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【日本】《邪馬台は「ヤマト」と読む》「邪馬台国はどこにあったのか論争」に歴史学者が画期的新説アーカイブ

961
すべて
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最新の50件
2.
ユーザー
LI3Jc
存在してなかったと思う
3.
ユーザー
31uae
今現在その場所すら特定されてないだろ
4.
ユーザー
kL5on
ヤマトなら奈良県でしょ
5.
ユーザー
2YTU6
あったのか論争よりもなかった論争だよね
6.
ユーザー
bBFQU
>>4
福岡県山門郡というのがありまして
7.
ユーザー
kL5on
まじか!
8.
ユーザー
O85Ln
魏志倭人伝をちゃんと読めば邪馬台国がどこにあったか分かるよ
9.
ユーザー
797vI
これ、画期的な新説なの?
10.
ユーザー
LI6CZ
いや、そんな説は昔からあったしむしろ素人ほどそう考えるだろう。
専門家ほどひねくれて考えがちだから。
11.
ユーザー
VX2Dh
北九州説が有力だ
12.
ユーザー
VX2Dh
卑弥呼が大陸の魏王からもらった金印が発掘されれば分かると言うが、それが簡単じゃない
13.
ユーザー
Tv06j
中国人のゆうことは当てにならんって言ってんのに、
技師倭人伝だけは100%信用するのなんでなん?
14.
ユーザー
Hydcm
さらば恥丘よ
15.
ユーザー
V4ONV
熊本だよ
ホテル邪馬台国があるだろ
そこへは山々を越えて辿り着く
16.
ユーザー
bBFQU
>>13
朝鮮人よりは当てになる
17.
ユーザー
N4UMg
>>13
当時は中国人なんていなかったわけだし
18.
ユーザー
YOPrs
大和が発足した当時、ヤマトとは読んでない
倭国の代表を表す大倭として発足し
和へ表記を変えたのは奈良時代中期ごろ

つまりそれまでの読み方はタイワ
19.
ユーザー
HrTz2
邪馬台と書いてヤマトと読む
ヤマト!
20.
ユーザー
ONp4q
山門(やまと)と水門(みなと)が対語だろ?
本来は九州の山門地域が起こりだと思うが。
21.
ユーザー
HPfLH
結論書いてないな
22.
ユーザー
LI6CZ
>>18
現代でも大和を「やまと」と読めるのは知ってるからだよな。
どこをどう読んだら大をヤマ、和をトってよめるのだろうか。
23.
ユーザー
YOPrs
隋と外交をするにあたって、かつて交流があった邪馬台国の知名度を利用して
大和をヤマトと無理やり読み替えた
24.
ユーザー
6aQDs
まあ、魏呉蜀が覇権を争ってた一種の戦国時代だろ
俺が邪馬台国の使者なら、正確な都の位置は敵国になるかもしれない奴等には教えない。
魏国は呉と倭国が同盟を組んで挟撃されるのを警戒してたから、倭国と親交したけど
逆にいえば、魏に余裕ができたら倭国に攻め入って来る可能性は高いだろ
ぜってーに、ほいほいと教えるわけがない
25.
ユーザー
ONp4q
>>22
百済をクダラと読むのも、日本が記録して残った音だったよな?
26.
ユーザー
m7I6h
1にあるソーズ元にごちゃごちゃ過去の日本語の地名や過去の漢字の読み方を書いて説明してあるけど、隋書の倭国伝に「邪靡堆に都する。すなわち、魏志いうところの邪馬臺」って書いてあるんだから隋書が書かれた三国志の時代から300年くらいしかたってない頃の中国人が邪馬台っていうのがヤマトに近い音って判断しているのが強く推認できるんだから日本の古代の読みを考察するほどのこともないと思う…
27.
ユーザー
oBgQQ
無茶苦茶だ
28.
ユーザー
0uK5h
邪馬台国のお姫様なら明日香村
キトラ古墳のさらに奥深くで
永遠の眠りについてるよ。
明日香と書いて飛鳥と読む。
飛鳥文化の中心地。
29.
ユーザー
KNNhy
そうだ我々が待ち望んだヤマトだあああ!
30.
ユーザー
hwch0
馬とかあんまり使ってなかったからじゃね
31.
ユーザー
LTkKR
韓国でしょ。
32.
ユーザー
oBgQQ
>>30
馬は一時期衰退したんだよ
馬を使ってたのは西より東。

応仁の乱くらいで騎兵は一回消えて鎌倉とかの時は歩兵中心。
武田軍とか騎兵隊使ってたけど、日本は騎兵は一時期衰退してた。
33.
ユーザー
2mqRG
ハニワ原人全滅だ!
34.
ユーザー
HPfLH
100余国って書いてあんだから、村の集合体でしょ
35.
ユーザー
dyd6X
日本全体を邪馬台国(やまと)としてたかもね!ってことかに?
倭 だけでもヤマトぅって読むよ!ってことね
36.
ユーザー
Hkn2J
妄想を長々と読まされてしまった。
37.
ユーザー
21ZUG
邪馬台Q
38.
ユーザー
hEOzc
邪馬台国や卑弥呼は当て字だろ
39.
ユーザー
TkVQb
日数を間違える可能性の方が低い

東南に陸行すること五百里にして伊都国に到る。
郡使往来し常に駐する所なり。

壱与は倭の大夫、率善中郎将、掖邪拘等の二十人を遣はし、政等の還るを送る。
因って、臺に詣り、男女の生口三十人を献上し、白珠五千孔、青大句珠二枚、異文雑錦二十匹を貢ぐ。

帯方郡の使者張政が伊都国にきて(水行20+10 陸行一月)×2往復
このくらいの期間待って張政は帯方郡にもどり
倭の使者はそのまま洛陽に出向いて返礼の貢物を届けている

日数を間違える可能性は低い

方角を南と間違えて伝えたのは帯方郡太守の戦略ではないか
海を渡って倭人に建業を攻めさせる
40.
ユーザー
HxNcR
じゃ、Java大国
41.
ユーザー
TkVQb
3世紀半ばの九州って権力者スカスカだからね
九州の権力者はどんどん減って
2世紀末伊都国平原1号墳の女王
七が瀬の大王の遺構を最後に九州北部から王が消える
再び現れるのは3世紀半ばの那珂八幡
3世紀初め九州では王不在の期間がある
42.
ユーザー
oBgQQ
これはもしかして
大和政権の神武天皇のことをさしたいのか?

確かに神武天皇だか天照だかを
卑弥呼とかいってる話は見かけるけど

大和政権って渡来人でしょ明らかに。
熊襲とかを古事記だか日本書紀で討伐する話とかあるわけだし。
43.
ユーザー
TkVQb
那珂八幡は前方後円墳ね

3世紀初頭 九州は王不在
↓
3隻半ば 畿内発祥の前方後円墳が九州で出現

この流れね
44.
ユーザー
3Nhsb
5ちゃんの邪馬台国スレは、多分常におんなじ奴だと思うけど大量のアカウントで似たような九州説支持が書き込まれるよな。
多分こういう学者が九州説が捨てられないように必死に工作していつまでも研究が進まないんだろうな。
45.
ユーザー
HEjki
>>1
いまさら、、
魏が聞き間違えた邪馬台国なんてわかりきった事を。

だいたい邪馬台国ってどういう語源なんww
46.
ユーザー
9isfP
九州人が発狂するスレw
47.
ユーザー
HEjki
卑弥呼も火の巫女に当て字しただけやろ。
48.
ユーザー
aMQMR
この話題いつまでやるんだよ
49.
ユーザー
L2FeT
「当時の人はどう読んだか?」なんてテープレコーダーがあるわけも永遠に分からない
弥生時代に書かれた魏志倭人伝
対馬や壱岐でも当時は寒冷だったと書かれている
だが邪馬台国は酒を飲み絹をまとい老人も生活できる豊かさだとある
鉄器のクワとか使用して稲作もあると
憶測なんかより魏志倭人伝にある壱岐より温暖で穀物がよく取れる穀倉地帯で
鉄器と絹の生産が見られた地域を探ればいいだけの話し
弥生時代の絹は九州と福岡で多くみられる
他は無い、弥生時代初期の鉄器も九州で多く他は無い
温暖というと壱岐より温暖だと熊本、鹿児島、宮崎あたりか
それらで穀倉地帯まで含めると佐賀と福岡も入れてもいいか
まぁ奈良とか何も弥生時代初期のものが出ないところはお話にならない
寒いし穀倉地帯でもないし
50.
ユーザー
3t1J3
音(言葉)が先で
記録するために文字が当てはめられたから
アイデアやこじつけが出てきて
色んな説が生まれてしまうのね
51.
ユーザー
3Nhsb
>>42
アマテラスなら岩戸伝説自体、渡来して来た知識層が土着の未開日本人に必死に歓待されて文化を分け与えて、その結果敬われる、って話に思えるよな
52.
ユーザー
TkVQb
おじさんたちは吉野ヶ里フィーバーで九州有利だったからな
アップデートできてないおじさんが騒いでる

吉野ヶ里は環濠集落防衛ラインの中核てだけで邪馬台国ではない
熊本鹿児島の狗奴国との戦いで前線になりうる場所に女王がいるわけないだろ

女王はもっとも安全な場所にいる
53.
ユーザー
rd0T3
ノー、ヤメィトウ!
54.
ユーザー
oBgQQ
>>51
天岩戸神社とか言い出すの?
宮崎にあるけど大和政権は大和政権で切り離そうよーー

明らかに大和政権の前と後で文化違うでしょ。
蘇我氏とか明らかに朝鮮文化圏だし。
55.
ユーザー
JnYc4
鋼鉄ジーグはイタリアで有名
56.
ユーザー
3Nhsb
>>54
言い出したのあんたでしょw
分裂症かよw

42 名無しさん[] 2024/05/02(木) 23:24:11.89 ID:oBgQQ
これはもしかして
大和政権の神武天皇のことをさしたいのか?

確かに神武天皇だか天照だかを
卑弥呼とかいってる話は見かけるけど

大和政権って渡来人でしょ明らかに。
熊襲とかを古事記だか日本書紀で討伐する話とかあるわけだし。
57.
ユーザー
o2VfR
自分でネタを振って、突っ込んで来た奴に更に突っ込んで悦に入るのは基本
58.
ユーザー
TkVQb
魏の使者が伊都国に来るのでそのための防衛ラインの中核が吉野ヶ里ってだけ
https://www.yoshinogari.jp/.assets/yoshinogari_site_peripheralmap.jpg

藤原京より前の天皇は庶民とは住まない
豪族貴族
纒向が小さい?当たり前
天皇が住む場所は平城平安の規模がある?
後世はそうなるがこの時代はそうなってない
天皇の住まいは小規模
59.
ユーザー
nKH3J
偉い人が言ってた 中国は属国に卑しい漢字を当てて書く習慣があったから

大和大国→邪馬台国
日巫女→卑弥呼

まぁ日巫女は天照大神だわな
60.
ユーザー
S2xua
やはり奈良あたりなの?
61.
ユーザー
oBgQQ
>>56
卑弥呼は政権違うでしょ。

古墳時代と弥生時代の政、とくに神事ごと。
巨石信仰とかのアメニズムとかも古墳飛鳥くらいには薄くなるわけだし。

卑弥呼は大和政権とは違う王族になると思うけどね。
熊襲とか、隼人とか。もしくは他の場所の九州に限らず。

馬台国がヤマトにするのは滅茶苦茶すぎる。
62.
ユーザー
vou11
神社といえば福岡の山門(やまと)近くに
ハートマーク♥の恋木神社てのあるなw
63.
ユーザー
VilyI
壱岐島だよ
64.
ユーザー
3Nhsb
>>61
あんたが天照ネタを振ったから返しただけだろ、
>>57が正解だな、無理やりスレと関係ない、自分が書きたい事に誘導するやつはあぼーんするわ
65.
ユーザー
ynXU2
「新説」ではないだろ

タイトルの付け方をわざとセンセーショナルにしたいがために、言葉をチョイスしたような印象がある
だから、あえて悪意ある言い方をすると「焼き直し」じゃねーかって思ってしまう

多分「埋もれていた説を再評価」とか「再発見」みたいな表現のほうが適切だろ
66.
ユーザー
dHM6O
邪馬台と書いてじゃなくてヤマトに邪馬台を充てたんだろ。
67.
ユーザー
QsV6c
金印がそのへんに捨てられてたんだし
大和朝廷には繋がらないと思う
68.
ユーザー
rgnyv
>『魏志』倭人伝には、「どこから、どちらへ、どれだけ進めば邪馬台国へ着く」という行程記事が明記されている。その通りに進めば邪馬台国に着くはずなのだが、着かない

魏志倭人伝も後世の記述な訳だから、割と正確なスタート(帯方郡)→半島西岸沿いに伽耶(任那)→島嶼地区→九州上陸(〜太宰府)ルートは記述当時の時期には地図に落とし込まれてて正確に書けるよな。
あとは地図もないし適当に書いたんだろうけど、上陸→陸行→短期水行→陸行→長期水行→再上陸→邪馬台国があってるとしたら九州は離れてるもんな、まあ西都原くらいなら有り得るのか?
でも北九州あたりから水行10日陸行一月なら瀬戸内海で大阪あたりか黒潮に乗って紀伊半島に上陸して畿内、って流れのが有りそうだよな。
69.
ユーザー
Gr1GK
大和川は生駒山地と金剛山地の間を流れる
https://www.jiban.co.jp/images/tips/kihon/ground/prefecture/osaka_tikei.gif
主要海運路でもあり山の門みたいに見えたんじゃないか

旧法隆寺とその近くにあった厩戸王の住まいは
大和川の近くで隋の使者裴世清をもてなした

3世紀初頭九州は王の墓にふさわしい副葬品がある遺跡未発見
そして3世紀半ば福岡市内で前方後円墳の出現

当然のことだが
王にふさわしい遺構が見つかれば自分は意見を変えるぞ
ただ今のところ見つかってない
70.
ユーザー
YuNLa
もう愛知県でいいよ(´・ω・`)
71.
ユーザー
D7vfB
日本書紀「唐と戦争したのは倭国。我々は日本で邪馬台国。百済、新羅、高句麗は倭国」
72.
ユーザー
vVUzW
いやしい とか よこしま とか 悪意に満ちてて嫌なかんじだよね
73.
ユーザー
to2iA
卑弥呼=神功皇后
邪馬台=大和朝廷
百余歩の墳墓=箸墓古墳

何度も言わせるなよ恥ずかしい
日本人なら死ぬまで覚えておけな
74.
ユーザー
Q5Vy6
ヤマトの諸君が一言
↓
75.
ユーザー
IQNwP
鋼鉄ジーグに出てくる
76.
ユーザー
JJmKW
滋賀でいいよ
77.
ユーザー
3YkGR
八丈島あたり
78.
ユーザー
H0Z2D
>>42
現日本人=古墳人=中華からの入植民
79.
ユーザー
ep0xK
過去ばっかり見ててもしょうがないだろ
大事なのは現在・未来だ
80.
ユーザー
3eERy
国なら漢帝国から金印を貰っとる
古代日本で国と認められたのは光武帝から金印貰っとる博多の奴国しか実在してない
奴国が邪馬台国に拡大した可能性は高い
親魏和王の金印もこの地域から出土されるだろう
81.
ユーザー
rA81t
日本国家黎明の首都だからはっきりさせないといけないです。
82.
ユーザー
PVoT3
邪馬台 ジャマたい

これは九州弁だな
83.
ユーザー
ZfyNz
>>78
中華というよりはチベットとか満州族
中華は漢民族が世界の中心は我々だっていう主張の表現
84.
ユーザー
PVoT3
漢字なんだから中国に近いところが有力

やはり九州
85.
ユーザー
rwRcw
メキニメキニヌダラダラ
86.
ユーザー
hzMpR
うちの田舎で古墳と金印が出たそうだが、工事が止まったら大損害だからそのまま埋めて金印は近所の教師に渡されたって近所の教師がゆって見せてた
87.
ユーザー
FTHQa
台与をトヨと読んでる時点で「台=ト」は確定だろ
88.
ユーザー
hQYAZ
馬鹿めと言ってやれ・・・・・・馬鹿めだ
89.
ユーザー
H0Z2D
>>83
いや、集団的パレオゲノミクス解析の結果は
弥生人は北東アジア人のゲノム60%だが古墳人は東アジア人(つまり漢族系の祖先)のゲノム70%で現日本人と一致した
https://www.kanazawa-u.ac.jp/rd/96414
弥生人と古墳人は日本に入植した時代が違う
https://www.tokyo-np.co.jp/article/136006
90.
ユーザー
ZfyNz
>>89
沖縄、関西、東北の3系統に分かれるって話でしょ?
漢民族っていうのは少し疑問が残るけどなぁ

一歩引いて朝鮮ならミトコンドリアでわかるんだが
ttps://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/gf_14/4/notes/ja/04saito.pdf
91.
ユーザー
FDI8R
大きな和と書いてヤマトと読むのは服部レベルで謎
92.
ユーザー
YnP0P
久しぶりだなヤマトの諸君
93.
ユーザー
FDI8R
地名って大抵が当て字らしいね
田んぼを埋めたから埋田
それでは字面がよろしくないので梅田にしてみましたみたいな
94.
ユーザー
yM1mq
大阪住んでるけど「ヤマトの国」なんてアニメ火の鳥でくらいしか知らんかったなあ・・
JR桜井線 巻向駅か・・今度のんびり遺跡めぐりに浸りたいもんだ
95.
ユーザー
FDI8R
ヤマのウシロで山背
ダジャレじゃんね
96.
ユーザー
BPbW9
卑弥呼が中国と交流していたのに文字がないわけがない
邪馬台国の痕跡がないのは滅ぼされた後に洪水ですべてが土石流で埋まってしまったからで墓も荒らされてしまったから特定できない
97.
ユーザー
FDI8R
>>96
そもそも文字を残す媒体がなかった
彼らの神話は基本的に口伝で残すというような掟があった
仮説はいくらでもあるよ
98.
ユーザー
nZ37j
名称論は昔からあるし、纒向遺跡(奈良県)から大型構造物が見つかってて、そこで卑弥呼が生存していた時期のものと『科学的』に一致する大量の桃の種も見つかってる。

また魏志倭人伝でも邪馬台国への行程の記載で
現在の福岡北部までのルートはほど議論の余地なく確定で、意見が分かれる「水行十日、陸行一月」の解釈だが無理やり九州方面だと仮定すると時間と距離でかかり過ぎてて南洋上に飛び出してしまう。

物証や記録からみて合理的なのは昔から畿内説で、九州説は大陸の玄関として使われてた頃の形跡に縋ってる諸説の一つだろ?
99.
ユーザー
ZfyNz
畿内でもなく、キリスト教のような異教を自国に取り込んだ可能性もあると思う。
大和が渡来と仮定して、対馬とか離島は可能性ある。

日本書紀にも古事記にも九州遠征は記載されていて王朝潰しに行く話は残ってる。
卑弥呼が大和政権に絡んでいたら、神武天皇とか書かれているあそこに記載されていないとおかしい。

大和政権とは別で、どこかの王族または天皇だったが一番すんなりな気もするけどな
古墳があるという考え方も、もともと古墳はない文化ってこともありえると思うのだが。
100.
ユーザー
FgtOA
場所論争よりも大和政権の前身なのか違うのかが重要だな
101.
ユーザー
FgtOA
ただ卑弥呼は子が居なかったとはっきり書かれてるので天皇=卑弥呼の子孫ではない
102.
ユーザー
FgtOA
ただ正統な後継者の台与については若かったこともあって子については不明
103.
ユーザー
ZfyNz
箸墓古墳は倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)とする説はあるけど
まず何で倭をヤマトと呼んでるのか。

ついでに父親の孝霊天皇が128歳で崩御してるけど
128歳ってどうなのか。古墳は奈良にあるけど。

奈良有力説も、難しいんだよな。


卑弥呼の時代はちょうど弥生の終わりの文化入れ替えの時だから
さらにややこしいんだと思う。
下手したら日本を調べるより中国の歴史書をいくつか調べて審議した方が早いかもしれない。
交流は何かしらあったのかもしれないけど、墓ほんとに見つかるのかな。

104.
ユーザー
n7vBd
何処にもねえよwww小説だぞ神話だよヤマタノオロチは信じないのにそっちは信じるのかいwwwwww
105.
ユーザー
pQc4C
>>8
「水行十日」の解釈だけでも
行先が変わってくる

「水行」は今の基準なら海を進んだと考えがちだが
当時の感覚だと河を指した可能性が高い
あるいは瀬戸内海を大きな河と捉えた可能性もある
106.
ユーザー
ZfyNz
倭国は金印であったとみていいだろうけど
倭国が邪馬台国かはまた別の話だな

日本史的には文明ありましたアピールできるからいいのでは
ただムー大陸アトランティス大陸見つけますみたいなことを言ってるとは思うけど

福岡で倭国の金印見つかったわけだし
大和とは別だろうな
107.
ユーザー
eooaB
>>4
朝鮮半島に決まっているにだ
108.
ユーザー
pQc4C
「倭」は、やたら遜ってヘコヘコするヤツ
みたいな意味だったようだし
マレビト(稀人・客人)信仰があったなら
異邦人に対してそういう態度をするクニ(集落)もあっただろう

頭下げたら負けだという感覚の民族からすれば
あいつらチーズ牛丼とか食ってそう
みたいなノリで「倭人」と名付けたとしても不思議ではない
109.
ユーザー
VcmIL
そもそも魏志倭人伝を信用したとして、邪馬台国なんて近隣諸国にいつ滅ぼされてもおかしくない脆弱な国だろ

それを日本の歴史上、長く安定していた大和朝廷に当てはめることがおかしいんだよ

邪馬台国なんてすぐ滅んで卑弥呼も後の歴史に特に影響与えてない

与えてたら女王政権が続いてるわ
110.
ユーザー
X6p53
北部九州が栄えててヤマトという地名もここからきてるとおもうが
なんでわざわざ奈良なんかに引きこもった人たちが九州を支配下において大和と名乗ったのだろう
外圧や災害などきっかけとなった大事件があったのだろうか
111.
ユーザー
jNZBz
邪馬台伝奇
112.
ユーザー
QgVec
俺たちの心の中
113.
ユーザー
tRPCI
うちの裏庭にヒミコの墓が
114.
ユーザー
fhICf
何を今更
115.
ユーザー
Zzc7q
魏志倭人伝を信用しないのなら「邪馬台」という字面自体も信用できない
116.
ユーザー
J61Vh
今の地図に照らし合わせて考えるのではなく、当時の地図にあてはめて考えれば、おおよその場所が特定できるのでは?
117.
ユーザー
En6DW
あの記述はどうみても北九州から沖縄以南に向かってるだろ
東南アジアまで行ってんちゃう?
118.
ユーザー
En6DW
ミャンマーとタイじゃね?
119.
ユーザー
En6DW
今と同じ場所に国があったかは知らんけど
120.
ユーザー
En6DW
タイ住民の縄張りが今より広かったと予想
121.
ユーザー
mLSqP
熊襲じゃない事は確かだろう
122.
ユーザー
kBymk
>>110
九州で抗争が起きて奈良に逃げてきた奴らがいるのかもね
123.
ユーザー
mTC4u
邪馬台は「やまたい」なので北九州が邪馬台国
124.
ユーザー
En6DW
台湾がなんでタイワンかっつーとタイ方面に出る湾だからでしょ
125.
ユーザー
NUEao
普通に考えればその後朝廷が関西に居た事を考えれば
邪馬台国も関西じゃない?

