安価 彡(゜)(゜)ワイは転生を決める神や。IDなし最終更新 2025/11/17 00:541.夢見る名無しさん彡(゜)(゜) え~と>>3君か>>3 は、はい2025/07/07 19:23:2381コメント欄へ移動すべて|最新の50件32.夢見る名無しさん褐色の木の幹を打ちつけた白い漆喰塗りの家々(陰にこもった鐘の音、バール、青白い顔をした酔っ払いの浮浪者)バール (大股に浮浪者の周りを半円を描いて歩き回る。その浮浪者廃止に腰を下ろし、青い顔で空の方を仰いでいる) この木の死体を壁に打ち付けたのは一体誰だ?浮浪者 この木の死体の周りには、青白い象牙色の風が吹く、これはキリストの御聖体さ。バール おまけにおあつらえむきの鐘の音だ、木が死んじまったからな。浮浪者 あの鐘の音を聞いていると、俺は道徳的に高められたような気になるよ。バール この木の死体を見ても打ちのめされるような気にはならないか?浮浪者 へん、たかが木の残骸さ! (焼酎の瓶から飲む)バール 女の体だってこれよりましってわけじゃないぜ!浮浪者 女の体と聖体行列と何の関係があるんだ?バール どっちも破廉恥さ。お前は愛するってことをしないんだな。浮浪者 白いイエスの肉体! こいつを俺は愛しているさ! (彼に酒瓶を差し上げて見せる)バール (前よりも穏やかになって)俺は紙に歌を書いた。しかしこんな歌なんか、今こんな時には、便所にでもかけておけばいいと思っている。浮浪者 (悟りきった顔で)奉仕するんだ! 主イエス様にな、俺にはイエスの白い体が見える。イエスは悪を愛された。バール (飲む)俺みたいにな。浮浪者 あんたはイエスと死んだ犬の話を知っているか? みんなは言っていた。 「こりゃ悪臭ぷんぷんとした腐った犬だ! 警察を呼んで来い! とても我慢できない!」とね。 しかしイエスは言ったぜ、この犬の歯は白くて美しい、とな。バール ひょっとしたら俺はカトリックに宗旨変えするぜ。浮浪者 イエスはカトリックにはならなかったぜ。(彼から瓶を取り上げる)2025/11/16 23:23:3833.夢見る名無しさんバール (また興奮して辺りを走り回る)しかし女の肉体を奴は壁に打ち付けたんだぜ、俺ならそんなことはしない。浮浪者 壁に打ち付けたさ! 女の肉体は川を流れて行きはしなかった! 打ち付けられて殺されたのは、イエスの身代わりなのだ、白いイエスの肉体のな。バール (彼から酒瓶を奪い取って、彼に背を向ける)あんたの体の中には宗教が詰まりすぎているのか、それとも焼酎が入りすぎているのか、どっちかだよ。(瓶を持って行ってしまう)浮浪者 (我を忘れて、彼の後から怒鳴る)それじゃあんたは、あんたの理想に殉じようとはしないんだね、旦那! 聖体行列に身を投じる気もないのかね? 木を愛していながら、その木のためには何もしてやらないのか?バール 俺は川べりに降りて行って、手前の体を洗うさ。俺は死んだ体のことなど構っていられねえや。(退場)浮浪者 俺の体の中には焼酎が入っている。それがとても我慢できないんだ。 それに俺はこの忌まわしい死んでしまった木を眺めているのが我慢できない。 もっと沢山焼酎を飲めば、我慢できるかもしれないな。2025/11/16 23:24:4334.夢見る名無しさん五月の夜の木陰(バール、ゾフィー)バール (物憂げに)雨はもうあがった。草はまだきっと濡れているだろう---この梢の葉陰には、雨は漏れてこなかったな…… 若葉はすっかり湿って雫を滴らせていたけど、この根の辺りは乾いている。 (意地悪く)どうして草木と一緒に寝られないのかなあ?ゾフィー 聞いて!バール 濡れた黒い葉末を吹く風の、荒々しいざわめき! 雨が葉を伝って滴り落ちているのが聞こえたか?ゾフィー 首に一滴かかったわ……あら、あなた、離してよ!バール 愛は渦巻きのように体から着ているものを剥ぎ取っていく。そして、天国をのぞいた後の人間を落葉で埋めてくれる。ゾフィー あなたの中にもぐりこんでしまいたいわ。私は裸なんですもの、バール。バール 俺は酔い、君はいやいやをしている。空は黒く、俺たちは体中に愛をみなぎらせてシーソーをこぐ。空は黒い。君が好きだ。ゾフィー ああ、バール! お母さんは今頃死体になった私のことを思って泣いているわ。私が身投げしたと思っているわ。 もう何週間たったのかしら? あれはまだ、五月だったわ。多分もう三週間になるわね。バール 三十年たった時、もう三週間になるわね、と木の根元で恋人は言った。その時、彼女はもう腐りかけていたのだ。ゾフィー 捕まった獲物のように、こうして横になっているのは素晴らしいわ。頭の上には空があり、もう決して一人ぼっちじゃないんだもの。バール さあ、もう一度君の下着をとってしまうぜ。2025/11/16 23:26:4635.夢見る名無しさんナイトクラブ『真夜中の雲』(汚らしいナイトクラブ。白塗りの楽屋。後方下手に暗褐色の幕。上手わきに便所に通じる白塗りの板戸。上手奥にドア。そのドアが開くと青い夜が見える。奥のクラブでソプラノ歌手が歌っている。バール、上半身裸で、飲みながら歩き回り、ハミングしている)ループー (黒いてかてかした髪の太った青い顔の若者。左右に分けた長髪が汗をたらした青い顔に軽くかかっている。 後ろ向きになって右手のドアの内側に立っている)またランプを叩き落した奴がいるぜ。バール こんなクラブに出入りする客は下司な奴らばかりだ。俺の貰う分の酒はどうした?ループー あんたが、またすっかり飲んじまったじゃありませんか。バール 気をつけてものを言え!ループー ミュルクさんが、あんたは底なしの沼だと言っていたよ。バール それは俺に酒をよこさないということか?ループー 番組を済ますまではもう飲ませてはいけないといってましたよ。お気の毒ですがね。ミュルク (幕の所で)お前は引っ込んでな、ループー!バール 約束しただけは酒をくれ、ミュルク、でなきゃもう歌わないぜ。ミュルク そんなに飲んじゃ駄目だ。そんなに飲んでたら、そのうちまるで歌えなくなってしまうぞ。バール 酒を飲めなければ歌う意味はないや。ミュルク あんたの番組は、ザヴェトカのソプラノと並んで、この『真夜中の雲』の看板なんだ。私はあんたを、自分の手で掘り出した。 あんたみたいなこんなデブの肉の塊の中にこれほど繊細な魂の宿ったことなんてこれまでにあったかね。 あんたが成功したのはその肉の塊のおかげであんたの歌のせいじゃない。あんたにそう飲まれたらわしは破産だよ。バール ちゃんと契約で貰えることになっている酒まで飲ませてもらえないんで、毎晩そのために喧嘩口論なんて俺はもううんざりだ。おれはずらかるぜ。ミュルク 俺は警察にコネがあるんだ。また一晩くらいはくらいこませてやるぞ。あんた、這い回るような体たらくじゃないか。 あんたの情夫は外の風にあててやんな! (客席の中で拍手の音)ほら、あんたの番組だよ。バール もうつくづくいやになった。2025/11/16 23:28:5836.夢見る名無しさんソプラノ歌手 (青白い無表情なピアニストと共に、カーテンからでて)さあ、すんだわ!ミュルク (バールにフロックコートを押し付ける)わしの店では、半裸で舞台に出られちゃ困るよ。バール 馬鹿野郎! (フロックコートを投げ捨て、ギターを引きずって幕を開けて出て行く)ソプラノ歌手 (座って飲む)彼は同棲している恋人がいるので、それで働いているのよ、天才だわ。 ループーが彼の真似をするなんて、おこがましいわ。あいつったらあの人の態度ばかりか恋人まで盗んでしまったのよ。ピアニスト (トイレの板戸にもたれて)奴の歌は素晴らしいさ。だけどここじゃ酒の分け前のいざこざで、 この十一日間ってもの、毎晩ループーととっつかみ合いをしているんだ。ソプラノ歌手 (がぶ飲みする)あたしたちの暮らしも惨めなものさ。バール (幕の向こうで)俺はつまらない男、清らかな心の男、いつも楽しくしていたい。(拍手。バール、ギターに合わせて続ける)部屋を風が吹き抜けていった子供が青いスモモを食ったその柔らかくて白い肉を慰みにそっと そこいらに転がしておいたとさ(客席の中で喝采の声、非難の声が起こる。バールは歌い続けるが歌はますます露骨になるので騒ぎがだんだん大きくなっていく。ついに客席は凄まじい混乱に陥る)ピアニスト (感情を全く示さずに)驚いたな、あいつはやってのけたぜ。救急車を呼ばなければならん騒ぎさ。 今ミュルクの野郎が喋っているけど、客は奴を八つ裂きにしてしまうだろう。あの男は客に露骨な描写をしたんだ。(バール、カーテンから出てくる。ギターを後に引きずっている)ミュルク (彼の背後で)あんたはけだものだ。いためつけてやるぞ。自分の番組だけ歌ってればいいんだ! 契約通りに! さもないと警察に言いつけてやるぞ。(ホールに戻る)(バール、自分の首を締めるような真似をして上手にある便所のドアの所へ行く)2025/11/16 23:31:5737.夢見る名無しさんピアニスト どこへ行くんです?(バール、彼を押しのける。ギターを持ち、ドアを通って去る)ソプラノ歌手 あんた、ギターを持ってトイレに入るの? 素晴らしいわ!客たち (首を突っ込んで)あの下司野郎はどこだ? 続けて歌わせるんだ! まだ休憩じゃないぜ! 忌々しい下司め! (ホールに戻る)ミュルク (入って来て)わしは客に向かって救世軍の仕官のように話し掛けたんだがね。警察に頼んだ方がいい。 客の奴ら、あいつをまた出せって大騒ぎだ。奴はどこへ行った。舞台に出てもらわなきゃならない。ピアニスト 看板役者は便所に出て行きましたぜ。(後の方に向かって叫ぶ)バール!ミュルク (便所の戸をどんどん叩く)おい君、そんなに勿体ぶるなよ。畜生、便所の閂をかけて篭城なんて許さないぞ。 今この時間に対してだって、わしは賃金を払っているんだ。契約書にもちゃんと書いてある。 君は高等詐欺師だな! (陶酔するように戸をどんどん叩く)ループー (上手のドアの所で。青い夜が見える)便所のドアが開いてます。禿鷹は飛んで行っちまった。酒が飲めなきゃ歌わないか。ミュルク 空っぽか? 逃げやがったか? 便所から抜け出したのか? 人殺しめ! 警察に頼もう。(飛び出して行く)叫び声 (舞台の奥の方からリズミカルに)バール! バール! バール!2025/11/16 23:33:3638.夢見る名無しさん緑の草原 青いスモモの木(バール、エーカルト)バール (ゆっくり草原を通って行く)空が緑を増し、孕んだように膨らんできてからは、七月の大気だ、風が立つ。 ズボン一丁でシャツもなしだ。(エーカルトの方に戻って)俺の剥き出した股を風が擦って行く。 俺の頭の中は風で泡立ち、腋の下の毛にも草原の香りが染み込んでいる。大気は風に酔いしれたように震えている。エーカルト (彼の後で)なぜスモモの木陰から象みたいに飛び出していったんだ?バール 俺のこめかみに手を置いてみろ! 脈がうつたびに膨れ上がっちゃ、泡みたいにまたへこむだろう。手で触ると感じるだろう?エーカルト いや。バール お前には、俺の魂のことは何も分かっていない。エーカルト 水に体をつけて横になろう。バール 俺の魂は、兄弟、風にのしかかられてのた打ち回る麦畑の呻きだ。共食いしようとする二匹の昆虫の目の輝きだ。エーカルト くたばることのないはらわたの持ち主、七月のように狂った男、それがお前だ。お前はいつかは澄んだ空に油のしみを残していく肉団子よ。バール そんなのは紙に書いた、ただの言葉さ。それでも別に構わないよ。エーカルト 俺の肉体は風に揺れる小さなスモモのように軽い。バール それは青白い夏の空のせいさ。青い沼の生温い水に浸かって、スポンジみたいに含もうか? そうでもしておかないと、白い田舎道が天使の投げたロープのように、俺たちを天国に引っ張り込んでしまうぞ。2025/11/16 23:35:0739.夢見る名無しさん村の居酒屋 夕方(農夫たちがバールを取り囲んでいる。片隅にエーカルト)バール あんたたちみんなに、まとまってここで会えるのは好都合だ! 俺の兄貴が、明日の晩ここへ来る。それまでに雄牛を集めておかなきゃいけないんだ。農夫1 (ぽかんと口を開けて)でも、あんたの兄さんが欲しがっている牛かどうか、どうして分かるかね?バール それは俺の兄貴にしか分からないさ。ともかく見事なやつばかりにしてくれ。でなきゃ、何の値打ちもないからな。焼酎一杯、亭主!農夫2 あんたたち、すぐ買ってくれるかね?バール 一番腰の強いやつを買うさ。農夫3 十一の村から、みんなが雄牛を連れてやってきますぜ。あんたが払うと言っている値段ならね。農夫1 俺の雄牛を見てくださいや!バール おい亭主、焼酎一杯!農夫たち 俺の牛が一番だぞ! 明日の晩って言いなさったね? (彼ら出かける)あんたがた、ここにお泊りかね?バール ああ、一つベッドにな。(農夫たち去る)エーカルト お前、一体どういうつもりなんだ? 気でも狂ったのか?バール まさに素敵だったぜ。奴らは目をぱちくりさせて口をぽかんと開け、やっと話を飲み込むと早速そろばんをはじき出したよ。エーカルト 少なくとも俺たちは、それで二、三杯の焼酎にありつけたってわけか。じゃあ、さっそくずらからなきゃ!バール 今ずらかるって? お前、気は確かか?エーカルト ああ、そういうお前は狂ってないのか? 雄牛の話のことを考えてみろ!バール ああそうさ。俺が連中を騙したのは何のためだと思う?エーカルト 二、三杯の酒にありつけるためじゃないのか?バール 夢でも見てるのか! お前に飛び切りのお楽しみを見せてやりたいのさ、エーカルト。(彼は後の窓を開ける。暗くなっている。また座る)エーカルト たかが六杯くらいで酔っ払いやがって、恥ずかしくないのか!バール きっと素晴らしい眺めだぜ。俺はこういう間抜けな奴らがすきなんだ。お前にありがたいお芝居を見せてやるぞ、おい! 乾杯だ!エーカルト お前は、本当の自分以上に純真に見せるのが好きな奴さ。そんなことをすれば、その憐れな奴らに頭をぶちのめされるぜ、俺もお前も。2025/11/16 23:37:0240.夢見る名無しさんバール 奴らはそうやって自分も利口になるだろうさ。俺は、こういう暖かい晩には、ある種の優しさを込めて奴らのことを考えるんだ。 奴らは誤魔化すつもりでやって来る。それも奴らの単純なやり口でな。それが俺には面白いのさ。エーカルト (立ち上がる)それじゃ牛か俺かどっちかだ。亭主に嗅ぎ付けられないうちに、俺は出て行く。バール (陰鬱に)今夜はやけに暖かだな。もう一時間だけいろよ。そうしたら一緒に行くぜ。分かってるだろ、俺がお前を好きだってことは。 あの畑の肥やしがここまで匂ってくるな。雄牛のことを仕切っているあの亭主はもう一杯人を振舞うと思うか?エーカルト おい、足音だぜ。神父 (入って来てバールに)こんばんは。雄牛を買いたいというお方はあなたですか?バール 私ですよ。神父 一体何のためにあなたはこんなペテンを仕組まれるのです?バール この世界は全てペテンですよ。乾草のむせ返るような匂いがしてくる! 晩にはいつもこんなに匂うんですか?神父 あなたの世界は大変惨めなようですね?バール 僕の空は樹木と女の体でいっぱいですよ。神父 そんな言葉は口にしないで下さい! この世は、あなたのサーカス小屋ではありませんよ。バール それじゃ、この世は一体何なのですか?2025/11/16 23:38:2441.夢見る名無しさん神父 ここを出て行きなさい。いいですか。私は善意に溢れた人間です。このことを根にもったりしませんよ。この件は全て片付けておきました。バール 正しい人間にはユーモアってものがないな、エーカルト!神父 で、あなたは、自分の計画が酷く子供っぽいということに、気付かないのですか? (エーカルトに)この人はどういうつもりなんですか?バール (後にもたれかかって)夕方の黄昏の中で---もちろん夕方とこなくちゃいけないぜ、それには雲がなくちゃ。 大気は生温く、ほんの少し風が吹いている、雄牛どもがやって来るんだ。そいつらは、あらゆる方向から、のしのしとこっちへやって来る。 すごい眺めだぜ。その時牛どもに囲まれた憐れな人間どもは、この雄牛をどうしていいか分からなくなる。 見当もつかなくなる。ただすごい眺めにありつくわけだ。俺は見当違いした連中も好きなんだ。 どこへ行ったらこんなに沢山の動物が集まるのを眺められるって言うんだ?神父 じゃ、そのためにあなたは、七つもの村の連中をかり集めようとしたのですか?バール この眺めに比べれば、七つの村なんてどうってことはない!神父 やっと分かりましたよ。あなたは憐れな人間だ。多分、特に雄牛がお好きなんでしょう?バール 行こうぜ、エーカルト! こいつのおかげで話が台無しだ。キリスト教徒はもう動物を愛してはいないのさ。神父 (笑って、それから真面目に)だからあなたにそんなことはさせません。さあ、出て行きなさい。 もう人目につくようなことはしないで! 私は、あなたに、少なからず奉仕をしてあげたつもりですよ、ねえ!バール 行こうぜ、エーカルト! お前にお楽しみも見せられなくなったぜ、兄弟!(エーカルトと共にゆっくりと去る)神父 さようなら! ご亭主、私があの人たちの酒代を払いますよ!亭主 (テーブルの向こうで)焼酎十一杯分でさあ、神父さん。2025/11/16 23:40:0142.夢見る名無しさん夕暮れの森(六、七人の木こりが木に寄りかかって座っている。その中にバール。草の中に死体が一つ)木こり1 樫の木でやられたんだ。奴はすぐには死ななかった。しばらく苦しんでたぜ。木こり2 今朝は、また奴は、天気が具合よくなってきたって言っていたのにな。 あいつは木の緑にちょっと雨のお湿りがあるのが好きだったんだ。木があんまり乾きすぎていないのがな。木こり3 いい野郎だったぜ、テディって奴は。奴は昔はどこかに、小さな店を持っていたんだ。これが奴の全盛期よ。 その頃は、坊主みたいに太っていた。だけど、女にいれあげて店を潰してここへ流れて来やがったんだ。 それで年とともに太鼓腹も萎びたってわけさ。