神について考察するスレ2最終更新 2026/03/13 23:3847.本当にあった怖い名無しw8D3v日本書紀の天地開闢が中国の古典神話を模倣しているのは有名な事実です日本書紀の天地開闢は、淮南子や三五暦記の内容を切り貼りする事で、ほとんどの部分を再現できます中国の古典を模倣して創作されたのが、日本の天地を創った古代の神々の正体です古事記や日本書紀は中国神話の天地創造の話を擬人化して、人格神にしてしまったのですつまり神々の名前も、働きも、起源も、ほとんどが嘘でできています2024/08/21 01:02:3069コメント欄へ移動すべて|最新の50件48.本当にあった怖い名無しw8D3v釈迦は、神々に祈ることを禁止しています涅槃経には「ついにまたその余の諸天神に帰依せざれ」(神々に帰依してはならない)とあり、また般舟三昧経には「天を拝し、神を祠祀することを得ざれ」(神につかえたり、拝んだり、まつってはならない)阿含経典には「みずからのみを頼みとし、法のみを頼りとし、人生と言う激流を渡れ」という教えがあります2024/08/21 01:02:5649.本当にあった怖い名無しw8D3v古事記、日本書紀の編纂を命じたのは天武天皇天武天皇が実権を握ったとき、天智天皇の子を殺害した。これが壬申の乱天武天皇は出自があいまいで、得体のしれない人物天智天皇の弟というのも嘘と思われる天武天皇は天智天皇に近寄って、その家系を根絶やしにして権力を握ったそういう人物が最初に何をするかというと、自分の正当性を世に訴えること自分が正統であるという歴史書を編纂してそれを世間に広めればよい古事記、日本書紀はそういう視点から編纂されたようです2024/08/21 01:03:1350.本当にあった怖い名無しw8D3v記紀に出てくる神様のスサノオが討伐したという八岐大蛇や、あるいは土蜘蛛(つちぐも)、熊襲(くまそ)と呼ばれるものは、迫害され、殺戮されていた地方の人びとへの蔑称です土蜘蛛とは元は、土ごもりと言い、穴倉に暮らしている原始民族への侮蔑の言葉です地方の人々を虐殺し、奴隷化し、差別し続けた歴史が、勝者側にのみ都合よく綴られているのですしかし昔の人の価値観ですから、当時はこれが正史として重んじられたのです今の日本人はそれを神様と呼んで祀っています奴隷にされた黒人が、自国を植民地化した、昔の白人を拝んでいるようなものです2024/08/21 01:03:2951.本当にあった怖い名無しw8D3v古事記、日本書紀の編纂のときに、日本の建国の時をどうやら釈迦や孔子の時代よりさかのぼらせて権威付けるために、崇神天皇の360年ごろに変って、紀元前660年の神武天皇の東征というものを設定して、二王朝並立をないことにしたようですそのような事情によって、記紀は、「ハツクニスメラミコト(はじめて国を開いた天皇)」が崇神と神武の二人いる、というおかしな記述になっているわけです日本書紀は、このむりな捏造から生じた矛盾をそのまま後世に伝えたということです2024/08/21 01:03:4452.本当にあった怖い名無しw8D3v伊勢神宮の創建について『古事記』によると、崇神天皇の時代。疫病が蔓延した際、天皇が神に祈ったところ、お告げがあり天照大御神を祀るために最終的に伊勢の地に鎮座することになりました。『日本書紀』では、垂仁天皇の時代。倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大御神を祀る最適な場所を探し、伊勢にたどり着きました。天照大御神自身が宇治の五十鈴川上を気に入り、ここに鎮座するようにとのお告げをしたとされています。同じ伊勢神宮の話なのに、まったく内容が違いますしかも実際には、伊勢の伊勢神宮より前に伊勢神宮とされた神社は70社もあることが分かっており、多くは近畿〜中部で、岡山にもありますそれらの神社は、「元伊勢」と呼ばれてます神話と一致しませんこの一例のように古事記や日本書紀の記述には嘘や矛盾が多く見られます2024/08/21 01:04:0153.