106補足3 円キャリートレードは総額500兆円あるとか3000兆円あるとか言って、それが第三次世界大戦のDS側の軍資金になっていたので日本の財務省こそやっぱりラスボスなのだという主張がある。 韓銀「円キャリートレード資金32.7兆円清算の可能性」国際金融市場の爆弾となるか : 経済 : ハンギョレ新聞 (hani.co.kr) Xユーザーのkristen shaughnessyさん: 「$20 Trillion That's how big Deutsche Bank says the yen carry trade is So be skeptical when big banks tell you it's all good. They don't want investors to panic and pull their money There's a line in the Bloomberg article I posted yesterday where JPMorgan and Citigroup seem https://t.co/EJ6MOJbAle」 / X これについても一応反論しておこうと思う。 円キャリートレードというのは低金利の円を借りてアメリカやEUに持っていきそこで円を売ってドルやユーロ買い、投資することを言う。つまり円キャリートレードは円安ドル高ユーロ高を必ず生じさせる。令和3年10月に一ドル111円だったのが一ドル最高で161円まで行ったので、円キャリートレード自体があったのは事実だが、円キャリートレードが500兆円とか3000兆円とかあったわけではない。 なぜそう言い切れるかというと、岸田政権期間中に為替介入した総額は24兆円でそれによって一ドル161円だった円相場が今現在146円になった。つまり一円円高にするのに1.6兆円分の外貨を使ったということだ。逆を言えば一円円安にするには1.6兆円分くらいの円を相場で売らなくてはいけない。つまり一ドル111円の円相場を1ドル161円にするには80兆円分くらいの円を円相場で売ればいい。つまり円キャリートレードは総額80兆円くらいのはずであるということである。それを裏付ける記事はあるのかというとロイターである。 円キャリー巻き戻し、まだ5割程度 継続の余地=アナリスト | ロイター (reuters.com) つまり先に示した円キャリートレードは500兆円あるとか3000兆円あるとかいうのはフェイクニュースだということだ。 もし円キャリートレードが500兆円あったとしたら、今の円相場はおよそ一ドル423円になっていなければおかしいし、もし円キャリートレードが3000兆円あったとしたら今の円相場はおよそ一ドル1986円になっていなければおかしいのである。(これはどうしてもごまかせない数字である。) 今は第三次世界大戦が終結する直前でいろいろなフェイクニュースがあるが、ちょっとだけ自分の頭で計算すれば騙されることはないので、面倒くさいけど政治や経済に興味のある人はちょっとだけ自分の頭で考えよう。笑
表面的にはきれいごとを言いながら、楽して要領よく生きたいということを行動で示して生きようとすること、偽善者として生きようと思う人は必ず周囲の人を味方につけようとする。なぜなら周囲の人が敵だったら、絶対楽して要領よくは生きられないからだ。 だから偽善者は必ず自らの偽善の正当性を周囲に吹聴し、賛同を求める。また>>130>>135を読んでも分かる通り、偽善の論理は中庸の論理よりも言論上はよく見えるから、偽善とは民主主義によく適応した悪徳と言える。 この偽善を世界が根本的に克服するにはみんながきちんと加害者意識を持って生きるしかないが、暫定的に克服するには先進国群に対して発展途上国群が勝てばどうにかなる。よって10月12日現在、ブリックスが脱ドル化協定に署名したことにより、XユーザーのMikeCristo8さん: 「BRICS finance ministers gather in Moscow after each minister signs de-dollarization agreements It’s becoming real now https://t.co/f8QwjBXSrx」 / X暫定的には偽善は一応克服された。ただこれは発展途上国側がともかく損したくないという損得勘定に基づいた価値観をベースに戦って勝っただけの結果で、まだ共同体感覚に基づく兼愛交利の論理、中庸の論理が偽善の論理よりも正しいと人類が完全にそう思ったわけではないので発展途上国側が完全勝利したと思うのは間違いである。 発展途上国の完全勝利は、どうしてもこの先30年、40年かけてウィンウィンの世界を作るために発展途上国自身が地道に汗水たらして働くことのよってでなければ絶対得られないのである。 幸運を祈る。 橘謙信
148.
名無しさん
sVxVY
表面的にはきれいごとを言いながら、楽して要領よく生きたいということを行動で示して生きようとすること、偽善者として生きようと思う人は必ず周囲の人を味方につけようとする。なぜなら周囲の人が敵だったら、絶対楽して要領よくは生きられないからだ。 だから偽善者は必ず自らの偽善の正当性を周囲に吹聴し、賛同を求める。また >>130>>135を読んでも分かる通り、偽善の論理は中庸の論理よりも言論上はよく見えるから、偽善とは民主主義によく適応した悪徳と言える。 この偽善を世界が根本的に克服するにはみんながきちんと加害者意識を持って生きるしかないが、暫定的に克服するには先進国群に対して発展途上国群が勝てばどうにかなる。よって10月12日現在、ブリックスが脱ドル化協定に署名したことにより、 XユーザーのMikeCristo8さん: 「BRICS finance ministers gather in Moscow after each minister signs de-dollarization agreements It’s becoming real now https://t.co/f8QwjBXSrx」 / X 暫定的には偽善は一応克服された。ただこれは発展途上国側がともかく損したくないという損得勘定に基づいた価値観をベースに戦って勝っただけの結果で、まだ共同体感覚に基づく兼愛交利の論理、中庸の論理が偽善の論理よりも正しいと人類が完全にそう思ったわけではないので発展途上国側が完全勝利したと思うのは間違いである。 発展途上国の完全勝利は、どうしてもこの先30年、40年かけてウィンウィンの世界を作るために発展途上国自身が地道に汗水たらして働くことのよってでなければ絶対得られないのである。 幸運を祈る。 橘謙信
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これで見れるよ。
規制されにくい方に最終的に行く予定。
体調は大体元に戻ってきた。
このごろ焦っていた心にもゆとりが戻ってきた。
年末までこの調子でゆっくりと過ごし、新年になったら
来年一年どういう風に過ごすか考えようと思う。
父の命日だったことを思い出して、夕陽を見ながら
スマホでノクターンを聴いた。
はやいもので父が死んでからもう4年がたっていることに
ちょっと驚いた。
ちょっとしんみりした気分になった。
大掃除することになった。
でも冬至を過ぎてからだんだんまたいいアイデアが
浮かぶようになり、頭の方は好調になりつつある。
まぁ、今年はいい一年だった。
モネは初期のころの作品もあって、ものすごく良かった。
久しぶりにいい感じの気分になった。モネは初期の方が
ずっといいのは意外だった。
正月は明日までゆっくりして、明後日からまたエッセイを
書こうと思う。休んでいる間に完全に体制を立て直した
ので今度はうまく書けると思う。
2月からはやっともとのレールの仕事に戻れそう。
ネットでは明日なんかものすごいイベントがありそうな
ことを言っている。ちょっと楽しみ。
まぁブリックスが40か国になったことくらいだった。
今日は久しぶりに新宿御苑に行って、グラウンディング
をした。ちょっとだけ心がゆるんだ。
もう少し2月まで仕事を頑張ろうという気になった。
ファシズムについてのエッセイを2月までに書くつもり。
終わり、もとのレールに戻れそう。
世界情勢は全く先が読めなくなっている。
でもまぁとりあえず体の調子はそう悪くないので
当分はそう追いつめられるようなことはなさそう。
https://kensintachibana.blogspot.com/2024/01/1_31.html
でもどうしてももうちょっとレールから外れた雑文を書かなくては
いけなくなったので、元のレールに戻れるのは3月からになりそう。
今日は神代植物園に行った。梅の木の下でビニールシートを広げ
寝転んでいると梅の木にメジロが3羽ほど寄ってきた。
わりといい具合に寛げた。
月曜日から今日までは日曜日気合を入れすぎてしまったので
こころの焦りを取るために何もしなかった。
来週からはもとのレールに戻れそう。
今日は花屋で菜の花を買った。
今、部屋にいけてあるんだけど、部屋に
菜の花の香りが立ち込めていて今夜は
いい夢を見れそうな気がする。
世界情勢は何か大きなことが起こりそうな
気配がしているが、まぁなんとかなるだろうと
私は思っている。
今日、今から一時間後日本で地震か何か大きなことが
起きるってQが言っているがちょっと心配だ。
この前、福永光司訳の老子を買って、老子の言う道というものが
やっとなんなのか分かってきた気がした。多分老子の言う道とはきちんと加害者
意識(良心の呵責)を持って生きることで、それが
いい世の中を作るうえで大切な基礎となるという
ことを老子は繰り返し言っているのだと思う。
インド人大慈という陽を一番大事にし、中国人は道(良心の呵責)という陰を
一番大事にするということが、インド文明と中国文明の違いなのだろう。
モネのいい感じの睡蓮があって、エレガントな気持ちになった。
あと黒田清輝の「落ち葉」を初めて直に見た。
本物はホストカードよりもずっと良かった。
なんか今日は人生の午後をゆっくりと楽しめた一日だった。
ほとんど変わっていなかった。初恋の人が通っていた五商まで
散歩しているとものすごくなつかしい気分になった。中学、高校
時代にはあまりいい思い出はそれ以外にないけど、まぁいい一日だった。
帰りに谷保天満宮に行って、新生日本がよい国になるようにと
お願いしてきた。
多分来週からは桜が咲き始めるので
去年は忙しくて花見をほとんどできなかった分
