新興宗教・真如苑 vol.130最終更新 2026/05/24 06:571.神も仏も名無しさんM3eFr☆ここは、真実追及と意見交換の場です。☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。2024/03/23 08:36:36779コメント欄へ移動すべて|最新の50件730.神も仏も名無しさん1Nf8x3 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自からの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。↑教えに結ばれたのは徳が高いから、と自惚れ、お力に酔わされて勧誘する信者。その原動力は、お力が流れてこなくなる恐怖心である。2026/04/03 06:04:34731.神も仏も名無しさんwbDEE4 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】家々の佛檀こそはみ佛の 在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き【教主注釈】「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。↑例えば、檀家の伝統仏教を大事にしている様で、心では「この宗教では救われない」と思うのが信者である。それを人に押しつけなければ、信教の自由である。2026/04/04 07:28:12732.神も仏も名無しさんAGqBp5 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日にすべてのことに対応し 菩提の糧となすは尊し【教主注釈】 ”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。↑何でも教えになぞらえて物事を解釈するようになると、その心の根底には教えのお力が流れてこなくなる恐怖心が根付いている。「あなたが勧誘して精進していくためにお力が流れていたけれど、勧誘しなければお力はいつまでも続かない。」と言われると、恐怖のトリガーが引かれるのである。2026/04/05 06:51:39733.神も仏も名無しさん8kN3q6 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】まこととは目には見えねどみ佛の 世界に通じる救けとぞなる【教主注釈】まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。↑相手の為と無断入信もし、教団施設でカードも通す。増えるのは実態の無い信者と、ずるい信者である。2026/04/06 05:45:46734.神も仏も名無しさんnOVLp7 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は観念(おもう)のみでは迷いなり 行い示し会得するもの【教主注釈】信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。↑確かに、実践しなければ妄想であるが、その実践の内容が、自他に金銭的、精神的、身体的被害を与えるから不浄なのである。2026/04/07 05:55:22735.神も仏も名無しさんZoQya8 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の宝の外の宝なる 教えの宝得るぞ尊し【教主注釈】世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。↑教えの宝は、霊言によるバーナム効果で妄想させられているのだから、元々無い。元々価値の無いものを複数の人に掴ませようとするから、マルチ商法とも言われるのである。2026/04/08 05:57:32736.神も仏も名無しさんygc369 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は耐えかぬことも耐えさせる 妙薬なりと知れよ世の人【教主注釈】あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。↑世間での怒りを教えが包容するようであるが、教えの世界では、おばちゃん指導者による適当なこじつけによる指導への怒りが募る。それらに対する怒りが心に結生するが、それは仏教の修行とはほど遠いものである。2026/04/09 05:56:46737.神も仏も名無しさんYjlCT10 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海のひろき教えをほどこして 他のためになす喜びぞ佳し【教主注釈】大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。↑詐欺もカルト宗教も、あらゆる手口を取り入れ、同じところに行き着く。それは、八大河が大海に流れ込む様である。2026/04/10 05:53:53738.神も仏も名無しさんcCrkX11 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言は出離を示す啓示ゆえ こころに心してぞ聞くべし【教主注釈】出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。↑霊言を持ち出すことがもう、仏教ではない。寄せ集めの宗教である。2026/04/11 06:22:35739.神も仏も名無しさんDMQZB12 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】我が為になす信心はそなわらず 他がために為しそなわると知れ【教主注釈】本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。↑霊言のバーナム効果で、お力欲しい、欲しいの餓鬼の心が植え付けられる。他の為になることが自分の為になると言われ、教えの為に人を救うと称して勧誘するのである。2026/04/12 06:55:16740.神も仏も名無しさんUQMOP13 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今日という日の吉凶を論ずより 今日の行い見かえるぞよし【教主注釈】み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。