【朗報】 織田信長の性格は怖いだけではなく、優しさや気遣いのできる人だったアーカイブ最終更新 2023/11/29 06:381.名無しさん@涙目です。Y0LbW一般的な織田信長のイメージは、自分に反対する者や勢力には容赦のない性格を想像する人が多いと感じます。比叡山焼き討ちなどから連想する人がほとんどでしょう。他にも信長を暗殺しようとした杉谷善住坊の処刑で、首から下を地中に埋めてわざと切れ味の悪い竹のノコギリで首を少しずつ切り落としたとも言われています。このように残忍なエピソードが多くある織田信長はやっぱりイメージ通りの怖い人だったのでしょうか?信長に関する史料として太田牛一の【信長公記】がありますが、ルイス=フロイスが書いた【日本史】は、当時の事を外国人が本国への報告のために忖度なしに書いている事から、非常に有益な一次史料となっています。そこで織田信長の性格をルイス=フロイスの書き残した【日本史】をもとに紹介して行きましょう。フロイスは織田信長について【体はヒョロッとやせ形で、髭は少なく、声は甲高い、武芸を好み下品で荒々しく、お酒はほぼ飲まない※】と記しています。声で一般的な性格が分かるサイトを見ると、甲高い声で話す人は神経質で自己中心的な人が多いそうです。また、興奮しやすく自分の考えが正しいと思う事が多く、他人にも考えを押し付ける傾向が強いとされています。これはあくまでも傾向なので、すべての人が当てはまるわけではありません。ここまでみると私のイメージ通りの織田信長ですが、フロイスが感じた生の信長像が記されている内容をいくつか箇条書きにしてみました。睡眠時間は短く、起床は早かった普段は大人しいが喜怒哀楽が激しい時もある戦好きで、鍛錬に励んでいた曲がったことが嫌いで厳格家臣の意見を聞かず、自分の意見を突き通す宗教的なことは、否定的であった。人情味のある行動を示すこともあった。家臣の出生に関係なく親しく話をする。有力者に対しても上目線で否定的だった※ルイス=フロイス『日本史』を参考にまとめました。感想としては仕事は出来そうですがチョット性格に難がありそうで、一緒に働くには面倒くさい上司に思えます。https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/76029d0343218465314dcfbef0b260cce3fa72c02023/11/20 11:34:12152すべて|最新の50件103.名無しさん@涙目です。KjOv5>>102急にどうした?w2023/11/22 23:31:02104.名無しさん@涙目です。nqLBPのっぶのマブダチが生前の思い出を語り合うスレ2023/11/23 04:50:12105.名無しさん@涙目です。m6RCZ義の人何て言われてる上杉謙信が実は乱取り大好きだったりするのが戦国どいつもこいつもヤバ杉謙信2023/11/23 05:48:20106.名無しさん@涙目です。JhCWK信長と謙信って思考が女みたいだもんな2023/11/23 08:44:44107.名無しさん@涙目です。KCFIj義だけで領土をあんなに広げられる訳ねえだろw2023/11/23 09:15:17108.名無しさん@涙目です。GEm0l>>106癇癖で神経質で外聞を気にするところは似てるな2023/11/23 16:42:49109.名無しさん@涙目です。vqgQ6DQNランク武田 上杉織田 豊臣 徳川北条こんなイメージ2023/11/23 17:38:14110.名無しさん@涙目です。TfBk8>>109DQNだと、宇喜田直家と松永久秀が双璧じゃね?2023/11/23 17:44:21111.名無しさん@涙目です。vqgQ6>>110松永は善政とも聞くけど宇喜多はよく分らん悪政謀略不義兼ね備えたって意味では斎藤道三か2023/11/23 17:48:50112.名無しさん@涙目です。BML9qそのフロイスのも読み込んで、信長像に迫っているのが辻邦生の「安土往還記」面白くすぐに読了出来る長さだよ!誰かの感想文コピペ「孤独な絶対の探求者の肖像」巻末の改題によればフロイスやロドリゲスらの文書や『信長公記』などを題材として、それらを作者独自の視点で再構成して書かれている。ここに描かれているのは合理主義的な精神の持ち主の共感に満ちた眼差しによって捉えられた合理主義的精神を徹底する政治家の肖像となる。