木こり4 あいつ女とのいざこざの話は一度もしなかったのか?木こり3 ああ、また山を降りて行く気があったかどうかも分からねえ。 あいつはかなり貯め込んでいたけど、そりゃあいつが慎ましく暮らしていたせいだろうよ。 この山では誰も本当のことを言う奴なんかいないさ。その方がずっと気が楽さ。木こり1 一週間前、冬になったら、北へ登って行くって言っていたぜ。どこかそっちの方にぼろ小屋を持っていたらしい。 あいつ、お前にはどこか言わなかったか、おい象野郎?バール 放っておいてくれ、俺は何も知らねえ。木こり4 また手前の考えにふけっていたわけか、え?木こり2 こいつには全く信用がおけねえ。覚えているだろう、こいつ、俺たちの靴を、 一晩中濡れる所へぶら下げていたおかげで、俺たちは森へ行けなくなっちまったんだぜ。 それもみんなこいつが例によって怠けていたせいだ。木こり5 奴は、金のために仕事はしないとよ。2025/11/16 23:41:4843.夢見る名無しさんバール 今日は喧嘩は止めてくれ! 可哀想なテディのことを少しは考えてやることはできないのか?木こり1 奴がすっかりくたばった時、お前はどこにいたんだ?(バールは起き上がり、草の上を横切り、よろよろとテディの側に行く。そこに腰を下ろす)木こり4 バールはしゃんと立って歩けねえぞ、みんな。木こり5 あいつはもう放っておけ! 象野郎にもショックなのよ!木こり3 全くお前ら、今日ぐらい静かにしてもよさそうじゃねえか。奴の骸が転がっているうちはな。木こり5 お前、テディをどうしようってんだ、象野郎?バール (彼の上に身を屈めて)こいつは安らかに眠っている。俺たちは安らかに眠っていない。どっちも結構じゃねえか。 空は黒い。木々は震えている。どこかで雲が湧き上がってくる。これが舞台装置だ。 人間は食うことができる。眠ったら目を覚ます。奴は違う。俺たちはそうだ。こいつは二重に素晴らしいぜ。木こり5 空がどうだって?バール 空は黒い。木こり5 お前は頭がいかれているなあ。いつだって死ぬべきでない奴が真っ先に死に見舞われるんだ。バール そうさ、そりゃ不思議なことさ、あんたの言う通りだよ。木こり1 バールみたいな奴は長生きするぜ。この野郎は仕事をやっている所には近づかないんだからな。バール それにひきかえ、テディはよく働いたな。気前もよかった。人付き合いもよかった。 そのあいつの残したものは一つだけ、「昔テディって奴がいたっけな」という言葉だけさ。木こり2 あいつ、今頃、どこにいやがるんだろうな?バール (死人を指差して)ここにいるさ。木こり3 俺はいつも思うんだ。憐れな魂ってのは風なんだってね。ことに早春の晩のさ。でも秋の風だってそうだと思う。バール それから夏の風、太陽、穀物、畑の上を渡る風。2025/11/16 23:43:1544.夢見る名無しさん木こり3 そいつはぴったりしないよ。暗くなくちゃいけない。バール 暗くなくちゃいけないさ。(静寂)木こり1 あいつ、本当に、どこへ行ってしまうのかなあ?木こり3 あいつはあいつを必要とする人間なんか一人も持っていなかった。木こり5 あいつは自分一人だけでこの世に生きていたんだ。木こり1 奴の持ち物はどうする?木こり3 大してないな。金は銀行かどこかに預けていたぜ。奴がこの世にいなくなっても 金は銀行に預けられっぱなしってわけさ。お前何か知恵はないか、バール?バール 奴はまだ臭ってこないな。木こり4 おい、みんな、いいことを思いついたぞ。木こり5 言ってみろよ!木こり4 象野郎じゃなくたって知恵は浮かぶぜ。どうだ、テディの冥福を祈って一杯やるのは?バール それはたしなみがないぞ、ベルクマイヤー。木こり5 馬鹿馬鹿しい。たしなみだって---ところで何を飲めばいいんだ? 水か? よくも恥ずかしくねえな、こいつ、下らないことを。木こり4 焼酎よ!バール その案なら賛成するぜ、焼酎なら真っ当だ。その焼酎はどうする?木こり4 テディの焼酎よ。木こり5 テディの? それなら話は分かる---配給の分か? テディの奴はけちけち飲んでいたからな。間抜けにしてはいいとこに気がついたぜ。木こり4 すごく冴えてるだろう。どうだ! お前ら血の巡りの悪い頭に分けてやりたいぜ。 テディの弔いはテディの焼酎でやろうぜ! 安上がりでしかもこの場に相応しい! もう誰かテディに弔辞を述べてやったか? それこそやってやらなきゃいけねえことだ。バール 俺がやった。数人の木こり いつ?バール さっきよ。お前たちが、馬鹿げたことを喋りだす前さ。弔辞の始まりはこうだった。 「テディは安らかに眠っている」……お前たちは何でも済んでしまってから始めて気がつくんだな。木こり5 薄ら馬鹿が何をぬかす---焼酎を取って来よう。バール 恥ずかしくないのか!2025/11/16 23:45:5345.夢見る名無しさん木こり2 ほほう! そりゃまた何故だ、象野郎め!バール それはテディの持ち物だ。小さな酒瓶の栓だって抜いちゃいけねえ。テディには女房もあるし、五人の可哀想な孤児もいるんだ。木こり4 四人だ、四人だけだ。木こり5 突然荒れだしやがった。バール テディの五人の憐れな孤児から、憐れな親父の焼酎をかっぱらって飲んでしまう気か? それが仏心ってものなのか?木こり4 四人だ。孤児は四人だぞ。バール テディの四人の孤児の口から焼酎を取り上げて飲んでしまう気か?木こり1 テディには、家族なんか、全然いなかったぜ。バール でも孤児がいるんだ、なあ、諸君、孤児がね。木こり5 お前たちは、この気狂い象にからかわれているんだ、いいか、テディの孤児がテディの焼酎なんか飲むと思うか! それはテディの持ち物さ……バール (さえぎって)だったんだ……木こり5 だからってどうだっていうんだ?木こり1 こいつは戯言を言っているだけだよ。正気をなくしちまっているのよ。木こり5 俺は言いたいぜ。そりゃテディの持ち物だった、だから、俺たちが払えばいいんだ。 金をな、ちゃんとした金をな、なあ、みんな。そうすれば、孤児もなんとかやっていけるさ。一同 そいつはいい案だ。象の負けだ---焼酎が欲しくないなんて、奴は気が狂ったに違いない。こんな奴放っておいて、テディの焼酎を飲みに出かけようぜ!2025/11/16 23:47:2846.夢見る名無しさんバール (彼らの後の方から叫ぶ)少なくとももう一度舞い戻って来い! 罰当たりの死体泥棒め! (テディに)憐れなテディ! それに今日は、木々がとても力強く見える。空気は素晴らしく柔らかい。俺の心はいっぱいに膨らんできた。 憐れなテディ、お前くすぐったくないか? お前は完全に片付いた、まあ、俺に喋らせろ、そのうち臭いがしだしてくるだろう。 そして風が吹きすぎていく。全ては過ぎ去っていく。お前の小屋もな。そいつはどこにあるか俺は知っているが、 お前の持ち物だって生きている奴らが取り上げてしまうんだ。お前はそいつを見捨て、ただただ永遠の憩いを求めたんだからな。 昔はお前の体はこんなに酷くなかったな、テディ、なに、今だってまだそう酷くはなっていない。 ほんのちょっと潰れているだけだ。片っ方の側がな、それに足もだ。こんな足じゃあ、女たちとはどうせもう何も出来なかったろう。 こんな足で女に乗っかるわけにはいかないもんな。(彼は死体の足を持ち上げる)しかし、こんなになった体でだって、 その気になれば何とか生きていけたんだ。でもお前の魂は酷くお高くとまっていやがったからな。 この世の仮の住まいはぶち壊されちまった。鼠は沈没する船を見捨てるっていうからな。 お前は、ただお前の生き方の犠牲になったのさ、テディ。木こり5 (戻って来る)おーい、象野郎め、思い知らせてやるぞ! テディのぼろベッドの下の、一体どこにブランデーの瓶があるんだよ、おい? 俺たちが憐れなテディの面倒を見てやっていた時、お前はどこにいたんだ、ええ、旦那? テディが、まだ完全に死んではいなかった時のことよ、旦那? その時、お前はどこにいやがった? この豚野郎! 死体をあさりやがったな! テディの孤児の保護者だって、ふん?バール 何も証拠はないぜ、諸君!2025/11/16 23:50:1147.夢見る名無しさん木こり5 じゃあ、ブランデーはどこにある? お前の結構なご意見じゃ。瓶が中身を飲んでしまったとでも言うのか? こりゃえらく重大な問題だぞ、おい、ちょっと立ってみろ、おい、立てって言ってるんだ! それで真っ直ぐ四歩歩いてみろ、それから言えるなら言ってみろ、震えてもいないし、外見も中身もちっとも狂っちゃいねえってな。 汚い野郎め! こいつを立たせろ、ちょっとくすぐってやれ、みんな、テディの憐れな名誉を汚しやがったんだぞ! (バール、立たされる)バール ごろつきどもめ! せめてこの憐れなテディを踏みつけるな! (彼は腰をおろして死体の腕を自分の腕に抱えあげる)もしお前たちが、俺に何かしやがったりしたら、テディの死体を前にぶっ倒すぞ。 それじゃ死体が可哀想じゃないか? 俺は正当防衛をしているんだ。お前たちは七人、しちにんで、しかも酔っ払っていない。 ところがこの俺はただ一人で、しかも酔っ払っている。これが綺麗なやり方か、卑怯だぞ、 七人で一人にかかるなんて? 頭を冷やせ、テディだってこんなに冷え切っている。数人の男 (悲しそうに、或いは興奮して)この野郎には神聖なものなんてねえんだ。 神様、こいつの酔っ払った魂をお恵み下さい! こいつは神様の御手の中にいてもまだじたばたしているしたたかな罪人よ。2025/11/16 23:52:2548.夢見る名無しさんバール 座れよ、俺は抹香臭いことは嫌いだ。いつの世にだって利口な奴と頭の弱い奴がいるものだ。 だからこそ仕事にだって、上等な労働ってものがあるのよ。お前らも知っている通り、俺は頭のある労働者だ。 (タバコを吸う)君らには本当の意味の尊敬の念というものがなかったんだ。 いいか! 上等の焼酎を飲んだって、お前らの考え出すことと着たらたかが知れている。 ところが俺なら、ちゃんといろいろなことが分かるようになるんだ。そうなんだよ! 俺はテディにとても大事なことを話してやっていたんだ。 (彼は胸のポケットから紙を取り出し、それを見つめる)ところがお前らときたら、つまらぬ焼酎欲しさに、ほいほいいってしまう。 座れったら、梢の間に見える空をじっと見つめてみろ、今暗くなりかけている。 あれが何でもないっていうのか? だったらお前らは宗教心なんてひとかけらも持てやしないぞ!2025/11/16 23:54:2749.夢見る名無しさん小屋(雨の音が聞こえる。バール、エーカルト)バール 白い肉体を黒い泥沼につけているってとこだな。エーカルト お前はまだ、あの肉体の魂を連れに行ってやらないのか?バール どうやらお前は、自分のおミサで忙しかったらしいな。エーカルト 俺のミサのことなんかどうでもいい、自分の女のことを考えろ! お前、あの女をまたどこに追い払ったんだ、こんな雨の中を?バール あいつは俺たちの後を、絶望したように追いかけてきて、俺の首っ玉にぶら下がりやがるからな。エーカルト お前だんだん深みにはまっていくな。バール 俺が重すぎるからさ。エーカルト まさか自分が野垂れ死にするとは思っちゃいないだろうな?バール 俺は素手でも戦い抜くぞ。皮を剥がれても生き延びる、足の先に潜り込んでも粘り抜くさ。 そして牝牛のように倒れる、草の中へ、一番柔らかそうな所へ。死を一飲みして平気な面をしていてやる。エーカルト ここにごろごろしだしてから、お前ますます太ってきやがったな。バール (右手をシャツの下に入れ、左の腋の下に持って行く)ところが、俺のシャツは、だんだんゆるくなってきた。 汚れれば汚れるほど、たるんでくるんだ。もう一人くらいたっぷり入りそうだ、ただし太っていない奴だが。 だけど筋骨逞しいお前が、なぜまたのらくらしているんだ?エーカルト 俺の頭の中には、何かこう空みたいなものが広がっている。恐ろしく高い空。 その空のもとで様々な思いが、雲のように鮮やかに、風に流れていく。 どっちへ流れて行くかも決まっていない。だけどそれはみんな俺の中にあるんだ。バール それは、精神錯乱だぞ。お前はアル中だ。分かっただろう、その報いが来たんだよ。エーカルト 錯乱に襲われたなら自分の面を見て分かるはずだ。2025/11/16 23:56:0350.夢見る名無しさんバール お前の面なら四方八方から風が吹き抜けそうだぜ、すけすけの凹面体だからな。 (彼を見つめる)お前には面がないじゃないか。お前はゼロだ、透明人間だな。エーカルト どうせ、俺はだんだん数学的になっていくさ。バール お前の話を聞いた奴は、まだ誰もいない。なぜ自分のことをちっとも話さないんだ?エーカルト 俺には、話なんてできっこない。外を誰か歩いているぞ。バール お前は耳がいいな。お前は腹に一物あるくせに、それを隠している。お前は悪党だ、俺と同じだ。 悪魔のような奴だ。しかしいつか一巻の終わりになるぜ、そうしたらお前も善人に戻るだろうさ。(ゾフィー、戸口に現れる)エーカルト ゾフィー、あんたか?バール お前、また、何の用だ?ゾフィー もう入ってもいい、バール?2025/11/16 23:58:0851.夢見る名無しさん平地 空ゾフィー 膝が抜けそうだわ。どうして絶望した人間みたいに走っていくの?バール お前が俺の首に、石臼のようにぶら下がるからさ。エーカルト 自分でお腹を大きくしておいて、その女に、どうしてこんな仕打ちができるんだ?ゾフィー 私が欲しかったのよ、エーカルト。バール こいつが自分で欲しがったのさ。そして今、俺のお荷物になっているんだ。エーカルト そいつはむごいぜ。そこへ座れよ。ゾフィー。ゾフィー (座る)あの人を止めないで!エーカルト (バールに)この女を道端に放り出して行く気なら、俺は一緒に残るぞ。バール そいつは、お前と一緒にいやしないぜ。でもお前が俺を見捨てるっていうなら、それもこの女のためによ、そいつは全くお前らしいぜ。エーカルト お前は二度も俺が女と寝ているベッドから俺を追い出した。俺の女たちはお前を冷たくあしらった。 それでもお前は、俺の女を奪い取りやがった、俺はそいつらを愛していたのに。バール お前が女を愛していたから盗んでやったんだ。俺は二度も、死体のように冷たい女を犯した。 それもお前を清らかな男にしておきたかったからだ。俺にはその必要がある。 誓って言うが、俺は侵していても快楽なんか感じなかったんだ。エーカルト (ゾフィーに)この野獣よりもたちの悪い奴を、あんたはまだ愛しているのか?ゾフィー どうしようもないのよ、エーカルト。私、この人の死体をまだ愛しているの、私を殴る拳骨さえ好きなの。どうしようもないわ、エーカルト。バール 俺が豚箱に入っていた時、お前らがなにをやっていたか、知る気はないぜ。ゾフィー 私たちは一緒に白い牢屋の前に並んで、あなたのいる辺りを見上げていたわ。バール 一緒だったんだな。ゾフィー いけなかったならぶって。エーカルト (怒鳴る)お前、この女を俺に押し付けなかったというのか?バール あの頃はまだ、お前を奪われてもよかったんだ。エーカルト 俺はお前のような象みたいに厚い皮は持っていないぞ!バール だからこそ、俺はお前が好きなのさ。エーカルト それなら少なくともこの女がそばにいる間は、汚らわしい口を閉じていろ!2025/11/16 23:59:3852.夢見る名無しさんバール この女を厄介払いしなきゃな! こいつ結構悪くなりやがったぜ。 (両手を首に当てて)こいつは自分の汚れた肌着を、お前の涙で洗濯していやがる。 俺たち二人の間をこいつが裸で駆け回ってやがるのがまだ分からないのか? 俺は苦しみに耐える子羊だ。俺は自分の肌を脱ぎ捨てることが出来ないのだ。エーカルト (ゾフィーのわきに座る)おふくろのところに帰れよ。ゾフィー そんなことできやしないわ。バール こいつには、できやしねえとよ、エーカルト。ゾフィー ぶちたいのなら、ぶってちょうだい、バール。もっとゆっくり歩いてなんてもう言わないから。 そんなつもりじゃなかったのよ。足の続く限り、あんたについて行くわ。それから寝る時は木の陰で寝るわ。 そうすれば、あなたの目障りにもならないし。でも、私を追い払わないで、ね、バール。バール 膨らんだ腹で川の中にでも寝るんだな。お前は、俺に唾を吐きかけてもらいたいんだろう。ゾフィー ここで私を置いてきぼりにしたいの、それともここではまだ放り出さないつもり? まだどっちか決めてないのね、バール。あなたは子供みたいな人だからそんな風に考えるのね。バール 俺はもうお前には本当にうんざりしたぜ。2025/11/17 00:01:5853.夢見る名無しさんゾフィー でも、夜が、夜が怖いわ、バール。私、一人だと怖いの。暗闇が怖い。真っ暗だと本当に怖いの。バール 自分の腹を見てみろ、そんな腹をした奴には誰も何もしない。ゾフィー でも、夜が怖い。せめて夜まで私のそばにいてくれない?バール 船頭の溜まり場に行くといい。今日はヨハネの祝日だ。あそこでは、みんなが飲んでいるぜ。ゾフィー せめてあと十五分。バール 来いよ、エーカルト!ゾフィー 私は、一体、どこへ行けばいいの?バール 天国にでも行きな、恋人さんよ!ゾフィー お腹の赤ちゃんも?バール 餓鬼なんぞ埋めちまえ。ゾフィー お願い、二度とそんなことを考えないで、今言ったようなことを決して考えないで、あんたの好きなこの大空の下で。エーカルト 俺は君と残る。そして君のおふくろの所へ連れて行ってやるよ、こんなけだものみたいな奴をもう愛する気はない、と言ってくれさえしたら。バール こいつは、俺に惚れてるさ。ゾフィー 私は愛してるの。エーカルト まだそこに突っ立ってやがるのか、おい、けだものめ。お前には、膝があるんだろう? 焼酎か詩にでも酔っぱらってやがるのか? けだものめ、くたばりぞこないめ。バール 馬鹿め!(エーカルト、彼に飛び掛る。彼らはつかみ合う)ゾフィー ああ、どうしよう! 猛獣みたい!エーカルト (争いながら)彼女が林の中で言ったことがお前には聞こえなかったのか? もう暗くなるって言ったんだぞ! けだものめ、くたばりぞこないめ!