キリスト教神学を体系化し、真理を追究するスレ【初めての人もOK】最終更新 2026/04/26 22:221.ローマ教皇Uuf3fキリスト教神学を体系化して、真理を探究しましょう。初めての人もOKなので、たくさん交し合いましょう。2026/04/26 17:43:5023コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.◆JBLfMwCXhYKFSE8「カトリック神学」ってことで、OK?2026/04/26 17:55:413.ローマ教皇Uuf3f>>2OKです。問題ないです。2026/04/26 17:57:124.◆JBLfMwCXhYKFSE8カトリック神学の2本柱教父哲学とスコラ哲学2026/04/26 17:58:345.◆JBLfMwCXhYKFSE8聖アウグスティヌスと聖トマス・アクィナスこの2人が二大巨頭2026/04/26 17:59:046.◆JBLfMwCXhYKFSE8教父哲学教父(ファーザーズ・オブ・チャーチ)とは、古代の初期キリスト教の指導者たちのこと初期のキリスト教には、教義が不足してた。福音書に書いてある断片的なイエス・キリストの言葉だけじゃ、とても足りなかった聖パウロがせっせと手紙を書いてくれたおかげで、かなりネタが増えたローマ帝国でキリスト教が公認された頃から、カトリックの正統教義を確立したのは、教父とくに最大の教父である、聖アウグスティヌスだった2026/04/26 18:25:037.◆JBLfMwCXhYKFSE8聖アウグスティヌス4~5世紀の西ローマ帝国期に、北アフリカで活動した教父。「告白録」、「神の国」を書いた人新プラトン主義の影響を受け、プラトン的な二元論の世界観をキリスト教の教義体系に導入した。聖アウグスティヌスは北アフリカの人だった。その頃の北アフリカは、西ローマ帝国の領土だった。でも、西ローマ帝国はすでに、ゲルマン民族の大移動で滅亡寸前。「こうなったのは、邪教を信仰してる連中がいるせいだ」と、反キリスト教勢力が騒ぎ始めた。そこで、キリスト教を擁護すべく敢然と立ち上がったのが、聖アウグスティヌスだった。彼は、代表作「神の国」を書いてキリスト教を擁護した。ヴァンダル人に包囲された、陥落寸前のヒッポの街。「たとえ、地の国(ローマ帝国)が滅ぶとも、神の国(ローマ・カトリック教会)は永遠である」ヒッポの司教・アウグスティヌスは、そう言って世を去った。死の直後、ヴァンダル人がなだれ込んできて、ヒッポは滅亡した。アウグスティヌス(ボッティチェッリの絵)https://www.y-history.net/gazo/0103/augustinus.jpg2026/04/26 18:33:398.◆JBLfMwCXhYKFSE8スコラ哲学11~12世紀頃からの、中世ヨーロッパの哲学スコラは「学校」という意味(スクールの語源)。中世ヨーロッパのスコラ哲学は、このスコラで研究された哲学のこと。アリストテレスの哲学を取り入れ、キリスト教の教義と統合した「哲学は神学の婢(はしため)である」という言葉で有名とくに、最大のスコラ哲学者である聖トマス・アクィナスが編纂した「神学大全」は、その後ずっと、カトリック神学の正統教科書になった2026/04/26 18:38:209.◆JBLfMwCXhYKFSE8聖トマス=アクィナス13世紀イタリアのスコラ哲学、神学者。『神学大全』を著しスコラ哲学を大成した。イタリアに生まれ、ドミニコ会修道士からパリ大学教授となる。アリストテレス哲学をキリスト教信仰に調和させて解釈し、信仰と理性の一致をめざした。十字軍がキッカケになって、当時の先進国だったアラビア諸国から、古代ギリシャのアリストテレスが入ってきた。いつの時代も、知識人は知的な思想に惹かれる。ヨーロッパの知識人は、知的で論理的で科学的(当時としては)な、アリストテレス哲学に夢中になってしまった。キリスト教の危機だ。そこで、ローマ・カトリック教会から神学理論の体系化を命じられた切り札のスーパー理論家が、聖トマス=アクィナスであった。彼は、「哲学は神学の婢(はしため)である」と言って、アリストテレス哲学をキリスト教に統合する壮大な理論体系『神学大全』を作り上げた。以下はコピペ>同時代の人々の記録によると、聖トマスは非常に太った大柄な人物で、色黒であり頭ははげ気味であったという。しかし所作の端々に育ちのよさが伺われ、非常に親しみやすい人柄であったらしい。議論においても逆上したりすることなく常に冷静で、論争者たちもその人柄にほれこむほどであったようだ。記憶力が卓抜で、いったん研究に没頭するとわれを忘れるほど集中していたという。そしてひとたび彼が話し始めると、その論理のわかりやすさと正確さによって強い印象を与えていた。