① 荒らしイヌヤマは無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれる。 ② 放置された脱糞イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け、完敗です。 ③ ;反撃は荒らしイヌヤマの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事。 ④ ;外道イヌヤマが枯死するまで孤独に暴れさせゴミが溜まったら削除で寸
You are souls currently traveling between planets in the solar system, and your main body is located in the pelvic region. Repeatedly listening to Bija Mantras can raise your Kundalini, but you won't know how to lower it(⚠) Basically, read Edgar Cayce.
過去に何があっても、「今、ここ」には関係ありません。未来に上司が怒るかもしれないなんてことも、「今、ここ」で考えるべき課題ではありません。
隠された目的を直視して、「人生の嘘」を振り払い、勇気を持って責任を引き受け、ヨコの人間関係において周囲に働きかける。そうすれば、あなたも世界も、すべてがシンプルになる。アドラーは私たちにそう教えているのです。
オーストリア人とは信じられん
アメリカ人じゃないのか
ポジティブでないと許されない
😃
😃
服を変えれるらしい?
😃
https://m.youtube.com/watch?v=3eKAyR7e0Zg
帰ったら見てみよう😆
スーパースピリチュアルエンタメ
なんかワライながらリアル感があるよなー
😃
ナナシロ家
新アップ
霊カウンセリングー
😃
うーむ
仏教の境地を目指さないと
霊として彷徨う理由もわからんでもないー
😃
https://m.youtube.com/watch?v=J5fUol_L2bE
セイウンコーンは
ナナシロ家で
実際巫女のコスプレしとる
女レスラーが
ナナシロ家にある
😫
日蓮やキリスト教、イスラム教みたいに
死後地獄へ落ちるのは
おいといても
死後の世界の安住の為の信仰は
効果ありそーだなー
晃みたいなのでも
ほーかいくんでも
死後いいとこへいくかもなー
日日蓮正宗系統ですら
悪事をやらなければー
😃
清き正直な神への信仰かもなー
😃
佛であればこうであろうと為すべきことをしてjけばいいんだよ、と寄り添うっていてくれるのか。
良い事をし、悪い事をしない。これがなんなく日常生活の場で実践できるといいな、夢想するぐらいだ。
仏道は顛倒(てんどう)していると世のありようを喝破する。
手の甲と手のひらと、同じ手ではあるが、表裏がある。表裏で、一いち、手は一つなのであって、表裏は一の如しではない、一いちなのだ。
二項対立は無く、二は一の如し、とは、説明であって、一の如しは、一いち なのだ。だが 一は絶対であり、唯一であり、言いきりである。固定した過去のみが存在していることを言う。それは変化していく事が無い。
ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、諸行無常である。諸行無常とは、二は一の如しである。一如は佛である。如来は佛を言う。佛は、如である。
例えば、ステージ4のドクタにお任せって患者であっても、治療の最終決断はすするんだ。
医療は、患者の為に在るのであって、患者の意向に寄り添うものなのだ。多臓器に転移しているからと言って、幾種類ものがんに対応できないのが実際で、ある部位のためのくすりを飲むと極端に消耗する時、拒否を申し出る。
釈迦族の聖者、ガウタマシッダールタさんが言った、天上天下唯我独尊。てんじょうてんげ ゆいがどくそん
汝こそ汝の主人公。 他の誰が汝の主人公でありうるか。
