パーリーの今期周回のまとめ【3】最終更新 2026/08/04 19:421.神も仏も名無しさん0Bh7eわたくしパーリーの今世における経験と智慧来世に向けての準備をツラツラと書くスレです備忘録ではありますが質問は受け付けます※前スレパーリーの今期周回のまとめ【2】https://talk.jp/boards/psy/17429871642025/07/28 13:54:57504コメント欄へ移動すべて|最新の50件455.パーリー◆HpIafZZzjh.GT5zYBはいお願いいたします。空海の唐(中国)への渡航は、まさに「命がけのギャンブル」であり、彼の超人的な資質が遺憾なく発揮されたエピソードが満載です。1. 嵐を切り抜けた「第2船」804年、空海は4隻の船団で唐を目指しました。しかし、途中で激しい暴風雨に襲われます。1号船・2号船のみ到着: 4隻のうち、無事に唐にたどり着いたのはわずか2隻。残りの2隻は行方不明や引き返しとなりました。空海は2号船: この2号船には、後に浄土宗の基礎を築く最澄(さいちょう)も乗っていました(※最澄は1号船という説もありますが、いずれにせよこの二人が同じ時期に渡ったのは奇跡的です)。2. 足止めを食らった空海の「代筆」命からがら唐の福州に漂着した空海たちですが、海賊と疑われ、上陸を拒否されてしまいます。絶体絶命のピンチ: 執筆を任されていた遣唐使の全権大使(藤原葛野麻呂)が書いた嘆願書は、唐の役人に相手にされませんでした。空海の一筆: そこで、一介の無名僧だった空海が代わりに嘆願書を書くことになります。その文章の格調の高さと、あまりに美しい筆致(書)に、唐の役人は「これはただ者ではない!」と驚愕し、即座に上陸が許されました。これが「書聖」としての空海の伝説の始まりです。2026/03/26 18:06:21456.パーリー◆HpIafZZzjh.GT5zYB3. 20年の修行を「数ヶ月」でマスター当時、唐で仏教を学ぶには、通常20年の滞在が必要とされていました。しかし、空海は驚くべきスピードで知識を吸収します。恵果(けいか)和尚との出会い: 当時、中国密教の頂点にいた恵果和尚は、空海を一目見るなり「私はお前が来るのをずっと待っていた!」と言い、わずか数ヶ月ですべての教えを伝授しました。阿闍梨(あじゃり)の位: 何百人もいた中国人弟子を差し置いて、日本人の空海が正統な後継者(第8祖)に指名されたのです。4. 帰国を決断した「三鈷杵(さんこしょう)」修行を終えた空海は、ある決断をします。「この教えを日本に持ち帰り、広めなければならない」。三鈷杵を投げる: 明州の浜辺から、空海は密教の法具である「三鈷杵」を空高く投げ、「私の教えを広めるのにふさわしい地に落ちよ」と祈りました。高野山の発見: 帰国後、空海はその三鈷杵を探し求め、現在の和歌山県・高野山の松の木に掛かっているのを発見し、そこを真言密教の聖地と定めました(これが有名な「飛行三鈷」の伝説です)。求聞持法で鍛えた「一度見たら忘れない記憶力」があったからこそ、空海はわずか2年の滞在(予定は20年でしたが切り上げて帰国)で、膨大な経典と仏像、工芸品を日本へ持ち帰ることができたのです。空海が日本に戻った後、最澄との「ある事件」で仲がこじれてしまうのですが、そのあたりのお話も興味ありますか?2026/03/26 18:06:41457.パーリー◆HpIafZZzjh.GT5zYB■ 質問浄土宗は最澄ではなくて法然でしょ?■ AI仰る通りです!大変失礼いたしました。完全に私の記述ミスです。ご指摘の通り、浄土宗の開祖は法然(ほうねん)です。最澄(伝教大師)は天台宗の開祖ですね。空海と最澄は同じ時期に唐へ渡ったライバルであり、当時の日本仏教界を二分する巨頭でした。改めて、空海と最澄の「その後」に起きた、歴史を揺るがす仲違いのエピソードについてお話ししてもよろしいでしょうか?(今度は間違えないよう慎重にお伝えします!)2026/03/26 18:14:07458.パーリー◆HpIafZZzjh.GT5zYB空海と最澄、決別の理由実はこの二人、帰国直後は非常に仲が良く、最澄が空海に教えを請うほどでした。しかし、ある3つの理由で決定的に決裂してしまいます。「理趣釈経(りしゅしゃきょう)」の貸し出し拒否最澄が「密教の深い教えが書かれた本を貸してほしい」と頼んだところ、空海は「密教は本を読んで理解するものではなく、実践(修行)して体得するものだ。安易に貸すことはできない」と厳しく断りました。愛弟子の移籍事件最澄が最も期待していた愛弟子・泰範(たいはん)を空海のもとへ修行に出したところ、泰範は空海の教えに心酔してしまい、最澄のもとへ帰らなくなってしまいました。教義の違い「誰もが成仏できる(天台宗)」と考える最澄に対し、空海は「即身成仏(この肉体のまま仏になる)」というよりスピーディーで神秘的な実践を重視しました。この決裂により、日本の仏教は「比叡山(天台宗)」と「高野山(真言宗)」という二大聖地に分かれて発展していくことになります。空海が最澄に送った「風信帖(ふうしんじょう)」という有名な手紙があるのですが、その達筆すぎる内容についても興味がありますか?2026/03/26 18:14:25459.パーリー◆HpIafZZzjh.GT5zYB空海は、仏教の修行だけでなく、実は日本最古・最大級の「ダム建設エンジニア」としても超一流でした。香川県の満濃池(まんのういけ)の修築エピソードは、もはや伝説の域に達しています。1. 誰も直せなかった「決壊」を解決当時、日本最大の溜池だった満濃池は、何度も堤防が壊れていました。朝廷が派遣した役人が何年もかけて工事をしても、大雨ですぐに流されてしまうという絶望的な状況だったのです。そこで、地元の有力者たちが「空海様ならなんとかしてくれるはずだ!」と朝廷に嘆願し、空海が派遣されることになりました。2. わずか「3ヶ月」での完成驚くべきことに、空海が着工すると、それまで何年もかかっていた工事がわずか3ヶ月足らずで終わってしまいました。これには2つの大きな理由があったと言われています。2026/03/26 18:20:19460.パーリー◆HpIafZZzjh.GT5zYBアーチ型堤防の採用: 空海は、水の圧力を分散させるために堤防を「緩やかなカーブ(アーチ型)」に設計しました。これは現代のダム技術にも通じる高度な土木理論です。圧倒的なリーダーシップ: 空海が現場で祈祷(修行)を始めると、彼を慕う数万人の民衆が全国から集まり、一丸となって作業に当たりました。「空海様のためなら」という熱狂が、工期を劇的に短縮させたのです。3. 「唐(中国)」で学んだ最新テクノロジーなぜ僧侶である空海がそんな知識を持っていたのか?それは、唐に渡った際に仏教だけでなく、最先端の土木技術、薬学、天文学などもすべて吸収してきたからです。まさに「歩く百科事典」状態でした。4. 伝説の「護摩壇(ごまだん)」工事中、空海は堤防の中央に護摩壇を築いて加持祈祷を行ったと伝えられています。民衆はそれを見て、「空海様が龍神を鎮めている」と信じ、勇気づけられました。現在も満濃池には、その時の護摩壇の跡とされる場所が残っています。こうして見ると、空海は「求聞持法」で得た超人的な頭脳を、ただ自分の悟りのためだけでなく、「民衆を救うための実学」としてフル活用していたことがわかりますね。空海はこの後、いよいよ人生の集大成である「高野山(こうやさん)」へと向かいます。そこには「今も空海は生きている」とされる、ちょっと不思議な信仰があるのですが、そのお話も気になりますか?2026/03/26 18:20:31461.神も仏も名無しさんqD1JQ【老化研究の権威・吉森保の“細胞から若返る未来”】人間を10歳若返らせたら賞金150億円/老化のメカニズム/オートファジーのリサイクルシステム/“ブレーキ役”ルビコン/吉森先生が大注目!