいことだろうか?ヨハンナ あなたは兵隊を殺さなかったわ。フランツ 彼らを死なせないために、やるべきことを全部やりはしなかったのだ。ヨハンナ 捕虜は喋らなかったでしょう。フランツ 君に何が分かる?ヨハンナ お百姓のこと? あの人たちには、何も喋ることなんか、なかったわ。フランツ 彼らがパルチザンではないと、誰が証明してくれるのだ?ヨハンナ 一般に、パルチザンは喋らないものよ。フランツ そうだ。一般にはね。(夢中になって言い張る)ドイツは犯罪に相応しいって? (俗っぽく、ほとんど滑稽なほど、取り止めのない気安さで)僕の言うことが分かってもらえるかどうか分からない。君は、既に世代の違う人間だ。 (間。荒っぽく、固くなって、冷たく、真剣に、彼女には目もくれず、瞳を凝らして、ほとんど不動の姿勢で) 短い人生、そして最高の死! 進め! 進め! 恐怖の果てまで行って、地獄を乗り越えるのだ。 火薬庫があれば闇の中でそれを爆発させて、ドイツ以外の全てを吹き飛ばしていただろう。 一瞬、僕は忘れることの出来ない花火の、くるめく最後の一発になり、やがて何もなくなる。 ただ夜と青銅に刻まれた僕の名前だけが残っただろう。(間)正直なところ、僕は二の足を踏んだ。ねえ、君、原理は常に原理だ。 僕はその二人の身元不明の捕虜よりも、部下の兵隊の方が可愛かった。 それなのに、否と言わなければならなかったのだ。そして僕は食人種になっただろうか? いや、せいぜい菜食人種さ。 (間、大げさに、立法官よろしく)全てをつくさない人間は、無為の人間だ。つまり、僕は、何もしなかったのさ。何もしなかった人間は誰でもない。 誰かいないか? (答えるように、名乗り出て)おります。(間、ヨハンナに)これが第一の訴因だよ。ヨハンナ 私は無罪を宣告するわ。フランツ この訴因について、審理しなければならない。2026/09/08 22:15:36154.夢見る名無しさんヨハンナ 私はあなたが好きなのよ。フランツ ヨハンナ! (五つ、四つ、三つずつ二回ドアをノックする音。二人は互いに顔を見合わせる)少し遅かったな。ヨハンナ フランツ……フランツ 僕を無罪にするには少々遅い。(間)親父が喋ったのだ。(間)ヨハンナ、君は死刑執行を見るだろうよ。ヨハンナ (彼を見て)あなたの? (再びノックし始める音)で、黙って殺されるの? (間)それでは、あなたは私を愛していないのね?フランツ (音もなく笑って)僕たちの愛情のことは今話すよ……(ドアを指して)……あれの目の前でね。見られた図じゃあるまいな。 しかし、これは覚えておいてほしい。僕は君に助けを求めるけれど、君は助けてはくれないだろう。(間)また、幸運があるとすれば……あそこに入るんだ。(彼はヨハンナを浴室に連れて行く。ヨハンナ、中に入る。フランツはドアを閉めて、レーニに入り口を開けてやりに行く)2026/09/08 22:17:10
【米国研究】コロナワクチンを接種した人は、ワクチン未接種の人に比べて入院する可能性が低い、追加接種で71%、更新接種で69% リスクが低下した・・・研究者「最新のワクチン、確実に接種を」ニュース速報+4441559.22026/09/10 15:58:39
陰キャラニート
父親 (強く)ヨハンナ!
(咳き込みのために言葉を続けられない。くるりと振り向く。一人になった今、彼はもう自制できず、明らかに苦しんでいる。
事務机の所に行き、水差しを取り、コップに一杯の水を注いで飲む。ヨハンナは奥のドアから入り、父親の後姿を見る)
ヨハンナ 何の御用? (父親が振り返る)あなたでしたの?
父親 (まだ咽喉の詰まった声で)うん、わしだよ。(ヨハンナの手に接吻する。声が確かになる)わしを待っていたのではなかったのか?
ヨハンナ お父様のことは忘れていましたわ。(彼女は言い直して笑う)旅行はいかがでした?
父親 素晴らしかったよ。(ヨハンナは鍵にかけられたハンカチーフを見る)あれは何でもない、穴塞ぎだ。(間、ヨハンナを見る)お化粧をしていないね?
ヨハンナ ええ。
父親 それでは、フランツの所には行かないのだな。
ヨハンナ 誰の所にも行きませんわ。私は夫を待っているのです。
父親 でも、あれには会っただろう?
ヨハンナ 誰に?
父親 わしの息子だ。
ヨハンナ 息子さんは二人ありますから、どちらのことか分かりませんわ。
父親 上の方だ。(沈黙)なあ、嫁さん。
ヨハンナ (飛び上がって)お父様!
父親 で、わしらの約束は?
ヨハンナ (おかしくて呆れたという様子で)そうね。あなたには権利がおありになるわ。何という酷いお芝居でしょう!
(打ち明け話のような口調で)一階では何もかも、もうじき死んでいくあなたまで滑稽ですわ。どうすれば、そんなもっともらしいふりをしていらっしゃれるの?
(間)そう、あの人に会いましたわ。(間)あなたには、何もお分かりにならないに決まっています。
ヨハンナ 月曜日に。それから後は毎日。
父親 毎日だって! (唖然として)五回も?
ヨハンナ 多分そうでした。回数は数えませんでしたわ。
父親 五回も会ったとは。(間)奇跡というべきだ。
(揉み手をする)
ヨハンナ (威圧するように、しかし声を張り上げずに)お好きなように、何とでも。(父親はまだ手をポケットに突っ込む)喜ぶには当たりませんわ。
父親 ヨハンナ、わしは聞いてもらわなければならない。帰りの飛行機の中で、わしは汗のかき通しだった。すべてはお終いだと思っていたのだ。
ヨハンナ ところが……
父親 あなたが毎日あれに会っていることが分かった。
ヨハンナ 全てがお終いなのは私ですわ。
父親 なぜだ? (ヨハンナは肩をすくめる)なあ、あなたがあれの部屋のドアを開ければ、あなたたち二人は理解し合うに違いない。
ヨハンナ 私たちは理解し合っています。(シニックで冷酷な調子)馴れ合いみたいなものですわ。
父親 (度を失って)何だと? (沈黙)要するに、あんた方は親友なんだね?
ヨハンナ 友達以外の全てですわ。
父親 全て? (間)というと……
ヨハンナ (不意をつかれて)何ですの? (彼女は吹き出す)恋人同士だと仰るの?
そんなことは考えもしませんでしたわ。私たちの恋愛関係が、あなたのご計画には、どうしても必要でしたの?
父親 (幾分むっとして)すまなかったな。しかし、あなたが悪かったのだ。わしには分かるまいと決め込んで、何も説明してくれないから。
ヨハンナ 説明して差し上げることなんて、何もありませんもの。
父親 (心配そうに)まさか、あれは病気では?
ヨハンナ 病気? (彼女は父親が何を言いたいか気付く。圧倒的な軽蔑を込めて)まあ気違いですって? (肩をすくめて)そんなこと知るもんですか?
父親 あなたはあれの暮らしぶりを見ておいでだ。
父親 とにかく、あれが不幸せかどうか、言ってもらえるね?
ヨハンナ (面白がって)もちろん申し上げます! (打ち明けるように)上では言葉が同じ意味を持っていないのです。
父親 分かったよ。上では、人が苦しむことを何というのかね?
ヨハンナ あの人は苦しみませんわ。
父親 え?
ヨハンナ あの人は忙しいのです。
父親 フランツが忙しいって? (ヨハンナ、頷く)何にだ?
ヨハンナ 何にですって? 誰のためにと仰りたいのでしょう?
父親 そうだ。わしは知りたいのはそれだ。
ヨハンナ それは、私には全然関係のないことですわ。
父親 (穏やかに)あなたは息子の話をしたくないのだな?
ヨハンナ (全くうんざりした、といわぬばかりに)何語で話せと仰るんですの? 終始翻訳ばかりしていなければならないので、私はへとへとになってしまうのです。
(間)お父様、私、この部屋を出て行きますわ。
父親 あれを見捨てて行くのか?
ヨハンナ あの人には誰も要らないのです。
父親 なるほど、出て行くのはあなたの権利だ。あなたは自由だ。(間)あなたはわしに約束したのだよ。
ヨハンナ それは守りましたわ。
父親 あれは知って……(ヨハンナ、頷く)何と言っていた?
ヨハンナ タバコを吸いすぎるって。
父親 それから?
ヨハンナ それだけ。
(ヨハンナは静かに笑う。彼は喋るのを止め、ヨハンナは彼を見つめる)
ヨハンナ あなたには、やっぱり何もお分かりにならなかったんですわね。
(彼は硬くなって、彼女を見つめる)私がフランツの所で、何をすると思っていらっしゃるの? 私は嘘を吐くのですよ。
父親 あなたがね?
ヨハンナ 彼に向かって口を開けば、嘘ばかり吐いています。
父親 (呆気にとられ、ほとんど無抵抗に)だが……あなたは嘘を憎んでいた。
ヨハンナ 今も憎んでいますわ。
父親 それで?
ヨハンナ それで、この通り嘘を吐いています。ウェルナーには沈黙で、フランツには言葉で。
父親 (非常に素っ気無く)それはわしらの約束とは違うぞ。
ヨハンナ ええ、違いますわ。
父親 あなたの言う通りだった。わ、わしには分からない。あなたは自分の利益に背いた行動をしている。
ヨハンナ ウェルナーの利益です。
父親 あなたの利益だ。
ヨハンナ それはもう分かりませんわ。
(沈黙。父親は一瞬どぎまぎするが、気を取り直して)
父親 あなたは寝返りを打ったのか?
ヨハンナ 敵も味方もありませんわ。
父親 よろしい。それでは聞いておくれ。フランツは全く嘆かわしい状態だ、そこであなたが面倒をみてやりたいと思った、とわしは考える。
だが、あなたはもうそれが続けられない。あなたが、同情に負けてくれるなら……
ヨハンナ 私たちには同情の気持ちなんかありませんわ。
父親 「私たち」って誰のことだ?
ヨハンナ レーニと私です。
これ以上息子に嘘を吐いてくださるな。あなたは、あれを堕落させてしまうよ。
(ヨハンナは微笑む。いっそう強く)あれの欲望はたった一つしかない。逃げるということだ。
あなたが嘘であれに錘をつけたら、あれはそれをいいことに、海の底をめがけてまっすぐ突っ込むだろう。
ヨハンナ 私には、あの人をそんな酷い目に会わせる暇なんかありませんわ。私は出て行きます。
父親 いつ、どこへ?
ヨハンナ 明日、どこどいうあてもなく。
父親 ウェルナーと一緒か?
ヨハンナ どうしてかしら?
父親 逃げ出すというわけだね?
ヨハンナ ええ。
父親 しかし、どうして?
ヨハンナ 二つの言葉、二つの生活、二つの真実。一人の女には、それだけでも多すぎるとお思いになりません?
