私(女)、親友(女)に嫌われていると判明。本気で相談のってのしい

1.
ユーザー
jmywI
知り合ったのは6年前、高1のクラスメイト。
コミ障、人見知りで人付き合いが苦手な親友は過去にいじめられた経験から知り合ったばかりの頃はなかなか心を開いてくれなかった。
でもお互いアニメ好きで趣味が合うことから友情関係が芽生える。
あれから6年経った今ではもしょっちゅう遊びに行ったりして私は彼女を親友と思っている。
6
すべて
|
最新の50件
2.
ユーザー
jmywI
嫌われていると気づいたきっかけ

私が親友に紹介して共通の知り合いにった、私の姉と趣味仲間と、私の知らない2人の計4人がフォロワーの鍵垢で私の悪口を言っている
3.
ユーザー
QloqM
・その鍵垢の内容をなぜ知ってるのか
・悪口の内容は何か
4.
ユーザー
nD3G0
佛とは、真理、ダルマ、法、であって人格的存在ではない。
問答、名付けられた名詞から名前を剥ぎ取ったそれを何と呼ぼうか。

真理(さとり) を 無我 と言う事が出来るのだが、無我と言う言葉を出すだけで なにもかもを切り捨てる事はは出来ない。

問答(もんどう)は子弟が問い答えてきた禅宗弾圧の一時期からの創意工夫の伝統がある
理解(りげ)と言えば むしろ お上品になってしまうけれど、寒風不キス武功や、だね。
宗教のインドにおける語源は、如何に生きるか、と言うもので、あたまの中の変換ではない。
神の存在証明を2000年間立ってもまだやってるキリスト教神学の蜃気楼だね。
唯心論、唯物論は、一方の真理を言う、唯、を取り払う。
心と物が矛盾なく存在しているのが、わたし達の日常なのではないだろうか。

尊公、近頃、如何。(そんこう ちかごろ いかん)。 こんにちは、さようなら。禅は生死(しょうじ)を問う。
問う答えるて問答(もんどう)し師弟は対話し真理(さとり)を伝えてきた

原初、禅とは、静かにするの意である。
梵: dhy?na, ディヤーナ、巴: jh?na, ジャーナ、禅那:ぜんな)。 禅定(ぜんじょう、静慮(じょうりょ)

達磨さんはインドから中国にやって来たのか、否か。ビッグバーン以来の一期一会(いちごいちえ)である。 すずめはチュンチュンこんにちは。道端のタンポポのさよなら、出会えば別れるのであ
空とは、分別(ふんべつ)しない、分けない、である。 一如(いちにょ) 一の如し(いちのごとし)である。
色即是空(しきそくぜくう)は空即是色(くうそくぜしき)へと還(かえ)る。

白隠慧鶴禅師(はくいん えかく ぜんじ) 隻手の音声(せきしゅのおんじょう)
両掌(りょうしょう)打って音声あり、隻手になんの声やある。 隻手の声を拈提(ねんてい)せよ。
片手の人が叩く拍手の音を聞いてこい。
また、問う。 『 この座敷から坐のままで庭の30メートル先の築山(つきやま)に立つ石灯籠のロウソクの炎(ほのお)を吹き消せ』

真理(さとり)は言語によって伝わらない。生
まれて以来の知識の蓄積が眼をくらます。
差別しない、分別しない、これとそれを分けない、である。
真理(さとり)である一如。如とは如来、来と言う助辞を漬けたものである。如来とは佛を言う。
6.
ユーザー
Z4zxP
本来、仏罰と言うものは有り得ない。佛は罰する事が無いからだ。では、ほとけは負い目を負わそうとして成仏を言うのか。
佛であればこうであろうと為すべきことをしてjけばいいんだよ、と寄り添うっていてくれるのか。
良い事をし、悪い事をしない。これがなんなく日常生活の場で実践できるといいな、夢想するぐらいだ。
仏道は顛倒(てんどう)していると世のありようを喝破する。
手の甲と手のひらと、同じ手ではあるが、表裏がある。表裏で、一いち、手は一つなのであって、表裏は一の如しではない、一いちなのだ。

二項対立は無く、二は一の如し、とは、説明であって、一の如しは、一いち なのだ。だが 一は絶対であり、唯一であり、言いきりである。固定した過去のみが存在していることを言う。それは変化していく事が無い。
ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、諸行無常である。諸行無常とは、二は一の如しである。一如は佛である。如来は佛を言う。佛は、如である。

例えば、ステージ4のドクタにお任せって患者であっても、治療の最終決断はすするんだ。
医療は、患者の為に在るのであって、患者の意向に寄り添うものなのだ。多臓器に転移しているからと言って、幾種類ものがんに対応できないのが実際で、ある部位のためのくすりを飲むと極端に消耗する時、拒否を申し出る。

釈迦族の聖者、ガウタマシッダールタさんが言った、天上天下唯我独尊。てんじょうてんげ ゆいがどくそん
汝こそ汝の主人公。 他の誰が汝の主人公でありうるか。

わたしが大事である。わたしが産まれ、わたしが死ぬからなのだ。お金がなくてくやしさに泣きはらした眼にも生と死は わたしのもちものなのである。
父親がある日の事10歳前後になった息子を連れて森の中に分け入った。道の左右の草や木を手にとって、息子に手渡し食べてみろ、と言う。これは食べられる、これは食べられない、と教える。
息子はさらに森を分け入って、親とは別れて自分の小屋を建て移り住み自立し、一家を為す。
毒か、毒でないか、を識別できる。これが自立である。そのどこに、しつけが必要なのだろう、不必要である。
大正時代、10歳で尋常小学校を卒業したら、大店おおだな へと丁稚奉公へ入っていき、番頭になり、のれん分けで店主になる。代々、そうやって、いま生きていることが明日のわたしを生そうとしている。

人気のスレッド

もっと見る
>