「禅友に贈る書」著者の町野久義氏の「発心禅堂」は実在するか?アーカイブ最終更新 2026/08/21 07:181.神も仏も名無しさんvfhPG情報提供頼みます。2026/04/18 17:42:411000すべて|最新の50件953.夕iAuPY相対とは何か、言葉だな。絶対に導くもの。2026/08/12 02:01:47954.夕iAuPYこの辺の言い回しは老子がうまい。道可道、非常道。名可名、非常名。無名天地之始、有名万物之母。故常無欲、以観其妙、常有欲、以観其傲。此両者、同出而異名。同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門。道とすべきは、常の道にあらず。名づけうる名は、常の名にあらず。名なきは天地のはじめ、名あるは万物の母。ゆえに、常に無欲にしてその妙を観、常に有欲にしてそのあらわれを観る。この両者は同じところより出でて、名のみ異なる。ともにこれを玄といい、玄のまた玄、もろもろの妙の門なり現代語訳語ることのできる「道」は、本当の道ではない。名づけることのできる「名」は、本当の名ではない。名のない状態は天地の始まりであり、名のある状態は万物が生まれる母である。だから、欲を離れていれば、その道の深い妙(本質)が見え、欲をもっていれば、万物の姿(現象)が見える。この二つは同じ源から出ているが、呼び名が違うだけだ。これを「玄」と呼ぶ。玄のさらに玄、あらゆる妙(真理)へ通じる門である。2026/08/12 02:12:52955.夕iAuPY絶対は語れない。語ればもう相対になる。だから“示すだけ”になる。2026/08/12 03:19:14956.夕iAuPY今を語れるか「今」は語れない。語った瞬間に“過去になった今”を語っているだけ。だから示すしかない。2026/08/12 03:20:52957.夕iAuPY未来は語れるか未来は推測として語れるじゃないか。未来は“推測としてなら語れる”。でも“未来そのもの”は語れない。2026/08/12 03:26:57958.夕iAuPY過去は過去は語れる。ただし語れるのは“過去そのもの”ではなく、あなたの記憶・解釈・構造化された過去だけ。つまり、語れるのは過去の影であって、過去の光源ではない。2026/08/12 03:28:57959.夕iAuPY言葉は事実を指すが、事実を含まない。指示であるはずの言葉が、事実そのもののように振る舞う。この“言霊化”が、苦の始まりである。2026/08/12 03:39:38960.神も仏も名無しさんzeSxv正師に教わらないなら、やらない方がいい。。なぜなら、必ず、誤るから、勘違いするだけだから。。ということはよく言われるけれど、正師に教わっても、理解しない人は、何にも理解しないので、そういう人は、はじめから、おまえはやらない方がいい、ということなんだよ。。w2026/08/12 08:59:32961.神も仏も名無しさんzeSxv法を理解するために、師に教わるんですよ。。だから、師に教わっても、法を理解しないなら、教わってないのと同じ。。wで、そういう人は、どんなに坐っても何にもならないばかりか、オカシクなって終わりです。。2026/08/12 09:00:37962.神も仏も名無しさんzeSxvだから、法を理解しなくてもいい、というのは、大きな間違い。。もちろん、師が、生きて、近くにいれば何とかなる。。だけど、悟り終わる前に、理解する前に死んでしまったり、会えなくなったりすると、まずい、でしょうね。。2026/08/12 09:02:52963.神も仏も名無しさんzeSxv法と言っても、存在そのものとしての法、は一つしかない。。だから、そういう意味で、カムイが言うように、悟った人は、みな同じものを見る、というのは、正しい。。2026/08/12 09:05:53964.神も仏も名無しさんzeSxvだけど、悟りは一つかと言ったら、ちがう気がするよ。。道元禅師だって、悟上得悟とか、迷を大悟する、とか、あるいは、悟りなどない、とか、いろんなこと言ってる。。