明清帝国 11最終更新 2024/01/07 04:201.世界@名無史さんZlPOe明清帝国 1368年 ~ 1912年540余年に及ぶ悠久の歴史を語る前スレ明清帝国九 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1676898281/出典 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1682207755明清帝国 10 https://talk.jp/boards/whis/1682207755/l502023/07/12 06:13:0976コメント欄へ移動すべて|最新の50件2.世界@名無史さんZlPOeこちらで心機一転、再スタートだ2023/07/12 06:13:323.世界@名無史さんZlPOe明清帝国とは、別名を北京帝国2023/07/12 06:14:164.世界@名無史さんZlPOeモンゴル帝国の後継国家の総称だ2023/07/12 06:14:385.世界@名無史さんZlPOe朝鮮王国500年明清帝国も500年2023/07/12 06:15:136.世界@名無史さんNDtAy方以智の情報なにかありませんか?特に明は、文化絢爛時代でしたね2023/07/12 10:51:087.世界@名無史さんnCaGM忘れられる大順2023/07/12 12:45:488.世界@名無史さん9U8p6明と清の間に、順朝がある2023/07/13 03:03:189.世界@名無史さんC4v3lてst2023/07/13 14:12:5410.世界@名無史さん14DBb>>8> 明と清の間に、順朝がある順調に発展していた2023/07/17 14:00:5411.世界@名無史さんnvCbK>>10どこがやねーん笑2023/07/18 01:12:4712.世界@名無史さんyJOI1なんで老人に左翼が多いのか?https://talk.jp/boards/news/16897382202023/07/20 08:11:5513.世界@名無史さんTOAzO>>12右翼も高齢者が多いぞ2023/07/20 19:31:5714.世界@名無史さんTOAzO御三家いの奴さえ来なければ、李自成の天下が続いたな2023/07/20 19:32:4915.世界@名無史さんTTTZU李自成、ポッと出で天下取っちゃったけどすぐやられた小物感がどうしても拭えないあの状況で明朝倒しても、すぐ清に攻め込まれるの明白だったと思うんだけどな...2023/07/21 08:39:2416.世界@名無史さんiobr2中国の時代劇では通常、李自成はスケールの大きな大物として描かれる2023/07/21 19:13:3517.世界@名無史さんiobr2日本から見るのとは、感覚が違うのかもしれない2023/07/21 19:13:5218.世界@名無史さんiobr2「闖王」(ちんおう)と呼ばれる人気者2023/07/21 19:17:4719.世界@名無史さんCrDHn王莽ポジじゃないんか2023/07/21 20:13:4420.世界@名無史さんOTVAc階級闘争史観での大物扱いでしょ。洪秀全も。朱元璋は途中までは大物だが、地主階級側に寝返ったとする。2023/07/21 22:48:2521.世界@名無史さん4Tv2qしかし、民衆反乱を英雄視するのは、いまの中国共産党にとって危険思想2023/07/22 06:01:2022.世界@名無史さん4Tv2q水滸伝など、最も危険2023/07/22 06:02:0023.世界@名無史さんczVsvそこで旧日本軍をスケープゴートにしてみたがやればやるほど実際に戦った国民党蒋介石派が称揚2023/07/22 06:21:0424.世界@名無史さんELa51ひと頃は、「民衆の不満のハケグチにちょうどいい」と考えて、反日デモを煽ってたがあまりに危険なので、すぐに止めさせた2023/07/22 06:48:1025.世界@名無史さん4Tv2q反日デモで、大陸にいる日本人は危険な状況に陥った「欧米列強や日本は、暴動で治安が悪化した中国で自国民を保護するために出兵しました」というのが、かつては「帝国主義国の侵略の口実」とされてたがあれを見て、「それは言いがかりではなく、本当に自国民が危険だったんだな」と知った人が多かったのではないか2023/07/22 07:14:1826.