https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e3/St-thomas-aquinas.jpg/375px-St-thomas-aquinas.jpg2026/04/26 18:45:3410.◆JBLfMwCXhYKFSE8う~ん、我ながらA.I.でも、こんなにキレイにまとめられんわ😂2026/04/26 18:46:3811.ローマ教皇Uuf3fありがとうございます。返信が遅くなり申し訳ありません。私からも、カトリックの「組織神学」1.神論(しんろん)神は唯一の存在であり、属性は、・全知全能(ぜんちぜんのう)全てのことを知り、全てのことができる。・全善(ぜんぜん)全てにおいて善である。・永遠(えいえん)始まりも終わりもなく時空を超越した存在。・不変(ふへん)本質は永久に変わらない。また、三位一体(さんみいったい)唯一の神様が、父・子(イエス・キリスト)・聖霊という三つの位格という構成になっっている。2.創造論(そうぞうろん)神は、完全なる無から世界を創造した。人間には、「肉体(今の体)」と「精神(目には見えないもの)」に分かれています。3.人間論、原罪論(にんげんろん、げんざいろん)最初の男と女「アダム」と「エバ」が神様から「エデンの園の中心にある『知恵の実』を食べたことにより、神様との関係が悪化し、一番最初の罪「原罪」を背負うことになった。4.キリスト論(キリストろん)イエス・キリストは完全な人であり神でもあるという「神人両性」を持ち合わせている。西暦451年のカルゲドン公会議で正式に決定した。とりあえず、以上になります。間違っているところや誤字脱字、気になることがあればとにかく聞いてもらって大丈夫です。いろんなことを教えてくださり、ありがとうございます。2026/04/26 19:06:2312.神も仏も名無しさんdCFUr凄い高度な内容やってるな?2026/04/26 19:08:2113.ローマ教皇Uuf3f褒めてくださり、感謝いたします。何かお聞きしたいことがあれば自由に聞いてもらって大丈夫です。2026/04/26 19:11:5414.tom cat2hdll暫くロムります。はじめましてLin Sophiaです。クリスチャンネームは、知りません。2026/04/26 19:17:4815.ローマ教皇Uuf3fこのスレに入ってくれてありがとうございます。2026/04/26 19:18:4316.◆JBLfMwCXhYKTXqw>>11素晴らしいな?😆2026/04/26 19:23:1217.◆JBLfMwCXhYKTXqw組織神学とは、専門的だ😆2026/04/26 19:31:1218.◆JBLfMwCXhYKTXqwカトリックでは教義学2026/04/26 19:46:1219.◆JBLfMwCXhYKTXqwプロテスタントでは組織神学がメインとなる2026/04/26 19:46:2520.◆JBLfMwCXhYKTXqwカトリックの組織神学が語られるのは珍しい2026/04/26 19:46:5621.ローマ教皇Uuf3f勉強になります!教えてくださりありがとうございます。2026/04/26 20:12:1422.神も仏も名無しさんdCFUrま、俺は理解できているのはプロテスタントのマイナー少数派神学だけだ😀2026/04/26 21:22:4723.神も仏も名無しさんc4aa2でおー🤡!でおー🤡!えいえいおー✌️!汚泥オー🤡!汚泥オー🤡!泥泥オー✌️!(ひらがな訳)おでいおー🤡!おでいおー🤡!でいでいおー!✌️!💯2026/04/26 22:22:58
【悲報】テレ東岩下P「冨里さんが林さんをすっげぇ煽ってて…」→ 冨里が林瑠奈を煽りすぎた件、擁護に限界を感じた冨里ヲタがスレごと消し飛ばす暴挙に乃木坂461001917.62026/04/26 23:45:32
初めての人もOKなので、たくさん交し合いましょう。
OKです。問題ないです。
教父哲学とスコラ哲学
この2人が二大巨頭
教父(ファーザーズ・オブ・チャーチ)とは、古代の初期キリスト教の指導者たちのこと
初期のキリスト教には、教義が不足してた。福音書に書いてある断片的なイエス・キリストの言葉だけじゃ、とても足りなかった
聖パウロがせっせと手紙を書いてくれたおかげで、かなりネタが増えた
ローマ帝国でキリスト教が公認された頃から、カトリックの正統教義を確立したのは、教父
とくに最大の教父である、聖アウグスティヌスだった
4~5世紀の西ローマ帝国期に、北アフリカで活動した教父。「告白録」、「神の国」を書いた人
新プラトン主義の影響を受け、プラトン的な二元論の世界観をキリスト教の教義体系に導入した。