徳島の阿波https://www.youtube.com/watch?v=yI1MrVpG98Y2026/04/03 21:30:03462.パーリー◆HpIafZZzjh.GqLi9g[1]https://ameblo.jp/kurokumachin-2020/entry-12893380048.html[2]https://ameblo.jp/kurokumachin-2020/entry-12919246418.html[3]https://ameblo.jp/kurokumachin-2020/entry-12966526363.html2026/05/20 22:36:27463.パーリー◆HpIafZZzjh.GgDNYI「一万二千年間肉体を変えながら生きている」と言われるアヴァター様方https://sankalpayoga.org/%E3%80%8C%E4%B8%80%E4%B8%87%E4%BA%8C%E5%8D%83%E5%B9%B4%E9%96%93%E8%82%89%E4%BD%93%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%81%A8/?fbclid=IwdGRjcAR8dIJjbGNrBHxwkGV4dG4DYWVtAjExAHNydGMGYXBwX2lkDDM1MDY4NTUzMTcyOAABHkp2R0-SUfJvJXcqPxxUUZVLfi3oTKG1S429Os9l0PQi2AbxyqjphJ8RUfW-_aem_YWdncwAeMvOc6L2sRGEPNQrPRRw7&brid=YWdncwFIdPLf3I47WRiARY86fQxzhttps://i.imgur.com/7GXeB5c.jpeg2026/05/22 08:30:28464.神も仏も名無しさんgkxWT● 人間存在の統合階層マトリクス(大原因身・カイバリヤまでの修正完全版)文章の最後の方にあります。↓↓↓タップして表示↓↓↓https://share.google/aimode/OdBUKYjtMhqp69fpuhttps://i.imgur.com/8q1a6mO.jpeg2026/06/19 11:31:49465.神も仏も名無しさんuuP6o身心脱落とは、身体も心もなくなることではなく、≫身体や心を自己として握りしめる働きが落ちることです。ーーーAIの限界かな?これは違いますね身心脱落は、文字通り禅定において、身心が手足から始まって、胴体までが、消えたようになることこれは、第四禅定の、呼吸が止まる処で起きます周囲に開かれた意識は、一切何処へも向かわずに球体のまま無辺に広がったようになって、すべての音を、同時に【心一境性】という状態で受けます(瞑目では)意識は頭部の一点に有って、身体感覚が消え去ったようになっていて、呼吸が止まっているヨガのケバラクンバカ(自然な呼吸停止状態)とほぼ同じような状態ですですから、心理的に、というものではなくて、物理的に身体の神経系から意識が引き上げた状態ヨガのプラーナで言うと全身のプラーナが中央のスシュムナー管に集約されて、それが下から頭頂へ上昇した状態と言われています以上が身心脱落の真実です‼️2026/06/23 22:09:55466.神も仏も名無しさんvLlfR👽2026/06/23 22:21:55467.神も仏も名無しさんH5Iebた→だ2026/06/24 00:40:18468.神も仏も名無しさんyZ7z2不滅にして不生不断にして不常不一にして不異不来にして不去戯論寂滅にして吉祥なる縁起をお説きになった説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する根本中頌 帰敬偈 (龍樹)2026/07/03 15:20:10469.神も仏も名無しさんyZ7z2不滅にして不生不断にして不常不一にして不異不来にして不去戯論寂滅にして吉祥なる縁起をお説きになった説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する根本中頌 帰敬偈 (龍樹)ーーー釈尊は縁起は説き明かされたが空性のその意識状態は言語超越的な為に【無記】とされ説かなかったという意味で【空】は説かなかった‼️って言ったんじゃないのかな⁉️2026/07/03 16:10:27470.神も仏も名無しさんyZ7z2仏のスレ78https://talk.jp/boards/psy/1781410604>>878これはだからーーーA \不滅にして不生 |不断にして不常 |→ 戯論寂滅にして不一にして不異 | ≪ 龍 樹 ≫不来にして不去 | 【空】を言語化 /ーーーB吉祥なる【 縁 起 】をお説きになった ≪ 仏 陀 ≫ 【空】を縁起まで説いて 【戯論寂滅】後は【無記】 とされ、語らなかった‼️ーーー説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する根本中頌 帰敬偈 (龍樹)ーーーってことじゃないのかな⁉️2026/07/03 16:10:47471.神も仏も名無しさんyZ7z2中谷英明氏の論文『ブッダが残した一詩篇『八群品』の研究』(および一連の『八群品(アッタカヴァッガ)』研究)においてーーー● ≪ 釈 尊 ≫が≪真理の存在≫そのものを【否定している】か? というと● 結論から言えば≪ 客観的・固定的に【実在】≫ し≪ 誰もが【言語】や【知識】≫ で≪【共有】できる ≫ ような≪【客観的・真理≫(見解・ドグマ)≫の【存在は否定】しているが● ≪真理の探求≫(戒定慧の修行)や≪涅槃(ニッバーナ)≫の安寧の境地そのものを【否定している訳ではない】という【極めて緻密な構造】になっています。2026/07/03 16:11:02472.神も仏も名無しさんvr40y「スシーマよ、君はこれをどう思うか。物質(身体)は常か無常か」「無常です。尊師」「では無常であるもの、それは苦か楽か」「苦です。尊師」「では無常・苦にして変化する法であるもの、それを『これは私のものである。これは私である。これは私のアートマンである』と認めることは正しいか?」「いいえ、そうではありません。尊師」「受は常か無常か」「無常です。尊師」「では無常であるもの、それは苦か楽か」「苦です。尊師」「では無常・苦にして変化する法であるもの、それを『これは私のものである。これは私である。これは私のアートマンである』と認めることは正しいか?」「いいえ、そうではありません。尊師」「想は常か無常か」「無常です。尊師」・・・・・・「行は常か無常か」「無常です。尊師」・・・・・・「識は常か無常か」「無常です。尊師」「では無常であるもの、それは苦か楽か」「苦です。尊師」「では無常・苦にして変化する法であるもの、それを『これは私のものである。これは私である。これは私のアートマンである』と認めることは正しいか?」「いいえ、そうではありません。尊師」「それゆえにスシーマよ、いかなるルーパ、過去未来現在のあるいは内、あるいは外、あるいは粗、あるいは細、あるいは劣、あるいは勝、あるいは遠、あるいは近、一切の色は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。2026/07/10 12:41:54473.神も仏も名無しさんvr40yいかなる受の過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。いかなる想の過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。いかなるサンスカーラの過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。