世界@名無史さんwXldQ清末の義和団の乱のときは、本当に危険な状況に陥った2023/07/23 18:36:0527.世界@名無史さんwXldQ義和団の乱は、1900年(1899年)に起こった、清朝末期の動乱である。義和団事件・義和団事変・北清事変(ほくしんじへん)・清国事変などの呼び方もあり、中国では戦争が起こった年の干支から庚子事変(こうしじへん)とも言われる。「扶清滅洋」を叫ぶ宗教的秘密結社義和拳教による排外主義の運動が展開されたが、1900年(光緒26年)に清国の西太后がこの叛乱を支持して6月21日に欧米列国に宣戦布告したため国家間戦争となった。だが、宣戦布告後2カ月も経たないうちに、北京の公使館員や居留民保護のため八カ国連合軍が北京に進出し、大日本帝国が中でも最大の兵力8000人を投入した。2023/07/23 18:37:5028.世界@名無史さんwXldQ>西太后がこの叛乱を支持して6月21日に欧米列国に宣戦布告したため国家間戦争となった。西太后も、バカなことをしたもんだな2023/07/23 18:38:3429.世界@名無史さんwXldQBBAの浅知恵だ2023/07/23 18:38:4430.世界@名無史さんZqUz1割と真面目に西太后が中華の発展を100年は遅くしたと思うあんな痴呆が権力を持ってたら国が纏まるわけがない2023/07/24 01:44:2831.世界@名無史さん4zYBD>>30物事には二面ある。西太后のお陰で保守派大臣たちがまとめて粛清され、改革派が抜擢されて、洋務運動が始まった。洋務派官僚たちは皆、西太后の恩顧に感謝してる。西太后がいたからこそ清朝は数十年延命した。しかも西太后への誹謗の多くは事実に反する。有名な『西太后治下の中国』の著者は英国工作員で、内容の多くが根も葉もない風説だった。2023/07/24 13:37:5432.世界@名無史さん47PcEさっさと革命すべきだった2023/07/24 21:02:0233.世界@名無史さんWkXFN清朝が崩壊したのは、ちょうどいいタイミングだったかもしれない2023/07/25 05:43:0634.世界@名無史さんWkXFN西太后が数十年の時間を稼いだ2023/07/25 05:43:2635.世界@名無史さん7iZyz西太后が痴呆だったら、数十年間も最高権力を握ってはいられない。間違いなく清朝を一時は立て直すことに成功した。保守派に配慮しつつ、改革が進んでた。国内は劇的に変様してる。2023/07/25 09:07:4136.世界@名無史さん7iZyz西太后は欧米列強からの干渉にウンザリしてて、怒りを貯めてただろうね。義和団に乗っかってしまった。2023/07/25 09:28:4837.世界@名無史さんtbP51西太后の政治的手腕に関してはセンスがないと言えると思う。何をするにも後手後手でアホかと。いくら後世に作られたイメージがあるとはいえ、中華全体の発展のことを考えると有能とは言えない。辛い立場だったとは思うが。2023/07/25 17:48:3138.世界@名無史さんtbP51自分の権力維持に成功したのは見るべきものがあるが、結局は中華の発展を遅らせただけ。2023/07/25 17:50:5139.世界@名無史さん7iZyz>>38革命で混乱を起こすより、保守派とのバランスを取りながら、伝統を残しつつ徐々に改革する姿勢の方が理性的で最善だと思う。光緒新政で立憲君主制に転換したが、総理大臣が革命派に寝返って、憲政が軌道に乗る前に崩壊しちゃった。2023/07/25 18:49:3840.世界@名無史さんMbpvT立憲君主制化が早々に進んでれば今も中華帝国が存在してたかもしれないと思うとロマンがあるな2023/07/25 20:39:0141.世界@名無史さんaYx8c大清帝国が立憲君主制か~ロマンはあるけど、少数民族による支配だから安定するのは難しいな2023/07/25 21:49:3342.世界@名無史さんaYx8c中華帝国ったってなあこのスレ全体を貫くテーマとして、モンゴル帝国以後の北京帝国は、いにしえの長安-洛陽帝国とは関係ない別の国(笑)2023/07/25 21:51:5543.世界@名無史さんaYx8cそれはともかく、立憲君主制のロマンっていったら世界で人気投票したら、やっぱりハプスブルク家のオーストリア帝国が1位でしょうな大清帝国の人気は微妙なものがあるかと2023/07/25 21:58:2744.