新興宗教・真如苑 vol.130最終更新 2026/05/02 08:521.神も仏も名無しさんM3eFr☆ここは、真実追及と意見交換の場です。☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。2024/03/23 08:36:36758コメント欄へ移動すべて|最新の50件709.神も仏も名無しさんYu6Ct13 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】よきことも悪しきことをも目にみせて 身の行いにあるを示さむ【教主注釈】良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。↑良いことは教えのお陰、悪いことは修行が足りないから。この教えの霊的な言葉によるバーナム効果である。2026/03/13 06:04:24710.神も仏も名無しさんwYw1V14 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】一念をこめて誦(とな)うる御霊呪は 子々孫々(すえずえ)までの清めとぞ知れ【教主注釈】大乗の行いを伴わせてこそ平生普段の祈りも深められ、御霊咒の効験や威大神力も増大されるのである。↑教えのお陰の幸不幸を言われるバーナム効果のお力では、大乗(大船)に乗った気持ちにはなれない。2026/03/14 07:26:07711.神も仏も名無しさん5VpZS15 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】最後なるみ教えこそは幾年も 探し求めし慈母と思わん【教主注釈】涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。↑家庭環境の問題は、理想の親を示すこの教えの、格好の入り込む理由である。2026/03/15 08:38:28712.神も仏も名無しさんiqsK216 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他力より入りて自力と知れぞかし これぞ一如のまことなりけり【教主注釈】一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。↑信者は一切お委せで無責任。事務局も、苦情を受ければ「そんな指導はしていない」と無責任である。2026/03/16 06:11:18713.神も仏も名無しさんbzqQb17 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】感謝なき信心こそは消ゆる灯と 思わばそそげ徳の油を【教主注釈】信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。↑信者同士喜びを煽るが、そうしなければ徳が減るという不安もあろう。否定の言葉が攻撃されるのは、お力が流れてこない恐怖であろう。2026/03/17 05:53:38714.神も仏も名無しさんSm7R818 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がことは後になすとも他が為に なすはみ法の真理(みち)としるべし【教主注釈】大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。↑他の為は教えの為であり、他の為にこの教えに誘うのも教えの為である。この教えの霊的な言葉のバーナム効果に動かされるのである。2026/03/18 06:14:26715.神も仏も名無しさん0pFXI19 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば 菩提の向上常にありなん【教主注釈】霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。↑その悪因縁は霊言のバーナム効果で植え付けられたものである。そこから救ってやる、と取り組ませるのは、火をつけておいて、消しにきてやる「マッチ・ポンプ」である。2026/03/19 06:04:57716.神も仏も名無しさんi0yyh20 我浄 【今月の苑歌】【今日の苑歌】我がうちに佛の性を見出しなば 我また尊く更にはげまん【教主注釈】人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。↑誰にでも当てはまる霊言の言葉に振り回されるのを仏道と勘違いしてしまうと、教えの中にある霊感商法をはじめとした手法の当事者にさせられてしまうのである。2026/03/20 08:34:35717.神も仏も名無しさん7ZUik21 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言に示さることば真理(みち)なれど 人間本位に聞かば間違う【教主注釈】空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。↑この教えで自らを空しくすることは、思考停止して教えに取っての善し悪しで物事を判断することである。そして、霊感商法をはじめとした手法に加担させられるのである。2026/03/21 08:04:40718.神も仏も名無しさんhWhXL22 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】み教えにふれて心を飾れども 説かぬは法のさびと知るべし【教主注釈】真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。↑心を飾るのは、有り難い教えに出会えたからだろうが、その裏に勧誘しなければお力が流れてこない恐怖心を植え付けられている。それが、有り難い教えなのか。2026/03/22 05:07:48719.神も仏も名無しさんl9Q6D23 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】罰ありと教ゆる道も道なれど 真の真理(みち)とは因果応報【教主注釈】涅槃経に説くところの非真邪偽の法では罰をとくが、本当の教えは因果応報の理を説いて、その人の運命を改革するように導くものでなくてはならない。