↑み教えどおりに行うならば、人に信教の自由の侵害をしてまでも信じさせなければならない。その行いでは、吉日になるはずがない。2026/04/13 05:57:03741.神も仏も名無しさんE6pYF14 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】執われを思い切ってぞ因縁の 重きを知ると知れ世の人【教主注釈】 執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。↑世の執着を捨てるが、その手段として霊言によるバーナム効果がある。霊的な因縁が示されていき、悪因縁として信者を縛っていくのである。2026/04/14 05:57:53742.神も仏も名無しさんLbPKD15 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海の如きみ法にあいまつり 常楽我浄と知るも尊し【教主注釈】すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。↑解散命令が出た教団と同様な霊感商法をはじめ、あらゆる有効な手口が使われるのは、八大河が大海に流れ込むようである。2026/04/15 05:56:22743.神も仏も名無しさんQa1pO16 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自らの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。↑教えに洗脳された信者が、選民意識でうぬぼれて、教えを信じない人を見下す態度を取ると、カルトに騙された哀れな人と思われるだろう。2026/04/16 06:03:45744.神も仏も名無しさんZPVX717 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の憂きこと多きその中に 利他のまことに生きよ苑人【教主注釈】信心の道というものは、喜んで生きる。-と言うことである。喜べないことは自分自身に執われているからで、それを捨てれば本当の利他に生きられよう。↑教団内では喜びが満ちているように信者が振る舞っているが、その裏には霊因縁による恐怖に洗脳されている心の叫びがある。2026/04/17 07:04:25745.神も仏も名無しさんFlh3y19 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】権威をば振るってなせる教化には 形成りても実(じつ)は少なし【教主注釈】自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。↑信者の持つ、最高の教えを信じていることで振るう権威は、その手口を知る人には通用しない。それを信者はいつまでも分からないのか。2026/04/18 08:18:10746.神も仏も名無しさんfwUxu20 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】御利益はまことの歩みの福利なり 歩まず乞うは邪と知れ【教主注釈】教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。↑最初は入るだけでお力を頂ける。歩まなければお力は頂けないと言われる。お力はあなたが歩める為にある有限なものであって、歩まなければいつまでも続かないと言われる。そのお力を複数の人に求めさせなければならないので、お力がマルチ商法で掴まされる粗悪品に例えられるのである。2026/04/20 12:20:48747.神も仏も名無しさんA3yHY21 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】善友に近よることはよけれども 愚人の交際絶たばなおよし【教主注釈】涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。↑善友は教えを信じる信者であるが、信じない存在には、信教の自由の侵害をしてまでも教えを押しつけようとする。それを許してはならない。2026/04/21 06:45:04748.神も仏も名無しさんvcg4J22 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは 今を機会と知るも尊し【教主注釈】機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。↑ここで磨かれるのは仏性ではない。強いられるのは霊因縁から植え付けられる恐怖心による勧誘行動である。2026/04/22 05:51:12749.神も仏も名無しさんnqPYJ23 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住のみ佛さまを慕いつつ 仕うる人ぞたのものしきかな【教主注釈】常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。↑常住のみ仏様を私が信じているから、と崇拝するのは自由である。それを根拠に人も信じなければならないと強いるのは、信教の自由の侵害である。2026/04/23 06:03:13750.神も仏も名無しさんdrApt24 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】お済度は父母を救ける心にて 説けよ苑人これぞ道なり【教主注釈】お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。↑教えの父母が発する力を求めて、それを人に勧めなければお力が無くなってしまう、と言われると焦る信者。それはお力のマルチ商法である。2026/04/24 06:12:38751.神も仏も名無しさんk9lgj25 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】歓喜積みお救けこそは積み磨き 奉仕は磨く徳と知れ人【教主注釈】歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。↑献金や勧誘のノルマへの衝動は、霊言のバーナム効果で高められていくのである。2026/04/25 08:52:19752.