今みたいに交通手段も勿論無いような時代
そんなに大変な手間やコストをかけてお引越しするとは考えにくいよ
126.
ユーザー
En6DW
アイヌは倭人のことシャムって呼んでたし。シャムってタイの民族じゃん
127.
ユーザー
SYTl1
>>6
岩手県「なんの、わが県には八幡平(ハチマンタイ)があるったい」
128.
ユーザー
NUEao
大和って地名は結構全国にあるから当てにならんよな
129.
ユーザー
Zzc7q
>>125
平安京も東京だな
130.
ユーザー
mddjr
>>125
舟は縄文時代から使われてるし馬は日本列島にいなかったので当時の移動は舟が基本
瀬戸内海があるので関西と九州間は頻繁に移動していた
131.
ユーザー
En6DW
シナチョンとアイヌがコロボックルやシャムなどの先住民族を日本から追い出したんちゃう
132.
ユーザー
JG0fj
卑弥呼は襲名制
133.
ユーザー
0tP4o
ヤマダ?
134.
ユーザー
VyjrT
>>1のソースで書かれている事って、2chの卑弥呼スレや邪馬台国スレで昔から言われていた事で何の目新しい内容でもないけどな
135.
ユーザー
628eM
>>109
>それを日本の歴史上、長く安定していた大和朝廷に当てはめることがおかしいんだよ

そもそも大和朝廷を最初から強い中央集権的な国家と考えるのがおかしい
強固な中央集権郡県制を敷いたのは下手すりゃ(?)明治から

それを封建制すらすっ飛ばして中央集権国家を
2・3世紀の日本に当てはめようとするのがおかしいだろうと

朝廷が中央集権を目指しても利権を奪われる地方の勢力はそれに抵抗したり
武家の世になってからは権力者がその気になれば
すぐにでも滅ぼせるぐらいに脆弱な存在で
なのに滅ぼされなかった所に日本の特異性があるのは
よく言われる所
136.
ユーザー
c0Fbl
邪ァァァ
137.
ユーザー
En6DW
ミャンマーティー朝廷
138.
ユーザー
uJyhg
卑弥呼自身は北九州周辺に居たんだろうと思う。奈良盆地で温々と暮らしていたなら、海なんて渡って使者を中国に送ろうなんて考えないわ
魏志倭人伝を記した人物が邪馬台国まで行ったかも怪しからな。卑弥呼が女王さま的な存在なら会わないハズがないが、会ったとは記されてはいない
いわゆる空出張的に記しただけなんだろう。私はこんなに苦労をしました。凄いでしょうって言いたかっただけ
畿内に有ったなら、途中の出雲や吉備の記述が無いのが不自然。報告書の体を成していないからな
139.
ユーザー
En6DW
侵略者が関西関東に進出してったときにも先住民族がいたんだろ
140.
ユーザー
VyjrT
金印も怪しいんだよな。あんな貴重なものが田んぼに放置されているんだったら、もっと多くの遺物が見つかっても良さそうなもんなのに
141.
ユーザー
oYerS
二重構造にしか見えない
九州と中国地方
四国と近畿の
142.
ユーザー
En6DW
大陸側では東の島々は刺青だらけの化け物の棲む土地って言われてたんだし
あとから来て俺らの手下になれって各部族の長のもとを巡回して従わなかったやつを追い出したんだろ
143.
ユーザー
En6DW
つまりもともと東の島々は従わなかったやつらの領土
144.
ユーザー
En6DW
ヒミコは原住民の女酋長
145.
ユーザー
1ry40
黒猫邪馬台
146.
ユーザー
En6DW
オオキミは侵略者
147.
ユーザー
oYerS
>>142
ザパニーズの戯言は要らね
148.
ユーザー
En6DW
侵略者がえらそうに起源を探っているだけ
149.
ユーザー
En6DW
原住民は刺青たくさんしていた女系民族であとからきたやつは刺青しない男系の民族
150.
ユーザー
En6DW
明らかに違う民族
151.
ユーザー
628eM
>>138
>畿内に有ったなら、途中の出雲や吉備の記述が無いのが不自然。
>報告書の体を成していないからな

そもそも魏使の報告書なるものに邪馬台国までの
行程が記されていたという根拠がない

現代風に言えばだ
ある会社が新規にある会社と取引を開始して
その取引開始の挨拶にいった人間が上げる
報告書にその会社に行くまでの行程を書くか?

当然相手会社の位置とか財務状況は
事前に審査してその上での取引開始

そもそも魏志倭人伝が「単一資料」で書かれているということに根拠がなく
むしろ距離が里数や日数混合で書かれたり
不彌國を過ぎて情報密度が落ちるのは「複数資料」によるものと考えたほうが合理的
152.
ユーザー
oYerS
年代すらバラバラだからな
数世代違う
魏志倭人伝
153.
ユーザー
oYerS
全部話半分以下だよ
ところどころしか見ることが出来ない
世代も勢力もグチャグチャなんだから
全部合ってるとも言えないし、全部間違っているとも言えない
154.
ユーザー
ZfyNz
黄金の国、邪馬台国みたいな創作か
155.
ユーザー
628eM
>>153
>全部合ってるとも言えないし、全部間違っているとも言えない

それは日本の記紀にも言えることで
だからこそ厄介なんだな

100%嘘しか言わない人間は
逆に100%信用できるというw

虚実混ざってるのがたちが悪い
156.
ユーザー
MgFRM
過去の遺産の邪馬台国に興味がそそられるのはなぜだろうか
なぜそんなに気になって気になって仕方ないのか
157.
ユーザー
En6DW
たぶん太陽は豊で太陽で異世なんだな
ティーさんに由来する御名前

ヒミコは日か火を観るみこでー
酋長時代のミコは巫女で、大王時代のミコは皇子
158.
ユーザー
VyjrT
まだ文字が無かった時代は口伝による伝説の世界だからロマンを感じるのでは
159.
ユーザー
oYerS
妄想だが、記紀から受ける印象は
九州、中国地方はDとO1の交雑種でコレをアマテラス系
出雲から四国に移動したDとO2の交雑種をスサノオ系だと思っている
しかも、アマテラスもスサノオも系統か役職のようなものでどこかの時代の人間がヒミコ、帥升だと思っている
男女が曖昧なのも融合と主導権が入れ替わったのだろう
それは結果、近畿や畿内でな
それをムリヤリ1系統にしたんだろう
160.
ユーザー
NUEao
>>156
定説が定まってないって事は
偉い歴史学者もその辺の一般人もこの説では
対等にやりあえる部分だからな。そんな分野は中々無い
だからロマンがあるんじゃないかな
161.
ユーザー
628eM
>>156
まずは
女王が治めていた幻の古代国家
・・・という日本史の中のエキセントリックさ

次に
倭人伝の行程記事を読み解けばその位置を解明できる
・・・という推理物としての面白さ
162.
ユーザー
En6DW
イヨが異世になっちゃったのは大乱でたくさんの人間があの世送りにされた場所だからと予想

太陽の巫女ことティーヨーさんは大王の戦利品として嫁になり伊勢にお引っ越ししてたまにくる勝者の接待女に成り下がったと

太平洋はティーさんが平定した海洋とゆーことでティーさんは海の民と予想
163.
ユーザー
En6DW
アマが女と海女の両方を指すのは女系のやつは海の民だったからではないかと
後世になっても山陰地帯の武家は海戦得意だしー
164.
ユーザー
oYerS
後の世でも天皇と将軍の二重構造で海外からはよく分からん、だったしな
歴史なんてずっと似たようなこと繰り返してると思ってる
165.
ユーザー
En6DW
天皇家のルーツと嫁民族のルーツが違うんだろうね
その上で天皇家と武家もルーツが違うんだろうね
で、倭国大乱頃の倭には五王がいたらしいからー
166.
ユーザー
uJyhg
>>151
地誌も含めたものだからね。一応、史書なんだろう。それを省くとは通常では考えられない
これだけ大変な思いを功績は大きいですよね。って事だろう
167.
ユーザー
628eM
>>160
まず先鞭をつけたのが宮崎康平の「まぼろしの邪馬台国」で
日本版シュリーマンの印象を大衆に植え付けた
(尚シュリーマンの実像は巷間思われてるようなものじゃないがw)

で学者相手にも筆や弁で引けを取らない松本清張が出てきて
安本(東遷説)や古田(九州王朝説)が出てきて
百家争鳴というかグダグダになってしまったのが
邪馬台国論争(現代
168.
ユーザー
oYerS
後だって何も知らん海外相手に日本の歴史は?って聞かれて天皇家中心か幕府、将軍家中心かメチャクチャ悩むぜ、その時々で
日本の歴史なんて
古代も戦国時代からの幕府、将軍、天皇でムリヤリまとめたと似た状況なんだろ?
169.
ユーザー
En6DW
最低でも大きく五つぐらいの民族がいたのではないかと。雑魚民族含めたらもっと。
今の中国だけでも56民族いるし東南アジアや北方に移住したやつもいるだろうし
この中から列島に移住してきたやつがひとつのわけない
それ+縄文以前からいたやつを足すと
170.
ユーザー
En6DW
みなさんけっこう移動なさるし
171.
ユーザー
En6DW
イヌイット日本列島起源説を唱えたい
172.
ユーザー
ZfyNz
古事記やら日本書紀以外にも応長があれば風土記がある。
なのに風土記とか書物に記載されていないということは、卑弥呼は三国志のファンタジーなんじゃないかと思うけどな。

魏志倭人伝がどれくらい信用できる書物かだよなと思う。
173.
ユーザー
EhjSu
あなたの心の中にあります
174.
ユーザー
En6DW
戦乱の時代なんかのらねこの縄張りぐらい毎年の勢力図が塗り変わってそう
175.
ユーザー
oYerS
もう全く、後の世と同じだよ
天皇だって今は江戸城跡に居るんだから
176.
ユーザー
En6DW
侵略者との喧嘩に負けたり家出したり帰ってこれなくなった犬猫はめっちゃ遠方で見つかることあるよね
だから戦争負けた人間も死ななければ遠くに行く
177.
ユーザー
En6DW
きっとイヌイットさんは北九州から北海道を経由して北極圏まで行ってしまわれたのでは
178.
ユーザー
En6DW
アイヌさんは北海道にとどまって黒船以降の明治政府による同化政策のえじきにされたと。
179.
ユーザー
En6DW
元祖シャムさんはタイへ
180.
ユーザー
En6DW
クマソはクメール
181.
ユーザー
VdVsM
邪馬台国は九州
大和朝廷と邪馬台国は無関係
182.
ユーザー
En6DW
無関係つうかフツーに戦争負けて軍門に下ったか滅ぼされてそう
183.
ユーザー
En6DW
樺太からシベリア行ったやつもいそう
184.
ユーザー
En6DW
みなさん頭が固いよ
185.
ユーザー
oYerS
アマテラスが天皇家で何か間違って目立った天皇家の女性がヒミコ、ひめみこ、とかなんだろ?
で、そん時の倭国大乱の勝者、主導権取った古代将軍が畿内に幕府みたいなものを置いて天皇を御輿に担いで取り寄せた
いつものことじゃねぇか
186.
ユーザー
En6DW
ユダヤ人が中国いて日ユなんたら論とも言ってるやつがいるぐらいだし
中東のすみっこくんだりから極東まで残党が流れて来るのに
なんで日本にいた民族だけは近郊にしか移動しないと思ってるんだ
そりゃもう安全な空き地を求めて移動しまくるに決まっている
187.
ユーザー
ZfyNz
>>183
日本の系統は3タイプあって
琉球、関西、東北。この東北はモンゴルとかのシベリア系。

古墳は確か北海道の江別、恵庭、札幌とかにもあるらしいけど
群衆墳は東北までらしいよ
188.
ユーザー
En6DW
絶滅した遺伝子も出てった遺伝子もあるでしょ。残ってるやつの中から調査の対象になった一部の人とゆー限られた情報で見たらそうなだけ
189.
ユーザー
oYerS
で、また血の記憶で取られた薩長が取り返したんだろ?
京都御所じゃなくて薩長で持っていって置けよ
190.
ユーザー
mhMYh
ヤマトンチュー
191.
ユーザー
smibm
距離を誤魔化して
経費を懐ナイナイした
192.
ユーザー
oYerS
Cや遼河系なんて大した影響ないだろ
アマテラス、スサノオ、ツクヨミ
それぞれ
DとO1交雑の長江系の影響
DとO2交雑の黄河系の影響
Dの縄文系の影響だよ
アマテラスとツクヨミは早い段階で融合しているが
193.
ユーザー
En6DW
しかし殷(商)は倭人の国だったらしい
194.
ユーザー
628eM
>邪馬台国は九州

そもそも九州と十把一絡げにしても
福岡平野と宮崎平野じゃあ異次元に話が違う
(この意味が分からないやつはこの話題から退場願いたい)

要するに「九州説」は
「九州だったらどこでも良い」
「少なくともアカデミズムの推す畿内説は許さない」
というルサンチマン

畿内説が荒唐無稽で話にならないと言うなら
あとは九州説同士で確度を高め合えばよいが
現実そんなことはできない

距離や方角その他、解釈の自由度を広げまくって
収集がつかなくなったのが九州説
195.
ユーザー
fRywh
た たい だ だい
て てい で でい
と とい ど どい
↑
台の字が古代中国語でこの読み全部を表すので
ヤマトの他にヤマテ、ヤマダ、ヤマデ、ヤマド
などの地名全部邪馬台国の可能性あるんだよ
196.
ユーザー
gqbu7
天皇家は邪馬台国時代何してたの?

197.
ユーザー
oYerS
九州は勢力が2つ、もしくは3つに見えるな、古代だと
198.
ユーザー
En6DW
殷の住人とインドの原住民と日本列島の住人はルーツ全然関係ないかね。
なんか古代日本もネグリトやアンダマン人みたいな見た目の色黒のやつらが全身白もしくはオレンジと黒とかの縞々の服を着て
女酋長が骨でまじないとかやって刺青の庶民は火のまわりでドンドコ太鼓叩いて謎の躍りの儀式とかやって
山や海に生贄捧げてるやつがいそう(偏見)
199.
ユーザー
En6DW
飛鳥時代とかの桃色や水色のヒラヒラした衣装着た色白の人々みたいのは後から来ただしょ
200.
ユーザー
628eM
>>196
その質問が成り立つためには

「邪馬台国時代(2・3世紀)に天皇家があった」

と言う前提が必要だと思うんだが
それは何によって担保されるのかな?
201.
ユーザー
4x9E3
ギャートルズは何処にあったのか?
202.
ユーザー
0Adcq
金印をサイコメトリーしてもらえ
203.
ユーザー
czlfu
>>196
何してたのって、邪馬台国=大和朝廷だよ
卑弥呼とは神功皇后、つまり応神天皇の御母君
応神天皇が御即位するまで摂政として国政を預かってた
この時代に魏に使者を送り、魏から日本の統治者として認識されていたんだよ
204.
ユーザー
En6DW
どーゆー順番で入れ替わったかがよくわからん。ヒラヒラ衣装は大陸からきた野蛮人が政権取ってから輸入してきて戦利品として獲得した嫁にくれたかね
武家は首狩り族だし
中国にもタイワンにもいるよね首狩り族
205.
ユーザー
628eM
>>192
>アマテラス、スサノオ、ツクヨミ
>それぞれ

太陽と月があってそれぞれに悪さして
日蝕・月蝕起こす3番目の存在がいる

という3セットの構図は海外の神話にも見られるというのが
比較神話学からの知見

まあ牽強付会もいいところ
206.
ユーザー
oYerS
で、トヨと読むの?イヨと読むの?
タイヨとは読まないだろ?
207.
ユーザー
czlfu
>>200
何を言ってるのか良く分からないけど
2-3世紀に大和朝廷はあったに決まってるだろ
邪馬台国=大和朝廷なんだから
208.
ユーザー
En6DW
孤島に首狩り族の縄張りがあったら、よほど乱暴者の中国人でも下調べ無しに近づくのはこわい
209.
ユーザー
ZfyNz
この国は鉄器と青銅器の順序が逆の国なんだぞ

鉄を先に使ってた変な国なんだから
古墳時代にあきらかに何かあったとしか思えぬ

邪馬台国は本当に日本にあったのか
無いだろ。倭国も本当に日本なのか怪しい。
金印見つかって倭国だ!って言ってるだけなのでは?

倭国って中国の南東側にあった国の呼び名でしょ?
210.
ユーザー
V5WuI
魏志倭人伝の信頼性は低いからな。

日本と交易していた朝鮮人から話を聞いて
邪馬台国の行程等を記述したんだと思うけど

日本との交易で利益を得ていた朝鮮人が
本当の事を話すだろうか?
利益を独占する為に、出鱈目なことを教えたと思う。
211.
ユーザー
En6DW
侵略者を案内したやつがいるはず
212.
ユーザー
En6DW
手引きをした者
213.
ユーザー
fRywh
>>103
その辺の大昔の暦が半年で一年って説ってのがある。つまり128歳なら64歳崩御
214.
ユーザー
ZfyNz
>>213
この当時の64歳は仙人
215.
ユーザー
En6DW
魏は船で東の海の島々の下調べをしていたのでは
216.
ユーザー
628eM
>>207
>邪馬台国=大和朝廷なんだから

根拠なし
ただの思い込み決めつけ

あくまでそこからスタートなら根拠のない前提を
土台にする砂上の楼閣
217.
ユーザー
DuheU
ヤマトの諸君!
218.
ユーザー
oYerS
>>209
先というか、青銅器勢力が鉄器勢力に勝つみたいな大番狂わせがあったように感じる
219.
ユーザー
R2FZN
結局新資料が出てきたわけもなく、過去のものを擦りまくってるだけだから不毛だ
220.
ユーザー
fRywh
221.
ユーザー
ZfyNz
>>218
日本は青銅器は祭具でしか使ってないから
何で先に難しい製鉄技術を手に入れたんだろうね
222.
ユーザー
En6DW
半島から前方後円墳が発見されてしまったよね
223.
ユーザー
ZfyNz
>>222
朝鮮にも前方後円墳があるらしいね
主張としては日本の王族が半島渡ったって話になってるけど
224.
ユーザー
oYerS
>>221
半島含めた地域が違うんだろ?
225.
ユーザー
628eM
>>209
>この国は鉄器と青銅器の順序が逆の国なんだぞ

初めて聞いた

北部九州・限界灘周辺地域に入ってきたのは
鉄・銅ほぼ同時だと思ってたが

ソースのURLとまで言わんが
それを証明する遺跡とか提唱者の名とか
良ければ教えてくれんかね?
226.
ユーザー
oYerS
そもそも思い込みがあるかもな
鉄器は青銅器に先立つか。鉄器は青銅より低い温度で作れるという別世界の常識
これで覆る
227.
ユーザー
628eM
ちな
鉄の融点1536℃ に対し
銅の融点1085℃ で銅の方が加工しやすい

ただ地表で存在する割合としては鉄のほうが圧倒的に多い
228.
ユーザー
oYerS
噴火跡だらけなのに古代に製鉄せんでも容易に鉄の塊なんて青銅より手に入りやすそうだが
山火事なんかもあったろうし
あとは縄文から慣れ親しんだ削りと研ぎ出しをすれば良いからな
大きなものでなくても弓矢、槍の国だし
229.
ユーザー
ZfyNz
>>225
ほぼ同時か

ttps://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane1955/91/1/91_1_11/_pdf
230.
ユーザー
oYerS
>>223
で、半島で日本より古い古墳は見つかった?
231.
ユーザー
628eM
恐らく多く誤解されてるのは古代において
「銅製武器を鉄製武器が粉砕して勝利した!」
というようなイメージ

確かに武器以外同条件のタイマン勝負なら
鉄器に軍配もあがるだろうが

よく古代オリエントでヒッタイトなんかが
鉄製武器を振り回して帝国築いた
・・・なんてイメージ持たれてるが

鉄器は神殿に奉納したり外交先に贈り物にされたり
レアアイテムとして扱われてるのが実情
232.
ユーザー
Gr1GK
記紀は7世紀の権力者の影響で書き換えられた可能性がある
仏教伝来は日本書紀で552年としてるが
他の複数の資料から538年が有力

大分のウガヤフキアエズ王朝がないことにされて
王朝発祥時期が神武即位(紀元前660年)に置き換えられた可能性
実際は王朝73代神武が2世紀後半に東征したが
これは天武や不比等にとって都合が悪かったかもしれない
233.
ユーザー
628eM
>>228
そんな純度の高い鉄の塊がそのへんにゴロゴロしてるわけじゃない
人類が最初に利用した鉄は隕鉄(鉄を多く含んだ隕石)なんて説があるくらいだ
234.
ユーザー
ZfyNz
235.
ユーザー
9YfuY
北九州説はおらが国の街おこし志向が強すぎる
236.
ユーザー
VcmIL
>>194
むしろ邪馬台国なんてものが存在するなら九州以外ありえない

なぜなら魏志倭人伝にしか記載がなく地理的にも気候的にも九州のことしか書かれてないから

機内説なんてのは全く無根拠の0から産まれた説ですらない説
237.
ユーザー
oYerS
>>233
純度が高い必要なんてどこにあるの?
しかも、青銅器だけで構成された勢力と鉄器だけで構成された勢力の争いなんて思い込みじゃね?比率の問題だろ
238.
ユーザー
oYerS
>>234
なんか、ザパニーズくさいヤツだな
239.
ユーザー
oYerS
>>236
畿内は新しいと思うが
九州か四国か、と言われると分からん
240.
ユーザー
ZfyNz
>>238
墳墓が半島にあるのは怪しいんだが
蘇我氏の文化が朝鮮系、とくに床暖房などの文化が

これを考えると半分くらい、どうなんだとは考える余地はある

あと上の方の人の意見の補足だけど
日本のタタラ製鉄始まるまでは、鉄器とかは朝鮮からの輸入な
ttps://www.city.fujiidera.lg.jp/soshiki/kyoikuiinkai/bunkazaihogo/koramukodaikaranomemessezi/kodaisinonazo/1387341660042.html
241.
ユーザー
DSNNw
とりあえずお前ら佐賀県の吉野ヶ里遺跡行ってこい。
九州が邪馬台国のあった場所だということがわかるだろう
242.
ユーザー
PKCdo
製鉄で大変なのは、銅と比べ物にならん高温が必要でどうやって賄うかと
さらに眼の前にある黒い石をくっそ熱したらかったい鉄になる、って発見もしくは知識だろう
そもそもなんでそこに思い至ったのかと
なろうじゃねえんだから、現実は鉄みつけた!叩いたら剣になった!じゃねんだから……
243.
ユーザー
628eM
>>236
よろしい
その意気や良しだw

あとは九州説同士で内ゲバか共食い化か知らんが
精々議論考察し合って
「これぞ九州説」
「九州説もこれが最有力説」
なんてものを是非出してくれ

前世紀から続く
「素直に読んだらここしかない!」
という口上は聞き飽きたwww
244.
ユーザー
DSNNw
>>101
ハ?なんだこの無学文盲は?

卑弥呼女王には台与という娘がいて、13才で王位を継いだ。

歴史書読めアホ
245.
ユーザー
cF6o8
邪馬台国だからヤマトなの?
初めて知ったわー

大和は?
246.
ユーザー
628eM
>>241
言っておくが吉野ヶ里が
日本最大の環濠集落でもないし

それ以前に環壕集落が弥生時代の
デフォってわけでもない

工業団地として潰される予定が
一転保存されたのは邪馬台国ブームのお陰で

再現されてる建物も地中からそのまま出てきたわけでもなく
奈良出土の銅鏡に描かれた家屋を参考にしてたりするwww
247.
ユーザー
En6DW
>>245
どっちも当て字
248.
ユーザー
628eM
>>244
>卑弥呼女王には台与という娘がいて

びっくりですwwwwwwwwww
249.
ユーザー
En6DW
イヨは侵略者に拉致られてその嫁にされたヒミコの跡継ぎ
250.
ユーザー
cF6o8
>>247
何が正解なのかドシロートのオレには全くワカラン
邪馬台国が何処にあろうが別にどーでもいいけど
専門の人は色々論争してるんやなーって思ってる
251.
ユーザー
En6DW
クマソとエゾはなんで蔑称の末にソをつけるのか
ソガシの親戚だったかしらん
ガは河のそばにでも住んでたか国の意味だろ
252.
ユーザー
En6DW
どうしてソが蔑称になったんだろうな
253.
ユーザー
En6DW
祖先もソだし
254.
ユーザー
DSNNw
>>248
日本の歴史書全巻も持ってない知ったか外題学問、浅学非才の口耳講説のバカに専門的なことを教えてやるが、それが事実だ
255.
ユーザー
DSNNw
まあ、歴史家の多くは北九州説が有力だと言ってるけどな
256.
ユーザー
En6DW
今ある日本の古代の歴史書は元のやつ燃されちゃって勝者が口伝んを参考にしながら大陸から拉致られて朝鮮人経由で引き渡された中国人の学者に書かせただしょ
257.
ユーザー
628eM
>>250
>専門の人は色々論争してるんやなーって思ってる

多分学者の間では論争なんかほぼ起きてない
そもそも昭和の邪馬台国ブームもどちらかと言えば
素人・門外漢かアカデミズムに挑むと言う形

まあ100%畿内説で片が付いたというわけじゃなくいが
(そもそも学説なら反証可能性を残さないなんてありえない)

邪馬台国=初期ヤマト王権(だだしそれが後の大和朝廷かは不明)

と考えるのが一番蓋然性が高いと
258.
ユーザー
En6DW
たぶんソガシはアイヌで
イヌイットがコロボックル
259.
ユーザー
En6DW
物部氏がモノノフで
260.
ユーザー
DSNNw
>>256
ネット漬けの誇大妄想の典型だなこれ笑。
妄想はいいから歴史書全部読めアホ。分厚くてデカい本が18冊ほどある
261.
ユーザー
En6DW
中臣の華僑くささ
262.
ユーザー
En6DW
ヒミコはアマテラス
イヨはアメノウズメ
263.
ユーザー
628eM
>>254
あのなあ・・・

そこまで見識語るなら言葉は正確に使え馬鹿者

壱与は卑弥呼の宗女であって娘じゃないだろって話

ニホンゴワカリマスカ?
264.
ユーザー
En6DW
実の娘かただの継承者かは不明
265.
ユーザー
En6DW
ウズメは初女とでも書くんだろ
266.
ユーザー
DSNNw
>>257
コイツ、陰謀論者の秋山と同じ人種だろ笑
言ってることが小学生程度の感想で笑える。
もしかして神話を信じてるアホ?笑
267.
ユーザー
En6DW
若いほうのアマだからウズメ
268.
ユーザー
DSNNw
>>263
いや、日本語ならお前の1万倍知ってるよ無学文盲の発達障害笑
269.
ユーザー
En6DW
性犯罪者の侵略者が女子中学生を拉致って遠国で嫁にした図
270.
ユーザー
En6DW
悪いやつだよあれは
271.
ユーザー
En6DW
侵略者の歴史は美化されている
272.
ユーザー
DSNNw
>>263
どこからそんなデタラメ情報仕入れて知ったかしてんのか知らんが、台与は卑弥呼の娘だと昭和の歴史書に書いてある。

