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平成の蘇我赤兄「山口美知子」 東近江「壬申の乱」勃発!アーカイブ

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ユーザー
名無しさん
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「茜さす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る」(額田王)
「紫草(むらさき)の 匂へる妹(いも)を 憎くあらば 人妻故に 我恋ひめやも」(大海人皇子)

大海人皇子(後の天武天皇)と額田王がここ近江・蒲生野で読んだと言う万葉集の相聞歌
1300年たった平成の今も、この歌の心に惹かれ全国から多く人が彼の地を訪れている

さて大海人皇子と額田王と言えばすぐに思いつくのが「壬申の乱」
天武天皇元年(672年7月24日 - 8月21日)に起こった内乱は
近江朝 天智天皇の太子・大友皇子(弘文天皇追号)に、
東国の豪族たちと皇弟・大海人皇子(天武天皇)が反旗を翻し、
伊賀、近江、飛鳥を舞台に国を挙げて繰り広げられた戦いだ
結果、全く不利と思われた大海人皇子が一月の間にトランプ大統領のように瞬く間に圧勝し 
近江朝は消滅  政治の舞台が飛鳥に移り白鳳時代が始まった
また、この鮮やかな戦いの後、大海人皇子は「神」と呼ばれるようになる
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