"एक गुरु (टीचर) शक्ति (पवित्र शक्ति/आध्यात्मिक ऊर्जा) का सेंटर और सोर्स होता है। मुक्ति (मोक्ष) गुरु से मिलती है क्योंकि गुरु ने सत्य पा लिया है। गुरु अपने शिष्यों को पहचान सकते हैं और उनके पिछले जन्मों से अच्छी तरह वाकिफ होते हैं। वे शिष्य के सिर पर मंडरा रहे अज्ञान के काले बादल को भी देख सकते हैं। वे उन जीवों (आत्माओं) को जानते हैं जिन्हें गाइडेंस देना चाहिए, और वे उन जीवों को पहचानते हैं जिनमें संस्कार (कर्म के असर/छिपे हुए इंप्रेशन) जगाए जाने चाहिए।"
— महायोगी पायलट बाबाजी
Om गुरुदेव 🙏🙏🙏
ーーーーーーーーーーーー
"गुरु और शिष्य अपनी-अपनी भूमिकाओं में महत्वपूर्ण प्राणी हैं, और एक ही 'आत्मा' के दो पहलू हैं।"
— महायोगी पायलट बाबाजी
गुरु ओम 🙏💖🙇
🌈🌈🌈🌈🌈🌈
Original text: "Guru is the center or the source of Shakti. Salvation comes from Guru, for he has cognized the truth. He can identify the disciple and is well acquainted with his previous births. He can discern the clouds of darkness which are hovering over the shishya. He knows the jeevas (souls) that have to be shown the guidance. He also recognizes the jeevas whose sanskars can be awakened." ーMahayogi Pilot Babaji
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"Guru and shishya are important in their respective places and are twin facets of the same Atma"
クリシュナクリシュナ ハレーハレー
ハレーラーマ ハレーラーマ
ラーマラーマ ハレーハレー
前スレ
【ヨーガ】 インドの瞑想宗教 【ヴェーダンタ】 Part3
https://talk.jp/boards/psy/1784090970
その表現は、釈迦の立場をかなり的確に表しています。
釈迦は、永遠不変の固定的な実体への執着を繰り返し批判しました。
五蘊(色・受・想・行・識)のいずれについても、
「これは私のものではない」
「これは私ではない」
「これは私の自己(アートマン)ではない」
と観察するよう説いています。
つまり、「身体」「感覚」「思考」「意志」「意識」のどこを探しても、永遠不変の自己は見いだせない、というのが無我の教えです。
ただし、注意すべきなのは、釈迦は**「何ものも存在しない」と主張したわけではない**という点です。
釈迦が説いたのは、あらゆる現象は縁起によって生じ、条件が変われば変化し、消滅するということです。存在を全面的に否定したのではなく、独立・固定・永遠の実体として存在するものを否定したのです。
この点は、後の龍樹が「空」の思想としてさらに徹底的に論じることになります。龍樹は、縁起するものはすべて空であり、固定的な自性(それ自体で成り立つ実体)はないと展開しました。
したがって、「釈迦は永遠不変の固定的な実体を否定した」というまとめ方は、仏教思想の核心をよく捉えた表現と言えるでしょう。
仏教アゲ⤴️、ヒンドゥー教サゲ⤵️ の論調が多い
仏教国なんだから、当たり前だが
仏教以後のシャンカラ、クリシュナムルティ、ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ
この辺りを知らずに、仏教だけみても
インド的な発想が、日本人には根本的に分からないと思う
↑
これにしたって、「釈迦は身体が弱くて病気がちだったから、人生は苦しいと思ったのだ」という説が、昭和の日本ではまかり通っていた
中村元が言い出して、手塚治虫の「ブッダ」でそのイメージが定着したのだが
仏典には、そんなこと1つも書かれていない。
むしろ逆で、釈迦の超人的な体力が称賛されている
↑
これは釈迦という人物の個人的な人生観というより、
聖典ヴェーダに由来するインドの伝統思想だ
「輪廻転生から解脱すれば、2度とこの世に生まれなくて済む」
↑
これを言い出したのは、ヤージュニャヴァルキヤ
うん、大筋ではその理解でいいと思います。
ただし、歴史的には少しだけ言い換えると、かなり正確になります。
ポイントは、釈迦が突然、
「人生って苦しいよね。だから嫌だ」
と言い出したわけではない、ということです。
釈迦が登場した紀元前5世紀ごろのインドでは、すでに
生まれる → 死ぬ → また生まれる → また死ぬ……
という輪廻を、根本的に「望ましくない状態」と見る思想が成立していました。
とくに後期ヴェーダから初期ウパニシャッドにかけて、
祭祀によって来世の幸福を得る
というヴェーダ的発想から、
そもそも「生まれること」自体から脱出したい
という方向へ、思想が大きく転換していきます。
ここで非常に重要なのが、あなたが以前から注目しているヤージュニャヴァルキヤです。
ヤージュニャヴァルキヤの思想では、
輪廻する生存そのものが問題である
→ その原因となる欲望・執着を超える
→ アートマン/ブラフマンの真理を知る
→ 輪廻から解脱する
という構造がかなり明瞭になります。
つまり、
「この人生をもっと幸福にするにはどうすればいいか?」
ではなく、
「そもそも、なぜ私はまた生まれてこなければならないのか?」
という問いになっている。
これは思想史的にものすごく大きな転換です。
だから、仏教の「苦」を理解するとき、
釈迦個人の悲観的な人生観
と捉えるのはかなりズレます。
むしろ、
輪廻する生存は苦である。
では、その輪廻を成立させている原因は何なのか?