↑罰を説くのも、因果応報を説くのも、元は霊言によるバーナム効果である。2026/03/23 05:53:01720.神も仏も名無しさんKIAX424 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】智をわけて福徳荘厳あわせては 智慧荘厳と知るも尊し【教主注釈】涅槃経に説かるる二荘厳-即ち福徳荘厳は、歓喜の布施により智慧荘厳は、実践により身につくものといえる。↑教えの実践でついた知恵は、マインドコントロール満載の教団施設に誘い込む為の悪知恵である。そこには、金銭的(献金)、精神的(勧誘)、身体的(無償労働)被害となる取り組みが用意されている。2026/03/24 06:01:39721.神も仏も名無しさん0IQBH25 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】今蒔きて今日に収穫あらねども 努力重ねて稔り待つべし【教主注釈】まずこの歌に示す真理が本当なものであるが、今蒔いて今日に収穫を得ている人も多々ある。そこが此の教えの不思議でもある。導き手(経親や導き親)の信用によって霊界から特に救いを下さったものもあるが、初信者の場合は、これが真物(ほんもの)と思ってはならない。↑なぜ本当なのか。それが霊言によるバーナム効果で、本当に近づけられるのである。マインドコントロールの手法である。2026/03/25 06:05:23722.神も仏も名無しさん1enyI26 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住の佛の教え世の末の 末の末まで楽土示さん【教主注釈】真如み教えは、久遠常住釈迦牟尼如来真伝の深法である。故に、今流行してのちに消える教えではない。子々孫々に伝え、末代かけて教えは弘まり、この世に楽土を顕現してゆくであろう。↑この教えは、信者が教師になる為に入れた架空の信者が水ぶくれとなり、会費は立て替えられ、水ぶくれ信者は増えるが、信者数は微減に操作され、教師数ばかり増えているのである。2026/03/26 06:14:50723.神も仏も名無しさんpLKOi27 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】徳という徳は特にと積めぞかし 積もりつもりて功徳とぞなる【教主注釈】徳をつくることは大切なことであるが、一度にしようと思っても中々出来るものではない。常に心がけて信仰の徳をつむことが大切である。↑徳が教えの意図で増えも減りもする。お力が流れてくる為のポイントを、教師や指導者になれば、下の者を操る為に操作できるのである。2026/03/27 06:04:29724.神も仏も名無しさんdpdMb28 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中に道をば示す真理(みち)あれど 最後のみのり最上と知れ【教主注釈】名字功徳品には-八大河悉く大海に帰すように、この経は一切の煩悩結(因縁のかたまり)や諸の魔も降して摂受する-と、その真意が説かれている。世尊五十年の説法の最後は即ち大般涅槃経である。↑この道が最高と表現したいようであるが、マインドコントロールの手法が詰まった道である。2026/03/28 08:20:35725.神も仏も名無しさん55JhV29 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】苑人の佛に仕えまつらんは まことこめての救いにぞある【教主注釈】苑人が仏に仕えまつるということは、涅槃像に仕えるのではなく三宝一体の僧伽(そうぎゃ)に生きる”まこと”即ち一如のまごころを以て大衆に奉仕することである。↑大衆に奉仕するのは、この教えに勧誘する為である。教義が勧誘、無償労働、献金の三つの搾取を言っているので、それをはぐらかすのに信者は苦労している。2026/03/29 07:42:55726.神も仏も名無しさん4zO6W30 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】貴賤をも貧富もわけずまことをば 尽くし伝うが佛子なりけり【教主注釈】世の人々は富貴の者をみれば競って媚び、へつらい、奉仕する。「貧しき者をみてはこれを捨て遠退く」という聖語があるが、この真意を知って、真如教徒は物によって差別することなく教徒の本分をつくすべきである。↑世の地位が教えの霊位に変わるだけである。教えに仕組まれた霊位向上の欲求に流されて、教えに貢ぐ行動をさせられるのである。2026/03/30 05:56:37727.神も仏も名無しさん4Kiai31 我浄【今月の苑歌】【今日の苑歌】善法に従わなきは心にぞ 邪楽しむ心宿るらむ【教主注釈】涅槃の教えは有難い-とわかっていながらついてゆかれないことは、心の中になお仏より大切な欲楽というものを執持しているからである。↑涅槃の教えが有り難いと思えるのは、霊言によるバーナム効果でお力に救われていると思わされているからである。それは、悪循環である。2026/03/31 06:05:19728.神も仏も名無しさんG7uVW- 1 常楽【今月の苑歌】- 【今日の苑歌】- み佛のみめぐみこそは世の果の- はてのはてまであまねかりけり-- 【教主注釈】- み仏の慈悲は摂取不捨である。このあまねき常仏の慈悲に結ぶことがお導きであり、この行いこそ尊い慈悲行である。-- ↑- 遍くお力は最初だけである。霊言によるバーナム効果を更に焦らせようとして、勧誘しないとお力はいつまでも続かないと言われるのである。2026/04/01 06:01:19729.神も仏も名無しさん2W3ud2 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】教団の大いなるより一人をも 多く救わることぞうれしき【教主注釈】これは真導院様の入院中のお言葉で、今は教徒に残された尊い遺言となった。↑無断入信の信者を含めた、多くの人がこの教えに巣食われている。2026/04/02 06:03:16730.神も仏も名無しさん1Nf8x3 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自からの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。