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サムライって知れば知るほどクソしょーもない連中ってかんじてきたんだがアーカイブ

1.
ユーザー
TYABa
農民のが圧倒的に強い
サムライは主君の奴隷で反旗を翻すことなんてほぼない

農民はよく謀叛を起こして大暴れする
合戦があれば落武者狩りで武士をぶち殺す


四六時中筋トレ有酸素運動状態で悪天候にも慣れてるので農民侍の腕っぷしと持久力は武家生まれとは比べ物にならない

奴らは故綺麗な服着て数時間のモータルコンバットごっこ遊びしてカッコつけてるだけ


しかも農民は食糧を作り出す母体なのでサムライという寄生虫は宿主が大暴れしたとしても寄生虫として宿主を殺すわけにはいかないので落武者狩りに対して村焼きなんかの嫌がらせをしていた

あと何かにつけて武士の情けなんて抜かして借金を踏み倒していた


で一番笑えるのはまあ確かに日本はサムライジャパンだわ

武士は食わねど高楊枝っていうのは武士は虚栄心の塊だから飯がなくても食ったフリしてゲジゲジやって威厳を保つって事なんだどまさに日本そのものやん

俺は農民 飛脚 中国インド人苦力 コサックのような強さを崇拝するよ

快楽主義者のジャップは見てくれだけの侍を尊ぶといい



あまりに農民が反抗的でかつ強すぎるから怖くて刀狩なんてやったんだから


サムライなんてこれっぽっちも崇拝なんてできる対象じゃない

まだ戦国時代ならまだしも江戸時代のサムライなんて刀持ってるだけの公務員だからな

思うになんで大日本帝国がここまで兵站を軽視したのか?って言ったらやっぱ武家屋敷家系の甘ったれのカス共が牛耳ったからやろな

寄生虫は自分らで食料を作る事がないからその大変さが身に染みてない

インテリな農民が日本の軍部掌握してたらまず何より兵站を最重要したと思う
農民は食糧こそが全ての基本
そして精神安定剤でもある、とその過酷な運命で学んでるからな
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49.
ユーザー
ncsSN
個人的に鎌倉時代の侍の蛮族エピソードが好き

元軍の記録

「話が違う。あんな大軍が展開してるとは聞いてない」

「てつはう使っても遠くから弓矢が飛んできてこっちの弓矢は届かへん」

「一晩に10艘は船が襲われて燃えてる」

「捕虜盾にしても最初から捕虜ごと殺しに来る。船に捕虜縛り付けても捕虜ごと船燃やしに来る。あいつらは人の心持ってない」

無茶苦茶書かれてる鎌倉武士団
50.
ユーザー
6s5Op
サイコパスなんだろ
人を暴力で支配するのを生業にしてるんだから
ヤクザ映画見てると、こういう連中が昔は侍やってたのかなと思う
51.
ユーザー
31SYI
>

>>47
そりゃ落武者狩りも流行るわ
こんなのが普通だったら負けてとんずらこいてるサムライなんて見つけたら身ぐるみ履いて八つ裂きにして干物にしてタコにしてやりたいわ
52.
ユーザー
31SYI
>>50
こう言うバカなサイコパス猿団をガトリング銃でミンチにする仕事あったらマジでやりたい

馬鹿ツラ晒して突っ込んでくる侍のど玉に鉛玉ぶち込んでやりたいね
53.
ユーザー
ISe3V
>>51
日頃の恨みを晴らすチャンスだし
弓矢失くして消耗したトコを囲んで殺して鎧や刀奪って売ればウハウハのボーナスタイムだもんな
54.
ユーザー
31SYI
何がしょうもないってサムライはカッコつけサイコパス奴隷だからアメリカ軍みたいな上位種がきたらクゥーンと靡いたところだよな
誇り高きアフガンのパシュート人戦士達とはえらい違いや