神も仏も名無しさんejt3h26 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】他のために言葉やわらげ教ゆるは 菩提(めばえ)育てのまことなりけり【教主注釈】聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。↑優しい言葉でただ信じるようにさせるのは、思考停止を勧めているのである。教団施設のマインドコントロール手法によって、恐怖心が植え付けられて、お力を求めさせられるのである。2026/04/26 06:57:48753.神も仏も名無しさんJWgLR27 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】道に外れあゆむが故に事故起し 後の後悔先には立たず【教主注釈】教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。↑教えを信じないこと自体が道に外れることであり、信者は信じない人を不幸にしようとする。それも信教の自由の信じない自由の侵害である。2026/04/27 06:02:44754.神も仏も名無しさんJWhlP28 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて 歓喜世界の出現(いず)る時まで【教主注釈】信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。↑信者の信じる歓喜世界の周囲の人は喜ぶ人ばかりではない。信者はこのねずみ講の教えを信じて、生涯かけて信じない自由を侵害するならば、居場所を失い続けるのである。2026/04/28 06:05:59755.神も仏も名無しさんY06iR29 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大乗の道も炭火と同じなれ 三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ【教主注釈】信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。↑集団圧力は複数人の中で、Aであるのに他の人がBと言うと、Aと思っている自分がおかしいのではないかと思ってしまう手法である。その手法も、信者による信教の自由を侵してまでも勧誘する行動に繋がっている。2026/04/29 08:06:26756.神も仏も名無しさんM4JJE30 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば それ、それ自体が真理(みち)に叶わん【教主注釈】怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。↑喜んで精進する姿は、教団施設や集会で演出されるが、その裏の因縁への恐怖心を人にも与えなければ救われない構造を見なければならない。2026/04/30 05:50:52757.神も仏も名無しさんSEeUk1 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】身は低く常に人にと和合して 高く菩提を求めあゆまん【教主注釈】実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。↑信者が何故勧誘時に謙るのか。自らも与えられた、霊因縁による恐怖の不安を、人にも与えるねずみ講の手法を悟られないためである。2026/05/01 06:05:50758.神も仏も名無しさん7YFIk2 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日に踏まれて渡す橋のごと 菩提の橋となるぞ尊き【教主注釈】お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。↑お導き(勧誘)に行くことは、自分が与えられた霊因縁による不安を複数の人にも与えて、教えを信じさせなければならない不安のねずみ算によって行動させられているからである。何を行っているか相手に悟られれば、悪く言われるに決まっている。2026/05/02 08:52:44759.神も仏も名無しさんsq9i93 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】相手をば鏡となせのことのりも 涅槃に示す教えなりけり【教主注釈】「相手は鏡」と言うことばがあるが、涅槃の中にも=仇は相手にあるのではなく我身にあるのだ=と教えている。↑相手は鏡も、この教えの不安のねずみ算から目をそらす効果がある。その目的のために相手が思い通りにならないことが修行、と信者に思わせるのだろう。2026/05/03 07:56:39760.神も仏も名無しさんFiHdL5 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】月日ごと慈悲をこうむる人まして 真如みひかり世にぞ知らるる【教主注釈】涅槃経を信心の基盤においている宗教団体は皆無といってもよい。護法の霊言に「科学が進歩して、やがて月の裏面まで判る時代に、この教えは(最後のみおしえ)は栄える…」と。↑不安のねずみ算で、それを人に抱えさせる目的で勧誘する信者の行動は、この教えの真の姿とお見通しの人が増えることが重要である。2026/05/05 08:26:47761.神も仏も名無しさん4Zqtf6 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】過ぎし日の執われ捨てて希望ある 未来求めて法にいそしめ【教主注釈】過去に執われていたら、それは退歩である。申訳ない…という言葉を出す時には、それ以上の精進に振い立つことだ。↑何通りもある先祖の因縁や霊による不幸は信者を追い詰める。未来は教えの言葉に左右され、人に不安を与えて勧誘にいそしまなければ、お力はいつもでも続かないと更に脅されるのである。2026/05/06 09:06:20762.神も仏も名無しさんgb26B7 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】物心は一如のものと知りながら こころ忘れる人もあるなり【教主注釈】物心一如とは、名実共に伴うもので、真諦め(まことのみち)である。物のみを追い求め、一如のこころ(み仏と共に生きる心)がないから、心忘れた-と言うのである。↑この教えの心は、人に霊因縁の不安を与えて、救われたと思わせるものである。何人も勧誘しなければならないので、不安のねずみ算と言われる。2026/05/07 05:56:41763.