お前のような低学歴のゴミが古文書まで読める学者の話を否定できるわけなかろう笑
273.
ユーザー
En6DW
義娘かもしらん
274.
ユーザー
En6DW
単純にナンバーツーの若い巫女の可能性もある
275.
ユーザー
cF6o8
>>257
そうなのか

ま、そのうちわかってくるやろって思ってるけど
こーいった人達の尽力のおかげよな
276.
ユーザー
En6DW
実娘かもしらんけどどっちだかは断定できなかろ
277.
ユーザー
En6DW
もし実娘なら世話係の弟とのガキということに
278.
ユーザー
DSNNw
>>263
妄想小学生に教えてやるが、4世紀中頃、大和地方に大王という支配者が現れ日本を統一する。

これが天皇であり、崇神天皇だ
279.
ユーザー
628eM
>>268
でその俺の一万倍ニホンゴ知ってるとほざく
人間なら宗女と娘を混同するのか?w

まあこのアホを置いといて

「宗女」ということから古代社会に巫女という
集団・階級があったんじゃないかとも想像できる

考古学で言われるヒメヒコ体制か?
280.
ユーザー
En6DW
たたりがみが祖とは
281.
ユーザー
ZfyNz
梁書倭国伝 北史倭国伝調べても無いんだろうから
何となくそこはお察しな気はするけどな

台与=壹與が書いてある書物
壱与が壹與の新字体

282.
ユーザー
DSNNw
この崇神天皇は名をミマキイリヒコイニエノミコトの言い、
朝鮮ミマナのミマナ王だった。
騎馬民族として日本に渡り征服し、豪族連合の代表として日本を支配した。
古墳にも騎馬民族の文化があり、この説が事実の可能性が非常に高い
283.
ユーザー
DSNNw
>>279
いや、お前のような無知なその辺のカスが何をほざこうと、昭和の学者が台与は卑弥呼の娘だと言っている。

身の程を知れよ知ったかぶりして恥ずかしいぞお前笑

日本の歴史なんか知らないんだろお前?
284.
ユーザー
En6DW
このような記事があったよ↓

>「魏志」倭人伝の壹與は、太宰府にある国宝文献の「翰苑(カンエン)」には、
>「臺與幼齒 方諧衆望」: 臺與は幼くして、まさに民衆の望みにかなった。・・・とあります。
>壹與は「いちよ」、又は「いよ」と読めます。
>臺與は「だ(た)いよ」、又は「だ(た)よ」と読めますが、和語の基本は濁音が頭にこないのです。
>また、「taiyo」の「ai」ように合成語は別にして、母音は連続しないのです。
>だから「た」を「と」に変えて、「とよ」と読む学者先生方が多いですが、根拠が薄いです。
>邪馬臺國と同じで、無理があります。
私は、「魏志」の壹與(いよ)の方が正しいと思うのですが、「古事記」の内容からすると、「とよ」と読む方が、辻妻が合うのです。
>だから私は、「魏志」壹與、「翰苑」臺與、共に間違いで、「豐與」が正しいのではないかと思うのです。
>古い文献は保存の為に写本を繰り返しますから、どんなに慎重に写本しても、誤字は多くあるのです。
285.
ユーザー
En6DW
トヨちゃんはタイヨウちゃんであり、たぶん古い日本ではティーヨちゃんだったと予想
286.
ユーザー
En6DW
ティーだからタイとかイとか色々になまる
287.
ユーザー
628eM
>>278
>4世紀中頃、大和地方に大王という支配者が現れ日本を統一する。

昔の教科書だなw

語呂合わせで
「大和朝廷4世紀中ばに日本をシチュー(4中)にする」
なんてのがあった

ここまで来るとこいつわざと「老害」演じてるのかなとwwww
288.
ユーザー
En6DW
アマが籠城してたところが北九州で戦場が山陰山陽で滅亡したところが四国だな
前の支配者は出雲大社の黒い旧神だろうけどどの氏族が末裔だかは知らん
289.
ユーザー
En6DW
イヨは伊予→伊世→伊勢に漢字が変化して神宮も大王の進出にあわせて東に移動したんだろう
290.
ユーザー
628eM
>>283
いや、お前のような無知なその辺のカスが何をほざこうと
原文に「宗女」と書いてるんだが?

昭和の学者って誰よ?
文献といえば内藤湖南?

言っておくが昭和のいかなる高名な学者だろうと
今じゃ否定されてる説なんて山ほどあるぞ

とりあえず原文検索しろド低脳ゴミクズ
291.
ユーザー
En6DW
あるいはアマ殺害が黒い旧神でそのあと山陰で大黒として栄えて大陸の外人連れてきた南九州の勢力がリベンジして滅ぼしたかね。
なんかここ何回か支配者の交代がありそうな気がする二回以上
292.
ユーザー
ZfyNz
イヨの話に大和政権出て来ないんだから
邪馬台国はフィクションだよ

九州にも畿内にもありません!
293.
ユーザー
qA5Bv
卑弥呼には夫も子供もいなくて後継者に一族の台与がなったってのはもう周知の事かと思ってたけど、
娘だって主張する人いるんだな
294.
ユーザー
ZESkW
実は邪馬台国は複数あったのかも知れないよ
別々の集落に辿り着いた人がそれぞれ「ここが邪馬台国か」と呼んだとしたらあり得る
その場所は違うと否定できる記録やツールも無かった時代だし
九州に到達したのか中国地方に到達したのかも確証は無いような時代だろ
もしかしたら対馬だったかもしれんし
295.
ユーザー
6JZaP
著者の陳寿の名誉欲から、邪馬台国を実態以上にデカく見せた
水稲不向きの北九州に言うほどの人口を養う生産力はなかった
296.
ユーザー
En6DW
ミャンマータイ国ならもともと二か国を併せた総称かも
297.
ユーザー
DSNNw
>>287
お前、wとかつけて発達障害丸出しだぞ。人からどう思われてるかわからない知恵遅れ笑。やっぱりバカは違うな笑

298.
ユーザー
En6DW
ヤマトを「大和」と書くのは大戦後にもうけんかしないでねって意味で列島の大王が家臣とともに当て字でてきとうに決めたキラキラ名
邪馬台は大陸のやつが蔑称として利用した当て字
299.
ユーザー
DSNNw
>>290
おいおい小学生笑。身の程を知れよ。歴史も国語の勉強もしてない底辺のただのクズが学者に意見してんじゃねーよ。

フンコロガシ野郎は糞の味についてだけ語ってろよ笑
300.
ユーザー
628eM
>>297
いやさ
そんな下らないケチレスはいいから

原文で「宗女」は確認したのか?
301.
ユーザー
En6DW
狗邪韓国とかいう邪悪な名前の島があるな。
302.
ユーザー
DSNNw
>>290
ないとうこなん笑笑。バカが知ってる奴の名前を上げただけ笑。
知識笑をひけらかしたんだろーな笑
お前の知らん歴史家も考古学者もたくさんいるわ。

昭和の学者たちも後世に小学生から意見されるとは思ってもなかったろう笑
303.
ユーザー
En6DW
イヌと邪の二勢力の共同港かね
くやかんこくと言うらしいけど
たぶんクヤはカヤの別称で漢字は蔑称かな
304.
ユーザー
DSNNw
>>290
神話はいいから現実を見ろ低学歴
305.
ユーザー
lu5cL
しかし魏志倭人伝に書かれている邪馬台国の人間の服装や風俗は南方系のものなんだよな
入墨の習慣は九州にはあっても畿内にはなかったことは記紀でも明確なわけだし
306.
ユーザー
En6DW
部落民のレイパーどもはヒミコ殺してトヨに強制ストリップさせた侵略者と行動パターンそっくりだな
たぶん一度は栄えても恨みに思った民族に滅ぼされたな
307.
ユーザー
DSNNw
>>293
何でお前がそんなこと知ってるんだ?歴史も日本語も知らない無学文盲のカスが学者に意見すんなよ笑。

だいたい最近の情報ってのは、真実をねじ曲げた胡乱しかねーからな。
それを学んだ知的障害者どもが、ネットで知ったかぶる
308.
ユーザー
En6DW
また天皇家と部落の韓国人がヤクザとカルト使って皇女と混血し、列島の権力の座に返り咲こうとタクらんでいるけど
もしかして祖先からして悪いやつなのではないかと
309.
ユーザー
DSNNw
>>300
そんな神話は知らねえよ妄想小学生笑。歴史書しか読まないんでな
310.
ユーザー
S9mua
デスラー「ヤマトのクルーは親しみを込めて諸君と言っている」
311.
ユーザー
WshMD
常識から言って奈良でしょう

北九州なら詳しい行き方など必要ないからな
奈良は大陸の人にとってはどこだかわからない場所
312.
ユーザー
En6DW
たぶんブラクやチョンやしなちくも遺伝子の記憶で先祖と同じ犯罪を繰り返してしまうんだな
313.
ユーザー
DSNNw
ド素人のうわべ学問のカス野郎がデタラメな意見をさも真実のごとく語る。
コイツがその典型だな笑
>>300
314.
ユーザー
628eM
>>302
まあ邪馬台国に関わった学者の全て知ってるわかじゃないがな
たまたま知ってる内藤湖南をあげたのには理由はあるが
その理由がこのアホウに分かるかは疑問だw

このアホは置いといてだ

ひょっとして
「文献の九州説考古学の畿内説」
なんてのを聞いたことがある人もいるかもだが

実のところ戦前より前ならそれは逆で
考古資料の年代も今からすりゃデタラメレベル
でむしろ九州説のほうが考古資料を持ち出し

それに対して文献の再度のブラッシュアップ
やったのが内藤湖南という人物
315.
ユーザー
DSNNw
>>300
歴史も日本語も勉強していない知的障害者が身の程をわきまえろよ
316.
ユーザー
DSNNw
>>314
知ったかはやめとけ恥の上塗りだぞお前笑
317.
ユーザー
DSNNw
>>314
しかも日本語もまともに使えない発達障害じゃあ、誰もお前の話は聞かないよ。

デタラメ情報を撒き散らすだけで、謙虚さというものはどこにも無い
318.
ユーザー
DSNNw
ちなみに江戸時代までは邪馬台国は九州にあったというのが常識だった
319.
ユーザー
6JZaP
神武東征は事実を含んでいる。刺青の件でもイワレビコには無いが
メンバーの一部にはあった。最終目的地大和盆地には先住民の風習があり
彼ら弱小グループは地元に従い、欠史八代を含め。徐々に勢力を拡大し
てこずったが九州北部平定後に王権からヤマト朝廷と言うにふさわしい権力に・・
さらに昔
 アカホヤ大噴火で朝鮮・大陸に散った縄文人だが、(1000年無人)九州中国地方が元に戻り
長江人と混血した(鉄器持ち・高生産性・大陸仕込み獰猛&狡猾)弥生系が舞い戻ってきた
神武グループもそれ。奈良盆地の強敵ナガスネヒコらも弥生系?
320.
ユーザー
628eM
まあ自分は畿内説だが
大陸に朝貢して最大の受益者は北部九州であり
その通交にしても北部九州の助力がなければ不可能だったろうとは考える

「だったら大和なんか持ち出さなくても北部九州で完結する話」

というのが九州説だろうが

考古学的に見れば九州から畿内そして関東と
「緩やかな首長連合」が形成されてたと見るのが
畿内説かな?

邪馬台国が仮に九州にあってもこの首長連合の
萌芽はまあ現時点定説だと思うが

九州説支持者には既にここらへんから反発するやつが多い
321.
ユーザー
DSNNw
俺の話は昭和の学者の話を書いてるだけで、俺の意見ではない。

昭和の学者と言えば明治生まれの固い奢宿だから、
どこぞの小学生歴史博士の言うことよりは遥かに信倚観念できるだろう
322.
ユーザー
Zzc7q
鉄は還元が必要
323.
ユーザー
DSNNw
>>319
作られた神代

天照大神の子孫が日本の君主となったので、どうしても天孫降臨の話が必要になり、

太陽神に縁のある名の土地、日向(宮崎県)が選ばれたが、

歴代の天皇は大和(奈良県)にいた為、

その間の連絡をつけるために神武天皇東征の話が作られなければならなかった。
324.
ユーザー
628eM
>>318
>江戸時代までは邪馬台国は九州にあったというのが常識だった

バカ丸出しwww

北畠親房(南北朝時代)の「神皇正統記」とか
おぼろげにでも畿内説だったものが
むしろ江戸時代に国粋主義的な思想をバックに
出てきたのが九州説

「朝貢」と言うのは要は膝を屈したと言う話で
そんなものは大和朝廷とは関係なく
九州のどこぞの蛮族が倭国の王を僭称した

・・・と言う理屈

この辺は常識中の常識
325.
ユーザー
3dq4p
>>305
当時はまだ海面が今よりずっと高い位置にあるんで関西も暖かい
奈良盆地あたりは完全な入江だしな
そして四国から外房に人々が移住して房総半島の開拓が始まったように
割とかなりの距離を移動して移住してる
326.
ユーザー
DSNNw
>>324
お前の常識は5ちゃんねるとかだけ。

どう育ったらこう身の程知らずのバカになるのか?笑

明治生まれの学者が言ってることより、お前のようなその辺の今時のクズのカス野郎が言ってることを信じろと言うのか?笑笑
327.
ユーザー
pQc4C
四国説は無いんか?
328.
ユーザー
DSNNw
>>324
ネットやその辺のトンデモ本を読んで歴史を知った気になるなよ笑

もうやめとけ恥の上塗りは
329.
ユーザー
DSNNw
最低でも歴史書全18巻も持ってない知的障害者が、一丁前に歴史について語るなって話だよ
330.
ユーザー
628eM
>>326
残念ながら俺の言ってるのは何も俺のオリジナルじゃないんだよ
殆どは今じゃ常識レベルのお話ばかり

お前の年齢がいくつか知らんが
全く知識を更新しない老害だよゴミクズ
331.
ユーザー
6JZaP
>>325
古事記のナガスネヒコとの対決に至る舟の航跡が
それと合う
332.
ユーザー
DSNNw
>>324
まあこのようなイスラム原理主義者と同じ人種に日本の歴史を教えても仕方あるまい
333.
ユーザー
En6DW
倭の五王と七福神
334.
ユーザー
En6DW
日本出身はエビスだけと
335.
ユーザー
DSNNw
>>330
今どきの小学生には常識らしいが、残念ながらそれは嘘だ。

昭和の歴史書全巻読んで出直してこいアホ。

特別支援学校の図書室の本じゃあ、ちょっと勉強にはならんかもだがな笑
336.
ユーザー
6JZaP
江戸湾も多摩川の田園調布裏あたりまで入り込んでいた
古墳もあるし。古気象学・地学も考古学と連携する時代
337.
ユーザー
DSNNw
古い歴史というのは古い時代の人間ほど真実を知っているものだ。

お前のような今どきの軽佻浮薄な不逞の輩のクズに教えられることなど何も無い。

ねじ曲げられた情報を信じてんじゃねーよバカが笑
>>330
338.
ユーザー
DSNNw
お前らも明治生まれの宿老が言ってることと、
今どきのその辺のカス野郎が言ってることのどちらを信じるか?
答えは一目瞭然だな
339.
ユーザー
628eM
ちなみに
「昭和の歴史書」を連呼してる基地外がいるが
(民明書房刊かな?www)

講談社とか吉川弘文館とかの日本全集で
邪馬台国や古墳時代は考古学者編集執筆してる
340.
ユーザー
6JZaP
朝鮮には5000年間の空白期間があるそうだね
12000年前から7000年前。そのころ「アカホヤ」があり日本列島から
朝鮮に避難。空白の5000年が終わり。土器も出現。古墳まで
韓国学界は稲の伝播も含め真面目に取り組む姿勢がなく、こね回す・曲げる・自由自在
酷いもんだね
341.
ユーザー
DSNNw
>>339
ん?お前は考古学者だと言ってるのか?
ちょっと日本語がおかしくて、誰かこのマヌケの言ってることを翻訳してほいんだが笑
342.
ユーザー
tXCHi
当時にしたらリアルタイムの軍事資料なんだから
筆者の思想垂れ流しで距離や方角盛るとか到底許されそうに思えんけど
倭国と戦争になって倭人伝に従って軍移動させたら全軍海上で野垂れ死にました🥺
では筆者の首が飛ぶどころの騒ぎじゃない
343.
ユーザー
gYzL9
日本の何処かにあるならどこでも良い
344.
ユーザー
DSNNw
>>339
歴史書における考古学者は弥生時代までな知恵遅れ
345.
ユーザー
6JZaP
竹田の歴史教科書が検定に受かり朝鮮ハンギョレ大発狂
日本サヨクもなぜかツラレテ・・こだまのようにそれ以上に発狂
竹田って男はたいしたもんだ。そこらのネトウヨの億倍の破壊力
346.
ユーザー
628eM
>>344
恥をかく前に検索したらどうだ?
ド低脳ゴミクズ爺

勿論時代区分にはいくつかあるが
平安時代とか少なくとも飛鳥奈良時代までは
その区分に含まれるのが大勢で

少なくとも俺の言った日本史全集の該当の時代はは
白石とか寺澤が編集してる
347.
ユーザー
6Zk5N
>>342
中国の正史としての歴史書は史記以外は次の王朝が編纂しているからリアルタイムというわけでもないけど…
348.
ユーザー
E9oq1
不弥国 → 宇美一帯
投馬国 → 三潴、上妻、下妻などの一帯
邪馬台国 → 筑後山門、肥後山門などの一帯
だろうな
349.
ユーザー
DSNNw
>>346
いや、そりゃあオメーのただの感想だろバカが笑

どこの歴史書が飛鳥奈良時代を考古学者が書くって言ってんだよ死ねよアホ笑

あんま笑わせるなよ低学歴笑
350.
ユーザー
DSNNw
>>346
こういう考え方だから、デタラメばかり覚えるんだろーな
351.
ユーザー
DSNNw
ちなみに魏王からもらった金印が大和で発掘されても、そこに卑弥呼の墓がなければ証拠にはならんと言う。

まあ九州説が真実だろうがな
352.
ユーザー
628eM
>>342
>筆者の首が飛ぶどころの騒ぎじゃない

この辺勘違いしてるやつが多いが

そもそも「三国志」が史書の列に加えられたのは
陳寿が死んでからで
三国志自体が時の朝廷から命じられて編纂されたものじゃない

よしんばそうであったとして所謂「魏志倭人伝」と言われてるものなんて
三国志全体の巻末付録おまけのおまけ

全体の内容の評価に及ぶものじゃないだろうに
353.
ユーザー
En6DW
投馬国は台湾で、邪馬台国はタイ
(  ̄▽ ̄)
354.
ユーザー
En6DW
ヒミコは三十ヶ国の女王だからたくさん省略されてる
355.
ユーザー
En6DW
台湾に馬祖って島々がある
356.
ユーザー
fRywh
千葉説とか四国説とかも語ろうぜ!w
357.
ユーザー
En6DW
だからうちがうちがって遺跡掘ってるやつらは三十ヶ国の中の小さい国々のひとつで多国籍軍のリーダーがヒミコ
358.
ユーザー
En6DW
で、どうせヒミコと関係ない村みたいな国も100個ぐらいあんちゃう
359.
ユーザー
628eM
>>349
>どこの歴史書が飛鳥奈良時代を考古学者が書くって言ってんだよ死ねよアホ笑

ほれ爺w

 講談社  日本の歴史02  王権誕生 寺沢 薫
 吉川弘文館  日本の時代史 1 倭国誕生  白石太一郎

まあ自分が持ってるのをあげたけど他にもあるだろう

マジで今の中学生の知識にも追いついてないぞゴミ爺
360.
ユーザー
En6DW
講談社w小学校の図書室で読んだのかな
361.
ユーザー
628eM
>>360
講談社がいつ児童書専門の出版社になったんだ?
バカ丸出しだな
362.
ユーザー
En6DW
天皇陵調べたらそのときの天皇と今の皇室と繋がってない証拠とかが出てきそう
363.
ユーザー
02rU7
>>32
日本の馬は足が遅いんだろうなw
だから突撃に向かない
連絡係みたいなのにしかツカエナイwwww
364.
ユーザー
dLgYy
神奈川県大和市はなんか違う
365.
ユーザー
628eM
>>362
「繋がってる証拠」ならともかく
「繋がってない証拠」ってなんぞ?

「悪魔の証明」かよ
366.
ユーザー
ujDnF
宇宙戦艦邪馬壹
367.
ユーザー
DSNNw
>>359
おい、負け犬クソガキ笑。

ネットでデタラメ書いて恥さらしてる暇があったら、本当の歴史書を買って日本語も勉強してろ。

お前の書き込み読んだ学者はみんなお前のこと笑ってるぞ
368.
ユーザー
02rU7
武田信玄の甲陽軍鑑では

我欧米乃早馬欲

と書いてある

つまりナポレオンが使ってたような
足が早くて強靭な肉体を持つ
ヨーロッパの馬が欲しかったということwww

でも実際はタタールの持久力の高い馬を横浜から輸入してたんだけどね
ヨーロッパの馬は高いから
369.
ユーザー
628eM
>>32
というか古今東西問わず正面主力は大抵歩兵集団
騎兵はその機動力でサイドを突いたり後ろに回り込んだり

武田の騎馬軍団とかイメージがあるけど
騎馬の比重は他の戦国武将に比べ
特に高くなかったとか
370.
ユーザー
DSNNw
>>360
これはまだ類人猿以下だから相手にしなくて可い
371.
ユーザー
6JZaP
史書とやらにバイアスがかかり、バイアスがかかっているに
違いないと都合よく取捨選択できるのが歴史論争の醍醐味
372.
ユーザー
628eM
>>367
んー学者先生がこんなとこ見るのかね?w

お前のアホさは中学生にでも笑われかねないぞゴミクズ爺w
373.
ユーザー
En6DW
>>365
血縁関係の有無なら無いほうも簡単に証明できるぞ
374.
ユーザー
628eM
>>373
なるほどねDNAとかなら可能か
もっともそうなると現代の皇族のサンプルも採取する必要があって
事実上不可能だと思うがw
375.
ユーザー
En6DW
水行二十日で投馬国、水行十日陸行一ヶ月で邪馬台国
日本国内だったらこんなかかんないね!
376.
ユーザー
En6DW
韓国からだったら七千里余とか千里とか距離が書いてあるのにいきなり日数に切り替えている、これは韓国より遠距離にある場所の証拠
377.
ユーザー
B26f2
奈良県とかありえないんだよ、突然現れるわけだからな
生産性から考えても絶対有明海がいるだろ?
つまらん議論なんだよね、奈良県とかいうならその途中はもっと明確に分化がないと。
松浦→吉野ケ里→大和だろ?
378.
ユーザー
628eM
>>375
それもなんとでも解釈できる

潮待ち(都合の良い潮の流れになるまで待つ)とか
悪天候にあったとか
あるいは寄った先々で熱烈歓迎接待を受けたとかw

要は行程記事なんてどうとでも解釈できる

身も蓋もないがこんなもんで位置を特定しようと
考えるほうが馬鹿げてる
379.
ユーザー
DSNNw
>>372
磯田道史が見てるかも知れん。惜しむらくは古きを知る明治生まれの歴史家はおらんだろうが。

お前の話は小学校では通用するかも知れんが、
大人の世界では笑われるだけだと言うことがわかったか?笑
380.
ユーザー
B26f2
学者が有明海の生産性ガン無視するのはなんでなんだろうね?
歴史書を読み解くとか、学問ではないのでは?
381.
ユーザー
DuheU
>>374
現生皇族のなら簡単に手に入ると思うよ、古墳時代の王墓って比定されている所の人骨の方が難しいてか、古墳の再利用もあったし、盗掘もあるし、なあ。
382.
ユーザー
628eM
>>377
>その途中はもっと明確に分化がないと。

その文句は倭人伝の行程記事に言うべし

じゃあ仮に九州説を取るとして
不彌國から投馬國までノンストップ20日水行だったのか?
投馬国から邪馬台国陸行一月で途中に一つの国もなかったか?
あるいは投馬国が邪馬台国に隣接して
その国境に行くまで一月要したのか?と

まあ不彌國以後は別資料と考えたほうが合理的だと思うが
(不彌國までは割と詳細な地理志)
383.
ユーザー
B26f2
奈良県の話は歴史が割とはっきりしてる近代の話だよな。
384.
ユーザー
B26f2
>>382
その文献の話に意味はないってことだよ。
創造なんだから。
結局畿内まで行く途中とか全く何もないことになるからな。
マツロ国にインしたのは間違いないんだろう?
385.
ユーザー
628eM
>>380
>有明海の生産性

生産性と言うならそれは人口に反映されてるはず
その有明周辺が人口絶対数あるいは
密度が高かったって資料あるかい?

