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人種、宗教、国家→人類はいつになればこれを乗り越える事ができるのか?アーカイブ

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m1HMc
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2.
ユーザー
lCgl6
たとえばマルクスは「宗教はアヘンだ」と言った
その意味は「アヘンに依存せざるをえないような社会的現実がある」ってこと
つまり社会を変えれば人々はアヘン(宗教)を必要としなくなる、ってことを含意する
3.
ユーザー
lCgl6
「国家」を乗り越えることは、資本主義経済を乗り越えることとほぼ同義

資本は国境を越えて移動するので、資本経済のグローバルな発展とともに、国境の意味も薄れ、やがて国家は有名無実化するという、そういう夢というか見通しもたしかにあった

しかし現実は、資本主義経済の発展は、国家を強化した(たとえば米国を見よ)
資本主義経済と近代国家は双子のペアなのだ。起源も同時期であり(西ヨーロッパ近代)、その起源においても、経済の強化は国家の強化につながり、西欧では戦争が頻繁に起こるようになった ←これが基本形である、経済と国家の関係の

4.
ユーザー
lCgl6
たとえば「国連」という構想
この構想は、戦争を超克して平和の仕組みを構築するという理念から来てる

具体的には、戦争を起こした国(先制攻撃した国)を国連という組織が罰する仕組み=集団安全保障という仕組みを構築すること。そのためには、国連加盟国がそれぞれ自国の自衛権を国連という自らがコミットする機構に譲渡することによって可能となる。しかし問題は、各国、とくに超大国がそうしたがらないことだ

これも長期的にみれば、乗り越えることが可能
つまり「第三次世界大戦」が起こり、できれば核戦争が起こり、超大国が甚大な被害に見舞われる「経験」を経たあとに、可能となる
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