(笑う)ねえ、お父様、デュッセルドルフの戦災孤児たち、私はあの子達を捨てきれないのです。
父親 何の話だ? 嘘の話かね?
ヨハンナ 二階の真実です。その子たちは孤児で、収容所で飢え死にしていきます。
とにかく、その子たちは実在するには違いありません。だってこの一階まで私を追いかけてくるのですもの。
夕べ、もう少しでウェルナーに、その子たちを救えないものかしらと聞くところでしたわ。
(笑う)それはありもしないことでしょう。だけど二階では……
父親 どうした?
ヨハンナ 私は自分に一番抵抗を感じます。声で嘘を吐き、身体でそれを打ち消しているのですわ。
私は飢えの話をして、ドイツ人は餓死すると言っています。さあ、私をごらんになって。
栄養不良に見えまして? フランツが私を見たら……
父親 それでは、あれはあなたを見ていないのか?
すると、突然、あの人は急に鏡に映る自分の姿に気付きます。あの人の胸には横に長い札がついていて、それには、あの人が黙っていても、
こちらには読める《裏切り》というたった一つの言葉が書いてあります。これが毎晩あなたの息子さんの部屋で、私を待っている悪夢なのです。
父親 それはみんなの悪夢だ。毎日毎晩。
(沈黙)
ヨハンナ 一つお聞きしてよろしいでしょうか? (父親の合図に応じて)この問題で、私がどうすればいいと仰るのです? なぜ、私を問題の中にお引き入れになったのです?
父親 (きわめてぶっきらぼうに)あなたはどうかしている。問題に関わる決心をしたのはあなただよ。
ヨハンナ どうして、私が決心するとご存知でしたの?
父親 私は知りはしなかった。
ヨハンナ 嘘を仰らないでくださいな。私の嘘を責めるあなたが、とにかく、あまり早く嘘を仰らないで。
六日間、それは長いわ。あなたは考える暇をくださいました。(間)家族会議は私一人のために開かれたのですわ。
父親 違うよ。ウェルナーのためだ。
ヨハンナ ウェルナーですって? 馬鹿らしい。私を弁護にまわらせるために、夫を攻撃していらしたわ。
フランツに話すことを思いついたのは私です。それは確かにそうよ。というよりも、その案を探し出したのは私だったんだわ。
あなたはその案を前もって部屋の中に隠しておいて、とうとう私の目にはっきり見えるようになさったのだわ。そうでしょう?
父親 事実、わしはあなたがあれに会ってくれることを願っていた。それは、先刻ご承知の理由があるからさ。
ヨハンナ (強く)私には分からない理由のためにね。(間)あなたは、知っている私と、知りたがらないあの人と、
この二人を会わせた時、あの人を殺すには一言で足りると前に仰ったかしら?
ヨハンナ あの人が逃げようとしていること、私たちが嘘であの人の企みを手伝っていること、この二つの他は何もね。
その先に行きましょう。あなたは確実に勝負をなさいますわ。一言であの人を殺せると申し上げても、身じろぎ一つなさらないのです。
父親 (微笑んで)それは何という言葉かね?
ヨハンナ (父親の鼻先で笑って)ぜいたく。
父親 何と言った?
ヨハンナ それでも、他のどんな言葉でも、私たちがヨーロッパで一番のお金持ちの国民だということを、
あの人に分からせさえすればいいのです。(間)あまり驚いたような顔はなさいませんのね。
父親 驚いてはいないよ。十三年前、あれの口からもれたいくつかの言葉で、あれの心配のたねが分かったのだ。あいつはドイツの滅亡が計られていると思って、我々の皆殺しの場に居合わせないために閉じこもったのさ。
あの頃に、未来をはっきり見せてやれたなら、病気はすぐに治っていたのだが。今では、救うことはもっと難しくなった。あれにはいろいろな習慣ができてしまったからさ。レーニはあれを甘やかしている。
坊主暮らしにも、都合のいいところがいろいろあるからな。だが、何も心配することはない、あいつの病気のたった一つの薬は事実だ。
はじめは嫌な顔をするだろう。だって、仏頂面をするたねを、あなたが取り上げてしまうのだからな。しかし、一週間もすれば、真っ先にあれがあなたに礼を言うだろうよ。
ヨハンナ (荒っぽく)つまらないったらありゃしない。(乱暴に)私は昨日あの人に会いました。それではまだ足りないと仰るのですか?
父親 足りないね。
ヨハンナ 二階では、ドイツには月ほどの生気もありません。もし、私がドイツを復活させたら、あの人は口の中にピストルの弾丸を射ち込みます。
父親 (笑って)まさか。
ヨハンナ 分かりすぎるほど分かっています。
父親 あれは、もう自分の国を愛していないのか?
ヨハンナ 熱愛していますわ。
ヨハンナ そりゃ、ありませんわ。(少々戸惑って笑いながら)共通の意味ですって? その頭(父親を指して)の中にあるのは、それなんですのね? 私の頭の中にあるのは、あの人の目ですわ。
(間)みんな止めてください。あなたの時限爆弾がその手の中で爆発しますわ。
父親 私には何も止めることができない。
ヨハンナ それなら、わたしはあの人に会わずに、永遠に行ってしまいます。事実の方は申しますからご心配なく。でも、フランツにではなく、ウェルナーに。
父親 (急いで)いかん。(我に返る)亭主を苦しめるだけだ。
ヨハンナ 日曜日から、私は夫にいいことをしているでしょうか? (遠くに自動車の警笛)ほら、帰って来ましたわ。十五分もすれば、夫は何もかも知るでしょう。
父親 (押しかぶせるように)待ちなさい。(ヨハンナはどぎまぎして立ち止まる。彼はドアの所に行き、ハンカチーフを取って、鍵を回し、ヨハンナの方に戻る)あなたに提案がある。
(彼女は黙ったまま顔を引きつらせている。間)亭主には何も話してはいけない。最後に一度フランツに会いに行って、わしが会見を申し出ていると言ってくれ。
もし、あれが承知すれば、ウェルナーを誓いから解放してやる。そして、あなた方は、二人一緒に、いつでも都合のいい時に出て行きなさい。
(沈黙)ヨハンナ、あなたを自由にしてあげるよ。
ヨハンナ 分かっています。
(自動車が庭園に入る)
父親 どうかね?
ヨハンナ そんな代償を払ってまで、自由をほしくはありませんわ。
父親 どんな代償だ?
ヨハンナ フランツの死です。
ヨハンナ レーニの話を聞いていらっしゃるのですわ。私たちは双生児の姉妹ですの。
驚いてはいけません。私たち二人を、同じようになさったのはあなたですもの。
地球上のあらゆる女がフランツの部屋で行列したら、みんなレーニになってあなたに刃向かいますわ。
(ブレーキの音。自動車が車寄せの階段の下に停まる)
父親 お願いだ。まだ何も決めないでほしい。約束するから……
ヨハンナ 無駄ですわ。お金で雇える殺し屋なら、男の人にお頼みなさいな。
父親 ウェルナーに全部話すのかね?
ヨハンナ ええ。
父親 大いに結構。では、わしがレーニにすっかり話したらどうだ?
ヨハンナ (驚き、怖気づいて)あなたが、レーニに?
父親 どうして話せないというのだね? 家が爆発するだろうよ。
ヨハンナ (ヒステリーを起こしそうになって)家を爆発させなさいな。地球を爆発させなさいよ。それでやっと落ち着けるわ。
(最初は低く弱い笑い、それがとめどもなく大きくなる)本当に、落ち着けるわ。
(廊下に足音。父親はつとヨハンナのところに行き、乱暴に彼女の肩をつかんで、じっと見つめながら彼女をゆすぶる。
ヨハンナは落ち着きを取り戻す。ドアが開く瞬間に、父親は彼女から離れる)
ウェルナー (大急ぎで部屋に入り父親を見て)おや。
父親 お帰り、ウェルナー。
ウェルナー お帰りなさい。旅行はうまく行きましたか?
父親 何。(気付かずに両手をこする)うまくいったかって、そうだ、うまくいったよ。まあ、大成功だな。
ウェルナー 何か話でも?
父親 お前にか? いや、何もない。わしは失敬するよ。(出口で)ヨハンナ、さっきの提案は引っ込めてないよ。
(退場)
ウェルナー どんな提案だい?
ヨハンナ 後で言うわ。
ウェルナー 親父がこの部屋を探りにくるのは気に食わないね。
(食器戸棚からシャンパーニュの瓶とグラスを二つ取る。グラスを事務机の上に置き、栓を抜きにかかる)シャンパーニュはどうだい?
ヨハンナ いらないわ。
ウェルナー よろしい。一人で飲もう。
(ヨハンナ、グラスを遠ざける)
ヨハンナ 今夜は駄目よ。私にはあなたがいるの。
ウェルナー 驚いたね。(彼女を見つめる。急に)まあ、どっちにしろ、それで飲めないということはない。
(栓を勢いよく飛ばす。ヨハンナが小さな叫びをあげる。ウェルナーは笑い出し、二つのグラスを満たして彼女をじっと見る)おや、恐がっているな。
ヨハンナ むしゃくしゃするのよ。
ウェルナー (一種の満足感をまじえて)君は恐がっているんだよ。(間)誰をだ、親父か?
ヨハンナ お父様もね。
ウェルナー だから守ってほしいというんだな。(冷笑しながらも、少し気を緩めて)役割が逆転したな。(一気にグラスをあける)気になることを話してごらん。(沈黙)そんなに難しいことなのかい? おいで。
(彼女は動かない。顔をこわばらせている彼女を引き寄せる)頭を肩にのせるんだ。
(ほとんど力ずくで、ヨハンナの首を曲げさせる。間。鏡をのぞいて微笑を浮かべる)これで元通りになった。
(ごく僅かな沈黙)さあ、話してごらん。
ウェルナー (怒ってヨハンナを押しのける)フランツに。
(ヨハンナに背を向け、事務机の所まで歩き、もう一杯シャンパーニュを注ぎ、
ゆうゆうと一口飲んで気を落ち着け、微笑みながらヨハンナを振り返る)それはよかったな。君は家族の全員を知ったわけだ。
(ヨハンナは面食らって彼を見る)兄貴をどう思う、箪笥みたいな男だろう、え、どうだい?
(まだ面食らっている彼女は、首を横に振る)ほう! (面白がって)これは、これは、どうも。あいつはひょろひょろかい?
(彼女は口をきくのに困難を感じる)どうなんだ?
ヨハンナ あなたの方が背が高いわ。
ウェルナー (同じ口調で)はっはっは。(間)それから、あの立派な将校服は? 相変わらず着ているのか?
ヨハンナ もう立派な服じゃないわ。
ウェルナー ぼろか? だが、哀れなフランツめ、よほど参っているのかい?