想定されてる人口だと東山道とかが結構高かったりするw

これは稲作が進んだとは言え米で腹いっぱい食える
には遠く及ばず海産物もとっただろうが
山で取れる堅果類や果物や禽獣類に多く頼ってたんだろう
386.
ユーザー
ujDnF
邪馬台国はなかったって聞いた
387.
ユーザー
anN7w
当時の防犯カメラが出土されれば分かる
388.
ユーザー
B26f2
>>385
逆だよな、だとすれば人口密度が低かった原因は何かを考えないと。
巨大な干潟をなぜ人々は無視したのか?
389.
ユーザー
628eM
>>388
意味不明だな

なにか阻害要因があるから人口が少ないんじゃなくて
生活に必要な物資がないから人が少ないんだろう

なにもない所に人間が湧いて出るもんじゃない
390.
ユーザー
AHoOe
神奈川なのか?
391.
ユーザー
sCG4h
え?
普通にそう思ってたんだけど
ヤマタイとヤマトが別とか普通思わんやろ
これが画期的って…
392.
ユーザー
WQrXn
時代を経れば、経るほど真実から遠退くのはココを見てもよく分かる
邪馬台国は異次元世界の宇宙にあってヒミコはトランスジェンダーだったんだよ
393.
ユーザー
oy6Az
普通の頭で考えれば邪馬台はヤマトって読むでしょ
邪馬台国と大和朝廷が併存したと考えるのも変だし
因みに昔から言われてる卑弥呼の正体は神功皇后
幼い皇子の摂政として君臨したのは周知の通り
後に皇子は応神天皇として即位した
394.
ユーザー
WQrXn
正直、邪馬台国なんかより日高見の方が浪漫がある
邪馬台国は八俣の大蛇として葬ったんだよ
395.
ユーザー
WQrXn
実は邪馬台国は八州の持ち回りでどこでも全部正解なのは内緒な
396.
ユーザー
4BR0i
ぶっちゃけ大阪だろうが福岡だろうがどっちでも良いわ
曖昧なやつは絶対に問題に出ないから
397.
ユーザー
UIcXC
>>393
そもそも邪馬台国をヤマタイと当時読んでたのかどうか根拠があんの?
398.
ユーザー
OQx5z
邪馬台国は倭人が魏の使者にホラを吹いて信じ込ませた架空の国
399.
ユーザー
WQrXn
トヨと読めば、ヤマトだよ
400.
ユーザー
B26f2
干潟と平地がある言うてるのに…
401.
ユーザー
WQrXn
超時空要塞だろ?邪馬台は?
秀吉は超時空太閤だし
どうとでもなる
こんなこともあろうかと、って
402.
ユーザー
B26f2
つまり説明から言えば、大和はパクリってことでしょ?
403.
ユーザー
WQrXn
魏志倭人伝なんて大陸の侵略資料だろ?
目一杯ウソ書かせるだろ
404.
ユーザー
WQrXn
>>400
だから?
有明のこと言ってんの?難波潟のこと言ってんの?
405.
ユーザー
WQrXn
そもそも騙しがあってダミー作って嘘八百ならお手上げ
鎌倉なんて不便この上ないし
江戸は人造都市だし
難攻の要所のわかりにくい方が良いとか言われたら
大小すら分からん
結局、天皇や将軍などの有力者が居さえすれば良いんだから
406.
ユーザー
WQrXn
2つ、3つの都市で役割が違った
今も中世も太古も
だが、力関係が変わった
今までと同じように
邪馬台国だけ全く違うとは思えないけどな
たぶん、ずっと場所変えてループしている
407.
ユーザー
73RwX
日田市だって
408.
ユーザー
oFYXO
直感だと久留米だな
広い平野、大きな川、福岡と佐賀にアクセスしやすい
巨大な農耕集落を形成するなら最高の地
卑弥呼は宮崎から久留米にやってきて女王になった人なんじゃないのか
409.
ユーザー
WQrXn
ソレはソレであまりに不安定な場所じゃねぇか?とも思うけどな
太古の情勢で
太古の最大商業、軍事都市ではあるのかもしれないが
政治的、宗教的な要人を置くかね?
やっぱり、一箇所ではなく、複数に分けるんじゃね?
九州北部地方蹂躙されたら全部オワリなんてことするかね?
410.
ユーザー
VcmIL
>>311
北九州だから大陸渡るまでしか詳しくないんだよ
奈良なら、むしろ日本上陸から詳しくなるわ
411.
ユーザー
WQrXn
伊能忠敬の地図が渡らなければ、オランダ商人だって出島の地理しか詳しくないだろうぜ
412.
ユーザー
ThyaY
>>15
熊本県上益城郡に山都町(やまとちょう)ってあるしな

まあ町村合併で出来てから20年も経ってないけど
413.
ユーザー
uf8B6
邪馬台国はどこにあったのか?

日本列島

以上、
414.
ユーザー
TXmmN
> なお、九州にも「山(ヤマ)門(ト)」という地名があるが、「門」の字で表す「ト」は甲類なので
> 日本全体や奈良地方を指す「ヤマト」とは上代の発音が違い、ここでは忘れてよい

だそうだ
上代日本語云々となると素人が現代音でどうこう語る話でも無さそうな
415.
ユーザー
oFYXO
>>412
山都町の面積でかすぎ
車で1時間走っても山都町から出れないとかw
416.
ユーザー
oFYXO
久留米の近くにも旧山門郡と大和町があったいまは合併して柳川市になったけどね
やっぱ久留米一帯のどこかだとおもう
東は大分西は佐賀南は熊本北は福岡の集落にアクセスしやすい地域だし
417.
ユーザー
WQrXn
わかりやすく全部ソコにあった!なんて考えない方がいいと思うがね
日本なんだから
天皇が居るところ?将軍が居るところ?天下の台所?
いつも、日本は重層構造で海外はいつも分からずに適当なこと言ってんだから
418.
ユーザー
ThyaY
>>415
その半分は演習場だからな(イメージです)
419.
ユーザー
jcTes
>>8
ごめん、わからんw
あの本での距離と方向の記述を真に受ければ奄美沖の海上になるがw
さすがにそれはない

測量技術が未熟あるいは書き間違いで距離を多めに書いてしまった説を採れば九州になるし
南と東を書き間違えたんじゃないか説を採れば近畿になる
420.
ユーザー
jcTes
>>364
あそこは4つの村が合併してその後分村騒ぎになったときに
「大きく和する」の意味を込めて改名した瑞祥地名(´・ω・`)
421.
ユーザー
PCacp
とりあえず記事の内容読め
422.
ユーザー
0pCg9
卑弥呼の墓では思われてた墓を道路拡張とかでぶっ壊した自治体があるって学者さんの記事を見たことあるんだよなあうろ覚えかなあ
423.
ユーザー
WQrXn
だから、時が来たらゴゴゴゴって
海に浮かび上がるか
宇宙から飛来すんだよ
超時空要塞 邪馬台
424.
ユーザー
DGZ13
>>421
記事を読んだ
労作だな

国号としての大和、地名としての大和、行政区分名としての大和をきっちり分類し、
それぞれについて、各時代にいかなる読み方をしていのか、推定しし、
邪馬台については中国の各時代にどのような発音であったかを推定し、

三国志における邪馬台国とは大和国だと結論づけた

みな、邪馬台国の卑弥呼って、ヤマトのヒメミコじゃねーの?とは思っていたが
検証は面倒でやってこなかった
425.
ユーザー
2Cq5A
ヒミコは2人いた。一人は奈良の太田タネヒコの娘。もう一人は九州の宇佐家の娘。太田家はインドから日本に来た出雲族。宇佐家は徐福と共に日本に来た一族。
徐福は古代メソポタミアの王のまつえいで、日本に来る途中に魏国と同盟関係にあった。
九州のヒミコは奈良のヤマトを攻めるとき、魏に軍事司令官の派遣を要請している。そのとき、九州の自分たちがヤマトだとウソをついた。
九州のヒミコは魏から敵国の名前を聞かれたとき、ヤマトとは言えず、クヌ国と答えた。奈良と九州の戦争は、九州側が勝利した。太田家が奈良を裏切って、九州のモノノベ氏を勝たせてしまう。
戦後、九州のモノノベ氏は失脚したが、九州のナカトミ氏は神官として奈良のヤマトで生き残る。ナカトミ氏はのちの藤原氏である。
九州のウソつきと、国を売った太田家の歴史ものがたり。
426.
ユーザー
NGJ6L
>>424
ぞの面倒をやるのが仕事のはずなんだけどな
学者というのはいったい何をやっているのか
427.
ユーザー
DGZ13
>>426
邪馬台国は、歴史学者の興味は惹かねえじゃないかな
考古学者は、この時代を掘りまくるけども
428.
ユーザー
NGJ6L
ただそうなると邪馬台国がどこか、から、大和朝はどこから発祥したかという問題にすり替わる気がする
ぼんやりとしか分かってないが
429.
ユーザー
DGZ13
俺は学者じゃねーから、何年にもわたる検証なんかしないが、
邪馬台はヤマトで確定でよいと思う
そして、日本語におけるヤマトの意味は、最初はミナトの対語だったのが、都みたいな意味(高貴な方がおわすところ)に変化していったと思うね

死者「ヤマト(ミヤコ)のヒメミコの使いでまいりました」
帯方役人「邪馬台国の卑弥呼の使いが来た」
430.
ユーザー
KanAy
奈良の狭川は佐川急便か
431.
ユーザー
DGZ13
>>428
その問いこそ、邪馬台国探しの本質だな
(1)ヤマト王権はどこで、どのように発祥したのか
432.
ユーザー
DGZ13
ヤマト王権は、現在の奈良の地で、女系王権として発祥した
433.
ユーザー
DGZ13
すくなくとも、最初に対外的にヤマトを名乗ったのは、女系王権の女王だったことになる
434.
ユーザー
2icWE
仮に九州にあったとしたら
畿内にあった巨大な遺跡は何なんだよって話になる
別の政権があって大陸とも交通してたのに
九州にあった邪馬台国は何の関係も無いと言うのか?
普通の頭で考えれば分かるけど
畿内が本拠地で北部九州が出先機関なんだよ
後の時代で言えば太宰府や長崎奉行みたいな存在
なので魏の記録にも九州の習俗は載せてるけど
畿内の習俗については乏しい
それは魏の使者は北部九州までしか来てないのだから
だから邪馬台国までの旅程も水行十日陸行一月とか
曖昧な表現になってて本拠地を隠すための工作だ
435.
ユーザー
7WxIb
確か魏志倭人伝が書かれたころってまだ呉が残ってたんじゃなかったっけ?
だから自国に味方する国の位置は敢えてぼかしてたって話もあるよな。
普通にたどると奄美辺りになるのも呉を牽制するためだろ。
で、熊襲が呉の支援受けてたなら魏の保護下にある邪馬台国と対立するし
最前線は九州って事になるから九州のどこかだろ。
436.
ユーザー
DGZ13
>>434
畿内に巨大遺跡があっても、九州説になんの打撃もない
ヤマトのヒミコが、日本列島最大最強組織のボスだと前提する根拠はどこにもない
437.
ユーザー
HSaPO
昔は大阪なんてほぼ海で奈良は海に近かったんだろうなと予想
438.
ユーザー
E9oq1
>>414
自分らの聞こえたように適当に当て字してる当時の中国人が
日本の上代仮名遣いに則って表記してくれてるというのがそもそも根拠が無く怪しい
439.
ユーザー
DGZ13
>>435
そうだね
三国志は、魏晋視点で書かれているため、日本列島と呉の関係がまったくわからない
それぞれが、存亡をかけて対立している時代だ、行き来がないわけないわな
九州勢と呉、畿内勢と呉、出雲勢と呉などなど
ここらへんは、発掘待ち、そのうち呉の文物がザクザク出てくるだろう
440.
ユーザー
DGZ13
>>439
訂正、
×三国志は
〇三国志の東夷伝は
441.
ユーザー
UVbly
曹ヒが歓迎したというな
革命した直後に外国から使節がきて
曹ヒが皇帝として接見するというのは
曹ヒの権威を高めるのに役だったという
外国人ですらおれを皇帝として認めてるんだから、
おまえらもおれを皇帝として認めろ、ということ
442.
ユーザー
TXmmN
>>438
九州の地名が当時の大和の発音とは違うから無関係って話だよ?
日本書記とかの文献での記述から導いてる箇所、まず記事読もうよ
443.
ユーザー
DGZ13
>>441
漢王朝が衰えて以来、東夷は長らく朝貢にやってこなくなっていた
それがどうだ、禅譲を受けた魏にさっそく東夷がやってきた
魏が漢時代の威信を回復したのだ

ってあたりかな
444.
ユーザー
uf8B6
おまいら、三国志の時代の話やで
信じてどーするんや
445.
ユーザー
SlXpt
>邪馬台は「ヤマト」と読む

こんなのみんな前から言ってるわ。
俺だって2chに書き込んだことあるのにw
446.
ユーザー
DGZ13
>>444
三国志に邪馬台国の卑弥呼が魏に朝貢したと書かれている事実が存在する
その事実から、当時の日本列島の様子をどこまで推察できるか、というゲームなのだよ
447.
ユーザー
DGZ13
時は3世紀前半、日本が歴史時代に突入するのはこの300年後だ
現存する文書のみで数えれば500年後のこと

当時の日本の様子を伝える資料は中国にしかない
448.
ユーザー
uUPOx
>>433
卑弥呼が天照大神そのものを指していてその天照大神という女神を信奉している国が邪馬臺国って説もあるから女系どころか統治者として女王がいたとも言い切れない
449.
ユーザー
jrkO5
そもそも日本書紀や古事記が天皇一味によって歴史を改竄して、それまでの真の歴史を
消してる。
だから魏志倭人伝の邪馬台国が分からなくなってる。
450.
ユーザー
FDI8R
ヤマタイってラーメン作ってる会社っぽい
451.
ユーザー
0m1Lz
魏の書物にはっきりと佐賀の王と書かれてるんだわな
452.
ユーザー
ThyaY
>>450
ヤマダイか味のマルタイか
453.
ユーザー
bn2Gk
江戸時代までは、ヤマト読みだったとは聞いたけど
454.
ユーザー
kpdvH
これ完全にロンパされてる論だろ
邪馬台国(ヤマタイコク)という呼び名は江戸時代の学者が暫定的につけた名前
実は本当の呼び名は今も謎
455.
ユーザー
kpdvH
>>433
中国の歴史書に最初に記されている倭王はスイショウな
卑弥呼はもうちょい後
456.
ユーザー
WdSNA
>>434
自分たちが日本列島の支配者だ!
と、他の大勢力を出し抜いて大陸へ行った可能性もあるよね
457.
ユーザー
VcmIL
>>434
魏志倭人伝読んでる?

そもそも邪馬台国は隣国にすら脅かされてる微妙な国で日本全土を統治してたなんてありえないんだけど?
458.
ユーザー
1Iq2F
倭猿国是边境的野蛮国アル
*  ∧CCP∧    ヤマ・ドゥの起源はウリナラ
  ( ; `八´)彡 <丶`∀´> 手縛図にも描かれているニダ
Σm9っ   つ  Σm9っ )

ロシアをめぐる混乱や規制が広がる  ジョージア タジク #トルコ
https://yamatoxx00xx.blogspot.com/2024/05/blog-post_3.html

フィリピンと中国海警船が衝突 またチリで中国の麻薬農園発覚
https://yamatoxx00xx.blogspot.com/2024/05/blog-post.html
459.
ユーザー
668q1
ヒント 豊の国
460.
ユーザー
668q1
豊国ととよのくにの違いは何ですか?

豊国(とよのくに、とよくに、古墳時代 - 7世紀)は、古墳時代にあった律令制以前の国の一つ。 旧国名を豊日別(とよひわけ)と言い、現在の福岡県東部および大分県全域に相当する九州の北東部地域に存在した。 律令制の時代には豊前国と豊後国に分かれた。

461.
ユーザー
WQrXn
ヒメミコと帥将だろ
462.
ユーザー
DGZ13
>>455
スイショウは倭国王
はじめて対外的にヤマト(邪馬台)を名乗ったのは、卑弥呼

という意味で書いた
463.
ユーザー
D3N2e
>>457
そうなんだよね
その程度の立場の国号をなぜ奈良が欲しがるのかが謎
大陸に比較的近い領域の倭国の盟主としては対外的に認められてたとは思うけど
464.
ユーザー
2TPCW
後世の創作だよね
465.
ユーザー
Haztn
空母「邪馬台」が出来るかな?
466.
ユーザー
WshMD
九州から日本全土を支配することはできない
有史以降一度もない
当時の交通手段から無理

日本を支配していたのなら畿内
467.
ユーザー
ZfyNz
誰も魏志倭人伝も日本書紀も古事記も読んでない
つまりは全部空想ってことは見ててわかったと思う
468.
ユーザー
VcmIL
>>466
邪馬台国が日本全土を支配してるなんて妄想いつからしてんの?

クスリはほどほどにしとけよ
469.
ユーザー
iZ6t6
じゃあさ、あいだとって韓国説でいいじゃん
470.
ユーザー
029WF
卑弥呼の国が邪馬台国で、神武天皇の国が奈良県の倭国で別名大和。襲名制だったのかも。徳川家康だって、外国に使節を派遣するときは、源家康を名乗っていたし、便宜上、昔の血族の名前のほうが通じやすかったのかも。
471.
ユーザー
7WxIb
>>466
そのために、つまりもっと領土を広げるために九州は福岡から宇佐経由で四国、そして奈良に移ったんだろ。
472.
ユーザー
6cZfH
5ちゃんでいつも必死なマルチID九州節子信者のいつもの弁だなw
来たかw
こっから独演が始まるぞw
473.
ユーザー
yDJbm
海外からすれば日本全体が邪馬台国。しかし所謂首都はどこだったかが問題。そしてそれは奈良でほぼ決着がついている。
474.
ユーザー
C4KoM
>>1
言葉遊びをしてるようで読んでてイライラしたわ
さっさと結論を言えよハゲ
475.
ユーザー
C4KoM
天皇家に伝わってるだろ
神武天皇の即位は西暦紀元前660年らしいんだから
あと邪馬台国と天皇家の関わりてあるのかな?
476.
ユーザー
UNMv0
>>5
その頃の日本に国があったのは間違いない
それを否定する人はいない
477.
ユーザー
I0xck
>>475
伝わってないから分からんって言ってるんじゃないの??????
478.
ユーザー
KxGwb
倭
『やまとぉいこくです。』
魏
『?、、やまたいこく?』
倭
『ひのみこでございます。』
魏
『?、、ひみこ?なんじゃそりゃ?』

魏
『なんやったっけ?やまたいこく?邪馬台国やったな。
ひ?みこ、、卑弥呼やな。 変な国ww』


こんな感じやろ
479.
ユーザー
w3YWN
邪とか卑とか倭とか、ほんまに悪意のある漢字を無理に当ててるから、結局ほんまの読み方まで解らんようになってるんやろな
480.
ユーザー
9Zy8G
邪馬台をヤマト読みは流石に突飛すぎやろ
全く違う
481.
ユーザー
GAHfe
>>480
あなたには、なにがあってて何が違ってるか、判定するための知識がないだろ
482.
ユーザー
LdwzP
大和でヤマトと読ませるのがそもそも無理があるからな
邪馬台でヤマトと読むとしても、大和は後から当て読みしただけやろ
邪馬台国と大和朝廷が関係してるとは考えにくい
483.
ユーザー
n2xc0
倭、大倭、大和、大養徳
全部ヤマトやで
484.
ユーザー
GAHfe
>>482
古くからの地名は大和言葉だよ
中国人や後世の人があてた漢字が何かは関係ない

485.
ユーザー
xMM1H
中国に日本語話す集落あるし半年あれば言語なんて話せられるようになるだろ
486.
ユーザー
GAHfe

何にも知らないゴミカスって悲しいね
487.
ユーザー
LfYui
>>477
いや、知ってるけど教えてやんねえーよてことだろ
天皇家なら一般人の知りようのない歴史資料が山のようにあるんだろうけど、それをわざわざ公表さしたなんて話は聞いたことがないし
488.
ユーザー
vEYJJ
一番最初に中国とコンタクト取ったのは邪馬台
大和は「ええ、それの子孫のようなものです」とネームバリューを使わせてもらっただけ
489.
ユーザー
1KcIX
サラリーマンをなめんじゃねぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
490.
ユーザー
GAHfe
>>487
なんの根拠もなくお気持ちを語るの好きですね
491.
ユーザー
AeQhw
大和でヤマトなんて当て字でもおかしいのわかるだろ

ワの国が、自国を大きく見せようと大和と当て字

後にヤマトと名乗ることが大陸とやってくことに都合が良いことに気づいた政権が大和と書いてヤマトと読みますと名乗り出したんだろう

邪馬台国と大和朝廷は全く別ってことだ
492.
ユーザー
5MkxO
九州から日本を支配することはできない
有史以降一度もない

中国様が相手にしてくれた政権なんだから日本全体の支配力を持っていたはず
畿内以外にはありえない
東大と京大とのくだらない学閥争いの結果、不毛な論争が続いているだけ
493.
ユーザー
OT2u5
ワッハッハッハッ!「邪馬台」と書いて「ヤマト」と読むってか?こりゃ面白い
我がガミラスにとってヤマトは「ジャマだい」ですなぁ総統…
ワッハッハッハッ!グワーッハッハッハッハッ!
494.
ユーザー
g9FI1
「邪馬壹」←さあ、この漢字をコピペして中国語の音声で読み上げてもらいましょう
495.
ユーザー
AxeVa
九州説とかまだ言ってるド素人が居んのかw
496.
ユーザー
g9FI1
チェンマーイーだって
497.
ユーザー
NFdih
なんで歴代天皇皇后らが九州出身で九州でごちゃごちゃ争いやってんの?
奈良周辺じゃ何もなかったのかよ
498.
ユーザー
HS2Ew
倭国があって

大倭国

大和国

だから連合国の総称だよ

ヤマタノオロチもあれヤマトのオロチよ
499.
ユーザー
1Iu6B
魏の里の尺度をまともに捉えて、邪馬台国は茨城にあったと提唱したいw
鹿島神社中心に日巫女さんはいたんだろう。日本で一番早い日の出のエリアだ。
500.
ユーザー
wUDd5
邪馬台国が畿内にあったとすると
吉備・出雲といった中国地方の強国を支配下に持つ、機内から九州北部にいたる大連合国家ということになる
そんな超大国相手に九州の一地方国家でしかない狗奴国が対等に戦争してたことになる
501.
ユーザー
mwkR4
西暦3世紀頃は奈良県は人口過疎地で、巨大な箸墓古墳の時代に突然人が増えたらしい。九州から遷都した可能性を感じる。

日本のことを昔は、大和・日高見の国と言っていて、日高見の国とはどこだって議論がある。漢字から見ると、日の登る土地だ。

奈良時代の風土記には茨城県(常陸の国)に、昔ここを日高見の国と呼んだ、と書いてある。だから大和・日高見の国は、西日本と東日本だという説。

しかし、日高見の国は九州に考古学的遺跡の多かった3世紀の時代からには東国の近畿をさし、奈良に東遷してからは、さらに東の地域を指す言葉になったという、抽象的な言葉だという説もある。
502.
ユーザー
M5mnX
邪馬台国連合の中で人口が記録されてるのは以下の通り
奴国(福岡)20000戸、伊都国(福岡)1000戸、不弥国(福岡)1000戸
対海国(長崎)1000戸、一大国(長崎)3000戸
末盧国(佐賀)4000戸
邪馬台国70000万戸
投馬国50000戸
このように記録に残されてるのは北部九州が占めており邪馬台国と投馬国も九州の国だと馬鹿でも推測できる
503.
ユーザー
M5mnX
あと奈良という盆地に70000戸4人計算で28万人の大集落があったという妄想は妄想好きの馬鹿でも無理
504.
ユーザー
uJ0n0
>>501
世界的に卑弥呼の時代は寒冷な時代
魏志倭人伝でも「対島・壱岐においても食糧は不足がち」となっていて海産物で凌いでいる様子
当然、穀倉地帯の無い奈良は海産物も取れないし人口は増えない
しかし魏志倭人伝で邪馬台国は食べ物に困っている様子は無く、老人も見かけ、酒を飲み、絹をまとっていて豐かな様子
寒冷な卑弥呼の時代で食に困らないなら穀倉地帯でしかも暖かいところ、さらに穀倉地帯があるところだろう
そして魏志倭人伝にある弥生時代の絹、卑弥呼の時代の鉄器が多く産出しているところ
もう議論の余地は無く九州のどこかが邪馬台国
しだいに暖かくなってきて古墳時代になって奈良に人が移動して栄えた
505.
ユーザー
HS2Ew
卑弥呼の話だけじゃなくて卑弥弓呼の話もしようぜ
卑弥呼と争ってた男王
俺は姫命と彦命って意味だと思う
506.
ユーザー
O9XBi
>>505
だな
個人名ではなさそうだ

ヒメとヒコ
507.
ユーザー
9L00o
普通の頭で考えたらわかるけど
邪馬台=ヤマト

畿内にあったヤマトが邪馬台国の本拠地
時の摂政であった神功皇后が卑弥呼
これは日本書紀にも書かれてるだよ、決定打でしょ
国史を否定する奴って何なの?
508.
ユーザー
6VYwe
秋田よ
どこでもいいよ
江戸時代かそこらで流行ったフェイク銅器でひたすら迷ってやがれ
なんでも鑑定団舐めんな
509.
ユーザー
dUaPD
“ここは、どこですか?”と聞かれた人が
“ここは、やまとたい!”と答えただけ。
だから邪馬台国と表記されたが、
やまと、たい(=ヤマトです)と答えているから、
邪馬台国は九州説に間違いない。

その後、大陸からの侵略から逃げるために、
日田、宇佐から瀬戸内海を渡り畿内にクニを移した。

なんで、こんな簡単な事、わからないかな。
510.
ユーザー
vStGP
文字を持たない野蛮人(当時の日本人)と超文明国家の魏の使者がどうやって意思疎通していたのかも興味深い
511.
ユーザー
O9XBi
>>507
魏志云「明帝景初三年六月、倭女王、遣大夫難斗米等、詣郡、求詣天子朝獻。太守鄧夏、遣吏將送詣京都也。」
ここだね
神功皇后だとは書いてない、というか意図があいまいな魏志引用だね