バール (飛び掛って、エーカルトを押さえつける)さあ、俺の胸をおっつけてやるぞ。俺の臭いがするだろう? お前は俺のものだ。女を側においておくよりももっといいことがあるんだぞ。 (止める)林の上に、もう星が見えてきたぜ、エーカルト。エーカルト (空を見上げているバールを凝視して)俺はこのけだものを殴ることが出来ない。バール (彼に腕を回して)暗くなるぞ。今夜のねぐらを見つけなきゃならない。 森の中に風の入ってこない谷間がある。来い、いろんなけだものの話をしてやる。(彼はエーカルトを引っ張って去る)ゾフィー (暗闇に一人残されて)バール!2025/11/17 00:03:3754.夢見る名無しさん褐色の木造りのぼろ酒場(夜。風。テーブルの傍らにグーグー、ボルボル。年老いた乞食と箱の中に子供を連れ込んでいるマヤ)ボルボル (グーグーとカルタをしている)もう金がねえ。魂をかけてやろうぜ!乞食 風の野郎が中に入りたがっているぜ。でも俺たちは、冷たい風なんて奴のことは知っちゃいねえさ。(子供、泣く)マヤ (女乞食)しぃっ! うちの周りを何かうろついているよ、森の野獣だったらどうしよう!ボルボル どうしてだ? お前、盛りがついてるのか? (門を叩く音がする)マヤ ほーら! あたしは、開けないよ。乞食 お前、開けな。マヤ いやだよ、いやだってば、マリア様にかけてもごめんだよ。乞食 出て行けよ、マドンナ。開けなよ。マヤ (ドアの所に這い寄る)外にいるのは誰?(子供、泣く。マヤ、ドアを開ける)バール (エーカルトと共に入って来る、雨でずぶ濡れになっている)ここは病人じゃないとは入れない酒場か?マヤ そうだよ、だけど、ベッドは空いてないよ。(いっそうずうずうしく)それに私は、病気なんだよ。バール 俺たちはシャンペンを持ってきたぜ。(エーカルトはストーブの方へ行っている)2025/11/17 00:05:0855.夢見る名無しさんボルボル こっちへ来な! シャンペンってものをご存知の奴なら仲間にしてもいいぜ。乞食 ここにおいでのお歴々はみんな高級な人ばかりだぜ、あんた。バール (テーブルの側に寄りながら、ポケットからグラスを二つ取り出す)ふん?乞食 何だか怪しいな!ボルボル どこからシャンペンをかすめて来やがったか、分かってらあ。でも密告したりはしないぜ。バール さあ、エーカルト! ここにもグラスはあるのか?グーグー 俺は自分のコップを使うぞ。バール (疑わしげに)シャンペンなんか飲んでもいいんですかい?グーグー いただきますよ! (バール注ぐ)バール あんたはどこが悪いんだね?グーグー 肺尖カタル。何でもないよ。肺炎の軽い奴さ。大したことはねえや。バール (ボルボルに)あんたは?ボルボル 胃潰瘍でさあ。どうってこたあねえ。バール (乞食に)多分、あんたもどこか悪いんでしょう?乞食 俺は頭が悪いのさ。バール 乾杯! さあ、これで知り合いになった。俺は丈夫だぜ。乞食 わしはな、自分が丈夫だと思い込んでいた人物を知っていた。自分でそう思っていたんだよ。 森で生まれたその男は、ある時また森へ戻ってきた。というのはある考え事があったからだ。 そいつは、森が自分とは酷く縁遠くなったような気がした。何日も彼は歩いた。荒野に分け入った。 自分がどれだけ何も頼らずにいられるか、自分にどれくらい耐える力があるかを、知りたかったのさ。 ところがたいしてもちやしなかったぜ。(飲む)バール (いらいらして)この風ときたら! 今夜のうちにでも出かけなくちゃならないぜ、エーカルト。乞食 そう、風だよ。ある晩、黄昏時にその男がもう孤独を感じなくなった時奴は木々の間の ひっそりとした静けさの中に分け入って行った。そして、一本の大きな木下で立ち止まったんだ。(飲む)ボルボル 奴は猿のような木がしてきたのか。2025/11/17 00:06:5556.夢見る名無しさん乞食 そうさ、奴は猿になったんだ。そいつは木に寄り掛かって、木の中の生命を感じたんだ。 そう思っただけかもしれない。そしてこう言ったのだ。 「お前は俺よりも高く、しっかりと立っている。お前は地面の奥底まで知っている。 そして地面はお前をしっかり支える。俺は走ったり、お前よりもうまく動ける。 だが、俺はしっかと立ってはいない。深い所も知らない。そして、何も俺を支えてはくれない。 それにまた、無限の空にのびる梢の彼方の、大きな静けさも俺には分からない」(飲む)グーグー 気は何て答えた?乞食 そう、風が吹いていった。木が震えおののいた。そいつはそう感じたのさ。 それで奴は地面に身を投げ、ごつごつした固い根に抱きついて辛い涙を流したとよ。 奴は、たくさんの木に同じ事をしたんだ。エーカルト それで奴は丈夫になったのか?乞食 いや、楽に死んでいったよ。マヤ あたしには分からないね。乞食 人間には分かるなんてことはねえ。でも感じることはできる。自分の分かっている話でも喋るとなるとうまくいかないさ。ボルボル お前、神様は信じているか?バール (大儀そうに)俺は、いつも、俺自身を信じているさ、でも無神論者にもなれるぜ。ボルボル (げらげら笑う)こいつは面白いぜ! 神様! シャンパン! 愛! 風に! 雨ときた! (マヤをつかまえる)マヤ 離しな! あんた口が臭いよ!ボルボル お前は梅毒もちじゃねえのか?(膝の上に彼女を座らせる)乞食 気をつけな! (ボルボルに)俺はだんだん酔っぱらってきた。俺が酔い潰れちまったら、お前、今日、雨の中を出て行くわけにはいくめえ。グーグー (エーカルトに)あいつは昔はいい男だったんだよ。それであの女を手に入れたんだ。エーカルト それにあんたは精神的に優れていたのか? すごく精神的な人間だったっていうのか?グーグー あの女はこんなじゃなかった。まだとっても純真だったんだ。エーカルト それなのにあんたはどんなことをやらかしたんだ?グーグー 俺は恥ずかしかったぜ。ボルボル 聞け! 風だ! 風が神に安らぎを願っているぜ。2025/11/17 00:09:3657.夢見る名無しさんマヤ (歌う)ねんねんころりよ、外は風だよ、でもあたしたちはぬくぬくとして酔っ払っていられる。バール この餓鬼は何だ?マヤ 私の娘ですよ、旦那。乞食 こいつは悩める処女マリア様よ。バール (飲む)それは昔のことよ、そうさ、昔は素晴らしかったな。エーカルト。エーカルト 何が?ボルボル そいつは、昔のことなんか忘れちまってるさ。バール 昔のことか、こいつは何て妙な言葉なんだ。グーグー (エーカルトに)一番素晴らしいのは、虚無ってやつよ。ボルボル しっ! これからグーグーの独唱だ。ウジのエサが歌うってよ。グーグー 太陽なんてやつは、夏の夕暮れに震える大気のようだ、虚無ってやつは震えもしない、全くの無だ。 要するに何もかもやめちまうのさ。風がすぎて行く。それでも凍えない。雨が降る。それでも濡れない。 誰かが冗談を飛ばしても一緒に笑いもしない。腐敗していくんだ。待つ必要もない。ゼネストさ。乞食 そうよ、パラダイスよ。希望はみんな満たされる。誰も希望などもっていないからな。 一切のことから手を引く。希望からも手を引く、そこで全く自由になるんだ。マヤ それでお終いにはどうなるの?グーグー (にやりと笑う)何もありやしない、虚無よ。お終いなんかない。永遠に何もないんだ。ボルボル アーメン。バール (立ち上がり、エーカルトに)エーカルト、立て! 俺たちは人殺しどもの中に迷い込んじまったぜ。 (エーカルトの肩を叩く)うじ虫どもが偉そうな面をしている。もう今にも腐りそうなのにな。 うじ虫どもが歌ったり、自慢し合っていやがるんだ。エーカルト お前がそんな風になったのはこれで二度目だ。飲んだだけでこんなことになるかな。バール ここじゃはらわたがさらけ出されている。ここは砂風呂じゃないらしいぜ。エーカルト 座れ! たっぷり飲め! 温まるんだ!2025/11/17 00:11:4358.夢見る名無しさんマヤ (少し酔って、歌う)夏も冬も、雨でも雪でも---酔ってさえいれば、悲しくはないさ。ボルボル (マヤを抱いて、喚く)お前の独唱を聞いているとむずむずしてくるぜ。グーグー坊や……よちよち、マヤちゃん。(子供、泣く)バール (飲む)あんたは何者だ? (苛立たしげにグーグーに向って)あんたの名前はウジのエサっていうんだったな。それじゃ、やがて死体になるわけだな。乾杯! (座る)乞食 気をつけろ、ボルボル! シャンペンってやつは、あんまりわしには向かないな。マヤ (ボルボルにそっと寄り添って、歌う)小さなお目目じゃ、何も見えぬさあ、おねんねおし、もう夢の中2025/11/17 00:13:3859.夢見る名無しさんバール (残忍に)お前は流れ下る、髪に巣食うネズミと共にその上の空は相変わらず不思議な空だった (グラスを手に持って立ち上がる) 空は黒い。お前、なぜびっくりするんだ? (テーブルを叩く)人は回転木馬を我慢しなくちゃならない。それは大したことだぜ。 (千鳥足で歩く)俺は象になりたいぜ、面白くない時にサーカスの最中に小便をたれる象にな! (踊りだして、歌う)風と踊れ、憐れな屍どもよ! 雲と眠れ、堕落した神よ! (彼はよろめきながら、テーブルの方に来る)エーカルト (酔って、立ち上がっている)俺はもう、お前なんかとは一緒に行かないぜ。 俺だって魂はある。お前は俺の魂を台無しにしやがったんだ。 なんでもかんでもぶち壊しにしやがったんだ。俺は、またミサの作曲に取り掛かるぞ。バール 俺はお前が好きだぜ。乾杯!エーカルト でも俺は、お前と一緒には行かないぞ。(座る)乞食 (ボルボルに)手をどけな、助平!マヤ あんたとは関係ないよ。乞食 静かにしたらどうだ。憐れな奴らめ!マヤ 気違い、あんたはキ印だよ。ボルボル (毒々しげに)ペテンだぞ! 病気でも何でもないくせに。そうよ! これはまさにペテンだ。乞食 そういうお前は、癌だとでもいうのか?ボルボル (不気味に落ち着いて)俺が癌だと?2025/11/17 00:15:2560.夢見る名無しさん乞食 (意気地なく)俺は別に何も言いやしないぜ。そんなこと気にするなよ!(マヤ、笑う)バール こいつ、どうして泣いていやがるんだ? (よろめきながら箱の方に行く)乞食 (怒って)お前、そいつをどうしようというんだ?バール (箱の上に身を屈めて)なぜ泣くんだ? まだ目が見えないのか? それとも何かを見ては泣くのか?乞食 放っておいてやりな! (バールに自分のグラスを近づける)マヤ (飛び上がって)下司!ボルボル 奴は、この女のスカートの下ばかりのぞこうとしやがる。バール (ゆっくりと立ち上がる)ああ、助平ども! お前たちは、もう人間的なものをまるでなくしてしまっている。 来い、エーカルト、川で体を洗おうぜ! (エーカルトと共に去る)2025/11/17 00:16:3461.夢見る名無しさん緑の茂み 下方に川(バール、エーカルト)バール (茂みの中に座っている)温かい水だ。砂の上に転がっているとえびみたいだ。それに、木々の梢、空には白い雲だ、エーカルト!エーカルト (隠れたままで)何をしようってんだ?バール 俺はお前が好きだ。エーカルト こうやって寝ているに勝る楽はないぜ。バール さっきの雲を見たか?エーカルト ああ、破廉恥な格好の雲だったな。(沈黙)さっき、あそこを女が通ったぜ。バール 俺はもう女なんか欲しくない……2025/11/17 00:17:3662.夢見る名無しさん田舎道 柳の木(風。夜。エーカルトが叢で眠っている)バール (酔ったように服をはだけ、夢遊病者のように草原を歩いて来る)エーカルト! エーカルト! 出来たぞ! 起きろ!エーカルト 何が出来たんだ? また寝言を言ってやがるのか。バール (彼のわきに座る)こうだ。溺れ死んだ娘の骸が小川から大河へ流れ下って行った時、空は妖しくオパール色に輝いた亡骸を慰めるかのように水車や藻にまとわりつかれて彼女の体は次第に重くなり足には魚が冷たく戯れ藻や魚が骸の船脚をもっと遅くしたそして空には夕べには煙のように暗く、夜には星の光を称えた。だが早くから夜が明けて明るくなった、死人にも夜と昼の区別はあるように。色褪せた骸は腐る。神様も少しずつ娘を忘れていく。まず顔、そして手が、ついには髪が腐る。そして彼女はたくさんの塵芥と一緒に藻屑となる。(一陣の風)2025/11/17 00:18:2663.夢見る名無しさんエーカルト 今頃になって幽霊が出歩き始めたのか、なあに幽霊だってお前よりは恐ろしくはねえ、 せっかくの眠りが台無しよ、柳の木々の間でまた風がオルガンを鳴らしている。 俺たちの素敵な生涯の最後まで残るものは瞑想と暗闇とお湿りという白い乳房だけだ、 年をとった女にいつまでも千里眼だけは残るように。バール こんな風だと焼酎はなくてもこんなに酔い心持だおぼろげな光の中でこの世界を見ると世界って奴は神の排泄物だな。エーカルト まさにそうさ。小便の管と生殖器がくっついているということでその特徴がすっかり言い尽くされちまう神様のな。バール 何もかもが美しい。(風)エーカルト 柳の木は、空にぽっかりあいた真っ黒な口に並ぶ、腐った虫歯のようだ---俺はこれからすぐにでもミサの作曲に取り掛かるぞ。バール 弦楽四重奏曲はもう出来上がったのか?エーカルト 俺にそんな時間があると思うのか?(風)バール 赤毛の青白い女につきまとわれちゃな。お前はあいつをどこへでもご同伴じゃないか。エーカルト 彼女は柔らかくて白い体をしているんだ。昼になると、その体で柳の木陰に入り込んでくる。 髪のように垂れ下がった枝の茂みの中で、その中で俺たちはリスのようにやるんだよ。バール その女は俺よりも素晴らしいのか?(暗闇。風がうなり続ける)2025/11/17 00:20:1464.夢見る名無しさん若いハシバミの茂み(垂れ下がった長い赤い枝。その中にバールが座っている。真昼時)バール 彼女を満足でもさせてやるか、白い鳩ぽっぽを……(その場所をじっと見つめる) ここからだと、柳の枝越しの雲の眺めが素晴らしいことだろう。……ところが奴は女の肌ばかり眺めてやがる。 俺は奴のそういう色事にはつくづく嫌気がさした。おっと、静かにしてなくちゃな。(若い女、茂みから出てくる。赤毛で、肉付きよく、青白い)バール (見向きもしないで)君か。若い女 あなたのお友達は?バール 奴は変ホ短調ミサを作曲中だよ。若い女 私が来たって、言ってちょうだい!バール 奴はネズミみたいな顔をしているよ。オナニーしやがってね、動物学に本卦帰りしたようだぜ、座ったらどうだい?(辺りを見回す)若い女 立っていた方がいいわ。バール (柳の枝の側で、のび上がって)近頃奴は、卵を食べ過ぎたな。若い女 私、彼を愛しているわ。バール 君は俺とは全く関係がないさ!(彼女を捕まえる)2025/11/17 00:21:5265.夢見る名無しさん若い女 触らないで! 汚らしい。バール (ゆっくりと、彼女の咽喉に手を伸ばして)これが君の首か? 知っているか、どうやって鳩やアヒルを潰すのか。若い女 助けて! 放っておいてったら!バール 腰が抜けているのにか? もうひっくり返っちまったじゃないか。 柳の間に寝かせてもらいたいんだろう。男なら相手が誰だってやることは同じさ。(彼女を抱きしめる)若い女 (震える)お願い、離して! お願い。バール 恥知らずの小鳥め! さあよこしな! いくらあがいても無駄だぜ! (彼女を両腕に抱きかかえて茂みの中に引きずり込む)2025/11/17 00:23:2866.夢見る名無しさん風に揺れる楓の木 雲のある空(バールとエーカルト、木の根の間に座っている)バール どうしても飲む必要あがる、エーカルト、金はまだあるか?エーカルト ない。なあ、風に揺れる楓を見ろよ!バール 震えている。エーカルト お前が酒場中連れ歩いていたあの娘は、どこにいるだろうな。バール 魚にでもなって探すんだな。エーカルト お前は意地が汚すぎるぞ。そのうちパンクしちまうぞ。バール 自分で破滅の音を聞きたくないもんだな。エーカルト 水が黒くて、深くて、その上魚もいないなら川なんかのぞいてはいけない。 落ちないようにしろよ! 注意しなくちゃいけない。お前はやたらに重いんだからな、バール。バール 俺は他人って奴ならどんな相手だって気をつけているさ。詩を作った、聞きたいか?エーカルト 読め。そうすれば、お前って奴が分かる。2025/11/17 00:24:3967.夢見る名無しさんバール 『森の中の死』って言うんだ。一人の男が千古の密林で死んだ。嵐と奔流が彼の周りでうなりをあげた。けもののように木の根に爪を立て数日前から嵐が吹き抜けていく森の遥かな高い梢を見上げたまま死んだ。死ぬ前に仲間の男たちが彼を取り巻いて立っていた彼らは言った、奴も静かになるだろう、さあ仲間、お前を担いで家へ帰ってやろう、と。ところが男は膝で奴らをつきのけ唾を吐いていった、どこへだ?なぜって奴は故郷も大地ももたなかったから。お前の口にはあと何本歯が残っているのか?他の所はどんな具合だ、見せてみろ!死ぬならもっと大人しく死ね、そんなにふてくされるな!昨日の夜、俺たちはお前の乗る馬は食っちまったぞ。なぜお前は早く地獄へ行きたがらないのだ?彼と男たちを取り巻く森は吠え立てていた。男たちは彼が木に縋りつくのを見た、自分たちに向って叫ぶ声を聞いた。そしていまだかつて覚えぬ恐怖にとらわれてふるえながら彼らは拳を固めた。こいつだって自分らとかわらぬ男だったから。2025/11/17 00:26:0268.夢見る名無しさん役立たず、気違い、けだものだ、お前は!膿だ、屑だ、ぼろの山だよ!俺たちの空気まで貪欲に盗み取る野郎だ、そう彼らは言った、すると腫れ物である彼は言った。俺は生きたい、お前たちの太陽をむさぼりたい!そしてお前たちのように光を浴びて馬を乗り回したい!これこそ友人たちの誰も理解できぬことだったので男たちはそこで身震いし、吐き気がして黙ってしまった。大地は彼の剥き出しの手を取って支えてやった。