のっぽさん(戦争体験世代)「最近、『愛国』だの『道徳』だの戦時中と同じようなキナ臭いことを言い出す政治家が増えてきた」アーカイブ最終更新 2023/08/12 16:011.番組の途中ですが転載は禁止です5L4DT「小さい人」をだますな 優しいのっぽさんの静かな怒り 感じた現代の"きな臭さ" #戦争の記憶https://wararchive.yahoo.co.jp/wararchive/mai4.html■「ハーイ、死にますぅ」「一番大事なのは、小さい人が『大人にだまされていた』と気づいたことですよ」。取材が始まって、まずこう口にした。「私の『戦後70年談話』」のなかで、こんな話が載っている。東京・向島に住んでいた頃、父と一緒になじみの喫茶店に行く。すると店主のおじいさんが父に「もう、ロールケーキは出せないんだよ」と言う。高見少年は「変なのぉ」と胸の中でつぶやく。そして次の日、町中の菓子処からアンコが消えた。そしてこうつづっている。<消えたと思ったら戦争が始まったのである>その後、「欲しがりません勝つまでは」というポスターが町中にあふれた。<この殊勝なおチビさんは『ハーイ、わかりましたア!』とやったのである>戦況の悪化とともに、過激な標語が増えていく。「鬼畜米英」「撃ちてし止まん」「尽忠報国」「死して護国の盾となれ」......。おチビさんだったのっぽさんは、こう反応したという。<ハーイ、わかりましたア!死にますぅ>(中略)ほどなく終戦。これを境に、軍国主義教育だった学校の雰囲気が一変したのを感じたという。「先生が『民主主義っていいもんだな』なんて言うんです。つい最近までは『死して護国の盾になれ』と教えていたのに、よく恥ずかしげもなく口にできるなって思うと、もうムカムカしてね」のっぽ少年はその日から、教頭や校長を「奴(やつ)」と呼び反発した。(中略)■「国のために犠牲、冗談じゃない」のっぽさんが戦争への思いを語るようになったのは、戦後70年前後のことだった。「政治家が『愛国心』や『道徳教育』を口にするようになった。愛する国のためにどうすればいいのかを勉強するなら分かる。でも愛する国のために犠牲になることを教えるなんて、冗談じゃない」「私の『戦後70年談話』」では、お兄さんへお見舞いに行った際、言おうとしてやめた言葉があったとしている。<この頃さあ、あの時と同じ様なキナ臭いこと言い出す変なのが多いんだぜ>2023/08/12 13:35:138すべて|最新の50件2.番組の途中ですが転載は禁止ですzDqIg道徳は言ってないんじゃないか自民は道徳の授業を減らして愛国の授業にしたくらいだから2023/08/12 13:37:393.番組の途中ですが転載は禁止ですYqG0BU.K. の小学校で2年ぐらい前に道徳が必須になってあっちでは大歓迎されているというのにジャップラン土人のパヨときたら2023/08/12 14:26:244.番組の途中ですが転載は禁止ですp1ZnI親が戦中派でこういう話を嫌というほど聞かされてきたからこう言うのを言い伝えるのが大事でも兄とかはネトウヨっぽいんよなぁあまり関係ないのかも2023/08/12 14:35:175.番組の途中ですが転載は禁止ですMQRtxきっかけを感じたら逃げろ2023/08/12 15:02:446.番組の途中ですが転載は禁止ですh5KRGまず言い出しっぺが特攻して範を示さないとね2023/08/12 15:11:217.番組の途中ですが転載は禁止ですyJBN5戦後、過剰に愛国だの道徳だのを貶めてきた反動だろほっときゃ元に戻るだろ2023/08/12 15:55:178.番組の途中ですが転載は禁止ですlCCSy憎しみとセットになった愛国はかなり有害と思うけど惨事が起こる前にありがち2023/08/12 16:01:37
https://wararchive.yahoo.co.jp/wararchive/mai4.html
■「ハーイ、死にますぅ」
「一番大事なのは、小さい人が『大人にだまされていた』と気づいたことですよ」。
取材が始まって、まずこう口にした。
「私の『戦後70年談話』」のなかで、こんな話が載っている。
東京・向島に住んでいた頃、父と一緒になじみの喫茶店に行く。
すると店主のおじいさんが父に「もう、ロールケーキは出せないんだよ」と言う。
高見少年は「変なのぉ」と胸の中でつぶやく。
そして次の日、町中の菓子処からアンコが消えた。そしてこうつづっている。
<消えたと思ったら戦争が始まったのである>
その後、「欲しがりません勝つまでは」というポスターが町中にあふれた。
<この殊勝なおチビさんは『ハーイ、わかりましたア!』とやったのである>
戦況の悪化とともに、過激な標語が増えていく。
「鬼畜米英」「撃ちてし止まん」「尽忠報国」「死して護国の盾となれ」......。
おチビさんだったのっぽさんは、こう反応したという。
<ハーイ、わかりましたア!死にますぅ>
(中略)
ほどなく終戦。これを境に、軍国主義教育だった学校の雰囲気が一変したのを感じたという。
「先生が『民主主義っていいもんだな』なんて言うんです。
つい最近までは『死して護国の盾になれ』と教えていたのに、
よく恥ずかしげもなく口にできるなって思うと、もうムカムカしてね」
のっぽ少年はその日から、教頭や校長を「奴(やつ)」と呼び反発した。
(中略)
■「国のために犠牲、冗談じゃない」
のっぽさんが戦争への思いを語るようになったのは、戦後70年前後のことだった。
「政治家が『愛国心』や『道徳教育』を口にするようになった。
愛する国のためにどうすればいいのかを勉強するなら分かる。
でも愛する国のために犠牲になることを教えるなんて、冗談じゃない」
「私の『戦後70年談話』」では、お兄さんへお見舞いに行った際、
言おうとしてやめた言葉があったとしている。
<この頃さあ、あの時と同じ様なキナ臭いこと言い出す変なのが多いんだぜ>
自民は道徳の授業を減らして愛国の授業にしたくらいだから
あっちでは大歓迎されているというのにジャップラン土人のパヨときたら
でも兄とかはネトウヨっぽいんよなぁ
あまり関係ないのかも
ほっときゃ元に戻るだろ
惨事が起こる前にありがち