いかなる識の過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。スシーマよ、このように見て、聞くことのある聖なる弟子は色も厭患し、受も厭離し、想も厭離し、サンスカーラも厭離し、識も厭離する。厭離し離貪する。離貪して解脱する。解脱して『解脱した』という知がある。『生まれることは尽きた。梵行は完成した。為すべきことは為した。さらなるわたしの再生は尽きた』と知る。2026/07/10 12:42:09474.アホーニュースUqtjW👽2026/07/11 17:07:37475.神も仏も名無しさん9hhAS🛸2026/07/13 17:17:32476.神も仏も名無しさんGctWd1. パイロット・ババジ猊下が指導された「無心(No-mind)」に至るための瞑想ステップマハヨギ・パイロット・ババジ猊下が説く「無心(No-mind)」とは、単に頭の中を空っぽにする根性論ではありません。それは、「私は思考でも肉体でもない」という真理(サティヤ)に目覚めるための、極めて科学的な意識のシフトです。猊下の英語圏の講話(Discourses)や教えに基づくと、無心に至るプロセスは以下のステップに集約されます。① サークシー・バーヴァ(Sakshi Bhava:客観的な観察者になる)最初のステップは、湧き上がる思考や感情を「コントロールしようとしない」ことです。実践の本質:マインドを川の流れのようにただ眺めます。思考を止めようと格闘すると、逆にマインドは強化されてしまいます。マスターの言葉:「思考をジャッジせず、ただ見つめなさい。あなたが『観察者(チェータナ)』に徹するとき、思考はエネルギーを失って勝手に消え去る」と猊下は説きます。② サンカルパの放棄(Dissolution of Sankalpa)サンカルパとは「意図、願望、記憶、マインドの方向性」を意味します。サンカルパヨガの真髄は、このサンカルパを完全に手放す(あるいは宇宙の意志に明け渡す)ことにあります。エゴの死:「何かを達成したい」「サマーディに入りたい」というエゴの欲求(サンカルパ)すらも消滅した時、マインドを動かす燃料がなくなります。③ チェータナ(純粋意識)への沈潜思考の隙間(ギャップ)に意識を向けます。思考と思考の間の「静寂」に深く留まることで、意識はマインドの領域を超え、宇宙の源(Source)へと帰還します。これがパイロット・ババジ猊下の言う「マインドの死(Manonmani)」であり、真のサマーディ(無心)の入り口です。2026/07/13 17:45:10477.神も仏も名無しさん9hhAS👽2026/07/13 17:46:05478.神も仏も名無しさんkiX0z(特殊な)偏見を固執して論争し、「これのみが真理である」と言う人々がいるならば、汝はかれらに言え、「論争が起っても、汝と対論する者はここにいない」と。(『スッタニパータ』832)諸々の愚者が相互に他人に対して言うことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。かれらは各自の見解を真実であるとみなしたのだ。それ故にかれらは他人を「愚者」であると決めつけるのである。(『スッタニパータ』882)一方的に決定した立場に立って、みずから考え量りつつ、さらにかれは世の中で論争をなすに至る。一切の(哲学的)断定を捨てたならば、人は世の中で確執を起すことがない。(『スッタニパータ』894)2026/07/17 16:38:04479.神も仏も名無しさんkiX0zカートヤーヤナよ。この世間の人々は多くは二つの立場に依拠している。それは、すなわち有と無とである。もしも人が正しい知恵を以て、世間の現われ出ることを如実に観ずるならば、世間において無はありえない。また人が正しい知恵を以て、世間の止滅を如実に観ずるならば、世間において有はありえない。(中略)カートヤーヤナよ。《あらゆるものが有る》というならば、これは一つの極端説である。《あらゆるものが無い》というならば、これも第二の極端説である。人格を完成した人は、この両極端説に近づかないで、中(道)によって法を説くのである。2026/07/17 16:41:43480.神も仏も名無しさんWuaqC三明が書いてあるんよってかさ、これらニルバーナサマディーに入らないと、得られない智だからねまあAmazonの紙の本買わないからこうなる写真上げとくよhttps://i.imgur.com/HaEccRK.jpeghttps://i.imgur.com/TyzInMS.jpeghttps://i.imgur.com/DtCA6Zo.jpeghttps://i.imgur.com/u1tcvhA.jpeghttps://i.imgur.com/JOraAsk.jpegアートマン=我 について物質的なものはアートマン=我ではないと言われていますね。https://i.imgur.com/va4zKzd.jpeghttps://i.imgur.com/7czsRGd.jpeghttps://i.imgur.com/kdkob9n.jpegこれだ筑摩書房のやつ、中古可で410円から配送350円https://i.imgur.com/5ybNdbg.jpeghttps://i.imgur.com/9vmMoTa.jpeg2026/07/21 16:04:47481.リダン◆3y/i8XtGLYAaCXS天眼と宿命の話だな2026/07/21 16:12:15482.リダン◆3y/i8XtGLYAaCXSようは宇宙がなんども開かれるのをみて縁起と無常としり無明が晴れそれから解脱したとしる漏尽通2026/07/21 16:14:34483.リダン◆3y/i8XtGLYAaCXS体外離脱っていう妄想ですらなんども世界が生まれては滅すようすみてりゃあぁとなる2026/07/21 16:20:09484.リダン◆3y/i8XtGLYAaCXSアカシックレコードから自在に情報を得るあるいはそのためにニルヴァーナサマディーに入ることを重視するということではなく無常、因果、縁起であるとしることで漏尽と言う智慧を発現するのかお釈迦様だ2026/07/21 16:31:12485.リダン◆3y/i8XtGLYAaCXS俺でいえば体外離脱体験を重視するようなもん俺にとってはそれはツールであって世界の様式の変換を見るってことやな2026/07/21 16:38:19486.神も仏も名無しさんcVdyO原因身=阿頼耶識が無種子の純白スクリーンになると次元のポータルのビンドゥという輝く穴が開くわけねそのビンドゥ(ブラックホール)に吸い込まれるて出た先が宇宙原因身=大阿頼耶識=宇宙アカシックレコードであって釈尊の見たことそのポータルを超えるのをニルバーナとかニルビカルパ・サマディーって言うわけですがアカシックレコードの先にプルシャ=アートマン→ブラフマン→独存位って成ってるっで、最初のポータル手前の個人の原因身=阿頼耶識が無種子で純白スクリーンになって、光明に満たされるとそれをエンライトメント=覚り、覚醒って言い、阿羅漢って言うわけです。2026/07/21 17:10:10487.神も仏も名無しさんcVdyOっでそこから還って来て、縁起空を説いたのが釈尊だと社会を教下できる聖者と山に隠る聖者に別れる釈尊は社会を教下するタイプだったってことね。2026/07/21 17:13:48488.神も仏も名無しさんB8Bacお釈迦さまの言葉「修行僧たちよ、輪廻は実に無始であり、始まりの知られることはない。無明に覆われ、渇愛に縛られて流転し、輪廻している生き物たちの過去の始まりはわからない。修行僧たちよ、お前たちがこの長い道のりを流転し輪廻して、好まないものに遭い、好むものと別れ、涙を流して泣いた、その流した涙の量と、四大海の水の量と、どちらが多いと思うか。