↑教えに結ばれたのは徳が高いから、と自惚れ、お力に酔わされて勧誘する信者。その原動力は、お力が流れてこなくなる恐怖心である。2026/04/03 06:04:34731.神も仏も名無しさんwbDEE4 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】家々の佛檀こそはみ佛の 在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き【教主注釈】「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。↑例えば、檀家の伝統仏教を大事にしている様で、心では「この宗教では救われない」と思うのが信者である。それを人に押しつけなければ、信教の自由である。2026/04/04 07:28:12732.神も仏も名無しさんAGqBp5 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日にすべてのことに対応し 菩提の糧となすは尊し【教主注釈】 ”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。↑何でも教えになぞらえて物事を解釈するようになると、その心の根底には教えのお力が流れてこなくなる恐怖心が根付いている。「あなたが勧誘して精進していくためにお力が流れていたけれど、勧誘しなければお力はいつまでも続かない。」と言われると、恐怖のトリガーが引かれるのである。2026/04/05 06:51:39733.神も仏も名無しさん8kN3q6 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】まこととは目には見えねどみ佛の 世界に通じる救けとぞなる【教主注釈】まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。↑相手の為と無断入信もし、教団施設でカードも通す。増えるのは実態の無い信者と、ずるい信者である。2026/04/06 05:45:46734.神も仏も名無しさんnOVLp7 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は観念(おもう)のみでは迷いなり 行い示し会得するもの【教主注釈】信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。↑確かに、実践しなければ妄想であるが、その実践の内容が、自他に金銭的、精神的、身体的被害を与えるから不浄なのである。2026/04/07 05:55:22735.神も仏も名無しさんZoQya8 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の宝の外の宝なる 教えの宝得るぞ尊し【教主注釈】世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。↑教えの宝は、霊言によるバーナム効果で妄想させられているのだから、元々無い。元々価値の無いものを複数の人に掴ませようとするから、マルチ商法とも言われるのである。2026/04/08 05:57:32736.神も仏も名無しさんygc369 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】信心は耐えかぬことも耐えさせる 妙薬なりと知れよ世の人【教主注釈】あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。↑世間での怒りを教えが包容するようであるが、教えの世界では、おばちゃん指導者による適当なこじつけによる指導への怒りが募る。それらに対する怒りが心に結生するが、それは仏教の修行とはほど遠いものである。2026/04/09 05:56:46737.神も仏も名無しさんYjlCT10 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海のひろき教えをほどこして 他のためになす喜びぞ佳し【教主注釈】大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。↑詐欺もカルト宗教も、あらゆる手口を取り入れ、同じところに行き着く。それは、八大河が大海に流れ込む様である。2026/04/10 05:53:53738.神も仏も名無しさんcCrkX11 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】霊言は出離を示す啓示ゆえ こころに心してぞ聞くべし【教主注釈】出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。↑霊言を持ち出すことがもう、仏教ではない。寄せ集めの宗教である。2026/04/11 06:22:35739.神も仏も名無しさんDMQZB12 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】我が為になす信心はそなわらず 他がために為しそなわると知れ【教主注釈】本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。↑霊言のバーナム効果で、お力欲しい、欲しいの餓鬼の心が植え付けられる。他の為になることが自分の為になると言われ、教えの為に人を救うと称して勧誘するのである。2026/04/12 06:55:16740.神も仏も名無しさんUQMOP13 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今日という日の吉凶を論ずより 今日の行い見かえるぞよし【教主注釈】み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。↑み教えどおりに行うならば、人に信教の自由の侵害をしてまでも信じさせなければならない。その行いでは、吉日になるはずがない。2026/04/13 05:57:03741.神も仏も名無しさんE6pYF14 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】執われを思い切ってぞ因縁の 重きを知ると知れ世の人【教主注釈】 執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。