神も仏も名無しさんEH92h8 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】我をたてず相手の身にぞ先ずなりて 笑みを忘れず説けよ苑人【教主注釈】救いの真実を相手にわかって貰おうとするには、その人の心に自分の心を置きかえて、救いの道を共にあゆむ(あゆませる)事が肝要である。↑この教えの伝えることは救いの道ではない。信じないと救われないと不安を与える、不安のねずみ算である。2026/05/08 05:58:16764.神も仏も名無しさんp7IhX9 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】他を救う力で我身救わんと 示す最後の教え尊し【教主注釈】他を救うその功徳によって、自からが救われることは、全く涅槃聖典に示される真理(まこと)である。↑不安のねずみ算によって、人に不安を与えることで救いを求めさせる手法の成功者は一部の人間である。それとも、歩まなくなった信者の会費を立て替えるのが成功者なのか。2026/05/09 06:39:10765.神も仏も名無しさんmNykZ10 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】了義にて不了義経に依らずとは 涅槃了義の真理(みち)と知るべし【教主注釈】如来の真実なる智慧を如実に顕露したのが了義経である。涅槃経は聖典中の聖典とも言うべきものであるから、本経を諒解(りょうかい)することを仏徒としての道としなくてはならない。この教えは、涅槃経を釈尊が最後の一日一夜に説いた「最高かつ遺言の教え」と定義し、自苑が他宗より優位にあるという選民意識を植え付けます。実際の内容は詳しく教えず、教主が修行しやすく噛み砕いたものが無償労働、勧誘や献金という「三つの歩み」であると説きます。教えへの不信も、この最高経典を盾に「理屈抜きの実践」を強いることで封じ込め、思考停止を促す装置として機能させています。2026/05/10 06:35:56766.神も仏も名無しさんFQREG11 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】書を持つも読まず極めず只きして 悟り得ようとするは畧分(りゃくぶん)【教主注釈】教書を持って安心している-、それもよいがやはり、他に教えを伝えるために、しっかり読んで自分のものとしていかなくてはならない。↑教書にはこの教えでどう救われたかが書かれているが、目的は勧誘時に抜苦代授や安い会費のだまし討ちによって、信者を教えの中の成功に導くことである。それは信者の感じる不安を人に与える「不安のねずみ算」である。2026/05/11 06:02:02767.神も仏も名無しさんP8N7x12 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】他が為になすは即ち世の為と つくすまことが真の信心【教主注釈】大乗のためになしてゆくのが、この教えの本当の信心で、初信のうちは我が為に成しても、やがて他の為になしてゆく本当の大乗の境を得てゆくことが大切である。↑我が為がやがて、「抜苦代授がいつまでも続かない」と言われるだまし討ちに遭うと、他が為と称して、勧誘しなければならない。それは、自分の不安を人に肩代わりさせる不安のねずみ算に加担することである。2026/05/12 05:51:09768.神も仏も名無しさんTYQlE13 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み法うけさらさら流る水のごと 真理(みち)にたがわぬ人ぞ楽もし【教主注釈】してあげた-、助けてやった-、等という考え方、思い方は仏教徒として不純である。大乗の真如教徒たるべきはそうした不純な心は捨てるべきである。↑密教を盾に秘密裏に歩まされる道には、慣れてくるといつまでも続かない救いが示されて、その不安を人にも与えて勧誘しなければ救われない道であることが明かされるのである。2026/05/13 05:43:47769.神も仏も名無しさんicU6a14 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】浮世とはよろこび憂いの世としるも み法に生きば其処が浄土ぞ【教主注釈】この世を苦のシャバという、しかし、正しいみ仏の教えにふれて、如来法を知ったとき、此処が、このままお浄土であることがわかる。↑正しさは密教を盾に説明されない。因縁まみれの世間法に対する如来法は霊界から示される因縁による不安を、世間の人に肩代わりさせて勧誘しなければならない掟である。2026/05/14 05:55:32770.神も仏も名無しさんkCMc315 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】光なる光の外のみひかりは 最後の法の光なりけり【教主注釈】太陽の光こそ最たるものであるが、教えの光もその如く、仏最後の教えのひかりこそ、この世における最勝の救いのみ光である。↑教えの光は、お力による救いであるが、それを求めても、やがて「勧誘して人を救わなければいつまでも続かない」と言われる。それをだまし討ちという。2026/05/15 06:06:45771.神も仏も名無しさんdH3ew16 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み佛の恵み思わば日に三度 合掌してぞ食(じき)に謝すべし【教主注釈】感謝はさとりをうるはじめ-と言う。考えてみれば、食事を頂けるということ自体が、本当に有難いことである。↑抜苦代授がいつまでも続かないだまし討ちをされても、教えを求め続ける信者は、食事時にも教祖一家を念じてお力を請うのである。2026/05/16 06:53:14772.神も仏も名無しさん11sfS17 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】まことなるみ法の救い毛孔より 入ると説かるる涅槃神力【教主注釈】「善男子よ日月光明は諸の光明の中で最も勝れている。大般涅槃の光明も亦かくの如きもので、諸の大乗経の中に於いて最も殊勝なものである。それは大涅槃の光よく衆生(ひとびと)の毛孔から入り込むからである。」(大般涅槃経菩薩品より)↑毛穴から入ってくる教えが、実はいつまでも続かないと言われれば、洗脳された信者は不安や恐怖を感じるだろう。それら不安や恐怖を、勧誘して人に肩代わりさせなければ救いがなくなるのである。2026/05/17 06:28:56773.