タリバンのパシュート人は掟に命を狙われて負われてる人間には誰であろうと匿って助ける義務があるみたいなルールがあって殺し合ってたアメリカ軍の兵士もこの掟で守られて一人だけ生還したこともあるそうな

サムライみたいなチンカス狭量なちょんまげサイコ猿にはこんな戦士の崇高さは無いやろなあ
55.
ユーザー
6s5Op
侍が強くて民を支配できてたのも、武器持ってるからってだけ
武器がなければただの人なんだよな
米も野菜も作れないからただの人未満か
56.
ユーザー
31SYI


>>53
報復で村焼きとかいう嫌がらせしてくるらしいな
でもどこまで行ってもサムライは農民の寄生虫なのでいくらムカついても全滅させたら自分らも死ぬので結局妥協するしか無い
実に哀れと思わんか?


57.
ユーザー
Lzf9V
>>55
しかも誇りと殺人ばかり教えられててすぐキレて手が出るからマジでただの猿

俺なら即座に頭を斧で叩き割る
これは昔障害者を間引いてた感覚でこりゃダメだ、という感覚で消すね

そもそも落武者ってなんだよ
普段誇りとか名誉とかうるせえのに逃げんのかよ

武士なら一人残らず負けたら潔く死ねや

これがサムライの真実

普段はイキってる癖に逃げれば助かりそうな逆境の局面では尻尾巻いて闘争

哀れ
落武者見かけたら八つ裂きにしてタコにして子供に遊ばせたるわな
落武者がのうのうと生き延びて隠れて生きてたらとりあえず殺しに行くわな
58.
ユーザー
Lzf9V
アフリカ人の代わりに侍を奴隷として掻っ払っていって欲しかったわ
59.
ユーザー
CAPrl
現代でも、暴力的で不真面目な連中がチンピラや暴力団になり、真面目に働いてる人々から金を巻き上げたりする
昔も同じだったんだろうよ
あんなのを日本文化の象徴みたいにもてはやすのはアホらしいよな
60.
ユーザー
RaiHW
鎌倉時代の侍と同じくらいヤベーのが九州の島津家さん

島津の退き口とか最高に頭おかしくて好き
こんなん農民には無理や

関ヶ原の戦いにおいて、
石田三成率いる西軍が徳川家康率いる東軍に敗れ、西軍は次々に各部隊が敗走。

その中で、最後まで陣から動かなかった島津義弘率いる島津軍(約300)が
敵中(約80,000)に孤立してしまう。

(中略)
かくして戦闘がほとんど終結していたにも拘らず、島津軍(約300)が東軍(約80,000)に向かって一斉に突撃を開始したのである。

普通なら鎧袖一触とばかりにズタボロにされるはずであるが、

猛将・島津義弘率いる戦闘民族薩摩隼人達がおかしいのか、
東軍にやる気が無かったのか、徳川軍本隊の目前まで一気に突破。

更にそのまま脇をすり抜けて伊勢路方向へ一直線に駆け抜けたのである。

最終的に家康の猛烈な追撃から殿様と80人が九州までダイナミック帰宅
61.
ユーザー
vSEeS
>>60
訓練すれば農民のがすげえことやってくれるよ

肉体の屈強さは農民のが上だからな
粘り強さも持久力も


尊厳を持たせてもらえないからすぐ敗走してしまう傾向があるだけな

あとサムライなら騎士のが男らしいよな
女には優しくしなきゃならんって奴らだし

武士ってそんなもんないだろ?
62.
ユーザー
OlT0N
>>61
騎士も戦乱時代の騎士は蛮族みたいなモンやで
鎌倉武士と大差ないわ
農民から略奪レイプ当たり前
63.
ユーザー
vSEeS
>>60
まあ追い首は武士の恥ってのもあるし東軍からしたらなんかこっちに向かってきてるけど多分逃げる方向がこっちにしかないからこっちに突っ込んでまくるんだろうって失笑しながら傍観してた武士が多数
武士でないので追い首上等の農民兵士による刈り取りで220人死亡って感じだな
哀れ!
64.
ユーザー
vSEeS
>>62
そうかなら戦士階級はろくでなしの寄生虫やな