今年は存分に桜を楽しもうと思う。
世界情勢は今度こそ株が暴落しそうな雰囲気が
漂っている。第三次世界大戦も株の暴落とともに
今度こそ本当に終わりそうな気配が漂っている。
まぁどうなるか分からないがちょっと落ち着いたので今
態勢は立て直したし、頭の方も絶好調なので多分大丈夫だろう。
桜は咲きそうでなかなか咲かない。
今年は満開になるのは4月に入ってからになりそう。
でも来週からは本格的に春の陽気にはなりそう。
まぁ、良しとしよう。
が、桜はまだ咲かない。
エッセイはやっと進み始めた。仕事は
いろいろな伏線が回収するめどがついて
けっこういい感じの一週間だった。
明日、あさってくらいが満開になりそう。
去年は花見どころじゃなかった分、今年はたっぷりと
花見を楽しもうと思う。
でも今年はたっぷりと花見もできたし、まぁよかったとしよう。
世界情勢は何か起きそうで何も起きなかった。
まぁ、ゆっくり待つとしよう。
ネットではイスラエル対イランの戦争が終結したことにより、第三次世界大戦はほとんど終了に近づいていると言われている。
来週はちょっといいことがありそう。
仕事以外では何事もない穏やかな一週間だった。
外は今最高にさわやかな新緑が綺麗なので、来週は
ちょっと遊ぼうと思う。
まぁこんな週もあってもいいかも。
仕事の方は色々と雑務に追われて、いまいち調子に乗れない。
まぁ、もう5月なので6月終わるまではこんな感じの方が体にはいいのかもしれない。
精神的に不安定になっている。来週一応仕事を終えたらしばらく
ゆっくりしようと思う。
これからの新しい世界が良きのものになりますように、と祈ってきた。
靖国神社は空いていて、外苑にあるおしゃれのカフェも空いていたので
参拝の後、ちょっとそこで昼飯を食べた。
先週は結構やばい体調だったが、もう元通りになった。
大事を取って来週もゆっくり読書でもして、気楽に過ごそうと思う。
ドジョウ鍋を食べていると質実剛健な武士みたいな気分になれた。
浅草はものすごく外国人がいっぱいいた。なんか異常に活気があって
こっちまで少し元気になれた。
今日はいい日だった。
今は穏やかな気分になっている。仕事の方は来年やろうと思っていた仕事をこの夏
いっぱいかけてやることにした。今度の仕事はそう難しくもないし、焦ってもいないのでまぁ軽くこなせると思う。
今年の6月は2018年以来久しぶりに頭の回転が絶好調すぎた6月だったから、
かなりひやひやしたがどうにかなったみたい。
大事を取って来週も基本的にはノートのまとめだけしながら、ゆっくり
しようと思う。
やっぱり夏至を過ぎると緊張がとけて心に余裕が出てきた。
来週はもう屋外プールが始まるので、キラキラ光るプールで
のんびり遊ぼうと思う。
プールは私以外はスタッフだけで広いプールを独り占めできた。
水はまだ冷たく、体がしゃきっとした。
夏本番って感じでいい一日だった。
過労と風がないのが重なったのが、敗因だった気がする。
まぁ、もう薬の副作用で体がボロボロになっているのかもしれない。
急いでやりたい仕事もあるがはやる心を押さえて、今日は一日
ゆっくり静養しようと思う。
焦るな、自分。
来週くらいからエッセイは書き始められそう。
体の調子は悪いが、頭は冴えているので本業に問題はないが、
どうやら本業で成功しても、栄光を楽しむ体力が残っていなさそう。
あーあ、って感じもしなくはないがここまできたら最後まで
やりぬこう。
の人事部付育成開発チームの名刺を持つ若い二人組が今近所をあいさつ
回りしているんですと言って家に来た。
アンケートだけでも書いてくださいと言われ玄関でしばらく世間話した後、
結局アンケートは取らずに帰っていった。バイト先でも裏社会の人間っぽい
新人が入ってきてやけに俺に敵意をむき出しにして絡んできたし、これは
集団ストーカーが本格的に再開されたかも。
うーむ、って感じだ。
今日はほとんど仕事をせず、プールに行ってきた。プールの中では
体の重さを忘れられて、ちょっと健康になった気がした。
まぁ、日曜日くらいで仕事が一息つくのでそうしたら、しばらく夏
を楽しもうと思う。
https://youtube.com/shorts/npFVhA5oCK8?si=oNjmIolNmUTxlsGQ
最近、朝起きてすぐ瞑想するのが日課になってきている。
まぁいい人生だったのかもしれないねって感じで瞑想していると
静清は天下の正なり、って気分になる。
あと2年生きられれば、エッセイの根幹部分は一応書き終わるので
なんとか気合で頑張ろうと思う。
常識を知らねえからあいつらあまりにも頭悪すぎるからよ だから毒親になって息子を私物化し人権すら見てないんだよ 人を物化すんdなよ毒親(ISFJとESFJとISTJの脳欠損共)
人じゃねえからあいつらw
あまのじゃくで 因習を疑い 常識はあると思う (むしろ常識ねーのはタイプ1 2の方だと思う 枠組み内の性格だけどこいつらは) 真反対なんだよねこいつら 4や8と だからトライタイプ4X8は英雄で反権力的で儒教を嫌う
逆に12Xは権威主義で(てか権威にぶら下がっていじめをしたがるゲス)媚びたりいじめたりとかそういうこと平気でやる 権力が守ってくれるからね 悪童なんだよ1と2は
2 6 権威に媚びる
3 7 世の中を楽しむ
4 8 悪い因習を打破し英雄になる
9 面倒ごとから逃げて平凡に暮らす
8はNTでロジックで革命を起こすタイプ
タイプ2はホモだし”カマ”ちょだしペドだし嫌いですな!
このままでいいのか 立正佼成会 みたいなw
現代は枠組みに押し込むシステムで8w9 9w8はマイペースで自分の価値観を死守する性格だから 討論してこの枠組み社会を破壊したいと考え マイケルジャクソンは4w3なので8w9の仮面を被り off the wall 壁を破壊し自由な世界に出よう!と考えたわけです
美しいものを見ることで生きてる実感がわく
ジャニーズとか韓流とかアイドルとかあんなんじゃなく もっと本当の美だ
これこそが求めていた美だくらいの
漫画家も多くこういう世界観を表現したい 皆に知って欲しいみたいな 共感して感動して欲しい この感動がタイプ4の理想
ESFPおったら討論しようぜ♡
飯はこう この素材を使って オーガニックの食材を使って 素材のうまみを引き出すには塩加減が重要で~ みたいなw
木金とやっと株が暴落し始めた。長くて正直もう暴落しないんじゃないか
と思い始めていたけど暴落してきて本当に良かった。
吉報も来そうな予感がする。まぁもう人生のゴールは見えているし、栄耀栄華を
楽しむ体力もないので成功なんてどうでもいいって言えばどうでもいいが、
まぁ良しとしよう。
宮沢賢治と同じころに生きた詩人で、東京生まれなので標準語で書かれた
宮沢賢治風の詩集なんだけど、それがすごくいい。
一番有名な「雨」という詩をちょっと紹介しておく。
雨のおとが聞こえる。
雨がふっていたのだ。
あのおとのようにそっと世のためにはたらいていよう。
雨があがるようにしずかに死んでゆこう。
とりあえず承認欲求は大罪としなければならぬ
なぜか うざいから 迷惑だから 人の目を気にして心配性で よかれと思ってよけいなことばかりやってるから どんどんどんどん改悪され続けてここまで不健全な社会になる
結局幼稚な精神性だからそうなるわけ
大人の精神年齢なら承認欲求とかねえぞ
ようつべの広告強制と一緒で 迷惑でしかなく かまってちゃん 承認欲求みたいな 頑張ってるアピールみたいな (裏を返せば極度の不安症と嫌われたくない願望)うざい しかも不愉快 いちいち神経を逆なでしてバカにしてる風にみえるし ようつべの広告とか はっきりとISFJ 2w1がやってやがるってのははっきりわかる つまり半島系乙型が広告企業にいっぱいいるわけ てか全員半島系だろ メンヘラの 無能の 幼稚園と一緒だろ電通とか あんまなめてっとカチコムからw
9月末までどうにか仕事ができる状態で生きていれば、すべての身辺整理も
終わり、仕事もきりのいいところまでいけるのだが、こればっかりはどうなるか
分からない。
ここらへんで死ぬのがまぁどう考えてもベストな時期なのだが、
やっぱりちょっと死ぬのは怖いね。若い頃放浪していた頃いつも感じていた不安感
を感じている。
でも一日15分くらい瞑想している時は、こんなゼロサムゲーム社会で俺に丁寧に
接してくれた人々への感謝でいっぱいになる。自分の人生は意義のあるものだった
と思っているが、死ぬのがちょっと怖いことはまぁ人間として仕方のないことなのだろう。
けれども志は達成できた。
今はもう生きんとする意志という重荷を下ろせてほっとしている。
今、死を目前に振り返って、素直によくやったと自分で自分をほめている。
いい人生だったのだろう。
ここらへんで死ぬのが世のため人のため、そして自分のためなんだろうね。
この先、生きていてもいいことはなさそうなのはよく分かるけど、死を目前とするとやっぱり死が怖いね。
でもまぁ喜捨しよう。
完成してから、気分が悪くなって寝たら死線をさまよって
もうこれは絶対死ぬって思ったが、なんか回復した。
あと5日くらい生きていればネットにアップできると思う。
でも、もうやり終わった感はあるけどね。www
どちらの道も最悪だと思える時。最後の最後は絶対、自灯明だ。
自分の美意識が美しいと思える道を歩め。
少なくとも俺の人生ではその道は奇跡がおこった道だったよ。
その差別愛は赤の他人への敵意と表裏一体で、ゼロサムゲーム
感覚の源となる。だから女に政治を主導させるべきではない。
女に政治を主導させると必ず自分の子供だけが有利に、幸せになるような
社会を作ろうとするからである。
死んでいくにあたって一緒に住んでいる老いた母の行く末が唯一の
気がかりだったが、弟がちゃんと母を救出して、老人ホームに入れてくれる
ことを約束してくれた。
ありがとう弟よ。いつもいつもお前は行動で誠意を示してくれた。
今までお前を信じ切れずにいて、本当にすまなかった。
ありがとう。
多分なかなおり現象だと思うけどうれしい。
最後のエッセイをアップした。
https://kensintachibana.blogspot.com/2024/
あと2023年2月24日のスレでインドに牽制球を投げたころをお詫びします。
どうしても投げておきたかった。www
西方浄土の国々に幸多きことを陰ながら祈っています。
橘謙信
誰もがみな、自分を守りたいと思うから、他人とは本当には
心を通わせられない。
だから正義を愛し、志を持って弱者を救うことに一生をかけるべき。
感情的幸せよりも、男気を!