神も仏も名無しさんABwXU18 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】物事は思うが如くならねども 行い重ねて成ると知るべし【教主注釈】ままならないのが、人の世である。何事も誠実をつくして成しとげてゆく、そこに目的成就の栄冠はある。↑ままならないのは霊、因縁の仕業。その不安を人にも与えて勧誘し、不安を肩代わりしてもらうのが救いの目的とされる。2026/05/18 05:53:01774.神も仏も名無しさんqhUDf19 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】道の辺に踏みにじらるる野草にも 耐えて伸びゆく性ぞあるなれ【教主注釈】”この泥があればこそ咲け蓮の花”大乗利他の行いには非難やざん謗がつきものである。何故ならば、それが正法であるから-恐れずにすすもう。↑誹謗中傷や否定に対して、障害霊の仕業として奮い立つ信者に対して正論は逆効果である。密教だから秘密であると開き直る信者とは距離を取るしかない。2026/05/19 05:57:09775.神も仏も名無しさんEMFgn20 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】何みてもみ法示さぬものはなし おのが心に菩提ありなば【教主注釈】接心によって磨かれた心には、未だ見ざるものを見、聞かざるものを聞くことができる。それは自分自身に菩提(しんじん)の種をもっているからである。↑抜苦代授がいつまでも続かないだまし討ちの後に、勧誘しなければお力が頂けないという心境だと、世の事象に教えを準えて考えなければならない。それも洗脳である。2026/05/20 06:01:02776.神も仏も名無しさん0tMhM21 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】み教えにやさしき言葉欲しなば 我身かわいい二乗とぞ知れ【教主注釈】初信者であればやさしい言葉も必要だ-、入信して相当な年月を経ていても菩提(求める)心が成長せず、いつも初信者の如き心であってはならない-と言うことである。↑初心者への優しい言葉は、抜苦代授がいつまでも続かなくなるだまし討ちの前段階である。そして、霊位の階級競争で、霊位が上がると厳しい言葉を頂くなどと、お力を頂けない恐怖心とは裏腹に選民意識を煽るのである。2026/05/21 05:57:50777.神も仏も名無しさんiqdQT22 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】外教より涅槃了義のみ教えに 導く人を教師とぞいう【教主注釈】あらゆる外教も涅槃海に帰一する。又此の意味に於いても、諸教を摂受して始めて大海のみ教え-とも言えよう。↑ここの教師は信じない人を信仰障害霊のせいにし、信教の自由など気にしない。最高の教えとは言うが、密教だから秘密である。2026/05/22 06:02:28778.神も仏も名無しさんZH5XF23 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】今日蒔きて明日の稔りはなきと知れ 学び修めるわざもそのごと【教主注釈】今日蒔いて、明日の稔りはない。少しばかり教えにふれて、全部わかった-と思うことは大変な間違いである。↑密教だから多くは言えないが、教えは壮大である。やがて、抜苦代授は限りがあると、だまし討ちに遭うが、それでも辞められなければ、洗脳が進んでいるからである。2026/05/23 09:57:04779.神も仏も名無しさん8tDEQ24 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】他がために尽せしことは忘るとも受けし御恩は忘るべからず【教主注釈】人のためにしたことは、いつまでもよく覚えていて、自分にして頂いた御恩は忘れてしまう、そんな事では仏教徒とはいわれない。↑教主の言葉とは裏腹に、実態は自らの不安を他人に肩代わりさせる「不安のネズミ講」です。人のためと「お救け」や高額な「歓喜」を後出しで強要し、信者を搾取します。証拠を残さない徴収や、疑問を「障害霊」のせいにする思考停止の強要は仏教精神とは程遠いものです。2026/05/24 06:57:22
【ぶら下がり取材】「高市さん、聞かれて答えるのは嫌ですか?」歴代首相に比べ‟取材対応”少なめ、Xでは連日発信…SNS隆盛時代に問われる報道機関の真価ニュース速報+4471176.92026/05/24 19:47:49
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【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自からの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。
↑
教えに結ばれたのは徳が高いから、と自惚れ、お力に酔わされて勧誘する信者。その原動力は、お力が流れてこなくなる恐怖心である。
【今日の苑歌】
家々の佛檀こそはみ佛の
在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き
【教主注釈】
「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。
↑
例えば、檀家の伝統仏教を大事にしている様で、心では「この宗教では救われない」と思うのが信者である。それを人に押しつけなければ、信教の自由である。
【今日の苑歌】
日日にすべてのことに対応し
菩提の糧となすは尊し
【教主注釈】
”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。
↑
何でも教えになぞらえて物事を解釈するようになると、その心の根底には教えのお力が流れてこなくなる恐怖心が根付いている。「あなたが勧誘して精進していくためにお力が流れていたけれど、勧誘しなければお力はいつまでも続かない。」と言われると、恐怖のトリガーが引かれるのである。
【今日の苑歌】
まこととは目には見えねどみ佛の
世界に通じる救けとぞなる
【教主注釈】
まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。
↑
相手の為と無断入信もし、教団施設でカードも通す。増えるのは実態の無い信者と、ずるい信者である。
【今日の苑歌】
信心は観念(おもう)のみでは迷いなり