海から海へ渡る風の中に土地がある。その底で俺は静かに横たわりたい。そうだ、みじめな生の有り余る過剰が彼をこれほど支えたのだ、腐肉となっても彼が自分の死体で大地を押し付けるほどに。朝まだきかれは黒い草の中に倒れて死んだ男たちは吐き気をもよおしながら憎しみを込めて彼を木の下枝もとに葬った。そして男たちは黙ったまま茂みを出て馬を走らせた。そして遠くから奴を埋めた木の方を振り返ってみた、奴は死ぬことはよっぽど辛いらしかった、木の梢は光に満ち溢れていた。そして彼らは若々しい顔に十字を切り太陽と草原の中に馬を馳って行った。2025/11/17 00:26:3969.夢見る名無しさんエーカルト そう、そうとも。多分もうそこまで落ちてしまったのだ。バール 夜、眠れないと、俺は星を見つめる。それがちょうどこうなんだよ。エーカルト そうか?バール (不信げに)でも、しょっちゅう見やしないさ。こんなことばかりしていたら弱っちまうよ。エーカルト (しばらく間をおいて)近頃お前はやたらに詩を作ったな。多分長いこと女気なしだったんだろう?バール なぜだ?エーカルト そう思っただけだよ。違うって言うのか。(バール、立ち上がり、背伸びをして、楓の木を見つめ、笑う)2025/11/17 00:27:5570.夢見る名無しさん居酒屋(夕暮れ。エーカルト、女給、ヴァツマン、ヨハネス、彼はハイカラーの上に、よれよれの上着を着て、みすぼらしく救いようのないほど落ちぶれている。女給はゾフィーに似た容貌をしている)エーカルト もう八年だな。(みんな、飲んでいる。風が吹き過ぎる)ヨハネス 人生が二十五で始まるんだったらなあ。ところが二十五になればみんな腹が出てきて子供まであるんだからな。(沈黙)ヴァツマン バールのおふくろが、昨日死んだんだ。奴は埋葬の金を借りるのに走り回っている。 その金を持ってやって来るぜ。そうしたらおふくろの香典で俺たちの飲み代も払ってくれるさ。 ここの亭主は真っ当な男だ。かつておふくろであった死体を担保にして、つけで飲ませてくれるんだからな。(飲む)ヨハネス バールめ! もうあいつの帆は風を受けることもないだろう。ヴァツマン (エーカルトに)あんただってずいぶん我慢をしてきたんだろう。エーカルト あいつの面に唾を吐きかけるわけにはいかないさ。今は落ち目なんだから。ヴァツマン (ヨハネスに)お前はそれが悲しいか? 気になるかい?ヨハネス 俺は可哀想な奴だと言っているのさ。(飲む)(沈黙)2025/11/17 00:29:3071.夢見る名無しさんヴァツマン あいつ、ますます反吐の出そうな奴になってきたな。エーカルト そんなことを言うな。聞きたくない。俺はあいつが好きなんだ。俺はあいつをちっとも悪く思っていない。 あいつが好きだからな。あいつは子供みたいな奴なんだ。ヴァツマン あいつは自分のことだけしかやらない。酷い怠け者だ。エーカルト (ドアの方へ行って)穏やかな夜だ。風が生温い。ミルクのようだ。俺は一切のものを愛する。 酒なんか飲むもんじゃないな。ともかく深酒はいけない。(テーブルに戻って)穏やかな夜だ。 これから秋に入ってあと三週間くらいは屋根がなくても暮らせるな。(座る)ヴァツマン お前、今夜、言ってしまうのか? いい加減にあいつを厄介払いしたいだろう。もううんざりしたろうが?ヨハネス 気をつけた方がいいぞ!(バール、ゆっくりと戸口から入って来る)ヴァツマン お前か、バール?エーカルト (厳しく)お前また何をする気だ?バール (入って来て座る)この店もみっともない穴倉になったな。(女給が焼酎を持って来る)ヴァツマン ここは少しも変わっていない。ただお前が前より上品になったってことらしいぜ。バール お前、まだいたのか、ルイーゼ?(沈黙)2025/11/17 00:32:5072.夢見る名無しさんヨハネス ああ、ここは気持ちがいい。要するに飲むことだ、うんと飲まなくちゃ。俺は飲めば強くなるんだ。 ナイフの刃波をくぐっても平気になる、地獄行きでも結構だぜ。しかしどこか違うな、 そう、膝の力が抜けて、崩れ落ちるみたいな感じ、そうなんだ、無抵抗にすーっといく! ナイフに刺されたなんて気はしない。膝のバネがきいているからな。 いずれにしても、昔はこんな奇妙なことなど考えたこともなかったんだ。 ブルジョア的な環境でぬくぬくと暮らしていた時はな。 自分が天才になった今始めて、こんな考えが浮かぶようになったんだ。うん。エーカルト (急に叫びだす)俺はまた森に行きたい。木々の幹の間には、光がレモン色に輝いている。俺はまた山奥の森に入って行きたい。ヨハネス ああ、俺にはその気持ちは分からないな。バール、あんたにはもう一杯追加分を払って貰うぜ、ここはとても気持ちがいい。(風が吹き過ぎる。彼らは飲む)2025/11/17 00:34:2573.夢見る名無しさんヴァツマン (口ずさむ)てっぺんで首を吊るにしろ根元でくたばるにしろ---木は山ほどあるんだ木陰も万人共有だ。バール そんなことがあったのはどこだった? 確かあったな、そんなことが。ヨハネス 彼女はずっと流れつづけている。誰も彼女の亡骸は見つけなかった。 いいか、時々俺は、まるで彼女が俺の飲むブランデーといっしょに俺の咽喉を流れ下っていくような気がしてくる。 腐りかけた小さな屍だ。彼女は十七だった。彼女の緑の髪には、ネズミと藻が絡みついている。 結構よく似合うんだ。ちょっと水脹れして、白くなり、体の中は皮の泥が詰まって真っ黒だ。 彼女はこんなに純潔だ。だからこそ、川に身を投げて厭な臭いをたてるようになったのさ。ヴァツマン 肉体とは何か? 精神と同じように崩壊するものだ。諸君、俺は完全にへべれけだ。2×2=4。 とすると俺は酔っていない。俺は天上の世界について予感している。諸君、頭を下げたまえ。謙虚であれ。 アダムなんぞお払い箱だ。(震えながら激しい勢いで飲みまくる)俺はこの予感を持つ限り、まだ全く堕落しているとは言えない。 まだちゃんと計算もできるんだ。2×2=……ええと、この2ってのは……にってやつは、何と滑稽な言葉であろうか! 二!2025/11/17 00:35:5374.夢見る名無しさんバール (ギターに手を伸ばし、それでランプを叩き壊す)歌うぞ。(歌う)日に灼かれ、雨に蝕まれ乱れた髪に詩人の冠彼は青春を忘れた、でも夢だけは彼は屋根を忘れた! でも空だけは忘れなかった。 (語る)俺の声は、鏡のように澄み切ってはいないな。(ギターのチューニングをする)エーカルト 続けろ、バール!バール (歌い続ける)おお、天国からも地獄からも追放された者たち!あまたの迫害を受けた、人殺したち!なぜおふくろの胎から出てきたのだ?あそこなら静かに眠っていられたのに…… (語る)ギターのチューニングが合っていない。ヴァツマン いい歌だ。俺にぴったりだ! ロマンチックだ!バール (歌い続ける)おふくろにも忘れ去られてだが彼は、アブサンの海の中に住みいい国を求める、絶え間なく苦笑し、呪いつつ、時には涙を浮かべ。ヴァツマン 俺のグラスが見つからなくなった。このテーブルは馬鹿にがたがただな。明かりをつけてくれ。手前の口のありかも分からない。エーカルト 馬鹿らしい。見えるか。バール?2025/11/17 00:37:3475.夢見る名無しさんバール いや、俺は見たくない。暗闇は美しいのだ。俺の体にはシャンペンがみなぎり、思い出のない郷愁に溢れている。 お前は俺の友達か、エーカルト?エーカルト (気難しく)そうだ。さあ、歌え!バール (歌う)踊りつつ地獄を彷徨い、天国では咎うたれ溢れるような光を飲み込み時には小さな草原を夢見る彼の持つものは頭の上の空だけ。ヨハネス 君とはずいぶん長いこと一緒にいるな。俺を連れて行ってくれてもいいぜ。俺はほとんど飯を食べないよ。ヴァツマン (苦労して明かりをつける)聖書曰く「光あれ」さ。へっへっへっ。バール まぶしいぞ。(立ち上がる)エーカルト (女給を膝に乗せたまま、辛うじて立ち上がり、首から女の腕を外させようとする) 一体どうしたんだ? 何でもないじゃないか、馬鹿馬鹿しい。(バール、飛びかかろうと身構える)エーカルト お前、まさかあんな女に嫉妬しているんじゃあるまいな?(バール、前の方を手探りする。杯が落ちる)エーカルト なぜ俺が女を持っちゃいけないんだ?(バール、彼を凝視する)エーカルト 俺は、お前の恋人か?2025/11/17 00:39:5476.夢見る名無しさんグリニッジ東経一〇度(バール、彼に飛び掛って、首を締める。明かりが消える。ヴァツマンの泥酔した笑い。女給が悲鳴をあげる。他の客たちが、隣の部屋からランプを持って入って来る)ヴァツマン こいつ、ナイフを持っているぞ。女給 この人、殺してしまうわ。マリア様!二人の男たち (争っている二人に飛び掛って)畜生、おい、離れろ! 野郎刺したぞ、何てことだ!バール (身を起こす。ランプが消え、急に夕闇が迫ってくる)エーカルト。(森。バール、ギターを肩にかけ、両手をポケットに突っ込んで、遠ざかりながら)バール 黒い木々の間を吹く、青ざめた風! 木々は狼の濡れた毛皮だ。十一時ごろになれば月が出る。 そうすりゃ結構明るいぞ。ちっぽけな森だな。俺は大きな森に入って行くんだ。 また一人に戻って、身一つになってからは、俺は、足を腫らして逃げ回っているってわけだ。 北に道をとるといいな。そうだ、木の葉の裏側を向いている方向に行こう。 下らん事件などきれいさっぱり捨てなきゃな。さあ、行こう!(歌う)星空でバールの死体を狙っている肉付きのよい禿鷹をバールはちらちらと見上げる。(遠ざかりながら)バールは時折死んだふり。禿鷹が矢のように舞い降りるとバールは黙々と夕餉に禿鷹を賞味する。2025/11/17 00:45:3377.夢見る名無しさん(一陣の突風)田舎道 夕暮れ 風 にわか雨(二人の武装警官が、風をついて歩いて来る)武装警官1 黒い雨と、この十一月の万聖節の風ときたら! あの忌々しいごろつきのおかげでな!武装警官2 どうやらあいつは北の森の方へ逃げ込んだな、あそこに逃げ込まれたら、もう誰にも見つけられないぞ。武装警官1 一体どんな男なんだ?武装警官2 何よりもまず、人殺しだ。始めは寄席芸人で詩人、それからメリーゴーランドの持ち主で、 木こりで、女億万長者の情夫になり、女のひもでぽん引きだった。 人を殺した時、居合わせた連中が奴を捕まえたが、奴は象のような力持ちだった。 その殺人っていうのが、女給のせいさ。札付きの淫売さ。 その女のために、奴は一番の幼友達を殺しちまったんだ。武装警官1 そういう人間には、心ってものがないんだ。野獣の類だな。武装警官2 なのに奴は子供のような所があるんだ。どこかの婆さんの手伝いをして薪を担いでやっていたので、 もう少しで逮捕できるところだった。あいつは他に何も持ってなかったんだな。 その女給ってやつが奴に残された最後のものだったのさ。だから自分の親友さえ殺しちまったんだ。 もっとも、そいつも奴と同様いかがわしい奴だったがな。武装警官1 どこかで焼酎か女でも、手に入らないかなあ! 行こうぜ、ここは気味が悪いぜ。あそこで何か動いているぞ。(両人、去る)バール (小さな包みとギターを持って、茂みから出て来る。歯で口笛を吹いて) じゃあ、死んだのか? 可哀想な奴! 俺の邪魔をしたからさ! 面白いことになりそうだ。(両人の後を追う。風)2025/11/17 00:47:3978.夢見る名無しさん森の中の丸太小屋(夜。風。汚らしいベッドの上にバール。男たちがカルタをしながら、飲んでいる)一人の男 (バールの側で)どうする気だ? お前はもう虫の息なんだ。そりゃ子供にだって分かるぜ。 それに、もうお前を構う奴もいない。身内でもあるのか? いない、そうだろう! 歯を食いしばるんだ! まだ歯があるんだろ? 時々にはまだ楽しみに事欠かない奴が時には若い身空で野垂れ死にすることがある。 金も億万も持っているのにな。でもお前は札なんて持ってないよな。でも心配するな。世界は転がりつづける。 球のように、丸い世界はな。明日の朝には、風が吹くぞ。もっと落ち着いて考えてみろ。 そして今ネズミがくたばる所だと考えるんだな。それが何よりさ。じたばたしなさんな。もう歯もないんだから。男たち まだ土砂降りか? 今夜は死体と一緒にすごさなくちゃならないことになる。黙ってろ! 切り札だ! まだ息をしているのか、デブ? 歌えよ! 「おふくろの白い子宮の中で」……あいつは放っておけ! 黒い雨がやむより前に冷たくなってるぜ。トランプを続けろ! 奴は底なしに飲みやがったな。 でも、あの青膨れの肉の山を見ていると、自分のことが気になってくる。 こいつもこんなざまになろうとは夢にも思わなかったろう。クラブの十だ。口をつぐんでもらいたいな。 そりゃ八百長だぞ。真面目にやらないと勝負にならないじゃないか。(沈黙。罵りの言葉だけが続く)バール 何時だ?一人の男 十一時。お前、出て行く気か?バール そのうちよ、道は悪いか?一人の男 雨だ。男たち (立ち上がる)雨が上がったぜ。もう時間だ。またぐしょ濡れになるぜ。この野郎にはもう何もする必要がないんだからいいさ。(彼らは斧を取り上げる)2025/11/17 00:49:4179.夢見る名無しさん男1 (バールの前に立ち止まって、唾を吐く)お休みよ、あばよ、お前、くたばるんだろう?男2 野垂れ死にか、名前もなしで。男3 いやな臭いをたてるのは明日まで待ってくれ。俺たちは昼間で伐採をやってそれから飯を食うんだから。バール もう少し、ここに残っていてくれないか?一同 (大声で笑い出して)俺たちにママの代わりをさせようってのか? 辞世の句でも残したいのか? 懺悔でもする気か、アル中? 一人じゃ唾も吐けないだろう?バール もう三十分、ここにいられないかね。一同 (大声で笑い転げる)分かるか、お前は一人でくたばるんだ! さあ行こうぜ! 風もおさまった。お前、どうした?一人の男 俺、後から行くぜ。バール ほんのしばらくのことだ、なあ、みんな。(笑い声)あんたたちだって、一人で死ぬのはいやだろう、なあ! (笑い声)別の男 女々しいぞ! こいつを、記念にやるよ! (彼の顔に唾を吐きかける。みんな、ドアの所に行く)バール 二十分でいい! (男たち、ドアを開けて去る)一人の男 (ドアの下で)星だ。バール 唾を拭いてくれ。一人の男 (彼に)どこだ?バール 額だ。一人の男 ほらよ、なぜ笑うんだ?バール いい味だ。一人の男 (腹を立てて)お前は、もう、すっかり片がついたんだ。あばよ! (斧を持って、ドアの所へ行く)バール ありがとう。一人の男 まだなにかしてもらいたいか? 俺は仕事に行くんだ。十字架をやろう、死骸のお前にな。バール おい! もっと近くへ来い! (一人の男、身を屈める)とても素敵だった……一人の男 何だって、気違いの雌鶏野郎め、お前なら去勢鶏ってとこだな!2025/11/17 00:51:0480.夢見る名無しさんバール 何もかもがな。一人の男 お上品な食道楽野郎だな! (げらげら笑って去る。ドアは開いたまま。青い夜が見える)バール (不安げに)おい! お前!一人の男 (窓越しに)ふうん?バール 行くのか?一人の男 仕事だ。バール どこへ?一人の男 お前とは関係ないぜ。バール 何時だ?一人の男 十一時十五分。(去る)バール あいつまで行っちまいやがった。(沈黙) 一、二、三、四、五、六、数えても駄目だ。(沈黙) ママ! エーカルトめ、消え失せろ。空が酷く近づいてきたぞ。手に取れるほどだ。酷くびしょ濡れだ。 眠ろう。一、二、三、四。でも、ここじゃ息が詰まりそうだ。外の方がきっと明るいぞ。外へ出よう。 (体を起こす)出てやるぞ。なあ、バール。(鋭く)俺はくたばっていくネズミじゃない。外は明るいはずだ。 なあ、バール。戸口までは何とか行き着いてやるぞ。膝ってやつがあるからな。戸口のほうがまだましだ。 畜生! バール! (四つん這いで敷居の方へ這って行く)星だ……うん。(外へ這い出す)2025/11/17 00:53:0981.夢見る名無しさん明け方の森(木こりたち)木こり1 焼酎をよこせ! 小鳥のさえずりを聞いてみろ!木こり2 暑い日になるぜ。木こり3 まだ山ほどあるぜ、晩までに切り倒してしまわなくちゃいけない木がな。木こり4 あの男も今頃は冷たくなっているだろうな。木こり3 そうとも。今頃は冷たくなっているさ。木こり2 そうよ、そうともよ。木こり3 奴に食われちまってなければ、卵があったんだがな。卵を盗むなんて大したものだ! 始めのうちは可哀想にも思ったが、そのうち頭に来るようになった。 でも、ありがたいことにこの三日は焼酎のありかを嗅ぎ付けなかったな。 惨めなものさ! 死体の腹には卵が入っているぞ!木こり1 奴はどぶ泥の中に平気で寝転がったものだ、そして横になったが最後、決して立ち上がらなかったな。 奴は自分でもそれを知っている。奴はまるで専用ベッドに転がっているように起きなかったものな。 誰かあいつを知っている奴はいるか? 名前は何というんだ? これまで何をしていやがったんだ?木こり4 埋めてやらなきゃいけないな。おい、俺にも焼酎をくれ。木こり3 奴が咽喉をごろごろやりだしたとき、聞いてみたんだよ、お前は何を考えてるんだって。 俺は人が何を考えているのかすぐ聞きたくなるんだ。そうしたらあいつ、言いやがったぜ、 俺は雨の音を聞いているんだってな。背筋が寒くなったぜ、雨の音を聞いているんだってあいつは言ったんだ。2025/11/17 00:54:55
【国際】トランプ「同盟国の多くは友達じゃない」凍りつく…高市総理は台湾有事発言で米に見捨てられたか? 撤回できず、前にも進めず「八方塞がり」 ★2ニュース速報+183644.42025/12/06 13:32:06
>>3 は、はい
(陰にこもった鐘の音、バール、青白い顔をした酔っ払いの浮浪者)
バール (大股に浮浪者の周りを半円を描いて歩き回る。その浮浪者廃止に腰を下ろし、青い顔で空の方を仰いでいる)
この木の死体を壁に打ち付けたのは一体誰だ?