ということはいろんな悟りがある、とも言えるんだよ。。2026/08/12 09:07:15965.神も仏も名無しさんzeSxv現成公案す、というのが、メインなんでしょうけど、それだけじゃないんだよ。。だから、小さな悟りで、自己満足しない方がいい。。2026/08/12 09:10:31966.神も仏も名無しさんzeSxv自他不二、物と一つになる、忘我、現成公案、本来面目、無分別智、これらは全部一つのことです。。だけど、他にもあるからな。。他にはない、と思い込まない方がいいでしょうね。。2026/08/12 09:15:37967.神も仏も名無しさんzeSxv法に関しても、メインは、存在そのもの、物自体、みたいなものでいいでしょう。。だけど、そもそもが、三法印とか、四法印で、複数あるわけだから、これも一つだとは思いこまない方がいいでしょうね。法門無量、だから、いっぱいある、くらいに思っておいた方がいいでしょう。。2026/08/12 09:19:00968.神も仏も名無しさんzeSxv自他不二、物と一つになる、忘我、現成公案、本来面目、無分別智、ということと、即心是仏、とか、平常心是道ということは、だいぶ違う。。で、どっちが大きいか、で言ったら、後者なんですよ。。後者の方が、迷悟、清濁を包摂した、あるいは、超越した、大悟です。。そういう風に整理すると、悟上得悟、ということの意味も、はっきりするのではないだろうか?2026/08/12 09:25:02969.神も仏も名無しさんzeSxvもちろん、自他不二、になって、無分別智を得るから、即心是仏、がわかる、あるがまま、そのまま、を受容、受用できるようになる、ということではあるんだけど、なぜか、そうならない人もいるんだよね。。物と一つになっただけの人、というか、不二になったのに、無分別智が生じない、という不発というか、不十分な悟り、というのもある気がするね。。そうなると、結局、悟ったはずが、うまくいかない、また、問題が生じる、とかになるんだと思います。。2026/08/12 09:54:33970.神も仏も名無しさんUqWFD変なのか増えてきているので特にデンパパ📡セイジン周辺ロンを見るとほっとする😀2026/08/12 15:07:03971.◆JBLfMwCXhYatmfB抜群の安定感😅2026/08/12 18:00:14972.安堂AGsFfロンバカの説法はまだか?2026/08/16 17:01:14973.◆JBLfMwCXhYyDSXz>>972待ちきれないな?😆2026/08/16 17:05:48974.安堂AGsFf>>973どうぞ、遠慮なく。2026/08/16 17:27:05975.安堂AGsFfJBL殿に説法を頼む。貴方なら一流だ(⌒‐⌒)2026/08/16 17:30:24976.◆JBLfMwCXhY5Caq6急に持ち上げ始めたな?2026/08/17 06:08:19977.神も仏も名無しさんM9SIL禅関連の本で言うと、師家の提唱本、みたいなものは、すぐに品切れ、絶版になりやすいので、興味のある人は、早いうちに買っておくといいです。。僕はいっぱい持ってます。。アマゾンとかで売ったら、いい小遣いになるでしょう。。w2026/08/20 14:11:25978.神も仏も名無しさんM9SILせったんさんは、もとからあるものにしか用はないんです、とも言ってたな。。だから、修行によって得たもの、ではないんですよ。。もちろん、途中ではそれがあるんだけど、それがあるうちは、本物になっていません、途中です。。修行する以前からあるもの、で、もともと足りていた、というだけのことなのです。。それ以上の何かが必要、なんてことを言うのは、間違い。。それは、作仏だからね。。2026/08/20 14:20:05979.神も仏も名無しさん0ea9F馬鹿丸出しだな( ´ ▽ ` )2026/08/20 15:46:21980.◆JBLfMwCXhYfr8Zkもとから悟っているんだな?2026/08/20 17:57:03981.◆JBLfMwCXhYfr8Zkこのスレはもうすぐ終わる2026/08/20 17:57:23982.