世界@名無史さんaYx8c>>43> 世界で人気投票したら「続いてほしかった君主制」の人気投票2023/07/25 21:59:3145.世界@名無史さんaYx8cいや、フランスのブルボン王朝のほうが上かもな?とりあえず、清朝・ムガール・オスマンのアジア三大帝国は、続いてほしかったという声が少なそう2023/07/25 22:01:3246.世界@名無史さんaYx8cていうか、清朝の場合内中国から撤退して満州の地で存続するという道があった満州に大清帝国、台湾に中華民国そんな世界に生きてみたかった(笑)2023/07/25 22:04:5647.世界@名無史さんDqSpDオスマンとロシアは続いてほしかったなぁ個人的に歴史的には浅いけど、ブラジルで君主制がいいって人が割と多いって聞いたことあるナポレオン3世みたいな人が出てきたらワンチャンブラジル帝国復活するかも?2023/07/25 22:07:4548.世界@名無史さんaYx8cでも、それだと歴史が変わりすぎるんだよな満州・中国東北部には、日本が残した鉄道やら製鉄所やらの莫大な遺産があったそれが中華人民共和国の土台となった ことは毛沢東も認めてたもしも、中国共産党が満州の地を手に入れなかったならば、天下を取れなかったかもしれない2023/07/25 22:08:3049.世界@名無史さんaYx8c>>47確かに、ソビエト連邦が崩壊したときのロシアでは、ロマノフ王朝復活の声が挙がってた2023/07/25 22:09:3350.世界@名無史さんaYx8cあとは、イランのパーレビ王朝あたりか2023/07/25 22:11:2751.世界@名無史さんxxmmQ>>48残念ながら満洲の工業施設、発電装備、機械はごっそりソ連軍が持ち去ってしまった。奉天を取材した米国記者の表現によれば「まるで鉄とコンクリートを蝕む白アリの天災が通り過ぎたあとのような」状態。ソ連軍のお陰で国民党軍が入れず、共産党軍に引き継がれやすかっただけ。2023/07/26 06:53:5352.世界@名無史さんgovkzそうなのかソ連の工業化に役立ったんだな?2023/07/26 07:04:1953.世界@名無史さんxxmmQ>>41議会選挙でどう選ばれ、内閣に実権を持てるかで、決まる。結局、議会選挙を実施する前に清朝は滅ぶ。中華民国臨時政府袁世凱の元で中国史上初めての議会選挙が行われたが、第一党の国民党の党首の宋教仁はすぐに袁世凱によって暗殺され、国民党は解散されてしまい、議院内閣制を確立できなかった。孫文は革命党を組織し、それが宋教仁のとは別の国民党となる。こちらはソ連式の革命政党であって、軍隊を持つ政党で、選挙で信任を得る公開政党とは異なる。孫文国民党と中国共産党は同類で、普通の議会政治が始まらない。清朝が続いてたらどうだったか?議院内閣制が進展する図が想像できないな。2023/07/26 09:13:5154.世界@名無史さんHx44j光緒帝の改革が成功してたら延命してたのかなどっちにせよ日中戦争でメタメタに体力使っちゃってベトナムみたいに終戦と共に君主制は終わってそう2023/07/26 19:20:1355.世界@名無史さんxxmmQ義和団に対し西太后の命令に反して鎮圧する側に立った官僚たちも多い。彼らを厳しく弾劾する動きがあった。西太后は弾劾を握りつぶし、不問とした。義和団は失敗に終わるとの予感があったと思う。2023/07/26 22:20:1256.世界@名無史さんxxmmQ>>54義和団以後の改革は最後のあがき。地方の軍閥が跋扈してバラバラになってる。2023/07/26 22:25:2157.世界@名無史さんQqmAH辛亥革命で、夢の「全省独立宣言」が実現した末期のソビエト連邦みたいに、各省が続々と清朝から離脱していった2023/07/27 06:09:4758.世界@名無史さんAGv5P台湾の独立宣言を認めない中華人民共和国とは比べ物にならない寛容さ2023/07/27 13:05:3159.世界@名無史さんcQINx清帝国は有能な皇帝が多く、末期ですら他王朝と比べると全然マシだが、明はガイジかガキか宦官の傀儡しかいないような気がする2023/07/31 00:17:3660.世界@名無史さんY4U9x初代がアレなら子孫も当然2023/08/01 06:30:0661.