浮浪者 この木の死体の周りには、青白い象牙色の風が吹く、これはキリストの御聖体さ。
バール おまけにおあつらえむきの鐘の音だ、木が死んじまったからな。
浮浪者 あの鐘の音を聞いていると、俺は道徳的に高められたような気になるよ。
バール この木の死体を見ても打ちのめされるような気にはならないか?
浮浪者 へん、たかが木の残骸さ! (焼酎の瓶から飲む)
バール 女の体だってこれよりましってわけじゃないぜ!
浮浪者 女の体と聖体行列と何の関係があるんだ?
バール どっちも破廉恥さ。お前は愛するってことをしないんだな。
浮浪者 白いイエスの肉体! こいつを俺は愛しているさ! (彼に酒瓶を差し上げて見せる)
バール (前よりも穏やかになって)俺は紙に歌を書いた。しかしこんな歌なんか、今こんな時には、便所にでもかけておけばいいと思っている。
浮浪者 (悟りきった顔で)奉仕するんだ! 主イエス様にな、俺にはイエスの白い体が見える。イエスは悪を愛された。
バール (飲む)俺みたいにな。
浮浪者 あんたはイエスと死んだ犬の話を知っているか? みんなは言っていた。
「こりゃ悪臭ぷんぷんとした腐った犬だ! 警察を呼んで来い! とても我慢できない!」とね。
しかしイエスは言ったぜ、この犬の歯は白くて美しい、とな。
バール ひょっとしたら俺はカトリックに宗旨変えするぜ。
浮浪者 イエスはカトリックにはならなかったぜ。(彼から瓶を取り上げる)
浮浪者 壁に打ち付けたさ! 女の肉体は川を流れて行きはしなかった! 打ち付けられて殺されたのは、イエスの身代わりなのだ、白いイエスの肉体のな。
バール (彼から酒瓶を奪い取って、彼に背を向ける)あんたの体の中には宗教が詰まりすぎているのか、それとも焼酎が入りすぎているのか、どっちかだよ。(瓶を持って行ってしまう)
浮浪者 (我を忘れて、彼の後から怒鳴る)それじゃあんたは、あんたの理想に殉じようとはしないんだね、旦那!
聖体行列に身を投じる気もないのかね? 木を愛していながら、その木のためには何もしてやらないのか?
バール 俺は川べりに降りて行って、手前の体を洗うさ。俺は死んだ体のことなど構っていられねえや。(退場)
浮浪者 俺の体の中には焼酎が入っている。それがとても我慢できないんだ。
それに俺はこの忌まわしい死んでしまった木を眺めているのが我慢できない。
もっと沢山焼酎を飲めば、我慢できるかもしれないな。
(バール、ゾフィー)
バール (物憂げに)雨はもうあがった。草はまだきっと濡れているだろう---この梢の葉陰には、雨は漏れてこなかったな……
若葉はすっかり湿って雫を滴らせていたけど、この根の辺りは乾いている。
(意地悪く)どうして草木と一緒に寝られないのかなあ?
ゾフィー 聞いて!
バール 濡れた黒い葉末を吹く風の、荒々しいざわめき! 雨が葉を伝って滴り落ちているのが聞こえたか?
ゾフィー 首に一滴かかったわ……あら、あなた、離してよ!
バール 愛は渦巻きのように体から着ているものを剥ぎ取っていく。そして、天国をのぞいた後の人間を落葉で埋めてくれる。
ゾフィー あなたの中にもぐりこんでしまいたいわ。私は裸なんですもの、バール。
バール 俺は酔い、君はいやいやをしている。空は黒く、俺たちは体中に愛をみなぎらせてシーソーをこぐ。空は黒い。君が好きだ。
ゾフィー ああ、バール! お母さんは今頃死体になった私のことを思って泣いているわ。私が身投げしたと思っているわ。
もう何週間たったのかしら? あれはまだ、五月だったわ。多分もう三週間になるわね。
バール 三十年たった時、もう三週間になるわね、と木の根元で恋人は言った。その時、彼女はもう腐りかけていたのだ。
ゾフィー 捕まった獲物のように、こうして横になっているのは素晴らしいわ。頭の上には空があり、もう決して一人ぼっちじゃないんだもの。
バール さあ、もう一度君の下着をとってしまうぜ。
(汚らしいナイトクラブ。白塗りの楽屋。後方下手に暗褐色の幕。上手わきに便所に通じる白塗りの板戸。上手奥にドア。
そのドアが開くと青い夜が見える。奥のクラブでソプラノ歌手が歌っている。バール、上半身裸で、飲みながら歩き回り、ハミングしている)
ループー (黒いてかてかした髪の太った青い顔の若者。左右に分けた長髪が汗をたらした青い顔に軽くかかっている。
後ろ向きになって右手のドアの内側に立っている)またランプを叩き落した奴がいるぜ。
バール こんなクラブに出入りする客は下司な奴らばかりだ。俺の貰う分の酒はどうした?
ループー あんたが、またすっかり飲んじまったじゃありませんか。
バール 気をつけてものを言え!
ループー ミュルクさんが、あんたは底なしの沼だと言っていたよ。
バール それは俺に酒をよこさないということか?
ループー 番組を済ますまではもう飲ませてはいけないといってましたよ。お気の毒ですがね。
ミュルク (幕の所で)お前は引っ込んでな、ループー!
バール 約束しただけは酒をくれ、ミュルク、でなきゃもう歌わないぜ。
ミュルク そんなに飲んじゃ駄目だ。そんなに飲んでたら、そのうちまるで歌えなくなってしまうぞ。
バール 酒を飲めなければ歌う意味はないや。
ミュルク あんたの番組は、ザヴェトカのソプラノと並んで、この『真夜中の雲』の看板なんだ。私はあんたを、自分の手で掘り出した。
あんたみたいなこんなデブの肉の塊の中にこれほど繊細な魂の宿ったことなんてこれまでにあったかね。
あんたが成功したのはその肉の塊のおかげであんたの歌のせいじゃない。あんたにそう飲まれたらわしは破産だよ。
バール ちゃんと契約で貰えることになっている酒まで飲ませてもらえないんで、毎晩そのために喧嘩口論なんて俺はもううんざりだ。おれはずらかるぜ。
ミュルク 俺は警察にコネがあるんだ。また一晩くらいはくらいこませてやるぞ。あんた、這い回るような体たらくじゃないか。
あんたの情夫は外の風にあててやんな! (客席の中で拍手の音)ほら、あんたの番組だよ。
バール もうつくづくいやになった。
ミュルク (バールにフロックコートを押し付ける)わしの店では、半裸で舞台に出られちゃ困るよ。
バール 馬鹿野郎! (フロックコートを投げ捨て、ギターを引きずって幕を開けて出て行く)
ソプラノ歌手 (座って飲む)彼は同棲している恋人がいるので、それで働いているのよ、天才だわ。
ループーが彼の真似をするなんて、おこがましいわ。あいつったらあの人の態度ばかりか恋人まで盗んでしまったのよ。
ピアニスト (トイレの板戸にもたれて)奴の歌は素晴らしいさ。だけどここじゃ酒の分け前のいざこざで、
この十一日間ってもの、毎晩ループーととっつかみ合いをしているんだ。
ソプラノ歌手 (がぶ飲みする)あたしたちの暮らしも惨めなものさ。
バール (幕の向こうで)俺はつまらない男、清らかな心の男、いつも楽しくしていたい。
(拍手。バール、ギターに合わせて続ける)
部屋を風が吹き抜けていった
子供が青いスモモを食った
その柔らかくて白い肉を慰みに
そっと そこいらに転がしておいたとさ
(客席の中で喝采の声、非難の声が起こる。バールは歌い続けるが歌はますます露骨になるので騒ぎがだんだん大きくなっていく。ついに客席は凄まじい混乱に陥る)
ピアニスト (感情を全く示さずに)驚いたな、あいつはやってのけたぜ。救急車を呼ばなければならん騒ぎさ。
今ミュルクの野郎が喋っているけど、客は奴を八つ裂きにしてしまうだろう。あの男は客に露骨な描写をしたんだ。
(バール、カーテンから出てくる。ギターを後に引きずっている)
ミュルク (彼の背後で)あんたはけだものだ。いためつけてやるぞ。自分の番組だけ歌ってればいいんだ! 契約通りに! さもないと警察に言いつけてやるぞ。(ホールに戻る)
(バール、自分の首を締めるような真似をして上手にある便所のドアの所へ行く)
(バール、彼を押しのける。ギターを持ち、ドアを通って去る)
ソプラノ歌手 あんた、ギターを持ってトイレに入るの? 素晴らしいわ!
客たち (首を突っ込んで)あの下司野郎はどこだ? 続けて歌わせるんだ! まだ休憩じゃないぜ! 忌々しい下司め! (ホールに戻る)
ミュルク (入って来て)わしは客に向かって救世軍の仕官のように話し掛けたんだがね。警察に頼んだ方がいい。
客の奴ら、あいつをまた出せって大騒ぎだ。奴はどこへ行った。舞台に出てもらわなきゃならない。
ピアニスト 看板役者は便所に出て行きましたぜ。(後の方に向かって叫ぶ)バール!
ミュルク (便所の戸をどんどん叩く)おい君、そんなに勿体ぶるなよ。畜生、便所の閂をかけて篭城なんて許さないぞ。
今この時間に対してだって、わしは賃金を払っているんだ。契約書にもちゃんと書いてある。
君は高等詐欺師だな! (陶酔するように戸をどんどん叩く)
ループー (上手のドアの所で。青い夜が見える)便所のドアが開いてます。禿鷹は飛んで行っちまった。酒が飲めなきゃ歌わないか。
ミュルク 空っぽか? 逃げやがったか? 便所から抜け出したのか? 人殺しめ! 警察に頼もう。(飛び出して行く)
叫び声 (舞台の奥の方からリズミカルに)バール! バール! バール!
(バール、エーカルト)
バール (ゆっくり草原を通って行く)空が緑を増し、孕んだように膨らんできてからは、七月の大気だ、風が立つ。
ズボン一丁でシャツもなしだ。(エーカルトの方に戻って)俺の剥き出した股を風が擦って行く。
俺の頭の中は風で泡立ち、腋の下の毛にも草原の香りが染み込んでいる。大気は風に酔いしれたように震えている。
エーカルト (彼の後で)なぜスモモの木陰から象みたいに飛び出していったんだ?
バール 俺のこめかみに手を置いてみろ! 脈がうつたびに膨れ上がっちゃ、泡みたいにまたへこむだろう。手で触ると感じるだろう?
エーカルト いや。
バール お前には、俺の魂のことは何も分かっていない。
エーカルト 水に体をつけて横になろう。
バール 俺の魂は、兄弟、風にのしかかられてのた打ち回る麦畑の呻きだ。共食いしようとする二匹の昆虫の目の輝きだ。
エーカルト くたばることのないはらわたの持ち主、七月のように狂った男、それがお前だ。お前はいつかは澄んだ空に油のしみを残していく肉団子よ。
バール そんなのは紙に書いた、ただの言葉さ。それでも別に構わないよ。
エーカルト 俺の肉体は風に揺れる小さなスモモのように軽い。
バール それは青白い夏の空のせいさ。青い沼の生温い水に浸かって、スポンジみたいに含もうか?
そうでもしておかないと、白い田舎道が天使の投げたロープのように、俺たちを天国に引っ張り込んでしまうぞ。
(農夫たちがバールを取り囲んでいる。片隅にエーカルト)
バール あんたたちみんなに、まとまってここで会えるのは好都合だ! 俺の兄貴が、明日の晩ここへ来る。それまでに雄牛を集めておかなきゃいけないんだ。
農夫1 (ぽかんと口を開けて)でも、あんたの兄さんが欲しがっている牛かどうか、どうして分かるかね?
バール それは俺の兄貴にしか分からないさ。ともかく見事なやつばかりにしてくれ。でなきゃ、何の値打ちもないからな。焼酎一杯、亭主!
農夫2 あんたたち、すぐ買ってくれるかね?
バール 一番腰の強いやつを買うさ。
農夫3 十一の村から、みんなが雄牛を連れてやってきますぜ。あんたが払うと言っている値段ならね。
農夫1 俺の雄牛を見てくださいや!
バール おい亭主、焼酎一杯!
農夫たち 俺の牛が一番だぞ! 明日の晩って言いなさったね? (彼ら出かける)あんたがた、ここにお泊りかね?
バール ああ、一つベッドにな。(農夫たち去る)
エーカルト お前、一体どういうつもりなんだ? 気でも狂ったのか?
バール まさに素敵だったぜ。奴らは目をぱちくりさせて口をぽかんと開け、やっと話を飲み込むと早速そろばんをはじき出したよ。
エーカルト 少なくとも俺たちは、それで二、三杯の焼酎にありつけたってわけか。じゃあ、さっそくずらからなきゃ!
バール 今ずらかるって? お前、気は確かか?
エーカルト ああ、そういうお前は狂ってないのか? 雄牛の話のことを考えてみろ!
バール ああそうさ。俺が連中を騙したのは何のためだと思う?
エーカルト 二、三杯の酒にありつけるためじゃないのか?
バール 夢でも見てるのか! お前に飛び切りのお楽しみを見せてやりたいのさ、エーカルト。(彼は後の窓を開ける。暗くなっている。また座る)
エーカルト たかが六杯くらいで酔っ払いやがって、恥ずかしくないのか!
バール きっと素晴らしい眺めだぜ。俺はこういう間抜けな奴らがすきなんだ。お前にありがたいお芝居を見せてやるぞ、おい! 乾杯だ!
エーカルト お前は、本当の自分以上に純真に見せるのが好きな奴さ。そんなことをすれば、その憐れな奴らに頭をぶちのめされるぜ、俺もお前も。
奴らは誤魔化すつもりでやって来る。それも奴らの単純なやり口でな。それが俺には面白いのさ。
エーカルト (立ち上がる)それじゃ牛か俺かどっちかだ。亭主に嗅ぎ付けられないうちに、俺は出て行く。
バール (陰鬱に)今夜はやけに暖かだな。もう一時間だけいろよ。そうしたら一緒に行くぜ。分かってるだろ、俺がお前を好きだってことは。
あの畑の肥やしがここまで匂ってくるな。雄牛のことを仕切っているあの亭主はもう一杯人を振舞うと思うか?
エーカルト おい、足音だぜ。
神父 (入って来てバールに)こんばんは。雄牛を買いたいというお方はあなたですか?
バール 私ですよ。
神父 一体何のためにあなたはこんなペテンを仕組まれるのです?
バール この世界は全てペテンですよ。乾草のむせ返るような匂いがしてくる! 晩にはいつもこんなに匂うんですか?
神父 あなたの世界は大変惨めなようですね?
バール 僕の空は樹木と女の体でいっぱいですよ。
神父 そんな言葉は口にしないで下さい! この世は、あなたのサーカス小屋ではありませんよ。
バール それじゃ、この世は一体何なのですか?
バール 正しい人間にはユーモアってものがないな、エーカルト!
神父 で、あなたは、自分の計画が酷く子供っぽいということに、気付かないのですか? (エーカルトに)この人はどういうつもりなんですか?
バール (後にもたれかかって)夕方の黄昏の中で---もちろん夕方とこなくちゃいけないぜ、それには雲がなくちゃ。
大気は生温く、ほんの少し風が吹いている、雄牛どもがやって来るんだ。そいつらは、あらゆる方向から、のしのしとこっちへやって来る。
すごい眺めだぜ。その時牛どもに囲まれた憐れな人間どもは、この雄牛をどうしていいか分からなくなる。
見当もつかなくなる。ただすごい眺めにありつくわけだ。俺は見当違いした連中も好きなんだ。
どこへ行ったらこんなに沢山の動物が集まるのを眺められるって言うんだ?