まぁもうこれ以上まとまった文章を書くような気力は残っていないから何か今後
やりたいことがあるわけでもないし、身辺整理も全部終わっているからいつ死んでもいいんだけどね。
3回の臨死体験から分かったことは、俺はどうやらあまりいい世界には行けそうも
ないってことだ。ふざけやがって、って感じだ。
あの世に行っても戦い続けるのはちょっと面倒くさいが、俺をそんな世界に連れて
いった奴は必ず見つけ出してぶっ殺すつもりではいる。
まぁ気楽な立場になれないことはちょっと残念だが、あの世もきれいごと、偽善が支配しているなら、断固として戦おうとは思っている。
日月神示では肉食はしてはならないと言っているが、私はずっと肉食をしてきた人生だったので私自身は肉食は基本的に構わないと思っている(私は肉食しながら、見性も大悲も悟れた)。それに現実問題として肉体労働をする人なら肉食をしなければどう考えても仕事にならないだろう。ただし死ぬ2・3週間前から動物性たんぱく質を食べないことはいいことだとは私も思っている。死ぬ2・3週間前になるともうほとんど運動もしないし、逆に動物性たんぱく質をとると吐き気がすると思うので無理してまで肉食して罪を重ねることはないということだ。
ただ基本的には人間は肉食をしながら、きちんと加害者意識を持って、世のため人のために精一杯生きるほうが肉食をしないで利己的に生きるより、ずっと人間として正しい人生を送れると思っている。そのことにより地獄に行くことになるならそれはもう仕方ないことだと諦めるしかないと私自身は思っている。
奇跡を起こす条件だったのだろう。
不思議と言えば不思議な感じがする。
死後の世界があると確信している人は、我が主著「共同生活」でも述べている通り死を目前にしても他人への思いやりを捨てていない人である。つまりこの世の中には何の罪もない子供が毎年たくさん死んでゆく。その子たちに対して少しでも思いやりがあるなら死後の世界を確信すべきであると当然思うので死後の世界を確信するということである。
また自分の人生を真面目に正しく生きてきた、そのためにいろいろな損や苦労をあえてしてきたと死を目前にして思える人は自分の人生を意義があったと思えるし、自分の人生は本当にいい修業期間だと思える。そういう人は死というゴールが見えてくるとあと少しでやっと肩の荷を下ろせると思ってほっとすることはあっても、死の恐怖に支配されることはないので心にゆとりが持てるから死後の世界があると思える。そしてそういう人は自分の人生を振り返って、よく苦しみに耐えながら、自分の良心、無差別愛を守ってきた、自分の魂を自分の命より大切にしてきたという自負がある人である。つまり自分にとって自分の人生の価値が現世以上の価値があるものなので、死を目前にしても死の恐怖に支配されないというわけである。
死んだらすべて終わってしまう、自分は消滅してしまうと死を目前に死の恐怖に支配されて確信する人は逆になんだかんだいっても結局本当は他人への思いやりを持たずに人生を生きてきたことを証明しているし、基本的に自分の人生を、不真面目に快楽を貪りながら、楽して要領よく生きようと思って生きてきた人だということを証明している。つまり自分の命、現世での生活のためだけに生きてきた人が死んだら無になってしまうと確信するのである。自分の人生の価値が現世の中にしかないと確信しているから、死によって自分の現世が終わると自分が消滅してしまうと確信するというわけである。どうして自分の人生を現世の中だけでしか価値のないものにすべて捧げたかというと、現世での世間や他人の自分に対する価値基準があくまで現世内での価値基準だからである。つまり世間や他人の目に支配されて生きてきた人は、最後は死の恐怖に支配されて死んでいくということである。まぁ客観的に見れば散々な人生だったといえる。笑
今、私自身は死を目前にして結構気楽な気持ちで人生を振り返っているが、自分の命や生活のためだけでなく、そして世間や他人の目を気にせず、苦悩しながら理想を追って生きた人生で本当に良かったとしみじみと思っている。
結局のところ、人は死を目前とすると自分自身で自分の総体としての人生の価値を否応なしに判断してしまうものなので、自灯明こそが最高の処世訓なのである。笑
今、自分自身が死を目前にして死んだらすべて終わってしまうと確信している人と死後の世界があると確信している人とのちがいが分かったのでメモしておく。
死後の世界があると確信している人は、我が主著「共同生活」でも述べている通り死を目前にしても他人への思いやりを捨てていない人である。つまりこの世の中にはいつの時代も何の罪もない子供が毎年たくさん死んでゆく、その子たちに対して少しでも思いやりがあるなら死後の世界を確信すべきであると当然思うので死後の世界を確信するということである。
また自分の人生を真面目に正しく生きてきた、そのためにいろいろな損や苦労をあえてしてきたと死を目前にして思える人は自分の人生を意義があったと思えるし、自分の人生は本当にいい修業期間だと思える。そういう人は死というゴールが見えてくるとあと少しでやっと肩の荷を下ろせると思ってほっとすることはあっても、死の恐怖に支配されることはないので心にゆとりが持てるから死後の世界があると思える。そしてそういう人は自分の人生を振り返って、よく苦しみに耐えながら、自分の良心、無差別愛を守ってきた、自分の魂を自分の命より大切にしてきたという自負がある人である。つまり自分にとって自分の人生の価値が現世以上の価値があるものなので、死を目前にしても自分にとっての現世が消滅しそうになっても死の恐怖に支配されないというわけである。
死んだらすべて終わってしまう、自分は消滅してしまうと死を目前に死の恐怖に支配されて確信する人は逆になんだかんだいっても結局本当は他人への思いやりを持たずに人生を生きてきたことを証明しているし、基本的に自分の人生を、不真面目に快楽を貪りながら、楽して要領よく生きようと思って生きてきた人だということを証明している。つまり自分の命、現世での生活のためだけに生きてきた人が死んだら無になってしまうと確信するのである。自分の人生の価値が現世の中にしかないと確信しているから、死によって自分の現世が終わると自分が消滅してしまうと確信するというわけである。どうして自分の人生を現世の中だけでしか価値のないものにすべて捧げたかというと、現世での世間や他人の自分に対する価値基準があくまで現世内での価値基準だからである。つまり世間や他人の目に支配されて生きてきた人は、最後は死の恐怖に支配されて死んでいくということである。まぁ客観的に見ればそういう人は散々な人生だったといえる。笑
今、私自身は死を目前にして結構気楽な気持ちで人生を振り返っているが、自分の命や生活のためだけでなく、そして世間や他人の目を気にせず、苦悩しながら理想を追って生きた人生で本当に良かったとしみじみと思っている。
結局のところ、人は死を目前とすると自分自身で自分の総体としての人生の価値を否応なしに判断してしまうものなので、自灯明こそがやはり最高の人生訓なのである。笑
今、自分自身が死を目前にしていると、死んだらすべて終わってしまうと確信している人と死後の世界があると確信している人とのちがいがふと分かったのでメモしておく。
死後の世界があると確信している人は、我が主著「共同生活」でも述べている通り死を目前にしても他人への思いやりを捨てていない人である。つまりこの世の中にはいつの時代も何の罪もない子供が毎年たくさん死んでゆく、その子たちに対して少しでも思いやりがあるなら死後の世界を確信すべきであると当然思うので死後の世界を確信するということである。
また自分の人生を真面目に正しく生きてきた、そのためにいろいろな損や苦労をあえてしてきたと死を目前にして思える人は自分の人生を意義があったと思えるし、自分の人生は本当にいい修業期間だったと思える。そういう人は死というゴールが見えてくるとあと少しでやっと肩の荷を下ろせると思ってほっとすることはあっても、死の恐怖に支配されることはないので心にゆとりが持てるから死後の世界があると思える。そしてそういう人は自分の人生を振り返って、よく苦しみに耐えながら、自分の良心、無差別愛を守ってきた、自分の魂を自分の命より大切にしてきたという自負がある人である。つまりそういう人にとっては自分の人生の価値が現世以上の価値があるものなので、死を目前にしても自分にとっての現世が消滅しそうになっても死の恐怖に支配されないというわけである。(それまで人生の岐路においてさまざまな選択をしてきたと思うが、その選択が現世内の損得勘定基準だけでなく、美意識や善悪といった現世を超える大我の基準によっても多数してきたという記憶があると自分の人生の価値に現世を超える価値があると思える。つまり現世とはあくまで自分の動物としての命から見た主観的世界なのであり、現世を超える人生とは自分の魂から見た世界の中でも生きるということなのである。)
死んだらすべて終わってしまう、自分は消滅してしまうと死を目前に死の恐怖に支配されて確信する人は逆になんだかんだいっても結局本当は他人への思いやりを持たずに人生を生きてきたことを証明しているし、基本的に自分の人生を、不真面目に快楽を貪りながら、楽して要領よく生きようと思って生きてきた人だということを証明している。つまり自分の命、現世での生活のためだけに生きてきた人が死んだら無になってしまうと確信するのである。自分の人生の価値が現世内にしかないと確信しているから、死によって自分の現世が終わると自分が消滅してしまうと確信するというわけである。どうして自分の人生を現世内でしか価値のないものにすべて捧げたかというと、現世での世間や他人の自分に対する価値基準があくまで現世内での価値基準だからである。つまり世間や他人の目に支配されて生きてきた人(承認欲求に支配されて生きてきた人)は、最後は死の恐怖に支配されて死んでいくということである。まぁ客観的に見ればそういう人は散々な人生だったといえる。笑
今、私自身は死を目前にして結構気楽な気持ちで人生を振り返っているが、自分の命や生活のためだけでなく、そして世間や他人の目を気にせず、苦悩しながら理想を追って生きた人生で本当に良かったとしみじみと思っている。
結局のところ、人は死を目前とすると自分自身で自分の総体としての人生の価値を否応なしに判断してしまうものなので、自灯明こそがやはり最高の人生訓なのである。笑
正直最も 森羅万象すべての視点で最も頭の回転早いのは9w8だろうな
タイプ5よりも柔らかい脳してそう
この何人にも忠誠を誓わず 振り回されず 悩まず 自由奔放に生きる!っていう これが自然とできる人が波動が高い
何かに支配されたり あるいはしたりすると 波動が下がる
細かいことにこだわらず また承認欲求を持たないこと とにかくマイペースで自由奔放
マイケルジャクソンもゆってたっしょ off the wallで 進撃の巨人のエレンイエーガーもそうだけどw
枠組みの外に出よう! 出たい ! これが人生ですわ
なぜ これがわからない人が多いのだろうか
今、自分自身が死を目前にしていると、死んだらすべて終わってしまうと確信している人(つまり死が人生最大の厄災だと思っている人)と死後の世界があると確信している人(つまり死が救済だと思っている人)とのちがいがふと分かったのでメモしておく。
死後の世界があると確信している人は、我が主著「共同生活」でも述べている通り死を目前にしても他人への思いやりを捨てていない人である。この世の中にはいつの時代も何の罪もない子供が毎年たくさん死んでゆく。その子たちに対して少しでも思いやりがあるなら死後の世界を確信すべきであると倫理的に当然思うので死後の世界を確信するというわけである。
また自分の人生を真面目に正しく生きてきた、そのためにいろいろな損や苦労をあえてしてきたと死を目前にして思える人は自分の人生を意義があったと思える。どうして自分の人生に意義があったと思えるかというとそういう人にとっては自分の人生の価値が現世以上の価値があると思えるからである。どういうことかというとそういう人もそれまで人生の岐路においてさまざまな選択をしてきたと思うが、その選択が現世内の損得勘定基準だけでなく、美意識や善悪といった現世を超える価値基準によっても多数してきたという記憶があるので自分の人生の価値に現世を超える価値があると思えるというわけである。(つまり現世とはあくまで自分の動物としての命から見た主観的世界なのであり、現世を超える人生とは自分の魂から見た世界の中でも生きてきたといえる人生なのである。)
そして自分の人生の価値が現世を超える価値があると思えるから、死を目前にして自分にとっての現世が消滅しそうになっても死の恐怖に支配されないで、死を人生最大の厄災だと思わず、死後の世界を確信できるというわけである。
またそういう人は自分の人生を振り返って、よく苦しみに耐えながら、自分の良心、無差別愛を守ってきた、自分の魂を自分の命より大切にしてきたと自負できる人である。そして自分の人生は本当にいい修業期間だった、苦しい人生だったからこそ良かったのだと死を目前にしてしみじみと思える人である。つまり正しく生きようとして苦しむことこそがこの世での修行であり、正しく生きようとしてする苦労は魂を高め、浄化させるものだとしみじみと思えるということである。また死というゴールが見えてあと少しでやっと肩の荷を下ろせると思ってほっとする。だからこそ死というゴールを修業期間の終わり、救済と思え、死の恐怖に支配されないで死後の世界を確信できるというわけである。