世界@名無史さんjmbXH中国史は、モンゴル帝国から始まった2023/08/18 20:14:5062.世界@名無史さんjmbXHモンゴル帝国以前は、先史時代という位置づけ2023/08/18 20:15:2763.世界@名無史さんjmbXH隋唐は異民族2023/08/18 20:16:1164.世界@名無史さんyUSAJ>>62先史の意味をきちんと分かっていますか?先史、歴史の違いは文字の発明以前、以後ですよ。2023/08/20 22:04:1765.世界@名無史さんOwI8l先史じゃなかった「前史」と書いたつもりだった2023/08/20 22:54:2366.世界@名無史さんOwI8l中国の歴史は、モンゴル帝国から始まるそれ以前は、前史という位置づけ2023/08/20 22:55:2767.世界@名無史さんOwI8l隋唐と現代の中国は、別の国ほとんど関係ない2023/08/20 22:56:3768.世界@名無史さんOwI8lまあ、まったく関係ないとまでは言わないが ほとんど関係ない2023/08/20 22:56:5869.世界@名無史さんOwI8l実質的には、日本の方が歴史が長いと言える2023/08/20 22:57:2270.世界@名無史さんhG2EW岡田英弘とか好きそう2023/08/21 01:33:3371.世界@名無史さんRyVGvよく、「日本の歴史は二千年。中国の歴史は70数年」という人がいるけれどさすがに、それは無理のある解釈2023/08/21 05:33:0072.世界@名無史さんRyVGvだけど、隋唐は明らかに「中国」ではない別の国と見るべきであろう2023/08/21 05:33:3073.世界@名無史さんy32RR中華民国の歴史は100年以上あるからな2023/08/24 04:25:3074.世界@名無史さん5L9TD清朝末期にロシアに割譲した北東部の領土奪還を、中国は狙う?#大前研一https://www.ohmae.ac.jp/mbaswitch/northern_territories2023/08/29 12:23:3275.名無しさんtIhEM赤紫色から、くすんだ青紫色のように成ってきているのですが、これが赤痣動画のせいなのか傷および怪我動画のせいなのかが、イマイチ分かりませんね2023/12/07 19:03:4676.名無しさん1mXgBR&Bは、落ち着く。リラックスできる。エッチな気分も満足させてくれる。2024/01/07 04:20:45
540余年に及ぶ悠久の歴史を語る
前スレ
明清帝国九
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1676898281/
出典 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1682207755
明清帝国 10
https://talk.jp/boards/whis/1682207755/l50
明清帝国も500年
特に明は、文化絢爛時代でしたね
> 明と清の間に、順朝がある
順調に発展していた
どこがやねーん笑
https://talk.jp/boards/news/1689738220
右翼も高齢者が多いぞ
あの状況で明朝倒しても、すぐ清に攻め込まれるの明白だったと思うんだけどな...
スケールの大きな大物として描かれる
洪秀全も。
朱元璋は途中までは大物だが、
地主階級側に寝返ったとする。
あまりに危険なので、すぐに止めさせた
「欧米列強や日本は、暴動で治安が悪化した中国で自国民を保護するために出兵しました」
というのが、かつては「帝国主義国の侵略の口実」とされてたが
あれを見て、「それは言いがかりではなく、本当に自国民が危険だったんだな」と知った人が多かったのではないか
義和団事件・義和団事変・北清事変(ほくしんじへん)・清国事変などの呼び方もあり、中国では戦争が起こった年の干支から庚子事変(こうしじへん)とも言われる。
「扶清滅洋」を叫ぶ宗教的秘密結社義和拳教による排外主義の運動が展開されたが、1900年(光緒26年)に清国の西太后がこの叛乱を支持して6月21日に欧米列国に宣戦布告したため国家間戦争となった。
だが、宣戦布告後2カ月も経たないうちに、北京の公使館員や居留民保護のため八カ国連合軍が北京に進出し、大日本帝国が中でも最大の兵力8000人を投入した。