神父 じゃ、そのためにあなたは、七つもの村の連中をかり集めようとしたのですか?
バール この眺めに比べれば、七つの村なんてどうってことはない!
神父 やっと分かりましたよ。あなたは憐れな人間だ。多分、特に雄牛がお好きなんでしょう?
バール 行こうぜ、エーカルト! こいつのおかげで話が台無しだ。キリスト教徒はもう動物を愛してはいないのさ。
神父 (笑って、それから真面目に)だからあなたにそんなことはさせません。さあ、出て行きなさい。
もう人目につくようなことはしないで! 私は、あなたに、少なからず奉仕をしてあげたつもりですよ、ねえ!
バール 行こうぜ、エーカルト! お前にお楽しみも見せられなくなったぜ、兄弟!
(エーカルトと共にゆっくりと去る)
神父 さようなら! ご亭主、私があの人たちの酒代を払いますよ!
亭主 (テーブルの向こうで)焼酎十一杯分でさあ、神父さん。
(六、七人の木こりが木に寄りかかって座っている。その中にバール。草の中に死体が一つ)
木こり1 樫の木でやられたんだ。奴はすぐには死ななかった。しばらく苦しんでたぜ。
木こり2 今朝は、また奴は、天気が具合よくなってきたって言っていたのにな。
あいつは木の緑にちょっと雨のお湿りがあるのが好きだったんだ。木があんまり乾きすぎていないのがな。
木こり3 いい野郎だったぜ、テディって奴は。奴は昔はどこかに、小さな店を持っていたんだ。これが奴の全盛期よ。
その頃は、坊主みたいに太っていた。だけど、女にいれあげて店を潰してここへ流れて来やがったんだ。
それで年とともに太鼓腹も萎びたってわけさ。
木こり4 あいつ女とのいざこざの話は一度もしなかったのか?
木こり3 ああ、また山を降りて行く気があったかどうかも分からねえ。
あいつはかなり貯め込んでいたけど、そりゃあいつが慎ましく暮らしていたせいだろうよ。
この山では誰も本当のことを言う奴なんかいないさ。その方がずっと気が楽さ。
木こり1 一週間前、冬になったら、北へ登って行くって言っていたぜ。どこかそっちの方にぼろ小屋を持っていたらしい。
あいつ、お前にはどこか言わなかったか、おい象野郎?
バール 放っておいてくれ、俺は何も知らねえ。
木こり4 また手前の考えにふけっていたわけか、え?
木こり2 こいつには全く信用がおけねえ。覚えているだろう、こいつ、俺たちの靴を、
一晩中濡れる所へぶら下げていたおかげで、俺たちは森へ行けなくなっちまったんだぜ。
それもみんなこいつが例によって怠けていたせいだ。
木こり5 奴は、金のために仕事はしないとよ。
木こり1 奴がすっかりくたばった時、お前はどこにいたんだ?
(バールは起き上がり、草の上を横切り、よろよろとテディの側に行く。そこに腰を下ろす)
木こり4 バールはしゃんと立って歩けねえぞ、みんな。
木こり5 あいつはもう放っておけ! 象野郎にもショックなのよ!
木こり3 全くお前ら、今日ぐらい静かにしてもよさそうじゃねえか。奴の骸が転がっているうちはな。
木こり5 お前、テディをどうしようってんだ、象野郎?
バール (彼の上に身を屈めて)こいつは安らかに眠っている。俺たちは安らかに眠っていない。どっちも結構じゃねえか。
空は黒い。木々は震えている。どこかで雲が湧き上がってくる。これが舞台装置だ。
人間は食うことができる。眠ったら目を覚ます。奴は違う。俺たちはそうだ。こいつは二重に素晴らしいぜ。
木こり5 空がどうだって?
バール 空は黒い。
木こり5 お前は頭がいかれているなあ。いつだって死ぬべきでない奴が真っ先に死に見舞われるんだ。
バール そうさ、そりゃ不思議なことさ、あんたの言う通りだよ。
木こり1 バールみたいな奴は長生きするぜ。この野郎は仕事をやっている所には近づかないんだからな。
バール それにひきかえ、テディはよく働いたな。気前もよかった。人付き合いもよかった。
そのあいつの残したものは一つだけ、「昔テディって奴がいたっけな」という言葉だけさ。
木こり2 あいつ、今頃、どこにいやがるんだろうな?
バール (死人を指差して)ここにいるさ。
木こり3 俺はいつも思うんだ。憐れな魂ってのは風なんだってね。ことに早春の晩のさ。でも秋の風だってそうだと思う。
バール それから夏の風、太陽、穀物、畑の上を渡る風。
バール 暗くなくちゃいけないさ。
(静寂)
木こり1 あいつ、本当に、どこへ行ってしまうのかなあ?
木こり3 あいつはあいつを必要とする人間なんか一人も持っていなかった。
木こり5 あいつは自分一人だけでこの世に生きていたんだ。
木こり1 奴の持ち物はどうする?
木こり3 大してないな。金は銀行かどこかに預けていたぜ。奴がこの世にいなくなっても
金は銀行に預けられっぱなしってわけさ。お前何か知恵はないか、バール?
バール 奴はまだ臭ってこないな。
木こり4 おい、みんな、いいことを思いついたぞ。
木こり5 言ってみろよ!
木こり4 象野郎じゃなくたって知恵は浮かぶぜ。どうだ、テディの冥福を祈って一杯やるのは?
バール それはたしなみがないぞ、ベルクマイヤー。
木こり5 馬鹿馬鹿しい。たしなみだって---ところで何を飲めばいいんだ? 水か? よくも恥ずかしくねえな、こいつ、下らないことを。
木こり4 焼酎よ!
バール その案なら賛成するぜ、焼酎なら真っ当だ。その焼酎はどうする?
木こり4 テディの焼酎よ。
木こり5 テディの? それなら話は分かる---配給の分か? テディの奴はけちけち飲んでいたからな。間抜けにしてはいいとこに気がついたぜ。
木こり4 すごく冴えてるだろう。どうだ! お前ら血の巡りの悪い頭に分けてやりたいぜ。
テディの弔いはテディの焼酎でやろうぜ! 安上がりでしかもこの場に相応しい!
もう誰かテディに弔辞を述べてやったか? それこそやってやらなきゃいけねえことだ。
バール 俺がやった。
数人の木こり いつ?
バール さっきよ。お前たちが、馬鹿げたことを喋りだす前さ。弔辞の始まりはこうだった。
「テディは安らかに眠っている」……お前たちは何でも済んでしまってから始めて気がつくんだな。
木こり5 薄ら馬鹿が何をぬかす---焼酎を取って来よう。
バール 恥ずかしくないのか!
バール それはテディの持ち物だ。小さな酒瓶の栓だって抜いちゃいけねえ。テディには女房もあるし、五人の可哀想な孤児もいるんだ。
木こり4 四人だ、四人だけだ。
木こり5 突然荒れだしやがった。
バール テディの五人の憐れな孤児から、憐れな親父の焼酎をかっぱらって飲んでしまう気か? それが仏心ってものなのか?
木こり4 四人だ。孤児は四人だぞ。
バール テディの四人の孤児の口から焼酎を取り上げて飲んでしまう気か?
木こり1 テディには、家族なんか、全然いなかったぜ。
バール でも孤児がいるんだ、なあ、諸君、孤児がね。
木こり5 お前たちは、この気狂い象にからかわれているんだ、いいか、テディの孤児がテディの焼酎なんか飲むと思うか! それはテディの持ち物さ……
バール (さえぎって)だったんだ……
木こり5 だからってどうだっていうんだ?
木こり1 こいつは戯言を言っているだけだよ。正気をなくしちまっているのよ。
木こり5 俺は言いたいぜ。そりゃテディの持ち物だった、だから、俺たちが払えばいいんだ。
金をな、ちゃんとした金をな、なあ、みんな。そうすれば、孤児もなんとかやっていけるさ。
一同 そいつはいい案だ。象の負けだ---焼酎が欲しくないなんて、奴は気が狂ったに違いない。こんな奴放っておいて、テディの焼酎を飲みに出かけようぜ!
それに今日は、木々がとても力強く見える。空気は素晴らしく柔らかい。俺の心はいっぱいに膨らんできた。
憐れなテディ、お前くすぐったくないか? お前は完全に片付いた、まあ、俺に喋らせろ、そのうち臭いがしだしてくるだろう。
そして風が吹きすぎていく。全ては過ぎ去っていく。お前の小屋もな。そいつはどこにあるか俺は知っているが、
お前の持ち物だって生きている奴らが取り上げてしまうんだ。お前はそいつを見捨て、ただただ永遠の憩いを求めたんだからな。
昔はお前の体はこんなに酷くなかったな、テディ、なに、今だってまだそう酷くはなっていない。
ほんのちょっと潰れているだけだ。片っ方の側がな、それに足もだ。こんな足じゃあ、女たちとはどうせもう何も出来なかったろう。
こんな足で女に乗っかるわけにはいかないもんな。(彼は死体の足を持ち上げる)しかし、こんなになった体でだって、
その気になれば何とか生きていけたんだ。でもお前の魂は酷くお高くとまっていやがったからな。
この世の仮の住まいはぶち壊されちまった。鼠は沈没する船を見捨てるっていうからな。
お前は、ただお前の生き方の犠牲になったのさ、テディ。
木こり5 (戻って来る)おーい、象野郎め、思い知らせてやるぞ! テディのぼろベッドの下の、一体どこにブランデーの瓶があるんだよ、おい?
俺たちが憐れなテディの面倒を見てやっていた時、お前はどこにいたんだ、ええ、旦那?
テディが、まだ完全に死んではいなかった時のことよ、旦那? その時、お前はどこにいやがった?
この豚野郎! 死体をあさりやがったな! テディの孤児の保護者だって、ふん?
バール 何も証拠はないぜ、諸君!
こりゃえらく重大な問題だぞ、おい、ちょっと立ってみろ、おい、立てって言ってるんだ!
それで真っ直ぐ四歩歩いてみろ、それから言えるなら言ってみろ、震えてもいないし、外見も中身もちっとも狂っちゃいねえってな。
汚い野郎め! こいつを立たせろ、ちょっとくすぐってやれ、みんな、テディの憐れな名誉を汚しやがったんだぞ! (バール、立たされる)
バール ごろつきどもめ! せめてこの憐れなテディを踏みつけるな!
(彼は腰をおろして死体の腕を自分の腕に抱えあげる)もしお前たちが、俺に何かしやがったりしたら、テディの死体を前にぶっ倒すぞ。
それじゃ死体が可哀想じゃないか? 俺は正当防衛をしているんだ。お前たちは七人、しちにんで、しかも酔っ払っていない。
ところがこの俺はただ一人で、しかも酔っ払っている。これが綺麗なやり方か、卑怯だぞ、
七人で一人にかかるなんて? 頭を冷やせ、テディだってこんなに冷え切っている。
数人の男 (悲しそうに、或いは興奮して)この野郎には神聖なものなんてねえんだ。
神様、こいつの酔っ払った魂をお恵み下さい! こいつは神様の御手の中にいてもまだじたばたしているしたたかな罪人よ。
だからこそ仕事にだって、上等な労働ってものがあるのよ。お前らも知っている通り、俺は頭のある労働者だ。
(タバコを吸う)君らには本当の意味の尊敬の念というものがなかったんだ。
いいか! 上等の焼酎を飲んだって、お前らの考え出すことと着たらたかが知れている。
ところが俺なら、ちゃんといろいろなことが分かるようになるんだ。そうなんだよ!
俺はテディにとても大事なことを話してやっていたんだ。
(彼は胸のポケットから紙を取り出し、それを見つめる)ところがお前らときたら、つまらぬ焼酎欲しさに、ほいほいいってしまう。
座れったら、梢の間に見える空をじっと見つめてみろ、今暗くなりかけている。
あれが何でもないっていうのか? だったらお前らは宗教心なんてひとかけらも持てやしないぞ!
(雨の音が聞こえる。バール、エーカルト)
バール 白い肉体を黒い泥沼につけているってとこだな。
エーカルト お前はまだ、あの肉体の魂を連れに行ってやらないのか?
バール どうやらお前は、自分のおミサで忙しかったらしいな。
エーカルト 俺のミサのことなんかどうでもいい、自分の女のことを考えろ! お前、あの女をまたどこに追い払ったんだ、こんな雨の中を?
バール あいつは俺たちの後を、絶望したように追いかけてきて、俺の首っ玉にぶら下がりやがるからな。
エーカルト お前だんだん深みにはまっていくな。
バール 俺が重すぎるからさ。
エーカルト まさか自分が野垂れ死にするとは思っちゃいないだろうな?
バール 俺は素手でも戦い抜くぞ。皮を剥がれても生き延びる、足の先に潜り込んでも粘り抜くさ。
そして牝牛のように倒れる、草の中へ、一番柔らかそうな所へ。死を一飲みして平気な面をしていてやる。
エーカルト ここにごろごろしだしてから、お前ますます太ってきやがったな。
バール (右手をシャツの下に入れ、左の腋の下に持って行く)ところが、俺のシャツは、だんだんゆるくなってきた。
汚れれば汚れるほど、たるんでくるんだ。もう一人くらいたっぷり入りそうだ、ただし太っていない奴だが。
だけど筋骨逞しいお前が、なぜまたのらくらしているんだ?
エーカルト 俺の頭の中には、何かこう空みたいなものが広がっている。恐ろしく高い空。
その空のもとで様々な思いが、雲のように鮮やかに、風に流れていく。
どっちへ流れて行くかも決まっていない。だけどそれはみんな俺の中にあるんだ。
バール それは、精神錯乱だぞ。お前はアル中だ。分かっただろう、その報いが来たんだよ。
エーカルト 錯乱に襲われたなら自分の面を見て分かるはずだ。
(彼を見つめる)お前には面がないじゃないか。お前はゼロだ、透明人間だな。
エーカルト どうせ、俺はだんだん数学的になっていくさ。
バール お前の話を聞いた奴は、まだ誰もいない。なぜ自分のことをちっとも話さないんだ?
エーカルト 俺には、話なんてできっこない。外を誰か歩いているぞ。
バール お前は耳がいいな。お前は腹に一物あるくせに、それを隠している。お前は悪党だ、俺と同じだ。
悪魔のような奴だ。しかしいつか一巻の終わりになるぜ、そうしたらお前も善人に戻るだろうさ。
(ゾフィー、戸口に現れる)
エーカルト ゾフィー、あんたか?
バール お前、また、何の用だ?
ゾフィー もう入ってもいい、バール?
ゾフィー 膝が抜けそうだわ。どうして絶望した人間みたいに走っていくの?
バール お前が俺の首に、石臼のようにぶら下がるからさ。
エーカルト 自分でお腹を大きくしておいて、その女に、どうしてこんな仕打ちができるんだ?
ゾフィー 私が欲しかったのよ、エーカルト。
バール こいつが自分で欲しがったのさ。そして今、俺のお荷物になっているんだ。
エーカルト そいつはむごいぜ。そこへ座れよ。ゾフィー。
ゾフィー (座る)あの人を止めないで!
エーカルト (バールに)この女を道端に放り出して行く気なら、俺は一緒に残るぞ。
バール そいつは、お前と一緒にいやしないぜ。でもお前が俺を見捨てるっていうなら、それもこの女のためによ、そいつは全くお前らしいぜ。
エーカルト お前は二度も俺が女と寝ているベッドから俺を追い出した。俺の女たちはお前を冷たくあしらった。
それでもお前は、俺の女を奪い取りやがった、俺はそいつらを愛していたのに。
バール お前が女を愛していたから盗んでやったんだ。俺は二度も、死体のように冷たい女を犯した。
それもお前を清らかな男にしておきたかったからだ。俺にはその必要がある。
誓って言うが、俺は侵していても快楽なんか感じなかったんだ。
エーカルト (ゾフィーに)この野獣よりもたちの悪い奴を、あんたはまだ愛しているのか?
ゾフィー どうしようもないのよ、エーカルト。私、この人の死体をまだ愛しているの、私を殴る拳骨さえ好きなの。どうしようもないわ、エーカルト。
バール 俺が豚箱に入っていた時、お前らがなにをやっていたか、知る気はないぜ。
ゾフィー 私たちは一緒に白い牢屋の前に並んで、あなたのいる辺りを見上げていたわ。
バール 一緒だったんだな。
ゾフィー いけなかったならぶって。
エーカルト (怒鳴る)お前、この女を俺に押し付けなかったというのか?
バール あの頃はまだ、お前を奪われてもよかったんだ。
エーカルト 俺はお前のような象みたいに厚い皮は持っていないぞ!
バール だからこそ、俺はお前が好きなのさ。
エーカルト それなら少なくともこの女がそばにいる間は、汚らわしい口を閉じていろ!
(両手を首に当てて)こいつは自分の汚れた肌着を、お前の涙で洗濯していやがる。
俺たち二人の間をこいつが裸で駆け回ってやがるのがまだ分からないのか?
俺は苦しみに耐える子羊だ。俺は自分の肌を脱ぎ捨てることが出来ないのだ。
エーカルト (ゾフィーのわきに座る)おふくろのところに帰れよ。
ゾフィー そんなことできやしないわ。
バール こいつには、できやしねえとよ、エーカルト。
ゾフィー ぶちたいのなら、ぶってちょうだい、バール。もっとゆっくり歩いてなんてもう言わないから。
そんなつもりじゃなかったのよ。足の続く限り、あんたについて行くわ。それから寝る時は木の陰で寝るわ。
そうすれば、あなたの目障りにもならないし。でも、私を追い払わないで、ね、バール。
バール 膨らんだ腹で川の中にでも寝るんだな。お前は、俺に唾を吐きかけてもらいたいんだろう。
ゾフィー ここで私を置いてきぼりにしたいの、それともここではまだ放り出さないつもり?
まだどっちか決めてないのね、バール。あなたは子供みたいな人だからそんな風に考えるのね。
バール 俺はもうお前には本当にうんざりしたぜ。
バール 自分の腹を見てみろ、そんな腹をした奴には誰も何もしない。
ゾフィー でも、夜が怖い。せめて夜まで私のそばにいてくれない?