死んだらすべて終わってしまう、自分が消滅してしまうと死を目前に死の恐怖に支配されて確信する人は逆になんだかんだいっても結局本当は他人への思いやりを持たずに人生を生きてきたことを証明しているし、基本的に自分の人生を、不真面目に快楽を貪りながら、楽して要領よく生きようと思って生きてきた人だということを証明している。つまり自分の命、現世での生活のためだけに生きてきた人が死んだら無になってしまうと確信するのである。自分の人生の価値が現世内にしかないと確信しているから、死によって自分の現世が終わると自分が消滅してしまうと確信するというわけである。どうして自分の人生を現世内でしか価値のないものにすべて捧げたかというと、現世での世間や他人の自分に対する評価基準が基本的にはあくまで現世内での価値基準だからである。つまり世間や他人の目に支配されて生きてきた人(承認欲求に支配されて生きてきた人)は、最後は死の恐怖に支配されて死んでいくということである。まぁ客観的に見ればそういう人は散々な人生だったといえる。笑
今、私自身は死を目前にして結構気楽な気持ちで人生を振り返っているが、世間や他人の目を気にせず、自分の命や生活のためだけでもなく、苦悩しながら理想を追って生きた人生で本当に良かったとしみじみと思っている。
結局のところ、人は死を目前とすると自分自身で自分の総体としての人生の価値を否応なしに判断してしまうものなので、自灯明こそがやはり最高の人生訓なのである。笑
いたので、今日9月6日まだ生きている自分を感じて今すごく意外な感じがしている。
これは10月中旬くらいまでは生きれそうな気がしてきた。www
あと一か月くらい何をしようかこれから考えようと思う。まぁ大したことは
できなさそうだが、ちょっとうれしい。
人生を振り返って、わりと保身と損得勘定だけで行動するような小我だけの魂のない人間からは私も嫌われてきたが、大我を持って義を愛して生きる人間にとって、それはちゃんと生きている証拠なのだと今分かった。そういうわけで、これを読んでいる人で卑賤な小悪党から気に食わない奴と思われている人は多いと思うがあまりそのことについては気にしないでいいと思うよ。
上級国民だとは思っていたけど、まさかトップだとは思わなかった。
うーむ、って感じだ。
確か日下公人や渡辺昇一と同じ種類の人間の匂いがしなくもない。
まぁ、上の世代に頼れるものはいないってことが分かっただけでも
良かったのかもしれない。
今、自分自身が死を目前にしていると、死んだらすべて終わってしまうと確信している人(つまり死が人生最大の厄災だと思っている人)と死後の世界があると確信している人(つまり死が救済だと思っている人)とのちがいがふと分かったのでメモしておく。
死後の世界があると確信している人は、我が主著「共同生活」でも述べている通り死を目前にしても他人への思いやりを捨てていない人である。この世の中にはいつの時代も何の罪もない子供が毎年たくさん死んでゆく。その子たちに対して少しでも思いやりがあるなら死後の世界を確信すべきであると倫理的に当然思うので死後の世界を確信するというわけである。
また自分の人生を真面目に正しく生きてきた、そのためにいろいろな損や苦労をあえてしてきたと死を目前にして思える人は自分の人生を意義があったと思える。どうして自分の人生に意義があったと思えるかというとそういう人にとっては自分の人生の価値が現世以上の価値があると思えるからである。どういうことかというとそういう人もそれまで人生の岐路においてさまざまな選択をしてきたと思うが、その選択が現世内の損得勘定基準だけでなく、美意識や善悪といった現世を超える価値基準によっても多数してきたという記憶があるので自分の人生の価値に現世を超える価値があると思えるというわけである。(つまり現世とはあくまで自分の動物としての命から見た主観的世界なのであり、現世を超える人生とは自分の魂から見た世界の中でも生きてきたといえる人生なのである。)
そして自分の人生の価値が現世を超える価値があると思えるから、死を目前にして自分にとっての現世が消滅しそうになっても死の恐怖に支配されないで、死を人生最大の厄災だと思わず、死を救済だと思えるというわけである。
またそういう人は自分の人生を振り返って、よく苦しみに耐えながら、自分の良心、無差別愛を守ってきた、自分の魂を自分の命より大切にしてきたと自負できる人である。そして自分の人生は本当にいい修業期間だった、苦しい人生だったからこそ良かったのだと死を目前にしてしみじみと思える人である。つまり正しく生きようとして苦しむことこそがこの世での修行であり、正しく生きようとしてする苦労は魂を高め、浄化させるものだとしみじみと思えるということである。また死というゴールが見えてあと少しでやっと肩の荷を下ろせると思ってほっとする。だからこそ死というゴールを修業期間の終わり、救済と思え、死の恐怖に支配されないで死後の世界を確信できるというわけである。
死んだらすべて終わってしまう、自分が消滅してしまうと死を目前に死の恐怖に支配されて確信する人は逆になんだかんだいっても結局本当は他人への思いやりを持たずに人生を生きてきたことを証明しているし、基本的に自分の人生を、不真面目に快楽を貪りながら、楽して要領よく生きようと思って生きてきただけの人だということを証明している。つまり自分の命、現世での生活のためだけに生きてきた人が死んだら無になってしまうと確信するのである。自分の人生の価値が現世内にしかないと確信しているから、死によって自分の現世が終わると自分が消滅してしまうと確信するというわけである。どうして自分の人生を現世内でしか価値のないものにすべて捧げたかというと、現世での世間や他人の自分に対する評価基準が基本的にはあくまで現世内での価値基準だからである。つまり世間や他人の目に支配されて生きてきた人(承認欲求に支配されて生きてきた人)は、最後は死の恐怖に支配されて死んでいくということである。まぁ客観的に見ればそういう人は散々な奴隷的人生だったといえる。笑
今、私自身は死を目前にして結構気楽な気持ちで人生を振り返っているが、世間や他人の目を気にせず、自分の命や生活のためだけでもなく、苦悩しながら理想を追って生きた人生で本当に良かったとしみじみと思っている。
結局のところ、人は死を目前とすると自分自身で自分の総体としての人生の価値を否応なしに判断してしまうものなので、自灯明こそがやはり最高の人生訓なのである。笑
死を目前にして自分の人生を不幸だったけれども美しい人生だったと思える人は、自分の人生を意義があったと思える。なぜなら自分の人生に対して内的満足感があるからである。逆に死を目前にして自分の人生を大過なく過ごしたけれど、卑俗な人生だったと思う人は自分の人生に内的満足感を感じることができないから、自分の人生が意義があったとは思えない。
結局のところ、美意識(大智)を大切にして美しく生きようと思わなければ、自分の人生に対して内的満足感が得られないから、自分の人生は意義があったと思えず、死の恐怖に怯えながら死んでいくことになるとも言える。
質問を受け付けます。
https://kensintachibana.blogspot.com/2024/08/blog-post_25.html
いきまわす
そうでわす
私見ではこれから製造業の大企業は日本の建設業におけるスーパーゼネコンのような企業を目指すべきであると考えている。
スーパーゼネコンは業界内の談合を仕切ったり、政府に対して業界全体を代表して交渉したり、高度で難しい大型の建物の設計、監督を仕事として生計を立てているように、日本の製造業の大企業も業界内の世界的談合、生産調整を仕切ったり、世界の各国政府に対して業界全体を代表して交渉したり、また高度で難しい製品の設計や製造をすることに長い目で見れば(4・50年先までには)特化していくべきだと思うということである。
世界的地産地消が進む中で、それに適応して他国のために本当に必要な企業にならなければ長期的には生き残ることは難しいということである。
これでやっとDSとの戦いに終止符がうてそうだ。
https://x.com/crypt_QFS/status/1834795517269672012
まさかまさかの展開だったね。一度はトランプはDSに寝返ったのか
と思っていたが、やっぱりQ+だったみたい。
*まず上級国民っぽいこと。(上級国民の見た目はどう見ても喧嘩はできなさそうなチビで貧弱な体をしている。多分公家の子孫で先祖代々肉食および肉体労働をしていなかったからそうなったものと思われる。)
*次に中国人に対する蔑視感情を時折会話の中に見せる人。(今現在、第三次世界大戦におけるブリックス側の勝利がほぼ確実になっているので、ここでものすごい手のひら返しをしてものすごく日中戦争における中国側の歴史認識におもねっている人もそれはそれで疑わしい。私自身の日中戦争観はまず事実として満州には弾薬や砲弾を製造する工場があったこと。日本の敗戦後、中国共産党は円滑に満州の工場を接取してその工場で作られた砲弾などで国共内戦を戦ったこと。および毛沢東も周恩来も731部隊や日本軍の化学兵器の遺棄の問題について語らなかったこと。中国の親米勢力が毛沢東、周恩来が死んだあと、急に731部隊や日本の化学兵器の遺棄を問題にし始めたことから考えて、毛沢東や周恩来や張学良と日本軍は裏で通じ合っていたものと思っている。(日本軍の生物兵器も化学兵器も日本の敗戦後中国共産党に引き渡されたということ)。ちなみに私は習近平国家主席はものすごく好きだが、1990年代日本国内で、中国人留学生を支援している親中派日本人が軒並み中国人強盗団によって強盗殺人にあった多数の事件はアメリカ政府と江沢民中国政府による日中分断工作だと思っている。(つまり日中を分断させることのより外国勢力から金をもらおうとする売国奴が日本にも中国人にもそれなりにいるということ)
*基本的に日本DSは反米のふりをしていることが多いが(日本において反米とは反体制を意味しているが)それにしては社会的地位が高すぎること。
*きれいごとを言うが、弱者への本当の思いやりがなさそうな人。つまり本当の弱者の不幸については見て見ぬふりをしている人。またきれいごとを言うが男気がなさそうな人(今までの人生で一度も弱者を(その弱者がたとえ自分の親友だとしても)かばったことがなさそうな人)
*神道についてやけに肯定的な人。(普通の日本人はみな仏教に対して思い入れを持つものだがなぜか神道についてやけに思い入れを持つ人。私自身は神道では死後の世界は汚れたものとしているところからも神道は少なくとも100%いいものではないと思っている。)
*人間がもっともっと聡明になれば、必ず損得勘定と善悪の判断、道徳性は一致するはずという思想を持っている人。つまり基本的に損得勘定で考えることは悪いことだとは考えていない人。(私自身は損得勘定を考えることは生きるために、及び他人を説得するためにどうしても必要だから、しょうがないと思って考えている。基本的に私は損得勘定で動かなくていいなら動かないほうがいいと思っている)
*最初の就職先が金融畑な人。
以上が独断と偏見による私の人間観だ。私は日本DSだから全面否定をしろとは言わないが、上記のような人物に対しては極めて相手を洗脳することがうまいので、若い人はちょっと距離をあけてつきあうべきだとは思う。相手が言ったことについてすぐ信用しないで、自分で2・3日よく考えるべきだということ。(日本DSの人の発言の7割がたはものすごく聡明なのでそれはうまく利用すべきということ。)
日本DSとは、日本の破滅を心から願っている悪魔たちという意味と
半永久的に日本に寄生して楽して暮らしていこうとする朝鮮系日本人
という二つの意味がある。
我ながら粘るねー、と感心してしまう。www
今、ノートを見直しながらどうしても書きたいことをアップしているが、
これが精神衛生上いいことなのか微妙な気持ちになる。
あー、もうちょっと時間があればー、という気持ちにどうしても
なってしまう。
でも、まぁ天運いやしくもかくの如くんば、チョコレートでも食べようと思う。www
なること。
彼岸に入りやっと涼しくなってきた。今朝は久しぶりに公園を散歩しながら
秋風にそよぐけやきの葉擦れの音を聞いた。さわやかな空気の中で聞く葉擦れの
音はけっこう気持ちよかった。
仕事は一応ほとんどやりたいことをやり終えた感じになって、さああとは
死ぬだけって感じになった。
まぁ、死ぬべき時節は死ぬのがよき候、功遂げて身退くは天の道なり、
っていう気分に少しはなった。
納得がいかないって言ったら納得がいかないけどね。www
これを読んでいる正義と中庸を愛する人たちは、あくまで偽善を憎み、QAJFや日本第一党を支持することが望まれる。ただしもし万が一QAJFのEriがリーダーに推されるようなことがあったら、私自身はEriを信じてついていってもいいと思っている。www
私の親族は全員悪党だとまでは言わないが、基本的に自分の幸せだけを考えて
なるべく楽して要領よく生きようと思っているような小人物しかいないと私は
確信しているので、どんなにその人物が私はみんなのために命がけで働きたいのですなどときれいごとを言っても決して信じないように!