マムルーク朝のように農民上がりを武士に鍛え上げた方が武家育ち集団より最強になるんやないか?
65.
ユーザー
vT4WM
66.
ユーザー
OlT0N
>>63
これならどうや
島津さんが朝鮮戦役で暴れたヤツ

泗川の戦い(しせんのたたかい)

泗川(しせん)の戦いは、
1598年に島津義弘率いる島津軍(約7,000名)が、
泗川城において明・朝鮮の連合軍(約4万~10万名)を大撃破した戦いです。

展開:
島津軍はわずかな兵力で籠城しつつ、敵を城の近くまで引きつけてから城門を開いて突撃しました。

この奇襲と鉄砲隊の活躍により敵は大混乱に陥り、連合軍に数万の損害を与えて壊走させました。

この戦いにおける島津軍の大活躍は「泗川の戦い」として語り継がれ、

島津義弘の勇名は明軍から「鬼石曼子(グイシーマンズ=鬼の島津)」として恐れられるきっかけとなりました。
67.
ユーザー
OlT0N
>>64
キミの言うシステムは四国統一した戦国大名の長宗我部さんがやっとるで

長宗我部元親と彼が率いた「一領具足」は、
土佐(現在の高知県)を基盤に四国統一を果たした戦国大名とその軍事制度です。

一領具足(いちりょうぐそく)とは?

平時は農業に従事し、有事の際には武器と鎧(具足)を一領(ひとそろい)持って直ちに参戦する「半農半兵」の強力な軍事制度・兵士のことです
68.
ユーザー
Iu41T
>>58
実際天下泰平になったら邪魔になった牢人とかヨーロッパに出稼ぎ(実際はほぼ奴隷扱い)に行って異国で寂しく死んでいったで
69.
ユーザー
OlT0N
>>63
追撃に徳川家四天王も参加して本気も本気やで

勝ち確定の戦で家康本陣の近くまで敵に迫られて逃がしたら天下人確定の家康からどんな仕打ち受けるか解らんから部下は必死よ

ほんで追撃した徳川四天王さん大怪我しとる
島津さんも死を覚悟し殿で残った猛将の甥っ子ちゃん死亡
70.
ユーザー
fxLnS
昔父上が、ネトウヨが我が高貴なお家の美しき門の前を通り過ぎたってんで、その生首を飾っていたらしいわ。そういうのと何か関係あるのかな。
71.
ユーザー
ezUGJ
普通の足軽が正に
半分農民で半分兵士という存在

最強の農民がいて戦に足軽として参加し
戦で活躍したら侍にクラスチェンジ出来るシステム

天下人の豊臣秀吉とかも農民あがりだし
後の戦国大名も初期の頃は農作業やってる弱小足軽というのは珍しくなかった

「足軽」は「領地」を持たない者が
多いため忠誠心が無く、鞍替えを自由にしていました。

それに「開墾領地」を与えることで定着化させ
「長宗我部家」に組み込みました。
これが一領具足
72.
ユーザー
mDy9u
戦国大名の中で出自が不明とされている人達(農民などの低い身分からスタートしている)

豊臣秀吉(農民出身と言われてる)
松永久秀(資料ゼロなので多分一番低い身分でスタートしてると思われる)
福島正則(農村出身)
斎藤道三(油売りではなく僧侶)
石田三成(地方の土豪)
73.
ユーザー
mDy9u
藤堂高虎
足軽や浪人を経験しながら多くの主君を渡り歩き、最終的に徳川家康に重用されて伊予今治藩の20万石を超える大名
74.
ユーザー
CAPrl
蛮族エピソード面白いな
やばい連中ばっかり
俺らのご先祖さまはよくもまあこんな世の中で生き残ってこれたものだ
75.
ユーザー
RaiHW
蛮族エピソードならこっちもオススメや
5番と6番が蛮族過ぎて草生える