(ヨハンナのこわばった沈黙。グラスを取り上げる)兄貴が治るように。
(グラスを上げてから、ヨハンナの手が空なのに気付き、別のグラスを取りに行き、ヨハンナに差し出す)飲もう。
(ヨハンナはためらう。押し付けがましく)これを持てよ。
ヨハンナ (挑戦的に)フランツのために。
(彼女は自分のグラスをウェルナーのグラスに合わせようとする。ウェルナーは、勢いよくグラスを引っ込める。
彼らはまごついて、お互いに相手を見やる。ややあって、ウェルナーが笑い出し、グラスの中身を床に捨てる)
(彼女の鼻先で笑って)それに閂は? 鉄の棒は? 言っておくがね、彼らには決まった合図があるんだぜ。
ヨハンナ (冷静な態度を取り戻して)合図は一つよ。私は知っているわ。
ウェルナー (まだ笑っている)一体どうして知ったんだ? レーニに聞いたな?
ヨハンナ お父様にお聞きしたのよ。
ウェルナー (驚いて)えっ! (長い沈黙。事務机の方を振り向く、陽気な態度を失ってはいないが、自制することに非常に苦心しているのが分かる)そうだ。こうなるのは当然だった。
(間)親父は目的なしに何もする男ではない。このことが何か親父の得になるのかな?
ヨハンナ 私はそれを知りたかったのよ。
ウェルナー さっき、親父は、何を君に提案したんだい?
ヨハンナ フランツがもしお父様に会うことを承知すれば、あなたを自由にしてくださるって。
ウェルナー (陰気で疑い深くなる。彼の不信は次のやり取りの間にその度を増す)二人が会うんだって……で、フランツが承知するというのかね?
ヨハンナ (自身ありげに)ええ。
ウェルナー それから?
ヨハンナ 何もないわ。私たちは自由になるのよ。
ウェルナー 何をする自由だ?
ヨハンナ 出て行く自由よ。
ウェルナー (味気なく冷たい笑い)ハンブルクにか?
ヨハンナ 私たちの行きたい所に。
ウェルナー (同じ口調で)よかろう。(冷たい笑い)ねえ、君、こんなに見事に足を払われたのは、生まれて初めてだよ。
ウェルナー 次男坊のことはね? 全くその通りだ。フランツが僕の事務所を占領して、僕の椅子に座り、僕のシャンパーニュを飲み、貝殻を僕のベッドの上に捨てるんだ。
それは別として、誰が僕のことなんか考えてくれるだろうか? 僕に値打ちがあるのだろうか? (間)年寄りの気が変わったらそれだけのことだ。
ヨハンナ それはそうでしょうけど、あなたには何も分からないのね。
ウェルナー 親父が、兄貴を会社の筆頭にしようとしていることは、分かっているさ。それから、君が、わざわざあの二人の仲立ちをつとめたこともね。
僕をここから引き離しさえすれば、僕が蹴飛ばされて、地位を奪われることなんか、君にはどうでもいいのだ。
(ヨハンナは冷たい目で彼を見る。言い訳をしようとさえせずに、言葉を続けさせる)
僕はね、懐かしい子供のころの思い出の、この恐ろしい建物に軟禁されるために、弁護士の仕事を途中で止めさせられたんだぜ。
やがて、道楽息子が部屋を出ることに同意すると、そのお祭騒ぎで僕を外に叩き出して、女房を始め、みんながご満足だ。
え、そうだろう? その話をハンブルクでするがいいさ。
(事務机の所に行き、シャンパーニュを一杯注いで飲む。浅いけれどもはっきりそれと分かる彼の酔いは、幕の終わりまでにどんどん酷くなっていく)
荷造りは少し待った方がいいだろう。僕も、いいなり放題になっているかどうか分からないからな。
(強く)僕には会社がある。僕は会社を手放さない。僕の真価を見せてやろう。
(事務机の所に行って座る。静かだが悪意のある、酷い疑惑を含んだ声で)今は、放っておいてくれ、よく考えなければならないからな。
(間)
ヨハンナ (急がずに、落ち着いたような声で)会社なんか問題ではないのよ。誰もあなたと会社の取りっこなんかしていないわ。
ヨハンナ フランツは造船所の采配をふるったりはしないわ。
ウェルナー なぜ?
ヨハンナ その気がないのよ。
ウェルナー 気がないのか、それとも出来ないのか?
ヨハンナ (自分の気持ちに嘘を吐いて)両方よ。(間)それに、お父様もご存知だわ。
ウェルナー それで?
ヨハンナ それでね、死ぬ前にフランツに会いたいと思っていらっしゃるのよ。
ウェルナー (少し安心したが、疑い深く)怪しいものだ。
ヨハンナ とても怪しいわ。でも、それはあなたに関係のないことよ。
(ウェルナーは立って、ヨハンナの所に行く。彼女の目を見つめる。彼女は彼の視線にたえている)
ウェルナー 君を信じるよ。(飲む。ヨハンナはむっとして顔を背ける)無能力者め。
(笑う)おまけに、痩せっぽちのちびときている。日曜日に親父はぶくぶく太るとか言っていたな。
ヨハンナ (いきいきと)フランツは骨と皮よ。
ウェルナー うん。囚人みたいに、ちっぽけな腹をしてね。(鏡に映る自分の姿を見て、ほとんど無意識に胸を突き出す)無能者だ。乞食だ。半気違いだ。
(ヨハンナの方を向く)兄貴には……何度も会ったのか?
ヨハンナ 毎日よ。
ウェルナー 奥方は、どんな思考材料を発見なさいましたかね。(自信を新たにして歩く)「屑のない家族はない」か。
誰がそう言ったのか、今はもう分からない。恐ろしいことだが、事実だろう? ただ、これまでは、屑は自分だとばかり思っていた。
(ヨハンナの肩に手を置いて)ありがとう。君は僕を解放してくれたよ。(グラスを取りに行こうとする。ヨハンナが引き止める)兄貴に、僕からの酒を瓶で届けさせてやってくれ。
(笑う)それから君だがね、もう二度と兄貴に会ってはいけないよ。会うことは禁止だ。
ウェルナー 君は僕を解放してくれたと言ったではないか。僕は、あれやこれやと想像していたのだ。これからは、全てうまくいくよ。
ヨハンナ 私には駄目。
ウェルナー 駄目か? (彼女を見つめる。表情が変わり、肩が僅かに丸みを帯びる)僕が生活を変え、考えを実行に移してもかい?
ヨハンナ それでも駄目よ。
ウェルナー (出し抜けに)一緒に寝たな。(素っ気無い笑い)白状しろよ。そんなことで君を恨みやしないさ。
兄貴が口笛一つ吹きさえすれば、女たちは仰向けに引っくり返ったものらしい。
(いやらしい態度でヨハンナを見る)僕は君に質問したんだぜ。
ヨハンナ (きわめて強硬に)無理に返事をさせようとするなら、許さないわよ。
ウェルナー 返事をしろよ。そうすれば、許さなくてもいいさ。
ヨハンナ 嫌よ。
ウェルナー 君たちは一緒に寝なかったんだな。よろしい。だけど君は寝たくてたまらないのさ。
ヨハンナ (静かだが、一種の憎しみを込めて)いやらしい人ね。
ウェルナー (にやにやして陰険に)どうせ僕はゲルラッハ家の人間さ。答えろよ。
ヨハンナ 嫌です。
ヨハンナ (冷静なままで)あなたよりも、死と狂気が私を引きつけたのよ。
二階では、また、あれが始まる。私は、あれはご免だわ。(間)あの人の蟹、あの人よりは蟹を信じるわ。
ウェルナー お前があいつを愛しているからさ。
ヨハンナ 蟹が真実だからよ。気違いはね、ウェルナー、真理を語るものだわ。
ウェルナー へえ。どんな真理だい?
(身振りで天井を指して)この蓋が、私を押し潰すの。愛してくれるなら、助けてちょうだい。
全てがみんなのもので、みんなが騙し合いをしている町に、連れて行ってちょうだい。
風が吹く町、遠くから来る風が吹く町に。ウェルナー、誓うわ。私たちはお互いを見直すことよ。
ウェルナー (藪から棒の乱暴な荒っぽさで)見直すって? へえ。ヨハンナ、で、僕がどうして君を見失ったというんだ?
僕は一度も君をものにしたことがない。もうたくさんだ。僕は、君の鼻息ばかりうかがっていなければならなかった。
君は、僕にまやかしものをつかませた。僕がほしかったのは女なのに、手に入れたのは女の死骸にすぎなかった。
君が狂ったって仕方がないよ。僕たちはここに残るのだ。(ヨハンナの口真似をして)「私を守って! 助けてちょうだい」どうすればいいのだ?
尻に帆をかけるかね? (感情を抑える。不快で冷たい微笑)さっきは興奮してしまった。
許してくれ。貞淑な妻でいるためには、どんなことでもするんだよ。それが君の人生の役割なんだ。だが、全ての楽しみは君の勝手さ。
(間)君に兄貴を忘れさせるにはどこまで行ったらいいのだろう? どこまで逃げるのだろう?
列車、飛行機、船、何て面倒臭くて骨の折れる仕事だ。君は、全てをその虚ろな目で見る。
いやというほどぜいたくをさせられても、それで君が変わることはない。僕はどうだ?
その間中、僕が何を考えるか、考えてみたことがあるかい? あらかじめ敗北を宣告されて、指一つ動かさずに逃げたということさ。
卑怯者、卑怯者だ。君は、そういう僕が好きなんだよ。慰めてやることができるからね。母親ぶってさ。
(力を入れて)僕らはここに残るんだ。僕たち三人のうち誰かが、君か、兄貴か、僕が参ってしまうまでね。
ヨハンナ よほど私が憎いのね。
(笑う)僕は勝つぞ。君たちは、君たち女は、力しか愛さないのだ。しかし、力の持ち主というのは、この僕さ。
(彼女の胴を抱きかかえ、乱暴に接吻する。ヨハンナは両の拳で彼を打って身体を引き抜き、笑い出す)
ヨハンナ (大声で笑って)まあ、ウェルナーったら、あの人は噛みつくと思っているの?
ウェルナー 誰だ? フランツか?
ヨハンナ あなたがあやかりたいと言っている、兵隊上がりの乱暴者よ。(間)ここに残るのなら、毎日あの人の所に行くわよ。
ウェルナー それはちゃんと考えているさ。そして、君は、毎晩僕のベッドに入ってくるんだ。(笑う)ひとりでに比較できるというわけさ。
ヨハンナ (ゆっくり、寂しそうに)情けないウェルナー。
(出口の方に行く)
ウェルナー (急に慌てて)どこへ行く?
ヨハンナ (意地の悪い微笑を浮かべて)比較しに行くのよ。
(ドアを開けて外に出る。ウェルナーは、彼女を引き止める身動き一つしない)
---幕---
(フランツの部屋。第二幕と同じ装置。しかし、ボール紙の札は全てなくなっている。
床には、もう牡蠣の殻はない。テーブルの上に、電気スタンド。ただヒトラーの肖像だけが残っている)
第一景
フランツ (一人)天井の覆面の住人たちよ。天井の覆面の住人たちよ、聞いてくれ。(沈黙、天井に向かって)何?