男気というものは子供時代いじめられっ子をかばったような経験を持った人だけが持てる者である。つまりけんかが強くなければいじめられっ子をいじめられっ子をかばえないから、女のリーダーなどというものはそういう意味でも論外なのである。(俺は山本太郎は好きだけど、れいわ新選組の女性候補者などは全員贋物だと思っている。www)
結局人生の第一ラウンドではどんなに正義や理想を愛して生きていても、土壇場になって人並みに幸せになりたいという執着をしてしまう。人並みに幸せになりたいという執着とはつまり幸運を期待する気持ちである。つまり人生の第一ラウンドで人はどうしても絶体絶命のピンチにおいてはきっと誰かが助けてくれると思う甘さが捨てられないということであり、最後の最後は他力本願になって被害者意識に凝り固まってしまうということである。
イエスキリストも最後の最後、十字架にかけられたとき「神よ。どうして私をお見捨てになったのですか」と言ったと伝えられているがあれが人生の第一ラウンドで若くして死ぬときに善人が感じる普遍的感情ということだ。
人生の第一ラウンドではどうしても人は無意識下で他力本願だからいつも、もし絶体絶命のピンチに神が助けてくれなかったらどうしよう、という恐怖感から逃れられない。だからがむしゃらに一生懸命生きてしまい、絶体絶命のピンチにおいても焦って考えてしまい大局観のある解決策を見つけられないということである。
逆を言えば統合失調症を克服するなどして死線をこえて人生の第二ラウンドに行った人は、みんな、自我の奥底に諦念があるから、自分を重く見ず、捨て身になってリラックスして生きられるし、土壇場になっても自力本願でいられる。だから、絶体絶命のピンチにおいても冷静に状況を把握し、大局観を持って焦らず冷静に解決策を見つけられるということである。
そういうわけなので世間から見ると人生の第二ラウンドに行った人は死線をこえた代償としてフルタイムの労働に耐えられるような体力がなかったり、豆腐メンタルだったりして、一見世の中のお荷物に思えるかもしれないが世の中とっても人生の第二ラウンドに行った人が一定数いることはいいことなのである。
尊敬できる友からの友情は誠意をもってその友と接しなければ決して得ることができないのに対して、若い美人からの愛情はちょっとハンサムに生まれ、2・3冊本を読んで恋愛テクニックを身に付ければ別に誠意をもってその女性と接しなくても手に入れられるし、そもそもたいていの場合女の愛情など金で買えるものである。
これらのことから考えて、男の友情を女からの愛情よりも大切に扱うべきではあるが、動物的本能と性欲から普通の人は恋人からの愛情を男の友情よりも洗練された尊い感情と考えてしまう。
同様に偽善という女性的悪徳は正義という男性的徳よりも洗練されているように大衆は考える。正義を愛する人は基本的に自力本願でいざとなったら泥臭くよりよい社会を作るために汗水たらして働いたり、暴力などの実力行使で敵を排除することを厭わないのに対して、偽善者は、良くも悪くもきれいごとをいうだけで、他力本願で絶対手を汚さず、自分が意見を表明した結果がどのようなものになろうとも全く責任を取るつもりはないところが偽善が正義より洗練されているようにみえるゆえんである。
だが、人類がこれから先も生き残るためにはいい加減大衆もすべての物事は陰陽表裏一体であるという大局観を持たなければならないところに追い込まれてきた。正義というもの、弱者への同情というものが悪への憎悪と表裏一体であるのに対して、偽善というもの、悪への寛容さは弱者への冷笑と表裏一体であり、日々感謝して生きるということは、弱者の不幸を見て見ぬふりをすることと表裏一体であることを認めなければもう核戦争により100年以内に人類が滅亡するのは確定的になってきたということである。
極端に洗練された、イノセントな感情などというものは大抵極悪非道な感情が裏側にあるものなのである。なぜならこの世の摂理として食物連鎖、原罪というものはどうしても否定できない事実として存在するものだからである。
そのため来るべき中庸経済システムでは、男の友情を大切にし、みんながきちんと加害者意識を持って、汗水たらして自力本願で汗水たらして理想社会を築こうとする気概がどうしても必要なのである。
37歳で統合失調症を発症した時、急性期の興奮状態の中「俺は今まで騙されていた」という痛烈な思いを感じていて、ずっと何に騙されていたのか考えていたが、昨日やっと分かったのでメモしておく。
結局人生の第一ラウンドではどんなに正義や理想を愛して生きていても、土壇場になって人並みに幸せになりたいという執着をしてしまう。人並みに幸せになりたいという執着とはつまり幸運を期待する気持ちである。つまり人生の第一ラウンドでは人はどうしても絶体絶命のピンチにおいてはきっと誰かが助けてくれると思う甘さが捨てられないということであり、最後の最後は他力本願になって被害者意識に凝り固まってしまうということである。
イエスキリストも最後の最後、十字架にかけられたとき「神よ。どうして私をお見捨てになったのですか」と言ったと伝えられているがあれが人生の第一ラウンドで若くして死ぬときに善人が感じる普遍的感情だということだ。
つまり人生の第一ラウンドではどうしても人は無意識下で他力本願だからいつも、もし絶体絶命のピンチに神が助けてくれなかったらどうしよう、という恐怖感から逃れられない。だからがむしゃらに一生懸命生きてしまい、絶体絶命のピンチにおいても焦って考えてしまい大局観のある解決策を見つけられないのである。
具体的に神を信じない現代人が絶体絶命のピンチに何にすがろうとしてしまうのかというと、初恋の人の面影とかに代表される自分とは異質の女性的愛情にすがってしまう。確かに女から愛されるのは男にとって心地よいし、初恋の人の面影はあくまで美しいから、その面影の中に美しい人間性、何か神的な感情を期待してしまうのはよく分かる。だが、実際には女の恋人への愛情は、その女の赤の他人への敵意、冷酷さと表裏一体であるということが真実なのである。具体的に言えば、ブルーカラーの作業服を着た疲れ切ったような顔をした帰宅中の男を見た子連れの母親が子供に「勉強しないとあんな風になってしまいますよ」と小声で言ったりするのが、間違いなく女性の本質の一側面だということである。
つまり金持ちだったり、社会的地位が高かったりして順風満帆の男に寄り添ってくれる女はたくさんいるが、逆境の中にいる貧乏な男には、初恋の人の面影さえも決して寄り添ってはくれないものなのである。
絶体絶命のピンチにおいてそれがはっきりと分かるから、第一ラウンドの男は、最後の瞬間、「俺は騙されていた」と痛切に思うのである。笑
逆を言えば統合失調症を克服するなどして死線をこえて人生の第二ラウンドに行った人は、みんな、自我の奥底に人並みに幸せになりたいという執着への諦念があるから、自分を重く見ず、捨て身になってリラックスして生きられるし、土壇場になっても他人にすがろうとする甘さが抜けているので自力本願でいられる。また自分とは異質の女性的なものに多大な期待をかけず、男の友情を大切にするので、友が実際問題として逆境において助けてくれるかどうかは分からないが、少なくとも女と違い手のひらをかえして見捨てて逃げだすなどということは男はしないので、絶体絶命のピンチにおいても他人に絶望したりしないで済む。
そういうわけで、人生の第二ラウンドに行った人は、絶体絶命のピンチにおいても冷静に状況を把握し、大局観を持って焦らず明るく温かい気持ちを持って解決策を見つけられるのである。
ゆえに世間から見ると人生の第二ラウンドに行った人は死線をこえた代償としてフルタイムの労働に耐えられるような体力がなかったり、豆腐メンタルだったりして、一見世の中のお荷物に思えるかもしれないが世の中とっても人生の第二ラウンドに行った人が一定数いることはいいことなのである。
こう書くと、自分の胸に手を当てて考えてみて、今まで一度も他人のために積極的に損しようと思って損したことがない人間、ケチな人間はおそらくなんとかして上辺だけとりつくろいながら後者の道を歩みたいと思うことだろう。
これから出ると言われる女性リーダーは、そのような諸君の思い(きれいごとを言いながら周囲の身近な人々から愛されたい。安全圏から絶対一歩も出たくない。弱者の悲惨な現実はこれまで通り見て見ぬふりをしながら自分だけ贅沢して生きていきたい。)にやさしく寄り添ってくれるような筋金入りの偽善者だと思われる。
また個々人のネットで履歴が残っているので、実際問題としてある一定以上の社会的地位に立ったならば人工知能で今までの発言とネットの履歴を比べて判断されるので嘘はつくことは得策ではないだろう。
世界の命運は基本的中国、インド、ロシアが決めるので、日本が間違った選択をしても日本人が二級地球市民になるだけで世界的には大した問題ではないが、個人的には生き恥をさらして生きていくべきではないと思うのであまり醜い発言はネットに書き込ず、黙々と自分の行動によって自分の思想を表明すべきだと私は思っている。笑
私自身は財務省と日銀は基本的愛国者の集団だと思っている。判断基準は基本的に何を言ったかではなく、何をやって結果がどうなったかという財務省、および日銀の行動を後付け評価して私はそう思っている。つまりかなり厳しめに判断しても、まぁできるかぎり国民のためを思って行動していると私は多少経済学を知っている立場として判断しているということだ。
そもそも基本的に財務省の悪口を言う人はとりあえず財務省の事務次官などトップ官僚が個人的に最低でも一人当たり20億円くらいは横領して、どこかに隠し財産を持っていることを立証しなければ財務官僚売国奴論を唱えるのは難しいと思っている。
ちなみに日本の象徴で一番極悪な売国奴が警察で次が厚生労働省だと思っている。自衛隊は海上自衛隊はかなり腐敗している感じがするが、陸上自衛隊はそうでもないと思っている。なぜかというと陸上自衛隊は簡単に若者が入隊できるオープンな組織だからである。
残りの省庁についてはよく分からない。
金融戦争の結果はどうだったかというと、今現在アメリカ10年物国債の金利は3.7%で、日本の10年物国債の金利が0.8%からも見ても一応分かる通り、日本がどうにかこうにか勝ったという結果である。ただし現在の日本を見て分かる通り、日本経済も格差が拡大してボロボロになっているし、財務省も国民に痛みを思いっきり押し付けてきたためほとんど国民の信任を失っている。つまり金融戦争期間中アメリカに寝返ってリフレやMMTなどを唱えてなんとかして日本をデフォルトさせようとしていた売国奴を討伐する体力はもはや財務省にはないし、もちろんアメリカの手先として愛国者に集団ストーカーをさせて虐待、虐殺していた警察やコロナワクチンや抗精神病薬で国民に多数の死傷者をだして国家への信認を失わせようとさせた厚生省や医者たちを討伐する力はもう財務省にはないということである。ましてこれから世界の発展途上国をまとめ上げ、新たな新世界秩序を作る気力も体力はどこを探しても財務省には全くない状態である。
そういうわけなので新世界秩序はウクライナ戦争あたりからアメリカと軍事力、生産力で戦い始めたブリックスが作ることとなったというのが、私の国際政治に対する認識である。
この結果は悪いことだと思う日本人も多いかもしれないが、基本的に今世界の国の中で一番優秀な官僚や政治家がいると思われる国は地獄の2000年代を切り抜けてきたロシアと1990年代から大躍進を遂げてきた中国なので、客観的に見れば日本が作る新世界秩序よりもいいものになる可能性が高いの私としてはこれでよかったのだと思っている。