魏志にある景初3(西暦238)年の朝貢と、
広開土王碑に残された三韓成敗の396年と、
150年の開きがあるのがなあ

神功皇后の最大の功績たる三韓成敗をとると、卑弥呼は神功皇后ではない

後世の帝の三韓成敗を何かの事情で神功皇后の功績だとかきかえてしまった、ということであれば
卑弥呼は神功皇后で、当時のヤマト王権は女系王権(卑弥呼から台与へ継承)であって、
卑弥呼と戦った狗奴国の卑弥弥呼は、仲哀天皇(神功皇后の夫)の長男次男の?坂王と忍熊王だったことになる
狗奴国とは大和となる

それはそれで面白いと思う
512.
ユーザー
n2xc0
>>502
2~3世紀の日本の総人口は60万前後って推定されてるから

邪馬台国を九州に持って来ると総人口の大半が北九州に集中してるって事になる
全国の弥生遺跡の分布を見てもそんな極端な偏りは見えて来ないし、北九州だけ
でそれだけの人口を当時の技術で支えらえるかと考えたらまあ無理
吉野ヶ里でも人口は千人強、クニ全体で五千人程度だそうだし

九州説にとってかなり厄介な話になるから、松本清張先生も「こんなん中国役人の
捏造や!んな訳あるかあ!」って言ってたよw
513.
ユーザー
MmJxK
>>501
その頃に我々の祖先の古墳人が大陸から半島経由で大和地方に入植したんだろうな
https://pbs.twimg.com/media/E_hEDy4XsAcQVyA?format=jpg
514.
ユーザー
c0wkv
中国語も知らないやつが考古学って
茶番だな。事業仕分け対象だよレンホーさん
515.
ユーザー
BLb7M
邪馬台国がどこにあったとか
命がけで討論してる老害どもいるけど

ぶっちゃけどこに存在したかとかどうでもいい
516.
ユーザー
Zpl5I
大和朝廷は日本に無数とあった豪族の連邦制であったのは間違いない。例えばだ、その頃には既に九州から関東近郊までの勢力が同じ連合に与していたとするならば奈良も九州も同じ邪馬台国なんじゃねーの?だから奈良説だとか九州説を論じるのはナンセンスだとオレは思うんだよ
517.
ユーザー
81sOh
>>487
いくら皇室でも
古事記より古い文献は持ってないよww
518.
ユーザー
iSnyl
日本語しか喋れないザパニーズが大量にネガキャンしているってことだけは分かる
普通は離脱なり、帰還するのに
絶対に本国に帰らないで
日本って凄く良い国だと思う
519.
ユーザー
5MkxO
東大系の連中が言い出してしまった九州説

いまさら引っ込めることができなくなり、屁理屈こね回しているんだ
どーせ大昔のことでどちらが正しかろうが人畜無害
屁理屈こねりゃいくらでも言えるんだ

日本の考古学なんてこの程度
520.
ユーザー
NIpjI
でかしたぞ金太郎!!
521.
ユーザー
jsl9a
大和をヤマトと呼ぶことにしたのは奈良時代以降なんだけどね
522.
ユーザー
5MkxO
支配するためには軍事力が必須

九州から海を渡って大量の軍事力を移動させるのは困難
九州から日本を支配することはできません

東大のバカさ加減に付き合うつもりはありません
523.
ユーザー
jsl9a
晋書倭人伝によれば
至魏時有三十國通好 戸有七萬
とあり30国で万戸と言うことがわかる

ということは魏志倭人伝における、邪馬台国は九州30国の連合の呼び名ということになり
日数記載の行程は別の使者の記録を併記したものであろうことがわかる
524.
ユーザー
JjUGH
>>516
それは大いにあり得る
無数のクニグニが時に仲間だったり反目し合ったりと立場が変わったりした事もありそうだし
その中でも盟主が交代したこともありそう
その上で大陸と外交を行う際に自分らが倭国扱いされてるクニグニの一員である自覚はあったように思うし
時の盟主も昔から邪馬台国がその代表であるとして国号を称する事を重視していたように思う


525.
ユーザー
jsl9a
そもそも漢の時代に100国レベルの国が大乱によって30国を女王によってかろうじて保ってたという話であり
魏の時代と同じころ、急速に畿内で発展した形跡があるのであれば
その後西日本一帯を支配下におき、正式に隋と交流するにあたって、過去の友好国としての邪馬台国の名を出すのは自然なこと
526.
ユーザー
xKiwD
海外向けの出島なんだろ?
527.
ユーザー
81sOh
邪馬台国って中国と仲良くて鏡とか貰ってるけど
大和朝廷は中国が嫌いで遣隋使を送るまで奈良に引きこもってたんだよね
邪馬台国は出雲みたいな国でに大和とは別だったんじゃないかな?
528.
ユーザー
HT3SZ
>>527
倭の五王なんかは一般的に大和王朝の王のからの使者とされているから遣隋使まで没交渉とされている訳ではない
529.
ユーザー
EmIFp
漁系か狩猟系か
多分入れ墨はあった
530.
ユーザー
VUbK1
デスラー「古代、第二の地球は見つかったのか」
531.
ユーザー
Xr3na
多分、凄く正確だよ
海の中にジャウマダイがあったんだよ
日本のワケがないじゃん
ワクワクとかも全部あった
スィーンの東方にあった
532.
ユーザー
xhKBC
>>517
文献でなくとも物証とかさ
だって仁徳天皇陵とか俺ら中見れないじゃん
一般人が知りえない情報はあるんだよ
533.
ユーザー
Xr3na
と思わせて
全く何も無いから隠してる
あったらとっくに見せて主張している
534.
ユーザー
180HO
魏志倭人伝だったと思うが
有名な記述
「海に潜ってアワビを獲っている」
「目下の者が目上の者に何か言われると「あい」と答える」
これ、現在の対馬だと言う説が強い

535.
ユーザー
Xr3na
台湾や琉球ってオチ
536.
ユーザー
Xr3na
同じだと思って毎回着いてる場所が違うんだよ
台湾、琉球、九州と
アレ?随分とコロコロ変わるなぁ?って
アイツラの記述が正しかったことなど無い
537.
ユーザー
nnt8B
>>522
だからなんで邪馬台国が日本を支配する必要があるんだ?そもそも熊襲と争ってるって書いてるだろ。支配してないんだよ。
538.
ユーザー
Wvtd9
グルグル回ってたんだよ
ワなんだから
539.
ユーザー
Wvtd9
正直、あの程度の環濠集落だろ?
季節で移動してたって不思議じゃねぇわ
やっぱり古墳時代後期まで定住と考える方が無理
鉄や水の問題だけでも動くと思うわ
540.
ユーザー
Wvtd9
勝って取ったところに移るルールなんだよ
名前もそんな感じだし
541.
ユーザー
xhKBC
そもそも論だけど、時系列だと魏はどうやって邪馬台国と交易したんだろう
1.最初は卑弥呼が魏に使者を送ったんだよね?
(卑弥呼よく知り得たな、凄くね?どこ情報だよ?)
2.それで魏の王は邪馬台国を認知した。
3.で?
542.
ユーザー
Wvtd9
帥升の方が先じゃね?
しかも、帥升は言葉に難があった印象を受けない
だから、向こうから来たと思っている
543.
ユーザー
Wvtd9
どうも、並列的で前後や主導権が違う系統でクルクルしている印象を受ける
鉄器を持ち、大陸的でも少数派で主導権を持たなかったり、その後に入れ替わったり
544.
ユーザー
Wvtd9
地域や系統にも思い込みと勘違いがムチャクチャあるように感じてる
国譲りとかも本当に先住からなのか?とか
結局は多数が物言うワケだから
545.
ユーザー
Koxx9
ヤマト ミナト
どこにでもある
546.
ユーザー
ObdNC
Youtubeで詳しい人達が何度も解説動画を出しているけど、魏志倭人伝を書いた陳寿は出世コースを目指していて、魏志もメインに書いていたのは魏の歴史。それについては後の王朝に評価された。倭人伝については、メインから外れる。現代日本で著名人とされているのは本人にも意外なことかも。倭国に行ったこともなく、既存の書物のパッチワーク。軍事報告書でもあり、西域の大月氏国と同じ距離にするために、邪馬台国への距離が不自然になったとも言われている。さらに新説として、陳寿本人は水行10日陸行20日とかいたのではなく、死後、後の王朝で、里数表記を前述の政治的事情で日数に書き換えたとも言われている。魏志については、今日本や中国で読まれているものも、当時日本に伝わったものも、中国で当時読まれていたものも現物ではなく写本である。
547.
ユーザー
xhKBC
>>542
へー、「帥升(すいしょう)」て人がいたのか
三世紀に奴隷160人の朝貢をしたってあるね
それを受けて魏の王様が、挨拶ついでにじゃちょっと倭国を調べてこいて流れで邪馬台国に行き着いた可能性が高いね
548.
ユーザー
f3M8F
そういえば山口県の研究者が山口県にあったって本を出版してましたね
549.
ユーザー
G27NX
>>272 初めて聞いた説だわ
後学のために誰の説かご教示頂きたい
550.
ユーザー
G27NX
邪馬台国が大和だとしたら、邪馬台国の南にある狗奴国はどこになるんだ?熊野?
551.
ユーザー
iudpD
日本じゃないと思うんだけど
卑弥呼が日本にいた証拠もないし
552.
ユーザー
vStGP
宮内庁が箸墓古墳の発掘調査を許可したら何か分かるかもしれないのに頑なに許可しないのは何故なんだろう?
553.
ユーザー
iudpD
>>552
知られるとまずいことでも有るのかな?
554.
ユーザー
DikDZ
ヤマトンw
555.
ユーザー
7kEVH
ジョン・ウィック国だっけ?
556.
ユーザー
7kEVH
>>552
オレでも大学に自分チの墓を掘り起こしたいと言われたらサスガに断るわ
蔵や風土記には協力して
家の改修の時には基礎掘り起こして年代によって古伊万里の破片から土器まではいったけど
墓だけは完全に秘所だった
557.
ユーザー
iudpD
歴史を知るのにあちこちの国は
ピラミッド発掘しているのに
日本だけはなんで嫌がるの?
558.
ユーザー
vStGP
皇室は税金で養われているわけだし、箸墓古墳みたいな2000年近く前の墓なんてもはや古代遺跡なんだから
発掘許可して日本の歴史を解き明かすために協力するのがスジだと思うわ
559.
ユーザー
DikDZ
コーフン時代w
560.
ユーザー
81sOh
>>557
ファラオの子孫はもうエジプトを統治してないじゃんw
561.
ユーザー
iudpD
>>560
天皇が支配しているから調査は必要ないね
562.
ユーザー
7kEVH
ピラミッドは墓じゃないからな
563.
ユーザー
MmJxK
今の研究は徳川の将軍の墓所の遺骨からDNAを検出してるのに今更何を拒むのか
天皇の遺骨も検体しろよ
564.
ユーザー
ZAJal
邪馬台国(笑)
卑弥呼(笑)
アホ日本国人は作り話に華を咲かせるのが好きだね




そんな物語
無いのだよ無能共
565.
ユーザー
n2xc0
桜井茶臼山古墳はどうも掘っちゃいけない古墳と同格だったかもしんないとさ
3世紀末の古墳だが盗掘済みでありながら103面分の銅鏡破片が石室から見つかった事より

「この王権の権力マジヤバ、邪馬台国みたいなチンケな雑魚とはレベチ」だそうで
566.
ユーザー
NGVSh
>>564
魏志倭人伝は日本が作ったもんじゃねーぞ
ザパニーズ
567.
ユーザー
NGVSh
アレだろ
古墳に飛行石かブルーウォーターがあって
邪馬台国と書いてラピュタかアトランティスの場所を指し示すんだろ?
ソレか
大昔にとっくにバルスしたんだろ?
568.
ユーザー
w0XWc
矢島金太郎! ただいま帰りまし・・た。
569.
ユーザー
w0XWc
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
570.
ユーザー
NGVSh
邪馬台建設編ってあったっけ?
571.
ユーザー
w0XWc
サラリーマンをなめんじゃねぇーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
572.
ユーザー
xuh3C
俺は北部九州の原住民が渡来人の影響で国の体を為し、その後東遷して大和に落ち着いた派なんだが(邪馬台国なんて名称は気にしない)、なんで東遷したか理由がわからんのよ
太陽信仰でより明るい東方向の土地を目指すのは(北部九州はどんより気候だし)なんとなくわかるが国を移すモチベーションになるかなと
573.
ユーザー
jhx0h
鉄か水、耕作地だろ
574.
ユーザー
jhx0h
文化や文明ってのは水と森林の消費だからな
鉄に手をつけるとバカ食いだし
575.
ユーザー
WiigS
根本的に邪馬台じゃなくて邪馬壹が魏志倭人伝の表記なんだろ?
ジャマイカだろ
576.
ユーザー
pp0p5
>>572
東遷するぞ!と計画的に奈良盆地に移動したのではなく、

(1)北九州に渡来人が稲作文化とともに入植
(2)原住民と混じったり争ったりしながら北九州に水稲文化を根付かせる
(3)水稲共同体は、狩猟採集共同体に比べて、すさまじい勢いで人口が増える
(4)半島や大陸からの渡来も続々と北九州に上陸する

子どもらに継がせる土地がもうない!新規渡来は既得権だらけで入り込めない
あぶれ者や新規渡来人は、新たな土地を目指すしかない

九州の南は水稲に適さない
ならば東へ

人口増と渡来増にともなってジワジワと東へと広がっていったのだと思う
このように、九州北部から関東まで稲作共同体が増えていく

そして、干拓に成功して大人口を擁することになり、交通の要害でもあり、防衛に適した奈良盆地に王権が出現する

口伝として、先祖はまず高天原から九州に降りて来て、そこから大和に来たんだよとの話は残る
577.
ユーザー
pp0p5
>>565
あそこは近所に銅鐸工房跡が複数あるしな
その気になったら銅鏡も量産できただろう(いまのところ銅鏡工房は発掘されていない)

桜井市は「卑弥呼の里にようこそ」なんて町おこしをやってるが
邪馬台国とは別で、邪馬台国より強大な王権があった可能性は捨ててるのかと
578.
ユーザー
qIiq6
>>512
「魏志倭人伝に記載されている物」(西暦300年以前弥生時代)
10種の魏晋鏡 福岡県398 奈良県4
鉄刀 福岡県17 奈良県0
素環頭大刀素環頭鉄剣 福岡県16 奈良県0
鉄剣 福岡県46 奈良県1
鉄矛 福岡県7 奈良県0

偏りしか見えないけど
これで全国に散らばっているなぁって思うのかな?
579.
ユーザー
EMLxm
三國志も創作
日本書紀も創作

カタカムナやシュメールについて語ってみろや文系w
580.
ユーザー
EMLxm
聖徳太子も卑弥呼も存在していなかったのに何を語ってるのド素人が

八咫烏や五色人について調べてみたら?素人の皆様
581.
ユーザー
pp0p5
>>579
たしかに三国志も日本書紀もジャンルとしては創作
カタカムナはスキゾフレニー、シュメールは人類文明の故郷
582.
ユーザー
pp0p5
>>580
ヤタガラスは中国の伝説に登場する三本足の大烏の日本名
神仙思想によれば、太陽に住む
漢代においては、棺の上にこの大烏の意匠を凝らした布をかける習慣があった
日本書紀では、神武を導くという役割が与えられている

五色人とは、竹内文書よれば、世界の人種は赤・白・黄・黒・青の5色に分類できるが、
日本人は別格で、黄金なのだという
また人類は日本で発祥したという
583.
ユーザー
EMLxm
>>582
あんたそこまでググって調べて来たのなら答えは分かるな?
邪馬台国なんて創作であり存在しない
故に起源はどこかだとか語っても意味無いんだよ
584.
ユーザー
EMLxm
日本国の歴史学者など適当なものでソースも無しに言ったもん勝ちだと思っている
テレビでもそうだろ?コメンテーターほど信用ならないアホはいないだろ?
585.
ユーザー
EMLxm
このスレを読んでる糞ガキにも言いたい





教科書を信じるな
586.
ユーザー
lGjGu
陳寿は割と真面目な人だった
しかし伝聞だしね
北九州に都市国家群があったくらいの話だろう
ヤマト王権とは関係ない
587.
ユーザー
WM39J
誰もみな見つけたがるが遥かな世界
その国の名は邪馬台国
どこかにある古代日本
どうしたら見つかるのだろう教えて欲しい
588.
ユーザー
1Gjaa
その頃の日本とか、中華からすると本州でなく、九州しか認知されてなく、ヤマトは福岡県山門郡だろう。日本人も全国制覇してる村は、なかったんじゃない。
589.
ユーザー
J8FRB
茂木誠先生や羽賀ヒカル先生に聞いてみようぜ
590.
ユーザー
jxlLS
>>586
世界三大陳氏は下記の通り

陳寿
陳舜臣
陳健一

これ歴史を志す者として常識なので丸暗記必須
591.
ユーザー
93w0n
そもそもが東大と京大の学閥争い

東大ゆうても官僚や裁判官になるヤツとは違い、落ちこぼれどもが歴史学者になるんだ
杉尾秀哉や茂木健一郎が頑強に九州説を唱えてみてもオマエら一蹴するだろ?
ヒマな文三バカが京都大にイチャモンつけて遊んでみたのが発端

九州から日本を支配することはできません
592.
ユーザー
4V0Wp
福岡の山門が大和たい!
593.
ユーザー
OxGkT
>>566
中国人が書いた物をまるまる信用できるずら?
594.
ユーザー
J8FRB
>>593
利害関係も特にない上に帝に捧げる資料だから、嘘つく方がヤバくね?
595.
ユーザー
p4LNT
>>578
機内説は見えない聞こえないくんしかいないから無駄

邪馬台国の東に海を渡った先にも倭人の国がある

それがどう考えても機内の国だろ
596.
ユーザー
Kqz1s
ヤマトとなぜ結びつける?
597.
ユーザー
IvTMF
もうわかったから、争うのはやめろよ
俺の股間が邪馬台国、それでいいだろ🥺
598.
ユーザー
5oPC0
九州発祥の倭種連合国家の名前が
東遷なり東からの勢力に呑まれるなりしたのちに日本全体を表す国号になったんだろうな
599.
ユーザー
fZXK7
九州に邪馬台国があった
一方で畿内にさらに大きい勢力があった
これで何の矛盾もないと思うんだけどな
600.
ユーザー
EMLxm
だーかーらー!邪馬台国自体が存在しないんだってアホ共が
601.
ユーザー
htjyE
単純な話
邪馬台(ヤマト)国が全国統一したから日本の国号も当初はヤマト(倭)になった
602.
ユーザー
HAMXn
魏志倭人伝は
日本だと限定しているの?
603.
ユーザー
AJK8g
沖縄人は本土の人の事をヤマントンチュ(ヤマトの人)って言うよね
604.
ユーザー
dliak
中国人が描いた妄想だと思う
何故詳しく書き残していないのか
605.
ユーザー
i0d4a
ヤマト→昔日本をヤマトと言ったから、沖縄は日本語を使うけど、天皇の支配の外だから日本をヤマト

ン→の、の意味

チュ→?
606.
ユーザー
AJK8g
訂正

× ヤマントンチュ
◯ ヤマトンチュ
607.
ユーザー
2ZDXr
八岐の大蛇はヤマトノオロチじゃないかとも言うしな
608.
ユーザー
2ZDXr
>>605
チュ→衆
諸説あります
609.
ユーザー
cpMln
>>607
邪馬台のおろち
つまり植民地に毎年年着を取り立ててた
邪馬台国は金印を見てわかる通り蛇信仰
610.
ユーザー
SZF70
なんで大和国より倭国より、奴国より、く奴国より、 邪馬台国の方が人気なの?
他の国はみんな興味も示さないのにな

邪馬台国がみんた大好きすぎるだね(^^)
611.
ユーザー
SZF70
邪馬台国みたいな国が日本を統一すればみんな幸せになれるんじゃない?
だからみんな邪馬台国に興味津々なんでしょ
いまの自民は腐敗しまくった男の王のく奴国みたいなもんだからね
争いがたえず、みんな不幸せになる一方だからな

612.
ユーザー
i0d4a
奴(な)国については、対馬→壱岐→松浦→糸島→奴国だけど、奈良時代に「すべての日本国の土地を漢字二文字以上で名付けなさい」って決められて、福岡県に奴縣(なのあがた)って地名が出来たから、疑り深い研究者以外にはほぼ解決されてるんだよな。
613.
ユーザー
cpMln
>>610
世襲政治なんかすぐ腐敗するし
後ろ盾が崩壊すれば内乱になる
そういう経験から、女王をたてて争いごとは占いで解決するような工夫をしたんだろうが
そういうのは、結局権力者によるいかさまでコントロールされるのが常
なので、せいぜい30国くらいしか従わなかった
戦闘に強い魏が勢力が強いということで新たな後ろ盾として
魏は半島の反乱を抑え込むため、倭国税力を利用しようとしただけ

それで、邪馬台国に金印を渡すということで、他の倭国勢をまとめなさいということが描かれている
614.
ユーザー
rn7BV
山ン本五郎左衛門だよ
615.
ユーザー
i0d4a
不弥国は奴国から東に100里(1里を80メートルとして8キロ)だから、奴国が福岡市内として遠賀川流域なんだろうな。そこから船に乗って投馬国へ行く。

奴国が政治的に大きな集落のように書かれている割には、不弥国や投馬国は通り道のような簡素な書き方。

不弥国から投馬国まで船で20日。船を時速8キロから12キロとして8時間移動して64から94キロメートル。20日移動して、1200から1800キロメートル。

遠賀川から600キロほど進んだ場所に宮崎県の都萬神社(西都市)があるので、そこから南に水行10日陸行1月進み、熊本県邪馬台国がある。南にというのは、政治的な事情で中国の会稽という場所の東の緯度にあることになっているので、帳尻を合わせているのである。邪馬台国の南に狗奴国があるので、熊本県中・南部である。
616.
ユーザー
tVc1q
>>607
ヤマトが日本全体を指すってならヤマトのオロチって呼んでも結局どこだかわかんないだろ
617.
ユーザー
i0d4a
>>616
単純に、8つに分岐してるんじゃないかな。
本名は、高志(こし、新潟県のこと)の八岐の大蛇。
八岐の大蛇は奥出雲地方と場所が特定されている。八岐の大蛇は体からヒノキなどが生えているなど、8つの支流を持つ川のことだったんじゃないか。当時、蛇は川や水の神様である。奥出雲地方に8つの支流を持つ川は存在するが、小さな川である。
618.
ユーザー
22QWP
別府だよ
決まったんだよ
619.
ユーザー
Sr84s
>>618
別府傑作だなwwwwwwwwwwwwwww
620.
ユーザー
Sr84s
邪馬台国は阿蘇山からくじゅう連山にかきけて宇佐から日田までだろう
621.
ユーザー
y5PlX
あったなら卑弥呼の墓くらい残ってるはず
622.
ユーザー
22QWP
しかも卑弥呼は別府温泉の花魁だよ
魏の使節団が花魁ショーを見て女王だと勘違いした
623.
ユーザー
cpMln
漢の時百余国に対し魏の時三十国

安帝永初元年(107年)倭國ノ王帥升が贈った生口は160人に対し
卑弥呼が最初に贈った生口はわずか10人

それでも女王に金印紫綬を授けた理由として
親魏倭王とし、種人(倭人)を綏撫して孝順に勤めよ
さらに銅鏡百枚をはじめ豪華な贈り物を国中に示し
魏から認められた王として知らしめよ  と明記されている

つまり、魏が後ろ盾になることで内乱で乱れた倭国をまとめあげ孝順せよという要求から交流が始まる
しかし、狗奴国は卑弥呼を認めず思い通りにならなかったため、使者(張政等)を派遣して大乱の鎮圧に協力している
卑弥呼の死後は権力争いで荒れ、張政等のもとわずか十三歳の宗女を王と認め安定するも
魏の権力体制も崩れ、西晋となり交流も途絶えていく

漢の時とくらべてもこのような貧弱な体制であり、後ろ盾も失ったとってつけたような女王がその後安定するはずもないと考えるのが妥当だろうに
624.
ユーザー
IayDt
>>11
九州は近すぎる
単なる通過点と考えるのが妥当
距離的に行けば四国になる
625.
ユーザー
zzGIK
>>624
距離的に四国かもしれないが山が多いのは断然九州だ、奈良なんか平地の論外だが

四国の下のフィリピン海プレートの沈み込みが浅いことにより、地下の圧力・温度が小さく、マグマが溶けるだけの条件が揃わないので火山がないのだとか

626.
ユーザー
zzGIK
女王がいる邪馬台国より北には、次のような国名があると記載されています。国への行き方や距離や詳細は省略し、国名だけが並んでいる形です。

自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳

次有斯馬國次有巳百支國次有伊邪國次有都支國次有彌奴國次有好古都國次有不呼國次有姐奴國次有對蘇國次有蘇奴國次有呼邑國次有華奴蘇奴國次有
鬼國次有爲吾國次有鬼奴國次有邪馬國次有躬臣國次有巴利國次有支惟國次有烏奴國次有奴國此女王境界所盡