本当にあった怖い名無しw8D3v>>47下賤な欲望によって、地上に執着している、宗教にくわしい低級な人間の霊が神典などの名前を借用して神を名乗り始めますみずからの野心を達成したいと思っている教祖的な人間に取り憑き、神示と呼ばれるような本を出し、思わせぶりな終末予言を乱発したり、あるいは選民思想を煽るような言葉を、神様っぽい雰囲気や意味深な雰囲気の言葉遣いで並べます「もうすぐ終末が来るぞ」「まもなく理想社会が来る」「世界を平和にするために魂を磨け」「人を集め世界のために祈れ」「魂を救済する」など、具体性のない、抽象的な教えを垂れて乗せられやすい人々を惑わし、有名になりますそのようにして悪の世界を広げて言っているようです「巧言令色少なし仁」(巧みな言葉で関心を引こうとしたり、威厳を取り繕ったりするものの多くは偽善者である)という言葉があります無欲になれ、などと綺麗ごとを乱発しているご宣託を垂れ流している神様の正体は、きわめて人間的な、生々しい、きたならしい下賤な欲望に満ち満ちた低級な人間の霊なのです2024/08/21 01:06:0454.本当にあった怖い名無しw8D3v竹内文書天津教の竹内巨麿によって、代々伝わってきたとものとして昭和10年に公開された文書群モーセの十戒は実は天皇が、来日したモーセに授けたものであり釈迦をはじめ世界の大宗教教祖はすべて来日し、天皇に仕えたことになっているス神、7次元神界、五色人などの概念、用語の元ネタでもある竹内文書が創り上げたオカルト的な天皇崇拝の奇説は、その後、さまざまな神道系の宗教で利用されるようになるしかしこの文書は書かれたとされる年代には無い、幕末から明治以降に欧州から翻訳された単語や概念が多数みられるので、完全に偽書と判明している2024/08/21 01:07:4455.本当にあった怖い名無しw8D3v日本に超古代王朝が存在し、神武天皇以前の時代にも天皇が実在していたと主張しているホツマツタヱ古事記や日本書紀の原書だと主張されているホツマツタヱは景行天皇の時代に成立した事になっています現存する写本の中で一番古いものは江戸時代後期に作られていてそれより古い時代に存在していた証拠はないようですホツマツタヱには古代の大阪平野に存在しないはずの大和川が出てきたりホツマツタヱが成立したとされる紀元2世紀初頭には存在しない湖も出てくるので偽書が確定していますまた文章も歌舞伎の台詞に影響を受けた形跡がありホツマツタヱに出てくるウラミ・ネタム・ナヤミという言葉は日本の近世語であり、古代には見られません「こうした近松文学的な発想と表現は、江戸時代に入ってからのものであり、上代文学の中に見出せるものではない」と論じられています2024/08/21 01:08:0756.本当にあった怖い名無しw8D3v神道五部書(しんとうごうぶしょ)とは、伊勢神道(度会神道)の根本経典で、以下の5つの経典の総称『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』(御鎮座次第記)『伊勢二所皇太神御鎮座伝記』(御鎮座伝記)『豊受皇太神御鎮座本記』(御鎮座本記)『造伊勢二所太神宮宝基本記』(宝基本記)『倭姫命世記』いずれも奥付には奈良時代以前の成立となっているが、実際には鎌倉時代に伊勢神宮の度会行忠ら外宮祀官が執筆したものと判明している2024/08/21 01:08:3557.本当にあった怖い名無しw8D3v歴史学の研究では、伊勢神宮の外宮の神職であった度会氏が、外宮を内宮(祭神・天照大神)と同等以上の存在として格上げすることを目的に、外宮の祭神である豊受大神を、天之御中主神および国之常立神と同一神とすることで、天照大神をしのぐ普遍的神格であることを主張するために執筆されたと推定されている神道五部書は、江戸時代に、尾張の東照宮神官である吉見幸和により、偽書であるとして激しく批判された専門家によると、この偽書である神道五部書こそが神道の根本理論にあたるようです2024/08/21 01:08:5358.