行い示し会得するもの
【教主注釈】
信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。
↑
確かに、実践しなければ妄想であるが、その実践の内容が、自他に金銭的、精神的、身体的被害を与えるから不浄なのである。
【今日の苑歌】
世の中の宝の外の宝なる
教えの宝得るぞ尊し
【教主注釈】
世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。
↑
教えの宝は、霊言によるバーナム効果で妄想させられているのだから、元々無い。元々価値の無いものを複数の人に掴ませようとするから、マルチ商法とも言われるのである。
【今日の苑歌】
信心は耐えかぬことも耐えさせる
妙薬なりと知れよ世の人
【教主注釈】
あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。
↑
世間での怒りを教えが包容するようであるが、教えの世界では、おばちゃん指導者による適当なこじつけによる指導への怒りが募る。それらに対する怒りが心に結生するが、それは仏教の修行とはほど遠いものである。
【今日の苑歌】
大海のひろき教えをほどこして
他のためになす喜びぞ佳し
【教主注釈】
大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。
↑
詐欺もカルト宗教も、あらゆる手口を取り入れ、同じところに行き着く。それは、八大河が大海に流れ込む様である。
【今日の苑歌】
霊言は出離を示す啓示ゆえ
こころに心してぞ聞くべし
【教主注釈】
出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。
↑
霊言を持ち出すことがもう、仏教ではない。寄せ集めの宗教である。
【今日の苑歌】
我が為になす信心はそなわらず
他がために為しそなわると知れ
【教主注釈】
本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。
↑
霊言のバーナム効果で、お力欲しい、欲しいの餓鬼の心が植え付けられる。他の為になることが自分の為になると言われ、教えの為に人を救うと称して勧誘するのである。
【今日の苑歌】
今日という日の吉凶を論ずより
今日の行い見かえるぞよし
【教主注釈】
み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。
↑
み教えどおりに行うならば、人に信教の自由の侵害をしてまでも信じさせなければならない。その行いでは、吉日になるはずがない。
【今日の苑歌】
執われを思い切ってぞ因縁の
重きを知ると知れ世の人
【教主注釈】
執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。
↑
世の執着を捨てるが、その手段として霊言によるバーナム効果がある。霊的な因縁が示されていき、悪因縁として信者を縛っていくのである。
【今日の苑歌】
大海の如きみ法にあいまつり
常楽我浄と知るも尊し
【教主注釈】
すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。
↑
解散命令が出た教団と同様な霊感商法をはじめ、あらゆる有効な手口が使われるのは、八大河が大海に流れ込むようである。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自らの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。
↑
教えに洗脳された信者が、選民意識でうぬぼれて、教えを信じない人を見下す態度を取ると、カルトに騙された哀れな人と思われるだろう。
【今日の苑歌】
世の中の憂きこと多きその中に
利他のまことに生きよ苑人
【教主注釈】
信心の道というものは、喜んで生きる。-と言うことである。喜べないことは自分自身に執われているからで、それを捨てれば本当の利他に生きられよう。
↑
教団内では喜びが満ちているように信者が振る舞っているが、その裏には霊因縁による恐怖に洗脳されている心の叫びがある。
【今日の苑歌】
権威をば振るってなせる教化には
形成りても実(じつ)は少なし
【教主注釈】
自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。
↑
信者の持つ、最高の教えを信じていることで振るう権威は、その手口を知る人には通用しない。それを信者はいつまでも分からないのか。
【今日の苑歌】
御利益はまことの歩みの福利なり
歩まず乞うは邪と知れ
【教主注釈】
教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。
↑
最初は入るだけでお力を頂ける。歩まなければお力は頂けないと言われる。お力はあなたが歩める為にある有限なものであって、歩まなければいつまでも続かないと言われる。そのお力を複数の人に求めさせなければならないので、お力がマルチ商法で掴まされる粗悪品に例えられるのである。
【今日の苑歌】
善友に近よることはよけれども
愚人の交際絶たばなおよし
【教主注釈】
涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。
↑
善友は教えを信じる信者であるが、信じない存在には、信教の自由の侵害をしてまでも教えを押しつけようとする。それを許してはならない。
【今日の苑歌】
今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは
今を機会と知るも尊し
【教主注釈】
機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。
↑
ここで磨かれるのは仏性ではない。強いられるのは霊因縁から植え付けられる恐怖心による勧誘行動である。
【今日の苑歌】
常住のみ佛さまを慕いつつ
仕うる人ぞたのものしきかな
【教主注釈】
常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。
↑
常住のみ仏様を私が信じているから、と崇拝するのは自由である。それを根拠に人も信じなければならないと強いるのは、信教の自由の侵害である。
【今日の苑歌】
お済度は父母を救ける心にて
説けよ苑人これぞ道なり
【教主注釈】
お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。
↑
