このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。

俺の江戸時代くらいの先祖ってさぁ何が楽しくて生きてたんだろうなアーカイブ

1.
ユーザー
NWK35
大根の葉っぱとか食ってそう
7
すべて
|
最新の50件
2.
ユーザー
zks7E
◇AIによる概要
四代目 市川九團次さんご訪問|歌舞伎とうなぎの深い関係とは ...江戸時代、うなぎの蒲焼きと歌舞伎は庶民の代表的な娯楽として深く結びついていました。現在のような背開きにして蒸す「江戸前」の調理法や、ご飯の間に蒲焼きを挟んだ「鰻めし(うな丼の元祖)」が誕生し、歌舞伎役者が贔屓(ひいき)にされる際の贈り物としても重宝されました。
江戸のうなぎと歌舞伎の主な関係性は以下の通りです。
🎭 歌舞伎と鰻の深い関わり
楽屋への差し入れ: うなぎは精がつく高級食として、贔屓の客や興行主から歌舞伎役者へ楽屋見舞いとして差し入れられる定番でした。
芝居小屋の立地と人気: 芝居小屋の周辺(特に日本橋や堺町など)は賑やかな繁華街であり、うなぎ屋も観劇の前後に楽しめるよう近くに出店することが多かったと言われています。
演目への登場: 近松門左衛門の『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』など、劇中の重要な場面でうなぎが登場する演目もあり、当時の食文化が芝居にも反映されていました。
🥢 江戸で進化した「うなぎ文化」
江戸前うなぎの誕生: 江戸時代までは丸のまま焼いていましたが、天明年間(1781〜1789年)頃から現在のような「背開き・蒸し・炭火焼き」のスタイルが確立されました。
うな丼の発祥: 文化年間(1804〜1817年)頃、大久保今助という人物が考案した「鰻めし(ご飯の間に蒲焼きを挟んだもの)」が爆発的な大ヒットとなり、これが現代のうな丼の元祖となりました。
現在でも、歌舞伎座などの劇場周辺ではその名残としてうなぎ店が親しまれており、演目の幕間(休憩時間)にうなぎ弁当を楽しむ観劇体験も人気を集めています。
https://www.unagi-koubou.jp/contents/wp-content/uploads/2026/03/unagi-kudanji-thum3.jpg
3.
ユーザー
1Cw4W
銭湯が混浴だったんだから楽しかったろう
4.
ユーザー
mJugv
今でも大根の葉っぱは食うだろ…
5.
ユーザー
cOPHo
むしろ江戸の人らからしたらスマホ依存ばっかでお前ら何が楽しいんだよ前向けよって言われそう
6.
ユーザー
At6Q3
クロスワードとか算術とか富くじで遊んでたよ
7.
ユーザー
RaxIQ
江戸とかはともかく、東北とか島根とか熊本とかの山奥は何してただろうね
このスレッドはアーカイブ化された過去ログです。