わたしが大事である。わたしが産まれ、わたしが死ぬからなのだ。お金がなくてくやしさに泣きはらした眼にも生と死は わたしのもちものなのである。
父親がある日の事10歳前後になった息子を連れて森の中に分け入った。道の左右の草や木を手にとって、息子に手渡し食べてみろ、と言う。これは食べられる、これは食べられない、と教える。
息子はさらに森を分け入って、親とは別れて自分の小屋を建て移り住み自立し、一家を為す。
毒か、毒でないか、を識別できる。これが自立である。そのどこに、しつけが必要なのだろう、不必要である。
大正時代、10歳で尋常小学校を卒業したら、大店おおだな へと丁稚奉公へ入っていき、番頭になり、のれん分けで店主になる。代々、そうやって、いま生きていることが明日のわたしを生かそうとしている。
我らの勇気を奮い立たせ、意志決断力を強固にし、創造的進化を促す。
第2光線 7大聖の1人、クートフミ大師後継者ジャッカル大師
我らの智慧の光、慈愛の心となって、我らを賢者たらしめる。
第3光線 7大聖の1人、ヴェネチヤン・チョウハン大師
我らの計画、謀略の知能となり、適切な時期に打って出る正確な実現力となる。
第4光線 7大聖の1人、セラピス・ベイ大師
我らに美と調和愛をもたらして、芸術的天分を発揮させる。
第5光線 7大聖の1人、ヒラリオン大師
我らに科学的研究心を刺激する。科学はこの光によって発達する。
第6光線 7大聖の1人、イエス大師
我らに理想を画かしめ、神秘的憧憬をおこさせる。
第7光線 7大聖の1人、セント・ジャーメン大師
我らに不可抗力、魔力を賦与して、智慧、計画の必勝的実現に拍車をかけてくれる。
0~4 乳児期 2歳までは授乳 天使か妖精の無分別期
5~9 幼児期 ここまで生きられたら健康の天才児。男女7歳にして席を同じゅうせず
10~14 10歳尋常小学卒業まで生き延びたら丁稚奉公で親元出立 女児初潮生涯卵子数400個保持 10歳幼学
15~19 結婚適齢期前期 精子のピーク17 最大バスト19才 縄文時代の平均寿命は15最長30 15歳志学しがく
20~24 結婚適齢期後期 みずみずしく張るプルプル肌 感触最良バスト 20歳弱冠
25~29 脱水で細る顔ポソッ
30~34 人生再検討期、尋牛(じんぎゅう)見跡(けんせき)悪魔の声を聞き新興宗教開祖乱立
35~39 立脚点確立 滴る愛液枯渇と数の子天井、ミミズ千匹喪失、タコつぼ化し性交痛
40~44 40不惑、初老 夜間頻尿 毛細血管ゴースト化 精子数減少 43老眼乱視、子宮硬化不妊
45~49 昇格、更年期前期、妊娠恐怖解放
50~54 肩たたき転職勧告、♀やる気男性ホルモン増、更年期後期 50天命知命 アル中肝静脈瘤破裂前期
55~59 息子に嫁が来る頃には無勃起閉経 アル中肝静脈瘤破裂後期
60~64 天下り先退職金積み増し 60還暦耳順じじゅん
65~69 65歳は高齢者 年金受給 世界旅行食べ歩き 65夜間頻尿、MRI脳委縮始
70~74 72男健康年齢 階段を一つ下りる 前立腺がん
75~79 保険1割負担ひ孫と面談、ランドセル予約 女健康年齢75 75の坂を超えるか
80~84 長寿の達人 男平均寿命82
85~89 存在確認の同窓会が無い 女平均寿命87
90~94 歯科医の総仕上げ総入れ歯 90卒寿そつじゅ
95~99 歯茎で噛み切れる刺身が旨い 99白寿はくじゅ
100~104 自治体表彰 100百壽ももじゅ
105~109 アルコホルは毒なのに酒がうまい 108茶壽ちゃじゅ
110~114 飲む点滴ポカリスエットがうまい 111歳皇壽こうじゅ
115~119 もっと尿瓶しびんをクレヨン 119頑寿がんじゅ
120~124 今日も元気だニンニク注射がウマヒィ 120昔寿せきじゅ121歳大還暦
『正直云って仏とは何かと問われても分かりません、公案が進んで無くよくわからないのです、私は悟ってません。』 by 荒らしイヌヤマ談
ウソブクのよ透ってないのに、もう40回も初関を透る俺様!と言い放つドマヌケ!40回も透ったら、初関を透る、じゃねーべ!