↑世の執着を捨てるが、その手段として霊言によるバーナム効果がある。霊的な因縁が示されていき、悪因縁として信者を縛っていくのである。2026/04/14 05:57:53742.神も仏も名無しさんLbPKD15 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大海の如きみ法にあいまつり 常楽我浄と知るも尊し【教主注釈】すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。↑解散命令が出た教団と同様な霊感商法をはじめ、あらゆる有効な手口が使われるのは、八大河が大海に流れ込むようである。2026/04/15 05:56:22743.神も仏も名無しさんQa1pO16 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】人の世の哀れになくも自らの あわれを知らぬ人の多きに【教主注釈】教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。↑教えに洗脳された信者が、選民意識でうぬぼれて、教えを信じない人を見下す態度を取ると、カルトに騙された哀れな人と思われるだろう。2026/04/16 06:03:45744.神も仏も名無しさんZPVX717 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】世の中の憂きこと多きその中に 利他のまことに生きよ苑人【教主注釈】信心の道というものは、喜んで生きる。-と言うことである。喜べないことは自分自身に執われているからで、それを捨てれば本当の利他に生きられよう。↑教団内では喜びが満ちているように信者が振る舞っているが、その裏には霊因縁による恐怖に洗脳されている心の叫びがある。2026/04/17 07:04:25745.神も仏も名無しさんFlh3y19 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】権威をば振るってなせる教化には 形成りても実(じつ)は少なし【教主注釈】自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。↑信者の持つ、最高の教えを信じていることで振るう権威は、その手口を知る人には通用しない。それを信者はいつまでも分からないのか。2026/04/18 08:18:10746.神も仏も名無しさんfwUxu20 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】御利益はまことの歩みの福利なり 歩まず乞うは邪と知れ【教主注釈】教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。↑最初は入るだけでお力を頂ける。歩まなければお力は頂けないと言われる。お力はあなたが歩める為にある有限なものであって、歩まなければいつまでも続かないと言われる。そのお力を複数の人に求めさせなければならないので、お力がマルチ商法で掴まされる粗悪品に例えられるのである。2026/04/20 12:20:48747.神も仏も名無しさんA3yHY21 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】善友に近よることはよけれども 愚人の交際絶たばなおよし【教主注釈】涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。↑善友は教えを信じる信者であるが、信じない存在には、信教の自由の侵害をしてまでも教えを押しつけようとする。それを許してはならない。2026/04/21 06:45:04748.神も仏も名無しさんvcg4J22 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは 今を機会と知るも尊し【教主注釈】機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。↑ここで磨かれるのは仏性ではない。強いられるのは霊因縁から植え付けられる恐怖心による勧誘行動である。2026/04/22 05:51:12749.神も仏も名無しさんnqPYJ23 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常住のみ佛さまを慕いつつ 仕うる人ぞたのものしきかな【教主注釈】常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。↑常住のみ仏様を私が信じているから、と崇拝するのは自由である。それを根拠に人も信じなければならないと強いるのは、信教の自由の侵害である。2026/04/23 06:03:13750.神も仏も名無しさんdrApt24 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】お済度は父母を救ける心にて 説けよ苑人これぞ道なり【教主注釈】お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。↑教えの父母が発する力を求めて、それを人に勧めなければお力が無くなってしまう、と言われると焦る信者。それはお力のマルチ商法である。2026/04/24 06:12:38751.神も仏も名無しさんk9lgj25 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】歓喜積みお救けこそは積み磨き 奉仕は磨く徳と知れ人【教主注釈】歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。↑献金や勧誘のノルマへの衝動は、霊言のバーナム効果で高められていくのである。2026/04/25 08:52:19752.神も仏も名無しさんejt3h26 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】他のために言葉やわらげ教ゆるは 菩提(めばえ)育てのまことなりけり【教主注釈】聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。