アイツら人質使うって事は人質使うのアイツらには有効なんじゃね?ってなってたそうや
(鎌倉武士は特に気にしない)


元寇の鎌倉武士団打線(最新の研究)

1(中) 壱岐対馬は最初から見殺して相手の戦法を見極めてた

2(二) 既に出兵5か月前に出兵の時期を想定し鎌倉武士団を大宰府に展開してた

3(一) 相手が人質を楯にして攻めてきても関係なく矢を射かけまくってた

4(三) 2度目は30キロの防塁を沿岸に、20キロの空堀を博多の南に、10キロの水堀を大宰府に築いていた

5(遊) 博多が略奪されてるのは目に見えてるので、敵が来る三日前に博多を略奪しつくしてた(鎌倉武士団が)

6(右) 2度目の時はモンゴルに倣って人質を楯にして攻撃してた

7(左) てつはうにあんまり動じずそのまんま徒歩で戦ってた

8(捕) 2度目の時は夜襲しまくって眠らせなかっただけじゃなく相手の船に牛馬の腐乱死体を積極的に投げ入れてた

9(投) 元軍が壊滅した後、取り残された元軍の内、宋人は助命したが高麗人、モンゴル人は負傷者も女性も含めて皆殺しにしてた
76.
ユーザー
SSIrC
まあ海賊がカッコいいってのと同じようなもんやろ
77.
ユーザー
RaiHW
鎌倉武士の時代とか世界の戦士階級の連中の蛮族ぶりは何処も似たようなモンだからな

戦争中の食事は攻め込んだ先で略奪レイプ
それが普通の時代
78.
ユーザー
DhPTj
世界的に忍者の方が圧倒的に人気だしなw
79.
ユーザー
RaiHW
男衾三郎絵詞(鎌倉武士家の教え)

家を継いだからには心がけねばならない事があるで!
戦時に馬の餌にするのだから庭草はボーボーにしとくんやで!

調練場の端には生首を常に絶やすんやないで!
人殺しも忘れるんやないで!

門前を横切る乞食や僧侶、修験者はとても有益なものや!

すばしっこく逃げるため弓の標的として活用するやで!

武士と生まれたからには殺しまくるんやで!

う~ん蛮族
80.
ユーザー
RaiHW
侍の本懐とは、舐められたら殺す~
バンデット -偽伝太平記 河部真道作

鎌倉時代末期を描いたマンガ
(逃げ上手の若君のちょい前のお話)

https://i.imgur.com/SQgG2vP.jpeg
https://i.imgur.com/1pnwna3.jpeg
https://i.imgur.com/Bs1zZdW.jpeg
https://i.imgur.com/MHR0ZZa.jpeg
https://i.imgur.com/0xIx0Oc.jpeg
81.
ユーザー
jrXts
農民が本当に強かったら年貢取られてないよね
82.
ユーザー
9FrGR
武士って騎士とは違うのかな
83.
ユーザー
uzAwL
>>76
海賊は反体制だから士とは真逆では
84.
ユーザー
ceeP4
お前らはネットザムライだよな
85.
ユーザー
NnQ17
蛮社の獄は日本人の陰湿さが現れてる
あの頃はもう戦士というより「公務員」という感じだったと思うが
86.
ユーザー
wgBDg
>>82
武士も騎士も歴史が長いから初期のノリは似てる気がする
どっちも組織化と形骸化が進んだあとのイメージが強いけど
87.
ユーザー
J8bOU
中世ヨーロッパの騎士は「高潔な英雄」として描かれがちですが、実態は「野蛮な暴力装置」でした。

