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イスラームの隆盛、ほとんどペルシア人のおかげだったアーカイブ

1.
ユーザー
XLSuc
イスラーム帝国(特にアッバース朝)の文化的・制度的な隆盛は、ペルシア人(イラン人)の貢献なしには不可能だった」というのは、歴史的事実として非常に正しい認識です。

遊牧民的な気風が強かったアラブ人が築いた帝国は、ササン朝ペルシアの高度な文明と融合することで初めて、世界最先端の洗練された「イスラーム黄金時代」を迎えることができました。ペルシア人がイスラーム帝国の隆盛にどう貢献したのか、その主な理由は以下の通りです。

1. 高度な官僚制度と政治システムの提供帝国の骨組みを構築: アラブ人には巨大な帝国を中央集権的に治めるノウハウがありませんでした。そのため、アッバース朝はササン朝ペルシアの高度な宮廷儀礼や行政・税制・駅伝制などのシステムをそのまま導入しました。ペルシア系官僚(書記クラス)の重用: 実務能力に長けたペルシア人が官僚機構の中核を占めました。カリフを補佐する最高職の「宰相(ワズィール)」には、ペルシア系のバルマク家などが就任し、国政の実権を握りました。



2. 科学・医学・哲学における圧倒的な主導権イスラーム黄金時代を彩る偉大な学者の多くは、アラブ人ではなくペルシア系(イラン系)のムスリムでした。数学の父: 代数学を確立し「アルゴリズム」の語源となったアル=フワーリズミー。医学の最高権威: ヨーロッパの中世医学にも決定的な影響を与えた『医学典範』の著者イブン=シーナー。知の拠点: ササン朝時代からの学術拠点であったグンディシャープルの伝統が、バグダードの「知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)」に受け継がれ、ギリシア文献の翻訳や学問の発展を支えました。



3. 言語と文学の発展(イラン=イスラーム文化)ペルシア語の存続と洗練: アラブ人に征服された他の地域(エジプトやシリアなど)が言語までアラブ化したのに対し、ペルシア人はイスラーム(宗教)を受け入れつつも、自分たちの言語(ペルシア語)を捨てませんでした。文学の隆盛: 10世紀以降、アラビア文字で記された洗練された新ペルシア語文学が開花します。詩人フィルドゥースィーの叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』や、天文学者でもあったウマル=ハイヤームの詩集『ルバイヤート』など、世界的な傑作が生まれました。



4. イスラーム神学・法学の精緻化イスラーム教の根本である「神学」や「法学(シャーリア)」の体系化、さらにはアラビア語の「文法学」を論理的に整理して完成させたのも、実はペルシア系の学者たちが大半を占めていました。




まとめを象徴する格言14世紀の偉大な歴史家イブン=ハルドゥーンは、著書『歴史序説』の中で次のような言葉を残しています。「驚くべきことに、イスラーム世界において、宗教・世俗を問わず、学問の担い手となった者のほとんどは非アラブ(主としてペルシア人)であった」


アラブ人はモンゴル帝国やバイキングやヒッタイトみたいなただの蛮族部族の烏合の衆
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2.
ユーザー
Vr3w9
イランも革命前はチャラい感じだったじゃん
3.
ユーザー
Tj9Ui
>>2
というか馬鹿でもないなら科学が台頭してきて西欧諸国がその科学の世界観と圧倒的な普遍的強さを見せつけてきたらドストエフスキーの登場人物達みたいに宗教の世界観と科学の世界が対立して矛盾や疑問だらけになると思うんだ
イラン人は馬鹿じゃないならそれが起きたんだな

アラブ人はモンゴル帝国やバイキング タタール人やイスラム国の連中と同じやで
勢いが良くて破竹の勢いで侵略を繰り返しては瓦解する蛮族


イスラームが文化的に栄えたのはペルシア帝国民をウンマに取り入れられたからだ

だからイスラムのおかげというかヨーロッパがあるのはイラン人のおかげだよ
アラブ人なんて蛮族部族の嫁集め集団以上のものではない
4.
ユーザー
4LIIG
ナーシャ・ジベリみたいな天才が沢山いるんだろ
分かるンだわ
5.
ユーザー
kq0RV
結局最後はカルチャーパワーなのよ
6.
ユーザー
2aGrb
今天幕のなんたらいうアニメ見てる
7.
ユーザー
kRqQ7
>>1
まーーた釣り目の白人ごっこか、底辺
もう死んでしまえ生ゴミだし
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