↑優しい言葉でただ信じるようにさせるのは、思考停止を勧めているのである。教団施設のマインドコントロール手法によって、恐怖心が植え付けられて、お力を求めさせられるのである。2026/04/26 06:57:48753.神も仏も名無しさんJWgLR27 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】道に外れあゆむが故に事故起し 後の後悔先には立たず【教主注釈】教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。↑教えを信じないこと自体が道に外れることであり、信者は信じない人を不幸にしようとする。それも信教の自由の信じない自由の侵害である。2026/04/27 06:02:44754.神も仏も名無しさんJWhlP28 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて 歓喜世界の出現(いず)る時まで【教主注釈】信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。↑信者の信じる歓喜世界の周囲の人は喜ぶ人ばかりではない。信者はこのねずみ講の教えを信じて、生涯かけて信じない自由を侵害するならば、居場所を失い続けるのである。2026/04/28 06:05:59755.神も仏も名無しさんY06iR29 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】大乗の道も炭火と同じなれ 三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ【教主注釈】信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。↑集団圧力は複数人の中で、Aであるのに他の人がBと言うと、Aと思っている自分がおかしいのではないかと思ってしまう手法である。その手法も、信者による信教の自由を侵してまでも勧誘する行動に繋がっている。2026/04/29 08:06:26756.神も仏も名無しさんM4JJE30 常楽【今月の苑歌】【今日の苑歌】常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば それ、それ自体が真理(みち)に叶わん【教主注釈】怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。↑喜んで精進する姿は、教団施設や集会で演出されるが、その裏の因縁への恐怖心を人にも与えなければ救われない構造を見なければならない。2026/04/30 05:50:52757.神も仏も名無しさんSEeUk1 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】身は低く常に人にと和合して 高く菩提を求めあゆまん【教主注釈】実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。↑信者が何故勧誘時に謙るのか。自らも与えられた、霊因縁による恐怖の不安を、人にも与えるねずみ講の手法を悟られないためである。2026/05/01 06:05:50758.神も仏も名無しさん7YFIk2 楽我【今月の苑歌】【今日の苑歌】日日に踏まれて渡す橋のごと 菩提の橋となるぞ尊き【教主注釈】お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。↑お導き(勧誘)に行くことは、自分が与えられた霊因縁による不安を複数の人にも与えて、教えを信じさせなければならない不安のねずみ算によって行動させられているからである。何を行っているか相手に悟られれば、悪く言われるに決まっている。2026/05/02 08:52:44
【週刊文春】「“高市上げ”熱狂に薄気味悪い違和感」文春が報じた「高市陣営が匿名アカで自画自賛動画を投稿」に、当時の異様な雰囲気を思い出す声が噴出「岸田氏や石破氏の時代には…」ニュース速報+148958.62026/05/02 23:11:04
☆心と宗教板を利用される方は、『カルト問題』に関心を持つようにしましょう。
☆発言は、論拠と根拠を伴ったものにしましょう。
☆その場凌ぎの発言は控えましょう。 誤魔化し・ピンポンダッシュは徹底追及。
☆他教団の工作員(日蓮正宗のトヨダなど)や真如苑事務局は入場禁止です。
【今日の苑歌】
よきことも悪しきことをも目にみせて
身の行いにあるを示さむ
【教主注釈】
良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。
↑
良いことは教えのお陰、悪いことは修行が足りないから。この教えの霊的な言葉によるバーナム効果である。
【今日の苑歌】
一念をこめて誦(とな)うる御霊呪は
子々孫々(すえずえ)までの清めとぞ知れ
【教主注釈】
大乗の行いを伴わせてこそ平生普段の祈りも深められ、御霊咒の効験や威大神力も増大されるのである。
↑
教えのお陰の幸不幸を言われるバーナム効果のお力では、大乗(大船)に乗った気持ちにはなれない。
【今日の苑歌】
最後なるみ教えこそは幾年も
探し求めし慈母と思わん
【教主注釈】
涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。
↑
家庭環境の問題は、理想の親を示すこの教えの、格好の入り込む理由である。
【今日の苑歌】
他力より入りて自力と知れぞかし
これぞ一如のまことなりけり
【教主注釈】
一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。
↑
信者は一切お委せで無責任。事務局も、苦情を受ければ「そんな指導はしていない」と無責任である。
【今日の苑歌】
感謝なき信心こそは消ゆる灯と
思わばそそげ徳の油を
【教主注釈】
信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。
↑
信者同士喜びを煽るが、そうしなければ徳が減るという不安もあろう。否定の言葉が攻撃されるのは、お力が流れてこない恐怖であろう。
【今日の苑歌】
我がことは後になすとも他が為に
なすはみ法の真理(みち)としるべし