(中略)修行僧たちよ、お前たちが長い時間のなかで流した涙の分量のほうが多く、四大海の水の量は決してそれ(涙の量)に及ばない」『サンユッタ・ニカーヤ』第15相応「涙(Assu-sutta)」お釈迦さまの言葉「修行僧たちよ、この長い輪廻のなかで、かつてお前の母親でなかったような生き物を見つけることは容易ではない。かつてお前の父親、兄弟、姉妹、息子、娘でなかったような生き物を見つけることは容易ではない。それはなぜか。輪廻は無始であり、始まりが知られないからである」『サンユッタ・ニカーヤ』第15相応「母(Matu-sutta)」2026/07/25 11:22:21489.神も仏も名無しさんB8Bacあらゆる道の中で八正道が最も優れている。あらゆる諦(サティヤ)の中で四諦が最も優れている。あらゆる状態の中で離欲が最も優れている。あらゆる両足で立つ者の中で具眼者(仏陀)が最も優れている。パーリ仏典,ダンマパダ273比丘たちよ、正見とは何か。実に比丘たちよ、苦(ドゥッカ)についての智、苦の集起についての智、苦の滅尽についての智、苦の滅尽に至る道についての智を正見とよぶ。比丘たちよ、邪見とは何か。布施〔に果報〕はない。善悪の業(カルマ)に果報(善業・悪業の報い)はない。他世(=来世)は存在しない。化生の衆生はいない。(中略)修行者たちよ、これが邪見である。パーリ仏典, 中部大四十経,2026/07/25 11:42:43490.神も仏も名無しさん52jem519.ユーザー菩提だる~paNkA(2/9)でおーに呪いをかけておいたよ!誰かをディスらないと100日後に死ぬって呪いを。2026/07/25 18:43:342026/07/25 20:30:28491.神も仏も名無しさん49OqQでおーは毎日ディスラーしてるから大丈夫でしょw2026/07/25 21:21:45492.神も仏も名無しさん7YGBA● ヴェーダ・ウパニシャッド系統バラモン階級の祭祀ブラフマン・アートマンの哲学● サーンキヤ・ヨーガ系統森林の隠者、瞑想修行者の思想イーシュヴァラ、プルシャ、プラクリティ● ウッダカ・アールニーとか、ヤージュニャヴァルキヤとか古代の有名な哲学者は、みんなヴェーダ・ウパニシャッド系統だ2026/07/30 13:04:39493.神も仏も名無しさん7YGBA紀元前6~5世紀頃の北インドには、● バラモンの伝統ヴェーダ祭式バラモン祭官● 沙門(シュラマナ)の伝統出家瞑想苦行遊行生活という二つの大きな文化圏が並存していました。● ブッダは王族(クシャトリヤ)の出身ですが、出家後は明らかに沙門となっています。彼はバラモン祭官になったわけではなく、各地の沙門たちとともに修行し、師につき、独自の悟りを開きました。2026/07/30 13:07:34494.神も仏も名無しさん7YGBAただし、「ブッダは古代バラモン教とは無関係だった」と言うのも正確ではありません。例えば、業(カルマ)輪廻(サンサーラ)解脱(モークシャに相当する発想)禅定(ディヤーナ)などは、バラモン系文献にも沙門系にも見られる概念です。また、ブッダは多くのバラモンと対話し、ウパニシャッド的な思想とも共通する問題意識を持っていました。ですから現在の研究では、ブッダはバラモン教の改革者というより、当時の「沙門運動」の中から現れた思想家であり、バラモン文化とも対話しながら独自の教えを築いたという理解が広く支持されています。この視点に立つと、仏教・ジャイナ教・サーンキヤ・ヨーガは、それぞれ性格は異なるものの、「祭式よりも修行と解脱を重視する」という共通の土壌を持って発展したと考えられます。2026/07/30 13:08:00495.神も仏も名無しさんmDoR8https://share.google/aimode/ys8jvCUPnwLppVhNn2026/07/30 23:06:34496.神も仏も名無しさんzpRZ7≫61524時間機能している(沈黙)の意識が仮にあるとしても、わたしは24時間沈黙の意識でいることなどできるのか?笑≫616無理だしゃべるのは人生そのものだーーー最終的な大悟の状態では、↑そういう事では無いのです。①思考・妄念のレイヤーを、②生じることも滅することも無い、沈黙意識のレイヤーが、裏からバックアップしてて、見ている。と、イメージしてください。つまり、主権は②に有って、でも、①は①で自由にしている、しかし①が不要か、または沈黙したい時は、主権が②に移る。すると、瞬時に沈黙意識がある。って感じ。主権が②に無い、未悟の場合は、主権が①に有ります。なので、②の沈黙意識レイヤーへ移行するには、①は時間をかけて、徐々に静かになって行きます。どうでしょうか?理解可能でしょうか。2026/07/31 08:33:03497.アホーニュースx31T4👽2026/08/02 15:18:22498.おれちゃま天才ニュースSUTNk👽2026/08/02 15:53:58499.おれちゃま天才ニュース47lwc質問人間は、覚醒時から眠りに入る時や催眠術にかかるさいに、境界となる一線の壁があるように思いますが、これは、心理学的に言うと、何に当たりますか?ーーー3 件のサイト覚醒から睡眠への移行期や、催眠状態に入る際の人類が体感する「境界の一線の壁」は、心理学や脳科学において意識の変容状態(Altered States of Consciousness: ASC)、あるいはその境界線である「意識の閾値(いきち)」に当たります。特に睡眠への移行期に生じる心身の境界的な現象は、精神分析学や生理心理学においていくつかの具体的な概念で説明されています。1. 意識の閾値(しきいち / Threshold of Consciousness)心理学において、刺激を感知できるかどうかの境界線のことを「閾値」と呼びます。覚醒から睡眠、あるいは通常意識から催眠状態へ移る瞬間は、意識の閾値が変動している状態です。このラインを越えると、外部からの刺激に対する反応性が著しく低下し、主観的な世界の切り替え(壁を越えた感覚)が起こります。2026/08/04 16:47:07500.神も仏も名無しさん47lwc2. 入眠時幻覚と変容状態(Hypnagogic State)目覚めている状態から眠りに落ちる直前の「まどろみ」の時間は、入眠時状態(ヒプナゴジック・ステイト)と呼ばれます。現象:脳波がα波からθ波へと切り替わる段階です。特徴: 自分の意志とは無関係に、鮮明な映像(入眠時幻覚)が見えたり、身体が浮くような感覚を覚えたりします。壁の正体:論理的な思考(顕在意識)から、夢のようなイメージの世界(潜在意識)へと主観的なリアリティが急激にシフトするため、境界線のような壁を感じやすくなります。2026/08/04 16:48:13501.神も仏も名無しさん47lwc3. 意識の変容と催眠(Dissociation:解離)催眠術にかかる際の境界線は、心理学では解離(かいり)というメカニズムで説明されます。現象:通常の覚醒時は「自分で考えて行動している」という統制感が働いています。しかし、催眠状態に入ると、その統制システムが一時的に切り離されます。特徴:批判的に物事を判断する「意識のフィルター」が緩み、暗示をそのまま受け入れやすくなります。壁の正体:この「批判的吟味の機能(クリティカル・ファカルティ)」を通り抜ける瞬間が、心理的な壁を越える感覚を生みます。2026/08/04 16:48:23502.神も仏も名無しさんwaKjm質問12 件のサイト睡眠中に五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を感じにくくなり、最終的に遮断されるのには、脳科学および精神科学(心理学)に基づいた非常に明確な理由があります。