すなわちここに描かれた「尾張の大殿」は「自分の選んだ仕事において完璧さの極限に達しようとする意志」の持ち主であり、「力の作用の場において力によって勝つ」という政治的原則のとにあらゆる戦略を組織し、異常なまでの好奇心と探究心をもって「この世における道理」に執着する。そしてフロイスやオルガンティノら、「信じるもののために危険をおかし、死と隣りあって生きて」きた者へは友愛と信頼を寄せ、わけても巡察使ヴァリニャーノに対しては「仕事のなかに自分のすべてを燃焼させ、自己の極限に生きようとしている」者同士の「寡黙のなかの友情」を結ぶ。2023/11/23 17:58:21113.名無しさん@涙目です。BML9qしかし、その一方で己れに課した「事が成る」ための不断の克己と緊張、そして「理にかなう」方法の徹底を周囲に対しても過酷なまでに要求することで諸将との間の距離が広がり、次第に孤独の影を深めていく。「明徹な理知」によって「事物の理法」を見抜く眼をもつ一方で人間の弱さに対する愛情をも併せもつ「明智殿」との対比を通じて「大殿」の孤影を色濃く描き出していく。そうして深い信頼と共感を寄せられながら「孤独な虚空へとのぼりつめる」ことを要求されつづけることに疲弊した「明智殿」の謀叛によって、この「理法の王国」が音もなく崩れ去ったことへの衝撃とそれに続く無為の十年が語られて話者の証言は締めくくられる。言うまでもなく、「尾張の大殿」によってほぼ完成されようとしていた「理法の王国」の崩壊とは話者にとっても「大殿」を通じて実現しようとした理想の挫折を意味する。この孤独な絶対の探求者によって安土の城下に出現したつかの間の祝祭空間がこの作品のクライマックスとなる。闇の中に無数の松明によって浮かび上がる壮麗な安土城とやはり松明を掲げて疾走する黒装束の騎馬武者たちの奔流。そして彼らと同じいでたちで馬を駆り、ヴァリニャーノに別れの挨拶をする「大殿」。このとき合理主義的な精神を徹底することによって絶対の探求者となった「尾張の大殿」の相貌は、作者・辻邦生がしばしば主人公とした芸術家たちの相貌に近似する。2023/11/23 17:58:38114.名無しさん@涙目です。BML9q別の「というわけで、私はこの度、凄く面白い小説を読みました。何が凄いかと言えば、この小説が、織田信長をモデルとし彼の「仕事」、それは評価されるものもされないものも含めて、その「意味」と「動機」を分析していくというテーマ、そしてそのテーマをしっかりと支えていく丁寧かつ的確な表現力、つまりは「本格小説」としての凄さ、ということでありましょうか。例えば信長の行動原則を、筆者はこのように書きます。 -----------------とすれば、大殿が聖域を焼却して僧俗男女を一人残らず殺害したことも、北方軍団を壊滅させその総帥の首を冷然と見つめることも、ただ一つの原則――すなわち反対勢力を無に至らしめ、力の対立を完全に解消すること――を、数学的な明晰さによって押し進めたにすぎない。大殿にとっては、この原則に純粋に忠実であることが――歯を食いしばってもこの原則をつらぬきとおすことが――それだけが、彼の人間的な意味でもあり、精神の尊厳をまもる所以でもあったのだ。 -----------------信長をこのような人物と設定して歴史を書き直すわけですね。ただ、このような行動原則を持つ者が、圧倒的な孤独によって精神を蝕まれないわけにはいきません。作品終盤に宣教師のヴァリニャーニという人物が現れ、信長の内面との類似を語る人物として描かれますが、(略)つまり、終盤に描かれる信長像は、それほどまでに日々孤独の業火に焼かれようとしている姿であり、その絶対的な孤独感は、本能寺で殺されることが、ひょっとすれば彼にとって救いではなかったかと思ってしまうくらいであります。2023/11/23 18:05:42115.名無しさん@涙目です。BML9q信長は、自分の意見や面子にこだわらず、ひたすら事の道理のみを求めていた。自身の納得のいく信条を守るためには、自身の生命さえ捧げたであろう。いかなる迷い・ためらい・偏見もなく、である。信長は政治の担い手として、常に「事が成る」ための力を必要としていた。事を成就せしめぬような知識はがらくたにすぎなかった。そのため、事の成就のために自らを切りすて、ひたすら燃焼して生き抜く人間たちに言いようのない共感を覚えていた。それは「キリシタンの僧たちが大海に乗りだすように、その同じ勇気をもって、仕事に当れ。」という言葉に表れている。この小説に描かれた信長は、この時代では異端であっただろうが、今考えれば、誰もが共感し得る合理的な人物であり、混乱の時代を切り開く原動力となった。