という、当時のインド思想界の巨大な問題を、釈迦が徹底的に分析した、と見るほうがいい。
そして釈迦は、そこでヤージュニャヴァルキヤとは違う答えに到達する。
ヤージュニャヴァルキヤ → アートマンを知ることで解脱する
釈迦 → 「私」という恒常的なアートマンを立てず、渇愛・取・無明などの縁起的構造を断つことで解脱する
という違いです。
ヴェーダ的世界観
↓
ウパニシャッドの内面化・輪廻と解脱の思想
↓
ヤージュニャヴァルキヤ「輪廻そのものから脱出せよ」
↓
釈迦「では、輪廻を発生させている構造を分析してみよう」
となる。
そしてここが面白いところで、「輪廻は苦だから解脱したい」という問題設定自体は、仏教のオリジナルではない。
釈迦の独自性は、その問題に対してアートマンを認めない形で答えを出したことにある、と考えると、インド思想史の流れが非常にきれいに見えてきます。
12,000年の間
インドの修行者に
ブラフマンへ至る方法と教えを伝えて来ました。
ヤージュニャヴァルキヤはじめシャンカラでもバタンジャリでも
出会っていると見て間違いないと思われ
なのでブラフマンというものが、哲学的だけで出てきたのかは、疑問です。
釈尊はそう断定をしていない、と、中村元は言ってるのでは?
そもそも、扱っている次元のレイヤーが違っている!
と思う。
と見る。
— マハヨギ・パイロット・ババジ
Om GuruDev 🙏🙏🙏
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「グルと弟子は、それぞれの役割りにおいて重要な存在であり、同じ『アートマン』の二つの側面なのです」
— マハヨギ・パイロット・ババジ
Guru Om 🙏💖🙇
🌈🌈🌈🌈🌈🌈
"एक गुरु (टीचर) शक्ति (पवित्र शक्ति/आध्यात्मिक ऊर्जा) का सेंटर और सोर्स होता है। मुक्ति (मोक्ष) गुरु से मिलती है क्योंकि गुरु ने सत्य पा लिया है। गुरु अपने शिष्यों को पहचान सकते हैं और उनके पिछले जन्मों से अच्छी तरह वाकिफ होते हैं। वे शिष्य के सिर पर मंडरा रहे अज्ञान के काले बादल को भी देख सकते हैं। वे उन जीवों (आत्माओं) को जानते हैं जिन्हें गाइडेंस देना चाहिए, और वे उन जीवों को पहचानते हैं जिनमें संस्कार (कर्म के असर/छिपे हुए इंप्रेशन) जगाए जाने चाहिए।"
— महायोगी पायलट बाबाजी
Om गुरुदेव 🙏🙏🙏
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"गुरु और शिष्य अपनी-अपनी भूमिकाओं में महत्वपूर्ण प्राणी हैं, और एक ही 'आत्मा' के दो पहलू हैं।"
— महायोगी पायलट बाबाजी
गुरु ओम 🙏💖🙇
🌈🌈🌈🌈🌈🌈
Original text:
"Guru is the center or the source of Shakti. Salvation comes from Guru, for he has cognized the truth. He can identify the disciple and is well acquainted with his previous births. He can discern the clouds of darkness which are hovering over the shishya. He knows the jeevas (souls) that have to be shown the guidance. He also recognizes the jeevas whose sanskars can be awakened."
ーMahayogi Pilot Babaji
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"Guru and shishya are important in their respective places and are twin facets of the same Atma"
ー Mahayogi Pilot Babaji
https://i.imgur.com/S6gLTeV.jpeg
🛸
踊ってるみたいな〜
👽
ニルビカルパサマディーに入ったか、入る直前か、または相当な縁がないと会えないようです。
そう思うと、ヒマラヤへ行って洞窟で長期間、何年も通って、複数のアヴァター様方に出会って、写真も残っていて、サマディーも8回も公開で入ったヨグマタ相川圭子さんは大した人なんだね。
でおーは春日大社かまってちゃんw
悔しいのか?
ビンドゥの光る穴www
どうでも良いですね~⤴️w.
お見通しw
鼻と、尻のか?
でおーと同じw
どーでも良い
その事が分からんしw
ハジの場合な
マジでIQ
足らんし
師匠を求めるでしょ?
腎臓悪くなったら医者を頼るように
自分で治せないから医者へ行く
何でもそう
自己の限界へぶち当たったら
師匠を求めるってなる
アドラーの教え
1他人の課題まで背負わない
他人をコントロールしない
2嫌われることより、誠実であることを選ぶ
3自分の幸福だけを求めない、幸福とは他者への貢献を実感できること。
https://youtube.com/shorts/SDCG9eHNbFk?si=EmwF3N5sjZzjxKkL
私はそのように臨機応変に柔軟ではないな、透析しない選択肢もあったが、おそらく死ぬだろうと思い、まだ生きていたいと思いしがみついた、という表現が的確だな