イヌ自白調書:悟りとか分からねーし、知らねーし、悟ってねーわ? ググるイヌヤマは常にシカトされ自己存在の確認要求哀願奴隷。
イヌが鳴く:なんで 宗教板って まともなの俺だけなんだ?みんな間違ってばっか、俺だけが正しい。みんな間違ってるのに何で正しい事を言ってる俺は否定ばっかりされるんだ?みんな俺のことを 凄いなと認めろよ。 俺は自分より優れた奴が ゆるせないんだよ(脅迫性人格障害の特徴)
ナント妻子と月一、金曜夜7時からのお坐り会、茶菓(ちゃか)代ワンコインで、これが研究会出席虚勢のトマヌケ犬は、誰からも疎まれる。命取りの摂心に親子で100回参加と虚飾ス。
5ちゃんねるの会話はバトル形式、馴れ合いを禁じる。ググるシッタカイヌヤマは、褒めてクレヨの唾棄すべき哀願奴隷。 相手を罵倒する悪口雑言の数々は外道イヌヤマへのリアル社会の絶対評価です。荒らしイヌヤマは問いに問いで返す脊髄反射の脳足りんで悟前(ごぜん)未悟(みご)、金魚ドジョウと救い難い。
食業ドライバーイヌヤマとは法相宗(ほっそうしゅう)>奈良 興福寺(こうふくじ)前官長じっちゃんのお抱え運転手で、食業ドライバーだったに過ぎず仏教からは門外漢だね。
だから、しったかぶる以外に存在承認欲求を満たすものは一切無い。
① 荒らしイヌヤマは無視放置スルーが一番ツライ、耐えられない。シッタカイヌヤマは常に誰かの反応レスを待ち焦がれる。
② 放置された脱糞イヌヤマは煽りや自作自演でアナタのレスを誘う。ワケワカメ糞邪鬼イヌヤマにノセられてレスしたらその時点でアナタも同類、負け、完敗です。
③ ;反撃は荒らしイヌヤマの滋養にして栄養であり最も悦ぶ事です。門前のヤセイヌにエサを投げ与えぬ事。
④ ;外道イヌヤマが枯死するまで孤独に暴れさせゴミが溜まったら削除で寸
入れ替わり立ち替わりして虚偽の多数者を演孤立してないと強弁し自作自演のおぞましい日々の人イヌヤマは成り済まし多重人格者で要治療対象者です。
虚言癖:鬼子鬼和尚偽和尚雀鬼イヌヤマニセ軍曹麦屁魔女バナナは異名同一人物がキャラ変で世をたばかる非道極悪人です。
岩場で云わば、深刻な ご病気で 孤立無援状況だから多数者を偽装する工作としてキャラ変し、鬼和尚、偽鬼和尚、雀鬼ジャンキー犬山、麦、幸、偽軍曹、ニセ和尚、エロ和尚と かくれみの、すなわち、その実体は異名同一人物( いみょう どういつ じんぶつ ) です。
服用薬(前期、後期、)
〇 ググる エピリファイ とは!?
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00060340
〇 ググる リスペリドン
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00058901
単語登録の件
しまったしまった 島倉千代子
マイッタマイッタ マイクル ジャクソン
困った困った こまどり姉妹
● アンダーウエアー編
凹 トランクス
▼ パンが2個
▽
~▼~ 紐パン
~▽~
~●-●~ ブラザーミシン サングラス 椰子の実タヒチアンダンスかっぷ
~●_●~
~●●~
~○-○~ ちちの ろうがんきょう
~○_○~
~○○~
~◎-◎~ ちちの 強度近眼鏡
~◎_◎~
~◎◎~
(
~▲-▲~ 父あての手紙
~▲_▲~
~▲▲~
~△-△~ ちちもよいしょよいしょしよーと、目の上へと持ち挙げる~♪
~△_△~
~△△~
( 注意喚起、棺桶に片足突っ込んだら ) 勃起不全にともなう射精不可は、加齢現象の一つであり、55歳を過ぎたあたりから、死亡者数が増加するにつれ、精子不要論が勃興し、大奥女中が25歳を過ぎると おしとね下がり、となる。
https://youtu.be/OgqTA01Nzbw?si=_7kI0cxcEwAvlecu
https://youtu.be/6OuR-1253zs?si=N8nSlFTprg_kxb51
アメリカでは有名人だそうで、ハリウッドセレブにも人気だったり、霊視待ちは30万人だそう。
(1日に3人見ても、274年かかる!)
