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あのとき負けてなかったら人生転落してなかったな…って瞬間あるよなアーカイブ

1.
ユーザー
NkxUP
あるよな?
16
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2.
ユーザー
r7UJf
あるな
3.
ユーザー
2zvSN
京都市役所前の京都ホテルの朝食バイキングは1階大会議室の特設場でした
エレベーターが1階に着いてドアがスライドすると細リブ白ハイソックスの女の子が立っていました
「俺はサリーちゃんのことがずっと好きだったんだ!サリーちゃん!!!!!」
って言えるわけないでしょ??
言ってないですよ
おわり。
4.
ユーザー
PBGKG
勝ち負けを避け続けてきた事が転落の原因かな
5.
ユーザー
K8xl2
1. 人生の本質的な目的に気づいたとき
私たちは普段、仕事の成果、学歴、収入、SNSのいいね数など、無意識に人と自分を比べて「勝ち負け」を競ってしまいがちです。
しかし、「自分の人生において本当に価値があるもの(夢中になれることや、心から安心できる居場所)」をひとつでも見つけると、他人の基準で測る勝負事が急にくだらないものに思えてきます。
「他人に勝つこと」よりも、「自分が心から満たされていること」の方が圧倒的に重要だからです。

2. 「あるがままの自分」を受け入れられたとき
「勝ち負けにこだわる」というのは、裏を返せば「今の自分ではダメだ、勝たなければ価値がない」という不安の現れでもあります。
しかし、失敗した自分も、欠点だらけの自分も、「これが自分なんだ」と丸ごと受け入れられる(自己受容できる)ようになると、誰かに勝って自分を証明する必要がなくなります。
「負けても、自分の価値は1ミリも下がらない」と気づいたとき、勝ち負けはどうでもよくなります。

3. 深い安心感で満たされているとき
人は、自分の心が深い安心感や幸福感で満たされているとき、他者への攻撃性や競争心が消え去ります。
お腹がいっぱいの時に他人の食べ物が気にならないのと同じで、自分の心がすでに100%満たされている状態であれば、周囲がどんなに競争を煽ってこようと、その勝ち負けの輪に入る必要性すら感じなくなるのです。

一言で言えば、「他人の物差し(基準)を捨てて、自分の物差しで生き始めた瞬間」に、人は「勝ち負けなんてどうでもよかった」と気付くのだと思います。
6.
ユーザー
h4pKy
FX 株 競馬 ギャンブル系ならほとんどそうだろうな
7.
ユーザー
PBGKG
>>5
それは安住を手に入れた後で勝ち負けを手放しているだけ
8.
ユーザー
0O5EL
>>7
勝ち負けを手放したから得られたんだよ
勝ち負けに執着し囚われてる者は本質を見失い、永遠にその外側にある真理には辿り着けない
9.
ユーザー
2DiNi
無いよ
おれはまだ負けてない!
10.
ユーザー
88l4R
>>9
勝ち負けには俺は最初は拘ってなかったが、
何時まで経っても集団ストーカーが終息しないから途中から(あ!これは奴らに勝たなくては終わらないな!)と思い勝ち負けに拘る様になったね?と言うか勝負が学会員集団VS仏敵一人って卑怯を極めてる韓人だよな?
11.
ユーザー
v4kMf
ガイジは産まれた瞬間に勝ち目なんてものがあるわけねーだろ
アホ
12.
ユーザー
2bJYC
ジャックと豆の木みたいなものな
13.
ユーザー
O2X6y
早瀬さんを早漏さんって読み間違えたせいで昇進の道が絶たれたよ
14.
ユーザー
2bJYC
昇進じゃなくて精進な?
仏教徒ではなくとも良い心掛けだと思うよ
15.
ユーザー
qNPUf
そしてまた後回しにする😗✌
16.
ユーザー
Ng9cM
勝負から逃げ続けたからここにいる
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