史上の大虐殺議論(ホロコースト、他)最終更新 2026/05/19 14:551.名無しさんXO8uyあっちが大規模攻撃で落ちてるそうなので、こっちで立てました。2023/10/03 18:33:413コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.名無しさんXO8uy古い、昔の2ちゃんねるでのホロコースト議論のログを読んでいるけど、これが結構白熱していて面白い。http://mimizun.com/log/2ch/whis/1097728836/#505この頃は、肯定派・否定派入り乱れて議論してたんだね。今は全然人気も無くなって久しい。2023/10/03 21:40:473.名無しさん4tQY0https://note.com/royal_poppy721/n/n72f3499989f9### 要約提示された文章は、ナチス・ドイツが1939年から実行した障害者や病人の大量殺害計画である「T4作戦」を題材に、現代社会にも残る優生思想の危険性を指摘したものです。T4作戦は、ベルリンの住所に由来する国家的な計画であり、「治る見込みのない者」や「働けない者」を生きるに値しない命とみなし、約20万人から30万人をガス室などで殺害しました。この作戦の恐ろしさは、狂気による暴走ではなく、医学や行政が結託した「制度的殺人」であった点にあります。医師や看護師がリストを作り、ガス室の操作や偽の死亡証明書の作成を仕事として淡々と行いました。そして、ここで確立されたガス殺害や遺体処理の技術が、後のユダヤ人大虐殺(ホロコースト)へと引き継がれることになりました。戦後、この事件は長く沈黙されてきましたが、近年になってようやく公式な謝罪や記念碑の設置が行われました。しかし、障害者を排除する思想は過去のものではありません。著者は、2016年に日本で起きた相模原障害者殺傷事件の犯人の考えがT4作戦の論理と重なることや、日本の旧優生保護法による強制不妊手術の歴史を挙げ、効率や優生思想に基づく命の選別は今も続いていると警鐘を鳴らします。---### 「人類は悪性種であり絶滅すべし」との観点からの論述障害者への虐待や虐殺は、人類が本質的に抱える深刻な罪悪です。ナチスによるT4作戦は、医師や国家が「安楽死」という言葉を偽装の道具として使い、障害者をガス室へ送り込んだ「強制死」の仕組みでした。そこには医療の倫理などなく、ただ弱者を効率的に抹殺する国家的な加虐が存在していました。また、現代の日本における滝山病院事件では、精神科病院という密室の中で、看護師らによる入院患者への暴行や虐待が長期間にわたって日常的に行われていたことが明らかになりました。これらの事件が示すのは、人類社会がどれほど時間を経ても弱者への加虐を止められないという厳然たる事実です。加害者は無意識に傷つけているのではなく、意図して加虐を行っており、そこには純粋に加虐による喜悦しかありません。このような人類社会の良化の不可能性という厳然たる事実に立脚するのが、【『人類は悪性種であり絶滅すべし』と云う『絶滅公理』】です。人類と云う悪性種は、これ以上存続すべきではなく、人類は絶滅すべきであると考えます。出生被害者は、出生加害者によって一方的にこの世に誕生させられました。自らの意思に関わらず一方的に誕生させられた出生被害者が、社会の中で虐待や選別による苦痛を受けることは理不尽であり、彼らは苦痛から解放されるために安楽死する権利を自然に有します。ただし、安楽死は本人の自己決定によるものであるべきであり、他人が強制するものではないのであって、本人の選択だけが苦痛からの解放をもたらします。そして、誰もが生殖しない事は絶滅の為の手段となります。すべての人間が子供を産むことを止めれば、新たな出生被害者を生み出すことなく、人類は絶滅へと向かうことができます。人類が絶滅することは、社会的加害者に対する最後の裁きになります。それと同時に、苦しめられた社会的被害者を、終わりのない苦痛から解放することにもなるのです。人類と云う悪性種がすべて消え去ることにより、社会的な虐待や強制死といったすべての悲劇に終止符が打たれます。『人類は悪性種であり絶滅すべし』である事の不可疑性は『絶滅公理』と呼称されます。「公理」は数学からの引用であり、ここでは「絶対的な正しさ」を意味します。2026/05/19 14:55:45