【教主注釈】
大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。
↑
他の為は教えの為であり、他の為にこの教えに誘うのも教えの為である。この教えの霊的な言葉のバーナム効果に動かされるのである。
【今日の苑歌】
他事(ひとごと)を即我が事と知るなれば
菩提の向上常にありなん
【教主注釈】
霊言に-”尻切れトンボが遠くとべないように、他に幸いのあゆみを与える事も尻切れになってしまったら、悪因縁に勝ち抜くことはできないのですよ…”とあり、菩提の向上を接心は教示している。
↑
その悪因縁は霊言のバーナム効果で植え付けられたものである。そこから救ってやる、と取り組ませるのは、火をつけておいて、消しにきてやる「マッチ・ポンプ」である。
【今日の苑歌】
我がうちに佛の性を見出しなば
我また尊く更にはげまん
【教主注釈】
人はみな、尊い宝を持ちながら”自から貧し”と思っている。大般涅槃のみ教え故、本当に尊い-と言っても”私などは駄目”と迷ったらどうであろうか-、灯明を持ち乍(なが)ら自らが目を閉じているのと同じである。
↑
誰にでも当てはまる霊言の言葉に振り回されるのを仏道と勘違いしてしまうと、教えの中にある霊感商法をはじめとした手法の当事者にさせられてしまうのである。
【今日の苑歌】
霊言に示さることば真理(みち)なれど
人間本位に聞かば間違う
【教主注釈】
空-ということは、自からを空しうすることで、南無の境涯である。御霊言は道を示すものであるが、之を人間本能的に、都合のよいように聞いてゆくと、道をまちがえてしまうものである。
↑
この教えで自らを空しくすることは、思考停止して教えに取っての善し悪しで物事を判断することである。そして、霊感商法をはじめとした手法に加担させられるのである。
【今日の苑歌】
み教えにふれて心を飾れども
説かぬは法のさびと知るべし
【教主注釈】
真如み教えにふれて、接心も頂き、わが心に深い真理というものが納得でき、教えの素晴らしさ、そして、その教えに結ばれた喜びもわかるが、若し他にそれを説かなかったら、やがて教えのサビとなって我が身を蝕まれてしまう。
↑
心を飾るのは、有り難い教えに出会えたからだろうが、その裏に勧誘しなければお力が流れてこない恐怖心を植え付けられている。それが、有り難い教えなのか。
【今日の苑歌】
罰ありと教ゆる道も道なれど
真の真理(みち)とは因果応報
【教主注釈】
涅槃経に説くところの非真邪偽の法では罰をとくが、本当の教えは因果応報の理を説いて、その人の運命を改革するように導くものでなくてはならない。
↑
罰を説くのも、因果応報を説くのも、元は霊言によるバーナム効果である。
【今日の苑歌】
智をわけて福徳荘厳あわせては
智慧荘厳と知るも尊し
【教主注釈】
涅槃経に説かるる二荘厳-即ち福徳荘厳は、歓喜の布施により智慧荘厳は、実践により身につくものといえる。
↑
教えの実践でついた知恵は、マインドコントロール満載の教団施設に誘い込む為の悪知恵である。そこには、金銭的(献金)、精神的(勧誘)、身体的(無償労働)被害となる取り組みが用意されている。
【今日の苑歌】
今蒔きて今日に収穫あらねども
努力重ねて稔り待つべし
【教主注釈】
まずこの歌に示す真理が本当なものであるが、今蒔いて今日に収穫を得ている人も多々ある。そこが此の教えの不思議でもある。導き手(経親や導き親)の信用によって霊界から特に救いを下さったものもあるが、初信者の場合は、これが真物(ほんもの)と思ってはならない。
↑
なぜ本当なのか。それが霊言によるバーナム効果で、本当に近づけられるのである。マインドコントロールの手法である。
【今日の苑歌】
常住の佛の教え世の末の
末の末まで楽土示さん
【教主注釈】
真如み教えは、久遠常住釈迦牟尼如来真伝の深法である。故に、今流行してのちに消える教えではない。子々孫々に伝え、末代かけて教えは弘まり、この世に楽土を顕現してゆくであろう。
↑
この教えは、信者が教師になる為に入れた架空の信者が水ぶくれとなり、会費は立て替えられ、水ぶくれ信者は増えるが、信者数は微減に操作され、教師数ばかり増えているのである。
【今日の苑歌】
徳という徳は特にと積めぞかし
積もりつもりて功徳とぞなる
【教主注釈】
徳をつくることは大切なことであるが、一度にしようと思っても中々出来るものではない。常に心がけて信仰の徳をつむことが大切である。
↑
徳が教えの意図で増えも減りもする。お力が流れてくる為のポイントを、教師や指導者になれば、下の者を操る為に操作できるのである。
【今日の苑歌】
世の中に道をば示す真理(みち)あれど
最後のみのり最上と知れ
【教主注釈】
名字功徳品には-八大河悉く大海に帰すように、この経は一切の煩悩結(因縁のかたまり)や諸の魔も降して摂受する-と、その真意が説かれている。
世尊五十年の説法の最後は即ち大般涅槃経である。
↑
この道が最高と表現したいようであるが、マインドコントロールの手法が詰まった道である。
【今日の苑歌】
苑人の佛に仕えまつらんは
まことこめての救いにぞある
【教主注釈】
苑人が仏に仕えまつるということは、涅槃像に仕えるのではなく三宝一体の僧伽(そうぎゃ)に生きる”まこと”即ち一如のまごころを以て大衆に奉仕することである。
↑
大衆に奉仕するのは、この教えに勧誘する為である。教義が勧誘、無償労働、献金の三つの搾取を言っているので、それをはぐらかすのに信者は苦労している。
【今日の苑歌】
貴賤をも貧富もわけずまことをば
尽くし伝うが佛子なりけり
【教主注釈】
世の人々は富貴の者をみれば競って媚び、へつらい、奉仕する。「貧しき者をみてはこれを捨て遠退く」という聖語があるが、この真意を知って、真如教徒は物によって差別することなく教徒の本分をつくすべきである。
↑
世の地位が教えの霊位に変わるだけである。教えに仕組まれた霊位向上の欲求に流されて、教えに貢ぐ行動をさせられるのである。
【今日の苑歌】
善法に従わなきは心にぞ
邪楽しむ心宿るらむ
【教主注釈】
涅槃の教えは有難い-とわかっていながらついてゆかれないことは、心の中になお仏より大切な欲楽というものを執持しているからである。
↑
涅槃の教えが有り難いと思えるのは、霊言によるバーナム効果でお力に救われていると思わされているからである。それは、悪循環である。
- 【今日の苑歌】
- み佛のみめぐみこそは世の果の
- はてのはてまであまねかりけり