この世を苦界だと思えれば、この世を修業の場だと納得できる。
つまりあらゆる逆境に耐えられるようになるのである。
朝、公園をちょっとだけ散歩したけど、もうすっかり涼しくなっていて
少しも汗をかかなかった。そろそろ死にそうな気もするけど、まだまだ生きそうな
気がしないわけでもない。うーん、って感じだ。
今日は株はすこし暴落しているけど、大暴落って感じではない。
明日から、Qのいうレッドオクトーバーが始まるので何が起こるか見てみたいけど、
俺自身エタ共につるし上げられるかもしれないのでちょっと怖い感じもする。
今、本だなで太宰の「晩年」をふと見つけたのでこれから再読してみようと思う。
なんとかなる。
つまり年齢階層制が世界一律で導入されることにより、人類社会がゼロサムゲーム感覚ではなく、共同体感覚を基盤にするような社会になれば子連れの母親がブルーカラー労働者を見て子供に「勉強しないとあんな風になってしまいますよ」などと言った言葉を吐かないくらい女性に、差別愛に凝り固ることのよって赤の他人に敵意を持たず、共同体感覚を抱くことにより赤の他人に対して明るく温かくなれるかもしれないということである。
もしそうなるならば男性が女性に対して真に期待し、みんなが愛しあい、尊敬しあって暮らせるような社会が到来するかもしれないということである。
中国とロシアの政治家の手腕に期待したいところである。
結果はどうだったかというと、ブリックス側はその陽動作戦には引っかからず、まだ確定してはしていないが、金本位制は拒否したみたいだし東アジアや東南アジアで戦争は起こりそうな気配はない。
それゆえ、第三次世界大戦はブリックス側の勝利が9分9厘決まってきた。そのためDS側の捨て駒と使われたウクライナ国民、イスラエル国民、および先進国でコロナワクチンで庶民を多数死傷させてきた医療関係者やマスコミ関係者がどういう処罰を受けるのかが争点となっている。ウクライナ国民やイスラエル国民に地獄が待っているのは誰も異論がないと思うが、コロナワクチンを打った医者やコロナワクチンを打つように大々的に扇動したマスコミをどう処罰すべきかということが争点となっている。
ここでコロナワクチンとはどういうものかというと、ロバートケネディJRは731部隊を期限とする生物兵器だと主張しているが、私はコロナワクチンの副作用が血栓症、ブレインフォッグ、薬剤性易怒性と抗精神病薬の副作用と重なることから基本的にコロナワクチンには抗精神病薬的化学物質が含まれていたのだと思う。つまりコロナワクチンとは基本的に化学兵器だとすることが私の見解である。(コロナワクチンの成分の中に生物兵器的側面もないとは言わないがそれが主ではないということ。)抗精神病薬とはどういうものかというと別に統合失調症を治すためではなく(抗精神病薬を投与すると統合失調症が悪化するというエビデンスはあっても治るというエビデンスはない。詳しくは統合失調症のウィキの予後の部分を読んでください。統合失調症 - Wikipedia)基本的白人が敵に死よりもつらい生き地獄を味あわせるために拷問用に作られた薬剤だというのが私の見解である。ちなみに抗精神病薬の解毒剤は今のところないと言われていて、自然治癒力を高めることによってしか薬害から回復しないと言われている。
基本的に私としてはコロナワクチンを打った医者やコロナワクチンを打つように扇動したマスコミ関係者は甘いと言われるかもしれないが、全財産没収だけでいいと思っている。ただし、海外逃亡したり、無責任に医者やマスコミを辞めてもっと高給の職業に転職しようとした医者やマスコミ関係者はテロリストとして射殺するということはもちろん当然のことではある。
医者やマスコミ関係者は俺たちはDSの関係者ではない、ワクチンの有害性についても何も知らなかったのだというかもしれないが、治験中のワクチンを大量に打ちまくったという事実だけで全財産没収はどう考えても妥当なことだろうとは私は思っている。
また世間知らずの学歴エリートにものすごくうまい儲け話など絶対行くわけもないという当たり前の常識を国民全員が共有するためにもコロナワクチンを打った医者と扇動したマスコミ関係者の全財産没収することは非常にいいことだと思っている。
24・5歳のころ、死のうと思っていたが、死にきれず今51歳まで生きた。
あれから25年長く生きたかと思えば、まぁ別に短い人生ではなかったの
かもしれない。
結局人並みの幸せは得られなかったが、まぁ世の中には一矢も二矢も報いたし、
志も達成できたのでいい人生だった。
今日はこれからバイクのバッテリーを充電するために一か月半ぶりにバイクに
乗ろうと思う。暑くもなく冷たくもない天気なので気分よく風を感じれると思う。
韓銀「円キャリートレード資金32.7兆円清算の可能性」国際金融市場の爆弾となるか : 経済 : ハンギョレ新聞 (hani.co.kr)
Xユーザーのkristen shaughnessyさん: 「$20 Trillion That's how big Deutsche Bank says the yen carry trade is So be skeptical when big banks tell you it's all good. They don't want investors to panic and pull their money There's a line in the Bloomberg article I posted yesterday where JPMorgan and Citigroup seem https://t.co/EJ6MOJbAle」 / X
これについても一応反論しておこうと思う。
円キャリートレードというのは低金利の円を借りてアメリカやEUに持っていきそこで円を売ってドルやユーロ買い、投資することを言う。つまり円キャリートレードは円安ドル高ユーロ高を必ず生じさせる。令和3年10月に一ドル111円だったのが一ドル最高で161円まで行ったので、円キャリートレード自体があったのは事実だが、円キャリートレードが500兆円とか3000兆円とかあったわけではない。
なぜそう言い切れるかというと、岸田政権期間中に為替介入した総額は24兆円でそれによって一ドル161円だった円相場が今現在146円になった。つまり一円円高にするのに1.6兆円分の外貨を使ったということだ。逆を言えば一円円安にするには1.6兆円分くらいの円を相場で売らなくてはいけない。つまり一ドル111円の円相場を1ドル161円にするには80兆円分くらいの円を円相場で売ればいい。つまり円キャリートレードは総額80兆円くらいのはずであるということである。それを裏付ける記事はあるのかというとロイターである。
円キャリー巻き戻し、まだ5割程度 継続の余地=アナリスト | ロイター (reuters.com)
つまり先に示した円キャリートレードは500兆円あるとか3000兆円あるとかいうのはフェイクニュースだということだ。
もし円キャリートレードが500兆円あったとしたら、今の円相場はおよそ一ドル423円になっていなければおかしいし、もし円キャリートレードが3000兆円あったとしたら今の円相場はおよそ一ドル1986円になっていなければおかしいのである。(これはどうしてもごまかせない数字である。)
今は第三次世界大戦が終結する直前でいろいろなフェイクニュースがあるが、ちょっとだけ自分の頭で計算すれば騙されることはないので、面倒くさいけど政治や経済に興味のある人はちょっとだけ自分の頭で考えよう。笑
https://www.sankei.com/article/20241001-QKK6KB2XHZOHPA26RA4ZN73URI/
ちょっと人道的なことを書いたので誤解することのないように言っておくが、在日朝鮮人と朝鮮系日本人は決して許すな! ということである。悪人は憎むべきなのである。
ソ連の失敗は結局みんながやる気を失って怠けてしまったことが最大の原因だということをよく理解し、結局仕事に対するやる気のあるなしで人を判断すればそう間違ったことにはならないだろう。
「小農が国を救う~日本人は農なき国を望むのか」農民作家山下惣一さんの番組を見て|コタニ アユミ (note.com)
山下惣一の本 書籍 | 家の光ネット (ienohikari.net)
多分、これからの供給過剰が常態化する経済においてはこの思想をアレンジすると日本は良くなると直感的に思っていたが、結局山下惣一の動画は見たことがあったが、本を読まずに私は死ぬことになってしまった。(いつか暇になったら読もうと後回しにしてきてしまった。)
誰か、暇な人で政治や経済学に興味のある人は山下惣一の本を読むと多分いいひらめきが得られてもしかしたら名声が得られるかもしれないよ。笑
生きていたらいつもと同じように日本共産党に投票するつもり。
日本共産党をよろしく! 橘謙信
心が剛強でなければ勇気を持って人生に挑戦できないし、世の中にうじゃうじゃいる小悪党からの卑賤な敵意や嫌がらせをはねのける自尊心も持てないので私としては若者が剛強の徳を持つこととてもいいことであると思っている。
インド哲学的な見地から見ても、心がまず剛強でなければその心が大悲によってほどけてニルヴァーナを得ることもないので、若者が何か社会や他人に対して絶対許せないという気持ちを持っていることは個人的には非常にいいことであると思っている。
確かに柔弱は剛強に勝つとは私も思うが、剛強な若者が病気や老いによって自らの弱さを認めることによってしか柔弱という徳は手に入らないものであるから、若者はやっぱりとりあえず剛強であるべきなのである。
まず無意識下に大慈悲というものがある。(無意識下の大慈悲という感情が確かにあるということを知りたければ見性という悟りを得るしかない。)大慈悲は陰の感情としては加害者意識(良心の呵責というものを大切にしようと思う心)として意識上に浮上し、陽の感情としては何かを絶対に許せないという気持ち(悪への憎悪、悪への怒り、正義感)となって浮上する。加害者意識と何かを絶対許せないという気持ちは表裏一体である。
加害者意識は人を高貴にさせ(多少損しても、多少苦しんでも正しく生きようと思う気持ちのことを高貴という。)、何かを絶対に許せないという気持ちは人を剛強にさせる。(この世の悪党どもを打倒し、よりよい世の中を作ろうと思う気持ち、志のことを剛強という。)
要するに無意識下の大慈悲を大切にして生きようというのがインド哲学で、意識上の加害者意識と何かを絶対に許せないという気持ちを大切に生きることが基本的に中国哲学だということである。(修業して悟りを得るゆとりのない民衆にも、美しく生きる道を説くのが中国哲学ということである。)
天の道は利して害せずって最後にあるが、要するに兼愛交利、
ウィンウィンの商売をしろってことで老子は終わっているんだね。
新世界は中国にまかせておけば多分大丈夫だね。
よかった、よかった。
柔弱な弱者と普通の弱者のちがいは柔弱な弱者は世のため人のために自ら進んでそれなりに損できるが、普通の弱者は被害者意識に凝り固まり、1円たりとも損できないことにある。
そのため柔弱な弱者は、傲慢な自分の利を最大化しようといつも考えているような悪党の強者の態勢を崩せ、タイミングさえ合えば柔よく剛を制し倒せる。
