光秀=天海だけはガチだと思うのだが。part4アーカイブ最終更新 2019/12/11 23:481.日本@名無史さん歴史小説家が自分の小説を売れるようにするために、歴史を面白おかしくいじくり回し、様々な新説が誕生してきた。どれもこれも小説ネタとしては面白いが、荒唐無稽なものばかり。簡単に反証されてしまうようなものばかり。けれど、「惟任光秀が小栗栖で命を落としておらず、後に天海大僧正になって徳川幕府を支えた」という説だけは、真実の気がする。当時知っていたのは、禁裏と家康側近。そして光秀と共に戦ったことのある徳川家武将の一部のみ。箝口令が敷かれていたと思うし、書面に残してもいないだろう。ただ、徳川宗家や各武将の直系の末裔は、口伝で伝え聞いていると思うのだが。。江戸末期には、すでに噂されていた光秀=天海説…。筆跡鑑定の結果は、TV東京 → 光秀もしくはごく近い近親者NHK → 本人ではないが、ごく似ている字があり、親戚縁者の可能性ありということだった。さて、4スレ目。引き続き、妄想を語れ。出典 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/15760757072019/12/11 23:48:271すべて|最新の50件
どれもこれも小説ネタとしては面白いが、荒唐無稽なものばかり。
簡単に反証されてしまうようなものばかり。
けれど、
「惟任光秀が小栗栖で命を落としておらず、後に天海大僧正になって徳川幕府を支えた」
という説だけは、真実の気がする。
当時知っていたのは、禁裏と家康側近。
そして光秀と共に戦ったことのある徳川家武将の一部のみ。
箝口令が敷かれていたと思うし、書面に残してもいないだろう。
ただ、徳川宗家や各武将の直系の末裔は、口伝で伝え聞いていると思うのだが。。
江戸末期には、すでに噂されていた光秀=天海説…。
筆跡鑑定の結果は、
TV東京 → 光秀もしくはごく近い近親者
NHK → 本人ではないが、ごく似ている字があり、親戚縁者の可能性あり
ということだった。
さて、4スレ目。
引き続き、妄想を語れ。