公務員が真の勝ち組アーカイブ最終更新 2024/01/15 17:591.ざぜんぼさつBWB1C坐禅菩薩(ざぜんぼさつ)。無我の境地。自由が無い絶対的安心感。公務員が真の勝ち組。テレビもラジオもNHK。ギャンブルはやらない。2023/11/26 20:02:527すべて|最新の50件2.ざぜんぼさつBWB1C坐禅菩薩(ざぜんぼさつ)。無我の境地。自由が無い絶対的安心感。公務員が真の勝ち組。テレビもラジオもNHK。ギャンブルはやらない。安全、安定、安心な人生。2023/11/26 20:10:523.ざぜんぼさつBWB1C私は真人間です。私は障害基礎年金を受給しながら就労継続支援A型で働いている統合失調症患者です。褒(ほ)めてください。坐禅菩薩(ざぜんぼさつ)。無我の境地。自由が無い絶対的安心感。公務員が真の勝ち組。テレビもラジオもNHK。ギャンブルはやらない。安全、安定、安心な人生。2023/11/26 21:00:334.犬鹿麦を喰うアハさんパシル語がイヌ麦を蹴リアゲ~♪(爆JksXr> 無我がわかったら坐禅しなくても良いとは思うんだけどどうなんだろうな。 』修行者、求道者、修行僧は、やはり さとりを求めて行きます。さとれば、さとりが無く、無我とは、真理(さとり)です、が 理解できるものでありませんく、まさに 体得します。その状態を 石、とも 言います。突然 ストーン と、自他が無くなります。これを 一と一は、二では無い。一の如し、一如である、言い表します。この一如に取り組む公案が有ります。両手で打てば音が鳴る。では、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい、と言うもので、これに取り組みました。ぜひ、とも取り組んでいただきたいものです。音を聞くのだが、片手では拍手ができないから、音が鳴らないので聞こえない。その聞こえない音を聞け、と 公案は いう。聞こえない音が聞こえる。 そこが 色即是空。 初関(しょかん)を透(とお)る。色とは片手の人が叩く拍手です。片手の人が叩く音を聞いた、そこが、色即是空です。真理(さとり) です。趙州従しん(ぢょうしゅう・じゅうしん)の無字の公案では長年かかってもなお悟れず死んでいく者も多かった事から、修行僧に対して白隠禅師が新たに隻手の音声(せきしゅ の おんじょう)の公案を与え、沢山の修行者に悟らせようと苦心した公案です。白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。>> 理屈っぽいけど、自他一如なら、あなたが叩こうがわたしが叩こうが同じ、わたしが叩きます、パンパンで終了。あとは自他一如、自分から心で隻手の人と一つになる。すると、相手の手を叩く音がきこえる。自他一如や自己の愛情、慈悲心を育てる公案だったとか 』 ありがとうございます。これは理解したり、解釈を咥えたりするものでじゃないので、お怒りを受けるともいますが、字句の解釈に拘泥するものではありません。先にも言いましたが、自他一如を体得する事です。あなたと私で、ぱんぱん。トンチ、になりましたね。片手の人が、です。置き換えて、これでどうだ、と言うわけにはまいりません。聞こえるはずのない、片手の人が叩く拍手の音を聞く、のです。2023/11/29 18:47:095.(。~^~)(~^~。) ポッたん も もちつけ9yC7s> 私をバカにしたければすればよろしい。その代わり、地獄行きである。地獄極楽。極楽地獄。一対のものだよね。なので、地獄は極楽が無いと成立しない。では極楽は、地獄がなければ、存在しえないのだろうか。そんな事は無く、極楽は、極楽そのもので、完結している。地獄は無用なのである。地獄の住人は、どうやって救われてて行くのだろうか。地獄が極楽だったんだ、と自覚する、みずから めざめる、こう知れば、そのところが極楽とも言わず、地獄とも言わず、公平無比の横一列の地平線、水平線であり、日が昇り日が沈み、月が昇り、月が沈む、自他が無い。 これが 大切だよね。2023/12/17 02:38:347.神も仏も名無しさんZNtqlサタンは怖い2024/01/15 17:59:38
無我の境地。
自由が無い絶対的安心感。
公務員が真の勝ち組。
テレビもラジオもNHK。
ギャンブルはやらない。
無我の境地。
自由が無い絶対的安心感。
公務員が真の勝ち組。
テレビもラジオもNHK。
ギャンブルはやらない。
安全、安定、安心な人生。
私は障害基礎年金を受給しながら就労継続支援A型で働いている統合失調症患者です。褒(ほ)めてください。
坐禅菩薩(ざぜんぼさつ)。
無我の境地。
自由が無い絶対的安心感。
公務員が真の勝ち組。
テレビもラジオもNHK。
ギャンブルはやらない。
安全、安定、安心な人生。
修行者、求道者、修行僧は、やはり さとりを求めて行きます。さとれば、さとりが無く、無我とは、真理(さとり)です、が 理解できるものでありませんく、まさに 体得します。
その状態を 石、とも 言います。突然 ストーン と、自他が無くなります。
これを 一と一は、二では無い。一の如し、一如である、言い表します。この一如に取り組む公案が有ります。
両手で打てば音が鳴る。では、片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい、と言うもので、これに取り組みました。
ぜひ、とも取り組んでいただきたいものです。
音を聞くのだが、片手では拍手ができないから、音が鳴らないので聞こえない。
その聞こえない音を聞け、と 公案は いう。
聞こえない音が聞こえる。 そこが 色即是空。 初関(しょかん)を透(とお)る。
色とは片手の人が叩く拍手です。片手の人が叩く音を聞いた、そこが、色即是空です。真理(さとり) です。
趙州従しん(ぢょうしゅう・じゅうしん)の無字の公案では長年かかってもなお悟れず死んでいく者も多かった事から、修行僧に対して白隠禅師が新たに隻手の音声(せきしゅ の おんじょう)の公案を与え、沢山の修行者に悟らせようと苦心した公案です。
白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。
>> 理屈っぽいけど、自他一如なら、あなたが叩こうがわたしが叩こうが同じ、わたしが叩きます、パンパンで終了。あとは自他一如、自分から心で隻手の人と一つになる。すると、相手の手を叩く音がきこえる。自他一如や自己の愛情、慈悲心を育てる公案だったとか 』
ありがとうございます。
これは理解したり、解釈を咥えたりするものでじゃないので、お怒りを受けるともいますが、字句の解釈に拘泥するものではありません。
先にも言いましたが、自他一如を体得する事です。
あなたと私で、ぱんぱん。
トンチ、になりましたね。
片手の人が、です。
置き換えて、これでどうだ、と言うわけにはまいりません。
聞こえるはずのない、片手の人が叩く拍手の音を聞く、のです。
地獄極楽。
極楽地獄。
一対のものだよね。
なので、地獄は極楽が無いと成立しない。
では極楽は、地獄がなければ、存在しえないのだろうか。そんな事は無く、極楽は、極楽そのもので、完結している。地獄は無用なのである。
地獄の住人は、どうやって救われてて行くのだろうか。
地獄が極楽だったんだ、と自覚する、みずから めざめる、こう知れば、そのところが極楽とも言わず、地獄とも言わず、公平無比の横一列の地平線、水平線であり、日が昇り日が沈み、月が昇り、月が沈む、自他が無い。 これが 大切だよね。