だから強者は知足をわきまえていること、中庸を愛することが大切になると一応は言える。だが、中庸を愛する強者は偽善を吹聴する弱者の論理に弱いという欠点がある。(現実的実践的には中庸の論理の方が偽善の論理よりも世のため人のためになるが、言論的には中庸の論理は偽善の論理には勝てないということ。中庸は世のため人のために考えられた基本的に利他的な論理であり、偽善は自己正当化のために考えられた論理であるから、言論の場で戦い、利己的な聴衆にどちらが正論かと問うと利己的な聴衆はともかくきれいごとを言う偽善の論理を正論だというから。)そのため中庸を愛する王者の側近には正義を愛し、偽善者を排除しようとする人がどうしても必要になってくる。
ゆえに王者自身が知足をわきまえて、かつ正義を愛し偽善を憎む側近を置けば必ず天寿を全うできると言える。
だが、これは千年王国を作れるということではない。たとえば習近平率いる中国は確かに偉大だが、これから先どうしても習近平やその側近の子孫を延々と優遇しなくてはいけなくなるから、やはり200年もすればどうにもこうにもならなくと予想されるからである。
習近平の名は1000年先も人類史に残ると思うが、人に寿命があるように、国家にも寿命はどうしてもあるのである。
Xユーザーの藤原直哉さん: 「原口一博先生 藤原直哉先生の「日本と世界にひとこと」 2024年10月9日 99%からが本当の仕事 https://t.co/TteNX0ATee」 / X
また今日、原口一博は及川幸久と対談するみたいだ。ググって感じでは藤原直哉が62歳で、原口一博が64歳で、及川幸久が64歳前後くらいらしい。
なんだ、結局バブル世代が集まって政治改革をしようとしているのか、って感じだ。自分たちの所得を守り、楽に子育てするために氷河期世代以下の世代たちとのワークシェアリングを拒み今までのうのうと生きていた世代が、第三次世界大戦終結寸前で今更、愛国者ぶって新たな政治運動をして令和の元勲を目指そうとしているらしい。笑
いくらなんでもそれはお前人間として最低じゃないかと思ったが、今だけ、金だけ、自分だけが信条で、表面だけきれいごとをいうバブル世代らしすぎる世の中を舐め切った行動におもわず失笑してしまった。
最後の最後くらい改心して氷河期世代以下の世代のために裏方に回って力を貸そうと言う気持ちを微塵も感じさせない行動を見ていると、人間徹底的に甘やかされて生きると本当にどうしょうもなくなるものだなと思ってしまった。
私の人生は苦難の連続だったけれど、まぁ、ああいう生き恥をさらさなくてすんだので最悪ではなかったのかもしれない。笑
もうお盆から今日までに5回くらい臨死体験をしている。でも臨死体験は
だんだんいい感じの臨死体験になってきて、俺にとってあの世は結構よさそうな
感じがしてきた。
ここ2・3日で気温は一気に涼しくなってきていて、もうエアコンなしで過ごせるようになってきた。
けっこう気分よく日々を過ごせているが、まだまだ才能は枯渇していないのに
もうメモみたいなものしかもう残せないのは残念と言えば残念だが、まぁ
しょうがないのだろう。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-05-28/SE6660T1UM0W00
個人的には私はそれほどまでには財務省のキャリア官僚を高く評価していないが(笑)、とりあえず朝鮮人に支配された日本のマスコミが総力を挙げて財務省悪玉論を唱えるのだから、基本的には財務省は日本国民全員でとりあえず今は守るべきだと思っている。
つまり2030年頃になって世の中が落ち着いてきて、いろいろ1990年代のバブル崩壊から2024年までに国際社会で一体何が水面下で起こっていたかについての情報公開が行われた後で、ゆっくりと財務省が本当に悪者だったか否かはみんなで議論すればいいという立場であるということである。
すでにもう偽善については多く批判しているのでこれ以上いうことはないが、みんな騙されるなよ。笑
もし誰を信じていいか全く分からなくなってしまったら、日本共産党を最後に信じることをお薦めする。国会議員の志位和夫や田村智子が善人かどうかはみんな半信半疑だと思うが、日本共産党の一般党員はみなものすごい損をしながら政治活動していて、日本共産党が反体制派の牙城なのはまちがいないからたとえ志位和夫や田村智子が売国奴だったとしても日本共産党は絶対その売国奴を許さない浄化能力が持っているからそこは信頼していいよ。
JCPサポーターとかになって(無料でなれる)、実際に日本共産党の党員と一度でも会えばそれが絶対肌で分かるから、何が何だか訳が分からなくなったら日本共産党に頼ることをお薦めする。
なかなか向こう側に行けない。世界情勢的にもみんなが俺に1秒でも早く死んで
欲しいと思っているのをひしひしと感じてはいるし、基本的も俺も早く死んで
あげたい気持ちはあるが死ねないものは死ねないんだから、まぁそこはもう
すこし待ってほしい。www
山本周五郎の言葉
この世で生きてゆくということは、損得勘定じゃあない。
短い一生なんだ、自分の生きたいように生きるほうがいい。
https://x.com/GyyARm5pyYHddh0/status/1844534392540234071
最後の最後に見つけたけど、もっと早く知りたかった。www
虚血性心不全から回復する方法は、基本的には私はないと思うが、(基本的にあらゆる病気は血行を良くしないと自然治癒力が高まらないので治らないが、虚血性心不全は血行を良くすると体感的に死の危険を感じるから、自然治癒力を高めようがないので治らないと思うから。)もしあるとすればコロナワクチンは化学兵器だと思うのでハサル液だと思っている。AKI(武士野 力)(@aki86042)さん / X
ただしハサル液はフェイク情報で、ハサル液を飲んだからこそより早く死ぬ可能性もかなり高いと思っている。(50%くらいの確率でフェイク情報の可能性があると私は思っている。) 基本的に私自身はここら辺が死に時だと思っているので、ハサル液を飲むことはないが飲みたい人はどうぞ。笑
虚血性心不全で死期が近くなってきた兆候は、歩く速度が健康なときの半分くらいになってくることと寝ている時に全身にすごい脱力感を感じること及び心臓が弱っているのをなんとなく感じることである。胸は少し痛いときもあるがまぁ気にするほどの痛みはない。
自分でもう死期が近いと思ったら、できればそう思ってから2か月くらい生きるといろいろ身辺整理もでき、死を迎えるために魂が整ってくるので、2か月生き延びようと心掛けることをお薦めする。(魂が整うとはどういうことかは2か月生き延びれば分かる。笑)
具体的にどうすれば2か月生き延びられるかというと、まず「救心」を飲むこと(アマゾンで売っている)。シャワーを浴びるのは3日に1回くらいにすること。毎食味噌汁ときゅうりの酢の物を食べること、食事はともかくよく噛んで食べることくらいである。(あと肉食を辞めて大根と米を毎日食べると魂が浄化され天国へ行きやすいと古代から中国では言われている。本当かどうかはもちろん私は知らない。笑)あとどうせもうすぐ死ぬので最後に食べたいというものがあればなるべく食べることも重要。それとできればなるべく歩かないこと。(買い物はできればネットスーパーで済ませたい)
病院に入院するのは私としてはお薦めしない。虚血性心不全は最後まで寝たきりにもならず生きられると思うので、最後は自宅でネットでもやって気楽に過ごす方が逆に長く生きられると私自身は体感的に思っている。
ネットで懐メロを聴きながら、いろいろ人生を振り返ったりするのは結構、極楽、極楽って感じだから最後までそれなりに粘って生きることは俺はわりとマジでお薦めするよ。
マクロ経済学的に国家は他国のお金を盗むことができるのかということについてふと考え てみたのでメモしておく。
日本は戦後一貫してアメリカに搾取されてきたという話がある。確かにアメリカのヘッジ ファンドが日本の株式市場でぼろ儲けしているとはよく聞く話ではある。
ここでその話が本当だとしてアメリカが毎年10兆円を東証から巻き上げていると仮定して 話を進めてみよう。
巻き上げた円は外貨だから基本的にアメリカは輸入代金に使うか日本に投資して使うかしかできない。外貨準備高として積み上げて置くこともできるがドルは基軸通貨なのであま り積み上げて置く意味はない。
アメリカは毎年50兆ドルほどの貿易赤字を出しているので、基本的に巻き上げたドルは輸 入品を買うために使われていると思われるが、50兆ドル分の輸入品を買うということは5 0兆ドル分の生産を国内でしないということになり、アメリカは自らの供給能力、ドルの強 さを不断に傷つけているということにもなる。
また日本の株式市場に流れ込んでくるお金は基本的に信用創造によって造られたお金であ る。つまりそのお金には日本の工場や上下水道などのインフラなどの供給能力の裏付けが そのおかねの価値の源泉となっているのであるが、アメリカは紙幣としてのお金をいかさ まで奪うことはできても日本の工場やインフラなどをアメリカに移転することはできない からそのお金の本質的部分を奪ったことにはならない。
結局、国家は他国の株式市場からいかさまをして強引にお金を奪ってきて、そのお金で輸入 品を買っても、そのことにより自らの供給能力を損ない、長期的に見れば国際競争に負け大 損してしまうのである。
要するにマクロ経済学的には正当な取引以外で他国からお金を奪っても、短期的には得に 見えるけれど長期的には必ず大損するようにできているのである。
またそもそも現在先進国の国民がもっとも欲しているのは親を介護する時間が取れるゆと りのある安定した雇用や子供と一緒に過ごし子供の成長を喜べる時間が取れるゆとりのあ る安定して雇用である。ゆとりある安定した雇用、ホワイトな労働環境は他国の株式市場からいかさまをして盗んできた金ではもちろん買えないし、正当な貿易よって得た金でも買 えないし発展途上国に投資して得たリターンによって得た金でも買うことはできないので ある。
ゆとりある安定した雇用は国際的な談合、話し合いによってのみ生み出される。国際的な談 合によってのみ国際競争、国際的緊張を緩和させることができるのである。
アフリカなどのまだ全然発展していない国にもっと経済援助するかわりに、各国が関税をかけることによって国際競争を緩和させ、ゆとりある安定した雇用を得られるような中庸 な政策への国際的合意が望まれる。
141のレスでも述べている通り、日本から何らかの形でアメリカに年10兆円以上の金が統計に表れない形で(つまりアメリカに工場とかを作る直接投資以外で)不当に流入するということは、マクロ経済学的には基本的にはアメリカの供給力を毀損することになるので、基本的にアメリカ政府が許さない。ただ一つ日本から不当に流入した金をアメリカ政府が有効活用する道があるとするならば、日本から流入した金を使って、日本の供給能力を戦争などで壊滅させる道しかない。そういう意味でも日本の財務省ラスボス説というのは間違っている。
2024年4月の見解が正しかった。
https://kensintachibana.blogspot.com/2024/04/
上級国民と中産階級が結託して下層階級を搾取しているということ。
上級国民の内訳はエタ、在日朝鮮人、資産があるのに厚生年金を貰っている老人、
正社員、公務員の男女といったところだ。
ごめん、ごめん。