西太后も、バカなことをしたもんだな
あんな痴呆が権力を持ってたら国が纏まるわけがない
物事には二面ある。
西太后のお陰で保守派大臣たちがまとめて粛清され、
改革派が抜擢されて、洋務運動が始まった。
洋務派官僚たちは皆、西太后の恩顧に感謝してる。
西太后がいたからこそ清朝は数十年延命した。
しかも西太后への誹謗の多くは事実に反する。
有名な『西太后治下の中国』の著者は英国工作員で、内容の多くが根も葉もない風説だった。
間違いなく清朝を一時は立て直すことに成功した。
保守派に配慮しつつ、改革が進んでた。
国内は劇的に変様してる。
義和団に乗っかってしまった。
何をするにも後手後手でアホかと。
いくら後世に作られたイメージがあるとはいえ、中華全体の発展のことを考えると有能とは言えない。
辛い立場だったとは思うが。
革命で混乱を起こすより、
保守派とのバランスを取りながら、
伝統を残しつつ
徐々に改革する姿勢の方が理性的で最善だと思う。
光緒新政で立憲君主制に転換したが、
総理大臣が革命派に寝返って、憲政が軌道に乗る前に崩壊しちゃった。
ロマンはあるけど、
少数民族による支配だから
安定するのは難しいな
このスレ全体を貫くテーマとして、
モンゴル帝国以後の北京帝国は、
いにしえの長安-洛陽帝国とは関係ない
別の国(笑)
世界で人気投票したら、やっぱり
ハプスブルク家のオーストリア帝国が
1位でしょうな
大清帝国の人気は微妙なものがあるかと
> 世界で人気投票したら
「続いてほしかった君主制」の人気投票
とりあえず、清朝・ムガール・オスマンの
アジア三大帝国は、続いてほしかった
という声が少なそう
内中国から撤退して満州の地で
存続するという道があった
満州に大清帝国、台湾に中華民国
そんな世界に生きてみたかった(笑)
歴史的には浅いけど、ブラジルで君主制がいいって人が割と多いって聞いたことある
ナポレオン3世みたいな人が出てきたらワンチャンブラジル帝国復活するかも?
満州・中国東北部には、日本が残した
鉄道やら製鉄所やらの莫大な遺産があった
それが中華人民共和国の土台となった
ことは毛沢東も認めてた
もしも、中国共産党が満州の地を
手に入れなかったならば、
天下を取れなかったかもしれない
確かに、ソビエト連邦が崩壊したときの
ロシアでは、ロマノフ王朝復活の声が挙がってた
残念ながら満洲の工業施設、発電装備、機械はごっそりソ連軍が持ち去ってしまった。
奉天を取材した米国記者の表現によれば
「まるで鉄とコンクリートを蝕む白アリの天災が通り過ぎたあとのような」状態。
ソ連軍のお陰で国民党軍が入れず、共産党軍に引き継がれやすかっただけ。
ソ連の工業化に役立ったんだな?
議会選挙でどう選ばれ、内閣に実権を持てるかで、決まる。
結局、議会選挙を実施する前に清朝は滅ぶ。
中華民国臨時政府袁世凱の元で中国史上初めての議会選挙が行われたが、
第一党の国民党の党首の宋教仁はすぐに袁世凱によって暗殺され、国民党は解散されてしまい、議院内閣制を確立できなかった。
孫文は革命党を組織し、それが宋教仁のとは別の国民党となる。
こちらはソ連式の革命政党であって、軍隊を持つ政党で、選挙で信任を得る公開政党とは異なる。
孫文国民党と中国共産党は同類で、
普通の議会政治が始まらない。
清朝が続いてたらどうだったか?
議院内閣制が進展する図が想像できないな。
どっちにせよ日中戦争でメタメタに体力使っちゃってベトナムみたいに終戦と共に君主制は終わってそう
彼らを厳しく弾劾する動きがあった。
西太后は弾劾を握りつぶし、不問とした。
義和団は失敗に終わるとの予感があったと思う。
義和団以後の改革は最後のあがき。
地方の軍閥が跋扈してバラバラになってる。
末期のソビエト連邦みたいに、各省が続々と清朝から離脱していった
先史の意味をきちんと分かっていますか?
先史、歴史の違いは文字の発明以前、以後ですよ。
「前史」と書いたつもりだった
それ以前は、前史という位置づけ
ほとんど関係ない
ほとんど関係ない
さすがに、それは無理のある解釈
別の国と見るべきであろう
#大前研一
https://www.ohmae.ac.jp/mbaswitch/northern_territories
これが赤痣動画のせいなのか傷および怪我動画のせいなのかが、
イマイチ分かりませんね