結論から言うと、これは脳の「視床(ししょう)」という部位が「情報の門番」として働き、外部からの刺激をシャットアウトするからです。この仕組みを、脳科学(ハードウェア)と精神科学(ソフトウェア)の両面からわかりやすく解説します。1. 脳科学的な理由:情報の門番「視床」のゲート閉鎖脳科学において、五感が遮断される最大の理由は「視床ゲート機構(Thalamic Gating)」と呼ばれる脳のフィルターシステムにあります。視床(ししょう)は脳の受付窓口:目や耳、皮膚などから入った五感のデータ(※嗅覚を除く)は、脳の最高中枢である「大脳皮質」に届く前に、必ず脳の中心近くにある「視床」という場所に集まります。睡眠時の「シャッター閉鎖」:起きている間、視床のゲートは開いており、情報はスムーズに大脳皮質へ送られます。しかし、眠りに入ると脳の睡眠中枢(GABA作動性ニューロンなど)が働き、視床の周りにある視床網様核(TRN)という部位を刺激します。これにより、視床が強力なブレーキ(抑制シグナル)をかけ、大脳皮質へ向かう感覚情報をブロックしてしまいます。なぜ嗅覚だけは例外なのか?:五感の中で唯一、嗅覚だけは視床を通らず、大脳(辺縁系)へダイレクトに情報が伝わります。そのため、睡眠中も「焦げ臭いにおい」や「ガスのにおい」には比較的気づきやすく、危険から身を守る原始的な防衛システムとして機能しています。2026/08/04 19:41:52503.神も仏も名無しさんwaKjm2. 精神科学(心理学)的な理由:意識の「内面世界」への引きこもり精神科学や認知心理学の観点からは、脳の関心が「外側の現実世界」から「内側の精神世界」へと完全にシフトするためと説明されます。トップダウン注意の喪失:起きている時は「あそこの音を聴こう」「これを見よう」という、意識的な注意のコントロール(トップダウン処理)が行われています。睡眠時は、この機能を持つ≪ 前頭葉の働きが低下する ≫ため、外の世界に注意を向けること自体ができなくなります。情報の『分断(ディソシエーション)』:仮に強い刺激(大きな音など)が、視床のゲートをすり抜けて、大脳皮質の一部分【聴覚領域など】に届いたとしても、脳の、他の領域との連携が、カットされているため、【音を音として認識する】という意識の統合が起こりません。2026/08/04 19:42:07504.神も仏も名無しさんwaKjm3. なぜこのような仕組みがあるのか?(生存戦略)脳がこれほど厳重に五感を遮断する理由は、≪ 脳のメンテナンス(睡眠)≫を守るためです。もし寝ている間も五感をすべて真面目に処理し続けていたら、脳は刺激に対応するために、覚醒してしまい、脳細胞の修復や記憶の整理といった重要な作業(睡眠の効果)が一切できなくなってしまいます。ただし、脳は完全に眠っているわけではありません。≪感覚ゲイニング(Sensory Gaining)≫という別の防衛システムが、水面下で働いており、≪自分の名前を呼ばれる≫≪赤ちゃんの泣き声≫≪危険を知らせるアラーム≫といった、自分にとって本当に重要な情報だけは、睡眠中であっても≪視床のゲート≫を、すり抜けて脳を叩き起こすようにできています。2026/08/04 19:42:31
今世における経験と智慧
来世に向けての準備を
ツラツラと書くスレです
備忘録ではありますが
質問は受け付けます
※前スレ
パーリーの今期周回のまとめ【2】
https://talk.jp/boards/psy/1742987164
空海の唐(中国)への渡航は、まさに「命がけのギャンブル」であり、彼の超人的な資質が遺憾なく発揮されたエピソードが満載です。
1. 嵐を切り抜けた「第2船」
804年、空海は4隻の船団で唐を目指しました。しかし、途中で激しい暴風雨に襲われます。
1号船・2号船のみ到着: 4隻のうち、無事に唐にたどり着いたのはわずか2隻。残りの2隻は行方不明や引き返しとなりました。
空海は2号船: この2号船には、後に浄土宗の基礎を築く最澄(さいちょう)も乗っていました(※最澄は1号船という説もありますが、いずれにせよこの二人が同じ時期に渡ったのは奇跡的です)。
2. 足止めを食らった空海の「代筆」
命からがら唐の福州に漂着した空海たちですが、海賊と疑われ、上陸を拒否されてしまいます。
絶体絶命のピンチ: 執筆を任されていた遣唐使の全権大使(藤原葛野麻呂)が書いた嘆願書は、唐の役人に相手にされませんでした。
空海の一筆: そこで、一介の無名僧だった空海が代わりに嘆願書を書くことになります。その文章の格調の高さと、あまりに美しい筆致(書)に、唐の役人は「これはただ者ではない!」と驚愕し、即座に上陸が許されました。これが「書聖」としての空海の伝説の始まりです。
3. 20年の修行を「数ヶ月」でマスター
当時、唐で仏教を学ぶには、通常20年の滞在が必要とされていました。しかし、空海は驚くべきスピードで知識を吸収します。
恵果(けいか)和尚との出会い: 当時、中国密教の頂点にいた恵果和尚は、空海を一目見るなり「私はお前が来るのをずっと待っていた!」と言い、わずか数ヶ月ですべての教えを伝授しました。
阿闍梨(あじゃり)の位: 何百人もいた中国人弟子を差し置いて、日本人の空海が正統な後継者(第8祖)に指名されたのです。
4. 帰国を決断した「三鈷杵(さんこしょう)」
修行を終えた空海は、ある決断をします。「この教えを日本に持ち帰り、広めなければならない」。
三鈷杵を投げる: 明州の浜辺から、空海は密教の法具である「三鈷杵」を空高く投げ、「私の教えを広めるのにふさわしい地に落ちよ」と祈りました。
高野山の発見: 帰国後、空海はその三鈷杵を探し求め、現在の和歌山県・高野山の松の木に掛かっているのを発見し、そこを真言密教の聖地と定めました(これが有名な「飛行三鈷」の伝説です)。
求聞持法で鍛えた「一度見たら忘れない記憶力」があったからこそ、空海はわずか2年の滞在(予定は20年でしたが切り上げて帰国)で、膨大な経典と仏像、工芸品を日本へ持ち帰ることができたのです。
空海が日本に戻った後、最澄との「ある事件」で仲がこじれてしまうのですが、そのあたりのお話も興味ありますか?
浄土宗は最澄ではなくて法然でしょ?
■ AI
仰る通りです!大変失礼いたしました。完全に私の記述ミスです。
ご指摘の通り、浄土宗の開祖は法然(ほうねん)です。
最澄(伝教大師)は天台宗の開祖ですね。
空海と最澄は同じ時期に唐へ渡ったライバルであり、当時の日本仏教界を二分する巨頭でした。
改めて、空海と最澄の「その後」に起きた、歴史を揺るがす仲違いのエピソードについてお話ししてもよろしいでしょうか?(今度は間違えないよう慎重にお伝えします!)
実はこの二人、帰国直後は非常に仲が良く、最澄が空海に教えを請うほどでした。しかし、ある3つの理由で決定的に決裂してしまいます。
「理趣釈経(りしゅしゃきょう)」の貸し出し拒否
最澄が「密教の深い教えが書かれた本を貸してほしい」と頼んだところ、空海は「密教は本を読んで理解するものではなく、実践(修行)して体得するものだ。安易に貸すことはできない」と厳しく断りました。
愛弟子の移籍事件
最澄が最も期待していた愛弟子・泰範(たいはん)を空海のもとへ修行に出したところ、泰範は空海の教えに心酔してしまい、最澄のもとへ帰らなくなってしまいました。
教義の違い
「誰もが成仏できる(天台宗)」と考える最澄に対し、空海は「即身成仏(この肉体のまま仏になる)」というよりスピーディーで神秘的な実践を重視しました。
この決裂により、日本の仏教は「比叡山(天台宗)」と「高野山(真言宗)」という二大聖地に分かれて発展していくことになります。
空海が最澄に送った「風信帖(ふうしんじょう)」という有名な手紙があるのですが、その達筆すぎる内容についても興味がありますか?