だから偽善者は必ず自らの偽善の正当性を周囲に吹聴し、賛同を求める。また>>130>>135を読んでも分かる通り、偽善の論理は中庸の論理よりも言論上はよく見えるから、偽善とは民主主義によく適応した悪徳と言える。
この偽善を世界が根本的に克服するにはみんながきちんと加害者意識を持って生きるしかないが、暫定的に克服するには先進国群に対して発展途上国群が勝てばどうにかなる。よって10月12日現在、ブリックスが脱ドル化協定に署名したことにより、XユーザーのMikeCristo8さん: 「BRICS finance ministers gather in Moscow after each minister signs de-dollarization agreements It’s becoming real now https://t.co/f8QwjBXSrx」 / X暫定的には偽善は一応克服された。ただこれは発展途上国側がともかく損したくないという損得勘定に基づいた価値観をベースに戦って勝っただけの結果で、まだ共同体感覚に基づく兼愛交利の論理、中庸の論理が偽善の論理よりも正しいと人類が完全にそう思ったわけではないので発展途上国側が完全勝利したと思うのは間違いである。
発展途上国の完全勝利は、どうしてもこの先30年、40年かけてウィンウィンの世界を作るために発展途上国自身が地道に汗水たらして働くことのよってでなければ絶対得られないのである。
幸運を祈る。
橘謙信
だから偽善者は必ず自らの偽善の正当性を周囲に吹聴し、賛同を求める。また
>>130>>135を読んでも分かる通り、偽善の論理は中庸の論理よりも言論上はよく見えるから、偽善とは民主主義によく適応した悪徳と言える。
この偽善を世界が根本的に克服するにはみんながきちんと加害者意識を持って生きるしかないが、暫定的に克服するには先進国群に対して発展途上国群が勝てばどうにかなる。よって10月12日現在、ブリックスが脱ドル化協定に署名したことにより、
XユーザーのMikeCristo8さん: 「BRICS finance ministers gather in Moscow after each minister signs de-dollarization agreements It’s becoming real now https://t.co/f8QwjBXSrx」 / X
暫定的には偽善は一応克服された。ただこれは発展途上国側がともかく損したくないという損得勘定に基づいた価値観をベースに戦って勝っただけの結果で、まだ共同体感覚に基づく兼愛交利の論理、中庸の論理が偽善の論理よりも正しいと人類が完全にそう思ったわけではないので発展途上国側が完全勝利したと思うのは間違いである。
発展途上国の完全勝利は、どうしてもこの先30年、40年かけてウィンウィンの世界を作るために発展途上国自身が地道に汗水たらして働くことのよってでなければ絶対得られないのである。
幸運を祈る。
橘謙信
https://x.com/nia_nemu/status/1845292195378757848
https://www.youtube.com/watch?v=V1wA3Z7xrq0
https://x.com/otOgJ7srJZQoM7S/status/1845238212761121089
https://x.com/otOgJ7srJZQoM7S/status/1845435279873843251
橘謙信
1・2年これについて熟考したいけど時間がなさそうなことがつらいところだ。
我が主著「共同生活」でも述べている通り、他人を尊重したいという感情、他人を尊重しようという意志は大慈悲、無差別愛に基づく善の感情であり、善の意志である。
だから死に対する恐怖に基づく損得勘定から出る自分の利を最大化したいという意志、ともかく自分は安全圏にいて危険を冒したくないという保身的感情からでた価値基準を除外するという条件付きならば、お互いのそれぞれの価値観に基づく正しさというものを尊重することは善となる。
またお互いに相手の死に対する恐怖という感情をある程度尊重し、死に対する恐怖からでた錯乱行為を許してやることは中庸となる。死の恐怖という感情は悪の本源感情であるが、お互い生命であるからその感情をある程度尊重することはある種の思いやりであるということ。ただ極悪人を殺すことはもちろん正しいことだとは思う。
どう考えても朝日は見れないなと思いながら夜、寝床に入ったんだけど、奇跡が起こって今朝、目覚めた。今日は昨日に比べて格段に体調が良く、心臓の痛みもほとんど消えていた。
これがお地蔵さんのご利益なのか、ネットで知り合ったシャーマンの女性の心霊治療なのかは判断に迷うところだ。ネットでもみんな俺が今日まで生きているとは思っていなかったらしい雰囲気がびんびんと伝わってきた。
なんか本当に病気が治ったような気もするが、一時的なような気もする。正直、俺が死なないとDSに最後のとどめを刺せないし、俺自身、病気が治ってこれから生きることになる可能性は全く考えていなかったので、これからとりあえずどう生きようかかなり真剣に困っている。
とりあえず11月になるまではこれまで通り、一日一日を今日が最後と思って生きながら体調の回復具合をよく観察し、11月以降どうするかをゆっくりと考えようと今は思っている。
やはり清濁併せ吞む人格を持ちながらも、正しく生きようとして苦しんで生きることが、私はこの世の正しい生き方だと思う。
ちなみに性欲解消のために「iikoe」で自分にとっての理想のエロボイスを作るのは、高級ソープに行くより罪もないと思うし、ずっと安くてずっと興奮するよ。www
俺自身の体調は急速に快方に向かっている。2か月ほとんど歩いていなかったのでその筋力を戻すのに多少時間はかかりそうだが、なんと俺はあと10年くらい生きられそうな感じがしている。
10月いっぱいはゆっくり休んで、11月からまたもとのようにエッセイを書き始めたいと思う。
また私自身、虚血性心不全になって死線をさまよった経験から類推してコロナ流行後、がんや虚血性心不全、コロナ鬱になる最大の原因は誰他人から利他的な人たちに対する呪い、または強烈なネガティブな念をたたきつけられたからだと思っている。
この呪いを一時的に解く方法にもしかしたらハサル液があるかもしれないが、根本的に治すには日月神示の言う通り、肉食をやめ、よく噛んで食事を食べることだと思われる。
なぜ菜食主義がいいのかと古今東西言われてきたのかというと、基本的に菜食主義者になると他人からの呪いやネガティブな念を弾き返せるからだと今、私は体感的に確信している。
科学的エビデンスはあるのかというと、ネットで最近見たけど今ちょっと再発見できない。
私は多分もう虚血性心不全からほとんど回復したかと思っているが、基本的にもう少なくとも肉を食べることは生涯もうしないつもりだ。
私の意見が今、死線をさまよっている人の少しでも参考になれば幸いだ。
もしかしたら山本太郎が悪の総大将なのかも。それならものすごいショックだ。
https://www.youtube.com/watch?v=Tf0ccKdBRIg
まぁ、選挙結果を見てからゆっくり考えよう。
投票しようと思う。
橘謙信
橘謙信
色即是空、空即是色という真理が51歳にしてやっと理解できた。この世は現実であり(
色)、弱者を救うためあくまでより良い世界を作るために志を立て努力しようという大乗仏教的気持ちとこの世は魂を向上させるための修業の場、ある種の仮想現実、空なのだという小乗仏教的気持ちをあわせもっていきることが大切なのだということなのだろう。逆を言えば一生懸命に努力しすぎて、この世に執着しすぎてもいけないし、ただの浮世の夢と思い無気力に生きるのもいけないということ。この世界は現実にあると思えばあるし、夢と思えば夢なのだから、損得勘定しすぎず、そしてあまり心配しすぎず、気楽に自分の好きなように生きればいいということ。やっと腑に落ちた。なお色即是空、空即是色という真理はしみじみと人生の最後に納得するものだが強烈な喜びを伴う神秘体験はないもよう。笑
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色即是空、空即是色という真理が51歳にしてやっと理解できた。この世は現実であり(色)、弱者を救うためあくまでより良い世界を作るために志を立て努力してそれなりに一生懸命生きるべきという大乗仏教的気持ちとこの世は魂を向上させるための修業の場、ある種の仮想現実、空なのだから真面目に、でもリラックスして生きるべきという小乗仏教的気持ちをあわせもっていきることが大切なのだということなのだろう。逆を言えば一生懸命に努力しすぎて、この世に執着しすぎてもいけないし、ただの浮世の夢と思い無気力に生きるのもいけないということ。この世界は現実にあると思えばあるし、夢と思えば夢なのだから、損得勘定しすぎず、そしてあまり心配しすぎず、気楽に自分の好きなように生きればいいということ。やっと腑に落ちた。なお色即是空、空即是色という真理はしみじみと人生の最後に納得するものだが強烈な喜びを伴う神秘体験はないもよう。笑
https://www.youtube.com/watch?v=InkJE2PMX3Y
どういうパラレルワールドかというとこの予言スレを読んでくれ。
このルートの人間はパラレルワールドの存在を信じるか?
このルートの人間はパラレルワールドを信じるか? | 不思議.net - 5ch(2ch)まとめサイト (world-fusigi.net)
俺たちは、13日まではルート2の上にいたけど、それが14日から17日までルート4に飛ばされていた。そして今日になってまたルート2に偶然戻れたってわけ。
みんなは気が付いていた? これは人為的に誰かがパラレルワールドに飛ばしたのだと言われている。
Talkの2023年10月14日のレスを読んでくれ。
( ´^A^)予言、預言、予知夢、直感など総合1379 | みんなの掲示板 Talk (トーク)
ルート4、無茶苦茶怖かったねー。
もう絶対ダメだ、と俺は思っていた。
でも、また帰ってこれて本当に良かった。良かった。www
このルートから脱出することは不可能そう。
根拠があるわけではない。なんとなくそう思った。
愛してます。ついてる。うれしい。楽しい。感謝しています。幸せ。ありがとう。許します。っていうの。斎藤一人の本はたくさん出ているからそれを買ってみんなでいろいろ勉強するといいよ。 橘謙信
マドマアゼル愛のオンラインショップノ2964Hzチューナー「復活」をクリックすると、2964Hzチューナーの音がユーチューブで無料で聞けるから、その音を聞きながら斎藤一人の天国言葉を唱えると完璧なのかも。騙されたと思って試してみて。「愛してます。ついてる。うれしい。楽しい。感謝しています。幸せ。ありがとう。許します。」っていうんだよ。橘謙信
天国言葉 愛してます。ついてる。うれしい。楽しい。感謝しています。幸せ。ありがとう。許します。
橘謙信
https://x.com/torakichi520/status/1847568446491676731
天国言葉 愛してます。ついてる。うれしい。楽しい。感謝しています。幸せ。ありがとう。許します。チューナーの音を聞きながらみんなも3・4回唱えてみて!
https://www.youtube.com/watch?v=RmMKVndDzK0