観察の理論負荷性についてアーカイブ最終更新 2021/10/09 18:161.考える名無しさん理論負荷性(theory ladenness)◆概念観察や知覚は理論などに影響されない不変の与件、経験的知識の純粋な基盤ではなく、概念や理論を不可欠な背景としていることを要約的に表す概念。N.R.ハンソンが後期ウィトゲンシュタインから得た着想を科学の場面に応用し、知覚と概念との間の論理的な関係を考察した際に鍵概念として用いて以来、科学哲学におけるその使用法が定着した理論負荷性という語は、主に科学哲学において、観察というものが成立するためには不可避的に背景にある理論に依存せざるをえない、という「観察の理論負荷性」を論じる文脈で使われてきた。たとえば科学的な観察は高度な実験・観察装置からの出力という形で行われるため、そもそもその装置がどういう装置なのかという理論がわからなければ観察もできない。通常こうした現象は、知覚と理論的解釈という二段階のプロセスとして理解されることが多いが、ハンソンは理論が知覚そのものに影響を与えている、という一段階の理解を提案した。この主張を文字通りにうけとれば、別の理論の信奉者は同じ方向を見ていてもそれぞれに「別のもの」を観察することになり、理論比較の共通の基盤が失われ、相対主義的科学観に道が開かれることになる出典 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/16337709792021/10/09 18:16:191すべて|最新の50件
◆概念
観察や知覚は理論などに影響されない不変の与件、経験的知識の純粋な基盤では
なく、概念や理論を不可欠な背景としていることを要約的に表す概念。
N.R.ハンソンが後期ウィトゲンシュタインから得た着想を科学の場面に応用し、
知覚と概念との間の論理的な関係を考察した際に鍵概念として用いて以来、
科学哲学におけるその使用法が定着した
理論負荷性という語は、主に科学哲学において、観察というものが成立するためには
不可避的に背景にある理論に依存せざるをえない、という「観察の理論負荷性」を
論じる文脈で使われてきた。たとえば科学的な観察は高度な実験・観察装置からの
出力という形で行われるため、そもそもその装置がどういう装置なのかという
理論がわからなければ観察もできない。通常こうした現象は、知覚と理論的解釈と
いう二段階のプロセスとして理解されることが多いが、ハンソンは理論が知覚
そのものに影響を与えている、という一段階の理解を提案した。
この主張を文字通りにうけとれば、別の理論の信奉者は同じ方向を見ていても
それぞれに「別のもの」を観察することになり、理論比較の共通の基盤が失われ、
相対主義的科学観に道が開かれることになる