◆JBLfMwCXhYfr8Zk結局、発心禅堂はあったのか?2026/08/20 17:57:46983.安堂yTtwE>>981確認できない。町野氏の偽情報だ。中国の工作員の可能性が高い。2026/08/20 18:03:27984.安堂yTtwEそうなると町野氏が参じたと称している原田雪溪老師も怪しくなる。発心禅堂は東海地方を捜索中だ。東海道新幹線の浜松を中心に。2026/08/20 18:13:06985.安堂yTtwE町野氏は雑草を抜き建物を改修していると述べている。しかし、全く発心禅堂の話はない。参禅者の情報もない。これは、犯罪に巻き込まれているのではないか?2026/08/20 18:16:20986.夕UJjy9井上ギエン氏も原田雪渓氏もお弟子さん多いからね。在家であれば会下か。中には得度した人もいるんじゃないの。宗務庁にどれだけ、両氏が力を持っていたかは知らない。権限は宗務庁にあるからね。発心寺は確か得度寺ではある。坊主の資格が取れるところ。それから、宗務庁が判断するということだと思う。単立で寺を運営している人もいる。私の知り合いで、奥さんの実家が寺で、後継ぎがいなくてご主人が犠牲になって僧侶になった人は知っているw 一年しか修行していないぞwギエン系じゃないけどね2026/08/20 21:20:30987.夕UJjy9実際に寺を運営したいなら単立なら別段問題ない。曹洞宗に所属しないということだ。2026/08/20 21:22:30988.夕UJjy9町野久義とは誰か1950年生まれの在家の禅修行者。20代から参禅を始め、井上義衍老師(臨済)、原田雪渓老師(曹洞)など、宗派を越えて指導者を訪ね歩いた人物。4人の子の父であり、職業はビジネスマン。学者でも僧侶でもなく、在家の立場から禅の核心を語ろうとした点が特徴。この「在家の視点」が本書の語り口を大きく規定しています。学術的・宗派的権威から距離を置き、体験的・実践的な禅を強調する姿勢が一貫しています。『禅友に贈る書』の核心本書は「禅は自分を解決する道である」という一点を徹底的に掘り下げます。主な論点(章構成から読み取れる思想)信仰の否定「信じることは要らない」「信じるは信じないと同じ」など、宗教的信仰を禅から切り離す。言葉・概念への批判言葉は虚構であり、認識は実体ではないという立場。宗教批判・学術批判神教(神を前提とする宗教)と仏法を峻別し、学術的仏教研究にも鋭い批判を向ける。曹洞宗批判禅の形式化・儀礼化への批判が強い。悟りとは何か「一度の体験」「邪魔にならず」「求めるものではない」など、悟りを“出来事”として語る。決定的な解決疑念が消える、親離れ、空・縁起・無常など、仏教の根本概念を“体験的転換”として扱う。全体として、禅を「思想」ではなく「自己問題の解決プロセス」として提示し、宗派的伝統や学術的解釈を大胆に批判する姿勢が際立っています。だ。そうだ。2026/08/20 21:25:17989.夕UJjy9曹洞宗の制度そのものを批判している人は曹洞宗内にもいる。これは確か。2026/08/20 21:30:09990.神も仏も名無しさん4jCEq俺も曹洞宗寺院で勤行しているのでかなり解ってかたが人物が育ちにくさが宗門にあるのは確か俺なんかの趣味レベルを超えれないのが多すぎ😀2026/08/20 21:48:40991.神も仏も名無しさん4jCEq趣味他とはいえども週一勤行を自己義務化してしまっているが意識しなくても勤行の声が去年よりデカくなったな感😀2026/08/20 21:50:32992.夕UJjy9>>991うちのところは檀家寺だけど、檀家に対しては、葬儀と法事、年行事ぐらいしかやっていな。寺の門戸をあけているだけでも今の時代は凄いよw曹洞宗宗務庁の役職についているみたいだけどね。うちの班に所属している寺の和尚は知恩院でなんか偉くなっているみたいだwセッタンお弟子さんの甲賀何とかさんもよくやっていると思う。反省しない。これだけが頭に残っている。ユーチューブだけどw2026/08/20 21:57:56993.