□蘇の付く国々

 魏志倭人伝の倭国、卑弥呼の女王国の中には、對(対)蘇国、蘇奴国、華奴蘇奴国と、蘇の字が付く国が3つある。

 後の『隋書』では、「倭国には、阿蘇山という火山があり噴火する」旨が記載されている。日本では、昔から大きな山や川などの周りにその名前がつく地名となっているケースは多々あり、これらの三カ国は阿蘇山の周辺国の可能性がかなり高いと思う。



隋書には、以下の記載がある。

阿蘇山という山がある。その岩山が突然噴火して火が天にまで届く。人々はこれを異変だと言って祈祷や祭祀を行う。

 ここで「阿蘇山」が突然登場する。そして、随書に出てくる山(海も川も湖も含めても)は、この阿蘇山だけである。

 なぜ阿蘇山だけが登場するのかは、それだけ、阿蘇山が当時の倭国にとって、身近でもあり、有名な存在だったからだと思う。また、中国から来た使者にとっては、実際に見聞きした場合、活火山で噴煙もあがり、広いカルデラで、周辺にも高い山々がありで、神秘的で特徴的な存在だったからだと思う。

 ここで強調しておきたいのは、阿蘇山は九州のほぼ中央部分にある山であり、決して、海側の福岡市や北九州市からでは、見れないし、感じれない山だということだ。中国からの使者が、船や陸路で海岸線の九州や山口を通過して、機内の飛鳥地方に向かったとした場合には、決して登場しない位置にある山だ。

 もし、畿内ならば、それこそ、大きな島として淡路島や、大きな湖として琵琶湖が登場してもおかしくは無いと思う。日本を代表する山ならば、日本一の高く美しい山として富士山が登場してもおかしくはないはずだ。そもそも、畿内の人たちが、普段から阿蘇山を意識して暮らしているだろうか。もちろん、そんなわけはなく、畿内の国々に暮らす人が、阿蘇山のことで祈祷や祭祀を行うわけはない。

 しかし、現実には、阿蘇山だけが登場している。つまり、九州の北部から内部に倭国があった。そこの人々の話を聞いた。または、中国の使者は、九州の内部にやって来た。と捉える方のが、一番理にかなった自然な解釈となる。畿内の倭国王に会いに行くには、九州内部の福岡や熊本に行く必要は全く無いからだ。

 逆もまた同じであり、九州の人々にとっては、九重や阿蘇や霧島や桜島や英彦山などを始めとする九州の山々こそが身近な存在の山々であり、普段の日常生活において、本州にある山々(富士山でさえ)を意識することは全く無いのである。

627.
ユーザー
zzGIK
阿蘇山は、30万年前~9万年前に発生した過去4回の巨大噴火により形成されたとされるカルデラ地形で出来ています。日本では北海道の屈斜路カルデラに次いで、2番目の広さであり、世界でも有数の大規模を誇る巨大なカルデラとなっています。

 つまり、阿蘇山は、大噴火により山の頂上部分が全て吹き飛んでしまい、いま残っている阿蘇の山々は、その吹き飛んだ跡の外周に当たる残りの山々ということになります。

 もしも、阿蘇山が噴火して山が吹き飛んでいなければ、標高が9,000~12,000メートルくらいあると想定されているようで、いまの富士山よりも2倍や3倍にもなるような遥かに大きな山だったということになります。
628.
ユーザー
Kqz1s
卑弥呼がいたと思うか?
卑弥呼すらいなかったって言われてるのに
629.
ユーザー
mh3w1
ヤマトスw
630.
ユーザー
zCAkb
飛行石が無きゃ辿り着けない
631.
ユーザー
OzL1g
ヤマトは日本全体じゃあないよな
豊葦原瑞穂国が本来の全体を表す言葉で
元首は大国主だよな
元々は天御中主が主神だった
それを半島からやってきたヤマト族が侵略して
できたのがヤマト政権だ
こいつらがアマテラスを信仰するように強要したんだよな
632.
ユーザー
qMbLn
文献には四方が海に接しているて記述がなかったっけ!?
じゃ九州か四国か紀伊半島のどれかだな
て、候補が増えとるやないかーい
633.
ユーザー
zCAkb
持ち回りだよ
八州で
634.
ユーザー
Kqz1s
沖縄とか台湾とかありえるぞ

ヤマツユなんて国があるならな
635.
ユーザー
qMbLn
邪馬台国の人は刺青をしてたんだろ?
日本人のルーツに中国江南説もあるし、もしそうならその名残かな
刺青は海に潜る人にとってダイビングスーツ的な役割を果たすとかなんとか
江南人は刺青文化らしい
それとも全く関係なく、当時の日本民族ではただデフォだったのだろうか
636.
ユーザー
IURD2
邪馬台国はエジプト
637.
ユーザー
0cP7X
>>635
海だろうな
サメだかなんだか避けだったような
638.
ユーザー
IWllY
>>635
弥生時代の瀬戸と東海地方には入れ墨文化があったらしい
土器の文様に鯨面の装飾があるものがこの地方を中心に複数見つかってる
639.
ユーザー
uU3NQ
沖縄にも入れ墨文化があった。今100歳くらいの沖縄の女性は手の甲に入れ墨している人がいる
640.
ユーザー
MF2WZ
とにかく古代の天皇陵を研究者に調査研究させないと何もわからないよ
一種のブラックボックス
641.
ユーザー
KELm1
倭武天皇の足跡追ってみ。
642.
ユーザー
uFARo
イスカンダルの末裔
643.
ユーザー
tChnk
邪馬台国は日本の小国がかましていたブラフ。それか、魏志倭人伝中に気まぐれに書き込まれた空想。
644.
ユーザー
hMQnB
文字の無い国だから位置から名前まであやふやなのかしら
645.
ユーザー
n3U7w
墓を荒らすとファラオの呪いにかかるから
646.
ユーザー
UEW9v
新解釈とか新説はいいから。新しい遺跡が見つかってからにしてくれ。
647.
ユーザー
CUaYY
>>644
文字自体はあったっぽいけど、史書を残すような文ではなかったろうね
648.
ユーザー
FYw0R
ヤマトのことをファンタジックに伝えたら大袈裟に文字に残された感じだと思う
649.
ユーザー
ghEHJ
金印や鏡から文字の存在は認識していただろうが記録が何も残ってないってのが不自然
この先も見つかることはないだろうが
650.
ユーザー
ZI0DO
>>638
日本書紀の記述からも明らかな飛鳥の朝廷k使者(裴世清)を送った隋書の倭国伝に男の多くは顔に入墨をし、手足にもしているって記述されているから入墨はそれほど地域的な特徴とは言えないからねえ
651.
ユーザー
W1AVh
今更だな
歴史教科書に書き込めよ
652.
ユーザー
IWllY
魏志倭人伝の記述に江戸時代からずっと振り回され続けてるもんな
それで何の物証もないんだからねえ
653.
ユーザー
W1AVh
入れ墨は海人族な
654.
ユーザー
2R3s5
大和朝廷が作った神話や史書や記録
乱世の中において統治するには、過去の矛盾する記録は葬らないといけない
古事記や日本書紀より古い記録が出てこないのはそういうことだろ
655.
ユーザー
D3fU6
みんな邪馬台国にすごい興味津々のようだ
邪馬台国の復活フラグか
面白い時代になるぞ
656.
ユーザー
D0u5e
二世紀〜三世紀って(歴史的には)そんなに古くも無いけど分からんという事は…
657.
ユーザー
aH6Pc
金印が出た志賀島の唄が君が代の原型だし
あの辺に何らかの日本のルーツがあるのはほぼ間違いないんだよな
658.
ユーザー
kBb0m
>>647
ねえよ
659.
ユーザー
kJOT0
文字があったがそんんあものがあると天皇の正統性が
否定されるから全部消されたんだよ
古い神社の祠に石で宇宙文字みたいなのが刻まれてるが
何が書いてあるかも分からない
土偶や銅鐸なんかもある時期で一斉に消えるから
何に使われてたかも分からない
改める時は痕跡の残らないほど消すのが日本の伝統だからな
旧字や変体仮名でも消えてほとんど使われてない
戦後そうも経たないのにきれいに消えたからな
660.
ユーザー
Q3bD8
>>659
日本書紀も古事記も天皇の正当性は気にしていない
むしろ誰の種かは気にしないといった大らかなエピソードがちりばめられている
焚書の理由はないよ
661.
ユーザー
Q3bD8
>>654
日本書紀自体が、互いに矛盾する事例を列挙していくスタイルだ
矛盾するからといって、焚書の理由にはならない
662.
ユーザー
MW5aj
奈良のヤマトは九州の文献全部燃やした
クズ
663.
ユーザー
S4jgI
そもそも日本の資料に存在しないんだから探すだけ無駄
664.
ユーザー
bu7EH
① 郡(帯方郡治)より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓国を歴て、乍は南し乍 は東し、その北岸狗邪韓国に到る七千余里
② 始めて一海を度(わた)る千余里、対馬国に至る
③ また南一海を渡る千余里、一大国に至る
④ また一海を渡る千余里、末盧国に至る
⑤ 東南陸行五百里、伊都国に到る
⑥ 東南奴国に至る百里
⑦ 東行不弥国に至る百里
⑧ 南、投馬国に至る水行二十日
⑨ 南、邪馬台国に至る、女王の都する所、水行十日陸行一月
⑩ 郡より女王国に至る万二千余里

⑤の時点で伊豆まで来ちゃってんだよな
665.
ユーザー
ukHCK
神武天皇のために邪馬台国の名前を出してるだけで
邪馬台国など存在しなかったっていう話の方がすんなりくるんだが

日本書紀や古事記には記載がない、しかし中国の書物には台与は出てくる。だか卑弥呼は出てこない。
出てくるのは魏志倭人伝に卑弥呼っぽいのが出てくるだけ。

この論争、一番の問題は邪馬台国そもそも存在してるのか否かをはっきりさせてなく、
存在ありきで全てを語りすぎてる。

邪馬台国など存在していない、こっちがいま信憑性高い気もする。
666.
ユーザー
rLZdI
じゃ福岡で見つかった金印はなんなのさ
667.
ユーザー
rLZdI
このスレを読んでも分かるが、徳島説をみんな敢えてスルーしてるよね
怖いの?
それとも気持ちが着いてこないの?
668.
ユーザー
Xjb40
>>666
途中で落としちゃった、とかw
669.
ユーザー
rLZdI
卑弥呼の墳墓が見つからない理由として、後の偉い人の墓と合祀したって可能性はないの!?
若しくはぶっ壊して跡地に偉い人の墓を作ったとか
670.
ユーザー
yRjJx
>>669
神社になってる説はないか?しかも奥の院な。
671.
ユーザー
DBBT9
単に壊されて農地になったり飛行場になったりしてるかも
672.
ユーザー
J5SiH
卑弥呼って中国や韓国にも行ったの?
673.
ユーザー
vyO18
その後のヤマト王権が奈良やから、邪馬台国がヤマト国だとすれば
普通に考えて奈良になるわな
674.
ユーザー
vyO18
DNA調査すると、2,3世紀ごろから本州の人骨のDNA配列が急に代わるんよな
その配列は現在の本州人ほぼそのもの
この人種を古墳人と呼ぶようになった
邪馬台国もヤマト王権もその頃から起こる
そして大王は天皇と呼ばれるようになる
普通に考えれば、天皇の歴史は2,3世紀以降から始まり
紀元前700年ごろの神武天皇は捏造ってことになる
その頃は人種が違うんだから
675.
ユーザー
x8guE
答えが出ない論争って、不毛以外の何ものでも無い
676.
ユーザー
WqM8v
ヤマトの諸君 おはよう
677.
ユーザー
U3HGg
>>673
ヤマトタケルの名を貰ったのは九州北部じゃなかったっけ?
奈良のヤマト政権が出来る前は饒速日系のナガスネヒコが守っていた合衆国でしょ
つまり、九州のヤマト国を制覇したヤマトタケルの後にヤマト国の地名を丸パクリして奈良にシン・ヤマト国を建国したんじゃないの?
元々奈良に住んでた人達は出雲や東北に追いやられたり、饒速日の家来だった物部氏系や九州の隼人を吸収して軍事力を拡大して北部に逃げた残党狩りに坂上田村麻呂を使ったりしてさ
678.
ユーザー
QVbxg
でも神武天皇って九州から攻め上ってるよね?
679.
ユーザー
WApLV
3世紀前後に九州文化が近畿に流入した痕跡が見つからない以上
神武天皇と同じく東征は神話扱いにしかならんだろ
680.
ユーザー
QVbxg
以降ずっと畿内政権なのになぜそんな神話になっているかは興味深い。
紀元前660年はないとしても
681.
ユーザー
rLZdI
>>670
ああ、神社は十分にあり得るな
682.
ユーザー
a8akZ
奈良の新ヤマトは九州の旧ヤマトの正当性を認めていて継承したがったんだろうな
683.
ユーザー
U3HGg
卑弥呼は別名を大倭姫(おおやまとひめ)、天造日女命(あまつくるひめみこと)、大海孁姫命(おおあまひるめひめのみこと)、日女命(ひめみこと)
>>1の歴史学者的には大倭姫(おおやまとひめ)はヤマトヒメと読むワケで
ヤマト国の姫って言ったら要するに九州の熊襲の姫でしょ
「倭の五王」が暴れているよりも前の王達が争っていた時代だし
葬式の風習自体が王によって違ってみたいじゃない?
壺に入れるパターンとかさ海外から九州に住み着いた色んな部族がいたわけで
で、卑弥呼の墓って確か100人くらいの従者を生きたまま頭だけ出して生き埋めにしてたよね?んで、後にハニワ置くようになったとか
てことは墳丘墓っぽくね?
じゃあ現代の小山っぽい上に神社建ってるのが卑弥呼の墓かもってなるけど
ヤマトヒメでしょ?そりゃ荒くれものの王だった熊襲たちがいた九州北部のどっかでしょ
684.
ユーザー
a8akZ
大陸外交でも友好国ヤマトを滅ぼした敵国になる訳にもいかないから
旧ヤマトの継承国家の地位になりたかっただろうしね
685.
ユーザー
QVbxg
奈良がわかる! 富雄丸山古墳・木棺に眠るのは女性?
https://www.asahi.com/articles/ASS3R6S9TS3MPOMB00W.html

今話題の富雄丸山古墳。4世紀後半の古墳。
卑弥呼の死は3世紀。
纒向遺跡や箸墓古墳が3世紀と言われている。

魏志倭人伝の倭人の風習が縄文人なので
卑弥呼は神武の東征で討伐される側だった可能性…
686.
ユーザー
ylbgw
>>664 伊都国=糸島市はほぼ確定で議論になってないよ
687.
ユーザー
ylbgw
>>664 郡(帯方)から女王国(邪馬台国)まで一万二千里ってしっかり総距離書いてあるんだから、素直に読めば奴国(北九州)から千里程度の範囲に投馬国と女王の都があるって事じゃん
688.
ユーザー
sqU7n
>>680
今は東京政権なのだから、畿内は昔東京にあったんだ!
689.
ユーザー
QVbxg
一里=430mとすると…
一万二千里=約5000km
邪馬台国はハワイにあった可能性…
690.
ユーザー
tbuIg
漢と交流した形跡がある紀元年前後の奴国は博多や春日原から板付付近の遺跡で間違いないんだけどな
691.
ユーザー
kTcUp
>>687
伊都国の周辺までは距離が書いてあるけどその先が日数表記なこと、隋書に夷人(倭人)は里数を知らず、日をもって計った、と書かれていること、伊都国に関してのみ「至」ではなく到」の字が使われていることから使者の到着地が伊都国でそこから先は倭人を通じての伝聞情報ではないかという説があるからあんまり距離は当てにならない
692.
ユーザー
tbuIg
王?によって倭国に派遣された塞曹掾史の張政等は卑弥呼の死後も倭国に残り
内乱を経て13歳の宗女壹與を女王と認め、国中が治まり
率善中郎将の掖邪拘等二十人を派遣して張政等が帰るのを送らせた。
ということから長期にわたって滞在していることになる
もともと派遣の目的は、倭国同士の争いを収めて魏に恭順させるためなので手ぶらで帰ることができなかったんだろう

大作冢 徑百餘歩 徇葬者奴婢百餘人
と具体的に書かれていることより、墓も実際にみてきたんだろう

日程表記が倭人の伝聞なんて説は意味不明
693.
ユーザー
mmFR3
これは世界のタブーだよ
お前らこれを追求したが最後、背後に気をつけろよ
改名しては行けない歴史ってあるんだからよ
694.
ユーザー
djPZo
神代文字がもうちょっと発掘されてればなぁと想う
695.
ユーザー
FBF1S
久しぶりの邪馬台国スレだな
ちょっと乗り遅れてしまった
696.
ユーザー
k1P5P
大和いい国が邪馬台国になった説
697.
ユーザー
FBF1S
邪馬台国をヤマト国と呼ぶとしても
西日本全体がヤマト国だったんだからピンポイントで首都がどこだったかなど分かるはずがないんだよな
698.
ユーザー
a8akZ
>>687
そう
総距離と途中の国間の距離は比較的正確っぽいんだよね
そのため比定も進んでいる
日数表記で書かれている国間が伝聞なためか曖昧さがある
699.
ユーザー
tbuIg
參問倭地 絶在海中洲?之上 或絶或連 周旋可五千餘里

しかもおおよその大きさをちゃんと大きさを里で把握している
700.
ユーザー
FBF1S
>>698
このスレの
>>1の記事によると
魏志倭人伝の説明はあまり意味がないという前提になってるので、記述を基に考えても意味がないんだよな
701.
ユーザー
tbuIg
半島の三韓の勢力範囲が、方4千里ということから
半島下半分よりちょっと大きい程度
702.
ユーザー
yRjJx
>>701
南は倭に接すの韓伝か。
703.
ユーザー
FBF1S
九州に存在してた倭国を中心とした西日本全体での大倭国がヤマトと呼ばれるようになり
首都移転で今の大和地方に移ったというのが正解だと思ってる

これが一番、魏志倭人伝とも記紀とも整合性が取れる
でも、そうだからこそ正しいとは言えない可能性もあるんだよな
704.
ユーザー
tbuIg
いや違った

韓在帯方之南 東西以海為限南與倭接 方可四千里

歴韓国 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里

參問倭地 絶在海中洲?之上 或絶或連 周旋可五千餘里

方可四千里は1辺が4千里だけど周旋可五千餘里は1周が5千里とも読み取れる
その場合、三韓よりだいぶ小さい

晋書四夷伝より
倭人在帯方東南大海中 依山島為國 地多山林無良田食海物 舊有百餘小国相接 至魏時有三十國通好
戸有七萬 男子無大小悉黥面文身 自謂太伯之後 又言上古使詣中國皆自稱大夫

魏と交流した邪馬台国が30国7万戸規模と解釈した場合
当時の馬韓が50国10万戸とあり、馬韓よりちょっと小さいことになるな
705.
ユーザー
QVbxg
だが待って欲しい。
古墳時代、日本の首都は難波で仁徳天皇陵もここにあったのではなかろうか?
706.
ユーザー
k1P5P
でもさ
関東って蝦夷勢力の中心地だし現に東京が首都な訳で大和勢力って今は完全負け組だよねwww
707.
ユーザー
tbuIg
その昔は100国で魏の時は30国ということから
後漢時代の倭国勢力は馬韓の2倍ほどの勢力を持ち
半島勢力のけん制として漢と友好関係にあり、鉄の利権を得て発展したことがうかがえる

魏の時代に30国というのも、後漢の衰退とともに2世紀後半には倭国大乱があったとされ
女王によって、あらたな強国との同盟関係を模索した結果だと考えられる
しかし、泰始元年は、少なくとも、壱与の三度目の遣使を最後にしばらく交流は途絶えている

近畿で大きな勢力の痕跡があるのは3世紀以降、鉄や絹もそれ以降ということがあり
その発展に、大陸からの帰化や亡命などで多くの技術や文化が流入されている
邪馬台国と近畿の勢力と別物だとしか考えられんのだが、その組織の発展や文化の継承には関わっているのだろう
708.
ユーザー
fvJOw
>>705
16代の仁徳天皇の時代と近畿で有力地とされている纏向を都としていたのは時代がちょっと…(纏向周辺を都にしていたのは12代の景行天皇まで)
709.
ユーザー
k1P5P
関西弁で話す勢力が大和勢力な
↑
ココ大事
710.
ユーザー
jEj70
倭人は朝鮮半島南部→北九州→畿内と移り住んだと見た方が自然だろ
711.
ユーザー
mmFR3
邪悪な馬の国
誰だよこんな当て字したやつは
あ、そいつが犯人か
712.
ユーザー
QVbxg
>>709
慎み深い縄文人に対し
漫才とかやるのが弥生人か…
713.
ユーザー
ukHCK
>>666
「倭国」って書いてあるよね?
邪馬台国とは書いてないよね?

倭国は倭寇とかあるから存在する
邪馬台国はわかるだろ?
714.
ユーザー
FBF1S
>>713
中国から見た日本は倭国
日本人がヤマタイ国だと言ってても中国人が倭国という字を宛てたんじゃないかな?

そこらへんの行き違いを日本人が後から知って日出る国と書いて漢字で日本と自称し始めたんだろうな
715.
ユーザー
y1FnE
>>8
なんで倭人伝の編集者は地図をつけなかったのだろうね。
716.
ユーザー
QVbxg
>>713
倭の奴とある。
わけのわからん奴ではなく
後漢初代皇帝の光武帝からもらった逸品。

建武中元二年(西暦57年)、
東夷倭奴國、奉貢朝賀す、使人自ら大夫と称す、
倭國の極南界なり、光武、賜うに印綬を以てす

717.
ユーザー
ylbgw
>>689 朝鮮から対馬までが海路千里って明記してあんだから当時の一里が何キロかわかるでしょうに
718.
ユーザー
QVbxg
>>717
なっなんだってー!