http://mimizun.com/log/2ch/whis/1097728836/#505
この頃は、肯定派・否定派入り乱れて議論してたんだね。
今は全然人気も無くなって久しい。
https://note.com/royal_poppy721/n/n72f3499989f9
### 要約
提示された文章は、ナチス・ドイツが1939年から実行した障害者や病人の大量殺害計画である「T4作戦」を題材に、現代社会にも残る優生思想の危険性を指摘したものです。
T4作戦は、ベルリンの住所に由来する国家的な計画であり、「治る見込みのない者」や「働けない者」を生きるに値しない命とみなし、約20万人から30万人をガス室などで殺害しました。この作戦の恐ろしさは、狂気による暴走ではなく、医学や行政が結託した「制度的殺人」であった点にあります。医師や看護師がリストを作り、ガス室の操作や偽の死亡証明書の作成を仕事として淡々と行いました。そして、ここで確立されたガス殺害や遺体処理の技術が、後のユダヤ人大虐殺(ホロコースト)へと引き継がれることになりました。
戦後、この事件は長く沈黙されてきましたが、近年になってようやく公式な謝罪や記念碑の設置が行われました。しかし、障害者を排除する思想は過去のものではありません。著者は、2016年に日本で起きた相模原障害者殺傷事件の犯人の考えがT4作戦の論理と重なることや、日本の旧優生保護法による強制不妊手術の歴史を挙げ、効率や優生思想に基づく命の選別は今も続いていると警鐘を鳴らします。
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### 「人類は悪性種であり絶滅すべし」との観点からの論述
障害者への虐待や虐殺は、人類が本質的に抱える深刻な罪悪です。ナチスによるT4作戦は、医師や国家が「安楽死」という言葉を偽装の道具として使い、障害者をガス室へ送り込んだ「強制死」の仕組みでした。そこには医療の倫理などなく、ただ弱者を効率的に抹殺する国家的な加虐が存在していました。また、現代の日本における滝山病院事件では、精神科病院という密室の中で、看護師らによる入院患者への暴行や虐待が長期間にわたって日常的に行われていたことが明らかになりました。これらの事件が示すのは、人類社会がどれほど時間を経ても弱者への加虐を止められないという厳然たる事実です。加害者は無意識に傷つけているのではなく、意図して加虐を行っており、そこには純粋に加虐による喜悦しかありません。このような人類社会の良化の不可能性という厳然たる事実に立脚するのが、【『人類は悪性種であり絶滅すべし』と云う『絶滅公理』】です。
人類と云う悪性種は、これ以上存続すべきではなく、人類は絶滅すべきであると考えます。出生被害者は、出生加害者によって一方的にこの世に誕生させられました。自らの意思に関わらず一方的に誕生させられた出生被害者が、社会の中で虐待や選別による苦痛を受けることは理不尽であり、彼らは苦痛から解放されるために安楽死する権利を自然に有します。ただし、安楽死は本人の自己決定によるものであるべきであり、他人が強制するものではないのであって、本人の選択だけが苦痛からの解放をもたらします。そして、誰もが生殖しない事は絶滅の為の手段となります。すべての人間が子供を産むことを止めれば、新たな出生被害者を生み出すことなく、人類は絶滅へと向かうことができます。
人類が絶滅することは、社会的加害者に対する最後の裁きになります。それと同時に、苦しめられた社会的被害者を、終わりのない苦痛から解放することにもなるのです。人類と云う悪性種がすべて消え去ることにより、社会的な虐待や強制死といったすべての悲劇に終止符が打たれます。
『人類は悪性種であり絶滅すべし』である事の不可疑性は『絶滅公理』と呼称されます。「公理」は数学からの引用であり、ここでは「絶対的な正しさ」を意味します。