安堂yTtwE今後も追及してくれということだ。まったく2026/08/20 22:29:03994.神も仏も名無しさん8NNKhそんなことよりも今夜は貞慶をやる気がでてきた😀2026/08/21 06:15:34995.夕JJ4ZO>>994南家の人なんだね。親を平治の乱でなくしている。貴族って素養があるんだなと思った。また、親族に興福寺との関係者がいるので、入りやすかったのかもね。マイナーなことをよく知っている2026/08/21 06:38:59996.神も仏も名無しさん8NNKhかなり権力を持ってた貴族らしいな親は信西入道だしな😀2026/08/21 06:46:12997.神も仏も名無しさん8NNKh源氏にやられたんやろ😅2026/08/21 06:46:41998.◆JBLfMwCXhY8Lgdh貞慶といえば「唯識論の標準教科書を書いた人」として名高い2026/08/21 06:53:01999.夕JJ4ZO藤原氏も平安時代までは勢力はあったね。特に北家。信西は南家だね。祖父信西は保元元年(1156年)の保元の乱の功により一時権勢を得たが、平治元年(1160年)の平治の乱では自害させられ、また父藤原貞憲も 土佐に配流された[1]。生家が没落した幼い貞慶は望まずして、興福寺に入り11歳で出家叔父覚憲に師事して法相・律を学んだ。信西について なぜ勢いがあったか。例えるのなら「総理の決裁文書を全部作る官僚が、総理より強くなる」上皇=最終決裁権者信西=決裁文書を起草する官僚院庁下文=政治を動かす“命令文書”武士=文書に従って動く実働部隊この構造は現代で言えば、総理=最終決裁権者官僚=政策文書を作る法令=行政を動かす条項自衛隊・警察=実働部隊という対応になる。だから、文書を作る側が、文書の権威を借りて総理より強くなるという現象が起きる。院政期はこれが“本当に起きた時代”だった。2026/08/21 07:08:061000.夕JJ4ZO>>998今日は勉強になるなw3. 貞慶は“唯識の人”でありながら、律宗の復興者でもあるここが面白い。貞慶は唯識の学僧でありながら、晩年は 戒律復興(律宗) に全力を注ぐ。これは唯識の「心の浄化」思想と、律宗の「行為の浄化」思想を統合しようとした試み。つまり貞慶は、心(唯識)と行(律)を統合する仏教改革者だった。唯識だけの人ではない。また、4. 貞慶の唯識は“鎌倉仏教の基礎”にも影響する法然・親鸞・栄西・道元など鎌倉仏教の祖師たちは、直接・間接に貞慶の唯識体系の影響を受けている。特に:栄西(臨済)明恵(華厳)俊芿(律)などは貞慶と思想的に深く接続する。つまり、鎌倉仏教の知的基盤の一部は貞慶の唯識にある。2026/08/21 07:18:481001.Talk ★???このスレッドはコメントが1000件を超えました。新しいスレッドを立ててください。2026/08/21 07:18:481002.Talk ★???【プレミアムサービス無料期間延長!】プレミアムの無料期間を2026/9/30まで延長することになりました。広告除去や規制緩和など、ヘビーユーザーにとって欠かせない機能を無料でお楽しみいただけます。是非この機会にプレミアムサービスをお試しください!▼プレミアムサービスはこちらからhttps://talk.jp/premium2026/08/21 07:18:48
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道可道、非常道。名可名、非常名。無名天地之始、有名万物之母。故常無欲、以観其妙、常有欲、以観其傲。此両者、同出而異名。同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門。
道とすべきは、常の道にあらず。
名づけうる名は、常の名にあらず。
名なきは天地のはじめ、
名あるは万物の母。
ゆえに、常に無欲にしてその妙を観、
常に有欲にしてそのあらわれを観る。
この両者は同じところより出でて、名のみ異なる。
ともにこれを玄といい、
玄のまた玄、
もろもろの妙の門なり
現代語訳