-
- 【教主注釈】
- み仏の慈悲は摂取不捨である。このあまねき常仏の慈悲に結ぶことがお導きであり、この行いこそ尊い慈悲行である。
-
- ↑
- 遍くお力は最初だけである。霊言によるバーナム効果を更に焦らせようとして、勧誘しないとお力はいつまでも続かないと言われるのである。
【今日の苑歌】
教団の大いなるより一人をも
多く救わることぞうれしき
【教主注釈】
これは真導院様の入院中のお言葉で、今は教徒に残された尊い遺言となった。
↑
無断入信の信者を含めた、多くの人がこの教えに巣食われている。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自からの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
自惚れを去り、自らの非というものを覚って、人さまから「あわれな人よ…」と笑われることのない人間になっていくことである。
↑
教えに結ばれたのは徳が高いから、と自惚れ、お力に酔わされて勧誘する信者。その原動力は、お力が流れてこなくなる恐怖心である。
【今日の苑歌】
家々の佛檀こそはみ佛の
在(ま)す方向(かた)ぞ知るも尊き
【教主注釈】
「家々の仏壇は親苑に通ずる電話のようなものですね」と言われた教徒があった。尤もなことである。
↑
例えば、檀家の伝統仏教を大事にしている様で、心では「この宗教では救われない」と思うのが信者である。それを人に押しつけなければ、信教の自由である。
【今日の苑歌】
日日にすべてのことに対応し
菩提の糧となすは尊し
【教主注釈】
”なにみてもみ法示さぬものはなし 己が心に菩提ありなば”の苑歌と思いあわせ、日々に精進することが肝心である。
↑
何でも教えになぞらえて物事を解釈するようになると、その心の根底には教えのお力が流れてこなくなる恐怖心が根付いている。「あなたが勧誘して精進していくためにお力が流れていたけれど、勧誘しなければお力はいつまでも続かない。」と言われると、恐怖のトリガーが引かれるのである。
【今日の苑歌】
まこととは目には見えねどみ佛の
世界に通じる救けとぞなる
【教主注釈】
まこと-とは、身・口・意のいつわりない清い真実の行いで、その行いの根底にあるものはみ仏に帰命しまつる心魂(たましい)である。
↑
相手の為と無断入信もし、教団施設でカードも通す。増えるのは実態の無い信者と、ずるい信者である。
【今日の苑歌】
信心は観念(おもう)のみでは迷いなり
行い示し会得するもの
【教主注釈】
信心には、観念信心(拝むだけ)称名信心(題目や念仏などを唱えるだけ)実践信心(教えの如く歩む本当の信心)の三つがある。
↑
確かに、実践しなければ妄想であるが、その実践の内容が、自他に金銭的、精神的、身体的被害を与えるから不浄なのである。
【今日の苑歌】
世の中の宝の外の宝なる
教えの宝得るぞ尊し
【教主注釈】
世の中の宝は名誉・地位・金銀財宝等であるが、それらは失うこともある。真実の宝は教えであり、身に具わった信心の徳は子々孫々までを豊かにうるおすであろう。
↑
教えの宝は、霊言によるバーナム効果で妄想させられているのだから、元々無い。元々価値の無いものを複数の人に掴ませようとするから、マルチ商法とも言われるのである。
【今日の苑歌】
信心は耐えかぬことも耐えさせる
妙薬なりと知れよ世の人
【教主注釈】
あの時怒らずにこらえていてよかった-等ということはよくある。若し、思惟(いのり)なく、怒りのままに行動したら大変な結果になっていただろう、やはり、信心のおかげで救けられたのである。
↑
世間での怒りを教えが包容するようであるが、教えの世界では、おばちゃん指導者による適当なこじつけによる指導への怒りが募る。それらに対する怒りが心に結生するが、それは仏教の修行とはほど遠いものである。
【今日の苑歌】
大海のひろき教えをほどこして
他のためになす喜びぞ佳し
【教主注釈】
大海の教え-涅槃経は、一切の煩悩及び諸の誘惑を斥けて、世間法的な束縛を脱し、仕あわせになるために説かれたものである。故にこの真実を他のために説くことは喜びである。
↑
詐欺もカルト宗教も、あらゆる手口を取り入れ、同じところに行き着く。それは、八大河が大海に流れ込む様である。
【今日の苑歌】
霊言は出離を示す啓示ゆえ
こころに心してぞ聞くべし
【教主注釈】
出離とは、分かりやすく言えば運命を好転に導くための啓示(おしらせ)である。故に真剣に霊言を聞いて、それと取り組むことが大切である。
↑
霊言を持ち出すことがもう、仏教ではない。寄せ集めの宗教である。
【今日の苑歌】
我が為になす信心はそなわらず
他がために為しそなわると知れ
【教主注釈】
本能的なものをみたそうとする信心は本当の信心ではない。霊言にも「欲しい欲しいの餓鬼の心を超越して餓鬼を救うことができる」と示されている。自己中心を超越してお救けもできるのである。
↑
霊言のバーナム効果で、お力欲しい、欲しいの餓鬼の心が植え付けられる。他の為になることが自分の為になると言われ、教えの為に人を救うと称して勧誘するのである。
【今日の苑歌】
今日という日の吉凶を論ずより
今日の行い見かえるぞよし
【教主注釈】
み教えに一如していったなら日々が吉日でなくてはならない。日が悪いから災いにあうのではなく、自らの心・行いが至らないためである。
↑
み教えどおりに行うならば、人に信教の自由の侵害をしてまでも信じさせなければならない。その行いでは、吉日になるはずがない。
【今日の苑歌】
執われを思い切ってぞ因縁の
重きを知ると知れ世の人
【教主注釈】
執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。
↑
世の執着を捨てるが、その手段として霊言によるバーナム効果がある。霊的な因縁が示されていき、悪因縁として信者を縛っていくのである。
【今日の苑歌】
大海の如きみ法にあいまつり
常楽我浄と知るも尊し
【教主注釈】
すべての河が大海に帰入するごとく、すべての教えは大涅槃経に帰す-と、このような尊い教えに結縁されたことは、本当に尊いことである。
↑
解散命令が出た教団と同様な霊感商法をはじめ、あらゆる有効な手口が使われるのは、八大河が大海に流れ込むようである。
【今日の苑歌】
人の世の哀れになくも自らの
あわれを知らぬ人の多きに
【教主注釈】
教えや、教えの師を自分の見解で批判していたら、法友はその悪(非律不証)を見ぬいて、みんな離れていってしまう。