作者の、みずみずしく格調高い文章のなかに、強烈に立ち現れてくる一人の男に共感せざるを得ない。2023/11/23 18:14:00116.名無しさん@涙目です。EnCgM三英傑何れも親類縁者殺戮祭りなのは流石2023/11/23 18:28:02117.名無しさん@涙目です。DQhjRコピペ荒らし通報したわ2023/11/23 18:31:27118.名無しさん@涙目です。SLdUb佐久間さんカワイソス(´;ω;`)2023/11/23 19:41:49119.名無しさん@涙目です。9GiJw男好きだったしな2023/11/23 20:38:53120.名無しさん@涙目です。GV5Wh信長は複数の側室から子供も量産してるし、男色も当時の嗜みとしてやってた高貴な女と見れば元主筋だろうが手当たり次第だった秀吉の方が余程異常2023/11/23 20:49:35121.名無しさん@涙目です。GEm0l>>116信長は意外と身内には甘いぞ弟は粛清したけど、あれは仕方ないだろ2023/11/23 21:04:39122.名無しさん@涙目です。WaGiI>>121叔母も処してるなまぁこれも仕方ないけどサルが一番ひでえかな甥秀次の件だけでなく異父兄弟をしらみ潰しに探しては始末したとか2023/11/23 21:10:05123.名無しさん@涙目です。GV5Wh>>122母ちゃんしか秀吉にはいないんだよな父ちゃんの方は頑なになかったことにしてる2023/11/23 22:36:38124.名無しさん@涙目です。0FxdP信長が天下布武って言うまで秀吉や家康にすら天下統一する理想なんてなかったろうな2023/11/24 04:41:04125.名無しさん@涙目です。yXcFX織田信長ほど後世のイメージ変えられた人物いないと考えるガチで恐怖政治、キレやすいなら人は絶対付いてこないましてや戦国の世2023/11/24 06:52:43126.名無しさん@涙目です。JYm1c>>124今川義元「ワシの凄さに気付いてくれたか!」2023/11/24 08:20:44127.名無しさん@涙目です。0CxwY>>125韓国人の木下と松平がクーデターの後でねつ造した2023/11/24 08:36:28128.名無しさん@涙目です。HXg9i>>125本当これ可哀想2023/11/24 14:23:17129.名無しさん@涙目です。M4BHyどこにでもいるだろこんな性格のやつ2023/11/24 15:40:29130.名無しさん@涙目です。8RFeG嫌、名古屋人見たら普通に居るよなw2023/11/24 18:21:05131.名無しさん@涙目です。ztrTZ信長がすごいのは敵をせめるとき本拠地を敵陣の前に移してること名古屋→岐阜→安土とうじ戦国時代でもこんな戦法はめずらしくて、武田信玄でもあくまで遠征という形をとっていた日本海軍がペンタゴンに攻めているようなもの2023/11/24 20:30:42132.名無しさん@涙目です。ztrTZ本拠地をかえてるの家康が江戸、明治天皇が江戸へ乗り込んだ時ぐらい2023/11/24 20:33:39133.名無しさん@涙目です。d1G6X>>132徳川家康が引越しした浜松や駿河は本拠地じゃないの?2023/11/24 20:38:32134.名無しさん@涙目です。YH37l家康も岡崎→浜松→駿府→江戸やん2023/11/24 20:49:12135.名無しさん@涙目です。ztrTZ桶狭間のたたかいのとき家康は今川方なんだよないつのまにか信長についてるだよな、不思議だわ2023/11/24 21:22:27136.名無しさん@涙目です。nO4gD>>131お父ちゃんが尾張国内だけど拠点をコロコロ変えてますな2023/11/24 21:25:29137.名無しさん@涙目です。8IujU清洲城 信長 鬼ころし2023/11/24 21:31:23138.名無しさん@涙目です。DdH9X俺かよ2023/11/25 03:09:14139.名無しさん@涙目です。mBDA6>>1> フロイスは織田信長について【体はヒョロッとやせ形で、髭は少なく、声は甲高い、武芸を好み下品で荒々しく、お酒はほぼ飲まない※】と記しています。>> 声で一般的な性格が分かるサイトを見ると、甲高い声で話す人は神経質で自己中心的な人が多いそうです。また、興奮しやすく自分の考えが正しいと思う事が多く、他人にも考えを押し付ける傾向が強いとされています。これはあくまでも傾向なので、すべての人が当てはまるわけではありません。