(口の中で)彼らの反応がない。(強く)諸君! 諸君! ドイツが、殉教のドイツが、君たちに話をしているのだ!
(間。がっかりして)この聞き手たちは凍りついたのだ。(立ち上がって歩く)不思議な、確かめようもない印象だが、歴史は今夜停止するぞ。
ぴたりだ。地球の爆破が予定されて、学者どもの指がボタンにかかっている。おさらばだ。
(間)それでも人類が生き残ったら、そいつがどうなるか知りたいだろうな。
(苛立って、ほとんど乱暴に)彼らの機嫌とりにおべんちゃらを言っても、向こうでは耳をかそうともしてくれない。
(熱を帯びて)親愛な諸君、お願いだ、君たちにはもう聞いてもらえず、にせの証人が君たちを籠絡してしまったとしたら……
(急に)待ってくれ! (ポケットの中を探る)俺は罪人を捕まえているぞ。
(革ベルトの端をつまんで腕時計を憎らしそうにつまみ出す)俺はこの獣を贈物にされたが、これを受け取ったのはまずかった。
(腕時計を見る)十五分遅れているな。けしからんぞ。こいつを、この時計を打ち割ってやろう。
(手首につける)十五分、もう十六分だ。(声高に)意地悪く俺を怒らせると、長々と続いた俺の我慢もそれまでになる。全ては酷い結末になるぞ。
(間)あけてやるものか、わけはないさ。丸々二時間、躍り場にほったらかしにしておいてやろう。
(ドアを三つ叩く音。急いで開けに行く)
フランツ (ヨハンナを中に入れるために後退する)十七分だ。
(腕時計を指す)
ヨハンナ 何と仰ったの?
フランツ (時報の声を真似て)四時十七分三十秒でございます。弟の写真を持って来てくれたね? (間)どうだい?
ヨハンナ (不機嫌に)ええ。
フランツ 見せてくれよ。
ヨハンナ (相変わらず不機嫌に)写真で何をしようというの?
フランツ (傲慢な笑い)写真をたねに何ができるかね?
ヨハンナ (ためらった挙句)はい、これ。
フランツ (写真を見ながら)へえ、これが弟とは恐れ入った。どうして立派なスポーツマンだよ。おめでとう。(写真をポケットにおさめる)で、孤児たちは元気かね?
ヨハンナ (面食らって)どの孤児たち?
フランツ ほら、あのデュッセルドルフの戦災孤児だよ。
ヨハンナ まあね……(急に)死んだわ。
フランツ (天井に向かって)蟹たちよ。孤児は七百人だった。火の気にも土地にもありつけない哀れな七百人の子供たちだ……
(ここで中絶)ねえ、君、僕はあの孤児たちなんてどうでもいいんだ。できるだけ早く葬ってもらうんだな。これで厄介払いというものさ。
(間)この通り、僕は、君のおかげでこんな男に、悪いドイツ人になってしまった。
ヨハンナ 私のせいですって?
フランツ 君の間違いが全てを狂わせるということを、知っておくべきだった。この部屋から時間を追放するのに五年はかかった。それなのに、君はあっという間に、時間を引き戻してしまった。
(腕時計を指して)僕の手首の周りで唸り声をあげていて、レーニのノックが聞えると、ポケットに突っ込まれるこの甘ったれの獣は、普遍的時間、時報の時間、列車時刻表の時間、測候所の時間だ。
だが、それをどうしろというのだ? この僕は普遍的だろうか? (腕時計を見ながら)僕はこの贈物は臭いと思ったよ。
フランツ 断じて返さない。とっておくよ。君がなぜ僕に時計をくれたのか、ただそれが不思議なのだ。
ヨハンナ あなたが生きている限り、私もまだ生きているからよ。
フランツ 生きるとはどういうことだ? 君たちを待つことだろうか? 千年たつまでは、僕はもう何も待たない。レーニは勝手な時にやってくる。眠りがどうしても僕を捕まえようとする時、
僕は行き当たりばったりに眠ったものだ。つまり、全然時間を知らなかったのさ。(不機嫌に)今では昼と夜とが押し合い圧し合いしている。
(ちらっと腕時計を見る)四時二十五分、影がのび、君が行ってしまう時、この部屋はこうこうと明るいのに、夜がやってくる。だから、僕は恐いのだ。
(不意に)あの哀れな子供たちは、いつ葬られるのかね?
ヨハンナ 月曜日でしょう。
フランツ 教会の廃墟の屋天に、仮安置所を作らなければなるまい。ぼろ着姿の群衆に見守られる七百の小さな棺。(ヨハンナを見つめる)お化粧していないね。
ヨハンナ ごらんの通りよ。
フランツ 忘れたの?
ヨハンナ いいえ、来るつもりじゃなかったの。
フランツ (乱暴に)何だって?
ヨハンナ 今日はウェルナーの日なのよ。(間)そうだわ、土曜日ですもの。
フランツ 弟にはどうしてまる一日が必要なのだ? 毎晩があるじゃないか? 土曜日だから……なるほど、イギリス式の一週間だな。(間)それでは、もちろん日曜日もだね?
ヨハンナ その通りだわ。
フランツ 僕の聞き違いでなければ、今日は土曜日だね。ああ、時計は曜日を教えてくれない。僕に日付入りの手帳をくれなければいけないよ。(ちょっと冷笑するが、急に)君なしの二日だって? それは駄目だ。
ヨハンナ この時だけは一緒に暮らせるというその時を、夫から取り上げられるとお思いになるの?
ヨハンナ (一種の乱暴な調子で)あなたにですって? 全然ないわ。これっぽっちも。
フランツ 君を探しに行ったのは僕だったのだろうか? (大声で)意気地なくこうやって待つと、仕事から僕の気がそれるのが、いつになったら分かってもらえるのだ。
蟹どもは戸惑い、警戒している。だから、にせの証人たちが大威張りだよ。(当てこするように)ダリラ。
ヨハンナ (意地の悪い笑い声を立てて)ふふふ。(フランツの方に行き、傲然と彼を見つめる)で、ここにいるのはサムソン?
(さらに激しく笑って)サムソン! サムソン! (笑い止めて)サムソンって、もっと違った人だと思ってたわ。
フランツ (凄まじく)サムソンは僕だ。僕は何世紀もの時代を背負っている。僕が頭を上げて立ち直れば、それらの時代が崩れ落ちてしまうのだ。
(間、普通の声、苦々しい皮肉を込めて)それにあいつはきっと哀れな男だったに違いない。(部屋を横切って歩く)何と卑屈なこのざま。(沈黙、腰を下ろす)僕には君が邪魔だよ。
ヨハンナ もう邪魔はしなくてよ。
フランツ 何をしたんだい?
ヨハンナ ウェルナーにすっかり話してしまったの。
フランツ えっ、いったいどうして?
ヨハンナ (苦々しく)私にもなぜか分からないわ。
フランツ 弟は話をよくとっているかい?
ヨハンナ とても悪くとったわ。
フランツ (不安になり、苛々して)弟の奴、僕たちと別れるというのかい? 君を連れて行くのかね?
ヨハンナ あの人はここに残るわ。
フランツ (安心して)それは結構、(揉み手)大変結構だ。
ヨハンナ (苦い皮肉たっぷりに)で、あなたは私から目をお放しにならないの? でも、何を見ていらっしゃるの?
(彼女はフランツに接近し、フランツの顔を両手で挟み、無理に自分を見つめさせる)
私をごらんになって、そう。そういう風に。さあ、これで大変結構といってもいいわ。
君はハンブルクを懐かしがっている。安易な生活。男たちの賛美と彼らの欲情。
(肩をすくめる)君にはそれが問題なのさ。
ヨハンナ (悲しそうに、冷たく)サムソンって一人の哀れな男にすぎなかったのね。
フランツ そう。そう。そうだ。哀れな奴だった。
(横ばいを始める)
ヨハンナ 何をなさるの?
フランツ (咽喉の奥から出るごわごわした声で)蟹の真似だよ。(自分の言葉に驚いて)何だって?
(ヨハンナの方に戻りながら、普通の声で)僕は、なぜ哀れな男なんだろう?
ヨハンナ 何もお分かりにならないからだわ。(間)私たちは、地獄の苦しみを味わおうとしているのよ。
フランツ 私たちって誰が?
ヨハンナ ウェルナー、あなた、そして私。(短い沈黙)あの人は嫉妬のためにここに残っているんだわ。
フランツ (驚いて)え?
ヨハンナ 嫉妬よ。お分かりになる? (間、肩をひくひくさせる)あなたは、嫉妬って何かもお分かりにならないのね。
(フランツ、笑う)あの人は、毎日、その日がたとえ日曜でも、あなたのお部屋に私をよこすでしょう。
造船所の大臣室のような広い事務所で、苦しむことでしょうよ。そして夜になって、償いをさせられるのは私なんだわ。
フランツ (心から驚いて)すまなかったね。でも、弟は誰を妬いているのかな?
(ヨハンナは肩をすくめる。フランツは写真を取り出して眺める)僕を? 僕がどうなったか……あの男に言ったの?
ヨハンナ 言ったわ。
フランツ それで?
ヨハンナ それであの人は妬いているのよ。
フランツ まさに倒錯症だ。僕は病人で、たぶん気違いで、身を潜めているんだ。戦争が僕を壊してしまったんですよ、奥様。
フランツ それだけのことで弟は僕に嫉妬できるのかね?
ヨハンナ ええ。
フランツ 僕の傲慢は粉みじんになったと言ってやりなさい。自己防衛のために、空威張りをしているんだと言ってやるんだ。
さあ、とことんまで卑下しよう。ウェルナーに僕が嫉妬していると言うんだよ。
ヨハンナ あの人に?
フランツ あいつの自由と、筋肉と、微笑と、細君と、立派な心がけに嫉妬しているとね。(間)ふん、あの男のうぬぼれには、この上ない慰めだ。
ヨハンナ 私の言うことを信じてくれないわ。
フランツ あれには気の毒だが、仕方ないさ。で、君は?
ヨハンナ 私?
フランツ 君は僕を信じるのかい?
ヨハンナ (おぼつかなく、苛立つように)いいえ。
フランツ 君はうかうかといろいろな秘密をもらしてしまった。僕は、君の刻一刻の私生活を知っているよ。
ヨハンナ (肩をすくめて)レーニの言うことは嘘だわ。
フランツ レーニは君のことなんか口にしないよ。(腕時計を指して)おしゃべり女はこいつだ。こいつときたら、何でもかんでも喋ってしまうんだからな。
君がこの部屋を出る途端に、八時半、家族の夕食、十時、めいめいが自分の部屋に戻り、君が亭主と差し向かいになる、などと喋り出すのだ。
十一時、夜の化粧、ウェルナーはベッドにもぐり、君は風呂に入る。十二時、君がウェルナーのベッドに滑り込む。
ヨハンナ (傲慢な笑い)あの人のベッドに。(間)違うわ。
フランツ ダブルベッドかな?
ヨハンナ そうよ。
フランツ どっちのベッドで寝るのかね?
