No new Nikon announcements at 2024 CP+ show? Nikon Rumors / by [NR] admin / February 22, 2024 at 01:48AM
Leo has detected a Product Launch in this article
So far I have not received any reliable information for a new Nikon product announcement at the 2024 CP+ show. The show starts tomorrow. The only possibility we may see something new is a development announcement tonight.
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ソースは違うかも知れませんがこんなまとめサイトも
ttp://www.destoutz.ch/typ_production_data_f2.html
大御所ですがファインダーまとめブログサイト
ttp://nikonfan.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/f2_a9ae.html
ZDNET Japan Staff
光学機器メーカーのニコンは9月15日、生成AIの業務利用を解禁と、それによる業務への効果について実施した社員アンケートの結果を発表した。生成AIを使って年間3万時間以上の作業時間を短縮できる見込みだという。
Z9は50/1.2Sが使いたくて
ZfはS35/2.5が使いたくて!
最近は、高いF3もありますが…
色々探すと、程度の良いF3はありますから!!!
Zユーザーです。
Zレンズの描写に飽きてきました。
Fマウントやオールドレンズでのおすすめを知りたくお邪魔しました。
宜しくお願いします!
ただ、同じミリ数でも製造時期によるタイプやレンズコーティングの有無、開放F値が違う等深いですね。
Nikon d7500
先ほどNHKのお遍路の番組を見たのですが、終盤にお遍路を撮る写真家の方が出ておられました。その方はフィルムで撮ることにこだわっておられていて、使い込まれたニコン FE2を手にしていました。カッコよかったなぁ…
やっぱりそっちの方がカッコ良いwww
まぁ高速連射しなければワインダーでもいいんですが、new F-1は、特にAEファインダー付いてる場合はモードラ1択www
F3には、当然MD-4+MK-1が付かないとwww
ワインダーなんて、男じゃないっすwww
MK-1を付ける事によって三脚穴がセンターになる利点もwww
巻上げの指当てなど、オリンパスはじめ、他社のものが劣化して割れている物が多いです。。ニコンのやつはNikomat FTN後期型からプラですが、びくともしていません。そらまぁ当時は高級品でしたけどね。。当時4万〜5万円、今の価格に直すと20万以上の値打ちになりますし。。😅
Nikon Rumors / by [NR] admin / February 22, 2024 at 01:48AM
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笑笑
良いなぁ、、
F-1とモードラ
or
F2とモードラ
このどちらかを自分の褒美に買おうと思うんですが…
やっぱしF-1かなっ
それで記憶しているのは、そのオリジナルボックスと言うのはいわゆるここに示すようなきれいな包み込んだ本箱と言うのではなく、ごく作りの悪い段ボールの箱なのである。段ボールの箱の中には緩衝材を兼用したボックスがあって、その中にカメラが入っていると言う。今我々が通常に見ているカメラの運搬スタイルは80年代初めごろにできたと思われる。
我々がクラシックカメラで普通に認識している。このようなきれいな化粧箱と言うのは、その制作のコストがかなりかかると言うことを時計関係の専門家から聞いた。価格競争になればそういう余計なコストはカットするのが普通なのであろう。