ジャパネットたかたの元社長とか、ジャワネットたかなのビューティーこくぶさんを思い浮かべればいいってことだな?2023/11/25 10:04:46140.名無しさん@涙目です。x36HH>>131信長直前の天下人たる三好一族も阿波の片田舎から畿内へと本拠地が移動してるんだがwそもそも足利将軍家自体が京都から近江、越前、岐阜、河内、備後へと移動しまくり ww2023/11/25 15:02:45141.名無しさん@涙目です。Z7Wfg>>106謙信は女だった!という説があったな。2023/11/27 11:26:34142.名無しさん@涙目です。7iFqUだけど夜は乙女になるマンさんなのであった2023/11/27 14:11:49143.名無しさん@涙目です。r4trQ肖像画はフツーにおっさんだけど耽美な方向で描かれる事多いよな謙信2023/11/27 14:17:03144.名無しさん@涙目です。ytjxZ美形として有名だったのは織田一族と明智一族どっちも美男美女が多いことで有名だったらしい2023/11/27 22:37:07145.名無しさん@涙目です。CWtdL>>144帰蝶さんが子を産んでれば最強だったってこと?2023/11/28 16:53:27146.名無しさん@涙目です。f5XKA帰蝶の最期は謎。歴史の記述から消えてしまう。2023/11/28 17:05:08147.名無しさん@涙目です。uYSVE>>139ジャパネットの元社長だが昔特集番組で見た時は普段のイメージとは違い結構厳しい怖い人だったから似てなくもないなw2023/11/28 23:53:37148.名無しさん@涙目です。mYzRnき、、気違い‥2023/11/28 23:54:46149.名無しさん@涙目です。4G6gI戦国武将に限らず歴史に名を残した人物はどこかオカシイところがあるのは当然と言えば当然。2023/11/29 00:36:56150.名無しさん@涙目です。2uEQj桶狭間で大勝利😊2023/11/29 00:51:27151.名無しさん@涙目です。Xh88b>>90 頭は良いけどね。ヤクザよりも怖い。責任問題で目の前で切腹とか恐ろし過ぎる。2023/11/29 06:15:59152.名無しさん@涙目です。SLnaHまぁこの時代は民百姓もほぼDQNだしちょっとした喧嘩ですぐコロコロする2023/11/29 06:38:26
このように残忍なエピソードが多くある織田信長はやっぱりイメージ通りの怖い人だったのでしょうか?
信長に関する史料として太田牛一の【信長公記】がありますが、ルイス=フロイスが書いた【日本史】は、当時の事を外国人が本国への報告のために忖度なしに書いている事から、非常に有益な一次史料となっています。
そこで織田信長の性格をルイス=フロイスの書き残した【日本史】をもとに紹介して行きましょう。
フロイスは織田信長について【体はヒョロッとやせ形で、髭は少なく、声は甲高い、武芸を好み下品で荒々しく、お酒はほぼ飲まない※】と記しています。
声で一般的な性格が分かるサイトを見ると、甲高い声で話す人は神経質で自己中心的な人が多いそうです。また、興奮しやすく自分の考えが正しいと思う事が多く、他人にも考えを押し付ける傾向が強いとされています。これはあくまでも傾向なので、すべての人が当てはまるわけではありません。
ここまでみると私のイメージ通りの織田信長ですが、フロイスが感じた生の信長像が記されている内容をいくつか箇条書きにしてみました。
睡眠時間は短く、起床は早かった
普段は大人しいが喜怒哀楽が激しい時もある
戦好きで、鍛錬に励んでいた
曲がったことが嫌いで厳格
家臣の意見を聞かず、自分の意見を突き通す
宗教的なことは、否定的であった。
人情味のある行動を示すこともあった。
家臣の出生に関係なく親しく話をする。
有力者に対しても上目線で否定的だった
※ルイス=フロイス『日本史』を参考にまとめました。
感想としては仕事は出来そうですがチョット性格に難がありそうで、一緒に働くには面倒くさい上司に思えます。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/76029d0343218465314dcfbef0b260cce3fa72c0
急にどうした?w
どいつもこいつもヤバ杉謙信
癇癖で神経質で外聞を気にするところは似てるな
武田 上杉
織田 豊臣 徳川
北条
こんなイメージ
DQNだと、
宇喜田直家と松永久秀が双璧じゃね?