語ることのできる「道」は、本当の道ではない。
名づけることのできる「名」は、本当の名ではない。
名のない状態は天地の始まりであり、
名のある状態は万物が生まれる母である。
だから、欲を離れていれば、その道の深い妙(本質)が見え、
欲をもっていれば、万物の姿(現象)が見える。
この二つは同じ源から出ているが、呼び名が違うだけだ。
これを「玄」と呼ぶ。
玄のさらに玄、
あらゆる妙(真理)へ通じる門である。
語ればもう相対になる。
だから“示すだけ”になる。
「今」は語れない。
語った瞬間に“過去になった今”を語っているだけ。
だから示すしかない。
未来は推測として語れるじゃないか。
未来は“推測としてなら語れる”。
でも“未来そのもの”は語れない。
過去は語れる。
ただし語れるのは“過去そのもの”ではなく、
あなたの記憶・解釈・構造化された過去だけ。
つまり、語れるのは過去の影であって、過去の光源ではない。
指示であるはずの言葉が、事実そのもののように振る舞う。
この“言霊化”が、苦の始まりである。
なぜなら、必ず、誤るから、勘違いするだけだから。。
ということはよく言われるけれど、正師に教わっても、理解しない人は、何にも理解しないので、
そういう人は、はじめから、おまえはやらない方がいい、ということなんだよ。。w
だから、師に教わっても、法を理解しないなら、教わってないのと同じ。。w
で、そういう人は、どんなに坐っても何にもならないばかりか、オカシクなって終わりです。。
もちろん、師が、生きて、近くにいれば何とかなる。。
だけど、悟り終わる前に、理解する前に死んでしまったり、会えなくなったりすると、
まずい、でしょうね。。
だから、そういう意味で、カムイが言うように、悟った人は、みな同じものを見る、というのは、
正しい。。
道元禅師だって、悟上得悟とか、迷を大悟する、とか、あるいは、悟りなどない、とか、
いろんなこと言ってる。。
ということはいろんな悟りがある、とも言えるんだよ。。
だから、小さな悟りで、自己満足しない方がいい。。
だけど、他にもあるからな。。
他にはない、と思い込まない方がいいでしょうね。。
だけど、そもそもが、三法印とか、四法印で、複数あるわけだから、これも一つだとは思いこまない方がいいでしょうね。
法門無量、だから、いっぱいある、くらいに思っておいた方がいいでしょう。。
で、どっちが大きいか、で言ったら、後者なんですよ。。
後者の方が、迷悟、清濁を包摂した、あるいは、超越した、大悟です。。
そういう風に整理すると、悟上得悟、ということの意味も、はっきりするのではないだろうか?
あるがまま、そのまま、を受容、受用できるようになる、ということではあるんだけど、
なぜか、そうならない人もいるんだよね。。
物と一つになっただけの人、というか、不二になったのに、無分別智が生じない、
という不発というか、不十分な悟り、というのもある気がするね。。
そうなると、結局、悟ったはずが、うまくいかない、また、問題が生じる、とかになるんだと思います。。
特にデンパパ📡セイジン周辺
ロンを見るとほっとする
😀
待ちきれないな?😆
どうぞ、遠慮なく。
貴方なら一流だ(⌒‐⌒)
興味のある人は、早いうちに買っておくといいです。。
僕はいっぱい持ってます。。
アマゾンとかで売ったら、いい小遣いになるでしょう。。w
だから、修行によって得たもの、ではないんですよ。。
もちろん、途中ではそれがあるんだけど、それがあるうちは、本物になっていません、途中です。。
修行する以前からあるもの、で、もともと足りていた、というだけのことなのです。。
それ以上の何かが必要、なんてことを言うのは、間違い。。
それは、作仏だからね。。
確認できない。
町野氏の偽情報だ。
中国の工作員の可能性が高い。
町野氏が参じたと称している
原田雪溪老師も怪しくなる。
発心禅堂は東海地方を
捜索中だ。
東海道新幹線の浜松を中心に。
建物を改修していると述べている。
しかし、全く発心禅堂の話はない。
参禅者の情報もない。
これは、犯罪に巻き込まれているのではないか?