それでこのニコンエスツーの本箱のアピアランスであるが、かなり不思議なことがある。まず最初に左側に置かれている取扱説明書を見て欲しい。そこにイラストとして登場しているニコンエスツーは私の大好きなカメラのロゴ、すなわちぐにゃりニコンなのである。
ところが不思議なことにその取り扱い説明書の表紙に掲載されている。ロゴはぐにゃりとした体ではなくて普通のロゴタイプである。ただし、トップが大文字のエルでその後は小文字になっている。
ところが不思議なことにその取り扱い説明書の表紙に掲載されている。ロゴはぐにゃりとした体ではなくて普通のロゴタイプである。ただし、トップが大文字のエルでその後は小文字になっている。
そのぐにゃりニコンを格納しているオリジナルボックスなのだが、これはちょっと変である。つまり、金色のきれいな化粧箱に印刷されたロゴタイプは全部が大文字なのだ。これで私がどのような感じを受けるかと言うと、オリジナルボックスのカメラと取扱説明書のカメラと実際に梱包されているカメラが全部違うものではないかと言う印象なのである。そういう事は当時のニコンはあまり考えないで作ってしまったと言うところが正直なところらしい。
1974年頃にニコンのそのセクションの方に古いニコンカタログについて問い合わせをしたら、親切にその当時のニッコール交換レンズのカタログのコピーを送ってくださったのであるが、その方が言うにはうちの会社資料はみんな捨ててしまって、ほとんど見るべきものがないのですと内部事情を教えてくださった。
ボーナス出てそういうカメラ買った人もいると思います。カメラと言うのは皮肉なものでそれを手に入れるまでが花であるということです。手に入れるといきなり熱が冷めてしまいます。
ようやく手に入れたカメラでテスト撮影しましたか。テスト撮影したら安心してしまってそのままカメラをしまい込んでいませんか
カメラメーカーさんの戦略が優秀なので、新しいカメラを買うとすぐ次の新型が出てきます。
それを手に入れないと安心して眠れないというような状況になっていきます。これを新型カメラシンドロームといいます。
フィルムカメラの時代ならある機種から次の新型が出るまでには非常に時間がかかりました。
ライカのM型、フイルム時代のライカなどは次のモデルが出るまで10年近くかかっています。フイルムカメラ時代のニコンなどもそうです。FからF2になるまで10年以上かかっています。
最近のデジタルカメラはどうでしょうか新型に次ぐ新型のラッシュです。目が回ります。落ち着きがありません。
カメラに関する雑誌とかブログではカメラの選び方は教えてくれますが、それを何年使うかに関しては一切触れていません。
それは当然のことで市場が回転した方が経済にプラスになるからです。今更言っても仕方のないことです。
7月終わりに私が15年前に書いた「田中長徳佃日記」が刊行されます。その対談でこの間、写真家の島尾伸三さんにお会いしました。対談は非常に面白くて古今東西のカメラと写真の話を自由自在にやりました。
対談後、近くにビールを飲みましたた。実はそこの話のはもっと面白かったのですが、それは録音していなかったのでテキストに上がりません。
島尾伸三さんは父上が文豪で代表作品の一つ「死の棘」があります。その中では島尾さんは別の名前で登場しています。私は島尾さんとは40年以上のお付き合いなので小説上の島尾さんより実物の島尾さんの方ををよく知っているものです。
40年前に彼が使っていたカメラはすでに20年経過の古カメラでした。父上がカメラ持っていなかったので、作家の吉行淳之介さんが父上にカメラをくれたそうです。
そのカメラを島尾さんは勝手に持ち出して自分の写真を撮っていました。
その頃の写真と、今の島尾さんの写真はそのスタイルが全然変わっていません。
最近お引越しをされた先でこのカメラを肩から提げて歩いていたら、ご近所の人から「職人さんですか?」と不思議な声掛けをされたそうです。
このお客さん、カメラは仕事ではなくて趣味です。しかし、声を掛けて来た人は世代は違うようですが写真を仕事にされている人だったそうです。それにしても...職人って不思議ですよね?どんな意味で言われたのでしょう?