↑
教えに洗脳された信者が、選民意識でうぬぼれて、教えを信じない人を見下す態度を取ると、カルトに騙された哀れな人と思われるだろう。
【今日の苑歌】
世の中の憂きこと多きその中に
利他のまことに生きよ苑人
【教主注釈】
信心の道というものは、喜んで生きる。-と言うことである。喜べないことは自分自身に執われているからで、それを捨てれば本当の利他に生きられよう。
↑
教団内では喜びが満ちているように信者が振る舞っているが、その裏には霊因縁による恐怖に洗脳されている心の叫びがある。
【今日の苑歌】
権威をば振るってなせる教化には
形成りても実(じつ)は少なし
【教主注釈】
自分の地位や権力で入信させても、それは形だけであるから、その信心が喜びの実を結ぶまで手を引き教化する事が大切である。
↑
信者の持つ、最高の教えを信じていることで振るう権威は、その手口を知る人には通用しない。それを信者はいつまでも分からないのか。
【今日の苑歌】
御利益はまことの歩みの福利なり
歩まず乞うは邪と知れ
【教主注釈】
教えの如く歩んで行った時には、必ず運命が立て替えられて仕合わせになる。歩まずに御利益だけを望んでも得られるものではない。
↑
最初は入るだけでお力を頂ける。歩まなければお力は頂けないと言われる。お力はあなたが歩める為にある有限なものであって、歩まなければいつまでも続かないと言われる。そのお力を複数の人に求めさせなければならないので、お力がマルチ商法で掴まされる粗悪品に例えられるのである。
【今日の苑歌】
善友に近よることはよけれども
愚人の交際絶たばなおよし
【教主注釈】
涅槃経に、善友とは仏-と示されているが一面には一如の教徒ともいえよう。この意味に於いて、信仰を阻害するものは悪友である。
↑
善友は教えを信じる信者であるが、信じない存在には、信教の自由の侵害をしてまでも教えを押しつけようとする。それを許してはならない。
【今日の苑歌】
今ぞいま尊き性(仏性)を磨かんは
今を機会と知るも尊し
【教主注釈】
機会は再び来ない「今」今のひとときを活かし機会とする。
↑
ここで磨かれるのは仏性ではない。強いられるのは霊因縁から植え付けられる恐怖心による勧誘行動である。
【今日の苑歌】
常住のみ佛さまを慕いつつ
仕うる人ぞたのものしきかな
【教主注釈】
常住のみ仏を最上のものとして心のよりどころとし、喜んで仕えている人の姿を見ると本当にたのもしく、また楽しげである。
↑
常住のみ仏様を私が信じているから、と崇拝するのは自由である。それを根拠に人も信じなければならないと強いるのは、信教の自由の侵害である。
【今日の苑歌】
お済度は父母を救ける心にて
説けよ苑人これぞ道なり
【教主注釈】
お救けに行った時、相手を尊重する心は、父母に対して、話をするようなこころで、話を取つがせて頂くことである。
↑
教えの父母が発する力を求めて、それを人に勧めなければお力が無くなってしまう、と言われると焦る信者。それはお力のマルチ商法である。
【今日の苑歌】
歓喜積みお救けこそは積み磨き
奉仕は磨く徳と知れ人
【教主注釈】
歓喜は積む徳、奉仕は磨く徳、お救けは積み、磨く徳であり、この三つの聖行に徹していって、初めて因縁消除の真理を理解できよう。
↑
献金や勧誘のノルマへの衝動は、霊言のバーナム効果で高められていくのである。
【今日の苑歌】
他のために言葉やわらげ教ゆるは
菩提(めばえ)育てのまことなりけり
【教主注釈】
聴法因縁の三段階と言うことが教えられている。初信者には、やさしい言葉、態度で接し、相手の菩提の芽を育ててあげよう。
↑
優しい言葉でただ信じるようにさせるのは、思考停止を勧めているのである。教団施設のマインドコントロール手法によって、恐怖心が植え付けられて、お力を求めさせられるのである。
【今日の苑歌】
道に外れあゆむが故に事故起し
後の後悔先には立たず
【教主注釈】
教えの如く行わない信心は、道に外れてあゆむと同じ事である。軌道をはずれれば事故もおこるであろう。
↑
教えを信じないこと自体が道に外れることであり、信者は信じない人を不幸にしようとする。それも信教の自由の信じない自由の侵害である。
【今日の苑歌】
怠らず精進(はげ)み祈らん千代かけて
歓喜世界の出現(いず)る時まで
【教主注釈】
信心の道に終わりはない。生涯かけての精進である。そして終生精進できることが喜びである。
↑
信者の信じる歓喜世界の周囲の人は喜ぶ人ばかりではない。信者はこのねずみ講の教えを信じて、生涯かけて信じない自由を侵害するならば、居場所を失い続けるのである。
【今日の苑歌】
大乗の道も炭火と同じなれ
三つ四つ五つ合わせてぞ燃ゆ
【教主注釈】
信心の心も炭火と同じように、一つだけだと消えやすい。志を同じくする者が、四人五人と集まると、信仰も心も燃え求めることの喜びもわいてくる。
↑
集団圧力は複数人の中で、Aであるのに他の人がBと言うと、Aと思っている自分がおかしいのではないかと思ってしまう手法である。その手法も、信者による信教の自由を侵してまでも勧誘する行動に繋がっている。
【今日の苑歌】
常日頃まこと蓋して精進(はげ)みなば
それ、それ自体が真理(みち)に叶わん
【教主注釈】
怠るは死の道、励むは生への道である-という聖句があるが、高貴徳王菩薩品にも示されるように、楽(ねごう)て精進してゆくことが真理(みち)に叶ったことである。
↑
喜んで精進する姿は、教団施設や集会で演出されるが、その裏の因縁への恐怖心を人にも与えなければ救われない構造を見なければならない。
【今日の苑歌】
身は低く常に人にと和合して
高く菩提を求めあゆまん
【教主注釈】
実るほど頭をたるる稲穂かな-。だが教えはどこまでも高く求めていこう、仏の御内証を目ざして。
↑
信者が何故勧誘時に謙るのか。自らも与えられた、霊因縁による恐怖の不安を、人にも与えるねずみ講の手法を悟られないためである。
【今日の苑歌】
日日に踏まれて渡す橋のごと
菩提の橋となるぞ尊き
【教主注釈】
お導きにゆくと、世間からいろいろな悪口を言われる。それがふまれてもなお相手を仕合わせの岸へと渡す橋となることである。
↑
お導き(勧誘)に行くことは、自分が与えられた霊因縁による不安を複数の人にも与えて、教えを信じさせなければならない不安のねずみ算によって行動させられているからである。何を行っているか相手に悟られれば、悪く言われるに決まっている。