教えの父母が発する力を求めて、それを人に勧めなければお力が無くなってしまう、と言われると焦る信者。それはお力のマルチ商法である。
【今日の苑歌】
歓喜積みお救けこそは積み磨き
奉仕は磨く徳と知れ人
【教主注釈】
歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。
↑
献金や勧誘のノルマへの衝動は、霊言のバーナム効果で高められていくのである。
【今日の苑歌】
他のために言葉やわらげ教ゆるは
菩提(めばえ)育てのまことなりけり
【教主注釈】
聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。
↑
優しい言葉でただ信じるようにさせるのは、思考停止を勧めているのである。教団施設のマインドコントロール手法によって、恐怖心が植え付けられて、お力を求めさせられるのである。
【今日の苑歌】
道に外れあゆむが故に事故起し
後の後悔先には立たず
【教主注釈】
教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。
↑
教えを信じないこと自体が道に外れることであり、信者は信じない人を不幸にしようとする。それも信教の自由の信じない自由の侵害である。
【今日の苑歌】
怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて
歓喜世界の出現(いず)る時まで
【教主注釈】
信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。
↑
信者の信じる歓喜世界の周囲の人は喜ぶ人ばかりではない。信者はこのねずみ講の教えを信じて、生涯かけて信じない自由を侵害するならば、居場所を失い続けるのである。
【今日の苑歌】
大乗の道も炭火と同じなれ
三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ
【教主注釈】
信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。
↑
集団圧力は複数人の中で、Aであるのに他の人がBと言うと、Aと思っている自分がおかしいのではないかと思ってしまう手法である。その手法も、信者による信教の自由を侵してまでも勧誘する行動に繋がっている。
【今日の苑歌】
常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば
それ、それ自体が真理(みち)に叶わん
【教主注釈】
怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。
↑
喜んで精進する姿は、教団施設や集会で演出されるが、その裏の因縁への恐怖心を人にも与えなければ救われない構造を見なければならない。
【今日の苑歌】
身は低く常に人にと和合して
高く菩提を求めあゆまん
【教主注釈】
実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。
↑
信者が何故勧誘時に謙るのか。自らも与えられた、霊因縁による恐怖の不安を、人にも与えるねずみ講の手法を悟られないためである。
【今日の苑歌】
日日に踏まれて渡す橋のごと
菩提の橋となるぞ尊き
【教主注釈】
お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。
↑
お導き(勧誘)に行くことは、自分が与えられた霊因縁による不安を複数の人にも与えて、教えを信じさせなければならない不安のねずみ算によって行動させられているからである。何を行っているか相手に悟られれば、悪く言われるに決まっている。
【今日の苑歌】
相手をば鏡となせのことのりも
涅槃に示す教えなりけり
【教主注釈】
「相手は鏡」と言うことばがあるが、涅槃の中にも=仇は相手にあるのではなく我身にあるのだ=と教えている。
↑
相手は鏡も、この教えの不安のねずみ算から目をそらす効果がある。その目的のために相手が思い通りにならないことが修行、と信者に思わせるのだろう。
【今日の苑歌】
月日ごと慈悲をこうむる人まして
真如みひかり世にぞ知らるる
【教主注釈】
涅槃経を信心の基盤においている宗教団体は皆無といってもよい。護法の霊言に「科学が進歩して、やがて月の裏面まで判る時代に、この教えは(最後のみおしえ)は栄える…」と。
↑
不安のねずみ算で、それを人に抱えさせる目的で勧誘する信者の行動は、この教えの真の姿とお見通しの人が増えることが重要である。
【今日の苑歌】
過ぎし日の執われ捨てて希望ある
未来求めて法にいそしめ
【教主注釈】
過去に執われていたら、それは退歩である。申訳ない…という言葉を出す時には、それ以上の精進に振い立つことだ。
↑
何通りもある先祖の因縁や霊による不幸は信者を追い詰める。未来は教えの言葉に左右され、人に不安を与えて勧誘にいそしまなければ、お力はいつもでも続かないと更に脅されるのである。
【今日の苑歌】
物心は一如のものと知りながら
こころ忘れる人もあるなり
【教主注釈】
物心一如とは、名実共に伴うもので、真諦め(まことのみち)である。物のみを追い求め、一如のこころ(み仏と共に生きる心)がないから、心忘れた-と言うのである。
↑
この教えの心は、人に霊因縁の不安を与えて、救われたと思わせるものである。何人も勧誘しなければならないので、不安のねずみ算と言われる。
【今日の苑歌】
我をたてず相手の身にぞ先ずなりて
笑みを忘れず説けよ苑人
【教主注釈】
救いの真実を相手にわかって貰おうとするには、その人の心に自分の心を置きかえて、救いの道を共にあゆむ(あゆませる)事が肝要である。
↑
この教えの伝えることは救いの道ではない。信じないと救われないと不安を与える、不安のねずみ算である。
【今日の苑歌】
他を救う力で我身救わんと
示す最後の教え尊し
【教主注釈】
他を救うその功徳によって、自からが救われることは、全く涅槃聖典に示される真理(まこと)である。
↑
不安のねずみ算によって、人に不安を与えることで救いを求めさせる手法の成功者は一部の人間である。それとも、歩まなくなった信者の会費を立て替えるのが成功者なのか。
【今日の苑歌】
了義にて不了義経に依らずとは
涅槃了義の真理(みち)と知るべし
【教主注釈】
如来の真実なる智慧を如実に顕露したのが了義経である。涅槃経は聖典中の聖典とも言うべきものであるから、本経を諒解(りょうかい)することを仏徒としての道としなくてはならない。