本当にあった怖い名無しB1E3R神道は世界でもっとも寛容性のある宗教であるからして、この神道の心を土台とした価値観の形成がなされることで、世界に平和が訪れる必然性が予言されているのではないのでしょうか?回答太平洋戦争は、神風特攻隊など、神道をもとに「日本は神の国であるから、戦争には絶対に負けない」とだまされ、臣民(天皇の家来・奴隷)は戦争をさせられました。結果、日本は大敗北を喫したのですアメリカに渡航した経験のある軍部の者は、アメリカと日本の科学的な技術力のあまりの差に驚愕しており、「この戦いは絶対に勝てないからしてはいけない」と述べたそうですが、聴き入れられなかったようです「日本は神の国であるから、戦争には絶対に負けない」という神道の理屈は無根拠であるために、敗戦を喫しても敗戦後に「日本は神の国であるから、試練を受けなければならなかった」などと容易に論理のすり替えが可能です責任を追及されることもなく、多数の人々を騙し続けることが可能なのです神道とは、天武天皇の時代に、中国の古典神話を剽窃して捏造された天地創造の神話であり、神道と言う名前も道教を真似して作ったものですもともとが存在しない宗教であり、はじめから人々を騙すための方法として作られたものなのです2024/08/21 23:01:08
日本書紀の天地開闢は、淮南子や三五暦記の内容を切り貼りする事で、ほとんどの部分を再現できます
中国の古典を模倣して創作されたのが、日本の天地を創った古代の神々の正体です
古事記や日本書紀は中国神話の天地創造の話を擬人化して、人格神にしてしまったのです
つまり神々の名前も、働きも、起源も、ほとんどが嘘でできています
涅槃経には
「ついにまたその余の諸天神に帰依せざれ」
(神々に帰依してはならない)
とあり、また
般舟三昧経には
「天を拝し、神を祠祀することを得ざれ」
(神につかえたり、拝んだり、まつってはならない)
阿含経典には
「みずからのみを頼みとし、法のみを頼りとし、人生と言う激流を渡れ」
という教えがあります
天武天皇が実権を握ったとき、天智天皇の子を殺害した。これが壬申の乱
天武天皇は出自があいまいで、得体のしれない人物
天智天皇の弟というのも嘘と思われる
天武天皇は天智天皇に近寄って、その家系を根絶やしにして権力を握った
そういう人物が最初に何をするかというと、自分の正当性を世に訴えること
自分が正統であるという歴史書を編纂してそれを世間に広めればよい
古事記、日本書紀はそういう視点から編纂されたようです
土蜘蛛とは元は、土ごもりと言い、穴倉に暮らしている原始民族への侮蔑の言葉です
地方の人々を虐殺し、奴隷化し、差別し続けた歴史が、勝者側にのみ都合よく綴られているのです
しかし昔の人の価値観ですから、当時はこれが正史として重んじられたのです
今の日本人はそれを神様と呼んで祀っています
奴隷にされた黒人が、自国を植民地化した、昔の白人を拝んでいるようなものです
そのような事情によって、記紀は、「ハツクニスメラミコト(はじめて国を開いた天皇)」が崇神と神武の二人いる、というおかしな記述になっているわけです
日本書紀は、このむりな捏造から生じた矛盾をそのまま後世に伝えたということです
『古事記』によると、崇神天皇の時代。疫病が蔓延した際、天皇が神に祈ったところ、お告げがあり天照大御神を祀るために最終的に伊勢の地に鎮座することになりました。
『日本書紀』では、垂仁天皇の時代。倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大御神を祀る最適な場所を探し、伊勢にたどり着きました。天照大御神自身が宇治の五十鈴川上を気に入り、ここに鎮座するようにとのお告げをしたとされています。
同じ伊勢神宮の話なのに、まったく内容が違います
しかも実際には、伊勢の伊勢神宮より前に伊勢神宮とされた神社は70社もあることが分かっており、多くは近畿〜中部で、岡山にもあります
それらの神社は、「元伊勢」と呼ばれてます
神話と一致しません
この一例のように古事記や日本書紀の記述には嘘や矛盾が多く見られます
下賤な欲望によって、地上に執着している、宗教にくわしい低級な人間の霊が