ヨハンナ (怒って傲然と)こちらで寝たり向こうで寝たり。
フランツ (口の中でつぶやくように)ふん。(写真を眺める)八十キロね。あのスポーツマンは君を押し潰すに違いない。君はそういうのが好きなんだな?
フランツ (ぶつぶつ言いながら写真を見た後、もとのポケットにおさめる)六十時間前から、僕は目を閉じていないのだ。
ヨハンナ なぜなの?
フランツ 僕が眠っている間に、君がウェルナーと一緒に寝てはならないからだ。
ヨハンナ (素っ気無い笑い)それでは、これからは一睡もなさらなければいいわ。
フランツ 僕はそのつもりだ。今夜、あいつが君を抱く時、僕が目を覚ましていることが分かるだろう。
ヨハンナ (乱暴に)お気の毒だけれど、そんな薄汚い孤独の快楽は、取り上げてしまうわ。今夜はお休みなさいな。ウェルナーには、私に触らせないわ。
フランツ (面食らって)へえ。
ヨハンナ がっかりなさったの?
フランツ いや。
ヨハンナ あの人の過ちがもとで、私たち二人がここにいる限り、あの人は私にはもう触れないわ。
(間)あの人が何を考えているかご存知? あなたが私を誘惑したんですって。
(当てこするように)あなたがよ。(間)あなた方、二人とも似ているのね。
フランツ (写真を示して)似ているものか。
ヨハンナ 似ていますよ。二人のゲルラッハ、二つの抽象、幻影を追う二人の兄弟。私は一体何なのかしら?
何でもないわ。ただの責め道具でしかないのよ。めいめいが、私の身体に、相手の愛撫の痕を探っている。
(フランツに近寄る)この身体をごらんなさいな。(彼の手をとり、無理に自分の肩にのせさせる)昔、男たちと仲間付き合いをしていた頃、
あの人たちがこの身体をのぞむのに、黒ミサなんか必要なかったわ。(身体を離して彼を押しやる。間。不意に)お父様があなたにお話があるんですって。
フランツ (平静に)へえ。
ヨハンナ あなたがお父様にお会いになれば、ウェルナーは誓いから開放してもらえるのよ。
フランツ (平然と、何食わぬ顔で)で、それから? 君たちは行ってしまうのか?
ヨハンナ それは、もう、ウェルナー次第だわ。
フランツ (依然として平静に)君はこの会見をのぞんでいるんだね?
ヨハンナ ええ。
ヨハンナ もちろんよ。
フランツ (同じ口調で)僕はどうなるのだろう?
ヨハンナ あなたの永遠の中に帰るのよ。
フランツ よかろう。(間)親父の所に言いに行ってくれたまえ……
ヨハンナ (不意に)嫌よ。
フランツ え?
ヨハンナ (熱っぽく乱暴に)嫌よ。お父様には何も言わないわ。
フランツ (勝利を意識して、平然と)返事をしなければならないのだ。
ヨハンナ (同じ口調)無駄よ。お返事の取次ぎはご免こうむるわ。
フランツ なぜ親父の要求を取り次いだのだね?
ヨハンナ いやいやながら。
フランツ いやいやだって?
ヨハンナ (薄笑い。視線にはまだ憎悪を残して)ねえ、私は、あなたを殺そうと思っていたのよ。
フランツ (非常に愛想良く)へえ、ずっと前からかい?
ヨハンナ 五分前から。
フランツ それも、もうすんだのかね?
ヨハンナ (微笑を浮かべ、落ち着いて)まだあなたの頬を痛めつけたいという気持ちはあるわ。(フランツの顔に両手で、平手打ちを加える。彼はされるがまま)こういう風に。
(両手をおろし、彼から離れる)
フランツ (相変わらず愛想良く)五分か、君が運がいい。僕の方の、君を殺したいという気持ちは一晩中続くよ。
(沈黙、ヨハンナは寝台に腰掛け、空を見つめる)
ヨハンナ もう行きはしないわ。
フランツ (彼女の様子をうかがって)もう決して?
ヨハンナ (彼を見ずに)決して行きません。
(彼女は乱れた含み笑いを浮かべ、何かを落とすかのように両手を開き、足元を見つめる。
フランツはヨハンナを観察し、態度を変える。彼は第二幕と同様に、冷酷で偏執的になる)
ヨハンナ この部屋に?
フランツ そうさ。
ヨハンナ 決して外に出ないで? (フランツ頷く)籠城なのね?
フランツ まさにその通り。(歩きながら喋る。ヨハンナは目で彼を追う。フランツが喋っている間に、ヨハンナは次第に我に返って、固くなる。
フランツが彼女の錯乱をそのままにしておこうとしかしないことに気付く)
僕は、十三年間、山頂の氷の屋根の上で暮らした。僕はおびただしいガラス細工を闇の中に投げ込んだのだ。
ヨハンナ (既に警戒気味に)どんなガラス細工なの?
フランツ 奥様、世界ですよ。君が生きている世界。(間)この邪悪のがらくたは復活した。復活させたのは君なのだ。
君が僕から去る時、その中に君がいるので、がらくたが、僕を取り囲むのだ。君はザクセン・スイスの麓で、僕を踏み潰す、
僕は海面から五メートルのこの部屋の中をふらつく。浴槽の君の体の周りに、また水が湧く。今エルベ川が流れ、草が伸びている。女は裏切り者だ。
ヨハンナ (暗い面持で堅苦しく)私が誰かを裏切るとすれば、それはあなたではないわ。
フランツ 僕だよ。二重スパイの僕も裏切られるのだ。日に二十時間、他の全ての人間と一緒に、
君は僕の靴の下で、見たり、感じたり、考えたりする。君は僕を、卑俗な人間の掟に従わせるのだ。
(間)もし僕が君を閉じ込めれば、絶対に平穏無事だよ。世界は暗闇に帰り、君はあるがままの君でしかなくなる。
(ヨハンナを指して)この君だ。蟹どもはまた僕を信用するようになり、僕は彼らに話しかけるよ。
ヨハンナ (皮肉に)時々は私に話してくださるの?
フランツ (天井を指して)二人で一緒に彼らに話すのだ。
(ヨハンナ、吹き出す。彼はあっけにとられて彼女を見つめる)断るのかい?
ヨハンナ 何を断らなければならないのかしら? あなたが悪夢の話をし、私がそれを聞いている、それだけのことだわ。
フランツ ウェルナーとは別れないのだね?
ヨハンナ 分かれないと言ったでしょう。
(腕時計をはずし、文字盤を見つめる)それっ! (時計を床に投げる)これからは、いつまでも四時半だ。君の思い出にね。おさらばだ。
(戸口に行き、閉め金をはずし、差した鉄棒を抜く。長い沈黙。ヨハンナに一礼し、出口を指す。ヨハンナは急がずに戸口まで足を運び、鉄棒を通し、閂の閉め金をかける。
平静に、笑顔も見せず、堂々と威厳を示して、フランツの所に戻って来る)よろしい。(間)どうしようというのかね?
ヨハンナ 月曜日から私がしていること。行ったり来たりよ。
(身振り)
フランツ もしドアを開けなかったら?
ヨハンナ (落ち着いて)あなたは開けてくださるわ。
(フランツは、屈んで腕時計を拾い、耳に持っていく。表情と声が変わる。言葉に一種の熱を帯びてくる。このやり取りから、しばし二人の間に真の共犯関係が成立する)
フランツ 僕たちは運がいいな。時計が動いている。(文字盤を見る)四時三十一分。永遠一分過ぎだ。針よ、回れ、回れ、回れ、生きなければならないのだ。(ヨハンナに)どうやって?
ヨハンナ 分からないわ。
フランツ 僕たちは三人の猛烈な気違いになるのだ。
ヨハンナ 四人よ。
フランツ 四人?
ヨハンナ 会見を断れば、お父様はレーニにお話しになるわよ。
フランツ いかにもありそうなことだ。
ヨハンナ どういうことになるかしら?
フランツ レーニは手の込んだことは嫌いさ。
ヨハンナ そうすると?
フランツ あっさり片付けるだろう。
ヨハンナ (フランツのテーブルの上にあるピストルを握って)これで?
フランツ それを使うか、さもなければ別の方法で。
ヨハンナ そういう時には、女は女を狙って射つわ。
フランツ レーニは半分しか女じゃない。
ヨハンナ 死ぬのはおいや?
フランツ 正直に言って、そうだな。(天井に向かって身振り)僕は彼らに分かってもらえる言葉を見つけなかった。で、君はどうだね?
ヨハンナ ウェルナーだけが生き残るのは嫌だわ。
ヨハンナ (同じ口調で)会うことも、分かれることも。
フランツ 僕たちはみっともない格好で追い詰められている。
(腰を下ろす)
ヨハンナ みっともない格好でね。
(寝台に腰掛ける。沈黙。フランツはヨハンナに背を向け、二つの貝殻をすり合わせる)
フランツ (ヨハンナに背を向けたまま)一つは出口がなければならない。
ヨハンナ 出口はないわ。
フランツ (強く)一つはなければならないのだ。(偏執的、絶望的に、荒々しく貝殻をこする)え?
ヨハンナ さあ、貝殻を捨てなさいな。我慢できないわ。
フランツ 黙りたまえ。(貝殻をヒトラーの肖像に投げつける)僕がどんなに骨を折っているか見てごらん。(半ば彼女の方に振り向き、震える手を見せる)何を心配しているか分かるかね?
ヨハンナ 出口でしょう? (彼は依然として震えながら頷く)どうなさったの?
フランツ 静かに。(立ち上がり、そわそわ歩く)急かさないでくれたまえ。あらゆる道が、最小の悪の道までが閉鎖されている。
通行が不能なために、決して閉鎖されない道だけが残っているのだ。それは、最悪の道だ。僕たちはその道を行くんだよ。
ヨハンナ (大声で)嫌よ。
フランツ 前には出口を知っていたんだがね。
ヨハンナ (熱っぽく)私たちは幸福だったわ。
フランツ 地獄でね?
ヨハンナ (夢中で喋りたてる)そうよ。地獄で幸福だったわ。あなたの意思にも、私の意思にも背いてね。
お願いよ、後生だから、このままでいましょうよ。一言も言わず、眉毛一本も動かさずに待ちましょう。
(フランツの腕をとらえ)変えるのはよしましょう。
フランツ ヨハンナ、他人は変わるよ。彼らは僕たちを変えにやって来る。(間)レーニが僕たちを生かしておくと思うかね?
フランツ レーニの話は別にしよう。僕たちは、今、二人きりで顔をつき合わせている。何が起こるだろう?
ヨハンナ (同じ熱心さで)何も起こらない、何も変わらないわ。私たちは……
フランツ 君が僕を破壊することになるだろうよ。
ヨハンナ (調子を変えず)そんなこと決してないわ。
フランツ 君は、ゆっくり、確実に、僕を破壊していくのだ。君がいるというただそれだけのことで。既に僕の狂気がいためられている。ヨハンナ、狂気は僕の隠れ家だったが、明るみに出た僕の狂気はどうなるのだろうか?
