このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。

原爆の後に聖書アーカイブ

1.
ユーザー
BdMs8
キリスト教の教理と暴力・戦争

1945年8月6日、原爆を搭載したアメリカのB-29「エノラ・ゲイ」が日本本土に向かう時、「戦争の終わりが早くきますように、そしてもう一度地に平和が訪れますように、あなた〔神〕に祈ります。あなたのご加護によって、今夜飛行する兵士たちが無事にわたしたちのところへ帰ってきますように」というお祈りをしたことを紹介しました(第11回目のブログ)。簡単にいうと、当時のほとんどのアメリカ人は「日本は凶悪な国である、この国との戦争には絶対に勝利しなければならない」と思っていたのです。そして、日本への原爆投下が「平和実現の手段」だったのです。

また、時代は前後しますが、キリスト教界は、エルサレム奪還に十字軍を派遣しましたし、プロテスタントとカトリックに分かれて血で血を洗う宗教戦争をくりひろげたこともありました。

しかしその一方で、先に紹介したように、聖書には「汝、殺すなかれ」、さらにいうと「汝の敵を愛せよ」(マタイ福音書、5章44節)と書かれています。

こうした対立すると思われる事実を、どのように解釈したらいいのでしょうか。キリスト教諸国の歴史は、これらの教えと矛盾しているのではないでしょうか。

アメリカの著名な教理神学者にリンドベックという人がいます。『教理の本質』(1984年)という世界的な名著の中で、次のように論じています。

キリスト教の大部分にわたる状況下では、一般に、平和主義は、たとえ「条件付きで必要」だとしても、「愛」というキリスト教の規則の「絶対に必然的な」結論ではないのである。

つまり、「平和主義」はキリスト教の絶対的で普遍的で本質的な教えではない、ということです。キリスト教が武力衝突に正統性を与えても不思議はないのです。

https://www.tais.ac.jp/faculty/graduate_school/major_incomparative_culture/blog/20130601/24682/
11
すべて
|
最新の50件
2.
ユーザー
La1r7
つまり 原爆は愛  ガザ虐殺は愛  ウクライナ侵攻は愛
3.
ユーザー
CM0dg
従軍牧師ってのがよくわからんシステムだよな
4.
ユーザー
VvGtB
聖書で「汝殺すなかれ」と言ってるのに、なんで戦争をするんでふか
5.
ユーザー
quHvk
バカが作ったもの
宗教
酒
タバコ
麻薬
6.
ユーザー
5uNJ0
ナガサキを
7.
ユーザー
LnglM
フシギもなにもキリスト教はこれまでもこれからも戦争宗教だろ
8.
ユーザー
CEgV3
>>5
なかなか高潔な人生を送っていらっしゃるようで
9.
ユーザー
A1kdq
キリスト教の神様ってものすごく残虐な天罰を与えてから「ほらほら敬虔な信者には救いがあるんやで?」ってやるよね
10.
ユーザー
APbgU
※異教徒は除く
11.
ユーザー
sVFuZ
黒人は人間なのかって議題を真剣に論争してた奴らだからな
このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。