聖アウグスティヌスは北アフリカの人だった。その頃の北アフリカは、西ローマ帝国の領土だった。
でも、西ローマ帝国はすでに、ゲルマン民族の大移動で滅亡寸前。「こうなったのは、邪教を信仰してる連中がいるせいだ」と、反キリスト教勢力が騒ぎ始めた。
そこで、キリスト教を擁護すべく敢然と立ち上がったのが、聖アウグスティヌスだった。彼は、代表作「神の国」を書いてキリスト教を擁護した。
ヴァンダル人に包囲された、陥落寸前のヒッポの街。
「たとえ、地の国(ローマ帝国)が滅ぶとも、神の国(ローマ・カトリック教会)は永遠である」
ヒッポの司教・アウグスティヌスは、そう言って世を去った。死の直後、ヴァンダル人がなだれ込んできて、ヒッポは滅亡した。
アウグスティヌス(ボッティチェッリの絵)
https://www.y-history.net/gazo/0103/augustinus.jpg
11~12世紀頃からの、中世ヨーロッパの哲学
スコラは「学校」という意味(スクールの語源)。中世ヨーロッパのスコラ哲学は、このスコラで研究された哲学のこと。
アリストテレスの哲学を取り入れ、キリスト教の教義と統合した
「哲学は神学の婢(はしため)である」という言葉で有名
とくに、最大のスコラ哲学者である聖トマス・アクィナスが編纂した「神学大全」は、その後ずっと、カトリック神学の正統教科書になった
13世紀イタリアのスコラ哲学、神学者。『神学大全』を著しスコラ哲学を大成した。
イタリアに生まれ、ドミニコ会修道士からパリ大学教授となる。アリストテレス哲学をキリスト教信仰に調和させて解釈し、信仰と理性の一致をめざした。
十字軍がキッカケになって、当時の先進国だったアラビア諸国から、古代ギリシャのアリストテレスが入ってきた。
いつの時代も、知識人は知的な思想に惹かれる。ヨーロッパの知識人は、知的で論理的で科学的(当時としては)な、アリストテレス哲学に夢中になってしまった。キリスト教の危機だ。
そこで、ローマ・カトリック教会から神学理論の体系化を命じられた切り札のスーパー理論家が、聖トマス=アクィナスであった。彼は、「哲学は神学の婢(はしため)である」と言って、アリストテレス哲学をキリスト教に統合する壮大な理論体系『神学大全』を作り上げた。
以下はコピペ
>同時代の人々の記録によると、聖トマスは非常に太った大柄な人物で、色黒であり頭ははげ気味であったという。しかし所作の端々に育ちのよさが伺われ、非常に親しみやすい人柄であったらしい。議論においても逆上したりすることなく常に冷静で、論争者たちもその人柄にほれこむほどであったようだ。記憶力が卓抜で、いったん研究に没頭するとわれを忘れるほど集中していたという。そしてひとたび彼が話し始めると、その論理のわかりやすさと正確さによって強い印象を与えていた。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e3/St-thomas-aquinas.jpg/375px-St-thomas-aquinas.jpg
A.I.でも、こんなにキレイにまとめられんわ😂
カトリックの「組織神学」
1.神論(しんろん)
神は唯一の存在であり、属性は、
・全知全能(ぜんちぜんのう)
全てのことを知り、全てのことができる。
・全善(ぜんぜん)
全てにおいて善である。
・永遠(えいえん)
始まりも終わりもなく時空を超越した存在。
・不変(ふへん)
本質は永久に変わらない。
また、三位一体(さんみいったい)
唯一の神様が、父・子(イエス・キリスト)・聖霊という三つの位格という構成になっっている。
2.創造論(そうぞうろん)
神は、完全なる無から世界を創造した。
人間には、「肉体(今の体)」と「精神(目には見えないもの)」に分かれています。
3.人間論、原罪論(にんげんろん、げんざいろん)
最初の男と女「アダム」と「エバ」が神様から「エデンの園の中心にある『知恵の実』を食べたことにより、神様との関係が悪化し、一番最初の罪「原罪」を背負うことになった。
4.キリスト論(キリストろん)
イエス・キリストは完全な人であり神でもあるという「神人両性」を持ち合わせている。
西暦451年のカルゲドン公会議で正式に決定した。
とりあえず、以上になります。間違っているところや誤字脱字、気になることがあればとにかく聞いてもらって大丈夫です。いろんなことを教えてくださり、ありがとうございます。
何かお聞きしたいことがあれば自由に聞いてもらって大丈夫です。
ます。
はじめまして
Lin Sophia
です。
クリスチャンネーム
は、知りません。
素晴らしいな?😆
プロテスタントのマイナー少数派神学だけだ
😀
汚泥オー🤡!汚泥オー🤡!泥泥オー✌️!
(ひらがな訳)
おでいおー🤡!おでいおー🤡!でいでいおー!✌️!💯