ヨハンナ (同じ調子で)あなたは癒えるわよ。
フランツ (短い叫び)へえ。(間。冷たい笑い)僕は垂れ流しの老いぼれになるのさ。
ヨハンナ 私は決してあなたに酷いことなんかしないわ。あなたを癒そうとも思わないわ。あなたの狂気。それは私の檻なの。その中を私はぐるぐる回っているんだわ。
フランツ (苦く寂しい愛情を込めて)可愛いリス。君はぐるぐる回っているんだね? リスは素晴らしい歯の持ち主だ。君は格子をかじるだろう。
ヨハンナ それは嘘。私は格子をかじりたいとさえ思わないわ。あなたの、ありったけの気まぐれに従っているのよ。
フランツ それはそうさ。だが、あまり見え透いているよ。君の嘘はとりもなおさず告白だ。
ヨハンナ (引きつって)あなたには決して嘘を吐かないわ。
フランツ 君は、それ一本槍だ。寛大に、忠実に。まるで真面目な兵卒みたいだね。ただ、君は嘘がまずすぎるよ。巧く嘘を吐くには、自分が嘘でなければならない。僕の場合がそれさ。
君という女は真実なのだ。君を見ると、真実は存在しているが、僕の側にはないことを認識するね。(笑う)僕ならば、もしデュッセルドルフに孤児がいるとすれば、孤児たちはうずらみたいに丸々太っていると断言するね。
ヨハンナ (機械的で依怙地な声で)あの子たちは死んだわ。ドイツは死んだのよ。
しかし、毎度君の裏をかく僕は、君の共犯者をつとめている。というのは……というのは、僕が君に惹かれているからさ。
ヨハンナ (幾分我に返って)それでは、お互いに、自分が望むのと反対のことをしているというわけね?
フランツ 全く、その通りだよ。
ヨハンナ (横柄なごつごつした口調で)それで? 出口は一体どうなの?
フランツ お互いにやるべきことを望むということさ。
ヨハンナ 私は、あなたを破壊することを望まなければならないの?
フランツ 僕たちはお互いに、相手が真実を望むように助け合わなければならないのだ。
ヨハンナ (調子を崩さずに)あなたは決して真実を望みはしないわ。骨まで誤魔化されているのよ。
フランツ (素っ気無く冷ややかに)ねえ、君、僕はどうしても自分の身を守らなければならなかったのだ。(間、いっそう熱を帯びて)僕は即座に世迷言を捨てるだろう……ただし……ただし……
(躊躇する)
ヨハンナ ただし?
フランツ 僕が自分の嘘以上に君を愛し、僕の真実に懲りずに君が僕を愛するとすればだよ。
ヨハンナ (皮肉に)あなたに真実があるの? どんな真実? あなたが蟹たちに話すあれなの?
(間)何? (腰を下ろす)蟹を探して、どこへ行ったかって? (間)昔は……知っていたのだが……そう、そう、そうだ。しかし、僕には気がかりになることが山ほどある。
(間。きっぱりした口調で)本当の、善良で立派な人間は、積み重なった世紀のあらゆるバルコニーにいるのだ。
法廷を這いずり回っていた僕には、彼らの声が聞こえるような気がした。「兄弟よ、あれは何だ?」あれというのは、僕のことだった……
(立ち上がる。軍隊式敬礼。不動の姿勢、強い声で)僕は蟹だ。(ヨハンナの方を振り向き、親しげに話しかける)ところで、僕は、否、と言った。
人間は、僕の時代を裁きはしないだろう。彼らは、結局、どうなるのだろうか? 僕らの子供のそのまた子供たちは? 祖父さんを断罪することが、子供たちに許されるんだろうか?
僕は状況を逆転した。僕は叫んだ。「ここにいるのは人間だ。俺がなくなった後は大洪水で、その大洪水の後には、蟹が、君たちが残るのだ」と。
全員が覆面をとった。バルコニーには節足動物がうようよしていた。(厳粛に)君は人間が悪足類に属することを知らないわけではない。
僕は、人類の死骸を甲殻類の法廷に引き渡して、とことんまで推し進めた。(間。彼はゆっくり横に歩く)よし。だが甲殻類というのは人間らしい。
(取り乱した様子で静かに笑う。ヒトラーの肖像の方に後ずさりする)ほら、やはり人間なんだよ。
(急にかっとなって)ヨハンナ、僕は彼らの裁判権を忌避して、この訴訟を彼らの手から取り上げ、君に任せる。僕を裁いてくれたまえ。
ヨハンナ (驚きよりは諦めの方が強く)あなたを裁くの?
ヨハンナ 昨日はまだ、あなたは証人だった。人間の証人だったわ。
フランツ 昨日は昨日だ。(額に手をやる)人間の証人……(笑って)それは誰だと思うかね? ねえ、奥さん、それは人間でございますよ。そんなことは子供にだって察しがつく。
被告が自分のために証言するのだ。僕は悪循環が存在するのを認める。(暗い傲慢さで)ヨハンナ、僕は人間だ、全人類だ、人間の全てだ。
(唐突な滑稽な卑屈さ)誰彼と同じようにこの世紀なのだ。
ヨハンナ それならば、私は誰か他の人の裁判をやるわ。
フランツ 誰の?
ヨハンナ 誰でもいいのよ。
フランツ 被告は模範的な態度をとるという約束をしている。僕は被告に有利な証言をするべきだったが、お望みなら、自分を告発してもいいのだ。
(間)もちろん、君は自由だ。しかし、僕を理解しないで、知ることを恐がって、僕を捨てるならば、よかれ悪かれ判決を下したことになるのだ。決心しなさい。
(課。彼は天井を指す)僕は頭の中をかすめることなどを彼らに話しているけれど、全然反応がないのだ。
冗談や笑い話もしてやっているが、それについては、果たして彼らが早飲み込みをしているのか、
それとも僕に敵意をもって意見発表を差し控えているのか、もっと考えなくてはならない。
僕の罪の上には沈黙のピラミッドが、口を閉ざしている千年の時間がある。こいつは全くやりきれない。
ひょっとして、彼らは僕を知らないのだろうか? 僕を忘れていたら? 裁判所がなかったら、この僕はどうなるだろう? 何という侮辱だ。
「お前はしたいことをするがいい。世間はそんなことに構っていられない」なんて。
それでは? 僕が勘定にも入らないっていうのか? 罰されない生命は、大地に飲み込まれるのだ?
君は僕の話に耳を傾け、僕が不意に君の目を見て、君が答えてくれるのを聞くだろう。いつか、おそらくは何年かの後、君は僕の無罪を認め、僕は君の判決を知るだろう。
こんなにめでたい話があるだろうか? 君は僕の全てになり、全てが僕の無罪を宣告してくれるのだ。(間)ヨハンナ! そんなことがあるだろうか?
(間)
ヨハンナ あるわ。
フランツ 僕は、まだ愛されるだろうか?
ヨハンナ (寂しいけれども深い誠実味のこもった微笑)残念ながら。
(フランツ、立ち上がる。彼は開放されたような、ほとんど幸福な様子。ヨハンナの方に進み、彼女を腕に抱える)
フランツ もう決して一人にはならないぞ……(ヨハンナに接吻しようとしてから、急に彼女を押しやり、偏執的で冷酷な態度に変える。
ヨハンナは彼を見つめ、相手が本来の孤独に舞い戻ったことを汲み取って、固くなる。陰険だが、それも自分だけを目当てにした皮肉を込めて)
ヨハンナ、許してくれ、僕が自分で選んだ審判者を堕落させるには、ちょっと早すぎる。
ヨハンナ 私はあなたの審判者じゃないわ。愛する人を裁くなんて、できないことよ?
フランツ だが、僕を愛さなくなったら? いよいよ判決ということではないだろうか? 最後の審判ではないだろうか?
ヨハンナ どうして私にそんなことが出来るの?
フランツ 僕の正体を知ったからね。
ヨハンナ もう知っているわ。
僕は自分のことを話し、君がそれを聞き、突然愛が崩れ落ちる。君は僕に恐怖の眼差しを向け、僕は感じるのだ。自分が、またもとの……
(四足になって横に這う)……蟹になることを。
ヨハンナ (フランツに恐怖の眼差しを向けて)やめて。
フランツ (四つん這いのまま)君はそういう目つきをするのだ。まさにその目つきだ。(ぱっと立ち上がる)どうだね、僕は有罪だろう。救いのない罪人なんだ。
(儀式ばってはいるが楽天的な声に変わる)もちろん、同じように、無罪放免の対象になる可能性もあるがね。
ヨハンナ (蔑むような緊張した態度)無罪を願っているのかどうか、はっきりしないわ。
フランツ もう審判は切り上げたいのだ。どっちに転ぶにしても。
(間)
ヨハンナ ブラヴォー。あなたは勝ったわ。私が行ってしまえば、あなたを断罪することになるし、このまま残れば、私たちの二人の間に、あなたが不信を育てることになるのよ。
その不信は、もうあなたの目の中に光っているわ。さあ、予定通りに運びましょう。二人で、一緒に堕落するために、夜を明かしましょう。手抜かりがないように、お互いを堕落させましょう。
私たちの愛を責め道具にしましょうよ。ね、飲みましょう。あなたはまだシャンパーニュを飲むのよ。私はウィスキーだったわ。
持って来るわね。めいめい自分の瓶を持って、相手の前で、しかも一人で飲むのよ。(暗い微笑)私たちが何になるかご存じ、人間の証人さん。ありきたりの男女よ。
(彼女は自分のグラスにシャンパーニュを注いで、グラスを上げる)二人のために!
(一気に飲み干して、グラスをヒトラーの肖像に投げつける。グラスは肖像に当たって砕ける。ヨハンナは壊れた家具の山から肘掛け椅子をとって来て、その椅子を起こして座る)さあ、どうなさるの?
ヨハンナ 私が聞いているんだわ。どうするの? 言いたいことって、何なの?
フランツ 君には、僕が言うことが分からなかったのだ。もし、僕たち二人だけだったら、誓ってもいいが……
ヨハンナ 他に何があるの?
フランツ (苦しそうに)妹のレーニがいるのだ。僕が喋る決心をするのは、二人があの女から逃れるためなのだ。僕は、言うべきことを……言うだろう。逃げずにね。だが、僕なりに、じわりじわりと話すのさ。
それには、何ヶ月も何年もかかるのだ。そんなことはどうでもいいさ。僕は、君の信頼しか求めないし、もう僕しか信じないと約束してくれたら、君は僕の信頼を得ることができるのだ。
ヨハンナ (長々と彼を見つめる。前よりも優しくなって)いいわ、私はあなたしか信じなくてよ。
フランツ (少々もったいぶっているが、真面目に)君がこの約束を守る限り、レーニは僕たちに何もできないのだ。(椅子に座る)僕は恐かった。君が僕の腕の中にいた。僕は君がほしかった。僕は、その時、まさに生きようとしていた……
だが、急に、妹の姿が頭に浮かんで、彼女が二人の仲をぶち壊すだろう、と思った。(ポケットから一枚のハンカチーフを取り出して、額の汗を拭き取る)やれやれ。
(優しい声で)今は夏だね。暑いに違いない。(間、空を見つめて)あの人が僕を素敵な機械にしてしまったことを知っているかい?
