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木村政彦にスダリオ剛くらいの気の強さがあったなら、力道山を返り討ちにしていただろうし、力道山もそれで大人しくなってヤクザに喧嘩を売る事も無かったアーカイブ

1.
ユーザー
ARFKv
http://perfect-crime.jugem.jp/?eid=26&pagenum=0#gsc.tab=0


昭和38年12月8日午後11時頃 赤坂のナイトクラブ「ニュー・ラテン・クォーター」で、国民的英雄のプロレスラー・力道山(本名:百田光浩、当時39歳)が以前より些細なトラブルがあり、対立関係にもあった、住吉連合系暴力団の大日本興行組員・村田勝志(当時24歳)に登山ナイフでわき腹を刺され病院に搬送された。

刺された当初の力道山は脇腹を押さえながら席に戻ると、付き添いの連中の心配をよそに平然と酒を飲んでいたという。

だが、それも時間の問題で、次第に出血がひどくなり車で赤坂山王病院に運ばれた。


診察の結果、緊急手術が必要と判断した病院側は、聖路加病院の外科部長に執刀を要請し手術が行われた。

手術は無事成功し命に別条は無いものと思われたが、12月15日の回診で腸閉塞を起こしていることが判明し直ちに手術を開始した。

だが、午後9時頃から危篤状態に陥り同10時35分に死亡した。
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2.
ユーザー
JJCUt
力道山が八百長しようと持ちかけて木村が合意
ところが試合始まったら力道山が本気でやり始めて不意打ち食らった木村はそのまま敗北
裏切るのは祖国の国民病かいな
3.
ユーザー
TTpJr
そりゃあ腹の手術の後に、ビール飲んだら死ぬよ
4.
ユーザー
yxK2w
朝鮮
5.
ユーザー
QM15j
高田北尾戦みたいなブック破りとは違うけどな
一発で決まったわけではない
今では動画も見られるし
力道山のフィジカルの強さにビビってたよ
間違いなく
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