さらにこのカメラ、山手線の中でも「それはモータードライブが付いているんですよね?」と女性から声を掛けられたり、秋葉原では外国人から「Very Nice👍」と声を掛けられたり、いろいろな人との出会いを作ってくれてるらしいです。
以前から「ライカは人を結び付ける~」的なことはよく聞きますが、今ではライカに限らずフィルムカメラであるだけで、人を結び付ける効果がありそうですね。
ちなみに、私の場合は「何でネームが赤いんですか?」とか聞いてしまいそうです...(^^;)
それが40年ぶりに、ニコンカメラの101ビルが取り壊されると言う最後の日になって、ニコンの偉い人から招待されて101号館の上まで登ったのである。私がその前に101号館を訪問したのは、カメラ雑誌の特集でニコンのオートフォーカスカメラの件であったと思う。
ニコンの最後の日の夕刻にビルの1番上に登れた事は、私の長いニコンカメラの歴史で考えれば、何しろニコンエフのカタログを撮影していたオールドマンなのであるから忘れられない。
ニコン関係のノベルティーと言うと、日本ワインとニコン羊羹とニコンせんべいである。それで今でも生き残っているのはニコン羊羹なのかな?ニコンせんべいは駅前の商店街をずっと行った。最後の門のところにあった。数十年ぶりにそのことに気がついて見に行ったらデンティストになっていた。
私にとってニコンカメラは大事なスポンサーであって、何しろ小学生の頃から猫の餌を使っていて、大人になったらニコンカメラの全部の商品を撮影する広告カメラマンになりたいと思っていて、実際にその撮影をしたのだから、人生の目的を達成したわけである。
ニコンエフとニコンエフツーの新製品カタログを撮影した。その後ウィーンに8年近く行っていたので、日本に戻ってきたらF3ができていたと言うわけだ。
日本が力を持っていた時代であり、ニコンカメラが力を持っていた時代だった。
その時のこのギャラが1本なのである。40年前としてもかなり高額なギャラであった。私もやる気になって3種類の別のカメラ雑誌に別の作品を掲載したのである。
日本デザインセンターの後輩がこの写真を撮ってくれたと言うのも嬉しい。
^_^ 1973年の5月5日に東京を出発して、モスクワ経由でウィーンに行ったわけであるが、その時に何か新しいカメラを買おうと思ったのである。退職金は770,000円で、当時としてはこれは大金であった。そしてその家から50,000円弱を支出して、このニコマートを手に入れたのである。
ウィーンについて見て最初のヨーロッパであるから物珍しさもあってニコマートでたくさん写真を撮影した。レンズはその時中古で買った。85ミリレンズであった。その翌年の1974年1月号に若手写真家としては8ページと言うカラーページを組んでくれたのが山岸さんだったのだ。
最もニコマートのほうは日本シリーズで最初の自動露出のカメラであると言うので、ヨーロッパでは非常に人気でライカM3と交換してくれと言うので、こちらは喜んで交換したのである。それでその後ずっとautomaticな一眼レフは使わなくなってしまって、普通のライカレンジファインダ人類になってそのまま1980年の末に帰国するまでラインナップは変わらなかった。
ところで最近になって気がついた。大発見と言うのはこの写真に示すとおりであって、ミラーアップして使うニッコール2.2センチと言うのはニコンエフとニコンエフツーに使える事は知っていたが、なんとニコマートにもつくのであんな。しかも自動露出の猫マートのこのモデルにつけても、実際に使うことはできないのに、それが装着できるというのが何か隙間産業というか意外な発見というかそこら辺が面白い。
キャノン7とか7エスではシャッターマークが半世紀以上を使ってよれよれになったものがほとんどである。つい最近手に入れた7エスはシャッター幕が綺麗なので本物のキャノン製ではないと感じるほどの良いコンディションだった。
よれよれのチタンのシャッターマークを現在のキャノンのサービスセンターに持ち込んでF1用のシャッターに交換してもらった武勇伝があちこちから聞こえてくる。
ニコンエフのシャッターであるがごく初期のものはチタンではなく布幕であった。高校生の頃いろいろ理由をつけて東京駅のサービスセンターにエフの調整に行った。今のライカファンが有楽町の凸版の印刷所の跡地にできた日の丸家に用もないのに出かけて、どうも最近自分のライカの具合が悪いような気がすると言うのと同じカタルシスである。
それでこれは重症ですからドイツを送りになりますと言われると喜んでいるのは、年寄りの病院通い自慢と同じだね。
私は中学生の頃からニコンのサービスセンターに出かけるほどのませた子供であったわけだがエフを修理に出すと代わりのカメラと言うのでニコンの会社のエフを貸してくれたものだった。
その貸し出されたエフが布のシャッターなのである。今で見ればごくごく初期の試作品に近いようなエフが布幕シャッターだから大変なレアものであるが、高校生中学生の頃の自分は布シャッターが不満であったことをよく記憶している。ーーーーー