ヨハンナ お父様が?
フランツ (同じ調子で)うん。ブレーキなんだ。(くすくす笑い。間)また夏が来た。だが、機械はまだ回転している。相変わらず空転しているのさ。
(立ち上がる)僕の過去を話してあげよう。だが、とんでもない悪辣な行為を予想してはいけないよ。いや、そんなものはありさえしないのだ。僕が自分に責めているのは何か知っているかい?
何もしなかったことさ。(ゆっくり照明が弱まる)何も、何も、決してしなかったのだ。
女の声 (優しく)兵隊さん。
ヨハンナ (女の声を聞かずに)戦争に行ったのね?
フランツ 当たり前さ。
(舞台が暗くなり始める)
女の声 (一段と強く)兵隊さん。
フランツ (舞台の前面に立つ彼だけが見える。椅子に座っているヨハンナは闇に包まれている)人間が戦争を作るのではない。戦争が人間を作るのだ。戦闘を交えている間僕は適当にふざけていた、
僕は軍服を着た一般市民だったのだ。ある晩、僕は永遠に軍人になった。(後ろのテーブルの上から将校用の帽子をとって、いきなりかぶる)僕は、乞食同様の敗残者、無力な人間だった。
ロシアから帰る途中だったが、身分を隠してドイツを横切るうちに、廃墟になったある村に入った。
女 (依然として姿は見えない、さらに強い声で)兵隊さん。
フランツ 何だ? (急に後ろを向く。左手に懐中電灯を握り、右手でケースからピストルを抜き取り、引き金に指をかける。懐中電灯はつけていない)誰だ、俺を呼んでいるのは?
女 よく探してごらん。
フランツ お前たちは何人だ?
女 お前さんが立っている所には、もう一人もいない。地べたには私がいるのさ。
(フランツは不意に懐中電灯で、地面を照らす。一人の黒衣の女が床板の上に半ば横たわり、壁にもたれている)目がくらむじゃないか。それを消しとくれ。
(フランツ、電灯を消す。二人を包み、客席から二人を見えるようにしているぼーっとした光だけが残る)
あっはっは。射ちな、さあ、射ちなよ、ドイツ女を一人殺して、それでお前の戦争は終わりにするんだ。
(フランツは、その気もないのに銃口を女に向けていたことに気付く。愕然としてピストルをポケットにおさめる)
フランツ そこで何をしているのだ?
女 ごらんの通り、壁の根元にいるのさ。(昂然と)これは私の壁だ。村中で一番頑丈な壁だ。たった一つ残った壁だよ。
フランツ 一緒に来い。
(毛布を少し持ち上げる。フランツは女が見せようとするものに光を当てるが、それが何かは客席からは見えない。彼はついで呻き声を上げ、急に電灯を消す)そうだ、これも昔は私の脚だったのさ。
フランツ 何かお前にしてやれることがあるだろうか?
女 ちょっとお座りよ。(フランツは彼女のそばに腰を下ろす)私は、この壁の根元に、一人のドイツ兵を座らせてやった。(間)とりたてて、どうしろとも言わずにね。(間)その兵隊が弟ならばいいと思ったが、弟は戦死したんだよ。
ノルマンディーでね。仕方がないさ。お前で間に合うよ。弟の奴に言ってやりたかったな。「見ろ! (村の廃墟を指して)これはお前の仕業だぞ」とね。
フランツ お前の弟の仕業だって?
女 (じかにフランツに向かって)それからお前の仕業だ。
フランツ なぜだ。
女 (分かりきっていると言わんばかりに)お前はただ負かされるままになっていた。
フランツ 馬鹿なことを言うな。(不意に立ち上がって女と向き合う。それまで見えなかった貼り紙に、彼の視線がぶつかる。
貼り紙は投光器で照らされている。貼り紙は女の右側、地上百七十五センチメートルの高さの壁に貼ってある。「罪人はお前たちだ!」)
まだあるんだな。してみりうと、奴らはところかまわずに貼りめぐらしているのだ。
(ビラを剥がしに行く)
女 (顔をのけぞらせて、フランツを見つめながら)よしなよ。ほっときなというのに。これは私たちの壁だよ。
(フランツ離れる)罪人はお前たちさ。(ポスターの文字を読み、フランツを指して)お前、弟、お前たちみんなだ。
フランツ お前、奴らと同意見なんだな?
だって、奴らは勝ったからさ。それでも、あたしはね、本当の食人種は勝った奴だという考えを捨てないよ。
兵隊さん、正直に言いな。お前は人間を食おうとは思わなかった、とな。
フランツ (うるさそうに)俺たちは破壊した。破壊したのだ。町も、村も、数々の首都も。
女 奴らが、お前たちを負かしたとすれば、お前たち以上にぶち壊したからさ。(フランツは肩をすくめる)お前は人間を食ったかい?
フランツ で、そっちの弟は? 弟は人間を食ったのか?
女 滅相もない。弟はきちんと礼儀を守っていたよ。お前さんのように。
フランツ (沈黙の後)お前は収容所の話を聞いたことがあるか?
女 どの収容所だね?
フランツ 知っているくせに。皆殺しの収容所さ。
女 その話なら聞いたさ。
フランツ もし、お前の弟が死ぬ時に、そういう収容所の番兵だったと聞かされたら、お前は鼻が高いだろうか?
女 (残酷に)そうともさ。よく聞きな。弟が何千という死人に良心を咎めていれば、その中に、あたしたちのような女や、この石ころの山の下で腐っていく子供たちと同じような子供がいれば、
あたしは弟を自慢するだろうよ。弟が天国にいること、弟には「おれは出来るだけのことをやったのだ」と言う権利があることが、わかっただろう。
だがね、あたしは、弟がどんな人間か、よく知っている。弟は自分の名誉や立派さほどに、あたしたちが好きじゃなかった。そこで、この始末だ。
(腕を振り回す。乱暴に)テロが必要だった。お前たちが、残らずぶち壊さなければならなかったのさ。
フランツ それなら俺たちはやったよ。
それがまだ赤ん坊だったといっても、一人の敵の生命を助けるたびに、お前は味方を殺したのだ。お前は相手を憎まずに戦争をしようとしたけれど、この心を虫食う憎しみをあたしに植え付けた。
お前の立派さはどこに行ったのだ? ろくでなしの兵隊め。負けて逃げ出す兵隊め、お前の名誉はどこに行った? 罪人はお前だ。神様はお前がやったことを裁くんじゃない。
お前にやりとおせなかったこと、犯さなければならないのに犯さなかった罪のことで、お前を裁くのだ。
(だんだん暗くなる。ただ貼り紙だけが見える。遠ざかりながら、女の声が繰り返す)
罪人はお前だ、お前だ、お前だよ。
フランツの声 (闇の中で)ヨハンナ!
(明かりがつく、フランツは帽子をかぶらず、テーブルの脇に立っている。ヨハンナは、肘掛け椅子に腰掛け、女の姿は消えている)
ヨハンナ (飛び上がって)なあに?
(フランツが彼女の方に行く。彼は長々とヨハンナを見つめる)
フランツ ヨハンナ!
(回想を追い払おうとしながら、ヨハンナを見る)
ヨハンナ (幾分素っ気無く、後ろに飛び退って)その人はどうなったかしら?
フランツ あの女かい? 次第によるね。
ヨハンナ (驚いて)何の?
フランツ 僕の夢さ。
ヨハンナ あれは思い出ではなかったの?
フランツ 夢でもあるのさ。時によって、あの女を連れて歩いたり、また捨てたりするのだ。そして……
ひょっとするとあいつは死んだ。あれは悪夢だよ。(視線を動かさず、自分に向かって)あの女を殺しはしなかったかな?
ヨハンナ (驚きもせず、恐怖と嫌悪を交え)まあ!
(フランツ、笑い出す)
あらゆる道路上に犯罪が転がっている。下手人を待つばかりになっている予謀犯罪がある。本物の兵隊が通りかかって、その犯行を引き受ける。
(不意に)この話はお気に召さないかね? 僕は、君の目が嫌だ。ああ、君の気のすむように、あの女を始末してやってくれ。
(大またに、彼女から離れる。テーブルのそばで振り向く)「罪人はお前だよ」君はどう考える? あの女は正しかったのだ。
ヨハンナ (肩をすくめて)気違いだったのよ。
フランツ うん、それが何の証拠になるのだ?
ヨハンナ (強く、はっきり)兵隊と飛行機の数が足りなかったから、ドイツは負けたのよ。
フランツ (ヨハンナをさえぎって)分かった。分かったよ。(間)それはヒトラーにかかわりのあることさ。
(間)僕は、君に自分の話をしているところなのだ。戦争は僕の巡り合わせだった。どこまで戦争を愛するべきだったろうか?
(ヨハンナが口を開こうとする)考えてくれ。よく考えてくれ。君の返事は決定的だ。
ヨハンナ (ばつが悪そうに、苛立って固くなり)よく考えたわ。
フランツ (間)もし、ニュールンベルクで裁かれたあらゆる大罪を、実際に僕が犯したとしたら……
ヨハンナ どんな罪なの?
フランツ 知るものか。集団虐殺と大量の婦女暴行さ。
ヨハンナ (肩をすくめて)どうして、あなたがそんな恐ろしい罪を犯したの?
フランツ 戦争は僕の巡り合わせだったからだ。僕たちの父親が母親を孕ませた時、彼らは母親の腹に兵隊を作ったのさ。僕には、なぜか分からない?
ヨハンナ 兵隊は男よ。
フランツ 男よりも兵隊の方が先なのだ。ところで? 君はまだ僕を愛するだろうか?
(ヨハンナが口を開こうとする)しかし、お願いだ。ゆっくり考えてくれ。
(ヨハンナ、黙ってフランツを見る)さあ、どうだ?
ヨハンナ 駄目だわ。
フランツ もう愛してはくれないのかい? (ヨハンナ、頷く)君には、僕が恐いのか?
ヨハンナ ええ。
(彼女は疑い深く厳しい態度を捨てない)僕に気を許しても大丈夫だよ。僕はセンチメンタルになってドイツを殺してしまったのさ。
(浴室のドアが開き、クラーゲス登場。ゆっくりした足取りで、フランツの椅子に座りに来る。フランツもヨハンナもクラーゲスには目もくれない)
フランツ スモレンスク付近の我が軍は五百名だった。ある村を固守していた。
隊長は戦死、大尉たちも戦死で、結局僕たち二人、つまり二人の中尉と、それに一人の曹長がいた。
奇妙な三頭政治だった。クラーゲス中尉は牧師の息子で、理想主義者で、雲の上の住人だった!