この教えは、涅槃経を釈尊が最後の一日一夜に説いた「最高かつ遺言の教え」と定義し、自苑が他宗より優位にあるという選民意識を植え付けます。実際の内容は詳しく教えず、教主が修行しやすく噛み砕いたものが無償労働、勧誘や献金という「三つの歩み」であると説きます。教えへの不信も、この最高経典を盾に「理屈抜きの実践」を強いることで封じ込め、思考停止を促す装置として機能させています。
【今日の苑歌】
書を持つも読まず極めず只きして
悟り得ようとするは畧分(りゃくぶん)
【教主注釈】
教書を持って安心している-、それもよいがやはり、他に教えを伝えるために、しっかり読んで自分のものとしていかなくてはならない。
↑
教書にはこの教えでどう救われたかが書かれているが、目的は勧誘時に抜苦代授や安い会費のだまし討ちによって、信者を教えの中の成功に導くことである。それは信者の感じる不安を人に与える「不安のねずみ算」である。
【今日の苑歌】
他が為になすは即ち世の為と
つくすまことが真の信心
【教主注釈】
大乗のためになしてゆくのが、この教えの本当の信心で、初信のうちは我が為に成しても、やがて他の為になしてゆく本当の大乗の境を得てゆくことが大切である。
↑
我が為がやがて、「抜苦代授がいつまでも続かない」と言われるだまし討ちに遭うと、他が為と称して、勧誘しなければならない。それは、自分の不安を人に肩代わりさせる不安のねずみ算に加担することである。
【今日の苑歌】
み法うけさらさら流る水のごと
真理(みち)にたがわぬ人ぞ楽もし
【教主注釈】
してあげた-、助けてやった-、等という考え方、思い方は仏教徒として不純である。大乗の真如教徒たるべきはそうした不純な心は捨てるべきである。
↑
密教を盾に秘密裏に歩まされる道には、慣れてくるといつまでも続かない救いが示されて、その不安を人にも与えて勧誘しなければ救われない道であることが明かされるのである。
【今日の苑歌】
浮世とはよろこび憂いの世としるも
み法に生きば其処が浄土ぞ
【教主注釈】
この世を苦のシャバという、しかし、正しいみ仏の教えにふれて、如来法を知ったとき、此処が、このままお浄土であることがわかる。
↑
正しさは密教を盾に説明されない。因縁まみれの世間法に対する如来法は霊界から示される因縁による不安を、世間の人に肩代わりさせて勧誘しなければならない掟である。
【今日の苑歌】
光なる光の外のみひかりは
最後の法の光なりけり
【教主注釈】
太陽の光こそ最たるものであるが、教えの光もその如く、仏最後の教えのひかりこそ、この世における最勝の救いのみ光である。
↑
教えの光は、お力による救いであるが、それを求めても、やがて「勧誘して人を救わなければいつまでも続かない」と言われる。それをだまし討ちという。
【今日の苑歌】
み佛の恵み思わば日に三度
合掌してぞ食(じき)に謝すべし
【教主注釈】
感謝はさとりをうるはじめ-と言う。考えてみれば、食事を頂けるということ自体が、本当に有難いことである。
↑
抜苦代授がいつまでも続かないだまし討ちをされても、教えを求め続ける信者は、食事時にも教祖一家を念じてお力を請うのである。
【今日の苑歌】
まことなるみ法の救い毛孔より
入ると説かるる涅槃神力
【教主注釈】
「善男子よ日月光明は諸の光明の中で最も勝れている。大般涅槃の光明も亦かくの如きもので、諸の大乗経の中に於いて最も殊勝なものである。それは大涅槃の光よく衆生(ひとびと)の毛孔から入り込むからである。」(大般涅槃経菩薩品より)
↑
毛穴から入ってくる教えが、実はいつまでも続かないと言われれば、洗脳された信者は不安や恐怖を感じるだろう。それら不安や恐怖を、勧誘して人に肩代わりさせなければ救いがなくなるのである。
【今日の苑歌】
物事は思うが如くならねども
行い重ねて成ると知るべし
【教主注釈】
ままならないのが、人の世である。何事も誠実をつくして成しとげてゆく、そこに目的成就の栄冠はある。
↑
ままならないのは霊、因縁の仕業。その不安を人にも与えて勧誘し、不安を肩代わりしてもらうのが救いの目的とされる。
【今日の苑歌】
道の辺に踏みにじらるる野草にも
耐えて伸びゆく性ぞあるなれ
【教主注釈】
”この泥があればこそ咲け蓮の花”大乗利他の行いには非難やざん謗がつきものである。何故ならば、それが正法であるから-恐れずにすすもう。
↑
誹謗中傷や否定に対して、障害霊の仕業として奮い立つ信者に対して正論は逆効果である。密教だから秘密であると開き直る信者とは距離を取るしかない。
【今日の苑歌】
何みてもみ法示さぬものはなし
おのが心に菩提ありなば
【教主注釈】
接心によって磨かれた心には、未だ見ざるものを見、聞かざるものを聞くことができる。それは自分自身に菩提(しんじん)の種をもっているからである。
↑
抜苦代授がいつまでも続かないだまし討ちの後に、勧誘しなければお力が頂けないという心境だと、世の事象に教えを準えて考えなければならない。それも洗脳である。
【今日の苑歌】
み教えにやさしき言葉欲しなば
我身かわいい二乗とぞ知れ
【教主注釈】
初信者であればやさしい言葉も必要だ-、入信して相当な年月を経ていても菩提(求める)心が成長せず、いつも初信者の如き心であってはならない-と言うことである。
↑
初心者への優しい言葉は、抜苦代授がいつまでも続かなくなるだまし討ちの前段階である。そして、霊位の階級競争で、霊位が上がると厳しい言葉を頂くなどと、お力を頂けない恐怖心とは裏腹に選民意識を煽るのである。
【今日の苑歌】
外教より涅槃了義のみ教えに
導く人を教師とぞいう
【教主注釈】
あらゆる外教も涅槃海に帰一する。又此の意味に於いても、諸教を摂受して始めて大海のみ教え-とも言えよう。
↑
ここの教師は信じない人を信仰障害霊のせいにし、信教の自由など気にしない。最高の教えとは言うが、密教だから秘密である。
【今日の苑歌】
今日蒔きて明日の稔りはなきと知れ
学び修めるわざもそのごと
【教主注釈】
今日蒔いて、明日の稔りはない。少しばかり教えにふれて、全部わかった-と思うことは大変な間違いである。
↑
密教だから多くは言えないが、教えは壮大である。やがて、抜苦代授は限りがあると、だまし討ちに遭うが、それでも辞められなければ、洗脳が進んでいるからである。
【今日の苑歌】
他がために尽せしことは忘るとも
受けし御恩は忘るべからず
【教主注釈】
人のためにしたことは、いつまでもよく覚えていて、自分にして頂いた御恩は忘れてしまう、そんな事では仏教徒とはいわれない。
↑
教主の言葉とは裏腹に、実態は自らの不安を他人に肩代わりさせる「不安のネズミ講」です。人のためと「お救け」や高額な「歓喜」を後出しで強要し、信者を搾取します。証拠を残さない徴収や、疑問を「障害霊」のせいにする思考停止の強要は仏教精神とは程遠いものです。