残虐な略奪や暴力が日常化しており、彼らの凶暴性を抑制しキリスト教的・道徳的な規範として生み出されたのが、後世に伝わる「騎士道」の実情です。
88.
ユーザー
XjUXU
騎士も武士も似たようなもんやな
野蛮な暴力タイプを統率するためにあれこれ試みてる
武士道の役割はそれだな
89.
ユーザー
ImRWK
落語に出てくる武士はわりとしょうもない
90.
ユーザー
JS7GO
瀬戸内海の海賊って海の武士だよね
91.
ユーザー
J8bOU
近代の1949年(ジュネーヴ諸条約)以降ですら
戦争に伴う略奪やレイプを完全に無くすのは現在でも国際的な課題として残っている

近代までは戦争に伴う略奪レイプは西洋東洋、騎士サムライ問わず当たり前の行為であり続けた

なんなら聖書ですら(特に旧約聖書)には、戦争における戦利品として女性を連れ去ることや、略奪を許可していると解釈されうる記述がいくつか存在する
92.
ユーザー
8MmGR
鎌倉武士に負けないぞ!
我らこそ蛮族!
中世騎士の蛮族エピソード

十字軍における住民虐殺と略奪
(1099年)

第1回十字軍でエルサレムを占領した際、騎士たちは市内のイスラム教徒やユダヤ教徒(女性や子供を含む)を無差別に殺害し、街中が血の海になるほどの惨劇を引き起こしました。

キリスト教の名の下に行われた残虐行為ですが、実際には凄惨な略奪が目的であったとされています。
93.
ユーザー
8MmGR
敵を捉えたぞ!
コホン、命が惜しいなら解ってるね?
なにぃ!金がねぇだとぉ!?
奴隷行きかSATUGAIだな!

騎士道精神は「同じ身分の騎士には礼儀正しく」というものでした。

そのため、敵の騎士は捕らえて身代金を要求するために丁重に扱われましたが、身代金を払えない一般の兵士や農民の捕虜は、容赦なく惨殺されるか奴隷として売られました。
94.
ユーザー
8MmGR
あ~何かつまんねぇな…
農民苛めてスカッと爽やかな気分になるか!
う~ん金がねぇな…
いっちょ通行人から金を巻き上げるとするかぁ!

騎士は武力を独占する支配者層であり、しばしば領地の農民に対して略奪や暴行を行いました。

中には自分の城に立てこもり、通行人を襲う「盗賊騎士」と化す者もおり、農民から過酷な税や作物を力づくで奪い取ることは日常茶飯事でした。
95.
ユーザー
8MmGR
敵城を落としたぞぉ!
野郎共!降伏拒んだ敵城だからやりたい放題無茶苦茶やって良いぞ!
略奪レイプSATUGAIなんでもオッケー!

都市を包囲して降伏を拒否された場合、騎士たちは都市を陥落させた後に住民を皆殺しにし、建物をすべて焼き払う「見せしめ」を行いました。

こうした行為は戦術として正当化されており、捕虜の虐殺や民間人への暴力は戦時において当たり前のことでした。
96.
ユーザー
8MmGR
神父「騎士が野蛮過ぎてやべえ…日曜日はせめてSATUGAIしないようにしましょうよ!ねっ!ねっ! 」

中世騎士「えー…やだー」

騎士たちの暴力と略奪があまりにもひどかったため、教会は「神の平和」や「神の休戦」と呼ばれる運動を起こさざるを得ませんでした。

これは「日曜日は戦ってはいけない」「農民や聖職者、女性を攻撃してはいけない」という、現代から見れば当たり前のことをルールとして決めなければならないほど、騎士たちが野蛮であったことを示しています。
97.
ユーザー
8MmGR
鎌倉武士「ほぅ…中々の蛮族っぷり…やるじゃん!」
98.
ユーザー
BHttc
武士道も騎士道も管理者視点の努力目標みたいなもんだよな

歴史物語に出てくるネームド武士やネームド騎士は
元から身分も財力もある人だから自制が効くだけで
戦で飯食ってる現場の人材はそうではなかった
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