このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。

太平洋戦争後の社会事情アーカイブ

1.
ユーザー
8udCH
太平洋戦争が終わると、敗戦国の日本では家や家族、職を失った者や、外地からの引揚者および復員兵などが浮浪者として全国の路上にあふれた。岡山県でも、1946年9月時点で岡山市中心部で老若男女500人以上、県全体では未成年の浮浪者だけでも約2,000人を数えた。

その中には犯罪に手を染める者もいて、住人が被害に遭うなど治安の悪化が懸念された。フラナガン神父の勧告[13]により、GHQの軍政部はそうした問題を一掃するよう命令を出し、彼らを救済するため強制的に収容する施設が全国に62ヶ所設けられた。

岡田更生館は岡山県で最も規模が大きく、ピーク時500人超の収容者がいた。ほとんどは成人男子だったが、中には子供や乳幼児、女性の収容者もいた。児童67人は翌年4月、岡山市平井の岡山保護児童収容所(少年の丘)に移された。
3
すべて
|
最新の50件
2.
ユーザー
sZSGb
はだしのゲンでも警察が浮浪児狩りしてたよな
泣くのはいつも弱い立場の人達だ
3.
ユーザー
Ai0Ha
父さんは孤児を育ててくれたのに
日本じゃ孤児を野犬扱い

このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。