邪馬台国は見つかっていた【13】一里=50mという換算値が得られる理由
https://note.com/kind_tulip559/n/n55fbb669610a

ゆい:
江戸時代の一里は約4kmだと学校で習ったけど……。
おじ:
魏の時代はそれよりもだいぶ短くて、1里が430mだったことが判明しているんだ。
この1里=430mという数値が倭人伝の記述にはどういうわけか通用しないんだよ。

…千里もあって大変でした
お土産たくさんくださいと盛っちゃったん?
719.
ユーザー
RIx2d
ジーグが勝つ
720.
ユーザー
FBF1S
>>717
海を渡ったら千里という事になってるだけで、実際に朝鮮から対馬までの距離を測ったわけではないと思うよ
なので、その時点で距離はあくまでも目安だという事が分かる
721.
ユーザー
GLiK8
そもそも邪馬台国じゃなくて邪馬壹国なのが決定的なんだろ?
神武天皇ってのは卑弥呼と対立してた南九州の男王卑弥弓呼で間違いなし?
722.
ユーザー
6dCTC
神武天皇も卑弥呼も実在したという証拠は無い
723.
ユーザー
DDW6P
>>721
三国志が書かれた三世紀末から4世紀始め頃のものではなくて現在残っている最古の正史の三国志である12世紀のものにはそうなっているって話だからなあ
724.
ユーザー
FBF1S
>>721
卑弥呼の時代に神武天皇がいたというのは誰の情報?
725.
ユーザー
QVbxg
伝説だからデマだろうと思っていたら
実際殷の都が発見されたり、
その時代の朝鮮で中国式の土器や稲作遺跡が見つかったりしている。
理由もなく伝説は生まれたりしないようだ。

ノアの大洪水や天岩戸にすら根拠がある。
726.
ユーザー
a8akZ
>>717
他にも距離は多数記載されていて許容誤差の範囲で概ね一定の値なので多くの地が比定されている
議論の分かれ目となっているのは日数表記の部分
727.
ユーザー
TyeDN
当時畿内に日本最大規模の勢力があったのは事実だろうけど、それは邪馬台国ではなく徐福由来の渡来人勢力だったと思うわ
邪馬台国は九州にあったんだけどヤマト政権には土蜘蛛ろ呼ばれて滅ぼされた
728.
ユーザー
TyeDN
>>703 記紀の著者は魏志倭人伝の記述を知っているにも関わらず邪馬台国を無視している
という事は邪馬台国が天武政権のルーツではないという認識だったんじゃないの?
729.
ユーザー
qA5cP
>>728
日本書紀では気長足姫尊(神功皇后)の39年から43年までの記述に魏志の記述を挿入して神功皇后を女王に仮託するような記述しているんだが…
730.
ユーザー
cmn2m
海に沈んだんだろ
731.
ユーザー
TyeDN
>>729 卑弥呼は独身小梨
神功皇后は出産の逸話が記載されている
明らかに別人としての記述でしょ
732.
ユーザー
zj240
子なしBBAwww卑弥呼wwwwww
733.
ユーザー
RGzt9
>>731
日本書紀の編者は仲哀天皇崩御後に神功皇后の治世があったとすることで魏志の記述に合わせてる技巧をこらしている
734.
ユーザー
sqU7n
>>694
無いものはゴッドハンドするしかない
735.
ユーザー
kUf5C
神功皇后は実際の年代は100年以上後とされるから元々年代おかしいからなあ
よくある纏向を比定する場合は箸墓の埋葬者の倭迹迹日百襲姫を卑弥呼ではないかとしてその頃の天皇は10代の崇神天皇の辺りだから、日本書紀は魏志の技術を知っていて強引に神功皇后に合わせた感じだし…
736.
ユーザー
TyeDN
>>733 だからなんだっつう話
神功皇后と卑弥呼は偉大な女王という共通点があるのみでエピソードは明らかに別人
百歩譲って卑弥呼=神功皇后だとして、卑弥呼の跡を継いだ壱与は誰なの?神功皇后の後釜に座った女王
737.
ユーザー
TyeDN
むしろ神功皇后に討たれたとされる田油津媛の方が卑弥呼っぽい
山門縣を拠点として呪術を用いて兄が居たとある
738.
ユーザー
tbuIg
志賀島から出てきた金印も蛇のとぐろのつまみだと言われているが
会稽の体に入れ墨して蛟龍の害を避けた人種となぞられてることから
実は蛇ではなく蛟龍を表してるのではないかと思う
739.
ユーザー
tbuIg
やまたのおろちの話なんだけど
100国を支配下に置いた時期には、出雲は邪馬台国の配下にあり厳しい年貢を収めていたが
時期的に倭国大乱の時期に反乱した話ではないかと思う
吉野ヶ里遺跡と出雲には銅鐸の出土で明らかに関係があるけども
女王国30国の支配下には入っていない
740.
ユーザー
tbuIg
卑弥呼が最初に魏に使者を送ったとき、過去に比べて貧相な貢物に対して
魏からは厚遇をもって対応されている

その理由として
今以汝為親魏倭王 假金印紫綬 装封付帶方太守假綬 汝其綏撫種人 勉為孝順
倭種を配下に治め、協力関係になってもらいたいという意向を示している
これはかつて100国を治め漢から金印を拝聴した友好国として復活しろということでもある

還到録受 悉可以示汝國中人使知國家哀汝 故鄭重賜汝好物也

さらに、豪華な贈り物を国中に示し、魏が認める国だということをしらしめなさいという念押しをしている

だが、狗奴国との戦争は終わらず、苦しい現状を報告すると
帯方郡太守に着任した王?により、塞曹掾史、張政等を遣はせて対応する
これは前段の話と合わせて考えると、戦争に加担するという話ではなく
大陸の覇権争いの現状を倭国諸国に知らしめ、内乱で争っている場合ではなく
倭国がまとまって復権しないといずれ外敵に滅ぼされる
今のうちにまとまって、魏と協力関係を築くよう倭国諸国を説得しに来たんだろう

従って、命を受けた張政等は、卑弥呼の死後の混乱も乗り越えて13歳の宗女、壱与を立て倭国の内乱が収まるまで帰れないはめとなる
その後、魏も晋に置き換わり、その統治が長く続かなかったことは容易に想像できる
741.
ユーザー
tbuIg
そうした考察からもう一度
參問倭地 絶在海中洲?之上 或絶或連 周旋可五千餘里

の大きさを考えると、張政等が倭地を參問したときの距離だとすれば
邪馬台国30国を超え、狗奴国やその他かつての倭国100国の主要国を含めた倭地なのだとすると

三韓の合計は70から80国、倭地(100国)はこれより少し大きいということなのかもしれない
742.
ユーザー
tbuIg
銅鏡100枚を贈ったのも、かつての同盟100国を示す証として配れという事なのかもしれない

実際は、鏡は腐るほど模倣され各地から出土されることになるのだがw
743.
ユーザー
8L7kz
ヾノ・д・)ナイナイ ヤバイチって読むのが正しい
744.
ユーザー
d4job
そんなものは無い
745.
ユーザー
99ukX
徳島推し「お前らさ、水銀の採掘遺跡を見つけてから言えよ」
746.
ユーザー
WNFDV
対外的にはヤマトが浸透していたから九州の勢力が衰退しても近畿勢は外交のためヤマトを名乗ってたのかな
表記が色々あるのは漢字はなんとなく読めたが発音が浸透していたわけではないからか
しかし中国は三国志の時代なのに日本は文字が残ってないだけでここまでわからんものなのか
747.
ユーザー
JaQXo
>>729
つまり卑弥呼は天皇家の系統ではないという事だよ
748.
ユーザー
hnaD6
昔から思ってるんだけど
ヤマタノオロチってマタが8つなんだよな?ってことは頭は9個なんじゃね?
749.
ユーザー
JaQXo
>>748
のび太かよ
750.
ユーザー
JaQXo
>>748
マジレスすると
マタは「又」ではないんだよ
ヤマタノオロチは漢字で書くと八岐大蛇
あるいは八俣大蛇

岐や俣というのは、「又」の部分ではなく「先端」の事を指す

つまり、8つの頭を持つ大蛇という意味なのよ
751.
ユーザー
hnaD6
>>750
なるほど。
じゃあ福嶌の九頭竜川とは関係ないんだな。
752.
ユーザー
hnaD6
>>751
あ、福井ね。
753.
ユーザー
99ukX
>>747
この人の説によると、天皇家なんだけど祈り専門の担当だとか
https://youtu.be/99-JjHf9zZo?si=BzGh53AkXd9KvRJG
754.
ユーザー
JaQXo
>>753
動画は見る気にならんので見ないけど
祈り専門の人を女王として扱うのはおかしいだろ?
それに魏志倭人伝では周辺国と共立した女王でもある

見てないけどその人の説は正しくないだろうな
755.
ユーザー
FCNPS
>>754
クレオパトラみたいな統治者じゃなくて、神様と話ができる巫女さんとしての王だからね
いわゆる女王とはちょっと違うのだと思うよ
756.
ユーザー
JaQXo
>>755
そういう考え方なら無理矢理天皇家と繋げようとしない方が信憑性が高くなると思うよ
757.
ユーザー
3e0E9
天皇自体が祈祷して詔を捧げる呪術的な神官だからシャーマンの巫女はいないんじゃね
758.
ユーザー
QMg9M
天皇自体は神官というより征服者みたいなもんでは
759.
ユーザー
JaQXo
>>758
だから?
続きを書かないと君の意見は誰にも伝わらない
760.
ユーザー
T8SQc
獣道しかない2000年前に中国人が奈良まで行くの無理だわ
距離が合わないのは当然。行ってないんだもの
761.
ユーザー
FSAWq
>>746日本に文字が残っててもわからんと思う
現代でさえ中国は漢字で当て字するからロゴの色味とかデザインで推測しないと漢字だけではわからん
可口可楽=コカコーラとか
762.
ユーザー
r2Dgs
>>751
クトゥルー川いあ!いあ!
763.
ユーザー
r2Dgs
夜露死苦は万葉語である。

一方中国はドラえもんを
哆啦A梦と翻訳した。
銅鑼衛門ではダメだったのか…
764.
ユーザー
ffeya
紛争解決のために女王たてたが やっぱりだめだった
福岡県民は抗争しないと生きていけない大阪と同じ
だった
765.
ユーザー
r2Dgs
伊勢神宮の斎王が天皇の一族の未婚の女性で
呪術的な側面を担ってきた。
766.
ユーザー
yho7d
>>765
醍醐天皇の孫で歌人の徽子女王も元は斎王だったな
アレで金の龍を出してた
767.
ユーザー
moE9l
甲とか乙とか
日本人は区別できなかったなら同じものだ。
帰化人が区別できただけ。

お隣の韓国人なんて清音と濁音の区別ができない。しかし、きっちり分けて発音してる。
それを日本人が文字にすると清音と濁音は分けて書く。しかし、韓国では同じハングル表記になる。
768.
ユーザー
r2Dgs
>>766
あれってやめることできたんか…

じゃあ在原業平大先生が東下りする必要なかったのでは…
769.
ユーザー
Qqigx
>>767
日本人が複数あるンの音を区別してないけど分けて発音してるようなもんだな

770.
ユーザー
r2Dgs
日本語もちょっと前まて濁点は表記しなかったと思ふ
771.
ユーザー
YY11O
邪馬台国とはヤマト国と読むものだったって小学生でも思い付くやん、何を歴史学者が偉そうにって第一印象やったが、、
地名などの名称ってのは案外、古くからの伝承から変わらず続くものらしいな
北海道の変な地名はだいたいアイヌからだし、焼津はヤマトタケルの伝承から続くらしいし
邪馬台国も当時はヤマト国って言われてて、今の漢字が充てられたってのは納得できる所があるな
772.
ユーザー
oFKpE
一方大和をヤマトと読むようになったのは奈良時代以降のことだろう
773.
ユーザー
r2Dgs
夜麻登波久爾能麻本呂婆
多多那豆久阿袁加岐夜麻碁母禮流
夜麻登志宇流波斯

やまとはくにのまほろば
たたなづくあおがきやまごもれる
やまとしうるわし
774.
ユーザー
JaQXo
>>772
畿内大和の地域をヤマトと呼ぶようになったのがいつ頃だろうね?
って話しになるんだよな

魏志倭人伝の時代よりも前からヤマトと呼ばれてたのか
あるいは卑弥呼の時代よりもあとに呼ばれ始めたのか
775.
ユーザー
fNxHV
ホツマツタヱ支持者だが、あれだとイザナギ、イザナミ、スサノオ、アマテラス(アマテル)なんかも天皇家というだけで普通の人間だからな。たぶんオロチも人間だよ
そんでイザナギとイザナミなんか同レベルに尊敬される扱いだったみたいだし、女王がどうとか別になあ
776.
ユーザー
fNxHV
ヲウミアツミノ ナカハシラ
ヒカシハヤマト ヒタカミモ
ニシハツキスミ アシハラモ
ミナミアワソサ キタハネノ
になっててヤマトという呼び方自体は古くて、最初の頃は日本の特定地域を指していたと思われる
777.
ユーザー
fNxHV
ホツマツタヱだとヤマトは地域名だった感じだが、宮殿をオオヤマトと言ったり途中から本州?をヤマトクニとしてからヒノモトとしたり、一定した場所を示してる感じではない
言霊みたいな宗教感にこだわってるためだと思う
778.
ユーザー
r2Dgs
国の名前は倭では…
日本の使者が宇宙大将軍倭国王を自称するくらいだし。
779.
ユーザー
ekFjg
邪馬台国はヤマタノオロチとして大和朝に討たれたばかり
たぶん和平協定持ちかけて、酒のませて邪馬台国のトップ虐いた伝承だと思ってた
780.
ユーザー
7Jyaw
>>775
スサノオは天皇家じゃないだろ
天皇家はスサノオの姉アマテラスの子孫だぞ?
781.
ユーザー
bXscM
>>780
ホツマツタヱはおいておいて、日本神話の記述的には日本書紀にしろ古事記にしろ神武天皇の曽祖父である天孫のニニギノミコトの親神であるアメノシホミミノミコトは天照大神とスサノオノミコトとの誓約で生まれた神で、
その誕生は天照大神の持ち物からスサノオノミコトが生み出していて天照大神とスサノオノミコトの両方の子孫ってなるから天皇家がスサノオノミコトの子孫っていうのが間違っているとは言えない
782.
ユーザー
ffeya
福岡ではみかじめ料払わないので
783.
ユーザー
TarGL
え?ヤマトこくって読むのか?
ヤマタイこくだと本気でずっと思ってた
恥ずかしすぎる・・・
784.
ユーザー
2yfXj
今に見ていろ邪魔大王国
785.
ユーザー
k5vUP
邪馬台国ってそんなに必要なの?
786.
ユーザー
VHRCI
「国民の歴史」で西尾幹二も同じようなことを言ってる
787.
ユーザー
6z0Wr
>>784
ハニワ原人激おこ
788.
ユーザー
SeDFy
卑弥呼は邪馬台国の女王やろ
ヤマト国の王やから、天皇って事か
789.
ユーザー
FHzH5
しかしヤマタノオロチはヤマトではなく
イズモにいたことになっている
ヤマトにいたのはツチグモ

…ネーミング的に逆では…
790.
ユーザー
bpiv1
>>785
唯一文献にどんなクニか記録されたから
791.
ユーザー
XJpBG
>>789
ヤマトとヤマタじゃ語源が違うだろう…
一般的にヤマトの語源は山に囲まれた地とか山の麓とかってされていて、ヤマタは八つに頭が分かれたオロチ、もしくは八が日本では大きな数字みたいな意味で使われるから多くのアタマをもつオロチで特にヤマタノオロチは斐伊川の氾濫による川が溢れ出たいくつもの水の流れの反映みたいな有力説があるから、山々の中のヤマトと川の氾濫のメタファーとじゃ別物。
792.
ユーザー
knl1o
邪馬台国の起源は韓国
マザームーンこそゲンダイを生きる卑弥呼
793.
ユーザー
QfjGD
>>789 高志(コシ、越)の八岐大蛇だから北陸から出雲へ攻めてきたんだと思う
ヤマトのオロチではないよ
794.
ユーザー
6BUei
>>793
高志の奴奈川姫は出雲の大国主と婚姻関係で同君連合だった。
なおその子が糸魚川より信州に攻め込んで
諏訪大社の神になった建御名方命神だが
建御雷神にボコボコにされたことになっている。
795.
ユーザー
HSATK
卑弥呼は天照大神の可能性がある
796.
ユーザー
Mlvls
>>791
語源も何も語り継がれた話なのが後に物語風に編集されたので
普通に考えて方言みたいになまって伝わったり、話がいろいろ盛られてる
797.
ユーザー
c5HYb
>>785
じゃまだい
798.
ユーザー
FZiCF
>>796
八岐大蛇退治の話は日本書紀には出雲以外に一書として安芸国の話としているのも挙げられているから出雲の神話で完全に確定って訳でもないだろう(出雲国風土記で取り上げられている話でもないし)
799.
ユーザー
AgLDZ
妄想でしか語れない学者連中は、いつまで続けるのかボンクラども!
800.
ユーザー
YoPci
クロネコ邪馬台国
801.
ユーザー
ApzKV
>>799
この時代の史料は少ないんだからしょうがないだろ
802.
ユーザー
Lrpwc
使節団「卑弥呼はいまどかにいるのか?」
熊本県民「山たい。」
使節団「やまたい?そこにいるのだな。」
熊本県民「そけ、みんなおるばい。」
使節団「女王のいる場所は邪馬台国っと」
803.
ユーザー
DCIb4
邪馬台国あった時代、魏に行く技術あったのか?
遣隋使とか命懸けだったんだろ?
804.
ユーザー
FKifa
>>803
魏の方から来てる
属国扱いだから管理されてる
邪馬台国で内乱が起きた時も魏がクチをはさんでる
805.
ユーザー
YZOvz
>>802
コーヒー吹いたじゃねーか
806.
ユーザー
aXsIM
>>803
この頃の日本は文字すら無いから技術の継承もできないから船とか作れない
807.
ユーザー
X0whS
>>803
朝鮮半島経由だとそれほど難しくないが
遣隋使は迂回しようとして悲惨なことになってる。
(反日的な新羅が統一したので)
808.
ユーザー
gpyXF
>>771
だから 邪馬壱って漢字で書いてあって勝手に日本で邪馬台って改変してヤマトとかドヤってるだけ
ヤバイチって地方の土地の女王気取りが奴隷を中国に送ってご機嫌を取っただけ 全く後に続かないヤバイチ
809.
ユーザー
dXFjk
>>808
邪馬壹になっているのは陳寿が描いた原本ではなく今残っているものの中では最古の12世紀に刊行されたものでそうなっているだけで、魏志から子引や孫引したものは邪馬臺表記だろ(子引孫引している書物は現在残っている魏志より古い刊行のものでも邪馬臺表記で邪馬壹にはなってない)
810.
ユーザー
GdPfH
ジークブリーカー!!ちねぇ!!
811.
ユーザー
TZy7r
>>13
今の中国人と魏の人は別物だろ
日本人もだけど
812.
ユーザー
5q7J2
>>806
んなこたあない
縄文の時代からカヌーや古代船造って各地の島や朝鮮半島に渡って住み着いてた
困難なのは東シナ海を渡って直接大陸に行くルートだった
813.
ユーザー
KjPt6
>>792
70年ほどの歴史しかがない
南朝鮮だぞ?つまんねー
814.
ユーザー
SALph
>>668
見つかった志賀島は君が代の唄の元だし偶然は無いだろw
君が代の要素を持つ神社が福岡周辺に全部揃ってるんよな
ルーツがこの辺なのはほぼ間違いない
815.
ユーザー
nUied
お前らの先祖共は揃いも揃って方向音痴の記録無しの記憶無し
816.
ユーザー
EOxqm
口から発した音をそのまま表記するような簡単なことを文明としてもたずに発展するわけはないから
少なくとも地方や集団や家族単位にあったはずの日本独自の文字を上書きするような
漢字を使う渡来人が力を持った時代があったのは間違いない
だから漢字で古代を紐解くというのが曲解の元というのは考え方として間違ってないと思うわ
純粋に音として残ったもので考えないと
順番としては漢字自体の意味を知ってから、音と擦り合わせて当てていくはすだから
817.
ユーザー
PUgFs
>>816
言語があれば文字がなくとも文明は発展するよ
縄文時代は文字がなかったしね
818.
ユーザー
EOxqm
>>817
縄文土器に紋様を掘るデザインを考えつく頭のある人が、文字を想像できないと思う?
819.
ユーザー
PUgFs
>>818
想像できたかもしれないが、必要なかったから文字がないんだろう
820.
ユーザー
akg3j
大和武尊ってただのDQNだよな
821.
ユーザー
4d2a9
口伝とかで済む程度の社会構造なら文字は無くてもいいからな
インディアンとか18世紀まで文字無かった訳だし
822.
ユーザー
wVHcD
>>819
神代文字があるからね
天皇家が聖徳太子の指導で漢字採用しただけで
日本全国至るところにそれぞれの神代文字がある
聖徳太子が遣隋使とかで中国と付き合っちゃったから神代文明は消滅した
頭が良すぎた聖徳太子 神代ひらがなカタカナでいいのに漢字まで覚えさせられるテストに出るぞ必要ない漢字
823.
ユーザー
4d2a9
神代文字なんて後世の捏造しか無いし
出所がはっきりした遺跡出土品に刻んであるとかなら分かるが、そういうのは絶無
824.
ユーザー
mXPyO
神代文字は捏造が多いがあるにはあるだろ
本物は誰も解読できない
偽物は多くの偽書がある
825.
ユーザー
tUOAC
タイムマシンで弥生時代行ってきたけど九州っていってたよ
826.
ユーザー
63KGs
ヤマタイ → ヤマトに対向する親中テロリスト国やろ!
827.
ユーザー
iqeBL
本当はヤマイ国なんだよなあ

828.
ユーザー
3gDVA
ウヤマイタイ→ヤマタイ→ヤマト
829.
ユーザー
6V9gE
>>822
神代文字が漢字伝来より前に存在してたらいいのに、とは俺も思うが
残念ながらそれは無いだろうな
ちゃんとした史料が発掘されるまでは文字は無かったと考えるべき
830.
ユーザー
i4etk
アイヌ文字みたいに意味のある文様が遺されてればそれを当時の言葉に当てはめてヒエログラフとして後世に作れるんだよね
古代人が文言を書いたわけではないけどね
831.
ユーザー
wVHcD
>>829
そもそも漢字も岩とかに書いてただけでちゃんとしてないからな
それに比べれば今も神社に残る神代文字の方が遥かにちゃんとしてる
天皇家が古事記と違うから偽物って言い張ってるだけだからね

>『古事記』は口伝採録ではない
https://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2017/08/post-13a8.html
>『古事記』は稗田阿禮の口伝を採録したのではなく、諸家に文書としてあった「帝紀及本辭」を没収した上で廃棄して、
>天武天皇が「削僞定實」した結果できあがった「帝皇日繼及び先代舊辭」(国定文書)
とか出てくるからね
832.
ユーザー
DUNZd
神代文字w
833.
ユーザー
6V9gE
>>831
まあ科学的に証明されてからにしようや
834.
ユーザー
wVHcD
>>833
だから漢字も科学的に証明されてないだろ 何処の誰が作ったのか一切不明
神代文字はひらがな・カタカナに変化していったってのが定説
835.
ユーザー
4d2a9
6世紀に著された帝紀、旧辞も記紀のベースになったとされてるが
それが神代文字なんて話は何処にも
5世紀末に作られたとされる稲荷山古墳鉄剣の文字も漢字だしな
836.
ユーザー
wVHcD
>>835
古事記のベースのウエツフミ(上紀)とかが神代文字でしょ 鎌倉時代までは使われていた日本語文字
837.
ユーザー
4d2a9
この調子だと万葉仮名とかも知らずに語ってそうだな
838.
ユーザー
TWlzV
平仮名と片仮名があるのは神代文字の影響だと言うね
839.
ユーザー
wo5x7
種死と波動砲覚えとけばええんちゃう?
840.
ユーザー
4d2a9
>>836
ウガヤフキアエズ朝だっけ?文明を中国に伝えたのは超古代の日本とか
ムーを定期購読してんの?
841.
ユーザー
29Anc
>>836
それは偽書。。。
842.
ユーザー
ICRmU
漢字もローマ字も神代文字から生まれたとか言いそう
843.
ユーザー
afOQD
大和町なんかいっぱいあるだろw
吉野ヶ里の横も大和町だった
844.
ユーザー
n8WhL
>>834
漢字は科学的に証明されてるよ
約3000年前の甲骨文字が起源で、史料もたくさんある
845.
ユーザー
JmwvS
弥生時代の硯は伊都を中心に西日本から出土している
これらの用途と年代がわかれば、畿内説は滅亡するであろう
846.
ユーザー
Iinuf
>>834
勝手に定説作らないでくれw
ひらがなは漢字を書き崩したもの、カタカナは漢字の部分をアレンジしたもの、神代文字は後世に偽作というのが定説だよ
847.
ユーザー
1h77D
そもそも天皇の先祖がアマテラスでアマテラスは卑弥呼だったという説がある
つまり邪馬台国というのは日本そのものだった説
848.
ユーザー
O5ioa
卑弥呼が紀元238年に魏に使いを送ったのは確定している。

一方、神武天皇が即位したのは紀元前660年と言うことになっているw
849.
ユーザー
zdqgW
>>848
神話はロマンなのだから、真面目に受け取るもんじゃない
850.
ユーザー
PoJ6t
大和がヤマトより 邪馬台のほうがヤマトっぽいと思ってた中学の時のおれの直感に世界が追い付いた ( ・`ω・´)o
851.
ユーザー
1Jk54
>>850
その直感でぜひ本能寺の変の黒幕は誰かを教えてくれ
852.
ユーザー
8spXL
中国人が嘘を言うはずはない

邪馬台国は必ずあった
853.
ユーザー
RYs6y
>>844
あのな 石に謎の記号が掘られているだけで資料でもなんでもないのよ あれこそ中国人お得意の捏造なのよ 騙されんな
だったら日本の九州には沢山の古墳の謎の記号がありまくりなのよ
854.
ユーザー
RYs6y
>>852
魏志倭人伝では途中から倭人の伝聞で邪馬台国の場所を案内してる 現地人の誰かが嘘を言っているベトナムに辿り着いた
855.
ユーザー
OZD6X
>>853
ユネスコ主催の世界の記憶を否定するって学説的にはありえんわ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E9%AA%A8%E6%96%87%E5%AD%97
856.
ユーザー
dcRgQ
中国は出土物が豊富で甲骨文字から始まり後の時代の
文字の変遷も辿れるからな
古墳の石室に燭台の画が並んで描かれてるから文字だ!
とかやってた所とはちょっとレベルが違い過ぎる
857.
ユーザー
X17fZ
チェンマイのことだろうけど文字だけ見たらなんかジャマイカって読みたくなるよね
858.
ユーザー
cVkH2
九州にも山門郡という地名があるのだが
859.
ユーザー
X17fZ
今はスペイン人と黒人奴隷とその混血の国になっちゃったけどジャマイカも原住民はタイノ族とかゆーアラワク系インディアンだったんだってさ
スペイン人が絶滅させたらしい
860.
ユーザー
Eu6Sc
>>855
占卜(亀卜)は呪術で本当にあったか無かったか不明だぞ 何の繋がりもないのにキレイに騙されるもんだな 日本各地にある神代文字の石碑が圧倒的に正しい 亀の甲羅て((笑
861.
ユーザー
pTgaW
>>860
無知やなぁ
862.
ユーザー
s8V3h
亀の甲で吉凶を占ったのは殷の風習である。

史記には紂王の一族の箕子が朝鮮に渡った(紀元前1046年)とあり
現在ではこの時期に朝鮮最古の稲作遺跡や
殷式の土器が発掘されているのでほぼ裏付けられている。
(なお韓国は否定)

この集団が日本に渡り弥生人になったと考えられる。
(日本最古の稲作遺跡が紀元前906年頃である)

ゆえに卑弥呼(紀元170年~248年頃)はこの集団の末裔と考えられる。
しかしその場合少なくとも甲骨文字が使われていないとおかしいということになる。
殷墟からは亀の甲に書かれた甲骨文字が発掘されているが
日本で発掘されたという話は寡聞にして聞かない。

863.
ユーザー
s8V3h
阿比留草文字(あひるくさもじ)は、各地の神社において神璽や守符、奉納文などに用いられている文字である。神代文字の一つともされている。
阿比留草文字は、甲骨文字や金文によく似ているため、これらを基にした文字であるという説がある。
阿比留草文字wiki

しかし漢字が日本に入ってきたのは
論語と千字文が入ってきた応神天皇の16年のことで、
日本書紀によると406年頃、古事記によると378年頃になるため、
伊勢神宮はまだできていない気もする。