バール 船頭の溜まり場に行くといい。今日はヨハネの祝日だ。あそこでは、みんなが飲んでいるぜ。
ゾフィー せめてあと十五分。
バール 来いよ、エーカルト!
ゾフィー 私は、一体、どこへ行けばいいの?
バール 天国にでも行きな、恋人さんよ!
ゾフィー お腹の赤ちゃんも?
バール 餓鬼なんぞ埋めちまえ。
ゾフィー お願い、二度とそんなことを考えないで、今言ったようなことを決して考えないで、あんたの好きなこの大空の下で。
エーカルト 俺は君と残る。そして君のおふくろの所へ連れて行ってやるよ、こんなけだものみたいな奴をもう愛する気はない、と言ってくれさえしたら。
バール こいつは、俺に惚れてるさ。
ゾフィー 私は愛してるの。
エーカルト まだそこに突っ立ってやがるのか、おい、けだものめ。お前には、膝があるんだろう?
焼酎か詩にでも酔っぱらってやがるのか? けだものめ、くたばりぞこないめ。
バール 馬鹿め!
(エーカルト、彼に飛び掛る。彼らはつかみ合う)
ゾフィー ああ、どうしよう! 猛獣みたい!
エーカルト (争いながら)彼女が林の中で言ったことがお前には聞こえなかったのか? もう暗くなるって言ったんだぞ! けだものめ、くたばりぞこないめ!
バール (飛び掛って、エーカルトを押さえつける)さあ、俺の胸をおっつけてやるぞ。俺の臭いがするだろう?
お前は俺のものだ。女を側においておくよりももっといいことがあるんだぞ。
(止める)林の上に、もう星が見えてきたぜ、エーカルト。
エーカルト (空を見上げているバールを凝視して)俺はこのけだものを殴ることが出来ない。
バール (彼に腕を回して)暗くなるぞ。今夜のねぐらを見つけなきゃならない。
森の中に風の入ってこない谷間がある。来い、いろんなけだものの話をしてやる。
(彼はエーカルトを引っ張って去る)
ゾフィー (暗闇に一人残されて)バール!
(夜。風。テーブルの傍らにグーグー、ボルボル。年老いた乞食と箱の中に子供を連れ込んでいるマヤ)
ボルボル (グーグーとカルタをしている)もう金がねえ。魂をかけてやろうぜ!
乞食 風の野郎が中に入りたがっているぜ。でも俺たちは、冷たい風なんて奴のことは知っちゃいねえさ。
(子供、泣く)
マヤ (女乞食)しぃっ! うちの周りを何かうろついているよ、森の野獣だったらどうしよう!
ボルボル どうしてだ? お前、盛りがついてるのか? (門を叩く音がする)
マヤ ほーら! あたしは、開けないよ。
乞食 お前、開けな。
マヤ いやだよ、いやだってば、マリア様にかけてもごめんだよ。
乞食 出て行けよ、マドンナ。開けなよ。
マヤ (ドアの所に這い寄る)外にいるのは誰?
(子供、泣く。マヤ、ドアを開ける)
バール (エーカルトと共に入って来る、雨でずぶ濡れになっている)ここは病人じゃないとは入れない酒場か?
マヤ そうだよ、だけど、ベッドは空いてないよ。(いっそうずうずうしく)それに私は、病気なんだよ。
バール 俺たちはシャンペンを持ってきたぜ。(エーカルトはストーブの方へ行っている)
乞食 ここにおいでのお歴々はみんな高級な人ばかりだぜ、あんた。
バール (テーブルの側に寄りながら、ポケットからグラスを二つ取り出す)ふん?
乞食 何だか怪しいな!
ボルボル どこからシャンペンをかすめて来やがったか、分かってらあ。でも密告したりはしないぜ。
バール さあ、エーカルト! ここにもグラスはあるのか?
グーグー 俺は自分のコップを使うぞ。
バール (疑わしげに)シャンペンなんか飲んでもいいんですかい?
グーグー いただきますよ! (バール注ぐ)
バール あんたはどこが悪いんだね?
グーグー 肺尖カタル。何でもないよ。肺炎の軽い奴さ。大したことはねえや。
バール (ボルボルに)あんたは?
ボルボル 胃潰瘍でさあ。どうってこたあねえ。
バール (乞食に)多分、あんたもどこか悪いんでしょう?
乞食 俺は頭が悪いのさ。
バール 乾杯! さあ、これで知り合いになった。俺は丈夫だぜ。
乞食 わしはな、自分が丈夫だと思い込んでいた人物を知っていた。自分でそう思っていたんだよ。
森で生まれたその男は、ある時また森へ戻ってきた。というのはある考え事があったからだ。
そいつは、森が自分とは酷く縁遠くなったような気がした。何日も彼は歩いた。荒野に分け入った。
自分がどれだけ何も頼らずにいられるか、自分にどれくらい耐える力があるかを、知りたかったのさ。
ところがたいしてもちやしなかったぜ。(飲む)
バール (いらいらして)この風ときたら! 今夜のうちにでも出かけなくちゃならないぜ、エーカルト。
乞食 そう、風だよ。ある晩、黄昏時にその男がもう孤独を感じなくなった時奴は木々の間の
ひっそりとした静けさの中に分け入って行った。そして、一本の大きな木下で立ち止まったんだ。(飲む)
ボルボル 奴は猿のような木がしてきたのか。
そう思っただけかもしれない。そしてこう言ったのだ。
「お前は俺よりも高く、しっかりと立っている。お前は地面の奥底まで知っている。
そして地面はお前をしっかり支える。俺は走ったり、お前よりもうまく動ける。
だが、俺はしっかと立ってはいない。深い所も知らない。そして、何も俺を支えてはくれない。
それにまた、無限の空にのびる梢の彼方の、大きな静けさも俺には分からない」(飲む)
グーグー 気は何て答えた?
乞食 そう、風が吹いていった。木が震えおののいた。そいつはそう感じたのさ。
それで奴は地面に身を投げ、ごつごつした固い根に抱きついて辛い涙を流したとよ。
奴は、たくさんの木に同じ事をしたんだ。
エーカルト それで奴は丈夫になったのか?
乞食 いや、楽に死んでいったよ。
マヤ あたしには分からないね。
乞食 人間には分かるなんてことはねえ。でも感じることはできる。自分の分かっている話でも喋るとなるとうまくいかないさ。
ボルボル お前、神様は信じているか?
バール (大儀そうに)俺は、いつも、俺自身を信じているさ、でも無神論者にもなれるぜ。
ボルボル (げらげら笑う)こいつは面白いぜ! 神様! シャンパン! 愛! 風に! 雨ときた! (マヤをつかまえる)
マヤ 離しな! あんた口が臭いよ!
ボルボル お前は梅毒もちじゃねえのか?
(膝の上に彼女を座らせる)
乞食 気をつけな! (ボルボルに)俺はだんだん酔っぱらってきた。俺が酔い潰れちまったら、お前、今日、雨の中を出て行くわけにはいくめえ。
グーグー (エーカルトに)あいつは昔はいい男だったんだよ。それであの女を手に入れたんだ。
エーカルト それにあんたは精神的に優れていたのか? すごく精神的な人間だったっていうのか?
グーグー あの女はこんなじゃなかった。まだとっても純真だったんだ。
エーカルト それなのにあんたはどんなことをやらかしたんだ?
グーグー 俺は恥ずかしかったぜ。
ボルボル 聞け! 風だ! 風が神に安らぎを願っているぜ。
ねんねんころりよ、外は風だよ、
でもあたしたちはぬくぬくとして
酔っ払っていられる。
バール この餓鬼は何だ?
マヤ 私の娘ですよ、旦那。
乞食 こいつは悩める処女マリア様よ。
バール (飲む)それは昔のことよ、そうさ、昔は素晴らしかったな。エーカルト。
エーカルト 何が?
ボルボル そいつは、昔のことなんか忘れちまってるさ。
バール 昔のことか、こいつは何て妙な言葉なんだ。
グーグー (エーカルトに)一番素晴らしいのは、虚無ってやつよ。
ボルボル しっ! これからグーグーの独唱だ。ウジのエサが歌うってよ。
グーグー 太陽なんてやつは、夏の夕暮れに震える大気のようだ、虚無ってやつは震えもしない、全くの無だ。
要するに何もかもやめちまうのさ。風がすぎて行く。それでも凍えない。雨が降る。それでも濡れない。
誰かが冗談を飛ばしても一緒に笑いもしない。腐敗していくんだ。待つ必要もない。ゼネストさ。
乞食 そうよ、パラダイスよ。希望はみんな満たされる。誰も希望などもっていないからな。
一切のことから手を引く。希望からも手を引く、そこで全く自由になるんだ。
マヤ それでお終いにはどうなるの?
グーグー (にやりと笑う)何もありやしない、虚無よ。お終いなんかない。永遠に何もないんだ。
ボルボル アーメン。
バール (立ち上がり、エーカルトに)エーカルト、立て! 俺たちは人殺しどもの中に迷い込んじまったぜ。
(エーカルトの肩を叩く)うじ虫どもが偉そうな面をしている。もう今にも腐りそうなのにな。
うじ虫どもが歌ったり、自慢し合っていやがるんだ。
エーカルト お前がそんな風になったのはこれで二度目だ。飲んだだけでこんなことになるかな。
バール ここじゃはらわたがさらけ出されている。ここは砂風呂じゃないらしいぜ。
エーカルト 座れ! たっぷり飲め! 温まるんだ!
夏も冬も、雨でも雪でも---
酔ってさえいれば、悲しくはないさ。
ボルボル (マヤを抱いて、喚く)お前の独唱を聞いているとむずむずしてくるぜ。グーグー坊や……よちよち、マヤちゃん。
(子供、泣く)
バール (飲む)あんたは何者だ? (苛立たしげにグーグーに向って)
あんたの名前はウジのエサっていうんだったな。それじゃ、やがて死体になるわけだな。乾杯! (座る)
乞食 気をつけろ、ボルボル! シャンペンってやつは、あんまりわしには向かないな。
マヤ (ボルボルにそっと寄り添って、歌う)
小さなお目目じゃ、何も見えぬ
さあ、おねんねおし、もう夢の中
お前は流れ下る、髪に巣食うネズミと共に
その上の空は相変わらず不思議な空だった
(グラスを手に持って立ち上がる)
空は黒い。お前、なぜびっくりするんだ?
(テーブルを叩く)人は回転木馬を我慢しなくちゃならない。それは大したことだぜ。
(千鳥足で歩く)俺は象になりたいぜ、面白くない時にサーカスの最中に小便をたれる象にな!
(踊りだして、歌う)風と踊れ、憐れな屍どもよ! 雲と眠れ、堕落した神よ!
(彼はよろめきながら、テーブルの方に来る)
エーカルト (酔って、立ち上がっている)俺はもう、お前なんかとは一緒に行かないぜ。
俺だって魂はある。お前は俺の魂を台無しにしやがったんだ。
なんでもかんでもぶち壊しにしやがったんだ。俺は、またミサの作曲に取り掛かるぞ。
バール 俺はお前が好きだぜ。乾杯!
エーカルト でも俺は、お前と一緒には行かないぞ。(座る)
乞食 (ボルボルに)手をどけな、助平!
マヤ あんたとは関係ないよ。
乞食 静かにしたらどうだ。憐れな奴らめ!
マヤ 気違い、あんたはキ印だよ。
ボルボル (毒々しげに)ペテンだぞ! 病気でも何でもないくせに。そうよ! これはまさにペテンだ。
乞食 そういうお前は、癌だとでもいうのか?
ボルボル (不気味に落ち着いて)俺が癌だと?
(マヤ、笑う)
バール こいつ、どうして泣いていやがるんだ? (よろめきながら箱の方に行く)
乞食 (怒って)お前、そいつをどうしようというんだ?
バール (箱の上に身を屈めて)なぜ泣くんだ? まだ目が見えないのか? それとも何かを見ては泣くのか?
乞食 放っておいてやりな! (バールに自分のグラスを近づける)
マヤ (飛び上がって)下司!
ボルボル 奴は、この女のスカートの下ばかりのぞこうとしやがる。
バール (ゆっくりと立ち上がる)ああ、助平ども! お前たちは、もう人間的なものをまるでなくしてしまっている。
来い、エーカルト、川で体を洗おうぜ! (エーカルトと共に去る)
(バール、エーカルト)
バール (茂みの中に座っている)温かい水だ。砂の上に転がっているとえびみたいだ。それに、木々の梢、空には白い雲だ、エーカルト!
エーカルト (隠れたままで)何をしようってんだ?
バール 俺はお前が好きだ。
エーカルト こうやって寝ているに勝る楽はないぜ。
バール さっきの雲を見たか?
エーカルト ああ、破廉恥な格好の雲だったな。(沈黙)さっき、あそこを女が通ったぜ。
バール 俺はもう女なんか欲しくない……
(風。夜。エーカルトが叢で眠っている)
バール (酔ったように服をはだけ、夢遊病者のように草原を歩いて来る)エーカルト! エーカルト! 出来たぞ! 起きろ!
エーカルト 何が出来たんだ? また寝言を言ってやがるのか。
バール (彼のわきに座る)こうだ。
溺れ死んだ娘の骸が
小川から大河へ流れ下って行った時、
空は妖しくオパール色に輝いた
亡骸を慰めるかのように
水車や藻にまとわりつかれて
彼女の体は次第に重くなり
足には魚が冷たく戯れ
藻や魚が骸の船脚をもっと遅くした
そして空には夕べには煙のように暗く、
夜には星の光を称えた。
だが早くから夜が明けて明るくなった、
死人にも
夜と昼の区別はあるように。
色褪せた骸は腐る。
神様も少しずつ娘を忘れていく。
まず顔、そして手が、ついには髪が腐る。
そして彼女はたくさんの塵芥と一緒に藻屑となる。
(一陣の風)
せっかくの眠りが台無しよ、柳の木々の間でまた風がオルガンを鳴らしている。
俺たちの素敵な生涯の最後まで残るものは瞑想と暗闇とお湿りという白い乳房だけだ、
年をとった女にいつまでも千里眼だけは残るように。
バール こんな風だと焼酎はなくてもこんなに酔い心持だおぼろげな光の中でこの世界を見ると世界って奴は神の排泄物だな。
エーカルト まさにそうさ。小便の管と生殖器がくっついているということでその特徴がすっかり言い尽くされちまう神様のな。
バール 何もかもが美しい。
(風)
エーカルト 柳の木は、空にぽっかりあいた真っ黒な口に並ぶ、腐った虫歯のようだ---俺はこれからすぐにでもミサの作曲に取り掛かるぞ。
バール 弦楽四重奏曲はもう出来上がったのか?
エーカルト 俺にそんな時間があると思うのか?
(風)
バール 赤毛の青白い女につきまとわれちゃな。お前はあいつをどこへでもご同伴じゃないか。
エーカルト 彼女は柔らかくて白い体をしているんだ。昼になると、その体で柳の木陰に入り込んでくる。
髪のように垂れ下がった枝の茂みの中で、その中で俺たちはリスのようにやるんだよ。
バール その女は俺よりも素晴らしいのか?
(暗闇。風がうなり続ける)
(垂れ下がった長い赤い枝。その中にバールが座っている。真昼時)
バール 彼女を満足でもさせてやるか、白い鳩ぽっぽを……(その場所をじっと見つめる)
ここからだと、柳の枝越しの雲の眺めが素晴らしいことだろう。……ところが奴は女の肌ばかり眺めてやがる。
俺は奴のそういう色事にはつくづく嫌気がさした。おっと、静かにしてなくちゃな。
(若い女、茂みから出てくる。赤毛で、肉付きよく、青白い)
バール (見向きもしないで)君か。
若い女 あなたのお友達は?
バール 奴は変ホ短調ミサを作曲中だよ。
若い女 私が来たって、言ってちょうだい!
バール 奴はネズミみたいな顔をしているよ。オナニーしやがってね、動物学に本卦帰りしたようだぜ、座ったらどうだい?
(辺りを見回す)
若い女 立っていた方がいいわ。
バール (柳の枝の側で、のび上がって)近頃奴は、卵を食べ過ぎたな。
若い女 私、彼を愛しているわ。
バール 君は俺とは全く関係がないさ!
(彼女を捕まえる)
バール (ゆっくりと、彼女の咽喉に手を伸ばして)これが君の首か? 知っているか、どうやって鳩やアヒルを潰すのか。
若い女 助けて! 放っておいてったら!
バール 腰が抜けているのにか? もうひっくり返っちまったじゃないか。
柳の間に寝かせてもらいたいんだろう。男なら相手が誰だってやることは同じさ。(彼女を抱きしめる)
若い女 (震える)お願い、離して! お願い。
バール 恥知らずの小鳥め! さあよこしな! いくらあがいても無駄だぜ! (彼女を両腕に抱きかかえて茂みの中に引きずり込む)
(バールとエーカルト、木の根の間に座っている)
バール どうしても飲む必要あがる、エーカルト、金はまだあるか?
エーカルト ない。なあ、風に揺れる楓を見ろよ!
バール 震えている。
エーカルト お前が酒場中連れ歩いていたあの娘は、どこにいるだろうな。
バール 魚にでもなって探すんだな。
エーカルト お前は意地が汚すぎるぞ。そのうちパンクしちまうぞ。
バール 自分で破滅の音を聞きたくないもんだな。
エーカルト 水が黒くて、深くて、その上魚もいないなら川なんかのぞいてはいけない。
落ちないようにしろよ! 注意しなくちゃいけない。お前はやたらに重いんだからな、バール。
バール 俺は他人って奴ならどんな相手だって気をつけているさ。詩を作った、聞きたいか?
エーカルト 読め。そうすれば、お前って奴が分かる。
一人の男が千古の密林で死んだ。
嵐と奔流が彼の周りでうなりをあげた。
けもののように木の根に爪を立て
数日前から嵐が吹き抜けていく森の
遥かな高い梢を見上げたまま死んだ。
死ぬ前に仲間の男たちが彼を取り巻いて立っていた
彼らは言った、奴も静かになるだろう、
さあ仲間、お前を担いで家へ帰ってやろう、と。
ところが男は膝で奴らをつきのけ
唾を吐いていった、どこへだ?
なぜって奴は故郷も大地ももたなかったから。
お前の口にはあと何本歯が残っているのか?
他の所はどんな具合だ、見せてみろ!
死ぬならもっと大人しく死ね、そんなにふてくされるな!
昨日の夜、俺たちはお前の乗る馬は食っちまったぞ。
なぜお前は早く地獄へ行きたがらないのだ?