松永は善政とも聞くけど
宇喜多はよく分らん
悪政謀略不義兼ね備えたって意味では斎藤道三か
信長像に迫っているのが辻邦生の「安土往還記」
面白くすぐに読了出来る長さだよ!
誰かの感想文コピペ
「孤独な絶対の探求者の肖像」
巻末の改題によればフロイスやロドリゲスら
の文書や『信長公記』などを題材として、そ
れらを作者独自の視点で再構成して書かれて
いる。ここに
描かれているのは合理主義的な精神の持ち主
の共感に満ちた眼差しによって捉えられた合
理主義的精神を徹底する政治家の肖像となる。
すなわちここに描かれた「尾張の大殿」は「自分
の選んだ仕事において完璧さの極限に達しよう
とする意志」の持ち主であり、「力の作用の場に
おいて力によって勝つ」という政治的原則のと
にあらゆる戦略を組織し、異常なまでの好奇心
と探究心をもって「この世における道理」に執着
する。そしてフロイスやオルガンティノら、「信
じるもののために危険をおかし、死と隣りあって
生きて」きた者へは友愛と信頼を寄せ、わけても
巡察使ヴァリニャーノに対しては「仕事のなかに
自分のすべてを燃焼させ、自己の極限に生きよう
としている」者同士の「寡黙のなかの友情」を結ぶ。
不断の克己と緊張、そして「理にかなう」方法の徹底を
周囲に対しても過酷なまでに要求することで
諸将との間の距離が広がり、次第に孤独の影を深めていく。
「明徹な理知」によって「事物の理法」を見抜く眼を
もつ一方で人間の弱さに対する愛情をも併せもつ
「明智殿」との対比を通じて「大殿」の孤影を色濃
く描き出していく。
そうして深い信頼と共感を寄せられながら「孤独
な虚空へとのぼりつめる」ことを要求されつづけ
ることに疲弊した「明智殿」の謀叛によって、
この「理法の王国」が音もなく崩れ去ったことへの
衝撃とそれに続く無為の十年が語られて話者の証
言は締めくくられる。言うまでもなく、「尾張
の大殿」によってほぼ完成されようとしていた
「理法の王国」の崩壊とは話者にとっても「大殿」
を通じて実現しようとした理想の挫折を意味する。
この孤独な絶対の探求者によって安土の城下に
出現したつかの間の祝祭空間がこの作品のクラ
イマックスとなる。闇の中に無数の松明によっ
て浮かび上がる壮麗な安土城とやはり松明を掲
げて疾走する黒装束の騎馬武者たちの奔流。
そして彼らと同じいでたちで馬を駆り、ヴァリ
ニャーノに別れの挨拶をする「大殿」。このとき
合理主義的な精神を徹底することによって絶対
の探求者となった「尾張の大殿」の相貌は、作者
・辻邦生がしばしば主人公とした芸術家たちの
相貌に近似する。
「というわけで、私はこの度、凄く面白い小説
を読みました。
何が凄いかと言えば、この小説が、織田信長
をモデルとし彼の「仕事」、それは評価され
るものもされないものも含めて、その「意味」と「動機」を分析していくというテーマ、そ
してそのテーマをしっかりと支えていく丁寧
かつ的確な表現力、つまりは「本格小説」と
しての凄さ、ということでありましょうか。
例えば信長の行動原則を、筆者はこのように書きます。
-----------------
とすれば、大殿が聖域を焼却して僧俗男女を
一人残らず殺害したことも、北方軍団を壊滅
させその総帥の首を冷然と見つめることも、
ただ一つの原則――すなわち反対勢力を無に
至らしめ、力の対立を完全に解消すること――を、
数学的な明晰さによって押し進めたにすぎない。
大殿にとっては、この原則に純粋に忠実であるこ
とが――歯を食いしばってもこの原則をつらぬき
とおすことが――それだけが、彼の人間的な意味
でもあり、精神の尊厳をまもる所以でもあったのだ。