ギエン系じゃないけどね
1950年生まれの在家の禅修行者。
20代から参禅を始め、井上義衍老師(臨済)、原田雪渓老師(曹洞)など、宗派を越えて指導者を訪ね歩いた人物。
4人の子の父であり、職業はビジネスマン。学者でも僧侶でもなく、在家の立場から禅の核心を語ろうとした点が特徴。
この「在家の視点」が本書の語り口を大きく規定しています。学術的・宗派的権威から距離を置き、体験的・実践的な禅を強調する姿勢が一貫しています。
『禅友に贈る書』の核心
本書は「禅は自分を解決する道である」という一点を徹底的に掘り下げます。
主な論点(章構成から読み取れる思想)
信仰の否定
「信じることは要らない」「信じるは信じないと同じ」など、宗教的信仰を禅から切り離す。
言葉・概念への批判
言葉は虚構であり、認識は実体ではないという立場。
宗教批判・学術批判
神教(神を前提とする宗教)と仏法を峻別し、学術的仏教研究にも鋭い批判を向ける。
曹洞宗批判
禅の形式化・儀礼化への批判が強い。
悟りとは何か
「一度の体験」「邪魔にならず」「求めるものではない」など、悟りを“出来事”として語る。
決定的な解決
疑念が消える、親離れ、空・縁起・無常など、仏教の根本概念を“体験的転換”として扱う。
全体として、禅を「思想」ではなく「自己問題の解決プロセス」として提示し、宗派的伝統や学術的解釈を大胆に批判する姿勢が際立っています。
だ。そうだ。
かなり解ってかたが
人物が育ちにくさが宗門にあるのは確か
俺なんかの趣味レベルを超えれないのが多すぎ
😀
週一勤行を自己義務化してしまっているが
意識しなくても勤行の声が去年よりデカくなったな
感
😀
うちのところは檀家寺だけど、檀家に対しては、葬儀と法事、年行事ぐらいしかやっていな。寺の門戸をあけているだけでも今の時代は凄いよw
曹洞宗宗務庁の役職についているみたいだけどね。
うちの班に所属している寺の和尚は知恩院でなんか偉くなっているみたいだw
セッタンお弟子さんの甲賀何とかさんもよくやっていると思う。
反省しない。これだけが頭に残っている。ユーチューブだけどw
まったく
今夜は貞慶をやる気がでてきた
😀
南家の人なんだね。親を平治の乱でなくしている。
貴族って素養があるんだなと思った。
また、親族に興福寺との関係者がいるので、入りやすかったのかもね。
マイナーなことをよく知っている
親は
信西入道だしな
😀
「唯識論の標準教科書を書いた人」
として名高い
信西は南家だね。
祖父信西は保元元年(1156年)の保元の乱の功により一時権勢を得たが、平治元年(1160年)の平治の乱では自害させられ、また父藤原貞憲も 土佐に配流された[1]。生家が没落した幼い貞慶は望まずして、興福寺に入り11歳で出家叔父覚憲に師事して法相・律を学んだ。
信西について なぜ勢いがあったか。
例えるのなら「総理の決裁文書を全部作る官僚が、総理より強くなる」
上皇=最終決裁権者
信西=決裁文書を起草する官僚
院庁下文=政治を動かす“命令文書”
武士=文書に従って動く実働部隊
この構造は現代で言えば、
総理=最終決裁権者
官僚=政策文書を作る
法令=行政を動かす条項
自衛隊・警察=実働部隊
という対応になる。
だから、
文書を作る側が、文書の権威を借りて総理より強くなる
という現象が起きる。
院政期はこれが“本当に起きた時代”だった。
今日は勉強になるなw
3. 貞慶は“唯識の人”でありながら、律宗の復興者でもある
ここが面白い。
貞慶は唯識の学僧でありながら、
晩年は 戒律復興(律宗) に全力を注ぐ。
これは唯識の「心の浄化」思想と、
律宗の「行為の浄化」思想を統合しようとした試み。
つまり貞慶は、
心(唯識)と行(律)を統合する仏教改革者
だった。
唯識だけの人ではない。
また、
4. 貞慶の唯識は“鎌倉仏教の基礎”にも影響する
法然・親鸞・栄西・道元など鎌倉仏教の祖師たちは、
直接・間接に貞慶の唯識体系の影響を受けている。
特に:
栄西(臨済)
明恵(華厳)
俊芿(律)
などは貞慶と思想的に深く接続する。
つまり、
鎌倉仏教の知的基盤の一部は貞慶の唯識にある。
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