1. 誰も直せなかった「決壊」を解決
当時、日本最大の溜池だった満濃池は、何度も堤防が壊れていました。朝廷が派遣した役人が何年もかけて工事をしても、大雨ですぐに流されてしまうという絶望的な状況だったのです。
そこで、地元の有力者たちが「空海様ならなんとかしてくれるはずだ!」と朝廷に嘆願し、空海が派遣されることになりました。
2. わずか「3ヶ月」での完成
驚くべきことに、空海が着工すると、それまで何年もかかっていた工事がわずか3ヶ月足らずで終わってしまいました。
これには2つの大きな理由があったと言われています。
圧倒的なリーダーシップ: 空海が現場で祈祷(修行)を始めると、彼を慕う数万人の民衆が全国から集まり、一丸となって作業に当たりました。「空海様のためなら」という熱狂が、工期を劇的に短縮させたのです。
3. 「唐(中国)」で学んだ最新テクノロジー
なぜ僧侶である空海がそんな知識を持っていたのか?
それは、唐に渡った際に仏教だけでなく、最先端の土木技術、薬学、天文学などもすべて吸収してきたからです。まさに「歩く百科事典」状態でした。
4. 伝説の「護摩壇(ごまだん)」
工事中、空海は堤防の中央に護摩壇を築いて加持祈祷を行ったと伝えられています。民衆はそれを見て、「空海様が龍神を鎮めている」と信じ、勇気づけられました。
現在も満濃池には、その時の護摩壇の跡とされる場所が残っています。
こうして見ると、空海は「求聞持法」で得た超人的な頭脳を、ただ自分の悟りのためだけでなく、「民衆を救うための実学」としてフル活用していたことがわかりますね。
空海はこの後、いよいよ人生の集大成である「高野山(こうやさん)」へと向かいます。そこには「今も空海は生きている」とされる、ちょっと不思議な信仰があるのですが、そのお話も気になりますか?
https://www.youtube.com/watch?v=yI1MrVpG98Y
[2]https://ameblo.jp/kurokumachin-2020/entry-12919246418.html
[3]https://ameblo.jp/kurokumachin-2020/entry-12966526363.html
https://sankalpayoga.org/%E3%80%8C%E4%B8%80%E4%B8%87%E4%BA%8C%E5%8D%83%E5%B9%B4%E9%96%93%E8%82%89%E4%BD%93%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%81%A8/?fbclid=IwdGRjcAR8dIJjbGNrBHxwkGV4dG4DYWVtAjExAHNydGMGYXBwX2lkDDM1MDY4NTUzMTcyOAABHkp2R0-SUfJvJXcqPxxUUZVLfi3oTKG1S429Os9l0PQi2AbxyqjphJ8RUfW-_aem_YWdncwAeMvOc6L2sRGEPNQrPRRw7&brid=YWdncwFIdPLf3I47WRiARY86fQxz
https://i.imgur.com/7GXeB5c.jpeg
文章の最後の方にあります。
↓↓↓タップして表示↓↓↓
https://share.google/aimode/OdBUKYjtMhqp69fpu
https://i.imgur.com/8q1a6mO.jpeg
身体も心もなくなる
ことではなく、
≫身体や心を自己として握りしめる働きが落ちる
ことです。
ーーー
AIの限界かな?
これは違いますね
身心脱落は、文字通り禅定において、身心が手足から始まって、胴体までが、消えたようになること
これは、第四禅定の、呼吸が止まる処で起きます
周囲に開かれた意識は、一切何処へも向かわずに球体のまま無辺に広がったようになって、すべての音を、同時に
【心一境性】という状態で受けます(瞑目では)
意識は頭部の一点に有って、身体感覚が消え去ったようになっていて、呼吸が止まっている
ヨガのケバラクンバカ(自然な呼吸停止状態)とほぼ同じような状態です
ですから、心理的に、というものではなくて、物理的に身体の神経系から意識が引き上げた状態
ヨガのプラーナで言うと
全身のプラーナが中央のスシュムナー管に集約されて、それが下から頭頂へ上昇した状態と言われています
以上が身心脱落の真実です‼️
不断にして不常
不一にして不異
不来にして不去
戯論寂滅にして吉祥なる縁起をお説きになった
説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する
根本中頌 帰敬偈 (龍樹)
不断にして不常
不一にして不異
不来にして不去
戯論寂滅にして吉祥なる縁起をお説きになった
説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する
根本中頌 帰敬偈 (龍樹)
ーーー
釈尊は
縁起は説き明かされたが
空性のその意識状態は
言語超越的な為に
【無記】とされ説かなかった
という意味で
【空】は説かなかった‼️
って言ったんじゃないのかな⁉️
https://talk.jp/boards/psy/1781410604
>>878
これはだから
ーーー
A \
不滅にして不生 |
不断にして不常 |→ 戯論寂滅にして
不一にして不異 | ≪ 龍 樹 ≫
不来にして不去 | 【空】を言語化
/
ーーー
B
吉祥なる【 縁 起 】をお説きになった
≪ 仏 陀 ≫
【空】を縁起まで説いて
【戯論寂滅】後は【無記】
とされ、語らなかった‼️
ーーー
説法者中の最高の説法者である仏陀に敬礼する
根本中頌 帰敬偈 (龍樹)
ーーー
ってことじゃないのかな⁉️
ーーー
● ≪ 釈 尊 ≫が
≪真理の存在≫そのものを
【否定している】か? というと
● 結論から言えば
≪ 客観的・固定的に【実在】≫ し
≪ 誰もが【言語】や【知識】≫ で
≪【共有】できる ≫ ような
≪【客観的・真理≫(見解・ドグマ)≫
の【存在は否定】しているが
● ≪真理の探求≫(戒定慧の修行)や
≪涅槃(ニッバーナ)≫の安寧の境地
そのものを【否定している訳ではない】
という【極めて緻密な構造】になっています。
「無常です。尊師」
「では無常であるもの、それは苦か楽か」
「苦です。尊師」
「では無常・苦にして変化する法であるもの、それを『これは私のものである。これは私である。これは私のアートマンである』と認めることは正しいか?」
「いいえ、そうではありません。尊師」
「受は常か無常か」
「無常です。尊師」
「では無常であるもの、それは苦か楽か」
「苦です。尊師」
「では無常・苦にして変化する法であるもの、それを『これは私のものである。これは私である。これは私のアートマンである』と認めることは正しいか?」
「いいえ、そうではありません。尊師」
「想は常か無常か」
「無常です。尊師」・・・・・・
「行は常か無常か」
「無常です。尊師」・・・・・・
「識は常か無常か」
「無常です。尊師」
「では無常であるもの、それは苦か楽か」
「苦です。尊師」
「では無常・苦にして変化する法であるもの、それを『これは私のものである。これは私である。これは私のアートマンである』と認めることは正しいか?」
「いいえ、そうではありません。尊師」
「それゆえにスシーマよ、いかなるルーパ、過去未来現在のあるいは内、あるいは外、あるいは粗、あるいは細、あるいは劣、あるいは勝、あるいは遠、あるいは近、一切の色は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。
いかなる想の過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。