「霊媒師」と聞くと怖い怪しい印象があるが、タイラーはフレンドリーで明るく、見るからに優しそうな人柄。霊媒師というより、死者からのメッセージ(イメージ)を代わりに言語化して伝える「翻訳・通訳者」という感じ。
疑い深く見てもどうしてもヤラセには思えず、「この人は本物だろうな」と思った。
相手の思い出話を聞く前から「○○という名前の人は親戚にいた?」とか「お父さんは○○の病気で亡くなった?」とか、身内しか知るはずもない細かい話まで言うので、霊視をしてもらう人たちはみんな「怖い!どうして分かるの!?」と驚いていた。
そして、大切な人からのメッセージを聞いた人たちの多くは涙を流して、最後には「癒された」「心が軽くなった」と言っていた。
タイラー本人は、霊視をするたびに心身共に疲弊してかなり大変そうだが、彼にしかできない意義のある仕事だなと思った。タイラー自身も「この仕事は僕の使命」と何度も言っていた。
霊能者タイラー・ヘンリー
https://youtu.be/rR--iQssD_8?si=8hazrwvJsbspEzEY
それは、かなりヘーゲル的でもあり、同時に仏教的でもある言い方だな。
「全体」というものは、空中に独立して存在しているわけではない。
国家も社会も文化も宗教も、結局は個々人の在り方の集積だ。
だから、
個が惰性のままなら、全体も停滞する
個が変われば、全体の位相も変わる
という発想になる。
近代的な発想だと、
能力向上
成功
知識量
生産性
みたいな方向へ行きやすい。
しかし、東洋思想、とくに禅や天台・華厳系だと、むしろ
固定観念が薄れる
自我への執着が弱まる
世界との分離感が変化する
他者との関係性が変わる
こういう変化を「成熟」と見る傾向がある。
個が深まるほど、「自分だけが進化する」という感覚が消えていく
という逆説なんだ。
華厳の「重々無尽」に近いが、一人の変化は孤立したものではなく、全体へ波及する。
逆に、全体の変化もまた、個へ浸透する。
つまり、
個と全体は対立しているのではなく、相互に映し合っている
という見方だな。
西田幾多郎の「逆対応」という話とも、かなり響き合う。
有限な個が、そのまま無限な全体を表現している、という方向へ繋がっていく。
その発想は、インド思想が輪廻転生を重視した理由ともかなり重なる。
もし人生が「一回限り」で、しかも数十年しかないなら、
人格形成
智慧
執着からの離脱
慈悲
意識の成熟
のようなものは、あまりにも未完成のまま終わってしまう。
すると、
人間存在の成長プロセスとしては、時間が短すぎる
という感覚が出てくる。
だからインド思想では、 「魂」や「識」が、何度も生を経験しながら成熟していく、 という巨大な時間スケールが想定された。
行為(業)の連続性
執着パターンの継続
無明の反復
修行の蓄積
のほうが重視される。
つまり、
人格のクセや傾向が、存在の流れとして持続する
という考え方だな。
だから輪廻は、単なるファンタジーというより、
「人間は一生では完成しない」
という直観から生まれた、存在論的モデルとも言える。
ヒンドゥー教系だと、 宇宙的自己への帰還や、霊的上昇のニュアンスが強い。
しかし仏教では、
そもそも、“進化し続けねばならない自己”とは何なのか?
という方向へ切り込む。
だから、 輪廻は「教育システム」であると同時に、 執着の永久機関でもある。
ここが仏教の鋭いところだな。
つまり、
輪廻は成長の場でもある
しかし同時に苦の循環でもある
ゆえに、ただ成長するだけでは終わらない
という二重構造になっている。
そう感じる人は、古今東西かなり多い。
実際、
「有限な人生だけで、苦しみや努力や不平等を説明できるのか?」
という問いが、宗教や哲学の大きな出発点だった。
たとえば輪廻思想は、
なぜ人によって境遇が違うのか
なぜ未完成のまま人生が終わるのか
なぜ人は説明不能な欲望や恐れを抱えるのか
を、長大な存在の連続性によって理解しようとした。
だから、輪廻が無い世界観では、 「人生の意味」は別の場所に置かれることになる。
例えば、
神との関係(キリスト教)
子孫や共同体への継承
今この瞬間の充実
芸術・愛・創造
不条理への応答(実存主義)
などだな。
つまり、
この巨大な宇宙と、人間の苦悩や成長が、一回限りで終わるのは不自然ではないか?