-----------------
信長をこのような人物と設定して歴史を書き直すわけですね。
ただ、このような行動原則を持つ者が、圧倒的な孤独によって精神を蝕まれないわけにはいきません。作品終盤に宣教師のヴァリニャーニという人物が現れ、信長の内面との類似を語る人物として描かれますが、(略)つまり、終盤に描かれる信長像は、それほどまでに日々孤独の業火に焼かれようとしている姿であり、その絶対的な孤独感は、本能寺で殺されることが、ひょっとすれば彼にとって救いではなかったかと思ってしまうくらいであります。
ひたすら事の道理のみを求めていた。
自身の納得のいく信条を守るためには、
自身の生命さえ捧げたであろう。
いかなる迷い・ためらい・偏見もなく、
である。
信長は政治の担い手として、常に「事が成る」
ための力を必要としていた。
事を成就せしめぬような知識は
がらくたにすぎなかった。
そのため、事の成就のために自らを切りすて、
ひたすら燃焼して生き抜く人間たちに言いよ
うのない共感を覚えていた。
それは
「キリシタンの僧たちが大海に乗りだすように、
その同じ勇気をもって、仕事に当れ。」
という言葉に表れている。
この小説に描かれた信長は、この時代では異
端であっただろうが、今考えれば、誰もが共
感し得る合理的な人物であり、
混乱の時代を切り開く原動力となった。
作者の、みずみずしく格調高い文章のなかに、
強烈に立ち現れてくる一人の男に共感せざるを
得ない。
高貴な女と見れば元主筋だろうが手当たり次第だった秀吉の方が余程異常
信長は意外と身内には甘いぞ
弟は粛清したけど、あれは仕方ないだろ
叔母も処してるなまぁこれも仕方ないけど
サルが一番ひでえかな甥秀次の件だけでなく異父兄弟をしらみ潰しに探しては始末したとか
母ちゃんしか秀吉にはいないんだよな
父ちゃんの方は頑なになかったことにしてる
ガチで恐怖政治、キレやすいなら人は絶対付いてこない
ましてや戦国の世
今川義元「ワシの凄さに気付いてくれたか!」
韓国人の木下と松平がクーデターの後でねつ造した
本当これ
可哀想
こんな性格のやつ
名古屋→岐阜→安土
とうじ戦国時代でもこんな戦法はめずらしくて、武田信玄でもあくまで遠征という形をとっていた
日本海軍がペンタゴンに攻めているようなもの
徳川家康が引越しした浜松や駿河は本拠地じゃないの?
いつのまにか信長についてるだよな、不思議だわ
お父ちゃんが尾張国内だけど拠点をコロコロ変えてますな
> フロイスは織田信長について【体はヒョロッとやせ形で、髭は少なく、声は甲高い、武芸を好み下品で荒々しく、お酒はほぼ飲まない※】と記しています。
>
> 声で一般的な性格が分かるサイトを見ると、甲高い声で話す人は神経質で自己中心的な人が多いそうです。また、興奮しやすく自分の考えが正しいと思う事が多く、他人にも考えを押し付ける傾向が強いとされています。これはあくまでも傾向なので、すべての人が当てはまるわけではありません。
ジャパネットたかたの元社長とか、ジャワネットたかなのビューティーこくぶさんを思い浮かべればいいってことだな?
信長直前の天下人たる三好一族も阿波の片田舎から畿内へと本拠地が移動してるんだがw
そもそも足利将軍家自体が京都から近江、越前、岐阜、河内、備後へと移動しまくり ww
謙信は女だった!という説があったな。
どっちも美男美女が多いことで有名だったらしい
帰蝶さんが子を産んでれば最強だったってこと?
歴史の記述から消えてしまう。
ジャパネットの元社長だが昔特集番組で見た時は普段のイメージとは違い
結構厳しい怖い人だったから似てなくもないなw
ところがあるのは当然と言えば当然。