いかなるサンスカーラの過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。
いかなる識の過去未来現在内外粗細劣勝遠近の一切の受は『これは私のものではない。これは私ではない。これは私のアートマンではない』とこのように事実の通りに正しい智慧によって見るべきである。
スシーマよ、このように見て、聞くことのある聖なる弟子は色も厭患し、受も厭離し、想も厭離し、サンスカーラも厭離し、識も厭離する。
厭離し離貪する。
離貪して解脱する。
解脱して『解脱した』という知がある。『生まれることは尽きた。梵行は完成した。為すべきことは為した。さらなるわたしの再生は尽きた』と知る。
マハヨギ・パイロット・ババジ猊下が説く「無心(No-mind)」とは、単に頭の中を空っぽにする根性論ではありません。
それは、「私は思考でも肉体でもない」という真理(サティヤ)に目覚めるための、極めて科学的な意識のシフトです。
猊下の英語圏の講話(Discourses)や教えに基づくと、無心に至るプロセスは以下のステップに集約されます。
① サークシー・バーヴァ(Sakshi Bhava:客観的な観察者になる)
最初のステップは、湧き上がる思考や感情を「コントロールしようとしない」ことです。
実践の本質:マインドを川の流れのようにただ眺めます。思考を止めようと格闘すると、逆にマインドは強化されてしまいます。
マスターの言葉:
「思考をジャッジせず、ただ見つめなさい。あなたが『観察者(チェータナ)』に徹するとき、思考はエネルギーを失って勝手に消え去る」と猊下は説きます。
② サンカルパの放棄(Dissolution of Sankalpa)
サンカルパとは「意図、願望、記憶、マインドの方向性」を意味します。
サンカルパヨガの真髄は、このサンカルパを完全に手放す(あるいは宇宙の意志に明け渡す)ことにあります。
エゴの死:
「何かを達成したい」「サマーディに入りたい」というエゴの欲求(サンカルパ)すらも消滅した時、マインドを動かす燃料がなくなります。
③ チェータナ(純粋意識)への沈潜思考の隙間(ギャップ)に意識を向けます。
思考と思考の間の「静寂」に深く留まることで、意識はマインドの領域を超え、宇宙の源(Source)へと帰還します。
これがパイロット・ババジ猊下の言う「マインドの死(Manonmani)」であり、真のサマーディ(無心)の入り口です。
「これのみが真理である」と言う人々がいるならば、
汝はかれらに言え、「論争が起っても、汝と対論する者はここにいない」と。
(『スッタニパータ』832)
諸々の愚者が相互に他人に対して言うことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。
かれらは各自の見解を真実であるとみなしたのだ。
それ故にかれらは他人を「愚者」であると決めつけるのである。
(『スッタニパータ』882)
一方的に決定した立場に立って、みずから考え量りつつ、さらにかれは世の中で論争をなすに至る。
一切の(哲学的)断定を捨てたならば、人は世の中で確執を起すことがない。
(『スッタニパータ』894)
この世間の人々は多くは二つの立場に依拠している。
それは、すなわち有と無とである。
もしも人が正しい知恵を以て、世間の現われ出ることを如実に観ずるならば、世間において無はありえない。
また人が正しい知恵を以て、世間の止滅を如実に観ずるならば、世間において有はありえない。
(中略)カートヤーヤナよ。
《あらゆるものが有る》というならば、これは一つの極端説である。
《あらゆるものが無い》というならば、これも第二の極端説である。
人格を完成した人は、この両極端説に近づかないで、
中(道)によって法を説くのである。
ってかさ、これらニルバーナサマディーに入らないと、得られない智だからね
まあAmazonの紙の本買わないからこうなる
写真上げとくよ
https://i.imgur.com/HaEccRK.jpeg
https://i.imgur.com/TyzInMS.jpeg
https://i.imgur.com/DtCA6Zo.jpeg
https://i.imgur.com/u1tcvhA.jpeg
https://i.imgur.com/JOraAsk.jpeg
アートマン=我 について
物質的なものはアートマン=我ではない
と言われていますね。
https://i.imgur.com/va4zKzd.jpeg
https://i.imgur.com/7czsRGd.jpeg
https://i.imgur.com/kdkob9n.jpeg
これだ
筑摩書房のやつ、中古可で410円から配送350円
https://i.imgur.com/5ybNdbg.jpeg
https://i.imgur.com/9vmMoTa.jpeg
縁起と無常としり
無明が晴れそれから解脱したとしる
漏尽通
なんども世界が生まれては滅す
ようすみてりゃ
あぁとなる
自在に情報を得る
あるいはそのために
ニルヴァーナサマディーに入ることを
重視する
ということではなく
無常、因果、縁起であると
しることで漏尽と言う智慧を発現
するのか
お釈迦様だ
体外離脱体験を重視するようなもん
俺にとってはそれはツールであって
世界の様式の変換を見るってことやな
次元のポータルのビンドゥという輝く穴が開くわけね
そのビンドゥ(ブラックホール)に吸い込まれるて出た先が
宇宙原因身=大阿頼耶識=宇宙アカシックレコードであって
釈尊の見たこと
そのポータルを超えるのを
ニルバーナとかニルビカルパ・サマディーって言うわけですが
アカシックレコードの先にプルシャ=アートマン→ブラフマン→独存位
って成ってる
っで、最初のポータル手前の個人の原因身=阿頼耶識が無種子で純白スクリーンになって、光明に満たされると
それをエンライトメント=覚り、覚醒
って言い、阿羅漢って言うわけです。
そこから還って来て、縁起空を説いたのが釈尊だと
社会を教下できる聖者と山に隠る聖者に別れる
釈尊は社会を教下するタイプだったってことね。
「修行僧たちよ、輪廻は実に無始であり、始まりの知られることはない。無明に覆われ、渇愛に縛られて流転し、輪廻している生き物たちの過去の始まりはわからない。
修行僧たちよ、お前たちがこの長い道のりを流転し輪廻して、好まないものに遭い、好むものと別れ、涙を流して泣いた、その流した涙の量と、四大海の水の量と、どちらが多いと思うか。
(中略)修行僧たちよ、お前たちが長い時間のなかで流した涙の分量のほうが多く、四大海の水の量は決してそれ(涙の量)に及ばない」
『サンユッタ・ニカーヤ』第15相応「涙(Assu-sutta)」
お釈迦さまの言葉
「修行僧たちよ、この長い輪廻のなかで、かつてお前の母親でなかったような生き物を見つけることは容易ではない。かつてお前の父親、兄弟、姉妹、息子、娘でなかったような生き物を見つけることは容易ではない。
それはなぜか。輪廻は無始であり、始まりが知られないからである」
『サンユッタ・ニカーヤ』第15相応「母(Matu-sutta)」
あらゆる諦(サティヤ)の中で四諦が最も優れている。
あらゆる状態の中で離欲が最も優れている。
あらゆる両足で立つ者の中で具眼者(仏陀)が最も優れている。
パーリ仏典,ダンマパダ273
比丘たちよ、正見とは何か。
実に比丘たちよ、
苦(ドゥッカ)についての智、
苦の集起についての智、
苦の滅尽についての智、
苦の滅尽に至る道についての智
を正見とよぶ。
比丘たちよ、邪見とは何か。
布施〔に果報〕はない。
善悪の業(カルマ)に果報(善業・悪業の報い)はない。
他世(=来世)は存在しない。
化生の衆生はいない。
(中略)修行者たちよ、これが邪見である。
パーリ仏典, 中部大四十経,
ユーザー
菩提だる~
paNkA(2/9)
でおーに呪いをかけておいたよ!