一応神話によると
応神天皇の父が景行天皇
景行天皇の父が日本武尊
その叔母が初代伊勢斎王と言うことになっているので
つじつまが合わなくはない。

あわないのは406年にはまだ梁員外騎侍郎周興嗣(千字文の作者)が
まだ生まれてすらいないということだ。
とは言え、倭の五王は420~479年に使いを送っているが、
当時最先端の漢字を習得したことがその契機になったのかもしれない。

864.
ユーザー
bLVzZ
>>862
殷の祖先は北方民族だから弥生人が北東アジア人と縄文人のミックスのゲノム構造なのと合致するな
その子孫が邪馬台国とすると東アジア人と弥生人のミックスのゲノム構成の古墳人(大和民族・現日本人)とはつながりのないクニということになるな
865.
ユーザー
X17fZ
邪馬
シャーマン
866.
ユーザー
X17fZ
ジャーマン
867.
ユーザー
X17fZ
>「シャーマン」という語は、ツングース語やゴルド語、満州語でその地の典型的な呪術・宗教的職能者をさす用語「サマン」šaman, samanに由来するとされる。
>この語は19世紀以降、北アジア・極北地域の呪術・宗教的職能者一般に適用され、その後さらに世界各地の類似職能者を意味する用語として広く使用されるに至った。

https://kotobank.jp/word/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0-76255#:~:text=%E3%80%8C%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%AA%9E%E3%81%AF%E3%80%81,%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%AB%E8%87%B3%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82
868.
ユーザー
uJRoi
サマンほうさく「おいどんのくには、やまたい!」
869.
ユーザー
OZD6X
シャーマンキングの舞台はひばりが丘や新座市
870.
ユーザー
sNgJw
文字の発明が無い民族自体いないだろ
他の民族のを使ったから自然と消えたんだろ
古代エジプトの象形文字やメソポタミアの楔文字も消えただろ
神代文字もそういうもんだ
871.
ユーザー
oS8ou
>>864
実のところ周は西方の羌族の血が混ざっていて
太公望などはもろ羌族である。
その後の秦も漢化した羌族とと言え、
北魏などはツングース系の鮮卑だった。

この時、半島から日本に到達した一族こそが純粋な漢民族と言えるかもしれない。
その後半島はツングース系民族(高句麗など)と、日本は縄文人と混血するのだが。
この一族が文字を持っていない方が不自然であり、
わずか数十年で漢字を使いこなしているのは
漢字の元となった甲骨文字などの素養があったからではなかろうか。

しかし銅鐸になぜ文字を刻まなかったのか…

銅鐸の中は意外に複雑!? 日本最古の文字は「子」!?
縄文・弥生の新知識~注目の新書紹介~

872.
ユーザー
e4uKK
漢民族はいわゆる中原の中国人じゃないだろ
古くは荊と称した楚が漢を興したんだから
周時代に爵位もない国だから南蛮人だろ
秦は西戎人だ
873.
ユーザー
pzhUh
>>872
三皇五帝から夏→商(殷)の歴史が漢民族の歴史だろう。
史記では秦や呉、楚の王は私は蛮族なので…と言うことをしばしば言っている。
劉邦の出身は肺で確かに楚の領土だったが
荊州ではなく徐州…
また、秦を滅ぼしたものを関中の王にすると言われたが
この関中は函谷関より西の秦の旧領のことだったのだが
実際に与えられたのは漢中…つまり益州…四川省で
劉邦は蜀の桟道を焼いてここに入り国号を漢としたが
ここも異民族の地だった。

874.
ユーザー
JkQh2
夏、殷、周は姫姓であり王を称した
何で始皇帝が称した皇帝号使うのよ
中原は中華つまり中国と呼ばれていた
周王朝が開かれた時は晋や斉、魯などは公であり
そう称していた
秦や楚や燕は爵位なんかなかった
晋はその中に六候が居たが三つの韓、魏、趙氏が
三分割して国が割れた
何でその後の漢なんて国の民族になるのか分からんな
そもそも最初の統一国家は秦=支那=Chinaだろ
文字や度量衡も秦が統一した
支那字、支那でいいだろ
まあ奴らは法治国家が嫌だから支那と呼ばれるのは嫌だろうが
875.
ユーザー
nfFTj
ジャーマン大国
876.
ユーザー
pzhUh
白起は武安君だったし
呂不韋は文信侯だったので爵位が無いわけではないのだが
諸侯が対立し春秋戦国時代を招いた周の反省に基づいて郡県制を採用した。
漢はあっさり滅んだ秦の反省に基づき郡国制に戻した。
劉氏以外は王になれなくして劉氏にあらずんば人にあらずと豪語した
。
後に地方の力が強まり呉楚七国の乱を招いた。
一方、後漢の光武帝は奴国を王として認め金印を送っている。
877.
ユーザー
koroM
神農の姜氏
黄帝の姫氏
舜の姚氏
禹の姒氏
嚳の妘氏
少昊の嬴氏

夏を創設したのは禹なので姒氏
殷(商)は子氏
周は姫氏
太公望は姜氏(羌族)

姫氏の国は魯(周公旦)燕(召公奭)呉(太伯)晋(唐叔虞)など

神農が姜ということは羌族だったのかもしれない。

子氏は後に殷氏に改めたというが
この氏族は朝鮮半島に多い。
一方で日本の渡来人系の氏に
西文氏(かわちのふみ)
東漢氏(やまとのあや)
秦氏(はた)
というのがいるが
やまとと言うのは単に東という意味っぽいのは言ってはいかんのか?

878.
ユーザー
KpzUp
全国的にはあまり知られてないけど
邪馬台国は岡山にあったと主張してる人達がいて
本まで出しているんだよ
879.
ユーザー
pxKkq
>>877
東漢氏(倭漢氏、やまとのあやうじ)
西漢氏(河内漢氏、かわちのあやうじ)
ヤマトとカワチの位置関係から東西で当て字にしてるだけでしょう
この二つの地名は当時のヤマト王権では重要だし
880.
ユーザー
ddEgM
>>879
Wikipediaみたら渡来してきたあとの本拠地がヤマトとカワチだからヤマトってかいてあるのだが。
881.
ユーザー
hnL5M
いや、待ってぃ
だよ
882.
ユーザー
tQUnT
一方秦氏は京都太秦が根拠地
883.
ユーザー
3ghck
周防って何でこういう地名なのかな
周王朝と関係あるのかな
884.
ユーザー
8FFgv
>>13
そこしか手掛かりが無いから学者連中は藁に縋っているんだよ
シナ中国史が凡そ嘘だと知っていてもね
885.
ユーザー
8FFgv
>>59
中華思想ってやつだな
その所為で何度も国が滅んでいるシナ中国だが…
886.
ユーザー
lj4VF
この話題て多分どこまで行っても結論出ないじゃん
学者の人らてだから楽しいんだろうな
887.
ユーザー
8FFgv
>>78
中華(笑)は関係無い

漢人と漢民族は違う
中国共産党の幼稚で愚かな面の一つであるわけだが
当時のシナは違う国々で、人も文化も違ったりしていた
呉も楚も中華の外の異文化の野蛮な国だとされていた
888.
ユーザー
8FFgv
>>89
漢人と漢民族は違うぞガイジ
中国共産党の幼稚な騙しに乗るなよ

六四天安門
889.
ユーザー
0OHYk
玉山 台湾だよ
山台
890.
ユーザー
s5tOj
学問じゃなくてエンタメだからなこの国の考古学は
ワケわからんカルト一族に配慮しないで掘るところ掘れよ
891.
ユーザー
crEUX
むしろ、シナチョン配慮で埋めます
もしくは拡張工事ですべて破壊し尽くします
892.
ユーザー
NXLDo
>>883
古い地名は上代日本語と関係がある
すはう、すはという上代日本語に漢字をあてたもの

元は熊毛郡周防郷と言うのがあり、
ここが盆地だったのですぼむ→すぼ→すはなった説あり。

周防国 〜 盆地を「すぼむ」と形容。それが変化したことが地名由来。
https://fuuraiki.com/suoonokuni/

なお熊毛には田布施があり、
朝鮮出兵の際に朝鮮人が移り住んだ土地であり、
朝鮮通信使が江戸に向かう際に必ず立ち寄る町であったという。
このあたり出身なのが木戸孝允とか伊藤博文とか岸信介とか。
田布施は鹿児島にもあり、小泉純一郎の父親、小泉純也の出身である。
また大久保利通(麻生の先祖)は鹿児島の高麗町生まれで、
明治維新は朝鮮系による日本の乗っ取りであると見る向きがある。
893.
ユーザー
crEUX
渡来系は四国の方が圧倒的だけどな
薩長は大嫌いだが
894.
ユーザー
zg1Qc
>>890
吉野ケ里とか見たけど、あまりにも寂しく哀れな遺構だから邪馬台国は九州と違うだろって思った
エンタメとか全く無い木枯らしが吹いているだけ エンタメなら河内・大阪あたりでゴッドハンドやって下さい
895.
ユーザー
zg1Qc
>>892
木戸孝允 出生地長門国萩城下呉服町(現:山口県萩市呉服町)
896.
ユーザー
NXLDo
>>895
木戸幸一だった
彼は昭和天皇側近で東條を首相に推薦したと言い、
伊藤博文の一族とのこと

明治天皇すり替え説
https://www.asahi-net.or.jp/~wy4h-isym/meijiennou.pdf

897.
ユーザー
HUXeA
乗っ取って人口減で世界最速消滅じゃ意味ねぇじゃん
金融からインフラの外資比率もな
担保になるものもう何も無いぐらい
898.
ユーザー
aqFpV
小学生の時に気付いてた
899.
ユーザー
UlGex
ヤマト国って時点で奈良確定やん
北九州にヤマトの地名はないやろ
900.
ユーザー
SPXO9
>>899
福岡県は山門郡って漢字の違う広い地域なのよね
大体がダイワって書いてヤマトってのが嘘くさいだろ 本物はドッチ
901.
ユーザー
2298Z
畿内は新しさしか感じないんだよなぁ
九州どころか四国と比べても
新興埋立地のニュータウンって感じで
関西に対しての江戸みたいな
歴史は繰り返しているんじゃね?
結局は天皇の移動だろ
902.
ユーザー
tI9QK
読みが似てる以外には、邪馬台国→大和朝廷とする根拠はなくね??
邪馬台国以外にも当時の日本にはいくつも国があったんだろ?
903.
ユーザー
tI9QK
小田原北条氏が鎌倉幕府執権北条家にあやかって北条を名乗ったみたいに
大和王権が邪馬台国にあやかってヤマトを名乗った可能性もあるよね
904.
ユーザー
oPMMi
そうなると日本書紀の天皇の歴史は途中までは邪馬台国の歴史だったことになるな
905.
ユーザー
tI9QK
いやw
日本書紀を真に受けたら邪馬台国以前から大和王権があった事になるw
906.
ユーザー
Drlrh
>>899
奈良がヤマトになったのは757年ごろからやで
907.
ユーザー
Drlrh
757年ごろ 大倭→大和
この時点で読み方はタイワあるいはダイワ
字を見れば明らか

ヤマトと呼ぶことにしたのは遣隋使で交流するときにかつての邪馬台国を引き継ぐ国として
知名度を利用したとしか考えられない
908.
ユーザー
UPT0L
読み?漢字で考えること自体がアホじゃないか?
古語なんて
909.
ユーザー
oPMMi
そうすると卑弥呼が死んだ248年の頃は日本書紀では神功皇后の時代だけどその頃の天皇の歴史はみんな実は邪馬台国の大王の歴史なのか
応神天皇の頃から大和政権の歴史か?
910.
ユーザー
E4yRO
九州倭国は白村江の戦で大体滅んでたのをつぶした
奈良のヤマト
911.
ユーザー
E4yRO
大阪は九州倭国系でそれも潰したのが奈良のヤマトなので
古墳の埋葬者は不明
明治以降こじつけてきめたらしい
912.
ユーザー
bdLBq
漢人って何だよ南人・色目人かよ
913.
ユーザー
bdLBq
>>892
簡単に上代日本語とか言うなよ
914.
ユーザー
6arQL
渡来系は四国から近畿に流れ込んでいるのが分かってるからなぁ
新興で天皇と収蔵品だけ移したんだろ
歴史的に毎度やってること
元の場所なんてどうでもいいのよ
移った場所が同じ名前付けてそうなるんだから
915.
ユーザー
6arQL
そもそも国や首都を意味してないのよ

「やまと」は元は温和・平和な所を意味する「やはと」、「やわと」であり、「しきしま(磯城島)のやはと」から転訛して「やまと」となり、後に「しきしま」がやまとの枕詞となったとする説。 アイヌ語で、“ヤ”は接頭語、“マト”は讃称で、高貴を意味する“ムチ”や祥瑞を意味する“ミツ”等と同根の語とする説。
916.
ユーザー
6arQL
大陸に対して自分たちの国はユートピアと言ってるようなもん
決まった国名が無かったんだろ
毎度の勘違い、行き違い
917.
ユーザー
g0Gke
どこにでもあってどこにもない
918.
ユーザー
9PVOj
>>906
つまりどういう事なん
919.
ユーザー
Kjex3
>>918
それよりも前からヤマト国と呼ばれてた地域が畿内大和とは別の場所にある
という事

で、九州には山門という地名がある
920.
ユーザー
9PVOj
倭(ワ) 1-2世紀 奈良盆地東
大倭(ヤマト)

邪馬台国(ヤマト国) 2-3世紀

大和(ヤマト) 8世紀、奈良県
日本(ニッポン、ヒノモト) 701年、大宝律令

もうこれ、奈良やろな
921.
ユーザー
Kjex3
>>920
>倭(ワ) 1-2世紀 奈良盆地東
>大倭(ヤマト)

これ間違ってないか?
ソースなに?
922.
ユーザー
9PVOj
>>921
うはっ、ソースはwikiに決まっとる

国名に使用される「ヤマト」とは、元々は「倭(やまと)、大倭(おおやまと/やまと)」等と表記して奈良盆地東縁の一地域を指す地名であった(狭義のヤマト)[注釈 2]。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%9B%BD
923.
ユーザー
Kjex3
>>922
それ、8世紀9世紀の話しだよ

1-2世紀ではない
924.
ユーザー
qP3sb
>>922
文字が伝わったのが早くて4世紀末から
倭なんて表記は存在しないのが邪馬台国の時代
925.
ユーザー
bCI0H
ヤマトは都市を表す言葉じゃねぇよ、ボケ
926.
ユーザー
9PVOj
>>923
そう言うことか
朧げながらも国家誕生までの年表を見たいが、誰か綺麗にまとめて欲しいの

1世紀末から2世紀初頭にかけて、倭国をある程度代表する有力な政治勢力が生まれたとする見解があるものの、日本列島各地の豪族がそれぞれ倭国王を称していた可能性も否定できない。いずれにせよ、これ以降、7世紀最末期までの間、倭・倭人を代表する/統合する政治勢力は、対外的に「倭国」を称し続けた。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%9B%BD

なお、神武天皇 紀元前660年即位

927.
ユーザー
Kjex3
>>926
邪馬台国と神武天皇の畿内大和政権が同一国家だったという無意識な思い込みをやめたら
歴史はもっと面白くなるよ
928.
ユーザー
9PVOj
>>927
レスが断片的で否定だけやから、素人に理解できない
ボクが考える日本国の創世記を書いて欲しいんだけどな
929.
ユーザー
bCI0H
オマエのノートに勝手に書いてろよ
930.
ユーザー
Kjex3
>>928
九州に邪馬台国を含む当時の倭国が存在していて
それらの国々が共同で一人の女王を擁立した
それが卑弥呼

「邪馬台国」とは、卑弥呼が所属している国の名前に過ぎず
倭人の国の総称ではない

卑弥呼の時代以降に
邪馬台国とは別の国の権力者が倭国をまとめ上げ勢力を拡大し、畿内大和に首都を置いた
これが神武東遷

魏志倭人伝で卑弥呼や邪馬台国の記述があるので
中国との貿易や朝貢に邪馬台国という名前を利用した

これが「やまと」という名前を頻繁に使い始めるきっかけとなった
931.
ユーザー
bCI0H
噴火と寒冷化が人類史を作る
照らし合わせれば、ごくごく当たり前のこと
それで滅亡危機と流入、食糧事情や文化の激変
いつも同じところで、と考えること自体がアホ
戦争だってその結果
932.
ユーザー
9PVOj
>>930
邪馬台国は九州にあった
神武東征は7-8世紀の出来事やと
面白かったです。ありがとうございます
933.
ユーザー
9PVOj
畿内説の人たちの歴史観も見てみたいですが、少数派なんやろうか?
934.
ユーザー
bCI0H
ハプロと噴火と寒冷化
コレを追えば十分
935.
ユーザー
bCI0H
但し、誤魔化しも多くピースもまだまだ足りない
今はまだどうせ完成しない
他分野の学術研究とかを積極的に取り入れるぐらいじゃないと
日本の考古学は既得権益のクソ
とくに奈良の連中のコメントには反吐が出た
金蔓としか見ていない
936.
ユーザー
7GjBL
魏志倭人伝に倭人は入れ墨をしているとある
入れ墨は縄文人の風習である
卑弥呼は縄文人の女王であった

縄文人連合国は神武の東征で滅ぼされた
女王の国と言うと高志の国も女王国だった。

高志の女王は出雲と婚姻同盟を結ぶが
大和朝廷に抗しがたく敗北。
子孫は諏訪大社の宮司になったという。
937.
ユーザー
7GjBL
しかし意外にも九州には渡来人系が少なく
畿内、四国、そして高志のあたりに渡来人が多い
出雲はどちらとも言えない

渡来人、四国に多かった? ゲノムが明かす日本人ルーツ
日経サイエンス
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC18CCA0Y1A610C2000000/
938.
ユーザー
bCI0H
天照と素戔嗚を卑弥呼と帥升と考えたらワリと足跡は納得がいったケドね
とくに素戔嗚、帥升
中国地方、出雲、そして、四国
もしかしたら、イザナミも渡来系なのかもな
そして、近畿へ
天照の女神化も権威の変化なんだろ
ハプロも三竦みだし
月読は縄文で隠れてしまうがな
DとO1とO2
純粋では無く、渾然だがね
939.
ユーザー
bCI0H
国津神とかも多分、もの凄い勘違いがあると思ってる
あと、逆転現象とかもある
鉄器や青銅器とかの勘違いも
四国が古い国人ではなく、一番渡来系だったことで
全く考えが変わったんだよね
かなり前になるけど
940.
ユーザー
bCI0H
ちなみに大陸マレー系プラスモンゴルの半島の影響なんか大してないと思ってるよ
半島なんて日本への影響はムチャクチャ新しいとしか思えないからね
少なくとも古朝鮮とは完全に別物
遼河周辺で女真同士で争ってそれどころじゃないと思うからね
その斥候やはじき出された爪弾きが今の半島人だから
ハプロも半島は華南と同じ集団、広く見ても華南、華北、満洲と同じ集団にしか見えないからね
日本、沖縄、アイヌは同じ集団だが、半島はそれとは全くの別物
941.
ユーザー
bCI0H
但し、刀伊やムクリコクリとか古代から日本に悪逆非道の限りを尽くした最低最悪の外道は今の半島の先祖
942.
ユーザー
xvdDJ
>>933
多数派でしょ 日本で魏に使者を送って金印を貰えるほど大きい国はヤマト奈良県しか無いってことでしょ
魏志倭人伝で南を東に変えたら距離的に奈良になるし そもそも九州に大きな国があったとか伝わってない
魏と高句麗が戦っていた時、倭国の代表として高句麗と戦える国はヤマトしか考えられんし
朝鮮が暴れるから魏も日本と仕方なく付き合ってくれただけだから まぁ古代から法則がはたらいてたな
943.
ユーザー
Kjex3
>>942
>金印を貰えるほど大きい国はヤマト奈良県しか無いってことでしょ
そこらへんからしてすでに間違ってるもんな
944.
ユーザー
bCI0H
渡来系の影響が強いのに文字伝達に齟齬なんか出ると思うか?
畿内になってから一気に頻繁な交流してんのに
系統が全く違うんだよ
それと規模は無意味だぞ
大陸は内部事情で日本を大きく見せたかった、って当時の状況があるから
945.
ユーザー
bCI0H
旧唐書などから少なくとも二系統はあると考えるのが自然
統一、安定なんてずっと後
946.
ユーザー
bCI0H
明らかに記紀や東夷伝、倭人伝なんかを見たって長期間かけた主導権や立場の逆転があるのさ
だから、天照大神を女神化させる必要があったし
そして、天皇家が素戔嗚を祖神とハッキリ言わないのも
大陸に疑われたのもそこらへん
そのクセ、ヤマトタケルなどその後も素戔嗚との相似性を匂わせている
どう考えたって渡来系の影響が強くて急速に大陸と結び付いていくクセに
947.
ユーザー
bCI0H
紀元前11世紀から紀元前4世紀前までは明らかに北部九州
紀元前4世紀以降は近畿
948.
ユーザー
tBhZm
>>8
そもそも論になるが
「『魏志』倭人伝」自体が間違っている可能性も高い。
この場合の「間違っている」は、「写本のミス」を含む
『魏志』倭人伝が作られた当時の筆記具は、保存に適してないため、1000年持たなかった。
そのため『魏志』倭人伝は数回の写本が行われており、現在残っているのは11世紀頃の最新版。
その間にまったく書き間違いがないと考えるほうが不自然だろ。
949.
ユーザー
bCI0H
西日本しか無い日本の古代史で
北部九州の勢力と四国を中心とした勢力
その結果としての一番争いから離れた
近畿の新都構想だったとしか思えない
950.
ユーザー
bCI0H
そもそも数世紀単位の時系列無視した寄せ集めだし
勢力や系統もムチャクチャ
ソレを一つにしようとするから
951.
ユーザー
9PVOj
>>936
倭人は全身に刺青と鯨面までやっとったって見て
ヤマト王権以降の日本文化とは違うなと思った
基本的に罪人に対して行う行為で、戦国時代の武将がやってたなんて、聞いたことありません

沖縄やアイヌには刺青文化が残っとるから余計に縄文弥生人と、ヤマト人?は民族や風習も違うんやろなと想像できます

>>937
現代人ゲノムの色分け見ると北九州が青いのが意外ですね
距離的に大陸との玄関口だった筈なのにね
渡来人はそこに定住はしなかったのか争いに敗れて畿内に逃げたのか、ハテ
それに北海道の50人にアイヌが何人含まれとるのか気になる結果ですね

これらから邪馬台国がそれまでの縄文系民族であると考えれば、辻褄が合う訳ですね
面白いです
952.
ユーザー
7GjBL
>>951
ここがわかりやすい
https://www.eonet.ne.jp/~temb/16/gishi_wajin/wajin.htm

夏后の少康の子は、会稽に領地を与えられると、髪を切り、体に入れ墨して蛟龍の害を避けた。
今、倭の水人は、沈没して魚や蛤を捕ることを好み、入れ墨はまた大魚や水鳥を威圧する為であったが、後には次第に飾りとなった。
諸国の入れ墨はそれぞれに異なって、左にあったり、右にあったり、大きかったり、小さかったり、身分によっても違いがある。
その(邪馬壱国までの)道の里程を計算すると、まさに(中国の)会稽から東治の東にあるはずだ。(東治は東冶の誤字と考える。)

全身入れ墨とは書いてない。
ただ地域差はあるが子供も全員が入れているという。
会稽の東と言うと鹿児島あたりということになってしまう。

また、そして鹿児島はまさに熊襲の地である。

真珠や青玉を産出するとあるが
青玉は翡翠を連想する。
953.
ユーザー
Ipyne
渡来人もなにも現日本人のゲノムは70%が東アジア系で30%が弥生系だからみんな渡来してきた民族だろ
アイヌの村みたいに弥生の村は残らず古墳人の王朝のクニしか残らなかったからスペインのインカ帝国征服みたいなもんだ
954.
ユーザー
H0tmz
だからこそ、D1bを30%以上持つかどうかが他集団の違いだろ
一緒くたにするなよ、ザパニーズ
955.
ユーザー
2lVS2
>953
ハプログループの染色体はDNAの乗り物の役目なので遺伝されてる場合混血した跡が分かるのだが、全ゲノム解析の結果わかる集団的形質とは関係がない
むしろ現日本人(古墳人)も弥生人(縄文人と東北アジア人との混雑)との混雑の結果、縄文人のゲノムが15%あるので古代からの形質は受け継がれてる
956.
ユーザー
zvWtA
どうせ、ソイツは朝鮮、華南、華北、満洲の集団
957.
ユーザー
UlGUH
日本は元々南方系だよ
古語にタミル語の影響が強い
アイヌや朝鮮やシナが語源ではないんだよ
日本語よりも琉球語の方が古いから島間の方言が
鹿児島と青森よりも違いがあるくらいだ
前氷河期明けに渡って来た縄文系が
琉球を経由して来たのは間違いない
その前の間氷期の5万年前の原住民も居た
同じ縄文人とするのが間違いだ
ハプロCとハプロDの大きな違いがある
958.
ユーザー
pBLBT
新十津川村こそ邪馬台国。
959.
ユーザー
FK4V6
日本人は南方系にしか見えない
半島は華奢なモンゴル人って感じで北方系にしか見えない
960.
ユーザー
hl6az
ヤマトだと色々不都合だから気付いててもスルーされてただけだろ
捏造だらけの古代日本の歴史がバレてしまう
961.
ユーザー
FK4V6
卑弥呼の墓も拡張工事で木っ端微塵にしたんじゃなかったっけ?
もう絶対にミステリーは解けないよ
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