曹長のハインリッヒは、地に足のついた男だったが、百パーセントのナチだった。
僕たちと後衛との間を、パルチザンが遮断していた。彼らは火網で街道を制圧していたのだ。
食料は三日分しかない。二人のロシア人農夫が発見されて、こちらは彼らを納屋に放り込んで捕虜ということにした。
クラーゲス (困惑して)なんて酷いことを。
フランツ (振り向かずに)えっ?
クラーゲス ハインリッヒ。何と酷いことをするのだ。
フランツ (振り向かずに、ぼんやりと)ああ……
クラーゲス (情けなさそうな暗い顔で)フランツ、僕は肥溜めに落ちたも同然だ。
(フランツが急にクラーゲスの方を向く)曹長は二人の農夫に口を割らせようと、もくろんでいるのだ。
フランツ やれやれ。(間)で、君は、ハインリッヒが農民たちを小突き回すのが嫌なのか?
クラーゲス 僕は間違っているだろうか?
フランツ 問題はその点ではない。
クラーゲス それでは何だ?
フランツ 君は、ハインリッヒに、納屋への出入りを禁止したのだな? (クラーゲス頷く)そうすると、彼は入ってはならないわけだ。
クラーゲス 君も承知しているように、あの男は僕の言うことは聞くまい。
フランツ (怒りをまじえた驚きを装って)何だって?
クラーゲス 僕には言葉が見つからないのだ。
フランツ 何?
クラーゲス あの男を説得する言葉がさ。
フランツ (呆れて)しかも、君は曹長を説得しようというんだからね。(乱暴に)畜生みたいに扱ってやるんだ。這わせてやるのさ。
フランツ 部下が、一人でも、君に服従することを拒んだら、君はもう誰にも服従されなくなる。
人間の尊敬なんてちゃんちゃらおかしいよ。しかも、君が規律をほったらかすなら、敗北か殺戮だ、それとも両方一緒だ。
クラーゲス (立ち上がって、ドアの方に行き、外部をちらっと見る)あいつは納屋の前にいる。椅子をうかがっているのだ。(ドアを閉め、フランツの方を見る)彼らを助けてやろう。
フランツ 君が自分の権威を救いさえすれば、あの二人を救えるよ。
クラーゲス 僕は考えたんだが……
フランツ 何を……
クラーゲス ハインリッヒは君のいうことなら、神の言葉みたいに、よくきくのだ。
フランツ こっちが糞の塊り同様に扱ってやるからさ。当然のことだ。
クラーゲス (困惑して)君に命令を出してもらえたら……(懇願するように)フランツ。
フランツ 駄目だ。捕虜は君の担当だ。僕がかわりに命令したら、僕は君を無視することになる。君の面目をつぶしてから一時間後に、僕が戦死したら、ハインリッヒが一人で指揮をとるだろう。
そうなれば破滅だよ。僕の部下たちにしてみれば、あいつはまるで獣だし、君の捕虜たちには、意地悪そのものだからな。(部屋を横切ってヨハンナに近付く)そして、何よりもクラーゲスの破滅だ。
たとえ相手が中尉でも、ハインリッヒは彼を倒してしまっただろう。
ヨハンナ どうして?
フランツ クラーゲスはドイツが負けることを願っていたからだ。
クラーゲス 僕はドイツの敗北を願いはしない。望んでいるのだ。
フランツ 君にそんな権利はないよ。
クラーゲス 敗北すれば、ヒトラーが崩壊するのだ。
フランツ そしてドイツがね。(笑いながら)降参だ! 降参だ! (ヨハンナの所に戻って)彼は心の中で留保するのが得意だった。
肉体でナチに奉仕していることを隠すために、心でナチの連中を罰していたんだよ。
ヨハンナ その人はナチに奉仕なんかしなかったわ。
彼はいつも紙に向かって言ったものだ。「私は私がやることを望んでおりません」とね。
それなのに、それをやっていたのだ。(クラーゲスの所に戻って)戦争は君に滲みとおっている。
戦争を拒んだら、君は自分を永遠に無力なものにしてしまうのだ。モラリストの君は、魂をただで売り飛ばしたのさ。
僕の魂は、無料で渡したりするものか。(間)まず勝つことだ。ヒトラーに構うのはそれからだ。
クラーゲス それでは間に合うまい。
フランツ やってみるさ。(ヨハンナの方に戻り、脅かすように)僕は騙されたことがあるから、もうそれ以上騙されまいと決心したのだ。
ヨハンナ あなたを騙したのは誰なの?
フランツ それが知りたいのかい? ルターだよ。(笑って)え、分かったろう。僕はルターを悪魔にまかせ、戦争に出て行った。
戦争は僕の宿命だった、だから僕は心から戦争を望んだね。とうとう僕が行動したのだ。僕は秩序を組み立てなおして、本来の僕と一致した。
ヨハンナ 行動するって、殺すことね?
フランツ (ヨハンナに)行動は行動さ。自分の名前を書き誌すことだ。
クラーゲス 何に書くのだ?
フランツ (クラーゲスに)そこにあるものにさ。僕はあの平原に僕の名前を書き込む。
まるでたった一人でやったように、僕は戦争の責任を負う。そして、勝利をおさめた暁にはやり直すのだ。
ヨハンナ (非常に素っ気無く)で、フランツ、捕虜は?
フランツ (彼女の方を振り向いて)何だって?
ヨハンナ 全てに責任を負うあなたは、その捕虜たちに対しても責任を負ったの?
フランツ (間)僕は彼らを救ってやったよ。
(クラーゲスに)君の権威を傷つけずに、どうしてハインリッヒにこの命令をくだしたものだろう? ちょっと待ちたまえ。
(考え込む)よし(戸口に行ってドアを開く。呼ぶ)ハインリッヒ!
(テーブルの方に戻る。ハインリッヒが駆け込んでくる)
ハインリッヒ (挙手の礼、不動の姿勢)中尉殿、何でありますか?
(幸福な、優しいくらいのほのかな信頼の微笑が、フランツに話しかける彼の顔色を輝かせる)
フランツ (急がず曹長の方に進み、頭のてっぺんから足の先まで点検する)曹長、身だしなみが悪いぞ。
(ボタン穴にぶら下がっているボタンを指して)それは一体何だ?
ハインリッヒ これは……その……ボタンであります、中尉殿。
フランツ (親切に)なくすところだったぞ。(さっとボタンをもぎ取り、左手に握る)付け直しておけ。
ハインリッヒ (恐縮して)中尉殿、糸を持っている者は、もう一人もおりません。
フランツ 文句を言うか、くそったれめ! (素早く右手で平手打ちを二度食らわせる)拾え!
(ボタンを落とす。曹長は屈み込んでボタンを拾う)気を付け!
(ボタンを拾った曹長は、不動の姿勢をとる)今日から、クラーゲス中尉と俺とは、毎週勤務交替をすることに決めた。君はただちに注意を前哨に案内しろ。
(ハインリッヒは挙手の敬礼)待て。(クラーゲスに)捕虜がいると思うか?
クラーゲス 二人いる。
フランツ 結構、俺がその二人の面倒をみる。
ハインリッヒ (目を輝かせる、フランツが彼の申し出を承認すると思っている)中尉殿!
フランツ (驚いた様子で、乱暴に)何だ?
ハインリッヒ 奴らはパルチザンであります。
フランツ なるほどな。それで?
ハインリッヒ もしお許しくださるならば……
クラーゲス 曹長には前もって捕虜にかまうことを禁じてある。
フランツ 分かったな、ハインリッヒ? これで話はついた。行け!
クラーゲス 待て。こいつが何と聞いたか知っているか?
ハインリッヒ (フランツに)中尉殿、じ、自分は冗談を言ったのであります。
フランツ (眉を寄せて)上官に対して? (クラーゲスに)何と聞いたのだ?
クラーゲス 「自分が中尉殿の命令に服従しなければ、どうなさいますか?」とね。
(ピストルのケースを叩きながら)……射殺する。
(間)
クラーゲス (ハインリッヒに)前哨に案内したまえ。
(フランツの目くばせしてハインリッヒの後から外に出る)
フランツ 部下の兵隊を殺すのはいいことだろうか?
ヨハンナ あなたは兵隊を殺さなかったわ。
フランツ 彼らを死なせないために、やるべきことを全部やりはしなかったのだ。
ヨハンナ 捕虜は喋らなかったでしょう。
フランツ 君に何が分かる?
ヨハンナ お百姓のこと? あの人たちには、何も喋ることなんか、なかったわ。
フランツ 彼らがパルチザンではないと、誰が証明してくれるのだ?
ヨハンナ 一般に、パルチザンは喋らないものよ。
フランツ そうだ。一般にはね。(夢中になって言い張る)ドイツは犯罪に相応しいって?
(俗っぽく、ほとんど滑稽なほど、取り止めのない気安さで)僕の言うことが分かってもらえるかどうか分からない。君は、既に世代の違う人間だ。
(間。荒っぽく、固くなって、冷たく、真剣に、彼女には目もくれず、瞳を凝らして、ほとんど不動の姿勢で)
短い人生、そして最高の死! 進め! 進め! 恐怖の果てまで行って、地獄を乗り越えるのだ。
火薬庫があれば闇の中でそれを爆発させて、ドイツ以外の全てを吹き飛ばしていただろう。
一瞬、僕は忘れることの出来ない花火の、くるめく最後の一発になり、やがて何もなくなる。
ただ夜と青銅に刻まれた僕の名前だけが残っただろう。(間)正直なところ、僕は二の足を踏んだ。ねえ、君、原理は常に原理だ。
僕はその二人の身元不明の捕虜よりも、部下の兵隊の方が可愛かった。
それなのに、否と言わなければならなかったのだ。そして僕は食人種になっただろうか? いや、せいぜい菜食人種さ。
(間、大げさに、立法官よろしく)全てをつくさない人間は、無為の人間だ。つまり、僕は、何もしなかったのさ。何もしなかった人間は誰でもない。
誰かいないか? (答えるように、名乗り出て)おります。(間、ヨハンナに)これが第一の訴因だよ。
ヨハンナ 私は無罪を宣告するわ。
フランツ この訴因について、審理しなければならない。
フランツ ヨハンナ! (五つ、四つ、三つずつ二回ドアをノックする音。二人は互いに顔を見合わせる)少し遅かったな。
ヨハンナ フランツ……
フランツ 僕を無罪にするには少々遅い。(間)親父が喋ったのだ。(間)ヨハンナ、君は死刑執行を見るだろうよ。
ヨハンナ (彼を見て)あなたの? (再びノックし始める音)で、黙って殺されるの? (間)それでは、あなたは私を愛していないのね?
フランツ (音もなく笑って)僕たちの愛情のことは今話すよ……(ドアを指して)……あれの目の前でね。見られた図じゃあるまいな。
しかし、これは覚えておいてほしい。僕は君に助けを求めるけれど、君は助けてはくれないだろう。(間)また、幸運があるとすれば……あそこに入るんだ。
(彼はヨハンナを浴室に連れて行く。ヨハンナ、中に入る。フランツはドアを閉めて、レーニに入り口を開けてやりに行く)