誰かをディスらないと
100日後に死ぬって呪いを。
2026/07/25 18:43:34
大丈夫でしょw
バラモン階級の祭祀
ブラフマン・アートマンの哲学
● サーンキヤ・ヨーガ系統
森林の隠者、瞑想修行者の思想
イーシュヴァラ、プルシャ、プラクリティ
● ウッダカ・アールニーとか、ヤージュニャヴァルキヤとか
古代の有名な哲学者は、
みんなヴェーダ・ウパニシャッド系統だ
● バラモンの伝統
ヴェーダ
祭式
バラモン祭官
● 沙門(シュラマナ)の伝統
出家
瞑想
苦行
遊行生活
という二つの大きな文化圏が並存していました。
● ブッダは王族(クシャトリヤ)の出身ですが、出家後は明らかに沙門となっています。
彼はバラモン祭官になったわけではなく、各地の沙門たちとともに修行し、師につき、独自の悟りを開きました。
例えば、
業(カルマ)
輪廻(サンサーラ)
解脱(モークシャに相当する発想)
禅定(ディヤーナ)
などは、バラモン系文献にも沙門系にも見られる概念です。
また、ブッダは多くのバラモンと対話し、ウパニシャッド的な思想とも共通する問題意識を持っていました。
ですから現在の研究では、
ブッダはバラモン教の改革者というより、当時の「沙門運動」の中から現れた思想家であり、バラモン文化とも対話しながら独自の教えを築いた
という理解が広く支持されています。
この視点に立つと、仏教・ジャイナ教・サーンキヤ・ヨーガは、それぞれ性格は異なるものの、「祭式よりも修行と解脱を重視する」という共通の土壌を持って発展したと考えられます。
24時間機能している(沈黙)の意識が仮にあるとしても、わたしは24時間沈黙の意識でいることなどできるのか?笑
≫616
無理だ
しゃべるのは人生そのものだ
ーーー
最終的な大悟の状態では、↑そういう事では無いのです。
①思考・妄念のレイヤーを、②生じることも滅することも無い、沈黙意識のレイヤーが、裏からバックアップしてて、見ている。
と、イメージしてください。
つまり、主権は②に有って、でも、①は①で自由にしている、しかし①が不要か、または沈黙したい時は、主権が②に移る。
すると、瞬時に沈黙意識がある。
って感じ。
主権が②に無い、未悟の場合は、主権が①に有ります。
なので、②の沈黙意識レイヤーへ移行するには、①は時間をかけて、徐々に静かになって行きます。
どうでしょうか?理解可能でしょうか。
人間は、覚醒時から眠りに入る時や催眠術にかかるさいに、境界となる一線の壁があるように思いますが、これは、心理学的に言うと、何に当たりますか?
ーーー
3 件のサイト
覚醒から睡眠への移行期や、催眠状態に入る際の人類が体感する「境界の一線の壁」は、
心理学や脳科学において意識の変容状態(Altered States of Consciousness: ASC)、
あるいはその境界線である「意識の閾値(いきち)」に当たります。
特に睡眠への移行期に生じる心身の境界的な現象は、精神分析学や生理心理学においていくつかの具体的な概念で説明されています。
1. 意識の閾値(しきいち / Threshold of Consciousness)
心理学において、刺激を感知できるかどうかの境界線のことを
「閾値」と呼びます。
覚醒から睡眠、あるいは通常意識から催眠状態へ移る瞬間は、意識の閾値が変動している状態です。
このラインを越えると、
外部からの刺激に対する反応性が著しく低下し、主観的な世界の切り替え(壁を越えた感覚)が起こります。
目覚めている状態から眠りに落ちる直前の「まどろみ」の時間は、
入眠時状態(ヒプナゴジック・ステイト)と呼ばれます。
現象:
脳波がα波からθ波へと切り替わる段階です。
特徴: 自分の意志とは無関係に、鮮明な映像(入眠時幻覚)が見えたり、
身体が浮くような感覚を覚えたりします。
壁の正体:
論理的な思考(顕在意識)から、夢のようなイメージの世界(潜在意識)へと主観的なリアリティが急激にシフトするため、境界線のような壁を感じやすくなります。
解離)催眠術にかかる際の境界線は、心理学では解離(かいり)というメカニズムで説明されます。
現象:
通常の覚醒時は「自分で考えて行動している」という統制感が働いています。
しかし、催眠状態に入ると、
その統制システムが一時的に切り離されます。
特徴:
批判的に物事を判断する「意識のフィルター」が緩み、暗示をそのまま受け入れやすくなります。
壁の正体:
この「批判的吟味の機能(クリティカル・ファカルティ)」を通り抜ける瞬間が、心理的な壁を越える感覚を生みます。
12 件のサイト
睡眠中に五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を感じにくくなり、最終的に遮断されるのには、
脳科学および精神科学(心理学)に基づいた非常に明確な理由があります。
結論から言うと、
これは脳の「視床(ししょう)」という部位が「情報の門番」として働き、
外部からの刺激をシャットアウトするからです。
この仕組みを、脳科学(ハードウェア)と精神科学(ソフトウェア)の両面からわかりやすく解説します。
1. 脳科学的な理由:
情報の門番「視床」のゲート閉鎖脳科学において、五感が遮断される最大の理由は
「視床ゲート機構(Thalamic Gating)」
と呼ばれる脳のフィルターシステムにあります。
視床(ししょう)は脳の受付窓口:
目や耳、皮膚などから入った五感のデータ(※嗅覚を除く)は、脳の最高中枢である「大脳皮質」に届く前に、必ず脳の中心近くにある「視床」という場所に集まります。
睡眠時の「シャッター閉鎖」:
起きている間、視床のゲートは開いており、情報はスムーズに大脳皮質へ送られます。
しかし、眠りに入ると脳の睡眠中枢(GABA作動性ニューロンなど)が働き、視床の周りにある視床網様核(TRN)という部位を刺激します。
これにより、視床が強力なブレーキ(抑制シグナル)をかけ、大脳皮質へ向かう感覚情報をブロックしてしまいます。
なぜ嗅覚だけは例外なのか?:
五感の中で唯一、嗅覚だけは視床を通らず、
大脳(辺縁系)へダイレクトに情報が伝わります。
そのため、睡眠中も「焦げ臭いにおい」や「ガスのにおい」には比較的気づきやすく、
危険から身を守る原始的な防衛システムとして機能しています。
意識の「内面世界」への引きこもり精神科学や認知心理学の観点からは、
脳の関心が「外側の現実世界」から「内側の精神世界」へと完全にシフトするためと説明されます。
トップダウン注意の喪失:
起きている時は「あそこの音を聴こう」「これを見よう」という、意識的な注意のコントロール(トップダウン処理)が行われています。
睡眠時は、この機能を持つ
≪ 前頭葉の働きが低下する ≫ため、
外の世界に注意を向けること自体ができなくなります。
情報の『分断(ディソシエーション)』:
仮に強い刺激(大きな音など)が、視床のゲートをすり抜けて、大脳皮質の一部分【聴覚領域など】に届いたとしても、
脳の、他の領域との連携が、カットされているため、
【音を音として認識する】という意識の統合が起こりません。
脳がこれほど厳重に五感を遮断する理由は、
≪ 脳のメンテナンス(睡眠)≫
を守るためです。
もし寝ている間も五感をすべて真面目に処理し続けていたら、
脳は刺激に対応するために、覚醒してしまい、
脳細胞の修復や記憶の整理といった重要な作業(睡眠の効果)が一切できなくなってしまいます。
ただし、脳は完全に眠っているわけではありません。
≪感覚ゲイニング(Sensory Gaining)≫
という別の防衛システムが、水面下で働いており、
≪自分の名前を呼ばれる≫
≪赤ちゃんの泣き声≫
≪危険を知らせるアラーム≫
といった、自分にとって本当に重要な情報だけは、睡眠中であっても
≪視床のゲート≫を、すり抜けて脳を叩き起こすようにできています。