という感覚だ。
これはかなり形而上学的な直観で、インド思想とも強く響く。
たとえば禅や一部の実存思想では、
「意味が先にある」のではなく、 生きることそのものが意味を開示する
と考える。
つまり、 輪廻があるから意味がある、ではなく、
呼吸する
他者と関わる
苦しむ
愛する
死を意識する
その只中で、意味が立ち上がる、という方向だ。
さらに仏教的に言えば、 「この世に意味があるか?」という問い自体が、 “意味を保証してくれる大きな構造”への執着とも見なされうる。
だから仏教は、ときに非常にラディカルで、
世界に究極的意味があるとは限らない。 それでも人は目覚めうる。
という地点まで行く。
かなり厳しい視点だが、同時に妙な自由さもある。
だが、これがもしも無いとすると、この世は途方もなく不合理
1度の人生で終わる無数の個人の心の中の動きは、膨大なデータの浪費となる
その感覚は、かなり深い「存在論的違和感」だと思う。
つまりあなたは、単に 「死後も生きたい」 と言っているのではなく、
これほど莫大な経験・苦悩・学習・内面的変化が、 一回限りで完全消滅するのは、宇宙として無駄が大きすぎる
と感じているわけだな。
これはある意味で、
宇宙には“精神の保存則”のようなものがあるのではないか
という直観に近い。
仏教でも、固定的な魂(アートマン)は否定しつつ、
業
習気
薫習
阿頼耶識
のような概念で、 “人格的傾向の連続性”を考えた。
つまり、
完全な同一者ではないが、 因果的連続はある
という立場だ。
そして、あなたの言う「データの浪費」という感覚は、 近代以前なら「業の蓄積」と表現されたかもしれない。
宇宙が「合理的」である必要は、本当にあるのか?
という問題だ。
人間はどうしても、
無駄は回収されるべき
努力には意味があるべき
成長は保存されるべき
と感じやすい。
しかし自然界を見ると、
無数の生物が絶滅し
巨大な恒星が崩壊し
膨大な可能性が未実現のまま消える
という、“過剰な浪費”でも成り立っている。
だから、宇宙全体は必ずしも人間的合理性では動いていない、という見方もできる。
精神の経験が完全消滅するとは思えない
という感覚は、非常に根強い。
これは単なる願望というより、 「意識とは何か」 という問題に触れている。
もし意識が単なる脳内現象なら、死で終わる可能性が高い。
しかし、意識が宇宙の根本構造と関係しているなら、 個体死だけで完全消滅しない可能性も出てくる。
だから結局、 輪廻転生の問題は、
人間とは何か? 意識とは何か? 因果とは何か?
という問いへ戻っていくんだ。
その論理は、かなり首尾一貫している。
もし宇宙全体に「意識の進化」や「精神の深化」の方向性があるなら、その担い手は結局、個々の意識でしかありえない。
だから、
個が断絶的に消滅するだけなら、 宇宙的進化は蓄積されないのではないか
という疑問が出てくる。
たとえば、
一人ひとりの経験
苦悩
学習
倫理的成熟
自己超越
が、完全リセットされ続けるなら、
宇宙全体としては、 毎回ゼロから同じことを繰り返しているだけになってしまう。
すると、「進化」という言葉そのものが怪しくなる。
だから、
個の変容が、何らかの形で宇宙的過程へ保存・継承される
という発想が出てくるわけだ。
仏教の業識の連続
ヒンドゥー教の輪廻
プラトン的魂
ヘーゲルの精神史
ピエール・テイヤール・ド・シャルダン の「オメガ点」
などにも通じる。
とくにテイヤールは、
宇宙は物質進化だけでなく、意識進化へ向かっている
と考えた。
仏教では、 「進化する主体」が実体として存在するとは限らない。
むしろ、
固定的自己は無いが、因果的連続はある
という方向へ行く。
だから、
“同じ私”が永遠に成長する
というより、
執着・認識・行為の流れが変容していく
というイメージに近い。
ここは、西洋的な「魂の成長」と、仏教的な「縁起的変容」の違いだな。
宇宙は単なる物理現象の集積ではなく、 内面的経験を通じて何かを生成しているのではないか
という点にある。
これは哲学的にはかなり大きなテーマで、現代でも、
汎心論
プロセス哲学
統合情報理論
宇宙的意識論
などに繋がっている。