神典などの名前を借用して神を名乗り始めます
みずからの野心を達成したいと思っている教祖的な人間に取り憑き、神示と呼ばれるような本を出し、
思わせぶりな終末予言を乱発したり、あるいは選民思想を煽るような言葉を、神様っぽい雰囲気や意味深な雰囲気の言葉遣いで並べます
「もうすぐ終末が来るぞ」「まもなく理想社会が来る」「世界を平和にするために魂を磨け」「人を集め世界のために祈れ」「魂を救済する」など、具体性のない、抽象的な教えを垂れて
乗せられやすい人々を惑わし、有名になります
そのようにして悪の世界を広げて言っているようです
「巧言令色少なし仁」(巧みな言葉で関心を引こうとしたり、威厳を取り繕ったりするものの多くは偽善者である)という言葉があります
無欲になれ、などと綺麗ごとを乱発しているご宣託を垂れ流している神様の正体は、きわめて人間的な、生々しい、きたならしい下賤な欲望に満ち満ちた低級な人間の霊なのです
天津教の竹内巨麿によって、代々伝わってきたとものとして昭和10年に公開された文書群
モーセの十戒は実は天皇が、来日したモーセに授けたものであり
釈迦をはじめ世界の大宗教教祖はすべて来日し、天皇に仕えたことになっている
ス神、7次元神界、五色人などの概念、用語の元ネタでもある
竹内文書が創り上げたオカルト的な天皇崇拝の奇説は、その後、さまざまな神道系の宗教で利用されるようになる
しかしこの文書は
書かれたとされる年代には無い、幕末から明治以降に欧州から翻訳された単語や概念が多数みられるので、完全に偽書と判明している
古事記や日本書紀の原書だと主張されているホツマツタヱは景行天皇の時代に成立した事になっています
現存する写本の中で一番古いものは江戸時代後期に作られていて
それより古い時代に存在していた証拠はないようです
ホツマツタヱには古代の大阪平野に存在しないはずの大和川が出てきたり
ホツマツタヱが成立したとされる紀元2世紀初頭には存在しない湖も出てくるので偽書が確定しています
また文章も歌舞伎の台詞に影響を受けた形跡があり
ホツマツタヱに出てくるウラミ・ネタム・ナヤミという言葉は日本の近世語であり、古代には見られません
「こうした近松文学的な発想と表現は、江戸時代に入ってからのものであり、上代文学の中に見出せるものではない」と論じられています
『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』(御鎮座次第記)
『伊勢二所皇太神御鎮座伝記』(御鎮座伝記)
『豊受皇太神御鎮座本記』(御鎮座本記)
『造伊勢二所太神宮宝基本記』(宝基本記)
『倭姫命世記』
いずれも奥付には奈良時代以前の成立となっているが、実際には鎌倉時代に伊勢神宮の度会行忠ら外宮祀官が執筆したものと判明している
神道五部書は、江戸時代に、尾張の東照宮神官である吉見幸和により、偽書であるとして激しく批判された
専門家によると、この偽書である神道五部書こそが神道の根本理論にあたるようです
回答
太平洋戦争は、神風特攻隊など、神道をもとに「日本は神の国であるから、戦争には絶対に負けない」とだまされ、臣民(天皇の家来・奴隷)は戦争をさせられました。結果、日本は大敗北を喫したのです
アメリカに渡航した経験のある軍部の者は、アメリカと日本の科学的な技術力のあまりの差に驚愕しており、「この戦いは絶対に勝てないからしてはいけない」と述べたそうですが、聴き入れられなかったようです
「日本は神の国であるから、戦争には絶対に負けない」という神道の理屈は無根拠であるために、敗戦を喫しても敗戦後に
「日本は神の国であるから、試練を受けなければならなかった」などと容易に論理のすり替えが可能です
責任を追及されることもなく、多数の人々を騙し続けることが可能なのです
神道とは、天武天皇の時代に、中国の古典神話を剽窃して捏造された天地創造の神話であり、神道と言う名前も道教を真似して作ったものです
もともとが存在しない宗教であり、はじめから人々を騙すための方法として作られたものなのです