彼と男たちを取り巻く森は吠え立てていた。
男たちは彼が木に縋りつくのを見た、
自分たちに向って叫ぶ声を聞いた。
そしていまだかつて覚えぬ恐怖にとらわれて
ふるえながら彼らは拳を固めた。
こいつだって自分らとかわらぬ男だったから。
膿だ、屑だ、ぼろの山だよ!
俺たちの空気まで貪欲に盗み取る野郎だ、
そう彼らは言った、すると腫れ物である彼は言った。
俺は生きたい、お前たちの太陽をむさぼりたい!
そしてお前たちのように光を浴びて馬を乗り回したい!
これこそ友人たちの誰も理解できぬことだったので
男たちはそこで身震いし、吐き気がして黙ってしまった。
大地は彼の剥き出しの手を取って支えてやった。
海から海へ渡る風の中に土地がある。
その底で俺は静かに横たわりたい。
そうだ、みじめな生の有り余る過剰が
彼をこれほど支えたのだ、
腐肉となっても彼が自分の死体で大地を押し付けるほどに。
朝まだきかれは黒い草の中に倒れて死んだ
男たちは吐き気をもよおしながら憎しみを込めて
彼を木の下枝もとに葬った。
そして男たちは黙ったまま茂みを出て馬を走らせた。
そして遠くから奴を埋めた木の方を振り返ってみた、
奴は死ぬことはよっぽど辛いらしかった、
木の梢は光に満ち溢れていた。
そして彼らは若々しい顔に十字を切り
太陽と草原の中に馬を馳って行った。
バール 夜、眠れないと、俺は星を見つめる。それがちょうどこうなんだよ。
エーカルト そうか?
バール (不信げに)でも、しょっちゅう見やしないさ。こんなことばかりしていたら弱っちまうよ。
エーカルト (しばらく間をおいて)近頃お前はやたらに詩を作ったな。多分長いこと女気なしだったんだろう?
バール なぜだ?
エーカルト そう思っただけだよ。違うって言うのか。
(バール、立ち上がり、背伸びをして、楓の木を見つめ、笑う)
(夕暮れ。エーカルト、女給、ヴァツマン、ヨハネス、彼はハイカラーの上に、よれよれの上着を着て、
みすぼらしく救いようのないほど落ちぶれている。女給はゾフィーに似た容貌をしている)
エーカルト もう八年だな。
(みんな、飲んでいる。風が吹き過ぎる)
ヨハネス 人生が二十五で始まるんだったらなあ。ところが二十五になればみんな腹が出てきて子供まであるんだからな。
(沈黙)
ヴァツマン バールのおふくろが、昨日死んだんだ。奴は埋葬の金を借りるのに走り回っている。
その金を持ってやって来るぜ。そうしたらおふくろの香典で俺たちの飲み代も払ってくれるさ。
ここの亭主は真っ当な男だ。かつておふくろであった死体を担保にして、つけで飲ませてくれるんだからな。(飲む)
ヨハネス バールめ! もうあいつの帆は風を受けることもないだろう。
ヴァツマン (エーカルトに)あんただってずいぶん我慢をしてきたんだろう。
エーカルト あいつの面に唾を吐きかけるわけにはいかないさ。今は落ち目なんだから。
ヴァツマン (ヨハネスに)お前はそれが悲しいか? 気になるかい?
ヨハネス 俺は可哀想な奴だと言っているのさ。(飲む)
(沈黙)
エーカルト そんなことを言うな。聞きたくない。俺はあいつが好きなんだ。俺はあいつをちっとも悪く思っていない。
あいつが好きだからな。あいつは子供みたいな奴なんだ。
ヴァツマン あいつは自分のことだけしかやらない。酷い怠け者だ。
エーカルト (ドアの方へ行って)穏やかな夜だ。風が生温い。ミルクのようだ。俺は一切のものを愛する。
酒なんか飲むもんじゃないな。ともかく深酒はいけない。(テーブルに戻って)穏やかな夜だ。
これから秋に入ってあと三週間くらいは屋根がなくても暮らせるな。(座る)
ヴァツマン お前、今夜、言ってしまうのか? いい加減にあいつを厄介払いしたいだろう。もううんざりしたろうが?
ヨハネス 気をつけた方がいいぞ!
(バール、ゆっくりと戸口から入って来る)
ヴァツマン お前か、バール?
エーカルト (厳しく)お前また何をする気だ?
バール (入って来て座る)この店もみっともない穴倉になったな。(女給が焼酎を持って来る)
ヴァツマン ここは少しも変わっていない。ただお前が前より上品になったってことらしいぜ。
バール お前、まだいたのか、ルイーゼ?
(沈黙)
ナイフの刃波をくぐっても平気になる、地獄行きでも結構だぜ。しかしどこか違うな、
そう、膝の力が抜けて、崩れ落ちるみたいな感じ、そうなんだ、無抵抗にすーっといく!
ナイフに刺されたなんて気はしない。膝のバネがきいているからな。
いずれにしても、昔はこんな奇妙なことなど考えたこともなかったんだ。
ブルジョア的な環境でぬくぬくと暮らしていた時はな。
自分が天才になった今始めて、こんな考えが浮かぶようになったんだ。うん。
エーカルト (急に叫びだす)俺はまた森に行きたい。木々の幹の間には、光がレモン色に輝いている。俺はまた山奥の森に入って行きたい。
ヨハネス ああ、俺にはその気持ちは分からないな。バール、あんたにはもう一杯追加分を払って貰うぜ、ここはとても気持ちがいい。
(風が吹き過ぎる。彼らは飲む)
てっぺんで首を吊るにしろ
根元でくたばるにしろ---
木は山ほどあるんだ
木陰も万人共有だ。
バール そんなことがあったのはどこだった? 確かあったな、そんなことが。
ヨハネス 彼女はずっと流れつづけている。誰も彼女の亡骸は見つけなかった。
いいか、時々俺は、まるで彼女が俺の飲むブランデーといっしょに俺の咽喉を流れ下っていくような気がしてくる。
腐りかけた小さな屍だ。彼女は十七だった。彼女の緑の髪には、ネズミと藻が絡みついている。
結構よく似合うんだ。ちょっと水脹れして、白くなり、体の中は皮の泥が詰まって真っ黒だ。
彼女はこんなに純潔だ。だからこそ、川に身を投げて厭な臭いをたてるようになったのさ。
ヴァツマン 肉体とは何か? 精神と同じように崩壊するものだ。諸君、俺は完全にへべれけだ。2×2=4。
とすると俺は酔っていない。俺は天上の世界について予感している。諸君、頭を下げたまえ。謙虚であれ。
アダムなんぞお払い箱だ。(震えながら激しい勢いで飲みまくる)俺はこの予感を持つ限り、まだ全く堕落しているとは言えない。
まだちゃんと計算もできるんだ。2×2=……ええと、この2ってのは……にってやつは、何と滑稽な言葉であろうか! 二!
日に灼かれ、雨に蝕まれ
乱れた髪に詩人の冠
彼は青春を忘れた、でも夢だけは
彼は屋根を忘れた! でも空だけは忘れなかった。
(語る)俺の声は、鏡のように澄み切ってはいないな。
(ギターのチューニングをする)
エーカルト 続けろ、バール!
バール (歌い続ける)
おお、天国からも地獄からも追放された者たち!
あまたの迫害を受けた、人殺したち!
なぜおふくろの胎から出てきたのだ?
あそこなら静かに眠っていられたのに……
(語る)ギターのチューニングが合っていない。
ヴァツマン いい歌だ。俺にぴったりだ! ロマンチックだ!
バール (歌い続ける)
おふくろにも忘れ去られて
だが彼は、アブサンの海の中に
住みいい国を求める、絶え間なく
苦笑し、呪いつつ、時には涙を浮かべ。
ヴァツマン 俺のグラスが見つからなくなった。このテーブルは馬鹿にがたがただな。明かりをつけてくれ。手前の口のありかも分からない。
エーカルト 馬鹿らしい。見えるか。バール?
お前は俺の友達か、エーカルト?
エーカルト (気難しく)そうだ。さあ、歌え!
バール (歌う)
踊りつつ地獄を彷徨い、天国では咎うたれ
溢れるような光を飲み込み
時には小さな草原を夢見る
彼の持つものは頭の上の空だけ。
ヨハネス 君とはずいぶん長いこと一緒にいるな。俺を連れて行ってくれてもいいぜ。俺はほとんど飯を食べないよ。
ヴァツマン (苦労して明かりをつける)聖書曰く「光あれ」さ。へっへっへっ。
バール まぶしいぞ。(立ち上がる)
エーカルト (女給を膝に乗せたまま、辛うじて立ち上がり、首から女の腕を外させようとする)
一体どうしたんだ? 何でもないじゃないか、馬鹿馬鹿しい。
(バール、飛びかかろうと身構える)
エーカルト お前、まさかあんな女に嫉妬しているんじゃあるまいな?
(バール、前の方を手探りする。杯が落ちる)
エーカルト なぜ俺が女を持っちゃいけないんだ?
(バール、彼を凝視する)
エーカルト 俺は、お前の恋人か?
(バール、彼に飛び掛って、首を締める。明かりが消える。ヴァツマンの泥酔した笑い。
女給が悲鳴をあげる。他の客たちが、隣の部屋からランプを持って入って来る)
ヴァツマン こいつ、ナイフを持っているぞ。
女給 この人、殺してしまうわ。マリア様!
二人の男たち (争っている二人に飛び掛って)畜生、おい、離れろ! 野郎刺したぞ、何てことだ!
バール (身を起こす。ランプが消え、急に夕闇が迫ってくる)エーカルト。
(森。バール、ギターを肩にかけ、両手をポケットに突っ込んで、遠ざかりながら)
バール 黒い木々の間を吹く、青ざめた風! 木々は狼の濡れた毛皮だ。十一時ごろになれば月が出る。
そうすりゃ結構明るいぞ。ちっぽけな森だな。俺は大きな森に入って行くんだ。
また一人に戻って、身一つになってからは、俺は、足を腫らして逃げ回っているってわけだ。
北に道をとるといいな。そうだ、木の葉の裏側を向いている方向に行こう。
下らん事件などきれいさっぱり捨てなきゃな。さあ、行こう!
(歌う)
星空でバールの死体を狙っている
肉付きのよい禿鷹をバールはちらちらと見上げる。
(遠ざかりながら)
バールは時折死んだふり。禿鷹が矢のように舞い降りると
バールは黙々と夕餉に禿鷹を賞味する。
田舎道 夕暮れ 風 にわか雨
(二人の武装警官が、風をついて歩いて来る)
武装警官1 黒い雨と、この十一月の万聖節の風ときたら! あの忌々しいごろつきのおかげでな!
武装警官2 どうやらあいつは北の森の方へ逃げ込んだな、あそこに逃げ込まれたら、もう誰にも見つけられないぞ。
武装警官1 一体どんな男なんだ?
武装警官2 何よりもまず、人殺しだ。始めは寄席芸人で詩人、それからメリーゴーランドの持ち主で、
木こりで、女億万長者の情夫になり、女のひもでぽん引きだった。
人を殺した時、居合わせた連中が奴を捕まえたが、奴は象のような力持ちだった。
その殺人っていうのが、女給のせいさ。札付きの淫売さ。
その女のために、奴は一番の幼友達を殺しちまったんだ。
武装警官1 そういう人間には、心ってものがないんだ。野獣の類だな。
武装警官2 なのに奴は子供のような所があるんだ。どこかの婆さんの手伝いをして薪を担いでやっていたので、
もう少しで逮捕できるところだった。あいつは他に何も持ってなかったんだな。
その女給ってやつが奴に残された最後のものだったのさ。だから自分の親友さえ殺しちまったんだ。
もっとも、そいつも奴と同様いかがわしい奴だったがな。
武装警官1 どこかで焼酎か女でも、手に入らないかなあ! 行こうぜ、ここは気味が悪いぜ。あそこで何か動いているぞ。(両人、去る)
バール (小さな包みとギターを持って、茂みから出て来る。歯で口笛を吹いて)
じゃあ、死んだのか? 可哀想な奴! 俺の邪魔をしたからさ! 面白いことになりそうだ。
(両人の後を追う。風)
(夜。風。汚らしいベッドの上にバール。男たちがカルタをしながら、飲んでいる)
一人の男 (バールの側で)どうする気だ? お前はもう虫の息なんだ。そりゃ子供にだって分かるぜ。
それに、もうお前を構う奴もいない。身内でもあるのか? いない、そうだろう! 歯を食いしばるんだ!
まだ歯があるんだろ? 時々にはまだ楽しみに事欠かない奴が時には若い身空で野垂れ死にすることがある。
金も億万も持っているのにな。でもお前は札なんて持ってないよな。でも心配するな。世界は転がりつづける。
球のように、丸い世界はな。明日の朝には、風が吹くぞ。もっと落ち着いて考えてみろ。
そして今ネズミがくたばる所だと考えるんだな。それが何よりさ。じたばたしなさんな。もう歯もないんだから。
男たち まだ土砂降りか? 今夜は死体と一緒にすごさなくちゃならないことになる。黙ってろ! 切り札だ!
まだ息をしているのか、デブ? 歌えよ! 「おふくろの白い子宮の中で」……あいつは放っておけ!
黒い雨がやむより前に冷たくなってるぜ。トランプを続けろ! 奴は底なしに飲みやがったな。
でも、あの青膨れの肉の山を見ていると、自分のことが気になってくる。
こいつもこんなざまになろうとは夢にも思わなかったろう。クラブの十だ。口をつぐんでもらいたいな。
そりゃ八百長だぞ。真面目にやらないと勝負にならないじゃないか。(沈黙。罵りの言葉だけが続く)
バール 何時だ?
一人の男 十一時。お前、出て行く気か?
バール そのうちよ、道は悪いか?
一人の男 雨だ。
男たち (立ち上がる)雨が上がったぜ。もう時間だ。またぐしょ濡れになるぜ。この野郎にはもう何もする必要がないんだからいいさ。
(彼らは斧を取り上げる)
男2 野垂れ死にか、名前もなしで。
男3 いやな臭いをたてるのは明日まで待ってくれ。俺たちは昼間で伐採をやってそれから飯を食うんだから。
バール もう少し、ここに残っていてくれないか?
一同 (大声で笑い出して)俺たちにママの代わりをさせようってのか? 辞世の句でも残したいのか?
懺悔でもする気か、アル中? 一人じゃ唾も吐けないだろう?
バール もう三十分、ここにいられないかね。
一同 (大声で笑い転げる)分かるか、お前は一人でくたばるんだ! さあ行こうぜ! 風もおさまった。お前、どうした?
一人の男 俺、後から行くぜ。
バール ほんのしばらくのことだ、なあ、みんな。(笑い声)あんたたちだって、一人で死ぬのはいやだろう、なあ! (笑い声)
別の男 女々しいぞ! こいつを、記念にやるよ! (彼の顔に唾を吐きかける。みんな、ドアの所に行く)
バール 二十分でいい! (男たち、ドアを開けて去る)
一人の男 (ドアの下で)星だ。
バール 唾を拭いてくれ。
一人の男 (彼に)どこだ?
バール 額だ。
一人の男 ほらよ、なぜ笑うんだ?
バール いい味だ。
一人の男 (腹を立てて)お前は、もう、すっかり片がついたんだ。あばよ! (斧を持って、ドアの所へ行く)
バール ありがとう。
一人の男 まだなにかしてもらいたいか? 俺は仕事に行くんだ。十字架をやろう、死骸のお前にな。
バール おい! もっと近くへ来い! (一人の男、身を屈める)とても素敵だった……
一人の男 何だって、気違いの雌鶏野郎め、お前なら去勢鶏ってとこだな!
一人の男 お上品な食道楽野郎だな! (げらげら笑って去る。ドアは開いたまま。青い夜が見える)
バール (不安げに)おい! お前!
一人の男 (窓越しに)ふうん?
バール 行くのか?
一人の男 仕事だ。
バール どこへ?
一人の男 お前とは関係ないぜ。
バール 何時だ?
一人の男 十一時十五分。(去る)
バール あいつまで行っちまいやがった。
(沈黙)
一、二、三、四、五、六、数えても駄目だ。
(沈黙)
ママ! エーカルトめ、消え失せろ。空が酷く近づいてきたぞ。手に取れるほどだ。酷くびしょ濡れだ。
眠ろう。一、二、三、四。でも、ここじゃ息が詰まりそうだ。外の方がきっと明るいぞ。外へ出よう。
(体を起こす)出てやるぞ。なあ、バール。(鋭く)俺はくたばっていくネズミじゃない。外は明るいはずだ。
なあ、バール。戸口までは何とか行き着いてやるぞ。膝ってやつがあるからな。戸口のほうがまだましだ。
畜生! バール! (四つん這いで敷居の方へ這って行く)星だ……うん。(外へ這い出す)
(木こりたち)
木こり1 焼酎をよこせ! 小鳥のさえずりを聞いてみろ!
木こり2 暑い日になるぜ。
木こり3 まだ山ほどあるぜ、晩までに切り倒してしまわなくちゃいけない木がな。
木こり4 あの男も今頃は冷たくなっているだろうな。
木こり3 そうとも。今頃は冷たくなっているさ。
木こり2 そうよ、そうともよ。
木こり3 奴に食われちまってなければ、卵があったんだがな。卵を盗むなんて大したものだ!
始めのうちは可哀想にも思ったが、そのうち頭に来るようになった。
でも、ありがたいことにこの三日は焼酎のありかを嗅ぎ付けなかったな。
惨めなものさ! 死体の腹には卵が入っているぞ!
木こり1 奴はどぶ泥の中に平気で寝転がったものだ、そして横になったが最後、決して立ち上がらなかったな。
奴は自分でもそれを知っている。奴はまるで専用ベッドに転がっているように起きなかったものな。
誰かあいつを知っている奴はいるか? 名前は何というんだ? これまで何をしていやがったんだ?
木こり4 埋めてやらなきゃいけないな。おい、俺にも焼酎をくれ。
木こり3 奴が咽喉をごろごろやりだしたとき、聞いてみたんだよ、お前は何を考えてるんだって。
俺は人が何を考えているのかすぐ聞きたくなるんだ。そうしたらあいつ、言いやがったぜ、
俺は雨の音を聞いているんだってな。背筋が寒くなったぜ、雨の音を聞いているんだってあいつは言ったんだ。